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東京地方裁判所 平成16年(ワ)29号 判決 2004年3月24日

原告

甲野太郎

被告

学校法人Y

上記代表者理事

乙山春男

同訴訟代理人弁護士

荒木昭彦

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

1  被告は,原告に対し,金494万4710円及びこれに対する平成14年7月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告に対し,金296万円に対する平成14年7月1日から同15年7月29日まで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は,被告の従業員であった原告が,被告に対し,退職金の支払を求めた事案である。

1  争いのない事実等(証拠等で認定した事実は当該証拠等を文末に掲記する)

(1)  被告は,昭和47年1月7日,教育基本法及び学校教育法に従い私立専修学校を設置すること等を目的として設立された学校法人であり,A専門学校及びB専門学校を設置している。

(2)  原告は,昭和52年1月5日,被告に常勤職員(専任)として雇用され,同日以降就労したが,平成14年4月26日,被告を退職した。

(3)  原告は,平成14年6月28日,被告との間で,原告の退職金について,次のとおり合意した(甲5,弁論の全趣旨)。

ア 原告の退職金は1317万4410円(税引き後の額は1310万3910円)である。

イ 被告は,原告に対し,前記退職金を次の方法で支払う。

(ア) 526万9700円を平成14年6月末までに支払う。

(イ) 残額783万4210円については,平成14年6月末日までに,私学共済の貸付金残額1086万3806円と相殺する方法で支払う。

(4)  被告は,前記合意に先立って平成14年5月31日に,原告に対し,前記(3)イ(ア)の526万9700円を支払った。また,前記(3)イ(イ)の残額783万4210円の一部である296万円については,平成15年7月30日に,労働福祉事業団の未払賃金立替制度により支払われた。

(5)  原告は,被告に対し,退職金残額494万4710円(1317万4410円−526万9700円−296万円=494万4710円)及びこれに対する遅延損害金並びに296万円に対する遅延損害金の支払を求めている。

2  争点

被告は民事再生手続中の学校法人であるところ,原告は退職金のうち25%以上のものを取得しており,被告には退職金の支払義務はないか。

【被告の主張】

(1) 民事再生手続で,被告に対する一般債権については,その債権額の10%を2回に分割して支払うという内容で再生計画が認可された。原告は,平成15年7月30日に,未払賃金立替制度により296万円を受け取っており,原告の請求は理由がない。

(2)ア 被告は,民事再生申立後,被告の従業員に対し,退職金についてはその額の25%を8年分割で支払うとの提案をした(以下「本件提案」という)。被告の従業員のうち,全国一般Y労働組合(以下「Y労組」という)所属の組合員は,Y労組に交渉の権限を委任した。

イ 原告は,平成15年3月26日ころまで,Y労組所属の組合員であった。

ウ Y労組は,平成15年1月ころ,被告の本件提案を受け入れた。

エ 原告は,前記(1)でも述べたとおり,原告主張の残退職金請求権の25%を上回る296万円の支払を受けており,原告の請求は理由がない。

【原告の主張】

(1) 被告の主張(1)のうち,原告の主張は理由がない点は争い,その余は認める。

(2)ア 被告の主張(2)アのうち,被告から本件提案があったことは認めるが,その余は否認する。原告は,Y労組に交渉などを委任していない。

イ 被告の主張(2)イは認める。

ウ 被告の主張(2)ウは争う。

エ 被告の主張(2)エのうち,原告が退職金のうち296万円の支払を受けたことは認めるが,原告の請求が理由がない点は争う。

第3  争点に対する判断

1  事実認定

前記争いのない事実等,証拠(甲1,2,3の1ないし3,同4,5,乙1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)  被告は,昭和47年1月7日,教育基本法及び学校教育法に従い私立専修学校を設置すること等を目的として設立された学校法人である。原告は,昭和52年1月5日,被告に常勤職員(専任)として雇用された。

(2)  被告における賃金の支払は,毎月14日締め,当月25日支払であるところ,原告の平成11年5月から7月にかけての賃金(本給,勤務手当,家族手当等)は,月額45万7640円であった。

(3)  原告は,平成14年4月26日,被告を退職した。原告は,平成14年6月28日,被告との間で,原告の退職金が1317万4410円(税引き後の額は1310万3910円)であること,そのうち526万9700円を同年6月末までに支払い,残額783万4210円については,同日までに私学共済の貸付金残額と相殺する方法で支払う旨約した。

(4)  被告は,前記合意に先立って平成14年5月31日に,原告に対し,前記退職金のうち526万9700円を支払った。

(5)  被告は,平成14年9月27日,東京地方裁判所に対し,民事再生手続の申立てをし,同裁判所は,同年10月3日,民事再生手続開始決定をし,同15年7月9日,再生計画認可決定をし,同年8月7日,再生計画認可決定は確定した。

(6)  ところで,民事再生債権(一般債権)については,債権額の1割を2回に分割して支払うという内容で再生計画は認可された。

(7)  原告は,再生計画認可決定後の平成15年7月30日,労働福祉事業団から未払賃金立替制度に基づき,退職金のうち一部である296万円の支払を受けた。

2  当裁判所の判断

前記1の認定事実及び諸法規を前提に原告の請求の当否を検討する。

(1)  一般優先債権の範囲について

原告の被告に対する退職金支払請求権は賃金の後払的性格を有しており,民法306条2号,308条に基づき一般先取特権の対象となる債権と解するのが相当である(最判昭44.9.2民集23巻9号1641頁)。ところで,本件のように使用者が民事再生手続の開始決定を受けた場合には,再生債務者が株式会社,有限会社,保険事業における相互会社であれば,従業員の退職金全額が一般先取特権の対象となる(商法295条,有限会社法46条2項,保険業法59条)が,被告のような学校法人の場合には,商法295条等の法律の規定がない以上,民法308条の原則に戻り,再生手続開始の時から遡って最後の6か月の賃金相当分のみが一般先取特権の対象となり,民事再生手続において一般優先債権として扱われ,残余の退職金額は再生債権と扱われることになると解するのが相当である(民事再生法122条3項)。

(2)  原告の退職金請求権のうち一般優先債権として取り扱われる額

ア 前記(1)によれば,原告の退職金のうち,再生手続開始の時から遡って最後の6か月の賃金相当分が一般優先債権の対象となる。これを本件についてみるに,前記1で認定した事実によれば,被告について民事再生手続の開始決定があったのは平成14年10月3日であり,そうだとすると,平成14年4月4日から同年10月3日までの賃金相当額が一般優先債権の対象となるところ,原告が被告を退職したのが平成14年4月26日であること,月額の賃金は45万7640円であることを考慮すると,一般優先債権の対象となる退職金額は36万6112円(45万7640円×23÷30=35万0857円,円未満4捨5入)となる。

イ 以上の考え方に対し,民事再生手続開始決定時に有していた退職金のうち6か月の賃金相当分が一般優先債権の対象となる考え方もあるやも知れず,この立場からは,原告の退職金のうち,一般優先債権の対象となる額は274万5840円(45万7640円×6=274万5840円)ということになる。

(3)  一般優先債権として扱われる原告の退職金債権の民事再生手続開始時点での存否

ところで,前記(2)で認定した一般優先債権の対象となる原告の退職金請求権は,民事再生手続開始当時存在していたのか否かということが問題となる。

前記1で認定した事実によれば,原告は被告に対し退職金請求権1317万4410円を有していたところ,そのうち526万9700円については平成14年5月30日に支給を受けていることが認められる。債権者間の弁済の公平の見地からは,特段の事情のない限り,退職金の一部弁済は一般優先債権と扱われる債権を含んでいると解するのが相当であるところ(もしそうでないとすると,労働者は使用者から退職金のうち支払を受けたものに加え,更に6か月の賃金相当分を受給することになり,民法308条で規定する範囲を超えて保護することになり,他の債権者との公平を欠くことになる),本件全証拠を検討するも,特段の事情は見当たらない。そうだとすると,原告は前記526万9700円を取得することにより,前記(2)で検討した一般優先債権として取り扱われる額を超える以上の弁済を受けているということができ,残余の退職金請求権は一般先取特権の付いていない一般債権と解するのが相当である。

以上によれば,被告の民事再生手続開始時点における残余の退職金請求権790万4710円(1317万4410円−526万9700円=790万4710円)及び遅延損害金は,一般優先債権ではなく,再生債権であると解するのが相当である。

(4)  残余の退職金請求権790万4710円等の請求の成否

ア 本件訴えの適法性

前記(3)で検討したとおり,残余の退職金請求権790万4710円及びこれに対する遅延損害金請求権は再生債権である。したがって,原告は,本来,前記残余の退職金等を再生債権として届け出て,その権利を確定,行使すべきであった。しかるに,前記1で認定したとおり,被告の民事再生手続は再生計画が認可,確定している。そうだとすると,原告としては,本訴の中で,権利の帰趨を確定する必要があり,この意味において本訴は適法であるというべきである。

イ 残余の退職金請求権等の扱い

民事再生法181条1項1号によれば,再生計画認可の決定が確定したときは,再生債権者がその責めに帰することができない事由により債権届出期間内に届出をすることができなかった再生債権で,その事由が同法第95条第4項に規定する決定前に消滅しなかったものは,同法第156条の一般基準に従い変更されるとされている。

これを本件についてみるに,前記1で認定した事実及び弁論の全趣旨によれば,原告は,残余の退職金請求権790万4710円及びこれに対する遅延損害金請求権をその責めに帰することができない事由により債権届出期間内に届出をすることができなかったというべきであり,民事再生法181条1項1号に該当する再生債権者ということができる。

ウ 残余の退職金請求権等の変更

前記1で認定した事実によれば,被告の民事再生手続において,再生債権は,債権額の1割を2回に分割して支払うという内容で再生計画は認可されたことが認められ,そうだとすると,原告の残余の退職金請求権も1割である79万円余を2回で支払を受けられる権利に変更されたとみるのが相当である。そして,前記1で認定した事実によれば,原告は,再生計画認可決定後の平成15年7月30日,退職金のうち296万円の支払を受けたことが認められるのであるから,原告の残余の退職金請求権は,既に全て完済されているというべきである。

(5)  補論

ア 以上によれば,原告の請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないのであるが,被告は,原告の請求する退職金債権が全て一般優先債権であったとしても,296万円の受給により,支払は完了していると主張するので,以下この点についても判断しておくことにする。

イ 証拠(甲1,10,11,乙2ないし5)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(ア) 原告は,平成15年3月26日ころまで,Y労組所属の組合員であった(当事者間に争いがない)。

(イ) 被告は,民事再生申立後,被告の従業員に対し,退職金についてはその額の25%を8年分割で支払うとの本件提案をした(当事者間に争いがない)。

(ウ) 被告の従業員のうち,Y労組所属の組合員は,組合が窓口になって,退職金等の労働債権について,被告と交渉することになった。本件提案があった当時のY労組の執行委員長は乙山春男であったが,平成15年1月には,乙山が被告の理事長に就任し,労使協力して被告の再建にあたることになった。そこで,Y労組は,本件提案を受け入れることにした。

(エ) ところで,原告は,Y労組が,被告の本件提案を受け入れることを決定する会議に参加しながら,その際は,特段の異議を述べなかった。ちなみに,Y労組に所属する組合員のうち,後になって,Y労組が本件提案を受け入れたことに異議を唱えているのは原告1人だけである。

(オ) 原告は,平成15年7月30日,退職金のうち296万円の支払を受けた(当事者間に争いがない)。

ウ 以上によれば,原告もY労組所属の組合員として,一旦は,被告の本件提案を受け入れたと推認するのが相当であり,これを覆すに足りる的確な証拠は見当たらない。そうだとすると,民事再生事件申立時の原告の残余退職金は790万円余であったところ,その25%を超える296万円が支払われている本件にあっては,原告の本訴請求は,以上の観点からも理由がないというほかない。

3  結論

以上によれば,原告の本訴請求は理由がないことが明らかであるので,これを棄却することにする。

(裁判官・難波孝一)

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