東京地方裁判所 平成16年(ワ)18196号 判決 2006年3月14日
本訴原告(反訴被告)
X
本訴被告
Y1
本訴被告(反訴原告)
恵豊自動車交通株式会社
主文
一 本訴被告Y1及び本訴被告(反訴原告)恵豊自動車交通株式会社は、本訴原告(反訴被告)に対し、連帯して一二三万七二七六円及びこれに対する平成一三年三月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 本訴原告(反訴被告)のその余の本訴請求をいずれも棄却する。
三 本訴原告(反訴被告)は、本訴被告(反訴原告)恵豊自動車交通株式会社に対し、二六万一八七七円及びこれに対する平成一三年三月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 本訴被告(反訴原告)恵豊自動車交通株式会社のその余の反訴請求を棄却する。
五 訴訟費用は、本訴・反訴を通じ、これを一〇分し、その一を本訴被告Y1及び本訴被告(反訴原告)恵豊自動車交通株式会社の負担とし、その余を本訴原告(反訴被告)の負担とする。
六 この判決は、第一項及び第三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 本訴請求
本訴被告Y1及び本訴被告(反訴原告)恵豊自動車交通株式会社(以下「被告会社」という。)は、本訴原告(反訴被告)(以下「原告」という。)に対し、連帯して一五〇〇万円及びこれに対する平成一三年三月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 反訴請求
原告は、被告会社に対し、三七万四一一〇円及びこれに対する平成一三年三月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、深夜、信号機が設置されているが、夜間は信号機による交通整理の行われていない左右の見通しのきかない交差点において、交差点を直進通過しようとした被告会社の従業員である被告Y1運転の事業用普通乗用自動車(以下「被告車」という。)が、被告車の進行方向から見て交差道路の右方から進行してきた原告運転の自家用原動機付自転車(以下「原告車」という。)に衝突した事故に関し、本訴請求については、原告が、民法七〇九条に基づき被告Y1を、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条及び民法七一五条に基づき被告会社を、反訴請求については、被告会社が民法七〇九条に基づき原告を、それぞれ相手に損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実(証拠を掲記しない事実は争いがない。)及び証拠によって容易に認定できる事実
(1) 次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
ア 日時 平成一三年三月一四日午前一時五分ころ
イ 場所 東京都品川区二葉二丁目一二番六号先交差点(以下「本件交差点」という。)
ウ 原告車 自家用原動機付自転車(車両番号・<省略>)
エ 被告車 事業用普通乗用自動車(車両番号・<省略>)
オ 事故状況 信号機が設置されているが、夜間は信号機による交通整理の行われていない見通しのきかない交差点において、交差点を直進通過しようとした被告車が、被告車の進行方向から見て交差道路の右方から進行してきた原告車と衝突し、原告が負傷するとともに、被告車が損傷した(後記のとおり、事故態様及び過失割合については、当事者間に争いがある。)。(乙一の六)
(2) 被告Y1は、信号機が設置されているが、夜間は信号機による交通整理の行われていない左右の見通しのきかない交差点において、対面信号機が黄色の灯火点滅を表示している場合、交差点手前で徐行し、左右道路からの車両の有無に留意し、その安全を確認しながら進行すべき注意義務があるのに、これを怠って運転した過失により本件事故を発生させたものであり、民法七〇九条に基づき、原告の被った損害の賠償責任がある。
(3) 被告会社は、被告車の所有者として自己のために自動車を運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づく損害賠償責任があり、また、被告Y1の使用者であり、本件事故は被告会社の事業の執行につき発生したものであるから、民法七一五条に基づき、原告の被った損害の賠償責任がある。
(4) 原告は、本件事故により頭蓋骨骨折、脳挫傷、外傷性頚部症候群、左足関節内果骨折及び右手関節挫傷の傷害を負い、昭和大学病院に、平成一三年三月一四日入院し、同月一七日から平成一四年六月二六日まで通院(脳神経外科と整形外科に三日重複して通院したので、通院実日数は二九日である。)したほか、眞田クリニックに平成一三年一一月一七日から平成一四年三月一日まで通院(通院実日数七日)し、同年六月二六日症状固定した。その後、原告は、昭和大学病院に同月二七日から同年一〇月二三日まで通院(通院実日数六日)し、眞田クリニックに同年七月一二日から同年一〇月一一日まで通院(通院実日数六日)した。(甲三、四、乙一の一二及び一三)
(5) 原告は、訴外日本興亜損害保険株式会社(以下「訴外会社」という。)を通じて行った後遺障害の事前認定手続において、嗅覚脱失及び精神・神経系統の後遺障害が残存するものとして、自賠責後遺障害等級(自賠法施行令別表第二)併合一一級(嗅覚脱失については一二級相当であり、精神・神経系統の障害については一二級一二号に該当するものと判断された。)に該当するものと判断された。(甲一一)
(6) 原告は、訴外会社からの自賠責保険金及び被告会社からの既払金として合計四五一万円の支払を受けた。
二 争点
本件の争点は、事故の態様(原告の責任の有無及び双方の過失割合)、原告及び被告会社の各損害の発生及び額並びに被告会社の原告に対する損害賠償請求権の消滅時効の援用の可否である。
(1) 事故態様(原告の責任の有無及び双方の過失割合)
(被告らの主張)
本件事故は、原告車と被告車の交差点における出会い頭の衝突事故である。本件交差点には、信号機が設置されているが、夜間(午後一一時から午前六時まで)は、被告車の対面信号機の表示は黄色点滅であり、原告車の対面信号機の表示は赤色点滅であったところ、本件事故は午前一時過ぎに発生したものであり、本件事故発生時の信号機の表示は上記夜間表示であった。
ところで、対面信号機の表示が赤色点滅の場合、一時停止が義務づけられているところ、原告は、本件交差点の対面信号機の表示が赤色点滅であることを承知しつつ、若干の減速をしたのみで本件交差点に進入した。原告は、本件交差点手前で一時停止したと主張するが、警察の取調べで時速二〇キロメートルに減速したものの、一時停止をしていないことを認めていた(乙一の一〇及び一八)のであり、到底通らない主張である。また、被告Y1は、その本人尋問において、本件事故の目撃者が、原告車がスピードを出してすっ飛んできて、そのまま突っ込んでいった旨述べたと供述するところ、原告のヘルメットが衝突地点から六メートル以上も原告の進行方向に飛ばされた事実は、被告Y1の上記供述を十分裏付けるものである。そうすると、刑事記録上、原告は、減速したと供述しているが、原告本人が供述調書の真実性を断定的に否定し、飲酒の程度その他の証拠を総合すれば、減速のない状態で交差点に突っ込んでいったと考えるのが相当である。なお、原告は、その本人尋問において、本件事故当時の記憶がない旨供述し、本件交差点に進入する際、減速も一時停止もしていない可能性があることを認めた。
被告Y1が原告車を発見した時の両者の距離は七・二メートルであったが、原告が被告車を発見したのは衝突と同時であったことが刑事記録から明らかであり、原告には、本件交差点に進入するに当たり左右の安全を全く配慮していなかった安全確認義務違反がある。原告は、仮に一時停止したとしても、被告車の速度から被告車の認識が不能であったと主張するが、本件交差点手前で一時停止し、左右の安全を確認していれば、被告車を発見するのは極めて容易であった。また、原告は、交差点を渡り終えようとした時に衝突した点を挙げ、原告の過失を否定するが、本件交差点のような比較的小さい交差点における事故は、まさに一瞬の出来事であり、原告車が渡り始めであったか、渡り終えようとしていた時であったかは原告の過失の程度に消長をきたさない。
原告は、本件事故発生前に飲酒をしていた。医療記録(乙二)には、「ヘルメット未着用+アルコール飲酒」「6:00アルコール臭持続」との記載があるところ、原告が病院に搬送されてから五時間以上経過した後、医療機関が酒臭の事実を確認している以上、原告が事故前に飲酒を行い、その飲酒量は相当量に及んでいたことが合理的に推認されるのであって、原告が事故当時飲酒酩酊状態であったことは疑いの余地はなく、正常な判断能力を欠いた状態であったと考えるのが相当である。
原告が本件事故当時かぶっていたとされるヘルメットは、本件事故により、バイクの進行方向にそのまま飛んでいって路上に落下し、落下していたヘルメットのあご紐は結着されていなかった(乙一の六の写真一七)ことからすれば、もともとヘルメットのあご紐は結着されていなかったと考えるのが合理的である。病院の診療記録上、原告がヘルメット不装着であった事実の記載が頻繁になされていることは、原告が話をしない限り、上記事実が医療機関側には分からないはずであり、原告が警察の取調べを受ける前には自らヘルメット不装着を自認していたことの証左である。仮に原告がヘルメットをかぶっていたとしても、紐を締めていなかったことからすれば、不着用と何ら変わりはない。そして、原告の後遺障害は、いずれも頭部外傷に起因するものであるところ、原告がヘルメットのあご紐を結着していなかったことが、原告の損害の拡大をもたらしたことは明らかであり、損害拡大の極めて大きな要因である。
原告は、被告Y1の速度超過を強調するが、記録上時速二六キロメートル超過していたとしても、本件事故の時間帯が深夜であることや、信号表示の黄色点滅の意味は、「減速」ではなく、単に「他の交通に注意して進行することができる」ことを意味するにすぎない点(道路交通法施行令二条一項)などを考慮し、原告の過失と比較すると、被告Y1の速度超過を過大に評価するのは相当ではない。
被告Y1は、本件事故発生の直前に、乗客の自転車の置いてきた場所及び自転車で帰宅する予定であることについて会話をしていたが、このような単純な会話に夢中になって注意力が散漫となっていたことはない。タクシー運転者の一般的勤務体系は、被告Y1が本人尋問で述べたとおりであり、被告Y1の勤務状態をもって、疲れていたとか、集中力が欠けていたなどということはできない。
以上のとおり、本件事故は、原告が本件交差点に進入するに際し、対面信号機の表示が赤色点滅であったのであるから、一時停止して安全確認の上、本件交差点に進入すべき注意義務がある(道路交通法施行令二条一項)にもかかわらず、これを怠り、何ら減速することなく漫然と本件交差点に進入したことにより発生したものである。したがって、原告は民法七〇九条に基づき被告会社の損害を賠償する責任がある。そして、原告が本件交差点で対面信号機の赤色点滅の表示に従って一時停止していれば、被告車の存在を認識することができ、本件事故を回避できたことは明らかであるから、本件事故の主たる原因は、原告の上記注意義務違反である。また、原告は、本件事故前に相当量の飲酒をした事実が認められるところ、本件事故態様に鑑みれば、本件事故の発生に飲酒の影響があり、ヘルメットの装着・固定を怠っていたなど、およそ原動機付自転車の運転者としての注意義務に違反した態様で運転していた。そうすると、原告の過失は被告の過失よりはるかに大きいといわざるを得ず、大幅な過失相殺がなされるべきであり、被告車の速度超過という事実を考慮しても、原告と被告Y1の過失割合は、前者が八五であり、後者が一五であるとするのが相当である。
(原告の主張)
原告は、対面信号機の赤色点滅の表示に従って一時停止した。警察及び検察庁での取調べでは、足をつけなかったからということで一時停止と認められなかったようであるが、原告車が三輪バイクであるため、足をつけなくても停止することができたのであり、形式的には一時停止とはいえないかもしれないが、実質的には一時停止であったといえる。原告に本件事故時の記憶がないことを不利益に扱うのは全く不合理であり、本件交差点の一つ手前の交差点で一時停止していること、本件交差点ではいつも一時停止していたことから、原告が一時停止をしていたことは明らかである。また、百歩譲って原告の一時停止が認められないとしても、原告が少なくとも減速していたことは明らかである上、被告車が、原告の予想をはるかに超え、指定最高速度が時速三〇キロメートルで、対面信号機の表示が黄色点滅であるにもかかわらず、時速五六キロメートルもの速度で進行してきたため、本件事故が発生したものである。このことは、本件事故が、原告車が交差点に進入した直後に起こったのではなく、原告車が本件交差点を渡り終えようとした時に発生したものであることから明らかである。したがって、本件の見通しの悪い現場では、一時停止して左右を確認しても、被告車を認識することはできないのであり、一時停止違反を過失相殺において考慮すべきではない。そして、原告は、一時停止して左右を確認したのに、猛スピードの被告車を認識することはできなかったのであり、原告の周囲の安全確認義務違反もない。
原告は、本件事故発生の六時間前に父親と五〇〇ミリリットル缶のビールを二人で飲んだだけであり、本件事故の発生に飲酒の影響がないことは明らかである。警察・検察も、原告が事故前日の午後一一時ころに居酒屋に行っていることは、原告の供述により十分分かっており、その他の情報も踏まえた上で、前日の午後七時ころに飲酒したのが最後であると判断しているのである。病院において、事故から五時間経った午前六時の段階でも、アルコール臭があると記録されているが、アルコール臭がすることの理由は明確ではない。
原告は、医師にヘルメットをかぶっていなかったと話をした記憶が全くない。それは、救急隊員が、倒れていた原告の状況を説明したか、事故時の記憶のない原告が頭の痛さからヘルメットがとれてしまったと話をしたかのいずれかである。原告はヘルメットをかぶらずにバイクの運転をしたことはない。原告のヘルメットのあご紐がゆるかったことは認めるが、あご紐はしめていたのであり、被告Y1が時速二〇キロメートル以上の速度オーバーで走行して衝突したがゆえの大きな衝撃で脱げてしまっただけであるから、原告に過失を認めるのは酷である。
被告Y1は、対面信号機の表示が黄色点滅であったことから、本件交差点手前で十分減速し、左右の安全を確認しなければならなかったにもかかわらず、指定最高速度より減速するどころか、これを時速二六キロメートルも超える時速五六キロメートルもの速度で走行しており、その過失の程度は極めて重いことは明白である。被告Y1は、本件交差点手前の対面信号機の表示も黄色点滅であり、極めて見通しが悪いために黄色点滅信号が並んでいるのに、それを全く無視して暴走していたのである。そして、被告Y1は、指定最高速度を大きく超過していただけではなく、本件事故当時の勤務状態からすれば、集中力を欠いていたことも容易に推測できるところ、乗客と話をしていて注意散漫であったのであり、重大な過失があったことは明らかである。なお、被告Y1の本人尋問における供述を裏付ける資料は全くなく、信号表示に関する虚偽の供述もあり、深夜一時で人通りのほとんどない場所(乙一の六)にもかかわらず、衝突後に被告Y1が被害者に駆け寄るよりも前に三、四人がそばにいたなど容易に信用し難い供述をしており、その供述の信用性は極めて低い。
以上によれば、万が一、原告に過失があるとしても、極めて軽微なものである。
(2) 原告及び被告会社の各損害の発生及び額
ア 原告の損害の発生及び額
(原告の主張)
原告は、本件事故により、次の損害を被った。
(ア) 治療関係費 三一万〇五九〇円
原告は、昭和大学病院に平成一三年三月一四日から平成一四年一〇月二三日まで(実通院日数三五日)、眞田クリニックに平成一三年一一月一七日から平成一四年一〇月一一日まで(実通院日数一三日)、それぞれ通院したところ、それぞれの治療関係費の合計は上記金額となる。
(イ) 文書料ほか 二二万二七六〇円
文書料合計一九万五三〇〇円のほか、下肢装具作成料一万八九〇〇円及び薬代その他の合計八五六〇円である。
昭和大学整形外科のA作成の証明書(乙二の五五頁)によれば、左下肢装具装着の必要性があったと認められる。
(ウ) 通院交通費ほか 三万九一二〇円
(エ) 休業損害 五三一万二五〇〇円
原告は、平成一二年度において、一二一五万九一五〇円の売上を上げていたところ、注文販売の花屋である原告の場合、諸経費を除いても、利益率は少なくとも三割五分程度はあり、少なくとも四二五万円の収入はあった。確定申告書の損益計算書(甲二〇の三)を見ても、差引金額四〇三万五三二七円に減価償却費二六万四一七四円を加えると、四二五万円を超える。そして、平成一三年度の一月及び二月の売上合計額が前年度より二〇パーセント以上上がっていることを考慮すると、原告の基礎収入は少なくとも四二五万円とすべきであるところ、平成一三年三月一四日から症状固定日である平成一四年六月二六日までの一年三か月分の休業損害として、上記金額を請求する。
(オ) 後遺障害逸失利益 二三八二万一二五〇円
基礎収入については、原告は、花屋をしながら、家の家事を手伝っていたところ、前記(エ)のとおり、原告の基礎収入は少なくとも四二五万円とすべきである。なお、万が一、これが認められないとしても、原告は、五年間をかけて花の専門学校を卒業し、花屋として独立開業する以前の平成九年(原告二五歳から二六歳時)には、株式会社東京フラワー(以下「東京フラワー」という。)に勤務し、平成一四年度賃金センサスの全産業・企業規模別の高専・短大卒の女性労働者の二五歳から二九歳の平均賃金である三五一万六八〇〇円よりも高額である年収三八七万円を得ていたほか、現在もアルバイトではあるが、東京フラワーで働いており、健康であれば、復帰することもできた可能性も高いことなどからすれば、どんなに少なくても平成一四年度賃金センサスの全産業・企業規模別計の高専・短大卒の女性労働者全年齢の平均賃金である三八三万三四〇〇円を基準とすべきである。
労働能力喪失率については、原告は、嗅覚脱失及び神経症状の後遺障害により併合一一級の等級認定を受けたところ、嗅覚脱失の後遺障害により、花屋をするに当たって、花の臭いが嗅げないという非常に大きな支障を受け、また、味覚にも大きな影響があることから、女性にとって重要な食事を作るという作業に至っては致命的な影響を受けるほか、掃除をすることにも悪影響を受けるなど、家事を行うに当たっても大きな支障を受けている。したがって、最低労働能力喪失率は三〇パーセントは見るべきであり、神経症状であることを考慮し、万が一、症状固定時期から数年間で喪失率を逓減させることが妥当であるとしても、労働能力喪失率が二〇パーセントを下らないことは極めて明白である。そして、実際に、原告は、現在、東京フラワーでアルバイトをしているが、体調的に週二度の勤務が限度という状況であり、月額平均七万四〇〇〇円の給与収入を得るにとどまっており、労働能力喪失率は五〇パーセントをはるかに超えるものである。
したがって、症状固定日である平成一四年六月二六日から平成一七年までの三年間については、少なくとも労働能力喪失率を五〇パーセントと見るべきであり、その後、六七歳までの三五年間にわたり、少なくとも三〇パーセントの労働能力を喪失したのであるから、原告の後遺障害逸失利益は、次の計算式のとおり、二三八二万一二五〇円となる。
425万円×0.5×2.723(3年ライプニッツ係数)+425万円×0.3×14.145(38年ライプニッツ係数-3年ライプニツッ係数)=2382万1250円
(カ) 傷害慰謝料 二〇〇万〇〇〇〇円
原告は、本件事故により、平成一四年三月一四日から平成一四年一〇月二三日までの約一九か月(通院実日数四八日)という長く辛い生活を送ったところ、症状固定日である同年六月二六日までとしても、通院期間が約一五か月である。そして、原告が本来入院すべき程度の傷害を受けており、平成一五年以降平成一七年まで頭痛の薬をもらいに通院していたほか、本件事故後の被告Y1の態度を加味すると、傷害慰謝料が上記金額を下回ることはない。
(キ) 後遺障害慰謝料 一〇〇〇万〇〇〇〇円
原告の後遺障害は、嗅覚脱失であるが、嗅覚脱失による味覚障害は、人生における幸せの大きな部分を占める食事の楽しみを奪うものであり、味覚障害の被害が極めて大きいことは周知の事実である。また、嗅覚脱失及びそれによる味覚障害により、女性である原告の場合、結婚にも極めて大きな支障が出ており、その損害は莫大であり、後遺障害慰謝料として上記金額を下回ることはない。
(ク) 物損 二五万〇〇〇〇円
原告車は、新車で三七万円で購入したバイクの後部座席に花の運搬用に八万円のステンレス製の箱を取り付けたものであり、本件事故により、購入後一年半で廃車となってしまったところ、バイクの平成一三年の中古車販売価格は二〇万円程度であり、八万円で取り付けた箱が無駄になったことを考え併せると、その損害は二五万円を下らない。
(ケ) 弁護士費用 二〇〇万〇〇〇〇円
(コ) まとめ
原告は、上記損害の合計金額のうち一五〇〇万円及びこれに対する本件事故発生日である平成一三年三月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告らの主張)
原告主張の損害の発生及び額については争う。
(ア) 後遺障害逸失利益
基礎収入については、本件事故が平成一三年に発生したものであることから、本件事故より四年も前の平成九年分の収入は参考にはならず、原告が平成一一年七月に花屋を独立開店して営業していたのであるから、事故前年である平成一二年分の収入とすべきである。しかし、原告提出の平成一二年分所得税青色申告書(甲二〇の九及び一〇)や売上表(甲二一)の内容に信用性はなく、上記申告書記載の所得を基礎とすることは不当である。また、逸失利益の算定にあっては、現実の収入を基礎とすべきである以上、安易に高卒・短大卒の賃金センサスを用いるべきではない。万一、賃金センサスを用いるとしても、立証されている現実収入との権衡を失しない程度の控え目な認定がなされるべきである。
労働能力喪失率については、原告の後遺障害は嗅覚脱失(一二級)と神経症状(一二級一二号)で併合一一級と後遺障害等級認定されたところ、原告は、独立開業後、店をアルバイト店員に任せ、自らは主に営業の仕事を行っていたものであり、花の配達及び集金といった業務に従事する中で、原告の後遺障害の内容が従前の業務内容に影響を及ぼしているとの立証はなされていない。実際に、嗅覚脱失については、原告は、本件事故後、遅くとも平成一六年二月九日ころから稼働していたことが窺えるところ、東京フラワーで、花を生けることと、ウェディング関係のブーケ等を作る仕事をしており、本件事故前と同種の仕事に従事することができているので、労働能力に具体的な影響を与えていない。また、原告の神経症状については、原告は、その本人尋問において、てんかんのおそれがあり、医師からバイクに乗ることを禁じられていると供述するが、原告がてんかんの薬を飲んでいる事実は認められず、原告の供述の信用性は乏しく、事故後四年を経過したにもかかわらず、てんかんの症状が出ていないことからすれば、原告の神経症状は軽快したものと考えられる。そうすると、労働能力の喪失率を検討するに当たり、考慮するとしても嗅覚脱失のみであり、現在の就労状況を踏まえれば、原告の労働能力の喪失率が一四パーセントに達することはない。
労働能力喪失期間については、原告に認定された後遺障害は、いずれも後遺障害等級一二級の神経症状であり、長期にわたり継続するという評価は妥当ではなく、少なくとも症状固定時から数年間で喪失率は逓減するとの評価がなされるべきである。また、原告は、六七歳までが労働能力喪失期間であると主張するが、稼働内容(営業的色彩)や原告の年齢を総合的に考えた場合、六七歳まで認めるのは長期に過ぎるというべきである。
(イ) 休業損害
前記(ア)のとおり、原告の受傷内容からすれば、原告の就労への具体的影響は小さく、原告の通院実績(実通院日数が少ない。)からすれば、症状固定までの間も相応の就労能力があったと評価し得る。そうすると、症状固定まで一〇〇パーセントの就労制限を受けたとする必要はない。本件では、原告が、事故当日に入院を断って自主的に退院した経緯からしても、重篤な症状でなかったことは明らかであり、これらの点も考慮されるべきである。
(ウ) 傷害慰謝料
原告は、本件事故発生日である平成一三年三月一四日から平成一四年一〇月二三日までの通院を前提に慰謝料を請求するが、遅くとも同年六月二六日までには症状固定していたのであるから、傷害慰謝料算定の基礎となる通院期間は長くとも一年三か月程度ということになる。そして、前記(ア)の事実も考慮されるべきであり、本件に関して特段高額な慰謝料が認められる要素は一切ない。
(エ) 後遺障害慰謝料
通常の賠償基準に照らして高額に過ぎる。前記(ア)の事実も考慮されるべきであり、本件に関して特段高額な慰謝料が認められる要素は一切ない。
(オ) 治療関係費
平成一四年六月二六日が症状固定時であるから、原告の主張する症状固定時以降の治療費は、本件事故との相当因果関係を否定すべきである。
イ 被告会社の損害の発生及び額
(被告会社の主張)
(ア) 修理代金 三七万四一一〇円
本件事故により、被告会社が被告車の修理代金相当額である上記金額の損害を被ったことは明らかである。
(イ) まとめ
被告会社は、三七万四一一〇円及びこれに対する本件事故発生日である平成一三年三月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(原告の主張)
否認する。被告会社自ら作成した見積書には証拠能力はなく、少なくとも証拠としての価値は極めて低い。
(3) 被告会社の原告に対する損害賠償請求権の消滅時効の援用の可否
(原告の主張)
被告会社の反訴請求は、不法行為から三年以上経過した後の請求であり、原告は、消滅時効を援用する。そして、原告は、平成一六年三月一一日、被告らに対する一〇〇〇万円の損害賠償を請求しており、その時から原告が損害賠償請求をすることは明らかであるのに、被告会社は、それから一年半以上経過した平成一七年一〇月二八日反訴を提起したのであって、消滅時効の趣旨が期間経過による証拠の収集の困難性にもあることから、原告の消滅時効の主張が権利濫用に当たらないことは極めて明白である。
(被告会社の主張)
原告は、被告会社の反訴請求の消滅時効を援用し、被告会社の原告に対する損害賠償請求権の時効消滅を主張するが、かかる主張は認められない。本件事故は平成一三年三月一四日に発生したが、原告による本訴の提起は平成一六年八月二七日と事故から三年以上経過してなされたものである。そして、一般に、同一事故で双方が損害を被った場合、一方当事者が相手方に対する賠償請求をするかどうかは相手方の出方を見て判断することが多く、特に、本件のように、被告会社の損害と比較して原告により多額の損害が生じた場合、被告会社が自己の損害を請求しようとすることには躊躇を覚えるのが通常である。このような場合、一方当事者の損害を争う手段を奪うことは、信義則違反・権利濫用として認められるべきではない。
第三当裁判所の判断
一 事故態様(過失相殺の可否・割合)
(1) 証拠(各項に掲記したもの)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
ア 本件事故現場は、別紙現場見取図(以下「現場見取図」という。)記載のとおり、第二京浜国道方面から大井町方面に向かって南西から北東の方向に走る区道三間通り(以下「三間通り」という。)と立会通り方面から豊町四丁目方面に向かって南東から北西に走る交差道路が直角に交差(以下「交差道路」という。)する、信号機は設置されているが、夜間(午後一一時から午前六時までの間)は信号機による交通整理の行われていない交差点である。
三間通りは、アスファルト舗装された平坦な直線道路であり、歩車道の区別がある一車線の道路である。三間通りは、車道の幅員が七・一メートルであり、両側には幅員二・三メートルの歩道が設置されている。三間通りは、最高速度が時速三〇キロメートルと指定され、終日駐車禁止及び一方通行(自転車を除く)の規制がなされている。
交差道路は、アスファルト舗装された平坦な直線道路であり、歩車道の区別がない一車線の道路である。交差道路は、車道の幅員が三・二メートルであり、その東側には幅員一・四メートル、西側には幅員一・三メートルの各路側帯が設置されている。交差道路は、最高速度が指定されていない(原告車は原動機付自転車であるため、最高速度が時速三〇キロメートルに制限されている。)が、終日駐車禁止の規制がなされている。
本件交差点は、四方向にそれぞれ幅員約四メートルのゼブラ模様の横断歩道が設置されており、三間通り及び交差道路にはそれぞれ白色ペイントの実線で標示されている停止線が設置されている。(乙一の六及び七)
イ 本件交差点には、定周期式信号機が設置されているが、夜間(午後一一時から午前六時までの間)は、三間通り側の信号機は黄色点滅表示となり、交差道路側の信号機は赤色点滅表示となる。本件交差点は、市街地の住宅街にあり、夜間でも、照明が設置されているため、原告車及び被告車の進路前方の見通しはよいが、原告車及び被告車からの左右の見通しは、いずれも家屋が存在するために不良である。本件事故当時、天候は晴であり、路面は乾燥していた。本件事故当時、車両及び歩行者の状況は、閑散とした状態であった。(甲二二の一及び二、乙一の六、七、九及び一〇、原告、被告Y1)
ウ 被告車の進行していた三間通りには、第二京浜国道方面から大井町方面に向かう二条の直線のタイヤのブレーキ痕が路面に鮮明に印象されていた。そのブレーキ痕は、右側の長さが九・二メートル、幅が〇・一二メートルであり、左側の長さが六・六メートル、幅が〇・一二メートルであり、轍間距離は一・四五メートルであった。被告車の轍間は、前輪が一・四五メートル、後輪が一・四二メートルであり、ハンドル及びブレーキに故障はなかった。(乙一の六)
エ 原告は、本件事故発生日の前日である平成一三年三月一三日午後一〇時ころまで仕事をし、同日午後一一時ころ、原告車を運転して一三人くらいの友人が温泉旅行の打合せのために集まっている居酒屋に行った。その後、原告は午前一時前ころに上記居酒屋を出て自宅に向かった。(乙一の一〇及び一八、原告)
オ 被告Y1は、三間通りを第二京浜国道方面から大井町方面に向かって時速約五六キロメートルで進行し、被告車の前部先端が本件衝突地点から約二四・二メートル手前の位置に達した時、対面信号機の表示が黄色点滅であるのを認めたが、そのまま道路の中央付近を走行し、本件交差点を直進通過しようとした。被告Y1は、被告車の車両前部が本件衝突地点の約四・四メートル手前の地点に達した時、交差道路の右方から進行してきた原告車を右前方約七・二メートルの現場見取図<ア>の地点(以下「<ア>地点」という。)に発見し、危険を感じてブレーキをかけ、ハンドルを左に切ったが間に合わず、本件衝突地点で、被告車の前部を原告車の左側部に衝突させた。被告車の本件事故発生直前の速度は時速約五三キロメートルであった。原告車は<ア>地点から被告車と衝突するまで約二・七メートル進行し、被告車は、被吉Y1が危険を感じてブレーキをかけた地点から被告車の停止地点である<4>地点まで約一四・四メートル進行して停止した。被告Y1は、その本人尋問において、衝突時の状況につき、原告車が飛び出してきたような感じであり、原告車を見てから一秒もなかったと供述した。被告Y1は、本件事故発生日は、その前日の午前八時四〇分からタクシーに乗務していたが、昼間に休憩を三回にわたって合計五時間ほどとっていた。被告Y1は、本件事故当時、交通閑散で交差道路からは車両等が進行してこないと思っていた上、交差道路の信号機の表示が赤色点滅であったため、交差道路を進行してきた車両等が一時停止してくれると思っており、被告車の乗客と話をしていた。(乙一の五、六、八、九及び一七、被告Y1)
なお、被告Y1の本人尋問における供述は、具体的かつ詳細で、迫真性があり、自己に不利益な事実についても供述しているなど、特に不自然・不合理な点はなく、信用できるといえる。
カ 原告は、本件事故発生直前、交差道路を立会通り方面から豊町四丁目方面に向かって時速約三〇キロメートルで道路中央付近を進行していた。原告車の前後には他の車両等は走行しておらず、交通閑散の状態であった。
原告車は被告車と衝突し、原告は原告車とともに路上に転倒した。原告は本件衝突地点から約九メートル離れた現場見取図記載<エ>の地点に転倒し、原告車は本件衝突地点から約一三メートル離れた<ウ>点に倒れていた。原告は、意識はあり、本件事故の現場に到着した救急隊員と話をしていた。しかし、原告には、本件交差点の一つ手前の交差点で友人の自宅の灯りがついているかを確認するためにいったん停止したが、それ以降の記憶は全くない。原告車は、発進が遅く、加速もあまりよくなかった。(甲一四、乙一の五、九及び一〇、原告、被告Y1)
キ 本件事故後、本件衝突地点から原告車の最終停止地点である現場見取図記の<ウ>の地点(以下「<ウ>地点」という。)に至るまでの断続的な擦過痕が路面に残っていた。また、<ウ>地点周辺には鉢植えの土等が散乱していたほか、原告のヘルメットが、原告車の進行方向前方である豊町方面に向かって本件衝突地点から約七・五メートルの地点である交差道路中央付近に落下していたところ、落下していたヘルメットの状況は、あご紐が結着されておらず、あご紐が金具から抜けていたというものであった。(乙一の六及び七、原告)
なお、原告は、その本人尋問において、半キャップのヘルメットを、いつも、紐を金具に通して締めたまま首の入る輪の形にし、これに頭を入れる形でかぶっていたので、本件事故当時、紐が緩かったことは確かであると思うが、きちんと紐を金具に通して締めていた旨供述するが、ヘルメットが原告車の進路前方方向に約七・五メートルも飛んでいる上、あご紐が金具から抜けていたことからすれば、原告の上記供述は信用できず、もともとヘルメットのあご紐を金具に通していなかったか、あご紐を金具には通していたが、きちんと締めていなかったと認めざるを得ない。
ク 原告が本件事故後に救急車によって搬送された昭和大学病院の診療記録(乙二)には、「H一三・三・一四・交差点で五〇ccバイク乗車中(ヘルメット未着用+アルコール飲酒)タクシーと衝突し受傷」(一七頁)、「アルコール臭・」(二一頁)及び平成一三年三月一四日午前六時の欄に「アルコール臭持続」(二三頁)と記載されている。
なお、原告は、その本人尋問において、飲酒について、居酒屋では飲酒しておらず、平成一三年三月一三日午後七時ころに原告の父と二人で五〇〇ミリリットルの缶ビールを一本ほど飲んだのが最後であると供述するが、本件事故の発生時刻から約五時間も経過していたにもかかわらず、看護師がアルコール臭を確認していたことからすれば、上記供述は信用できないといわざるを得ず、原告が本件事故前に居酒屋で相当程度の量の飲酒をしていたと認めざるを得ない。
(2) そこで、上記認定の事実に基づき検討すると、次のとおり考えることができる。
被告車が本件事故発生直前に時速約五三キロメートルで進行していたところ、被告Y1が原告を発見した地点から本件衝突地点までの距離が約四・四メートルであるところ、仮に被告車が原告車を発見した地点から本件衝突地点まで上記速度で進行したとすると、被告Y1が原告車を発見してから原告車と被告車が衝突するまでの時間は、被告車が秒速約一四・七二メートルで進行していたことになるから、約〇・三秒であったと認められる。そうすると、原告車が、被告Y1が原告車を発見した際の走行地点である<ア>地点から被告車と衝突するまでの約〇・三秒間に約二・七メートル進行したことになるから、原告車の本件事故発生直前の速度は時速約三〇キロメートルであったと推認される。そして、原告車の本件事故発生直前の速度が上記速度であったことは、原告のヘルメットが飛ばされて落下していた位置から見て不自然なものではなく、原告が、交差道路を時速約三〇キロメートルで進行してきたこと、及び原告車の加速がよくないことを自認していることからすれば、原告が本件交差点で一時停止したことだけではなく、本件交差点手前で時速約二〇キロメートル程度に減速して本件交差点に進入した事実を認めることはできないといわざるを得ない。また、原告は、本件事故前に相当程度飲酒していたことが認められるところ、対面信号機の表示が赤色点滅であったにもかかわらず、減速することなく本件交差点に進入したという本件事故の態様に照らせば、原告が飲酒していたことが、原告の注意力を低下させ、本件事故発生に影響したものと認めざるを得ない。
これに対し、被告Y1は、本件事故発生日の前日の午前八時四〇分からタクシーに乗務しており、本件事故当時、被告車の乗客と話をしていたところ、被告Y1には、交通閑散で交差道路からは車両等が進行してこないと思っていた上、交差道路の信号機の表示が赤色点滅であったため、交差道路を進行してきた車両等が一時停止してくれると思っていたため、左右の見通しのきかない交差点において、対面信号機が黄色の灯火点滅を表示している場合、交差点手前で徐行し、左右道路からの車両の有無に留意し、その安全を確認しながら進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、指定最高速度を時速一五キロメートル以上超過する速度で進行した過失があると認められるものの、原告車の本件交差点進入時の速度、及び被告Y1が衝突の危険を感じた地点からの停止距離(空走距離と制動距離の合計)が約一四・四メートルであったことからすれば、注意力が散漫となっており、特に原告車の発見が遅れたという著しい前方不注視の過失があると認めることはできない。
以上によれば、本件事故発生の原因は、被告Y1の上記過失だけではなく、原告が、本件交差点に進入するに際し、対面信号機の表示が赤色点滅であったのであるから、交差点手前で一時停止して安全を確認した上、交差点に進入すべき注意義務がある(道路交通法施行令二条一項)のに、これを怠り、減速することなく本件交差点に進入した原告の過失にもあるというべきである。したがって、原告は民法七〇九条に基づき被告会社の損害を賠償する責任がある。
また、原告が、対面信号機の赤色点滅の表示に従って本件交差点手前で一時停止して左右の安全を確認していれば、被告車の存在を認識することができ、本件事故を回避できたことは明らかであるから、本件事故の主たる原因は、原告の上記過失にあり、原告が、本件交差点に進入するに際し、一時停止をせず、減速をしなかったこと、原告の飲酒運転が本件事故発生に影響したと認められること(ただし、飲酒量は明らかではない。)、本件事故当時、原告が、ヘルメットをかぶってはいたものの、ヘルメットのあご紐を金具に通していなかったか、あご紐を金具には通していたが、きちんと締めていなかったため、原告の頭部外傷による損害が拡大したと認められること、他方、被告Y1が、対面信号機が黄色の灯火点滅を表示しているにもかかわらず、交差点手前で徐行せず、指定最高速度を時速一五キロメートル以上超過した速度で本件交差点に進入したことを総合考慮すれば、原告と被告Y1の過失割合は、前者が七〇パーセント、後者が三〇パーセントであるとするのが相当である。したがって、原告の損害については七〇パーセントの、被告会社の損害については三〇パーセントの各割合による過失相殺が行われることとなる。
二 損害の発生及び額
(1) 原告の損害の発生及び額
ア 治療関係費 二二万七二七〇円
原告の症状固定日である平成一四年六月二六日までの治療関係費は、昭和大学病院分一三万〇五五〇円と眞田クリニック分九万六七二〇円の合計二二万七二七〇円(甲三、四)であると認められ、症状固定日以降の治療の必要性を認めるに足りる証拠はないところ、上記金額を本件事故と相当因果関係のある損害と認める。
イ 文書料ほか 二一万三三一〇円
文書料として昭和大学病院分一七万〇一〇〇円と眞田クリニック分一万五七五〇円(平成一三年一一月分から平成一四年三月分の明細書料)の合計一八万五八五〇円、下肢装具作成料一万八九〇〇円及び薬代その他の合計八五六〇円の合計額である上記金額を本件事故と相当因果関係のある損害と認める。(甲三ないし八、乙二)
ウ 通院交通費ほか 三万九一二〇円
原告が、通院のためにタクシーを利用し、交通費として合計三万九一二〇円を支出したところ、平成一三年三月二六日から同年七月二六日までのものであるので、その必要性を認め、上記金額を本件事故と相当因果関係のある損害と認める。(甲九、一〇、弁論の全趣旨)
エ 休業損害 一九一万六七〇〇円
(ア) 基礎収入については、原告が、以前に勤務していた東京フラワーを退職し、本件事故当時、平成一一年七月に独立開店した「ア・バン・セ」の屋号の花屋を自営していたところ、平成一二年分の所得税の確定申告書上、売上が一二一五万九一五〇円であり、青色申告特別控除を除く諸経費を控除した申告所得が四〇三万五三二七円であることが認められる(甲二〇の一ないし一〇、原告)。そして、原告は、同年度において、注文販売の花屋である原告の場合、諸経費を除いても、利益率は少なくとも三割五分程度はあり、固定経費である減価償却費が二六万四一七四円であったことからすれば、少なくとも四二五万円の収入があった旨主張する。しかし、原告は、同年度の申告期限が平成一三年三月一五日であったところ、実際に確定申告書を荏原税務署に提出したのは本件事故後で本件訴訟提起後である平成一七年一〇月七日である(甲二〇の九及び一〇)ところ、平成一一年分の所得税の確定申告書(甲一八の一ないし四)上、開店直後であるとはいえ、同年七月三〇日から同年一二月三一日までの売上が一六四万円にとどまっており、上記申告所得の裏付けとなる客観的な証拠は提出されていないから、上記申告所得が実収入であることの証明がないといわざるを得ず、原告主張の年収四二五万円をもって基礎収入と認めることはできない。
ところで、原告は、休業損害について、その基礎収入として確定申告書上の申告所得を主張するところ、後遺障害逸失利益の基礎収入として平成一四年度賃金センサスの全産業・企業規模別計の高専・短大卒の女性労働者全年齢の平均賃金である三八三万三四〇〇円を主張していることからすれば、上記申告所得が認定されない場合には、上記平均賃金を基礎収入とする主張もなされていると考えられる。そこで、検討すると、原告は、花屋を自営し、平成一一年分(同年七月三〇日から同年一二月三一日まで)の申告所得と固定経費である租税公課及び減価償却費が合計一六万九六四四円にすぎなかったが、平成一二年度には顧客も増え、確定申告書上の青色申告特別控除前の申告所得と固定経費である減価償却費が合計四二九万九五一〇円とされていること(甲一八の一ないし四、甲二〇の一ないし一〇、原告)からすれば、相当額の収入があったことが認められるが、上記平均賃金程度の収入を得ていたことを認めるに足りる証拠はないので、控え目に算定し、上記平均賃金の八割である三〇六万六七二〇円の限度で基礎収入と認める。
(イ) 就労制限の期間及び程度については、原告は、平成一三年三月一四日から症状固定日である平成一四年六月二六日までの一年三か月にわたり、一〇〇パーセントの就労制限を受けた旨主張する。しかし、原告が、本件事故発生日のうちに入院した病院を退院し、翌日には仕事をしたこと、しかし、その後、原告が、一か月以上の間、頭が痛く、頻繁に気分が悪くなり、ほとんど寝ていたこと、原告が、平成一四年六月二六日に症状固定し、後遺障害等級併合一一級(労働能力喪失率は二〇パーセントとされている。)に該当すると認定されたことが認められ、これらの事情を総合考慮すると、本件事故発生日から症状固定日までの一年三か月間において、平均五〇パーセントの就労制限を受けたものと認める。(甲一一、一四、原告)
(ウ) そうすると、原告の休業損害は、次の計算式のとおり、一九一万六七〇〇円となる。
306万6720円×15か月/12か月×0.5=191万6700円
オ 後遺障害逸失利益 一〇七四万四五二〇円
(ア) 基礎収入については、前記エの(ア)のとおり、原告の平成一二年分の申告所得が実収入であることの証明がないといわざるを得ず、原告主張の年収四二五万円を基礎収入であると認めることはできない。
ところで、原告は、後遺障害逸失利益の基礎収入として平成一四年度賃金センサスの全産業・企業規模別計の高専・短大卒の女性労働者全年齢の平均賃金である三八三万三四〇〇円を主張するところ、休業損害の基礎収入としては上記平均賃金の八割である三〇六万六七二〇円の限度で基礎収入として認められ、平成一一年七月に花屋を開店した直後の売上は少額であり、平成一二年分の売上については、確定申告書上の売上があったことを認めるに足りる証拠はない。しかし、花屋の売上が顧客の増加によって前年よりも大幅に増えたと認められること、原告が、東京フラワーに就職し、平成九年(原告二五歳から二六歳時)には平成一四年度賃金センサスの全産業・企業規模別の高専・短大卒の女性労働者の二五歳から二九歳の平均賃金である三五一万六八〇〇円よりも高額である年収三八七万円を得ていたこと、原告が、現在、東京フラワーでアルバイトとして稼働しているところ、仮に、原告が健康であり、花屋の営業による所得が東京フラワーにおける給与所得よりも低額であるならば、原告が全国的に有名である花の専門学校を卒業しており、花屋を閉店して東京フラワーに正社員として復帰できる蓋然性もあると認められることなどからすれば、将来にわたって少なくとも平成一四年度賃金センサスの全産業・企業規模別計の高専・短大卒の女性労働者全年齢の平均賃金である三八三万三四〇〇円を得ることができる高度の蓋然性があると認められるので、この金額を後遺障害逸失利益の基礎収入として認める。(甲一三、一八の一ないし四、一九の一ないし九、二〇の一ないし一〇、原告)
(イ) 労働能力喪失率については、原告が本件事故による嗅覚脱失(後遺障害等級一二級相当)及び頭部外傷(脳挫傷痕)に基づく精神・神経系統の障害(後遺障害等級一二級一二号)の後遺障害により併合一一級の等級認定を受けたこと、嗅覚脱失については、全く嗅覚が失われ、錯覚臭もある状態であり、精神・神経系統の障害については、頭部に疼痛が生じたり、足が痛んだりするものであること、原告が、本件事故当時、花屋を自営していたところ、花屋を閉店し、平成一七年二月から東京フラワーでアルバイトとして稼働し、花を生けたり、ウェディング関係のブーケを作る仕事などに従事していること、原告が、現在も、季節の変わり目や多少疲れがたまった場合のほか、錯覚臭が二、三日続いた場合などには、吐き気がするなど、体調が悪くなることがあること、そのため、原告の東京フラワーにおける稼働が、週二回の予定であるものの、体調がよくない場合には週一回となることもあること、原告は、花を扱う仕事上、嗅覚がないために困ることはあるが、ある程度花の臭いは分かっており、品種改良による新しい花などについては同僚に尋ねるなどして仕事をこなしていること、原告は、元婚約者の訴外B及びBの母と同居していたところ、嗅覚がなく、味覚にも影響が出ているため、料理はできるものの、料理に関し、Bの母と言い争いとなることが多々あったほか、冷蔵庫から生ゴミの臭いがするのを放置してしまったり、掃除に関し、湿った臭いや漂白剤の臭いのする台ふきでテーブル等を拭いたりし、Bの母に叱られるなど、家事労働にも少なからず影響を受けていると認められることを総合考慮すると、原告は、症状固定時において労働能力の二〇パーセントを喪失したものと認められる。なお、精神・神経系統の障害について、原告は、てんかん発作を生じる可能性があり、そのため、医師からバイクに乗ることを禁止されている旨主張するが、原告が本件事故後に抗てんかん剤の処方を受けず、これを服用していないこと、それにもかかわらず、本件事故後、原告には、てんかん発作が四年以上発現していないことからすれば、てんかん発作発現の可能性を認めることはできない。(甲一一、一四、一九の一ないし九、乙一の一一及び一五、原告)
労働能力喪失期間については、嗅覚脱失及び精神・神経系統の後遺障害が脳挫傷痕に基づく器質的なものであること(甲一一、乙一の一一)からすれば、後遺障害が回復する可能性は認め難いが、精神・神経系統の障害については、頭部等の疼痛が後遺障害の内容であると認められるので、慣れなどによる労働に対する影響が徐々に逓減していくものと考えられる。そうすると、労働能力喪失率については、原告の症状固定時の年齢は三〇歳であるところ、症状固定後一〇年間は二〇パーセントであるが、その後、就労可能年齢である六七歳までの二七年間は平均して一四パーセントであると認めるのが相当である。
(ウ) 以上によれば、前記オの(ア)の原告の基礎収入に、当初の一〇年間については二〇パーセントを、その後の二七年間については一四パーセントをそれぞれ乗じ、ライプニッツ方式により中間利息を控除して、原告の後遺障害逸失利益の症状固定時における現価を求めると、次の計算式のとおり、一〇七四万四五二〇円となる。
383万3400円×0.2×7.7217(10年ライプニッツ係数)+383万3400円×0.14×{16.7112(37年ライプニッツ係数)-7.7217}=592万0072円+482万4448円=1074万4520円
カ 傷害慰謝料 一二〇万〇〇〇〇円
前判示のとおり、原告が本件事故により受傷したことによって精神的苦痛を被ったことが認められるところ、原告の傷害の部位・程度、症状固定日までの通院期間・通院実日数、治療内容(平成一三年三月一四日から同年四月二六日まで膝下をギプスで固定し、その後、足関節装具をつけてリハビリを行ったこと)、受傷後の経緯など、本件に顕れた一切の事情を考慮すると、傷害慰謝料は上記金額をもって相当と認める(乙一の一四ないし一六、二)。なお、原告は、慰謝料増額事由として本件事故後の被告Y1の態度を主張するが、これが慰謝料増額事由に当たるとまではいえない。
キ 後遺障害慰謝料 四二〇万〇〇〇〇円
原告の後遺障害の部位・程度、受傷後の経緯など、本件に顕れた一切の事情を考慮すると、後遺障害慰謝料は上記金額をもって相当と認める。
ク 物損 二五万〇〇〇〇円
原告車は、車種がホンダ・ジャイロアップという三輪バイクであり、原告が平成一一年一〇月に新車価格三七万円で購入したものであり、その際、原告車の後部荷台には、花の運搬用のステンレス製の箱が八万円をかけて取り付けられた。そして、原告車は、本件事故により、前面カウル、シート下フレームボディカバー、荷台等の左側が激しく破損するなど、破損の程度が著しいことから、経済的全損の状態となったものと認められるところ、本件事故発生日である平成一三年三月一四日における原告車本体の中古車販売価格が二〇万円(平成一二年は二二万円であり、平成一四年は一八万円である。)を下回るものではなく、八万円をかけて取り付けられた上記箱の残存価格を含めた本件事故時における原告車の残存価格は、二五万円を下回るものではないと認められるので、二五万円をもって本件事故と相当因果関係のある損害と認める。(甲一五、一六、乙一の六及び一〇、原告)
ケ 過失相殺及び損害の填補
そうすると、原告の損害合計額は、前記アないしクの損害合計は、一八七九万〇九二〇円となるところ、七〇パーセントの過失相殺を行うと五六三万七二七六円となる。この金額から、原告が自賠責保険及び被告会社から支払を受けた既払金合計四五一万円を控除すると、損害残額は一一二万七二七六円となる。
コ 弁護士費用 一一万〇〇〇〇円
原告は、本件事故に基づく損害賠償請求権について、被告らから任意の弁済を受けられなかったため、弁護士である原告訴訟代理人に本件訴訟の提起及び追行を委任し、その費用及び報酬の支払を約束したことが認められるところ(弁論の全趣旨)、本件訴訟の難易度、認容額、審理の経過、その他本件において認められる諸般の事情を総合考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、一一万円と認めるのが相当である。
サ 結論
以上によれば、原告の被告らに対する請求は、一二三万七二七六円及びこれに対する本件事故発生日である平成一三年三月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(2) 被告会社の損害の発生及び額並びに被告会社の原告に対する損害賠償請求権の消滅時効の援用の可否
ア 修理代金 三七万四一一〇円
本件事故により、被告会社が被告車の修理代金相当額である上記金額の損害を被ったものと認める。(乙四)
なお、原告は、被告会社自ら作成した見積書(乙四)には証拠能力がなく、少なくとも証拠としての価値は極めて低い旨主張するが、被告車の本件事故による破損状況(乙一の六)からすれば、過大な見積もりであることが明らかであるなど、上記見積書の証明力を疑わせる事実を窺わせる事情は認められないので、原告の上記主張は採用できない。
イ 過失相殺
そうすると、被告会社の損害は三七万四一一〇円となるところ、被告Y1に三〇パーセントの過失があることから、三〇パーセントの過失相殺を行うと二六万一八七七円となる。
ウ 被告会社の原告に対する損害賠償請求権の消滅時効の援用の可否
ところで、本件事故発生日が平成一三年三月一四日であり、反訴提起日が平成一七年一〇月二八日であることは、本件記録上明らかであるから、時効期間が三年間である被告会社の原告に対する民法七〇九条に基づく損害賠償請求権については、時効期間経過後に訴えが提起されたことが明らかである。しかし、原告の被告らに対する民法七〇九条、同法七一五条及び自賠法三条に基づく損害賠償請求権については、時効期間満了直前の平成一六年三月一二日に被告らに対する催告がなされ(甲二三の及び二、二四の一及び二)、本訴が上記催告後六か月を経過する直前の同年八月二七日に提起されたものであることは本件記録上明らかである。そして、本件においては、原告が消滅時効の時効期間満了直前に上記催告を行ったことから、被告らが自己の請求権を保全する余裕がないうちに時効期間が経過してしまったのであるから、このような場合に、適宜な期間内に反訴が提起されたのに、反訴請求は時効消滅したとして本訴請求のみを認容するのは公平に反するというべきであり、原告による時効の援用は信義則上認められないといわざるを得ない。
ところで、本件においては、反訴提起が、上記催告から約一年七か月を、本訴提起から一年二か月をそれぞれ経過してからなされたところ、反訴が適宜な期間内に提起されたものとはいえないのではないかが問題となる。しかし、一般に、本訴において人的損害の請求が行われ、かつ、被害者が死亡したり、被害者が重篤な傷害を受けたなど、重大な結果が発生した場合、本訴原告の心情に配慮したり、和解による解決を視野に入れ、本訴被告が軽微な物的損害を反訴請求することに躊躇を覚えるのは、やむを得ないことである。そして、本訴被告が、このような態度をとったことをもって、権利の上に眠るものとはいえないことは明らかである上、本訴被告が上記態度をとることは、本訴原告にとっても予想可能であるといえる。また、本訴と反訴においては、証拠がほぼ共通しており、本訴が提起されている以上、証拠の散逸は考え難い上、本件記録上、本件においては、平成一七年七月一日に裁判所の和解案が提示されたが、被告らが上記和解案には応じられないとし、和解による解決が困難であると判断された同年八月三〇日の弁論準備手続期日において、弁論準備手続が終結され、証拠調べのための口頭弁論期日が同年一一月一日と指定されたところ、被告車の修理費用相当額の損害の支払を求める反訴が上記口頭弁論期日までの間に提起されたのであるから、反訴提起が特に遅れたということはできず、反訴が適宜の期間に提起されたものと見ることができる。そうすると、本件において、原告が被告会社の原告に対する損害賠償請求権の消滅時効を援用することは、信義則に反するといわざるを得ない。
エ 結論
以上によれば、被告会社の原告に対する請求は、二六万一八七七円及びこれに対する本件事故発生日である平成一三年三月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 湯川浩昭)
現場見取図
<省略>