東京地方裁判所 平成16年(特わ)724号 判決 2004年7月08日
主文
1 被告人を懲役3月に処する。
2 未決勾留日数中50日をその刑に算入する。
3 この裁判が確定した日から2年間その刑の執行を猶予する。
4 訴訟費用は、その2分の1を被告人の負担とする。
理由
【認定した犯罪事実】
被告人は、A(当時35歳)に対する恋愛感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的で、別紙一覧表のとおり、平成15年11月7日ころから同年12月19日ころまでの間、東京都練馬区ab丁目c番d号所在のアパート「e」ほか1か所において、同表「ストーカー行為の内容」欄記載のとおり、手紙合計4通及び同女の裸体を被写体とする66画像を含む印刷物18枚を同女が使用する上記アパートの郵便受け等に投函するなどして同女に到達させ、いずれもそのころ、これらを同女に閲覧・閲読させ、同女に対し、その身体の安全、住居等の平穏若しくは名誉が害され、又は行動の自由が著しく害される不安を覚えさせるような方法により、同女にその義務がないのに、反復して、携帯電話等の着信拒否設定の解除など、被告人との通信手段を確保するよう要求し、かつ、同女の性的羞恥心を害する図画を送付する行為をし、もってストーカー行為をした。
【証拠】省略
【補足説明】
1 弁護人は、判示事実の外形的行為を被告人が行ったことは争わないが、被告人には「恋愛感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的」はなく、また、被告人の行為は「不安を覚えさせるような方法により」行われたとはいえないから、被告人の行為はストーカー行為に該当しない、と主張し、被告人も公判廷では同様の供述をしている。
2 しかしながら、関係証拠によれば、被告人と被害女性は平成14年11月ころから交際を始め、一時は互いの住居で同棲生活を送り、結婚をも意識していたところ、被害女性は徐々に被告人の態度に嫌気がさし、平成15年9月6日には両親が被害女性宅に来て別れ話が出たものの、被害女性はその後も被告人との関係を完全には断ち切れずに、両親の目に触れないようにして被害女性宅等で被告人と性的関係を持つなどしていたが、同年10月18日の被害女性の誕生日には被告人がプレゼントをしたり帰りを待ち伏せしてプロポーズしたにもかかわらず、これに応じないなど、関係はさらに悪化し、結局、同月未ころには性的関係も持つこともなくなり、被害女性は被告人からの携帯電話等にも出ず、メール等も無視していたことが認められ、また、同年11月6日には被害女性が母親を伴って被告人方に被告人の自転車を返還しに赴いており、その際には母親と被告人との間で言い合いとなり、警察を呼ぶ事態にまでなり、その際には、被告人は交際の精算として外食費の支払等を要求しているのであって、もはやこの時点では関係の修復が極めて困難であることは、被告人自身も十分認識していたものと推認される。しかるに、被告人は、その後、判示各行為に次々及んでいるのであるから、その手紙の文面等からすれば、被告人のこれらの行為は、主として被害女性への怨恨か、関係の復活を求める恋愛感情に基づくものと考えざるを得ない。また、具体的な害悪の告知はないものの、各手紙には被告人との通信手段の確保を求め、「理不尽なことをされなければ理不尽なことをするつもりはありません。」「僕に対する悪意と解釈するより仕方ない」「残念乍ら悪意と解釈するより他ありません。」「引き続き当方に対する悪意と解する他ありません。」などと、暗に要求に応じなければ報復的な行動に出ることを匂わせるような文言を記載しているのであって、同年12月7日には、交際中に撮影した被害女性の裸体写真を含む多数のプリントを封筒に入れて被害女性宅の玄関ドアの新聞受けに投函していることにも照らすと、被告人の言動は、社会通念上、「身体の安全、住居等の平穏若しくは名誉が害され、又は行動の自由が著しく害される不安を覚えさせるような方法により行われる場合」に該当するものということができる。弁護人は、送付方法や表現方法は穏当であり、被害者が不安を覚えるような行為ではないと主張するが、手紙の文言や送付した物自体が不安を覚えさせるようなものであり、相手方の自宅に赴いて投函していることは、相手方に自宅も安全でないとの不安感を与えることにもなるから、その手紙の表現方法が著しく不穏当なものでなく、「この件についての処理が落着した後には基本的にこちらからご連絡することはないと思います。」などと書き添えられるなど(番号2の手紙)、別れることを基本的には了承していたと窺われることも、上記認定を左右する事情ではない。確かに、被害女性はかなり気が強い性格であることが窺われ、恐怖感を訴えるその証言には若干誇張気味と感じられる点もなくはないが、裸体写真を含む多数の写真をいきなり送付され、「悪意と解釈する」などと記載すれば、写真を公表されるなどの不安を感じるのは当然であり、常識ある社会人であるはずの被告人が、そのことに思いを致さなかったとは考え難い。被告人の供述等から、被害女性は、被告人に裸体を撮影されることにさほど抵抗はなく、展示会に出展することに同意した裸体写真もあったことも認められるが、個人が特定されるような方法で公開されることに同意していたわけでもなく、これが送られれば、性的羞恥心が害され、かつ、不安を覚えることは否定できない。また、弁護人の指摘するように、裸体写真は卑わいなものではなく、その枚数もプリント全体の枚数からすればわずかであって、顔の写っているものがほとんどなく、全体としては二人の思い出を綴ったようなものであったことが認められるが、そうであるとしても、それらが直ちに廃棄される確証がなければ、相手に不安感を与えることは否めない。
3 なお、本件公訴事実では、金銭の支払要求も「義務のないこと」の要求の一つとして記載しているところ、確かに、被告人は被害女性との関係が悪化してから金銭の支払を執ように要求し始めており、その要求が被害女性とコンタクトを取ったり、関係を継続するための口実に使われている感も否めないが、被害女性は、被告人が被害女性宅で同棲していた当時の、光熱費、電話代等の生活費の半分を被告人に支払わせ、被告人が誤って被害女性宅のトイレに流した異物が詰まったことによるトイレの修理代を被告人に全額支払わせている一方で、被告人方に同棲した時期の生活費や外食費は全て被告人に負担させてきたのであり、そのような一方的とも思われる態度を取ってきた被害者に対し、男女関係を清算する際に、被告人がこれまでに支出した費用の分担等を求めるのは全く理由のない単なる言いがかりであるとまではいえず、少なくとも主観的には、金銭支払の請求をすること自体が「義務のないこと」の要求であると認識していたとはいえない。
4 弁護人は、番号1の手紙は、被害女性が被告人に荷物を送ったが、不在で受け取れないために、コンタクトの手段を設けるよう要求したものであるというが、被告人の行為を全体としてみれば、一貫してコンタクトを求めているのであり、弁護人の指摘するような個別の目的でのみコンタクトを求めたものとは解し難い。また、この場合にも被告人からの通信手段を確保する必要がなかったことは、被害女性がファックスで伝票の写しを送るなどして対応したというその後の経緯からも明らかである。さらに、弁護人は、被害女性との関係を金員支払の有無と関係なく翌年には持ち越さない意思で番号2の手紙を出したなどとも主張するが、被害女性からは同年12月23日ころまでに壊したカメラ等と共に「私はあなたに金銭を支払う義務はありません。金銭の請求の手紙と写真が届けられたことに関して、弁護士と警察に相談しています。」との手紙が届けられ、同人が請求を拒絶し、写真についても問題視していることを明らかにしているにもかかわらず、その返事には、「引き続き請求する」「ご入金がない場合は、法で定める範囲内の利率で延滞料をいただく」との意思表示をし、警察等に相談していることについても、「それによって、こちらの考えや主張が変わる性格のものではありません。」と無視する態度を示していることからも、番号2の手紙を送付した当時に弁護人主張のような意思であったとは認められない。
5 また、弁護人は、ストーカー行為等の規制等に関する法律(以下「法」という。)は「つきまとい等」を8個に類型化して規定しており、ストーカー行為は同一類型の「つきまとい等」を反復した場合に成立すると解されるところ(檜垣重臣「ストーカー規制法解説」20頁)、被告人が裸体写真を被害女性方に持ち込んだのは1回だけであり、別紙一覧表番号2の行為について法13条1項、2条2項、1項8号違反とするのは誤りである、とも主張する。
しかしなから、法が「つきまとい等」を類型化していることから、スト―カー行為に該当するためには類型化されている行為毎に反復する必要があるというような解釈が直ちに導けるわけではなく、むしろ、様々な嫌がらせ的な行為を繰り返すというストーカー行為の特質や法規制の立法趣旨からすれば、類型化された行為が全体として反復して行われていると評価されれば、ストーカー行為の構成要件を充足すると解釈するのが正当である。弁護人の主張は採用できない。
【法令の適用】
罰条
包括してストーカー行為等の規制等に関する法律13条1項(2条2項、1項3号、8号)
刑種の選択
懲役刑を選択
未決勾留日数の算入
刑法21条
刑の執行猶予
刑法25条1項
訴訟費用の負担
刑事訴訟法181条1項本文
【量刑理由】
本件は、判示のとおり、被害女性と交際していた被告人が、被害女性の心が離れて交際を拒絶されるようになると、被害者が被告人との接触を避けようとしているのを知りなから、交際中に被告人が支出した金員の支払請求等の名目で通信手段の確保などを執拗に要求し、あるいは被害女性の裸体画像を含むプリントを送るなどしてストーカー行為を行ったという事案である。男女関係が悪化した際に、未練のある当事者が関係の修復を願って様々な方法で相手方に接触を図ろうとすることは自然の情に基づくものであって一既に責めることはできないが、本件では被害女性は被告人の執拗な要求に不安を覚え、本件犯行後に勤務先や住居を変更しているのであって、被告人の行為の及ぼした影響は必ずしも小さいものではない。
しかしながら、被告人の送った手紙の文面は、穏当を欠く部分もあるものの、全体としてみればある程度抑制の効いた文章であって、具体的な危害の告知はなく、送付したプリントの中で占める裸体写真の割合も高いものではなく、それも決して下品な写真ではないのであって、通常この種の行為で用いられるわいせつな写真とは著しく異なっている。また、被害女性が転居したのは平成16年1月下旬であるが、被告人のストーカー行為は平成16年に入ってからは全く止んでおり、被告人が保管していた被害女性の裸体の画像ファイルも自主的にほとんど消去していたのであって、ストーカー行為の回数もさほどは多くなく、時期的にも短期間で終わっており、かろうじて「反復して」の要件を充足する程度のものにすぎず、ストーカー行為の中では、犯行の態様は悪質なものとはいえない。また、被害女性は、それまでにも被告人と喧嘩をして関係を悪化させながらも仲直りをしていた上、自分の両親には被告人と別れるかのような振る舞いをし、関係を著しく悪化させながらも、被告人と性的交渉は持ち続けるなど、その意思が不確定で、一貫性を欠いていたもので、交際解消について毅然とした態度を取らなかったことが、被告人に復縁の期待を持たせ、被害女性に対し執拗に通信手段の確保を迫るような動機付けをしていた面もあることは否定できない。また、被害女性は、自分の方は被害女性宅に被告人が同棲していた期間の公共料金等の半分を被告人に負担させるなど、金銭面で細かすぎるとも感じられる精算をさせながら、自分が被告人方に住んでいたときは公共料金等を全く負担せず、多額の外食費も被告人に全て出させるなど、双方が収入のある社会人同士の交際としては一方的でいささか身勝手とも思われる態度をとっていたのであって、交際を解消する際に、被告人が金銭関係の精算を被害女性に要求したいと考えるのも無理からぬ面があるのは前述のとおりである。被害弁償についても、被告人側は、被害女性に対し数十万円程度の和解金を支払う意向を示したが、被害女性は、勤め始めてさほど長くない派遣勤務先の変更を余儀なくされたことによる逸失利益分や転居費用、慰謝料等として合計四百数十万円もの支払を要求したために交渉が決裂したもので、被告人側に慰謝料支払の誠意が全く見られなかったともいい難い。
そうすると、本件は、検察官の求刑のようにストーカー行為の法定刑の最高刑である懲役6月をもって臨まなければならないような悪質なストーカー行為ではなく、行為の態様自体がこれにほど遠い事案であるばかりか、被害女性にも交際のあり方にいささか社会常識を欠いていた面があることなどを斟酌すれば、主文のとおり刑を量定するのが相当である。
(求刑・懲役6月)
別紙一覧表
番号 犯行年月日 (平成15年・ころ) 犯行場所 ストーカー行為の内容 行為の種別
1 11月7日 東京都練馬区ab丁目c番d号所在のアパート「e」 「コンタクトの手段総てを遮断するのは止めて欲しいです。少なくともメール位はコミュニケーションのチャンネルとして開けておくことを希望します。僕は理不尽なことをされなければ理不尽なことをするつもりはありません。」などと記載した手紙1通をAが使用する郵便受けに投函した。 3号
2 12月7日 同上 「共同生活中の外食費の一部として50万円をご請求致します。電話や電子メールによる連絡を着信拒否されている状況について、その改善を図って頂きたく要望致します。このままではその行動について僕に対する悪意と解釈するより仕方ないと考えます。」などと記載した手紙1通及び上記Aの裸体を被写体とする66画像を含む印刷物18枚を同アパート106号室の同女方玄関ドア新聞受けに投函した。 3号 8号
3 12月13日 同上 「1週間ほど前に、そちらの部屋のポストにいくつかの写真と共に手紙を入れておいたのですが、ご覧になりましたでしょうか。メール及び電話に関しては、着信拒否の設定を解除して頂けていないようです。前回の手紙にも記したとおり、残念乍ら悪意と解釈するより他ありません。こちらからの連絡手段がありませんので、手紙がそちらに届いていない場合、もしくは内容に関して何らかの問い合わせがある場合は、こちらまで連絡して頂きたく思います。ご連絡がない場合は、手紙はそちらに届いているものとし、内容に関しての問い合わせも特にないものと解釈致します。」などと記載した手紙1通を上記Aに手渡した。 3号
4 12月17日ないし同月19日 同都中野区内 「依然としてメール及び電話に関しての着信拒否設定は解除して頂けていないようです。引き続き当方に対する悪意と解釈するより他ありません。こちらからの連絡手段がありませんので、手紙がそちらに届いていない場合、もしくは内容に関して何らかの異議、問い合わせがある場合は、こちらまで連絡して頂きたく思います。ご連絡がない場合は、この文書はそちらに届いているものとし、内容に関しての異議、問い合わせも特にないものと解釈致します。」などと記載した手紙1通を上記A方にあてて郵送した。 3号