東京地方裁判所 平成16年(ワ)17140号 判決 2005年12月28日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
十枝内康仁
被告
株式会社松屋フーズ
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
鈴木和憲
同
伯母治之
同
渋谷和洋
主文
1 被告は,原告に対し,71万0805円を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを2分し,その1を被告の負担とし,その余は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,136万7635円を支払え。
第2事案の概要
本件は,被告が経営する店舗でパートタイマーとして働いていた原告が,不当に昇格・昇給を受ら(ママ)れなかったことによる本来得べかりし賃金との差額を未払賃金として,勤務時間中の休憩が取れなかったり,所定時間を超過して勤務したのに支払がなかった残業代を未払割増賃金として請求した事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか証拠等により容易に認定できる事実)
(1) 原告は,平成13年7月10日ころ,被告との間で,被告a通り店において調理,接客,清掃,配送その他店舗運営上の附帯業務を内容とする,期間3か月のパートタイマー雇用契約(以下「本件契約」という。)を締結し,同月13日から概ね週4日から5日ほど稼働を開始し,本件契約は概ね3か月ごとに更新されたが,平成15年9月30日,原告の退職により本件契約は終了した。
(2) 原告の稼働期間中の賃金(時給)は,レベルアップ表(甲3の1),メンバー制度概要(甲4の2)に記載のとおり,13レベルから15レベルに分かれ,研修時給からスタートし,それ以降は被告所定の「B・T・C」プログラム,「M・T・C」プログラム,「A・T・C」プログラムの進行度と店長評価により,資格に対応した時給が支払われる仕組みになっていた。
(3) 原告の被告における時給は,次のとおりである。
<1> 平成13年11月19日から平成14年3月30日まで
基本時給1080円,深夜時給1350円(基本時給の2割5分増し)
<2> 平成14年3月31日から平成15年7月15日まで
(争いあり)
<3> 平成15年7月16日から同年9月30日まで
基本時給1120円,深夜時給1400円(基本時給の2割5分増し)
(4) 被告の作業能力の評価,実際の職務に関する評価体系は,平成14年2月26日まではレベルアップ表により,同月27日以降はメンバー制度概要により決定されていた。
(5) パートタイマー雇用契約書(甲1)によれば,被告における所定労働時間は,1日8時間30分(始業午後10時,終業午前8時,休憩時間90分間であり,その取得についてパートタイマー契約書上は明確ではないが,午後11時30分から午前0時30分の間に30分間,午前2時から午前3時の間に30分間,午前5時30分から午前6時30分の間に30分間,当日の店舗の客の入りを考慮して取得するように指示を受けていた。)である。
(6) 被告における賃金の支払いは,毎月月末締め,翌月10日支払であり,前記の時間外手当も同様の扱いとされている。
2 争点及びこれに対する当事者の主張
(1) 原告の昇給・昇格について被告の裁量権の濫用の有無
【原告の主張】
被告は,
<1> 平成13年11月19日から平成14年3月30日まで,基本時給1080円,深夜時給1350円
<2> 平成14年3月31日から原告が退職した日の前日である平成15年9月29日まで,基本時給1120円,深夜時給1400円
を支払った。
しかし,被告の賃金(時給)体系は,パートタイマーがどのような作業ができるか,及び実際に行う作業によって決定されているのであって,店長の原告の作業に対する評価というものは原告の作業能力の確認に限定されるべきであり,それ以上の評価における被告(店長)の裁量権はない筈である。
レベルアップ表,メンバー制度概要に従って,原告の作業能力,実際の職務は,
<1> 平成14年2月26日まではレベル8の「総合メンバー」と「シフトリーダー」として基本時給は1120円
<2> 平成14年2月27日から「シフトリーダー」として基本時給は1140円であるべきであった。
労働者の昇格,昇給に当たって権利の濫用的行使は許されず,公正評価義務が被告にあり,原告のような低階位のパートタイマーの賃金格差の理由は,接客が適正にできるか,「グリドル」等の作業ができるか,「トレーニーのテキストチェック」,「勤務終了後のフォロー」等々であることからすると,(甲3の1「レベルアップ表」,甲4の2「メンバー制度概要」),原告がそれぞれの要求されるレベルに達したときは,ほぼ自動的に昇格,昇給が認められるべきであって,被告の裁量権は殆ど無視できるほどに小さいものと言うべきである。
原告は,原告第1準備書面添付の別紙「【資料】Xの勤務実状表」平成13年11月19日備考欄記載のとおり,同日ころには「営業日誌や引継書の時間帯責任者欄にサインすることを指示され,サインをしていた(その他については同別紙のとおり。)。
被告の原告に対する不当な昇格,昇給の停止措置は,経費を不当に抑制するという濫用的意図に基づく不法行為であり,損害合計金は別紙「未払賃金表」のとおり11万8474円及び弁護士費用1万1847円となる。
【被告の主張】
被告所定のプログラム進行度における店長の評価裁量権がないということは否認する。
原告に対する店長の評価は,原告の主張する「作業能力の確認」として行われたものであり,「メンバーⅡ(鉄板)修了」(レベル4),「サービスリーダー」(レベル6),「クッキングリーダー」(レベル7)いずれも店長(ストアマネジャー)の確認の評価が得られておらず,昇給の問題は発生しない。
(2) 未払賃金について
【原告の主張】
被告は,1日当たり,(「原告が主張する深夜時給」行中の数値-「被告が主張する深夜時給」)×6時間+(「原告が主張する時給」-「被告が主張する時給」)×2.5時間によって算出された昇給・昇格によって得べかりし利益を支払うべきである。
その根拠は,被告は,午後10時から翌日の午前5時までの間に1時間の,午前5時から午前8時までの間に30分間の休憩時間の取得を指導していたのであるから,残業代を問題としない場合の1勤務当たりの未払い総時給額は,被告の主張する時給額と原告の主張する時給額との差額にそれぞれ6時間(深夜時間帯)と2時間30分間(深夜時間帯以外)を乗じて算出すべきであると言うところにある。
<1> 現実に支給された賃金
原告の時給は
ア 平成13年11月19日から平成14年3月30日まで
基本時給1080円 深夜時給1350円
イ 平成14年3月31日から平成15年9月30日まで
基本時給1120円 深夜時給1400円
であった。
<2> 原告が主張する本来支給されるべき賃金
ア 平成13年11月19日分から平成14年2月26日分まで
基本時給1120円 深夜時給1400円
イ 平成14年2月28日分から平成15年9月29日分まで
基本時給1140円 深夜時給1425円
その差額は,就業期間を通じて合計で11万8474円となる(原告が主張するところの「未払賃金表」すなわち原告提出の「【資料】Xの勤務実情表」による。)。
【被告の主張】
争う。
原告の時給は,別紙「X時給推移」のとおりである。
(3) 未払残業代について
【原告の主張】
原告の労働時間,時間外労働時間,深夜労働時間は,原告第5準備書面添付の別紙未払割増賃金表のとおりである。
未払割増賃金表中の「1勤務当たりの未払残業代」行中の数値は,(「原告が主張する時給」×「深夜残業」行中の数値)×1.5(深夜割増賃金率)+(「原告が主張する時給」行中の数値)×{(「午前5時から午前8時までの間の残業時間」行中の数値)+(「午前5時から午前8時までの間以外の残業時間」)}×1.25によって算出された昇給・昇格によって得べかりし利益を支払うべきである。
被告においては,実際には,経費節減のためかあるいは各店舗の営業成績を上げるためか,実際に残業労働が行われても,店長の許可がないと実際の時刻を記載すらできない,という状況が生じていた。また,出勤簿の改竄すら行われた例(甲6の2(反訳書)2頁)があった。
したがって,被告においてはタイムカードの方が出勤簿の記載またはディスパッチの記録より労働時間を正確に反映していたということができる。
タイムカードの打刻を店長等の指示により許されなかったこともあり,当該打刻が必ずしも従業員の勤務時間を正確に反映していないところもあり,上記未払割増賃金表に関する備考は原告の記憶に基づいて修正したものである。
【被告の主張】
争う。
被告は,労働時間の管理について,従前から出勤簿により行っていたが,昭和53年7月からタイムカードを導入した。しかし,タイムカード導入後間もなく,タイムカードでは労働時間管理項目等を記載しきれない(休憩時間や勤務でとった食事についての記載等)などの運用上の不都合が生じたため,出勤簿ベースによる労働時間管理を徹底し,タイムカードはその出勤簿への不正記入の予防策として使用していた。すなわち,出勤簿に不正記入がしばしば発生したため,従業員(特にアルバイト)に対し,「タイムカードがあるから,不正記入しても発覚するぞ」というメッセージを投げかけ,出勤簿に正しく記入するように歯止めをかけていたのである。
したがって,タイムカードは,労働時間管理上何ら意味を持たず,しかも平成14年9月から,ディスパッチ方式による労働時間のコンピューター管理体制を導入して出勤簿の不正記入の危険が減少したため,平成16年7月1日廃止した。
タイムカードの打刻時刻と出勤簿及びディスパッチ方式に基づく労働時間の時間差は,被告準備書面(2)添付の別紙「X 労働時間とタイムカード打刻時間データ」記載のとおりである。
原告が主張する頃,原告が時間帯責任者欄にサインをしていたことがあることは認めるが,当時,a通り店の深夜勤務者(通常は2人)のうち,いずれかにサインをしてもらっていたのであり,必ず原告がサインしなければならなかったのではない。被告に裁量権の濫用はない。原告は,被告のメンバー制度概要の職位のレベル3(メンバー接客Ⅲ)までストアマネージャーの承認を受けているが,それ以上のレベルの承認を受けていない。
労働時間に修正がある場合は,手書きの出勤簿を使用していた時期では労働者が出勤簿を直接修正し,最終締め責任者(時間帯責任者)が最終確認をしている。ディスパッチシステム採用後(平成14年9月)は,労働時間を確認するレシートに修正を入れ,最終締め責任者(時間帯責任者)が最終確認をしている。出勤簿改竄の主張も事実に反する。
タイムカード打刻後の店長の指示による労働が頻繁になされていたことを否認する。ただし,労働者の都合を聞き,タイムカード打刻後に労働がなされることがあったことは認める。その場合には,労働時間の修正がなされて労働時間として計上されている。
タイムカードの再打刻は物理的に不可能ゆえしていない。
第3当裁判所の判断
1 証拠等によって認定できる事実
証拠(各認定事実の末尾に掲記した)及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実を認定することができる。
(一) 昇給・昇格について
(1) 原告と被告間の本件契約は,パートタイマーとしての労働契約であり,前提事実のようにレベルアップ表(甲3の1),メンバー制度概要(甲4の2)による資格に対応した時給である。
当該時給は研修時給からスタートし,それ以降は「B・T・C」プログラム,「M・T・C」プログラム,「A・T・C」プログラムの進行度と店長評価によっている。
(2) レベルアップ表によると,被告の時給は,能力給と資格給に分けられる。
能力給はレベル1から15までに分けて,BTC,MTC,ATCと各研修テキストに沿った職位(研修メンバー,限定メンバー,総合メンバー,キャプテン,スウィング,エリアスウィングの順)が分布し,レベル5の職位が総合メンバーの基本給(総合職務)を標準としてその前後により時給の昇給額がレベルごとに決められている。
資格給は,レベル5から8までのメンバーが対象で,トレーナーやシフトリーダーになると能力給に加給される。
その他に,レベル2から8までの者には仕事の基本であるモラル・勤怠の評価をモラルチェックによりB評価,A評価,S評価の3段階にしており,接客・グリドル調理・肉飯調理の3ポジションでエキスパートチェックによりオペレーションのスペシャリストを評価している。(以上につき甲3の1)
(3) メンバー制度概要によると,レベル1から13までの者に職位と職務概要を定義し,メンバーⅢのレベル3の者を基準に昇給額を取り決め,昇格承認者が誰かも明記している。(甲4の2)
(4) 原告は,被告のa通り店に配属になり,職階は研修メンバーから始まり,限定メンバー,総合メンバー(メンバーⅢ),メンバーⅡ,メンバーⅠ,サービスリーダーを経て,退職時はクッキングリーダーであった。(甲7,原告本人)
(5) 原告の時給及びレベル等は別紙「X時給推移」のとおり推移したことが認められる。(甲2)
レベルアップ表及びメンバー制度概要との相関で原告の昇格・昇給状況を見ると,次のとおりである。(<証拠略>)
(二) 時間外労働について
(1) 被告においては,従前から手書きの出勤簿により労働時間を管理し,アルバイト従業員の出勤簿記載に正確を期すために昭和53年7月からタイムカードを導入している。(<証拠略>)
その後,被告は,平成14年9月からディスパッチ方式による労働時間のコンピューター管理体制を導入して出勤簿の不正記入の危険が減少したため,平成16年7月1日にタイムカードを廃止した。(<証拠略>)
<表1>
<省略>
(2) 被告における原告の出勤簿記載の労働時間とタイムカードの打刻時間は別紙「X 労働時間とタイムカード打刻時間データ」(タイムカードとの齟齬が見られる部分は手書きで修正した。)のとおりである。(<証拠略>)
2 争点(1)(昇格・昇給に関する権利濫用)について
原告は,自らの昇格・昇給がほぼ機械的になされるべきもので,原告の時給がそのように昇格・昇給していないのは被告(店長)の裁量権の濫用であり不法行為を構成するという。とりわけ,原告が平成13年3月30日の時点でテキストを修了していたため,このときクッキングリーダーの時給である1120円に昇給していなければいけなかったという(甲4の2)。また,原告は早くから深夜キャプテンの欄に中締めの時間帯責任者として署名したり,金庫や券売機の鍵を携帯するなど,シフトリーダーがやるべき仕事をしていたところ,それを被告は経費節減等のため原告の昇格・昇給を不当に停止したままであったことが権利の濫用に当たるとする。
しかしながら,前記認定事実(一)(1)ないし(5)及び証拠(<証拠・人証略>)によれば,被告においては,雇用したパート,アルバイト従業員について会社の一員としての自覚と責任を醸成し,業務への精励を期して,時給を能力給と資格給に分けて,レベルアップ表,メンバー制度概要のとおり一定の評価制度を設定していることからすると,単に仕事のスキルや担当業務のみではなく,個々の従業員の意欲・自覚など総合評価の上に立った当該店舗の店長(正社員)による評価対象者の把握を予定しているものと考えられる。
それゆえ,店長の評価を得ないでも自動的に原告が昇格し,時給は昇給するという立論が(ママ)前提を欠くものとして失当というべきである。
原告の主張が,原告の担当していた仕事のレベルや仕事量,職場における位置付けとの関係で時給が不当に安く抑えられていたことが人事権の濫用に当たるという点については,前記認定事実及び証拠(<証拠略>,原告本人)によれば,原告は,順を追って昇給し職位を上げてきており,被告における昇格・昇給の仕方の標準がどの程度であるかは明らかではないものの,被告においては,入客数をその時間帯での延べ労働時間数で割った値が休憩時間や人員配置の目安になっているようであるところ,a通り店では深夜勤務は原則2人体制で原告が同店に配属されたころからシフトリーダー格のアルバイト学生と仕事をしていたものであり,その後新人研修の者が同店に入ってきて原告が指導するなり時間帯責任者として出勤簿の申告に関わるようになったとしても,同店の規模から深夜の時間帯勤務者に課された役割としてはある程度は許容の範囲として考えざるを得ないところであり,原告の時給が他の原告と同様のパートタイマーの地位にある職種の者が昇格・昇給してゆくのに原告が独り時給が不当に長期間据え置かれたなどの平等に反する取扱いを受けていたことの具体的な事情が窺われない以上,上記のように店長による評価を得ていないことから致し方のないものと考えるのが相当である。
また,本件全証拠によっても,経費を不当に抑制する意図などから被告(a通り店の店長)において原告に対する関係で昇格・昇給について裁量権の濫用にわたる実態があったことを認定することはできない。
3 争点(2)(未払賃金)について
上記2で判示したように被告の原告に対する昇格・昇給の評価に濫用にわたるところが認められない以上,原告主張にかかる差額賃金の支払請求には理由がない。
4 争点(3)(未払残業代)について
まず,以下の事実を認めることができる。
(1) B・SL(シフトリーダー)が勘違いしたとして休憩1時間を1時間30分と修正した分である3300円は被告から原告へ支払済みである。(<証拠・人証略>)
(2) a通り店の原告が勤務当初の一日の深夜時間帯の入客数が120人であったのが180人くらいになり原告には繁忙感増加と相方勤務者のシフトリーダーが仕事を完璧に仕上げるタイプの人で休憩時間も潰して清掃,配送等の業務の遂行に当たっていたことから,原告も独り休むわけにもいかず休憩時間も労働せざるを得なかったという。(甲7,原告本人)
(3) 他方で,被告は従業員らに対して休憩時間を取るよう奨励し,深夜時間帯の勤務者には午前5時までの間に1時間,そのあと午前8時までの間に30分を相方勤務者と交代で工夫して取るように指導している。(甲10)
(4) 証拠(甲7,10,原告本人)からは被告における店長ら正社員が成績主義的な人事評価を気にした対売上高との関係で,自らが受け持つ店舗について労働単価の抑制のために残業を制限する方向の意識・指導が少なからずあったことが窺われることに上記(2),(3)の状況を併せ考慮すると,被告a通り店のアルバイト・パートの従業員2人体制を標準にシフトを組んでいる状況の中で,昼間に行えない配送や清掃などの深夜における負担の存在や相方勤務者の勤務状況等から原告が休憩時間をある程度擬制(ママ)にして働かざるを得なかった状況があったことを推認することができる。
そのことは,甲第8号証の出勤簿記載の労働時間とタイムカードの打刻時間を比較してみても,出勤簿にはほぼ一律に夜勤明けの午前8時までの労働時間で申告計上されているが,タイムカードには相当程度の頻度をもって8時以降9時前までの時間帯で打刻されていることからも裏付けられる。
他方で,乙第31号証(各枝番号)の出勤簿には実際に取ったと思われる休憩時間を記入する欄と休憩時間のトータルを記入する欄があるところ,実際に取った休憩の開始,終了の合計がトータルの休憩時間(ここの表記の仕方は1.3とあるも記入例によると0.3は30分を表している。)にほぼ見合う形となっていること,同号証の手書きの出勤簿には15時から22時,22時から8時,8時から15時の各勤務時間帯の延べ労働時間の集計欄があるところ,原告が勤務する22時から8時までの勤務時間帯の延べ労働時間が明らかに他の勤務時間帯と比べて延べ労働時間が少ないのは,やはり仕事量,入客数との関係で相対的に少なくて済むことからと思われること,実際に証人Bの供述によっても原告の言う180人の入客数は10時間(22―8)で1時間に18人の顧客とすると,原告が述べるような食事注文内容の違いを考慮に容れても必ずしも常に業務繁忙とは言えない可能性もあることが認められる。
原告が,勤務期間中に休憩が取りにくかったとして,どの程度労働したのかは正確には把握しようのないところであるものの,各資料から見て取れる数字は以下のとおりである。
ア 原告の割増賃金表(最終のもの―原告第5準備書面添付の別表)から
<1> 深夜分休憩について
原告の被告における勤務期間中(H15.9.29まで全479日)で22時から5時まで勤務のある総日数が468日あるところ(H14.3/23,4/10,4/26,5/24,7/7,H15.2/6,2/19,3/30,4/12,7/21,9/17を除外した),深夜残業(深夜時間帯に取れなかった休憩時間分)
A B
0時間 23日(回)
0.25時間 14日
0.5時間 213日(H13.12/10,11,13,17,18,19,21)の0.7時間は0.5時間の間違いと認める)(ママ)
0.75時間 214日
1.00時間 4日
A×B=274.5時間(合計)
本来は468×1.00=468時間(合計)休憩取るべきところが193.5時間しか取れていないことになり,休憩の取得率が約41パーセントとなる。
<2> 深夜明け午前5時から同8時まで分の休憩について
原告の被告における勤務期間中で,上記468日の勤務日数のうちで明け方5時から朝8時まで勤務実績のある総日数(H13.12/7,H14.1/20,1/27,3/27,5/25,6/7,8/31,9/27,9/30,10/13,12/1,H15.2/19,6/1,9/17.9/27の15日分及び平成14年末から平成15年初めの年末シフト分の5日を除いて)が448日あるところ,
通常残業(上記時間帯に取れなかった休憩時間分)
A B
0時間 3日
0.25時間 424日
0.5時間 21日
本来0.5時間の休憩を取得すべきところを原告はほぼ半分の0.25時間しか取得できなかったとしている。
イ 被告データ(乙1別表を基本に別紙「X 労働時間とタイムカード打刻時間データの修正版を参照した。)から
ア,<1>,<2>の合計1.5時間本来とるべき休憩時間のうち,少なくとも22時から8時まで勤務実績のある日が459日あり(出勤簿の時間とタイムカードに基づく修正時間とで食い違う場合はタイムカードの修正時間を優先し,タイムカードに記載がないものは出勤簿によった。H15.3.7は22:00―6:45とあるものの,タイムカードがなく,原告は9時に退勤したとするので実績にカウントした。)(乙1別表で全479日のうち,H13.12/7,H14.1/20,1/27,3/23,4/10,4/26,5/24,5/25,6/7,7/7,8/31,12/1,H15.2/6,2/19,3/30,4/12,6/1,7/21,9/17,9/27の計20日を除外した。),所定の休憩時間に満たないのは,
A B
0.5時間 3日
0.75時間 2日
1.00時間 92日
1.25時間 4日
なお,上記の外数字として少なくとも前日22時から翌日午前5時まで勤務した日数が別に9日(H13.12/7,H14.1/20,1/27,5/25,6/7,8/31,12/1,H15.6/1,9/27)あり,これらの勤務日の休憩はいずれも1時間以上所定の時間休憩したことになっている。
(5) 上記(4)のような対比と(1)ないし(3)の事情を総合勘案すると,原告が勤務期間中に本来的な休憩時間を実働したものと考えることができるのは,当該勤務期間を通じて平均して考えた場合に,深夜勤務時間帯の1時間の休憩のうち少なくとも半分の30分は時間外労働していたものと,深夜明けの通常勤務時間帯の30分間の休憩のうち少なくとも半分の15分は時間外労働していたものと認定できるものと思料する。
そうすると,総日数479日(乙1の別表―最終日H15.9/30を除外している―と原告主張の未払残業代についての表とを相互勘案した。)のうちで,前日22時から翌日午前8時までを正味勤務していない11日間(H14.3/23,4/10,4/26,5/24,7/7,H15.2/6,2/19,3/30,4/12,7/21,9/17)(甲8)を除いた468日のうち,深夜勤務手当分としては,時給が同じ期間の日数に当該時給を乗じて,割増率1.5倍し,30分ゆえ1時間の半分で2で除したとすると次のとおりとなる(1円未満端数は四捨五入した)。
H13.11.19―H14.5.15までの日数121日×時給1080×1.5÷2=9万8010円
H14.5.16―6.15までの日数21日×時給1090円×1.5÷2=1万7168円
H14.6.16―H15.6.30までの日数273日×時給1100円×1.5÷2=22万5225円
H15.7.1―7.15までの日数10日×時給1110円×1.5÷2=8325円
H15.7.16―9.29までの日数43日×時給1120円×1.5÷2=3万6120円
で,合計38万4848円となる。
上記468日のうち早朝5時以降8時まで勤務したのは459日であり(H13.12/7,H14.1/20,1/27,5/25,6/7,8/31,12/1,H15.6/1,9/27の計9日を除外した。),
H13.11.19―H14.5.15までの日数118日×時給1080×1.25÷4=3万9825円
H14.5.16―6.15までの日数19日×時給1090円×1.25÷4=6472円
H14.6.16―H15.6.30までの日数270日×時給1100円×1.25÷4=9万2813円
H15.7.1―7.15までの日数10日×時給1110円×1.25÷4=3469円
H15.7.16―9.29までの日数42日×時給1120円×1.25÷4=1万4700円
で,合計15万7279円となる。
(6) 午前8時以降の残業について
被告作成にかかる「X 労働時間とタイムカード打刻時間データ」(甲8)によれば,出勤簿はほぼ一律に近い形で出勤時が22時で,退勤時が8時となっているのに対して,タイムカードの打刻時間はバリエーションに富んでいて,少なくともこの時間まで原告が被告a通り店に居たことを表している。これに原告の供述(甲7,原告本人)をも併せ考えると,打刻時間前後までは被告店舗における指揮命令下の拘束時間に原告があったことをある程度推認することができる。それを1分ないし数分単位まで正確に認定できるものではないとしても,少なくともおおよその残業時間としては,甲第8号証の右欄で被告が15分単位に取りまとめた時間分は原告が残業したものと考えるのが相当である(本来は22時以前のタイムカード打刻時間についても残業の有無が問題となる余地があるものの,原告はこの部分を残業として主張していないこと,午前8時以降タイムカード打刻時間までには残業以外の事情も存在するようであることを総合勘案して,公平の見地から便宜一律に午前8時以降のタイムカード打刻データ数値を15分単位にまとめた数字を当該勤務日の休憩時間中の稼働を除いた残業時間として計上した。)。甲第8号証「X 労働時間とタイムカード打刻時間データ」を証拠(乙2ないし23,31)に照らして修正した別紙「X 労働時間とタイムカード打刻時間データ」は出勤簿記載の労働時間とタイムカード打刻時間をほぼ正確に参照して対比表化しているものと認められる。
そうすると,別紙の「X 労働時間とタイムカード打刻時間データ」の時間差欄の時間に各時期の残業単価を乗じて,原告のした残業で賃金支給のなかった分を計算すると(1円未満は四捨五入),次のとおりとなり,合計29万5849円となる。
H13.11.19―H14.5.15まで 時給1080円で割増賃金単価1350円
82.75時間×1350円=11万1713円
H14.5.16―6.15まで 時給1090円で割増賃金単価1363円
10.75時間×1363円=1万4652円
H14.6.16―H15.6.30まで 時給1100円で割増賃金単価1375円
(平成15年3月(H15.2.26―3.25)のタイムカードがないため,前後の2月と4月の平均で残業時間数を算出した。)
105.75時間×1375円=14万5406円
H15.7.1―7.15まで 時給1110円で割増貨金単価1388円
6時間×1388円=8328円
H15.7.16―9.29まで 時給1120円で割増賃金単価1400円
11.25時間×1400円=1万5750円
(7) ところで,原告が本来的な休憩時間の一部ないし全部を稼働した場合と午前8時以降に残業した場合に被告が支払った金員について見ると,乙第1号証の別表(出勤簿に基づくインプット数値)にある労働時間数分の原告の時給単価に照らした賃金は支給(甲2の給与明細の基本給欄参照)されているので,その分を上記(5)及び(6)の金額から控除する必要がある。
そこで原告の給与明細(甲2)について見ると,例えば平成13年12月の給与では,月間労働時間が196.50と表示されており,これは乙第1号証の別表の月間労働時間の集計に対応している。そして,上記給与明細の深夜手当欄及び残業手当欄の時間単価はいずれも270円であることからすると,時給の2割5分の数字であり,196.50時間には休憩時間に稼働した分の時間のほか残業時間も含まれていることになる。そして,平成13年12月の原告の出勤日数と残業,休憩稼働以外の所定の勤務時間及び本来の所定勤務時間に満たない勤務を合計すると,8.5(1日当たりの所定労働時間)×22日+6時間(12/7の22:00―5:00までの分)=193時間が通常の勤務時間であり,残りの3.5時間が乙第1号証別表の休憩稼働時間と残業時間の合計に合致し,それ以外の残業時間を一切計上していないことになる(ちなみに,甲2の給与明細書と上記を対比すると,同明細書(平成13年12月)の残業時間欄は20.50となっているが,これはひと月が31日の月当たりの労働時間合計を176時間として当月196.50から控除した時間と思われる。同様にひと月30日の月は168時間,ひと月28日の月は160時間で計算している。このように機械的に算出しているものについては前記のようにして算出した残業時間分から控除するまでのことはしていない。)。
3.5時間の内訳としては,8時以降の残業分1.5時間,休憩時間稼働分2時間である。この休憩時間稼働分の内深夜勤務分がいくつかは分からない。ただし,これを計算上は便宜全(ママ)て深夜分として控除することとする。理由は次のとおりである。すなわち,平成13年12月について見ると,明細書の深夜手当の時間数が160.00となっているところ,これは被告において22時から翌朝午前8時まで勤務した日のうち,22時から午前5時までの本来実働6時間休憩1時間のところを7時間稼働したものとして,深夜手当を支給している実態から7時間×当月の勤務日数23日=161時間で12/7の日だけ午前5時までしか勤務していない日の1時間分を控除したもののようである。この点は原告に有利に被告は深夜手当を計上しているところ,上記休憩時間稼働分で実際には午前5時から同8時までの間に最大1日当たり30分で計上できる休憩時間稼働の数値は,月当たりで見ても,いずれも当該月に被告が本来深夜手当として計上する必要がないのに1日当たり1時間分を深夜手当として計上した上記時間数を超えるものではない。
上記459日(22時から翌8時まで勤務分)のうち各時給単価が同じ期間毎に,8時以降の残業分時間と休憩時間稼働分を乙第1号証の別表に(ママ)(前記のとおり一部は8時前の出勤簿データのものをタイムカードを参照して8時まで勤務したものとカウントしている。)から算出してみると(22:00―8:00までの所定労働時間を勤務している日に限定してカウントした。1円未満は四捨五入した。但し,タイムカードでは8時以降なのに乙1別表の労働時間がそれ以前の退勤で記入されているものについては,例えば休憩時間「1」とあっても残りの0.5時間を給与として支給しているものとは考えられないので,既払いとは見なしていない。),
13.11.19-H14.5.15までの日数118日;時給1080円;
残業時間 休憩時間稼働分
11月 0時間 0.5時間
12月 1.5時間 1.5時間
平成14年1月 2.5時間 1時間
2月 0時間 0時間
3月 2時間 0.5時間
4月 4時間 0時間
5月(15日まで) 5.75時間 0.5時間
A 休憩時間合計4×1080円×1.5=6480円
B 残業時間合計15.75×1080×1.25=2万1263円
H14.5.16―6.15までの日数19日;時給1090円
残業時間 休憩時間稼働分
平成14年5月(16日以降) 5.5時間 0時間
6月(15日まで) 0時間 0時間
A 休憩時間合計 =0円
B 残業時間合計5.5×1090円×1.25=7494円
H14.6.16―H15.6.30までの日数270日;時給1100円
残業時間 休憩時間稼働分
平成14年6月(16日以降) 4時間 0時間
7月 1.25時間 5.5時間
8月 0.75時間 3.5時間
9月 0時間 5時間
10月 2.5時間 5.25時間
11月 0.5時間 6.25時間
12月 0.25時間 0.5時間
平成15年1月 1時間 0.5時間
2月 0.25時間 3時間
3月 0.25時間 1.75時間
4月 0.25時間 4時間
5月 0.25時間 0.75時間
6月 0.25時間 3.75時間
A 休憩時間合計39.75×1100円×1.5=6万5588円
B 残業時間合計11.5×1100円×1.25=1万5813円
H15.7.1―7.15までの日数10日;時給1110円
残業時間 休憩時間稼働分
平成15年7月(15日まで) 0.25時間 2.25時間
A 休憩時間合計2.25×1110円×1.5=3746円
B 残業時間合計0.25×1110円×1.25=347円
H15.7.16―9.29までの日数42日;時給1120円
平成15年7月(16日以降) 0時間 2.5時間
8月 1時間 0.5時間
9月 0時間 0時間
A 休憩時間合計3×1120円×1.5=5040円
B 残業時間合計1×1120円×1.25=1400円
となり,A(休憩時間についての既払い)合計8万0854円,B(残業時間についての既払い)合計4万6317円となる。
してみれば,休憩時間稼働分の未払賃金は,深夜分38万4848円と午前5時以降分15万7279円の合計54万2127円から上記8万0854円を控除した46万1273円,午前8時以降の残業代未払い分としては,29万5849円から上記4万6317円を控除した24万9532円となる。
(8) 文書提出命令について
原告は,休憩時間中の勤務実態の立証のために「営業日誌」及び「営業報告書」の,未払残業代に関する午前8時以降の残業状況の立証のために「移動伝票」の文書提出命令を申し立てているところ,証拠(甲5の1,2)によれば原告は本訴以前からこれら文書の一部を被告の人間に確認,参照の可否を問うている経緯は認められる。
確かに休憩が取れていないことや午前8時以降にも残業をした実態のあることには上記各文書の記載内容によっては立証に資するところもあるかもしれないが,各日にちに原告が行った正確な残業時間であるとか,一日当たりの所定休憩時間中に日々どれだけ原告が労働に時間を費やしたかを各日にち毎に明らかにする資料としては,当該各文書が残業や労働の有無を把握するためのものではないことに照らして適当とは思われない。
本件においては,前記のように,所定休憩時間中の稼働時間については原告の勤務期間を通じて所定の休憩時間である深夜の1時間と午前5時以降の30分のいずれにおいても日にちによっては所定どおりに取れていなかった実態は認定できるとしつつも,その日にち毎の正確な稼働時間は把握が困難であると考えて,勤務期間を通じた平均的な数値を算出算定しており,午前8時以降の残業時間については,やはり日にちによって原告が午前8時以降も残って残業していた実態があることを認定しつつも,その日にち毎の正確な残業時間は把握が困難であるところ,やはり勤務期間を通じた残業時間を公平の見地から算出算定するとしたら,タイムカードという客観証拠に依拠して退勤時間の前後まで原告が残業していたものと推定した。
それゆえ,休憩時間中の日々の稼働時間や午前8時以降の各勤務日の残業時間を立証するものとしては,当裁判所は,原告申請にかかる各文書の提出を被告に命じる必要性がないものと考えるし,また,各時間中の労働実態の立証には既に既出の証拠によってある程度実態の把握による認定はできているものと考えられるので,この点においても必要性がないものと考える。
5 以上によれば,原告の請求は71万0805円の限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないので棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判官 福島政幸)