東京地方裁判所 平成16年(行ウ)1号 判決 2006年1月24日
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告が,原告に対し,平成13年12月25日付けでした,平成9年8月分から平成13年8月分に至る,別表1記載の年月分の源泉徴収に係る所得税の各納税告知処分及び不納付加算税の各賦課決定処分を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,社債の発行会社(3社)との間で,それぞれ,原告が一定の金額の預託を受けて,社債の償還債務の履行を引き受けることなどを内容とする契約(「デット・アサンプション契約」と称されている。)を締結し,同契約に基づき,各社債の元利金の償還期限に,各社債の支払代理人に対して当該元利金を支払ったという事実関係の下で,被告から,上記各社債発行会社から受け入れた預託金と償還した社債の元利金との差額相当額につき「預貯金の利子」を国内で支払ったものと認められるから,同額に対する所得税を源泉徴収して国に納付すべき義務があるとされて,所得税の納税告知処分を受けるとともに,不納付加算税の賦課決定を受けたのに対し,上記各処分の取消しを求めている事案である。
1 前提事実(争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 原告と社債発行会社との取引の概要
ア 原告(旧商号「株式会社P1銀行」)は,銀行法2条1項に規定する銀行業を営む金融機関である。
イ P2株式会社(以下「P2」という。),P3株式会社(以下「P3」という。)及びP4株式会社(以下「P4」という。)は,いずれも日本国内に本店を有する内国法人である。
ウ 原告は,平成8年1月9日から同9年1月13日までの間に,P2,P3及びP4(以下総称して「本件各社債発行会社」という。)との間で,それぞれ,別表2記載の各社債(いずれもユーロ円債。以下「本件各社債」という。)に係る元利金償還債務の履行引受を内容とする契約(以下「本件各契約」という。)を締結し(甲6の1,甲7の1,甲8の1。以下,本件各契約に係る各契約書を「本件各契約書」という。),本件各社債発行会社から,別表3記載の金員をそれぞれ受領した。
エ(ア) 本件各契約は,「デット・アサンプション契約」と称されているもので,デット・アサンプション契約は,支払期限が未到来である元利金支払債務(社債,銀行借入等)を有する企業が,その現在価値に相当する金額を銀行に預託する代わりに,銀行が債務を肩代わりする取引のことであり,契約締結により,法的には債務が消滅するわけではないが,銀行による債務の履行引受の結果,社債発行会社においては金利負担を削減することができ,会計上は償還がされたものとしてオフバランス処理をすることが認められ(ただし,脚注に偶発債務として注記することが必要とされる。),実質的に繰上償還と同じ経済効果が得られると説明されていたものである(なお,外貨建て社債の場合は,更に為替差損益を確定し,為替リスクをヘッジすることができる。)。
(イ) 本件各契約書の文言は,必ずしも同一ではないが,その要旨は,いずれも次のとおりである。なお,本件各契約において本件各社債発行会社が履行を引き受ける債務に係る各契約を「原契約」という。
a 原告は,原契約に基づく本件各社債発行会社の債務の履行を引き受ける。
原契約に基づく本件各社債発行会社の債務は,社債の元利金支払債務であり,原告は,本件各社債発行会社に代わって,本件各社債発行会社が発行した社債の元利金を本件各契約で定める支払日(以下「各支払日」という。)に原契約に定められた相手先(本件各社債発行会社の支払代理人等)に支払う。
b 本件各契約は,原契約の本件各社債発行会社の債権者に対して原告が債務を負担し,又は,保証人となる趣旨ではなく,原契約の権利義務関係に影響しない。
c 本件各社債発行会社は,原告に一定の金員(以下「A金員」という。その具体的細目は,別表3記載のとおり。)を預託する(なお,甲6の1の契約書3条には,A金員を原告本店に開設されるロンドン支店口座に預託する旨の記載があるが,「預託する」に相当する原文は「deposit」と記載されている。)。
d 本件各社債発行会社は,原告が前記aに係る支払義務を負担している間,原告から,A金員の返還を受けることができない(甲6の1の契約書中の表現は,「払戻不能な資金を支払う(pay the nonrefundable amount)」というものである。)。また,原告が前記aに係る支払をすべて完了した場合は,本件各契約上の一切の債務が消滅する。
原告の債務不履行等の事由が発生した場合には,本件各社債発行会社は,本件各契約を解約でき,その場合,原告は,本件各社債発行会社に対し,前記aのとおり預託されたA金員の残額(ただし,既に本件各社債権者に支払われた金額を控除し,利息を加算した金額)を支払う。
e 原告は,本件各契約に基づき,前記aの支払義務の履行として,各支払日に,本件各契約所定の金員(以下「B金員」という。)を支払う。
A金員は,上記B金員を一定の割引率によりA金員を受領する時点の現在価値に割り戻した金額を基にして決定されている。
(ウ) 原告は,本件各契約を締結し,本件各社債発行会社から,本件各契約書記載のA金員をそれぞれ受領した。
(エ) 原告は,受領したA金員を「定期預金」として管理し,各支払日に,A金員及びその運用益を基にB金員を支払った。
なお,原告が支払うB金員の総額はA金員を上回り,差額となる金員(「B金員の総額」-「A金員」,以下「本件金員」という。)が生ずるものである。
(2) 本件各契約に基づく支払資金の原告ケイマン支店への移管処理
ア 原告は,P2及びP3との間で,平成9年6月30日付けをもって,P4との間で,平成9年7月22日付けをもって,それぞれ,本件各契約につき,原告ロンドン支店を原告ケイマン支店と変更し,原告ロンドン支店から原告ケイマン支店に支払資金の残額を移管する旨,一部内容を変更する契約を締結した(以下「本件各変更契約」といい,その契約書を「本件各変更契約書」という。)。なお,本件各変更契約書には,原告への通知のあて先を原告ケイマン支店に変更する旨の記載があるが,あて先につき「c/o P1 Bank ,Ltd., Head Office」(株式会社P1銀行本店気付)との記載もある。(甲6の2,甲7の2,甲8の2)
イ 本件各変更契約に基づき,P2及びP3については,平成9年6月30日,P4については,平成9年7月22日の各時点の本件各契約に係るA金員のロンドン支店における残高が,本件各契約に係るケイマン支店の「定期預金」として移管処理された。
(3) 本件各契約に基づく社債の元利金の支払等
ア 原告は,本件各契約に係るB金員の各支払に合わせ,各支払に充てるA金員及びその利子である本件金員を計算,管理し,各支払日にB金員をそれぞれ支払った。
イ 原告が支払ったB金員には,それぞれ,A金員を超える部分の金額である本件金員が含まれており,原告は,本件各契約に基づき,各支払日に支払われたB金員に含まれる本件金員を,それぞれ,当該各支払日において「支払利息」として処理した。
上記支払金額(B金員)のうち,A金員を超える部分の金額(本件金員)の支払は,別表1の「本件各差額」欄のとおりとなる。
(4) 所得税の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定の経緯
ア 被告は,原告の本件金員の支払は,いずれも預金の利子の支払に当たり,その支払の際,その金額に100分の15の税率を乗じて計算した金額を源泉徴収し,これを国に納付すべきところ,その法定納期限までに納付しなかったとして,原告に対し,平成13年12月25日付けで別表1記載の年月分(以下「本件年月分」という。)の源泉徴収に係る所得税(以下「源泉所得税」ともいう。)について,同表の「納付すべき税額」欄のとおりの各納税告知処分(平成11年5月分は平成14年1月31日付けで変更された後のもの,以下「本件各納税告知処分」という。)をするとともに,同表の「不納付加算税の金額」欄のとおり不納付加算税の各賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」といい,本件各納税告知処分と併せて「本件各処分」という。)をした(甲1)。
イ 原告は,平成14年1月24日に本件各処分について異議申立てをしたところ,同年5月31日付けでこれを棄却する決定を受けたため,国税不服審判所長に対し,平成14年7月1日に審査請求をしたが,同所長から,平成15年10月9日付けで審査請求を棄却する旨の裁決を受けた(ただし,同裁決は平成15年12月9日付け裁決書訂正書により誤記が訂正された。)。(甲2ないし4,甲5の1及び2)
2 争点(争点に関する当事者の主張のうち,必要なものについては,後記第3「争点に対する判断」において適宜掲げた。)
(1) 本件各社債の元利金の一部を構成する本件金員が,源泉徴収義務の対象となる預金の利子(所得税法23条1項)に当たるか否か。
(2) 本件金員の支払が「国内における支払」(所得税法212条3項)といえるか否か。
(3) 原告が本件納税告知処分に係る所得税を源泉徴収をして国に納付しなかったことについて,「正当な理由」(国税通則法67条1項)があるか否か。
第3争点に対する判断
1 争点(1)について
(1) 預金の利子についての源泉徴収義務の関係法令の規定
ア 所得税法6条は,「第28条第1項(給与所得)に規定する給与等の支払をする者その他第4編第1章から第6章まで(源泉徴収)に規定する支払をする者は,この法律により,その支払に係る金額につき源泉徴収をする義務がある」と規定する。そして,同法第4編第5章212条3項(ただし,平成15年法律8号による改正前のもの。以下,同規定を引用する場合は同じ。)は,「内国法人に対し国内において第174条各号(内国法人に係る所得税の課税標準)に掲げる利子等,配当等,給付補てん金,利息,利益,差益,利益の分配,報酬若しくは料金又は賞金(中略)の支払をする者は,その支払の際,当該利子等,配当等,給付補てん金,利息,利益,差益,利益の分配,報酬若しくは料金又は賞金について所得税を徴収し,その徴収の日の属する月の翌月10日までに,これを国に納付しなければならない。」とする。また,同法213条2項1号は,同法212条3項の規定により徴収すべき所得税の額を,「その金額に100分の15の税率を乗じて計算した金額」としている。
イ 所得税法において,「内国法人」とは,国内に本店又は主たる事務所を有する法人をいい(2条1項6号),「国内」とは,同法の施行地をいう(同項1号)。
ウ 前記アの内国法人に係る所得税の課税標準について,所得税法174条1号は,内国法人が国内において支払を受けるべき所得税法23条1項(利子所得)に規定する利子等の額と規定しており,所得税法23条1項は,利子所得とは,公社債及び預貯金の利子(社債等の振替に関する法律第90条第3項(定義)に規定する分離利息振替国債(中略)に係るものを除く。)並びに合同運用信託,公社債投資信託及び公募公社債等運用投資信託の収益の分配に係る所得をいうと規定している。
エ そして,同法2条1項10号は,所得税法上の「預貯金」について,預金及び貯金のほか,これらに準ずるものとして政令で定めるものをいうと規定し,これを受けて,所得税法施行令2条は,預貯金は,銀行その他の金融機関に対する預金及び貯金のほか,労働基準法18条の規定により管理される労働者の貯蓄金等であるとしている。
オ なお,源泉徴収義務は,納税義務者の納税義務を前提とするものであるところ,前記アの源泉徴収義務に対応して,所得税法7条1項4号,5条3項は,内国法人が,国内において同法174条各号(内国法人に係る所得税の課税標準)に掲げる利子等,配当等,給付補てん金,利息,利益,差益,利益の分配又は賞金の支払を受けるときは,所得税を納める義務がある旨規定している。
(2) 預金及び預金の利子の意義等
上記(1)によれば,本件金員の支払が,源泉徴収義務の対象となる預金の利子の支払に当たるか否かは,本件金員が所得税法23条1項に定める預金の利子に当たるか否かによって決せられることとなる。
ところで,所得税法23条1項に定める「預金」の意義については,所得税法2条1項10号,所得税法施行令2条が,銀行その他の金融機関に対する預金をいうと規定しているが,銀行法その他の法令上預金の定義規定はない。そこで,銀行業の特質や社会及び取引の通念に照らし,上記預金の一般的な意義を解釈することが必要であるところ,銀行法上,銀行は,預金又は定期積金の受入れという受信業務と,資金の貸付け又は手形の割引という与信業務を併せ営むことを業とするものとして(銀行法2条2項),金融の仲介を行うことをその本質的機能とし,その信用を背景に広く公衆から預金を受け入れ,これを運用することにより収益を上げ,このような資金運用の対価として,預金者に利子(利息)を支払うのが通常であり(ただし,手形小切手の支払の委託に使用される当座預金については,利息は支払わず,預金者から手数料を徴収するのが通例となっている。),上記のような機能を満たす預金として,銀行取引約定書のひな型等には,普通預金,定期預金等が規定されているが,上記機能を満たす限り,預金の種類が上記ひな型に規定のあるものに限定されると解する理由はなく,預金者のニーズに応じた多様な金融商品が存在し得ると考えられる。
これらの諸事情にかんがみると,所得税法施行令2条に定める預金とは,銀行その他の金融機関が,不特定の公衆又は取引先から広く運用資金を調達することを主たる目的として,相手方(預金者)から受け入れ,保管する金銭であって,金融機関において当該金銭を費消することを許容され,預金者との約定に従って同額の金銭を返還することが約されたものと解するのが相当であり,預金の利子(利息)とは,このような預金に係る元本の使用の対価として,元本に対する一定の利率により定められる金銭等をいうと解することができる。
そうすると,預金の発生原因となる契約(預金契約)は,法的には,上記のような内容を含む金銭消費寄託契約の性質を有するものということができ,預金の利子の発生原因は,当該金銭消費寄託契約における利息の約定であるということができる。
(3) 本件各契約の評価
ア 本件において,原告と本件各社債発行会社との本件各契約が,上記のような利息の約定のある金銭消費寄託契約に当たるか否かが問題となるところ,その検討に当たっては,本件各契約について,契約書その他の関係書類の記載や,契約の目的,機能等に照らし,当事者の意思を合理的に解釈することが必要である。
イ このような見地から,まず,本件各契約に際して本件各社債発行会社に事前交付された取引説明書(乙8ないし11。以下「本件取引説明書」という。)をみると,同説明書には,取引の仕組みとして,社債発行企業(本件各社債発行会社)が預託銀行(原告)との間でデット・アサンプション契約を締結すること,その契約内容は原告が本件各社債発行会社に代わって社債の利払い及び償還元本の支払を行い,その履行の代わりに,本件各社債発行会社は原告に対する預託金の元利支払請求権(預託金返還請求権)を放棄することであること,本件各社債発行会社は,将来の元利支払債務の現在価値に相当する金額(A金員)を原告に預託し,原告は,その預託金(A金員)を運用し,預託金(A金員)と運用利息(本件金員)をもとに本件各社債発行会社に代わって社債発行契約に基づく元利金を支払代理人に支払うことが説明され,本件各社債発行会社から原告に預託される金額は,「デット・アサンプション実行時以降,債務者に対し将来支払われる元利金を,デット・アサンプション実行時の市場実勢金利に基づく割引率を用いて,現在価値に割り引くことで算出され」る旨記載されている。
上記各記載によれば,本件各契約において,原告と本件各社債発行会社との間で,①A金員の金額が,社債の元利金の各支払日ごとの支払額を一定の割引率により,A金員を預託する時点の現在価値に割り戻した金額を基にして決定されていること,②A金員が原告に預託されるものであること,③A金員とB金員の総額の差額が原告がA金員を運用することによって得られる運用利息であること,④本件各社債発行会社は,原告に対し本来は預託金返還請求権を有するものの,原告が本件各社債発行会社に代わってA金員とその運用利息を基に社債の元利金の支払債務の履行を行うことから,原告に対して預託金の払戻しは行わないこととされているということができる。
ウ 本件各契約書上は,本件各契約が預金契約であることを直接明示した規定はないが,本件各契約のうち,P2との契約に関する契約書(甲6の1)には,第3条において,支払の実行及び計算(b)として,「第2条(a)項に基づき原告に支払われる金額は前項と同様の通貨にて,原告本店に開設される原告ロンドン支店の口座(口座番号略)に預託する(deposit)ことにより行われる。」とあり,「deposit」には,「金銭又は他の財産を,保管あるいは保管使用し,現物で返還することを約束する他者に供与する行為。特に,安全と利便のために銀行にお金を預ける行為。あるいは,そのようにして供与された金銭又は財産。」という意味があり(弁論の全趣旨),これは,本件各契約が金銭消費寄託契約であることにそう内容になっているものといえる。
なお,原告は,乙4及び5において「預託」,「預託金」との用語を使用したのは,一般人向けになされたもので,法的に厳密なものではなく,預金を意味するものではない旨主張するが,乙4(「デット・アサンプション(資金の流れ)」と題する原告の内部資料)及び乙5(原告が著書となっているデリバティブの解説書)の文書の性質に照らせば,原告の上記主張には疑問を禁じ得ない上,預託又は預託金との用語が直ちに預金であることを否定するものとは解されないから,原告の上記主張は採用できない。
エ また,原告は,A金員の預託を受けるに当たり,「定期預金」の勘定科目を使用し,本件金員について「定期預金利息」の勘定科目を使用していた上(前記前提事実(1)エ(エ),(3)イ),本件各契約に基づき,各支払日に支払われたB金員に含まれる本件金員を「INTEREST AMOUNT(利子)」として処理し,原告の内部資料である乙4においても,「発行体に対する支払利息として記帳」していたことからすると,原告自身,本件金員を利子として認識していたとみるのが合理的である。
原告は,社債の償還債務について支払義務を確実に履行するためには,上記勘定を使用せざるを得なかったなどと主張するが,A金員については「その他負債」を,本件金員については「その他業務費用」を選択するなどして対応することは十分に可能であったと考えられ,実体に反するにもかかわらず,殊更に定期預金及び定期預金利息の勘定を使用しなければならなかった合理的理由は見いだし難い(なお,長期信用銀行法17条及び同法施行規則18条1項の貸借対照表の「(記載上の注意)」2及び損益計算書の同2によれば,「法令等に基づき,この様式に掲げる科目以外の科目を設ける必要が生じたときは,その性質に応じて適切な名称を付し,適切な場所に記載すること」とされている。)。したがって,原告の上記主張は採用できない。
オ 本件各社債発行会社は,本件各契約を締結するに当たり,事前に,大蔵大臣(当時)あてに,預金契約に基づく債権の発生等に係る取引許可の申請をしてその許可を得ており,その際作成,提出された許可申請書(乙12ないし14)の「取引の内容」欄に,原告との債務履行引受契約に基づき,原告ロンドン支店に資金を預託(乙12では「預金」)する旨記載され,「取引に伴う支払の方法」欄には,引受銀行の債務履行引受契約が履行された場合には,「預金債権」は,銀行に対する求償債務と相殺される(乙12では「求償債務の支払に充当(相殺)する」)旨記載されている。このことからすれば,本件各契約の一方当事者である本件各社債発行会社においても,本件各契約が預金契約であることを認識していたものとみるのが合理的である。
カ そして,本件各契約において,本件各社債発行会社は,原告に対してA金員を預託し,原告は,各支払日に本件各社債発行会社に代わって本件各契約所定のB金員を支払う義務を負うものとされ,A金員は,社債の元利金債務の各支払日ごとの支払額(B金員)を一定の割引率によりA金員を受領する時点の現在価値に引き直して計算した金額を基にして決定されること(前記(3)イ)から,その額は,B金員の総額を下回ることとなる。そうすると,本件各社債発行会社は,本件各契約を締結し,銀行である原告に対してA金員を預託したことにより,社債の元利金として,A金員の額を上回るB金員(総額)の支払を受け,その結果,当該元利金債務が消滅して,A金員とB金員の総額との差額である本件金員相当額の経済的利益を得ることになり,そのような預託金額を上回る経済的利益を得られることが本件各契約締結時に確定的なものとして約定されていた点に本件各契約の特質があるといえる(A金員を下回ることがない点でいわば,A金員が元本として保証された金融商品といえる。)。
他方,原告からみると,本件各契約において,預託を受けたA金員を上回るB金員(総額)を支払うために,A金員を運用し,その運用益とA金員相当額を原資とすることが予定されていたものであり(弁論の全趣旨),B金員の総額とA金員の差額である本件金員は,A金員の運用の対価であって,その額は,預託したA金員の額との関係でも,一定の割合により計算することができるものとして約定されていたとみることができる。
この点に関し,原告は,本件各契約において一定利率による利息の合意がなく,原告に対して本件各社債発行会社は利息債権を有しないと主張し,経済的実質からみて利息に類似するという理由で所得税法所定の預金の利子に当たると解することは租税法律主義に反する旨主張するが,上記に説示したところに照らせば,上記主張は採用できない。
キ 以上検討した本件各契約の関係書類の記載や契約の特質等によれば,原告は,本件各社債発行会社から,原告において当該金員を費消し,運用することを認める前提の下に,A金員の寄託を受けるとともに,本件各社債の元利金の各支払期日に,A金員及びその運用の対価,すなわち利息として一定利率により算定される本件金員との合計額(B金員)を,預金者である本件各社債発行会社に対して直接払い戻すことに代えて,本件各社債の元利金の支払債務履行のために,本件各契約上指定された原契約の相手先に対して支払ったものとみることができる。
そして,原告は,預金者の指定する相手方に対して金員を交付することにより,預金の払戻しを行ったもの,あるいは,その支払による求償権と預金の返還請求権とを,あらためて相殺の意思表示を行うことなく,対当額で相殺する旨の合意に基づき相殺したものとみることができる。
したがって,デット・アサンプション取引のために締結された本件各契約は,各支払日を返還期限として,A金員の寄託を受け,A金員に寄託を受けた期間に係る利子に相当する本件金員を加算した額をB金員として返還するという預金契約と,預託されたA金員及びその利子を原資として,B金員を本件各社債発行会社に代わって支払うという委任契約とが複合した契約であって,本件金員は,本件各社債発行会社が銀行である原告に消費寄託した預金(A金員)に対する利子に当たると認められる。
(4) 原告のその余の主張についての検討
ア 原告は,本件各社債発行会社から交付されたA金員が履行引受の対価である旨主張するが,デット・アサンプション契約に基づき,通常銀行が社債発行会社から交付される預託金の額は,原契約の債務の支払総額(社債の元利金合計額)を下回り,本件各契約においても,A金員はB金員の総額を下回っている。そうすると,銀行は,履行引受自体によって損失を受ける関係になる上,本件各契約において,本件各社債発行会社は,原告に対し,預託したA金員をそのまま社債権者(支払代理人)に支払うという事務を委任したわけではなく,預託したA金員をB金員に増殖させた上で,社債の元利金の支払に充てることを委任したものであるといえるところ,A金員からB金員への増殖は,支払事務の委任では評価され尽くされない部分ということができるから,預託を受けた金員を履行引受の対価とみることはできず,原告の上記主張は失当というほかない。
イ 原告は,預金契約の要素をなす寄託金返還請求権の有無という見地から,本件各契約において,原告が社債の元利金の支払義務を負担している間,原告からA金員の返還を受けることができないとされ,契約締結時にもともと返還請求権を有しないとされていることから,消費寄託契約に当たるとはいえない旨主張する。
しかし,本件各契約において,本件各社債発行会社がA金員の返還を受けることができないとされたのは,本件各社債発行会社が原告に対して本件各社債に係る元利金の償還債務の弁済を行うことを委任し,その原資としてA金員を預託したことによるものであり,その目的の限度で,返還請求権の行使の時期が制限されるとともに,消費寄託契約に基づく預託金の弁済期限が定められたものと解することができるから,原告の主張は採用できない。
ウ 原告は,預金の特質という見地から,本件各契約は,P2,P3及びP4の3社のみと締結されたもので,本件各契約において原告に預託された金員(A金員)は,不特定多数の者から受入れた金銭ではなく,本件各契約は,預金契約としての定型性,集団性及び継続性を欠くから,本件金員を預金の利子と認めることはできない旨主張する。
しかし,そもそも原告が主張する預金の上記特質が必須のものであるかどうかはおくとしても,本件各契約は,その目的や契約内容からみて,将来の金利負担の軽減等のニーズを有する不特定多数の企業との間で締結される可能性を有する取引であり,利息付き金銭消費寄託としての本質的な要件を共通にし,しかも,銀行の信用力等を背景に,預託した金員以上の払戻しが確実に行われるとの信頼を前提とするものであって,A金員は預金としての要件を欠くものということはできないから,原告の上記主張は失当というほかない。
エ 原告は,源泉徴収制度の適用範囲という見地から,ある所得が法人にのみ帰属し,個人には帰属し得ない所得である場合には,所得税の意義及び徴税技術上の観点から,当該所得に源泉徴収を行う必要はないから,法人間のみでしか行われないデット・アサンプション取引による利益については,法人税法上の益金として認識され,課税が行われれば足り,源泉徴収の対象とならないと解すべきである旨主張する。
しかし,本件各契約に基づく本件金員の支払のように,法人と法人との間でのみ行われることが予定された契約に基づく支払について,徴税及び納税の便宜の見地からみて,源泉徴収義務の対象とする必然性があるとはいえないとしても,現行の所得税法,国税通則法等の関係法令上,源泉徴収義務の対象とされる「利子」の支払について,特にそれが法人と法人との間でのみ行われることが予定された契約に基づく場合であるかどうか区分されていないから,原告の主張は,立法論の域を出るものではなく,現行法の解釈論としては採用できないといわざるを得ない。
オ さらに,原告は,本件各社債発行会社における会計や税務上の処理に関連した主張として,本件各契約締結当時,法的には債務が消滅する前であっても,会計上オフバランス処理が認められていたこと(法人税基本通達附則平成12・6・28課法2-7経過的取扱い(3)デッド・アサンプションの取扱い)から,税務上も,本件各社債発行会社において,本件各契約の締結時に本件金員相当額の経済的利益(償還差益)が生じたものとして,これを益金に算入して法人税の課税が行われており,そのため,本件各社債発行会社に生じた本件金員相当額の経済的利益の性質は,債務の繰り上げ償還による差益(償還差益)であって,利子所得に当たらず,これに課税することは,法人税と所得税の二重の課税の問題を生じ,そのような問題を生じないにしても,本件各社債発行会社が法人税を納付したことにより上記経済的利益について課税の漏れはない事案であることを考慮すべきである旨主張する。
しかしながら,債務の消滅に伴う利益と支払原資の増殖による利益は同一のものとはいえない上,先にみたとおり,本件金員相当額は,本件各社債発行会社と原告との本件各契約の解釈として,預金の利子として支払われたものと解することができるものであり,その性質が,本件各社債発行会社側の会計処理や法人税の納付によって変わるものとはいい難い。
また,法人税法68条は,内国法人が源泉徴収された所得税額は,その法人の所得に対して課される法人税額から控除することができるものとして,二重課税による不利益の防止に配慮しており,これは,源泉徴収制度の趣旨である徴税の便宜と法人税及び所得税の納税義務者の利益の調整方法として,特に不合理ということもできない。
原告の上記指摘は,詰まるところ,源泉徴収制度の適用範囲に関する立法政策を論難するものにとどまると評せざるを得ないところであって,結局,上記(3)クの結論の妨げとなるような事情ということはできない。
2 争点(2)について
(1) 所得税法17条は,源泉徴収の対象となる利子等を支払う者の当該支払につき源泉徴収をすべき所得税の納税地に関して,その支払をする者の事務所,事業所その他これらに準ずるものでその支払事務を取り扱うもののその支払の日における所在地とする旨規定しており,上記支払事務を取り扱うものの,その支払の日における所在地とは,その支払の事務が実際に取り扱われる人的,物的施設の所在地をいうものと解するのが相当である。
(2) 原告は,P2及びP3との間で,平成9年6月30日付けで,また,P4との間で,平成9年7月22日付けで,それぞれ本件各変更契約を締結し,本件各契約に係るA金員のロンドン支店における残高を,本件各契約に係るケイマン支店の「定期預金」として移管処理し,本件各契約に係る各支払日に,本件金員を含むB金員をそれぞれ支払ったものであり(前記前提事実(2),(3)),原告は,そのケイマン支店(所在地,英国自治領ケイマン諸島の「P.O.Box○○○○ α Building」)について,昭和57年3月16日,現地信託会社を代理人として,長期信用銀行法17条において準用する銀行法6条1項の規定に基づき当時の大蔵大臣の認可を受け,外国為替および外国貿易法22条の規定により,外国為替業務を行う営業所の新設の許可を受けていること(甲34)から,原告ケイマン支店の上記勘定を使用して行われたB金員の支払が,上記解釈に照らし,所得税法212条3項に定める「国内」での支払といえるかどうかが問題となる。
(3) この点に関し,原告は,上記ケイマン支店の開設以来,原告ロンドン支店とともに英国支店の一つとしてその役割を担い,その業務の内容及び管理体制は,昭和57年の開設以来平成15年3月31日の閉鎖に至るまで,何ら変わるところなく,原告英国支店として機能していたものである旨主張する。
(4)ア しかしながら,次のような事情を指摘することができる。
(ア) 原告は,債務履行引受契約に関する変更契約書等において,本件の取引に関する原告への通知のあて先を,P2及びP3については平成9年6月30日以降,P4については平成9年7月22日以降,株式会社P1銀行本店気付(c/o P1 Bank ,Ltd.,Head Office)と定めていた(甲6の2,甲7の2)。
(イ) 原告は,ケイマン支店設置認可申請書(乙18)において,ケイマン支店の人員の構成を支店長1名(兼任),支店長代理1名(専担),行員(1名兼任)計3名と記載していた。しかし,「ケイマン支店の運営に当たっては,当面現地に行員を派遣することはせず,原告の本邦及び海外の各拠点により開拓された外貨建貸付及びユーロベース預金につき,そのオペレーション及び記帳は東京で行うものとし,ケイマン支店はブッキングのみ帰属させる「記帳店舗」としての機能を持ち,現地金融当局との折衝等の現地事務も,現地に実在する信託会社(P5 Company(ケイマン支店))を通して行う」旨,上記ケイマン支店設置認可申請書に記載され,原告代理人としての上記信託会社は,原告の書面による指図に基づき原告ケイマン支店としての記帳行為や保持,通信の仲介等を行うことしかできないこととされていた(乙18の添付資料4代理人契約書(「AGENCY AGREEMENT」)5条)。
(ウ) 原告は,その金融整理管財人作成に係る「金融機能の再生のための緊急措置に関する法律第46条に基づく報告書」(乙16)及び「経営合理化計画 金融機能の再生のための緊急措置に関する法律第47条に基づく計画書」(乙17)において,平成9年3月ころ,経営危機が表面化し,同年4月1日抜本的なリストラ策を骨子とする経営再建策を発表し,その中で海外拠点からの撤退方針をうたい,全営業支店,海外現地法人の廃止を実施した結果,海外営業支店数は,平成9年3月の時点で5店舗であったのが,平成10年3月以降はゼロとなった旨報告している。
イ 上記アの各事情に加え,前記のとおり,原告の主張によれば,ケイマン支店の業務の内容及び管理体制は,昭和57年の開設以来平成15年3月31日の閉鎖に至るまで,何ら変わるところはないとしていることをしんしゃくすると,本件各変更契約後の本件各契約における債務の履行の引受けに係る事務(本件金員に係る支出額の計算,支出の決定,支払資金の準備等およその支払事務)は,英国自治領ケイマン諸島において取り扱われることはなく,日本国内にある原告の本店において取り扱われていたものとみることができる。
(5) そうすると,原告ケイマン支店の上記勘定を使用して行われたB金員の支払は,所得税法212条3項に定める「国内」での支払であると認められる。
3 争点(3)について
(1) 国税通則法67条1項によれば,源泉徴収による国税がその法定納期限までに納付されなかった場合,その国税の納税者(源泉徴収による国税を徴収して国に納付しなければならない者(同法2条5号))から,納税の告知に係る税額又はその法定納期限後に納付された税額の10パーセント相当額を不納付加算税として徴収することとされているが,同項ただし書により,当該告知又は納付に係る国税を法定納期限までに納付しなかったことに「正当な理由があると認められる場合」には,不納付加算税を徴収しないこととされている。
(2) そこで,原告が,本件納税告知処分に係る所得税を源泉徴収して国に納付しなかったことについて,上記「正当な理由」(国税通則法67条1項)があると認められるかどうかを検討するに,この点に関し,原告は,デット・アサンプション契約に基づく債務の履行の一部が「預金の利子」に該当するか否かについて,明確な法令及び通達が全く存在しないことに加え,「預金」という概念は,一般に,後日に同額の金銭の返還を受ける約束の下で他人に金銭を預けることをいい,社会通念上,デット・アサンプション契約に基づく金員(差額分)の支払が「預金の利子」に当たると認識することは極めて困難であったこと,会計上の取扱い上「利子」でないことが明らかにされていたこと,税務上も所得税法174条各号に掲げる「利子」に該当しない旨の公的見解が表示されていたこと等を総合考慮すれば,原告が「預金の利子」ではないと判断したことには相当の事情があったというべきである旨主張する。
(3) しかしながら,法令及び通達上,デット・アサンプション契約に基づく金員(差額分)の支払を預金の利子でないとする取扱いを明らかにした基準等は存在せず,これが預金の利子であることを否定する社会通念が存在するとは考えられないこと,原告は,本件各社債発行会社からA金員を「定期預金」勘定で受け入れ,本件金員を「支払利子」の勘定を使用して会計処理を行ったこと,原告が本件各契約締結に当たり使用した本件取引説明書(乙8ないし11)にも,「預託銀行は源泉税との関係上,国外の銀行が選定されますが(本邦銀行の海外支店で可能),預託に際しては,事前に大蔵大臣の許可を取得する必要があります。」と記載されていたことに照らすと,本件金員が預金の利子であるという可能性について認識し得たというべきである。原告は,上記本件取引説明書の記載について,税務上の正確な知識及び理解に基づき一定の認識又は見解を述べようとする意図はなかったなどと主張するが,本件取引説明書は,巨額の取引の説明書として,契約の相手方に対し交付された対外的な文書であることにかんがみると,原告の上記主張は採用できない。
原告が公的見解と主張するものも,税務雑誌において,国税庁に所属する職員が,デット・アサンプション契約についての社債発行会社における法人税の税務上の取扱いを述べたものであり,これにより,国税庁が,デット・アサンプション契約における損益を所得税法174条各号に掲げる利子等に該当しないという公式見解を表示していたと認めることはできない。なお,原告のケイマン支店を使用した支払と国内での支払の要件との関係についてみても,前記2(4)の事実関係によれば,原告は,源泉徴収の対象となる所得の支払地の判定において,国内での支払として源泉徴収義務の対象となることがあり得ることを認識し得たというべきである。
(4) そうすると,結局,原告は,税法の解釈,適用について,独自の見解に基づき源泉所得税の徴収及び納付をしなかったものと認められ,その事情は,税法の不知,誤解又は事実誤認に基づくものといわざるを得ないから,本件各納税告知処分に係る源泉所得税を法定納期限までに納付しなかったことについて,「正当な理由がある」とは認められない。
第4結論
1 本件各納税告知処分の適法性について
以上によれば,本件年月分についての本件金員の支払は,国内における内国法人に対する預金の利子の支払に当たり,その支払に際し,原告が源泉徴収して国に納付すべき所得税の金額は,所得税法212条3項,213条2項の規定により,当該支払額に100分の15の税率を乗じて計算した金額(法定納期限は,各支払日の属する月の翌月10日まで)であり,これを計算すると,原告が納付すべき金額は,別表1のとおりとなるところ,本件各納税告知処分に係る所得税の金額は,同表記載の金額の範囲内又は同額と認められる。
したがって,本件各納税告知処分は適法である。
2 本件各賦課決定処分の適法性について
本件各納税告知処分を前提に,原告の本件年月分における源泉徴収すべき所得税に係る不納付加算税の額を計算すると,別表1のとおり,本件各納税告知処分による納付すべき税額(国税通則法118条3項の規定に基づき1万円未満の端数を切り捨てた後のもの)を基礎として,同法67条1項の規定を適用し,100分の10の割合を乗じて算定した金額となるところ,本件各賦課決定処分に係る不納付加算税の金額は,上記各金額と同額と認められる。
したがって,本件各賦課決定処分は適法である。
3 よって,原告の請求はいずれも理由がない。
(裁判長裁判官 大門匡 裁判官 関口剛弘 裁判官 菊池章)