東京地方裁判所 平成16年(行ウ)216号 判決 2005年12月15日
原告 甲
同訴訟代理人弁護士 山田二郎
被告 世田谷税務署長
西巻茂
同指定代理人 中島千絵美
同 別所卓郎
同 伊藤英一
同 丸尾典由
同 佐藤浩司
同 中泉英知
同 北村勝
同 岩崎友紀
主文
1 本件訴えのうち、被告が原告に対し、平成14年12月26日付けでした、原告の平成12年分の所得税に係る平成13年12月7日付け更正の請求に対する、更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消しを求める部分を却下する。
2 原告のその余の訴えに係る請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告が原告に対し、平成14年12月26日付けでした、原告の平成12年分の所得税に係る平成13年12月7日付け更正の請求に対する、更正をすべき理由がない旨の通知処分並びに平成15年7月4日付けでした平成12年分の所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、総所得金額2724万6868円、納付すべき税額577万2300円を超える部分を、いずれも取り消す。
第2事案の概要
本件は、原告が、勤務先とは資本関係のない米国法人から付与されたストック・オプション(会社が自社又は子会社の従業員、役員、コンサルタント等に対して付与する、自社株式を一定の期間内にあらかじめ定められた権利行使価格で購入することができる権利)を行使したことにより得た、当該権利行使価格と時価との差額(権利行使益)について、株式等に係る譲渡所得等として確定申告をした後、これが一時所得であるとして更正の請求をしたが、被告から更正をすべき理由がない旨の通知を受け、更に、当該権利行使益は雑所得に当たるとして更正及び過少申告加算税の賦課決定を受けたため、これらの取消しを求めている事案である。
なお、被告は、原告が、上記通知処分の後に行われた増額更正の取消しを求める以上、上記通知処分の取消しを求める利益はないから、本件訴えのうち、上記通知処分の取消しを求める部分は不適法であるとして、却下を求めている。
1 関係法令の定め
(1) 所得税法(昭和40年法律第33号)は、居住者に対して課する所得税額の計算に関し、その所得を利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得、一時所得又は雑所得に区分し、これらの所得ごとに所得の金額を計算する旨規定している(同法21条1項1号)。
(2) 給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいう(同法28条1項)。
(3) 譲渡所得とは、資産の譲渡(建物又は構築物の所有を目的とする地上権又は賃借権の設定その他契約により他人に土地を長期間使用させる行為で政令で定めるものを含む。)による所得をいう(同法33条1項)。
(4) 一時所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう(同法34条1項)。
(5) 雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう(同法35条1項)。
(6) 給与所得、譲渡所得のうち所得税法33条3項1号に掲げる所得に係る部分及び雑所得については、それぞれ同法28条2項、33条3項、35条2項の規定により計算した所得金額が、所得税の課税標準とされる総所得金額に算入されるのに対し、譲渡所得のうち同法33条3項2号に掲げる所得に係る部分及び一時所得については、それぞれ同法33条3項、34条2項の規定により計算した所得金額の2分の1に相当する金額が、総所得金額に算入されることになる(同法22条1項、2項1号、2号)。
2 前提事実(争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者等
原告は、米国法人であるA(以下「A社」という。)とは資本関係がない有限会社Bの代表取締役であるところ、A社の会長兼最高経営責任者である乙が原告にあてた1996年(平成8年)12月23日付け文書によれば、A社は、原告に対し、A及びA社の日本市場における販売、マーケティングの代理人とする旨通知し、原告は、その旨合意することを1997年(平成9年)1月13日付けで回答している(以下、上記合意により締結された業務契約を「本件業務契約」という。)。
(2) A社が原告に付与したストック・オプションについて
ア A社におけるストック・オプション制度
A社においては、同社の従業員、役員、取締役及びコンサルタントを引きつけ、確保し、報奨を与え、それにより全体としての株主価値を高めることを目的とする、いわゆるインセンティブ・ストック・オプション制度が存在し、原告に対するストック・オプション付与時ないし原告の権利行使時には、「A社報奨プラン」(乙10。
以下「本件プラン」という。)に従って、付与に係る具体的な契約が締結され、その運用が行われていた。
イ 本件プランの概要
本件プランの概要は、以下のとおりである(乙10、乙11)。
(ア) ストック・オプションの内容
A社の一定数の無額面普通株式(以下「普通株式」という。)を、所定の行使価格で、一定の期間内に購入する権利
(イ) 対象者
A社の取締役会の報酬委員会又は同取締役会が本件プランを管理するために随時任命する他の委員会(以下「委員会」という。)によって選定されたA社又は子会社(以下「Aグループ」という。)の従業員、役員、取締役及びコンサルタント
(ウ) 対象となる株式
A社の未発行の授権普通株式及び金庫株として保有されている普通株式(ただし、本件プラン全体で600万株を超えない範囲)
(エ) 権利行使価格
付与日における普通株式の適正市場価格の100パーセントを下回らない価格
(オ) 権利行使権者及び権利の譲渡制限
ストック・オプションは、各付与契約においてこれに反する定めがない限り(本件においては、そのような定めはない。)、遺言、相続法、遺産分配による以外、譲渡又は移転できないものとし、被付与者の存命中は、被付与者本人だけが権利を行使することができる。
(カ) 権利行使の時期及び条件
本件プランに基づいて付与されるストック・オプションの行使条件については、各契約において定めるものとされているところ、後記ウの原告・A社間のストック・オプション付与に関する契約(以下「本件オプション契約」という。)においては、1997年(平成9年)3月25日、1998年(平成10年)3月25日、1999年(平成11年)3月25日、2000年(平成12年)3月25日に、各7500株ずつ行使可能となり、権利行使価格は1株2.00ドル(本判決では、ドルとは「米国ドル」を意味する。)とされている。
(キ) 権利の行使方法
本件においては、被付与者が、オプション行使の対象となる普通株式の株数を記載した通知書をA社等に提出するとともに、当該株式の購入価格全額を支払うことによって行使するものとされている。
(ク) 雇用関係等の終了
被付与者の退職、障害、死亡の場合、又はそれ以外で被付与者とAグループとの雇用関係その他の関係が終了した場合には、委員会が各ストック・オプションの処分につき決定する。
(ケ) ストック・オプションの有効期間及び失効
本件においては、オプションは、原則として10年後に失効するが、被付与者とAグループとの関係が、①(被付与者の)死亡、②(Aグループ側の同意のない)被付与者による自主的な終了、③一定の事由による終了以外の事由で終了し、その直後に被付与者がAグループに雇用されない場合、オプションは、上記関係終了後3か月以内に行使されない範囲において失効するものとされている。
(コ) ストック・オプション付与等の決定機関
取締役会によって別の決定がされない限り、委員会が本件プランを管理する。
取締役会(又は委員会)は、被付与者の本件プランへの参加及びストック・オプション付与の条件に関して、定期的に決定を下す。
そして、本件プラン及びストック・オプション付与契約に関する委員会の決定は最終的なものであり、すべての者を拘束する。
(サ) 本件プランの変更又は終了の効果
本件プランが終了、変更、修正された場合、付与されたストック・オプションが、被付与者の同意なしに不利な影響を受けてはならない。
ウ 原告に対するストック・オプションの付与
原告は、A社との間で、1997年(平成9年)3月25日付けで、ストック・オプションの付与についての契約(本件オプション契約)を締結し、A社は、原告に対して、A社の普通株式3万株を1株2.00ドルで行使する権利を付与した。
原告がA社からストック・オプションを付与されたのは、原告が同社のコンサルタントとして日本市場での販売に大きな貢献をしたためであり(乙12)、本件オプション契約によれば、A社は、原告が、Aグループの将来の成功及び繁栄に寄与すべく最大限の努力を払おうとする動機を高めることを希望するとされている。
原告は、平成12年3月28日に、A社の株式1万5000株(同月27日に1対2の株式分割が行われており、付与された時点での株数に換算すると7500株である。以下「本件ストック・オプション」という。)につき権利行使し、権利行使価格と市場価格の差額に相当する経済的利益(以下「本件権利行使益」といい、具体的には3961万8750円である。この計算根拠については別表2参照。)を得た。なお、同日時点(株式分割後)でのA社の株式の時価は1株26ドルであった。
(3) 本件権利行使益に対する課税処分の経緯等
ア 原告は、平成13年2月21日、被告に対し、原告の平成12年分の所得税に関し、本件権利行使益を株式等に係る譲渡所得として、別表1の「確定申告」欄記載のとおり記載した確定申告書を提出した。
イ 原告は、本件権利行使益が一時所得に該当するとして、平成13年12月7日、別表1の「更正の請求」欄記載のとおり更正すべき旨の請求(以下「本件更正の請求」という。)をした。
ウ 被告は、本件更正の請求に対し、平成14年12月26日付けで、更正をすべき理由がない旨の通知をした(以下「本件通知処分」という。)。
エ 原告は、平成15年1月8日、本件通知処分を不服として異議申立てをしたが、被告(異議審理庁)は、同年6月27日付けで、原告の上記異議申立てを棄却する旨の決定を行った。
オ 被告は、平成15年7月4日、原告に対し、本件権利行使益が雑所得に該当するとして、別表1の「更正処分」欄のとおりの更正(以下「本件更正」という。)及びこれに伴う過少申告加算税賦課決定(以下「本件賦課決定」といい、本件更正と併せて「本件処分」と総称する。)を行った。
カ 原告は、平成15年7月22日、国税不服審判所長に対し、異議決定を経た後の本件通知処分につき審査請求を行った。
キ 原告は、平成15年8月1日、被告に対し、本件処分につき、異議申立てをしたところ、当該異議申立てに係る異議申立書が、国税通則法90条(他の審査請求に伴うみなす審査請求)1項に基づき、同月8日に国税不服審判所長に送付されたので、同条3項の規定により、同日、本件処分についての審査請求がされたものとみなされ、カの審査請求と併合審理されることとなった。
ク 国税不服審判所長は、平成16年2月26日、上記審査請求につき、いずれも棄却する旨の裁決を行った。
ケ 原告の平成12年分の所得税に係る確定申告、本件更正の請求、本件通知処分、本件処分及びこれらに対する不服申立て等の経緯は、別表1記載のとおりである。
(4) 被告による原告の平成12年分の所得税の課税標準、納付すべき税額、同年分の過少申告加算税額の計算は、別紙1記載のとおりである。なお、本件権利行使益が雑所得であるとした場合の計算は、別紙1記載のとおりとなる。
3 争点(各争点に対する当事者の具体的主張内容は別紙2記載のとおりである。)
(1) 本件権利行使益の所得区分(本件権利行使益が譲渡所得、一時所得又は雑所得のいずれに該当するか。)
(2) 信義則違反の有無(本件処分について、信義則違反を理由とする取消しが認められるか否か。)
(3) 租税法律主義違反の有無(本件処分について、租税法律主義違反を理由とする取消しが認められるか否か。)
(4) 「正当な理由」の有無(本件賦課決定処分について、原告に国税通則法65条4項の「正当な理由」があるか否か。)
第3争点に対する判断
1(1) 前記前提事実(第2の2)のとおり、被告は、原告の平成12年分の所得税について、平成14年12月26日付けで本件通知処分を行うとともに、平成15年7月4日付けで本件更正を行っている。
この点、被告は、更正をすべき理由がない旨の通知処分と増額更正とが行われた場合に、当該通知処分及び増額更正の各取消訴訟が係属したときには、審理・判断の矛盾・抵触を防止し、併せて訴訟経済を図るため、取消訴訟としては、通知処分における課税庁の確認行為が内包されている関係にある処分である増額更正のみを対象とし、通知処分の取消しを求める訴えは不適法である旨主張する。これに対し、原告は、本件通知処分の取消請求を維持してはいるが、このような被告の主張に異を唱えてはいない。
(2) そこで検討するに、国税通則法23条4項の更正をすべき理由がない旨の通知処分は、納税申告書を提出した納税者がその申告による税額等の減額を求めて課税庁に是正権の発動を促す更正の請求に対し、その是正権の発動を拒否し、申告税額等について減額を認めないことを確定させる効果を持つ処分であって、税額自体を確定させる処分ではない。他方で、同法24条の更正は、納税者について、税務署長において、課税標準等又は税額等がその調査したところと異なるときに、課税要件事実を全体的に見直し、申告された税額をも含め、納税義務の内容たる税額の総額を確定する処分である。したがって、両者は同一の所得税の納税義務にかかわる相互に密接な関連を有する処分とはいえるが、手続的にみれば別個独立した処分である。そうすると、更正をすべき理由がない旨の通知処分の効力が増額更正の中に吸収されるという関係には立たないものといわざるを得ない。しかしながら、増額更正は単に申告された税額に更正された税額との差額を追加するものではなく、上記のとおり課税庁が課税要件事実を全体的に見直し、税額の総額を確定する処分であって、その中には申告された税額を減額しない趣旨を含むものといえ、増額更正の内容は、減額更正をしない旨の通知処分を包摂する関係にあるといえる。
また、審理対象がそれぞれ減額理由の有無と増額理由の有無ではなく、いずれも当該納税者の総所得金額の数額であることからすれば、実質的にみても、更正をすべき理由がない旨の通知処分と増額更正のそれぞれについての取消訴訟の係属を認めると、双方の審理・判断に矛盾・抵触が生じ、租税法律関係が極めて混乱することになりかねず、また、訴訟経済にも反することになることは明白である。
そうすると、このような場合には、税額等を争う納税者は、増額更正に対して取消訴訟を提起すれば足り、これと別個に当該通知処分の取消しを求める利益を有しないものというべきである。
(3) よって、本件通知処分と本件更正の双方の取消しを求める原告の訴えは、本件通知処分の取消しを求める訴えの部分については不適法であるというべきである。
2 争点(1)(本件権利行使益の所得区分)について
(1) 被告は、本件ストック・オプションの権利行使時における株式の時価とあらかじめ定められた権利行使価格との差額に相当する行使益(本件権利行使益)の所得税法上の所得区分は雑所得に当たると主張するのに対し、原告は、これは一時所得に当たり、仮に一時所得に該当しないとしても、譲渡所得に当たる旨主張する。
そこで、本件権利行使益の所得区分について判断する必要があるところ、前記関係法令の定め(第2の1)のとおり、譲渡所得が「資産の譲渡(建物又は構築物の所有を目的とする地上権又は賃借権の設定その他契約により他人に土地を長期間使用させる行為で政令で定めるものを含む。)による所得をいう。」と規定されているのに対し、一時所得は、譲渡所得を含む8つの所得類型以外の所得であることがその要件の一つとされており、さらに、雑所得が、その他の所得類型のいずれにも該当しない所得をいうものとされていることに照らせば、本件権利行使益の所得区分を検討するに当たっては、原告の主張順序にかかわらず、まず、譲渡所得に該当するか否かを検討した上で、譲渡所得に該当しない場合に、一時所得に該当するか否か、さらには、雑所得に該当するか否かを検討すべきである。
(2) 譲渡所得とは「資産の譲渡による所得」(所得税法33条1項)であるが、「資産」とは譲渡性のある財産権であることを前提としているところ、前記前提事実(第2の2)(2)イ(オ)のとおり、本件ストック・オプションは譲渡が禁止されており、これを取引の対象とする市場があるとも認められず、およそ譲渡性を欠くものであるから「資産」には該当しないというべきである。
したがって、本件権利行使益は譲渡所得には当たらない。
(3) 前記前提事実によれば、本件プランに基づき付与されたストック・オプションについては、被付与者の存命中は、その者のみがこれを行使することができ、その権利を譲渡し、又は移転することはできないものとされており、被付与者は、これを行使することによって、初めて経済的な利益を受けることができるものとされているということができる。そうであるとすれば、A社は、原告に対し、本件プランに基づき本件ストック・オプションを付与し、その約定に従って所定の権利行使価格で株式を取得させたことによって、本件権利行使益を得させたものといえるから、本件権利行使益は、A社から原告に与えられた給付に当たるものというべきである。
本件権利行使益の発生及びその金額が、A社の株価の動向と権利行使時期に関する原告の判断に左右されたものであるとしても、そのことを理由として、本件権利行使益がA社から原告に与えられた給付に当たることを否定することはできない。
そして、前記前提事実によれば、本件プランは、A社の従業員、役員、取締役及びコンサルタントを引きつけ、確保し、報奨を与え、それにより全体としての株主価値を高めることを企図して設けられているものであり、A社は、原告が同社に対してコンサルタントとして役務を提供しているからこそ、本件プランに基づき原告に対して本件ストック・オプションを付与したものであって、本件権利行使益が、原告が上記のとおり役務を提供したことに対する対価としての性質を有する経済的利益であることは明らかである。
そうであるとすれば、本件権利行使益は、①利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得には当たらず、かつ、②役務の対価としての性質を有するから、所得税法34条1項が規定する一時所得(労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないことが、その要件となっている。)にも当たらず、結果として、同法35条1項所定の雑所得に当たるというべきである。
(4) なお、原告は、最高裁判所平成17年1月25日第三小法廷判決(民集59巻1号64頁参照。以下「最高裁判決」という。)は事例判決であって、射程範囲が限定されており、本件は上記最高裁判決の射程外にある旨主張する。
確かに、上記最高裁判決は、米国法人である親会社から、日本の子会社の役員(代表取締役)である者に対して付与されたストック・オプションの権利行使益が給与所得に当たる旨判断を示したものであり、本件との相違点も存在する。
しかし、被付与者が付与者又はその子会社に対して一定の役務を提供しているからこそストック・オプションの付与を受けるという構造自体は、本件の場合と上記最高裁判決の事例とで同様であること、本件プランは、被付与者がAグループの従業員や役員である場合と、コンサルタントである場合とを区別していないこと、対価性の要件に関して雑所得と給与所得とを比較すると、前者(労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有するもの(これは一時所得の消極要件に基づくものである。)は後者(雇用契約又はこれに類する原因に基づき提供した労務の対価として給付されたもの(最高裁判所昭和56年4月24日第二小法廷判決・民集35巻3号672頁参照))に該当しないものを含む広い概念であること等からして、前記最高裁判決の事案でのストック・オプションの権利行使益が「労務の対価」であるならば、本件権利行使益が「労務その他の役務の対価としての性質を有する」こと、すなわち「雑所得」に該当するというべきであり、原告の上記主張は理由がない。
(5) 以上のとおり、本件権利行使益は雑所得に当たり、譲渡所得又は一時所得には当たらないものというべきである。
3 争点(2)(信義則違反の有無)について
(1) 原告は、ストック・オプションの権利行使益について、課税庁は、長年、一時所得として課税すべきものとの見解を表明し、その旨指導も行ってきたものであること、税務当局が平成12年に、平成8年度にさかのぼってストック・オプションの権利行使益について給与所得課税を行っているが、その際、職権で過少申告加算税賦課決定を取り消すとともに延滞税の免除決定をしていることからすれば、課税庁自身が、長らく明確な法律解釈を示さなかったことによって税務行政を混乱させたことを自認しているといえること等からみて、課税庁が本件権利行使益を雑所得と認定することは信義則に反する旨主張する。
しかしながら、信義則違反により課税処分が取り消されるのは、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に限られるべきであると解される(最高裁判所昭和62年10月30日第三小法廷判決・判例時報1262号91頁参照)ところ、本件においては、前記前提事実(3)アのとおり、原告は、本件権利行使益が譲渡所得であるとして確定申告を行っており、これが一時所得である旨の見解を信頼したり、課税庁の指導に従って一時所得として申告したものではない(その前提として、本件全証拠によっても、課税庁が原告に対して、本件権利行使益を一時所得として申告すべき旨を指導したことを認めるに足りない。)から、原告の主張はその前提を欠いている。
このことからすれば、本件において、納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情は認められないものといわざるを得ない。
(2) したがって、本件処分については、信義則違反を理由とする取消しは認められない。
4 争点(3)(租税法律主義違反の有無)について
(1) 原告は、本件権利行使益のように複数所得が混在している場合に、その全体を納税者に不利益に一つの所得類型に割り切って課税することは立法の根拠がなくては許されない旨主張しており、これは、租税法律主義(憲法84条)違反を主張するもののようである。
しかし、前記2のとおり、本件権利行使益については、複数の類型の所得が混在しているものではなく、所得税法35条の解釈上、雑所得と解されるものであって、「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更する」場合に当たらないことはもとより、これが不当な拡大解釈に当たるものでも、課税要件が不明確となっているものでもないというべきである。そして、このことは、かつて、課税庁において、ストック・オプションの権利行使益を一時所得としてとらえていた時期があったり、裁判実務において、これを一時所得とする見解があったとしても、これらにより、左右されるものではない。
(2) したがって、本件処分については、租税法律主義違反を理由とする取消しは認められない。
5 争点(4)(「正当な理由」の有無)について
原告は、税務当局が平成12年に、平成8年度にさかのぼってストック・オプションの権利行使益について給与所得課税を行っているが、その際、職権で過少申告加算税賦課決定を取り消すとともに延滞税の免除決定をしていることからすれば、課税庁自身が、国税通則法65条4項所定の「正当な理由」があると解していることは明らかである旨主張する。
しかし、国税通則法65条4項の「正当な理由」とは、過少申告が真に納税者の責めに帰すことができない客観的事情がある場合をいい、単なる主観的事情や法の不知・誤解は含まれないところ、前記前提事実のとおり、原告は、自己の誤った判断に基づいて本件権利行使益を株式等に係る譲渡所得として確定申告した後、これが一時所得に該当するとして本件更正の請求をしているものにすぎず、「正当な理由」がある、とは認められない。このことは、かつて、課税庁において、ストック・オプションの権利行使益を一時所得と捉えていた時期があったり、裁判実務において、これを一時所得とする見解があったとして、これらを考慮したとしても、あくまで別の見解が存在し得たというにとどまるものであるから、何ら影響を受けるものではない。
6 結論
以上によれば、本件権利行使益が雑所得に当たること及び原告には国税通則法65条4項の「正当な理由」がないことを前提として、原告の平成12年分の所得税に係る総所得金額及び納付すべき税額並びに過少申告加算税額について計算すると、別紙1記載の被告の主張のとおりとなるから(前記前提事案(4))、これと同額の本件処分はいずれも適法である。
よって、本件通知処分の取消しを求める訴えは不適法であるから却下し、その余の訴えに係る請求については理由がないからいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大門匡 裁判官 吉田徹 裁判官 矢口俊哉)
(別紙1)
1 平成12年分の所得税の納付すべき税額 1319万4100円
(1) 総所得金額 4730万6243円
上記金額は、次のアないしウの各金額の合計額である。
ア 不動産所得の金額 6万7493円
上記金額は、原告が平成13年2月21日に被告に提出した平成12年分の所得税の確定申告書(以下「平成12年分確定申告書」という。)に記載した不動産所得の金額と同額である。
イ 給与所得の金額 762万円
上記金額は、原告が株式会社B(東京都世田谷区所在)から平成12年中に支払を受けた給与収入金額980万円から所得税法28条3項に規定する給与所得控除額を同条2項の規定に基づいて控除した後の金額であり、原告が平成12年分確定申告書に記載した給与所得の金額と同額である。
ウ 雑所得の金額 3961万8750円
上記金額は、原告がA社から付与されたストック・オプションを権利行使したことによる(平成12年分の)経済的利益(本件権利行使益)の金額である(別表2参照)。
(2) 所得控除の額の合計額 267万7535円
上記金額は、原告が平成12年分確定申告書に記載した所得控除の額の合計額と同額である。
(3) 課税総所得金額 4462万8000円
上記金額は、前記(1)の総所得金額4730万6243円から前記(2)の所得控除の額の合計額267万7535円を控除した後の金額(ただし、国税通則法118条1項により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。
(4) 納付すべき税額 1319万4100円
上記金額は、次のアからイ及びウの合計額を差し引いた後の金額(ただし、国税通則法119条1項により100円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。
ア 課税総所得金額に対する税額 1402万2360円
上記金額は、前記(3)の課税総所得金額4462万8000円に所得税法89条1項の税率(経済社会の変化等に対応して早急に講ずべき所得税及び法人税の負担軽減措置に関する法律(平成11年法律第8号。以下「負担軽減法」という。)4条の特例を適用したもの)を乗じて算出した金額である。
イ 定率減税額 25万円
負担軽減法6条2項括弧書が定める金額であり、原告が平成12年分確定申告書に記載した定率減税額と同額である。
ウ 源泉徴収税額 57万8200円
上記金額は、原告が平成12年分確定申告書に記載した源泉徴収税額と同額である。
2 平成12年分の過少申告加算税の額 90万8000円
原告が本件更正により新たに納付すべきこととなった税額798万円(国税通則法118条3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた後のもの)を基に、国税通則法65条1項及び2項の規定に基づき計算した金額である。
(別紙2)
当事者の主張
1 争点(1)について
(1) 被告の主張
ア 本件権利行使益が雑所得に該当すること
(ア) 本件権利行使益は譲渡所得に該当しないこと
譲渡所得とは、「資産の譲渡による所得」(所得税法33条1項)をいうところ、ここでいう「資産」とは、譲渡性のある財産権であることを前提としており、本件ストック・オプションは、権利行使可能時において譲渡が禁止されており、取引の対象とする市場もなく、およそ譲渡性を欠くものであるから、資産に該当しない。
したがって、ストック・オプションの権利行使益を「資産の譲渡による所得」と解する余地はない。
(イ) 本件権利行使益は一時所得ではなく、雑所得に該当すること
a 一時所得の意義
一時所得は、所得税法34条1項に規定するとおり、「・・・労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」でなければならない。
すなわち「労務その他の役務の対価」であれば、一般的に給与所得又は事業所得に該当し、「資産の譲渡の対価」であれば、一般的に譲渡所得に該当するところ、これらの所得区分に該当しない「労務その他の役務又は資産の譲渡の「対価としての」性質を有する」所得の存在を前提として、これらの所得を一時所得から除外して所得税法35条1項に規定する雑所得としており、しかも、同法34条1項は「対価」ではなく「対価としての性質」という規定ぶりになっていることから、「対価」よりも広い概念を想定しているのは明らかである。
そうすると、同法34条1項の文理からして、「労務その他の役務の対価としての性質を有するもの」は、給与所得又は事業所得の概念よりも広い概念であり、労務その他の役務の対価そのものである必要はなく、労務その他の役務との間に何らかの関係を有する(有した)ことによる所得を意味するものといえる。
また、裁判例からみても、所得税法において雑所得か否かの所得区分の基準となる「対価性」については、双務契約における一方の履行に対する他方の給付という意味での「対価」としての性質にとどまらず、「労務その他の役務」が契約上の義務として行われた場合でなくても、当該労務その他の役務を提供したことを評価し、これに対して金銭その他の経済的利益が給付された場合をも含むものといえる。
b 本件権利行使益は労務の対価としての性質を有すること
ストック・オプション制度により被付与者が最終的に得る利益の額は、株価変動や権利行使時期に関する判断によって左右されるという点はあるが、それは、ストック・オプション制度に内在する要素であり、原告がコンサルタントとして職務を遂行していたからこそストック・オプションが付与され、その後もコンサルタントとして職務の遂行を続けたからこそ権利行使することができ、権利行使益を得たという関係がある以上、権利行使益が労務の対価としての性質を有することは間違いなく、それは、権利行使益の額が株価変動や権利行使時期に関する判断に左右されても変わるものではない。
c 本件権利行使益はA社から付与されたものであること
(本件のような)新株発行方式の場合、付与会社は、権利行使時において、被付与者に対し、ストック・オプション付与契約に従って新株を発行する義務を負うが、権利行使益が発生した場合には、当該時点における新株発行により企業が得る資金額は、市場価格(時価)での株式発行の場合より少なく、付与会社にその差額(権利行使益)に相当する実質的損失(機会損失)が生じている。つまり、付与会社が当該株式を市場で売却(発行)すれば得られたはずのキャッシュフローが被付与者である従業員等に移転していると評価できる。
このように、本件権利行使益は、A社から原告に付与されたものである。
d 本件権利行使益は雑所得に該当すること
以上のように、本件権利行使益は、原告がコンサルタントとして日本市場での販売に大きな貢献をしたことの対価として、A社から付与されたものであるから、雑所得の積極要件(一時所得の消極要件)である「労務その他役務の対価としての性質を有するもの」に該当し、その所得区分は雑所得に該当する。
イ 最高裁判所平成17年1月25日第三小法廷判決(民集59巻1号64頁)判決について
上記最高裁判所判決は、ストック・オプションの権利行使益が付与会社から被付与者に給付されたものであり、偶発的、一時的な要素をもって付与会社からの給付であることを否定できない旨及びストック・オプションの権利行使益が納税者の提供した役務との間に対価性があることを、それぞれ判示している。
そこで本件についてみるに、A社のストック・オプション制度は、Aグループの従業員や社外アドバイザー等に対して、Aグループに価値ある役務を提供することの動機付けとして、同社の株式を取得する機会を提供することがその目的とされており、A社に対する被付与者の役務の提供と不可分に結び付けられている。すなわち、本件ストック・オプションは、原告がA社のコンサルタントとして日本市場での販売に大きな貢献をしたからこそ、A社から付与されたものであり、また、その付与後、契約の継続による役務の提供があったからこそ、その行使をすることができ、結果として本件権利行使益が得られたものであるから、本件権利行使益は、原告がA社のコンサルタントとしての職務を遂行したことに対する対価としての性質を有する経済的利益であることは明らかである。
本件では、原告がストック・オプションを付与した米国会社の日本子会社従業員ではなく、本件権利行使益は、原告が付与会社のコンサルタントとしてその職務を遂行したことによる対価であることに、前記最高裁判所判決との違いはあるが、本件ストック・オプションの付与に係る事実関係からすれば、本件権利行使益は、原告が役務を提供したからこそ得られたものであり、役務との対価性があることは明らかである。
(2) 原告の主張
ア 本件権利行使益は一時所得であること
(ア) 本件権利行使益は、付与会社に帰属しておらず、付与会社から原告に付与されたものでもないこと
所得税法施行令84条という特別の規定が創設されたことにより、被付与者に権利行使益が所得として課税されることになっているが、法人税法施行令136条の4から明らかなとおり、権利行使益という経済的利益(含み益)は付与会社には生じていないから、付与会社が当該利益を被付与者に対して支給することはあり得ない。したがって、ストック・オプションの権利行使益につき、付与会社の被付与者に対する対価の支給と解するのは、重大な誤りである。
(イ) 本件権利行使益は、使用者の便宜のための支給であること
仮に、雇用関係等に基づいて本件権利行使益が支給されているとしても、アメリカ法で定着している「使用者の便宜の原理(Doctrine of employer’s convenience)」(使用者が支給する経済的利益の中で使用者の便宜に基づくものは、就労対価性を検討するまでもなく従業員等の所得には該当しない旨の法理)からすれば、ストック・オプションは、使用者側が従業員等を会社に引き止めておくためのインセンティブとしての性質を持ち、使用者側の便宜のために支給されるものであるから、被付与者の所得たる性質を欠く。
そもそも、原告は、役務提供の対価としては報酬の支給を受けており、本件プランからも明らかなとおり、本件ストック・オプションそれ自体は、正に「使用者側の便宜」のために付与されたものであって、本件業務契約に基づく役務提供の対価ではない。
(ウ) 本件権利行使益は一時所得に該当すること
本件権利行使益は、ストック・オプションの被付与者である原告が、その後の株価の高騰と原告自身の投資判断により偶然に取得できたオプションの運用益で、もとから被付与者である原告に帰属する運用益であり、権利行使益の源泉は付与会社に帰属していないから、原告が付与会社から、同社に帰属していた含み益(経済的利益)の給付を受けたものではない。
また、就労の動機付けとしてストック・オプションが付与されたとしても(その実質は、使用者側の謝礼にすぎない。)、ストック・オプションの権利行使益は、就労対価性の要件を満たしていないから、本件権利行使益は一時所得に該当するものである。
なお、所得区分をストック・オプションそれ自体の付与の動機によって包括して判断するのは、個別に所得の種類ごとに所得区分をすることとしている所得税法の仕組みと適合しない法律解釈であり、許されない。
(エ) 本件は、最高裁判所平成17年1月25日第三小法廷判決の射程外であること
上記最高裁判決は、米国親会社が日本子会社の役員等の人事権等の実権を握っており、日本子会社の代表取締役でありかつ米国親会社の副社長である者にストック・オプションが付与されたという限定された事例に関する判決であり、その射程範囲は限定されている。
本件では、原告は、本件業務契約に基づき、A社に対して役務を提供した者で、その役務の提供に関しては対価を受領しており、ストック・オプション自体も役務の提供に対する対価として支給されていないだけではなく、契約継続の動機付けとすることを企図して付与されたものでもない(本件ストック・オプションは本件プランに基づいて付与されているが、その目的は株式の価値とグループ会社の利益を高めることにすぎない。)。したがって、本件は明らかに上記最高裁判決の射程外にある。
イ 本件権利行使益は譲渡所得であること(予備的主張)
仮に本件権利行使益が一時所得に該当しないとしても、コールオプションの一種であるストック・オプションの権利行使は、オプションを株式に転換して付与会社から株式の譲渡を受けるもので、株式譲渡請求権の行使と同視できるから、本件権利行使益は譲渡所得に該当する。
2 争点(2)について
(1) 原告の主張
ア 被告は、長らく、海外親会社から日本子会社の従業員等が付与を受けたストック・オプションの権利行使益につき、一時所得に該当するとの公的見解を示し、一時所得と取り扱ってきていながら、平成12年ころになって唐突に、何の説明もなしに見解を変更し、ストック・オプションの権利行使益を給与所得や雑所得として課税を行うことに改めている。そして、税務当局の公的見解の変更は、平成14年6月の通達改正(所得税基本通達23~35共6。平球14年課個2-5改正)の(注)記によって初めて明らかにされたにすぎず、変更理由は全く開示されていない。
このような唐突な取扱いの変更は信義則に違反し、違法な課税である。
イ 税務当局は、平成12年になって、平成8年度にさかのぼって、日本子会社の従業員等が取得したストック・オプションの権利行使益について給与所得課税を行っているが、その際に、職権で過少申告加算税の賦課決定を取り消し、併せて職権で延滞税の免除決定をしている。
税務当局は、長らく明確な法律解釈を示さずに税務行政を混乱させたものであり、これは単に加算税や延滞税だけの問題にとどまらない。本税についても、平成14年6月になってようやく通達で法的見解を示し、これを遡及適用したものであり、このような課税は、申告当時における所得税法の合理的な解釈に従い納税している原告に対して、明らかに信義則に違反する違法な課税である。
(2) 被告の主張
ア 信義則は、法の一般原則として、租税法の分野にも適用され得るものではあるが、租税法律主義の下に公平な課税を実現しなければならない租税法の分野における信義則の法理の適用は、民法その他の私法におけるそれとは大きく事情を異にする。
最高裁判所昭和62年10月30日第三小法廷判決によれば、租税法律関係における信義則の法理の適用に当たっては、少なくとも、①税務官庁が納税者に対し、信頼の対象となる公的見解を表示したこと、②納税者がその表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したこと、③後に上記表示に反する課税処分が行われたこと、④そのために納税者が経済的不利益を受けたこと、⑤納税者が税務官庁の上記表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないことの各事由を不可欠のものとして検討した上、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情を備えているか否かについて検討する必要がある。
これを本件についてみるに、原告は、ストック・オプションに係る課税上の見解の変遷をもって信義則違反である旨主張するのみであり、原告が、本件ストック・オプションを受けるについて、税務官庁の公的見解の表示を信頼し、それを主たる動機として行動したが、それにより経済的損失を被ったとするものではない。その上、原告は、本件権利行使益につき、平成12年分所得税の確定申告において、課税庁の従前の取扱いや見解とは全く関係なく自らの判断に基づいて譲渡所得として申告したものであり、本件更正に係る調査の時点において、課税庁が本件権利行使益は雑所得に当たる旨説明していたにもかかわらず、原告は所得区分が雑所得に当たることには納得できないとして修正申告しなかったために本件更正が行われたにすぎないから、前記のいずれの要件も満たさない。
以上のとおり、本件更正が信義則違反であるとの原告の主張には理由がない。
イ また、信義則違反の有無については、納税者の申告ごとに、その具体的な事情に基づき判断されるものであって、課税庁は、過少申告加算税の取消しや延滞税の免除につき、関係法令の解釈にのっとり、各事案に応じて個別に判断しているところである。
本件において(課税庁が)過少申告加算税を取り消し、併せて延滞税を免除したという事実はなく、他の事例においてそのような事実があったとしても、本件における信義則違反を基礎付ける事情とはならない。
3 争点(3)について
(1) 被告の主張
課税要件明確主義とは、憲法84条に定める租税法律主義に照らし、法令において課税要件に関する定めをする場合に、その定めはなるべく一義的で明確でなければならないと解されているところ、雑所得について「利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得」と包括的に規定する所得税法35条1項自体が、課税要件として不明確な規定でないことは明らかである。
本件権利行使益が所得税法35条所定の雑所得に該当するか否かはあくまで法律の解釈適用の問題であるところ、被告は、原告とA社の関係を含めたストック・オプション付与契約に係る一切の事情を考慮して、本件権利行使益は「労務その他の役務の対価としての性質を有するもの」として雑所得に該当すると判断したものであり、これは拡張解釈や類推解釈ではなく、何ら課税要件明確主義の要請に反しない。
(2) 原告の主張
本件権利行使益のように複数所得が混在している場合に、その全体を納税者の不利益に一つの所得類型に割り切って課税することは立法の根拠なしには許されない。本件において、被告は、本件権利行使益が包含する複数の所得について、その所得区分を明らかにしていないから、原告に不利益に、その全部を雑所得と割り切って課税することは許されない。
4 争点(4)について
(1) 原告の主張
被告は、長らく、ストック・オプションの権利行使益は一時所得に該当するとの公的見解を示しておきながら、唐突に見解を変更し、変更の理由の説明もなく一時所得に該当しないとして課税しているが、これは信義則に違反する違法な課税であり、国税通則法65条4項にいう「正当な理由」があることはいうまでもない。
また、税務当局は、平成12年に、平成8年度にさかのぼってストック・オプションの権利行使益について給与所得課税を行っているが、その際、職権で過少申告加算税賦課決定の取消し及び延滞税の免除決定をしていることからすれば、課税庁自身も、国税通則法65条4項にいう加算税を課すべきでない「正当な理由」があると解していることが明らかである。
なお、原告は、当初、本件権利行使益につき譲渡所得として確定申告をし、更正の請求においてその所得区分を一時所得に改めているところ、現行の商法及び所得税法は、ストック・オプションを新株引受権の一種と構成しているので、新株引受権の権利行使を譲渡所得として申告したことには相当の理由があり、現に、学説でもこれを譲渡所得と解する見解もあり、税務当局の申告指導においても譲渡所得という取扱いがされているところもあったと報告されている。
(2) 被告の主張
国税通則法65条4項にいう「正当な理由」とは、過少申告が真に納税者の責めに帰すことのできない客観的事情がある場合を指し、納税者側の主観的な事情や法の不知、誤解は含まれない。換言すれば、「正当な理由」に当たる場合とは、納税者において、申告時に過少申告とならない申告をする契機が客観的に与えられていなかった場合に限られる。
原告は、課税庁側の公的見解の変更をもって、当然に国税通則法65条4項の「正当な理由」がある旨主張するようであるが、そもそも原告は、本件権利行使益を一時所得ではなく譲渡所得として申告しており、課税庁の取扱いや見解とは関係なく、自己の判断に基づいて本件権利行使益を譲渡所得として申告したのは明らかであり、原告の上記主張は前提を欠き、失当である。
また、課税庁がかつてストック・オプションの権利行使益を一時所得として取り扱っていたという事情をもって「正当な理由」を認めることはできない。
なお、「正当な理由」の有無については、納税者の申告ごとに、その具体的な事情に基づき判断されるものであって、課税庁は、過少申告加算税の取消しや延滞税の免除につき、関係法令の解釈にのっとり、各事案に応じて個別に判断しているところである。
本件において(課税庁が)過少申告加算税を取り消し、併せて延滞税を免除したという事実はなく、他の事例においてそのような事実があったとしても、本件での「正当な理由」を基礎付ける事情とはならない。
また、税法の解釈について見解が分かれ、課税庁の取扱いとは異なる見解にも相当の理由があることをもって、同見解に従って確定申告を行ったことが過少申告加算税を賦課すべきでない「正当な理由」に該当すると解すれば、異なる税法上の見解が存在するすべての事案について過少申告加算税を賦課し得ないことになりかねず、到底容認できない。
別表1 本件における更正処分等の経緯(平成12年分)
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別表2 平成12年分の本件ストック・オプションに係る雑所得の収入金額
file_3.jpgferan | mimo | me ASB (Dx@) nwa | ce. Stetioseasizen | $375,000.00 105.65 239,18, 700%