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東京地方裁判所 平成16年(行ウ)155号 判決 2005年12月06日

原告 株式会社A

代表者代表取締役 甲

訴訟代理人弁護士 上田太郎

同 片岡理恵子

被告 蒲田税務署長

中井孝

指定代理人 青木優子

同 渡邉泰雄

同 山崎秀利

同 浅川賢治

同 小茄子川栄治

同 加納崇

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告が、原告の平成13年5月16日から平成14年5月15日までの事業年度の法人税について、平成15年3月31日付けでした更正処分のうち、所得金額737万3187円を超える部分、納付すべき税額158万8500円を超える部分及びこれに伴う過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。

第2事案の概要

本件は、株主総会において前代表取締役に対する役員退職慰労金の支給を決議した原告が、当該事業年度においては未支給であったものの、これを損金の額に算入した上で青色申告書を提出したところ、被告から、当該前代表取締役には役員を退職した事実はなく、また、当該役員退職慰労金は法人税基本通達で損金算入が認められている役員の分掌変更等の場合の退職給与にも当たらないとして、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を受けたことに対して、これらの取消しを求めている事案である。

1  関係法令等の定め

(1)  法人税法(昭和40年法律第34号)130条2項は、税務署長が、内国法人の提出した青色申告書に係る法人税の課税標準又は欠損金額の更正をする場合には、その更正に係る国税通則法(昭和37年法律第66号。以下「通則法」という。)28条2項に規定する更正通知書(以下、単に「更正通知書」という。)にその更正の理由を付記しなければならない旨規定している。

(2)  ア法人税基本通達(昭和44年5月1日付直審(法)25、以下「本件通達」という。)9-2-23(役員の分掌変更等の場合の退職給与)は、法人が役員の分掌変更又は改選による再任等に際しその役員に対し「退職給与として支給した給与」については、その支給が、例えば次の(ア)ないし(ウ)に掲げるような事実があったことによるものであるなど、その分掌変更等によりその役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められることによるものである場合には、これを退職給与として取り扱うことができる旨定め、役員の分掌変更等の場合の退職給与の取扱いを明らかにしている。

(ア) 常勤役員が非常勤役員(常時勤務していないものであっても代表権を有する者及び代表権は有しないが実質的にその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者を除く。)になったこと。

(イ) 取締役が監査役(監査役でありながら実質的にその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者及びその法人の株主等で法人税法施行令(昭和40年政令第97号)71条1項4号(使用人兼務役員とされない役員)に掲げる要件のすべてを満たしている者を除く。)になったこと。

(ウ) 分掌変更等の後における報酬が激減(おおむね50パーセント以上の減少)したこと。

イ 本件通達9-2-24(退職給与の打切支給)は、法人が中小企業退職金共済制度又は適格退職年金制度への移行、定年の延長等に伴い退職給与規程を制定又は改正し、使用人(定年延長の場合にあっては、旧定年に到達した使用人をいう。)に対して「退職給与を打切支給した場合」において、「その支給をした」ことにつき相当の理由があり、かつ、その後は既往の在職年数を加味しないこととしているときは、「その支給した退職給与」の額は、「その支給した日」の属する事業年度の損金の額に算入する旨規定するとともに、その注書きで、この場合の打切支給には、法人が退職給与を打切支給したこととしてこれを未払金等に計上した場合は含まれない旨規定している。

ウ 本件通達9-2-25(使用人が役員となった場合の退職給与)は、法人の使用人がその法人の役員となった場合において、当該法人がその定める退職給与規程に基づき当該役員に対してその役員となった時に使用人であった期間に係る退職給与として計算される「金額を支給したとき」は、「その支給した金額」は、退職給与として「その支給をした日」の属する事業年度の損金の額に算入する旨規定するとともに、その注書きで、本件通達9-2-24の注書きは、本件通達9-2-25の取扱いを適用する場合について準用する旨規定している。

2  前提事実(争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  当事者等

ア 原告は、不動産の仲介・売買・管理等を目的とし、東京都大田区に本店を置く株式会社である。

イ 原告の現代表取締役は甲(以下「甲」という。)であり、前代表取締役は甲の父である乙(以下「乙」という。)である。

乙は、平成12年6月に、「慢性腎不全によるじん臓機能障害」として身体障害程度等級1級の認定を受けている(甲13)。

また、原告の平成13年5月16日から平成14年5月15日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)において、乙は原告の株式の95パーセントを保有していた(甲2)。

ウ 乙は、平成2年6月に原告の代表取締役に就任し、その後継続して、原告の代表取締役を務めてきたが、平成14年5月7日に代表取締役を辞任し(取締役をも辞任したか否かについては、後記のとおり争いがある。)、代わって、同日に原告の取締役に就任した甲が、原告の代表取締役に選任された。そして、同日に開催された原告の臨時株主総会(後記(3)イ(エ)にいう臨時株主総会のこと)で、乙に対する役員退職慰労金9000万円(以下「本件退職金」という。)の支給が決議された。

エ 乙は、少なくとも平成14年5月10日以降は原告の取締役の地位にある(乙が、同月7日以降も原告の取締役の地位にあったか否かについては、後記のとおり争いがある。)が、同人に対する従前の役員報酬は月額250万円であったところ、同人に対する新たな役員報酬は月額50万円とされた。

オ 原告の債権者である金融機関に対する従前からの乙個人の連帯保証債務は、解除されることなく、その後も継続している。

カ 原告の登記簿上では、乙は、平成11年8月6日の代表取締役及び取締役への就任登記を最後に、平成14年5月13日まで、その退任や就任(重任)登記は懈怠され、平成13年8月15日に代表取締役及び取締役を退任し、平成14年5月7日に取締役に就任した旨の登記が、同月13日付けでなされており、また、甲が、同月7日に代表取締役及び取締役に就任した旨の登記が、同月13日付けでなされている(甲5)。

(2)  処分に至る経緯等

ア 原告は、平成14年7月15日、被告に対し、本件事業年度の法人税について、所得金額を109万9827円、納付すべき税額を20万8200円とする旨の確定申告書(以下「本件確定申告書」という。)を青色の申告書により提出した。

イ 原告は、平成14年12月10日、被告に対し、本件事業年度の法人税について、所得金額を737万3187円、納付すべき税額を158万8500円とする旨の修正申告書(以下「本件修正申告書」という。)を青色の申告書により提出し、同月20日、被告から、過少申告加算税18万2000円の賦課決定処分(以下「当初過少申告加算税賦課決定処分」という。)を受けた。なお、原告は、本件修正申告書の中で、本件退職金を本件事業年度の損金の額に算入していた。

ウ 被告は、平成15年3月31日、本件退職金は本件事業年度において損金の額に算入することはできないとして、原告に対し、本件事業年度の法人税について、所得金額を9737万3187円、納付すべき税額を3135万円とする更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税446万4000円の賦課決定処分(以下「本件過少申告加算税賦課決定処分」といい、これと本件更正処分とを併せて「本件各処分」という。)を受けた。

エ 原告は、平成15年5月6日、国税不服審判所長に対し、本件各処分を不服として審査請求をしたが、国税不服審判所長は、平成16年1月21日付けで、原告の審査請求をいずれも棄却する旨の裁決を行ったので、原告は、同年4月15日に本訴を提起した。

オ 原告の本件事業年度の法人税に関する確定申告、修正申告、当初過少申告加算税賦課決定処分、本件更正処分及び本件過少申告加算税賦課決定処分並びに本件各処分に対する不服申立て等の経緯は、別表1記載のとおりである。

また、被告による課税所得金額、納付すべき税額及び過少申告加算税額の計算は、別表2記載のとおりである。なお、本件退職金の損金算入を否定した場合の計算は、同表記載のとおりとなる。

カ 本件退職金は、本件事業年度の末日の時点ではもちろん、その後の事業年度においても、未だ乙に対して支給されてはいない。

(3)  原告の株主総会議事録等の記載について

ア 乙が原告にあてた平成14年4月26日付け「辞任届」と題する書面には、乙が病気療養のため、原告の代表取締役及び取締役を辞任したい旨記載されている。

イ 原告の臨時株主総会議事録及び取締役会議事録には、要旨次のとおり記載等がある。

(ア) 平成14年5月7日、午前10時開催、午前10時30分閉会の臨時株主総会(以下「本件甲株主総会」という。)において、乙は病気療養のため当該株主総会終結と同時に取締役を辞任する旨及び甲をその後任者とする旨承認可決した。

上記事項に係る議事録(以下「本件甲株主総会議事録Ⅰ」という。)には、議長代表取締役として乙、出席取締役として甲、丙(以下「丙」という。)及び丁(原告の関与税理士である。以下「丁」という。)の記名押印があり、乙名下の印影は原告の代表取締役印によるものである。

(イ) 本件甲株主総会において、乙、丙及び丁は、平成13年8月15日に取締役の任期を満了し退任していることになるので、その後任の取締役として乙、甲、丙及び丁を選任する旨承認可決した。

上記事項に係る議事録(以下「本件甲株主総会議事録Ⅱ」という。)には、議長代表取締役として乙、出席取締役として甲、丙及び丁の記名押印があり、乙名下の印影は原告の代表取締役印によるものである。

(ウ) 平成14年5月7日、午前10時40分開催、午前11時散会の取締役会(以下「本件甲取締役会」という。)において、甲を代表取締役に選任した。

本件甲取締役会に係る議事録(以下「本件甲取締役会議事録」という。)には、議長代表取締役として甲、出席取締役として乙、丙及び丁並びに監査役戊の記名押印があり、乙名下の印影は原告の代表取締役印によるものである。

(エ) 平成14年5月7日、午前11時15分開催、午前11時30分閉会の臨時株主総会(以下「本件乙株主総会」という。)において、先の取締役会で「代表取締役社長を退任し、今後は相談役としての職務に付くことになる取締役乙に対し、代表者としての在任中の功労に報いるため、退職慰労金として金9,000万円を贈呈」する旨承認可決した。

本件乙株主総会に係る議事録(以下「本件乙株主総会議事録」という。)には、議長代表取締役として甲、出席取締役として乙、丙及び丁の記名押印があり、甲名下の印影は原告の代表取締役印によるものである。また、「平成14年登簿第336号」及び「平成捨4年5月9日公証人B役場」の押印がある。

(オ) 平成14年5月10日、午前10時開催、午前10時30分閉会の臨時株主総会(以下「本件丙株主総会」という。)において、原告の債権者等からの強い要請により乙を取締役に復職させる旨承認可決した。

本件丙株主総会に係る議事録(以下「本件丙株主総会議事録」という。)には、議長代表取締役として甲、出席取締役として乙、丙及び丁の記名押印があり、甲名下の印影は原告の代表取締役印によるものである。

(カ) 平成14年5月10日、午前10時開催、午前10時30分散会の取締役会(以下「本件乙取締役会」という。)において、平成14年5月分からの役員報酬を、甲は月額100万円、乙は月額50万円とすることとする旨可決確定した。

本件乙取締役会に係る議事録(以下「本件乙取締役会議事録」という。)には、議長取締役として甲、出席取締役として乙、丙及び丁の記名押印があり、甲名下の印影は原告の代表取締役印によるものである。

(4)  本件各処分に係る更正通知書の記載

本件各処分に係る更正通知書(以下「本件更正通知書」という。)には、本件各処分の理由として、原告は、本件事業年度において、乙が平成14年5月7日に退職し、同月10日に取締役に復職したとして、同月15日付けで乙に対する本件退職金の額を未払金として計上しているが、次のとおり、同人が本件事業年度において退職した事実は認められないことから、本件退職金の額は原告の本件事業年度の損金の額に算入されないので、本件事業年度の所得金額に加算した旨の記載がある。

ア 原告の本件乙株主総会議事録によれば、本件退職金は、平成14年5月7日、代表取締役を辞任し相談役としての職務に就くことになる乙に対し、代表者としての在任中の功労に報いるための退職慰労金である。

イ 原告の登記簿の履歴事項全部証明書によれば、乙の取締役就任は、平成14年5月7日となっている。

ウ 乙は、上記アの決議により代表取締役から取締役になったものの、その後も継続して実質的に原告の経営上主要な地位を占めていると認められる。

エ 法人税法22条3項2号の規定により損金の額に算入すべき金額は、当該事業年度の販売費、一般管理費、その他の費用(償却費以外の費用で当該事業年度の終了の日までに債務の確定しないものを除く。)の額と規定されているところ、上記ア及びウのとおり乙は代表取締役を退いてはいるものの、役員としての地位は継続している上、退職した事実も退職したと同様の事実も認められないので、原告の本件事業年度の債務として確定していることは認められない。

3  争点

(1)  乙の役員退任の有無(乙が原告の役員をいったん退任したか否か。)

ア 被告の主張

(ア) 乙の役員退任について

乙は原告の役員を退任してはいない。

すなわち、まず一般的には、会社の代表取締役の地位にあった者がその地位を辞任し、代表取締役以外の当該会社の取締役としての業務に従事している場合には、たとえ、代表取締役を辞任したことにより会社の代表権を喪失したとしても、その者は単に役員としての分掌が変更されたにすぎないのであるから、当該会社を退職したということはできず、この場合に当該役員に退職金として金員を支給したとしても、役員退職金としては損金の額に算入されない。

そして、次のとおり、乙が平成14年5月7日に原告を退職したという事実はないから、本件退職金を本件事業年度の損金の額に算入することはできない。

a 原告作成の各議事録が信ぴょう性に欠けることについて

被告が平成14年10月16日に調査した時点では、原告からは、乙の辞任届、本件甲株主総会議事録Ⅰ及び本件丙株主総会議事録は提出されてはいなかった。

また、原告作成の各議事録は、乙が少なくとも本件甲株主総会議事録Ⅱを登記用に作成したことを認めていることからして、証拠価値は極めて低いというべきである。

さらに、①乙が取締役を辞任する旨決議されたとする本件甲株主総会直後の本件甲取締役会及び本件乙株主総会の議事録である本件甲取締役会議事録及び本件乙株主総会議事録には、いずれも退任したはずの乙が取締役として出席した旨の記載があること、②本件甲取締役会議事録には、出席取締役乙の欄に原告の代表取締役印が押印され、議長代表取締役甲の欄には「甲」の印が押印されていること、③本件丙株主総会と本件乙取締役会は、いずれも同日の同時刻に開催されたこととされていること、④本件甲株主総会、本件乙株主総会及び本件丙株主総会(以下「本件各株主総会」という。)並びに本件甲取締役会及び本件乙取締役会(以下「本件各取締役会」という。)の各議事録に出席取締役として記名押印がある丙は、実際には出席したことはなく、各議事録に押印された印鑑は預けられたものが押印されたにすぎないことからすれば、これらの各議事録は、いずれもその内容に信ぴょう性があるとはいえない。

この点、原告は、乙が本件甲取締役会議事録に代表取締役印を押印しているのは登記実務に則った方法である旨主張するが、本件甲株主総会議事録Ⅰが真実に即しているのであれば、乙は、本件甲取締役会の時点では、取締役会への出席権を有しないのであるから、本件甲取締役会議事録及び本件乙株主総会議事録に関する原告の主張する登記実務は、そもそもその前提を欠いているというべきである。

仮にこの点を措くとしても、本件各株主総会及び本件各取締役会の各議事録には、乙が、原告の代表取締役社長及び取締役を退任した旨の記載は認められるものの、原告を退職した旨の記載は認められず、その上、本件乙株主総会議事録には、「代表取締役社長を退任し、今後は相談役としての職務に付くことになる取締役乙に対し、…退職慰労金として金9,000万円を贈呈したき旨」について、「一同これを承認可決した」と記載されていることからすれば、乙が、代表取締役社長及び取締役退任後も、引き続き、相談役として原告の職務に就いていることは明らかである。

b 乙は登記簿上もその任期は継続し退任していないことについて

原告の登記簿によれば、乙は、平成11年8月6日に代表取締役及び取締役に就任後、その任期満了日である平成13年8月15日に代表取締役及び取締役を退任し、平成14年5月7日に取締役に就任したとされているところ、これは、原告の取締役選任懈怠であり、同日付けの本件甲株主総会において、平成13年8月15日に任期満了したことになる乙、丙及び丁の後任の取締役として乙、甲、丙及び丁を選任し、平成14年5月13日にそれらの登記がされたことを示している。してみると、乙は、原告の代表取締役及び取締役を退任してから取締役に就任するまでの期間である平成13年8月16日から平成14年5月6日の期間においても、引き続き任期を継続し取締役としての権利義務を有することになる(商法258条1項)。

そして、登記簿上も、乙は、同月7日付けで取締役に就任しており、上記のとおり商法上も乙の任期は継続していることとなるから、乙が同日に原告の取締役を退任したとは認められない。

c 辞任に至る経緯が不明瞭であることについて

乙は、人工透析の負担が大きいとしながらも、平成14年4月から平成15年9月までの約1年半の間に14回泊まりがけの旅行やゴルフに出かけており、体力に問題はなかった上、後継者としての長男甲の育成についても、原告程度の小規模な同族会社において通常みられるように、世代交代を円滑に進めるため、後継者を取締役に就任させ、金融機関や取引先に引き回した後に代表権を譲り渡すという手法がとられておらず、事実上、経理や営業を勉強させていたにすぎないといった余りに唐突で無計画なものであって、乙の辞任に至る経緯は不明瞭であるといわざるを得ない。

d 辞任の時期が不自然であることについて

原告の事業年度の末日は5月15日であり、定例の株主総会は7月に開催されているところ、原告は、本件事業年度において、決算直前の平成14年5月7日に臨時株主総会を開催し、乙の辞任を承認している。

しかし、乙は平成12年に入院した際にも、決算業務を丁に任せて無事済ませているのであり、本件事業年度においては、後継者として成長していたとする長男甲もいたはずであるから、あえて決算直前に辞任する必要はなかったものである。

加えて、乙は、後記(ウ)のとおり、平成14年6月17日には別会社である有限会社C(以下「C」という。)の取締役に就任していること、上記cのとおり頻繁に旅行等をしていたことに照らせば、乙の辞任及び本件退職金の支給決議の時期は極めて不自然である。

e 3日間の離任について

仮に、乙が3日間程度原告の取締役から離任していたとしても、これをもって乙が原告を退職したと評価し得るものではない。

(イ) 原告の債権者である金融機関から乙の取締役への復職を要請されたことはないことについて

a 原告が、債権者金融機関に乙の退任の報告をしたこと及びそれに伴い債権者金融機関から乙の取締役への復職を要請されたことを裏付ける証拠はない。

むしろ、原告の取引先の各担当者であるD信用組合雑色支店長のE(以下「E」という。)、D信用組合蒲田支店長のF及びG銀行蒲田支店長のH(以下「H」という。)らはこれを否定していることからすると、原告が債権者金融機関に対し乙の退任を具体的に説明した事実及び債権者金融機関から乙の原告取締役への復職を要請された事実は、いずれも存在しないというべきであって、乙は復職するまでもなく原告の取締役としての職務を継続していたとみるのが自然であり、乙が退任したという事実は到底認めることができない。

b 原告主張のI(以下「I」という。)は、平成13年11月28日付けで、G銀行(当時のJ銀行)の蒲田支店長から虎ノ門支店長に異動しており、代わって、同日付けで、Hが同銀行の熊本支店長から蒲田支店長に異動しているところ、5か月以上も前に同銀行蒲田支店から虎ノ門支店に異動したIが、前任地の担当会社の役員人事に関して意見を述べるというのはおよそ信じ難い上、G銀行蒲田支店に対する、原告の普通預金、定期預金、通知預金及び融資取引に係る代表取締役の変更手続は、乙が代表取締役社長を退任したとする平成14年5月7日の約2年後の平成16年3月15日に行われており、このことからすれば、原告の役員人事には関知しなかったとするHの供述には十分信ぴょう性が認められるというべきである。

また、K信用組合は、平成13年11月2日に破綻し、平成14年4月30日に事業の全部をD信用組合に譲渡しており、K信用組合六郷支店も、同日付でD信用組合雑色支店(支店長E)として営業を開始しているものである。したがって、原告主張のK信用組合の六郷支店長であったL(以下「L」という。)は、平成14年5月ころには、もはや、原告の前代表者の去就につき原告の取引金融機関として意見する立場にはなかったものである。

仮に、IやLらが乙に対して何らかの意見を述べたことがあったとしても、それは、乙の友人として同人らが個人的な見解を述べたにすぎないものと評価するのが相当であるから、いずれにしても原告の上記主張は採用し得ないというべきである。

c そして、何より、乙が取引金融機関の意見にそれほどの重きを置いていたのであれば、辞任を決意した時点で相談してしかるべきはずであるが、この点に関する乙の供述は二転三転して曖昧であり、少なくとも、取締役を辞めるとか代表者を辞めるといった話はしていないのであって、何一つ相談していないに等しく、辞任後にその旨報告したところ諌められたため直ちに翻意したというのでは余りに不自然である。仮に、事前に相談していたのであれば、IやLらは、これを思いとどまるよう説得したはずであり、乙はその説得の趣旨を十分吟味した上で、あえて辞任に踏み切り、辞任した後、改めて復職を勧められるや直ちに翻意したことになるのであって、やはり甚だ不自然である。

(ウ) 乙の就労について

乙は、平成14年6月17日に、不動産の賃貸及び管理等を業とするCの取締役に就任して、それまでCの取締役を務めていた甲に代わってCを代表し、現在もなおその経営に当たっている。乙が、原告の経営から退いたとする時期の直後に別会社であるCの取締役に就任している事実は、同人が自分の病気療養に専念するために原告の経営から退いた旨の原告の主張とそごし、乙が日常生活における活動をある程度制限されているとしても、原告の主張は、その前提において失当であるといわざるを得ないこととなる。

(エ) 原告における損金処理の実態について

a 乙の妻に対する退職金支給

原告は、平成10年6月16日から平成11年6月15日までの事業年度において、同日付けで、当時の原告の従業員であったM(乙の前妻)に対する退職金の額3500万円を計上し、同事業年度の損金の額に算入しているところ、Mは、平成2年1月に原告に入社し、平成11年5月31日に退職しているので、原告での勤続年数は10年にも満たないにもかかわらず、原告は、同人に対するものとして、世間一般の常識では考えられない多額の退職金を計上していた。当該退職金を計上した後の原告の上記事業年度の当期利益の金額は2669万3546円であり、同事業年度の確定申告における原告の法人税額は、上記退職金の額3500万円を計上したことにより、1207万5000円減少した。

b Nに対する退職金支給

原告は、平成12年5月16日から平成13年5月15日までの事業年度において、同日付けで、当時の原告の従業員であったN(乙の現在の妻)に対する退職金の額1500万円を計上し、同事業年度の損金の額に計上しているところ、Nは、平成3年10月1日に原告に入社し、平成13年4月30日に退職したこととされており、上記aのMの場合と同様、原告での勤続年数は10年にも満たない従業員であるにもかかわらず、原告は、同人に対するものとして多額の退職金を計上していたが、原告に対する税務調査を経て、原告は、当該退職金の額のうち598万円につき過大退職給与であるとして、上記事業年度分の法人税の修正申告書を平成14年2月10日に被告に対して提出している。当該退職金を計上した後の原告の上記事業年度の当期利益の金額は1047万3447円であり、同事業年度の確定申告における原告の法人税額は、上記退職金の額1500万円全額の計上が認められた場合には、450万円減少するはずであった。

c 乙に対する本件退職金の支給

原告は、本件事業年度の末日に本件退職金の額9000万円を計上し、同事業年度の法人税の確定申告において同額を損金の額に算入しているところ、本件退職金がいまだに未払のままとなっている経理処理に合理性は見いだせず、支払方法すら決まっていなかったことに照らせば、上記a及びbで述べたように、原告は、以前にも、決算の見通しが立ち、多額の利益を計上することが予想される事業年度の終了直前に、多額の退職金を計上することにより、当該各事業年度の利益の額を過少にする行為に及び、それがある程度奏功したことから、本件退職金の支給を決議するに及んだものと推測される。本件において、未払退職金9000万円全額の損金算入が認められた場合、原告の法人税額は、2976万1500円減少するはずであった。

d Cとの不動産売買

原告のかかる意図は、次のようなCとの不動産売買からもうかがえる。

すなわち、原告は、平成14年5月1日付けで、Cに対し、東京都大田区所在の土地建物を代金2000万円で売り渡しているが、原告は、上記取引を行ったことにより、本件事業年度において約1746万円の固定資産売却損を計上している。その上、原告は、同日、Cとの間で、原告を貸主、Cを借主とする上記不動産売買代金相当額である2000万円の金銭消費貸借契約を締結し、貸金をCの代金債務の支払に充当している。利潤追求を目的とする会社において、資金繰りの必要もないのに、わざわざ買主に代金を融通し、多額の売却損を計上してまで資産を売却することには何ら合理性を見いだしえない。原告の現代表取締役である甲は従前Cの代表者を務めており、乙は、原告の代表取締役を退いたとした後、Cの代表者に就任しているのであって、このようなCとの間で、当該事業年度に多額の利益が発生すると見込まれた決算期末近くの時期に、かかる取引を行っていることからも、利益を圧縮して租税負担を軽減しようとする原告の意図は明らかであるというべきである。

イ 原告の主張

(ア) 乙の役員退任について

乙は、平成14年5月7日に原告の取締役を退任している。

すなわち、乙は、平成12年4月に腎不全により入院して以来、週に3日人工透析を必要とする身となり、「じん臓の機能障害により自己の身辺の日常生活活動が極度に制限されるもの」として身体障害者1級の認定を受けるに至った。そして、次第に気力体力が著しく低下し、経営業務を自ら実質的に行うことが限界となったため、今後は病気療養に専念すべく、甲に原告の経営を全面的に任せ、代表取締役及び取締役のいずれをも辞任することを決め、平成14年4月26日、原告に辞任届を提出した。

乙は、丁から、代表取締役のみならず、取締役をも辞める場合には、原告からの収入はなくなることになると伝えられていたが、命の方が大切であるので、辞める決意をしたものである。

乙は、同月から平成15年9月にかけて何度か国内旅行をしているが、そのほとんどが家族旅行や仕事上やむを得ない接待旅行である。乙は、せいぜい2泊の小旅行を、その時々の体調を気遣いながら、行ける範囲で何回か重ねていたにすぎない。ゴルフについても、病気で引きこもりがちな乙を元気付けようと同業者がわざわざ誘ってくれたので、感謝の気持ちから、費用を負担してでも、その誘いに応えたものであり、その内容も、競技ゴルフのようなものではなく、カートを使用し体力を使わない散歩程度のものにすぎない。

そして、平成14年5月7日の本件甲株主総会で、乙の代表取締役及び取締役の各辞任が了承されたものである。

その後、乙が原告の相談役に就任しても、既に乙が原告の代表取締役及び取締役を退任した事実に影響を及ぼすものではない。

(イ) 乙の取締役再就任について

a その後、原告が、平成14年5月8日又は9日に、乙の代表取締役及び取締役の辞任を金融機関に報告したところ、金融機関からは、原告の債務について乙個人の連帯保証債務の継続と名目的取締役でも構わないので乙が取締役へ復職することを強く要請されるとともに、乙が取締役に復職しない場合には、今後の融資は難しい旨伝えられた。

すなわち、G銀行蒲田支店前支店長Iは、同月8日又は9日に、乙が健康上の理由から原告を辞めた旨述べたところ、代表者を甲に譲ることは差し支えないが、取締役まで辞めてしまうのは問題である旨述べた。また、K信用組合が経営破綻しD信用組合に事業が引き継がれるまでは、原告はK信用組合と取引していたところ、その六郷支店長であったLに対して、同月8日又は9日に、乙が代表取締役及び取締役を辞めたと述べると、取締役まで辞任することには反対された。さらに、D信用組合雑色支店長のEも、乙が代表者のみならず取締役まで辞任する事態は想定しておらず、それゆえに、これを容認できない旨表明しているところである。

b そこで、原告は、乙を名目的なものではあるが取締役に復職させ、連帯保証債務も継続させることとし、月額50万円の役員報酬を支払うこととして、平成14年5月10日の本件丙株主総会及び本件乙取締役会でその旨決議した。

c 被告は、原告との取引関係等についてよく知る融資・営業の担当者ではなく、決裁権者である支店長で、しかも、従前の経緯を知らない現支店長からの申述を聴いただけで、金融機関からの乙の復職の要請の事実を否定しているが、かかる申述には信用性がない。特に、G銀行蒲田支店長Hが乙とは希薄な関係であったことは、原告の代表者の変更手続が2年もの間放置されていたことからもうかがわれる上、Hの申述には、同人が支店長の時に原告がG銀行から融資を受けたことがないにもかかわらず、これがあると虚偽の事実が述べられており、また、同人は申述書に署名押印を拒否していることからしても、信用できないものである。

(ウ) 原告の各議事録の記載について

a 本件甲取締役会議事録

本件甲取締役会議事録には、辞任した乙が出席取締役として記載され、代表取締役印が押されているが、これは、議事録の真正な成立及び議事内容の真実性・正確性を担保するための技術である。

すなわち、代表取締役の選任決議をした取締役会議事録について、登記実務上は、①法務局に登録されている代表印が押印されている場合には、当該取締役会議事録は真正に成立したものとみなされ、出席取締役等の押印者個人の印鑑証明書の提出が不要とされていること、②法務局に登録されている代表印が押印されていない場合には、当該取締役会議事録の成立の真正を担保するため、出席取締役等全員が個人の実印を押印し、かつこれらの実印についての印鑑証明書の添付が求められていること、③新代表取締役が実印を押印している場合には、就任承諾書の提出は不要とされていることから、前代表取締役に当該取締役会への出席権があり、かつ実際に出席していれば、前代表取締役が登録代表印を押印するのが登記実務であることに従ったものである。

また、既に取締役を辞任した前代表取締役が取締役会に出席した場合でも、登録代表印を押印することで、議事内容の真実性・正確性を法務局が担保してくれているので、このような取扱いをしているのが、実際の実務である。

b 本件乙株主総会議事録について

本件乙株主総会は乙への本件退職金の支給を決議した株主総会であり、当事者本人の出席により、支給金額に異論がないことを明確にしたものである。

c 本件丙株主総会議事録と本件乙取締役会議事録について

本件乙取締役会は、本件丙株主総会の閉会直後、これに引き続いて開催されたものであり、開催時刻の記載は若干正確性を欠くが、誤差の範囲内である。

d 丙の出席の有無について

原告の取締役の1人である丙は、当時、原告の事務所を月に1、2回訪問したり、電話連絡をしたりしており、乙との付き合いも深く、原告の経営や人事について十分に承知していたことから、議決や登記手続については乙に一任していたものである。乙の辞任についても承知しており、本件各株主総会及び本件各取締役会に参加していなくても、各議事録への押印も含めた一切を乙に委任していたものである。

(エ) 原告の登記簿の記載について

原告の登記簿の内容は、乙の平成14年5月7日付けの代表取締役及び取締役の各退任と、同月10日付けの取締役就任とを一体化して登記申請した結果、このような表示となったものである。

すなわち、原告は、平成13年8月15日までに株主総会を開催して取締役の改選手続をすべきであったが、これを懈怠したため、登記簿上の記載では、同日付けで全取締役が任期満了となり、商法258条1項による権利義務を負う退任取締役となってしまっていたので、同日に退任したことになっている取締役が平成14年5月7日付けで重ねて退任することは登記簿上できないため、このような記載となったものである。

登記簿の記載は事実関係を正確に表しているわけではないから、課税庁が課税要件の充足を検討する際には、客観的事実関係に即して行うべきである。

(オ) Cの業務

乙は、平成14年6月17日にCの取締役に就任した旨の登記が、同年8月5日になされているが、Cはさしたる業務を行っていないから、乙が病気療養のために原告の経営から退いたことと、Cの代表者に就任したこととは矛盾しない。

すなわち、Cは、甲家の親族が経営していた同族会社であるところ、2件の不動産賃貸業のみを行っており、銀行借入れもなく、乙及び甲の居宅を本店とするのみで、他に事務所も構えてはいない。

そして、Cの前代表者である甲が原告の代表者に就任したことから、競業禁止規定に抵触する可能性があったために、甲はCの取締役を辞任し、甲家で取締役を任せられる人物が他にいなかったことから、乙が名目的な取締役となっただけである。

(カ) 原告における損金処理の実態について

被告は、乙の前妻Mや原告の元従業員で現在の妻のNに対する退職金の支給により原告の法人税額が減少したことについてるる述べるが、本件とは全く無関係であり、これが奏功したことから、本件退職金の支給を決議したと推測されるとして、本件退職金が、原告の法人税額を減少させるために当期利益の額を過少に申告する行為であると論じていることは、不当な偏見である。

また、原告が本件退職金をいまだに支給できないでいるのは、本件退職金の損金算入が否認されると、本件退職金は役員賞与という取扱いとなり、乙にも給与所得課税が生じ、二重課税となってしまうからである。

さらに、Cとの取引も本件とは無関係である。原告にとって、含み損が生じてしまった商品(不動産)があれば、利益の出ている時期に売却して含み損との相殺を図ることは、営利企業として当然のことである。

(2)  本件通達の適否(本件退職金について本件通達9-2-23の適用があるか否か。)

ア 被告の主張

次のとおり、本件退職金については本件通達9-2-23の適用はない。

(ア) 未払退職給与には本件通達9-2-23の適用はないことについて

a 役員退職給与とは、役員が会社その他の法人を退職したことにより支給される一切の給与をいうのであるから、法人が退職給与として役員に対して支給した給与であっても、当該役員の退職の事実がない場合には、原則として当該役員に対する臨時的な給与(賞与)として取り扱われることとなり、法人税法上、損金の額に算入することは許されない。

しかし、役員の分掌変更等により、その役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められるときには、実質的に退職とみて多くの企業では退職給与を支給する慣行があることから、本件通達9-2-23は、このような企業実態に配慮して、かかる場合には、現実に支給した給与を、税務上も退職給与として損金算入することを認めたものであり、同通達は、役員が引き続き在職する場合の役員退職給与について、一種の特例的な取扱いを明らかにしたものと解される。

b 本件通達9-2-23の文理上も、「支給した給与」と規定されており、未だ現実に支払われていない退職給与について本件通達9-2-23を適用する余地はないことは明らかである。

c そして、本件退職金は、本件事業年度において支払われてはいないのであるから、本件事業年度における損金の額に算入する余地はない。

d この点につき、原告は、本件通達9-2-24及び同9-2-25の各本文の文言や注書きの存在との比較をもって、同様の注書きがない本件通達9-2-23は、未払退職金の損金計上を認める趣旨である旨主張する。

しかしながら、本件通達9-2-25は、使用人から役員に昇格した場合、使用人は、それまでの雇用契約に基づく使用人としての地位をいったん退職し、新たに委任契約に基づいて役員(取締役)の地位に就くのであるから、従前の使用人であった期間に係る退職給与は、本来、当然に損金算入が認められてしかるべきであるところ、未払の場合にも損金算入を容認するときは、いわば退職給与引当金の全額積立てを認めたのと同じ結果になり課税上の弊害が生じるため、これを規制したものと解される。すなわち、これは、本件通達9-2-23とはそもそも趣旨からして異なる規定なのであり、同通達につき、本件通達9-2-25の注書きを反対解釈することは適当ではない。

また、本件通達9-2-24は、本来、使用人の退職の事実に基づいて損金算入の当否が判断されるべきものである退職給与の打切支給について、支給する相当の理由があり、かつ、その後は既往の在職年数を加味しないことを条件に特例的に損金算入を認めたものであるところ、同通達は、かかる打切支給が、いわば「退職金の前払」であるにもかかわらず、所得税法上、それを退職給与として課税しないと使用人(被用者)にとって非常に酷となることから定められたものとされているのであって、やはり本件通達とは趣旨を異にしており、本件通達9-2-25と同様、注書きの不存在を反対解釈すべきではない。さらにいえば、原告のような個人企業が法人の大半を占めているという我が国の現状において、未払の役員退職金の損金算入を容認した場合、法人のオーナーあるいはその関係者である役員と法人とのなれ合いにより、実際には支給する予定のない退職金相当額を損金計上することで、容易に租税負担を軽減することが可能となるため、これを防ぐという観点からも、未払退職給与については本件通達9-2-23の適用が認められないのは当然の理というべきである。

これに対し、本件通達9-2-24は、定年延長等による退職給与規定の制定・改正を前提としており、なれ合いによる退職金の未払金計上のおそれは少ないところ、そのような場合においても、未払退職金の損金算入を認めないことを確認するために、あえて注書きにおいてその旨明示したものと解しうる。

(イ) 乙には実質的に退職したと同様の事情が認められないことについて

a 乙は、本件事業年度、平成14年5月16日から平成15年5月15日までの事業年度及び同月16日から平成16年5月15日までの事業年度の各事業年度において、原告の発行済株式数の95パーセントを保有する大株主であるから、同人の意思で原告の経営を支配することができる影響力があり、いわば原告を実質的に所有する立場にある者であって、原告の取引金融機関の各担当者が、原告への融資の際の原告の担当者に関し、乙にも必ず立ち会ってもらう旨、あるいは、原告との重要事項に関する交渉は乙と行っている旨それぞれ供述していることからしても、乙がその地位の変更後も原告の経営に大きく関わっていることは明らかというべきである。のみならず、原告は、G銀行蒲田支店に有する各預金等に係る代表取締役の変更手続を、同年3月15日に行っているのであって、金融機関が、取引先の代表者の変更を認識しつつ変更の手続を行わないことは通常あり得ないことからしても、原告の取引先である同支店においては、同日ころまで、乙が原告の代表取締役であると認識していたこと及び原告においても代表取締役の変更手続をすべき事情が存しなかったことが認められる。

b そうすると、乙は、同人が代表取締役を退任した後も、従前と変わらず原告の経営に大きく関与していると認められるのであるから、その地位・職務内容が激変し、退職したと同様の事情があるとはいえない。

イ 原告の主張

仮に、乙が原告の役員を退任した事実が認められないとしても、原告は、次のとおり、代表取締役から単なる平取締役又は名目的取締役の地位になったのであるから、これは、本件通達9-2-23にいう役員の分掌変更の場合の実質的に退職したと同様の事情に該当するものである。

(ア) 法人税の徴収は、法人税法、同法施行令、同法施行規則に則ってなされており、税務の実務におけるその具体的運用は、本件通達に基づいて実施されている。

そして、乙は、代表取締役を退任し、新たに平取締役に就任し、その地位が激変するとともに、勤務日数も週に1、2日と格段に減り、経営の判断・決裁権者ではなくなり、金融機関と借入交渉等をしたり、渉外・交際活動をしたりすることもなくなり、現金預金その他の資産及び代表者印鑑の管理権者でもなくなって、ほとんど実質的な職務を行わないようになり、職務内容の激変が生じたものである。そして、このような職務内容の削除・変更に伴い、乙の報酬金額は、従前の月額250万円から50万円に激減している。

よって、乙は、本件通達9-2-23にいう「実質的に退職したと同様の事情にあると認められる」場合に当たるから、本件退職金は退職給与として取り扱うべきものである。

(イ) また、本件退職金は、株主総会で承認可決されているから、原告の本件事業年度の債務として確定している。

現在までのところ本件退職金は未払となっているが、このことは、次のとおり、本件退職金を退職給与として取り扱い、損金算入することの正当性に、何らの影響も与えないというべきである。

a 本件通達9-2-24は、退職給与の打切支給に関し、その本文において、「その支給した退職給与の額は、その支給した日の属する事業年度の損金の額に算入する。」と規定しながら、その注書きにおいて、「この場合の打切支給には、法人が退職給与を打切支給したこととしてこれを未払金等に計上した場合は含まれない。」と規定しており、「支給した退職給与」の中には「未払金等に計上した場合」とそれ以外の場合(実際に支払った場合)が含まれることを前提に規定されている。

b 同様に、本件通達9-2-25も、使用人が役員となった場合の退職給与に関し、その本文において、「その支給した金額は、退職給与としてその支給をした日の属する事業年度の損金の額に算入する。」と規定しながら、その注書きにおいて、上記本件通達9-2-24の注書きを準用し、「支給した金額」ないし「退職給与としてその支給をした」の中には「未払金等に計上した場合」とそれ以外の場合(実際に支払った場合)が含まれることを前提に規定されている。

c そして、本件通達9-2-23は、役員の分掌変更等の場合の退職給与に関し、その本文において、「退職給与として支給した給与」と規定しながら、本件通達9-2-24や同9-2-25のような注書きは存しない。

d そうすると、納税者の法的安定性や予見可能性を損なうことがないように、本件通達9-2-23について、本件通達の前後の条文と合理的、統一的な解釈を行えば、本件通達9-2-24や同9-2-25の直前に規定されている同9-2-23についても、「退職給与として支給した給与」の中には「未払金等に計上した場合」とそれ以外の場合(実際に支払った場合)が含まれるものと解すべきである。

e このことは、法人税法においては債務確定時に損金が計上されることとされており(同法22条3項2号)、本件通達が法人税法を具体化する規定であることからすれば、本件通達にいう「支給」とは、実際の支払のみならず支払債務の確定をも含む意味で一貫して使用されていることからしても、明らかである。

(3)  理由付記の不備の有無(本件更正通知書に理由付記の不備があるか否か。)

ア 被告の主張

本件各処分は、本件退職金が乙の退職の事実を起因として支払われているか否かについての法的評価に基づいて行われたものであり、当該法的評価について、本件更正通知書には、前記前提事実(第2の2)(4)のとおり、本件各処分の対象となった事項及びそれに対してどのような法的評価を行ったかが通常理解できる程度に記載されている。

すなわち、本件更正通知書には、本件各処分の対象となった原告が平成14年5月15日付けで未払金として計上した本件退職金についての法的評価として、乙は継続して役員の地位にあり「退職した事実」も「退職したと同様の事実」も認められないので、本件退職金は本件事業年度において債務として確定していない旨記載されているのであるから、その理由付記に不備はない。

イ 原告の主張

本件確定申告書及び本件修正申告書は青色申告書であり、被告は、乙について、実質的に退職したと同様の事情があるか否かについて、事実関係を認定すべきところ、現実に退職した事実の有無(法人税法22条3項、36条)と「実質的に退職したと同様の事情」の有無(本件通達9-2-23)という適用される根拠規定の異なる2つの事象を混同し、退職した事実の有無についてのみ理由に記載しているだけで、「実質的に退職したと同様の事情」に関する事実認定をしていないから、本件更正処分には、原因となる事実及びこの事実に対する法の適用判断の欠如があり、法人税法130条2項の定める理由付記の程度を満たしていない不備がある。

本件においては、乙が取締役を「退職した事実」又は「退職したと同様の事情」の双方について法的評価を加え、双方についての理由を付記しなければ、理由付記制度の趣旨である更正処分庁の恣意抑制及び不服申立ての便宜を充足する程度に具体的に理由が明示されたものとは認められない。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(乙の役員退任の有無)について

(1)  役員退職給与とは、役員が会社その他の法人を退職したことにより支給される一切の給与をいい、法人が退職給与として役員に対して支給した給与であっても、当該役員の退職の事実がない場合には、原則として当該役員に対する臨時的な給与(賞与)として取り扱われることとなり、法人税法上、損金の額に算入することは許されない。

そして、一般に、法人の役員の任期は、例えば、株式会社の取締役は2年を超えることができない(商法256条1項)とされ、また、監査役は4年内の最終の決算期に関する定時総会の終結の時までとする(同法273条)と定められており、その任期が到来する都度役員の改選が行われるので、形式的にはその任期が満了する都度いったん退職しているようにもみえるが、通常は再任されることが多く、そのような場合は、退職ではなく役員委任契約が継続しているものとして退職したとの取扱いはされていない。同様に、会社の代表取締役の地位にあった者がその地位を辞任し、代表取締役以外の当該会社の取締役等の役員として引き続き従事している場合には、たとえ、代表取締役を辞任したことにより会社の代表権を喪失したとしても、その者は単に役員としての分掌が変更されたにすぎないのであるから、当該会社を退職したということはできない。このような場合に当該役員に退職金として金員を支給したとしても、これは本来、役員退職給与とはいえず、役員賞与に当たるものというべきであるから、本件通達9-2-23にいう役員の分掌変更等の場合の退職給与に当たり、いわば特例的に損金算入が認められることになる場合以外には、これを損金の額に算入することはできないのが原則である(法人税法35条1項)。

(2)  本件において、被告は、本件退職金は、乙が原告の役員を退任した事実がないにもかかわらず支給決議を受けたものにすぎないから、これは役員退職給与には当たらず、役員賞与にすぎないから、これを損金に算入することはできない旨主張するのに対して、原告は、乙は平成14年5月7日にいったん原告の代表取締役及び取締役を退任した旨主張しているので、以下、まず、乙の役員退任の有無について、検討する。

(3)ア  前記前提事実(第2の2)のとおり、原告の登記簿上では、乙は、平成13年8月15日に代表取締役及び取締役を退任し、平成14年5月7日に取締役に就任した旨の登記が、同月13日付けでなされている。

この点、原告は、かかる原告の登記簿の記載について、平成13年8月15日付けで任期満了となり、同日に退任したことになっている乙が平成14年5月7日付けで重ねて退任することは登記簿上できないため、乙の同日付けの代表取締役及び取締役の各退任と、同月10日付けの取締役就任とを一体化して登記申請した結果、このような表示となったものにすぎない旨弁解する。しかし、真実、取締役に復職したのが同日であるとすれば、乙についてはその旨の記載のある本件乙株主総会議事録をもって同日付けで取締役への就任登記をすれば足りるのであって、わざわざ登記用に内容虚偽の本件甲株主総会議事録Ⅱを作出してまで、乙が同月7日に取締役に就任した旨の内容虚偽の登記を行う理由はないものといわざるを得ない。仮に、同日に取締役に就任した甲並びに取締役としての地位に継続して就任している丙及び丁の取締役就任登記が同月7日付けで必要であったとしても、同人らに加えて、同日に取締役を退任し、同月10日に取締役に復職したとする乙の取締役就任登記までをも同月7日付けで行おうとしたことの理由は乏しい。この点、原告は、法務局に登録されている代表印が議事録に押印されている場合には、当該議事録は真正に成立したものとみなされ、出席取締役等の押印者個人の印鑑証明書の提出が不要とされている登記実務を理由として援用するもののようであるが、たとえ、乙が商法261条3項、258条1項の規定に基づき本件甲株主総会に出席する権限を有しており、その議事録に登録された会社の代表印を押印して、その他の出席取締役の印鑑証明書の提出を省略しようとしたものであると仮定してみても、当該株主総会において、同人が取締役に就任した旨の内容虚偽の議事録を作成する理由にはならない。

イ  また、本件各株主総会及び本件各取締役会の各議事録についてみても、前記前提事実のとおり、本件退職金の支給決議をした本件乙株主総会議事録には、「代表取締役社長を退任し、今後は相談役としての職務に付くことになる取締役乙に対し、代表者としての在任中の功労に報いるため、退職慰労金として金9,000万円を贈呈」する旨が記載されており、これを素直に読む限りは、本件退職金を支給される乙は、原告の「代表取締役社長」を「退任」するだけであって、いまだに「乙」の肩書きは「取締役」であり、本件退職金の支給の理由はあくまで「代表者」としての功労に報いるためであって、原告のあらゆる役員から退任するに当たりあらゆる役員としての功労に報いるためではないものと理解することができる。そして、本件乙株主総会議事録には、退任したはずの乙が取締役として出席した旨の記載と同人の記名押印(なお、これは、原告の代表取締役印ではない。)があることからすれば、乙はいまだに原告の取締役にはとどまっていたものとみるほかない。この点、原告は、本件退職金の支給を受ける当事者本人の出席により、支給金額に異論がないことを明確にした旨主張するが、本件乙株主総会に元取締役たる利害関係人として出席したというのであれば格別、原告の主張は、乙が本件乙株主総会に現職の取締役として出席していることの理由とはならないものといわざるを得ない。

ウ  他方で、原告は、債権者金融機関から乙の取締役への復職を要請された旨主張し、これにそう証拠として、原告の取締役及び金融機関の元担当者の各陳述書(甲17ないし21)及び証人乙の証言を挙げる。

しかし、このうち、原告の取締役の各陳述書(甲17ないし19)及び証人乙の証言は、直接の利害関係人の供述にすぎず、また、証人乙の証言は、復職要請の時期や内容についての証言内容が極めて曖昧であり、いずれもその裏付けとなる客観的な証拠に乏しく採用できない。一方で、金融機関の元担当者の各陳述書(甲20、21)は、そもそも乙と電話で会話した日時が平成14年5月初めというだけであって、乙が取締役を退任したとする同月7日よりも前であるのか後であるのか、乙が取締役を退職したとして事後報告をしに来たのか、これから取締役を退職したいとして事前の了承を求めに来たのかなどが曖昧である。その上、借入債務の個人保証をしている代表取締役の乙が、代表者のみならず、取締役をも退任するというのであれば、通常は事前に金融機関の了解を取るべく報告するものと思われ、仮に、原告主張のように事後報告に来たというのであれば、何ら事前の了解なくして取締役をも退任してしまったとして、金融機関の担当者の印象に極めて強く残るはずであるにもかかわらず、そのような記載が一切ない。そうすると、乙が金融機関の元担当者と相談したとすれば、その日時は、同月7日よりも前であったとしか考えられないところ、それにもかかわらずあえて辞任に踏み切った乙が、改めて復職を勧められるや、直ちに翻意して名目的取締役に復職したなどということは、極めて不自然、不合理であって、結局、かかる原告の主張は、認められないものといわざるを得ない。

エ  むしろ、上記ウに掲記の証拠及び前記前提事実(特に、前記のような本件甲株主総会議事録Ⅱにおける取締役就任者の記載内容並びに本件乙株主総会議事録における本件退職金の支給決議に関する具体的な記載内容及び出席取締役としての乙の記名の意味等)に加え、本件退職金の支給方法が全く検討されていなかったこと(証人乙)を総合すれば、次のような事実を推認することができる。

(ア) 乙は、もともと、原告の代表取締役のみならずその取締役をも退任して本件退職金の支給決議を受けようと希望し、金融機関の元担当者にその旨事前に報告して了解を求めようとしたところ、取締役まで退任することは、銀行実務に反するとして反対された。

(イ) そのために、原告は、当初、まず、本件甲株主総会議事録Ⅱの内容の本件甲株主総会及び本件甲取締役会議事録の内容の本件甲取締役会を開催し、乙は原告の代表者を退任して甲に代表者の職を譲り、自身は平取締役となって、本件乙株主総会議事録の内容の本件乙株主総会を開催して、代表者を退任したことを理由として本件退職金の支給決議を受け、併せて、本件乙取締役会議事録の内容の本件乙取締役会を開催して、報酬額がこれまでの5分の1となることを了承して、本件通達9-2-23の適用により、本件退職金を現実には支給しないまま、これを原告の損金に算入することで、多額の利益が発生すると見込まれた決算期末(平成14年5月15日)直前のこの時期に、本件退職金の支給決議のみを行うことで、利益を圧縮して租税負担を軽減しようとして本件確定申告書を提出した。

(ウ) ところが、被告の調査を受け、その過程で、乙が代表者を退任しただけで取締役に留まっている場合には、現実に役員退職給与の支給をしない限りは本件通達9-2-23の適用を受けることができず、これを原告の損金に算入することができないとするのが課税実務の取扱いであることを被告に指摘された。

(エ) そこで、後日、乙の辞任届(甲5)、乙の辞任が了承された旨の本件甲株主総会議事録Ⅰ、乙が取締役に復職した旨の本件丙株主総会議事録を作成して、乙がいったん原告の取締役を退任したかのようにしたものの、肝心の本件退職金の支給決議を行った本件乙株主総会議事録の記載内容は公証人の認証を受けており、また、同月7日に乙が原告の取締役に就任した旨の本件甲株主総会議事録Ⅱは就任登記の際に使用していたために、これらを訂正することまではできなかった。

オ  以上によれば、少なくとも、乙が平成14年5月7日に原告の代表者のみならず、原告の取締役をも退任した事実はないものというべきである。

2  争点(2)(本件通達の適否)について

(1)  前記前提事実のとおり、本件退職金は株主総会で支給決議がされただけで、現実には未支給であるところ、被告は、未払退職給与は本件通達9-2-23の対象に含まれず、また、そもそも乙には実質的に分掌変更等がないことから、本件退職金については本件通達9-2-23の適用はない旨主張するのに対して、原告は、未払退職給与も本件通達9-2-23の対象に含まれ、また、乙には分掌変更等があると主張するので、まず、未払退職給与が本件通達9-2-23の対象に含まれるか否かについて検討する。

(2)  前記1(1)のとおり、役員退職給与とは、役員が会社その他の法人を退職したことにより支給される一切の給与をいい、当該役員の退職の事実がない場合には、原則としてこれを損金の額に算入することは許されないが、役員の分掌変更等により、その役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められるときには、実質的に退職とみて多くの企業では退職給与を支給する慣行があることから、本件通達9-2-23は、このような企業実態に配慮して、役員が引き続き在職する場合の役員退職給与についての特例として、かかる場合に、税務上も退職給与として損金算入することがあり得ることを認めたものであると解される。

他方で、個人企業が法人の大半を占めているという我が国の現状において、未払の役員退職給与の損金算入を容認した場合には、法人のオーナーあるいはその関係者である役員と法人とのなれ合いにより、実際には支給する予定のない退職金相当額を損金計上することで、容易に租税負担を軽減することが可能となるという弊害が生じ得ることになる。

そうすると、このような特例的取扱の趣旨や弊害の防止の必要性にかんがみれば、本件通達9-2-23にいう「退職給与として支給した給与」とは、現実に支給した退職給与のことを指し、未払退職給与については含まない趣旨であるというべきである。

(3)  この点、原告は、本件通達9-2-24及び同9-2-25の各本文にも「支給(を)した」との文言が用いられているところ、これらには、「未払金等に計上した場合は含まれない」旨の注書きが付されているのに対して、本件通達9-2-23には同様の注書きがない以上、文理からして、未払退職給与の損金算入が認められる旨主張する。

しかしながら、本件通達9-2-25は、使用人から役員に昇格した場合、使用人は、それまでの雇用契約に基づく使用人としての地位をいったん退職し、新たに委任契約に基づいて役員(取締役)の地位に就くのであるから、従前の使用人であった期間に係る退職給与は、本来、当然に損金算入が認められてしかるべきであるところ、未払の場合にも損金算入を容認するときは、いわば退職給与引当金の全額積立てを認めたのと同じ結果になり課税上の弊害が生じるため、あえて注書きで、これを規制したものと解される(平成14年法律第79号による改正前の法人税法54条1項参照)。

また、本件通達9-2-24は、本来、使用人の退職の事実に基づいて損金算入の当否が判断されるべきものである退職給与の打切支給について、支給する相当の理由があり、かつ、その後は既往の在職年数を加味しないことを条件に特例的に損金算入を認めたものであり、同通達は、かかる打切支給が、いわば「退職金の前払」であるにもかかわらず、所得税法上、それを退職給与として課税しないと使用人(被用者)にとって非常に酷となることから定められたものである。そして、打切支給をした退職給与の損金算入を特例的に認める場合には、あたかも当該使用人が退職した場合と同様に、現実に金銭の支給が行われていることを適用上の要件とすることが適当であると考えられたことから、上記条件を満たせばすべて損金算入できると読める通達本文の規定について、やはり、あえて注書きで、未払の場合の損金算入を規制したものと解される。

これに対して、本件通達9-2-23は、そもそも法人税法上は認められないはずの退職によらない役員退職給与を認める特例であり、前記(2)のとおり、その趣旨や弊害の防止の必要性からして、そもそも現実に支給した退職給与のことを指し、その本文において、およそ未払退職給与については含まない趣旨であったことから、本件通達9-2-24又は同9-2-25のような注書きをわざわざ設けなかったものとみるのが相当である。

そして、確かに、文理上は、原告指摘のとおり、上記3つの通達のいずれもが、その本文において「支給(を)した」という文言を使用し、うち2つの通達のみが注書きで未払金等に計上した場合を明示的に除外していることから、表現上の統一感を若干欠くきらいがあることは確かであり、明確性の観点からは、本件通達9-2-23についても同様の注書きを設けることが、より適切であるといえなくはないが、現状においても課税要件の明確性が害されているとまではいえず、むしろ、通達本文の意味内容を注書きの不存在を根拠として反対解釈して、これには未払退職給与が含まれると解釈することは、上記のとおりの趣旨からして許容されるものではないものというべきである。

(4)  また、原告は、法人税法においては債務確定時に損金が計上されることとされており(同法22条3項2号)、本件通達が法人税法を具体化する規定であることからすれば、本件通達にいう「支給」とは、実際の支払のみならず支払債務の確定をも含む意味で一貫して使用されているとみるべきであるとも主張する。しかし、本件通達9-2-23が納税者に不利益を及ぼす通達であるならば格別、同通達は、法人税法上は本来認められないはずの退職によらない役員退職給与の損金算入を認めるという、納税者に有利な特例的規定を創設しているものであることからすれば、その要件を、法人税法上の債務確定主義に依拠して、債務の確定で足り、現実の支払を要しないとしなければならないとする必然性はなく、その趣旨や弊害防止の必要性等にかんがみて、ある程度厳格な要件の下で納税者に恩典を与えることとしていたとしても、特段問題となる余地はないものというべきである。

(5)  そうすると、本件事業年度において支払われていない本件退職金については、本件事業年度における損金の額に算入することはできないというべきである。

3  争点(3)(理由付記の不備の有無)について

(1)  原告は、本件更正通知書には、「実質的に退職したと同様の事情」に関する事実認定が記載されておらず、本件更正処分には、原因となる事実及びこの事実に対する法の適用判断の欠如があり、法人税法130条2項の定める理由付記の程度を満たしていない不備がある旨主張するので、以下、検討する。

(2)  一般的に、法律が行政処分に理由の付記を要求している趣旨は、「処分庁の判断の慎重・合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服の申立に便宜を与える趣旨に出た」ものであり、理由付記に当たり、「どの程度の記載をなすべきかは処分の性質と理由附記を命じた各法律の規定の趣旨・目的に照らしてこれを決定すべき」ものである(最高裁判所昭和38年5月31日第二小法廷判決・民集17巻4号617頁)。

そして、法人税法130条2項が、青色申告に係る法人税について更正をする場合、更正通知書に更正の理由を付記すべきものとしているのは、法人税法が青色申告制度を採用し、青色申告に係る所得の計算については、それが法定の帳簿組織による正当な記載に基づくものである以上、その帳簿の記載を無視して更正されることがないことを納税者に保障した趣旨にかんがみ、課税庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、更正の理由を相手方に知らせて不服申立ての便宜を与える趣旨に出たものと解される。

したがって、帳簿書類の記載自体を否認して更正をする場合においては、更正通知書に付記すべき理由として、単に更正に係る勘定科目とその金額を示すだけではなく、そのような更正をした根拠を帳簿記載以上に信ぴょう力のある資料を摘示することによって具体的に明示することを要するが、帳簿書類の記載自体を否認することなく、ただその法的評価につき納税者と見解を異にして更正する場合には、納税者の帳簿の記載を覆すものではないから、更正処分の根拠となる評価判断自体について、課税庁の恣意の抑制及び納税者の不服申立ての便宜という理由付記制度の趣旨目的を充足する程度に具体的に明示するものである限り、法の要求する更正の理由の付記として欠けるところはないと解される(最高裁判所昭和60年4月23日第三小法廷判決・民集39巻3号850頁)。

(3)  これを本件についてみるに、前記前提事実(4)のとおり、本件更正通知書には、原告は、本件退職金の額を未払金として計上しているところ、乙は代表取締役を退いてはいるものの、役員としての地位は継続していることから、同人が本件事業年度において退職した事実は認められないとして、その具体的な理由を摘示するとともに、当該摘示した具体的な事実関係に基づいて、同人には「退職したと同様の事実」も認められないと評価・判断し、その旨記載しているのであって、本件各処分の対象となった事項及びそれに対して被告がどのような法的評価を行ったかが通常理解できる程度に記載されているとみるべきであって、上記の理由付記制度の趣旨・目的を満たすということができる。

もっとも、本件更正通知書の具体的な記載文言をみると、「乙は代表取締役を退いてはいるものの、役員としての地位は継続している上、退職した事実も退職したと同様の事実も認められない」とあって、「している上」の前後での意味内容が一見すると必ずしも論理的に整合せず、後の「退職した事実も」は全くの余事記載であると考えざるを得ず、整然と論理的な表現がなされているか否かという観点からすれば、「退職した事実」と「実質的に退職したと同様の事情」とを明確に区別していないやや配慮の足りない表現であるといわざるを得ない面があることは否めない。また、本件更正通知書が「退職したと同様の事実も認められない」とした直接の根拠は、乙が、原告の取締役となった後も継続して実質的に原告の経営上主要な地位を占めていると認められるからだけであるとも読み取られる表現がされており、前記認定のとおり、未払退職給与については本件通達9-2-23の適用がないことは、一見すると理由として記載していないようにも見受けられる。しかしながら、理由付記制度の趣旨・目的は、前記のとおり、課税庁の恣意の抑制と納税者の不服申立ての便宜の点にあり、予想される論点の逐一について、その理由の詳細をすべて記載すべき必要性があるものではなく、また、本件更正通知書の中にも、原告が、本件退職金が未払である旨の記載があること等からすれば、その旨の記載があるとも解せないわけではなく、かかる本件更正通知書の記載内容に理由付記制度の趣旨・目的に反した理由付記の不備があるとまではいうことはできない。

(4)  よって、本件更正通知書には理由付記の不備の違法は認められないものというべきである。

4  以上のとおり、本件退職金の額を原告の本件事業年度における損金の額に算入することはできないから、これを前提として、原告の本件事業年度の法人税に係る課税所得金額、納付すべき税額及び過少申告加算税額について計算すると、被告主張の別表2記載のとおりとなるから(前記前提事実)、これと同額の本件各処分は適法である。

よって、その余の点について判断するまでもなく、被告のした本件各処分は適法であるから、それらの取消しを求める原告の請求にはいずれも理由がないので、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大門匡 裁判官 菊池章 裁判官 関口剛弘は、差し支えにつき署名押印することができない。 裁判長裁判官 大門匡)

別表1

課税処分等の経緯(法人税)

平成14年5月期

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(別表2)

第1 納付すべき税額 3135万円

1 課税所得金額 9737万3187円

上記金額は、次のアの金額にイの金額を加算した金額である。

ア 修正所得金額 737万3187円

上記金額は、本件修正申告書に記載された所得金額である。

イ 役員退職金の損金不算入額 9000万円

上記金額は、原告が本件事業年度の損金の額に算入した、乙に係る本件退職金の額であり、乙の役員退職の事実及び役員を退職したと同様の事情がないことから、本件事業年度において損金の額に算入することができない分である。

2 法人税額 2857万1900円

上記金額は、上記1の課税所得金額(ただし、通則法118条1項の規定により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)に法人税法66条1項(ただし、経済社会の変化等に対応して早急に講ずべき所得税及び法人税の負担軽減措置に関する法律16条1項の規定を適用した後のもの)に規定する税率を乗じて計算した額である。

3 課税留保金額に対する税額 281万1600円

上記金額は、別表3のとおり、本件修正申告書の別表四に記載された留保所得金額665万0385円に本件更正処分に伴い新たに増加した留保所得金額9000万円を加算した留保所得金額9665万0385円を基に再計算した課税留保金額2811万6000円(ただし、通則法118条1項の規定により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)に法人税法67条1項に規定する税率を乗じて算定した金額である。

4 法人税額の合計 3138万3500円

上記金額は、前記2の法人税額2857万1900円に前記3の課税留保金額に対する税額281万1600円を加算した金額である。

5 法人税額の合計から控除される所得税額等 3万3486円

上記金額は、法人税法68条に規定する法人税額から控除される所得税の額で、原告の本件修正申告書に記載された金額と同額である。

6 納付すべき税額 3135万円

上記金額は、前記4の金額から上記5の金額を差し引いた金額(ただし、通則法119条1項の規定により100円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

第2 過少申告加算税の額 446万4000円

上記金額は、前記第1の6の納付すべき税額3135万円から原告の本件修正申告書に係る法人税額158万8500円を控除した税額2976万円(ただし、通則法118条3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた後のもの)に同法65条1項の規定に基づき100分の10を乗じて算出した金額297万6000円に、同条2項の規定に基づき、上記税額2976万円に100分の5の割合を乗じて算出した金額148万8000円を加算した金額である。

別表3

課税留保金額及び税額の計算書

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