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東京地方裁判所 平成16年(ワ)8976号 判決 2005年4月15日

原告

上記訴訟代理人弁護士

杉浦幸彦

被告

モルガン・スタンレー・ジャパン・リミテッド

上記日本における代表者

上記訴訟代理人弁護士

岡田和樹

片山昭人

木南直樹

山川亜紀子

弁護士岡田和樹訴訟復代理人弁護士

西美友加

主文

1  被告は,原告に対し,金609万4619円及び内金586万6665円に対する平成17年3月19日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,これを4分し,その3を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  原告が,被告に対し,被告が原告に対して平成16年4月7日にした譴責処分が付着しない労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は,原告に対し,金9940円及びこれに対する平成16年5月21日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

3  被告は,原告に対し,平成16年6月から本案判決確定に至るまで,毎月20日限り金184万3273円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,被告に雇用されていた原告が,被告の原告に対する譴責処分,懲戒解雇及び普通解雇はいずれも無効であるとして,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位の確認及び未払賃金の支払を求めた事案である。

1  争いがない事実等(証拠等で認定した事実は文末に当該証拠等を掲記した)

(1)  被告は,有価証券の売買等を目的とする会社である。

(2)  原告は,平成10年4月,被告に雇用され,為替本部のエグゼクティブ・ディレクターとして,被告の顧客である法人に対し,包括的長期為替予約を内容とする金融商品(以下「フラット為替」という)の販売等に従事し,被告から,毎月20日,年間基本給2200万円の12分の1に当たる183万3333円及び通勤手当9940円の合計184万3273円の支払を受けていた(<証拠略>,弁論の全趣旨)。

(3)  就業規則

被告の就業規則では,次のとおり定められている。

ア 社員の責任(7条)

会社は,業務を極めて高い水準において行ってきた長い歴史と国際的名声を有する。社員は,常に,会社業務の高い水準の専門性と名声を保持するよう行動しなければならない。特に,社員は,本規則及びモルガン・スタンレー行為規範(Morgan Stanley Code of Conduct)を含む会社のあらゆる規則を遵守し,かつ,上司からの指示と助言に従い,他の社員と協力して,定められた職務を迅速に全うしなければならない。

イ 社員の行動(8条)

社員は,会社の名声と利益を害するおそれのある行為を避けるべく,プロフェッショナルの意識を持たねばならない。

(ア) 社員は,事前に許可を得た場合を除き,所定の職務を遂行する場合にのみ,会社の名称,肩書又は役職名を使用すべきである(1号)。

(イ) 社員は,フルタイムベースで雇用される。社員が他に雇用され,又は他と業務上の関係を持つことを希望する場合には,会社の業務と利害が相反しないよう,行為規範の定める手続に従って,事前の許可を得なければならない(2号)。

ウ 解雇(34条)

各社員は,次の各号の一つに該当する場合は,法令の定める手続(労働基準法20条)に従い解雇されることがある。

(ア) 精神又は身体の障害により,継続して勤務することに適さないと会社が認めた場合((a))

(イ) 勤務成績が会社の期待する水準を下回り,及び/又は勤務態度が不良で,注意してもなお改まらない場合。ただし,本項の注意は,水準以下の成績及び/又は態度の性質及び程度を記載し,かつ,当該社員が指示された水準までに改善すべき期限(通常の場合90日以下とする)を記載した書面によるものとする((b))。

(ウ) 会社の業務縮小,業績の悪化など会社業務の運営上合理的な必要がある場合((c))

(エ) 従事している職務又はポジションが廃止となり,他に代わり得る適当なものがない場合((d))

(オ) 上記に定めるもののほか雇用の継続を困難とする重大な事由の存する場合((e))

(カ) 41条による懲戒解雇の場合((f))

エ 懲戒(41条)

(ア) 会社は,社員が,本就業規則,業務方法書及び行為規範を含むその他の会社の諸規則に違反し,又は不正直な行動をなし,犯罪を犯し,会社の記録を偽造・変造し,故意に会社の財産を毀損し,秘密情報を不法に漏らし,又は会社の社員に期待される行動基準にもとって行動したときは,違反行為の程度に応じ次のとおり懲戒を行う(1項)。

a 書面での譴責((a))

b 1回の額が前月基本給の1日分の半額を超え,減給の総額が前月基本給の総額の10分の1を超えない範囲内の減給((b))

c 給与の支給される20日以内の出勤停止((c))

d 給与の支給されない20日以内の出勤停止((d))

e 懲戒解雇((e))

(イ) 会社は,懲戒処分に付する前に事情調査の必要があると認める場合は,対象社員に対し,自宅待機を命ずることができる(ただし,この場合,当該社員は,その間給与の支払を受ける)(2項)。

オ 退職手当(35条ただし書)

懲戒解雇の場合,退職手当を支給しない。

(4)  モルガン・スタンレー行為規範(以下「本件行為規範」という)

本件行為規範の参考和訳には以下の定めがある。なお,本件行為規範については,英語版原文が正式なもので,参考和訳に解釈上の疑義がある場合や,両者の間に相違がある場合には英語版が優先し,英語版に依拠するとされている。(<証拠略>)

ア 本件行為規範1(健全な判断)

「この行為規範において具体的に取り上げられていない事柄については,この行為規範の精神に基づいて,すなわち,最も高度の倫理性をもって,そして,当社の声価を守ることを目標として,行動してください。従業員は,取ろうとしている行動がすべての法令に合致しているかどうか,また,当社(もしくは自分)を困惑させる結果となる可能性がないかどうかを,考慮しなければなりません。そのため,実際の違法・不適切行為だけではなく,不適切と見える行為も控えなければなりません。あなたのとる行動はすべて最終的には公になるものと想定してください。そして,その場合に当社(そしてあなた)がどのような評価を受けるか,熟考してください。疑問に思ったときは行為を止め,再考してください。助言が必要な場合は,当社のシニア・マネジャー及び法務部までお問い合わせください。」

イ 本件行為規範2(法律上・税務上の助言の要請)

「顧客は皆さんがこれらの分野に精通していると思いこんでいるために,証券や商品などに関する法律上,税務上の助言を皆さんに求めることがあります。当社の規則では,従業員が顧客に対し法律上及び税務上の助言をすることは禁じられています。法律問題については自分の顧問弁護士に,税務上の問題については自分の税務アドバイザーに相談するよう,顧客に勧めてください。」

ウ 本件行為規範3(報道機関とのコミュニケーション)

「広報部に相談せずに報道機関と接触してはなりません。」「これには,編集者宛の書簡や,当社の事業に関係がある事案,またはあなたを当社の,従業員だと特定している個別の事案についてのジャーナリストへのコメントが含まれます。」

エ 本件行為規範4(社外弁護士)

「当社に代わり社外弁護士や法律事務所を選任するには,事前に法務部の許可を得なければなりません。」

オ 本件行為規範5(情報通信システムの利用)

「原則として,当社のシステムは当社の業務のためのみに使用してください。通信に関する当社の規則および社員の行為に関する一般的規準に従う限りにおいて,当社のシステムを限られた私的目的のために使用することができます。」

カ 本件行為規範6(訴訟,捜査,照会及び苦情の報告)

「次の場合には,直属の上司及び法務部に速やかに報告しなければなりません。

(中略)

・民事訴訟又は民事上の調停・仲裁の当事者となったとき(軽度の交通事故,人身損害,少額の賠償訴訟,家族法に関する事柄で,当社に関係しないものを除く)

(中略)

上記の場合について,法務部に連絡する前はいかなる行動もとってはなりません。法務部への連絡を怠った場合は,解雇を含む処分が課されることがあります。」

キ 本件行為規範7(訴訟,捜査,照会及び苦情に関する協力)

「当社に関係する訴訟,社内調査または政府機関,規制団体もしくは行政機関による調査の間に,文書,証言,供述などの情報を法務部もしくは社外弁護士,または政府機関,規制団体もしくは行政機関に対し提供するよう,当社従業員に求めることがありえます。(中略)このような要請を受けた場合あなたは,雇用契約の条項の一つとして,法務部の調整の下に最大限の協力をしなければならず,また,真実の情報を提供しなければなりません。」

ク 本件行為規範8(訴訟,捜査,照会及び苦情に関する報道機関などとのコミュニケーション)

「当社又は当社従業員が係わる訴訟,捜査,照会や苦情は,報道の対象となることがあり,また,社内外での問い合わせや議論の対象となることがあります。従業員は,広報部及び法務部によって許可されない限り,そのような事項について報道機関と話し合ってはなりません。」

ケ 本件行為規範9(社外事業活動)

「当社の従業員は,当社の関連会社でない企業のオフィサー,取締役又は従業員になるなど,当社の外部で事業活動に携わることを,法律及び規制によって制限されることがあります。当社の従業員は,当社外の事業活動に携わる前に,当社から書面による承認を得なければなりません。従業員がそのような承認を得なかった場合,当社は,規制上の制裁を受けたり,民事責任を負うこともあり,その従業員は,解雇を含む懲戒処分を受けることがあります。」「次のいずれかのことを行う場合,従業員は,従業員取引を監督する者として所属部署により任命されたマネージャー及びコンプライアンス・ディレクターに事前に書面での承認を求め,且つ,承認を得なければなりません。

・当社業務以外の何らかの業務に従事すること。

・当社以外の個人もしくは組織によって雇用され,又は当社以外の個人もしくは組織から報酬を受け取ること。

・当社以外の事業体のオフィサー,取締役,会員,共同事業主(パートナー)又は従業員になること。

(後略)」

(5)  「社内&社外向けコミュニケーションポリシー」

被告は,平成15年7月15日付けで,全てのメディアとのコンタクト(インタビュー,ミーティング,プレスリリース,新聞雑誌への寄稿などの書式での情報提供を含む)に関しては,事前に必ず広報部及び上司の承認を受け,また,メディアに寄稿する場合には,事前に必ず広報部及び法務部コンプライアンス室の承認を受けなければならないとの「社内&社外向けコミュニケーションポリシー」(以下「本件CP」という)を定めており,被告の従業員である原告は,就業規則7条によりこれらに従う義務を負う(<証拠略>,弁論の全趣旨)。

(6)  本件指針と本件留意点

ア 本件指針

日本公認会計士協会(以下「協会」という)は,平成12年1月31日,「金融商品会計に関する実務指針(中間報告)」(以下「本件指針」という)を作成・公表した。

イ 協会は,平成15年2月18日,次の内容のリサーチ・センター審理情報[No.19]「包括的長期為替予約のヘッジ会計に関する監査上の留意点」(以下「本件留意点」という)を発表した。

「過去の取引実績等から考えて長期的に輸入予定取引が発生し得る場合においても,1年以上の予定取引については,ヘッジ対象となり得るかについて,監査上慎重に判断することが望まれる。1年以上の予定取引については,輸入見合いの長期の円建売契約がある場合を除き,原則として会計処理上は投機目的と考える必要がある。ただし,1年以上の予定取引についても,(a)為替相場の合理的な予測に基づく売上と輸入(輸入品目を特定する必要がある。)に係る合理的な経営計画(通常3年程度)があり,かつ,損失が予想されない場合,若しくは,(b)輸入予定取引に対応する円建売上に係る解約不能の契約があり,かつ,損失とならない場合にのみ,当該予定取引をヘッジ対象とすることは,監査上妥当と認められる場合も考えられる。この場合であっても,それ以外の部分は,一般的に会計処理上は投機目的と解され,ヘッジ手段とされる契約の時価評価差額は損益に計上する必要がある。」

(7)  本件留意点に対する原告の行動

ア 原告は,本件留意点の前提が論理的に破綻しており,その結論が,会計基準及び本件指針の精神並びに企業実務を無視したものであるとして,被告の社員であるA(以下「A」という)とともに,週刊東洋経済に対して,「間違いを認めない会計士の体質が多くの企業を窮地に陥れる」と題して,<1>「フラット為替」により,企業は長期にわたる為替変動リスクと原価を同時に削減,個人の生活にも大きなメリットをもたらす,<2>「フラット為替」に「待った」がかかっている要因は,会計士の論点における勘違いであり,利益先出しの事実はない,<3>勘違いは会計理論以前の問題,会計原則重視で本末転倒になることがないよう事実関係とニーズに則した議論が期待されるとする論文(以下「本件論文」という)を寄稿し,本件論文は,同誌平成15年9月27日号に掲載された(以下「本件雑誌記事」という)(<証拠略>)。

イ(ア) 原告は,同年10月6日,在日アメリカ商工会議所(以下「ACCJ」という)に対し,本件雑誌記事,原告の名刺(被告名や被告における原告の肩書等が記載されたもの)とともに,本件留意点の不当性を訴える書面を送付した。

(イ) 原告は,同月15日,協会に対し,本件留意点の撤回を求める内容証明郵便を送付した。

(ウ) 原告は,同月16日,監査法人a(以下「a」という),b監査法人,c監査法人,d監査法人及びe監査法人(以下「5大監査法人」という)に対し,本件雑誌記事等の資料とともに,本件留意点の不当性を訴える内容証明郵便を送付した。

(エ) 協会は,同年11月17日,原告に対し,上記(イ)の内容証明郵便に対する回答として,本件留意点は協会の業務の一環として発せられたもので,その内容は,既に公表済みであり,かつ,適用されている会計基準と実務指針に関する監査上の留意点を同協会の会員向けに周知徹底を図ったものである旨の回答を送付した。

(オ) 原告は,同月19日,協会に対し,前記(エ)の回答が形式的にすぎるとして,本件留意点の撤回の求めに対し誠実な対応をするように求める内容証明郵便を送付した。

(カ) 原告は,平成16年1月8日,東京弁護士会に対し,協会及びaをそれぞれ照会先とし,留意点に関する事柄を照会事項とする弁護士法23条の2に基づく照会申出を行った。

(キ) 前記(カ)の照会に対し,aは,同年2月19日,回答しかねるとの回答をし,協会は,同年3月3日,本件留意点を撤回する予定はないことなどを回答した。

ウ 原告は,平成16年4月1日,協会に対し,本件留意点により原告の営業活動が阻害され,経済的損害及び精神的苦痛を受けたとして,慰謝料141万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める訴訟(以下「別件訴訟」という)を提起した。

エ また,原告は,同日,仕事上及び個人的付き合いを通じて知り合った顧客・知人・友人・マスメディアに対し,被告のメールアカウントを使用して,67件のメールを発し,別件訴訟を提起した旨通知した(<証拠略>)。

オ 原告は,同月2日,公認会計士監査審査会に対し,別件訴訟提起を通知するとともに,同審査会が協会に対し厳正なる態度をとるよう求める内容証明郵便を送付した。

(8)  本件譴責処分

被告は,同月7日,原告に対し,書面による譴責を行った(以下「本件譴責処分」という)(<証拠略>)。

本件譴責処分の理由は,別件訴訟が被告の名声やフランチャイズに有害な結果をもたらすものであるにもかかわらず,原告が,既に受けていた指示に反して,別件訴訟を提起する前に直属上司又は法務部に相談することを怠ったのは,行為規範に違反するというものであり,被告は,本件譴責処分と同時に,原告に対して,<1>今後は,別件訴訟又は会社の名声やフランチャイズに不利な影響を与える可能性のある他の訴訟若しくは論争に関する行動をとる前に直属上司と法務部にコンタクトすること,<2>会社を困惑させる行為をしないこと,その他行為規範を遵守することを命令した。

(9)  別件訴訟の取下げ指示

被告は,同月21日,原告に対して,自宅待機を命じるとともに,別件訴訟は,被告が,商業的な利益のために,被告従業員を通じて,協会に異議を申し立て,影響力を行使し又は圧力をかけようとするものであるかのような誤った認識を招くものであり,放置できないとして,同月27日午後5時までに取下げの手続をとることを業務として文書で命令した(<証拠略>)。

(10)  本件懲戒解雇

被告は,同月26日,原告に対し,同日をもって懲戒解雇する旨の意思表示をし(以下「本件懲戒解雇」という),これに伴う解雇予告手当として,183万3333円を支払った(<証拠略>)。

本件懲戒解雇の通知書に記載された理由は,<1>原告は,被告に通知することなく提起した別件訴訟について,同月21日付けの書面による取下命令にもかかわらず,訴訟を取り下げないことを明確にしたもので,この件に関する原告の態度が,被告との信頼関係を著しく損ない,被告の秩序規律を乱したこと,<2>原告が,別件訴訟を提起したことについて被告設備を使用して顧客に喧伝し,その結果,被告の世評とフランチャイズを毀損したことが,就業規則7条,8条,41条及び行為規範に違反するというものであった。

(11)  本件普通解雇

被告は,同年9月6日,原告に対し,本件懲戒解雇が無効である場合には,予備的に同日をもって普通解雇する旨の意思表示をした(以下「本件普通解雇」という)(<証拠略>)。

本件普通解雇の理由は,<1>原告が,本件留意点について,平成15年9月以降,被告の承認,報告など所定の手続をせず,又は,被告の指示に反して,本件留意点を批判する原稿を雑誌に投稿して,当該原稿が掲載された雑誌を関係者に配布し,また,別件訴訟を提起した上,別件訴訟の取下げを命じる被告の指示に従うことを拒否したことは,就業規則7条,8条及び行為規範に反し,就業規則41条に該当する,<2>これら一連の行為に係る原告の被告とのやりとりは,極めて誠意に欠ける,<3>原告の一連の行為,これらに係る原告の被告に対する態度,別件訴訟の内容及び原告が別件訴訟を喧伝する行為に加え,入社以来の原告の業務の進め方など,全ての事実を総合的に考慮すると,原告は就業規則34条(b)及び(e)に該当するというものであった。

2  争点

(1)  原告に係る非違行為の存否―争点1

【被告の主張】

ア(ア) 原告は,被告従業員として,就業規則,本件行為規範及び本件CPを遵守すべき義務を負っている。

(イ) また,原告は,労働契約上の義務として,業務に含まれると否とを問わず,あるいは職場の内外を問わず,被告の有する利益を不当に侵害し,又は侵害するおそれがある行為をしない義務を負っている。

イ 被告は,企業金融を総合的に取り扱う総合金融機関として,1,2を争うほどの高い信用を世界で得ており,かかる信用を基礎に企業活動を行っているものであって,その従業員には高度の遵法精神が要求され,信用維持と遵法経営を守るために設けられた本件行為規範を遵守することが従業員の最も大切な義務となっている。

ウ ところで,本件留意点は,予約期間が3年を超えるフラット為替について,原則として,為替変動リスクに係るヘッジ会計を認めないとしており,その結果,為替変動リスクのヘッジを目的として,フラット為替を購入する顧客は相当数減少することとなった。

このように本件留意点は,被告の企業活動に大きな影響を与えるものであるため,被告としては,必要があると判断する場合には,本件留意点の趣旨を協会に確認し,実際の会計監査への影響を検討し,又は協会や監督官庁に働きかけるなど様々な活動を行うことがあり得る。したがって,本件留意点への対応は,被告の業務の一環であって,原告のように本件留意点と密接に関連する商品の販売を担当する従業員がこれらの活動に関与する必要が生じる場合もあり,本件留意点への対応について,被告従業員である原告は,被告の決定と指示に従う義務を負い,そこでの原告の活動が,原告の提供すべき労務の範囲内にあることは明らかである。そして,本件留意点については,協会との建設的な討論やロビングを重ねることにより,問題の解決を図るのが,一流金融機関のとるべき手段として是認されるものである。また,本件留意点のような制度の変更に関する活動においては,有力な報道機関に被告の立場を取り上げてもらうことは極めて重要な役割を担っている。

エ そして,原告は,フラット為替の営業活動を続けていたf社などとの取引を成約させるため,本件留意点について,協会や5大監査法人に圧力をかける目的の下,本件留意点に係る一連の行動をとったもので,労働者である原告について被告の事業活動を離れた営業活動は存在しない以上,原告の一連の行動は,被告の事業活動そのものか,少なくともそれに直接関係する行為というべきである。

オ しかるに,本件留意点に係る原告の一連の行動は,次のとおり,非違行為に該当するものであった。

(ア) 本件非違行為<1>

本件行為規範と上司の指示に反して,広報部と法務部の承認を得ることなく,被告従業員として不適切な表現を含む本件雑誌記事を掲載した(就業規則7条,8条,本件行為規範1違反)。

(イ) 本件非違行為<2>

本件雑誌記事が掲載された雑誌を上司の許可を得た範囲を超えて,また,被告従業員として不適切な文書を付して,多数の顧客に送付した(就業規則7条,8条,本件行為規範1違反)。

(ウ) 本件非違行為<3>

同様に,本件雑誌記事が掲載された雑誌を上司の許可を得ずに,また,被告従業員として不適切な文書を付して,ACCJに送付した(就業規則7条,8条,本件行為規範1違反)。

(エ) 本件非違行為<4>

上司の承認を得ることなく,協会と5大監査法人に対し,本件留意点に関する被告従業員として不適切な内容の内容証明郵便を送付した(就業規則7条,8条,本件行為規範1違反)。

(オ) 本件非違行為<5>

上司の指示に反して,上司や法務部の承認を得ずに,協会に対し,再度,被告従業員として不適切な内容の内容証明郵便を送付した(就業規則7条,8条,本件行為規範1違反)。

(カ) 本件非違行為<6>

上司と法務部の承認を得ることなく,協会とaに対して,虚偽の事実に基づき,弁護士会照会の手続をとった(就業規則7条,8条,本件行為規範1違反)。

(キ) 本件非違行為<7>

本件雑誌記事について,会社の指示に反して,社外事業活動に関する届出を怠った(就業規則7条違反)。

(ク) 本件非違行為<8>

上司と法務部の指示に反して,弁護士会照会に対するa及び協会から回答があったこと並びにその回答内容を被告に報告しなかった(就業規則7条違反)。

カ 本件非違行為<9>

さらに,原告は,次のとおり,就業規則7条,8条及び本件行為規範1,6に違反して,別件訴訟を提起した。

(ア) 別件訴訟は,被告の事業活動そのものか、それに直接関係する行為であり,原告が被告と無関係に個人としてかかる訴訟を提起すること自体,被告の営業に関する第一次判断権を侵害する越権行為である。

(イ) そして,営業活動に係る障害に対して,一従業員が訴訟を提起するという方法で取引を実現させようとすることが,一流の方法でなく,会社の名声を害するおそれがあり,不適切な行為ないし不適切と見える行為に当たることは明らかである。

(ウ) しかも,原告は,被告から,本件留意点に関連して行動をとる場合には,必ず上司及び法務部に事前に連絡,報告し,その指示に従って行動することを命じられていたにもかかわらず,同年4月1日,上司及び法務部に事前に連絡することなく,別件訴訟を提起した。原告は,別件訴訟提起後,法務部にその旨の報告をしているが,その際,事前の報告をしなかった点について,相談したら止められると考えたからであると説明しており,原告は,被告の指示に反していることを明確に認識しながら別件訴訟の提起に及んだものである。

(エ) さらに,別件訴訟の訴状には,原告がフラット為替を販売できなくなったことにより,賃金,昇進等の点で不利益な取扱いを受けたとの虚偽の事実が記載されており,訴訟制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものである。しかも,原告は,当初,協会とともにaを別件訴訟の被告とすることを考えていたが,原告代理人弁護士の都合でこれを止めたり,請求金額も事物管轄を基準に設定しており,恣意的な訴訟である。

(オ) そして,別件訴訟での原告の訴訟活動により,f社は,aから本件留意点を遵守するよう求められ,フラット為替に係る会計処理をヘッジ会計から時価会計へ変更し,業績を58億円下方修正するという重大な不利益を被っている。

(カ) なお,本件行為規範6は,訴訟に関連する従業員の行為について,事前に情報を得ることを目的としているのは明らかであり,和訳において「当事者となったとき」とされているからといって,民事訴訟提起後に法務部に連絡すれば足りるものではない。

キ 本件非違行為<10>

原告は,同日,上司,広報部,法務部の承認を得ずに別件訴訟の提起を司法記者クラブに連絡しており,就業規則7条,本件行為規範3,本件CPに違反した。

ク 本件非違行為<11>

原告は,別件訴訟を提起した同月1日の勤務時間中,被告のメールアカウントを使用して,顧客・マスメディアのみならず,同業他社の社員等67名に対して別件訴訟を喧伝しており,これによって,被告従業員の中に奇矯かつ非常識な人間が存し,また,そのような者に対する管理能力がないとして,被告の信用を棄損させ,就業規則7条,8条,本件行為規範1に違反した。

ケ 本件非違行為<12>

原告は,同月2日,上司及び法務部に報告することなく,公認会計士監査審査会に対して,不適切な内容の内容証明郵便を差し出し,就業規則7条,8条及び本件行為規範1に違反した。

コ 本件非違行為<13>

原告は,上司から,別件訴訟について,被告従業員や顧客等に事実を伝えたかについて問われた際,かかる事実があるにもかかわらず,伝えていないと虚偽の回答をし,本件行為規範7に違反した。

サ 本件非違行為<14>

(ア) 別件訴訟は,被告の事業活動そのものか,少なくともそれに直接関連するものであるから,被告従業員である原告は被告の判断,決定に従う義務があるのは当然であって,企業秩序維持の観点から従業員の権利が制限を受けることは許容されているところである。

(イ) また,就業規則上,原告は,被告の名声と利益を侵害するおそれがある行為を避けるべき義務があるのであるから,被告は,原告に対して,被告の名声と利益を侵害するおそれがある行為を止めるよう命じることができ,これは,本件行為規範1からも導かれる結論でもある。協会という公的団体が正規の手続を経て出した本件留意点について,訴訟という手段で変更を迫るというのは,一流金融機関の従業員の行動として,奇矯かつ非常識なものであり,かかる行為を被告の,しかも,高い地位にある従業員が行っていることが,被告の信用に極めて重大な悪影響を及ぼすものであることは多言を要しない。

(ウ) 以上によれば,被告は,原告に対して,就業規則及び本件行為規範に基づいて,別件訴訟の取下げを命じることができる。

(エ) しかし,原告は,被告から,同月7日,本件譴責処分の通知とともに別件訴訟を直ちに取り下げるよう命じられたにもかかわらず,これに従う姿勢を示さず,同月16日,同月19日,同月21日午前,口頭で別件訴訟の取下げを命じられ,更に同日午後,文書により同月23日までに別件訴訟を取り下げるよう命じられたが,これらに従わず,就業規則7条に違反した。

シ 本件非違行為<15><16>

原告は,就業規則7条,本件行為規範2,4に違反して,フラット為替を売り込んでいたf社の依頼に基づき,aに対する質問書を作成して,原告訴訟代理人を通じてaに送付したり(本件非違行為<15>),当該質問書の作成を法務部の承認を得ずに原告訴訟代理人弁護士に依頼していた(本件非違行為<16>)。なお,本件非違行為<15>,<16>は,本件訴訟の審理の過程で存在が明らかとなったものである。

【原告の主張】

ア 本件非違行為<1>ないし<8>について

(ア) 原告は,本件雑誌記事掲載後の平成15年9月下旬ころ,被告広報部担当者に念のため確認したが,同担当者は,個人名の論文であり,内容も問題ないので今回は構わないが,次回以降は事前に知らせてもらえると有り難いなどと言うに留まり,本件CPに反するとの指摘はなく,また,そのころ原告から本件雑誌記事を見せられた法務部所属の弁護士も,社外事業活動に当たるなどと指摘したことはなく,被告が,共著者であるAに社外事業活動の届出を求めたこともない。

(イ) 原告は,協会及び監査法人に対して,内容証明郵便を差し出したり,弁護士会照会を行ったが,事実上,その写しを被告に提出して状況を報告した。これに対して,被告は,原告に対し,内容証明郵便の送付や弁護士会照会は,社外事業活動に該当し,被告から事前に書面による承認を得るべきであったと告げ,社外事業活動に該当する行為をするに先立っては,上司及び法務部に事前に相談するよう説明を受けたが,かかる行為は,社外事業活動には該当せず,原告は,その旨回答した。

イ 本件非違行為<9>,<14>について

(ア) 被告の本件留意点に対する認識は,原告と一致しており,原告は,そこ(ママ)のことを前提に,被告とその顧客の利益のために,本件論文を寄稿したり,顧客の監査法人の担当公認会計士に対する説明などをしてきたもので,原告が,本件留意点に対して,毅然とした態度をとらなければ,原告の顧客らに対する信用が失墜することとなる。これに対して,被告は,原告が本件留意点の不当性を正すためにロビング活動をしたいと申し出ても真摯に対応せず,現在も本件留意点に関わる問題を放置している。

(イ) 原告は,原告個人の人格権及び経済的利益に係る損害を回復するため,被告の名前を出さずに原告の費用をもって,別件訴訟を提起したものであって,別件訴訟は,被告に法的効果が及ぶことのない原告の私生活に関する行為にすぎず,かかる事項について被告に職務上の指揮監督権はないし,本件行為規範によれば,被告の従業員は,民事訴訟等の当事者となったときに直属の上司及び法務部に速やかに報告すればよく(原告は別件訴訟提起後直ちに法務部へ報告している),その後,被告の指示に従う必要もない。原告による別件訴訟の提起は,憲法上認められた原告の裁判を受ける権利及び表現の自由の発露といえる適法かつ正当な行為であり,被告が,本件行為規範に基づき,上司及び法務部の事前の了解なくいかなる訴訟関連行為をとることも許さないことができるとするのは,原告の権利を不当に制約するものであり,公序良俗に反する。

(ウ) また,本件行為規範に基づき,被告が,被告従業員が当事者となった訴訟について,報告,接触を求めるだけでなく,被告従業員の訴訟活動を指示できるとすることは,被告従業員の攻撃・防御権を奪うものであり,公序良俗に反する。

(エ) 原告は,本件留意点につき,その内容が会計基準等の会計慣行及び企業の実務を無視するとともに,その制定手続にも問題があって違法と考えられるところ,かかる違法を正すには,ロビング等の政治的対応でなく,判決の効力によるのが有効適切と考えるに至り,別件訴訟を提起したものであり,協会に圧力をかけようとしたものでなく,別件訴訟によって被告の社会的評価が著しく毀損されるものではない。原告は,顧客から,別件訴訟を取り下げてほしいなどと言われたことはなく,むしろ,肯定的評価を受けており,別件訴訟は本件留意点に係る混乱を収拾するものとして,公益にも合致する。

(オ) なお,本件留意点により,原告の営業成績が上がらなければ,原告に対する査定において,賃金,昇進等の点で不利益な取扱いを受ける可能性があることは明らかである。

ウ 本件非違行為<11>について

原告は,仕事上及び個人的付き合いを通じて知り合った30ないし40人の知人に対し,メールにより別件訴訟の提起及びこれに関する原告のホームページのアドレスを知らせた。しかし,被告は,従業員の私的なメール使用を全面的に禁じてはいなかった。また,当該メールの内容は,真実を述べたものにすぎない上,原告が別件訴訟を喧伝したような事実はなく,原告は,別件訴訟を被告と無関係に個人で提起したことを明らかにしているのであるから,メールの差出人のアドレスに被告の名称が含まれていたとしても,別件訴訟を被告が提起したと誤信するようなことはなく,被告の信用が毀損されるとは考えられない。よって,原告が就業規則や行為規範に違反した事実はなく,また,原告が就業時間外に恒常的に被告の業務を行ってきたものであることからすると,懲戒解雇事由に該当することもない。

(2)  本件懲戒解雇の有効性―争点2

【被告の主張】

ア 原告が別件訴訟を提起し,被告の取下命令に従わずにこれを継続していること(本件非違行為<9>,<14>),その他本件留意点に係る原告による一連の就業規則,本件行為規範違反の各行為(本件非違行為<1>ないし<8>,<10>,<12>,<13>,<15>,<16>)が,被告と原告の信頼関係及び被告の秩序規律を破壊したこと,原告が被告の設備を利用して別件訴訟の提起を喧伝し,被告の信用を毀損したこと(本件非違行為<11>)は,就業規則41条に該当するものであり,そのいずれもが意図的に行われ,その態様も極めて不誠実,不真面目であることからすると,被告が原告を懲戒解雇したのは正当である。

イ(ア) この点,本件懲戒解雇の通知書における「この件に関する原告の態度」とは,本件留意点に係る原告の一連の行為を意味し,別件訴訟の取下げのみを意味するものではない。

(イ) また,使用者が訴訟において懲戒解雇事由として主張できる範囲は,懲戒解雇通知書に記載された事実に限定されるものではなく,懲戒解雇事由として告知されたものと実質的に同一性を有するもの又は同種・同類型若しくは密接に関連すると認められるものについては,労働者の防御に支障がない限り,使用者が懲戒解雇時に認識していたか否かを問わず,懲戒解雇事由として主張できるというべきであるから,被告が,本件懲戒解雇の理由として,本件非違行為<1>ないし<8>,<10>,<12>,<13>,<15>,<16>を挙げることに問題はない。

ウ なお,本件譴責処分は,原告に対して,別件訴訟の提起について反省を求めるものであり,これに対して原告が全く反省の情を示さず,かえって,自らの正当性を主張し,別件訴訟取下げの業務命令に従わない以上,被告において,本件譴責処分の理由となった事実やその背景となった事実を含めて,懲戒解雇の理由とすることは,一時不再理の原則や二重処罰の禁止に反するものではない。

エ また,原告は,被告の遵法精神が欠如しているなどと主張するが,本件とは無関係である上,被告は,金融庁の業務停止命令の対象となった違法取引に関与した従業員を全員解雇しており,また,労働基準法に違反するような行為は行っていない。

【原告の主張】

ア 原告に非違行為は存在せず,本件懲戒解雇は,無効である。

イ(ア) 被告は,本件論文の掲載や協会及び監査法人に対する内容証明郵便及び弁護士会照会の事実を知りながら本件譴責処分を行っており,本件懲戒解雇は,これら本件譴責処分当時認識していた事実について,再度懲戒の対象とするもので,一事不再理又は二重処罰の禁止に反し,許されない。

(イ) また,本件懲戒解雇の通知書において,解雇理由として示されているのは,<1>別件訴訟に関する原告の態度並びに<2>別件訴訟の提起について顧客に対する被告設備を利用した喧伝行為と被告の世評及びフランチャイズの毀損のみであり,本件論文の掲載や協会及び監査法人に対する内容証明郵便及び弁護士会照会,別件訴訟の提起についての同業他社の社員及びマスコミへの喧伝等は懲戒事由とされていないから,被告は,これらを懲戒事由から排除したものであり,本件懲戒解雇の理由とすることはできない。

ウ 仮に,原告の行為の一部が懲戒事由に該当するとしても,被告は,平成16年4月23日の時点では,別件訴訟の取下拒絶と本件訴訟提起の事実以外の事実は重視しておらず,同月26日の段階で原告を懲戒解雇しなければならない必要はなく,また,懲戒の手段として,懲戒解雇を選択することは,退職金等の不支給の観点から不相当であり,本件懲戒解雇は無効である。

エ むしろ,被告は,原告から本件譴責処分の無効確認を求める訴訟を提起されるや,その仕返しとして本件懲戒解雇を行ったものであり,その対応は,著しく失当である。

オ なお,被告は,被告の信用保持,就業規則,本件行為規範の遵守を縷々主張するが,そのようなことは,金融機関に限ってのことではないし,むしろ,被告は,違法取引により業務停止命令等を受けたり,関連会社が巨額の所得を申告しなかったり,非弁活動を黙認し,労働基準法の割増賃金を支払わないなど,その遵法精神は希薄である上,顧客の信用を失うような行為を繰り返している。また,就業規則7条,8条違反は,本件懲戒解雇の段階で言及されるようになったにすぎず,こじつけにすぎない。

(3)  本件普通解雇の有効性―争点3

【被告の主張】

ア 原告による本件非違行為<9>,<14>は,就業規則34条(b)にいう「勤務態度が不良で,注意してもなお改まらない場合」に該当する。

イ また,原告によって繰り返し行われた本件非違行為,原告が,本訴において被告の文書を社外に持ち出したこと,入社以後の業務遂行において,極めて独善的で,上司や同僚の意見を聞かずに行動し,社内の軋轢を生じさせ,商談の際,他の顧客の情報を開示したりしたことは,就業規則34条(e)にいう「雇用の継続を困難とする重大な事由の存する場合」に該当する。

ウ さらに,原告は,本件非違行為を繰り返したことを全く反省しておらず,目的実現のために手段を選ばない姿勢を示し,上司や同僚を馬鹿にするような極めて不真面目な態度をとっており,これらは被告の社員として到底容認し難いものである。

エ よって,本件普通解雇が正当であることは明らかである。

オ なお,被告は,被告が本件懲戒解雇に伴う解雇予告手当として原告に支払った183万3333円について,本件懲戒解雇が無効であることが確定するのと同時に,本件普通解雇に伴う解雇予告手当に充当することを指定する。

【原告の主張】

ア(ア) 原告は,就業規則34条(b)で定められた注意書を被告から受け取ったことはない。

(イ) また,被告が解雇理由として主張するところは,就業規則34条(b)の解雇事由に尽き,その場合に就業規則34条(e)該当を主張することは,同(b)が手続的要件を定めたことを無意味とするものであり,失当である。

イ 原告が非違行為に当たる行為を繰り返した事実はなく,被告は,原告に対して,基本給の外に多額の作業業績賞与を支払い,別件訴訟提起後もこれを取り下げるのであれば,不問に付すといっていたこと,原告がこれまでに業務遂行について注意や処分を受けたことはないことなどからすると,原告の業務遂行に問題はなかったというべきである。

ウ なお,原告は,本件懲戒解雇時に支払われた解雇予告手当を平成16年5月20日支給分の賃金に充当しており,被告は,本件普通解雇に当たって,解雇予告手当を支払っていないこととなるから,解雇の効力は生じない。

(4)  本件譴責処分の有効性―争点4

【被告の主張】

被告は,本件非違行為<1>ないし<8>,<10>の経緯を踏まえて,本件非違行為<9>(別件訴訟の提起)につき,本件行為規範及び業務命令に違反したものとして,原告を譴責処分に処することとし,同月7日,原告に対して,譴責処分を命じたもので,本件譴責処分は適法である。

【原告の主張】

原告に非違行為は存在せず,本件譴責処分は無効である。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前記争いのない事実等,証拠(文中に掲げたもの。<証拠略>,証人B,同C,原告)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)ア  原告は,昭和59年にg大学大学院修士課程を終えて,h銀行(当時)に入社し,その後,平成7年1月,i証券に転職し,さらに平成10年,被告に入社した。原告は,i証券では年収で1億円程度を得ていたが,知人の誘いから,年収60万ドルを保障するとの条件で,被告に転職した。

イ  原告は,i証券在職中の平成9年ころからフラット為替の販売に従事するようになり,被告入社当初に在籍した債券部事業法人営業部門でも,法人向けの種々の商品を取り扱う中,フラット為替の販売に従事した。

ウ  しかし,原告は,上司である事業営業本部長との折り合いが悪く,転職を考えているとの話が出たことから,平成13年2月,為替本部長C(以下「C本部長」という)の誘いを受け,債券部外国為替部門に移り,フラット為替の販売を主に担当するようになった。

エ  外国為替部門は,債券統括本部長D(以下「D本部長」という)を長とし,その下位にC本部長が配置され,更に原告を含む14名の社員がC本部長の下位に配置される形となっていたが,社員資格では,D本部長とC本部長がマネージング・ダイレクターで,原告がそれに次ぐエグゼクティブ・ダイレクターであり,原告が他の13名のヴァイス・プレジデントを指導する役割を担っていた。

オ  原告の被告における給与総額は,平成10年が60万ドル,平成11年が30万ドル,平成12年が55万ドル,平成13年が35万ドル,平成14年が50万ドル,平成15年が62万5000ドルで,他方,原告の個人の業務成績は,平成14年が約6億円,平成15年が約4億円であった(<証拠略>)。

カ  C本部長は,原告について,専門知識や商品知識が非常に多いことが長所であり,自己主張が強すぎ,顧客や同僚の意見より自分の意見を通そうとすることが短所であると評価しており,給与については,原告個人の営業成績のみに基づかずに総合的な評価により,基本給に加算されるボーナスを算定していた。

(2)ア  フラット為替は,一定期間内に一定のレートで外貨を売買することを予約する先物商品であり,これにより企業は為替変動のリスクを回避(ヘッジ)することができるものであるが,投機及び投資の対象ともなる商品であって,ヘッジ会計が認められる場合には,ヘッジ対象の損益が計上される時点まで,時価評価による損益を計上する必要がないものとされる。

イ  aは,平成14年2月ころから,フラット為替についてヘッジ会計が認められる範囲を厳しく判断する立場をとるようになっていたが,更に平成15年2月18日に発表された本件留意点は,フラット為替を利用した取引に関して,予約期間が3年を超える取引については,原則として,ヘッジ会計を認めることはできないとしているとの理解がされ,その結果,ヘッジ目的でフラット為替を購入する顧客が相当数減少することとなった。

ウ  原告においても,販売先として開拓していた会社からフラット為替の購入に難色を示されるようになり,原告は,本件留意点が営業活動の障害となっているとして,本件留意点を設けた協会に対してその撤回を求め,本件留意点に従った監査を行おうとしている監査法人に対して方針の変更を求めるため,圧力となる方策をとることとした。

エ  他方,被告においても,本件留意点の被告で販売する商品への影響と従前における協会の方針との整合性について関心を持つとともに,本件留意点が企業の為替変動リスクをヘッジする手段を不法に規制しかねないとの懸念を抱いていた。

(3)  原告は,同年3月,8月,12月,平成16年1月,2月,フラット為替を売り込んでいたf社がある広島に赴き,被告の業務の一環として,f社の監査法人であるaの公認会計士と面会し,フラット為替のヘッジ会計について意見を交換するとともに,f社から依頼を受け,aに対して,原告訴訟代理人に原告個人として依頼するなどして,フラット為替のヘッジ会計に係る質問書を数通送付した(<証拠略>)。

(4)ア  原告は,平成15年8月ころ,本件原稿を書き,これをC本部長に読んでもらった。

イ  本件原稿には,本件留意点が理論的に誤っているとの指摘の外,日本の会計士体質は不可解であり,一度公表した勘違いを認めないどころか,勘違いの押しつけが行われている,本件留意点を執筆したのは会計士の中でも権威ある会計士であり,一般の会計士は疑義を唱えようものなら,将来にわたって自身の業務に差し支えがあることを懸念して従わざるを得ないなどとの記載もあり,末尾には,本稿は筆者の私見によるものであり,筆者の所属するあらゆる組織の意見ではないと記されていた(<証拠略>)。

ウ  C本部長は,本件原稿の理論的内容については問題はないと考えたが,被告の業務に関連し,原告の営業活動の一環として出稿されるものである以上,法務部及び広報部に許可を得るよう指示した。なお,C本部長は,本件原稿の表現に挑発的な部分があると考えたが,広報部により正されると考え,特に原告には指摘しなかった。

エ  原告は,C本部長の前記指示に従うと述べたが,実際には,法務部及び広報部の許可を得ることなく,C本部長には当該許可を得たと報告して,同年9月に「金融アナリスト X」「金融アナリスト A」の共著として,本件雑誌記事を掲載してもらい,原稿料として,週刊東洋経済から4万円ないし5万円を受け取った。

オ  原告は,本件雑誌記事掲載後,広報部担当者に対して,電話で本件雑誌記事の問題の有無を確認したが,その際,内容について上司が既に承認しているとの説明をした。

カ  原告は,C本部長に対し,本件雑誌記事を顧客に送付することの許可を求め,C本部長はこれを許可した。その後,原告は,本件雑誌記事について,被告の費用で600冊分購入することの許可を求めたが,出張で不在であったC本部長に代わって債券本部管理部門責任者Eが150冊分の購入を許可した。(<証拠略>)

キ  原告は,同年10月,法務部社内弁護士B(以下「B弁護士」という)に本件雑誌記事を持参して手渡した。本件雑誌記事を読んだB弁護士は,その内容が挑発的で,断定的な物言いであるとの感想を持ったが,出版済みのものであり,上司,法務部,広報部の事前許可といった手続は履践済みであろうと考え,特段の指摘はしなかった。

ク(ア)  原告は,同年10月6日,C本部長や法務部,広報室に断ることなく,ACCJに対し,本件雑誌記事を送付したが,それには,「モルガン・スタンレー証券会社」「エグゼクティブ ディレクター 米国公認会計士 為替本部」との表記がある名刺とともに,本件留意点のような不合理な考え方を吹き込むことが,アメリカの国益にとり有害であることは疑いの余地がない,本件留意点に反対した会計士の中に大変な圧力をかけられている者がいる,協会や主要会計士事務所は依然として誤ったアドバイスを与え続け,自分たちのやり方が正確で最新のものかどうか自問しない,このようなお粗末な監査能力では世界中の投資家の信頼を得ることはできない,原告の所属する金融サービス会社は,その社名及び原告の肩書の使用を認めないので,この問題を個人の資格で扱うなどとする書簡を同封した(<証拠略>)。

(イ) ACCJは,被告に対して,原告の前記書簡の内容に鑑みてその行動を知らせるべきと考えるとして,原告の前記(ア)の行動を報告した(<証拠略>)。

(ウ) C本部長は,同年10月半ばころ,法務部コンプライアンス室から,原告が本件雑誌記事,名刺,書簡をACCJに送付したことを許可したか否かについて,照会を受け,原告に対して,顧客でもないACCJに前記(ア)のような挑発的な内容の書簡を送付したことの是非を問いただした。

(エ) 原告は,C本部長に対し,ACCJの影響力を使って,本件留意点を変えさせるためにしたことであり,原告個人の行動であるから被告は関係ないと説明した。

(オ) これに対し,C本部長が原告に被告社名が入った名刺を同封した理由を質したところ,原告はこれに反論できず,謝ったので,C本部長は,原告に対し,今後,本件留意点について対外的行動をとる場合には,事前にC本部長及び法務部の許可を得るよう指示した。

ケ  この外,原告は,同月,本件雑誌記事を150冊分社費で購入し,被告の経費で営業先の企業に送付したが,その際,協会や一部大手監査法人は,単にプラスとマイナスを取り違えるとの初歩的な誤りに気づきつつも,「大先生」の間違いを公然と認めることができず,逆に顧客企業に対してまで,その内容を押しつけるという本末転倒なケースが散見される,公認会計士の自浄作用が機能せず,逆に既成事実を積み上げようとする姿勢は,正に会計士法上の注意義務に抵触する行動である,監査実務の実態がこんなものでは国際的な信頼が得られるはずはないとの書簡を同封した(<証拠略>)。

(5)ア  この間,原告は,C本部長の指示の下,本件留意点について,協会に対して接触を図っていたが,思ったような成果がなかったため,C本部長や法務部に事前に連絡することなく,同月15日,代理人弁護士名で,協会に対して,本件留意点は,ファイナンス理論に関する初歩的な事実認識の誤りに端を発している,本件留意点について都合の良い読替えを行って自らを正当化することは,背信行為であり,国益を害し,公認会計士の信用を毀損するなどとして,本件留意点の撤回を求める内容証明郵便を差し出した。そして,そこでは本件留意点を「珍奇」とする表現もとられていた。(<証拠略>)

イ  また,原告は,C本部長や法務部に事前に連絡することなく,同月16日,5大監査法人に対しても,本件留意点は初歩的な事実認識の誤りに基づいており,これを盲信して監査業務を行うことは,背信行為であり,国益を害し,公認会計士の信用を傷つける不名誉な行為であるとする書簡とともに本件雑誌記事を送付した(<証拠略>)。

ウ  原告は,同日ころ,C本部長の席上に,協会及び5大監査法人宛に内容証明郵便による通知書と資料を送付したので,コピーを置いておくが,協会及び5大監査法人から何もされなれ(ママ)ば,言われたとおりしばらく静かにしておくつもりであるとする手紙を置いた(<証拠略>)。

エ  原告は,同月17日,前記アの内容証明郵便について協会から回答を受け取ると,同月19日,C本部長や法務部に事前に連絡することなく,代理人弁護士名で,協会に対して,協会の回答は趣旨不明であって,初歩的な事実認識の誤りに基づく本件留意点を放置することは,公認会計士の信用を傷つける不名誉なものであるなどとする内容証明郵便を差し出した(<証拠略>)。

(6)ア  原告は,前記(5)ア,エの内容証明郵便によっても思ったような効果がなかったことから,平成16年1月8日,C本部長や法務部に事前に連絡することなく,東京弁護士会に対して,協会及びaに対する弁護士会照会の申出を行ったが,当該申出書には,本件留意点の公表によって賃金,昇進などについて不利益な扱いを受け,協会とaが共同して,原告の営業活動を妨害し,原告に経済的・精神的損失を与えているなどと記載した(<証拠略>)。

イ  原告は,同月15日,B弁護士に対して,協会及びaをそれぞれ照会先とする弁護士会照会を行っていることを明らかにした。

ウ(ア)  B弁護士は,同月16日,原告を呼び出し,C本部長,法務部コンプライアンス室長F(以下「F室長」という)とともに,原告に対して,弁護士会照会に対する回答があれば法務部に報告するよう指示するとともに,本件留意点に関して行動をとる場合には,必ず事前に上司ないし法務部の承認を得なければならないと注意したところ,原告はこれを了承した。

(イ) その際,原告は,B弁護士から弁護士会照会の内容を明らかにするよう求められたが,原告代理人弁護士から止められているとして,明らかにしなかった。

(ウ) また,その際,B弁護士は,本件雑誌記事を主導したのが原告であると判断し,原告に対して,本件雑誌記事が社外事業活動に該当するとして,社外事業届を提出するよう指示し,原告は,法務部から届出用紙の送付を受けたが,当該届出をしなかった。

(7)ア  原告は,同年2月19日にaから,同年3月3日に協会から,それぞれ弁護士会照会に対する回答を得たが,法務部へは報告しなかった(<証拠略>)。

イ  原告は,弁護士会照会によっても思ったような効果がなかったことから,C本部長や法務部に事前に連絡することなく,同年4月1日,別件訴訟を提起した。

ウ  別件訴訟の訴状には,過激な内容にしたいとの原告の意向により,足利銀行やキャッツ事件で国民の公認会計士に対する不信感が増大しているが,両社の監査法人に属する公認会計士が協会の会長と常任理事を務めているといった記載もされていた。(<証拠略>)

エ  原告は,同日,C本部長に別件訴訟提起の事実を告げ,C本部長は,原告に対して,直ちに法務部に別件訴訟提起の事実を伝えるよう指示し,原告は,同日,B弁護士に対し,訴訟を提起した場合には報告する必要があると言われているとして,別件訴訟を提起したことを告げ,訴状の写しをB弁護士に交付した。

オ  B弁護士は,F室長を呼び,原告から事情を聴取した。その際,原告は,別件訴訟の請求は,原告が昇進・昇給で不利益を受けることを理由としているが,実際には,昇進・昇給に影響はなく,方便として主張している,原告代理人弁護士に相談したところ,本件行為規範3は,訴訟提起について事前報告を求めるものでないとの見解であり,事前に報告すれば,別件訴訟の提起を止めるよう言われるのはわかっていたので,別件訴訟提起前には報告しなかったなどと説明した。F室長及びB弁護士は,原告に対して,かかる根拠薄弱な請求原因で訴訟を提起して本件留意点の撤回を求めるのは,極めて不適切であり,本件行為規範3及び事前の指示に反したことは,極めて遺憾であるとして,注意を与えた(<証拠略>)。

(8)  原告は,別件訴訟の提起について,顧客・同業他社の社員・マスメディア等に対し,被告のメールアカウントを使用して,別件訴訟を提起した同月1日午前11時ころから午後2時30分ころまでの間,相手ごとに挨拶文が異なる52件のメールを送信し,また,同日午後7時台に5件,同日午後11時台に8件,同月6日午前10時39分に1件,同月7日午前9時55分に1件,それぞれ同内容のメールを送信した(<証拠略>)。

(9)  原告は,同月1日,別件訴訟提起後,C本部長,広報部,法務部に事前に連絡することなく,司法記者クラブに対し,別件訴訟の提起に関する声明などの資料を配付したが,反響はなかった(<証拠略>)。

(10)  原告は,同月2日,C本部長や法務部に事前に連絡することなく,断らずに,公認会計士・監査審査会に対して,別件訴訟の提起について,厳正な監督を求めるとの内容証明郵便を差し出した(<証拠略>)。

(11)ア  F室長,B弁護士及びC本部長は,同月7日,原告に対し,別件訴訟を提起する前に直属の上司又は法務部に相談することを怠ったとして,本件譴責処分を通告するとともに,別件訴訟を直ちに取り下げるよう勧告したが,原告はこれに応じる姿勢を示さなかった(<証拠略>)。

イ  C本部長は,同月14日,本件留意点についての対策を検討するため,社内の税務の専門家,PRマネージャーらを集めてワーキンググループを立ち上げ,原告も出席して,本件留意点への対応が検討された。ワーキンググループの見解としては,協会との話合いにより本件留意点の改善を求めることとし,別件訴訟は適切でないとの見解が示されたが,原告は,別件訴訟の取下げに応じなかった。(<証拠略>)

ウ  B弁護士らは,同月16日,原告及び原告代理人弁護士に対し,別件訴訟の取下げを勧告したが,原告はこれに応じる姿勢を示さなかった。

エ  D統括本部長及び法務部長G(以下「G法務部長」という)は,同月19日,原告に対し,別件訴訟を取り下げれば,これまでの原告の行為を不問にすると説得した。その際,D統括本部長から別件訴訟の提起について顧客等に知らせていないかと問われた原告は,これを否定した。

オ  G法務部長,F室長,B弁護士及びC本部長は,同月21日午前,口頭で別件訴訟の取下げを勧告し,自宅待機を命じた(<証拠略>)。

カ  G法務部長,人事部長H,F室長及びC本部長は,同日午後,原告に対して,文書により同月23日午後5時までに別件訴訟取下げに同意するとの文書を提出するよう命じた(<証拠略>)。

キ  原告は,同月23日午後5時前,被告に対し,別件訴訟取下げの業務命令には従わないとの通知をし,また,本件譴責処分の無効確認を求める訴訟を提起した。

(12)  この間,原告は,原告訴訟代理人弁護士に対し,C本部長について,「かわいそうにもう完全に頭がキレています。」,B弁護士について,「あれ,エリートなんでしょうか?」「ちゃかしておきます。」とのメールを送信し,また,部外者に対して,B弁護士について,「私の弁護士が(会社の社内弁護士があまりにトロイので)笑っています。」とのメールを送信していた(<証拠略>)。

(13)  被告は,同月26日,原告を懲戒解雇した(本件懲戒解雇)。

(14)  同年5月20日,ワーキンググループのミーティングにおいて,協会と意見交換をしたIから,協会は,別件訴訟が係属中であるので公式の場を設けて話し合うことは控えたいとの意向であることが報告された(<証拠略>)。

(15)  被告は,同年9月6日,原告を普通解雇した(本件普通解雇)。

(16)  被告は,法令違反行為があったとして,金融庁から,平成14年2月4日から同年3月8日までの間の業務停止命令及び業務改善命令を受けるなどした。被告は,当該法令違反行為に関与した従業員を普通解雇した。(<証拠略>)

(17)  原告は,本訴において,被告がフラット為替の購入者から徴している確認書のひな型を提出した(<証拠略>)。

(18)  当庁は,別件訴訟について,平成17年2月28日,本件留意点の内容は妥当であり,協会に違法行為は認められないとして,原告の請求を棄却する判決を言い渡した(<証拠略>)。

以上のとおり認められ,前掲各証拠のうち前記認定に反する部分は採用できない。

2  争点1について

(1)  本件留意点に関する原告による一連の行動の性質並びにそれに対する被告による規制の可否及びその範囲

ア 原告は,本件留意点に関する一連の行動について,飽くまで個人として行っている私生活上のものであり,被告の事業活動とは無関係であると主張するところ,労働者はその労働力の処分を使用者に委ねたにすぎず,国民としての権利行使を妨げられることはない。そして,原告は,憲法上,裁判所において裁判を受ける権利,一切の表現の自由(検閲の禁止),通信の秘密を保障されており(憲法21条1項・2項,32条)。(ママ)また,従業員個人が民事訴訟の当事者となっている場合(以下「個人訴訟」という),その法的効果が使用者に及ぶことはない(民事訴訟法115条)。

イ もっとも,従業員の私生活上の行為であるとしても,使用者の利益に影響を及ぼす場合があり得るところ,従業員は,労働契約上の誠実義務として,業務の内外を問わず,使用者の利益に配慮し,誠実に行動することが要請されるのであり,個人訴訟が使用者の利益を害することとなれば,使用者から誠実義務違反を問われることとなる。

ウ そうだとすると,使用者は,従業員の私生活上の行為が被告の利益を害すると判断した場合,従業員個人に対して,かかる行為を任意に修正することを要請し,また,その前提として,従業員に対して,事前に予定された行為の内容の報告を求めることは,公序良俗に反しないと解される。さらに,従業員の私生活上の行為によって,使用者の利益が害された場合,使用者は,従業員に対して,事後的に労働契約上の誠実義務違反を問うことができると解される。

エ ところで,本件留意点に関する原告の一連の行動については,形式上,原告個人として行動しているといわざるを得ないものがあり,そのようにすることを被告から命じられたものでもないが,その目的は,被告の業務として行っているフラット為替の営業活動の障害となっている本件留意点を排除し,もって販売実績を上げることにある以上(認定事実(2)ウ,(5)ないし(7)の各ア),被告の事業活動としての実質的側面を有するといわざるを得ない(この点,別件訴訟における損害の内容は,原告の経済的損失及び精神的苦痛とされているが(争いがない事実等(7)ウ),これらは,原告の純粋な私生活領域における問題でなく,被告における稼働を前提とするものである)。

オ そうだとすると,前記ウにかかわらず,被告の利益が害されることが明白である場合,被告は,原告に対して,かかる結果を招来する行動を回避することを事前に業務として命令できる解(ママ)するのが相当である。

カ そして,被告が就業規則,本件行為規範,本件CPによって従業員の行為を規制しているのは,以上の趣旨によるものと解するのが相当である。

キ なお,本件留意点に関する原告による一連の行動のうち,形式上も被告の事業活動の一環として行われているものがあれば,それらが就業規則,本件行為規範,本件CPの規制の対象となることは明らかである。

(2)  本件非違行為<1>について

ア 原告は,本件雑誌記事の掲載について,事前にC本部長に本件原稿を見せたものの,C本部長から指示された法務部及び広報部の事前許可を得なかったものである(認定事実(4)ウ,エ)。

イ この点,本件雑誌記事は,被告から業務として命じられて掲載されたものでなく,「金融アナリスト X」名義で掲載され,末尾には,本稿は筆者の私見によるものであり,筆者の所属するあらゆる組織の意見でないとの断りがされている以上(認定事実(4)イ,エ),形式上は,原告個人の行為というべきである。

ウ そして,本件雑誌記事は,本件留意点の問題点を論理的に指摘するに留まらず,協会や公認会計士を非難する表現もとられているが(争いがない事実等(7)ア,認定事実(4)イ),学術論文ではないのであるから,かかる表現がとられているからといって,被告の利益が明らかに害されるとまでいうことはできない。

エ したがって,本件雑誌記事の掲載について,被告の事前許可が要るものでなく,また,個人名義での表現行為であることからすると,原告が本件行為規範1に違反したということも困難である。

オ そうすると,本件非違行為<1>については,原告が,C本部長の指示に反して,法務部及び広報部に本件原稿を事前に見せなかったという限度で,業務命令違反(就業規則7条違反)になるというべきである。

(3)  本件非違行為<2>について

ア 原告は,社費で購入した本件雑誌記事150冊分を被告の経費で営業先の企業に送付したが,その際,協会や5大監査法人を揶揄し,挑発する内容の書簡を同封した(前記認定(4)ケ)。

イ 原告の行為は,形式上も被告の業務として行われたものといわざるを得ないから,原告は,本件行為規範1,就業規則8条に違反したというべきである。

ウ なお,この点に係るC本部長の指示が,既存顧客10社程度に限定して本件雑誌記事の送付を許可したものかについては,本件証拠上判然とせず,原告の業務命令違反の事実は認められない。

(4)  本件非違行為<3>について

ア 原告は,ACCJの影響力を使って,本件留意点を変えさせるため,平成15年10月6日,C本部長,法務部ないし広報部に事前に報告することなく,ACCJに対して,本件雑誌記事を送付したが,被告の社員であることを表す名刺とともに,協会や主要会計士事務所の監査能力をお粗末と表現するなど挑発的な内容の書簡を同封した(前記認定(4)ク(ア))。

イ この点,原告は,本件雑誌記事に同封した書簡には,この問題を個人の資格で扱うとしているが,敢えて被告の社員であることを表す名刺を同封しており(同前),送付を受けたACCJが,被告に原告の前記書簡の内容に鑑みてその行動を報告していること(同(イ))からすると,原告は,形式上も被告の業務の一環として,前記(ア)の行為を行ったといわざるを得ない。

ウ そうすると,原告は,本件行為規範1,就業規則7条,8条に違反したというべきである。

(5)  本件非違行為<4>,<5>,<12>について

ア 原告は,平成15年10月半ばころ,C本部長から,今後,本件留意点について対外的行動をとる場合には,事前にC本部長及び法務部の許可を得るよう指示を受けていたが(認定事実(4)ク(オ)),C本部長や法務部に事前に連絡することなく,同月15日,協会に対して,本件留意点を「珍奇」と表現して協会を非難し,本件留意点の撤回を求める内容証明郵便を差し出し(同(5)ア),同月16日,5大監査法人に対して,本件留意点を盲信することは国益を害するなどとその姿勢を非難する内容証明郵便を差し出した(同(5)イ)。

イ また,原告は,平成16年1月16日,B弁護士らから,本件留意点に関して行動をとる場合には,必ず事前に上司ないし法務部の承認を得なければならないと注意されて,これを了承していたが(同(6)ウ(ア)),同年4月2日,上司及び法務部に報告することなく,公認会計士監査審査会に対して,別件訴訟の提起について,厳正な監査を求めるとの内容証明郵便を差し出した(同(10))。

ウ これらの内容証明郵便は,原告個人名で差し出されたものであり,形式上は,原告個人の行為といわざるを得ない。

エ ところで,公認会計士監査審査会に対する内容証明郵便が,被告の利益を明白に害するものということはできず,また,協会や5大監査法人に対する内容証明郵便も,原告個人名義で差し出されていることに照らすと,被告の利益を明白に害するとまでいうことはできない。

オ したがって,被告が原告に対して,これらの内容証明郵便について,事前に許可を得るよう求めることはできず,原告は,事前に内容証明郵便の内容を被告に報告しなかった点において,業務命令違反(就業規則7条違反)があるに留まる。

カ なお,5大監査法人に対する内容証明郵便については,直ちに不適切な表現が含まれているということはできないが,協会に対する内容証明郵便については,本件留意点を「珍奇」と表現している点において,協会を侮蔑するものであり,不適切な内容を含み,この点において,原告に本件行為規範1違反が認められるというべきである。

(6)  本件非違行為<6>について

ア 原告は,平成16年1月8日,C本部長や法務部に事前に連絡することなく,協会及びaに対する弁護士会照会を行った(前記認定(6)ア)。

イ これらの弁護士会照会は,原告個人名義で行われたものであり,形式上は,原告個人の行為といわざるを得ない。

ウ そうだとすると,原告は,事前に弁護士会照会の内容について,被告に報告しなかった点において,業務命令違反(就業規則7条違反)があるに留まるというべきである。

エ なお,被告は,弁護士会照会の申出の内容を虚偽のものとするが,原告の給与は,原告個人の営業成績のみに基づかずに総合的に評価されて決定されており(認定事実(1)カ),営業成績が下がったからといって,直ちに給与額が下がるという関係は認められないものの(同オ),原告個人の営業成績が原告の給与額を算定する際の考慮事情となっていることは明らかであり,原告において,本件留意点が将来的に原告の賃金に悪影響を及ぼす可能性があると考えたことに合理性がないということはできない。したがって,弁護士会照会の申出の内容を虚偽と断ずることはできない。

(7)  本件非違行為<7>,<8>について

認定事実(6)ウ,(7)アによれば,原告について,本件非違行為<7>,<8>の各事実が認められる。なお,認定事実で認定した経緯からすれば,B弁護士が,本件雑誌記事を主導したのが原告であるとして,原告についてのみ社外事業活動届の提出を求めたとしても,不合理ということはできない。

(8)  本件非違行為<9>について

ア 原告は,<1>平成15年10月半ばころ,C本部長から,今後,本件留意点について対外的行動をとる場合には,事前にC本部長及び法務部の許可を得るよう指示を受け(認定事実(4)ク(オ)),また,<2>平成16年1月16日,B弁護士らから,本件留意点に関して行動をとる場合には,必ず事前に上司ないし法務部の承認を得なければならないと注意されており(同(6)ウ),それにもかかわらず,C本部長及び法務部のいずれに対しても事前に報告することなく別件訴訟を提起した(同(7)イ)。

イ 別件訴訟の原告は,原告個人であって被告ではないから,形式上は,原告個人の行為である。

ウ(ア) そして,被告は,協会という公的団体が正規の手続を経て出した本件留意点について,訴訟という手段で変更を迫るというのは,一流金融機関の従業員の行動として,奇矯かつ非常識なものであり,かかる行為を被告の,しかも,高い地位にある従業員が行っていることが,被告の信用に極めて重大な悪影響を及ぼすものであることは多言を要さず,不適切な行為又は不適切と見える行為に当たると主張するが,別件訴訟の提起について,司法記者クラブからの反響はなかったものであり(認定事実(9)),かかる評価が成立すると一概にいうことはできない。

(イ) また,別件訴訟の訴状の損害にかかる主張を虚偽と断ずることができないのは,前記(6)エのとおりである。

(ウ) さらに,別件訴訟における原告の訴訟活動が原因で,f社が不利益を被ったと認めるに足る的確な証拠はなく,f社がaから本件留意点を遵守するよう求められたとしても,本件留意点は,別件訴訟の1審判決で妥当と判断されている以上(認定事実(18)),これを不利益ということもできない。

エ そうだとすると,別件訴訟が,その提起時において被告の利益を害することが明白であったということはできないから,原告は,別件訴訟の提起について事前に被告に報告しなかった限度において,業務命令(就業規則7条),本件行為規範6違反に該当するものである。

オ なお,本件行為規範6における「民事訴訟」「の当事者となったとき」とは,民事訴訟の原告の場合は,原告となることを決めたときの意味であると解するのが相当である(ママ)

(9)  本件非違行為<10>について

ア 原告は,C本部長,広報部,法務部に事前に連絡することなく,司法記者クラブに対し,別件訴訟の提起に関する声明などの資料を配付した(認定事実(9))。

イ 当該記者発表は,原告個人名義で行われたものであり,形式上は,原告個人の行為といわざるを得ず,しかも,記者からの反響はなかったものである(同前)。

ウ そうだとすると,原告は,事前に当該記者発表について,被告に報告しなかった点において,業務命令(就業規則7条),本件行為規範3,本件CP違反があるに留まるというべきである。

(10)  本件非違行為<11>について

ア 原告は,顧客・マスメディア・同業他社の従業員に対して,被告のメールアカウントを利用し,67件のメールをその一部は勤務時間中に送信して,別件訴訟を提起したことを周知したものであるが(認定事実(8)),相手ごとに挨拶文を書き換えていること(同前)からすると,当該メールの送信は,被告の事業活動の一環として行われたというべきである。

イ しかしながら,当該メールの送信によって,被告の信用が毀損されたとか,その具体的危険があったと認めるに足る的確な証拠はなく,原告が就業規則7条,8条,本件行為規範1に違反したとすることは困難である。

(11)  本件非違行為<13>について

認定事実(8),(11)エによれば,原告について,本件非違行為<13>の事実が認められる。

(12)  本件非違行為<14>について

ア 原告は,被告から別件訴訟を取り下げるよう命じられたが,これに応じなかったものである(前記認定(11))。

イ 別件訴訟の原告は,原告個人であって被告ではないから,形式上は,原告個人の行為である。

ウ そして,別件訴訟の係属が,被告の利益を害することが明らかと認めるに足る証拠はない(前記(8)ウ)。

エ よって,原告は,被告から別件訴訟の取下げを命じられたとしても,これに従う理由はなく,原告が別件訴訟を取り下げなかったことをもって,就業規則7条,8条ないし本件行為規範1,6に反したとすることはできない。

(13)  本件非違行為<15>,<16>について

認定事実(3)によれば,原告について,本件非違行為<15>,<16>の事実が認められる。

3  争点2について

(1)  前記2によれば,原告については,次の非違行為が認められる。

ア C本部長の指示に反して,法務部及び広報部に対し,事前に本件原稿を見せなかった業務命令違反(就業規則7条違反)

イ 被告の業務として,社費で購入した本件雑誌記事150冊分を被告の経費で営業先の企業に送付した際,協会や5大監査法人を揶揄し,挑発する内容の書簡を同封した本件行為規範1,就業規則8条違反

ウ 被告の業務として,ACCJに対して,被告に無断で,本件雑誌記事を送付し,協会や主要会計士事務所の監査能力をお粗末と表現するなど挑発的な内容の書簡を同封した本件行為規範1,就業規則7条,8条違反

エ 協会,5大監査法人及び公認会計士監査審査会に対して,被告に事前に報告することなく,内容証明郵便を差し出した業務命令違反(就業規則7条違反)

オ 協会に対して,本件留意点を「珍奇」と表現し,協会を侮蔑する内容証明郵便を差し出した本件行為規範1違反

カ 協会及びaに対して,被告から指示を受けていた事前報告をせずに,弁護士会照会を行った業務命令違反(就業規則7条違反)

キ 本件雑誌記事について,会社の指示に反して,社外事業活動に関する届出を怠った業務命令違反(就業規則7条違反)

ク 上司と法務部の指示に反して,弁護士会照会に対するa及び協会から回答があったこと並びにその回答内容を被告に報告しなかった業務命令違反(就業規則7条違反)

ケ 別件訴訟の提起について事前に被告に報告しなかった業務命令(就業規則7条),本件行為規範6違反

コ 別件訴訟に係る記者発表について,事前に被告に報告しなかった業務命令(就業規則7条),本件行為規範3,本件CP違反

サ 上司から,別件訴訟について,被告従業員や顧客等に事実を伝えたかについて問われた際,かかる事実があるにもかかわらず,伝えていないと虚偽の回答をした本件行為規範7違反

シ フラット為替を売り込んでいたf社の依頼に基づき,aに対する質問書を作成して,原告訴訟代理人を通じてaに送付したり,当該質問書の作成を法務部の承認を得ずに原告訴訟代理人弁護士に依頼していた就業規則7条,本件行為規範2,4違反

(2)  以上の原告の行為は,就業規則,本件行為規範,本件CPに違反するものであり,就業規則41条による懲戒の対象となるものであるところ,懲戒権の行使は,規律違反・利益侵害に対する制裁として,その規律違反・利益侵害の種類・程度その他の事情に照らして相当なものでなければならず,相当性を欠く場合には懲戒権の濫用として,当該懲戒処分は無効となる。就業規則41条において「違反行為の程度に応じ次のとおりの懲戒を行う」とされているのは,このような趣旨に基づくものと解される。

(3)  前記(1)によれば,原告は,本件留意点に関する一連の行動として,12に及ぶ非違行為を反復継続して行ったもので,これらは故意又は重大な過失に基づいて行われたものといわざるを得ず,規律違反の程度は重大というべきである。

しかし,これらの非違行為によって,被告が損害を被ったり,その具体的な危険が生じたとまでいうことはできない。この点,被告は,本件留意点について,原告と同様に否定的な見解をとっているのであり,原告との対立点は,本件留意点を撤回ないし改善させるまでのプロセスに留まる(認定事実(4)ウ,(11)イ)。

また,本件懲戒解雇の理由として,原告が別件訴訟の取下命令に従わなかったことが大きな比重を占めていることは明らかであるが,原告が別件訴訟の取下命令に従わなかったことが非違行為とならないことは,前記2(13)のとおりである。

さらに,被告は,金融庁から業務停止命令及び業務改善命令を受ける原因となった法令違反行為に関与した従業員について,懲戒解雇でなく,普通解雇に留めている(認定事実(16))。

そして,原告は,C本部長から専門知識や商品知識が非常に多いとして,積極的な評価を受け,その業務においても,平成14年に約6億円,平成15年に約4億円と多額の売上げにより,被告のために貢献していたものであるが(認定事実(1)オ,カ),懲戒解雇では,退職金の支給を受けることができなくなる(争いがない事実等(3)オ)。

以上からすると,原告について,懲戒処分として,退職金が支給されない懲戒解雇を選択することは,処分として重きに失するというべきであり,本件懲戒解雇は,懲戒権を濫用したものとして無効とするのが相当である。

4  争点3について

(1)  前記3のとおり,原告は,本件留意点に関する一連の行動として,12に及ぶ非違行為を反復継続して故意又は重大な過失に基づいて行ったもので,規律違反の程度は重大であり,自己の意に沿わない上司の指揮命令には服さないという原告の姿勢は顕著かつ強固であるといわざるを得ず,このことは,原告が,上司であるC本部長やB弁護士を小馬鹿にしていること(認定事実(12))からも明らかである。

(2)  そうだとすると,従前の原告の勤務態度に問題がなかったとしても,これら12に及ぶ原告の非違行為によって,原被告間の信頼関係は,既に破壊され,それが修復される可能性はないといわざるを得ないから,原告について,雇用の継続を困難とする重大な事由(就業規則34条(e))があり,客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められない場合には当たらないというべきである。よって,本件普通解雇は有効である。

(3)  この点,原告は,被告における違法行為を問題とするが,仮にそのような行為があるとしても,原告の非違行為とは無関係の内容であって,本件普通解雇の有効性を左右するものではない。

(4)  また,被告は,被告が本件懲戒解雇に伴う解雇予告手当として原告に支払った183万3333円について,本件懲戒解雇が無効であることが確定するのと同時に,本件普通解雇に伴う解雇予告手当に充当することを指定するとしているのであるから,本件普通解雇の効力が否定されるものでもない。

5  争点4について

以上からすると,原被告間の雇用契約は,本件普通解雇によって終了しており,現時点において,原被告間に本件譴責処分の付着しない労働契約は存在しないこととなる。そして,原告が,本件普通解雇までの間において,本件譴責処分によって賃金面その他で不利益を受けたことを認めるに足る証拠はないから,本件普通解雇時までの本件譴責処分の付着しない労働契約の存在という過去の法律関係について,確認を求める利益はないというべきである。そうだとすると,地位確認について一部認容する必要はないから,本件譴責処分の有効性について判断する必要はない。

6  結論

(1)  以上によれば,本件懲戒解雇は無効であるが,本件普通解雇は有効であって,原被告間の労働契約は,平成16年9月6日をもって終了したものであり,原告の本訴請求は,本件懲戒解雇から本件普通解雇までの間に支払われるべき賃金の支払を求める限度で理由があるところ,その内容は次のとおりとなる。

ア 同年6月20日に支払われるべき183万3333円及びこれに対する同月21日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金

イ 同年7月20日に支払われるべき183万3333円及びこれに対する同月21日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金

ウ 同年8月20日に支払われるべき183万3333円及びこれに対する同月21日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金

エ 同年9月1日から同月6日までの日割賃金36万6666円及びこれに対する同月21日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金(各暦月の途中で退職する社員の基本給は日割計算によるとされている。就業規則31条,<証拠略>)

オ 以上合計元金586万6665円,これに対する各支払日の翌日から口頭弁論終結日である平成17年3月18日までの確定遅延損害金22万7954円及び元本に対する同月19日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金

カ なお,原告は,同年5月20日支給分の賃金を請求しておらず,また,交通費月額9940円は,原告が現実に出勤していない以上,請求することはできない。

(2)  よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 增永謙一郎)

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