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東京地方裁判所 平成16年(ワ)3787号 判決 2004年6月25日

原告 X

上記訴訟代理人弁護士 元木祐司

被告 株式会社緑友会

上記代表者代表取締役 A

上記訴訟代理人弁護士 小畑英一

同 柴田祐之

主文

1  被告は、原告に対し、金400万円及びこれに対する平成16年3月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決の第1項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1原告の請求

主文と同旨

第2事案の概要

本件は、被告の経営する預託会員制のゴルフクラブ会員である原告が、被告に預託した預託金について、ゴルフクラブの会則による据置期間が満了したとして、返還を求めたのに対し、被告が会則を改正した上、改正後の会則に基づき、取締役会の決議により、据置期間を延長したとして争う事案である。

1  争いのない事実等

(1)  原告は、昭和57年9月30日被告との間で、被告が所有し、経営するゴルフ場(本件ゴルフ場)の預託会員制のゴルフクラブである長瀞ゴルフ倶楽部(本件ゴルフ倶楽部)の会員となる契約を締結し、被告に400万円を預託した(本件預託金)。

(2)  本件預託金の据置期間は、本件ゴルフ倶楽部の会則において正式開場後10年間と定められていた。本件ゴルフ場は平成5年12月20日に開場した。

(3)  なお、原告は以前、本件預託金の返還請求訴訟を、東京地方裁判所平成12年(ワ)第20496号事件をもって提起したが、本件預託金の据置期間は平成15年12月20日まで到来していないとして、原告の請求は棄却された。

2  請求の原因及び原告の主張

(1)  本件預託金の据置期間は本件ゴルフ場の開場から10年後の平成15年12月20日の経過によって満了している。

(2)  よって、原告は被告に対し本件預託金400万円の返還とそれに対する本件訴状送達の日の翌日(平成16年3月6日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(3)  被告が主張する本件ゴルフ倶楽部の会則の改正及び預託金据置期間の延長決議については、いずれもその事実については不知であり、原告に対する効力を否認し争う。

3  被告の主張

(1)  本件ゴルフ倶楽部の会則には、取締役会の決議等により、預託金の据置期間を延長できる旨の定めがあるが、その要件について、平成10年に本件ゴルフ場の理事会の決議により次のように改正されている。

(改正前)「天災地変其の他の不可抗力の事態が発生した場合」

(改正後)「天災地変、著しい経済変動その他会社または倶楽部の運営上やむを得ない事情がある場合」

上記会則改正は、預託金据置期間それ自体に関する改正ではなく、会員の基本的権利に対する重大な変更を伴う会則改正には当たらず、改正は有効である。

(2)  被告は、改正後の上記会則に基づき、平成15年6月30日開催の取締役会において、預託金の据置期間を10年間延長することを決議している。

これはバブル経済の崩壊による会員権相場の暴落から、投資目的で会員権を購入した会員が、投下資本の回収を会員権の譲渡ではなく預託金の返還に求めている状況下で預託金の返還期を迎えた場合には、ゴルフ場の経営に不測の事態が生ずる可能性があり、倶楽部の運営上やむを得ない事情がある場合にあたる。

被告のかかる据置期間延長措置は、原告が入会契約を締結するにあたり、その内容を承認した会則に基づくものであり、原告はかかる据置期間延長決議に拘束されることになる。

よって、本件ゴルフ場の預託金の据置期間は未だ経過していない。

(3)  なお被告は現在、預託金の返還を希望する会員に対しては、抽選により返還に応ずる制度の採用を検討している。これは、多くの会員が望んでいるゴルフ場の維持・存続を図りながら、預託金返還を求める会員の要望に応えるためには、ゴルフ場の経営に支障を来さない範囲で返還原資を捻出しつつ抽選により返還を行うことが、最も合理的かつ会員の利益に資すると判断したからである。

4  争点

(1)  会則改正の有効性

(2)  据置期間延長の効力が原告に及ぶか。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(会則の改正)について

(1)  原告が援用する本件ゴルフ倶楽部の会則(甲3)8条には、預託金の据置期間について、「天災地変其の他の不可欠効力り(原文のまま。不可抗力の意味と解する。)の事態が発生した場合は、会社取締役会の決議に依り、理事会の承認を経て据置期間を延長することが出来る」と規定されている。

一方、被告が援用する改正後の会則は、本件ゴルフ倶楽部の平成15年11月発行の会報(乙1)に掲載されているもので、預託金(会則では「会員資格保証金」と称している。)の据置期間について、「天災地変、著しい経済変動その他会社または倶楽部の運営上やむを得ない事情がある場合には、理事会の決議により保証金の据置期間を10年以内の相当期間延長することができるものとする」(7条4項)と規定されている。

(2)  被告は、上記の会則の改正が、平成10年に理事会の決議によりなされている旨主張しているが、その経緯、手続き等を示す証拠は提出されておらず、その具体的な経過は不明である。なお、改正前の会則22条(甲3)には、「会則の変更は会社取締役会並びに理事会の決議に依るものとする」と定められている。

(3)  原告が本件預託金を被告に預託した際に、内容を承諾して本件会員契約を締結したのは、原告援用の会則(甲3)であると認められる(甲2)。

被告は、ゴルフ会員権の中核が施設利用権であること、及び預託金据置期間延長が有効か否かは、本件改正によって追加又は具体化された実体的要件に該当するか否かによって判断されるもので、預託金返還請求権に直接制限が加えられているものではないから、会員の基本的権利に対する重大な変更を伴う会則改正には当たらないとして、本件改正は有効であり、原告に対して拘束力を有する旨主張する。

しかしながら、預託金返還請求権も施設利用権と並ぶゴルフ会員権の重要な内容であること、及び本件改正は、その規定内容に照らし、当初の会則より緩やかな要件で、理事会に据置期間延長について広い裁量権を与えたものと解せられ、本件預託金契約の内容について実質的な不利益変更にあたると考えられるから、原告が当然に本件改正に拘束されると解することには疑問がある。

そうすると、原告は本件会員契約締結の際、当初の会則に基づき、「天災地変その他の不可抗力の事態」が生じた場合に、預託金の据置期間が延長されることについては承諾していたと認められるが、不可抗力に至らない程度の「著しい経済変動その他会社または倶楽部の運営上やむを得ない事情」によって、据置期間が延長されることを承諾していたと認めるに足る証拠はないから、上記「運営上やむを得ない事情」によって、据置期間の延長を可能とする会則改正の効力が原告に及んでいるとは解せられない。

2  争点(2)(据置期間延長の効力)について

(1)  被告主張の据置期間の延長が、「天災地変その他の不可抗力の事態」によることについての主張、立証はないから、据置期間が延長され、預託金返還の期間が到来していないとの被告の主張は理由がない。

(2)  念のため、改正後の会則に基づく据置期間の延長についても検討する。

ア 乙2(取締役会議事録)によれば、被告は、平成15年6月30日の取締役会において、「現在の会員権相場状況を勘案すると多数の会員から償還請求をうけるおそれがあり、『著しい経済変動その他会社及びクラブ運営上やむを得ない事由』があると認められる」として、預託金の据置期間を10年間延長する決議をしたことが認められる(なお、改正後の会則7条に定める「理事会の決議」については、証拠上明らかではない)。

イ 被告は、バブル経済の崩壊に起因する会員権相場の暴落により、多数の会員からの預託金返還に応ずると経営が破綻すると主張し、上記取締役会においても、「会員権相場状況」及び「多数の会員から償還請求をうけるおそれ」があることをもって、「著しい経済変動その他会社及びクラブ運営上やむを得ない事由」があるとしている。

しかし、本件においては、被告及び本件ゴルフ場の経営及び資産状況、経営努力の内容、本件ゴルフ倶楽部の会員数、会員権相場、預託金総額等を示す証拠資料は提出されておらず、被告が「運営上やむを得ない事由」があると判断したことについて、これを肯定する事情の存在を認めることは出来ない。

なお、バブル経済の崩壊と称せられる事象があったこと及びその崩壊からおよそ10年以上を経過していることは、公知の事実ともいえるが、それをもって、契約により定まっていた本件預託金の返還時期を一方的に延長し得るような「著しい経済変動その他会社及びクラブ運営上やむを得ない事由」といえないことは明らかである。

(3)  なお、被告は、抽選により預託金の返還に応ずる償還制度の採用を主張しているが、乙1によれば、その制度のあらましは、年間1500万円以内の原資により、額面150万円単位に分割した会員権について、抽選により、償還するというもので、その原資の額、個別の償還額等に照らし、到底、据置期間延長を正当化する制度であるとは認められない。

3  以上によれば、被告の抗弁を採用することはできず、原告の請求は理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判官 野村高弘)

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