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東京地方裁判所 平成16年(特わ)741号 判決 2005年3月11日

主文

被告人を懲役3年に処する。

この裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予する。

被告人から金3億1082万円を追徴する。

訴訟費用のうち、証人Fに支給した分は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、木材加害害虫等の予防・駆除等の事業を営む株式会社Iの代表取締役であった者であるが、

第1有価証券の売買・保有及び運用等の事業を営む株式会社Jの代表取締役であるA、金銭貸付業等の事業を営む株式会社Kの代表取締役であったB、Iの専務取締役であったC並びにL証券株式会社が同社の勘定で行う株式売買の業務の担当者であったMと共謀の上、東京都中央区abc番d号所在の東京証券取引所が開設する有価証券市場に上場されているIの株式について、その株価の高値形成を図り、同株式の売買を誘引する目的をもって、平成13年6月4日から同年7月18日までの間、前後33取引日にわたり、同市場において、別表1記載のとおり、株式会社Jほか5名義で、N證券株式会社ほか18社の証券会社を介し、連続した成行注文又は高指値注文を行って高値を買い上がるなどの方法により、同表「変動操作・買付状況」欄記載の同株式合計245万2500株を買い付ける一方、同表「変動操作・売付状況」欄記載の同株式合計147万9000株を売り付け、さらに、別表2記載のとおり、株式会社Jほか1名義で、O證券株式会社ほか11社の証券会社を介し、大量の下値買注文を入れて下値を支えるなどの方法により、同表「変動操作・買付委託状況」欄記載の同株式合計21万3500株の買付けの委託を行い、同株式の株価を3290円から3960円まで高騰させるなどし、もって、同株式の売買が繁盛であると誤解させ、かつ、同株式の相場を変動させるべき一連の売買及びその委託をするとともに、他人をして同株式の売買が繁盛に行われていると誤解させる等同株式の売買の状況に関し他人に誤解を生じさせる目的をもって、同期間中、前後28取引日にわたり、同市場において、別表1の番号1ないし同6、同8、同9、同11ないし同16、同18ないし同27、同29ないし同31、同33記載のとおり、同株式合計58万1500株について、Aのする売付けと同時に別途同人において買付けをし、もって、同株式につき、権利の移転を目的としない仮装の売買をし、さらに、同期間中、前後12取引日にわたり、同市場において、別表1の番号1ないし同6、同8ないし同13記載のとおり、同株式合計35万5000株について、Aのする売付け又は買付けと同時期にこれと同価格においてMが買い付け又は売り付けることを、あらかじめA及びMがそれぞれ通謀の上、売付け又は買付けをし、もって、同株式につき、馴れ合いの売買をした。

第2  資産運用及び管理に関する総合コンサルティング等の事業を営む株式会社Pの代表取締役であったD並びにIと監査契約と締結していた監査法人の代表社員・関与社員であってIの経営管理に関する指導助言を行うなどしていた公認会計士のEと共謀の上、同社の業務に関し、

1  平成14年9月19日、埼玉県さいたま市ef番地g(現在の同市中央区hi番地j)所在の関東財務局において、同財務局長に対し、Iの同年1月1日から同年12月31日までの第29期における同年1月1日から同年6月30日までの半期の決算に当たり、実際には、同社から被告人への60億円の貸付金であるにもかかわらず、消費寄託契約に基づく企業買収ファンド事業会社への資金の寄託に係る60億円の預け金として計上した内容虚偽の中間貸借対照表等を掲載した同事業年度の半期報告書を提出し、もって、重要な事項につき虚偽の記載のある半期報告書を提出した。

2  平成15年3月28日、上記関東財務局において、同財務局長に対し、Iの平成14年1月1日から同年12月31日までの第29期における決算に当たり、同社が保有する株式会社Q株式の取得価額が多くとも6億5000万円であるにもかかわらず、同株式の取得価額を60億円として計上した内容虚偽の貸借対照表等を掲載した同事業年度の有価証券報告書を提出し、もって、重要な事項につき虚偽の記載のある有価証券報告書を提出した。

(追徴に関する補足説明)

1  証券取引法198条の2は、相場操縦等の犯罪行為により得た財産及びその対価として得た財産を必要的に没収・追徴する旨規定しているが、同条1項ただし書は、当該財産全部を没収・追徴することが犯人に過酷な結果をもたらす場合などには、例外的にその財産の全部又は一部を没収・追徴しないことを許容しているものと解される。

そして、本件において、被告人が現実に取得できる利益は相場操縦に係る株式の売買差益相当額にすぎないことにかんがみると、被告人からは、同条1項ただし書を適用して、判示第1の犯罪行為により得たIの株式(以下「I株」という。)の売却代金から、同株の買付代金相当額を控除した売買差益相当額を没収・追徴するのが相当である。

なお、仮装売買は実質的な権利移転がなく、犯罪行為により得た財産はないといえるから、そもそも必要的没収・追徴の対象となるものではない。

2  以上を前提として検討するに、調査官報告書によると、被告人の判示第1の犯行による売買損益は、<1>犯行期間(平成13年6月4日から同年7月18日までの間。以下同じ。)前にI株を買い付けて、同期間中に同株を売り付けた売買については、2億5050万円の差益が、<2>犯行期間中に同株を買い付けて、同期間中に同株を売り付けた売買については、6032万円の差益がそれぞれ生じているのに対し、<3>犯行期間中に同株を買い付けて、同期間後に同株を売り付けたものについては、1億9805万5000円の差損が生じていることが認められ、<1>及び<2>の各差益が没収・追徴の対象となることは明らかである。

検察官は、さらに<3>のうち、I株の売買を現物取引した分及び信用買いした後現引きして売却した分(以下、これらを併せて「現物取引分」という。)についても、それらの取引だけからみると3037万円の売買差益が生じているので、同価額を被告人から没収・追徴すべきであると主張する。しかしながら、他方において、<3>のうち、I株を信用買いした後転売することで決済した分(以下「信用取引分」という。)については、2億2842万5000円の差損を生じ、<3>全体として約1億9800万円の差損を生じているのであり、没収・追徴の対象となる財産の範囲を現物取引分と信用取引分とで区別する合理的理由は乏しいと考えられることからすると、<3>のうち、現物取引分の差益に限って没収・追徴の対象とすることは被告人にとって酷に過ぎる結果となるので、相当とはいえない。

3  よって、被告人からは、上記<1>及び<2>の合計金額である3億1082万円を没収すべきであるが、既に費消されるなどして没収することができないので、被告人から同価額を追徴することとする。

なお、弁護人は、被告人は相場操縦資金として40億円以上をA、Bに提供している一方、I株の売却代金をほぼすべてA、Bに吸い上げられ、同株の売買による利益を何ら保持していないから、被告人に対して追徴の言渡しをすべきではない旨主張している。しかしながら、弁護人のこの主張は、結局のところ、共犯者間の利益の分配やその帰属の有無に関する事情にすぎず、本条の趣旨に照らすと、これらの事情は追徴の言渡しの可否には影響しないと解すべきであるから、弁護人の主張は採用できない。

(量刑の理由)

1  本件は、木材加害害虫等の予防・駆除等の事業を営むIの代表取締役であった被告人が、同社の専務取締役や仕手筋の者らと共謀の上、東京証券取引所市場第1部に上場されていたI株について、その高値形成等を図る目的で変動操作を行って株価を高騰させ、また、I株の売買の状況に関して他人に誤解を生じさせる目的で、仮装売買及び馴れ合い売買を行ったという相場操縦(判示第1)の事案、及びその後、被告人が同犯行を終結させるに当たり同社から借り受けた60億円(以下、同社の被告人に対する60億円の貸付金を「本件貸付金」ともいう。)を計算書類上隠ぺいするため、同社の監査法人において代表社員等を務めていた公認会計士らと共謀の上、その会計処理に関して重要な事項に虚偽の記載のある半期報告書(判示第2の1)及び有価証券報告書(判示第2の2)をそれぞれ関東財務局長に対して提出したという粉飾決算の事案である。

2(1)ア まず、相場操縦(判示第1)の犯行態様についてみると、被告人らは、平成13年6月4日から同年7月18日までの間、前後33取引日にわたり、多数の証券会社の取引口座を利用して、前場開始前の状況をみながら下値に多量の買注文を発注したり、直前値より高い値段の買注文を反復、継続して発注したり、終値にかけて大口の買注文を連続発注したりするなどの典型的な相場操縦の手法を用いながら、I株を約245万株買い付ける一方、同株約147万株を売り付け、加えて、約21万株の買付け委託を行うなど、大量のI株の売買及びその委託行為を行った。また、被告人らは、出来高を殊更に増大させること等を狙って、約58万株に及ぶ仮装売買、約35万株に及ぶ馴れ合い売買も繰り返し行っている。

このように、被告人らは、株式取引や証券関係業務等を熟知した上で、上記のような各手法を巧みに使い分けてI株の高値形成を図ったものであり、本件は、極めて周到かつ巧妙な手口で実行されたものといえるばかりか、大量の作為的売買を繰り返して株価を自らの意のままに操った大胆なものともいえ、その態様は極めて悪質である。

イ  そして、同犯行の結果、I株の株価は、犯行期間中、3290円から3960円まで高騰しているのであり、本来正常な需給関係により自由かつ公正な価格形成が図られるべき公開の有価証券市場において、その自由・公正を大きく阻害し、多くの投資家の判断を誤らせて損害を負わせる危険にさらした。現に、判示第1の犯行によりI株の売買が繁盛であるなどと誤解して投資を行った者が複数いたことも認められるのであり、本件の結果は重いというべきである。

ウ  また、その犯行に至る経緯をみるに、被告人は、Iの専務取締役であったCとともに、かねてより個人で保有していたI株を高値で売り出したいなどと考え、そのために同株の株価を高値に上げたい旨の希望を周囲に漏らしていた。そうしたところ、Cは、R証券のGやS証券代行のHらの紹介等を通じて、仕手筋のAや証券担保金融業者として株式取引等に通じていたBと知り合い、遅くとも平成12年8月末ころには、Cが資金を提供して、Bの指揮の下、AにおいてI株の相場操縦を実行し、I株の株価の高値形成を図るようになり、被告人もCからその報告を受けるなどしてこれを了承していた。そして、被告人においても、I株の株価がつり上がることを期待するようになり、Cの資金が底をついた平成13年以降は、次第に、自ら相場操縦資金を負担して、これをC経由でAらに手渡し、I株の相場操縦を行わせるようになった。

その後、被告人は、Cとともに、平成13年2月に、Iの公募増資に併せてその保有する株式の売出しを計画していたところ、当時、市場にI株の信用買いの残株が大量にあったこと等の理由で主幹事証券会社からこれを中止されたことから、被告人らは、I株を大量に買い付けてくれる顧客(以下「はめ込み先」ともいう。)を探してI株の市場における信用残を減らし、改めて保有株の売出しを行うことを計画するに至った。ところが、同年5月上旬ころ、Iの同年度業績予想の下方修正が避けられない事態となり、これを公表すれば同株価が下落してしまうことから、被告人らは、その下方修正の公表を引き延ばし、それまでにI株を高値ではめ込むために、またもやI株の相場操縦を行うこととし、被告人からCを通じてAに対し2億円の資金提供がなされて、判示第1の犯行の実行に至ったものである。

このような一連の事実経緯からも明らかなとおり、被告人らは、本件の相当以前からI株の相場操縦を累行的に行っていたものであって、その経緯に特段酌むべき点は見当たらず、判示第1の犯行は利欲的動機に基づいて組織的、計画的に敢行された犯行であるというほかはない。

(2)ア 次いで、半期報告書及び有価証券報告書の粉飾(判示第2の1、2)の各犯行について検討する。

まず、本件の犯行動機についてみるに、被告人らは、判示第1の犯行後もI株の相場操縦を続けていたが、手持ち資金が不足してきたAが証券事故を起こして相場操縦の犯行が露見する危険性が生じてきたため、被告人がAの保持するI株を自ら買い入れることで相場操縦を終結させることになり、被告人は、自己資金以外に60億円をIから借り入れて、Aから前記I株を購入した。しかし、本件貸付金の存在が明らかになればIの社会的信用が失われ、Iの経営に重大な支障が生じることが予想されたため、被告人は、知人のDや公認会計士のEと共謀して、判示のとおり、半期報告書及び有価証券報告書の粉飾に及んだものである。このように、本件各犯行は、被告人らの相場操縦という違法行為に端を発して、その影響による本件貸付金の存在を隠ぺいするために行われたものであって、自己中心的かつ身勝手なものというほかはなく、その犯行動機に特段酌むべき点は見当たらない。

イ  次に、本件の犯行態様についてみるに、被告人らは、DやEの資産管理、会計処理等に関する専門的知識と実務経験等を生かして、本件貸付金の存在を隠ぺいするための謀議を重ね、監査によっても容易に仮装処理が発覚しない方法として、判示第2の1のとおり、本件貸付金を企業買収用の資金としてDが経営する会社に寄託したかのように装うことを企てた。そして、被告人らは、必要な契約書類等の日付を適宜遡らせるなどして、その外形を整え、本来は貸付金であった60億円を預け金として計上した内容虚偽の半期報告書を関東財務局長に提出した。

また、被告人らは、平成14年9月以降、被告人が本件貸付金を返済することが不可能な事態となったことから、本件貸付金を別の仮装処理の方法を用いて最終的に隠ぺいしようと企て、前同様、謀議を重ねた上で、判示第2の2のとおり、Dが当時経営し、多くとも6億5000万円の価値しかない株式会社Qの全株式をIが前記60億円で取得したものとして、仮装工作を行うことにした。そして、被告人らは、被告人らの意向に沿った内容のQの株価算定書や財務デューディリジェンス報告書を公認会計士に作成させ、あるいは、日付を遡らせた所定の関係契約書類等を作成し、準備するなどして、Iとの間に別の会社を介在させた上でQを60億円で買収したように装い、同社株式の取得価額を60億円と評価した内容虚偽の有価証券報告書を関東財務局長に提出した。

このように、判示第2の各犯行は、DやEの専門的知識や実務経験等を悪用し、極めて巧妙に計画した上で敢行された組織的な犯行であって、その態様は誠に悪質である。

ウ  そして、会社の代表取締役に対する60億円の貸付金の存在を隠ぺいするという本件各犯行の態様及びその金額の多さからすると、本件は、投資家等にとって極めて重要な事項に関する情報を偽り、多くの者にその判断を誤らせて経済的損失を被らせるおそれを生じさせたものということができるのであって、本件の結果も重いというべきである。

(3)ア ところで、証券市場は企業の資金調達手段として重要な機能を担い、経済活動の基盤となっているところ、証券取引法は、このような市場の重要性に照らして、価格形成の公正・客観性をゆがめる相場操縦行為を禁止するとともに、一般投資家がその自己責任に基づいて投資等の判断をするのに必要不可欠な企業情報を開示させる趣旨で、上場会社等に対し、その事業や財務内容等に関する重要事項を記載した有価証券報告書等の提出を義務付けている。とりわけ、東証第1部上場企業においては、その株価の動向や企業の財務状況等に注視する投資家等が多数存在するのであるから、より公正さが求められていることはいうまでもない。

にもかかわらず、被告人らは、こうした法の趣旨を踏みにじり、前記のとおり、多数の投資家に不測の損害を与えるおそれを生じさせた上、東証第1部という世界有数の証券市場に対する信頼性をも著しく失墜させたものであって、被告人らの行為は厳しい非難を免れない。

イ  しかも、Iは、本件後、一連の相場操縦の後始末のために支出された60億円にも及ぶ本件貸付金の存在等が遠因となって実質的破綻に追い込まれ、平成16年2月23日には民事再生手続を申請し、同年3月9日に同手続の開始決定を受けるに至っている。これに伴い、多数の同社従業員らが職を失うなどして深刻な打撃を受けたことがうかがわれるのであり、この観点からいっても、本件各犯行が関係者を始めとする社会に与えた影響は極めて甚大である。

3  次に、被告人が本件各犯行において果たした役割等について検討する。

(1)ア  被告人は、Iの創業者として、同社設立当初から同社の最高責任者の地位にあったが、かねてより、Iの株価が同業他社の株価に大きく水を開けられていることに不満を持っており、他方で、株式の運用による失敗等から15億円もの銀行融資による負債を抱えていたこと等から、Iの株価をつり上げ、自己の保有するI株を高値で売却して借金の返済に充てるとともに、新規事業の資金も得たいなどと考えていた。そうしたところ、被告人と同じくIの株価を上げたいとの考えを持っていた同社専務のCから、仕手筋に資金を提供して相場操縦を行わせることを提案され、安易にこれを了承したのみならず、Cの資金が尽きた後は、被告人自ら、判示第1の犯行で使用された2億円を含め、多額の資金を相場操縦を行うために実行犯であるAらに提供するなどした。

そもそも相場操縦には多くの作為的売買を行う必要があり、そのための資金が必要不可欠であることからすれば、被告人は、判示第1の犯行において欠くことのできない重要な役割を果たしたということができる。また、被告人が本件犯行に加担した動機は、前記のとおりであって、自己の利益を図るためのものであったというほかはないのであり、酌量の余地はない。

イ 次いで、判示第2の各犯行についてみると、被告人は、前記のとおり、相場操縦を終結させるための資金としてIから60億円を借り入れたが、これを公にするとIの経営に重大な支障が生じることが予想されたため、専門家であるD及びEの協力を求めて、本件貸付金を隠ぺいするための謀議を行い、最終的にIの代表取締役として、判示各粉飾を行うことを決断して実行に移したものである。

このような点からすれば、判示第2の各犯行においては、被告人の果たした役割が最も重要であったことは明らかであり、犯行の動機にも特段酌むべき点は認められない。

(2)  ところで、弁護人は、判示第1の犯行に関して、<1>被告人は、Cに引きずられる形で判示第1の犯行に加担したのであって、その関与は概して消極的である、<2>B及びAに欺罔されたために相場操縦の犯行に引きずり込まれた、<3>B及びAから資金を提供しないと証券事故になるなどと脅されたため、判示第1の犯行の際の資金提供を行ったなどと主張し、被告人も当公判廷において、同旨の供述をしている。

検討するに、<1>に関しては、前記のとおり、被告人には多額の借金などIの株価の高騰を望む事情があり、そのことがCからの前記提案を受け入れる動機となったことが認められるほか、相場操縦の当初はともかく、平成13年以降は次々とAらに資金を提供しているのであるから、被告人が相場操縦自体に消極的であったとは到底いえない。次に、<2>に関しては、前記のとおり、被告人は、自らの利益を意図して判示第1の犯行に加担したのであり、A及びBとの間で思惑の違いがあったとしてもそれを欺罔と評価するのは相当でない。さらに、<3>に関しても、被告人が、判示第1の犯行前の時点において、AやBから、Iの業績の下方修正を公表すれば、株価が下落してAが証券事故を起こす可能性があると聞いたことは事実としても、被告人が2億円を提供した主たる動機は、前記のとおり、I株の株価を高騰させて自己が保有するI株を高値で売り抜けることであったと認められるのであるから、AやBの前記言葉を脅迫とはいえない。よって、弁護人の主張はいずれも理由がない。

(3)  加えて、被告人は、東証第1部上場企業が一流企業であるとの考えから、Iを同市場に上場させるための経営に邁進していたものであり、東証第1部上場企業の経営者に求められる社会的な責任や義務については十分な自覚があったといえるにもかかわらず、その社会的責任をわきまえずに、相場操縦及び粉飾決算といった証券取引法違反の犯罪を相次いで敢行し、その結果、Iを実質的破綻にまで追いやったものであり、その姿勢は厳しい非難に値するものである。

以上によれば、被告人の刑事責任は重いというべきである。

4  他方において、被告人には、以下のような酌むべき事情も認められる。

(1)  判示第1の犯行においては、被告人は、Cの提案を受け入れる形で後から相場操縦に加わり、Aらの要請に応じて資金提供はしたが、相場操縦の具体的経過や手法についてはAらから報告を受けていなかったものであって、共犯者間における役割は主導的なものとはいえない。また、判示第2の犯行については、60億円の本件貸付金の存在を問題視するEに引きずられて犯行を決意した面もある上、Eら専門家の知識・経験がなければ犯行を実現することは到底不可能であったと認められるのであって、代表取締役として被告人の責任が最も重いことは確かとしても、他の共犯者の刑責とそれほど違いがあるわけではない。

(2)  本件において、I株は比較的浮動株の少ない株式であったため、判示第1の犯行において売買の対象となった株を除くと、一般投資家等の売買の対象となった株数はそれほど多量であったとはいえず、判示各犯行が経済的不利益という面で一般投資家に及ぼした影響には一定の限度があったといえる。

(3)  判示第1の犯行を含む一連の相場操縦によるI株の株価高騰で被告人が得た利益は、そのほとんどがAらから要求される相場操縦資金に再度充てられるなどしたため、被告人は、結果的には利得を得ておらず、むしろ、Aらに渡した約41億円の個人資産が返済されずに損失となるなどして、現在、巨額の負債を抱えている。本件の各共犯者の中には、各犯行によって多額の利益や報酬を得た者もいることを併せ考えると、この点は、共犯者との公平の見地から考慮する必要がある。

(4)  被告人は、Iの民事再生手続において、同社に対する約80億円の損害賠償債務を認諾したほか、Iに対するほかの借入金等のうち、約9億円を弁済するなどその再建に被告人なりに努めていることがうかがわれる。

(5)  被告人は、捜査公判を通じて事実関係を概ね素直に認め、当公判廷においても反省の態度を示している。

(6)  被告人は、本件により73日間にわたり身柄を拘束され、Iの役職も辞職しているほか、マスコミ等により本事件が社会的に広く取り上げられる等の相応の社会的制裁を既に受けている。

(7)  Iの元社員や被告人の友人が情状証人として出廷し、被告人のために証言している。

(8)  被告人には前科前歴がない。

(9)  被告人は、昭和50年にIの前身にあたるT株式会社を設立してその代表取締役に就任した後、約28年もの長きにわたりその職務に励み、Iを同事業大手にまで成長させるなど同社の発展に尽力し、その生活態度は良好であった。

5  そこで、当裁判所は、以上の諸事情を総合考慮し、特に各共犯者との刑の均衡をも考慮すると、被告人を懲役3年に処した上、5年間その刑の執行を猶予するのを相当と判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 懲役5年、金3億4119万円の追徴)

裁判長裁判官 杉山愼治 裁判官 佐伯恒治 裁判官 松永智史)

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