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東京地方裁判所 平成16年(ワ)8133号 判決 2005年10月21日

原告

X株式会社

代表者代表取締役

甲野花子

訴訟代理人弁護士

及川智志

被告

株式会社Y

代表者代表取締役

乙山次郎

訴訟代理人弁護士

南栄一

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

被告は,原告に対し,965万8737円及びこれに対する平成15年11月22日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は,被告から平成11年2月4日以降借入れと返済を繰り返していた原告が,被告に対し,原告が弁済した額を利息制限法所定の制限利息に従って引直して計算すると,別紙計算書のとおりの過払となるから,不当利得返還請求権に基づき,過払金965万8737円及びこれに対する最終弁済日の翌日である平成15年11月22日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による金員の支払を求めた事案である。

被告は,平成13年8月31日,原告との間で和解契約が成立しており,同契約に従って弁済を受けたので過払ではないと主張し,原告は,同契約が利息制限法違反などで無効であると主張した。

1  争いのない事実

(1)  原告は,自動車の板金・塗装等を業として営む株式会社である。

被告は,資金の貸付業務等を日的とする株式会社である。

(2)  被告は,平成11年2月4日,原告に対し,500万円を貸し付けて以降,被告と原告との間で,平成13年6月29日までの間,別紙計算書の年月日欄,借入金額欄,弁済額欄記載のとおり貸し付け(利息は,利息制限法のみなし利息を含めると,すべて同法の制限利率を超過していた。)と返済が繰り返され(以下「本件和解前取引」という。),貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)43条1項のみなし弁済(以下「みなし弁済」という。)の成立を前提とする被告の計算によると,平成13年8月31日時点で,原告に対する貸金残元金が1497万円であった。

(3)  被告は,原告の当時の代理人であるA弁護士(以下「A弁護士」という。)との間で,平成13年8月31日,以下の内容の和解契約(以下「本件和解契約」という。)を締結した。

ア 原告は,被告に対し,金銭消費貸借契約に基づき,借入金残元金1497万円及びこれに対する平成13年7月6日から支払済みまで年30%の割合による遅延損害金の支払義務があることを認める。

イ 原告は,アの1497万円を年6%の将来利息を付加した金額として,平成13年10月5日から平成21年8月5日まで毎月5日限り20万円を被告の指定する銀行口座に振り込んで支払う。ただし,最終回である平成21年8月5日の支払金額は,1万9915円とする。

ウ 原告が,イの分割弁済を1回でも怠ったときは,当然に期限の利益を喪失し,1497万円から既払額を控除した残額及びこれに対する年8.76%の割合による遅延損害金を支払う。

(4)  原告は,本件和解契約成立後の平成13年10月5日から平成15年11月21日まで,別紙顧客台帳の取引日欄,元利金入金欄記載のとおり弁済した。

2  争点及び争点についての当事者の主張

本件和解契約が無効であれば,みなし弁済の成立について特段の主張立証のない本件においては,別紙計算書記載のとおりの過払となり(ただし,過払金利息の利率については別論であり,ある程度の金額の相違はありうる。),本件和解契約が有効であれば,原告は,被告に対し,本件和解契約成立時において,みなし弁済の成立を前提とした残元金1497万円の貸金債務の存在を認めるとともに,平成13年10月5日から平成15年11月21日までの間の別紙顧客台帳記載のとおり,本件和解契約に基づいて弁済したことになるから,不当利得が成立する余地はない。したがって,本件の争点は,本件和解契約が無効か否かである。

(1)  利息制限法違反の成否

(原告)

利息制限法は,経済的弱者を保護する強行法規であるから,当事者の合意をもってしても排除できない。

したがって,利息制限法違反の利息,損害金支払を有効な弁済と扱う本件和解契約は,利息制限法違反として無効である。

(被告)

本件和解契約は,利息制限法及びその適用限度についての知識,経験を有するA弁護士と被告との間での交渉,協議に基づいて締結されたものであり,利息を6%に軽減し,期限の利益を付与するなど,被告が大幅に譲歩している契約内容等に照らせば,原告と被告との間で,本件和解前取引につき,みなし弁済の適用を認める合意をしたものである。そして,貸金業法43条は,利息制限法の特則であり,この特則の適用を認める旨の合意が,利息制限法違反として無効となる理由はない。

(原告)

和解契約の意思表示をした者が,債務整理等について知識を有する法律家であるA弁護士であったか,知識のない債務者本人であったか否かによって,強行法規たる利息制限法に違反する和解契約の有効,無効が左右されるのはいかにも奇妙である。

利息制限法の例外である貸金業法43条も強行法規であるから,適用要件の具備を問うことなくみなし弁済の適用を認める合意は,無効である。

(2)  強迫による取消しの成否

(原告)

被告は,原告に対して貸し付けるにあたり,原告から振出日白地の一覧払約束手形,私製手形などを受領したうえ,6名もの連帯保証人を徴求している。

被告は,平成13年7月18日ころ,A弁護士から原告の受任通知を受領しながら,同年8月3同,原告の連帯保証人Bの所有する不動産に根抵当権設定仮登記を経由している。

被告は,みなし弁済の成立を前提とした貸金残元金1497万円の支払を主張して譲らなかった。他方,A弁護士は,自己の訴訟経験などから,被告の貸金取引にみなし弁済が成立しないことを確信しており(利息制限法に従って再計算すると,本件和解契約成立時の元金は,593万5398円となる。),同月29日,原告に対し,利息制限法違反が明らかである和解契約の締結を拒絶した。

被告は,同日中に,A弁護士に対し,内容証明郵便で,原告が被告に対して交付した約束手形を,同月31日に取立てに回す,すなわち,わずか2日後に銀行取立てに回すと通知した。

A弁護士は,直ちに,被告に対し,大要「本気で約束手形を取立てに回すのか。原告が100万円もの決済資金を1日で用意できるわけがない。そうすると手形が不渡りとなって,すぐにでも原告が倒産する。」などと告げたが,被告は,あくまで原告振出しの約束手形を取立てに回す,それが嫌ならば,被告が提案した貸金残元金1497万円の存在を前提とした和解の受諾を強硬に迫った。

このように,被告から,手形不渡りという中小企業にとっては「斬首」にも等しい脅しを受け,原告は,手形不渡りすなわち倒産を畏怖した結果,本来支払義務のないみなし弁済を前提とした貸金残元金1497万円の支払をするという内容の本件和解契約を締結したものであるから,本件和解契約を締結する旨の原告の意思表示は,被告の強迫によるものとして取り消しうる。

原告は,平成17年2月14日の第6回本件弁論準備手続期日において,被告に対し,本件和解契約を取り消す旨の意思表示をした。

(被告)

原告主張の強迫とは,畏怖させる目的が貸金の返済であり,手段は約束手形を取立てに回すというものであるが,目的及び手段がいずれも社会通念上許容される範囲であって正当であり,被告の行為は,強迫には当たらない。

(3)  公序良俗違反,信義則違反の成否

(原告)

被告は,上記(2)のとおり,原告の畏怖と困窮に乗じて強いて本件和解契約を締結させたものであって,その違法性が社会的相当性を逸脱しているから,本件和解契約は,公序良俗に反するものとして無効である。

また,上記(2)の経緯に照らし,被告が本件和解契約の効果を主張するのは,信義則に反する。

(被告)

原告が振り出した約束手形を被告において取立てに回したとしても,民事再生等の事業継続の方法もある以上,被告の一連の行為を,公序良俗違反,信義則違反ということはできない。

第3  争点に対する判断

1  事実経過について

前記争いのない事実,証拠(甲76,78の1から4,79の1から4,86,乙10,13の1の1から6,13の2の1から8,13の3,13の4,14,証人甲野太郎)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  被告は,平成11年2月4日,原告に対し,500万円を貸し付けて以降,平成13年6月29日までの間,別紙計算書の年月日欄,借入金額欄,弁済額欄記載のとおりの本件和解前取引を継続した。

原告は,本件和解前取引の間,被告に対し,振出日白地の一覧払手形を,少なくとも4通(金額合計1300万円)振り出して交付した。

(2)  原告は,平成13年7月18日,A弁護士に対し,被告ほか債権者1名に対する債務整理を委任した。当時の原告の実質的経営者は,原告代表取締役の夫である甲野太郎であった。

A弁護士は原告の代理人として,同日付けで,被告に対し,今後原告が被告に対して従前どおりの弁済を継続していくことが困難となり,原告の債務整理を受任したので,取引一覧表を同弁護士あてに送付するよう求める通知書を送付した。

被告の土浦支店支店長は,同月25日付けで,A弁護士に対し,みなし弁済の成立を前提に,これまでの原告と被告との取引経過が記載され,貸金残元金が1497万円と記載されている顧客台帳,同残元金に将来利息を付した金額を1か月20万円の分割で弁済することを基本とする弁済案を送付した。

A弁護士は,別件訴訟における経験に基づき,被告との間の融資取引にみなし弁済が成立することはないとの認識から,被告から送付された顧客台帳記載の貸付額と弁済額を前提に,利息制限法所定の制限利率を前提に引直し計算をしたところ,同年6月29日の時点における貸金残元金が593万5398円となったので,被告に対し,同額を支払う前提での和解交渉を行った。

(3)  被告の土浦支店支店長は,同年8月8日付けで,A弁護士に対し,元金を1497万円,将来利息を年6%として,1か月15万円から40万円の分割で弁済することを基本とする和解案を送付した。

A弁護士は,原告との間で,被告から送付された上記和解案を受諾するか否か協議したが,みなし弁済が成立しない以上,本来支払う必要のない金額の支払を求められていること,原告において被告の提案する分割金額を継続的に支払うことが経済的に困難であることから,平成13年8月29日,被告土浦支店支店長に対し,被告の上記和解案を受諾できない旨告げた。

(4)  被告は,同日付けの内容証明郵便をもって,A弁護士に対し,原告が被告に対して交付した100万円の約束手形を同月31日に,すなわち,同通知の2日後に銀行取立てに回すと通知した。

A弁護士は,被告からの上記通知を受領後直ちに,被告土浦支店に対し,電話で,大要「本気で約束手形を取立てに回すのか。原告が100万円もの決済資金を1日で用意できるわけがない。そうすると手形が不渡りとなって,すぐにでも原告が倒産する。」などと告げたが,被告は,「既に決まったことである。」などと言って,あくまで原告振出しの約束手形を取立てに回す意思を明らかにした。

(5)  A弁護士は,原告代表取締役らと連絡をとり,原告が平成13年8月31日までに100万円の決済資金を用意できる見込みがなかったことから,不渡りを出すことを前提に被告が約束手形を取立てに回すことを容認するか,被告が提案していた貸金残元金1497万円を支払うことを前提とした和解案を受諾するかを協議した。

原告は,手形不渡りによる事実上の倒産を避けるという見地から,被告の上記和解案を受諾することとし,同日,A弁護士を代理人として,被告との間で,本件和解契約を締結した。

(6)  原告は,遅くともA弁護士が債務整理の通知を送付した平成13年7月18日以降,被告に対し,約定どおりの返済をしていないことから,被告に対する貸金債務全額について期限の利益を喪失した状態にあった。

なお,原告は,本件和解契約が互譲の要件を欠くとも主張するが,分割弁済となっていることや利率の変更など既に説示した本件和解契約の内容に照らし,互譲の要件を充たしていることは明らかである。

2  争点(1)(利息制限法違反)について

本件和解契約成立時及び現在において,本件和解前取引についてみなし弁済の要件が具備されているとの主張,立証はなく,本件和解前取引がみなし弁済の要件を充たしているとは認められない。

原告の代理人として本件和解契約を締結したA弁護士は,債務整理に通じており,本件和解契約締結時において,本件和解前取引がみなし弁済の要件を充たしていないとの認識であったことは,原告の主張自体から明らかである。

他方,本件和解契約は,本件和解前取引につき,利息制限法の制限利率を超える利息の支払を有効と扱う前提で残元金が算出されているから,みなし弁済の成立を前提とする内容の和解であるということができる。

問題は,債務整理に通じた弁護士が,和解契約締結時点において,客観的にみなし弁済の成立を認めるに足りる証拠がなく,みなし弁済が成立しない可能性を十分認識しながら,みなし弁済の成立を前提とする内容の和解契約を締結した場合に,当該和解契約が有効か否かである。

利息制限法は,1条1項で制限利率を定めて,これを超える利息の約定を無効とするものであり,当事者の合意によって排除できない強行規定である。

貸金業法43条1項も,みなし弁済の要件を充たす場合には,利息制限法の制限利率を超える場合であっても,有効な利息の債務の弁済とみなすもので,利息制限法の例外規定であり,当事者の合意によって適用要件を緩和することができないという意味では強行法規である。

しかし,貸金業法43条1項は,みなし弁済の要件を具備しているか否か不明の段階でみなし弁済の成立を前提とした合意をした場合,後にみなし弁済を立証できない限り,いなかる場合でもみなし弁済の成立を前提とする合意の効力が否定されるという意味での強行法規と解することはできない。したがって,みなし弁済の成立を前提とした和解契約のうち,少なくとも本件のように,債務整理に通じた代理人弁護士が,みなし弁済が成立しない可能性があることを十分認識しながら和解契約を締結した場合には,現実にみなし弁済の要件を具備しない限り和解契約が利息制限法違反として無効となるものではなく,事後的にみなし弁済の要件の具備を問うことなく,みなし弁済の成立を前提とした和解契約の効力を認めて妨げないというべきである。このように解さないと,債務者代理人弁護士が,みなし弁済の成立に疑念を抱きながら,本人の希望等の様々な事情から,みなし弁済の要件を客観的に確認することなく,ひとまず和解契約を成立させておいて,後になってみなし弁済不成立を主張して和解契約の効力を争うことが可能となり,みなし弁済の成否に争いがある中で,そのことを十分に認識した弁護士を相手方とした以上,よもや後になって和解契約の効力を覆されることはあるまいとの認識で和解契約を締結した債権者の信頼を害することになって妥当でないからである。また,みなし弁済の成立が争点となっている状況で,債務整理の委任を受けた債務者代理人弁護士との間で和解契約を締結した場合においても,みなし弁済の全部又は一部の成立を前提とする内容の和解契約の効力に疑問が生じうるとすると,債権者によっては,債務整理の委任を受けた弁護士との間での和解契約の締結を一切差し控えて強制執行や保全処分等を申し立てることも想定され,そうなると,弁護士による債務整理に困難を来たし,かえって債務者の経済的更生にも反する結果ともなりかねない(もとより,利息制限法の制限利率に従った計算によれば既に過払となっているにもかかわらず,債権者が,みなし弁済が成立する十分な根拠資料がないまま,債務者に対し強制執行や保全処分等を申し立てたような揚合には,不法行為が成立することもあり得るが,本件のように,利息制限法の制限利率に従った計算によっても多額の債権が存在する場合には,和解契約を締結することなく強制執行や保全処分を申し立てたとしても,そのことだけで直ちに不法行為が成立するとはいえない。)。

また,被告が,債務整理について専門的知識を有するA弁護士との間で和解契約を締結した以上,被告において利息制限法及び貸金業法を潜脱する意思で本件和解契約を締結したということもできないし,このことは,被告の取引についてのみなし弁済の成否の判断に重要な影響を及ぼす最高裁判所の判決(同裁判所平成15年(オ)第386号,平成15年(受)第390号)が平成16年2月20日に言い渡されたことからも裏付けられる(本件和解契約は,平成13年8月31日に締結されている。)。

したがって,既に説示した状況のもとで締結された本件和解契約は,利息制限法に違反して無効となるものではないから,この点に関する原告の主張は採用の限りでない。

3  争点(2)(強迫による取消し)について

1に認定した事実を前提に検討するに,なるほど,被告は,平成13年8月29日,原告に対し,同月31日に100万円の約束手形を取立てに回すと通知し,原告は,約1日程度の間に100万円の決済資金を用意するか,被告の提案する本件和解前取引についてみなし弁済の成立を前提とする被告の和解案を受諾するかの選択を迫られた経緯があることは既に説示したとおりである。

しかしながら,原告は,同年7月18日付けで,被告に対し,今後原告が被告に対して従前どおりの弁済を継続していくことが困難となった旨通知し,実際にも,同日以降,被告に対し,約定どおりの返済をしていないことから,被告に対する貸金債務全額について期限の利益を喪失した状態にあったこと,原告が当時主張していた利息制限法の制限利率に基づく再計算によっても,同年6月29日の時点における貸金残元金が593万5398円であること,A弁護士が,同年8月29日,被告に対し,被告の上記和解案を受諾できない旨告げたことから,被告において同日時点で近い将来に和解成立の見込みがないと判断することもやむ得ないことを総合すれば,仮に,原告において100万円の約束手形を決済できる見込みがなく,不渡りが必至の状況であったとしても,被告が,原告に対し,原告に対する貸金債権を回収する日的で,同月29日の時点で,同月31日に100万円の約束手形を取立てを回すと告げたことをもって,違法に害悪を告知したということはできない。

したがって,被告が,原告に対し,違法に害悪を示して畏怖を生じさせたとは認められず,原告がした本件和解契約締結の意思表示は,強迫に基づく意思表示と認めることはできない。

4  争点(3)(公序良俗違反,信義則違反)について

既に説示した諸事情を総合すれば,仮に,原告において100万円の約束手形を決済できる見込みがなく,不渡りが必至の状況であったとしても,被告が,原告に対し,原告に対する貸金債権を回収する目的で,同月29日の時点で,同月31日に100万円の約束手形を取立てを回すと告げたことをもって,被告が原告の窮迫状況に乗じ,社会的相当性を逸脱して本件和解契約を締結させたということはできないし,被告が本件和解契約成立の効果を主張することが信義則に反するとも認められない。

5  以上によれば,原告の請求は理由がないから,主文のとおり判決する。

(裁判官・春名茂)

別紙

計算書<省略>

顧客台帳<省略>

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