東京地方裁判所 平成16年(特わ)3592号 判決 2005年5月02日
主文
被告人を懲役1年4月に処する。
この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,宗教団体A(以下「教団」という。)に所属する者であるが,アトピー性皮膚炎等の治療薬として「B」などと名付けたプラスチック製容器入りのクリーム及びローションを無許可で販売しようと企て,中国製漢方薬の輸入販売業を営むC及び教団所属の弁論分離前の相被告人Dら多数名と共謀の上,東京都知事の許可を受けず,かつ,法定の除外事由がないのに,別紙「犯罪事実一覧表」(省略)記載のとおり,平成15年2月18日ころから平成16年4月5日ころまでの間,業として,前後2057回にわたり,東京都内の郵便局から,京都府福知山市ab番地のc所在のEd号室在住のFほか顧客909名に対し,医薬品である上記クリーム及びローション合計2902個を代金合計2325万4000円で郵送して販売し,もって,無許可で業として医薬品を販売したものである。
(証拠の標目)略
(法令の適用)略
(量刑の理由)
1 本件は,宗教団体Aの信者である被告人が,中国製漢方薬の輸入販売業の経営者及び教団の信者多数名と共謀の上,無許可で,業として,前後2057回にわたり,顧客910名に対し,アトピー性皮膚炎等の治療薬と称して,医薬品であるクリーム及びローション合計2902個を代金合計2325万4000円で販売したという薬事法違反の事案である。
2 教団の東京道場長である弁論分離前の相被告人Dは,中国製漢方薬の輸入販売業を営むCから教団の主催するヨガ教室に関する問い合わせを受けた際に,同人が,「G」と称するクリーム及びローションを中華人民共和国から輸入し,これをアトピー性皮膚炎の治療薬として販売していることを知った。相被告人Dは,本件クリーム等を教団信者にインターネット等を通じて販売させ,その利益を教団信者からお布施として教団に拠出させるなどして,教団の財政状況を改善させようなどと考え,Cに本件クリーム等の共同販売を持ち掛け,同人の賛同を得たそこで。,被告人及び相被告人Dを含む教団の信者多数名(以下「被告人ら教団信者」という。)は,インターネット上に複数のホームページを作成し,本件クリーム等には医師の処方に基づく使用が必要である極めて強力なステロイド(プロピオン酸クロベタゾール)が含まれているにもかかわらず,同ホームページ上等ではステロイドが含まれていないなどと虚偽の広告をし,アトピー性皮膚炎に関するホームページに本件クリーム等を使用してアトピー性皮膚炎が治ったという虚偽の体験談を掲載するなどして,本件クリーム等をアトピー性皮膚炎等に効果がある医薬品として宣伝し,1個7000円ないし8500円という高額な値段を付けて,購入申込みを受け付けた。そして,被告人ら教団信者は,Cと共謀の上,平成15年2月から平成16年4月までの間,ホームページ上等で本件クリーム等の購入申込みを受け,これをCに連絡するなどし,同人から,購入申込者に対し,あらかじめ輸入しておいた本件クリーム等を発送して販売するという本件犯行に及んだものである。
このように,被告人ら教団信者及びCは,約1年2か月間という長期間に,2000回余りという多数回にわたって,無許可であるにもかかわらず,業として,医薬品である本件クリーム等の販売行為を繰り返したのであり,販売した顧客数が900名余り,販売個数が2900個余りといずれも多数に上り,販売価格も2300万円余りと多額であって,本件は,アトピー性皮膚炎等に悩み苦しむ人々の心理に付け込み,インターネットという極めて広範囲な販売を可能とする手段を巧みに利用して,医薬品の無許可販売を大規模に行い,多額の利益を得たという誠に悪質な組織的,計画的犯行である。本件クリーム等は,極めて強力なステロイドを含有しており,これを使用した購入者の中には,ステロイド皮膚炎を発症させ,目の周りがひどくかぶれて膿の出る症状になった者や,顔面全体が痛々しいほどの無数の発疹に覆われて見るも無惨な様相を呈した者等も少なくないのであって,本件犯行は,本件クリーム等にステロイドが含まれていないとの宣伝を信頼した多くの顧客に重大な健康上の害悪をもたらす結果を発生させているのである。本件クリーム等を購入した顧客らが,「アトピー性皮膚炎の患者の治したいという気持ちや,子供の治療をしたいという親の心を利用するなんて,絶対に許せません。厳しく処罰してください」「今まで息子のアトピー性皮膚炎の治療のために藁をも掴む思いで購入したのに,裏切られた気持ちです。息子のようにアトピー等で苦しんでいる者や家族たちの足下を見透かしたように,平然と販売しているような人たちは,絶対に許すことができないので,厳しく処罰してください」などと被告人らに対する強い処罰感情を述べているのも,当然というべきである。
3 さらに,本件犯行は,被告人を含む宗教団体Aに所属する多数の信者が関わって組織的に行われた犯罪であるところ,宗教団体Aは,その前身である宗教法人Hの時代に,薬事法違反の事件やいわゆる地下鉄サリン事件等の無差別大量殺人事件を起こしたことがあり,現在も無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律による観察処分に付せられ,教団信者には法の遵守が強く求められているにもかかわらず,被告人ら教団信者は,過去の重大事件の反省を活かすことができず,再び教団として組織的に本件犯行に及んでいるのであって,その点からも厳しい非難を受けるのは当然である。確かに,本件犯行に当たっては,Cが,被告人ら教団信者に対し,本件クリーム等について言葉巧みに説明して販売行為の問題点に関する不安を解消させた上,いわば教団の組織を利用して本件クリーム等の販売の拡大を図り,多額に上る売上金額の半分近くを一人で取得していることは否定できないが,被告人ら教団信者は,自ら複数のホームページを作成するなどして,本件クリーム等をアトピー性皮膚炎等に効果がある医薬品として宣伝し,全国規模でその購入申込みを受け付け,本件クリーム等1個につき3500円ないし5000円のマージンを貰い,売上金額の半分以上の分け前を得ているのであって,Cだけではこのような大規模な販売活動を行うことができなかったことは明らかであり,被告人ら教団信者が本件犯行において果たした役割は重大である。
また,近時,アトピー性皮膚炎の患者に対して違法に医薬品等を販売するアトピービジネスとも呼ばれる事案が社会問題化しており,しかも,本件は,居ながらにして広範囲の顧客と取引ができるインターネットという手段を利用している点において,模倣性も高いものであることなどに鑑みると,この種の事案に対しては,一般予防の観点も考慮する必要がある。
4 次に,被告人の関与の度合いや役割等を見ると,被告人は,平成15年4月下旬ころから本件クリーム等の販売に関するミーティングに参加するようになり,同年5月中旬ころから同月下旬ころまでの間及び同年8月下旬ころから平成16年4月上旬ころまでの間の合計7か月余りにわたって,「I」のホームページの管理者として,本件クリーム等の宣伝及びCへの発注活動を行うなどしている。このように,被告人は,本件犯行の中核となるホームページの運営及び管理をするなどして,本件犯行のかなりの期間を通じて,本件犯行に積極的に関与しているのである。被告人が上記「I」のホームページの管理者として行った本件クリーム等の販売だけを見ても,その販売個数は700個余りと多数であり,その売上金額は600万円近く,利得金額は300万円余りと多額に上っているのであって,被告人は,本件犯行において,重要かつ不可欠な役割を果たしているといわなければならない。しかも,被告人は,以前の体験から,何かに効くというように効能を宣伝して販売することが違法であることを知悉していたにもかかわらず,安易に本件犯行に関与している上,本件クリーム等の販売が薬事法違反に当たることを明確に認識した後も,ためらうことなく引き続き本件クリーム等を大量に販売しているのである。さらに,被告人は,本件犯行が警察に発覚して強制捜査が開始された後,相被告人Dから指示を受けるなどして,弁論分離前の相被告人Jに対し,教団の信者による本件クリーム等の販売がCから頼まれて単なるアルバイトとして行っていたに過ぎないものである旨の口裏合わせをするようにとの指示を伝えたり,弁論分離前の相被告人Kに対し,サーバー上のホームページやパソコン内のデータをすべて消去するようにとの指示を伝えたりしていることも窺われるのであって,本件犯行後の行動も芳しくない。
5 したがって,以上の諸点に照らすと,本件の犯情は悪く,被告人の負うべき刑事責任は重いものがあるといわなければならない。そして,被告人は,当公判廷において,これからも引き続き教団にとどまる旨を述べているところ,本件が,今後は二度と違法行為を行わないことを表明した教団による組織的な犯罪行為であり,絶対的ともいうべき上命下服の状況が依然として窺われることなどに鑑みると,被告人が再び組織的な犯罪行為にいわば巻き込まれるような形で関わりを持つことになる懸念を完全には払拭できないといわなければならず,量刑に当たってはこの点も考慮せざるを得ない。
6 しかしながら,他方,被告人のために酌むべき事情も存在する。すなわち,被告人は,本件犯行において重要な役割を果たしているけれども,教団の東京道場長である相被告人Dらの指示に従って行動したものであり,また,自らの利益を拡大しようとしたCの言葉巧みな話を半ば信用して安心し,本件クリーム等の販売行為の違法性や問題点について,必ずしも十分な知識を持たないままに本件犯行に関与したという側面もあるのであって,被告人の立場が従属的なものであったことは否定できない。被告人は,捜査段階においては,供述調書の作成に応じなかったが,公判段階に至って,事実関係を素直に認め,本件クリーム等の購入者に対する謝罪の言葉を述べるなど,反省の態度を示している。被告人には,これまで前科前歴はない。その他,弁護人が指摘するような被告人のために有利に斟酌することができる事情も認められる。
7 そこで,以上のような被告人に有利な事情も斟酌すると,本件のような悪質な組織的犯罪の事案に対しては,本来,厳しい態度で臨むべきものではあるけれども,被告人を今直ちに実刑に処することには躊躇を覚えざるを得ないので,被告人に対しては,前示のとおり刑を量定した上,その刑の執行を猶予するのが相当であると判断した次第である。
(求刑 懲役1年4月)
(裁判長裁判官 服部悟 裁判官 成川洋司 裁判官 林欣寛)