東京地方裁判所 平成16年(行ウ)253号 判決 2005年2月25日
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
原告の訴状記載の請求の趣旨及び平成16年7月5日付け補正書に記載の請求の趣旨は、必ずしも明瞭ではないが、①被告高松矯正管区長に対し、平成15年12月5日に原告に通知された原告に係る執行指揮書及び添付書類(以下「本件文書」という。)の不開示決定(高管発第638号、以下「本件不開示決定」という。)の取消しを求める請求と(なお、本件文書の開示を求める義務付け訴訟と解される余地もあるので併せて後に検討する。)、②被告法務大臣に対し、平成16年5月21日付けでなされた原告の審査請求を棄却する旨の裁決(法務省矯総第2174号、以下「本件裁決」という。)の取消しを求めるものであると解される。
第2事案の概要
本件は、①原告が、被告高松矯正管区長に対し、行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「法」という。)3条に基づき本件文書の開示を求めたところ、同被告が、本件文書に記録された情報は、法5条1号に定める特定の個人を識別することができる情報に該当するところ、当該文書の存否を答えるだけで、不開示とすべき個人を識別することができる情報を開示するのと同様の結果が生じることになる(法8条)と判断し、本件不開示決定をしたため、原告がこれを不服として、同決定の取消しを求めるとともに、②被告法務大臣に対し、審査請求をしたところ、審査請求を棄却する旨の本件裁決を受けたことから、本件裁決の取消しを求めた事案である。
1 関係法令の定め
(1) 法5条1号本文
法5条は、行政文書の開示義務を定めるとともに、同条1号本文で、不開示情報として、個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することにより、特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)又は特定の個人を識別することはできないが、公にすることにより、なお個人の権利利益を害するおそれのあるものを規定している。
(2) 法8条
法8条は、開示請求に対し、当該開示請求に係る行政文書が存在しているか否か答えるだけで、不開示情報を開示することとなるときは、行政機関の長は、当該行政文書の存否を明らかにしないで、当該開示請求を拒否することができる旨規定している。
2 前提事実(証拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 原告は、被告高松矯正管区長に対し、執行指揮書及び添付書類のすべての開示を求める趣旨の平成15年11月5日付けの書面を送付した(乙1)。
(2) 高松矯正管区は、同月14日、原告に対し、開示請求に係る行政文書が特定できないとして、上記書面をいったん返戻し、開示請求するのであれば、①「執行指揮書」というのは、現在、原告が徳島刑務所に在監する根拠となっている原告自身の執行指揮書ということか、②「添付書類すべて」というのは、現在、原告が徳島刑務所に在監する根拠となっている原告自身の添付書類ということか、の2点について留意した上で、改めて行政文書開示請求書を送付するよう求める文書を送付した(乙2)。
(3) 原告は、同管区に対し、上記(2)の①②のいずれについても「はい」と記載した同月18日付けの書面(乙3)とともに、上記(1)の書面(乙1)を送付し、同管区は、同月25日、情報公開請求として受け付けた。
(4) 被告高松矯正管区長は、本件文書に記録された情報は、法5条1号に定める特定の個人を識別することができる情報に該当するところ、当該文書の存否を答えるだけで、不開示とすべき個人を識別することができる情報を開示するのと同様の結果が生じることになる(法8条)と判断し、同法9条2項に基づき、本件不開示決定をし、同年12月5日、原告にその旨を書面により通知した(乙4)。
(5) 原告は、平成16年1月26日、本件不開示決定を不服として、被告法務大臣に対し、行政不服審査法による審査請求を行った(以下「本件審査請求」という。乙5)。
(6) 被告法務大臣は、本件審査請求について、同年3月19日、法18条に基づき、情報公開審査会に対し、諮問したところ、同審査会は、同年5月17日、被告法務大臣に対し、本件不開示決定は妥当である旨の答申をした(乙6)。
(7) 被告法務大臣は、上記(6)の答申を受け、同月21日、原告の審査請求を棄却する旨の本件裁決を行った(乙7)。
(8) 原告は、同年6月12日、被告法務大臣を被告として本件裁決の取消しを求める訴えを提起し、同年7月11日、上記訴えには高松矯正管区長に対して本件不開示決定の取消しを求める趣旨も含まれている旨の補正書を提出した。
3 当事者の主張
(1) 原告の被告らに対する主張は、いずれも要するに、原告の法3条に基づく情報公開請求に対してこれを拒否した本件不開示決定は違法であるということに尽きるもので、その他、原告が縷々述べていることは本件訴訟とは関連がない。
(2) 被告高松矯正管区長の主張
原告が開示を求めた原告に係る「執行指揮書及び添付書類すべて」は、原告が特定の行刑施設に収容されていることを前提として存在し得るものであるところ、原告が特定の行刑施設に収容されているか否かという情報は、法5条1号が規定する個人に関する情報であり、個人識別性を有するものであるため、同号本文前段の不開示情報に該当する。したがって、前記文書の存否を明らかにした場合、法5条1号本文前段の不開示事由を明らかにすることとなるから、被告高松矯正管区長が、法8条により、開示請求に係る行政文書の存否を明らかにしないまま本件不開示決定を行ったことは適法である。
(3) 被告法務大臣の主張
行政事件訴訟法10条2項は、裁決の取消しを求めるには、原処分の違法を主張することは許されず、いわゆる裁決固有の瑕疵を主張する必要があるところ、本件裁決については裁決の主体、手続、形式等に何ら違法な点はなく、本件裁決は適法である。
4 争点
以上によれば、本件訴訟の争点は、(1)本件文書の法8条該当性及び(2)本件裁決の適法性である。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)について
(1) 本件文書は、原告に係る「執行指揮書及び添付書類すべて」であるところ、仮に被告高松矯正管区長がこの種の文書が存在しているか否かを回答すると、そのことのみで当該個人が特定の行刑施設に収容されているか否かという事実が明らかになるのであるから、当該情報は、法5条1号の個人に関する情報であって、特定の個人を識別することができるものと認められ、しかも、この情報が、同号イないしハに定める情報には当たらないことは明らかである(なお、本件のような個人識別情報に関して、当該個人本人からの開示請求があった場合には、特別に開示が認められるべきかどうかも問題となるが、法の定めた開示請求制度は、何人に対しても、請求の目的いかんを問わず、開示請求を認める制度である(法3条)ことから、開示、不開示の判断に当たっては、開示請求者が誰であるかは考慮されないものであり、このことは、同法が、個人に関する情報であっても、特定の個人を識別することができる情報については、法5条1号ただし書きイないしハまでに該当するものを除き、これを不開示情報とするのみで、本人からの開示請求であった場合について、特段の規定を設けていないことからも明らかである。したがって、原告が本件文書に係る情報の対象者本人であることを理由に、開示を認めることもできないところである。)。
(2) したがって、法8条に基づき、本件文書の存否を明らかにしないでこれを不開示とした本件不開示決定は適法であると認められるから、原告の被告高松矯正官区長に対する請求は理由がない(なお、原告の被告高松矯正管区長に対する請求は、本件不開示決定の取消しにとどまらず、開示決定の義務付けを求めるものと解することもできないではないところ、このような訴えは、改正行政事件訴訟法37条の3所定の義務付け訴訟に対応するものであって、現行法上も、無名抗告訴訟として適法であると解する余地もないわけではない。しかしながら、仮にこのような解釈が可能であるとしても、その請求に理由がないことは既に説示したところから明らかであるから、いずれにせよ、原告の請求は棄却を免れない。)。
2 争点(2)について
原告は被告法務大臣に対し、同被告がなした本件裁決の取消しを求めているが、その理由とするところは、要するに原処分である本件不開示決定は違法であるというものである。
ところで、行政事件訴訟法10条2項によると、処分の取消の訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消の訴えを提起することができる場合には、原処分の違法は原処分の取消の訴えにおいてのみ主張することができるとされ、原処分を正当として審査請求を棄却した裁決の取消の訴えにおいては裁決に固有の瑕疵のみを主張すべきであって、原処分の違法を理由として取消しを求めることはできないとされている。
そして、法は、情報不開示決定等を不服とする訴訟に関し、いわゆる裁決主義を採用しておらず、その処分の取消しと本件裁決の取消しのいずれの訴えも提起できるのであるから、上記規定が適用される場合に当たるところ、原告は、被告法務大臣に対する本件裁決取消しの訴えに関しても、原処分の違法を主張するのみで、裁決の手続上の違法等裁決固有の違法について何ら主張していないから、原告の被告法務大臣に対する請求は主張自体理由がなく棄却を免れない。
3 被告変更の申立てについて
なお、原告は、平成17年1月20日、被告を「国会2院」に変更する旨の「訴状」と題する書面を提出しており、これは行政事件訴訟法15条の被告変更の申立ての趣旨と解することも可能であるが(平成17年(行ク)第9号)、「国会2院」が訴訟の被告適格を有することはあり得ない事柄であり、原告の被告変更の申立ては、明らかに不適法な被告への変更を求めるものというべきであるから、許可しないこととする(なお、既に説示したところから明らかなとおり、本件は被告適格を有する正当な被告に対する適法な訴えであり、原告は、本案判断を求めることができるのであるから、被告変更を許可しないことにより、何ら原告に不利益が生ずるものではない。)。
第4結論
以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 金子直史 裁判官 潮海二郎)