大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成16年(特ノ)1号 決定 2004年10月25日

主文

別紙主文記載のとおり

事実及び理由

一  本件特定調停事件の概要

本件特定調停事件は、平成一六年二月四日に、申立人である千葉県住宅供給公社が相手方である株式会社千葉銀行ほか一〇社の民間金融機関(以下「相手方金融機関一一行」という。)、住宅金融公庫及び千葉県に対し総額約九〇八億円(相手方金融機関一一行に約七一四億円、相手方住宅金融公庫に約一五四億円、相手方千葉県に約四〇億円)の債務の確定と弁済方法についての調停を求めたものである。

二  本件特定調停の経緯

本件特定調停では、まず、申立人側の調停案策定の前提とされた経営改善計画及び事業計画の内容の相当性が問題となり、調停委員会は、あずさ監査法人及び新日本監査法人に対し、①特定調停手続申立てに至った経緯、事情、②申立人の業務及び財産に関する経過及び現状、③商業帳簿の記載状況、④否認(詐害)行為・相殺禁止に違反する行為の有無、役員の不正行為の有無、⑤再建計画についての意見の五点について調査嘱託を行った。これに対し、あずさ監査法人及び新日本監査法人から、平成一六年四月九日付けで調査報告書が提出された。そこで、申立人は、同報告書に記載された両監査法人の意見や、この間に提出された相手方らの意見を踏まえて、前記経営改善計画及び事業計画の見直しを行い、再度、事業計画を作成した。

他方、申立人は、所有資産の正常価格を総額約二九九億二七〇〇万円、早期処分見込価格を総額約二一二億四八〇〇万円とする意見書(以下「申立人意見書」という。)を提出していた。これに対し、相手方株式会社千葉銀行から意見書が提出され、申立人意見書の価格よりも少なくとも約七六億円は高額になるとの見解が示された。そこで調停委員会は、株式会社関東不動産鑑定所に対し、申立人意見書における評価の手法、基礎とされた数値等の妥当性について調査嘱託をした。これに対し、同関東不動産鑑定所からは、平成一六年七月三〇日付けで、申立人意見書の評価は概ね相当ではあるが、完成している宅地部分について約二六億円、流山市木地区の不動産について約六億三〇〇〇万円の価格の上昇がありうる旨の調査報告書が提出された。

三  申立人による調停案の提案

申立人は、平成一六年七月二〇日の第九回調停期日において、相手方住宅金融公庫と相手方千葉県を除く相手方金融機関一一行に対し総額約三五八億円(残元本に対する弁済率五〇・一パーセント)を弁済し、その余については免除を受けるという試算を示した。その後、前記の申立人意見書に対する調査嘱託の結果が第九回調停期日後に提出されたことを踏まえ、申立人は、平成一六年九月三日の第一一回調停期日において、調停案(以下「申立人調停案」という。)を提出した。

四  申立人調停案の相当性

申立人調停案は、相手方金融機関一一行に対する弁済総額を約三九二億六六〇〇万円(残元本に対する弁済率が約五五パーセントとなる。)とするものであるが、これは申立人の有する資産の範囲、すなわち、手持ち資金約五六億八〇〇〇万円、流山市木地区の移管に伴う相手方千葉県からの譲渡代金約三五億五〇〇〇万円、流山市木地区を除いた申立人所有の不動産の価格約三〇〇億円(これは、申立人意見書による正常価格の総額二九九億二七〇〇万円から流山市木地区の正常価格二五億四〇〇〇万円を差し引き、それに前記不動産の評価に関する調査嘱託の結果(宅地部分について約二六億円の価格の上昇がありうるとの意見)を反映させた金額である。)の合計約三九二億三〇〇〇万円を上回るものとなっている。申立人調停案によると、申立人は、相手方金融機関一一行に総額約三九二億六六〇〇万円を弁済するほか、相手方住宅金融公庫に約一五四億円を弁済し、相手方千葉県にも約四七億五〇〇〇万円を弁済することを考慮すると、申立人調停案は、現有資産の評価を上回る弁済を提案するものになっていると認められる。

また、申立人調停案は、申立人の事業計画を前提として、相手方金融機関一一行については、一部債務の三回分割による弁済と残額の放棄を、相手方住宅金融公庫に対しては期間四〇年の分割弁済と利息損害金の一部放棄を、相手方千葉県に対しては、他の相手方である債権者らに劣後する扱いをそれぞれ提示するものであるが、その前提とされた事業計画自体は、前記認定の見直しの経緯に照らしても一応の合理性を有するものと認められるし、当該事業計画に基づく弁済の方法及び弁済額についても、その算出過程に照らし、一応の相当性を有するというべきである。

さらに、申立人調停案による弁済率は、申立人が試算した申立人を清算した場合の予想弁済率を大幅に上回っているものである。

なお、本件特定調停の過程では、相手方らの多くから、申立人と相手方千葉県の実質的な一体性、あるいは相手方千葉県の申立人に対する監督責任等を理由として、相手方千葉県の責任を指摘する意見が述べられたが、申立人調停案では、相手方金融機関一一行に対する弁済の資金の大半を相手方千葉県からの借入れでまかなうものとされたほか、相手方千葉県の申立人に対する債権については、他の相手方らに劣後する扱いとされるといった配慮がなされている。これに対しては、相手方千葉県の責任のあり方としてはこれでは不十分であるとの意見が相手方金融機関一一行の中から出されており、申立人と相手方千葉県を実質的に同一視して取引を行ってきた相手方金融機関一一行の立場からすれば、そのような意見を述べること自体は理解できないわけではないが、相手方千葉県の負担は最終的に千葉県民の負担になることからすれば、申立人調停案は、相手方千葉県にも多大な負担をさせているものであるといえる。また、相手方らの中には、札幌地方裁判所においてなされた北海道住宅供給公社を当事者とする特定調停事件(平成一五年(特ノ)第一号 特定調停申立事件)において、北海道が損失補償をしていることと比較して、相手方千葉県がその責任に見合った負担をしているというには不十分であるという意見もあるが、北海道は金融機関との間で特定調停申立て前に別途損失補償契約を締結しており、相手方千葉県と相手方らとの間で損失補償に関する明示の合意がなされていない本件とは事案を異にする。

以上の事実に照らすと、申立人調停案は、調停案としては、一応の相当性を有するものといえる。

五  申立人調停案に対する相手方らの意見と調停委員会からの調停案の提示

申立人調停案に対しては、相手方らの一部から、①平成一六年度の申立人の事業収入からすると、申立人にはなお相当額の弁済余力があるのではないか、②特定調停成立時までの約定利息の支払及び最終弁済時での一定額の利息の支払をすべきである等の意見が出された。そこで、調停委員会は、これらの相手方らの意見をも考慮し、再度申立人側の平成一六年度の事業収入からの支払の可能性を検討し、平成一六年一〇月八日、申立人調停案に付加して、相手方千葉県を除く相手方らに対する金利分として、合計六億三〇〇〇万円余りの追加支払をすることを内容とする調停案を提示した。

六  調停委員会の提示した調停案に対する当事者の意見

調停委員会の提示した調停案に対しては、平成一六年一〇月一九日の第一四回調停期日までに、申立人、相手方株式会社京葉銀行及び中央三井信託銀行株式会社からは、同意するとの意見が、相手方千葉県からは、県議会の承認を条件として同意するとの意見が、相手方株式会社みずほ銀行、株式会社りそな銀行、株式会社三井住友銀行及び株式会社ユーエフジェイ銀行からは、同意の方向で前向きに検討している旨の意見が、相手方株式会社千葉銀行、株式会社千葉興業銀行及び住友信託銀行株式会社からは、一定の見直しを求めるが、調停委員会の提示した調停案に沿った民事調停法一七条に基づく決定(以下「一七条決定」という。)は尊重する旨の意見が、相手方株式会社新生銀行及び三菱信託銀行株式会社からは、同意しないとの意見が、相手方住宅金融公庫からは、現段階では諾否について回答できないとの意見がそれぞれ述べられた。ただし、相手方三菱信託銀行株式会社は、調停委員会の提示した調停案に沿った一七条決定がなされた場合には、それに対して異議を述べないとの意見を付していた。

七  本件決定とその内容

本件特定調停は、その性質上、申立人と相手方ら全員との間で合意が形成されない以上その成立が見込まれないところ、以上の本件特定調停の経緯に照らすと、本件においては、調停委員会からの最終的な調停案受入れの勧告がなされたにもかかわらず、一部相手方の同意がなされなかったことが明らかであり、結局、調停が成立する見込みはないと認めざるを得ない。しかし、前記認定のとおり、調停委員会が提示し、その受入れを勧告した調停案は、一応の相当性の認められる申立人調停案について、調停委員会においてさらに当事者双方の意見を聴取したうえで、相手方金融機関一一行及び住宅金融公庫に有利な修正を加えたものであって、相手方株式会社新生銀行、三菱信託銀行株式会社及び住宅金融公庫が同意していないとはいえ、申立人とその他の相手方全員は同意あるいは積極的には反対しないとの意向を示していることからも明らかなとおり、本件特定調停事件の調停案としては、相当な内容を有するものというべきである。そして、本件特定調停事件の成否は、申立人である千葉県住宅供給公社の今後の運営のあり方を左右するものであり、その成立が否定された場合の多数の関係者への影響は甚大なものとなることが予想される。また、そのような申立人の苦境に配慮し、最終的には本件特定調停に協力し、多額の債権放棄をも受け入れることもやむなしとしている相手方株式会社千葉銀行ほか八行の意向を無視することもできない。そこで、当裁判所は、以上のような経緯を踏まえ、民事調停委員上野正彦及び同内田実の意見を聴いたうえ、当事者双方のための衡平、その他一切の諸事情を斟酌し、主文のとおり、調停に代わる決定をする。

なお、相手方金融機関一一行の中には、調停委員会が提示した調停案については、相手方金融機関一一行が有する担保権の解除時期を本件調停成立時としていることに不満の意を表明するものもいる。確かに、本件決定では、担保権の解除時期が弁済期よりも前となり、これについて担保権者らが債権保全の観点から危惧と不満の念を抱くことも理解できないものではない。しかし、本件決定は、申立人が相手方千葉県から無担保で借入れをして第二回弁済を行うことを前提としており、申立人の資産に担保権が設定されていると、相手方千葉県からの借入れに支障をきたすおそれがあり、本件決定の定める債務の履行を確実とするためにも早期における担保権解除の必要があると考えられる。したがって、本件決定では、第一・第七項において、担保権解除時期を調停成立時とした。

また、相手方金融機関一一行の中には、平成一八年三月三一日の弁済について相手方千葉県の損失補償ないしは保証を求めるとの意見があった。その意見の趣旨は、平成一八年三月三一日の弁済の確保であると解されるが、本件決定では、第一・第六項において第一回弁済から第三回弁済までが約定どおりなされた場合に残債務の免除を受けるとし、三回にわたる弁済が確保されるよう配慮したところである。

なお、相手方株式会社新生銀行は、同行が本件特定調停事件の申立前日に申立人に対して行った申立人の預金を受働債権とする相殺に関し、相手方金融機関一一行に対する弁済においては、預金の担保としての機能・性質上、相手方金融機関各自の有する預金の多寡により配当額に差異を生ぜしめる弁済方法によるべきであって、各金融機関に対する預金を一般財産として弁済の財源に組み入れる調停委員会が提示した調停案は合理性を欠き、同意できないとしている。しかし、本件特定調停事件においては、相手方株式会社新生銀行を除く他の相手方金融機関一〇行は、本件特定調停申立てに至る過程では、申立人の預金に対する相殺を行っていない。そして、これらの他の相手方金融機関一〇行は、いずれも各金融機関の預金を一般財産として弁済の財源に組み入れる調停委員会が提示した調停案に対し、その点をとらえて異論は述べていないのである(なお、平成一六年一〇月一九日の第一四回調停期日においても、他の相手方金融機関一〇行から相手方株式会社新生銀行の考え方に同調する意見は述べられなかった。)。そうであるとすれば、確かに、相手方株式会社新生銀行の主張するような弁済方法にも一応の合理性はあるとはいえるのであるが、そのような考え方については他の相手方金融機関一〇行においても十分に理解したうえで、本件特定調停手続が成立しなかった場合の社会的経済的影響等も考慮し、できるだけ本件特定調停手続の不成立の事態を回避するために、大局的見地から、調停委員会が提示した調停案による弁済方法に異論を述べていないものと思われる。このことに加え、相手方金融機関一一行に対する弁済資金の大半が相手方千葉県からの借入れでまかなわれるという調停委員会が提示した調停案の特殊性も考慮すると、特定調停という手続を通じて相手方金融機関一一行に対する弁済の実質的な衡平を図るという観点でみる限りは、調停委員会が提示した調停案に沿って本件決定が示したような弁済方法のほうがより妥当であるというべきであり、当事者の互譲により、条理に即した解決を図ることを目的とする民事調停の目的にも沿うものであると考える。当裁判所としては、相手方株式会社新生銀行においても、申立人の経済的再生、関係する他の多くの当事者の意向等も考慮して、本件決定による本件事案の適正かつ妥当な解決に協力するよう期待するものである。

(裁判長裁判官 西岡清一郎 裁判官 佐々木宗啓 真鍋美穂子)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例