東京地方裁判所 平成16年(行ウ)438号 判決 2006年3月03日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告が原告に対し平成13年8月30日付けでした特別土地保有税非課税土地認定等非該当認定処分を取り消す。
第2事案の概要
本件は,土地を売買によって取得し,その後信託によって当該土地の所有権を受託者に移転した原告が,当該土地の取得に係る特別土地保有税について,地方税法(平成14年法律第17号による改正前のもの。以下単に「法」という場合は,同法による改正前の地方税法を指すものとする。)601条1項の規定に基づく納税義務の免除を受けるために,同項に規定する,「その所有する土地」を非課税土地として使用し,又は使用させようとすることについての認定を被告に対して求めたところ,被告から,当該土地が原告の所有する土地でないことを理由として,同項の要件に該当しない旨の認定処分を受けたことから,当該土地は信託の委託者兼受益者である原告が実質的に所有するものであり,当該認定処分は同項の解釈適用を誤った違法があると主張して,その取消しを求める事案である。
1 特別土地保有税に関する法令の定め
(1) 通則(法第3章第8節第1款)
ア 納税義務者等(法585条)
(ア) 特別土地保有税は,土地又はその取得に対し,当該土地所在の市町村(都の特別区の存する区域においては都。以下同じ。法734条1項)において,当該土地の所有者又は取得者(以下法第3章第8節において「土地の所有者等」という。)に課する(法585条1項)。
(イ) 土地に対して課する特別土地保有税に関する規定は,土地の所有者が所有する土地で法599条1項の規定により申告納付すべき日の属する年の1月1日において当該土地の取得をした日以後10年を経過したものについては,適用しない(法585条3項)。
イ 非課税(法586条・587条)
(ア) 市町村は,法586条2項各号に掲げる土地又はその取得に対しては,特別土地保有税を課することができない(同項)。同項各号に掲げる土地として,建築基準法59条の2第1項の規定による許可(いわゆる総合設計許可)を受けた建築物の敷地の用に供する土地(20号の3)がある。
法586条2項各号に掲げる土地であるかどうかの判定は,法599条1項1号の特別土地保有税にあっては同項の規定により申告納付すべき日の属する年の1月1日,同項2号又は3号の特別土地保有税にあっては同項の規定により申告納付すべき日の属する年の1月1日又は7月1日(これらの日前に当該土地が他の者に譲渡されている場合には,当該譲渡の日)の現況によるものとする(法586条4項)。
(イ) 市町村は,土地の所有者が所有する土地で,その取得が法73条の7各号の取得に該当するもののうち政令で定めるものに対しては,土地に対して課する特別土地保有税を課することができず(法587条1項),土地の取得で法73条の7各号の取得に該当するものに対しては,土地の取得に対して課する特別土地保有税を課することができない(法587条2項)。
法73条の7は,形式的な所有権の移転等に対する不動産取得税の非課税に関する規定であり,同条各号の取得として,委託者から受託者に信託財産を移す場合における不動産の取得(3号),委託者のみが信託財産の元本の受益者である信託により受託者から元本の受益者に信託財産を移す場合における不動産の取得(4号),信託の受託者が更迭した場合における新受託者による不動産の取得(5号)がある。
(2) 課税標準及び税率等(法第3章第8節第2款)
ア 課税標準(法593条)及び税率(法594条)
特別土地保有税の課税標準は,土地の取得価額とし(法593条1項),特別土地保有税の税率は,土地に対して課する特別土地保有税にあっては100分の1.4,土地の取得に対して課する特別土地保有税にあっては100分の3とする(法594条)。
イ 免税点(法595条)
市町村は,同一の者について,当該市町村の区域(都にあっては,その特別区の区域。法737条2項)内において,法599条1項1号の特別土地保有税にあってはその者が1月1日に所有する土地(その土地に対して特別土地保有税を課することができない土地を除く。)の合計面積が,同項2号の特別土地保有税にあってはその者が1月1日前1年以内に取得した土地(その取得に対して特別土地保有税を課することができない土地を除く。)の合計面積が,同項3号の特別土地保有税にあってはその者が7月1日前1年以内に取得した土地(その取得に対して特別土地保有税を課することができない土地を除く。)の合計面積が,それぞれ法595条各号に定める面積(都の特別区の区域にあっては,2000m2。以下法第3章第8節において「基準面積」という。)に満たない場合には,特別土地保有税を課することができない。
ウ 税額(法596条)
特別土地保有税の税額は,次の各号に掲げる区分に応じ,当該各号に定める額とする。
(ア) 法599条1項1号の特別土地保有税 同条2項1号の課税標準額に法594条の税率を乗じて得た額から,当該額を限度として,同号の土地に対して市町村が課すべき当該年度分の固定資産税の課税標準となるべき価格に100分の1.4(固定資産税の標準税率。法350条1項)を乗じて得た額の合計額を控除した額(法596条1号)
(イ) 法599条1項2号又は3号の特別土地保有税 それぞれ,同条2項2号又は3号の課税標準額に法594条の税率を乗じて得た額から,当該額を限度として,同項2号又は3号の土地の取得に対して道府県(都を含む。法1条2項)が課すべき不動産取得税の課税標準となるべき価格に100分の4(不動産取得税の標準税率。法73条の15)を乗じて得た額の合計額を控除した額(法596条2号)
エ 政令への委任(法597条)
法593条から法596条までの規定の適用に関し必要な事項は,政令で定める。
(3) 申告納付等(法第3章第8節第3款)
ア 申告納付(法599条1項)
特別土地保有税の納税義務者は,次の各号に掲げる特別土地保有税の区分に応じ,当該各号に定める日までに,当該特別土地保有税の課税標準額及び税額その他の総務省令で定める事項を記載した申告書を市町村長(都の特別区の存する区域においては都知事。以下同じ。法734条1項)に提出するとともに,その申告した税額を当該市町村に納付しなければならない。
(ア) 1月1日において基準面積以上の土地を所有する者に係る土地に対して課する特別土地保有税 その年の5月31日(法599条1項1号)
(イ) 1月1日前1年以内に基準面積以上の土地を取得した者に係る土地の取得に対して課する特別土地保有税 その年の2月末日(法599条1項2号)
(ウ) 7月1日前1年以内に基準面積以上の土地を取得した者に係る土地の取得に対して課する特別土地保有税 その年の8月31日(法599条1項3号)
イ 課税標準額(法599条2項)
法599条1項の課税標準額は,次の各号に定めるところによる。
(ア) 法599条1項1号の特別土地保有税にあっては,同号に規定する者が1月1日において所有する土地(その土地に対して特別土地保有税を課することができない土地を除く。)の取得価額の合計額(同条2項1号)
(イ) 法599条1項2号の特別土地保有税にあっては,同号に規定する者が同号に規定する期間内に取得した土地(その取得に対して特別土地保有税を課することができない土地及び土地の取得に対して課する特別土地保有税を既に申告納付した,又は申告納付すべきであった土地を除く。)の取得価額の合計額(同条2項2号)
(ウ) 法599条1項3号の特別土地保有税にあっては,同号に規定する者が同号に規定する期間内に取得した土地(その取得に対して特別土地保有税を課することができない土地及び土地の取得に対して課する特別土地保有税を既に申告納付した,又は申告納付すべきであった土地を除く。)の取得価額の合計額(同条2項3号)
ウ 納税義務の免除等(法601条)
市町村は,土地の所有者等が,その所有する土地を法586条2項の規定の適用がある土地(同項8号及び23号から25号の2までに掲げる土地並びに同項28号から30号までに掲げる土地の各一部を除く。以下法601条において「非課税土地」という。)として使用し,又は使用させようとする場合において,市町村長が当該事実を認定したところに基づいて定める日から原則として2年を経過する日までの期間(以下法601条において「納税義務の免除に係る期間」という。)内に当該土地を非課税土地として使用し,又は使用させ,かつ,これらの使用が開始されたことにつき市町村長の確認を受けたときは,当該土地に係る特別土地保有税に係る地方団体の徴収金(納税義務の免除に係る期間に係るものに限る。)に係る納税義務を免除するものとする(法601条1項)。
市町村長は,法601条1項の認定をした場合には,納税義務の免除に係る期間を限って,当該土地に係る特別土地保有税に係る地方団体の徴収金の徴収を猶予するものとする(法601条3項前段)。
(4) 政令(地方税法施行令。以下単に「令」という場合は,同令を指すものとする。)の定め
ア 信託等により取得した土地で土地に対して課する特別土地保有税を課することができないもの(令54条の32第2項)
法587条1項に規定する土地で,その取得が法73条の7各号(6号を除く。)の取得に該当するもののうち政令で定めるものは,当該土地のうち,当該取得の直前において非適用土地であった土地とする(令54条の32第2項2号)。
非適用土地とは,特別土地保有税が課されていた,又は課されるべきであった土地(法586条(非課税)及び595条(免税点)の規定の適用がなかったとしたならば特別土地保有税が課されるべきであった土地を含む。)以外の土地をいう(令54条の32第2項1号)。
イ 信託財産である土地に係る基準面積の特例(令54条の36第3項・4項)
信託の委託者に係る法595条の規定の適用については,当該信託の受託者が所有する当該信託に係る信託財産である土地(当該土地のうち非適用土地を除く。)は,当該信託の委託者が所有するものとみなす(令54条の36第3項)。
信託の受託者が所有する土地のうちに信託財産である土地がある場合における当該信託の受託者に係る法595条の規定の適用については,当該信託の委託者について同条の規定を適用した場合において,その者の所有する土地(令54条の36第3項の規定によりその者が所有するものとみなされる土地を含む。)の合計面積が基準面積に満たないときは,当該信託財産である土地は,基準面積の判定の基礎となる当該信託の受託者の所有する土地に含めないものとする(令54条の36第4項)。
ウ 信託の受託者に係る税額の算定の特例(令54条の39)
信託の受託者が所有する土地のうちに信託財産である土地がある場合における当該信託の受託者に係る法596条1号の規定の適用については,当該信託の委託者について法595条の規定を適用した場合において,その者の所有する土地(令54条の36第3項の規定によりその者が所有するものとみなされる土地を含む。)の合計面積が基準面積に満たないときは,当該信託財産である土地の取得価額は特別土地保有税の課税標準額に,当該信託財産である土地に係る固定資産税の課税標準となるべき価格は特別土地保有税に係る固定資産税の課税標準となるべき価格に,それぞれ含めないものとする。
2 前提となる事実(当事者間に争いがない。)
(1) 本件信託等の経緯
ア 別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)は,昭和58年に火災により多数の死傷者を出した旧ホテル・Aの跡地であり,火災後長期間にわたり廃墟の状態で放置されていたところ,平成7年に,同ホテルに多額の融資をしていたB相互会社(以下「B」という。)が,子会社であるC株式会社(以下「C」という。)を通じて競売落札により本件土地を取得し,建物の残骸を取り壊すに至った。
Bは,平成11年にD株式会社と共同して本件土地上に地上38階,地下3階の高層ビル(以下「本件建物」という。)を建築することを決定し,平成14年6月の完成を目指して,平成11年6月に着工したが,平成12年10月に,B自身が経営難から更生手続開始の申立てをするに至ったため,平成13年4月3日に,本件土地及び建築中の本件建物並びに建築工事請負契約の発注者の地位を原告に譲渡した。
イ 原告は,本件土地及び本件建物の取得,管理を目的として,E株式会社とF株式会社が共同して平成13年3月13日に設立した米国法人(G)である。
原告は,平成13年4月3日,本件土地をCから売買により取得した後,同日付けで,本件土地につき,H銀行株式会社(以下「H銀行」という。)との間で,原告を委託者兼受益者,H銀行を受託者とする信託契約を締結し,信託を原因としてH銀行への所有権移転登記をした(以下これを「本件信託」という。)。
ウ 本件建物(I)は,平成14年11月1日に完成し,同年11月29日付けで原告が所有権保存登記をした後,同日付けで,原告を委託者兼受益者として,H銀行に信託された。
(2) 本件処分等の経緯
ア 本件土地を原告が取得した際には,本件建物が建築中であったが,本件建物は,平成10年12月1日付けで東京都知事から建築基準法59条の2第1項の規定による許可を受けた建築物であり,これが完成すれば,本件土地は同建築物の敷地の用に供する土地として法586条2項20号の3に規定する非課税土地に当たるものであった。
そこで,原告は,平成13年8月24日,東京都知事の権限の委任を受けた被告に対し,本件土地につき,平成12年7月1日から平成13年6月30日までの土地の取得に対して課する特別土地保有税の納付申告書を提出するとともに,本件土地を非課税土地として使用し,又は使用させようとすることについての法601条1項及び東京都都税条例(以下単に「条例」という。)151条1項(法601条1項と同じ内容のもの)の認定を受けるため,特別土地保有税非課税土地認定申請書を提出した(以下これを「本件申請」という。)。
イ 被告は,本件申請に対し,平成13年4月3日の本件信託により本件土地の所有権が原告からH銀行に移転していることを理由として,本件土地が法601条1項及び条例151条1項(以下単に「法601条1項」という。)の規定に該当しないものと認め,同年8月30日,原告に対し,その旨を通知した(以下この通知による非該当認定の処分を「本件処分」という。)。
そのため,原告は,本件土地の取得に係る特別土地保有税として,金3億0868万4400円を納付した。
ウ 原告は,平成13年10月26日,東京都知事に対し,本件処分の取消しを求める審査請求をしたが,東京都知事は,平成16年6月29日付けで,当該審査請求を棄却する旨の裁決をし,同裁決は,同年7月5日に原告に送達された。
そこで,原告は,平成16年9月28日,本件訴訟を提起した。
エ 本件信託の受託者であるH銀行は,平成14年5月29日,被告に対し,本件土地につき,平成14年度の土地に対して課する特別土地保有税の納付申告書及び特別土地保有税非課税土地認定申請書を提出し,同年7月18日付けで,法601条1項の規定に基づき,納税義務の免除に係る期間を同年5月31日から平成16年5月31日までとする徴収猶予の取扱いを受けた。
3 争点及び当事者の主張
本件の争点は,本件信託の委託者兼受益者である原告にとって,信託財産である本件土地が,法601条1項にいう「その所有する土地」に該当するか否かである。
(1) 被告の主張
ア 特別土地保有税は,土地又はその取得に対し,当該土地の所有者又は取得者に課されるものであるところ,土地の取得に対するものは,いわゆる流通税に属し,土地の移転の事実自体に着目して課されるものであり,土地に対するものは,いわゆる財産税に属し,取得に引き続いて土地を所有している事実自体に着目して課されるものであって,いずれも土地の取得者又は所有者がその土地を使用,収益,処分することにより得られるであろう利益に着目して課されるものではない。以上によれば,法585条1項にいう土地の取得とは,所有権の移転の形式により土地を取得するすべての場合を含み,その経過的事実に則してとらえた土地所有権取得の事実をいうものと解するのが相当であり,土地の所有についても同様に解するのが相当である(最高裁平成14年12月17日第三小法廷判決・判例時報1812号76頁)。
そうすると,法585条1項に基づく納税義務の発生を前提として納税義務の免除を定めた法601条1項についても,土地の所有権が形式的に移転したか,実質的に移転したかということに着目して解釈するのではなく,原告が,所有権移転の形式により「土地を取得した」か否か,あるいは,「土地を所有する」に至ったか否かに着目して解釈すべきである。
本件土地の所有権は,平成13年4月3日の本件信託により,既に原告からH銀行に移転しており,本件申請がされた同年8月24日の時点では,本件土地は原告の所有する土地ではなかったのであるから,本件土地は,納税義務者である原告にとって法601条1項に規定する「その所有する土地」に該当せず,同項の定める徴収猶予及び納税義務の免除の要件を満たしていない。
イ 法は,信託による受託者について,信託による所有権移転が形式的な所有権移転であるとして,受託者の土地の取得に係る特別土地保有税について例外的に非課税扱いとしている(法587条2項,法73条の7第3号)にすぎず,委託者から受託者に信託財産を移した場合にも,法601条1項の免除要件との関係で委託者が依然として所有者であることを認める規定は存在しない。法令の解釈において,通則的な規定における用語の解釈が各論的な規定においても適用されることは解釈の基本であるから,各則規定である法601条等における「土地の取得」「土地の所有」の意義については,法に特別の定めがない限り,通則規定である法585条1項における「土地の取得」「土地の所有」の解釈と同様に解釈されるべきものである。また,非課税規定及び免除規定は,課税の例外規定であるから厳格に解釈すべきものであって,みだりに類推解釈や拡張解釈をすべきではない。
したがって,仮に法587条が原告の主張する信託導管論を根拠とするものであったとしても,委託者兼受益者についても法601条1項の免除要件が充足される旨の原告の主張は,法の規定にない免除要件を主張するものであって,失当である。
(2) 原告の主張
ア 被告が引用する最高裁判決の基準に従えば,信託による所有権の移転は,特別土地保有税の課税の原則を規定する法585条1項の「土地の取得」に含まれ,本件土地は,まず原告が取得し,その後,H銀行が取得したことになるところ,このこと自体は原告も争うものではない。
しかしながら,法601条のような徴収猶予・免除の規定については,課税要件の画一的・形式的適用により納税義務を負った者について,そのままでは法の制度趣旨からみて不当な結果が生じることになるため,実質的に利益衡量を反映させて,別個に徴収猶予・免除を定めたものであるから,法が当該規定を設けた制度趣旨を基礎とした実質的な解釈がなされるべきである。
また,特別土地保有税は,土地の投機的取得の抑制及び土地の有効利用の促進を目的とした政策的側面の強い税であり,土地の所有に対して実質的なペナルティを課したといっても過言でないものである。このような税金の課税要件・免除要件については,法の立法趣旨,政策目的及び制度全体とのバランスを考慮し,罪刑法定主義(予測可能性の担保)の見地から謙抑的な認定・判断がされるべきである。
さらに,特別土地保有税は,昭和48年の創設以来,数次にわたって,徴収猶予・免除の対象・範囲が拡大され続け,ついに平成15年以降は新たな課税が停止されるに至っているという状況からしても,特別土地保有税の課税対象は制限的に解釈されるべきである。
イ 原告は,本件信託の委託者兼受益者として,信託法上,信託財産である本件土地につき直接的に,及び受託者を通じて間接的にその管理処分に関する各種の権能を有しており,民法206条が所有権の内容として規定するとおり,本件土地の「使用,収益及び処分」をしていたのであるから,法的観点からみても,本件土地の所有者であるといえる。
また,本件信託後も,本件土地の占有を継続して,信託時に本件土地上に建築中であった本件建物を完成させたのは原告であったから,実態上の観点からみても,本件信託後に本件土地を占有支配して所有していたのは,原告というべきである。
特に,本件信託は,長年にわたって有効利用されることのなかった焼失ホテルの跡地の開発を原告が引き継ぎ,大規模な事務所,店舗及び賃貸住宅の総合ビルとして再生する計画の一環として行われたものであるから,まさしく特別土地保有税の制度目的である土地の有効利用を促進するものであり,投機的取引でないことは明白である。
ウ 税法における信託の取扱いをみると,所得税,法人税,相続税,贈与税,消費税,都道府県民税,事業税及び市町村民税等においては,信託財産の所有者は受益者(受益者が不特定又は不存在の場合は委託者)とみなされており,信託課税の実際の個々の場面においても,不動産取得税及び登録免許税において信託が形式的な所有権の移転として非課税とされるなど,信託導管論(信託は受益者に所得を分配する導管に過ぎず,信託財産は実質的に信託の受託者ではなく,当該信託の受益者がこれを保有しているものとみなす考え方)の原則が貫かれている(なお,固定資産税については,登記簿上の所有者である受託者が納税義務者となっているが,これは,固定資産税は,実質上の所有者が誰であるかを問わず,固定資産自体に課せられる税であるからであり,また,当該税額は,信託財産に関する必要経費として処理され,最終的な負担者は受益者となるのであるから,実質的にみても,このような措置は信託導管論と相反するものではない。)ことに加え,特別土地保有税に関しても,法は,信託の実質面に着目し,「委託者を本来の所有者とみる考え方」を原則としているとともに,「委託者と受託者を一体的にみる考え方」を採用している。
すなわち,委託者から受託者に信託財産である土地を移す場合においては,土地の取得に対して課する特別土地保有税は非課税とされ(法587条2項),当該土地が受託者による取得の直前に非適用土地であったときには,土地に対して課する特別土地保有税もまた非課税とされているが(法587条1項,令54条の32第2項2号),これは,法が,信託を形式的所有権の移転と捉えるとともに,受託者が委託者の「非適用土地の所有者である」という法的地位を承継することを認めていると理解できるのであり,これらの規定は,法が「委託者を本来の所有者とみる考え方」及び「委託者と受託者を一体的にみる考え方」を採用していることを示すものであるのみならず,これらの規定が法第3章第8節第1款の「通則」の部分に規定されていることによって,法がこのような考え方を原則とすることを明示するものである。
また,信託財産である土地については,基準面積の判定に当たり,まず委託者の所有する土地とみなして判定した上で,基準面積以上となる場合に限り,当該信託財産である土地を受託者の所有土地として判定の基礎にするものとされ(令54条の36第3項,4項),さらに,委託者について基準面積に満たないときは,当該信託財産である土地の取得価額及び当該土地に係る固定資産税の課税標準となるべき価格は,土地に対して課する特別土地保有税の税額算定の基礎に含めないこととされているが(令54条の39),これは,法が,特別土地保有税に関して,納税義務者の形式面においては,「所有者」を形式により把握して受託者としているものの,負担を生じさせるべきか否かという納税義務の実体部分に関しては,「本来の所有者が委託者であること」に着目しているのであり,この考え方は,「委託者と受託者を一体的にみる考え方」にも通ずるものである。
エ 以上によれば,信託財産である本件土地は,委託者兼受益者である原告が実質的に所有するものであり,法601条1項にいう「その所有する土地」に該当すると解すべきである。
第3当裁判所の判断
1 法585条1項は,土地に対して課する特別土地保有税は,当該土地の所有者に課するものと規定し,法587条1項は,土地の所有者が所有する土地で,その取得が,委託者から受託者に信託財産を移す場合における不動産の取得(法73条の7第3号)に該当するものに対しても,政令の定めがない限り,原則として,土地に対して課する特別土地保有税を課する旨を規定している。これらの規定を文理に忠実に解釈すれば,これらの規定にいう「土地の所有者」とは,信託財産である土地については,信託の受託者を指すものであり,信託の受託者は,その「所有する土地」である当該土地について,土地に対して課する特別土地保有税の納税義務を負担するということになる(この点は当事者間でも争いがない。)。
ところで,同じ法律中に同一の用語が用いられている場合には,特別の定めがあるか,又は他の規定との関係で矛盾抵触を生じない限り,原則として,同一の意義を有するものと解するのが相当であるところ,法601条1項にいう「所有する土地」について,法587条1項の「所有する土地」と異なる意義であることを定めた特別の規定は存在せず,また,これらの用語を同一の意義に解したとしても,他の規定との関係で矛盾抵触を生じることはない。したがって,信託財産である土地について,これを「その所有する土地」であるとして法601条1項の規定に基づく特別土地保有税の納税義務の免除を受けられる者は,信託の委託者ないし受益者ではなく,信託の受託者であるというべきである。
原告は,所得税を始めとする各種租税における信託の取扱いを例に挙げて,「信託導管論」が租税分野における一般的な取扱いとして確立されているのであるから,特別土地保有税の課税においても,当然にこの考え方が採用されるべきであるという趣旨の主張もしているが,原告自身も自認するとおり,固定資産税は,委託者ないし受益者ではなく受託者に課されることとなっているなど(原告は,固定資産税は土地に対して課せられる租税であるから特別であるという趣旨の主張をしているが,信託導管論が租税分野において当然に適用されるものであるならば,信託の登記においては委託者及び受益者に関する事項も登記事項とされている以上(不動産登記法97条),委託者ないし受益者に対する固定資産税課税が回避される理由はないはずである。),租税分野において,信託導管論に基づく取扱いが常に要求されているものとはいい難いし,特別土地保有税に関しても,信託導管論が貫かれているわけではないことも上記のとおりである以上,原告の上記主張を採用することはできない。
2 原告は,法が,特別土地保有税に関して,信託の実質面に着目し,「委託者を本来の所有者とみる考え方」を原則としているとともに,「委託者と受託者を一体的にみる考え方」を採用していると主張し,その根拠として,①信託による土地の取得の場合には,土地の取得に対して課する特別土地保有税は非課税とされ(法587条2項),当該土地が受託者による取得の直前に非適用土地であったときには,土地に対して課する特別土地保有税も非課税とされている(法587条1項,令54条の32第2項2号)こと,②信託財産である土地については,基準面積の判定に当たり,まず委託者の所有する土地とみなして判定した上で,基準面積以上となる場合に限り,当該信託財産である土地を受託者の所有土地として判定の基礎にするものとされ(令54条の36第3項,4項),委託者について基準面積に満たないときは,当該信託財産である土地の取得価額等を土地に対して課する特別土地保有税の税額算定の基礎に含めないこととされている(令54条の39)ことを挙げる。
そこで,まず①の点について検討すると,不動産取得税に関する法73条の7が,信託による不動産の取得を非課税としている趣旨については,信託の場合,法律上は所有権の移転があるが,本来その所有権を移転させること自体が意図されているのではなく,所有権の移転は単なる経済的手段としての意味しか存しないためであると説明されているところ(甲17),法587条2項が,法73条の7を引用して,信託による土地の取得について,土地の取得に対して課する特別土地保有税を非課税としているのも,特別土地保有税の課税の趣旨が,土地の投機的取引を抑制し土地の有効利用を促進するために特別の税を課することにある(甲11)ことにかんがみ,上記のような性質を有する信託による土地の取得に対しては,特別の課税をする必要がないとの立法判断によるものと解される。しかしながら,法587条が,信託財産である土地について,特別土地保有税を一般的に非課税としているのは,土地の取得に対するもののみであって(同条2項),前記のとおり,土地に対して課する特別土地保有税については,政令の定めがない限り,原則としてこれを課することとされており(同条1項),これに基づいて制定されている令54条の32第2項2号においても,信託財産である土地のうち,土地に対して課する特別土地保有税を課することができないものは,信託による取得の直前において非適用土地であった土地,すなわち,取得後10年を経過し法585条3項の規定により適用除外となる土地等に限られているのであって,これらのことからすれば,法は,信託財産である土地についても,信託前においては信託の委託者が,信託後においては信託の受託者が,それぞれ当該土地の「所有者」として,土地に対して課する特別土地保有税の納税義務を負担することを原則としているものと解されるのである。したがって,法は,所有権を移転するという信託の法的性質に即して,信託の前後における「所有者」を明確に区別しているのであるから,「委託者を本来の所有者とみる考え方」や「委託者と受託者を一体的にみる考え方」が一般的に採用されていると解することはできず,また,これらの考え方を,特別土地保有税の納税義務を免除する場面で当然に適用すべきであると解することも困難である。
また,②の点についても,基準面積の特例に関する令54条の36第3項及び4項の規定,並びに税額の算定の特例に関する令54条の39の規定は,基準面積を満たすかどうかの判定及び税額の算定の場面に限られた特則であるから,これによって,「委託者を本来の所有者とみる考え方」や「委託者と受託者を一体的にみる考え方」が,特別土地保有税の非課税ないし納税義務の免除の場面における法の一般的な考え方であると解することはできないものというべきである。
むしろ,特別土地保有税の課税の趣旨が,土地の投機的取引を抑制し土地の有効利用を促進するために特別の税を課することにあるとしても,そのためにどのような制度を具体的に設けるかは,立法政策の問題であるところ,前記のとおり,法が,信託財産である土地について,信託の特殊性に応じた一般的な特則を設けるのではなく,特別土地保有税の非課税並びに基準面積及び税額の算定等に関して個別的に特則を置いていることからすると,個々の場面に応じて特例を設けるかどうかを定めるというのが法の趣旨であると考えられるのであるから,法601条1項の納税義務の免除に関しては,その要件である「所有する土地」という用語の意義について,政令への委任を含め何らの特別の規定も置いていない以上,同項の適用に関しては,所有権の形式的な帰属に基づいて判断をするのが,法解釈としては素直であるといわざるを得ない。
3 原告は,法的観点からみても,本件土地の占有を継続し本件建物を完成させたという実態上の観点からみても,本件土地の所有者は原告であるといえるし,本件信託は,土地の投機的取引ではなく,土地の有効利用を促進するものであるから,特別土地保有税の制度趣旨からしても,原告に対して納税義務の免除を認めるべきであると主張する。
しかしながら,法的観点からいうと,信託とは,委託者の特定財産を受託者に移転し,その財産を一定の目的のために管理させ,これから得られる利益を受益者に受けさせる契約であり(信託法1条等参照),信託財産の所有権は,委託者から受託者に移転するものであるから,法律上は,受託者(本件信託においてはH銀行)が信託財産の所有者であるといわざるを得ない。
また,実態上の観点からしても,原告が本件信託後も本件土地の占有を継続して本件建物を完成できたのは,本件信託の信託条項に,「信託建物の建設の目的のため,建築工事請負契約の発注者である当初委託者及び施工業者であるD株式会社に,信託土地を無償使用させる。」との定めがあったこと(甲18の2)によるものであり,要するに原告による占有は受託者であるH銀行が付与した使用借権に基づくものであったというべきであるから,原告を所有者とみなければ本件土地の占有の実態が説明できないというわけではない。
さらに,本件信託が,特別土地保有税の制度趣旨である土地の有効利用の促進に資するものであるとする点も,前記のとおり,制度趣旨を実現するための具体的な法制度は一義的に決まるものではないのであって,制度趣旨に合致するというだけでは,原告に法601条1項を適用すべきであることの十分な根拠とはなり得ない。
4 原告は,ペナルティとしての課税の予測可能性を担保するという見地や,特別土地保有税の制度が徴収猶予及び免除を拡大する方向で改正され続け,ついには新たな課税が停止されるに至っているという状況からして,特別土地保有税の課税対象は制限的に解釈すべきであるとも主張する。
しかしながら,前記のとおり,法585条1項及び法587条1項の規定を文理に忠実に解釈すれば,信託財産である土地を「所有する」のは信託の受託者であることが明らかとなるのであるから,文言解釈上これと異なる解釈をすべき理由のない法601条1項の解釈において,信託財産である土地を受託者の「所有する土地」と解することが,予測可能性という点で特に不都合な解釈であるとはいい難い。
また,前記のとおり,特別土地保有税の具体的な制度設計及びその変更は,その時々の立法判断によるものであり,特別土地保有税の性質上当然に課税対象が制限されるべきであるというものではないから,特別土地保有税の制度改正の経緯を根拠として納税義務の免除要件を緩やかに解すべきであるとする原告の主張も,理由のないものというべきである。
5 以上のことからすると,本件信託の受託者ではない原告にとって,本件土地は法601条1項にいう「その所有する土地」に該当しないものというべきであるから,本件土地が同項の納税義務の免除の要件に該当しないとした本件処分は適法である。
第4結論
以上の次第で,原告の請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 古田孝夫 裁判官 潮海二郎)