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東京地方裁判所 平成16年(ワ)7146号 判決 2006年1月26日

原告

株式会社 ジェー・シー・オー

同代表者代表取締役

浅原敏夫

同訴訟代理人弁護士

八代徹也

被告

株式会社 大和観光

同代表者代表取締役

李相大

同訴訟代理人弁護士

菅谷英夫

主文

一  被告は、原告に対し、金五八五〇万六八八〇円及びこれに対する平成一六年四月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨。なお、遅延損害金の起算日は訴状送達の日の翌日である。

第二事案の概要

本件は、原告が、臨界事故に関する損害の補償金の仮払金について、その支払の際に被告とした精算合意に基づき、被告に対し、確定した補償金額と仮払金額との精算として仮払金全額相当額の返還を求めた事案である。

一  争いのない事実等

(1)  平成一一年九月三〇日午前一〇時三五分ころ、原告東海事業所(茨城県東海村石神外宿所在)において、臨界事故(以下「本件事故」という。)が発生した。(争いのない事実)

(2)  本来、ウラン粉末を扱う原告としては、ウラン粉末を溶解塔で溶解し、混合均一化し、運送容器詰めし、出荷するというのが許可上の工程であり、原告自身、当初はそのような適法な工程によっていた。しかし、原告は、本件事故の際、溶解塔を通さず、バケツで多量のウランを沈殿槽に注入し、これにより本件事故が発生したのであり、本件事故の発生につき原告には過失がある。(原告の明らかに争わない事実)

(3)  被告は、同年一二月二七日、原告に対し、本件事故によりその経営するパチンコ店舗の売上げが減少し、損害が生じたとして、一億一七〇一万三七六〇円の損害が生じた旨申し出た。(争いのない事実)

(4)  原告と被告は、同日、被告が原告に対し本件事故による損害に関する資料等を後日提出し、原告がそれを精査して補償すべき金額を確定させ、その確定金額と仮払金額との過不足を精算することを合意した(以下この合意を「本件合意」という。)。(争いのない事実)

(5)  原告は、同月三〇日、被告に対し、本件事故による補償金の仮払金として五八五〇万六八八〇円を支払った。(争いのない事実)

二  争点

原告の不法行為責任の成否

(1)  被告の損害発生及びこれと本件事故との相当因果関係の有無

(2)  損害額

(被告の主張)

(1)  損害発生及び相当因果関係の存在

本件事故の当時、ほとんどの国民は「放射能」と「放射線」の違い等について専門的な知識を有していなかったため、「放射線」が人体及び環境に及ぼす影響を認識するまでには時間を要した。また、本件事故後、県及び国から安全宣言がされたものの、国民は、本件事故により四三七名の被爆者が生じたことから、これまでの社会生活の経験則上、事故現場周辺へ安心して外出できる状態にあるという事実認識ないし確信には至らなかった。このため、本件事故現場周辺は閑散とした状況が続き、通常の業務の遂行ができずに売上げが極端に減少し、それによって被告は損害を受けた。

(2)  損害額

被告のように施設の維持・管理のために削減できる経費がほとんどない特殊な業態においては、販売費及び一般管理費を含む施設維持のための経費も企業の維持・存続の上で経済的な一体関係にあることから、損害の基準としては、売上総利益の減少を損害と捉えるのが妥当である。また、損害算定の基礎については、事故前の相当な期間を考慮しないと妥当な金額を算定できないことから、本件の場合、平成一一年一月から同年九月までの売上げ金額の推移との対比において考慮すべきである。

これによると、被告の経営に係る店舗ごとの損害額は以下のとおりとなり、合計四二八一万円の損害を受けたものである。

【プラザ本店】

平成一一年一月から同年九月の総売上額 九億八六七一万三〇〇〇円

同期間の一か月平均売上額 一億〇九六三万四〇〇〇円

同年一〇月の売上金額 九〇七八万一〇〇〇円

同年一一月の売上金額 八四六七万七〇〇〇円

同年一二月の売上金額 八二二九万七〇〇〇円

一か月平均売上額との差額合計 七一一四万七〇〇〇円

平成一二年三月期売上総利益率 一七パーセント

損害(売上総利益の減少) 一二〇九万五〇〇〇円

【水戸プラザ店】

平成一一年一月から同年九月の総売上額 一三億九六九九万一〇〇〇円

同期間の一か月平均売上額 一億五五二二万一〇〇〇円

同年一〇月の売上金額 一億二三八八万五〇〇〇円

同年一一月の売上金額 一億一二八八万三〇〇〇円

同年一二月の売上金額 一億〇九四七万六〇〇〇円

一か月平均売上額との差額合計 一億一九四一万九〇〇〇円

平成一二年三月期売上総利益率 一七パーセント

損害(売上総利益の減少) 二〇三〇万一〇〇〇円

【プラザ10店】

平成一一年一月から同年九月の総売上額 三億六四七六万一〇〇〇円

同期間の一か月平均売上額 四二七八万四〇〇〇円

同年一〇月の売上金額 二四八五万二五〇〇円

同年一一月の売上金額 二一三九万七〇〇〇円

同年一二月の売上金額 二〇八四万一〇〇〇円

一か月平均売上額との差額合計 六一二六万二〇〇〇円

平成一二年三月期売上総利益率 一七パーセント

損害(売上総利益の減少) 一〇四一万四〇〇〇円

(原告の主張)

(1)  認否

被告の主張(1)及び(2)はいずれも否認ないし争う。

(2)  本件事故による被告店舗への損害はなかった。

仮に本件事故発生当時これを原因とする何らかの損害があったとしても、本件事故に伴う屋内避難勧告による損害に限定されるはずである。また、この場合でも、屋内退避勧告が発せられた地域内である原告東海事業所から一〇キロメートルの圏内に被告の店舗が存在することが前提であるところ、被告の三店舗はいずれもこの一〇キロメートル圏外にある。

第三当裁判所の判断

一(1)  《証拠省略》によれば、被告の平成一〇年度ないし平成一二年度の決算については別紙一のとおり、各年度における各店舗ごとの月次売上げ及び税引き前利益の推移については別紙二―一ないし三のとおり、各年度一〇月における各店舗ごとの一日当たりの売上げは別紙三―一ないし六のとおりと認められる。

(2)  これによれば、被告の年間当たりの売上げ、売上総利益、営業利益、経営利益及び(税引き前)当期利益のいずれも、第二〇期(平成一〇年四月一日ないし平成一一年三月三一日)ないし第二二期(平成一二年四月一日ないし平成一三年三月三一日)にかけて減少傾向にある。第二一期(平成一一年四月一日ないし平成一二年三月三一日)においては、税引き前当期利益が大幅に減少したが、これは、経常利益の減少にもかかわらず第二〇期における特別損失額を上回る固定資産売却損、固定資産除却損及び子会社整理損を特別損失として計上したことも一因と窺われる。また、被告の店舗別の売上高及び税引き前利益を見ても、平成一〇年度から平成一二年度にかけていずれも減少基調にある。しかも、本件事故の前後すなわち平成一一年九月と同年一〇月の売上高及び税引き前利益を比較したとき、被告店舗「プラザ10」の売上高は九月から一〇月にかけて減少したものの、その余はいずれもむしろ増加したものである。加えて、被告の店舗別の平成一〇年ないし一二年度の各一〇月における一日当たりの売上げを見ると、基本的には平成一〇年度から平成一二年度にかけて段階的に一日当たりの売上が減少する傾向が窺われ、おおむね全体的な売上の減少傾向に沿う変動をしたものと理解される。このうち平成一一年一〇月における一日当たりの売上を見ても、本件事故直後からしばらくの間低い水準で推移し、やがて回復するなど本件事故の影響を窺わせる経緯は特に見られず、他の年度とさほど異なることのないというべき基調で増減を繰り返していると見るのがむしろ適当と思われる。

そうである以上、対前年又は対前年同期で比較すれば、本件事故の前後で被告の売上げ等が減少したことは認められるものの、この減少が本件事故に起因するものとする根拠には欠けると見るのが相当である。すなわち、被告の売上げ等の減少と本件事故との間に相当因果関係を認めることはできない。

したがって、本件事故についての被告の原告に対する不法行為に基づく損害賠償請求権は成立しない。

(3)  この点につき、被告は、本件事故により損害が発生した旨主張する。

確かに、一般的抽象的には、被告が主張するように本件事故により原告東海事業所から一定の範囲内(本件では、屋内退避勧告の発せられた一〇キロメートル圏内)に居住する住民が外出を控えることは社会生活の経験上あり得るところであり、この範囲と被告の各店舗の商圏が重なり合う部分が存在する場合には、その限度で被告の売上げの減少を観念することが可能である。この際、被告の店舗自体が屋内退避勧告の対象地域内に存在するか否かは必ずしも問題ではない。

しかし、被告は、全体として又は各店舗の売上げ等の減少を主張立証するのみであり、屋内退避勧告の対象地域と各店舗の商圏との重なり合い等については何ら主張立証しない。また、前記のとおり、全体として又は各店舗の売上げ等を見ても、全体的な売上げ等の減少傾向が見られる中で更に本件事故の影響による売上げ等の減少が生じたことを裏付けるに足りる証拠はない。

それゆえ、この点に関する被告の主張を採用することはできない。

二  以上を前提に、本件合意に基づく確定損害金額と仮払金額との精算を行うと、確定損害金額はゼロであることから、被告は、原告に対し、仮払金として受領した金額相当額五八五〇万六八八〇円の支払義務を負っていることになる。

第四結語

よって、原告の請求は理由があるからこれを認容する。

(裁判官 杉浦正樹)

<以下省略>

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