東京地方裁判所 平成16年(特わ)1505号 判決 2005年3月04日
主文
被告人を懲役1年6月に処する。
この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,資産運用及び管理に関する総合コンサルティング等の事業を営む株式会社Cの代表取締役であった者であるが,木材加害害虫等の予防・駆除等の事業を営む株式会社Dの代表取締役であったA及び同社と監査契約を締結していた監査法人の代表社員・関与社員であってDの経営管理に関する指導助言を行うなどしていた公認会計士のBと共謀の上,同社の業務に関し,
第1 平成14年9月19日,埼玉県さいたま市abc番地d(現在の同市中央区ef番地g)所在の関東財務局において,同財務局長に対し,Dの同年1月1日から同年12月31日までの第29期における同年1月1日から同年6月30日までの半期の決算に当たり,実際には,同社からAへの60億円の貸付金であるにもかかわらず,消費寄託契約に基づく企業買収ファンド事業会社への資金の寄託に係る60億円の預け金として計上した内容虚偽の中間貸借対照表等を掲載した同事業年度の半期報告書を提出し,もって,重要な事項につき虚偽の記載のある半期報告書を提出した。
第2 平成15年3月28日,上記関東財務局において,同財務局長に対し,Dの平成14年1月1日から同年12月31日までの第29期における決算に当たり,同社が保有する株式会社E株式の取得価額が多くとも6億5000万円であるにもかかわらず,同株式の取得価額を60億円として計上した内容虚偽の貸借対照表等を掲載した同事業年度の有価証券報告書を提出し,もって,重要な事項につき虚偽の記載のある有価証券報告書を提出した。
(量刑の理由)
1 本件は,被告人が,木材加害害虫等の予防・駆除等の事業を営むDの代表取締役であったA及び同社の監査法人において代表社員等を務めていた公認会計士のBと共謀の上,Dの業務に関し,同社のAに対する60億円の貸付金(以下「本件貸付金」ともいう。)を隠ぺいするため,その会計処理に関して重要な事項に虚偽の記載のある半期報告書(判示第1)及び有価証券報告書(判示第2)をそれぞれ関東財務局長に対して提出したという粉飾決算の事案である。
2(1)ア まず,本件の犯行態様についてみると,被告人らは,被告人やBの資産管理,会計処理等に関する専門的知識と実務経験等を生かして,本件貸付金の存在を隠ぺいするための謀議を重ね,監査によっても容易に仮装処理が発覚しない方法として,判示第1のとおり,本件貸付金を企業買収用の資金として被告人が経営する会社に寄託したかのように装うことを企てた。そして,被告人らは,必要な契約書類等の日付を適宜遡らせるなどして,その外形を整え,本来は会社の代表取締役に対する貸付金であった60億円を,第三者に対する預け金として計上した内容虚偽の半期報告書を関東財務局長に提出した。
また,被告人らは,平成14年9月以降,Aが本件貸付金を返済することが不可能な事態となったことから,本件貸付金を別の仮装処理の方法を用いて最終的に隠ぺいしようと企て,前同様,謀議を重ねた上で,判示第2のとおり,被告人が当時経営し,多くとも6億5000万円の価値しかないEの全株式をDが前記60億円で取得したものとして,仮装工作を行うことにした。そして,被告人らは,被告人らの意向に沿った内容のEの株価算定書や財務デューディリジェンス報告書を公認会計士に作成させ,あるいは,日付を遡らせた所定の関係契約書類等を作成し,準備するなどして,Dとの間に別の会社を介在させた上でDがEを60億円で買収したように装い,同社株式の取得価額を60億円と評価した内容虚偽の有価証券報告書を関東財務局長に提出した。
このように,本件は,被告人やBの専門的知識や実務経験等を悪用し,極めて巧妙に計画された上で敢行された組織的な犯行であって,その態様は誠に悪質である。
イ 次に,本件の結果についてみるに,そもそも,証券取引法が,上場会社等に対して,有価証券報告書等の提出を義務づけているのは,一般投資家がその自己責任に基づいて投資等の判断をするのに必要不可欠な企業情報を開示させることにあるところ,本件は,その粉飾の態様及び金額からすると,投資家等にとって極めて重要な事項に関する情報を偽ったものといえ,多くの者にその判断を誤らせて経済的損失を被らせるおそれがあった。また,被告人らの行為は,東京証券取引所第1部上場企業の開示情報全般に対する信頼性を著しく失墜させ,ひいては同証券市場の健全な発展をも阻害しかねない悪質な犯行であったともいえるのである。
しかも,Dは,本件後の平成16年2月23日,本件各犯行により粉飾された60億円にも及ぶ本件貸付金の存在なども遠因となって実質的破綻に追い込まれ,民事再生手続を申請しているのであり,この観点からいっても,本件各犯行が関係者を始めとする社会に与えた影響は極めて甚大である。
したがって,本件各犯行の結果は重大であるといわなければならない。
ウ さらに,本件各犯行に至る経緯をみると,そもそも本件貸付金は,A及びFらがかねてより実行していたD株の相場操縦を終結させることを目的として借り入れられ,費消されたものであった。本件各犯行には,確かに,本件貸付金の存在が明らかとなると,Dの社会的信用が失墜することになるため,これを防止するために敢行されたという側面も存在する。しかしながら,本件のそもそもの発端は,AらDの経営陣が関与していた相場操縦という違法行為にあるのであり,被告人らは,この発覚による社会問題化,刑事事件化を防ぐといった自己保身の意図をも有して本件各犯行に及んだものと認められるのであるから,本件各犯行に至る経緯や被告人らの犯行動機において特段酌むべき点はないというべきである。
(2) 次いで,被告人が本件各犯行において果たした役割について検討する。
被告人は,経営コンサルティング業等を通じて,本件以前からAと付き合いがあったところ,Aが,かねてより実行していた相場操縦を終結させるため,仕手筋が有するD株を買い取る手段につき被告人に相談を持ちかけたことを契機として,本件各犯行に関与するようになった。そして,半期報告書の粉飾の犯行(判示第1)では,本件貸付金の仮装に関し,その専門的な知見から助言を行うなど積極的に謀議に参加し,D株の仕手筋からの買取りに自己が関与したことが発覚しかねない計画については明確に協力を拒絶する一方,結局は,自らの経営する会社がDから60億円の寄託を受けたものとする計画を了承して,その後の監査法人からの預り金の確認に対しては,謀議内容に従った回答をするなどした。また,有価証券報告書の粉飾の犯行(判示第2)においても,前同様,謀議に積極的に参加し,最終的に,Aから多額の報酬を受け取ることを前提として,自らが経営していたEの全株式を60億円の価値があるものとしてDに売却する計画を了承し,そのための手続にも関与した。このように,本件各犯行はいずれも被告人の協力・了解があって初めて実現できたものであるばかりか,上記各粉飾行為に必要な関係書類等の一部は被告人が発案して作成しているのであり,被告人は,本件各犯行の実現に当たって欠くことのできない重要な役割を果たしたといえる。
そして,被告人の犯行動機についてみるに,被告人は,本件各犯行に加担した謝礼として,Aから合計2億9000万円もの多額の報酬を受け取り,それを自らの経営する会社の設立資金や遊興費等に費消した。この点につき,弁護人は,被告人が報酬目当てのみで本件各犯行に加担したのではなく,有力な顧客であるAに長い将来にわたって付き合ってもらえるとの思いがあり,また,会計の専門家等との協議を重ねていたことなどもあって,安易に本件各犯行に加担してしまったなどと主張しているが,もとより,そのような事情があったとしても,被告人の犯行動機は利欲的かつ自己中心的なものというほかはないのであり,酌量すべき点は認められない。
(3) 以上によれば,被告人の刑事責任は重いというべきである。
3 他方において,被告人はDの経営に携わる立場にはなく,その意味で本件の半期報告書及び有価証券報告書の作成,提出行為自体には直接関与していないこと,Dの企業内容について虚偽の情報を開示したという本件各犯行の罪質等にかんがみると,被告人の関与の程度は,AやBと比べれば軽いものと評価できること,そもそも本件各犯行の遠因となった相場操縦や,DのAに対する60億円の貸付けそのものについては,被告人は全く関与していないこと,被告人は本件各犯行をいずれも素直に認め,今後は二度とこのようなことはしないなどと述べて反省の態度を示していること,被告人の妻及び友人が,情状証人として当公判廷に出廷し,被告人の今後の監督に努める旨証言していること,被告人は本件により45日間にわたり身柄を拘束され,マスコミにも広く報道される等の相応の社会的制裁を受けていること,被告人には前科前歴がないこと等の被告人のために酌むべき事情が認められる。
4 そこで,当裁判所は,以上の諸事情を総合考慮して,被告人を懲役1年6月に処した上,今回に限りその刑の執行を猶予するのを相当と判断した。
(求刑 懲役2年)
(裁判長裁判官 杉山愼治 裁判官 佐伯恒治 裁判官 松永智史)