東京地方裁判所 平成16年(行ウ)278号 判決 2005年7月05日
原告
豆田菊美
同
瀬戸堯穂
同
有限会社スカイブルー・セト
同代表者代表取締役
瀬戸堯穂
上記3名訴訟代理人弁護士
嘉村孝
同
芳田新一
被告
農林水産大臣
島村宜伸
同指定代理人
小谷淳治
外5名
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告が平成15年3月26日にした別紙品種登録が無効であることを確認する。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
本件は、被告が平成15年3月26日にした「芸北の晩秋」という名称のりんどうの品種登録(以下「本件処分」という。)について、りんどうの品種改良、生産、販売等を行っている原告らが、本件処分には重大かつ明白な瑕疵が存在すると主張して、本件処分の無効確認を求める事案である。
2 争いのない事実等
(1) 当事者等
ア 原告有限会社スカイブルー・セト(以下「原告会社」という。)は、花卉の生産及び販売等を目的として、昭和63年7月25日に設立された有限会社である(甲2ないし4、弁論の全趣旨)。
イ 原告瀬戸堯穂(以下「原告瀬戸」という。)は、原告会社の代表取締役であり、りんどうの品種改良並びに苗及び切り花の生産を行っている者である(甲22、弁論の全趣旨)。
ウ 原告豆田菊美(以下「原告豆田」という。)は、肩書地において、りんどうの品種改良及び切り花の生産を行っている者である(甲23)。
(2) 本件処分
大膳秀行(以下「大膳」という。)及び片桐守(以下「片桐」という。)は、平成11年11月29日、自己の育成した「芸北の晩秋」という名称のりんどう(以下「本件品種」という。)について、品種登録の出願を行った。被告は、平成12年10月5日、農林水産省生産局種苗課の大林達也審査官(以下「大林審査官」という。)を派遣して、大膳の圃場において現地調査を行い、この結果を踏まえ、平成15年3月26日、本件品種につき本件処分をした(争いのない事実、乙1、5、8、18)。
(3) 原告らの登録品種等
ア 原告瀬戸は、登録品種である「初冠雪」という名称のりんどうの育成者権者であった(昭和59年12月14日出願、昭和62年6月10日品種登録、平成14年6月10日存続期間満了)。初冠雪は、青紫系統の色合いを持つりんどうである(甲5、22、乙3)。
イ 原告会社は、登録品種である「初冠雪グリーン」という名称のりんどうの育成者権者である(平成10年11月13日出願、平成14年7月10日品種登録)。初冠雪グリーンは、初冠雪の従属品種である(甲17(枝番を含む。)、乙15)。従属品種とは、①登録品種の重要な形質に係る特性のうち主たるものを保持させたまま、②登録品種の特性の一部を変化させて育成された、③特性により登録品種と明確に区別される品種であって、④変異体の選抜、戻し交雑、遺伝子組換えその他農林水産省令で定める方法により育成されたものをいう(種苗法20条2項1号、種苗法施行規則15条参照)。
ウ 原告会社は、「初冠雪2」及び「初冠雪ミニ」という名称のりんどうについて平成13年12月11日に品種登録の出願を行ったところ、種苗法13条所定の出願公表がされ、同法14条所定の仮保護の権利を有している。これらは、初冠雪の従属品種である(甲18、19、乙16、17、弁論の全趣旨)。
エ 原告会社は、原告瀬戸及び原告豆田に対し、上記初冠雪グリーン、初冠雪2及び初冠雪ミニに関し(後二者については品種登録を停止条件として)、通常利用権を許諾し、原告らは、上記各品種を現実に生産し、譲渡している(甲22、23、弁論の全趣旨)。
(4) 原告らの異議申立て
ア 原告らは、平成15年10月27日、本件処分に対し、異議を申し立てた(乙10)。
イ 大膳及び片桐は、上記異議申立てに関し、参加許可を申し立て、農林水産大臣は、平成16年1月30日付けでこれを許可した(乙11、12)。
ウ 農林水産大臣は、同年3月31日、上記異議申立てにつき、いずれも理由がないとして棄却する旨の決定をした(甲1(枝番を含む。))。
3 争点
(1) 原告らの原告適格の有無
(2) 本件処分における重大かつ明白な瑕疵の有無
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(原告らの原告適格の有無)について
〔原告らの主張〕
原告豆田が品種登録を得ていたりんどう「ハイジ」は、平成13年3月3日、原告瀬戸が品種登録を得ていた「初冠雪」は、平成14年6月10日、それぞれ存続期間満了のため品種登録を抹消されたが、原告会社は、①「初冠雪グリーン」について現に登録を得ており、②「初冠雪2」及び「初冠雪ミニ」につき、それぞれ出願登録を受理されており、これらについては存続期間は満了していない。
そして、原告瀬戸及び原告豆田は、原告会社から、初冠雪グリーンについては登録を前提として、初冠雪2及び初冠雪ミニについては将来の登録を前提として、利用許諾を得ている。
なお、初冠雪グリーンは、原告会社の代表者である原告瀬戸が育成した初冠雪の変異体から同人が選抜し、花色の改良を目的として育成したもので、初冠雪に由来する従属品種である。また、初冠雪2は、同様に、初冠雪の変異体より選抜して花色形質の揃いを目的として栄養繁殖により育成したもので、初冠雪に由来する従属品種である。初冠雪ミニも同様に、初冠雪の変異体より選抜して草丈を短くすることを目的として育成したもので、初冠雪に由来する従属品種である。
ところで、本件品種は、原告豆田のピンク系のりんどう「ハイジ」を利用して育成したブルー系の複色品種となっているが、同品種の市販されているものには、上記初冠雪の従属品種3品種と同一品種、あるいは特性により明確に区別されない品種、同従属品種及び交雑品種等が混在している。
そうすると、大膳らが本件品種を出荷することになれば、上記3品種について登録を得、又は出願を受理されている原告会社並びに上記3品種の利用許諾を得ている原告瀬戸及び原告豆田は、種苗法によって保護された利益を侵害されることになる。
すなわち、原告らは、上記各品種のりんどうを市場に出荷することで経済的利益を挙げており、これは種苗法という法律によって保護された経済的利益であって、本件品種の出荷は、その利益を損なうことになる。これは、本件品種が、区別性、均一性及び安定性のいずれにおいても欠けていることに由来するのである。
〔被告の主張〕
原告会社は、初冠雪グリーンについて品種登録を得ているところ、その品種登録による効力は、育成者権の及ぶ範囲、すなわち、初冠雪グリーン及びこれと特性により明確に区別されない品種を業として利用する範囲で及ぶものであり、それを超えて種苗法上の効果を有するものではない。また、原告会社は、初冠雪2及び初冠雪ミニにつき出願登録をしている旨主張するが、出願登録による仮の保護も、同様に当該品種及びこれと特性により明確に区別されない品種にしか及ばない(種苗法14条)。
そして、原告らがその利益を侵害されると主張する上記3品種は、以下の点で本件品種と特性を異にし、明確に区別される品種であるから、本件品種登録によって原告らの法律上の利益が侵害される余地はない。
本件品種の特性は、花冠内面上部の色は青白、花冠内面中部の色は青白及び明紫青(ぼかし)、花冠外面の色は青白及び明紫青(ぼかし)であるのに対し、初冠雪グリーンの特性は、花冠内面上部の色は黄白及び明青紫(花冠副裂片)、花冠内面中部の色は黄白及び明青紫(花冠副裂片下部)、花冠外面の色は浅黄緑、黄白(花冠裂片先端)及び明青紫(花冠副裂片及び副裂片下部)である。
また、初冠雪2の特性は、原告会社作成の品種登録出願の願書及び説明書によれば、花冠内面上部の色は緑白及び濃青紫、花冠内面中部の色は穏青紫、花冠外面の色は青紫及び灰紫であるし、初冠雪ミニの特性は、原告会社作成の品種登録出願の願書及び説明書によれば、花冠内面上部の色は白及び濃紫青、花冠内面中部の色は浅灰青紫、花冠外面の色は緑白及び濃紫青である
以上のとおり、本件品種と初冠雪グリーン、初冠雪2及び初冠雪ミニとは、特性において明確に区別されるから、これら3品種の登録ないし出願公表の効果は本件品種に及ばず、原告らが上記3品種について種苗法上の権利を有するとしても、本件処分により原告らの権利又は利益が必然的に侵害されるおそれがあるものとはいえない。
なお、本件処分の登録の効力が及ぶのは、本件品種について、本件品種及びこれと特性により明確に区別されない品種に限られるのであり、大膳らが事実上いかなる品種のものを「芸北の晩秋」として出荷したかによって本件品種登録の効力の及ぶ範囲が左右されるものではない。したがって、大膳らが出荷した品種が上記3品種と同一品種又は特性により明確に区別されない品種であったか否かは、原告適格の判断に何ら影響を及ぼさない。
2 争点(2)(本件処分における重大かつ明白な瑕疵の有無)について
〔原告らの主張〕
本件品種は独立した品種としての区別性、均一性及び安定性を欠いているにもかかわらず、審査官がこの点を看過して品種登録処分をした瑕疵がある。
(1) 審査過程の違法性
ア 品種登録願(乙5)には、「説明書」と「特性表」という2種類の「特性を記した文書」が存在するが、これらは種苗法施行規則において、添付書類及び提出物件の目録の中に「2 説明書(特性表を含む)」とあるものであるから両者一体のものであって矛盾は許されないものであるにもかかわらず、同一文書中の上記2つの文書の内容が一致していない。本件においては、少なくとも二十数箇所において特性の記載が食い違っているのである。
そしてこの違いは、審査官による補正命令に基づく補正、それについての更なる補正を経ても全く変更されておらず、被告においてさらに補正を求めた形跡もない。
つまり、審査官は、出願が内包する矛盾を不問に付したまま審査を続行し、品種登録処分を行ったのであり、手続の過程に重大明白な瑕疵を含むものである。
イ そもそも、品種登録願(乙5)に添付された特性表と大林審査官が現地調査によって見分した特性の差は著しく、これ自体手続の正確性を疑わせる事情であり、重大な瑕疵である。
ウ 大膳らの当初の品種登録願(乙5)によれば、本件品種は、ハイジを利用して育成したりんどうヌーベルの育成中に変異種として出現した黄色のりんどう品種の同種間交配により育成されたものとされているが、本件品種登録においては交雑品種であるとされており、この違いは、単に補正すればよいという違いではないと考えられる。
エ 仮に本件品種が交雑品種であるとすると、母系が判然としない。大林審査官は、現地調査をした平成12年10月5日の段階では、上記母系は9月に開花時期が終わるものであるから見ていないということを自認している。これは結局出願者の言を鵜呑みにしたということであり、交雑品種の基となる母系の特性が不明なまま品種登録処分をしたということになり、それ自体不相当である。
オ 大膳らが当初提出した品種登録願(乙5)には撮影圃場として「芸北町○○66-4」とあるが、これは大膳の自宅である。また、第1回目の補正書(乙6)の写真には、撮影場所も日付もない。さらに、第2回目の補正書(乙7)の写真は、全体の圃場のものではなく、地際からの撮影でもない。
このように、被告は、補正命令を発しておきながら、その要求に応えていない補正を鵜呑みにして審査を続行したのであり、審査に違法がある。
(2) 区別性、均一性、安定性(種苗法3条1項)の欠如
ア 区別性の欠如
本件品種の特性審査において、最も類似している品種として、原告瀬戸の育成したスカイブルーしなの3号晩生を対照品種として選定しているが、この品種はエゾリンドウ系品種であり、開花時に花弁先端が反転しない。しかし、本件品種はササリンドウ系品種であり、開花時に花弁先端が外反転するものであり、対照品種とするには最も不適切なものであって、対照が無意味である。
イ 均一性の欠如
(ア) 被告は、本件品種が、大膳の圃場で栽培されていた既登録品種「ホワイトウッド」等と比較して、同等かそれ以上の特性の揃いが認められたことから、均一性に問題がないと判断したと主張する。
しかし、ホワイトウッド「等」では、ホワイトウッド以外のどういう種類と、どう特性上の比較をしたのか、主張自体不明確である。
(イ) さらに、種苗法施行規則所定の別記様式第一号の添付書面及び提出物件の目録18は、「出願品種の植物体の写真は、キャビネ版程度のカラー写真とし、品種名、撮影年月日及び撮影場所を記載した台紙にちょう付する」とした上、「提出する写真には、出願品種の特性が最も顕著に現れる時期に撮影した次に掲げるものを含める」とされ、これには(1)「出願品種の栽培区の全景を写した写真」や(3)「主として花を観賞するものにあっては、花の全体の形状及び着生の状況が明瞭にわかる写真並びに花の拡大、分解等行って、花弁等の花の各部位の色、模様その他の形状が明瞭にわかる写真」等が挙げられている。
ところが、本件では、出願品種の植物体の写真としてキャビネ版程度のカラー写真は見られないばかりか、上記(1)、(3)に相当する写真などは全く提出されていない。
このような審査では均一性の判断ができるはずはないのである。
(ウ) 広島市中央卸売市場中央市場において「芸北の晩秋」として出荷されているりんどうは、大膳が酒井勇(以下「酒井」という。)や岩田和美に対して譲渡した本件品種そのものであり、これは別件訴訟において大膳自身認めるところである。
そうであるにもかかわらず、その「芸北の晩秋」が公設の市場に出荷され、しかもそこでばらばらな特性を示しているという事実は、均一性の欠如を極めて強く疑わせる事実であるといわなければならない。
ウ 安定性の欠如
本件品種の母系となるハイジの変異種の選抜系統がどのようなものであるか全く不明である。本件品種は自家受粉による固定品種ではなく、交雑品種であるから、父系と母系が明らかでなければ、どの点に新規性があるのか判断できない。ところが、被告は、単に「ハイジの変異種の選抜系統」とするのみで、それ以上の特定をしておらず、主張自体失当であるし、さらに、安定性については、ただ一度圃場を実見したのみでは、判断できないはずである。
〔被告の主張〕
本件品種は、独立した品種としての区別性、均一性及び安定性を有しており、審査官においてこの点を適法に確認の上、品種登録をしたものである。
(1) 審査過程の適法性
大林審査官は、平成12年10月5日、大膳が本件品種を育成している圃場に赴き、大膳立会の下に、現地調査を行い、区別性、均一性、安定性等について適法に確認した。
ア 原告らは、本件品種登録願添付の説明書中の「1.出願品種の植物体の特性(1)概要」と別紙特性表の記載に矛盾があり、補正を求めないまま現地調査を行ったことが本件処分の無効原因であると主張する。
しかし、品種登録出願に不備等があったときに、出願者に対して補正を命ずるのは、願書や説明書に必要事項が記載されていなかったり、記載されていても不明瞭な記載、誤記があった場合等、形式的な不備の場合に限られており、出願品種の特性のような実体的な事項については、補正命令の対象とはならない。
本件において、大膳らが提出した品種登録願の説明書及び特性表につき、現地調査を行う前にその記載内容の補正を求めるのは、正しく出願品種の実体的事項について補正を求めることに当たり、補正命令の対象になっていないから、この点について補正を求めたからといって、それが無効原因となり得ないのは明らかである。
なお、説明書と特性表の記載内容について相互に矛盾があったとしても、事前に補正をさせないのは、そもそも補正命令の対象ではないことのほか、説明書も含め、品種登録の特性に係る内容については、願書の記載内容がそのまま登録されるのではなく、審査官による現地調査又は栽培試験によって審査された内容が登録されることになるため、出願者の申請内容について事前に補正を求めたとしても、実益がないからである。
イ 乙第8号証の別紙の記載に明らかなように、登録内容は、現地調査又は栽培試験の結果によって決定されるし、当該品種が品種登録の要件を満たさないとの審査結果に至れば、結局、当該出願品種が新品種として登録されることはないから、出願品種の特性のような実体的項目については、現地調査の前に補正を求めるよりも、現地調査の結果を重視して登録要件について審査をすることを重視すべきであって、いずれにしても本件処分の無効原因とはなり得ない。
したがって、品種登録願の記載が実際の品種登録内容と一致せずとも、そのことが違法となるものではない。
ウ 原告らが指摘する「同種間交配」とは、必ずしも同一品種間の交雑を意味するものではなく、同一系統間の交雑を意味する場合も含まれるところ、本件品種については後者に当たり、よって「芸北の晩秋」として登録された本件品種が交雑品種であることは明らかである。
エ なお、出願品種の母系の特性は、品種登録の要件とされておらず、出願品種の母系については、出願品種の審査に必要な限度で調査されればよいものであって、本件の場合にも、安定性を審査するために必要な限度で調査したものであって、何ら問題はない。
オ 種苗法の品種登録制度においては、品種登録の適否の決定は、農林水産大臣が審査することとされ(種苗法15条1項)、実際の審査に当たっては、農林水産省生産局種苗課職員が現地に赴いて調査を行うか、又は独立行政法人種苗管理センターに栽培試験を行わせることになっており(同条2項)、出願者から提出された願書、説明書等の様式(同法5条1項及び2項)は、必要書類の添付の有無、名称の適切性、未譲渡性、出願適格等の要件を具備しているか否かの判定等の資料にとどまり、出願者が提出した品種登録出願の内容がそのまま品種登録の内容になるものではない。
したがって、願書の記載内容や添付書類については、特性審査の方法を決定するための様式として整っていれば足り、提出書類の記載内容等の些細な不備が品種登録の無効原因となることはない。
したがって、本件品種登録出願の添付書類(写真及び圃場の所在地)について補正させなかったことは何ら違法ではない。
(2) 区別性、均一性、安定性(種苗法3条1項)の存在
ア 区別性の存在
特性の調査は、特性表の項目に従って順次行い、調査の結果、茎については茎立数、節数等5項目において、葉については葉長等4項目において、開花特性については花房のつき方等3項目において、花については花冠の長さ、花冠の色、斑点の有無、色、がく片の長さ、幅等26項目において、さく果についてはさく果の長さ1項目において、それぞれ大膳らの品種登録願の特性表の記載と異なっていることが判明した。
しかし、その全体的な色及び訂正を要しなかった他の特性において、出願時に提出されていた写真と現地調査の際に実際に調査に供されている植物体とが同一の品種であると判断するに十分な類似性を有していたことから、大林審査官は、大膳から同人の調査方法等について聴取した。その結果、特性表の上記各項目がそれぞれ異なることになった大きな原因が、りんどうの種類別審査基準では3年目の中庸な株の中で調査すべきところ、大膳が2年生株で調査をしていたことや、殊に花の特性に多く差異が生じたのは、大膳が調査すべき部位を誤っていたことにあることが判明した。そこで、大林審査官は、本件品種の特性調査を進めながら、訂正を要する特性表の各項目につき、それぞれ大膳に確認しつつ、その場で品種登録願の特性表の当該各記載事項を、事実上訂正させた。
本件品種については、対照品種として初冠雪及びスカイブルーしなの3号晩生を選択したところ、対照品種の2品種と比較して、花冠内面上部の色が青白(初冠雪は鮮青紫、スカイブルーしなの3号晩生は青紫)であるなど、形質の違いが認められた。
また、前記(1)〔被告の主張〕で述べたとおり、本件品種と初冠雪グリーン、初冠雪2及び初冠雪ミニは、特性において明確に区別されるものである。なお、本件品種は、初冠雪グリーン等の従属品種には当たらない。
さらに、品種登録の審査に当たっては、すべての既存品種との特性の比較という審査を行っている。したがって、区別性の審査においては、対照品種とのみ特性を比較するわけではないことから、どの品種を対照品種として選択したかが直ちに品種登録の要件の充足に関係するものでもない。
イ 均一性の存在
(ア) 本件品種は、ハイジの変異株の選抜系統とヌーベルの交雑品種であるが、両親が他家受粉品種であるため、多交雑品種と同様に、他家受粉品種に関する「既存品種における異形個体の発現状況と比較して判定する」との基準を適用するところ、本件品種は、大膳の圃場で栽培されていた既登録品種「ホワイトウッド」(品種登録番号第2603号)等と比較して、同等かそれ以上の特性の揃いが認められたことから、出願品種の均一性に問題がないと判断された。
なお、ホワイトウッドは上記のとおり登録品種であるから、品種としての均一性判断の基準種としての適格性に問題はない。また、大林審査官は、現地調査時に本件品種の揃いを審査するに当たって、上記ホワイトウッドの外、大膳の圃場に植えられていたヌーベルや同審査官がそれまでに職務上観察した品種も含めて比較対照したものである。
(イ) 原告らは、本件品種登録出願の添付書類(写真及び圃場の所在地)について縷々主張するが、前記のとおり、品種登録出願は、書類に不備があってもまずはこれを受理し、書類の形式的な記載上の不備(種苗法5条)については、受理後、相当の期間を定めて補正を命じる取扱いになっているもので(同法12条)、実際の登録内容は出願書の記載のとおりにならないものである。
したがって、この点が無効理由となる余地もない。
(ウ) 原告らは、甲第16号証の写真にある「芸北の晩秋」と称するりんどうの各花色が均一でないことを指摘するが、これは、生産者を酒井勇とするものであり、大膳の圃場から出荷されたものではない。大膳は、本件品種の育成過程である平成10年に酒井なる人物に育成中のりんどうの苗を無償譲渡しており、これが「芸北の晩秋」の名で出荷された可能性が大であって、そもそも同号証のりんどうは本件品種と同一品種のものではないと思われ、本件品種に均一性が認められない根拠となるものではない。
ウ 安定性の存在
交雑品種の場合には、固定された両親の品種を何度繰り返しても同じものができる(均一性がある)場合に安定性があると解している。「植物の新品種の保護に関する国際条約」(1991年改正)9条は「品種は、繰り返し増殖させた後に又は特別な増殖周期がある場合にあっては当該周期の終わりに特性が変わらない場合には、安定性があるものとする。」と規定する。交雑品種は、特定の異なる品種(両親)を交雑させて作る品種で、両親を交雑させた1代限りの品種であるから(したがって、その後代の特性は分離する。)、上記規定の「特別な増殖周期がある場合」に当たるため、増殖周期の終わりである当該交雑品種について特性が変わらない場合に(同じ組合せをした場合にできた交雑品種について均一性がある場合)、安定性があると解釈している。
本件品種の父系は、ヌーベル(品種登録番号第7476号)であることから、均一性及び安定性には問題ないが、他方、その母系については、大膳に対する聞き取り調査で、大膳らの品種登録願の出願品種の育成の経過の記載と異なり、母系品種がハイジの変異株であることが判明したため、大林審査官は、改めて安定性について調査した。その結果、母系品種につき、現地調査時に観察できる特性が揃っていたこと及び出願者である大膳が以前に調査した結果についての聞き取りを根拠に、母系品種の均一性を確認するとともに、母系品種の育成過程から、安定性についても認められることを確認した。そこで、両親の品種について固定が認められること及び本件品種そのものについて均一性があることから、安定性に問題がないものと判断した。
第4 当裁判所の判断
1 前記争いのない事実に、証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告らの品種登録
ア 「初冠雪」は、原告瀬戸が昭和59年12月14日に出願し、昭和62年6月10日に品種登録された青紫系統の色合いを持つりんどうであって、平成14年6月10日に存続期間が満了したことにより、品種登録を抹消された(甲5、22、乙3)。
イ 「初冠雪グリーン」は、初冠雪の従属品種であり、原告会社が平成10年11月13日に出願し、平成14年7月10日に品種登録されたりんどうである(甲17(枝番を含む。)、乙15)。
ウ 「初冠雪2」及び「初冠雪ミニ」はいずれも、初冠雪の従属品種であり、原告会社が平成13年12月11日に出願したりんどうであって、種苗法13条以下所定の出願公表がされているものである(甲18、19、乙16、17、弁論の全趣旨)。
エ 原告会社は、原告瀬戸及び原告豆田に対し、上記初冠雪グリーン、初冠雪2及び初冠雪ミニに関し(後二者については品種登録を停止条件として)、通常利用権を許諾しており、原告らは、上記各品種を現実に生産、譲渡している(甲22、23、弁論の全趣旨)。
(2) 本件品種の育成
ア 「ハイジ」は、原告豆田が昭和58年11月28日に出願し、昭和61年3月3日に品種登録されたピンク系統の色合いを持つりんどうであって、平成13年3月3日に存続期間が満了したことにより、品種登録を抹消された(甲4、5、7、22、23、乙2)。
また、「ヌーベル」は、大膳が平成8年1月8日に出願し、平成11年9月21日に品種登録されたりんどうである(乙4)。
イ 大膳は、平成11年にりんどうの品種の育成を完了し、「芸北の晩秋」と命名した(乙5)。「芸北の晩秋」は、父系を登録品種ヌーベル、母系をハイジの変異種の選抜系統(未登録品種)とするものである(乙18、19)。
(3) 本件品種登録出願
ア 大膳及び片桐は、育成者を大膳及び片桐として、平成11年11月29日、「芸北の晩秋」を品種登録出願した。
その出願に係る品種登録願には、特性表を含む説明書、大膳の圃場(広島県山県郡芸北町字○○66番地4所在)における上記「芸北の晩秋」の花等を写した写真3葉等が付されていた。また、対照品種については、初冠雪であると記載されていた(乙5)。
なお、上記品種登録願中、「出願品種の植物体の特性」の「(1)概要」と別紙の特性表の間には、茎上部の色、茎上部の着色程度、茎下部の色、1節側枝発生位置、葉幅、葉表面の色、葉裏面の色、開花期、花房のつき方、頂部の着花数、茎当たりの総花数、花冠の形状、花冠の長さ、花冠先端の直径、花冠内面上部の斑点、花冠外面の縞模様の色、花冠裂片の長さ、花冠裂片の幅、花冠裂片の形状、花冠裂片先端の形状及びがく筒の形状の21箇所において特性の記載に齟齬がある。
また、上記品種登録願には、育成経過として、大膳は、平成4年からハイジの異変株より同種間交配をし、新品種の固定化の努力をしていたところ、試作600本の株の中に登録品種ヌーベルとして登録された品種と数本の黄色のりんどうが出現し、その黄色のりんどうの同種間交配を平成5年から3回繰り返し、平成11年にその特性が安定していることを確認して育成を完了した旨の記載がある。
イ 大膳は、平成12年2月3日、補正命令を受け、同月14日、品種登録願について数箇所の補正を行った。これにより、対照品種は、上記初冠雪とスカイブルーしなの3号晩生であると補正された。
また、地際から撮影された写真が必要であるとされ、これについても上記補正の際提出されたが、この写真には、花の咲いている状況は写っていなかった(乙6)。
ウ 大膳は、平成12年9月22日、①特性表に対照品種の特性値をすべて記入すること、②出願品種について全体を花の咲いている状態で地際から撮影した写真を提出することを内容とした再度の補正命令を受け、同年10月18日、上記の特性表と写真を提出した。写真は、同月12日に1株のまとまりを取り出して撮影したものであり、地面からの生え際については写真の下部に切れてしまっており写っていないというものであった(乙7)。
(4) 審査基準
農林水産省生産局種苗課における登録出願品種についての審査基準は、概ね以下のとおりである(乙14、18、23)。
ア 区別性の審査は、種苗法3条1項1号に規定する要件(品種登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた他の品種と特性の全部又は一部によって明確に区別されること)を満たすものであるか否かについて行う。
区別性は、出願品種及び対照品種を直接比較し、それぞれの品種の示す特性に基づき、①質的形質(色、形状等個々に不連続な状態を示す形質をいう。)については、出願品種の特性と対照品種の特性との間において、階級が異なる場合に、出願品種はその特性により明確に区別されるものと判定し、②量的形質(長さ、重量等計測可能な連続的変化を示す形質をいう。)については、出願品種の特性が対照品種の特性と特性審査基準に規定する1階級値の幅以上異なる場合に、出願品種はその特性により明確に区別されるものと判定する。
なお、対照品種とは、出願品種の区別性、均一性、安定性の判断をするための品種であり、出願品種に最も類似している品種から選定されるものである。
もっとも、審査官は、対照品種に限らず、出願品種がすべての既存の品種と明確に区別できるか否かについても判断している。また、上記の特性は、審査官が現地調査を行うなどして認定されるものであり、これと品種登録願の特性表の記載とが異なっている場合には、品種登録願の特性表の方を補正するという扱いがされている。
イ 均一性の審査は、種苗法3条1項2号に規定する要件(同一の繁殖の段階に属する植物体のすべてが特性の全部において十分に類似していること)を満たすものであるか否かについて行う。
均一性は、特性審査基準において特に指定する場合を除き、繁殖された出願品種の個体において、上記アの区別性の判定に係る特性について品種本来の表現と異なる個体(異型個体)が発現する状態に基づいて判定する。
繁殖の都度複数の品種を交雑させて種子を得る品種の場合には、多交雑品種では他家受粉品種の基準が準用され、既存品種における異型個体の発現状況と比較して判定する。
ウ 安定性の審査は、種苗法3条1項3号に規定する要件(繰り返し繁殖させた後において特性の全部が変化しないこと)を満たすものであるか否かについて行う。
安定性は、出願品種について、通常の繁殖方法によって増殖を繰り返した場合においても、すべての繁殖の段階の個体が、区別性の判定に係る特性を発現し、かつ、その均一性を維持しているか否かによって判定する。
ただし、出願品種の育成経過等及び均一性の判定の結果に基づき安定性を判定し得る場合にあっては、これらに基づき安定性の判定を行うことができる。
なお、交雑品種(繁殖の都度交雑させて種子を得る品種)については、固定された両親の品種を何度繰り返しても同じものができる場合にも、安定性があるものとされる。
(5) 本件品種の現地調査
大林審査官は、平成12年10月5日、本件品種につき、以下のとおり現地調査を実施した。なお、現地調査とは、種苗法15条2項に基づく出願品種の審査の一方法であり、出願品種の調査適期に出願者の圃場等において、品種の特性等を調査することを指す(乙14)。
ア 区別性については、大林審査官が大膳の圃場において実際に観察したところ、大膳が出願時に特性表に記載していた特性と現物の芸北の晩秋の特性が、97項目中、以下の38項目において異なっていることが判明した。
(ア) 茎については、茎立数、節数、1節側枝発生位置、2節以上の側枝発生位置及び1節側枝長の計5項目
(イ) 葉については、葉長、葉身中央部の横断面、葉の着生角度及び葉表面の着色程度の計4項目
(ウ) 開花特性については、花房のつき方、着花中央節の着花数及び茎当たりの総花数の計3項目
(エ) 花については、花冠の長さ、花冠先端の直径、花冠内面上部の色、花冠内面中部の色、花冠外面の色、花冠内面上部の斑点、花冠内面中部の斑点、花冠内面上部の斑点の色、花冠内面中部の斑点の色、花冠外面の縞模様の色、花冠裂片の長さ、花冠裂片の幅、花冠裂片の形状、花冠裂片先端の形状、花冠副裂片の長さ、花冠副裂片の幅、花冠副裂片の形状、がく片の長さ、がく片の幅、がく筒の直径、やくの長さ、やくの色、やくの退化、花粉の色及び花糸の長さの計25項目(大林審査官はこのほか、花冠外面の斑点の色についても食違いがあったとするが(乙18)、この点は出願当初から品種登録に至るまで一貫して特性表に記載がないため(乙1、5ないし8、22)、相違点としては除外する。) (オ) さく果については、さく果の長さ1項目
この相違については、大膳が調査すべき部位や調査時期等の特性調査の方法について通暁していなかったこと、そのため、りんどうの種類別審査基準では切り花の場合実生又はさし芽3年目の中庸な株の中で中庸な着花茎を調査することになっているが、大膳は未成熟の2年生株で調査をしていたこと、調査時期が正しくなかったこと、花冠の特性について調査部位を誤っていたことなどが原因であると考えられた。
このため、大林審査官は、大膳に対し、その場において同人の了解を得た上で、口頭で上記の点につき事実上訂正させ、その訂正の結果を同審査官が持参していた特性表の写しに書き込んでいった。なお、大林審査官は、上記の各訂正にかかわらず、全体的特徴からして、出願に係る品種と現地調査に係る品種に同一性があるとした上で、区別性が認められると判断した(乙18、22、23)。
イ 均一性については、現地調査の際、大膳の圃場において栽培されていた「芸北の晩秋」について、圃場全体を観察し、平均的な大きさの株を約30株抽出し、それぞれの株の中から中庸な茎1本を選択し、それらの花茎の草姿、草丈及び花色等について特性の調査を行った。その結果、同時に栽培されていた登録品種「ホワイトウッド」(品種登録番号2603号)等と比較して、本件品種の均一性は、同等かそれ以上の揃いであると確認したことから、大林審査官は、均一性に問題がないと判断した(乙18)。
ウ 安定性については、本件品種のように繁殖の都度交雑させて種子を得る品種(「交雑品種」といわれる。)の場合において固定された両親の品種を何度繰り返しても同じものができるときは安定性があると判断されるところ、本件品種の場合には、前記(2)で認定したとおり、父系はヌーベルという登録品種であったから品種として固定されていることに問題がなかったが、母系は未登録品種であったため、これが固定された品種といえるかどうかを判断する必要があった。
そのため、大林審査官が大膳に対し、本件品種の母系であるハイジの黄色系統の変異株の出現の経緯について聴取したところ、大膳は、平成3年に発見したハイジの変異株とハイジとの交配により生まれた複数のハイジの変異株同士を平成4年に交配し、平成5年にその実生の中から得られた黄色系統の変異株同士を更に交配し、平成6年から平成7年まで系統内交配により固定を続け、平成8年に固定したと考え、これを本件品種の母系として出願品種の育成に用いたと説明した。これは大膳の品種登録願の育成経過の記載(前記(3)ア)と異なっていたため、大林審査官は、大膳に対し、この育種系統の点について後日上記経過を記載した補正書を出させることとした(乙5、18、19)。
また、母系品種の開花時期は9月上旬であるため、現地調査の際、既に開花時期は過ぎていた。そのため、大林審査官は、母系品種の実物を見て均一性等の確認に必要な特性の全部(花の形状及び色等)の確認をすることはできなかった。しかし、母系品種の草姿、草丈及び葉の形状等の特性が揃っていたことについては、出願品種自体の調査のような圃場全体の特性調査こそしなかったものの、大林審査官が現地調査時に併せて圃場全体の外観を観察することで確認することができ、加えて、大膳が9月上旬に圃場で外観の観察をした時の状況を同審査官自身が聞き取り、その結果、母系品種についても均一性を確認できたと判断した。さらに、母系品種の育成経過についての上記聴取結果も勘案すると、母系品種についても、未登録ではあるが固定品種としての安定性は認められると判断した(乙18)。
(6) 本件処分
被告は、平成15年3月26日、本件品種につき、品種登録をした(本件処分)。審査においては、上記現地調査を踏まえ、区別性につき、初冠雪及びスカイブルーしなの3号晩生と比較して花冠内面上部の色が青白であることなどで区別性が認められ、均一性につき、現地調査において各個体間の特性の振れが少ないことを確認したことから、均一性が認められ、品種登録を認めるのが適当であると判断されたものである。
なお、区別性については、上記に掲げたもののほか、対照品種の特性値と比較することにより、初冠雪については、2節以上の側枝長、葉身中央部の縦断面、葉脈、葉表面の着色程度、葉裏面の着色程度、低温期での紅葉、開花の順序、着花中央節の着花数、花冠の長さ、花冠先端の直径、花冠内面中部の色、花冠外面の色、花冠内面上部の斑点、花冠外面の斑点、花冠内面上部の斑点の色、花冠外面の縞模様の有無、花冠裂片の幅、花冠裂片先端の形状、がく片の着色程度及びがく筒の直径(花冠内面上部の色と合わせて合計21箇所)に関して、スカイブルーしなの3号晩生については、茎の横断面の形状、1節側枝発生数、2節以上の側枝長、葉脈、開花期、開花の順序、頂部の着花数、着花中央節の着花数、花冠の長さ、花冠先端の直径、花冠内面中部の色、花冠外面の色、花冠内面中部の斑点、花冠内面上部の斑点の色、花冠裂片の幅、花冠裂片先端の形状、花冠副裂片の幅、がく片の長さ及びがく筒の直径(花冠内面上部の色と合わせて合計20箇所)に関しても、それぞれ本件品種と明確に区別されるものと判断されていた(乙1、8、9、22、23)。
(7) 原告らの異議申立て
ア 原告らは、平成15年10月27日、本件処分に対し、異議を申し立てた(乙10)。異議申立ての理由は、以下のとおりである。
① 大膳及び片桐の提出した品種登録願の繁殖方法の記載に矛盾があること
② 品種登録願及び特性表において「やくの完全退化」をしているものとなっているが、これは雄しべのない花を意味し、事実に反すること
③ 特性表において葉脈数が5脈となっているが、実際には3脈ないし6脈であること
④ 特性表において花冠内面中部の色及び花冠外面の色が青白又は明紫青色となっているが、実際には穏紫ピンク又は淡紫ピンクの発現する個体があり、さらに、花冠外面の色が灰赤色の発現する個体等があり、特性表の記載と異なること
イ 農林水産大臣は、平成16年1月5日付けで、上記異議申立てに関し、芸北の晩秋の育成者権者である大膳及び片桐に対して、種苗法44条2項に基づき通知をしたところ、大膳及び片桐が参加許可を申し立てたため、同月30日付けでこれを許可した(乙11、12)。
ウ 大膳及び片桐は、同年2月20日付け主張書面において、上記異議申立てについて、原告会社及び原告瀬戸には申立ての利益がなく、また、申立て理由も失当である旨主張した(乙13)。
エ 農林水産大臣は、同年3月31日、上記異議申立てにつき、本件処分は適法かつ正当であり、申立て理由はいずれも理由がないとして棄却するとの決定をした(甲1(枝番を含む。))。
オ 本件品種の特性のうち、「やくの退化」については、同年7月22日、審査結果の訂正に基づき、「完全退化」から「無」へと訂正された(乙1、8)。
2 争点(1)(原告らの原告適格の有無)について
(1) 本件訴訟の適法性
種苗法は、登録要件を欠いた品種登録がなされた場合において、農林水産大臣が職権で取り消すべきことを定めるのみであり(種苗法42条1項)、特許法等に定められているような無効審判手続(特許法123条、実用新案法37条、意匠法48条、商標法46条参照)を有しておらず、処分に不服のある者がこれを争う手段を特に法定していない。よって、行政事件訴訟法に基づき、裁判所に対し、直接品種登録処分の無効確認等を求める訴訟を提起することも許されるものと解すべきである。なお、行政事件訴訟法36条にいう「その効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができない」とは、当該処分に基づいて生ずる法律関係に関し、処分の無効を前提とする当事者訴訟又は民事訴訟によっては、その処分のため被っている不利益を排除することができない場合はもとより、当該処分に起因する紛争を解決するための争訟形態として上記の当事者訴訟又は民事訴訟との比較において、当該処分の無効確認を求める訴えの方がより直截的で適切な争訟形態であると見るべき場合をも意味するものである(最高裁平成元年(行ツ)第131号同4年9月22日第三小法廷判決・民集46巻6号1090頁)。
(2) 行政事件訴訟法36条は、無効等確認の訴えの原告適格について規定している。同条にいう当該処分等の無効等の確認を求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利又は法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうものである。そして、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も上記の法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の無効等確認の訴えにおける原告適格を有するものというべきである(最高裁平成元年(行ツ)第130号同4年9月22日第三小法廷判決・民集46巻6号571頁参照)。
そして、上記法律上の利益の有無を判断するに当たっては、当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し、さらにこの場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌するものとし、当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては、当該処分がその根拠となる法に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案するべきである(行政事件訴訟法9条2項)。
以下、上記のような見地に立ち、本件処分について、原告らが、その無効確認を求める法律上の利益を有するか否かを検討する。
(3) 種苗法の趣旨及び目的等
ア 種苗法は、新品種の保護のための品種登録に関する制度、指定種苗の表示に関する規制等について定めることにより、品種の育成の振興と種苗の流通の適正化を図り、もって農林水産業の発展に寄与することを目的とするものである(種苗法1条)。同法17条1項1号は、出願品種が同法3条1項所定の要件、すなわち、①品種登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた他の品種と特性の全部又は一部によって明確に区別されること(以下「区別性」という。)、②同一の繁殖の段階に属する植物体のすべてが特性の全部において十分に類似していること(以下「均一性」という。)、③繰り返し繁殖させた後においても特性の全部が変化しないこと(以下「安定性」という。)を備えず、品種登録ができないものであるときは、農林水産大臣は、品種登録出願を拒絶しなければならないことと定めている。また、同法18条1項は、品種登録出願につき同法17条1項の規定により拒絶する場合を除き、品種登録をしなければならない旨を規定している。
そして、品種登録により育成者権が発生し(同法19条1項)、育成者権者は、品種登録の日から20年間、登録品種及び当該登録品種と特性により明確に区別されない品種を業として利用する権利を専有し(同法19条2項、20条1項)、自己の育成者権を侵害する者又侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる(同法33条1項)。
イ 品種登録の要件のうち、上記均一性及び安定性の要件については、新品種を栽培する場合において、栽培した植物体の間で所定の特性の現れる確率が低かったり特性が変化したりするのでは、事業的な利用が困難であり、栽培者に不測の損害が及ぶおそれがあるため、これらの要件を満たさない品種には品種登録を認めないことにしたものと解される。
また、上記区別性の要件については、品種登録制度の目的が育種の展開、すなわち品種の多様化による農業振興にあるところから、既存品種がある場合には、それと同一内容の新品種が育成されたとしても、その育成者に育成者権のような排他的独占権を与えて育成、出願を奨励する必要はなく、かえって、そのような品種に排他的独占権である育成者権という強力な権利を与えることは、広く公衆による品種の合理的な利用を妨げるおそれがあるほか、当該既存品種について育成者権を有する者がある場合には、その者の利益をも害することから、公然知られた他の品種と特性の全部又は一部によって明確に区別されない品種については、品種登録を認めないことにしたものと解される。
したがって、種苗法3条1項各号は、育成権者の独占的な権利の保障と公衆による農林水産植物の利用の自由とを調和させ、育種の展開及び品種の事業的利用を適正かつ有効に行うことができるよう、新たな品種登録を行うために考慮すべき実体的要件を定めているものと解される。
ウ 以上のような品種登録の内容及び性質並びに出願拒絶理由の趣旨及び目的に、品種の育成の振興のために新品種の育成者に育成者権という強力な権利を与えることとしている種苗法全体の趣旨及び目的を勘案すれば、種苗法17条1項1号は、品種登録出願に係る新品種に対して品種登録を認めるか否かの判断にあたっては、それが区別性、均一性又は安定性を欠き1つの独立した品種として認められない場合には品種登録出願を拒絶することとして、広く公衆による種苗の合理的な利用を妨げることのないように配慮するとともに、既存品種の育成者権を有する者に帰属する経済的利益をも個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものと解すべきである。
また、同法17条1項1号が、同法3条1項各号の要件(区別性、均一性及び安定性)を備えない品種に品種登録を認めないものとしているのは、そのような品種が登録されることによって、第三者の品種の自由な利用が妨げられるといった事態を防止するという理由もあると解される。なぜならば、同法3条1項各号の要件を備えない品種がひとたび品種登録を受けると、当該育成者権の排他的効力に基づき、育成者権者に登録品種及び当該登録品種と特性により明確に区別されない品種を業として利用する権利を専有させ、上記品種の育成者に対して差止めや損害賠償の請求が行われる可能性があり、そのような事態は、本来自由であるはずの品種の利用をも過度に抑制しかねないものであって、最終的には「品種の育成の振興と種苗の流通の適正化を図り、もって農林水産業の発展に寄与することを目的とする」とした同法の目的(同法1条)に反するおそれもあるからである。そうすると、同法17条1項1号は、少なくとも当該品種登録出願に係る品種及びこれと特性により明確に区別されない既存の品種を現に育成し、あるいは今後具体的に育成する蓋然性の高い者等に帰属する経済的利益をも個々人の個別的利益として保護すべきものとする趣旨を含むものと解すべきである。
(4) 原告らの原告適格
ア 原告会社について
前記第2の2(1)ア、(3)イ、ウ、エ及び前記1(1)イ、ウ、エで認定したとおり、原告会社は、花卉の生産及び販売を業とするのみならず、りんどうの一品種である初冠雪グリーンについて育成者権を有し、さらに初冠雪2及び初冠雪ミニについて既に出願公表により種苗法14条所定のいわゆる仮保護を受け得る立場にあり、加えて現に上記3品種を現実に生産、譲渡している。
そうすると、りんどうの一品種である本件品種が新たに品種登録されることになる場合において、仮にこれが上記3品種と特性の全部又は一部により明確に区別されない品種であるとすると、原告会社は、本来自己の育成者権又は仮保護の権利が及ぶはずの品種にこれを及ぼすことを妨げられる結果、自己の育成者権等を侵害されることになる。また、仮に本件品種が種苗法3条1項各号の要件を満たさないものであるとすると、原告会社は、本来自己の育成者権等に基づく利用行為に対しても、本件品種の育成者権の行使によって差止め(種苗法33条)や損害賠償を請求されるおそれがあり、これは種苗法によって付与された育成者権等の侵害といわざるを得ない。
したがって、原告会社については、本件処分により自己の権利を侵害される者に当たることから、本件処分の無効確認を求める本訴請求において、行政事件訴訟法36条所定の「法律上の利益を有する者」に該当するものと認めるのが相当である。
イ 原告豆田及び原告瀬戸について
前記第2の2(1)イ、ウ、(3)エ及び前記1(1)エで認定したとおり、原告豆田及び原告瀬戸は、現にりんどうの品種改良及び生産に携わり、かつ、既に初冠雪グリーンの通常利用権並びに初冠雪2及び初冠雪ミニに関する品種登録を停止条件とする通常利用権を有しており、加えて現に上記3品種を現実に生産、譲渡している。
そうすると、本件品種が品種登録された場合、仮に本件品種が種苗法3条1項各号の要件を満たさないものであるとすると、原告豆田及び原告瀬戸は、原告会社からの通常利用権に基づく上記3品種の利用行為に対しても、本件品種の育成者権の行使によって差止め(種苗法33条)や損害賠償を請求され、上記3品種の現在及び将来にわたる自由な利用を現実に阻害されるおそれがあり、これは種苗法によって保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあるものといわざるを得ない。
したがって、原告瀬戸及び原告豆田についても、本件処分により自己の法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に当たることから、本件処分の無効確認を求める本訴請求において、行政事件訴訟法36条所定の「法律上の利益を有する者」に該当するものと認めるのが相当である。
ウ 被告の主張について
なお、被告は、本件品種と初冠雪グリーン、初冠雪2及び初冠雪ミニとは、特性において明確に区別されることを理由として、原告らに原告適格が認められない旨主張するが、上記のような区別が実際に認められるか否かは、本件品種が現実にどのような特性を有する品種であるかという問題であって、これは本案で判断すべき事項であるから、かかる被告の本案前の主張は採用の限りではない。
(5) 小括
よって、原告らに関しては、いずれも本件処分の無効確認を求めるについての法律上の利益が認められるから、原告適格を肯定すべきである。
3 争点(2)(本件処分における重大かつ明白な瑕疵の有無)について
(1) 行政処分に瑕疵があり、その瑕疵が重大かつ明白である場合には、当該行政処分は当然無効である(最高裁昭和35年(オ)第759号同36年3月7日第三小法廷判決・民集15巻3号381頁参照)。
種苗法17条1項は、①農林水産大臣は、品種登録出願が同法3条1項(区別性、均一性及び安定性の具備)、同法4条2項(未譲渡性の存在)、同法5条3項(育成者複数の場合の共同出願)、同法9条1項(先願優先)又は同法10条(外国人の権利享有の範囲)の規定により、品種登録をすることができないものであるとき及び②出願者が、正当な理由がないのに、同法15条1項の規定による命令(資料提出命令)に従わず、同条2項の規定による現地調査を拒み、又は同法16条1項の規定による命令(名称変更命令)に従わないときは、品種登録出願を文書で拒絶しなければならない旨定めている。その上で、同法18条1項は、農林水産大臣は、上記の規定により拒絶する場合を除き、品種登録をしなければならないと定めている。
したがって、被告としては、上記拒絶理由に該当しない限りは、品種登録をしなければならないのであって、その点に裁量の余地はないから、本件処分の瑕疵を検討するに当たっては、原則として本件処分に上記拒絶理由が存在したか否かが問題であり、拒絶理由に直接関連しない手続上の瑕疵は、少なくともその程度が重大でない限りは、本件処分自体の瑕疵を来さないというべきである。
(2) 審査過程の瑕疵の有無について
原告らが審査過程の瑕疵について主張するところのうち、上記のとおり、種苗法上の拒絶理由に直接関連しないものについては、その程度が重大でない限りは、本件処分自体の瑕疵を来さないものというべきであるから、以下このような見地に基づき、原告らの主張を検討する。
ア 説明書と特性表の齟齬について
原告らは、品種登録願(乙5)の説明書と特性表の内容が一致していない旨主張する。
種苗法5条1項は、品種登録を受けようとする者に対して、必要事項を記載した願書を提出しなければならないこととし、同条2項は、上記願書には、農林水産省令で定める事項を記載した説明書及び出願品種の植物体の写真を添付しなければならないと定め、種苗法施行規則7条2項は、これを受けて、説明書は別紙様式第二号により作成しなければならないとしている。さらに、別紙様式第二号の説明書においては、出願品種の植物体の特性について、「1 出願品種の植物体の特性」の「(1) 概要」で概要を記載した上「(2) 特性は、別紙『特性表』のとおり」という形で、別添の特性表において詳しく記載する形式となっている。以上によれば、願書の説明書に添付する特性表には、出願に係る品種の特性を詳しく記載しなければならない。
他方、前記1(4)、(5)で認定したとおり、出願品種の特性は、審査官の現地調査等により、実物を確認するなどした上で、その実物の特性が認定され、品種登録に至るものである。そして、種苗法の保護の対象とされる権利とは、「品種」という現実に存在する植物体の集合そのものを対象とするものであるから(種苗法2条2項)、特許請求の範囲の記載に基づいて定められる特許発明の技術的範囲とは異なり、現物の植物体自体の特性が権利の範囲を定めるのであって、品種登録願の特性表に記載された特性そのものが直接的に権利の範囲を定めるものではない(弁論の全趣旨)。
前記1(3)アで認定したとおり、大膳らが当初提出した品種登録願においては、説明書と特性表の記載が、合計21箇所において相違している。しかし、上記のとおり、そもそも品種登録願に記載した品種の特性の記載が権利の範囲を定めるものではなく、最終的には審査官の現地調査等によって確認される植物体自体によって定められるものであって、品種登録願の記載が権利の範囲に直接影響するものではない。
そうすると、出願段階における書面上の記載の齟齬は、同法3条1項所定の要件の充足性に影響するものではなく、拒絶理由に当たるものではない。したがって、大膳らの当初提出した品種登録願における説明書と特性表の記載に齟齬があることは、単なる手続上の問題であり、かつ、被告がこれに対して補正を命じなかったことは、上記のように品種登録願の記載が権利の範囲に直接影響するものではないことに照らせば、それ自体瑕疵であるということもできない。
イ 特性表の記載と実際の特性との齟齬について
原告らは、本件において、品種登録願添付の特性表の記載と実際に審査官によって認定された特性との間に齟齬があるとも主張する。
そもそも、前記アで判示したとおり、出願品種の特性については、審査官の現地調査等において現に認められたところによって判断されるものであり、品種登録願添付の特性表の記載が効力の範囲に直接影響するものではない。したがって、特性表に出願品種の特性を記載することとされているのは、審査官において、出願品種と現に調査している品種との同一性を確認するという限度で意味を有するものにすぎないと解される。そうであるならば、このような同一性が確認できる限りは、ある程度齟齬があったとしても、品種登録処分自体の瑕疵を来さないのみならず、審査手続の瑕疵とみることもできないというべきである。
本件においては、前記1(5)アで認定したとおり、大膳らの提出した品種登録願添付の特性表と、大林審査官が実際に大膳の圃場に赴いて調査をした結果認定された本件品種の特性との間に、茎について5項目、葉について4項目、開花特性について3項目、花について25項目、さく果について1項目の合計38項目において齟齬があることが判明し、これにより、上記特性表も大林審査官の指示により訂正されたという経過が認められる。しかしながら、これは前記1(5)アで認定したとおり、大膳が調査すべき部位や調査時期等の特性調査の方法について通暁していなかったため、りんどうの種類別審査基準では切り花の場合には実生又はさし芽3年目の中庸な株の中で中庸な着花茎を調査することになっているが大膳は未成熟の2年生株で調査をしていたこと、調査時期が正しくなかったこと、花冠の特性について調査部位を誤っていたことなどが原因であったことが認められる。このような観点からすれば、上記のような多数の齟齬が生じたことも一応の合理的な説明が可能である。そうすると、前記アで判示したとおり、出願品種の特性は審査官の現地調査等において現に認められた特性によって認定されることにも鑑みると、出願者の提出する品種登録願添付の特性表の記載については、そもそも審査官の現地調査等において現に認められる特性とある程度齟齬が生ずることはやむを得ないものである。これらの点につき、大林審査官は、特性表の記載と実際の出願品種の特性との齟齬とそれが生じた理由を大膳に一々確認し、自らも現物を確認した上で、いずれも実際に認定できる特性にその場で事実上訂正させたというのであるから、以上のような出願品種の特性に関する齟齬及びその訂正について、これを手続上の瑕疵であるということはできない。
したがって、この点について、そもそも手続上の瑕疵の存在自体認められないから、本件処分の瑕疵を来すことはない。
ウ 同種間交配と交雑品種について
原告らは、大膳らが当初提出した品種登録願(乙5)においては、本件品種が同種間交配によって育成されたものとされているのに、最終的に本件品種登録においては交雑品種であるとされている点についても、瑕疵と主張する。
この点、一般に、交雑(crossing)又は交配(mating)は、雌雄の配偶により子を生ずることをいい、前者は特に遺伝子型の異なるものの間の交配を意味するとされているところ(弁論の全趣旨)、前記1(3)アで認定したとおり、大膳らは当初本件品種について、ハイジの変異株より同種間交配をし、新品種の固定化の努力をしていたところ、試作の株の中にヌーベルと数本の黄色のりんどうが出現し、その黄色のりんどうの同種間交配を繰り返して育成を完了したものであるとしていたが、前記1(5)ウで認定したとおり、実際には、本件品種の父系はヌーベルであったのに対し、母系は複数のハイジの変異株同士を交配し、その実生の中から得られた黄色系統の変異株同士を更に交配し、系統内交配によって固定をした未登録品種(ハイジの変異種の選抜系統)であると判明したものである。
そうすると、大膳らの当初の出願内容によれば、本件品種は同種間交配によって繁殖するものであるとされていたのに対し、訂正された実際の育成経過によれば、ヌーベルとハイジの変異種の選抜系統という異なる品種同士の交配によって繁殖するものと認められたのであるから、上記の定義に照らし、前者について「同種間交配」といい、後者について「交雑品種」といったとしても、何ら矛盾はないから、原告らの主張は採用できない。
エ 本件品種の母系品種の確認について
原告らは、本件品種の母系品種の特性が不明確である旨主張する。
前記1(5)ウによれば、大林審査官が、本件品種の母系品種について、現地調査時には開花時期が過ぎていたため、特性の全部(花の形状、色等)の確認をしていなかったことが認められる。
しかしながら、出願品種の母系の特性について、そもそもその特性のすべてを直接確認することは、種苗法上品種登録の要件とされておらず、出願品種の審査に必要な限度で調査すれば足りるものと解される。これを本件についてみるのに、前記1(5)ウで認定したとおり、大林審査官は、母系品種の草姿、草丈及び葉の形状等の特性が揃っていたことについては圃場全体の外観を観察し、また大膳から開花時期に圃場で外観の観察をした時の状況を聴取するなどして母系品種が固定された品種であること及びその均一性を確認している。したがって、大林は、母系品種についても必要な限度で調査していることが認められ、この点について瑕疵はない。
オ 品種登録願の住所の記載や添付写真について
原告らは、大膳らが当初提出した品種登録願の住所の記載の誤りや補正書に貼付した写真の不備を主張する。
しかしながら、種苗法の品種登録制度においては、品種登録の適否の決定は、農林水産大臣が審査することとされ(種苗法15条1項)、その実際の審査は、独立行政法人種苗管理センターに栽培試験を行わせ、又は農林水産省の職員(審査官)が現地調査を行う方法によってされるものである(同法15条2項)。そして、出願者の提出する品種登録願の記載内容や添付書類は、上記のような審査において、一定程度参考にされることはあり得るとしても、それ自体が品種登録を認めるべきか否かの判断に直接影響する余地はない。
そうすると、原告らの主張のうち、まず、大膳が当初提出した品種登録願添付の写真の撮影圃場の住所の記載について検討すると、写真に撮影場所を記載すべきであるとされている(後記(3)イ(ウ)・別紙様式第一号「添付書面及び提出物件の目録」(備考)18項参照)趣旨は、どこに所在する圃場において撮影されたものであるかを明らかにするという程度のものであると解される。よって、その地番が大膳の圃場そのものではなくその付近にある同人の自宅を指すものであったとしても、これによって育成圃場の混同が生じ、誤った場所で現地調査を行うといった事態が発生することは考えられないから、そもそも拒絶理由に該当する余地はなく、また、重大な手続上の瑕疵であるということもできない。
また、補正書に貼付した写真の不備をいう点についてみると、前記1(3)イ、ウによれば、大膳が提出した写真は、花の咲いている状況が写っていなかったり、1株のみのまとまりを取り出して撮影し地面からの生え際は写っていなかったりといったものであって、後記(3)イ(ウ)で判示するような要件を必ずしもすべて満たしてはいないものであったことが認められる。しかし、当該写真は、上記のとおり、特性審査の方法の決定等の事務手続に当たって参考資料とされるにとどまり、その写真自体が品種登録にあたって貼付されるなどして利用されたりすることもないのであるから、この点が品種登録の要件具備の有無に影響を及ぼす可能性もない。他方、現地調査に適する時期が1年のうちでごく限られた時期にすぎず、実体的判断に影響しない点について延々と補正を繰り返すことによって現地調査に適する時期を逸し、これが翌年に繰り越されてしまう不利益は大きいと考えられることなども勘案すると、被告が更なる補正命令を出さずに現地調査を実施したことについて、手続上の瑕疵があるということはできない。したがって、上記写真の不備は、拒絶理由に該当するものではないし、さらにこれに対して3度目の補正命令を出さないまま現地調査を実施した被告の措置に、手続上の瑕疵が認められる余地もない。
カ 以上のとおり、原告らが上記において主張するような審査過程の瑕疵は、専ら種苗法17条の拒絶理由に直接関連しない手続的な事項についての違背等本件処分の適法性に影響しない事項に関する点を論難するものである。また、上記において判示したとおり、原告らが審査過程の瑕疵であると主張する点を検討しても、いずれも、瑕疵自体が認められないか、本件処分の瑕疵を来すほどの重大な瑕疵であると認められないものであるから、これらの点にかかる原告らの主張は、いずれも失当であるというほかはない。
(3) 種苗法3条1項の各要件(区別性、均一性及び安定性)の有無について
前記(1)のとおり、種苗法17条1項1号は、出願品種が同法3条1項の規定により品種登録をすることができないものであるときは、品種登録出願を拒絶しなければならない旨定めている。そうすると、本件処分にあたって同法3条1項各号に掲げる要件(区別性、均一性及び安定性)が充足されていなかったのであれば、農林水産大臣は本件品種の登録出願を拒絶しなければならなかったのであるから、本件処分には瑕疵があることになる。そして、その瑕疵が重大かつ明白な場合に限り、本件処分は無効となる。
ア 区別性について(種苗法3条1項1号)
(ア) 品種登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた他の品種と特性の全部又は一部によって明確に区別することができない品種は、区別性を欠くから、品種登録を受けることができない。区別性について、出願品種に最も類似している品種を対照品種として、両品種を直接比較し、それぞれの品種の示す特性に基づき、質的形質及び量的形質に係る特性が明確に区別されるか否かを審査すべきものとする前記1(4)ア認定の審査基準が不合理なものとはいえない。
そして、前記1(3)イで認定したとおり、本件品種の品種登録出願に当たっては、「初冠雪」及び「スカイブルーしなの3号晩生」が対照品種とされており、さらに前記1(6)で認定したとおり、本件品種と初冠雪及びスカイブルーしなの3号晩生との間においては、その特性において、花冠内面上部の色をはじめとした質的形質及び量的形質(前記1(4)ア参照)の双方において、区別性が認められる。すなわち、前記1(6)で認定したとおり、本件品種と初冠雪との間には、特性において花冠内面上部の色をはじめとして合計21の形質について差異のあることが認められているのみならず、本件品種とスカイブルーしなの3号晩生との間には、特性において花冠内面上部の色をはじめとして合計20の形質について差異のあることが認められているから、本件品種は、対照品種である初冠雪及びスカイブルーしなの3号晩生と十分区別性が認められるというべきである。
(イ) もっとも、原告らは、本件品種はササリンドウ系で、開花時に花弁先端が外反転するのに対し、スカイブルーしなの3号晩生はエゾリンドウ系で、開花時に花弁先端が外反転しないのであるから、これは対照品種として不適格であると主張する。しかし、前記1(4)アで認定したとおり、区別性の審査においては、対照品種として掲げられた品種のみならず、その他の品種と特性において明確に区別されるものであるかについても判断しているのであるから、対照品種の選定を論難すること自体失当である。
前記1(4)アで認定したとおり、対照品種とは、出願品種の区別性、均一性及び安定性を判断するための品種であって、出願品種に最も類似している品種から選定されるものである。原告らにおいて、初冠雪及びスカイブルーしなの3号晩生よりも本件品種に類似し、かつ本件品種と特性において区別されない品種が、出願前に他に存在することは、何ら主張立証していない。
(ウ) 以上によれば、本件品種につき、種苗法3条1項1号所定の区別性が認められるとしてした被告の本件処分は相当であって、その点についての瑕疵はない。
イ 均一性について(種苗法3条1項2号)
(ア) 同一の繁殖の段階に属する植物体のすべてが特性の全部において十分に類似しているとはいえない品種は、均一性を欠くから、品種登録を受けることができない。均一性について、出願品種の特性について品種本来の表現と異なる個体(異型個体)が発現する状態が対照品種における異型個体が発現する状態と比較して均一といえるか否かを審査すべきものとする前記1(4)イ認定の審査基準が不合理なものとはいえない。
そして、前記1(5)イで認定したとおり、本件品種の審査に当たっては、現地調査において、登録品種であるホワイトウッド等と比較して各個体間の特性の振れが少なく、均一性があることが認められたものである。
(イ) 原告らは、均一性について被告が登録品種であるホワイトウッド等と比較したと主張する点を捉えて、ホワイトウッド「等」では、ホワイトウッド以外のどのような種類とどのように特性上の比較をしたのか不明確であると主張する。
しかし、上記のとおり、均一性の判断基準は異型個体の発現状況によるものであり、登録品種である一つの対照品種と比較して同程度以上に均一であると判断されれば足りるものである。そうすると、均一性を具備しているとして品種登録を受けたホワイトウッドと比較して、本件品種に均一性があると判断されたのであれば、それで十分であって、その他いかなる品種と比較したかを論ずるまでもない。したがって、かかる原告らの主張は失当である。
(ウ) 原告らは、また、本件出願に当たり、出願品種の植物体の写真が不備であり、均一性の判断の基礎となる資料が欠落していたという違法性がある旨主張する。
種苗法5条1項は、品種登録を受けようとする者に対して、必要事項を記載した願書を提出しなければならないこととし、種苗法施行規則5条3項は、これを受けて願書は別紙様式第一号により作成しなければならないとしている。さらに、別紙様式第一号の願書中「添付書面及び提出物件の目録」18項においては、出願品種の植物体の写真は、キャビネ版程度のカラー写真とし、品種名、撮影年月日及び撮影場所を記載した台紙に貼付することとされ、さらに、提出する写真には、次に掲げる出願品種の特性が最も顕著に現れる時期に撮影したものを含めることとされている。
① 出願品種の栽培区の全景を写した写真
② 植物体全体(根部を利用する植物以外にあっては、地上部のみで可)の写真
③ 主として花を観賞するものにあっては、花の全体の形状及び着生の状況が明瞭にわかる写真並びに花の拡大、分解等を行って、花弁等の花の各部位の色、模様その他の形状が明瞭にわかる写真
(中略)
⑥ その他可視的に顕著な区別性が認められる出願品種の特性がわかる写真
ところで、前記1(3)イ、ウで認定し、前記(2)オで判示したとおり、本件出願に当たって大膳が提出した写真は、地際から撮影されているが花の咲いている状況が写っていないもの及び1株のまとまりのみを取り出して撮影し、地際が下部に切れてしまっているもののみであるから、必ずしも上記別紙様式第一号の願書中「添付書面及び提出物件の目録」18項で要請されている写真が十分に提出されているとは認められない。
しかしながら、前記(2)アで判示したとおり、品種登録に当たっては、審査官が実際に現地調査等を行い、それによって出願品種の均一性等が判断されるのであり、出願者の提出した写真が上記判断の基礎資料とされているわけではない。したがって、上記のような写真を提出することとされているのは、単に審査方法等を決定するといった事務手続に当たり、一つの参考資料とされるものにすぎないと解される。よって、このような写真自体が均一性判断の資料となることを前提とする原告らの主張は、その前提を欠き、失当であるし、また、この点が拒絶理由に該当する余地はなく、上記のような審査手続上の瑕疵が重大なものであるとも認められない。
(エ) さらに、原告らは、広島市中央卸売市場中央市場において「芸北の晩秋」として出荷されているりんどうについて、花色等がばらばらであって、均一性を欠くことから、本件処分の瑕疵が推認される旨主張する。
この点については、まず、本件訴訟において問題となるのは、本件処分当時における違法性、すなわち、本件処分当時に本件品種が均一性等を欠くものであったか否かであるところ、原告らが主として指摘しているのは、直接的には本件処分当時の本件品種についての事実ではなく、例えば本件出願以前である平成10年に大膳から酒井へ「芸北の晩秋」とおぼしきりんどうが譲渡されたという事実や、本件処分後の平成15年秋当時に広島市中央卸売市場中央市場において「芸北の晩秋」と称して販売されていたりんどうに均一性が欠けていたという事実であり、厳密にいえば、本件処分の時点と時期的にずれがあるものである。したがって、仮に上記時点等において本件品種に均一性がないという事実が疑われたとしても、そこから直ちに本件処分の当時に均一性がなかったと断定することまではできず、それが本件処分の違法性に直結するということもできない(仮に、現時点において本件品種について種苗法3条1項2号の要件を欠いている疑いが生じたとしても、それは、被告において、同法40条所定の調査を改めて行った上、その結果によっては同法42条1項2号に基づき品種登録を取り消すべき理由となる余地があるとしても、本件処分自体が、その処分当時において法定の要件を満たさない違法なものであったということに直ちに結びつくとはいえない。)。
もっとも、原告らの主張に係る事実が認められるとすれば、本件処分当時においても本件品種が均一性を欠いていた可能性も否定することはできないから、以下この点についても検討することとする。
a 甲第16号証は、平成15年秋に広島市中央卸売市場中央市場に「芸北の晩秋」と称して出荷されたりんどうの写真であるが、ピンクや薄い青色の花色のものが混在しているなど、花色にばらつきがあることが認められる(甲21)。大膳は、平成10年に酒井に対し、りんどうの苗を譲渡し、この中には、当時育成途上であった「芸北の晩秋」の苗が含まれていた。また、大膳から譲渡されたりんどうの苗からは、さまざまな形質を有するりんどうが発現していた(甲10、14、30、31)。酒井は、平成11年ころから、広島市中央卸売市場中央市場に「芸北の晩秋」と称するりんどうを出荷していた(甲21)。
これらの事実によれば、まず、甲第16号証に撮影された「芸北の晩秋」と称するりんどうについては、大膳から酒井にその苗が譲渡され、これが酒井において栽培されて市場に出荷されたものと推認される。
しかしながら、この苗の譲渡は、本件出願前の平成10年ころ行われたものであって、大林審査官の現地調査を経て「芸北の晩秋」として認知された品種と同じものであるとは認められない。また、本件品種はヌーベルとハイジの変異種の選抜系統を掛け合わせて作られるいわゆる交雑品種であって、一代限りのものであるところ、この母系品種は前記1(5)ウで認定したとおり未登録品種であるから、酒井において、甲第16号証に撮影された「芸北の晩秋」と称するりんどうを育成した際、改めてこの母系品種を入手していたのか否かも明らかでない。すなわち、このりんどうを酒井が前記1(5)ウで認定した育種系統に従って育成したのか、それとも一度大膳から入手した苗を何世代も代重ねして育成しているにすぎないのかが明らかではなく、仮に後者であるとすれば、本件品種が交雑品種である以上、それ自身を代重ねをすれば特性が分離してばらつきが生じるのはむしろ当然であるから、平成15年秋に花色等にばらつきが確認されたとしても、本件処分当時に本件品種に均一性や安定性がなかったことには何ら結びつかないものといわなければならない。
なお、甲第16号証の各写真によれば、確かに花の色にある程度のばらつきがあることが窺えるが、他方これは花束の中から一部の花のみを抜き出して撮影したものであり、この写真のみからではどの程度均一性にばらつきがあるのかも判然としない面が残る。
以上要するに、甲第16号証に撮影された「芸北の晩秋」と称するりんどうは、大膳から酒井らに譲渡された苗を基に育成栽培され、市場に出荷された可能性が高いものではあるが、その譲渡時期等に鑑みると、必ずしも本件処分により「芸北の晩秋」とされた品種と同一のものであるか否かには疑問が残り、さらに酒井が父系・母系共に正しく交雑させて育成したものであるかについても、明らかでないといわざるを得ない。したがって、甲第16号証に撮影された「芸北の晩秋」と称するりんどうが、本件処分により新たな品種として認定された本件品種と同一であるという点について証明がなく、この花色等にばらつきがあるからといって、直ちに大膳の育成した「芸北の晩秋」についても、同様であったと即断することはできない。なお、そもそもそのばらつきの程度自体、証拠上必ずしも判然としない。
b また、甲第27号証のうち写真①ないし④は、平成13年10月25日に原告瀬戸が大膳の圃場を撮影したものであるが、圃場を概括的に撮影したものにすぎず、育成されている品種の均一性等について有意な所見を得ることができるものではない。
c さらに、甲第21号証は、平成11年11月6日に、広島市中央卸売市場中央市場において買い求めた「芸北の晩秋」と称するりんどうについて初冠雪と明確に区別されない品種であるとするが、その判断の基礎となった資料やその入手過程、さらに上記判断に至った過程等が何ら明らかではなく、ただ結論のみを述べているにすぎないものであるから、到底採用することはできない。
d 加えて、原告瀬戸が岩田及び酒井との架電内容を録音したものである甲第30号証及び甲第31号証によれば、大膳が、苗を譲渡した相手である岩田及び酒井に対し、上記譲渡の事実を口外しないよう指示していたことや大膳が譲渡した苗からさまざまな形質のりんどうが発現したことが窺われる。
このうち、前者のような行動はいささか不審なものといわざるを得ないが、他方で、上記事実が審査官による現地調査等を経た上での本件品種の登録要件の認定と結びつくとは考え難い。また、後者の点は大膳が譲渡した苗の特性が均一ではなかったことを窺わせないではないが、そもそも大膳がこのときいかなる品種の苗をどのくらいの割合で譲渡したのかという事情自体が明らかでないから、この点を本件品種の均一性の欠如に結びつけることも困難である。さらに、平成10年という譲渡時期からみて、必ずしも育成の完了した「芸北の晩秋」を譲渡したものであるか否かも明らかではなく、また、このような事実がやはり審査官による現地調査等を経た上での本件品種の登録要件の認定に結びつくとも考え難い。したがって、上記各事実は、結局のところ本件の結論に影響しないものといわなければならない。
このように、甲第30号証及び甲第31号証の録音内容からは大膳の行動につき不審を抱かせる点などが窺えるが、それが事実であるとしても本件品種の均一性の認定に結びつくとは考えられない。
e したがって、甲第16号証をはじめとする本件全証拠によるも、本件処分当時、本件品種に均一性が欠けていたとすることはできない。
(オ) 以上によれば、原告らが均一性について主張する点は、いずれも採用することができず、本件品種につき、種苗法3条1項2号所定の均一性が認められるとしてした被告の本件処分に重大かつ明白な瑕疵があるとはいえない。
ウ 安定性について(種苗法3条1項3号)
(ア) 繰り返し繁殖させた後において特性の一部が変化する品種は、安定性を欠き、品種登録を受けることができない。安定性について、出願品種を通常の繁殖方法によって増殖を繰り返した場合においても、すべての繁殖の段階の個体が、区別性の判定に係る特性を発現し、かつその均一性を維持しているか否かを審査すべきものとする前記1(4)ウ認定の審査基準が不合理なものとはいえない。
本件品種のような交雑品種は、特定の異なる品種を交雑させて作る品種で、両親を交雑させた一代限りの品種なのであるから、いわゆる代重ねをして安定性を判断するという手法は採用し得ない。したがって、このような品種については、固定された両親の品種を何度交雑させても均一のものができるのであれば、実際上安定性も認められるものと解され、本件品種の審査においても、本件品種の父系ヌーベルのみならず、母系についても固定されていると認められて、本件品種に安定性があることが認められたものである(仮に、現時点において本件品種について種苗法3条1項3号の要件を欠いている疑いが生じたとしても、それは、被告において、同法40条所定の調査を改めて行った上、その結果によっては同法42条1項2号に基づき品種登録を取り消すべき理由となる余地があるとしても、本件処分自体が、その処分当時において法定の要件を満たさない違法なものであったということに直ちに結びつくとはいえない。)。
(イ) 原告らは、本件品種の母系が単に「ハイジの変異種の選抜系統」とされており、それ以上の特定がされておらず、このことが安定性の判断に影響する旨主張する。
しかしながら、種苗法上、品種登録の際に、登録品種の育成の経過の概要を公示しなければならないことは定められているものの(種苗法18条3項、種苗法施行規則13条9号)、それを超えて両親のいずれもが登録品種でなければ品種登録を行ってはならないとする根拠は見当たらないから、上記のような特定では不十分であるとする論拠はないものといわなければならない。なお、両親となる品種の区別性、均一性及び安定性に問題があるか否かは、結局それらの品種を両親とする当該出願品種の区別性、均一性及び安定性の問題に解消されるものと解されるから、両親の品種の特性の確認については、出願品種の特性調査に必要な範囲でされれば足りるものである。現に本件においては前記1(5)ウ及び前記(2)エで認定したとおり、大林審査官において、母系品種の草姿、草丈、葉の形状等の特性が揃っていたことについては圃場全体の外観を観察し、また大膳から開花時期に圃場で外観の観察をした時の状況を聴取するなどして、母系品種が固定された品種であること及びその均一性を確認するいう調査が行われており、その結果、母系についても十分固定した品種であって均一性もあると確認されたというのであって、これによって必要な範囲の審査はされたものと認められる。
(ウ) さらに、原告らは、安定性について、審査官が一度圃場を実見したのみでは判断できないはずであるとも主張する。
しかしながら、本件品種のような交雑品種については、前記のとおり、固定された両親の品種を何度交雑させても均一のものができるのであれば、実際上安定性も認められるものと解される。そうすると、前記1(5)及び前記イで認定したとおり、本件品種について大林審査官の現地調査によりいったん均一性が認められると判断された以上、それで足りるのであって、この点に瑕疵を認めることはできない。
(エ) 以上によれば、原告らが安定性について主張する点は、いずれも採用することができず、本件品種につき、種苗法3条1項3号所定の安定性が認められるとしてした被告の本件処分に重大かつ明白な瑕疵があるとはいえない。
エ したがって、原告らの主張をすべて検討しても、本件処分時において、本件品種についての種苗法3条1項の各要件(区別性、均一性及び安定性)があるとした判断に重大かつ明白な瑕疵が存在したとは認められない。
(4) 小括
上記のとおり、原告らの主張するところは、品種登録に関する種苗法上の拒絶理由に当たらない単なる審査過程手続上の瑕疵を主張するものであって、それ自体では本件処分の適法性に影響しない事項をいうものか、主張する違法事由と種苗法上の拒絶理由との関連性が明らかでなく、あるいは当該拒絶理由の存在が認められないかのいずれかであり、結局のところ、本件処分に重大かつ明白な瑕疵が存在するものとは認められないものである。
4 結論
以上によれば、本件処分について、重大かつ明白な瑕疵が存在するものとは認められないから、原告らの請求には理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・髙部眞規子、裁判官・中島基至、裁判官・熊代雅音)
別紙<省略>