東京地方裁判所 平成16年(ワ)5659号 判決 2004年10月14日
原告 甲
被告 国
被告代表者法務大臣 南野知惠子
被告指定代理人 石川さおり
同 佐藤昌永
同 松尾啓一
同 塔岡康彦
同 岡直之
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(なお、甲2号証の2中の所得の内訳欄の1段目記載の会社、甲3号証中の1(1)記載の会社をA社と呼称し、甲1号証を作成した会社、甲2号証の2中の所得の内訳欄の2段目記載の会社、甲3号証中の1(2)記載の会社、甲4号証を作成した会社をB社と呼称する。)
1 原告の請求
被告は原告に対し300万円を支払え。
2 事案の概要
本件は、原告において、平成14年4月18日に足立税務署において同税務署職員乙が、その職務を行うに当たり、B社が作成した給与支払明細書[甲1]には源泉徴収税額の記載がなかったにもかかわらず、その額を調べずに独断で0円と申告させ、その後何の対応もせずに原告を混乱させたなどとして、原告の被った精神的苦痛に対する慰謝料を請求した事案である。
3 当裁判所の判断
(1) 証拠[甲1から8まで、乙1]及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 原告は、平成14年4月18日、A社の源泉徴収票及びB社の給与支払明細書[甲1]を持って、足立税務署を訪れた。
乙(当時の姓乙。乙係官という。)は、その当時、足立税務署個人課税第3部門に所属する国税調査官で、1階総合窓口を担当していた。
原告は、乙係官に対し、B社の給与支払明細書を示し、同書面に源泉徴収税額についての記載が一切なされていない点を指摘し、税務署において源泉徴収税額を調査できないかを尋ねた。乙係官は、源泉徴収義務者である会社が提出する納付書には納付する源泉所得税額の合計額が記載されているにすぎず、特定の個人分の源泉徴収税額を調べることができない旨を伝えた。
また、乙係官は、原告から、B社に対し源泉徴収票の交付を何度も求めたが断られ、ようやく上記給与支払明細書の交付を受けた旨を聞かされた。
イ 乙係官においては、A社の源泉徴収票とB社の給与支払明細書の記載に基づき計算すると、原告の平成13年分の所得金額の合計が38万円以下となり、課税される所得金額が0円となることから、確定申告をすれば、源泉徴収された所得税については全額還付されることがわかった。
そこで、乙係官は、原告に対し、上記点を説明し、確定申告をすればA社の源泉徴収分は全額還付される旨、B社に関しては所得税の確定申告期限から1年以内にB社から源泉徴収票が発行され、源泉徴収分があれば、更正の請求をしてその全額の還付を受けることができる旨を説明し、住民税の手続を考えると現在ある資料に基づいて所得税の申告をした方がよい旨を勧めた。
ウ そして、乙係官において、上記A社の源泉徴収票及びB社の給与支払明細書の記載に基づいて、平成13年分の所得税の確定申告書の収入金額等欄、所得金額欄、所得から差し引かれる金額欄及び税金の計算欄に数字を印字し、原告において、住所、氏名、所得の内訳欄、社会保険料控除欄等を記載した。具体的には、所得の内訳欄には、A社の源泉徴収票の記載どおりに、A社からの給料として、収入額84万円、源泉徴収税額2万9700円、B社の給与支払明細書どおりに、B社からの給料として、収入額12万1900円、源泉徴収税額0円と記載し、押印した。
このようにして作成された平成13年分の所得税の確定申告書について、乙係官において、文書収受手続を執った。[甲2(の1、2)]
エ 原告は、平成14年6月28日頃、乙係官を相手方として、慰謝料の支払等を求める調停を東京簡易裁判所に申し立て、その後、足立税務署個人課税第3部門統括国税調査官丁が、原告と面談し、確定申告にかかる所得金額等の計算過程と題する書面[甲3]を原告に交付して、乙係官の確定申告書に印字した各金額の算出には間違いがない旨を説明した。[甲3、5(の1)]
B社は、平成14年7月16日頃、原告に対し、平成13年分給与所得の源泉徴収票[甲4]を送付したが、同源泉徴収票では源泉徴収税額は0円と記載されていた。
(2) 以上の事実によれば、乙係官の原告に対する言動には何ら違法な点は認められないというべきである。
すなわち、上記事実によれば、乙係官においては、B社の原告に関する源泉徴収税額が0円であると断定したわけではなく、源泉徴収額を0円として取りあえずは申告することを勧めたもので、確定申告をするように強要したわけでもないことが認められる。
加えて、上記事実によれば、乙係官においては、現在あるB社の給与支払明細書には源泉徴収税額の記載がなく、他方、原告においてB社から源泉徴収票を直ちに入手することは困難な状況にあることが窺えたことから、住民税の手続の点も勘案し、すみやかに申告するのが適当と判断したこと、そして、B社の給与支払明細書の記載に基づく申告であるから違法あるいは不適切な申告といった問題は起きず、後に源泉徴収税額が明らかになればその時点で更正の手続を執ることができるから、原告に不利益を及ぼすものではないと判断したことが認められ、その各判断は相当であったということができる。また、事後的、客観的にみてもB社の源泉徴収税額を0円としたことは事実に符合し誤りがなかったことが認められる。以上のとおりであるから、乙係官の言動には何ら違法の点は認められないというべきである。
(3) よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 田中寿生)