東京地方裁判所 平成16年(行ウ)391号 判決 2005年2月03日
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,金519万4400円を支払え。
第2事案の概要
本件は,簡易課税の適用を選択した事業者である原告が,簡易課税を適用して計算した消費税額及び同額に基づき計算した地方消費税額を申告,納付した後,当該課税期間中の急速な売上げ及び設備投資の拡大の結果,上記消費税額が,本則課税(消費税法30条ないし36条の規定により仕入れに係る消費税額の控除をする方法)を適用して計算した消費税額を上回ったため,消費税及び地方消費税を過払いしたことになる旨主張して,不当利得返還請求権に基づき,被告に対し,その差額519万4400円の返還を求めている事案である。
1 法令の定め
(1) 消費税法は,事業者(同法9条1項本文(平成15年法律第8号による改正前のもの)の規定により,その課税期間における課税売上高が3000万円以下であるため,消費税を納める義務が免除される事業者を除く。以下同じ。)が納付すべき消費税額について,原則として,その課税期間における課税資産の譲渡等の対価(課税標準額)に対する消費税額から,課税期間の課税仕入れに係る消費税額を控除して計算するものとしている(同法30条ないし36条。以下,これらの規定の定める方法により消費税額を計算し,課税することを「本則課税」という。)。
(2) 他方,消費税法37条1項(ただし,平成15年法律第8号による改正前のもの。以下,同項につき同じ。)は,中小事業者の仕入れに係る消費税額の控除の特例(以下同項の規定の定める方法により消費税額を計算し,課税することを「簡易課税」という。)について,次のとおり定め,課税売上げに係る消費税額をもとに,簡便な方式により課税仕入れに係る消費税額を計算することを認めている。
すなわち,事業者が,その納税地を所轄する税務署長に対し,その基準期間(法人である事業者については,その事業年度の前々事業年度-同法2条1項14号)における課税売上高が2億円以下である課税期間について,簡易課税の適用を受ける旨を記載した届出書(以下「簡易課税選択届出書」という。)を提出した場合には,当該届出書を提出した日の属する課税期間の翌課税期間以後の課税期間(その基準期間における課税売上高が2億円を超える課税期間を除く。)については,課税標準額に対する消費税額から控除することができる課税仕入れに係る消費税額は,卸売業その他の政令で定める事業を営む事業者にあつては,当該課税期間の課税標準額に対する消費税額から当該課税期間における売上げに係る対価の返還等の金額に係る消費税額の合計額(同法38条1項)を控除した残額に,当該事業の種類ごとに課税資産の譲渡等に係る消費税額のうちに課税仕入れ等の税額の通常占める割合を勘案して政令で定める率(以下「みなし仕入れ率」という。)を乗じて計算した金額とみなされる。
上記規定を受けて,消費税法施行令57条1項4号,5項4号ハは,サービス業(飲食店業に該当するものを除く。)については,第五種事業に当たるものとして,みなし仕入れ率を100分の50とする旨規定している。
(3) 簡易課税選択届出書を提出した事業者が,簡易課税の適用を受けることをやめようとするときは,その旨を記載した届出書(以下「簡易課税選択不適用届出書」という。)をその納税地を所轄する税務署長に提出しなければならず(消費税法37条2項),同届出書の提出があつたときは,その提出があつた日の属する課税期間の末日の翌日以後は,簡易課税選択届出書による届出は,その効力を失う(同条4項)。なお,簡易課税選択届出書を提出した事業者は,翌課税期間の初日から2年を経過する日の属する課税期間の初日以後でなければ,簡易課税選択不適用届出書を提出することができない(同条3項)。
2 前提となる事実
(1) 原告は,平成3年11月7日に有限会社(設立時の商号は有限会社アスワン)として設立され,平成15年6月1日に株式会社に組織変更された,美容業等を目的とする株式会社である。
(乙1,2,当裁判所に顕著な事実)
(2) 原告は,平成6年3月18日,当時の原告の納税地を所轄する船橋税務署長に対し,簡易課税選択届出書を提出し,その提出日の属する課税期間の翌課税期間である平成6年4月1日から平成7年3月31日までの課税期間以後の各課税期間について,簡易課税の適用を選択した。
(乙1)
(3) 原告は,平成16年5月31日,原告の納税地を所轄する四谷税務署長に対し,平成15年4月1日から平成16年3月31日までの課税期間(以下「本件課税期間」という。)分の消費税及び地方消費税(以下「消費税等」といい,消費税等の税額を「消費税額等」という。)について,簡易課税を適用して消費税額を計算した確定申告書(以下「本件確定申告書」という。)を提出した(以下「本件確定申告」という。)。
原告は,本件確定申告書上,本件課税期間の消費税額(差引税額)を,課税標準額2億6989万4000円に消費税法29条に定める税率100分の4を乗じて計算した1079万5760円から,仕入れに係る消費税額539万7880円を控除した539万7800円(ただし,国税通則法119条1項の規定により100円未満の端数を切り捨てた後のもの)と算定するとともに,本件課税期間の地方消費税額を,上記差引税額539万7800円を課税標準とし,それに地方税法72条の83に定める税率100分の25を乗じて134万9400円(ただし,地方税法20条の4の2第3項の規定により100円未満の端数を切り捨てた後のもの)と算定し,本件確定申告に基づき,消費税額等674万7200円を納付した。
(乙3,弁論の全趣旨)
(4) 本件課税期間に係る基準期間である平成13年4月1日から平成14年3月31日までの課税期間(以下「本件基準期間」という。)における原告の課税売上高は8958万5962円であり,本件課税期間に係る消費税について消費税法37条1項に定める簡易課税の適用要件を充たしていた。
(乙2)
(5) 原告は,簡易課税選択届出書を提出した日の属する課税期間である平成5年4月1日から平成6年3月31日の翌課税期間の初日から2年を経過する日の属する課税期間の初日(平成8年4月1日)以降,本件課税期間について簡易課税の適用をやめようとする場合における簡易課税選択不適用届出書の提出期限である平成15年3月31日までに簡易課税選択不適用届出書を所轄税務署長に提出していない。
(当事者間に争いがない事実)
3 当事者の主張
(原告)
(1) 原告の本件課税期間に係る消費税額等は,本件課税期間中の急速な売上げ及び設備投資の拡大の結果,簡易課税を適用して計算した金額が674万7200円となり,本則課税を適用して計算した金額155万2800円を519万4400円も上回ることとなった。
上記差額519万4400円は,本来納付すべき消費税額等の過払金として,原告に返還すべきものである。
(2) 現行消費税法等には,上記のような過払いがあった場合の還付について定めがないが,当該事業者が簡易課税選択不適用届出書を提出しなかった以上,過払額の返還を受けられないとするならば,原告のように売上げが少ない納税者が消費税の二重払いを強いられ,事業経営上重大な損害を受ける一方,売上げの多い事業者ほど簡易課税による利益を得る結果となり,不合理である。特に,消費税法は頻繁かつ一方的に改正されており,課税期間によって,納めるべき消費税額等について,著しく不公平な違いを生ずることにもなる。このような結果を放置し,納税者に負担を負わせることは,法の下の平等に反し,違法というべきである。
また,原告は,事業の繁忙によって,平成15年3月31日まで簡易課税選択不適用届出書を提出しなかったものであるが,現行消費税法の規定から,このような過払いの結果が生じると認識することはできず,仮にこのような結果を生じることを事前に認識していたとしても,中小事業主たる原告において,将来の事業年度中の売上高等を正確に予測することは不可能に近い。ところが,現行消費税法は,課税期間の前々年である基準期間の売上高をもとに形式的に簡易課税の適用の有無を決めるものとしており,納税者である事業者の側にいかなる事情があっても,上記のような法律を形式的に適用し,消費税等の過払いの負担を負わせることは,前記のとおり法の下の平等に反するとともに,中小企業の事務負担の軽減という簡易課税の制度の趣旨に反し,正当化することができないから,違法というべきである。
(被告)
(1) 原告は,平成6年3月18日,所轄の船橋税務署長に対し,簡易課税選択届出書を提出し,その提出日の属する課税期間の翌課税期間である平成6年4月1日から平成7年3月31日までの課税期間以後の各課税期間について,簡易課税による申告を選択したものであり,その後,簡易課税選択不適用届出書は提出されていない。また,本件基準期間における原告の課税売上高は8958万5962円であり,その金額は2億円以下である。そして,原告は,所轄の四谷税務署長に対し,平成16年5月31日,本件課税期間分の消費税等につき,簡易課税を適用して消費税額等を計算した本件確定申告書を提出したものである。
このように,原告は,自ら簡易課税の適用を選択し,その適用を前提として適法に本件確定申告を行ったものであるから,被告が,原告の本件課税期間分の消費税額等の計算につき簡易課税を適用するのは当然のことであり,仮に,結果として,簡易課税を適用して計算した消費税額等が,本則課税を適用して計算した消費税額等を上回るようなことがあったとしても,このことから直ちに,簡易課税の適用が違法とされたり,本則課税を適用して消費税額等を計算し直す必要が生じたりするものではない。
(2) 原告は,上記のような意味における過払額を還付する方法等について消費税法に定めがないのは,法の下の平等に反し,被告において,その過払額を返還しないのは違法である旨主張するが,上記のような取扱いは,簡易課税の適用を選択したすべての事業者について,等しく適用されるものであり,被告が,原告の本件課税期間に係る消費税等について簡易課税を適用したことは,原告が自らの判断により選択したところに基づくものとして,適法というべきであるから,原告の主張は理由がない。
4 争点
以上によれば,本件の争点は,原告が,本件課税期間に係る消費税等について,簡易課税を適用して計算し,申告,納付した消費税額等が,本則課税を適用して計算した消費税額等を上回ることを理由に,被告に対し,その差額を不当利得として返還を求めることができるか否か,という点にある。
第3当裁判所の判断
1 前記前提となる事実によれば,原告は,平成6年3月18日,所轄の船橋税務署長に対し,簡易課税選択届出書を提出し,その提出日の属する課税期間の翌課税期間である平成6年4月1日から平成7年3月31日までの課税期間以後の各課税期間について,簡易課税による申告を選択したものであり,本件基準期間における原告の課税売上高が2億円以下であったことから,平成16年5月31日,所轄の四谷税務署長に対し,本件課税期間分の消費税等につき,簡易課税を適用して計算した金額を申告,納付したものと認められる。
このように,簡易課税の適用を自ら選択し,その適用を受けることとなった事業者が,その適用を受けることをやめようとするときは,簡易課税選択届出書を提出した日の属する課税期間の翌課税期間の初日から2年を経過する日の属する課税期間の初日以後,簡易課税選択不適用届出書を所轄税務署長に提出することにより,その提出があつた日の属する課税期間の末日の翌日から,簡易課税の適用を受けないことができるものとされているところ(消費税法37条2項ないし4項),原告は,平成8年4月1日以降平成15年3月31日までに簡易課税選択不適用届出書を所轄税務署長に提出していない(前記前提となる事実(5))というのであるから,被告が,原告の本件課税期間分の消費税等について,本件確定申告に基づき確定した消費税額等の納付を受けたことは,消費税法に基づく適法な行為ということができる。
2 原告は,簡易課税を適用して計算した消費税額等が本則課税を適用して計算した消費税額等を上回る場合には,その差額を過払額として還付すべきところ,消費税法等がその方法について定めておらず,基準期間の売上高を基準として,形式的に簡易課税を適用し,課税を行うことは,平等原則に反するとともに,簡易課税の制度の趣旨に反し,違法である旨主張する。
しかしながら,簡易課税の適用の要件は,事業者に対し一律に適用されるものであるから,平等原則に反するということはできない。また,簡易課税の制度は,中小事業者に対し,消費税額等の計算にあたり,控除することができる仕入れに係る消費税額を,当該課税期間の課税標準額に対する消費税額から当該課税期間における売上げに係る対価の返還等の金額に係る消費税額の合計額を控除した残額に,みなし仕入れ率を乗じた金額とみなすこととし,簡便な税額の計算を可能にすることによって,税務の簡素化を図るとともに,仕入れに係る税額控除の要件とされる帳簿及び請求書等の保存(消費税法30条7項ないし9項)を不要とし,中小事業者の事務負担の軽減を図るものであり,消費税法が,簡易課税の適用について,課税期間に先立つ基準期間の課税売上高を基準としているのも,課税期間を単位として課税売上高を把握するために要する期間を考慮するとともに,課税期間の開始時から価格への転嫁や帳簿の作成・保管等の対応を可能にするものとして,一定の合理的な趣旨に基づくものと解される。
そして,簡易課税を適用した課税期間については,当該中小事業者において,課税仕入れに係る消費税額の計算や帳簿,請求書の保存等の面で事務負担軽減の利益を享受することができるのであり,その一方で,当該課税期間中の課税仕入高の金額いかんによっては,結果的に本則課税を適用した場合より消費税額等が高くなる場合があり得るとしても,簡易課税の適用にこのような利害得失があることは,一般的に予測可能なことであって,事業者においては,事務負担の軽減等も含めた広い意味での利害得失を自ら判断したうえで,基準期間の課税売上高をもとに,簡易課税の適用を選択することが予定されているということができる。
また,簡易課税の適用を選択した中小事業者は,その適用をやめようとする場合には,当該課税期間の前の課税期間の末日までに簡易課税選択不適用届出書を所轄税務署長に提出することにより,簡易課税の適用を受けないことができる。
したがって,これらを併せ考慮するならば,仮に,事業者が,簡易課税の適用を受ける課税期間において,事前に具体的に予測することが困難な仕入高の増加等の結果,簡易課税を適用して計算した消費税額等が本則課税を適用して計算した消費税額等を上回ったとしても,このような結果は,上記のような制度の下で,事業者において,自らの判断による選択の結果として,これを甘受すべきものであり,このような結果が生じるからといって,被告が,原告から,本件確定申告に基づき消費税額等の納付を受けたことが違法であると解すべき理由は見当たらない。
3 以上のとおり,原告は,本件課税期間分の消費税等につき,自ら簡易課税の適用を選択して,本件確定申告を行ったものであり,本件確定申告に基づき被告が納付を受けた消費税額等674万7200円は,仮に本則課税を適用して計算した消費税額等を上回る部分があるとしても,すべて原告の適法な申告により確定した消費税等に係る債務の履行として支払われたものであるから,法律上の原因に基づくものと認められる。
4 よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は,前提を欠き,理由がないから,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 関口剛弘 裁判官 菊池章)