東京地方裁判所 平成16年(ワ)22413号 判決 2006年3月20日
原告
甲野花子
訴訟代理人弁護士
網谷充弘
同
栢割秀和
被告
乙原春男
外2名
上記3名訴訟代理人弁護士
針谷好訓
同
岩尾光平
同
花房一彦
主文
1 被告乙原春男及び被告丙山夏男は,原告に対し,連帯して20万円及びこれに対する平成16年10月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告乙原春男及び被告丙山夏男に対するその余の請求を棄却する。
3 原告の被告丁川秋男に対する請求を棄却する。
4 訴訟費用はこれを10分し,その1を被告乙原春男及び被告丙山夏男の負担とし,その余を原告の負担とする。
5 この判決第1項は,仮に執行することができる。
事実(当事者の申立)
第1 請求の趣旨
1 被告らは,原告に対し,連帯して2000万円及びこれに対する平成16年10月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言
第2 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実(当事者の主張)
第1 原告の主張
1 当事者
(1) 原告は,「A」の屋号で一般食料品,和洋菓子,日用品雑貨等の卸売業を営むことを主たる目的とする甲野太郎商事株式会社の創業者である亡甲野太郎(以下「太郎」という。)の妻であり,現在甲野太郎商事の代表取締役である。
(2) 被告乙原春男は,昭和46年2月16日から甲野太郎商事の取締役副社長として営業全般を統括し,担当していた責任者である。
被告丙山夏男は,後記2(1)記載の別訴1から別訴3までの民事訴訟において被告乙原の訴訟代理人を務めた弁護士である。
被告丁川秋男は,甲野太郎商事の関連会社である株式会社B(以下「B」という。)の代表取締役を務めていた者で,後記2(1)の別訴3において被告乙原のために陳述書を作成した者である。
2 不法行為(名誉毀損)
(1) 被告乙原は,まず甲野太郎商事を被告として東京地方裁判所平成14年(ワ)第12090号退職慰労金請求事件(同事件の控訴事件が,東京高等裁判所平成15年(ネ)第320号退職慰労金請求控訴事件であり,この控訴事件を以下「別訴2」という。)を,次いで原告及び甲野次郎(太郎と原告の長男)を被告として東京地方裁判所平成14年(ワ)第21830号組合持分払戻請求事件(以下「別訴1」という。)を,さらに甲野太郎商事を被告として東京地方裁判所平成15年(ワ)第29389号株主権確認等請求事件(以下「別訴3」という。別訴1から別訴3までを総称して,「各別訴」ということもある。)をそれぞれ提起し,被告丙山は,各別訴における被告乙原の訴訟代理人弁護士であった。
被告乙原は各別訴の当事者本人として,被告丙山は各別訴の被告乙原訴訟代理人弁護士として,以下のアからエまでの書面を作成して裁判所に提出した。また,被告丁川は,別訴3において,オの書面(陳述書)を作成して裁判所に提出し,被告丙山は別訴3における被告乙原訴訟代理人弁護士としてこれに関与した。そして,アからオまでの文書には,原告に関し,それぞれ以下に記すとおりの内容の記載がある。
ア 別訴1における第2準備書面(平成15年2月10日付け,甲4)
12頁に,太郎と原告との夫婦仲が悪く,その原因は双方が別の女性及び男性と同居をしていることであるという内容が記されている(具体的記載は別紙主張一覧表の1番のとおり)。
イ 別訴2における控訴理由書(平成15年2月13日付け,甲6)
2頁に,太郎と原告とが不仲であり,互いに別の異性と同棲するなど事実上離婚状態に陥っていたという内容が記されている(具体的記載は別紙主張一覧表の14番のとおり)。
ウ 別訴1における第5準備書面(平成15年9月8日付け,甲5)
10頁に,原告が低学歴だがC女子大卒と名乗って,学歴詐称がバレたことがあるという内容が記されている(具体的記載は別紙主張一覧表の2番のとおり)。
また,11頁以下には,原告が昭和37年から平成4年までの長期にわたって多数の男性と関係し,太郎との離婚話が何度もあったということの詳細な内容や,原告が太郎に対して口汚く罵るような人間である等の内容が記されている(具体的記載は別紙主張一覧表の3番から13番までのとおり)。
エ 別訴3における陳述書(被告乙原作成,平成16年8月30日付け,甲7)
6頁以下に,原告が不倫をして男性関係が乱れていること,原告が太郎をはじめAの社員等に対しても乱暴きわまりない態度に出ていること等の内容が記されている(具体的記載は別紙主張一覧表の15番から30番までのとおり)。
オ 別訴3における陳述書(被告丁川作成,平成16年8月30日付け,甲8)
1頁以下に,原告が裁判所に対して偽造文書を提出するなど平気で嘘をついて裁判所をだましているということ,原告が白昼堂々と不倫をしているということ,原告が狂乱女であること等の内容が記されている(具体的記載は別紙主張一覧表の31番から39番までのとおり)。
(2) (1)のアからオまでの記載(具体的記載は別紙主張一覧表各番に記載のとおり)は,原告の社会的評価を著しく低下せしめるものであるから,被告らの行為は名誉毀損に該当し,原告に対する不法行為を構成する。
(3) 確かに,民事訴訟の建前である当事者主義の観点からは,訴訟においては当事者が十分な主張立証を尽くすことが要求され,訴訟における主張立証行為において相手方等の名誉を毀損する行為があったとしても,それが訴訟における正当な活動と認められる限りは違法性を阻却される。しかしながら,上記被告らの各主張立証は,各別訴の争点との関係ではおよそ主張立証する必要性がないものであって,正当な弁論活動として社会的に許容される範囲を逸脱していることが明らかである。
3 不法行為(プライバシー侵害)
別紙主張一覧表各番にある記載が仮に名誉毀損に当たらないとしても,これらの記載事実は,原告にとって他人に知られたくない純粋に私的な事項で,非公知の事実であるから,こうした事実を準備書面や陳述書に記載することによって公表した被告らの行為は,原告の私生活をみだりに公開されない権利であるプライバシー権を侵害するものであって,原告に対する不法行為を構成するものである。
4 原告の損害
原告は,被告らに対し,上記の主張立証は各別訴の争点に関連性がない上,名誉毀損あるいはプライバシー侵害に当たることを指摘し,再三にわたってその主張立証を撤回するように警告した。しかしながら,被告らはこれらを撤回しなかったため,原告は形容しがたい怒りと衝撃を受けつつ応訴を強いられてきた。しかも,被告らは,各別訴の訴訟外の第三者にもこれらの主張立証の内容を流布しており,甲野太郎商事会長としてこれまで築いてきた原告の社会的地位や信用は著しく失墜したものであって,このことによる原告の精神的苦痛は,金銭的に評価すれば2000万円を下らないというべきである。
5 よって,原告は,被告らに対し,民法709条及び719条に基づき,連帯して2000万円及びこれに対する不法行為の日より後の日であることが明らかな平成16年10月29日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第2 被告らの主張
1 原告の主張1(当事者)は認める。
2 原告の主張2(不法行為(名誉毀損))について
(1) 原告の主張2の(1)(被告乙原が各別訴を提起し,被告丙山がその訴訟代理人弁護士を務めたこと,被告丁川が別訴3において陳述書を提出したこと,各書面に別紙主張一覧表各番記載の内容が記されていること)については認める。
(2) 原告の主張2の(2)については否認する。
特に,原告が,原告の社会的評価を低下させる事実の摘示であると主張する別紙主張一覧表各番にある記載のうち,12番,15番,19番,25番から39番までの記載は,前後の文脈などを考慮に入れて解釈するとしても,間接的にすら具体的事実を摘示したものとはいえない。
(3) また,原告が主張する別紙主張一覧表各番にある記載が仮に具体的事実の摘示と評価しうるとして,これらにより原告の社会的評価が低下したとしても,これらはそれぞれ,各別訴の当事者の立場から見れば主張立証のために必要かつ相当な主張であったのであるから,違法性が阻却され,不法行為を構成するものではない。
3 原告の主張3(不法行為(プライバシー侵害))について
別紙主張一覧表各番の記載が,原告に対するプライバシー侵害に当たるとの主張は争う。
原告は,別紙主張一覧表各番記載の内容は真実でないと主張するところ,そうであればこれらの内容の記載がプライバシー侵害にあたることはない。
また,訴訟において対立当事者についての情報を書面で指摘することがプライバシー侵害に当たるのかということ自体,甚だ疑問である。
4 原告の主張4(原告の損害)について
原告の主張4については否認する。
仮に被告らの行為が不法行為(名誉毀損ないしプライバシー侵害)に当たるとして,訴訟上の名誉毀損ないしプライバシー侵害は,不特定多数の者に流布する可能性があるとしても,実際にはその流布の範囲は狭く,また,そのまま真実と受け取られるおそれも非常に低いものであるから,真実らしい装いで世間一般に広く流布されるマスコミ報道による名誉毀損ないしプライバシー侵害と異なり,損害額は極めて低いものとなるはずである。
理由
第1 原告の主張1(当事者)については,当事者間に争いがない。
第2 原告の主張2(不法行為(名誉毀損))について
1 原告の主張2のうち(1)の事実(各別訴等に関する経緯)については,当事者間に争いがない。
すなわち,被告乙原は,まず第1に平成14年6月6日,甲野太郎商事を被告として,退職慰労金請求事件(別訴2の原審,東京地方裁判所平成14年(ワ)12090号退職慰労金請求事件)を提起していたところ,被告乙原はこれに敗訴したので,同年12月25日,控訴した(別訴2,東京高等裁判所平成15年(ネ)320号退職慰労金請求控訴事件)。
次いで,被告乙原は,平成14年10月8日,原告及び太郎と原告の息子である甲野次郎を被告として,別訴1(東京地方裁判所平成14年(ワ)第21830号組合持分返還請求事件)を提起した。
さらに,被告乙原は,平成15年12月25日,甲野太郎商事を被告として,別訴3(東京地方裁判所平成15年(ワ)第29389号株主権確認等請求事件)を提起した。
そして,被告丙山は,上記各別訴において,被告乙原の訴訟代理人弁護士を務めた。
各別訴においては,平成15年2月に下記(1)(別訴1の第2準備書面)及び(2)(別訴2の控訴理由書)の文書が裁判所に提出され,その後の同年9月に下記(3)(別訴1の第5準備書面)の文書が裁判所に提出され,さらにその後の平成16年8月に下記(4)及び(5)の別訴3における陳述書が裁判所に提出された。被告乙原は各別訴の当事者本人として(1)から(4)までについての作成に関与し,被告丁川は(5)の陳述書の作成に関与し,被告丙山は各別訴の訴訟代理人弁護士として,(1)から(5)までの作成に関与した。(1)から(5)までの文書には,概略次のような内容の記載がある(具体的記載は,別紙主張一覧表各番のとおり)。
(1) 別訴1第2準備書面(平成15年2月10日付け,甲4)
12頁に,太郎と原告との夫婦仲が悪く,その原因は双方が別の女性及び男性と同居をしていることであるという内容が記されている(具体的記載は別紙主張一覧表の1番のとおり)。
(2) 別訴2控訴理由書(平成15年2月13日付け,甲6)
2頁に,太郎と原告とが不仲であり,互いに別の異性と同棲するなど事実上離婚状態に陥っていたという内容が記されている(具体的記載は別紙主張一覧表の14番のとおり)。
(3) 別訴1第5準備書面(平成15年9月8日付け,甲5)
10頁に,原告が低学歴だがC女子大卒と名乗って,学歴詐称がバレたことがあるという内容が記されている(具体的記載は別紙主張一覧表の2番のとおり)。
また,11頁以下には,原告が昭和37年から平成4年までの長期にわたって複数の男性と関係し,太郎との離婚話が何度もあったということの詳細な内容や,原告が太郎に対して口汚く罵るような人間である等の内容が記されている(具体的記載は別紙主張一覧表の3番から13番までのとおり)。
(4) 別訴3陳述書(被告乙原作成,平成16年8月30日付け,甲7)
6頁以下に,原告が不倫をして男性関係が乱れていること,原告が太郎をはじめAの社員等に対しても乱暴きわまりない態度に出ていること等の内容が記されている(具体的記載は別紙主張一覧表の15番から30番までのとおり)。
(5) 陳述書(被告丁川作成,平成16年8月30日付け,甲8)
1頁以下に,原告が裁判所に対して偽造文書を提出するなど平気で嘘をついて裁判所をだましているということ,原告が白昼堂々と不倫をしているということ,原告が狂乱女であること等の内容が記されている(具体的記載は別紙主張一覧表の31番から39番までのとおり)。
2 原告の主張2の(2)(原告の社会的評価の低下)について
(1) 原告は,1の(1)から(5)までの記載(具体的には別紙主張一覧表各番の記載)にある具体的事実の摘示により,原告の社会的評価が低下したと主張し,被告らはこれらが具体的事実の摘示にはあたらないとか,原告の社会的評価は低下しない等と主張して争うから,この点について判断する。
(2) 1の(1)から(5)までの記載(具体的には別紙主張一覧表各番の記載)は,その全てについて,前後の文脈等からみるに,一応具体的な事実を摘示したものというのが相当である。
被告らは,別紙主張一覧表12番,15番,19番,25番から39番までについて,何も具体的な事実を摘示しておらず,名誉毀損にはあたらないと主張する。
しかしながら,具体的事実を摘示しているか否かは,一般の普通人の注意と読み方を基準として人の外部的評価が低下するか否かで判断すべきところ,前後の文脈等も含めてみれば,以下のとおりいずれも一応具体的な事実を摘示しているものというべきである。
ア 12番(「花子が,この,だらしなさであるから」)については,原告は男性関係がだらしないという事実が摘示されているものと理解できる。
イ 15番(「花子は私の言っていることが正しいことを知っている筈です。それなのに相変わらずウソで固めて,裁判所までだます恐ろしい人です。」),19番(「或いは花子らによる裁判用の偽造文書かもしれません。」),31番(「乙30号証は偽造文書です。」)及び34番(花子(太郎商事の取締役で太郎の妻だった人,次郎の母)と次郎がどんなにひどい人か,裁判でどれ程,嘘をついて裁判所をだましているか」)については,花子が裁判において嘘をついたり,偽造文書を提出したりして裁判所を騙そうとしているという事実が摘示されているものと理解できる。
ウ 25番(「花子の社内における態度の横暴なこと,狂気とも言える振舞い」),28番(「花子の狂乱する激しい気性」)及び37番(「ギャアギャアわめき散らす狂乱女の花子」)は,原告が異常に気性が激しく,言動も激しく乱暴であるという事実が摘示されているものと理解できる。
エ 26番(「狂気の男女関係を繰り返して皆に迷惑をかけた花子」),29番(「こんな不倫女」)及び35番(「花子の男関係は太郎商事でも子会社の従業員もみんな知っていました。何しろ白昼公然と不倫相手の男を会社の経営する店舗に連れて来るのですから」)は,原告が不道徳な不倫を繰り返して従業員や家族に迷惑をかけている事実を摘示しているものと理解できる。
オ 27番(「私と正面衝突をすればいくら花子が気性が荒くて嘘ばかりの人生でも全てをごまかすことなどできない」),30番(「私と太郎が命をかけて築いた会社をこのような悪どい手口で花子と次郎にまんまとだまし取られました」),32番(「甲野花子(中略)も次郎もよく平気でこんな嘘がつけると呆れています」),33番(「太郎商事の経営のでたらめ振りや会社内外にわたる不正不始末もいろいろ知っています。それらを全て書いたら裁判官は花子や次郎を全く信用できないと思うようになると思います」),36番(「乙原さんが退職させられたときの花子や次郎のいかさま手続についても申し上げて起きます。この人たちのだましは天才のようですから裁判所はこの人たちにだまされないでもらいたいからです」),38番(「これは公正証書原本不実記載罪という重大な犯罪になる筈です。花子や次郎は,こんなことを平気でする人たちです」)及び39番(「花子と次郎は狂気の性格で,話は嘘ばかり,つくる書類は内容が嘘だったり偽造だったりであったことを常としており,到底信用できない人たちである」)については,いずれも原告が甲野太郎商事の経営において嘘をついたりごまかしを行ったりして不正を働いている事実を摘示したものと理解することができる。
したがって,これらの記載は,原告の外部的評価が低下すべき具体的な事実を摘示したものというべきである。
(3) 1の(1)から(5)までの記載(具体的には別紙主張一覧表各番の記載)の全てにより,原告の社会的評価は低下したものというのが相当である。
この点について,被告らは,事実上離婚状態になったことの摘示は社会的評価には影響せず,夫婦関係が破綻状態であった以上,原告が他の男性と不倫をしても特に原告の社会的評価に影響しない(別紙主張一覧表記載1番,3番,4番,7番から9番まで,11番,13番,14番,16番から18番まで,20番,21番,24番,35番)とか,女性が男言葉を使うということ自体は人の社会的評価を低下させない(同10番)等と主張する。
しかしながら,夫婦が離婚状態にあること,事実上の離婚状態にある夫婦の一方が第三者と不倫をしているということは,社会通念上人の社会的評価を低下させるものというべきである。さらに,これら事実の摘示は,離婚状態にあったこと,婚姻関係破綻の原因とは無関係な事実として不倫があったこと,あるいは原告が男性のような言葉遣いをしたということが単純に摘示されているものではなく,ことさらにこれらを強調して原告の社会的評価をおとしめる意図でされていることが看取できるから,この点に関する被告らの主張は採用できない。
以上により,別紙主張一覧表記載の内容により,原告の社会的評価を低下させるべき事実が摘示されたものということができるから,原告の主張2の(2)の事実が認められる。
3 被告の主張2(3)(違法性阻却の主張)について
(1) 別紙主張一覧表記載の各事実摘示は,各別訴の主張立証としてされたものである。
ところで,民事訴訟は,私的紛争をその対象とし,紛争の各当事者が互いに攻撃防御を尽くすことによって事実関係を明らかにするとともに,それを基礎として裁判所が法的な判断を行う制度である。そして,事実上・法律上の利害関係が対立する紛争当事者が互いに攻撃防御をしあうことの帰結として,民事訴訟における双方当事者の主張立証の中には,相手方当事者等の名誉等が損なわれる結果をもたらすものもある。
しかしながら,民事訴訟における主張立証に際してされた相手方当事者の名誉等の毀損については,通常は相手方当事者に反論反証を行う機会が保障されること,双方当事者の主張立証の当否等については,最終的に裁判所の裁判によって判断されることから,通常は,同訴訟内において回復されることになる。
以上の民事訴訟制度の特質に鑑みれば,当事者の主張立証において相手方当事者等の名誉等が損なわれることがあっても,訴訟活動に名を借りて実質的に個人攻撃の意図をもって行われたものではない場合であって,かつ,争点と関連する攻撃防御のために必要であり,用いられた用語や主張立証の態様において不当であるとは認められないときには,正当な訴訟活動として行為の違法性が阻却されるものと解するのが相当である。
そこで以下本件の別紙主張一覧表各番記載の事実摘示について判断する。
(2) 証拠(甲号各証,乙1ないし6)及び弁論の全趣旨によれば,各別訴に関し,以下の通りの事実を認めることができる。
ア 被告乙原は,訴訟代理人弁護士被告丙山に委任して,平成14年6月6日,甲野太郎商事を被告として,東京地方裁判所に対し,退職慰労金請求事件を提起した(東京地方裁判所平成14年(ワ)第12090号退職慰労金請求事件,別訴2の原審)。
同訴訟は,被告乙原が,甲野太郎商事の元代表取締役である太郎と取締役である被告乙原との間で,被告乙原が取締役を退任する際には,会社から被告乙原に対し,退職慰労金として,パチンコ店1店を開店するに足る金銭に相当する5億円を支払う旨の合意があり,この合意は商法269条の株主総会決議に相当すると主張し,Aに対し,5億円の支払を請求したものであり,主な争点は,商法269条所定の株主総会決議なくして退職慰労金支払の合意のみで退職慰労金支払請求権が発生するかどうかであった。
イ 被告乙原は,訴訟代理人弁護士被告丙山に委任して,平成14年10月8日,原告及び甲野次郎(太郎と原告との間の子)を被告として,東京地方裁判所に対し,組合持分払戻請求事件を提起した(東京地方裁判所平成14年(ワ)第21830号組合持分払戻請求事件,別訴1)。
同訴訟は,被告乙原が,屋号をAとして株式会社甲野太郎商事名で営まれている事業は昭和33年に甲野太郎商事の元代表取締役である亡太郎,原告及び被告乙原の3名による組合契約により開始され,Aの法人成りの後も組合が存続したが,被告乙原は平成11年12月8日に甲野太郎商事の取締役を解任されたことを契機として民法678条により組合を脱退したと主張し,原告及び甲野次郎(太郎の相続人)に対し,組合持分の払戻しとして,10億円の支払を請求したものであり,主な争点は,被告乙原,太郎及び原告の3名により組合契約が締結されたのかどうか,仮に締結されたとして株式会社甲野太郎商事の設立後も会社と同一の営業を目的とする民法上の組合が存続していたといえるのかどうかであった。
ウ 別訴2の原審においては,平成14年12月19日,東京地方裁判所が請求棄却の判決を言い渡した(甲15,被告乙原敗訴)。
そこで,被告乙原は,訴訟代理人弁護士を被告丙山として,同月25日,原判決を不服として控訴した(平成15年(ネ)第320号退職慰労金請求控訴事件,別訴2)。
エ 被告乙原及び被告丙山は,平成15年2月10日,別訴1(主な争点は,被告乙原,太郎及び原告の3名による組合契約締結の有無)に関し,同日付け第2準備書面(甲4)を提出した。同書面には,組合契約締結後の事情として,別紙主張一覧表1番記載の内容(原告及び太郎が,互いに他の異性と関係を持っており,事実上離婚状態にあるという内容)が含まれていた。
オ 被告乙原及び被告丙山は,平成15年2月13日,別訴2(主な争点は,被告乙原の甲野太郎商事に対する退職慰労金支払請求権の有無)に関し,同日付け控訴理由書(甲6)を提出した。同書面には,太郎と被告乙原とがAを2人で取り仕切っていたとする根拠と位置づけて,別紙主張一覧表14番記載の内容(原告及び太郎が,互いに他の異性と関係を持っており,事実上離婚状態にあるという内容)の記載があった。
カ 原告及び甲野次郎は,平成15年2月18日,別訴1において,同日付け第1準備書面(甲10)を提出し,上記エの被告らの準備書面に対して反論するとともに,被告乙原及び被告丙山による別紙主張一覧表1番記載の事実の摘示に対しては,「本訴との関係も不明であり,名誉毀損であり,十分な説明あるいは撤回,謝罪がなければ損害賠償請求を行う予定である。」と記載した。
また,原告及び甲野次郎は,同年5月6日,別訴1において,同日付け第2準備書面(甲11)を提出し,その中で,さらに被告乙原及び被告丙山による別紙主張一覧表1番記載の事実の摘示に対し,「原告(被告乙原のこと)が平成15年2月10日付第2準備書面第6の2で取り上げている昭和50年以降の夫婦間の問題は全く本件と関係がなく,職務上の正当防衛や請求原因の全体から指摘が必要との主張も理解できるものではない。準備書面は公開の裁判所に提出されたものであり,今後利害関係人も閲覧が可能であり,プライバシーの侵害,名誉毀損として不法行為を構成する。」と指摘した。
キ 甲野太郎商事(代表取締役原告)は,平成15年5月8日,別訴2において,同日付け準備書面(1)(甲13)を提出し,上記オの被告らの控訴理由書に対して認否,反論を行うとともに,被告乙原及び被告丙山による別紙主張一覧表14番記載の事実の摘示に対しては,「控訴人の主張を全て否認する。退職金支払合意とどういう関係にあるか不明である。主張内容は,プライバシーの侵害ないし名誉毀損に該当するものである。」と指摘した。
ク 東京高等裁判所は,平成15年6月26日,別訴2について,控訴棄却の判決を言い渡した(甲16,被告乙原敗訴)。
ケ 被告乙原及び被告丙山は,平成15年7月1日,別訴1について,同日付け第4準備書面(甲9)を提出し,A側から上記カのとおりの指摘を受けたのに対し,「原告(被告乙原のこと)は被告甲野花子を非難するものではなく,過去を暴露する目的でもない。しかし,被告花子と甲野太郎の男女問題で,甲野太郎商事(株)の運営が内部から崩壊する危機に直面して,この時,甲野太郎から原告(被告乙原)と甲野花子を含む三人の関係を清算する案が原告(被告乙原)に示されている。つまり,当時の甲野太郎商事(株)の分割独立の提案であり,この提案は本件組合の解散請求である。本件組合の解散の提案に伴い,必然的に残余財産の分割などの話が出てくる。この分割,清算は,結局はしなかったのだが,具体的詳細な分割案,清算案が出されており,それらは,その原因,背景となったトラブルを抜きに論ずることができない。この時の甲野太郎商事の分割により,原告(被告乙原)単独の支配会社を創ること自体が前述の本件組合契約の成立存在を裏付けるものであり,その背景,流れを述べることを禁じられては,原告(被告乙原)の主張,立証の妨害でしかない。このような組合関係の解消,分割案の提案された事実のあったことを被告ら(原告及び甲野次郎)が認めるなら,この部分の詳細な原告(被告乙原)の主張,立証は差し控えるが,それを否認し,且つ,主張,立証するな,と言うのでは,被告(原告及び甲野次郎)の越権行為ではなかろうか。この部分を原告(被告乙原)は詳細に主張,立証する前に,それらが不法行為,名誉毀損には該当しないことの理論的裏付けを次回準備書面で述べる。」と主張した。
コ 被告乙原及び被告丙山は,平成15年9月8日,別訴1(主な争点は,被告乙原,太郎及び原告の3名による組合契約締結の有無)について,同日付け第5準備書面(甲5)を提出した。同書面には,Aが法人成りするに当たっての法人設立手続については被告乙原も太郎も無知であったという主張に敷衍して,別紙主張一覧表2番記載の事実(原告も「低学歴だがC女子大卒と名乗って学歴詐称がバレたことがある」という事実)の摘示がある。また,「第五,組合契約の合意解除ないし解散請求の事実」(11頁)と題し,原告の不倫が原因で太郎が何度も組合契約の解散を提案したという被告乙原の主張の根拠と位置づけ,「まず,昭和36年に被告花子が代々木のC医院で胃の手術を受けた。これを境に夫婦関係がおかしくなった。昭和37年から平成4年迄の長期に亘って多数の男たちと関係して太郎と被告花子の離婚話は何度もあった。話が複雑で頭が混乱するので,まず被告花子の男関係を年代順に掲げる。」という書き出しに続けて,別紙主張一覧表3から13番までに記載の事実(原告が昭和37年から平成4年までの長期にわたって複数の男性と関係し,太郎との離婚話が何度もあったということについて,相手の男性とされる人物の氏名や属性まで示した詳細な内容や,原告が太郎に対して「テメエ,ボロを着て,汚れてボロボロを俺が拾ってやったんじゃあネーカ」,「テメエは何だ,酒ばかり飲んで」等と口汚く罵っていた等の内容)が摘示されている。
また,被告乙原及び被告丙山が同書面において新たに事実を主張した理由として,「第八,終わりに(その余の事項について)」の中に,別訴1の原告(被告乙原)の担当弁護士が1年で3回も代わったこと及び「被告ら(本件原告及び甲野次郎)が,「被告の名誉を害する主張をすれば不法行為としての責任を追及する」とか,「弁護士の懲戒請求をする」,などの主張もあって,原告の主張,立証が遅くなった。」と記載している。なお,これに続けて,「被告(A)は原告(被告乙原)主張事実のほとんどを荒唐無稽と言い,被告花子自身,知っている筈のことまで否認しているが,これらのほとんどは立証できるのである。」との記載がある。
しかしながら,同書面には,上記ケ(第4準備書面)において次回準備書面で述べるとされていた,原告の男女関係等について主張立証することが不法行為,名誉毀損には該当しないことの理論的裏付けについては,記載されていない。
サ 甲野太郎商事(代表取締役原告)は,平成15年9月8日,別訴1において,同日付け第4準備書面(甲12)を提出し,上記コの第5準備書面に対して反論するとともに,被告乙原及び被告丙山による別紙主張一覧表3番から13番までに記載の事実の摘示に対しては,「今回の原告の主張においても,被告花子のプライベートに関する事実が組合契約の成立とどういう関係にあるか全く不明であり,合理的な説明があったとは思われない。」等と付け加えた。
シ 東京地方裁判所は,平成15年12月4日,別訴1について請求棄却の判決を言い渡した(甲3,被告乙原敗訴)。
ス 被告乙原は,訴訟代理人弁護士被告丙山に委任して,平成15年12月25日,甲野太郎商事を被告として,東京地方裁判所に対し,株主権確認等請求事件を提起した(東京地方裁判所平成15年(ワ)第29389号株主権確認等請求事件,別訴3)。請求の趣旨は,別訴3の原告(被告乙原)が甲野太郎商事の250株の株主であること及び平成11年12月8日の株主総会における別訴3の原告(被告乙原)を取締役から解任する旨の決議が不存在であることの確認並びに取締役報酬の支払を求めるものである。主な争点は,昭和41年の設立以来現在まで一貫して被告乙原が甲野太郎商事の株主(250株)であったかどうか及び取締役解任決議があったとされる株主総会が存在したといえるかどうかであった。
セ 被告乙原は,被告丙山の関与のもとに,別訴3(主な争点は被告乙原が株主かどうか及び株主総会の存在)において,平成16年8月30日付けの被告乙原の陳述書(甲7)を作成し,これを提出した。同書面には,別紙主張一覧表15番から30番に記載の事実(原告が不倫を重ね,男女関係が狂乱状態になっていたこと,原告が太郎に対して「テメエ,ボロボロの乞食野郎を俺が拾ってやったんじゃあねえか」等とすごい剣幕で,狂乱状態で常に男の言葉を使って罵倒し,甲野太郎商事の社員等に対しても横暴な振舞いをし,狂気とも言えるほどであったこと,原告が乱暴きわまるため,甲野太郎商事の社員は原告が怖くて退職せざるを得なかったこと等)の摘示がある。
ソ 被告丁川は,被告丙山の関与のもとに,別訴3について,平成16年8月30日付けの被告丁川の陳述書(甲8)を作成し,これを提出した。被告丁川は,甲野次郎がオーナーであるBの代表取締役を務めていた者であるが,別訴3における甲野太郎商事側の主張は,被告乙原に係る取締役解任決議が行われた時期に甲野太郎商事の株主であったのは甲野次郎とBであるというものであったことから,被告丁川は,被告乙原側に立って,被告乙原も甲野太郎商事の株主であった旨や,被告乙原に係る取締役解任決議があったとされる株主総会が開催されたことはない旨を陳述書に記載したものである。同書面には,別紙主張一覧表31番から39番に記載の事実(原告が裁判所に対して偽造文書を提出するなど平気で嘘をついて裁判所をだましているということ,原告が白昼公然と不倫相手を会社に連れてくるということ,原告がギャアギャアわめき散らす狂乱女であること等)の摘示がある。
タ 東京地方裁判所は,平成16年12月15日,別訴3について,請求棄却の判決を言い渡した(甲17,被告乙原敗訴)。被告乙原は,この判決に対して不服を申し立てたが,東京高等裁判所は,平成17年5月31日,控訴棄却の判決(甲18)を言い渡し,この判決は確定した。
(3) 相手方当事者の悪性を強調するなどの方法により相手方の主張,供述の信用性を弾劾したり,相手方に不名誉な事実関係をあえて間接事実や補助事実として主張したりする主張立証活動は,事実関係に争いのある全ての民事訴訟において,その必要性を一概に否定することはできない。
しかしながら,訴訟当事者は,紛争における対立当事者であり,相手方に対する悪感情を抱いていることが珍しくなく,そのために,訴訟における主張,立証活動に名を借りて,相手方に不愉快な思いをさせて心理的打撃を与えることのみを主たる動機として相手方の名誉を傷つける事実関係の主張をし,またそのような事実関係を供述することも,ままみられるところである。
訴訟上の主張,立証活動を,名誉毀損,侮辱に当たるとして損害賠償を認めることについては,相手方の悪性主張のための正当な訴訟活動を萎縮させて民事訴訟の本来果たすべき機能を阻害することもあるから,慎重でなければならない。他方,訴訟の当事者が相手方の悪性立証に名を借りた個人攻撃に野放図にさらされ,訴訟以外の場面においては名誉毀損行為として刑罰や損害賠償の対象となる行為にも訴訟の場面においては相手方の動機いかんに関わらず耐えなければならないという状態が恒常化することも,相手方当事者からの不当な個人攻撃をおそれる者が訴訟の提起や正当な応訴,防御活動に消極的になり,ひいては民事訴訟の本来の機能を阻害するおそれがあることにも留意しなければならない。結局,両者のバランスをとって,民事訴訟の本来の機能を阻害しないように留意しながら判断していくほかないが,主要な動機が訴訟とは別の相手方に対する個人攻撃とみられ,相手方当事者からの中止の警告を受けてもなお訴訟における主張立証に名を借りて個人攻撃を続ける場合には,訴訟上の主張立証であることを理由とする違法性阻却は認められない。
(4) 前記認定事実に照らし,被告乙原,被告丙山及び被告丁川が各別訴において摘示した別紙主張一覧表各番記載の事実につき,各別訴において主張立証する必要性が認められるか否かについて検討する。
まず,別訴1の主な争点は,被告乙原,太郎及び原告の3名による組合契約締結の有無であるところ,被告乙原は,別訴1において,組合契約関係の存在を推認させる間接事実として,太郎から組合契約関係の清算について具体的な提案を受けたという事実を主張していたものであり,何故太郎がそうした提案をするに至ったのかという経緯として,原告が不倫を重ねていたことや,原告が太郎を口汚く罵ったこと等を主張したものとみることができ,これらの経緯の主張は,極めて迂遠ではあるが,上記争点と全く関係がないとは言い切れない。原告が学歴を詐称して嘘をついているという事実については,原告の供述の信用性を弾劾する主張であるとすれば,訴訟当事者の立場に立ってみれば,これらについて一応の主張立証の必要性さえも否定することはできない。
次に,別訴2の主な争点は,被告乙原と太郎の退職慰労金支払の合意の有無であるところ,被告乙原は,太郎が被告乙原に対して「店一軒持たせる。」(店とはパチンコ店の意味である。)と述べた事実の間接事実として,太郎が被告乙原にそうした発言をせざるを得なかった経緯として,原告及び太郎が互いに他の異性と関係を持ち,事実上離婚状態にあった事実を主張したものとみることができるので,この経緯の主張も,迂遠であるとはいえ,上記争点と全く関係がないとは言い切れない。
さらに,別訴3の主な争点は,被告乙原がAの株主であるかどうか及び被告乙原に係る取締役解任決議をした株主総会の存否であるところ,被告乙原は,被告乙原名義の株式を太郎に譲渡した形になっていること等を指摘する甲野太郎商事側の主張に対して,被告乙原側において原告及び太郎が互いに他の異性と関係を持って事実上離婚状態にあった事実,原告が不倫を繰り返していた事実,原告が太郎を口汚く罵った事実等を主張立証し,それ故に太郎は甲野太郎商事内において面目を保ちたい状況であったということを導き,太郎所有の甲野太郎商事株式数を増やしてその社内における面目を保つために被告乙原所有株式を太郎に仮装譲渡したということを導くというのであれば,立証方法として極めて迂遠であって効果に乏しいことを別にすれば,争点と全く関係がないとまで断言することは困難である。また,原告が嘘をついて裁判所を騙したり,不正な経営を行ったりしているという事実の指摘は,原告の供述の信用性を弾劾することを主たる目的とする主張立証であるとすれば,違法性は阻却されると考えられる。
(5) 以上の認定判断に照らすと,相手方当事者(甲野太郎商事,原告,甲野次郎)の供述の信用性を否定したり,書証の成立を偽造文書であるとして否認したりするにとどまり,個人攻撃に及んでいるとはいえない部分(別紙主張一覧表のうち2番,15番,19番,30番から34番まで,36番,38番,39番)については,言葉遣いが乱暴で表現が攻撃的であり,訴訟行為に名を借りて真実は相手方当事者に心理的打撃を与えることだけを目的としたものではないかとの嫌疑も強く残るところではあるが,なお,訴訟上の正当な行為の範囲内に何とか踏みとどまっているものと評価することも可能であって,行為の違法性は阻却されるものというべきである。
(6) 訴訟が敵対当事者間における弁論と証拠による攻撃防御である以上は,筆のすべりというものもまた避けられないところである。本件においては,最初に問題とされた平成15年2月の準備書面や控訴理由書における別紙主張一覧表の1番及び14番の記載(太郎と原告の離婚状態)は,争点(組合契約の有無,退職慰労金債権の存否)との関連性が極めて希薄で,主要事実を推認させる力のほとんどない間接事実であって,主張立証の必要性が低いものであるから,訴訟行為に名を借りて真実は相手方当事者に心理的打撃を与えることだけを目的としたものである疑いが濃厚である。他方,これらの記載は,繰り返してしつこく書かれたものではなく,一回きりの記載にとどまるのであって,相手方の警告を無視してあえて記載したものでもない。したがって,これらの記載も,なお,訴訟上の正当な行為の範囲内に何とか踏みとどまっているものと評価することも可能であって,行為の違法性は阻却されるものというべきである。
(7) 同様に,被告丁川にとっては,平成16年8月30日の陳述書の提出が原告から訴訟活動の問題点を指摘された初回である。そして,問題とされる部分((5)に掲記した部分を除く,別紙主張一覧表のうち35番及び37番)は,一箇所(35番)で原告の不倫の事実を指摘し,もう一箇所(37番)では原告のことを「狂乱女」という侮べつ的な用語で表現しているものであり,繰り返してしつこく書かれたものではなく,相手方の警告を無視してあえて記載したものでもない。したがって,これらの記載も,なお,訴訟上の正当な行為の範囲内に何とか踏みとどまっているものと評価することも可能であって,行為の違法性は阻却されるものというべきである。
(5)及びこの項における判断を総合すると,被告丁川に対する請求は理由がないことに帰する。
(8) 残余の部分,すなわち,原告側が被告乙原及び被告丙山に対し,平成15年2月に別紙主張一覧表の1番及び14番の記載が名誉毀損等の違法行為に当たるという警告を発した後の平成15年9月に提出された別訴1の第5準備書面中の残余の記載(別紙主張一覧表の3番から13番まで)及び平成16年8月に提出された別訴3の陳述書中の残余の記載(同16番から18番まで,20番から29番まで)については,訴訟行為に名を借りて原告に対する個人攻撃を行い原告に不愉快な思いをさせることを主たる目的とするものと推認されてもやむを得ないものであり,訴訟上の正当行為として違法性が阻却されるものとはいえないものというべきである。その理由は次のとおりである。
ア 各別訴の請求の内容は,次のとおりであって,被告乙原の主張には一貫性がなく場当たり的であり,前の訴訟において明らかになった事実や裁判所の法的見解を前提にして次の訴訟を提起したという関係にもなく,民事訴訟実務においてはいわゆる無理筋とみられる主張ばかりが入れ替わり立ち替わり提出されているものである。この点を考慮すると,第三者的立場からみるとき,被告乙原には,繰り返し原告又は甲野太郎商事を相手方として訴訟を提起して原告を困惑させようとする意思があるものと推認されてもやむを得ないものというほかない。
(ア) 別訴2の退職慰労金請求は,①株式会社が存在し組合は存在しないことを前提とするものとみられ,②被告乙原の取締役解任の株主総会決議が有効に存在することを前提とするものとみられ,③甲野太郎商事の株主は甲野次郎とその支配下にあるBだけであることを前提とするものとみられる。
(イ) 次いで提起された別訴1の組合持分払戻請求は,組合が存在し,株式会社(甲野太郎商事)は法人格が否認されるような形骸にすぎないことを前提とするものとみられる。
(ウ) さらに提起された別訴3の株主権確認及び取締役地位確認請求は,①株式会社が存在し組合は存在しないことを前提とするものとみられ,②被告乙原も甲野太郎商事の株主であることを前提とするものとみられ,③被告乙原の取締役解任の株主総会決議は不存在であることを前提とするものとみられる。
イ 残余の記載は,各別訴における主張立証の必要性が皆無であるとまではいわないまでも,ほとんど皆無に近い間接事実又は補助事実に関するものである。
すなわち,別紙1における被告乙原の主張は,原告,太郎及び被告乙原の3人を組合員とする組合の存在を前提としながら,そのうち太郎と被告乙原の2名だけで(原告のいないところで),組合の解散による事業の分割の話し合いがされたことが3名間の組合契約の存在を推認させる間接事実になるというのである。
原告のいないところで太郎と被告乙原の2人の間で話し合いが行われたというだけで原告を含む3名間の組合契約の存在を推認することなど,ほとんど不可能である。太郎が既に死亡した後であるから話し合いの内容も被告乙原の言いたい放題になるのであって,なおさら組合契約の存在を推認することは不可能である。
また,原告の不倫の話は組合の解散の話の動機にすぎないものとされていることからしても,原告の不倫の話を持ち出すことについて組合契約の存在及び組合解散の話の信用性が高くなるという関係にもない。組合解散の動機は何でもよいのであって,原告の不倫の話はとってつけたような印象をぬぐえない。
そもそも,事業の分割をするのに,ことさらに世上まれな組合の解散という手法を採用しなくても,株式会社である甲野太郎商事から太郎,被告乙原あるいはこれらの者が設立した営利法人が営業譲渡を受けるという方法を採用すれば,会社分割制度の存在しなかった当時でも事業分割は可能であったものであり,組合の解散という話を持ち出すこと自体が不自然である。甲野太郎商事という株式会社の形態で対外的取引も税務申告も実施してきた事業について,組合の解散という形態を採用して清算や事業分割が円滑に実行できるのかもはなはだ疑問である。
ウ 残余の記載の用語,表現振りも,もっと客観的な落ち着いた表現を採用することが可能なのに,ことさらに刺激的,攻撃的な用語,表現が繰り返し多用されており,訴訟行為の名を借りて原告に対する個人攻撃を行っているものと推認されてもやむを得ない程度に至っている。
たとえば,「このだらしなさであるから」,「こんな不倫女」,「狂気の男女関係」,「狂乱する激しい気性」,「凶暴な性格」,「恋をして狂乱状態となり」,などという用語が用いられている。また,別訴2の第5準備書面(11頁)の「話が複雑で頭が混乱するので,まず被告花子の男関係を年代順に掲げる。」という文章に引き続く別紙主張一覧表の4番から7番までの記載は,このように年代順に詳しく記載しないとなぜ「話が複雑で頭が混乱する」のか,第5準備書面全体を何度通読してもよくわからないものであり,原告に不愉快な思いをさせる個人攻撃目的があったことを十分にうかがわせる記載態様となっているものである。
エ 以上のアからウまでのいずれかが欠けたときは,違法性が阻却されないという結論を導き出すにはなお慎重な検討を要するともいえるところである。しかしながら,以上のアからウまでの要素が全部そろう本件のような場合には,訴訟行為に名を借りた個人攻撃目的と推認されても仕方がないところである。
オ さらに,第5準備書面では,「仕事でも夫婦は顔を合わせることはなかった(注 会社の大きなセレモニーには被告花子も顔を出していた)。本社に被告花子が来ることはなかった。」(別紙主張一覧表13番)と記載しながら,陳述書ではこれと矛盾する記載(仕事でも日常的に夫婦が顔を合わせていた旨の記載)が多数あることも,これらの準備書面や陳述書が客観的事実を冷静に叙述しようとする姿勢に乏しいことをうかがわせるものである。
たとえば,陳述書では,「(原告は)昼間は会社で私や太郎と顔を合わせて一緒に仕事をしている」(別紙主張一覧表16番),「花子は,夫太郎と毎日顔を合わせているのに夫でない男と恋をして狂乱状態となり」(同18番),「花子は男の家から出勤して私と太郎の部下に無理難題の命令を平気でする」(同23番),「女房が男を作って男の家から出勤して来て太郎や私と顔を合わせるという生活をしている」(同24番)という記載がある。
カ 結局のところ,被告乙原においては,原告側から別紙主張一覧表1及び14が名誉毀損であるとの指摘を受けたので,この点を強調しても本案訴訟における勝ち目はないが,この点をしつこく言及すれば原告が心理的に不愉快な思いをすることに思い至り,あえて挑発的に,この点に繰り返し言及する準備書面や陳述書を提出して個人攻撃をしようとしたものと推認され,被告丙山もそのような被告乙原の意思を知りながら少なくとも幇助者(民法719条2項参照)となって,民法719条の共同不法行為を行ってしまったものと推認されるのである。
キ なお,これらの記述は,プライバシー侵害としても違法性を有するものというべきである。
第3 損害について
原告は,被告乙原及び被告丙山の行為により,精神的損害を被った。
弁論の全趣旨によれば,前記被告らの行為は,民事訴訟上の準備書面あるいは書証(陳述書)においてされたものであって,広く一般社会に流布することを目的としてされた表現行為ではなく,現実にも双方当事者の関係者の間で流布されたにとどまり,広く世間に流布されたことはない(今後も広く世間に流布される見込みはない。)から,原告に生じた精神的損害の額を金銭的に評価すれば,20万円とするのが相当である。これを被告乙原及び被告丙山が民法719条の共同不法行為者として連帯して賠償すべきである。
第4 結論
以上説示したところによると,原告の請求は,被告乙原及び被告丙山に対し,連帯して20万円及びこれに対する平成16年10月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれらを認容し,その余は理由がないからいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・野山宏,裁判官・野村高弘,裁判官・諸岡亜衣子)
別紙主張一覧表<省略>