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東京地方裁判所 平成16年(ワ)24064号 判決 2005年12月09日

原告

同訴訟代理人弁護士

早瀬薫

長尾詩子

被告

有限会社インターネットサファリ

上記代表者取締役

B

同訴訟代理人弁護士

古田利雄

佐川明生

鈴木理晶

主文

一  被告は原告に対し、二九二万九六三六円及び内金二七七万七四二八円に対する平成一六年三月一日から支払済みまで年一四・六パーセント、内金七万五六六四円に対する平成一六年三月二六日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。

二  被告は原告に対し、二一七万七五二八円及びこれに対する本件判決確定の日の翌日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

五  この判決は、第一、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

1  被告は原告に対し、三一九万八三九六円及び内金二九四万二一七六円に対する平成一六年三月一日から支払済みまで年一四・六パーセント、内金七万五六六四円に対する平成一六年三月二六日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。

2  被告は原告に対し、二四一万二七四〇円及びこれに対する本件判決確定の日の翌日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告の従業員であった原告が退職後に在勤中の残業代及び給与から不当に控除を受けた分の未払賃金の支払いを請求したのに対して、被告は原告については事業場外労働によるみなし制が適用されること、控除分については適法で原告の同意があったことなどを理由にいずれも支払義務がないとして争っている事案である。

1  争いのない事実(被告が争うことを明らかにしないものとして自白したものとみなす事実を含む)

(1)  被告は、コンピュータソフトウェアの設計、開発並びに労働者派遣事業に基づく特定労働者派遣事業及び一般労働者派遣事業等を目的とする有限会社である。

原告は、平成一三年一二月一〇日、被告の従業員として採用され、東京支店営業部(株式会社本山グラフシステム内)の従業員として勤務し、後に名古屋営業所勤務となったが、平成一六年二月末日に退職した。

(2)  被告における原告の勤務時間(残業代が発生しないという意味でのもの)は、所定労働時間か労働基準法(以下「労基法」という)上の法定時間かは争いがあるが、始業が午前九時で終業が午後六時であり、正午から午後一時までの休憩をはさんで一日八時間労働である。

(3)  原告は、平成一三年一二月から平成一六年二月まで、被告から支給される給与から毎月一三〇〇円の共和会費の控除を受けた。

(4)  被告は、別紙(略)前払い金一覧表のとおり、平成一四年五月から平成一五年七月までの間、原告の給与を減額している。

(5)  被告における賃金は、毎月末締めの翌月二五日支払であり、時間外手当についても同様である。

2  争点及びこれに対する当事者の主張

(1)  原告の勤務に対する事業場外労働のみなし制の適用の有無(時間外賃金)

【原告の主張】

原告は、株式会社本山グラフシステム(以下「訴外会社」という)の東京支店営業部に勤務しており、そこにおける所定労働時間は、「毎月月末を起算とする一か月単位の変形労働時間制を採用します」とされている。しかし、会社が変形労働時間制を採用するに当たっては、一定の要件と手続が必要なところ(労基法三二条の二)、被告及び訴外会社においてかような要件と手続は満たしていない。

原告は、平成一三年一二月一〇日から平成一六年二月末日まで、土日祝祭日を除き、少なくとも書証(略)の雇用通知書に記載された「九:〇〇から二一:〇〇」まで勤務した。

原告が「外勤」営業社員であること、東京営業所に原告以外の従業員が在籍しなかったこと、営業担当社員が自己管理・責任のもと自らの営業のスケジュールを立て実施するシステムであったことを否認する。

被告は、東京、名古屋、大阪等に支店を設置し、各支店においては一名ないし数名の営業担当社員が在籍していた。これらの営業担当社員の指揮、監督については、社長のB(以下「B社長」という)が電話、メール、ファクシミリ、各支店への出社等により直接行うほか、大阪支店の訴外Cが電話ないしメールを通じて各支店の具体的な営業内容を管理し、これをB社長に伝えている。

原告の勤務形態は、ほとんどが内勤業務であり、「事業場外労働」とはいえない。

また、原告は、外出する際には、外出先、帰社時間を明らかにした上で外出しており、日常の業務スケジュールの中で、直行などということはほとんどなかった。被告は、各支店営業担当社員に、朝礼時、一二時、一六時、二〇時の各時間ごとに、業務状況を報告させ、その状況を把握していた。したがって、被告が原告の労働時間を算定することは極めて容易かつ可能であり、「労働時間を算定し難いとき」には該当しない。

原告の勤務形態は、主に電話とメール等を通じて「案件詰め」や「新規」の開拓を行う営業活動とともに、技術者の面接を行い被告に登録することとなった技術者の経歴書や契約書等を作成する「内勤営業」であった。

原告は、被告から日報(書証略)及び日管理表(書証略)を提出するよう指示されてきた。日報は、翌日の予定を記載する報告書面である。日管理表は、一日の行動の結果を記載する報告書面である。従業員はこれらの報告書を記載してEメールで被告に報告し、労働時間の報告としてきた。

なお、労働時間の長時間化とともに、その日予定されている面接や書類仕事をすることで精一杯で、日報や日管理表の作成及び提出は滞りがちになっていった。平成一五年六月ころ、被告は、このような原告ほか従業員の状況から日報や日管理表の提出を義務づけることは効率的ではないこと及び電話による報告で十分に従業員の実労働時間の管理は可能であることにより、日報や日管理表の提出を義務づけることはやめた。

被告は、従業員に対して手帳に毎日の業務内容を全て書き込むように業務命令を行っており、この手帳の記載をチェックすることで原告の実労働時間を把握していたし、把握することは十分に可能であった。

【被告の主張】

被告は、東京及び名古屋に営業所を設けているところ、同所にはいわゆる管理職はおらず、技術スタッフは各客先に常駐してソフトウェアの開発やシステムの設計を行っているため、各営業所には、それぞれ一名の外勤営業社員のみが在籍し、当該社員が自己管理・責任のもと、自ら営業のスケジュールを立て、これを実施するというシステムが取られていた。

原告は、外勤営業社員として営業所外での勤務が常態であるため、被告としては、営業の結果・実績以外、原告の実際の勤務内容や労働時間を把握・管理することは不可能であったため、事業場外労働のみなし制を採用し、他方で、営業の結果・実績に対して「歩合給」の支給を約していた。

雇用通知書の「勤務時間九:〇〇から二一:〇〇」の記載は、実際の労働時間の配分は原告の裁量に委ねていたため、凡そこの時間帯でその判断のもと営業を行うことを求める趣旨であり、午前九時から午後九時までを「労働時間」とし、被告の拘束下に置く趣旨のものではない。

実際、原告は、自身が立てたその日のスケジュールによって、午前九時過ぎに勤務を開始することもあり、また、自宅から直接客先へ向かう場合も多く、客先から自宅に直帰する場合もあったため、原告が主張する「土日祝祭日を除き、少なくとも九:〇〇から二一:〇〇まで勤務した」という事実は存在しない。

被告は、原告に対し、「B社長が電話、メール、ファクシミリ、各支店への出社等により」直接指示や監督を行った事実はない。

訴外Cは、各外勤営業社員からアポイントの件数の報告を受け、これをとりまとめて被告に報告していただけで、具体的な業務内容を管理していたわけではない。

被告は、全国各支店を電話回線でつなげて行う「朝礼」を行ったこともなければ、電話会議のシステムも有していない。

日報及び日管理表は、営業社員のために自己管理用として被告が書式を提供したにすぎず、提出を義務づけていたり、内容を被告が承認するなどしていた事実もない。

電子メールは契約の案件数を報告するものに過ぎず、労働時間の管理を目的にしたものではない。

被告が原告に対し、毎日の業務内容を手帳に書き込むことを命令した事実も、手帳を見せるように指示した事実も存在しない。

(2)  共和会費について

【原告の主張】

原告は、入社時に「共和会費」の控除に関する説明を受けておらず、毎月の給与からの控除を了解していない。また、何某かの会社の親睦に使用されている形跡もない。

被告から提出された「共和会費に関する協定書」(書証略)、「共和会費について」(書証略)はいずれも原告にとって初めて見るものである。「共和会費に関する協定書」の従業員代表とされるDは、いずれの支店の従業員でもなく、技術スタッフ(エンジニア)でもないが、被告の現在事項全部証明書上は取締役として登記されている人物である。別件である訴外会社とその従業員代表者ともの「共和会費控除に関する協定書」(書証略)の従業員代表もDとなっている。共和会費控除に関する協定書は権限のない者により締結されたものであり、協定は無効である。

したがって、平成一三年一二月から平成一六年二月までの共和会費控除分(二七カ月)合計三万五一〇〇円につき、賃金が未払となっている。

【被告の主張】

共和会費は、社員旅行や従業員の誕生日に花束を贈る費用などに充てるために、各従業員の給与から毎月一三〇〇円を控除するものである。

被告は、「共和会費控除に関する協定書」(書証略)及び「共和会費について」(書証略)を作成しており、原告に対しても、入社の際に共和会費が給与から控除される旨を説明している。

何より、原告自身も、共和会費が充てられた社員旅行に参加し、共和会費から支出されたスーツやネクタイやベルトの支給を受けていた。

(3)  前払い金について

【原告の主張】

被告は、別紙(略)「前払い金一覧表」のとおり、「仕事に対するペナルティ」として給与を減額されたが、正当な減額の理由は全くない。

したがって、別紙(略)前払い金一覧表記載の合計金五七万円が未払となっている。

【被告の主張】

原告は、就職して早々、客先から「社会人としてマナーがなっていない。服装がだらしない」とクレームが続けてくるようになった。被告は「営業に不向き」と判断し、原告の解雇を考えた、原告は「もう少し時間をくれれば結果を出します」と述べるものの、原告のミス等が原因で取引解消となった客先が多数発生し、被告としても余裕がなかったため、「仮に続けてもらうにしても、この金額の給与では無理だ」と告げた。原告が「給与を減額してもらってもよいので、続けさせてください」と懇願したため、被告は、毎月、客先からのクレームの数や以前と同じクレームが再度きていないか等を考慮事項に、原告の了承を得たうえで、給与を減額することにしたのである。

なお、上記「前払い金」の中には、上記趣旨のもの以外にも、前月に払いすぎた諸手当を、当月分の給与から控除して調整したものも存在している。

(4)  消滅時効の成否

【被告の主張】

仮に割増賃金等の発生が認められるとしても、その一部は消滅時効により消滅している。

原告が本訴を提起したのは平成一六年一一月一二日であるから、平成一四年一一月一二日より前に発生した賃金その他の請求権(共和会費及び前払い金)については、時効により消滅しており、被告は時効を援用する。

被告が、平成一六年五月一七日ころに原告から「残業代等を請求・催告する内容の通知書」を受領した事実はない。

被告と有限会社ICEソフトとは別法人である。

【原告の主張】

原告は、本訴を提起する以前の平成一六年九月二日、被告に対し、残業代、共和会費、前払い金を請求・催告する内容の通知書を送付し、同通知書は同月三日に被告へ到達した。また、原告は、平成一六年五月一四日にも残業代等を請求・催告する内容の通知書を送付し、同通知書は遅くとも同月一七日に被告へ到達した。その後、原告は平成一六年一一月一二日に本訴を提起した。

よって、平成一六年五月一七日及び同年九月三日の請求・催告により時効は中断している。

なお、平成一六年一月ころ、B社長が「有限会社インターネットサファリは有限会社IECソフトに社名を変更した」「今後はIECソフトから社報と給与明細が届く」と社内に報告していたため、原告は有限会社IECソフト宛てに内容証明郵便を送付した。

第三当裁判所の判断

1  証拠(略)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(1)  入社経緯

原告は、平成一三年九月ころ、職業安定所(以下「職安」という)における被告の求人内容を見て、飯田橋の訴外会社の事務所を兼ねた場所で面接をすることになった。原告は、そこで、訴外会社の営業部長であるEと面接をし、派遣でも構わないかと問われて、それに応じる旨の返事をした。すると、その後、被告から派遣先が内定した旨の連絡を受け、数日後に飯田橋の事務所で面接の練習をして派遣先での面接指導を受け、被告の協力会社の人間と思しき者に引き合わされてその者と派遣先の面接に赴き面接した。

原告は、面接が終わったあとはEから連絡をくれるよう予め言われていたので、面接後に電話をすると、訴外会社の事務所に寄るよう指示され、事務所へ行くと、訴外Fが、原告が面接先からもらった名刺を回収し、面接の内容、仕事の内容、原告の意見・感想などの確認をされた。

結局、当該派遣先の面接は不採用に終わったが、被告から他の仕事があると言われて、原告は同様の面接を平成一三年九月から一一月末まで約一〇件ほど受けた。

その後、被告のB社長から、技術職ではなくまず被告の営業からやってみないかと勧誘されて、原告は、平成一三年一二月四日ころ、訴外会社の飯田橋事務所で雇用契約を交わした。(書証略)

(2)  雇用条件

上記のとおり、原告と被告は雇用契約を交わし、雇用条件等の内容は以下のような書証(略)の雇用通知書のとおりである。

雇用開始日 平成一三年一二月一〇日(月)

雇用形態 正社員

勤務時間 九:〇〇から二一:〇〇

賃金締め日 毎月末日

賃金支払日 翌月二五日

(3)  実際の勤務(書証略)

被告の営業として原告が就職した後の仕事の標準的な内容は次のとおりであった。

営業担当者は、職安に被告や訴外会社の名前で、様々な職種の求人票を提出し、求職者から求人票を見て連絡があったら一人ずつ個別に面接をした上で派遣スタッフとして派遣登録を被告なり訴外会社にしてもらう。

営業担当者は、面接を終了した人の経歴書を作成し、派遣スタッフとして登録し、電子メールで派遣先企業へ仲介を行う協力会社へ送信する。

派遣先企業や協力会社が探している人材と派遣スタッフがうまくマッチングした場合、派遣スタッフを会社へ呼び、派遣先面接のアドバイスと注意事項を伝え、経歴書の内容を確認させた上で、派遣スタッフからの了承を得て、面接の練習を行ったうえで、派遣先や協力会社の面接に同行する。

協力会社が間に入る場合は、営業担当者は派遣スタッフを協力会社の担当者へ引き渡すのみで、派遣先企業の面接には同行せず、協力会社から事前に会わせて欲しいと依頼がある場合は、同行して協力会社内で面談する。

面接後、派遣先企業から了解が出た場合は、登録者である派遣スタッフと賃金や期間等を定めた雇用通知書を取り交わす。

これら一連の作業のうち、営業担当者が外出して行うのは、派遣先企業面接の際の協力会社担当者への引き渡し、あるいは、協力会社での面接への同行だけであり、その他はいずれも被告ないし訴外会社の事務所で行う内勤事務であった。

原告が、このほかに外勤で仕事をするのは、企業リスト等をもとに、ソフトウェア企業等に電話をして、会社の案内と挨拶を兼ねてアポイントメントを取り、会社の案内と名刺交換をしに先方へ出向くことである。

ア 東京本社

原告は、平成一三年一二月一〇日から平成一四年七月まで東京本社で勤務していた。そこでの仕事の内容は、<1>職安からの求職者の面接、派遣スタッフの経歴書の作成、<2>派遣スタッフの登録、派遣先企業の面接の段取り、面接の練習、協力会社への引き渡し、派遣手続、<3>新規の顧客(協力会社)の開拓といったところである。このうち、事務所の外で仕事をするのは、<2>のうちの協力会社への引き渡し、<3>の二つであった。

<2>の協力会社への引き渡しは長くて一時間程度の外出であり、中には協力会社が派遣スタッフとの面談を求める場合があり、この場合には面談に同行することがあったが、そのときも一時間から一時間半ほどの外出で済んだ。新規協力会社等へ出向く場合も、長くて一時間半ほどであった。

原告は、平成一四年一月から東京本社に勤務しながら、名古屋の担当となった。名古屋現地の営業の訴外Gという従業員と共に、アポイントが原告、行動がGという業務分担のもと、原告が東京で名古屋の協力会社等の客先へのスタッフ提案や電話・メール対応、名古屋の派遣先企業との面接のスケジュール管理をしており、内勤のみがメインの仕事となった。

イ 名古屋支店

平成一四年七月ころ、名古屋で営業を担当していた訴外Gが退職し、B社長からの打診で、原告は名古屋支社に勤務することになった。

ここでも求人、求職者面接、経歴書作成、案件詰め、面接練習、引き渡し、協力会社の開拓といった仕事内容であり、前記のように外で仕事をするのは協力会社への派遣スタッフの引き渡し、協力会社における面談への同行及び協力会社開拓のために出向くことであったが、前任者の訴外Gが担当していたときから取引先企業は多い状況であったので、原告が出向いて新たな協力会社を開拓する必要性はあまりなく、全部で一〇回程度に過ぎなかった。

平成一五年一一月二五日からは、訴外Hが訴外会社の従業員として名古屋支社に勤務することになり、同人は平成一六年三月三一日まで勤務していたので、原告が被告を辞める平成一六年二月まで一緒の事務所で勤務した。

(4)  被告による原告の勤務時間管理状況(書証略)

東京本社及び地方支社の営業担当社員の指揮、監督については、B社長が直接行っており、派遣スタッフの派遣先との契約金額、諸条件も最終的な決定権限は同人が掌握していた。

ア 東京本社

名古屋や大阪の各支社には一名ないし数名の営業担当社員が在籍しており、B社長は、週に四日か五日は東京本店に出社し、従業員に対して業務指示や注意をしていた。

原告が営業担当者として外出するときは、必ず外出先、帰社時間を事務の訴外Ⅰに告げることになっており、東京本社の事務所内のホワイトボードにも明記されている。戻る時間が遅くなるとB社長から原告の携帯電話に電話がかかってくることもあった。

イ 名古屋支社

原告が名古屋に配属となった頃から、毎朝午前八時四〇分ころから本社と各支社を電話回線でつなげて電話会議による朝礼が行われるようになった。本社及び各支社の営業担当社員は、前日の営業成約の結果、営業成約前の「案件詰め」としての派遣先と派遣スタッフとの面談、打合せ予定及び結果などを案件ごとに報告していた。また、取りまとめ役の営業担当者は、本社及び支社の報告を取りまとめてB社長に電話ないし電子メールで各支社の状況等を報告していた。

同じように、毎日一二時、一六時、二〇時に、朝礼を取りまとめる営業担当者が、電話ないし電子メールを通じて本社及び各支社の具体的な営業状況を管理し、B社長に伝えていた。具体的には、大阪支社の訴外Cが名古屋支社に上記各時間に電話をしてきて、当時名古屋支社の事務所にいた原告と訴外Hが各自の担当分をその都度報告しており、そのため原告は上記各時間には事務所にいるようにしていた。(書証略)

また、原告ないし訴外Hが外に仕事に出て名古屋支社の事務所を空けるときには、同支社にかかってくる電話が東京本社に転送されるようにして外出し、戻ってきたときにはこれを切り替える作業をしていた。

(5)  原告の被告における実働による勤務時間(書証略)

原告は、被告と雇用契約を交わした時に上記(2)のように雇用通知書の交付を受けているところ、原告は雇用条件である始業午前九時から終業午後九時まで正午から午後一時までの一時間の休憩を除いて少なくとも一日一一時間の勤務をしている。東京本社への勤務時にはB社長等の指示により午前八時四〇分ころに出社して準備をし、定時である午後九時まで働いており、名古屋支社での勤務時には前記のような電話会議による朝礼があったため、午前八時四〇分ころに出社して、やはり午後九時までは勤務していた。

一日の作業としては、日中は主として職安の求人に応じて来た者との面接、派遣先への引き渡しないし協力会社における面談への同行等を行い、午後六時以降には少なくとも外出先から事務所に戻ってその日に面接した人のスキルシート(派遣会社に示す履歴書)を作成したり、客先への電子メールの送信、さらには途中午後八時の業務状況の報告を挟んでB社長からの業務のフォロー等が少なくとも午後九時まであった。(書証略)

(6)  退社経緯

原告は、B社長の従業員への振る舞いや後記のような一方的な減給、被告ないし訴外会社の従業員が次々に辞めてゆく状況を目の当たりにし、心身ともに疲れたので、平成一五年一一月に同年一二月末で退職する意思を表明した。すると、B社長は、給与面の改善を口頭で約束したものの、その後処遇面での改善が一向に見られなかったので、原告は平成一六年二月末で退職した。

(7)  共和会費について

原告は、被告により支給を受ける毎月の給与から一三〇〇円を平成一三年一二月から平成一六年二月までの間合計三万五一〇〇円にわたって控除を受けた。(書証(略)証拠上平成一四年一〇月と平成一五年一月の給与明細が抜けているが、原告勤務期間中及び当該月の前後の控除状況からこれらの月の分も優に認定できる)

原告は、共和会費が給与から控除されることについて、入社時あるいは入社後も被告から説明を受けたことがない。そのため、原告は被告に対して共和会費を自らの給与から控除することに同意していない。

(8)  前払い金について

原告は、平成一四年五月から平成一五年七月までの間、被告によって別紙(略)前払い金一覧表のとおり原告の給料から被告への損害金を補填する形で給与の減額を受けている。(書証略)

(9)  本件請求についての催告と本訴

原告は、平成一六年五月一四日には、内容証明郵便で、有限会社IECソフト宛てに本件残業代の支払い、共和会費及び前払い金の返還を請求する旨の通知書を送付し、当該催告の通知は同日以降数日以内に同社に到達している(なお、意思表示の到達とは、相手方によって当該意思表示なり通知が直接受領され又は了知されることを要するものではなく、相手方の支配圏内に置かれることをもって足りるものである)。(書証略)

原告は、同年九月二日、上記同様の通知書を被告に送付し、同書面は同月三日に被告に到達している。(書証略)

被告ないし訴外会社の社報によると有限会社IECソフトは平成一六年一月ころ被告が社名変更したものとされ、被告、訴外会社及び有限会社IECソフトの代表者はいずれもB社長である。(書証略)

原告は、本訴を平成一六年一一月一二日に提起している。(当裁判所に顕著な事実)

証拠等により認定できる事実は上記のとおりであり、これを覆すに足る証拠は本件証拠上見当たらず、これに反する被告の主張はいずれも採用できない。

2  争点(1)(時間外賃金請求)について

(1)  労基法(三八条の二)は、セールスマンや保険外交員などのように、労働者が事業場外で労働する場合で、使用者の指揮監督が及ばないときには、使用者による労働時間の把握・算定は困難であるとして、所定労働時間労働したものとみなすこととしている。

これを本件について見るに、前記認定事実(3)及び(4)によると、原告の営業の仕事は、東京本社及び名古屋支社のいずれの勤務においても、求人、求職者面接、経歴書作成、案件詰め、面接練習、引き渡し、協力会社の開拓といった仕事内容であり、その中で外勤により原告が事務所を離れて仕事をするのは<1>派遣スタッフを派遣先に連れてゆく協力会社の担当者に引き渡すときあるいは<2>協力会社が事前に派遣スタッフと面談をする際の協力会社に行った上での同席及び<3>協力会社を新規に開拓するために出向くことであることからすると、内勤営業が中心であり、これらの外勤は、派遣先や協力会社の営業時間内に面接・面談したり、新規開拓のために出向く会社の時間帯についても同様に営業時間内であることから、せいぜい午後五時ころまでであると思われること、一回の外出が一時間から一時間半程度であること、本社においては行き先がホワイトボードに記載されており携帯電話で外出中の時間管理や業務指示等のフォローを受けていたこと、名古屋においては定時の報告が課せられていることから午後八時までには事務所に帰社していたことが認められる。

このような各勤務状況からすると、原告の労働は、使用者である被告の指揮監督が及ばないものであるとか、使用者による労働時間の把握・算定が困難であるといった事情は見受けられない。

したがって、原告の勤務には労基法三八条の二第一項の所定時間働いたものとするみなし制が適用される事業場外労働には該当しないものというべきである。

(2)  次に、前記認定事実(2)及び(5)によれば、雇用条件として勤務時間が午前九時から午後九時までとされており、とりわけ、午後八時には営業状況の定時の報告が課されており、B社長からの業務のフォローも少なくとも午後九時ころまではあったこと、午後六時以降には昼間に面接した求人票に応募してきた候補者のスキルシートの作成等や客先への電子メールの送信に時間を割く必要があったことが認められる。

してみれば、原告は少なくとも午前九時から午後九時までは正午から午後一時までの間の休憩時間を除いて使用者の指揮命令による拘束下で業務を遂行していたものと認めることができる。

しかも、上記のように原告には労働時間のみなし制は適用されないことからすると、労基法(三七条一項)に照らし、原告は午後六時以降は法定の八時間を超過して時間外労働を出勤時にはほぼ毎日していたものと考えることができる(なお、被告が原告に変形労働時間制を実際に施行していた状況は見受けられない)。

以上の認定判断に反する被告の主張は有効な反証もないことから採用できない。

したがって、証拠(略)のとおりの各勤務日の時間外労働及びそれに対応する割増賃金が発生する。

3  争点(2)(共和会費)について

前記認定事実(7)によれば、共和会費については、原告が被告に入社した平成一三年一二月から退職する平成一六年二月まで毎月給与から一三〇〇円を控除され、合計で三万五一〇〇円にのぼることが認められる。

被告は、「共和会費控除に関する協定書」(書証略)を従業員代表と締結し、「共和会費について」と題する書面(書証略)を顧問労務士名義で作成しており、原告にも入社の際に共和会費が給与から控除される旨を説明していると主張する。

労基法二四条一項によって賃金はその全額を直接労働者に支払わなければならないとし、同項但書で、労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合には賃金の一部を控除して支払うことができるとされている。

しかし、被告が提出している書証(略)におけるDが真に従業員を代表する者であるかどうか定かではないこと、原告は入社時に共和会費を給与から控除することについて説明を受けていないと主張していることからすると、本件証拠上未だ労基法二四条一項但書の要件を充足しているとは認めることができないものといわなければならない。

それゆえ、被告による原告の給与から控除した共和会費分合計三万五一〇〇円について、被告は原告に対して未払賃金がある。

4  争点(3)(前払い金)について

前記認定事実(8)によれば、被告は原告の給与から平成一四年五月から平成一五年七月までの間に別紙(略)前払い金一覧表のとおりの金額を控除して給与の減額をして支給している事実を認めることができる。

被告は、原告の勤務不良を理由とする解雇を思い留まる代わりに原告が給与の減額に応じたと主張するが、前記三で触れたごとく、賃金の金額払いの原則に照らし、前払い金を給与から控除することにつき、被告において労基法二四条一項但書の要件を満たしていることの主張と立証はないほか、原告との合意を立証できているわけでもない。また、前払い金の中には前月に払いすぎた諸手当を調整したものも存在すると被告は主張するが、これを裏付ける証拠も見当たらない。

したがって、被告は原告に対して別紙(略)前払い金一覧表の金額五七万円の未払賃金がある。

5  争点(4)(消滅時効)について

被告は平成一六年一一月一二日に原告が本訴を提起した事実を前提に、平成一四年一一月一二日以前に発生した賃金債務の消滅時効を主張する。

しかし、前記認定事実(9)のとおり、原告は平成一六年五月一四日付けの内容証明郵便で有限会社IECソフト宛てに催告をしており、同社は被告が社名を変更したものであり、同社の代表者が被告のB社長と同一人物であることから、債権者である原告が債務者である被告に対して債務の履行を請求する意思を通知したと認定できる。そして、その後六カ月以内に裁判上の請求をしていることも前記認定事実から明らかゆえ、被告の援用にかかる消滅時効のうち、平成一四年五月二五日支払分以降のものについては中断したものと認められ、他方、平成一四年四月二五日支払分までの給与即ち平成一三年一二月分から平成一四年三月分の残業代及び未払賃金は時効によって消滅したものというべきである。

被告は、上記原告の内容証明は到達していないと主張するが、今日の郵便事情をも考慮すると措信できないし、有限会社IECソフトが被告とは別会社であったとしても原告の請求意思はB社長に到達したものと見るべきである。

6  以上によれば、未払いの賃金及び時間外労働賃金に遅延損害金をも含めると別紙(略)「未払賃金等及び遅延損害金計算書」の平成一四年四月分以降のとおりとなるので、本件請求は付加金を含めてこの限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 福島政幸)

<別紙略>

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