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東京地方裁判所 平成16年(行ウ)381号 判決 2005年1月26日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告が原告に対し、平成16年7月16日付けでした、行政文書の一部不開示決定のうち、財団法人興農会と千代田エンジニアリング有限会社との間の土地賃貸借契約書を不開示とする部分を取り消す。

第2事案の概要

本件は、原告が、被告に対し、行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「法」という。)4条1項の規定に基づき、財団法人興農会(以下「興農会」という。)と千代田エンジニアリング有限会社(以下「千代田」という。)との間の土地賃貸借契約書(以下「本件契約書」という。)その他の文書の開示を請求(以下「本件開示請求」という。)したところ、被告が、その他の文書の一部については法人の印影部分を除き開示する決定をしたものの、本件契約書については、開示の除外規定である法5条2号イ及びロに該当することを理由として不開示とする決定をした(以下不開示部分を併せて「本件一部不開示決定」という。)ことから、原告が、本件一部不開示決定のうち、本件契約書を不開示とした部分について取消しを求めた事案であり、争点は、本件契約書が法5条2号イ及びロに該当するか否かである。

1  法令の定め

法5条は、行政機関の長は、開示請求があったときは、開示請求に係る行政文書に次の各号に掲げる情報(以下「不開示情報」という。)のいずれかが記録されている場合を除き、開示請求者に対し、当該行政文書を開示しなければならないと定めている。

同条2号は、不開示情報として、「法人その他の団体(国、独立行政法人等及び地方公共団体を除く。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、次に掲げるもの。ただし、人の生命、健康、生活又は財産を保護するため、公にすることが必要であると認められる情報を除く。」としており、同号イは、「公にすることにより、当該法人等又は当該個人の権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるもの」、同号ロは、「行政機関の要請を受けて、公にしないとの条件で任意に提供されたものであって、法人等又は個人における通例として公にしないこととされているものその他の当該条件を付することが当該情報の性質、当時の状況等に照らして合理的であると認められるもの」としている。

2  前提事実(認定した事実には証拠を掲げる。)

(1)  原告は、平成16年6月21日、被告に対し、法4条1項に基づき、本件開示請求を行った。

(2)  本件開示請求に対し、被告は、平成16年7月16日、本件契約書について、「農林水産省からの要請を受けて、公にしないとの条件で財団法人興農会により任意に提出されたものであって、法人における通例として公にしないこととされているものであり、かつ、公にすることにより、財団法人興農会の権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあることから、法第5条第2号イ及びロに該当する」との理由で不開示とする決定を行い、原告にこれを通知した(甲1)。

(3)  原告は、平成16年8月27日、本件訴訟を提起した。

なお、本件一部不開示決定に対する行政不服審査法に基づく異議申立はされていない。

3  被告の主張

(1)  本件契約書が興農会から提供された経緯

平成15年11月6日付けで、水戸地方裁判所土浦支部裁判所書記官より農林水産省畜産振興課あてに、本件契約書に係る賃貸借契約について興農会の監督庁たる農林水産大臣が承認を与えたか否か等について調査嘱託がなされたため、これに対して、農林水産省生産局畜産部畜産振興課長が文書(12月10日付け生畜第3571号)により回答した。被告は、上記回答をするに当たっての参考資料として、興農会に対して、本件契約書を提出するよう要請したところ、公にしないとの条件で、興農会から任意に提出を受けた。

(2)  法5条2号ロ該当性

本件契約書は、被告が調査嘱託に対して回答するに当たって参考とする資料を得るために、何らの権限に基づくことなく、事実上興農会に対して提供を求めたものであって、「行政機関の要請を受けて、公にしないとの条件で任意に提供されたもの」であることは明らかである。

また、本件契約書には、賃貸借契約を締結するにあたっての条件、契約期間、賃料に関する事項、敷金額、転貸の条件、その他の条件が記載されており、興農会と千代田との間の具体的な合意内容である賃貸条件についての情報が含まれているから、このような情報を含む賃貸借契約書は、公にされると今後同種の契約を締結する際に契約の相手方に交渉手段として利用されるなど、今後の興農会及び千代田の正当な競争上の地位が害されるおそれがあるため、一般に公にしないこととされている。したがって、本件契約書は、「法人等又は個人における通例として公にしないこととされているもの」に該当し、このような情報を公にしないとの条件を付することが合理的であることは明らかである。

(3)  法5条2号イ該当性

本件契約書は、興農会と千代田との間の具体的な賃貸条件についての情報が含まれているから、このような情報が公にされると今後同種の契約を締結する際に契約の相手方に交渉手段として利用されるなど、今後の興農会及び千代田の正当な競争上の地位が害されるおそれがあるから、法5条2号イの「権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるもの」に該当する。

4  原告の主張

本件契約書は、興農会の理事らが、不正蓄財をする目的で興農会の基本財産である土地を千代田に賃貸した際に作成されたものであって、契約内容自体が公序良俗に違反するものである。また、本件契約書の内容は、財団法人の基本財産処分制限に係わる処分行為であるから、本来であれば被告に事前に提出して認可を求めるべきものであり、被告には興農会に対して本件契約書の提出を求めるべき義務があった。

以上のとおり、本件契約書は、その内容が公序良俗に違反するものであるから、そのような契約書について不開示の合意がされていても、その合意は無効になるものであり、かつ、そのような合意に合理性は認められない。さらに、被告は本来本件契約書の提出を求めるべき立場にあったのであるから、本件契約書について不開示の合意がされていたとしても、そのような合意は無効であり、また合理性がないことは明らかである。

第3当裁判所の判断

1  本件契約書は、興農会の所有する土地について千代田を借主として締結した土地賃貸借契約書であり、平成15年11月6日付けで、水戸地方裁判所土浦支部裁判所書記官より農林水産省畜産振興課あてに、本件契約書に係る賃貸借契約について興農会の監督庁たる農林水産大臣が承認を与えたか否か等について調査嘱託がなされたため、これに対して農林水産省生産局畜産部畜産振興課長が、回答するに当たっての参考資料として、興農会に対して、本件契約書を提出するよう要請したところ、公にしないとの条件で、興農会から被告が任意に提出を受けたものであることが認められる(乙1及び弁論の全趣旨)。

興農会は、財産法人であり(甲10)、千代田は有限会社であるから(甲9)、本件契約書の内容は、法5条2号に定める法人等に関する情報に該当する。

2  法5条2号イ該当性

法5条2号イは、法人等の情報で、公にすることにより、当該法人等又は当該個人の権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるものについて不開示とすることを定めている。本件契約書は、財団法人である興農会が、千代田との間で締結した土地賃貸借契約書であるが、賃貸借契約書には、賃料、契約期間、更新の条件、その他契約に関する条件など賃貸借契約書を締結する際の重要な情報が記載されるのが通常である。そして、これらの情報は、公にされることにより、新規の賃貸借契約や転貸契約において第三者に有利に援用される可能性が高いといえるから、契約締結当事者である興農会及び千代田の競争上の地位を害するおそれがあることが認められる情報であり、法5条2号イの不開示情報に該当するというべきである。

3  法5条2号ロ該当性

法5条2号ロは、行政機関の要請を受けて、公にしないとの条件で任意に提供されたものであって、法人等又は個人における通例として公にしないこととされているものその他の当該条件を付することが当該情報の性質、当時の状況等に照らして合理的であると認められるものについて、不開示とすることを定めている。

本件契約書は、被告が、裁判所から要請を受けた調査嘱託に回答するという行政目的のために、興農会に対し、任意に提出を求めたところ、興農会との間で、本件契約書を公にしないとの合意の下に提供を受けたものである。

そうすると、本件契約書は、「行政機関の要請を受けて、公にしないとの条件で任意に提供を受けたもの」に該当することが認められ、また、本件契約書が、上記第3の2で述べたとおり、公になれば法人等の競争上の地位を害するおそれがあるものであることに照らせば、本件契約書は、その性質に照らして、不開示合意を付することが合理的であると認められるものに該当するということができる。

この点について、原告は、被告には本件契約書の提出を求めるべき義務があったから、公にしないとの合意は無効であり、また合理性を欠くと主張するが、被告が興農会に本件契約書の提供を求めた経緯は、前記のとおり裁判所からの調査嘱託に対する回答を作成するという行政目的であって、興農会がこれに協力して本件契約書を提出すべき法律上の義務があるものとは認められないから、原告の主張はその前提を欠くものである(原告は、興農会は本来本件契約書の内容について事前に監督庁である被告の承認を得るべきであったから興農会には本件契約書の提出義務があったと主張するようであるが、本件契約書は被告の事前承認を得る目的で提出されたものでないことは明らかであり、被告の事前承認を得ていなかったことが事後的に何らかの問題を生じさせる可能性があるとしても、そのこと自体は本件における不開示合意の有効性とは関連性がないことがらである。)。

また、原告は、本件契約書の内容が公序良俗に違反し、無効なものであるから、不開示合意は無効であり、また合理性を欠くとも主張している。しかしながら、本件契約書の内容が法的に有効なものか否かは、本件契約書についての不開示合意の有効性に直接影響するものではないと解されるのであり、他に本件契約書についての不開示合意が不合理であることを根拠付ける事情があるとは認めるに足りないから、原告の主張を採用することはできない。

4  結論

以上検討したとおり、本件契約書は、法5条2号イ及びロの不開示情報に該当するから、本件一部不開示決定のうち、本件契約書を不開示とした部分は適法である。

よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 新谷祐子 裁判官 今井理)

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