大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成16年(ワ)18823号 判決 2005年9月08日

甲事件原告

A野太郎

他249名

乙事件原告

B山花子

他34名

甲事件原告ら及び乙事件原告ら訴訟代理人弁護士

小部正治

坂勇一郎

甲乙両事件被告

日本電信電話株式会社

同代表者代表取締役

和田紀夫

他2名

甲事件被告

エヌ・ティ・ティコミュニケーションズ株式会社

同代表者代表取締役

鈴木正誠

他1名

甲乙両事件被告ら甲事件被告ら訴訟代理人弁護士

太田恒久

石井妙子

深野和男

寺前隆

岡崎教行

主文

一  甲事件原告ら及び乙事件原告らの主位的請求をいずれも棄却する。

二  本件訴えのうち予備的請求に係る部分をいずれも却下する。

三  訴訟費用は甲事件原告ら及び乙事件原告らの負担とする。

事実及び理由

(以下、甲事件原告ら及び乙事件原告らを併せて「原告ら」といい、甲乙両事件被告ら及び甲事件被告らを併せて「被告ら」という。また、甲乙両事件被告日本電信電話株式会社を「被告NTT」という。)

第一原告らの請求

一  主位的請求

被告らは、NTTグループ規約型企業年金に関し、平成一六年七月二六日及び同月二九日開催のNTTグループ規約型企業年金三者協議会の決議を内容とする規約の変更について、確定給付企業年金法六条一項による厚生労働大臣の承認の申請を行い、同規約の変更を行ってはならない。

二  予備的請求一

被告らは、別紙(1)年金額一覧表及び別紙(1)年金額一覧表(追加分)記載の原告らのNTTグループ規約型企業年金の受給権を、平成一六年七月二六日及び同月二九日開催のNTTグループ規約型企業年金三者協議会の決議に基づく確定給付企業年金法六条一項による厚生労働大臣の承認手続により変更することができないことを確認する。

三  予備的請求二

被告らは、平成一六年七月二六日及び同月二九日開催のNTTグループ規約型企業年金三者協議会の決議に基づく確定給付企業年金法六条一項による厚生労働大臣の承認手続の後の原告らのNTTグループ規約型企業年金の受給権が、別紙(1)年金額一覧表及び別紙(1)年金額一覧表(追加分)記載のとおりであることを確認する。

第二事案の概要

本件は、被告らが、従前実施してきていたいわゆる適格退職年金(法人税法附則二〇条、同法施行令附則一六条)を平成一六年四月一日に確定給付企業年金法所定の確定給付企業年金(規約型企業年金)に移行させた後、その規約の変更(年金給付の額の減額等を内容とするもの)をしようとしていることについて、当該適格退職年金制度の下で被告らを退職して年金受給権を取得した原告らが、主位的に、その規約の変更について厚生労働大臣の承認の申請をして規約の変更をすることの差止めを求め、予備的に、原告らの受給権の内容を規約の変更により変更することができないことの確認又は規約の変更後も原告らの受給権の内容に変更がないことの確認を求めている事案である。

一  前提事実(証拠原因を掲起しない事実は当事者間に争いがない。)

(1)  被告らは、被告NTTを中核とするいわゆるグループ企業であり、原告らは、かつて被告らのいずれかの従業員として勤務し、平成一六年四月一日よりも前に退職した者である。

(2)  被告らは、平成一六年四月一日まで、企業年金としていわゆる適格退職年金(法人税法附則二〇条、同法施行令附則一六条)を実施してきていた(以下、被告らが実施していた適格退職年金を「本件適格退職年金」という。)。

本件適格退職年金は、被告NTTが、平成三年九月一七日、NTT労働組合(当時の名称は「全国電気通信労働組合」)との間で、「企業年金に関する協約」(甲第二号証)を締結し、平成四年一月九日、「企業年金規程」(乙第一号証)を定めた上、総幹事会社である日本生命保険相互会社との間で加入者を被保険者とする企業年金保険契約を締結し、国税庁長官の承認を受けて発足した。

本件適格退職年金は次の①ないし⑤を基本的な内容とするものであり(ただし、平成一三年四月以降の退職者に対する年金の支給について、⑤の給付利率は年四・五%に、据置利率は年三%にそれぞれ変更された。)、原告らは、その加入者として、退職時に、年金を受給する権利を取得した(その受給権の内容については、原告らは別紙(1)年金額一覧表(追加分を含む。)記載のとおりであると主張している)。

① 年金原資 退職手当の二八%に相当する額

② 対象者 勤続年数二〇年以上かつ五〇歳以上で退職した者

③ 支給期間 一〇年、一五年、二〇年から受給権者が選択

④ 支給形態 定額型、逓増型、変額L字型、変額逆L字型から受給権者が選択

⑤ 給付利率 年七%(据置利率は年五・五%)

なお、給付利率とは、年金原資を年金化する際に付け加えられる利息額を決める利率をいい、据置利率とは、企業員の退職後、年金が支給されるまでの期間に付け加えられる利息額を決める利率をいう。

(3)  被告らは、確定給付企業年金法附則二五条の規定に従い、厚生労働大臣の承認を受けて、平成一六年四月一日、本件適格退職年金を同法所定の確定給付企業年金である規約型企業年金に移行させた(以下、この確定給付企業年金(規約型企業年金)を「本件確定給付企業年金」といい、本件確定給付企業年金に係る規約を「本件規約」という。)。

被告らは、その退職者に対し、「NTTグループの企業年金制度の再構築について(平成一六年一月)」(甲第一〇号証)、「NTTグループ規約型企業年金制度について(平成一六年四月)」(甲一一号証)と題する書面を送付して、本件確定給付企業年金の給付に関して次の①ないし④の内容を含む規約の変更をする予定であることを告知した。

① 実施予定日 平成一七年四月(ただし、受給権者の三分の二の同意を得ることが前提)

② 給付利率 一〇年国債表面利回り三年平均(前年の一二月から遡って三年間の平均利回りを当年度四月以降の一年間適用する。)+〇・五%

(上限は七%、下限は一・五%又は法定下限利率(確定給付企業年金法に規定する予定利率)のいずれか高い方とする。)

③ 据置利率 一〇年国債表面利回り三年平均

(上限は六・五%、下限は給付利率の下限―〇・五%とする。)

④ 経過措置 平成一七年四月一日から平成二三年三月三一日までの六年間は、給付利率の下限を三・五%、据置利率の下限を三・〇%とする。

(5)  被告らは、平成一六年四月から五月にかけて、本件確定給付企業年金の受給権者及び据置者を対象として、全国各地において上記のような規約変更の内容等についての説明会を開催した。

(6)  平成一六年七月二六日及び同月二九日、本件確定給付企業年金について、被告は、現加入者及び受給権者の各代表委員五名(総数一五名)による三者協議会が開催され、上記(4)②ないし④と同じ内容の規約変更(以下「本件規約変更」という。)を行うこと、本件規約変更につき、受給権者の三分の二の同意を得て、平成一七年四月以降に厚生労働大臣の承認の申請を行うことを内容とする決議がされた。

(7)  被告らは、現在、本件規約変更についての同意書を取得する手続を行っているが、未だ本件規約変更について厚生労働大臣の承認の申請をしていない。

二  原告らの主張(本案前の主張)

(1)  主位的請求に関して

主位的請求は、本件規約変更の手続の停止という作為を求めるものであり、仮に不作為を求める請求であるとしても、被告らが現在進めている手続の停止を求めるものであるから、現在給付の訴えである。

不作為を求める現在給付の訴えの利益について、「将来にわたって違反のおそれがなお存続することが要件として要求される」と解したとしても、本件規約変更は、契約上も法律上も許されないにもかかわらず、被告らが強行しようとするものであって、かかる違法は将来にわたって存続するおそれがあるから、訴えの利益は認められる。

また、仮に主位的請求が将来給付の訴えであるとしても、本件は履行期限が到来してもその履行が合理的に期待できない事情が存在する場合に該当し、また、義務者である被告らが現在すでに義務の存在、履行期等を争っており、原告ら主張のとおりの時期における即時の履行が期待できないから、「あらかじめその請求をする必要」(民訴法一三五条)があり、訴えの利益が認められる。

(2)  予備的請求に関して

被告らは、原告らを含む本件確定給付企業年金の受給権者に対し、その受給権の変更を行うことを七回にわたって通知するとともに、企業年金三者協議会を設置して、その決議を得た上、年金減額についての同意の徴収を行うなどして、厚生労働大臣の承認の申請への手続を進行させている。そして、被告らは、年金減額に同意しない受給権者についても上記手続を通じて年金減額を行う旨を明らかにしており、原告らの年金給付額の減額は差し迫ったものとなっている。

したがって、予備的請求については確認の利益があるというべきである。

三  原告らの主張(本案の主張)

(1)  主位的請求について

ア 被告らによる本件規約変更の手続は、下記(ア)、(イ)のとおり、年金給付額を減額しないという不作為義務に違反するばかりでなく、確定給付企業年金法等の法令に違反し、年金給付額の減額の要件も満たさないものであって、下記(ウ)のとおり、差止めの必要性もあるから、差し止められるべきである。

(ア) 被告には年金給付額を減額しないという不作為義務があること

a 被告らの原告らに対する年金給付については、被告らが日本生命保険相互会社と適格退職年金契約(第三者のためにする契約(民法五三七条)。以下「本件企業年金保険契約」という。)を締結し、原告らが退職時に年金受給に関する受益の意思表示を行ったことにより具体的内容が確定した。

そして、本件企業年金保険契約に関する「新企業年金保険普通保険約款」(乙第一〇号証)には、著しい経済変動など契約締結の際に予見し得ない事情の変更がある場合でも、「すでに年金受給権を取得している基本年金の受取人の年金額を減額することはありません。」(第三一条)と規定されているなど、外部積立の保険契約として確実に年金が支払われることになっており、既に年金受給権を取得している者の年金給付額を減額することはできないという契約が成立している。

被告らは、平成一六年四月一日、本件確定給付企業年金への移行により本件企業年金保険契約に基づいて日本生命保険相互会社が原告らに対し負っていた給付の支給に関する権利義務を承継した(確定給付企業年金法附則二五条)。

また、被告らが原告らに対し退職前のライフプラン研修において提示した「退職手当・年金等試算調書(ライフプラン)」には、支給年金額について、支給開始年月から支給終了年月まで減額されることはない旨表示されていた。原告らが退職後に被告らから受け取った「退職手当等支給明細書兼年金資産額通知書」も、年金支給開始年月と年金月額、支給期間、支給開始年齢に加えて、「年金支給総額」が記載され、将来年金給付額の減額がされることはあり得ないものとなっている。

以上によれば、原告らと被告らとの間には年金給付額の減額を行わないという黙示の合意があり、被告らには年金給付額を減額してはならないという不作為義務があるというべきである。

なお、「企業年金規程」(乙第一号証)三五条には、「本制度は経済情勢の変化、社会保障制度の改正又は会社経理内容の変化等に応じて、その一部若しくは全部を改訂又は廃止することができる」との規程があるが、これは、在職者に対する関係で本件適格退職年金の制度を改定又は廃止することができるとする規程であって、既に退職して年金受給権を取得し年金規程の適用を受けなくなった原告らを拘束しない。

b 被告らにおける企業年金制度の導入の経緯、制度設計のあり方及びその後の経緯にかんがみると、原告らと被告らとの間には、契約関係を破壊しないという黙示の合意があるというべきである。

また、仮に上記の合意が認められないとしても、信義則上、被告らは原告らとの契約関係を破壊してはならない義務を負っているというべきである。

しかして、被告らによる本件規約変更の承認の申請は、原告らとの契約関係を破壊する行為である。

(イ) 本件規約変更は確定給付企業年金法等の法令に違反すること

a 確定給付企業年金法における受給権者の給付の額の申請基準(要件)を満たしていないこと

受給権者の給付の額を減額するためには、①「実施事業所の営業の状況が悪化したことにより、給付の額を減額することがやむを得ないこと。」(確定給付企業年金法施行規則五条二号)、又は②「給付の額を減額しなければ、掛金の額が大幅に上昇し、事業主が掛金を拠出することが困難になると見込まれるため、給付の額を減額することがやむを得ないこと。」(同条三号)が必要である。

しかるに、被告らの営業の状況や企業年金財政からすると、上記①、②を満たしていない。

b 確定給付企業年金法が加入者でなかった受給権者の年金給付額の減額を認めていないこと

確定給付企業年金法は、原告らのような規約型企業年金(確定給付企業年金)の加入者の時代を持たない受給権者の年金給付額の減額を認めていない。すなわち、確定給付企業年金法施行令四条二号は、確定給付企業年金の給付額の減額を内容とする規約の変更ができる対象を「加入者等」としているところ、「加入者等」とは「加入者及び加入者であった者」(同施行令二条二号)に限定されており、規約型企業年金の加入者の時代を持たない原告らは含まれていない。

c 実施又は変更時から五年が経過していないこと

法令解釈通達「確定給付企業年金制度について」(平成一四年三月二九日年第一二〇四〇〇一号)には、「確定給付企業年金法施行規則(平成一四年厚生労働省令第二二号)第五条第三号の理由で給付の額を減額する場合にあっては、確定給付企業年金の実施又は直近の給付水準の変更時から原則として五年が経過していること。」とされている。

しかるに、本件確定給付企業年金の実施日は平成一六年四月一日であって、未だ五年が経過していない。

(ウ) 差止めの必要性

下記aないしeのとおりであるから、本件規約変更の手続を差し止める高度の必要性がある。

a 被告らは、本件適格退職年金の制度の下で受給権者の年金給付額の減額を行わないという契約上の義務を負っている。しかるに、被告らの誤った説明を信じて減額に同意した者が多数を占め、減額が強行されれば、一四万人の受給権者が取り返しのつかない莫大な被害を被る。

b 被告らは、自らの優越的地位を利用して、受給権者らに対し、下記①ないし④のとおり不当な手段による減額同意書の徴収を行っている。

① 被告NTTが五〇歳退職再雇用制及び希望退職制を実施したことによって、本件適格退職年金の加入者数が約二二万人(平成一二年)から約一三万人(平成一四年)に大きく減少したにもかかわらず、被告らが、受給権者に対し、「加入者のみに過度の負担がかかります」(甲第九号証)として年金給付額の減額を求めることは不合理である。

② 受給権者一三万二〇〇〇人(平成一五年五月末時点)のうち、五〇歳退職再雇用制によって被告らの地域子会社に移籍した受給権者六万人については、被告らの管理下でその意向に逆らえない状況にあり、その状況下で年金給付額の減額の同意書を徴収することは不当である。

③ 被告らは、適格退職年金では、受給権者のことを「既裁定者」と呼称せず、年金給付額の減額が認められていないにもかかわらず、あえて「既裁定者」と呼称し、年金給付額の減額を認めて受給権者を「既裁定者」と呼称する厚生年金基金と同一制度と見なし、両者を混同させながら同意書を徴収している。

④ 被告らは、具体的根拠を挙げることなく、「今回の見直しが実施できなかった場合には、その企業年金制度の維持、継続が困難な状況に陥ることも想定されます。」(甲第一一号証)として、脅かしの手法によって同意書の徴収をしている。

c 仮に、被告らが多数の同意書を徴収することができたとしても、それが多数の真意を集めたものとはいい難く、そのような同意を前提とする本件規約変更の承認の申請は、行政庁の判断を誤らせる。

d 本件規約変更の手続は、何ら理由がないにもかかわらず、多額の費用を費消して行われている。

e いったん年金給付額の減額がされると、減額前の状態に復旧させることは、極めて困難であり、膨大な手間と費用の消費を必要とする。

イ 独占禁止法二四条、一九条に基づく差止請求

被告らは、自らの優越的な地位を利用して、本件確定給付企業年金の受給権者らに対し、上記ア(ウ)bのとおり不公正な方法によって本件規約変更への同意を迫っており、「不公正な取引方法」(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)一九条、二条九項五号)に該当する。

また、被告らが、原告らに対し、将来年金給付額の減額がないという前提で適格退職年金の選択に誘導して、他の金融商品を選択させなかったにもかかわらず、年金給付額の減額を内容とする本件規約変更の手続を実施することは、他の金融商品との公正な競争を阻害するものというべきである。

そして、被告らは本件規約変更の事務のために多額の費用を企業年金財政から支出しており、今後も手続を進行させると更に多額の費用が支出されることになる。さらに、本件規約変更が実施されて本件確定給付企業年金の給付額が引き下げられれば、原告らの老後の生活保障に重大な影響を及ぼすし、そのような事態を事後的に回復することは著しく困難である。

よって、原告らは、被告らによる本件規約変更によって、「著しい損害を生じ、又は生ずるおそれがある」(独占禁止法二四条)というべきである。

(2)  予備的請求一、二について

前記前提事実(2)のようにして原告らが取得した年金の受給権の内容は別紙(1)年金額一覧表(追加分を含む。)記載のとおりである。

しかして、上記(1)のとおり、原告らの受給権は既に確定的に発生しているのであって、その受給権の内容は本件規約変更によって左右されないというべきである。

四  被告らの主張(本案前の主張)

(1)  主位的請求について

主位的請求は、年金給付額の減額の前提段階にある本件規約変更についての事前差止めを求めるものであり、将来にわたって、本件規約変更を行うこと(作為)の禁止、すなわち不作為を求める請求であるから、「将来の給付を求める訴え」(民訴法一三五条)に該当する。しかるに、主位的請求は、「あらかじめその請求をする必要」がないから、訴えの利益を欠く。

なお、仮に主位的請求が現在給付の訴えであるとしても、本件のような不作為を求める訴えの場合、訴えの利益が認められるためには、違反状態が惹起されたという一事では足りず、将来にわたって違反のおそれがなお存続することが要求されると解すべきである。しかるに、本件では、何ら違反状態が惹起されていない。

(2)  予備的請求一、二について

確認の訴えにおいて確認の利益が認められるためには、即時確定の利益があること、すなわち、原告の権利ないし法的地位に危険ないし不安が現存しており、その除去のためには確認判決によって即時に権利ないし法的地位を確定することが必要かつ適切である場合でなければならない。

この点、予備的請求一、二については、仮に原告らの主張に根拠があるとすれば、原告らは年金が減額支給された場合に差額(減額分)の支払請求(給付請求)をすることができ、それが紛争解決にとって最も有効適切である。現時点で原告らの年金受給権に基づく給付額を変更できないことや年金受給権の内容について即時に確認する必要性も適切性も認められない。

したがって、予備的請求一、二については、即時確定の利益を欠き、確認の利益がないというべきである。

五  被告らの主張(本案の主張)

(1)  主位的請求は、原告らの本件確定給付企業年金の受給権に基づく年金給付額の減額(侵害)を予防する請求、すなわち、債権への侵害に対する妨害予防請求の一種とみるほかないが、そもそも債権への侵害に対する妨害予防請求には原則として法律的根拠がない。

(2)  上記三(1)ア(ア)(被告らには契約関係を破壊しないという不作為義務があること)について

ア 「企業年金に関する協約」(甲第二号証)三五条、適格退職年金に関する「企業年金規程」(甲第四号証)三四条、確定給付企業年金に関する「規約型企業年金規程」(甲第二四号証、乙第二号証)六七条は、「本制度は、経済情勢の変化、社会保障制度の改正又は会社経理内容の変化等に応じて、その一部若しくは全部を改訂(又は廃止)することができる」と規定し、年金の規約を変更し得ることを明記している。原告らが取得した権利も、将来給付が減額されることもあり得る権利であって、給付の具体的内容を変更できない確定的な権利ではない。

なお、原告らは、「新企業年金保険普通保険約款」(乙第一〇号証)に、著しい経済変動など契約締結の際に予見し得ない事情の変更がある場合でも、「すでに年金受給権を取得している基本年金の受取人の年金額を減額することはありません。」(三一条)と規定されていることを、既に年金受給権を取得している者の年金給付額を減額することができないことの根拠としている。しかし、「新企業年金保険普通保険約款」は、その後、逐次変更されており、平成一〇年三月一八日付けで国税庁長官が承認した「新企業年金保険普通保険約款」(乙第六号証)二二条では、「契約者が第五条の協議により、基本年金の受取人の将来の基本年金額を増額又は減額するときは、当会社の定める方法に従うことを要します」と明記して、本件適格退職年金についても受給権者の年金給付額を減額できることを明確化している。

イ 被告らが、平成一六年四月一日、本件確定給付企業年金に移行して、従前の適格退職年金契約に係る保険金受取人に係る給付の支給に関する権利義務を承継した結果、原告らの日本生命保険相互会社に対する一切の権利義務は「新企業年金保険(H14)普通保険約款」(乙第三号証)上も全て消滅した(同約款五六条)。

本件規約変更は確定給付企業年金法の規定に基づくものであり、同法は年金給付額の減額を内容とする規約の変更を認めている。

(3)  上記三(1)ア(イ)(本件規約変更は確定給付企業年金法等の法令に違反すること)について

ア そもそも、確定給付企業年金法六条四項、五条一項、同法施行令四条、同法施行規則五条は、あくまで規約変更の承認の基準を定めたものであって、承認の申請のための基準を定めたものではない。よって、事業主は、規約変更の承認基準を満たしているか否かを問わず、自己の判断で規約変更の承認の申請を行うことができる。

また、上記承認基準が満たされているか否かについては、第一次的に厚生労働大臣が判断するものである。

イ 確定給付企業年金法は、受給権保護機能のない適格退職年金制度の受給権者に対し、その受給権を保護しつつ企業年金制度を安定的に運営継続させることを目的に従来の適格退職年金制度の受け皿となるべく制定された法律であり、同法にいう「加入者及び加入者であった者(加入者等)」には適格退職年金制度の受給権者が当然に含まれる。

このことは、老齢給付金の支給要件に関する同法三六条一項、最低積立基準額の算定に関する同法六〇条、移行適格退職年金受益者等以外の加入者等の給付の支給要件に関する同法施行令附則六条の規定からも明らかである。

(4)  上記三(1)ア(ウ)(差止めの必要性)について

仮に、被告らが、原告らとの契約上の義務として、原告らの年金給付額の減額をしてはならない義務を負っているとすれば、本件規約変更は無効である。

よって、原告らは、従前どおりの給付額の請求(現実には差額の支払請求)をすれば足りるのであるから、本件規約変更の手続を差し止める必要性は認められない。

また、被告らによる本件規約変更の同意の取得手続の過程には、問題となる事実はない。

(5)  上記三(1)イ(独占禁止法二四条、一九条に基づく差止請求)について

「競争」(独占禁止法二条九項柱書)とは、「二以上の事業者がその通常の事業活動の範囲内において、かつ、当該事業活動の施設又は態様に重要な変更を加えることなく次に掲げる行為をし、又はすることができる状態」をいい、「次に掲げる行為」とは、「同一の需要者に同種又は類似の商品又は役務を提供すること」及び「同一の供給者から同種又は類似の商品又は役務の提供を受けること」をいう(同法二条四項)。

この点、規約型企業年金制度における事業主と受給権者をめぐる法律関係においては、ここにいう「競争」が存在しない以上、本件規約変更の手続が「公正な競争を害するおそれ」に該当する余地はない。すなわち、適格退職年金制度に基づく退職年金は、法人税法に基づく退職金の外部積立制度を利用した企業年金制度の一つであるが、かかる退職年金と原告らが主張する市中の金融商品は、およそ趣旨・目的を異にするものであって、「同一又は類似の商品又は役務」に該当しない。

なお、被告らは本件規約変更の手続に関する費用を年金財政から支出していないから、その手続を進めても企業年金財政を圧迫することにはならない。

第三当裁判所の判断

一  主位的請求について

(1)  事業主は、確定給付企業年金に係る規約の変更をしようとするときは、その変更について厚生労働大臣の承認を受けなければならず(確定給付企業年金法六条一項)、その変更の承認の申請は、実施事業所に使用される被用者年金被保険者等の過半数で組織する労働組合があるときは当該労働組合、当該被用者年金被保険者等の過半数で組織する労働組合がないときは当該被用者年金被保険者等の過半数を代表する者の同意を得て行わなければならない(同条二項)とされているところ、原告らの主位的請求は、確定給付企業年金に係る規約である本件規約の変更に当たる本件規約変更につき被告らが厚生労働大臣の承認の申請をしてこれを行うことの差止めを求めるもの、換言すれば、被告らに対し、本件規約変更につき厚生労働大臣の承認の申請をしてこれを行うことをしないという不作為の給付を求めるものである。

(2)  訴えの適法性について

原告らの主位的請求に係る訴えは、上記のような不作為の給付を求めるものであって、将来の給付を求める訴えであるが、前記前提事実(4)ないし(7)によれば、被告らにおいて原告らが給付を求めている不作為に反する作為(本件規約変更につき厚生労働大臣の承認の申請をしてこれを行うこと)を行おうとしていることが明らかであるから、あらかじめその不作為の給付を請求する必要(民訴法一三五条)があると認められる。

したがって、原告らの主位的請求に係る訴えは、訴えの利益があって、適法なものということができる。

(3)  そこで、原告らの主位的請求、すなわち、被告らに対し、本件規約変更につき厚生労働大臣の承認の申請をしてこれを行うことをしないという不作為(以下「本件不作為」という。)の給付を求める請求が認められるかどうかについて検討する。

ア 原告らは、被告らと原告らとの間で、年金給付額の減額をしないという合意、あるいは、契約関係を破壊しないという合意が成立していたと主張する。

しかしながら、仮に被告らと原告らとの間でそのような合意が成立していたとしても、原告らの被告らに対する本件不作為の給付請求権(換言すれば、被告らの原告らに対する本件不作為の給付義務)が導かれるものではない。

なぜなら、本件のような確定給付企業年金に係る規約の変更それ自体については、確定給付企業年金法六条、五条が規定するところであって、その規定に従って厚生労働大臣の承認を受ければ、これを行うことができるのであり、原告ら主張のような合意は、その合意の当事者の権利義務が当該規約の変更によって左右されるかどうかの問題を生じさせるにすぎないものと解されるからである。

なお、原告らは、被告らには、信義則上、原告らとの契約関係を破壊してはならない義務があると主張するが、仮にそのような義務があるとしても、原告らの被告らに対する本件不作為の給付請求権(換言すれば、被告らの原告らに対する本件不作為の給付義務)が導かれるものでないことは、前同様である。

イ また、原告らは、本件規約変更は確定給付企業年金法等の法令に違反すると主張する。

しかしながら、本件のような規約の変更については、厚生労働大臣が、その変更の承認の申請があったときに、確定給付企業年金法五条一項の一号から五号までの要件(四号は「規約の内容がこの法律及びこの法律に基づく命令その他関係法令に違反するものでないこと。」)に適合すると認めるときに承認をするものとするとされている(同法六条一項、四項、五条一項)のであって、原告ら主張のような事由は、第一次的に厚生労働大臣が判断すべき事柄であり、原告らの被告らに対する本件不作為の給付請求権(換言すれば、被告らの原告らに対する本件不作為の給付義務)を導くものではない。

なお、原告らにおいて、本件規約変更が確定給付企業年金法等の法令に違反すると考えるのであれば、本件規約変更について厚生労働大臣の承認があった時点で、その承認の取消しを求める行政訴訟を提起すれば足りる。

ウ さらに、原告らは、独占禁止法二四条、一九条に基づく差止請求権を主張する。

しかしながら、同法一九条は「事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。」と規定しているが、その「不公正な取引方法」とは、同法二条九項一号から六号までのいずれかに該当する行為であって、「公正な競争を阻害するおそれのあるもののうち、公正取引委員会が指定するもの」をいい(同法二条九項)、その「競争」とは、「二以上の事業者がその通常の事業活動の範囲内において、かつ、当該事業活動の施設又は態様に重要な変更を加えることなく次に掲げる行為(「同一の需要者に同種又は類似の商品又は役務を供給すること」、「同一の供給者から同種又は類似の商品又は役務の供給を受けること」)をし、又はすることができる状態をいう。」(同条四項)ところ、本件規約変更に関しては、上記「競争」を観念することができないから、そもそも独占禁止法一九条の適用はないというべきである。

エ 他に、原告らの被告らに対する本件不作為の給付請求権(換言すれば、被告らの原告らに対する本件不作為の給付義務)が導かれる法的根拠を見いだすことはできない。

したがって、原告らの主位的請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないというべきである。

二  予備的請求一、二について

原告らの予備的請求二は、本件規約変更がされた後においても原告らの本件確定給付企業年金の受給権の内容は従前どおりであることの確認を求めるものであり、予備的請求一も、原告らの本件確定給付企業年金の受給権の内容は本件規約変更により変更することができないことの確認を求めるものであって、実質的には予備的請求二と同様の確認を求めるものである。

しかして、被告らが本件規約変更をするためには厚生労働大臣の承認を受けなければならない(確定給付企業年金法六条一項)ところ、現時点では、未だその承認を受けられるかどうか不確実であるといわざるを得ないから、そのような時点で、本件規約変更がされることを仮定して、その後の権利関係の確認を求める訴えは、確認の利益を欠くものというべきである。

原告らは、原告らの本件確定給付企業年金の受給権の内容は本件規約変更により変更することができず、本件規約変更がされた後においても原告らの本件確定給付企業年金の受給権の内容は従前どおりであるというのであれば、現実に、本件規約変更がされて、被告らにおいて原告らに対し本件確定給付企業年金を減額して支給するなどした時点で、その減額分の支払を請求し、又は原告らの本件確定給付企業年金の受給権の内容が従前どおりであることの確認を求めれば足りるというべきである。

したがって、本件訴えのうち予備的請求一、二に係る部分は、訴えの利益を欠き、不適法なものとして却下を免れない。

三  文書提出命令の申立てについて

原告らは、平成一七年五月一二日付けで文書提出命令申立書において、被告NTTに対し、被告NTTと日本生命保険相互会社との間の平成四年六月一日付け(又は同年月日当時に両者間で締結された)企業年金保険契約における企業年金保険協定書の提出を求めている(企業年金保険約款については、乙第一〇号証として提出された。)。

しかし、上記一、二のとおりであるから、本件において上記企業年金保険協定書を取り調べる必要性は認められない。

したがって、上記の文書提出命令の申立ては却下する。

四  以上の次第で、原告らの主位的請求はいずれも理由がないから、これを棄却し、本件訴えのうち予備的請求に係る部分はいずれも不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 貝阿彌誠 裁判官 水野有子 堀内元城)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例