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東京地方裁判所 平成16年(ワ)22073号 判決 2005年4月15日

原告

農林中央金庫

代表者代表理事

上野博史

訴訟代理人弁護士

奥毅

妹尾佳明

被告

株式会社 A野

代表者代表取締役

B山太郎

訴訟代理人弁護士

東山敏丈

黒木資浩

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、一七九八万二〇〇〇円を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、再生会社である被告の東京税関東京航空貨物出張所及び東京税関成田航空貨物出張所(以下、併せて「東京税関」という。)に対する租税債務を代位弁済したことにより取得した求償権及び代位債権は、共益債権又は一般優先債権であり、被告の再生手続によらないで、随時弁済されるべきであるとして、被告に対し、代位弁済した租税債務の合計額である一七九八万二〇〇〇円の支払を求める事案である。

一  争いのない事実

(1)  当事者

原告は、農業協同組合、森林組合、漁業協同組合その他の農林水産業者の共同組織を基盤とする金融機関として農林中央金庫法(平成一三年法律第九三号)その他の法律に定める業務を行い、これらの協同組織のために金融の円滑を図ることにより、農林水産業の発展に寄与し、もって国民経済の発展に資することを目的とする法人である。

被告は、スポーツ関連のビデオ・ソフトの輸入販売及びオフィシャルグッズの輸入販売等を目的とする株式会社である。

被告は、平成一六年三月三〇日、東京地方裁判所に民事再生の申立てをし、同年四月六日、被告につき民事再生手続開始決定が出された(以下、この決定を「本件再生手続開始決定」という。)。

(2)  原告は、平成一五年九月二五日、東京税関との間で、被告が、東京税関に対して負担する関税及び消費税(適用法条、関税法九条の二第二項、消費税法五一条二項、地方税法七二条の一〇三第一項)を納付期限までに納付しないときは、原告が当該税額及びその延滞税額を納付する(ただし、極度額を五〇〇〇万円とし、保証期間を平成一五年一〇月一日から平成一六年六月三〇日までとする。)旨約した(以下、この保証契約を「本件保証契約」という。)。

(3)  原告は、東京税関に対し、以下のとおり、被告の東京税関に対する租税債務を第三者弁済(代位弁済)した(以下、原告による代位弁済を「本件代位弁済」といい、本件代位弁済に係る租税債務を「本件租税債務」といい、本件代位弁済によって原告が取得したと主張する求償権を「本件求償権」といい、原告が代位したと主張する代位債権を「本件代位債権」という。)。

ア 本件租税債務①

(ア) 被告への納付通知日 平成一六年一月一一日

(イ) 原告への納付通知日 同年四月一九日

(ウ) 代位弁済日 同月二三日

(エ) 弁済額 八五二万五四〇〇円

イ 本件租税債務②

(ア) 被告への納付通知日 平成一六年二月八日

(イ) 原告への納付通知日 同年五月六日

(ウ) 代位弁済日 同月一一日

(エ) 弁済額 二三一万七八〇〇円

ウ 本件租税債務③

(ア) 被告への納付通知日 平成一六年三月八日

(イ) 原告への納付通知日 同年六月一日

(ウ) 代位弁済日 同月一〇日

(エ) 弁済額 七一三万八八〇〇円

(4)  被告は、本件再生手続開始決定後、東京税関に対し、合計九〇九万八一〇〇円の租税債務を、一般優先債権として弁済した。

二  争点

(1)  本件求償権は、共益債権か。

(原告の主張)

本件求償権は、以下のとおり、民事再生法一一九条二号、五号、六号及び七号に該当する共益債権である。

ア 本件求償権は、本件再生手続開始決定後に生じた債権である。

すなわち、再生債権の要件を定める民事再生法八四条一項における「再生手続開始前の原因に基づいて」とは、意思表示等債権発生の基本的構成要件事実が再生手続開始前に存在するものであることを意味する。したがって、保証契約及び代位弁済に該当する事実が再生手続開始前に発生している場合は、代位弁済者が再生債務者に対して取得する求償権については、基本的構成要件事実が再生手続開始前に発生していたということになり、再生債権になる。しかし、本件保証契約は、本件再生手続開始決定前に締結されたものの、原告による本件代位弁済は、本件再生手続開始決定後になされており、基本的構成要件事実が再生手続開始後に発生したものである。

したがって、本件求償権は、民事再生法一一九条の前記各号によって、共益債権となり得る債権である。各号の該当性は以下のとおりである。

イ 各号該当性

(ア) 二号

原告が本件求償権を取得することになった原因は、本件再生手続開始決定後、被告が本件租税債務を支払わなければ、営業用の資産(資金繰りのための預金等)に対し、滞納処分による差押えをなされる可能性があり、営業の円滑な継続が危ぶまれる状況に陥ったことにあり、原告による本件代位弁済は、被告の本件再生手続開始決定後の業務の維持継続に向けられた要請によることは明らかである。

したがって、これを原因として発生した本件求償権は、同号により共益債権となる。

(イ) 五号

同号の趣旨は、再生債務者等の行為によって生じた請求権については、再生債権者全体にこれを負担させるのが公平であるという点にある。そして、原告が本件求償権を取得することとなった原因が、本件再生手続開始決定後における被告の本件租税債務の支払に対する消極的対応、態度にあったことは明らかである。

したがって、これを原因として発生した本件求償権は、同号により、共益債権となる。

(ウ) 六号

被告は、争点(2)に関する(被告の主張)のとおり、本件代位債権については一般優先債権ではなく、再生債権であるにすぎない旨主張するが、このような被告の主張によれば、被告は、本件代位弁済によって、一般優先債権として支払うべき弁済額と、再生債権として支払うべき弁済額との差額を不当利得とすることとなる。

したがって、本件求償権は、同号の「不当利得により、再生手続後に再生債務者に生じた請求権」といえ、共益債権にあたる。

(エ) 七号

本件再生手続開始決定後における本件代位弁済により生じた本件求償権は、本件代位弁済時点において被告のためにやむを得ない費用として支出されたものである。

したがって、同号により、共益債権となることは明らかである。

ウ 以上のとおり、本件求償権は、共益債権であり、民事再生法一二一条一項に基づいて、原告に対し、随時弁済されるべき債権である。

(被告の主張)

本件求償権は、共益債権ではなく、再生債権であるにすぎない。

すなわち、民事再生法八四条一項における「再生手続開始前の原因に基づいて」とは、請求権自体が再生手続開始の時点で既に成立していることは必要ではなく、請求権の発生に必要な発生原因の主たる部分が再生手続開始前に存在していればよいことを意味し、保証人の事後求償権も再生手続開始前の原因に基づく請求権として、再生債権となる。

そして、本件求償権の主たる発生原因は、本件再生手続開始決定前に締結された本件保証契約であるから、本件求償権は、再生手続開始前の原因に基づいて生じた請求権であり、再生債務である。

以上のとおり、本件求償権は、再生債権であり、被告の再生計画の定めによらなければ、弁済等を行うことはできないのであるから(民事再生法八五条一項)、原告の請求は理由がない。

(2)  本件代位債権は、一般優先債権か。

(原告の主張)

本件代位債権は、一般優先債権である。

ア 本件租税債権は、国税徴収法八条又は地方税法一四条及び民事再生法一二二条一項により一般優先債権とされるところ、原告は、委託を受けた保証人として、被告に代わって、本件代位弁済をすることによって、東京税関が被告に対して有していた本件租税債権に、当然に代位することができる。

イ そして、以下の理由により、本件代位弁済によって、本件代位債権が一般優先債権から再生債権に変化することはない。

(ア) 本件代位債権が、再生債権であるとすれば、被告は、東京税関に対する租税債務については、これを一般優先債権として優先的に弁済する義務があったのに、本件代位弁済の結果、原告に対する本件代位債権については、これを再生債権として本件再生手続の中で弁済をすれば足りることとなり、不合理である。

(イ) 本件代位債権が、再生債権であるとすれば、納税督促に応じない不誠実な保証人の場合は、主債務者に対する滞納処分により保証債務の支払を免れるのに対し、誠実に保証債務を履行した保証人の場合は、再生債権としての満足しか得られないこととなり、不合理である。

(ウ) 一般優先債権を代位弁済した場合の代位債権の性質は、原債権に債務名義がある場合に、代位弁済者が、弁済による代位によって取得した原債権の債務名義をそのまま利用して行使できることと同様に解すべきである。

(エ) 本件代位債権が、再生債権に変化するとすれば、被告は、本件代位弁済によって、一般優先債権として支払うべき弁済額と、再生債権として支払うべき弁済額との差額を不当利得するという不当な結論となる。

ウ(ア) 原告は、平成一六年四月一六日、東京税関より、被告が本件租税債務①の納税を滞納しているので、原告に対して納付通知書を送付する旨の連絡を受けた。そこで、原告営業第八部職員の桑野は、被告の従業員であったC川に電話をして事情を確認したところ、C川は、桑野に対し、資金繰りがつき次第支払う予定であるが、具体的な支払時期は現在のところ未定である旨回答した。また、原告営業第八部の課長である長岡が、C川に対して電話による確認をした際には、C川は、長岡に対し、いったん原告に支払ってもらうことになるが申し訳ない旨回答した。

さらに、上記納付通知書が送付された同月二〇日、被告再生申立代理人は、桑野に対し、租税債務は当然支払うべきものであり、それを原告が代位弁済された場合には優先債権として扱う旨話した。

(イ) 以上のとおり、被告は、原告に対し、本件租税債務の弁済を依頼しており、なおかつ、被告自身は第二の一(4)のとおりの弁済を行っているのであって、それにもかかわらず、本件代位債権は再生債権であるにすぎないとして、本件代位債権全額の弁済を拒否することは、信義則に反し、権利濫用である。

エ 以上によれば、本件代位債権は、一般優先債権であり、民事再生法一二二条二項に基づいて、原告に対し、随時弁済されるべき債権である。

(被告の主張)

本件代位債権は、一般優先債権ではなく、再生債権であるにすぎない。

ア 再生会社に対する租税債権が一般優先債権とされている趣旨は、租税は、国家存立の財政的基盤であるから、租税収入の確保を図るという公益的な要請によるものである。とすれば、原告が、本件租税債務を代位弁済したことにより、東京税関において、その租税収入の確保を図ることができた以上、租税債権を一般優先債権とした趣旨は達成されている。

イ 原告の主張中、桑野及び長岡とC川との間のやり取りについては知らない。被告再生申立代理人が桑野に対し原告の主張どおり発言したことは否認する。

そもそも、原告は、本件保証契約に基づいて代位弁済を行う義務を負っていたから本件代位弁済を行ったにすぎない。

したがって、仮に上記発言があったとしても、それは、原告が本件保証契約に基づいて本件代位弁済を行う義務を負っているため、その義務を履行してほしい旨を述べたにすぎず、被告による新たな弁済依頼ではない。

ウ 以上によれば、本件代位債権は、再生債権であり、被告の再生計画の定めによらなければ、弁済等を行うことはできないのであるから(民事再生法八五条一項)、原告の請求は理由がない。

第三争点に対する判断

一  争点(1)について

(1)  民事再生法八四条一項は、「再生債務者に対し再生手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権は、再生債権とする。」と規定する。

そして、特定の請求権が、同項にいう「再生手続開始前の原因に基づいて生じた」との要件を具備するには、請求権自体は再生手続開始の時点で既に成立していることは必要ではなく、請求権の基礎となる発生原因事実が手続開始前に生じていれば足りると解するのが相当であり、また、再生債権の範囲を確定する趣旨が、通常の配当手続に預かることのできる債権を、再生手続開始時点において配当の期待を有している者の有する債権、すなわち既発生の請求権に限定してようとする点にあることに照らせば、請求権の発生原因事実の全部が再生手続開始前に備わっている必要はなく、その主たる原因事実が備わっていれば足りると解すべきである。

(2)ア  これを本件についてみると、本件租税債務は、遅くとも第二の一(3)の被告に対する納付通知日には発生していたといえること(なお、本件租税債務が、本件再生手続開始決定前に発生していたことについては、当事者間に争いがない。)、本件保証契約は、本件再生手続開始決定前に締結されていることからすると、本件求償権の基礎となる発生原因事実は、本件再生手続開始決定前に生じていたということができる。したがって、本件求償権は、「再生手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権」に該当する。

イ(ア) 原告は、本件代位弁済が本件再生手続開始後になされたことをもって、本件求償権が「再生手続開始前の原因に基づ」くものではないと主張するので、この点について以下検討する。

(イ)a 第三者弁済は、確かに、弁済者の、消滅した債権の債務者に対する求償権を新たに発生させるものではあるが、前記のとおり、請求権の発生原因事実のうち主たるものが再生手続開始前に備わっていれば、当該請求権は再生債権となるものであり、したがって、保証人が自己の保証債務の履行として主債務を弁済したことに基づいて発生する、主債務者に対する求償権についても、弁済自体が再生手続開始後であっても、その発生原因事実のうち主たるものが再生手続開始前に備わっていれば、再生債権となるというべきである。そして、そもそも、保証債務の内容は、主債務者が債務の履行をしない場合、その履行をすることであるから、保証人による主債務の弁済は、その主観的な意図にかかわらず、保証債務の履行以外の何物ではなく、独自に保証債務の弁済というものが存在するわけではない。そうすると、保証人が、自己の保証債務の弁済をした場合の求償権が再生債権となるにもかかわらず、保証債務の弁済という方法によらずに主債務について第三者弁済を行えば求償権が共益債権となるということは、考えられないといわざるを得ない。

また、第三者弁済を行った場合、それにより消滅した債権の債権者が有していた一切の権利を行使できる(すなわち債権者に代位する)ものである(民法五〇一条)ことに照らせば、第三者弁済の効果は、債権譲渡に類似する側面を多分に有していることは否定できない。このような観点からも、代位弁済という事実が再生手続開始前に生じていたものではないとしても、その求償権が「再生手続開始前の原因に基づ」くことを否定するものではないということができる。

b したがって、本件代位弁済が本件再生手続開始後になされたことは、前記アの判断を左右するものではない。

(3)  以上より、本件求償権は、共益債権ではなく、再生債権であるというべきである。

二  争点(2)について

(1)  再生会社に対する租税債権が、国税徴収法八条又は地方税法一四条及び民事再生法一二二条一項により一般優先債権とされる趣旨は、租税は、国家存立の財政的基盤であることから、再生会社に対する租税債権を債権者平等原則の例外である一般優先債権であるとして、随時の弁済を受けられるものとすることによって、租税収入の確保を図るという点にあるものと解される。

とすれば、原告の東京税関に対する本件代位弁済により、東京税関において、その租税収入の確保を図ることができた以上、租税債権を一般優先債権とした趣旨は既に達成されており、それ以上になおも本件代位債権を、一般優先債権として扱う必要性は、もはやないといわざるを得ない。

したがって、原告は、本件代位弁済によって、一般優先債権である本件租税債権に、一般優先債権として代位することはできない。

(2)  原告は、本件代位弁済は、被告による弁済の依頼に基づくものであること等からすれば、被告が、本件代位債権は再生債権である旨主張して、本件代位債権全額の支払を拒否することは、信義則に反し、権利濫用である旨主張する。

しかし、本件代位債権が一般優先債権であるか否かは、再生債権者である原告と、他の再生債権者との関係において、債権者平等原則の例外を認めるべきか否かという観点から判断されるべきであり、原告と、再生債務者である被告との関係において、信義則違反や権利濫用があるか否かという観点から判断されるべき問題ではない。

そこで検討するに、仮に、原告の上記主張どおりの事実関係が、これと同旨の記載ある甲三によって認められるとしても、これらの事実関係をもって、本件代位債権につき、債権者平等原則の例外を認め、一般優先債権とするべきであるということはできない。

(3)  その他、原告は、本件代位債権が一般優先債権であることの理由をるる主張するが、いずれの理由も、本件代位債権につき、債権者平等原則の例外を認め、一般優先債権とするべき理由になるとはいえない。

(4)  以上より、原告は、本件代位弁済によって、本件租税債権に、一般優先債権として代位することはできない。

三  以上検討したところによれば、本件求償権及び本件代位債権は、共益債権でも一般優先債権でもなく、被告の再生計画の定めによらなければ、弁済等を行うことはできないこととなる。

よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大門匡 裁判官 牧野宇周 裁判官柴﨑哲夫は、差し支えにつき、署名押印することができない。裁判長裁判官 大門匡)

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