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東京地方裁判所 平成16年(行ウ)413号 判決 2006年2月24日

主文

1  被告八王子税務署長が原告に対し平成15年10月31日付けでした原告の平成13年分の所得税の更正処分のうち総所得金額838万8003円,納付すべき税額89万8900円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。

2  原告の被告八王子税務署長に対するその余の請求及び被告国税不服審判所長に対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用のうち,原告及び被告八王子税務署長に生じた費用は通じて3分し,その2を被告八王子税務署長の,その余を原告の各負担とし,被告国税不服審判所長に生じた費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告八王子税務署長が原告に対し平成15年10月31日付けでした原告の平成13年分の所得税の更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい,本件更正処分と併せて「本件各処分」という。)をいずれも取り消す。

2  被告国税不服審判所長が原告に対し平成16年6月29日付けでした本件各処分に係る審査請求についての裁決(以下「本件裁決」という。)を取り消す。

第2事案の概要

本件は,厚生年金保険法(ただし,平成16年法律第104号による改正前のもの。以下同じ。)に定める厚生年金基金に加入し,同基金から退職に伴う年金の支給を受けていた原告が,同基金の解散に伴って,残余財産の分配金の支払を受けたところ,所轄税務署長である被告八王子税務署長が,当該分配金に係る所得は一時所得に当たるものとして本件各処分を行い,さらに,被告国税不服審判所長が,これらの各処分を適法とする本件裁決をしたことから,原告が,当該分配金に係る所得は退職所得に当たるなどと主張して,本件各処分及び本件裁決の各取消しを求める事案である。

1  前提となる事実(証拠の付記のない部分は当事者間に争いがない。)

(1)  厚生年金基金制度の概要(乙1)

ア 厚生年金保険法第9章(106条から188条まで)に定める厚生年金基金制度は,国の年金事務を代行し,独自に上積みした老後の所得保障を行うことを目的とするものであり,具体的には,企業が厚生年金基金(以下「基金」という。)という母体企業とは別個の法人を設立してこれに掛金を拠出し,基金においてこれを年金原資として運用しつつ,母体企業の退職者に対しては年金を支給するなど,いわゆる企業年金の役割を果たすものである。

基金が支給する年金給付には,国の老齢厚生年金制度の代行部分で,原則として老齢厚生年金と同じ設計が要求される「基本年金」と,企業の退職金制度としての役割を果たす部分で,一定の要件に従う限り,独自の設計が可能な「加算年金」とがあり,前者の基本年金については,国の老齢厚生年金を上回る水準の給付が要求される(厚生年金保険法132条2項。以下,基本年金のうち,国の老齢厚生年金の代行部分を単に「代行部分」,これを上回る部分を「プラスアルファ部分」という。)。

基金の設立事業所に使用される被保険者は,当該基金の加入員とする(厚生年金保険法122条)。

基金が支給する年金たる給付及び一時金たる給付を受ける権利は,その権利を有する者の請求に基づいて,基金が裁定する(厚生年金保険法134条)。

イ 基金が解散したときは,厚生年金基金連合会(以下「連合会」という。)が,代行部分に係る責任準備金相当額(以下「最低責任準備金」という。)を当該基金から徴収し(厚生年金保険法162条の3第1項),代行部分に係る年金給付の支給義務を引き継ぐ(同条2項)。

最低責任準備金を控除した後の残余財産は,基金の規約の定めるところにより,解散した日において当該基金が年金給付の支給に関する義務を負っていた者に分配しなければならない(厚生年金保険法147条4項)が,基金が,加入者の選択により,当該加入者に分配すべき残余財産を連合会に交付したときは,連合会は,当該交付金を原資として,当該加入者に係る年金給付の額を加算する(同法162条の3第4項,5項)。

(2)  本件基金について

ア A厚生年金基金(以下「本件基金」という。)は,A株式会社(以下「A」という。)等を設立事業所として,昭和47年1月1日に設立された。(乙10)

イ 本件基金の年金制度等の概要

本件基金の規約(乙10)によると,本件基金の年金制度等の概要は,次のとおりであった。

(ア) 加入員

加入員は,設立事業所に使用される厚生年金基金の被保険者とし(35条),設立事業所の就業規則に定める社員又は職員となった日から起算して2年を経過した加入員を,第1加入員という(36条1号)。

(イ) 退職年金

第1種退職年金は,第1加入員期間8年以上の第1加入員が,第1加入員でなくなったときに,その者に支給する(54条)。

第1種退職年金の額は,基本年金額,第1加算年金額及び第2加算年金額を合算した額とする(55条1項)(以下,第1加算年金と第2加算年金とを併せて単に「加算年金」という。)。

基本年金額は,加入員であった全期間の平均標準給与月額(加入員期間の計算の基礎となる各月の標準給与の月額を平均した額)の一定割合に相当する額に加入員期間の月数を乗じて得た額とする(48条1項)。

第1加算年金額は,最終加算給与月額(第1加入員が退職した日の属する月における基本給の月額)に,第1加入員期間及び第1加入員でなくなったときの事由に応じた所定の率を乗じた額に,第1加入員でなくなったときの年齢に応じた所定の率を乗じて得た額とする(48条2項。)

第2加算年金額は,第1加入員期間及び第1加入員でなくなったときの事由に応じた所定の額に,第1加入員でなくなったときの年齢に応じた所定の率を乗じて得た額とする(48条3項)。

年金の給付は,年金を支給すべき事由が生じた月の翌月から始めるものとし(50条1項),年金の金額が9万円以上であるときは,2月,4月,6月,8月,10月,12月にそれぞれの前月分までを支払う(51条1項)。

(ウ) 費用の負担

年金給付のうち基本年金額に相当する部分の給付に要する費用に充てるため,年金給付の計算の基礎となる各月につき掛金を徴収する(72条1項)。この掛金(これを「普通掛金」という。)は,加入員38分の18,事業主38分の20の割合で負担する(74条1号)。

年金給付のうち加算年金に相当する部分の給付及び一時金給付に要する費用に充てるため,年金給付の計算の基礎となる各月につき第1加算掛金及び第2加算掛金を徴収する(73条1項)。第1加算掛金及び第2加算掛金は,全額事業主が負担する(74条2号)。

(エ) 解散及び清算

基金が解散したときは,最低責任準備金を厚生年金保険法162条の3第1項の定めるところにより連合会に納付しなければならない(98条。)

基金が解散した場合において,基金の債務を弁済した後に残余財産があるときは,清算人は,これを解散した日において基金が給付の支給に関する義務を負っていた者(これを「受給権者等」という。)に分配しなければならない(99条1項)。

残余財産の分配は,解散日において算定した各受給権者等に係る最低保全給付を支給するために必要な年金原資(これを「最低積立基準額相当額」という。)に基づき行う(99条2項)。

基金は,受給権者等から分配金の支払の申出があった場合を除き,当該受給権者等に分配すべき残余財産の全部又は一部を連合会に交付する(99条4項)。

(オ) 選択一時金

第1種退職年金の受給権を有する者等は,当分の間,年金給付の支給に代えて,選択一時金の支給を受けることができる(附則6条)。

選択一時金は,①第1加入員期間8年以上の第1加入員が,第1加入員でなくなったとき(附則6条の2第1項1号),②第1種退職年金の受給権を有する者が,第1種退職年金のうち加算年金額に相当する額の支給を停止されている間に選択一時金を請求したとき(同項2号),又は③第1種退職年金の受給権を有する者が,第1種退職年金のうち加算年金額に相当する額の支給済期間が10年に達するまでの間に選択一時金を請求したとき(同項3号)に,その者に支給する。

選択一時金の請求は,加算年金額に相当する額について,100分の100,100分の80,100分の60,100分の40,又は100分の20の割合(以下,これらの数値を「選択割合」という。)で行うことができる(附則6条の2第2項)。

選択一時金の額は,第1種退職年金のうち加算年金額に相当する額に,選択一時金を請求したときの年齢に応じた所定の率(附則6条の2第1項1号及び2号の場合),又は当該年金額の支給済期間に応じた所定の率(同項3号の場合)を乗じた額に,選択割合を乗じて得た額とする(附則6条の3第1項)。

選択一時金の支給を受けた場合における第1種退職年金の額は,選択割合が100分の100の場合においては,基本年金額に相当する額とし,選択割合がその他の場合においては,基本年金額に相当する額と,加算年金額に相当する額に1から選択割合を減じた数値を乗じて得た額との合算額とする(附則7条1項)。

ウ 本件基金の解散と残余財産の分配

(ア) 本件基金は,母体企業であるAの経営悪化及び加入員の急激な減少等により存続が困難となったため,平成13年1月15日,厚生労働大臣に対し,本件基金の解散の認可を申請し,同月24日,同認可を得た。(乙6,乙7)

(イ) 本件基金は,基金解散に伴う手続の一環として,本件基金の各受給権者等に対し,平成13年11月に「A厚生年金基金解散に伴う残余財産分配金確定について(最終ご通知)」と題する書面を送付し,各受給権者等の分配金の額を通知するとともに,当該分配金の全部又は一部を,一時金として受領するか,又は連合会からの年金給付で受けるか,その選択内容を,所定の「分配金請求書」に記載して,同年12月14日までに本件基金へ提出するよう求めた。(甲3)

(ウ) 本件基金は,平成14年2月7日,厚生労働大臣に対し,清算結了に係る決算報告書の承認を申請したが,申請書添付の残余財産処分計算書によると,同年1月14日現在の総可処分金額は69億9740万1925円,このうち連合会への交付金が42億7539万9674円,受給権者等への一時金分配金が27億2200万2251円であった。(乙8)

(3)  本件分配金の受領の経緯

ア 原告は,Aに勤める本件基金の加入員であったが,平成10年1月31日にAを退職した。

原告は,退職に当たり,退職手当(金)の支給を受けず,平成9年12月9日付けで,本件基金に対し,年金裁定の請求を行い,その際,選択一時金の支給は希望しない旨の申出をした。(乙9)

イ 本件基金は,原告の年金裁定の請求を受け,平成10年2月16日付けで,原告に対し,第1種退職年金の裁定額が406万5400円であること,このうち基本年金額が116万9100円,加算年金額が289万6300円(第1加算年金額276万0700円,第2加算年金額13万5600円)であること,支給の開始が同年3月分からであることを通知した。(甲2)

ウ 原告は,本件基金から,第1種退職年金として,平成10年3月分(同年4月1日支払)から平成13年1月分(同年2月1日支払)までの支給を受けた。(弁論の全趣旨)

エ 原告は,平成13年11月ころ,本件基金から,原告に対する残余財産の分配金の額が2978万2048円となる旨の通知(前記(2)ウ(イ))を受けたが,当該分配金の全部を一時金(以下「本件分配金」という。)で受け取ることを選択し,「分配金請求書」にその旨を記載した上,同年12月14日ころまでにこれを本件基金に提出し,平成14年1月15日,本件分配金を受領した。(甲3,弁論の全趣旨)

(4)  課税処分等の経緯

原告の平成13年(以下「本件係争年」という。)分の所得税に係る確定申告,更正処分,不服申立て等の経緯は,別表1記載のとおりである。

2  本件各処分の適法性に関する被告八王子税務署長の主張

(1)  課税処分の根拠について

原告の本件係争年分の所得税に係る総所得金額及び納付すべき税額等は,別表2記載のとおりである。

(このうち,雑所得の金額,所得控除の合計額,源泉徴収税額については,原告との間で争いがない。)

(2)  本件更正処分の適法性について

別表2記載のとおり,原告の本件係争年分の所得税に係る総所得金額は,1692万4847円,納付すべき税額は,335万5500円であるところ,本件更正処分に係る総所得金額1403万5988円,納付すべき税額248万8800円は,いずれもその範囲内であるから,本件更正処分は適法である。

(3)  本件賦課決定処分の適法性について

本件更正処分により原告が新たに納付すべきこととなった税額(国税通則法35条2項に規定する税額)は,本件更正処分に先立ち被告八王子税務署長が平成14年6月26日付けでした更正処分(以下「当初更正処分」という。)に係る納付すべき税額3万5500円と本件更正処分に係る同税額248万8800円との差額245万3300円であるところ,当該差額のうち原告が平成14年3月13日に被告八王子税務署長に提出した本件係争年分の所得税の確定申告書(以下「本件確定申告書」という。)に記載された納付すべき税額237万6300円と当初更正処分に係る同税額3万5500円との差額234万0800円に相当する部分の金額については,国税通則法65条4項の「正当な理由があると認められる事実に基づく税額」に該当する。

しかしながら,その余の11万2500円に相当する部分の金額については,雑所得の金額が228万3823円であるにもかかわらず,原告が,本件確定申告書において,雑所得の金額を190万8823円と過少に計算し,納付すべき税額を237万6300円と記載したことによるものであるから,原告が当該納付すべき税額を過少に申告したことについては,国税通則法65条4項所定の「正当な理由」があるものとは認められない。

したがって,被告八王子税務署長は,国税通則法118条3項の規定により,当該11万2500円のうち1万円未満の端数金額を切り捨てた11万円を基礎として,同法65条1項の規定に基づき,これに100分の10の割合を乗じて計算した金額に相当する1万1000円の過少申告加算税を課する本件賦課決定処分をしたのであるから,同処分は適法である。

3  争点に関する当事者の主張

(1)  原告の主張

ア 本件分配金に係る所得の区分について

所得税法30条1項は,「退職所得とは,退職手当,一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与(以下この条において「退職手当等」という。)に係る所得をいう。」と規定し,同法31条は,「厚生年金保険法第9章の規定に基づく一時金で同法第122条(加入員)に規定する加入員の退職に基因して支払われるもの」(2号)は,「この法律の規定の適用については,前条第1項に規定する退職手当等とみなす。」と規定しているところ,所得税基本通達(ただし,平成14年課個2-22ほか3課合同による改正前のもの。以下単に「通達」という。)31-1は,所得税法31条2号に規定する「加入員の退職に基因して支払われるもの」には,「厚生年金基金規約…(中略)…に基づいて支給される年金の受給資格者に対し当該年金に代えて支払われる一時金のうち,退職の日以後当該年金の受給開始日までの間に支払われるもの(年金の受給開始日後に支払われる一時金のうち,将来の年金給付の総額に代えて支払われるものを含む。)」が含まれるものとすると定めている。

本件分配金は,本件基金の残余財産が分配されたものであるが,この残余財産には加算年金の原資が含まれており,各受給権者等に各々の加算年金を含めて分配されたものであるから,通達31-1にいう「将来の年金給付の総額に代えて支払われるもの」として,所得税法31条1項2号所定の退職手当等とみなされる一時金に該当する。

したがって,本件分配金に係る所得は,退職所得に該当するものであるところ,退職所得は,源泉徴収により完結する分離課税である(所得税法121条2項)ことから,別表3記載のとおり,原告の本件係争年分の所得税に係る総所得金額は,228万3823円,納付すべき税額は,3万5500円となり,本件更正処分に係る金額は,いずれもこれらを上回るから,本件更正処分は違法であり,これを前提とする本件賦課決定処分も違法である。

イ 退職所得控除額控除及び必要経費控除について

仮に本件分配金に係る所得が一時所得に該当するとしても,本件分配金は,将来の年金給付の総額に代えて一括に支払われた加算年金であり,退職所得としての性質をも有しているから,一時所得の金額の計算上,退職所得控除額(所得税法30条3項)である2130万円を控除すべきである。

また,本件分配金に係る掛金577万7717円(以下「本件掛金」という。)は,必要経費(所得税法34条2項の「その収入を得るために支出した金額」)として,一時所得に係る総収入金額から控除すべきである。

したがって,別表4記載のとおり,原告の本件係争年分の所得税に係る総所得金額は,338万5988円,納付すべき税額は,12万3700円となり,本件更正処分に係る金額は,いずれもこれらを上回るから,本件更正処分は違法であり,これを前提とする本件賦課決定処分も違法である。

(2)  被告八王子税務署長の主張

ア 本件分配金に係る所得の区分について

本件分配金に係る所得は,利子所得,配当所得,不動産所得,事業所得,給与所得,退職所得,山林所得及び譲渡所得のいずれにも該当せず,「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」であるから,一時所得(所得税法34条1項)に該当する。

本件分配金は,本件基金の解散により分配された金員であるから,「厚生年金保険法第9章の規定に基づく一時金」ではあるものの,原告の「退職に基因して支払われるもの」には該当せず,したがって,所得税法31条に規定するいわゆる「みなし退職所得」に該当しない。

すなわち,本件分配金は,本件基金の解散に伴う残余財産の分配一時金であり,本件基金の解散という事実がその支払の原因であって,退職に基因して支払われるものではない(換言すると,本件基金が解散しなければ,原告は,本件分配金を受領することはなかった。)。また,本件基金の残余財産は,基金の加入員(Aに勤務している「現存者」)及び年金受給開始待期者(Aを退職したが,本件基金からの年金受給は開始されていなかった「待期者」)並びに年金受給者(Aを退社し,かつ,本件基金から年金を受給していた「受給者」であり,原告はこれに該当する。),すなわち,本件基金の規約に定められている「受給権者等」に公平に分配されたのであり,金員の分配に関して退職という要因は何ら関係していない。したがって,本件分配金が「加入員の退職に基因して支払われるもの」(所得税法31条2号)でないことは明らかである。

また,本件分配金の原資(一時金として支給することができる加算年金部分のみを原資としているものではなく,一時金として支給することができない基本年金のプラスアルファ部分や基金の資産の運用益等を含んだ残余財産がその原資である。),及び金額の算定方法(選択一時金の計算ベースである加算年金は,受給権者等の給与額,勤務年数等に応じて計算されるのに対し,本件分配金は,残余財産の多寡に応じて金額が計算される。)は,将来の年金給付の総額とは全く異なったものである。加えて,上記のとおり,本件基金は,原告を始めとする年金受給者以外に,現にAに勤務している者に対しても本件分配金と同様の金員の支払(残余財産の分配)を行っているのである。そもそも,通達31-1の「将来の年金給付の総額に代えて支払われるもの」とは,将来支払われるべき年金総額を複利現価額に換算した上で一時金として支払うことにより,将来の年金支給債務を消滅させるものであり,単に将来支払われるべき年金の繰上支給とも異なるものである。そして,本件分配金の法的性質をみるに,これは,本件基金の規約99条に基づく残余財産の分配債務に基づくものであって,将来の年金支給債務に基づくものではない。すなわち,本件分配金は,将来の年金給付の総額に「代えて」支払われた金員であるとは到底いえないのである。

なお,規約の附則6条に定める選択一時金が「将来の年金給付の総額に代えて支払われるもの」であるとすれば,これを選択することにより,通達31-1の取扱いが可能であるが,選択一時金が支給される機会は規約において限定されており,原告は,選択一時金を受給できる各機会において,いずれもこれをあえて選択しなかったのであるから,受給権者等間の公平を失するとはいえないというべきである。

イ 退職所得控除額控除及び必要経費控除について

所得税の課税対象となる所得の金額の計算方法は,各種所得のいずれに該当するかによってそれぞれ所得税法に規定されており,他の計算方法を採ることはできず,各種所得の区分と各種所得の金額の計算方法とは,密接不可分の関係にある。所得税法34条2項は,「一時所得の金額は,その年中の一時所得に係る総収入金額からその収入を得るために支出した金額(その収入を生じた行為をするため,又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る。)の合計額を控除し,その残額から一時所得の特別控除額を控除した金額とする。」と規定し,他方,収入金額から退職所得控除額を控除できるのは,退職所得の金額を計算する場合に限られているのであるから,本件分配金に係る一時所得の金額の計算上,その総収入金額から退職所得控除額を控除する余地はない。

また,本件基金の規約によれば,本件において原告が負担していた掛金は普通掛金の一部のみであり,第1加算掛金及び第2加算掛金についてはその事業主であるAが負担していたことになるのであるから,原告が,少なくとも加算年金に係る掛金を負担していないことは明らかである。他方,普通掛金を原資とする基本年金のプラスアルファ部分については,連合会に移管されず,本件基金の残余財産,すなわち本件分配金に含まれることになり,本件掛金に原告負担部分が含まれていると考える余地があるが,仮にそうだとしても,本件掛金を,一時所得の計算上,総収入金額から控除することはできない。すなわち,所得税法74条は,所得控除の1つである社会保険料控除について定め,同条2項7号において,「厚生年金保険法の規定により…(中略)…厚生年金基金の加入員として負担する掛金」は,社会保険料控除の対象となる社会保険料に該当する旨規定していることから,当該掛金は,その支払った年分の所得税の計算において,総所得金額等から控除されることとなる(同条1項)。したがって,原告が負担していた普通掛金は,その支払った年分の社会保険料控除として総所得金額等から控除されている以上,更に一時所得の計算において当該掛金を控除することは,同一の者の所得税の計算において,その年分は異にするものの二重に控除することとなり,到底是認できない。そうすると,本件掛金は,原告負担部分が含まれていたとしても,もはや「その収入を得るために支出した金額」に該当せず,本件分配金に係る一時所得の計算上,総収入金額から控除することはできないものというべきである。

(3)  被告国税不服審判所長の主張

行政事件訴訟法は,取消訴訟について,「処分の取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えとを提起することができる場合には,裁決の取消しの訴えにおいては,処分の違法を理由として取消しを求めることができない。」(10条2項)と規定し,いわゆる原処分主義を採用する旨を明らかにしている。したがって,原処分の取消しの訴えにおいては,専ら原処分の実体的な適法性が審理の対象となるが,裁決の取消しの訴えにおいては,当該裁決にその取消事由となる固有の瑕疵が存するか否かが審理の対象となる。

これを本件についてみると,本件裁決は,原告の審査請求を棄却した裁決であるところ,原告は,前記(1)のとおり,いずれも原処分である本件各処分の違法性に関する主張を行うにとどまり,これとは別個の本件裁決に固有の瑕疵については何ら具体的な主張をしていない。

したがって,本件裁決の取消しを求める原告の請求は,その主張自体失当である。

第3当裁判所の判断

1  本件各処分の取消請求について

(1)  本件分配金に係る所得の区分について

ア 争点の所在

退職所得は,長年の勤務に対する勤続報償的給与であって,給与の一部の一括後払の性質を有し,雇用関係ないしそれに類する関係を基礎とする役務の対価である点において,給与所得と異なる性質のものではないが,それが一時にまとめて支給されることや,退職後の(特に老後の)生活の糧であり,担税力が低いと考えられること等にかんがみ,累進税率の適用を緩和する等の必要が認められる。そこで,退職所得は,給与所得とは別の所得類型とされた上で,その年中の退職手当等の収入金額から,勤続年数の長短に応じて計算される一定の退職所得控除額を控除し,更にその残額の2分の1の金額をもって所得金額とすることとされ(所得税法30条2項,3項),また,総所得金額に算入されず,他の所得と分離して課税することとされている(同法21条,22条)。

そして,所得税法31条は,厚生年金保険法第9章の規定に基づく一時金で加入員の退職に基因して支払われるもの(2号)のほか,各種の社会保険,共済制度に基づく一時金等を退職手当等とみなし,所得税法上,退職所得として取り扱うこととしている。この所得税法31条2号に規定する,厚生年金保険法第9章の規定に基づく一時金で「加入員の退職に基因して支払われるもの」の範囲を定めた税務通達として,通達31-1があり,これによると,厚生年金基金規約に基づいて支給される年金の受給資格者に対し年金の受給開始日後に支払われる一時金のうち「将来の年金給付の総額に代えて支払われるもの」は,上記の「加入員の退職に基因して支払われるもの」に含まれるものとされている。

本件は,本件分配金が,「厚生年金保険法第9章の規定に基づく一時金」(本件基金の解散に伴う残余財産の分配金)であり,かつ,「厚生年金基金規約に基づいて支給される年金の受給資格者に対し年金の受給開始日後に支払われる一時金」であることを前提に,更にこれが通達31-1に定める「将来の年金給付の総額に代えて支払われるもの」に該当し,したがって,所得税法31条2号に定める「加入員の退職に基因して支払われるもの」に該当するのかどうかが争われているものである。

イ 通達31-1について

課税当局が税法の解釈基準等に関する税務通達を発して課税事務の統一的な執行を図っている趣旨は,大量かつ回帰的に発生する課税事務の遂行において,事案ごとに区々ばらばらの処理となる事態を避けて納税者間の公平を維持するとともに,課税庁の事務負担を軽減して適正迅速な事務処理を行うことを意図したものであると解される。したがって,税務通達に定める税法の解釈基準等が合理的なものと認められる場合には,特段の事情のない限り,課税庁においてこれと異なる取扱いをすることは許されず,異なる取扱いの結果として納税者に過大な納税義務を課すこととなる課税処分は,違法なものとして取り消されることとなるものというべきである。

そこで,本件の通達31-1の合理性について検討するに,財団法人大蔵財務協会発行「三訂版注解所得税法」(乙4)によると,まず,所得税法31条の趣旨は,「所得税法30条に規定する退職手当等は,退職時までの勤務に基づき勤務先であった使用者等から支給されるものであるのに対し,同法31条に規定する一時金,退職一時金は元の勤務先以外の者から支給される点で同法30条の退職手当等と異なるが,過去の勤務に基づいて支給される点で両者の性格は同様であり,退職手当等とみなすことにより退職所得としているのである」と説明されている。

また,上記「三訂版注解所得税法」によると,通達31-1の趣旨は,「退職の際に,退職手当等の支給を受けた者が,その後,住宅の取得とか,疾病,災害等の不測の事由により一時金の支給を受けることとした場合には,相当長期間にわたる年金に相当する金額が一時に雑所得等として課税されることになり,税負担の面から実情に沿わないという問題が生ずることから,厚生年金基金から年金に代えて支払われる一時金のうち,年金の受給開始日(最初に年金の支払を受ける日をいう。)…(中略)…後に支払われるものは,いったん公的年金として支給が行われ,また,公的年金等に係る雑所得として課税が開始されているものであることから原則として一時所得とし,その支払が将来の年金給付の総額に代えて支払われるものについては,退職所得として取り扱うこととされている」と説明されている。

このように,通達31-1は,退職後の事情の変更によって年金に代わる一時金の支給を受けた者については,相当長期間にわたる年金に相当する金額が一時に課税の対象となって過大な税負担が生じる事態を避けることが必要であるとの実質的な配慮の下に,当該一時金が,過去の勤務に基づいて支給される年金給付の将来の総額に代えて支払われるものであれば,当該一時金もまた,過去の勤務に基づいて支給される性質のものといい得るものであることから,将来の年金給付の総額に代えて支払われる一時金については,所得税法31条2号に定める「加入員の退職に基因して支払われるもの」に該当するものとして取り扱うこととしたものと解されるのであり,所得税法31条の趣旨に照らしても,合理的な解釈であるといえる。

したがって,本件分配金が,通達31-1の「将来の年金給付の総額に代えて支払われるもの」に該当する場合には,これを所得税法31条2号の「加入員の退職に基因して支払われるもの」に該当しないもの(退職所得に該当しないもの)として課税処分を行うことは,原則として許されないものというべきである。

ウ 選択一時金について

ところで,前判示のとおり,本件基金の退職年金制度においては,選択一時金という制度があり,これは,要するに,退職年金の受給権者が,退職年金の受給資格を取得した後,加算年金の支給済期間が10年に達するまでの間において,その選択により,未支給分の加算年金について,年金給付の支給に代えて,一時金の支給を受けることができるという制度である。

そして,本件基金の規約(乙10)によると,退職年金の受給権者が,加算年金の支給が開始された後に選択一時金を選択した場合に支給される一時金の額は,加算年金の額に,規約別表5(本判決別表5)記載の受給済期間に対応する年金現価率を乗じた額であり(附則6条の3第1項),選択一時金の支給を受けた場合には,その後の退職年金の額が,選択一時金を選択した加算年金額の分だけ減額される(附則7条1項)というのであるから,選択一時金は,通達31-1に定める「将来の年金給付の総額に代えて支払われるもの」に該当するものというべきである。

エ 本件分配金について

(ア) 以上のような選択一時金の性質を前提に,これとの比較において,本件分配金の性質を検討すると,本件分配金が選択一時金そのものでないことは明らかであるが,前判示のとおり,原告は,本件分配金を受領するに当たり,これを一時金で受け取るか,又は連合会からの年金給付(加算年金部分)で受け取るかを選択する余地があったところ,一時金で受け取ることを選択し,以後の連合会からの年金給付については,加算年金に相当する額の支給を受けないこととしたものである。したがって,本件分配金のうち,選択一時金の金額に相当する部分については,将来の加算年金の総額に代えて支払われたものと評価することが十分に可能であるし,また,一時金の受領によるいちどきの課税負担を軽減するという通達31-1の趣旨はこの場合にも妥当するものということができるから,これを選択一時金に準ずるものとして,通達31-1に定める「将来の年金給付の総額に代えて支払われるもの」に該当するものと解するのが相当である。

この点,被告八王子税務署長は,本件分配金は,本件基金の解散という事実がその支払の原因であり,Aを退職してない本件基金の加入員等に対しても公平に分配されたものであるから,「加入員の退職に基因して支払われるもの」に該当しないと主張するのであるが,原告にとってみれば,退職に基因して支払を受けていた加算年金の将来にわたる受給を断念する引換えとして,一時金としての本件分配金を選択したものであり,しかも,その選択は,本件基金が存続していれば,選択一時金の支給請求が可能な期間内に行われているのであるから,少なくともこのうちの将来の加算年金に対応する部分(選択一時金相当部分)については,その支払の直接の原因は本件基金の解散にあるとしても,なお,原告の退職に原因を有する一時金としての性質を失うものではないというべきである。また,同被告は,本件分配金の原資,金額の算定方法及び支払債務の法的根拠が選択一時金と異なっていることから,本件分配金は「将来の年金給付の総額に代えて支払われるもの」に該当しないとも主張するが,前判示のとおり,もともと通達31-1の規定は,いちどきの課税負担を軽減するという実際的な配慮に基づくものであり,将来の年金給付の総額に代えて支給された一時金であるとの実質が備わっていれば,同通達の「将来の年金給付の総額に代えて支払われるもの」に該当すると考えて差し支えないものというべきであるところ,本件分配金のうち,将来の加算年金に対応する部分(選択一時金相当部分)は,連合会から加算年金の支給を受ける代わりに支給されたものである上,その額も本件基金の規約に基づいて算出することが可能なのであるから,同被告が主張する上記の諸点を考慮しても,本件分配金のうちの選択一時金の金額に相当する部分が通達に該当するとの結論を左右するものではない。

そして,前判示のとおり,原告が支給を受けていた加算年金の額は,289万6300円,受給済期間は,2年11か月であるから,原告が本件分配金の請求時において選択一時金を選択したと仮定した場合に支払われたであろう選択一時金の額は,次の計算式のとおり,1707万3688円となる(1円未満切り捨て。なお,選択割合は100分の100である。)。したがって,本件分配金2978万2048円のうち,1707万3688円は,選択一時金に準ずる一時金として,所得税法31条2号所定の退職手当等とみなされる一時金に該当するものというべきである。

(計算式)年金現価率 6.5088-(6.5088-5.8393)×11/12=5.8950

一時金の額 2,896,300円×5.8950×100/100=17,073,688円

(イ) これに対し,本件分配金のうち,選択一時金の金額に相当する部分を除いたその余の部分(1270万8360円)は,原告が本来年金の支給に代えて一時金として受け取ることのできた金額(選択一時金相当額)を超えるものであり,本件基金の解散という偶然の出来事のみを原因とするものであるから,もはや「加入員の退職に基因して支払われる」という性質を有しないものといわざるを得ず,所得税法31条2号所定の退職手当等とみなされる一時金には該当しないものというべきである。

そして,当該部分に係る所得は,利子所得,配当所得,不動産所得,事業所得,給与所得,退職所得,山林所得及び譲渡所得のいずれにも該当せず,営利を目的とする継続的行為から生じたものでもなく,労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有するものでもないことからすると,所得税法34条1項に定める一時所得と解するのが相当である。

(2)  退職所得控除額控除及び必要経費控除について

ア 退職所得控除額控除について

前記(1)のとおり,本件分配金のうち,1707万3688円は,退職所得に係る収入であるが,退職所得は,源泉徴収の方法(所得税法199条)によって,退職手当等の受給時に納税が完了する仕組みとなっているから,本件において,原告の主張する退職所得控除額の控除が問題となるのは,本件分配金のうち,一時所得に係る収入に該当する1270万8360円の部分に限られることになる。

しかしながら,所得税法においては,一時所得の計算上,総収入金額から退職所得控除額を控除すべきものとはされていない。また,前記(1)のとおり,本件分配金のうち,一時所得に係る収入に該当する部分は,「将来の年金給付の総額に代えて支払われるもの」ではなく,「加入員の退職に基因して支払われる」という性質を有しないものであるから,当該収入に係る所得の計算上,退職所得と同様に取り扱うべき実質的な理由もない。

したがって,本件においては,原告の主張する退職所得控除額を控除することはできないものというべきである。

イ 必要経費控除について

証拠(甲3,乙11)によれば,原告に係る本件基金への掛金として,合計577万7717円が支払われたことが認められる。原告は,この掛金(本件掛金)の全額を,一時所得に係る総収入金額から,「その収入を得るために支出した金額」として控除すべきことを主張するものである。

しかしながら,前判示のとおり,本件基金への掛金には,普通掛金と,第1加算掛金及び第2加算掛金とがあり,普通掛金のうちの38分の18は加入員(原告)が負担するが,その余の掛金は全額事業主(A)が負担するものであるところ,本件掛金のうち,原告が実際に負担した金額がいくらであるかは,証拠上明らかでない。また,原告が実際に負担した掛金の額は,所得税法74条の規定に従い,その支払った各年分の所得税額の計算上,社会保険料控除として,総所得金額等から控除されているものと推認されるところであるから,これを更に本件係争年分の一時所得の計算において控除することは,いわば二重の控除を認めることとなり,相当ではない。

したがって,本件掛金の控除をいう原告の主張も,理由のないものというべきである。

(3)  本件各処分の適法性について

ア 本件更正処分について

以上によれば,別表6のとおり,原告の本件係争年分の所得税に係る総所得金額は,838万8003円,納付すべき税額は,89万8900円となるから,本件更正処分のうち,これらを超える部分は,違法なものとして取り消されるべきである。

イ 本件賦課決定処分について

本件更正処分(ただし,本判決による一部取消し後のもの)により原告が新たに納付すべきこととなる税額は,89万8900円と当初更正処分に係る納付すべき税額3万5500円との差額86万3400円であるところ,当該差額は,本件確定申告書に記載された納付すべき税額237万6300円と当初更正処分に係る同税額3万5500円との差額234万0800円の範囲内であり,その全額が国税通則法65条4項の「正当な理由があると認められる事実に基づく税額」に該当するものと解されるから,本件賦課決定処分もまた,違法なものとして取り消されるべきである。

2  本件裁決の取消請求について

原告の主張は,本件各処分の違法のみをいうものであるところ,行政事件訴訟法10条2項によれば,裁決の取消しの訴えにおいては,原処分の違法を理由として取消しを求めることができず,したがって,原告は,本訴において,本件裁決の違法事由を何ら主張していないことになるから,本件裁決の取消しを求める原告の請求は,理由のないものというほかない。

第4結論

以上の次第で,原告の被告八王子税務署長に対する請求は主文第1項の限度で理由があるから認容し,同被告に対するその余の請求及び被告国税不服審判所長に対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,64条本文を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 古田孝夫 裁判官 潮海二郎)

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