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東京地方裁判所 平成16年(ワ)5565号 判決 2006年6月08日

原告

甲野春子

外3名

原告ら訴訟代理人弁護士

志田なや子

坂本福子

今野久子

斉藤園生

飯田美弥子

八坂玄功

松本恵美子

被告

中野区

代表者区長

田中大輔

被告指定代理人

河野通孝

外10名

主文

1  被告は,原告ら各自に対し,40万円及びこれに対する平成16年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,これを5分し,その1を被告の,その余を原告らの負担とする。

事実及び理由

第1  請求

1  原告らが被告の非常勤職員たる地位を有することを確認する。

2  被告は,原告甲野春子,同乙山夏子,同丙川秋子に対し,それぞれ,平成16年4月1日以降毎月15日限り16万3520円を支払え。

3  被告は,原告丁田冬子に対し,平成16年4月1日以降毎月15日限り14万5040円を支払え。

4  被告は,原告ら各自に対し,100万円及びこれに対する平成16年3月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要等

本件は,平成16年3月31日まで,被告の非常勤保育士(平成11年4月1日付けで「保育園保母補助員」から名称を変更。以下,名称変更の前後を問わず,「非常勤保育士」という。)として稼働していた原告らが,被告が同年4月1日に原告らを再任用しなかったことは,解雇権を濫用したものであり無効であるなどとして,非常勤職員としての地位の確認と賃金の請求をするとともに,再任用に対する期待権の侵害を理由として損害賠償を請求した事案である。

1  前提事実(各項記載の証拠により容易に認定できる事実及び争いがない事実)

(1)  原告らは,いずれも,平成4年7月1日から平成7年2月1日にかけて,任用期間を任用日が属する年度の末日までとする非常勤保育士として被告に任用され,以後,平成15年度まで,毎年,任用期間を4月1日から翌年3月31日までの1年間として再任用されていたものであり,被告に勤務する非常勤職員が加入している東京公務公共一般労働組合中野支部(以下「公共一般労組中野支部」という。)の組合員である。原告甲野春子(以下「原告甲野」という。)及び同丁田冬子(以下「原告丁田」という。)の任用日は平成4年7月1日,同乙山夏子(以下「原告乙山」という。)の任用日は平成5年8月1日,同丙川秋子(以下「原告丙川」という。)の任用日は平成7年2月1日であり,原告甲野及び同丁田は11回,同乙山は10回,同丙川は9回にわたり,再任用されていた。

原告らのうち,原告丁田は保育士資格を有していないが,その他の原告は,いずれも保育士資格を有していた。

(2)  被告が非常勤保育士の制度を導入した契機は,平成4年に地方公務員に週休2日制が導入され,正規職員の休暇日に稼働する保育士が必要となったことにあった。

非常勤保育士は,地方公務員法3条3項3号に定められた特別職の非常勤職員である。被告が定めた「中野区保育園非常勤保育士設置要綱」(1992年6月30日要綱第127号)は,非常勤保育士の任用手続や勤務条件について,「非常勤保育士は,保育士資格保持者又は育児経験者のうちから地域センター部保育課長が任用する。」(3条),「非常勤職員保育士の勤務条件については,この要綱に定めるもののほか,中野区に勤務する非常勤職員の勤務条件等に関する要綱の定めるところによる。」(5条)と定めている。そして,「中野区に勤務する非常勤職員の勤務条件等に関する要綱」(1999年3月29日要綱第34号)(以下「非常勤職員勤務条件要綱」という。)は,非常勤職員の任期や再任用について,「非常勤職員の任期は,任用された日が属する年度の範囲内において,所属長が定める」(5条1項),「区長は,次の各号のいずれかに該当する場合を除き,任期の満了した非常勤職員を再任用することができる」(5条2項)とし,同条は,再任用できない場合として,①病気休暇及び欠勤の日数が任期中に勤務すべき日数の2分の1以上である場合,②満65歳に達した場合,③自己の都合により退職を申し出たとき,④非常勤職員としてふさわしくない行為があったとき,⑤心身の故障のため職務の遂行に支障がある,又はこれにたえられないとき,⑥その職に必要とされる適性を欠いたとき,⑦その他,区長が必要と認めたときと定めている。

非常勤保育士の勤務日は,原則として,月,金,土曜日を中心とする月14日(平成13年3月までは月15日),勤務時間は,1日8時間労働(午前8時30分から午後5時15分。ただし,過去においては,午前7時から午後6時までの間で8時間とされていた。),報酬は,第1種報酬(その職に応じて定められるもの)及び第2種報酬(通勤の事情により定められるもの)が支給され,平成16年3月当時,第1種報酬は,保育士資格がある場合は月16万3520円,ない場合は14万5040円とされていた。(乙15)

(3)  被告は,平成13年3月,中野区における基本構想の実現に向け,中野区における行財政改革と新たな施策展開として,中野区行財政5か年計画を策定し,区立保育園37園のうち5園を民間社会福祉法人等の運営に転換することを示し,平成15年2月には,中野区経営改革指針を策定し,平成15年度及び16年度に,施設の民営化や委託化によって配置職員数を削減することを示した。

(4)  被告は,平成15年3月26日及び31日に開催した政策会議(区政の基本方針の審議機関であり,区長,助役,区長室長,総務部長で構成する。)において,非常勤職員による業務のうち,民間活力の活用による執行方法の変更等により事業成果の向上が図れるものについて,非常勤職員の職を廃止することを決定し,同年4月9日,公共一般労組中野支部に対し,平成16年3月末をもって,非常勤保育士等の職を廃止することを提案した。

被告は,地方自治法の一部を改正する法律(平成15年6月13日法律第81号)により,指定管理者制度(公の施設の管理運営を営利法人に行わせることができることとした制度)が導入されたのに伴い,平成15年11月6日及び7日に開催した政策会議において,区立宮園保育園及び宮の台保育園の2園を平成16年度から指定管理者制度の対象とすることを決定するとともに,非常勤保育士を廃止することを正式に決定した。(乙17ないし19,37,証人A)

(5)  被告は,平成16年2月24日,原告らに対し,「中野区保育園非常勤保育士設置要綱第5条に基づき,あなたは平成16年(2004年)3月31日をもって任期満了となりますので,ここにお知らせします。なお,中野区保育園非常勤保育士の職については,平成15年度(2003年度)末をもって廃止となります。」と通知した(以下「本件通知」という。)。

2  争点

(1)  争点1(原告らを再任用しなかったことが,解雇権濫用法理の類推適用や不当労働行為により無効であり,原告らが非常勤保育士としての地位を有するといえるか)

(原告らの主張)

ア(ア) 被告は,本件通知により原告らを解雇(再任用拒否)したが,被告がした解雇(再任用拒否)には正当な理由がなく,無効である。

(イ) 被告は,原告らの任用を行政行為であると主張するが,①非常勤職員には一般職職員の任用の際に用いられる成績主義,能力実証主義という基本原則(地方公務員法15条)の適用がないこと,②非常勤職員には労働組合法が適用され,その労働条件を団体交渉,労働協約で決定することができるとされていること,③地方公務員法3条3項3号に定める非常勤職員には労働基準法が全面適用され(地方公務員法4条2項,58条3項),労使対等の原則(労働基準法2条)が適用されること,④地方公務員法上,雇用契約の締結は禁止されていないこと(国家公務員法2条6項参照)等に照らせば,原告らの任用は,一般職の公務員とは異なり,雇用契約の締結に他ならないから,その解雇にあたっては,解雇権濫用法理が類推適用されるべきである。

また,仮に,原告らの任用が行政行為であるとしても,原告らの再任用について定めた非常勤職員勤務条件要綱は,労働基準法89条にいう就業規則と解されるところ,同要綱5条2項は,同条列挙の事由(第2の1(2))のような正当な理由がある場合にのみ再任用を拒否しうるとし,非常勤職員の再任用を原則としているのであるし,原告らの職務内容,募集採用や再任用の経過等に照らしても,原告らに対しては解雇権濫用法理が類推適用されるべきである。

(ウ) しかし,被告がした解雇(再任用拒否)には正当な理由はない。

被告の区議会における答弁によれば,原告らの職務は正規職員である一般職が行うべきものであり,地方公務員法3条3項3号の特別職に予定された職務ではないので,職を廃止するとのことであったが,そもそも,このような状態は被告自らが意図的に作り出したものであり,これを理由に解雇をするのは信義誠実の原則に反するものである。

仮に,被告が設置運営する保育園2園の民間委託実施が職の廃止の理由であったとしても,原告らは民間委託が予定されていた園に勤務していたわけではないし,被告の財政は好転していたのであるから,被告が非常勤保育士の職を廃止する理由はなかった。また,被告は,原告らを解雇(再任用拒否)する代替措置として,退職予定者を募集したり,原告らを学童保育などの他の職種に配置する検討すらしていない。さらに,被告は,公共一般労組中野支部と,保育園の民営化に際して,非常勤保育士を他の区立保育園に異動させると合意していたにもかかわらず,一方的に,職の廃止による解雇(再任用拒否)を通知したのであり,労働組合との十分な協議も尽くされていない。

(エ) よって,被告がした解雇(再任用拒否)は,解雇権を濫用したものとして無効である。

イ(ア) また,被告がした解雇(再任用拒否)は,労働組合法7条1号の不当労働行為に該当するものであるから,無効である。

(イ) 被告は,公共一般労組中野支部が結成された当初から,職を失った非常勤職員の雇用対策について,同労組所属の組合員を不利益に取り扱うなどして,不当労働行為を行ってきた。

被告は原告らを解雇(再任用拒否)するに当たっても,公共一般労組中野支部に所属しない図書館や学校栄養士の非常勤職員に対しては,あらかじめNPO法人を設立させて,あるいは,NPO法人の設立が間に合わない場合には,一度既にあるNPO法人に雇用をつないだ上,NPO法人を設立させて,これを受け皿として,実質的に雇用を継続させる方策を採ったにもかかわらず,原告らには,そのような配慮をすることのないまま,一律に非常勤保育士を全員解雇(再任用拒否)し,明白な不利益取扱いをした。

これは,被告が,非常勤職員の地位向上にめざましい成果を上げていた公共一般労組中野支部を嫌悪し,同労組の組合員を一掃することを意図していたからに他ならず,労働組合法7条1号の不当労働行為に該当する。

ウ 以上のとおり,被告がした解雇(再任用拒否)は,解雇権を濫用したもの,又は,不当労働行為に該当するものとして無効であるから,原告らは,いずれも,平成16年4月1日以降も,被告の非常勤職員としての地位を有する。原告らの報酬は,解雇(再任用拒否)の時点で,原告甲野,同乙山,同丙川は月16万3520円,原告丁田は月14万5040円である(毎月15日払い)。

よって,原告らは,被告に対し,被告の非常勤職員たる地位にあることの確認及び平成16年4月1日以降,毎月15日限り,その報酬を原告ら各自に支払うよう求める。

(被告の主張)

ア 被告は,原告らと平成16年3月31日まで,任用期間を1年とする任用を繰り返してきたことは事実であるが,これはあくまでも公法上の任用に他ならず,私法上の契約に基づくものではない。非常勤職員であっても,地方公務員である以上,その勤務関係を成立させる「任用」は,任命権者による行政行為の性質を有するものである。

原告らは,解雇権濫用法理の類推適用を主張するが,原告らは地方公務員法3条3項3号の特別職たる非常勤職員であったのであり,期限付きで任用されていたのだから,再任用されない限り,任用期間の満了によって当然に被告の非常勤職員としての地位を失うのであって,そこに解雇権濫用法理を類推適用する余地はない。

イ 原告らは,被告が原告らを再任用しなかったのが不当労働行為であると主張する。しかし,被告が非常勤保育士を再任用しなかったのは,非常勤保育士の職自体を廃止することを理由とするものであり,原告らが公共一般労組組合員であるかどうかに関係なく一律に行われたものであるから,不当労働行為ではない。

ウ よって,原告らの主張はいずれも理由がない。

(2)  争点2(被告が原告らを再任用しなかったことが,原告らの期待権を侵害したか)

(原告らの主張)

ア 原告らは,いずれも,任用の際,被告から長期間稼働できるとの説明を受けており,再任用の手続も形式的なものであったため,任用期間の満了とともに自動的に職を失う立場にあると認識していなかった。原告らは,いずれも,このような認識のもと,長期間にわたり再任用を受け,その間,正規職員と同等の職務に従事していたのであるから,原告らが再任用に対する期待を抱くのは当然であり,このような期待権は法的保護に値するというべきである。

そして,原告らが,いずれも65歳まで稼働できることを予定して生活設計を立ててきたのに,これを裏切られ,著しい生活不安にさらされたことに照らせば,原告らが上記の期待権を侵害されたことによる精神的苦痛に対する損害は,1人当たり100万円を下ることはない。

イ よって,原告らは,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償請求(一部請求である。)として,各自100万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成16年3月20日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める。

(被告の主張)

原告らが非常勤保育士として任用期間満了後もその地位にとどまることができるという期待は,事実上のものに過ぎず,法律上保護された利益ではない。

原告らは,平成15年度は,任用期間を平成15年4月1日から平成16年3月31日までとする期限付きで任用されたに過ぎず,任用期間が満了したことにより当然に非常勤保育士としての地位を失うものである。原告らが,その後も同じ地位を取得するためには新たな任用が必要であるが,再任用するか否かは,被告の裁量に属するものである。また,被告が,原告らに平成16年度以降の再任用を確約したこともないのであるから,原告らの主張する期待権は事実上のものに過ぎず,法律上の保護に値するものではない。

よって,原告らの主張は理由がない。

第3  当裁判所の判断

1  争点1(原告らを再任用しなかったことが,解雇権濫用法理の類推適用や不当労働行為により無効であり,原告らが非常勤保育士としての地位を有するといえるか)について

(1)  原告らは,いずれも任用期間を1年とする再任用を繰り返されていたものであるところ(第2の1(1)),原告らは,その任用関係は雇用契約の締結であるから,その雇止めには解雇権濫用法理が類推適用されるべきであるし,仮に,それが行政行為としての任用であるとしても,非常勤職員勤務条件要綱の内容等に照らせば,原告らを任期満了により再任用しない場合には,解雇権濫用法理が類推適用されるべきである旨主張する。

(2)  しかし,原告らがその地位にあった被告の非常勤保育士は,地方公務員法3条3項3号に定める「臨時又は非常勤の顧問,参与,調査員,嘱託員及びこれらの者に準ずる者の職」に当たる特別職であったのであり(第2の1(2)),原告らもこの点は争っていない。地方公務員法3条3項3号による特別職である非常勤職員は,法律に特別の定めがある場合を除いて地方公務員法の適用がないとされるものの(同法4条2項),一般的に,任用権者による任用行為により勤務関係が成立すると理解されているのであって,雇用契約の締結がされたとみるのは疑問である。

被告の非常勤保育士に関して具体的にみても,現に,原告らが初めて被告の非常勤保育士になった際及びその後に毎年非常勤保育士とされた際には,毎回,任命権者である中野区長による任用行為があり,任用期間を当該年度の4月1日から翌年3月31日までとする発令通知書が交付されていた(乙8の1ないし10,乙9の1・2,乙13の1・2,乙14,50ないし54)のであり,原告らと被告との間で雇用契約の締結に該当するような事実はみられない。また,被告の非常勤保育士の地位や労働条件に関しては,被告が定めた中野区保育園非常勤保育士設置要綱及び非常勤職員勤務条件要綱において規定され,また,その報酬は中野区非常勤職員の報酬及び費用弁償に関する条例に基づいて支給されているほか,非常勤職員勤務条件要綱に関しては,被告において,詳細な解釈運用基準が定められている(乙3,15,23)のであって,被告の任用権者や採用担当者が自由な判断をして労働条件を決定することはできないし,非常勤保育士への採用を希望する者が被告の任用権者や採用担当者と交渉をして労働条件を決定するような余地もない。原告らは,上記要綱は就業規則と解すべきであると主張するけれども,就業規則であれば,その定める基準を上回る労働条件で雇用契約を締結することも可能であるが,上記要綱の定める基準を上回る労働条件で非常勤保育士となる余地はないと解されるから,上記要綱を就業規則と全く同様のものと解することはできない。

以上のとおり,原告らの地位に関する原告らと被告との関係は,私法上の雇用契約とは異なることは明らかであり,原告らの任用関係は公法上の任用関係であったというほかない。

(3) 原告らの非常勤保育士としての地位が,上記のとおり,私法上の雇用契約上の地位とは異なる公法上の任用関係に基づく地位である以上,原告らの地位は,地方公務員法や中野区保育園非常勤保育士設置要綱及び非常勤職員勤務条件要綱に基づいた被告の任用行為によって決定されることになり,それ以外の事情によって,その地位が決定されたり,変更されたりすることはない。

原告らは,平成15年度に,任用期間を同年4月1日から平成16年3月31日までの1年間として再任用されている。そうすると,原告らは,平成16年度に新たな再任用行為がない限り,任期終了と同時に,当然に公務員としての地位を失うというほかない。原告らの地位は任用行為の内容によってのみ決定されるのであるから,期間を1年間として任用されている以上,原告らが再任用を請求する権利を有することはなく,被告が原告らを再任用しなかったことについて,解雇であれば解雇権の濫用や不当労働行為に該当して解雇無効とされるような事情があったとしても,解雇に関する法理が類推され,原告らが再任用されたのと同様の地位を有することになると解する余地はない。

私法上の雇用契約においては,期間の定めのある雇用契約が多数回にわたって更新された場合,雇用の継続が期待され,かつその期待が合理的であると認められるときには,解雇権濫用の法理が類推適用される余地があると解される。しかし,原告らの地位に関する原告らと被告との関係は,私法上の雇用関係ではなく,公法上の任用関係であるから,その地位は,任用行為によって決定され,任用行為以外の事情や当事者の期待,認識によって,その内容が変わる余地はないというべきである。これを,労働者の側からみれば,私法上の雇用契約の場合と,公法上の任用関係である場合とで,多数回の更新の事実や,雇用継続の期待という点で差違がない場合があるけれども,公法上の任用関係においては,労働条件が任用権者や採用担当者によって自由に決定されたり,任用された際に決定された労働条件と異なる実態が継続したことによって労働条件が変更されることがないようにすべき要請があるのだから,結果として,私法上の雇用契約の場合と比較して,公法上の任用関係の場合は労働者が不利となることはやむを得ないというべきである。

なお,原告らは,非常勤職員勤務条件要綱5条は,非常勤職員の再任用を原則としているから,被告が再任用を拒否できるのは正当な理由がある場合のみであると主張する。しかし,同条は,「区長は,次の各号のいずれかに該当する場合を除き,任期の満了した非常勤職員を再任用することができる。」と定めているに過ぎず(第2の1(2)),その文言上,非常勤職員について,第2の1(2)記載の同条列挙の事由がない場合の再任用を被告に義務づける内容のものと解することはできないから,原告らの主張は理由がない。

(4)  以上によれば,原告らは,いずれも平成16年3月31日をもって,被告の非常勤職員としての地位を失っているから,その地位確認及び平成16年4月以降の報酬の支払を求める原告らの請求は理由がない。

2  争点2(被告が原告らを再任用しなかったことが,原告らの期待権を侵害したか)について

(1)  原告らは,被告は,平成16年度に原告らを再任用せず,原告らの再任用への期待権を侵害したと主張する。

(2)ア  原告らは,任用期間を1年間として任用された特別職の非常勤職員であり,その任期終了とともに,その地位を失うものであって,その場合,原告らが再任用を請求する権利を有しているとはいえないことは前記のとおりである。そして,原告らは,任用の際に,任用期間を任用日が属する年度の末日までとする任用通知書の交付を受け,その後の再任用の際にも,毎回,任用期間が記載された任用通知書の交付を受けていたこと(1(2))に照らせば,原告らが,非常勤保育士の任用には,制度上は,期間の限定があるとされていることを認識していたことは明らかである。また,原告らが従事していた非常勤保育士の職務は,勤務日数や給与等の労働条件が,一般職の保育士とは全く異なっていることが明らかであり,原告らが非常勤保育士の地位を一般職の保育士と全く同様の地位にあると認識していたとも考えられない。

イ しかし,証拠(乙28ないし32の各1ないし3・7・8,原告甲野,同丁田,同乙山,同丙川)によれば,原告らは非常勤保育士の任用を希望した際や,任用をされた際に,非常勤保育士の任用期間は1年間であり,1年後に再任用されるとは限らず,仮に1年後に再任用されても,その後も再任用が継続されるとは限らないことについての説明は一切受けていないこと(前記のとおり,原告らの非常勤保育士としての任用は公法上の任用関係であり,期間が厳格に定められ,再任用を請求する権利が発生する余地がないのであるから,そのことを説明すべき必要性が高いというべきである。),かえって,原告らが任用時に参加した説明会では,「定年はない。」,「1日でも長く働いてください。辞めないでください。」,「正規と同じように非常勤も異動するので大丈夫ですよ。」などと一部事実に反する説明もされていたこと(そのような説明がされたとの原告らの供述の信用性が高いことは,被告が,平成4年の週休2日制の実施に伴って非常勤保育士の職を導入したため(第2の1(2)),平成4年以降,保育業務に従事する非常勤保育士を相当数確保しなければならない状態にあったと考えられることからも裏付けられる。),原告らの再任用手続は,原告甲野及び同丁田が,園長から口頭で,「来年もやってくれるわよね。」などと尋ねられたことがそれぞれ1,2回あるのみで,それ以外の再任用の際には,口頭での希望確認すらされていないこと,再任用に先立って毎年行われていた職務意向調査も,次年度の配置換えの希望や,次々年度までの退職予定の有無を確認するものに過ぎなかったこと,以上の各事実が認められるのであって,このように,原告らの任用の際には,長期間の稼働に対する期待を抱かせるかの説明がされ,その後の再任用手続も,本人の意思を明示的に確認しないでの再任用が常態化していたことに照らせば,その任用に制度上は期間の限定があるとされていることを認識していたとしても,自ら退職希望を出さない限り,当然に再任用されるとの期待を原告らが抱くのはごく自然なことである。

そして,原告らは,いずれも,勤務時間こそ,午前7時15分から午後7時30分までの間の8時間勤務での週5日勤務とされていた常勤の保育士と異なっていたものの,職務内容自体は,本来一般職である常勤の保育士が担当するべき職務に従事していたこと(このことは被告も区民委員会における答弁で認めている。)(甲7,12,18,53,乙24),被告における非常勤保育士は週休2日制の導入によって正規職員の休暇日(主として土曜日等)に勤務する保育士を確保する必要から採用されたものであり(第2の1(2)),「非常勤」の保育士といっても,その職務の必要性は一時的なものではなく,将来的にも職務が不要になるとは考えられないこと,保育士という職務は,専門性を有する上,乳幼児に対する保育に従事するものであって,職務の性質上,短期間の勤務ではなく,継続性が求められること,前記のような状態での再任用が,原告甲野及び同丁田において11回,同乙山において10回,同丙川において9回にも及んでいること(第2の1(1))を考慮すれば,前記の原告らの期待は法的保護に値するというのが相当である。

ウ  これに対し,被告は,中野区行財政5か年計画や中野区経営改革指針において,保育行政に関して,施設の民営化等により配置職員数や非常勤職員を減少させることを示唆していたものの(第2の1(3),(4)),これらに非常勤保育士の廃止について直接的に言及した部分はないばかりか(乙4,16),中野区行財政5か年計画が公表された後に実施された平成14年度の職務意向調査においては,平成15年度だけではなく平成16年度中の退職予定の有無が確認されており(乙32の1ないし3・7・8),原告らに平成16年度以降の再任用の期待を抱かせる運用が続いていたのである。平成15年4月には,非常勤保育士の職の廃止が公共一般労組中野支部に提案されているものの,その段階では非常勤保育士の職の廃止は正式に決定しておらず,職の廃止が正式に決定したのは,同年11月になってのことである(第2の1(3),(4))。また,被告が,職を失うこととなる原告らに,今後の進路に関する意向聴取書面を送付したのは平成15年12月26日,説明会を開催したのは平成16年2月10日であって(乙20,21),平成15年度の任期が満了する直前まで,被告の正式な方針を直接原告らに伝えていなかったことも併せて考慮すれば,被告が,原告らの前記期待を解消するに足りる措置を採ったということもできない。

エ 非常勤保育士の実際の職務内容や,正規職員の休暇日に職務を行う必要から任用されていたという事実によれば,前記のとおり,非常勤保育士の職務は,本来は,一般職である常勤の保育士が担当するべきであったといえる。これを特別職の非常勤職員が行っていたことには疑義がないわけではなかった(このことも,被告は区民委員会における答弁で認めている。甲7,12,18,53)。こうした問題が背景にあり,被告は,区立保育園2園の民間委託に伴い一般職の保育士の人員に余裕が生じたことから,それまで非常勤保育士が担当していた職務を一般職の常勤保育士に担当させることにし,その職務を行わせることに疑義があった非常勤保育士を廃止することを決定したという面を否定することはできない。

そうだとすると,被告は,原告らをその職務からみて疑義のある非常勤保育士として任用をし,その再任用を繰り返し,一般職が担当すべき職務に従事させ,その結果,原告らに再任用の期待を抱かせながら,一転して,非常勤保育士を廃止して再任用しなかったものであり,このような事態を招いた原因は専ら被告にあるのだから,被告が何らの責任を負うことなく,原告らの期待権の侵害について全く法的保護をしないというのは疑問である。

オ 以上によれば,原告らが再任用されるとの期待は,法的保護に値するというべきである。ところが,被告は原告らを再任用せず,原告らの上記期待権を侵害したのであるから,被告は,原告らに対して,その期待権を侵害したことによる損害を賠償する義務を負うべきである。

(3)  原告らが再任用されるとの期待権を侵害されたことによる損害は,この期待権が原告らの生活基盤に直接かつ密接に関連するものであり,被告が原告らを再任用しないことが原告らの生活設計に与えた影響は大きいと考えられること,その他一切の事情を考慮すると,原告ら1人につき40万円と認めるのが相当である。

(4)  以上のとおりであるから,被告は,原告ら各自に対し,40万円及びこれに対する不法行為の日である平成16年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払う義務を負う。

第4  結論

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・中西茂,裁判官・本多幸嗣裁判官・森冨義明は,転補により署名押印することができない。裁判長裁判官・中西茂)

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