東京地方裁判所 平成16年(ワ)9478号 判決 2006年4月07日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
道本幸伸
同訴訟復代理人弁護士
渡瀬耕
同
道本周作
被告
ヤマト運輸株式会社
同代表者代表取締役
A
被告
Y1
被告
Y2
被告
Y3
被告ら訴訟代理人弁護士
有賀正明
同
桑村竹則
有賀正明訴訟復代理人弁護士
大坪麗
主文
1 被告ヤマト運輸株式会社,同Y1及び同Y3は,原告に対し連帯して,金1520万7811円及びこれに対する平成13年7月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,これを10分し,その6を被告Y2以外の被告らの負担とし,その余は原告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 被告ヤマト運輸株式会社,被告Y1,被告Y3は,原告に対し,連帯して1941万6256円及びこれに対する平成13年7月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告ヤマト運輸株式会社,被告Y1,被告Y2は,原告に対し,連帯して560万円及びこれに対する平成14年11月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,訴外有限会社a(以下「a社」という。)の従業員であった原告が,被告ヤマト運輸株式会社(以下「被告ヤマト」という。)の営業所構内で同社の従業員である被告Y3の運転するフォークリフトが原告に衝突する事故(以下「本件車両事故」という。)に遭ったことによる損害賠償(被告ヤマト,同Y1及び同Y3に対して)並びに被告ヤマトの上記営業所へ出入りしている業者の従業員らと被告ヤマトの従業員である被告Y1,同Y2が共謀して原告に暴行を加えた事件(以下「本件暴行事件」という。)が共同不法行為に該当するとして受けた被害による損害賠償(被告ヤマト,同Y1及び同Y2に対して)をそれぞれ請求した事案である。
なお,被告ヤマトは,当初,本訴提起時ヤマト運輸株式会社であったところ,分割によりヤマト運輸株式会社とヤマト運輸分割準備株式会社となり,貨物自動車事業その他すべての営業を後者が承継し,前者は持株会社となり商号をヤマトホールディングス株式会社とし,後者が商号をヤマト運輸株式会社と変更し,平成17年11月1日,吸収分割により,その営業の全部をヤマト運輸株式会社(旧商号ヤマト分割準備株式会社)が承継して,ヤマト運輸株式会社が被告の地位を承継している。
1 前提事実(当事者間に争いがないか証拠等により容易に認定できる事実)
(1) 原告は,当時(本件車両事故及び本件暴行事件当時を指す。以下同様)のa社の社員であり,本件車両事故及び本件暴行事件の被害者である。
被告ヤマトは,東京都中央区に本店を有し,運輸事業を主体として手広く事業を営む東京証券取引所1部上場会社である。
訴外b運輸株式会社(以下「訴外b運輸」という。)は,当時,訴外M(以下「訴外M」という。)の雇用主であった。
訴外株式会社c(以下「訴外c社」という。)は,当時,訴外N(以下「訴外N」という。)の雇用主であった。
被告Y1は,当時,被告ヤマトのd支店長であり,本件車両事故当時,同支店d中央営業所所長であった。
被告Y2は,当時,被告ヤマトの社員であった。
被告Y3は,当時,被告ヤマトの社員であり,本件車両事故において加害車両の運転をしていた者である。
(2) 本件車両事故
a社は,被告ヤマトのd支店(e区所在)からe区fサテライトセンターへの荷物の搬送を行っていた。a社は,その業務を原告に担当させていた。原告はa社の車を運転して,d支店に行き,指定された荷物を車に運び込み,e区fサテライトセンターで降ろすという作業を一人で行っていた。
平成13年7月31日午前6時過ぎころ,原告は,いつもの通り,a社の貨物自動車を運転して,被告ヤマトd支店へ行き,荷さばき場において荷物の積み込み作業に従事していたところ,後方からフォークリフト(本件車両)が原告に衝突し,原告は前方へはじき飛ばされた。原告は一瞬何が起こったか分からなかったが,右足の足首がフォークリフトの左後輪の下敷きになっていた。当該フォークリフトは被告Y3が運転しており,バック進行のまま原告の後ろから衝突したものであった。
(3) 本件暴行事件
原告は,平成14年11月19日正午ころ,被告ヤマトのd支店の構内で,訴外Mから顔面を殴られ,前歯2本が折れるなどの傷害を負った。
(4) 本件車両事故は,加害車両を運転していた被告ヤマトの社員である被告Y3が就労中に引き起こしたものであり,同人が本件事故における加害車両の運転手として原告に対して不法行為責任を負う場合,被告ヤマトは使用者責任を負う。
(5) 原告は,本件車両事故については被告ヤマト,同Y3及び事故現場の監督をしていたとして被告Y1を相手に損害賠償を,原告の雇用主であったa社に対しても安全配慮義務違反による債務不履行及び不法行為を理由に上記関係者と連帯した損害賠償を求めて,本件暴行事件については,訴外M,同Nは暴行傷害の直接の加害者として,被告Y1は同事件の実質的首謀者として,被告Y2は同事件の加担者として,訴外b運輸,同c社及び被告ヤマトは上記各人の使用者として共同不法行為を理由に連帯した損害賠償を求めて,平成16年4月30日付で本訴を提起した。(当裁判所に顕著な事実)
(6) 被告らを除く訴外人らとは本件各事件について訴訟上の和解が成立した。
(当裁判所に顕著な事実)
2 争点及びこれに対する当事者の主張
(一) 本件車両事故について
(1) 事故態様とその後の経緯(事故隠しの有無)
【原告の主張】
被告ヤマト提出の写真(平成16年9月8日付準備書面(1)添付のもの)では,事故発生時の現場が人も荷物も閑散としているが,前の晩の21時頃から翌朝8時頃までは荷物の搬入,搬出が行われ,特に早朝は,人,荷物,駐車車両で満杯の状態である。
このような時には,フォークリフトはA地点(原告平成17年2月8日付準備書面(5)添付現場見取図),被告ヤマト提出の写真のトマレ位置までしか入ることができない。然るに,被告Y3は,B地点(原告平成17年2月8日付準備書面(5)添付現場見取図)まで侵入し,荷物や作業員のため通路が狭く,旋回できないため,バックで戻ろうとし,原告と衝突した事故である。これは,労働安全衛生規則151条の7で禁止されている行為であり,また,被告ヤマトの社内規則でも禁止されている。
原告はg病院で受領した診断書を平成13年8月4日ころa社に提出した。すると,同日深夜,被告ヤマトに頼まれたと称する見知らぬ男から自宅に電話があり,「ヤマトの車に轢かれて,骨折したというのは都合が悪い」と言い,「ヤマトは事故とは一切関係ないという一札を入れろ。おまえの骨折は自分の不注意で荷物を落としたことにしてあるからその書類にはんこを押せ」と一方的に通告された。
後日,社会保険労務士Kと名乗る者が原告を呼び出し,労災申請書類を原告に示しながら,g病院に提出するよう指示した。当該書類には原告が自分の足の上に物を落とした自損事故である旨記載されていた。事故原因が事実に反することから,原告はKの要請を拒否したものの,同書類はg病院に提出され,医師から足関節やふくらはぎから足の裏部分の治療はしない,骨折の一点だけしか治療できないと言われた。
【被告らの主張】
a社,b運輸,c社といった訴外各会社と被告ヤマトとは,傭車契約(委託関係)はあるが,下請契約関係はない。
事故態様は,原告の右足が被告Y3運転のフォークリフトの右後部に衝突されて本件事故が生じたものである。訴状添付のイラストは事故状況と異なっており間違いである。本件事故はフォークリフトと原告がお互いにバック状態のまま衝突したものである。
作業場には,当時作業員との衝突防止等,事故防止のため黄色のペイントによってフォークリフトの通行路が指示区分されていたが,本件事故は原告が黄色ペイント内のフォークリフトの通行路に入り込んで生じた事故である。
被告ヤマトは,労働安全衛生規則151条の3により作業計画を定め,これにより作業していた。ただし,早朝のこととあってブザーを切っていたことは認める。事故は平成13年7月31日午前6時過ぎに発生したものであり,この時,原告もフォーク運転の被告Y3も早朝作業の最中であった。フォークリフトは後進の際はブザーが鳴るようになっているが,早朝作業時のこととて近隣からの苦情も厳しいため鳴らないようにしてあったが,原告は毎朝早朝作業に従事していたものであって,このことは充分承知していた。
したがって,被告Y3には過失はない。
被告Y1は,「フォークリフト安全作業マニュアル」に準拠し,安全教育を実施していた。したがって,被告Y1には注意義務違反はなく,同人は当日の早朝の事故時にはまだ出勤していなかった。
したがって,被告ヤマトは使用者責任を負わない。
(2) 損害状況及び賠償金額
【原告の主張】
原告は事故直後,右足首及びふくらはぎを中心によるかなりの痛みを感じていたが,足を引きずれば動ける状態であったため,また,下請運輸会社の社員として元請け会社である被告ヤマトに対する遠慮があったこともあり,救急車を呼ぶことはせず,自宅に戻った。
翌日(平成13年8月1日),原告は社団法人h会・g病院の整形外科で診察を受け,右足首骨折と右足関節やふくらはぎから足の裏に及ぶ内出血と,アキレス腱損傷と診断された。
原告は,g病院に平成14年9月ころまで通院していたが,骨折の症状は固定化しているとのことで治療は終了したが,足部分の3か所に頑固な神経症状が残っている。
原告が本件車両事故により被った損害は,別紙損害一覧表のとおりである。
原告の治療経過は次のとおりである。
1.平成13年7/31 受傷(フォークリフトによって腰と足を受傷)
2.同年8/3 g病院で診察
主訴「7/31 フォークリフトに足を踏まれた」
病歴 皮下出血++,足の痛み+,足のふやけ現象
所見 右第一中足骨骨折 転位 軽度
3.同年8/6 g病院で治療 全治2か月の見込み(診断書)
4.同年8/11,27,9/27,10/5,18,25,11/1,15と治療継続。痛みが続く。アーチサポートをしていても痛む。痛みの薬を飲んでいるとお腹が張ってしまう。このため逆流食道炎との病名が追加された。
5.同年11/29,平成14年1/28,2/7 治療継続。痛みが続く。右アキレス腱周囲炎の病名追加。
6.平成14年4/25,5/13,6/20,8/1,9/12 歩くと痛みがでる。変形性足関節症の病名追加。
7.同年11/26よりi医大整形外科に転院して治療。10メートルの歩行で痛みがある。変形性足関節症と診断される。
8.同年12/2 g病院にて治療。
9.平成15年11/13 i医大整形外科・神経内科診察(暴行の治療を兼ねる)
10.平成16年1/13,27,2/16,26,3/8,4/19,28,5/18,6/2,7/6 i医大整形外科通院(暴行の治療を兼ねる)
11.現在 なおフォークリフトが載った箇所に痛みが強く残っている。
本件車両事故による後遺症については,原告は,平成16年11月24日にg病院Q医師の診察を受けた。同医師は,右足背及び足関節部に広範に圧痛や運動痛があり,階段昇降で痛むとの愁訴を確認し,レントゲンを撮影した。その結果「第1中足骨基部でのリフランス関節は高度の変形性関節症に陥っており,外傷後OAと考えられる」との診断であった。さらに足関節の関節可動域について,顕著に運動範囲が狭められていることや,母趾MTPにおいても可動域に制限が認められている(甲17)。同医師は事故と後遺症(変形性関節症)との間には,因果関係が認められるとして,フォークリフト事故による労災保険請求書の裏面になっている用紙に以上の内容の診断を記載したのである(甲17)。
フォークリフト事故の当初から,原告は,右足部にしびれと痛みがあり,その後も月に1~2回くらい通院していたが,痛みは退かず,平成14年9月頃には,右膝関節が抜ける感じがし始めた。最近では,右ふくらはぎの筋肉が引きつり,棒状に固くなり,痛みも加わった。そのため,平成17年1月12日に労災保険の障害補償給付を申請した。
【被告らの主張】
1.治療費
原告は,平成13年8月3日から平成14年12月2日までg病院に通院していたが,第1中足骨骨折だけの治療期間としては長期に過ぎる。原告の症状固定時期は明らかではないが,症状固定後の治療費については,治療の必要性が認められない。
2.休業損害
原告は,事故当日である平成13年7月31日は仕事を続け,翌日から仕事を休んだが,同年8月22日に仕事に復帰したのであるから(<証拠略>),原告が休業したのは21日間である。また,原告は,平成13年8月当時,時給1100円で雇用されており(<証拠略>),a社は1日1万2500円を「基本給」としていた(<証拠略>)。
したがって,これを基礎として,22日間分の休業損害を算定すべきである。
3.逸失利益
原告は,本件フォークリフト事故の後遺障害として併合11級に該当するとの認定を受けているが,認定医が作成した障害等級に関する意見書(<証拠略>)によれば「右足関節及び右足に頑固な疼痛を訴える。」,「右足関節の可動域障害を認めるが,X線の提出がなく,疼痛などの原因も不明である。」とされている。
なお,労災の障害等級認定を前提としても,原告の後遺障害等級は併合11級であることから,現実の労働能力喪失率が本来の11級と同様の20パーセントであるとはいえない。また,原告に頑固な神経症状があるとしても,それが67歳まで持続するとは限らない。原告の逸失利益の算定については事故当時の収入を基礎とすべきである。
(3) 過失相殺
【被告らの主張】
フォークリフト作業中は,危険防止のため仕分け作業中の人員はフォークリフトの誘導路線内への立入を禁止している。フォークリフトはフォークで荷を掬い取った後は,屋内のような狭い場所では旋回して前進することなく後進することになるので危険である。仕分け作業員などは身の安全を確保するため誘導路線内には立ち入らないのである。
ペイント(事故時は黄色)塗りの直線の枠内はフォークリフトの通路として画されている部分であって,この枠内では原告も作業をしてはならない部分とされているところであることを充分承知していたはずである。然るに,原告は本件事故時に不注意にもこれを侵して進入して来たため,折り悪く,フォーク通路を原告と90°交差する左方向から後進して来たフォークリフト後部と原告の足部が接触して,原告が本件負傷をしたものである。本件事故は原告の一方的過失により生じたものである。
ちなみに,フォークリフトは被告ら準備書面(1)添付写真の赤線内(事故時は黄線内)を走ってくるので,手前の赤線をもって画された地点で「トマレ」とあり「これより先一時停止の(ママ)意味で一時停止し,安全確認後建物の外に出て往来することになる。
よって,大幅な過失相殺をすべきである。
本件事故後,原告は病院にすぐには行かずに作業を続けており,病院に行ったのは事故から3日後の平成13年8月3日である。g病院の診断書によれば,原告の傷害は全治2か月であり,骨折の多くは適切な治療を行えば殆ど問題なく治癒するとされており,後遺障害が残ることもなかったはずである。安静加療が必要であるにもかかわらず,「痛みがないので歩き回」るなどしたり(甲9の1,同年8月13日),早期に仕事に復帰していたために症状が悪化したと考えられる。
したがって,原告には,損害の拡大についても大きな過失があるから大幅な過失相殺をすべきである。
【原告の主張】
本件車両事故は,本来仕分け作業中の人間がいるフロアーではフォークリフトを運転してはならないにもかかわらず運転したこと,後方の安全を確認せずに,バック走行したこと,バック走行の場合にはブザーが鳴るようになっているにもかかわらずそのスイッチを切っていたことによる。いずれも被告Y3の注意義務違反である(被告ヤマト本社の掲示板には,荷さばき時にはフォークリフトを使用してはならないと明記されていた。なお労働安全衛生規則151条の7にも明記)。また,被告Y1はd支店支店長として,荷分け作業場ではフォークリフトを運転してはならないことや,バック走行時のブザーを切ってはならないこと,周りの人間に十分注意して運転することを部下である被告Y3に,十分注意する注意義務を負担していたにもかかわらずそれを怠っていた。これらの注意義務違反により本件事故が発生した。
被告ヤマトが指摘する誘導路線は当時から立入禁止になっていない。この場所は午前3時から8時ころまで仕分けのために作業員が荷物と作業で混雑している場所であり,フォークリフトが侵入して作業をしてはならない場所である。
被告Y3は被告ヤマトから加重な労働時間を課されていた状態で仕事に従事したために,注意が散漫になったという側面がある。
事故発生時の朝6時頃は荷さばき作業の真っ最中で,搬出する荷物や荷さばきをする作業員で溢れ,荷物や空箱がフォークリフト誘導路線付近に散乱している状態である。原告は,荷物や作業員をかき分け,誘導路線内に入れ(ママ)なければ荷さばき場を歩くことすらできない。そのため,荷さばき終了までは,フォークリフトは荷さばき場内の立ち入りが禁止されている。即ち,トマレの位置までしかフォークリフトは入れないのである。
そもそもフォークリフトの誘導路線が黄色で表示されていたのは,荷さばき時には,作業員で溢れるので,フォークリフトの使用を禁止し,荷さばき終了後は,フォークの誘導路線なので,フォークも作業員も双方注意して進行するようにと言う意味合いであったと考えられる。事故当時,d支店を管轄する東京ベース(東京都品川区)の荷さばき場では「荷さばき場および荷さばき時でのフォークリフトの使用は絶対禁止」との張り紙がしてあった。被告ヤマトの他の従業員は,おおむねこれを守っていたが,被告Y3だけはいつもフォークリフトを乗り入れていた。
(二) 本件暴行事件について
(1) 行為態様
【原告の主張】
原告は,本件車両事故の事故隠し行為について,平成13年9月ころ高井戸署に被害届を提出した。そのころから原告が被告ヤマトd支店に行くと,被告Y2は,原告に「痛い目に遭いたくなければ怪我させられたことはなかったことにしろ」などと公然と原告を脅すようになった。被告Y2は,被告Y1に指示されて原告を脅していた。
また,被告ヤマトの下請業者である訴外b運輸及び訴外c社の従業員である訴外M及び同Nは,被告Y1の命を受け,被告Y2らと同調して原告に対し脅迫的言辞を弄するのみならず,訴外Nは,しばしば原告を羽交い締めにするなどの暴行を繰り返していた。被告Y1は,かような暴行を遠巻きにして見ていた。そもそも被告Y1が姿を現すと訴外Mらは原告に暴行をはじめるという関係にあった。
そして,平成14年11月19日正午ころ,いつもの通り原告がd支店に行ったところ,訴外Nが原告を後ろから羽交い締めにし,身動きできないようにした。すると訴外Mが原告の正面に回り込んで殴ろうとした。原告は羽交い締めにされながらも殴られないように訴外Mの手を押さえていた。しかし後ろから訴外Nが原告の体を揺さぶったために,原告は押さえていた訴外Mの手がはずれてしまった。その瞬間訴外Nは,同Mに対して「今だ。やれ!」と叫んだ。間髪を入れずに訴外Mは足を踏ん張って,拳で原告の顔面を強打した。一瞬原告は気を失ったが,見ると口から血が流れるように落ちて来た。何回殴られたか原告には記憶がない。原告は携帯電話で救急車を要請した。
その一部終始を被告Y1,同Y2は,全く止めもせず見ていた。それだけでなく被告Y2は,「やれやれ,殺していい」とまで言って訴外Nや同Mの暴行をけしかけていた。
救急車の後にパトカーも到着したが,原告が救急車に乗った時,被告Y1が,救急車に首をつっこんできて,原告に「ふざけていたんだよね」と言った。
【被告らの主張】
被告ヤマトは事故隠しなどしていない。被告らに関する原告の主張部分は否認し,その余の事実関係については不知。被告Y2が原告に暴行を加えた事実も被告Y1が被告Y2に指示した事実もない。
(2) 共謀の有無
【原告の主張】
被告ヤマトは本件車両事故が自らの責任であることを自覚していたので,これを隠蔽する工作を組織的に行ったのである。a社は隠蔽に協力したが被害者本人である原告が隠蔽を拒否したために,脅迫して黙らせようとし,なおも原告が頑なに拒否を続けていたために,本件暴行に至った。
被告Y1は,平成13年8月に原告から本件車両事故の診断書が提出された段階で,a社の社長と共謀して原告の事故を被告ヤマトとは関係のないものとして隠蔽することを指示していた。原告が警視庁等の相談に行くや,被告Y1は,被告Y2に口封じを指示した。被告Y2は,原告に「痛い目に遭いたくなければ怪我されたことはなかったことにしろ」と言って脅迫した。原告が被告Y2の脅迫にもかかわらず,被害届を提出したことによって,a社はやむなく労災として休業補償給付の申請をすることとしたが,その際この事故は,自分で怪我をしたことにするように要求した。
原告は,かような虚偽申告を拒否したために,a社は,休業補償の申請をするに際して,自損事故であるかのように記載した書面を勝手に偽造して申請した(甲9の1添付の休業補償請求書―この申請書の裏に災害の発生状況欄が記載されているが,その記載は,甲11と同じはずである。)。
原告が平成14年9月に弁護士に相談し,a社に対して調査の電話をしたことをa社の社長は被告Y1に直ちに報告するとともに,謀議の上,被告Y2他のヤマト従業員や下請会社を使って暴行,脅迫を行うこととした。被告Y1は,下請会社の訴外b運輸と同c社に指示し,それぞれの社員であるM,Nに口封じのための暴行を実行させた。その際,被告Y1は,暴行行為の見返りとして,訴外b運輸にfサテライトの仕事を,訴外c社にjサテライトの仕事を,訴外Mに原告が担当していた仕事を発注することを約束した。
被告Y1の指示を受けた被告Y2は,原告に対して労災隠しに協力しなければ,「bの社長に頼んで黙らせる(暴行する)」とか「フォークリフトに轢かれてありがとうございますと言わなければ仕事がなくなる」等と原告を脅迫し,被告ヤマトの従業員数名を従え,しばしばd支店内で原告を取り囲み「なかったことにしろ」と脅迫していた。また,a社も自損事故を認めなければ,何の補償もしないと言い続けた。
原告がかような脅迫に屈しなかったためにMとNが暴行の実行行為者となり平成14年11月19日の本件暴行事件に発展したものである。
本件暴行事件後,原告の告訴により刑事事件となった。訴外Mは高井戸署で暴行におよんだことを自白した。現在,傷害事件で審理されている。
【被告らの主張】
被告ヤマトは,労災隠しなどしていない。
被告Y1は,a社の社長から今回のフォークリフト事故はa社で労災処理するので,ヤマト側は何もしなくて構わないとの連絡を受けていたのであるから,労災事故隠しのために原告を脅したり原告に対する暴行を指示したりすることはあり得ない。また,被告Y1は,原告の怪我の程度についてはまったく知らなかった。よって,被告Y1には労災隠しをする理由はなく,被告ヤマトも同様である。
被告Y1は本件暴行事件に関与していない。同人は事件当時は不在であったのであるから,現場で暴行を指示することはありえない。
被告Y2は,本件暴行事件に関与していない。暴行事件の発生当時,被告Y2は,フォークリフトに乗車し,荷降ろし作業をしていたのであり,「やれやれ,殺していい」などと言って,訴外NやMの暴行をけしかけた事実はない。また,被告Y1が,被告Y2に,原告を脅すように指示したことはなく,被告Y2が原告を脅したり,訴外MやNに原告を暴行するよう強要したりしたことはない。
(3) 損害状況及び賠償金額
【原告の主張】
原告はi医科大学付属病院に搬送され,口腔外科の診察を受けたところ,前歯2本が折れ,他の2本が折れかかっているということであった。
原告は引き続き上記病院へ通院しているが,手のしびれや首が曲がらないという深刻な症状となっている。首の痛みによって意識を失うこともある。現時点でも通院治療を続けているが,重篤な後遺症が残ると予測される。現時点での原告の損害は別紙損害一覧表の通りである。
本件暴行事件直後は,i医科大学口腔外科で外傷性歯牙脱臼,歯根破折と診断された。歯が4本ぐらついていたが,その内2本は完全に折れており,保存不能とされ,歯科用セメントで補綴した状態である。歯の神経が抜かれているため,痛みは感じないが,歯の本来の機能は失われている。
本件暴行による傷害の6か月後から,左腕の感覚がなくなることがあり,首に痛みが発生し始めた。少し様子をみていたが一時意識を消失することもあり,右足痛も酷くなったので,平成15年11月13日i医科大学整形外科で再診を受けた。以後,月1度の割合で通院している。
本件暴行事件による治療費は,合計39万9925円である(<証拠略>)。今後もCT検査費用や甲号証に含まれない通院交通費などの出費があることを考え合わせ,60万円はかかる。傷害慰謝料については,平成14年11月から今日に至る3年2か月にわたって通院をしているから,206万円の通院慰謝料が相当となるが最低限150万円の補償がなされるべきである。後遺症損害については,原告が現在も頚肩腕症候群についての治療,同病院耳鼻科にて耳鳴りの治療,通院の便宜から自宅近くのk整形外科病院にて頚椎捻挫についての保存的治療及びi医科歯科大学医学部付属病院むしば科にて口腔内の治療を継続中である。さらに原告はときどき意識の喪失に悩まされているが,i医科歯科大学医学部付属病院の見解によれば,首の筋肉の異常から脳への血流がときどき途絶えることが原因である。以上のような後遺症障害は本件暴行事件後にしばしば見られるようになった症状であり,本件暴行と因果関係があるから最低でも14級程度の慰謝料(110万円)が支払われることが相当である。
【被告らの主張】
争う。
第3当裁判所の判断
1 証拠等によって認定できる事実
証拠(関係者各人の陳述書―<証拠略>のほかは各認定事実の末尾に掲記した)及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実を認定することができる。
(一) 本件車両事故
(1) 原告は,平成13年5月からa社のトラック運転手として働くようになり,a社が被告ヤマトから業務委託を受けていたl区mにある同被告のd支店内のd南営業所とfサテライトと称される顧客配送場所間の荷物の運送を担当していた。
(2) 被告Y1は,本件事故当時,被告ヤマトのd支店の支店長をしていた。同支店内にはd中央営業所のほかd南営業所があり,a社の原告はそのうちのd南営業所に被告ヤマトのベースと言われる荷物の集配所から大型トラックで運ばれて来る荷物を同被告のnビル地下一階の構内で仕分け作業をしてa社から運転してきた自分のトラックに荷物を積み込んでfサテライトに運ぶ作業を被告ヤマトの統率の基(ママ)に当たっていた。被告Y2及び同Y3は,被告Y1のもとでnビル構内のフォークリフト運転などの作業に当たっていた。(Y1)
(3) 原告は,平成13年7月31日の早朝6時半ころ,被告ヤマトのnビル構内でベースから運ばれて来た荷物の鉄製の車輪付きのかご(ロールボックスパレット―以下「ボックス」という。)を後ろ向きに引いていたところを,被告Y3が運転するフォークリフトが後進してきて原告の背後に衝突して原告が倒れ,その際に上記車両の左後輪が原告の右足を轢くという事故(本件車両事故)が発生した。(被告Y3)
(4) 当時,上記当事者が作業していた構内では,早朝の荷物の荷さばき作業をする14~5名の作業員とボックスが混み合う中で,原告は仕分けされた荷物のボックスを引っ張りながら自分のトラックに積み込む作業に当たっており,その中で被告Y3が運転するフォークリフトも作業に当たっていた。作業員とボックスが入り乱れており,その中を被告Y3は,当該フォークリフトのバック・ブザーを鳴らないようにスイッチを切りながら運転していた。(原告,Y3)
被告ヤマトは,早朝にフォークリフトの後進に伴って鳴るバック・ブザーが近隣住民に聞こえないように配慮して鳴らさないように指導していた。(Y1)
そのため,原告が本件事故当日自分のトラックに仕分け荷物を運ぼうとボックスを引っ張っていたときもフォークリフトが後進して自己の方へ近づいて来るのに気が付かなかった。
(5) 被告ヤマトにおける運転者安全手帳中のフォークリフト安全作業マニュアルには,ボックスを運ぶ時は原則としてバック運転で安全を確認しながら行うこと,後方の障害物の有無,他の作業者の状況を確認しながら行うこと,速度を落として,後ろを振り向き慎重に走行すること,倉庫,上屋,屋内での運転には十分気を付けること,必ず指定された場所を走行・作業すること,構内のフォークリフトの走行通路の標示・標識・エリアを厳守し,走行中は人が最優先であることが明記されている。(<証拠略>)
(6) 原告は,本件車両事故当日は,事故後,足の痛みは感じたが,仕事に支障が生じて会社(a社)及び出入り先の被告ヤマトに迷惑がかからないよう仕事を続けた。
しかし,翌日になっても上記事故で痛めた右足の痛みが治まらなかったので,翌日以降仕事を休み,平成13年8月3日には社団法人東京都教職員互助会g病院の整形外科へ行き,右足打撲(右第1中足骨骨折の疑い)との診断をされ,その後に同月6日には右第1中足骨骨折の正式診断を得ている。(<証拠略>)
(7) 原告は,a社なり被告ヤマトから今回の事故に対する何らかの補償なり対応があると思って連絡を待ったが,何の補償の連絡もなかったので,その後平成13年8月22日に職場へ復帰している。(<証拠略>,原告)
原告は,その後,平成13年は8/6,11,27(3日),9/27(1日),10/5,18,25(3日),11/1,15,29(3日),平成14年は1/28(1日),2/7(1日―同日はアキレス腱周囲炎でも診察を受けている。),4/25(1日),5/13(1日),6/20(1日),8/1(1日),9/12,12/2にg病院へ通院している。(甲9の1,2)
a社は,労務担当顧問のK社会保険労務士の指導に従い平成13年9月27日に同年7月31日から8月31日までの間の休業補償給付支払請求を行い,労働基準監督署への原告に関する「労働者死傷病報告」はa社の従業員であるSが原告本人による自損事故という報告内容を作成して平成13年10月3日に提出している。(丙15,16)
また,原告の療養補償給付たる療養の給付請求は,平成14年4月19日に品川労基署長宛に提出されているが,災害の原因は自損事故として,原告の預かり知らぬところで提出されている。(甲11,原告)
(8) 原告は,後記のように本件暴行事件でi医科大学病院口腔外科の診察・治療を受けるようになるが,右足の通院は上記以降様子見の状態であったところ,疼痛,圧痛があり10メートルくらい歩くと痛みを感じるので,平成14年11月26日から同病院の整形外科にて右足の治療も受けるようになり,その際に変形性足関節症と診断されている。(<証拠略>)
(二) 本件暴行事件
(1) 原告は,従前と同様にa社において被告ヤマトのd支店内で構内作業をしていた。同構内にはa社と同様に被告ヤマトとの業務委託契約で同被告のd支店に出入りしている他社の従業員がおり,b運輸の訴外Mやc社の同Nもそのうちの1人であり原告とは顔見知りの仲であった。
(2) 以前から原告は,夏なのに長袖のシャツを1人着ているなど風変わりな人間として構内の同僚から見られるなどしており,Xという姓から「○○○」といったあだ名で呼ばれて訴外Mや同Nからからかわれたりしていた。(<証拠略>)
平成14年11月19日にも上記2人のほかWと3人で原告に近づき名前の書いてある身分証を原告の胸ポケットから抜き取ろうとされるなどしたために原告がやめろよなどと抵抗して消化器を振り回す事態があった。(<証拠略>)
その後に同日午後1時38分ころ,前記l区のnビル地下1階荷物仕分場で,からかいの興が昂じてNが原告を羽交い締めにしたり,原告に近づいてきたMと原告が揉み合いとなり,原告がMの指をねじ上げる行為に対してMが痛さに逆上して利き腕の左拳で原告の顔面を1回殴打する暴行を加えた。(<証拠略>)
このため,原告は口から出血し,その場で同人は携帯電話で救急車を呼び,i医科大学病院の口腔外科にかかり,前歯4本がぐらつき,そのうち2本が折れてしまった。(<証拠略>)
(3) 後に,上記病院で外傷性歯牙脱臼,歯根破折で2週間程度の安静を要すると診断された。(<証拠略>)
(三) その後の原告の治療状況や障害補償給付等
(1) 原告は,本件暴行事件によりi医科大学病院を受診した際に,以前に本件車両事故で痛めた右足についても同病院の整形外科で平成14年11月26日に受診し前記のように変形性足関節症と診断された。(<証拠略>)
(2) 原告はその後も,右手のしびれ感や右足部痛を覚え,同大学病院の整形外科や神経内科(平成15年11月13日から)にて受診している。
その外来治療経過は,平成14年11月に整形外科で1日(11/26),歯科で2日,12月に歯科で3日,平成15年1月に歯科で1日,同年11月に第三内科で1日,整形外科で1日,平成16年1月に整形外科で2日,2月に2日,3月に2日,4月に3日,5月に1日,6月に1日,7月に1日の診療を受けている。(<証拠略>)
(3) この間,原告は,平成16年11月19日にo区p町で中型トラックを運転中に乗用車に追突されて首と左肩を捻り,q病院へ緊急搬送され,頚椎,腰椎捻挫と診断されている。(<証拠略>)
(4) 原告は,平成16年11月26日付けの本件車両事故による右足の診断書(甲17)を添付して障害補償一時金を品川労基署長に請求し,平成17年6月29日に障害等級を併合11級とした一時金支給決定通知で260万7193円(内訳は一時金231万7193円,定額特別支給金29万円)を受けており,障害補償給付支給の申請(平成17年1月12日受付)を受けた品川労基署長は,原告面談結果及び地方労災医員の障害認定に関する意見を参考に,(ア)下肢の機能障害として,「右足関節の可動域が健側に比して3/4に制限されている」ことについて第12級の7,(イ)局部の神経系統の障害として,「右第1中足骨基部に骨折に起因した変形部分に頑固な疼痛を認める」ことについて第12級の12であったことから,後遺障害の程度を併合11級と認定した。(甲22,23,乙9)
2 争点(一)(1) 本件車両事故による被告Y3,同Y1及び同ヤマトの不法行為の成否
前記認定事実((一)(3)(4))によれば,被告Y3はフォークリフトを早朝の荷さばき作業を行う作業員と荷物の満載されたボックスが混在するnビル地下1階構内をバック・ブザーのスイッチを切り鳴らさないで後進走行し,当該車両の存在に気が付かずに自分のトラックに積むためのボックスを後ろ向きに引こうとしていた原告の背後に衝突させて,同人に主として右足部の傷害を負わせたものであることが認められる。
被告らは,フォークリフトが構内で動いているときには作業員はフォークリフトが動く範囲内とされている枠内(事故当時は黄色で標示されていた)に入ることが禁止されていたこと,しかるに原告が禁止に反して自分の作業に取りかかり,車両がバック・ブザーを鳴らさないで走行していたのは原告も知っていたはずであるし,衝突場所が黄色の標示線の枠内であったことを指摘して,被告Y3には過失はないと主張する。
しかしながら,衝突地点が黄色の枠線内かどうかは定かではなく,フォークリフトの走行警告音がならないことを原告が知っていたとしても被告Y3の車両走行に当たっての注意義務が軽減されるものではなく,事故のあった構内でルールとしてフォークリフト稼働中は作業員の仕分けあるいは荷さばき作業が禁止されていたかどうかは定かでないものの,人と荷物ボックスの混み合う場所をフォークリフトの運転手である被告Y3が後方を確認せずにしかもバック・ブザーを鳴らさずに走行したのには,前記認定事実(一)(5)に照らして過失が認められるものというべきであり,被告らの上記主張は採用できない。
それゆえ,使用者である被告ヤマトも被告Y3と連帯して,原告が被った怪我による損害賠償請求について連帯して不法行為責任を負い,前記認定事実(一)(2)の事実関係によれば,d支店の当時の支店長であった被告Y1は構内現場の管理監督者としての責任を同様に被告Y3と連帯して負うものというべきである。被告らは,事故当時に被告Y1が未だ出勤していなかったこと,安全教育を実施していたことを主張するが,フォークリフトのバック・ブザーについての指導・管理,構内における作業員の荷さばき作業とフォークリフトの稼働の棲み分けについての指導・管理などの点について現場管理監督者である被告Y1の指導の不徹底及び管理不行届があったものと評価できるし,事故当時の出勤いかんは上記判断に消長を来さない。
3 争点(一)(2) 損害状況及び賠償金額
本件車両事故により原告が被った損害について検討するに,まず,被告らが中心に争っている原告の障害等級については,前記認定事実(三)(4)及び証拠(<証拠略>)によれば下肢の機能障害として右足関節の可動域が制限されている症状と右足の第1中足骨基部の変形部分に見られる頑固な神経症状との併合等級として11級とされたことには十分な合理性が認められる。
なお,当裁判所は,人証調べ後に和解を勧告して,当初,原告の後遺障害の状況については本人の供述のほかには甲第22号証の一時金支給決定通知が証拠として提出されていただけで,後遺障害の程度が客観的かつ的確に心証形成できなかったので,原告代理人に労基署における障害等級認定の経過につき釈明及び更なる立証を求めつつも,当面の和解案として当時の証拠上明確かつ確実に認められるレベルのものとして14級相当として後遺症及び逸失利益を試算して提示した。しかし,その後原告代理人から当裁判所の釈明に応じて甲第23号証の社会保険労務士の陳述書を得て,甲第22号証の認定の詳細を知るに至り,次の和解期日には障害等級を併合11級相当を前提とする修正和解案を提示した。
被告らは,裁判所からの上記和解案提示前には特に大きく損害論について争っていなかったところ,上記のような裁判所の当初の和解案とその後の修正和解案の提示を受けるに至って,障害等級に疑義を抱いたようであり,この点に関する調査嘱託を申立て,これの採用を見て嘱託結果である乙第9号証の提出を得るに至ったものである。
当裁判所は,上記のような経過をたどって最終的には双方からの提出証拠及び原告本人が訴えている症状をも勘案して11級相当の後遺障害が本件車両事故による原告には存在すると認定したものである。一般的には裁判所は行政機関である労働基準監督署長の認定した障害等級に拘束されるものではないが,上記のような調査嘱託結果や申請に当たった社会保険労務士の本件車両事故の障害等級に関する供述には特に疑問な点があるわけではなく,原告の診療にあたった医師の各診断書や各カルテに照らしても裏付けられたものと考えられるのでこれに従うのが相当というべきである。
被告ら提出の医師の意見書(<証拠略>)はあくまで証拠提出のあった書面を事後に見た限りのものであり,上記認定を左右するもの足り得ない。
上記判断を前提に原告の本件車両事故に関する損害について認定判断できると(ママ)ことは次のとおりである。
<1> 治療費 5万円
甲第9号証の1,2の診療経過に照らすとこの金額を下らない。
<2> 傷害慰謝料(通院慰謝料)100万円
前記認定事実(一)(6)(7)のとおり原告が負った傷害及び原告が平成13年8月3日以降通院した頻度と期間,すなわち,入院はなく通院期間はそれなりに長いが,平成14年以降月1回のペースであり,1年2月後には本件暴行事件が起きており,約1年の通院期間であること,a社から8万円の見舞金が支払われていることからすると上記金額が相当である。
但し,原告の本件車両事故による治療は原告本人の供述では平成14年9月で一旦症状固定して終了したかのような様子も見受けられるが,本件暴行事件によりi医科大学病院の口腔外科を受診する過程で足の痛みが残ることから同病院の整形外科でさらに診療を受け通院するに至っているところもある程度は勘案した。
<3> 休業損害と逸失利益 71万2692円
前記認定事実(7)によれば,原告は事故後平成13年8月22日に職場に復帰していることとa社が平成13年8月31日から同年9月30日までの休業補償給付の請求を行い,証拠(甲22,23,丙15)によれば基礎給付額の60パーセントは支払済みであることからすると,基礎給付日額1万0391円の30日分の残り4割である12万4692円が休業補償の損害金として相当である。
なお,平成13年8月分の給与はa社が休業補償給付との関係で立て替えている可能性も考えられるが,当該金額は原告と清算されるべきものであるから,敢えて損益相殺するまでもないものと考える。
証拠(<証拠略>)によれば,原告の従来の給与(手取額)は平均して34万5000円ほどであったのが,事故後は平均29万6000円ほどに落ち込んでいること,その差額月当たり4万9000円の約1年間分として58万8000円が逸失利益として考えることができる。
<4> 後遺症慰謝料 390万円
原告の本件車両事故による後遺障害が甲第17号証の平成16年11月26日時点の診断書によっても同月24日のレントゲンで第1中足骨基部での関節は高度の変形性関節症の状態にあり11級相当であることを参考に,原告の置かれた状況(右足首が曲がらない状態で,通常に歩行できないで,長く歩くことができない。)を勘案すると390万円が相当である。
<5> 後遺症逸失利益 967万9320円
原告が昭和○年○月○日生れで,本件車両事故後原告の主張及び供述によればg病院で一応症状が固定したとされる平成14年9月時点で49歳であるから67歳まで18年あり,障害等級11級相当で,事故前のおおよその給料手取月額平均34万5000円として,34.5×12か月×0.2(労働能力喪失率20%―併合等級による場合も同様に考え得る。)×11.690(ライプニッツ係数)=967万9320円となる。
<6> 弁護士費用 140万円
上記金額の合計が1534万2012円であり,当該金額が後記(3)の過失相殺1割で1380万7811円となり(1円未満四捨五入),損益相殺によるものがなければ,140万円が相当である。
以上を合計すると,1520万7811円となる。
4 争点(一)(3) 過失相殺
被告らは原告には,大幅な過失相殺がなされるべき過失があると主張するので検討するに,まず,被告Y3がフォークリフトを運転中に原告が構内でボックスの移動作業のため車両運行軌道上の黄色枠線内に入ったこと,衝突地点が当該黄色枠線内であったことは,いずれもこれを確実に認定できる客観的な証拠は見当たらない。むしろ,前記認定事実(一)(5)によればフォークリフトよりも構内作業に当たる人間の方が優先しているようであり,本件証拠上この点に原告の過失を認めることは難しいものといわなければならない。
同様に,本件事故のあった構内でフォークリフトの運転と原告のような作業員による荷さばきの混在がどの程度禁止されていたか,例えば,最初の大型トラックが着いてフォークリフトによる運搬と構内の被告ヤマトの人間による仕分け作業が終わったあとに次の大型トラックが来たときに,仕分け後の最初の荷物の積み込み作業と次の便の荷物のフォークリフトによる運搬との優先関係がどちらにあるのかは証拠上明確ではない。むしろ,原告と被告Y3はお互いに今回が初めてではないこと,原告の供述では以前から被告Y3が作業員のいる中でフォークリフトを運転していたことを供述し,被告Y3が特にこの日に原告が作業していることに違和感を示していた様子がないことからすると,混在して作業していた実態が以前からあったのではないかと推測される。そして,数トンの重量のあるフォークリフトが作業員と同時に構内で動いている場合に,黄色線の枠内だけで仕切って事故の衝突地点がその内か外かで双方の過失の有無度合いを決したり左右するのも適当とは思われない。
また,被告らは,負傷後の原告の対処の仕方を問題にするが,当時の原告が置かれた立場・状況に照らして原告の取った行動(事故当日稼働したこと,事故後4日目に診察を受けていること,全治2か月なのに8月22日に職場復帰していることなど)が過失相殺の対象にすべきほどの不適切なものであったとは思われず,当該行動等が原告の損害の拡大とりわけ後遺症を悪化させたものと認めるには不十分である。
ただ,前記認定事実(一)(3)によれば,原告も後方を確認せずに被告Y3運転のフォークリフトと衝突したことを考えると,同車両が電気で動きバック・ブザーが鳴らされていなかったためにその存在に原告が気が付かなかったとしても同人には1割程度の過失を認めるのが相当というべきである。
5 争点(二)(2) 本件暴行に関する共謀の有無
本件暴行事件の直接の加害者は訴外M及び同Nであり,被告らは原告の主張によっても暴行を振るっておらず,被告Y2が上記者らの行為をあおったり,被告Y1が指示したかどうかが本件暴行事件によって原告が被った損害を被告らに帰責できるかどうかの前提となるものであるから,便宜まずこの点について検討する。
原告の主張では,本件車両事故が起きて,被告ヤマトあるいはa社がこれによる労災隠しを図ったのに原告が協力しなかったことから,脅迫や嫌がらせを受ける中で,被告Y1,同Y2による本件暴行についての共謀,被告Y2の言動があったとする。
確かに,証拠(丙15,16,原告本人)からすると,原告の雇用主であるa社には本件車両事故による原告の労災を自損事故としようとした形跡がうかがわれ,被告ヤマトにおいても自分のところの社員である被告Y3が被告ヤマトの営業所構内で作業中に起こした事故であるのに上層部に報告せず,a社の従業員の事故であるから同社において処理すべきなどと殊更に本件車両事故が公になるのを避けようとしている様子は窺われる。
しかし,原告が本件暴行事件の共謀の根拠としている事情は,いずれも原告本人の供述のほかにはそれを客観的あるいは第三者の供述によって裏付けるものがなく,本件証拠上積極的な認定をするには不十分であるものといわざるを得ない。この点は,本件暴行事件に至る経過や被告らの本件車両事故による労災隠しを積極的に図る意図があったかどうかといった事情さらにはそれ以前からの原告に対する嫌がらせやいじめといった間接事情についても同様であり,本件事件との関連付けを認定するにはいずれも不十分である。
その他本件証拠上原告に対する本件暴行につきY3を除く被告らの共謀を認めるに足るものは見当たらない。
同様に,被告Y2が,本件暴行時に近くでフォークリフトを運転していたことは認められるも,「やれやれ」とか「殺していいい(ママ)」などという発言をして訴外Mや同Nを支援・鼓舞したと認め得る的確な証拠はない。
したがって,本件暴行事件については,その余の争点について認定判断するまでもなく,被告ら(Y3を除く)の原告に対する不法行為を認めることはできない。
6 以上によれば,原告の被告らに対する請求は1520万7811円及びこれに対する不法行為日である平成13年7月31日から民事法定利率の支払いの限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないので棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判官 福島政幸)
(別紙) 損害一覧表
<省略>