東京地方裁判所 平成16年(ワ)350号 判決 2004年6月09日
主文
1 被告は,原告に対し,別紙物件目録記載1の建物を収去して,同目録記載2の土地を明け渡せ。
2 被告は,原告に対し,平成15年9月5日から上記明渡済みまで1か月6万6600円の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は,別紙物件目録記載2の土地(以下「本件土地」という。)の所有者である原告が,競売手続の売却により本件土地上の同目録記載1の建物(以下「本件建物」という。)の所有権を取得した被告に対し,借地権譲渡についての地主の承諾手続が行われず,地主である原告の承諾がないから,本件土地の所有権に基づき,本件建物を収去して本件土地を明け渡すことを求めた事案である。
2 前提事実
(1) 原告は,本件土地を所有している。
(2) 原告は,昭和57年12月17日,本件建物の前所有者であるZに対し,本件土地を,堅固建物所有目的,期間30年,地代2万7930円(現在は6万6600円),毎月末日限り翌月分を支払う約定で賃貸した。
(3) 本件建物は,東京信用保証協会の申立てにより,平成12年12月8日競売開始決定がされ,平成15年9月5日,被告が本件建物の所有権を取得し,同月8日所有権移転登記がされた。
(4) 被告は,本件建物の所有権取得後2か月以内に借地借家法20条所定の借地権譲受承諾許可の手続をしなかった。
3 争点(借地権譲受の承諾の有無)
(被告の主張)
被告は,本件建物の所有権取得に伴う借地権の譲渡につき,原告の承諾を得た。すなわち,被告は,本件建物の落札前の平成15年7月24日,原告方を訪問し,被告が落札した場合借地権の移転の承諾をしてもらえるか確認したところ,原告は,「別に問題はないです。安心して競売手続をして欲しいです。」と回答した。また,名義変更料の支払を確認したら,名義変更料は不要である旨返答した。
被告は,代金納付後の平成15年9月17日ころ,原告方を訪問し,10月分から地代を支払う予定であるので振込先の口座番号を教えて欲しい旨伝えたところ,原告は,「不動産屋に任せてあるので,不動産屋から連絡させる。」と述べた。また,建物をリフォームしたい旨告げたところ,「あの階段は危ないから直した方がよい。がんばって下さい。」と励まされた。
被告は,同月28日,10月分の地代6万6600円を原告方に持参して支払おうとしたが,不動産屋に一任しているとして受領を拒絶された。さらに,被告は同年11月4日,後記の内容証明郵便を受けて,原告方を訪問し,話し合いをしたが,原告は,「内容証明郵便は不動産屋が出したので私は知らない。不動産屋からの連絡を待ってください。」というばかりであった。また,同日地代の支払を申し出たが,原告は不動産屋に任せていると受領を拒否した。
原告は,借地名義変更料の協議を求める同年11月1日付けの内容証明郵便(甲3)を被告に送付したが,原告は,被告が本件建物に入居したことは知っていたものであり,被告が原告方を訪問しながら,約2か月にわたって借地名義変更料を要求しなかったのは,黙示に借地権の移転を承諾していたというべきである。
(原告の主張)
原告が,被告に対し,借地権の移転の承諾をした事実は否認する。被告が平成15年7月24日,同年9月17日,同月28日,同年11月4日原告方において原告と面談した事実,被告が同年7月24日借地権に関する質問をした事実,被告が同年9月17日地代の支払方法の確認を求め,原告が不動産屋から連絡すると述べた事実は認める。原告が地代の支払の提供をしたり,原告が建物のリフォームについて承諾したといった被告主張の事実はない。
第3 当裁判所の判断
被告は,本件建物を競売手続で買い受けたものであるが,被告は宅地建物取引主任者の資格取得のため勉強しているというのであるし(平成16年2月24日付け被告準備書面),上記被告の主張する事実経過によっても,被告が競売による売却によって借地上の建物の所有権を取得した場合に,借地権の移転について地主の承諾がなければ,借地権を取得できないこと,借地権の移転(借地名義の変更)について対価の支払が通常行われていることを承知していたことが容易に推認できる。
ところで,被告は,前記のとおり本件建物の所有権取得に伴う借地権の移転について原告の承諾を明示的あるいは黙示的に得た旨主張する。
被告が平成15年7月24日,同年9月17日,同月28日,同年11月4日原告方において原告と面談した事実は当事者間に争いがなく,その面談の用件が被告が本件建物の所有権を取得し,その借地権の譲渡及びその後の地代の支払等に関する事実であることは,弁論の全趣旨や甲9(原告の陳述書)から明らかである。しかし,原告が明示的に借地権の移転について承諾をしたことを認めることは困難である。すなわち,借地権の移転(名義変更)の承諾には,借地権価格の10パーセント程度の承諾料の支払が行われていることは当裁判所に顕著な事実である。そして,原告は他にも多くの土地を賃貸しており(甲9),本件土地が江東区東砂3丁目地内の約53坪の宅地であることを考慮すれば,相当額の承諾料が予定されていたというべきである。それにもかかわらず,承諾料の支払がなく原告が承諾するという特別の事情があるとは到底考えられない。被告は,被告が本件建物の入札をする前の平成15年7月24日ころ,原告が名義変更料は不要であると被告に話した旨主張し,乙1(Aの陳述書)にはこれに沿う記載があるが,これによって承諾料なしでの借地権移転の承諾があったと認めることは困難である。なお,被告が平成15年9月28日,同年11月4日に原告方を訪問した際,地代の支払の提供をした事実の有無に争いがあるが,仮に被告主張のとおり地代の提供があり,原告がこの受領を拒んだとしても,原告が被告との間で賃貸借契約があると認識していない以上当然のことであり,その事実が借地権の譲渡の承諾の根拠となる事実ではないし,却って承諾の事実がないことを示す事実と考えるのが自然である。
被告は,原告が平成15年11月1日付けの通知書(甲3)を発送するまで,名義変更料の支払を求めたりしなかったことをもって,黙示の承諾と主張するが,原告は,建物を競落したと挨拶した被告に対し,不動産屋に任せている旨を伝えてきたのであり,被告が不動産屋との間で借地契約についての話し合いをした形跡もない本件において,被告が所有権を取得して2か月程度の期間で(原告が被告の所有権取得を認識したのは平成15年9月17日と思われる。)黙示の承諾があったとすることは到底できない。
以上の次第で借地権の移転についての原告の承諾があったとする被告の主張は理由がない。そうすると,原告の本件請求は理由があるので認容し,仮執行の宣言については相当でないから付さないこととし,主文のとおり判決する。
別紙 物件目録<省略>