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東京地方裁判所 平成16年(行ウ)19号 判決 2004年6月25日

原告

X

訴訟代理人弁護士

福島晃

被告

小金井市長職務代理者

小金井市助役

H野六郎

訴訟代理人弁護士

石津廣司

主文

一  本件訴えのうち,小金井市個人情報保護条例19条1項に基づく目的外利用等の中止請求を拒否する決定の取消しを求める部分を却下する。

二  原告のその余の訴えに係る請求を棄却する。

三  訴訟費用は,原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

小金井市長が,平成14年5月13日付けで原告に対してした,別紙1ないし7に記載された情報の訂正,削除,目的外利用等の中止又は開示を求める請求を拒否する旨の決定(小福福収第2062号の2)を取り消す。

第二  事案の概要

一  事案の骨子

本件は,原告が,小金井市個人情報保護条例(小金井市昭和63年12月9日条例第31号。以下「本件条例」という。)17条,18条又は19条1項に基づき,自己の勤務状況等に関する情報について,訂正,削除,目的外利用等の中止又は開示を求める請求をしたところ,小金井市長が,請求をいずれも拒否する旨の決定をしたため,原告が,同決定の違法を主張して,その取消しを求める事案である。

二  関係法令の定め

1  本件条例3条

この条例において,次の各号に掲げる用語の意義は,当該各号に定めるところによる。

1号 個人情報 個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に係る情報を除く。)で,特定の個人が識別され,又は識別され得るもので,文書,図面,マイクロフィルム,写真,録音録画テープ,磁気テープ,光ディスク等に記録されるもの又はされたものをいう。

2号 実施機関 市長,教育委員会,選挙管理委員会,監査委員,農業委員会及び固定資産評価審査委員会をいう。

3号 個人情報の保管等 個人情報の収集,保管及び利用をいう。

(以下省略)

2  本件条例8条

1項 実施機関は,個人情報の保管等をするときは,その所掌する事務の目的を達成するためにも必要かつ最小限の範囲で行わなければならない。

2項 実施機関は,次の各号に掲げる個人情報の保管等をしてはならない。ただし,法令に特別の定めがあるとき,当該個人(以下「本人」という。)の同意があるとき及び本人の生命,健康その他生活上の重大な危険を避けるため,緊急やむを得ないと認められるとき又は市長が小金井市個人情報保護審議会(第26条第1項を除き,以下「審議会」という。)の意見を聴いて特に職務執行上必要と認めたときを除く。

1号 略

2号 社会的差別の原因となる諸事実に関する事項

(以下省略)

3  本件条例11条

1項 実施機関は,個人情報を収集するときは,次の各号に掲げる事項を明らかにして,本人から直接収集しなければならない。

1号 個人情報の利用の目的

2号 個人情報の記録の内容

3号 個人情報の収集の法的根拠

4号 その他規則で定める事項

2項 実施機関は,前項の規定にかかわらず,次の各号に掲げる場合は,本人以外の者から個人情報を収集することができる。

1号 あらかじめ本人の同意があるとき。

2号 法令に特別の定めがあるとき。

(以下省略)

4  本件条例12条

1項 実施機関は,個人情報を第9条第1項第2号又は前条第1項第1号に規定する利用の目的の範囲を超えて利用(以下「目的外利用」という。)し,又は当該実施機関以外の者に提供(以下「外部提供」という。)してはならない。

2項 実施機関は,前項の規定にかかわらず,次の各号に掲げる場合は,目的外利用又は外部提供(以下「目的外利用等」という。)をすることができる。

1号 あらかじめ本人の同意があるとき。

2号 法令に特別の定めがあるとき。

3号 略

4号 前3号に定めるもののほか,実施機関が審議会の意見を聴いて職務執行上特に必要があると認めたとき。

3項 実施機関は,前項の規定により目的外利用等をしようとするときは,規則で定める場合を除き,あらかじめその旨を本人に通知しなければならない。ただし,緊急やむを得ないと認められる正当な理由があるときは,目的外利用等をした後速やかにその事実を本人に通知しなければならない。

5  本件条例16条

1項 何人も,実施機関が保管等をしている自己に関する個人情報の開示を請求することができる。

2項 実施機関は,前項の請求に係る個人情報が,次の各号のいずれかに該当するときは,当該個人情報を開示しないことができる。

1号 略

2号 開示することにより,他の個人情報を漏らすこととなるとき。ただし,当該他の個人情報が,第12条第2項第1号から第3号までに該当するときを除く。

3号 開示することにより実施機関の公正な職務執行に著しい支障を生ずることが明らかなもの

(以下省略)

6  本件条例17条

何人も,実施機関が保管等をしている自己に関する個人情報に誤りがあるときは,当該実施機関に対し,当該個人情報の訂正を請求することができる。

7  本件条例18条

何人も,実施機関が第8条第1項及び第2項の規定による制限を超え,又は第11条第1項及び第2項の規定によらないで自己に関する個人情報を収集したと認めるときは,当該実施機関に対し,当該個人情報の削除を請求することができる。

8  本件条例19条

1項 何人も,実施機関が第12条第1項及び第2項の規定によらないで自己に関する個人情報の目的外利用等をし,又はしようとしていると認めるときは,当該実施機関に対し,当該個人情報の目的外利用等の中止を請求することができる。

三  前提事実

本件の前提となる事実は,次のとおりである(いずれも当事者間に争いのない事実である。)。

1  当事者

(一) 原告は,昭和51年6月に採用された小金井市の職員である。

(二) 小金井市長は,本件条例にいう実施機関に該当する。

2  処分の経緯

(一) 原告は,小金井市長に対し,平成14年4月22日,別紙1ないし7に記載された情報(以下,別紙1に記載された情報を「本件情報1」といい,別紙2以下についても同様とする。本件情報1ないし7を合わせて「本件情報」という。)の訂正,削除,目的外利用等の中止又は開示を請求した(以下「本件請求」という。)。

(二) 小金井市長は,原告に対し,平成14年5月13日,本件請求をいずれも拒否する旨の決定(小福福収第2062号の2。以下「本件処分」という。)をした。

(三) 原告は,小金井市長に対し,平成14年5月17日,本件処分について異議申立てをした。

(四) 小金井市長は,原告に対し,平成15年6月5日,上記異議申立てを棄却する旨の決定をした。

四  争点

1  訴えの利益の有無

別紙1ないし7が既に別件訴訟において書証として提出されていることにより,本件情報の目的外利用等の中止請求を拒否する処分の取消しを求める訴えについて,訴えの利益が失われるか。

2  「個人情報」該当性

原告は,本件情報が本件条例3条1号に規定する「個人情報」に該当することを前提に本件請求をしたが,本件情報は,「個人情報」に該当するといえるか。

3  削除・訂正請求の可否①

別紙1ないし7に記載された事実が存在しなかったことを理由に,本件条例17条に基づく削除・訂正の請求が認められるか。

4  削除請求の可否②

本件情報に含まれる不行状についての記載は,本件条例18条に基づいて削除を請求することができる「社会的差別の原因となる諸事実に関する事項」(本件条例8条2項)に該当するか。

5  削除請求の可否③

本件情報には,原告から直接収集したものではない情報が含まれているが,これらの情報は,「本人以外の者から個人情報を収集することができる」とされている「法令に特別の定めがあるとき」(本件条例11条2項2号)に該当するか。

6  開示・訂正請求の可否

本件情報中の記号等で表記された個人名につき,本件条例17条に基づいて開示又は訂正を求めることができるか。

7  中止請求の可否

本件条例19条に基づき,別紙1ないし7を裁判所に提出することの中止を求めることができるか。

五  争点に関する当事者の主張

1  争点1(訴えの利益の有無)について

(一) 原告の主張

個人情報の目的外利用等がされた場合,当該個人としては,個人情報保護委員会に対する不服申立て等の事後的な是正を求めるほかない。そして,個人情報保護委員会の決定に不服がある場合,行政事件訴訟を起こすことになるが,その場合に,既に目的外利用等がされてしまっているから訴えの利益がないとして訴えを却下するのでは,裁判を受ける権利(憲法32条)等を侵害する。

また,既に個人情報の目的外利用等がされた後であっても,裁判所の審理において当該個人情報の誤りを示すためにも,目的外利用等の中止を求める実益があるから,訴えの利益は認められるべきである。

(二) 被告の主張

原告は,小金井市が,東京高等裁判所に対し,別件訴訟において,本件情報を記録した文書を証拠として提出したことが目的外利用等に当たるとしてその中止を請求した。

しかし,上記文書の証拠調べは既に終了し,別件訴訟は,既に小金井市勝訴により終了して,判決が確定している。

したがって,上記中止請求の拒否処分を取り消してみても,本件情報の目的外利用等の中止をする余地はない。よって,原告に上記処分の取消しを求める訴えの利益はない。

2  争点2(「個人情報」該当性)について

(一) 原告の主張

(1) 本件条例には,本件条例3条1項所定の「個人情報」に公務員の職務遂行に関する情報を含まない旨の規定はない。

また,公務員の公務遂行に関する情報が「個人情報」に該当しないと解すべき理由もない。本件条例は,「個人情報の適正な取扱いを定めることにより,個人情報を濫用から保護するとともに,自己に関する個人情報の開示請求等の権利を保障し,もって市民の基本的人権を擁護することを目的とする」(本件条例1条)ものであって,いわゆる情報プライバシー権を保障している。すなわち,行政機関が保有する自己に関する個人情報につき,個人のコントロールを及ぼさしめるために,開示,訂正,削除及び目的外利用等の禁止の権利を認めたのである。したがって,公務員の職務遂行に関する事項であっても,自己の情報がどのような内容でどのような取扱いがされているかを知ること,そして,誤りがある場合には是正を求めることができることを保障する必要がある。特に,公務員にとって,職務遂行に関する情報は,人事考課に多大な影響を及ぼすものであるから,自らのコントロール下に置くことがますます要請されるのである。

(2) 仮に,一般的に公務員の公務遂行に関する情報が,「個人情報」に該当しないとしても,本件情報のうち,「(原告は)女性に手を出したり」(別紙2の4行目),「肉体的な心配はないようだ」(別紙4の11行目)等の部分は,原告本人の私事に関する事項であり,公務員の職務遂行に関する情報とはいえない。

したがって,少なくとも本件情報のうち,原告本人の私事に関する部分については,当然に「個人情報」に該当する。

(二) 被告の主張

(1) 本件条例が個人に「個人情報」の開示請求権等の権利を保障したのは,市民の基本的人権を擁護するためであり,基本的には個人に関する一切の情報が保護の対象となるが,公務員の公務遂行に係る情報は対象外である。小金井市では,本件条例とは別に情報公開条例が制定されており,個人の基本的人権を擁護するため「個人情報」は原則非開示とされているが,情報公開条例所定の「個人情報」からは公務員の公務遂行に係る情報は除外されると解されている(最高裁判所平成15年11月11日第三小法廷判決・判例時報1842号31頁)。本件条例所定の「個人情報」についても,同様に解すべきである。

そうすると,本件情報は,公務員の公務遂行に係る情報であるから,そもそも本件条例を適用する対象となる「個人情報」に該当しない。

(2) 原告は,本件情報1について,会議録に記録されているとして,本件条例18条及び19条に基づいて削除請求及び目的外利用等の中止を求める請求をした。

しかし,本件条例は,「実施機関が保管等」している「個人情報」を対象とするものである。そして,「個人情報の保管等」とは「個人情報の収集,保管及び利用」(本件条例3条3号)をいうものであり,「実施機関が保管等している」とは,削除請求(本件条例18条),目的外利用等の中止請求(本件条例19条)が,既に収集され記録されている「個人情報」についてされた場合にあっては,当該情報の記録された文書が,実施機関において組織として供用されていることを要するものである。

本件情報1は,小金井市福祉保健部福祉推進課長A野太郎(以下「A野課長」という。)が個人的に自費で購入し,個人の備忘用に使用していたノートに記録されているものであり,実施機関が組織として供用していた文書に記録されているものではない。

したがって,本件情報1は,「実施機関が保管等」している「個人情報」には該当しない。

3  争点3(削除・訂正請求の可否①)について

(一) 原告の主張

個人情報の削除・訂正請求においては,その前提として,個人情報が真実であるか否かが問題となる。

これを原告の職務遂行についてみると,特に目立った問題はなく,ケースワーカー全員が原告について苦情を申し立てて会議まで行った事実はない。

したがって,原告は,上記事実に反する個人情報の削除・訂正を請求することができる。

(二) 被告の主張

(1) 本件条例において,削除請求の対象となるのは,①実施機関が本件条例8条1項及び2項の制限を超え,又は②実施機関が本件条例11条1項及び2項の規定によらないで個人情報を収集したときに限られるものであるから(本件条例18条),事実として不存在であるとの理由で削除請求をすることはできない。

(2) 原告が,本件条例17条に基づき,事実として不存在であるとの理由で,訂正の請求をしたと解しても,以下のとおり,その請求には理由がない。

ア 本件条例17条にいう「誤り」の有無は,本件情報の場合,記録された内容どおりの苦情等があったか否かの観点からされるべきものである。

イ また,本件条例17条所定の訂正請求は,「実施機関が保管等をしている自己に関する個人情報に誤りがあるとき」,すなわち当該個人情報が客観的事実に反すると認められるときにのみ許されるものであるから,虚偽であると認定する積極的な根拠がなく,真偽不明なときには許されない。別紙1ないし7は,原告が担当する業務について,A野課長等に,原告の同僚のケースワーカー及び市民から苦情等があったこと及びその内容を記録したものであり(なお,別紙5は原告本人から事情聴取した内容を記録したものである。),同僚のケースワーカー,市民等が事実に反して苦情等を小金井市に申告することは考えられないから,本件情報は虚偽ではない。

4  争点4(削除請求の可否②)について

(一) 被告の主張

本件条例8条2項2号にいう「社会的差別の原因となる諸事実に関する事項」とは,犯罪,人種,門地,同和地区,特定の病歴,禁治産等に関する事項を指す。

個人情報は原則として第三者に開示されることはないのであって,開示等されることで当該個人の社会的評価を低下せしめるおそれのある情報を広く含むと解することなどできない。そもそも,本件条例8条2項2号は「社会的差別」としているのであって,当該個人情報によって社会的に合理的理由もなく,区別した取扱いを受けるおそれがあると一般的に認められる個人情報を指すものであることは明らかである。

本件情報は,原告が担当する業務に関する苦情であり,上記情報に該当しないことは明らかである。

(二) 原告の主張

本件条例は,憲法13条に由来する情報コントロール権を実質化するための条例であり,個人情報について,広く本人のコントロール下に置く趣旨の条例である。このような趣旨からすれば,「社会的差別の原因となる諸事実に関する事項」(本件条例8条2項2号)については,限定的にとらえるのは妥当ではなく,広くとらえるべきである。

本件情報に含まれているセクハラその他の不行状についての情報は,これらが開示等されることにより,原告の社会的評価を低下せしめ,原告に対する社会的差別につながるおそれが十二分に認められるものであるから,「社会的差別の原因となる諸事実に関する事項」に該当するというべきである。

5  争点5(削除請求の可否③)について

(一) 原告の主張

憲法31条に規定する適正手続の保障という観点から,処分等の前提となり得る人事関係の個人情報については,本人に対する告知聴聞の機会を付与するためにも,収集は本人から直接に行うことに限るという原則を徹底させる必要が大きい。例外としての「法令の特別の定め」も,上記適正手続を制限してまでも,これを認める合理性のある場合に限定的に解すべきである。

そこで,小金井市処務規程(昭和36年8月1日規程第8号。以下「処務規程」という。)6条3項が適正手続を制限する合理性があるかについて検討すると,処務規程は,単に通常の事務処理を遂行する上での当然の注意規定に止まり,本件条例に関連して,個人情報の主体の権利や,適正手続の保障を制限する合理的根拠となり得るものではない。事務執行上の単なる注意規定の存在が,憲法13条に基づく情報コントロール権に優先すべき「法令に特別の定めがあるとき」に当たると解することはできない。

(二) 被告の主張

(1) A野課長は,本件情報を,本人以外の者から処務規程6条3項に基づいて収集したのであり,本件条例11条2項2号にいう「法令に特別の定めがあるとき」に該当する。

ア 「法令」とは,法的拘束力を有する成文化された定めを指す。

処務規程は,地方自治法154条に基づき,小金井市長が制定したものであり,補助機関たる職員の指揮監督として,その準拠すべき事務処理手続等を定めている。地方自治法154条の委任に基づき,ないしはその執行のために制定されており,委任命令ないし執行命令として法規命令の性格を有するものであって,法的拘束力を有する。

したがって,処務規程は,法的拘束力を有する成文化された定めであり,本件条例11条2項2号所定の「法令」に該当する。

イ また,明示的でなくとも,法令の趣旨から見て,本人以外の者からの情報収集を当然に予測することができる場合には,本件条例11条2項2号にいう「定め」に該当する。そして,補助機関に報告義務を課す「定め」があれば,当該事項につき本人のみでなく,関係者からの事情聴取等が必要であることは自明であるから,その報告義務規程は,本件条例11条2項2号にいう「定め」に該当する。

そうすると,処務規程6条3項は,課長に担任事務の報告義務を課しているのであるから,本件条例11条2項2号にいう「定め」に該当する。すなわち,処務規程は課長に担当事務の執行状況につき所属部長への報告義務を課すものであり,課員の担当業務に関する市民等の苦情もこれに含まれるところ,その報告には当然のことながら関係者からの事情聴取が必要であり,本人収集原則の例外とすることには合理性がある。

(2) 仮に,処務規程が本件条例11条2項2号にいう「法令に特別の定めがあるとき」に該当しないとしても,地方自治法154条は,「普通地方公共団体の長は,その補助機関たる職員を指揮監督する。」と規定しており,これは「法令」に該当する。そして,長が補助機関たる職員を指揮監督するに当たって,市民等から職員の職務遂行につき苦情等があった場合,関係者からの事情聴取等が必要であることは自明であるから,地方自治法154条は,本件条例11条2項2号にいう「法令に特別の定めがあるとき」に該当する。

6  争点6(開示・訂正請求の可否)について

(一) 原告の主張

(1) 個人情報コントロール権の趣旨からすれば,原告本人に関する個人情報については,情報の主体である本人の意思を尊重すべきである。本件情報のように,記号で表示している場合であっても,具体名で表示されないことにより,当該個人の情報コントロール権の行使に不利益が及ぶ場合には,「誤りがある」ものと解すべきである。

(2) 本件情報中の「■■先生」,「Kさん」,「主」という表記について

「■■先生」,「Kさん」,「主」は,いずれも原告の不行状等の申告をした者である。申告が真実であるか否かを吟味する上で,「■■先生」,「Kさん」,「主」の具体名は,重要な情報である。これらの情報の開示又は訂正は,原告の個人情報を正しく訂正する機会を保障するために必要不可欠である。

(3) 「M」という表記について

個人情報をコントロールする機会の付与という観点から訂正の是非を判断すべきである。個人名でなく,「M」と匿名で表記されていることにより,原告の不行状等が虚偽であることが,あいまいにされる結果になる。そうなれば,個人が自己の情報をコントロールする機会を付与するという個人情報保護条例の趣旨に反するので,「M」という表記につき,訂正を認めるべきである。

(二) 被告の主張

(1) 本件条例17条に基づく訂正請求は,実施機関の保有している個人情報に「誤り」があるときに認められる。

しかし,原告主張の各表記は各個人を記号で表示しているものであって,「誤り」には該当しない。「M」の表記は個人を記号で示したものであり,また「主」は生活保護受給者を示す用語であり,いずれも誤りではない。

また,同条に基づく訂正請求は,事実の誤りについて認められるものであり,より正確ならしめるための追記,書き足しの要求は,訂正請求としては認められない。

(2) 仮に,原告の請求が本件条例16条1項に基づくものであるとしても,「■■先生」,「Kさん」という情報は,以下に述べるとおり,非開示事由を定める本件条例16条2項2号,3号に該当する。

すなわち,「■■先生」,「Kさん」という情報は,小金井市の職員の公務遂行状況につき,だれが苦情等を申告したかという当該申告者の個人情報であり,本件条例12条2項1号から3号に該当する事由もないので,本件条例16条2項2号により,非開示とすることができる。

実施機関として公正な職務執行を確保するには,職務を担当する職員の公務遂行状況につき市民等からの苦情等を積極的に受け入れ,これを基に是正すべき点を是正していかなければならない。しかるに,苦情等を申告した市民等の氏名を当該職務の担当者たる職員にそのまま開示するとすれば,市民等は安心して苦情等を申告することができなくなってしまうことは明らかであり,かくては是正すべき点も是正することができなくなってしまい,実施機関の公正な職務執行に著しい支障が生ずることが明らかである。したがって,「■■先生」,「Kさん」という情報は,本件条例16条2項3号によっても,非開示とすることができる。

なお,「Kさん」という表記の開示請求については,本件情報の記録そのものの開示を請求するというものではなく,「Kさん」が具体的にだれを指すのか明らかにすることを求めるものである。したがって,このような開示請求は,本件条例16条所定の個人情報開示制度の範囲を明らかに超えている。

7  争点7(中止請求の可否)について

(一) 原告の主張

(1) 原告は,東京都市公平委員会における審理及び別件訴訟において,小金井市長に書証の提出を求めていたが,本件情報につき,目的外利用等に同意していたわけではない。したがって,本件条例12条2項1号所定の「あらかじめ本人の同意があるとき」に該当しない。

(2) 本件条例12条2項4号によれば,目的外利用等が認められるためには,「実施機関が審議会の意見を聴く」ことが要件となっている。本件は,その要件を満たしているとはいえないので,同項4号にも違反する。

(3) 本件条例12条3項によれば,目的外利用等が認められる場合であっても,本人への通知が必要とされている。しかし,本件においては,本人への通知がされていない。

(4) 本件条例が,個人の情報コントロール権を実質化するためのものであり,個人への事前の通知を行うことで正しい情報かどうかチェックさせ,もって,情報コントロール権の保全に資するものであることからすると,事前通知の例外は,認められるとしても極めて限定的に解すべきである。憲法13条で保障される情報コントロール権及びこれを具体化した本件条例の趣旨からして,個人情報保護の例外規定である条例12条3項にいう「法令の定めがあるとき」とは,具体的に法令に特段の定めがある場合に限ると解釈すべきである。本件においては,そのような具体的な特段の定めは存在しない。

(二) 被告の主張

(1) 原告は,本件情報を,証拠として東京都市公平委員会における審理や別件訴訟に提出することを求めていたのであるから,本件条例12条2項1号にいう「あらかじめ本人の同意があるとき」に該当する。

(2) 本件条例12条2項4号は,目的外利用等をすることができる場合として,「実施機関が審議会の意見を聴いて職務執行上特に必要があると認めたとき」を規定している。実施機関たる小金井市長は,個人情報を訴訟の証拠として提出することにつき,小金井市情報公開・個人情報保護審議会に付議し,「実施機関等が当事者となる訴訟等のために,証拠書類等を裁判所に提出する必要があると認められる場合」には目的外利用等をすることができるとの意見を得ている。本件の場合,別件訴訟の控訴審において,立証のために本件情報を証拠として提出したのであって,正に「実施機関等が当事者となる訴訟等のために,証拠書類等を裁判所に提出する必要があると認められる場合」に該当するので,同号の要件を満たしている。

(3) 本件条例上,中止請求の理由となるのは,本件条例12条1項及び2項違反に限られ,同条3項違反はその理由とはならない(本件条例19条1項)。この点を措くとしても,本件情報の外部提供については,小金井市個人情報保護条例施行規則6条1項1号,2号該当事由があるので,事前ないし事後の通知は不要である。

すなわち,同項1号は,「あらかじめ本人の同意があるとき」と規定しており,これに該当する事実があったことは上記に述べたとおりである。また,同項2号は「目的外利用等することについて法令に特別の定めがあるとき」と規定しており,民事訴訟の証拠として利用する場合には,その手続きに関する法令たる民事訴訟法の規定によれば足りるものである。

なお,本件情報を記録した文書を証拠として裁判所に提出するに当たっては,同時にこれに証拠説明書を添えて原告に交付し,これによって原告本人に通知している。

第三  争点に関する当裁判所の判断

一  認定事実

前記前提事実に加え,証拠(甲1ないし9,12,13,乙1,2,5ないし7,11)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実を認めることができる。なお,甲第8,第12及び第13号証のうち,以下の認定事実に反する部分は,不自然である上,他の証拠とも矛盾するので,採用することができない。

1  別紙1ないし7の作成に至る経緯

(一) 原告は,平成10年4月1日から小金井市の福祉保健部福祉推進課生活福祉係において,主事として,生活保護受給者の自立指導等に携わるケースワーカー業務に従事していた。

(二) 福祉保健部福祉推進課長であって,原告の上司に当たるA野課長は,平成10年9月10日,同課相談室において,同課のB野次郎課長補佐(以下「B野課長補佐」という。),C野三郎係長,ケースワーカーであるD野四郎主任,E野五郎主事,F野春子主事,G野夏子主事等から原告に関する相談を受けた。

その内容は,発言者を特定することはできないものの,①原告は生活保護受給者とのトラブルが多い,②原告から,生活保護受給者が自殺したいと電話があり,どう扱ったらよいかとの相談を受けたので,母子相談員か保健婦と相談して措置したらよいのではとアドバイスしたが,保健婦が同道する予定のところ,急用で行けなくなってしまったにもかかわらず,一人で行ってしまった,その生活保護受給者は原告と会うのを嫌がっていた,③電話で女性の生活保護受給者が,原告と合わないので代えてほしいと言ってきた,電話で険悪な状態であった,④女性の単身世帯をピックアップしている,⑤女性の生活保護受給者には一人で行かないよう言ってあるのに一人で行ってしまう,⑥転居を簡単に認めてしまう,⑦分からないことでも中途半端に答えてしまう,⑧生活保護受給者を取り扱ってくれる不動産屋とけんかをしてしまう,⑨生活保護受給者と言った言わないのトラブルが多い,というものであった。

しかし,A野課長は,これらのケースワーカーからの申し出につき,原告がケースワーカーとなってから5か月程度と日が浅いこともあり,様子を見ることとして,格別の措置を執らなかった。

(三) H野六郎健康課長(以下「H野課長」という。)は,A野課長に対し,平成11年2月15日,某医師から,原告について生活保護受給者の女性から苦情が寄せられている,女性に対し手を出したり,言葉遣いが問題となっている旨の連絡を受けた旨報告した。これに対し,A野課長は,H野課長に対し,その医師に具体的内容を再度確認してほしい旨依頼した。

再度,H野課長が確認したところによると,上記連絡に加え,女性の年齢等も話されたということであったため,A野課長は職員課長にその内容を報告した。職員課長は,A野課長に対し,通報者及び原告からの事実の確認を指示した。

また,A野課長は,I野福祉保健部長に対してもその経過を報告した。

(四) I野福祉保健部長,A野課長及びB野課長補佐は,平成11年2月16日,前日の連絡にどのように対応するかを協議した結果,直接通報者である前記医師から事情を聴取するとともに,原告からも事情を聴取することとした。

(五) A野課長及びB野課長補佐は,同月17日,直接前記医師の診療所に行き,事情を聴取した。同医師の話の内容は,①自分の患者の中に生活保護受給者が4,5人いるが,ケースワーカーが原告に代わって間もなく,原告は嫌な奴だと言い出した,前任者の評判がよかったので,余計である,②「オメエ」とか「テメエ」とか暴言を吐いて,生活保護受給者の自宅に上がり込もうとするらしい,③神経科に通っている生活保護受給者の方が医者を変えたいということだったが,原告に連絡をするのが嫌だということで我慢をしていた,このときは自分が代わって連絡をした,というものであった。

(六) 平成11年3月1日,前記医師から連絡があったため,A野課長は,B野課長補佐と共に診療所を訪ねた。その際の同医師の話の内容は,①問題の生活保護受給者の一人は70歳位の方で目の不自由な人である,②書類の代筆を頼むと原告は暴言を吐いて嫌な思いをさせるらしい,③もう一人は,50歳の精神障害を持った方で,原告を嫌っている,④ただ肉体的な問題はないようだ,⑤いずれにしても,自分の患者5,6人の中に2,3人もそういう者がいるのは問題ではないか,というものであった。

(七) A野課長及びB野課長補佐は,平成11年3月9日,原告から上記の苦情について事情聴取し,原告に対し指導を行った。

(八) 職員課長は,原告に対し,平成11年3月30日,A野課長及びB野課長補佐の同席の下,市民から,暴言を吐くなどの苦情があり,ケースワーカーとして不適格と判断した旨伝えた。

(九) 小金井市長は,原告に対し,平成11年4月1日付けで,水道部業務課業務係水道中止検針員への配転処分をした(以下「本件配転処分」という。)。

(一〇) 平成11年5月31日,前記医師からA野課長に連絡があった。その内容は,①ようやくK氏と連絡がとれた,今は働きに行っているらしい,②K氏の話によると,原告が人事異動の撤回を求める嘆願書に署名をしてほしいと言ってきた,③しかしK氏は「自分が悪いからそういうふうになったんだ」と言って署名をしなかったらしい,④その後,夜に無言電話が多くかかるようになったと言っていた,⑤6月4日にそちらにお金を受け取りに行くので,そこで直接話を聞いたらどうか,というものであった。

(一一) A野課長は,平成11年6月4日,金銭を受け取りに来たK氏と話をしたが,K氏から原告に関する話を聞くことはできなかった。

(一二) 以上のような経過につき,A野課長はノートにメモをしたり,メモを元にワープロに残して置いた。このようにして作成されたのが,別紙1ないし7である。すなわち,別紙1は,原告の上司であったA野課長が,原告の勤務状況に問題があるという指摘があったことから,関係職員と協議した内容をメモし,後にA野課長個人の備忘用ノートに転記したものである。別紙2ないし7は,原告のケースワーカーとしての行為に関連する市民からの苦情と,市の関連部局職員のこれに対応する動きを記録したもので,いずれもワープロでまとめて担当課長が保管していたものである。

2  本件配転処分に対する審査請求の経緯

(一) 原告は,東京都市公平委員会に対し,平成11年5月28日付けで,本件配転処分が不利益処分に当たるとして,小金井市長を相手に審査請求(以下「本件審査請求」という。)を申し立てた(平成11年(不)第1号)。なお,東京都市公平委員会における審理(以下「公平審理」という。)は,原告の請求により,公開して行われた。

(二) 原告は,平成12年4月28日,公平審理の場において,文書提出命令の申立書を東京都市公平委員会に提出した。原告は,その中で「請求人の勤務評価に係る人事記録」の文書提出を求め,その趣旨として,「事実関係を調査することなく風聞により配転を強行している。このような不当処分の理由が記載されている。」と主張した。

(三) 東京都市公平委員会は,平成12年6月21日付けで,本件配転処分が不利益処分には当たらないとして,本件審査請求を却下するとの裁決をした。

3  損害賠償請求事件の経緯

(一) 原告は,東京地方裁判所八王子支部に対し,平成12年12月22日,小金井市長が,前記東京都市公平委員会における審査中,原告につき生活保護受給者に対する暴言等があった等の主張立証を行ったことにより,原告の社会的評価が低下し,その名誉を毀損された旨主張して,小金井市を被告として,国家賠償法1条1項に基づき損害賠償の支払を請求する訴えを提起した(以下「別件損害賠償請求訴訟」という。)。なお,上記事件は,東京地方裁判所本庁に回付された(東京地方裁判所平成13年(ワ)第525号)。原告は,別件損害賠償請求訴訟において,原告が作成,提出した平成13年3月22日付け陳述書に,「本件は行政事件における名誉殿損行為を問うものであるので被告は陳述の前提となる行政手続における①事実関係の調査内容,②法令等違反の判定経過③処分可能性の経過などを明確に提示する義務がある。」と記載した。

(二) 東京地方裁判所は,平成13年10月3日,原告の請求を棄却する旨の判決を言い渡した。

(三) 原告は,上記判決に対して,東京高等裁判所に控訴した。被控訴人である小金井市は,控訴審において,本件情報を書証として提出し,これが取り調べられた。

(四) 東京高等裁判所は,平成14年6月28日,控訴を棄却する旨の判決を言い渡し,同判決は,現在確定している。

4  本件処分の経緯

(一) 原告は,小金井市長に対し,平成14年4月22日,本件請求をした。本件請求は,具体的には,以下のとおりである。

(1) 本件情報1について

ア 全文削除

イ 目的外利用等の中止

(2) 本件情報2について

ア 目的外利用等の中止

イ 「■■先生」(1行目,14行目及び19行目)に係る部分非開示の開示

ウ 「M」(3行目,15行目及び20行目)について「X」に訂正

エ 「女性に手を出したり」(4行目)について削除

オ 「2月15日H野保健課長からA野課長に連絡・一人暮らしの女性であり,年齢的に若くない。どうされたか女性だから言わない。弱い立場の女性に手を出しているようだ。公になったら心配である。」(7行目ないし11行目)について削除

カ 「■■先生から情報を得る。」(14行目)について削除

キ 「Mから事実確認をする。」(15行目)について削除

ク 「早急に事実関係の把握を努めることを確認。」(18行目)について削除

ケ 「■■先生から事情を得る」(19行目)について削除

コ 「Mから事実確認をする。」(20行目)について削除

(3) 本件情報3について

ア 目的外利用等の中止

イ 「■■先生」(1行目及び9行目)に係る部分非開示の開示

ウ 「M」(2行目,7行目及び10行目)について「X」に訂正

エ 「主」(7行目)は本人氏名に訂正

(4) 本件情報4について

ア 目的外利用等の中止

イ 「■■先生」(1行目)に係る部分非開示の開示

ウ 「M」(2行目及び10行目)について「X」に訂正

エ 「一人は70歳の方である。目が不自由で,書類が書けないので,代筆を頼むと暴言を吐いて嫌な思いをさせる。」(7行目)について削除

オ 「肉体的な心配はないようだ。」(11行目)について削除

(5) 本件情報5

ア 目的外利用等の中止

イ 「M」(1行目,4行目,12行目,17行目及び20行目)について「X」に訂正

ウ 「事務職に任用換後は,・水道の検診に2年・老人福祉関係7年・図書館6年・CW1年」(5行目ないし9行目)について削除

エ 「率直に言わせてもらうが,ケースとの対応の関係で暴言を吐くなど幾つか話が入っているがどうか。」(10行目ないし11行目)について削除

(6) 本件情報6

ア 目的外利用等の中止

イ 「■■先生」(1行目)に係る部分非開示の開示

ウ 「Kさん」(5行目及び6行目)について開示

エ 「M」(6行目)について「X」に訂正

オ 「ようやくKさんに連絡が取れた。今は,働きにいっているらしい。4月5日にKさんの家にMが来て,嘆願書に署名をして欲しいと言った。自分が悪いからそうなったんだと言って,署名はしなかったと言う。あんな奴とは,関わりたくないと言っていた。夜に無言電話が多い。6月4日8時30分にお金をもらいに行くと言っていたので,そこで話を聞いたらどうか。」(5行目ないし11行目)について削除

(7) 本件情報7

ア 目的外利用等の中止

イ 全文削除

(二) 小金井市長は,平成14年5月13日,本件請求をいずれも拒否する旨の本件処分をした。本件処分の内容は,以下のとおりである。

(1) 別紙1から別紙7までの目的外利用等の中止の請求は,いずれも中止しない。

(2) 別紙2,別紙3,別紙4及び別紙6のうち,■■先生に係る非開示部分の開示請求及び別紙6のうち,Kさんについての開示請求は,いずれも開示しない。

(3) 別紙2,別紙3,別紙4,別紙5及び別紙6のうち,「M」について「X」と訂正することを求める請求は,いずれも訂正しない。

(4) 別紙3のうち,7行目の「主」という記載を本人の氏名に訂正することを求める請求は,訂正しない。

(5) 別紙1,別紙2,別紙4,別紙5,別紙6及び別紙7についての削除請求は,いずれも削除しない。

二  争点1(訴えの利益の有無)について

1  原告は,本件請求において,本件条例19条1項に基づき,本件情報を別件損害賠償請求訴訟に提出することを中止する旨の目的外利用等の中止を求めている。

2  ところで,本案判決は,請求の当否について判断することを通じて,当事者間の紛争の解決を図ることを目的としているのであるから,本案判決による紛争の解決を必要としない場合や,本案判決によっては紛争の効果的な解決を図ることができない場合,すなわち本案判決の必要性や実効性を欠く場合には,訴訟制度を利用し,被告に応訴を強制することを容認すべきではないというべきである。

3  本件においては,前記認定事実によると,本件情報は,別件損害賠償請求訴訟において書証として提出されており,その判決も宣告済みであるというのであるから,本件情報の目的外利用等は,既に実行されて終了しており,その撤回等を行う余地もないことが認められる。そうすると,このような中止請求の拒否決定を取り消しても,過去に行われて,終了した行為の中止を求めることはできないのであるから,原告は,およそ本件訴訟を利用しては解決することのできないことを求めているということができる。

4 したがって,本件訴えのうち,目的外利用等の中止を求める部分については,訴えの利益を欠き,不適法といわざるを得ない。なお,憲法32条は,訴えの利益のない訴訟について,本案判決を受ける権利を保障しているものではないから,裁判を受ける権利の侵害をいう原告の主張は,採用することができない。

三  争点2(「個人情報」該当性)について

1(一)  本件条例3条1号は,「個人情報」の意義について,「個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に係る情報を除く。)で,特定の個人が識別され,又は識別され得るもので,文書,図面,マイクロフィルム,写真,録音録画テープ,磁気テープ,光ディスク等に記録されるもの又はされたものをいう。」と規定している。

(二)  これを本件についてみると,前記認定事実によると,別紙1は,原告の上司であったA野課長が,関係職員から,原告の勤務状況に問題がある旨の指摘があったため,関係職員と協議した内容をメモし,これを後にA野課長個人の備忘用ノートに転記したものであり,別紙2ないし7は,原告のケースワーカーとしての行為に関連する市民からの苦情と,市の関連部局職員のこれに対応する動きに関する記録であって,いずれもワープロでまとめて担当課長が保管していたものである。

(三) そうすると,本件情報は,いずれも原告個人の名誉,信用等にも関係し得る情報であって,原告の氏名を識別することができるものであり,文書に記録されているのであるから,本件条例3条1号の文理上からも,また,自然人に関する情報の濫用を防止し,プライバシーを守るとともに,自己に関する情報の開示等の権利を保障するという本件条例の趣旨に照らしても,本件情報は,同号にいう「個人情報」に当たるというべきであり,本件情報が公務員の公務の遂行に関係する情報であるからといって,それだけで直ちに同号の「個人情報」に当たらないということはできない。

(四)  これに対し,被告は,最高裁判所平成15年11月11日第三小法廷判決・判例時報1842号31頁を援用して,情報公開条例所定の「個人情報」からは公務員の公務遂行に係る情報は除外されると解されているのであるから,本件条例所定の「個人情報」についても,同様に原告の公務遂行に係る情報は除外されるべきである旨主張する。

確かに,公務員の公務の遂行に関する情報は,公務員の氏名が特定されるものであっても,当該公務員との関係では,その内容・性質に照らし,本件条例3条1号にいう「個人に関する情報」に該当しないことがあり得ると考えられる。

しかし,上記判決は,大阪市公文書公開条例において,非開示事由として定められている同条例6条2号の「個人に関する情報」の解釈につき,同条例が市民の市政参加を推進し,市政に対する市民の理解と信頼の確保を図ることを目的とし,そのために市民に公文書の公開を求める権利を保障して,実施機関に対し,この権利を十分尊重して同条例を解釈適用する責務を負わせていることや,同条例が大阪市の市政に関する情報を広く市民に公開することを目的として定められたものであるところ,同市の市政に関する情報の大部分は,同市の公務員の職務の遂行に関する情報ということができることなどを理由として,公務員の職務の遂行に関する情報は,公務員の私事に関する情報が含まれる場合を除き,公務員個人が同号にいう「個人」に当たることを理由に,同号の非公開情報に当たるとはいえない旨判示するものである。したがって,同判決の判示内容自体,必ずしも被告の前記主張に沿うものであるとはいえない。

また,他方,本件条例は,個人情報を濫用から保護するとともに,自己に関する個人情報の開示請求等の権利を保障し,もって市民の基本的人権を擁護することを目的とする(本件条例1条)ものである。そうすると,前記最高裁判所判決の事案と本件の事案では,前提となる条例の目的が大きく異なる。そして,「個人情報」ないし「個人に関する情報」という用語の機能も,大阪市公文書公開条例の場合は,これに当たれば,非公開とされ得るのに対し,本件条例の場合は,逆に開示等の対象となり得るのであるから,その機能も全く異なる。

(五)  以上によれば,前記最高裁判決は,その判旨から,被告主張のような画一的な解釈を導くことはできない上,本件と事案を異にする問題についてのものであって,その趣旨を本件に及ぼすことはできないというべきである。

よって,被告の前記主張は,採用することができない。

2(一)  また,被告は,削除請求(本件条例18条),目的外利用等の中止請求(本件条例19条)の場合,「個人情報」の記録された文書が,実施機関において組織として供用されていることを要するところ,本件情報1は,これに当たらない旨主張する。

(二) 本件条例18条は,「実施機関が……(中略)……収集した」個人情報を対象とするものである。前記認定事実によると,本件情報1は,原告の勤務状況等について,関係職員と協議した内容を直接記録した公文書ではなく,A野課長が上記協議の際にとったメモを個人の備忘用ノートに私的に転記しておいたものというのである。そうすると,本件情報1は,実施機関である小金井市長が収集,保管するものではないから,本件条例18条による削除請求の対象とはならないというべきである。

したがって,本件情報1についての削除請求については,小金井市長は,これを拒否すべきである。そうすると,本件処分のうち,本件情報1についての削除請求を拒否する旨の決定は,適法というべきである。

(三)  よって,被告の前記主張は,上記の限度で理由があり,その余は判断する必要がない。

四  争点3(削除・訂正請求の可否①)について

1  原告は,別紙1ないし7に記載された事実が存在しないことを理由に,削除請求をしている。しかし,本件条例18条による削除請求は,本件条例8条1項,2項,11条1項,2項の規定によらないで自己に関する個人情報を収集した場合の規定であるから,事実の不存在を理由に,本件条例18条に基づく削除請求をすることができないことは明らかである。そこで,以下,原告の削除請求が,本件条例17条による訂正請求の一環としてされたと善解した上で,その可否について検討することとする。

2 本件条例17条は,実施機関が保管等をしている個人情報の記載が事実と違っていたり,不正確な内容である結果,本人に不利益を与えること等がないように,自己に関する個人情報の訂正を請求することができることを定めたものと解すべきである。そして,訂正の請求が認められる「誤り」とは,個人情報に関する客観的事実の誤り,例えば,氏名,住所,性別,生年月日,学歴,日時,場所等についての誤りをいうと解するのが相当である。

3 これを本件についてみると,既に判示したとおり,別紙1ないし7は,いずれもA野課長が見聞した内容をまとめ,その善後策について検討したものであるから,「誤り」に該当するか否かは,別紙1ないし7に記載された原告の不行状が存在するか否かという観点からではなく,そのような苦情等があったのか否かという観点から判断されるべきものである。

このような観点から,別紙1ないし7を検討すると,前記認定事実のとおり,A野課長は,実際の苦情聴取の過程等を記録化して,これらを作成したものにすぎないのであるから,「誤り」には該当しない。

また,A野課長が,実際に聴取していない事実についても,これを「誤り」と認めるに足りる的確な証拠はない。

4  したがって,原告の前記主張は,採用することができない。

五  争点4(削除請求の可否②)について

1  本件条例18条は,実施機関が個人情報の保管等の一般的制限又は収集の制限の規定によらないで個人情報の収集を行っていると認めるときは,本人が当該個人情報の削除を請求することができる旨定めている。そこで,別紙1ないし7に記載されている事実が,実施機関が個人情報の保管等の一般的制限を規定する本件条例8条2項2号に該当するかが問題となる。

2  そこで検討すると,本件条例8条2項2号にいう「社会的差別の原因となる諸事実に関する事項」とは,単に社会的評価に関係する事項とか,あるいは本人にとって公表を望まない事項等を意味するのではなく,客観的にみて,不当な差別を引き起こしかねないと一般に考えられている情報,例えば,犯罪歴(保護処分,有罪判決,逮捕歴等),人種,特定の出身地区,特定の病歴,禁治産等に関する事項をいうと解するのが相当である。

3 これを本件についてみると,別紙1ないし7に記載されている事実は,原告が,その職務を遂行するに当たって,問題のある行動を取ったと言っている者がいることや,これに関連する事柄についての記述である。

そうすると,これらの記述であっても,原告が公表を望まないことは容易に認めることができるが,それ以上に,前記の不当な差別を引き起こしかねないと一般に考えられている事項が含まれているわけではないというべきである。

したがって,本件情報は,前記の「社会的差別の原因となる諸事実に関する事項」に該当するということはできない。

4  よって,原告の前記主張は,採用することができない。

六  争点5(削除請求の可否③)について

1 本件条例11条は,実施機関が個人情報を収集するに当たっての制限や必要な手続を定めることにより,実施機関による不当な個人情報の収集や不正確な個人情報の収集を防止しようとするものである。同条2項は,本人からの情報の収集を原則としつつも,行政運営上やむを得ず本人以外から収集する場合も生ずることを考慮して,第三者から個人情報を収集することができる場合を定めたものと解することができる。

そして,同項2号にいう「法令に特別の定めがあるとき」とは,法律,政令,省令,条例,命令,規則等により,第三者に照会し,調査し,又は報告を依頼したり,必要な書類の提出を依頼することができる場合をいうと解するのが相当である。

2(一) ところで,地方自治法154条は,「地方公共団体の長は,その補助機関たる職員を指揮監督する。」と規定している。同条の指揮監督権は,行政庁内部における事務の補助執行上及び公務員組織の秩序維持上行われるものである。そして,同条の指揮監督権は,補助機関を構成している公務員が一つの組織体をなして秩序整然と補佐をすることを担保するために認められている権限であるから,普通地方公共団体の長は,必要があるときに,必要な方法によって,補助職員の職務の執行につき積極的に命令し,また,消極的にその義務に違反しないようにあらゆる措置を執ることができ,その措置には,職員本人に対する質問等はもとより,職員の公務遂行に関して当該職員以外の者から事情を聞くなど,種々の調査を行うことも含まれると解するのが相当である。

(二) また,処務規程は,上記のような地方自治法154条を受けて規定されたものであって,小金井市の職員一般に対する準則を示すものであるから,職員との関係では,法的効力を有する規則に該当するということができる。

そして,処務規程6条3項は,「課長は,担任の事務の執行状況につき,随時文書又は口頭をもって所属部長又は次長が所管する課においては所属次長に報告するものとする。」と規定している。課長が,担任の事務の執行状況について,所属部長等に報告するためには,部下の職務遂行状況について調査しなければならず,部下の職務遂行状況について的確な調査を行うためには,市における公務の性質上,当該部下本人からのみではなく,周囲の者の意見等も聞く必要がある場合があるというべきである。

(三) このように検討すると,本件において,原告の上司であったA野課長が,原告の職務遂行状況等について,原告以外の者から原告に関する情報を収集することは,処務規程6条3項ひいては地方自治法154条に基づくものであって,上司の職員に対する指揮監督権の一環として,認められるというべきである。

3 そして,前記認定事実によると,原告が小金井市の職員であって,その上司が原告の指揮監督のために本件情報を収集していたと認めることができる。そうすると,本件情報を原告以外の者から収集したことについては,本件条例11条2項2号にいう「法令に特別の定めがあるとき」に該当するということができる。

よって,原告の前記主張は,採用することができない。

七  争点6(開示・訂正請求の可否等)について

1  原告は,「■■先生」,「Kさん」,「主」及び「M」という表記について,本件条例17条に基づき,具体的な個人名に訂正することを請求している。

しかし,同条に基づく訂正の請求が認められる「誤りがあるとき」とは,前記のとおり,個人情報に関する客観的事実,例えば,氏名,住所,性別,生年月日,学歴,日時,場所等について誤りがあるときをいうと解すべきである。したがって,個人名を黒塗りしたり,記号等で表記したとしても,上記にいう客観的事実の誤りがあるわけではないのであるから,同条にいう「誤りがあるとき」には該当しない。

よって,訂正の請求を求める原告の上記主張は,採用することができない。

2  また,原告は,「■■先生」及び「Kさん」という表記について,本件条例17条に基づき,開示することを請求している。

しかし,「■■先生」及び「Kさん」は,前記のとおり,同条にいう「誤り」ではないのであるから,同条の適用の余地はない。また,念のため本件条例16条1項による開示の可否を検討してみても,「■■先生」及び「Kさん」なる者は,原告の職務遂行上の不行状を指摘した者である。したがって,「■■先生」及び「Kさん」という表記について具体的な個人名を明らかにすることは,これを「開示することにより,他の個人情報を漏らすこと」になるから,本件条例16条2項2号に該当する。

そうすると,開示の請求を求める原告の前記主張は,いずれにせよ採用することができない。

第四  結論

以上によれば,その余の点につき検討するまでもなく,本件訴えのうち,目的外利用等の中止請求を拒否する決定の取消しを求める部分は,不適法であるから,これを却下し,原告のその余の訴えに係る請求は,理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・菅野博之,裁判官・市原義孝,裁判官・本村洋平)

別紙1〜7<省略>

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