東京地方裁判所 平成16年(行ウ)474号 判決 2005年12月07日
原告
ブライト証券労働組合
同代表者執行委員長
A
同訴訟代理人弁護士
水口洋介
同
菅俊治
同
上条貞夫
被告
東京都労働委員会
同代表者会長
B
同訴訟代理人弁護士
北村忠彦
同指定代理人
成川美恵子
同
鬼澤岳志
被告参加人
ブライト証券株式会社(以下「参加人ブライト証券」という)
同代表者代表取締役
C
被告参加人
株式会社実栄(以下「参加人実栄」という)
同代表者代表取締役
D
上記二名訴訟代理人弁護士
髙津幸一
同
髙橋一郎
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、参加によって生じたものを含め、すべて原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が、都労委平成一四年不第九八号不当労働行為救済命令申立事件について、平成一六年七月六日付けでした命令を取り消す。
第二事案の概要
原告は、平成一四年一〇月、被告に対し、<1>参加人実栄が原告のした団体交渉申入れに応じなかったこと、<2>参加人ブライト証券が原告との団体交渉において誠意をもって対応しなかったことが、いずれも労働組合法(以下「労組法」という)七条二号の不当労働行為に当たるとして、救済の申立てをした(以下「本件申立て」という)が、被告は、別紙のとおり、平成一六年七月六日付けで本件申立てを棄却する命令を発した(以下「本件命令」という)。
本件は、これを不服とする原告が本件命令の取消しを求める事案である。
1 前提となる事実(特に証拠を掲記しない事実は、当事者間に争いがないか弁論の全趣旨により認められる)
(1) 当事者等
ア 参加人実栄(旧商号実栄証券株式会社)は、証券業、投資業、不動産の売買、賃貸、管理業の事業を目的とした会社の株式を所有することにより、当該会社の事業活動を支配・管理することや有価証券の保有及び運用等を目的とする事業持株会社である。
参加人実栄は、昭和二四年に設立され、東京証券取引所の才取会員(同取引所において正会員間の売買を媒介する業務を行う証券会社)として、主に、同取引所の開設する市場における有価証券の売買、有価証券指数先物取引及び有価証券オプション取引の媒介業者を営んでいたが、平成一一年四月以降、同取引所の取引方法が立会による売買からシステムによる売買に移行したため、平成一三年三月をもって才取業務から撤退し、同年四月一日付けで、目的を上記のとおり変更するとともに、商号を現商号に変更した。
平成一三年四月一日当時、参加人実栄の一〇〇パーセント子会社として、参加人ブライト証券のほかに、実栄キャピタル株式会社(以下「実栄キャピタル」という)及び永和保全株式会社(以下「永和保全」という)が存在したが、同年一〇月一日、実栄キャピタルと永和保全が合併し、実栄キャピタルとなった。
イ 参加人ブライト証券は、有価証券の売買、有価証券指数等先物取引又は外国市場証券先物取引等を目的として平成一二年一〇月二日に設立された資本金一四億円の株式会社であり、主に投資信託の販売を業とし、その株式の一〇〇パーセントを参加人実栄が所有している。
平成一四年一〇月の本件申立て当時、参加人ブライト証券の正社員数は約四〇名、契約社員数は約一〇名であった。
ウ 原告は、参加人ブライト証券の従業員で組織された労働組合であり、平成一四年一〇月当時の組合員数は二八名である。
(2) 参加人ブライト証券の設立と従業員の転籍
ア 参加人実栄は、前記(1)アのとおり、東京証券取引所の取引方法の変更に伴い、平成一三年三月をもって才取業務からの完全撤退が予定されたことから、新規事業の開拓と従業員の雇用の受け皿とすることを目的に、平成一二年三月実栄キャピタルを設立し、同年六月に永和保全を一〇〇パーセント子会社とし、同年一〇月に参加人ブライト証券を設立した。(書証(略)、弁論の全趣旨)
イ 参加人実栄は、平成一三年一月一一日、説明会を開催し、全従業員を対象に転籍・希望退職者優遇制度を実施することを発表した。同説明会において、永和保全の代表取締役Eは、転籍後の労働条件のうち給与について、一年目は転籍前の基準内賃金と同じ額を転籍後の各子会社において支給し、二年目以降は部長職が年俸三六〇万円(月額三〇万円)、リーダー職が年俸三〇〇万円(同二五万円)、一般職が二四〇万円(同二〇万円)及び歩合給を支給する旨口頭で説明した(以下「本件説明会」という)。
ウ そして、参加人実栄は、平成一三年二月一日から同月一六日までの間、子会社への転籍者及び希望退職者を募集した。その結果、当時参加人実栄に在籍していた従業員七九名(既に同年三月末日付け退職が決まっていた特別休暇中の者及び定年退職予定者計三八名を除く)は、全員が同年三月末日付けで退職し、このうち五一名が翌四月一日付けで参加人ブライト証券へ転籍した(以下「本件転籍」という)。(書証略)
エ 本件転籍に先立つ平成一三年一月三一日、参加人実栄と同社従業員で組織される労働組合との間で、転籍者・希望退職者優遇措置等に関する協定が締結され、同協定において、転籍者の給与は同年三月一〇日現在の基準内賃金を同年四月から平成一四年三月まで各転籍子会社において支給すること(以下「現給保障」という)が合意された。(書証略)
(3) 原告の結成と原告・参加人ブライト証券間の当初の労使交渉経緯
ア 平成一四年三月八日、参加人ブライト証券の従業員二九名により原告が結成され、原告は、同月一一日、参加人ブライト証券に対し、平成一四年度賃金に関する団体交渉を申し入れた。(書証略)
イ 平成一四年三月二〇日、参加人ブライト証券は、平成一四年度の従業員の年俸を一般職二四〇万円(月額二〇万円)、リーダー職三〇〇万円(月額二五万円)、部長職三六〇万円(月額三〇万円)とすること(以下、一括して「本件金額」という)を発表した。(書証略)
ウ 平成一四年三月二八日、原告・参加人ブライト証券間において、平成一四年度賃金を議題とする第一回の団体交渉が開催された。この席で、参加人ブライト証券は、<1>平成一四年度の賃金は上記イのとおりとしたいこと、<2>転籍前の説明会で二年目以降の賃金を本件金額とすることは従業員に十分説明したと聞いており、従業員は本件金額を承知して転籍したと認識していること、<3>協議をするのであれば本件金額がベースになると述べた。これに対し、原告は、転籍前に平成一四年度賃金を本件金額とする話はあったが了承はしていない、本件金額は切りつめても生活していける水準ではないと主張した。(書証略)
エ 平成一四年四月四日、第二回団体交渉が開催され、原告は、転籍前の労使交渉の議事録、協定書、転籍同意書などにも本件金額の合意はなく、組合員の意見も二年目の賃金は転籍先での協議事項であるとの意見が圧倒的であると主張した。これに対し、参加人ブライト証券側は、再度上記ウの<1>ないし<3>の見解を示した上、平成一三年度の業績は収益六〇〇〇万円に対し支出六億三〇〇〇万円で差引五億七〇〇〇万円の赤字であること、赤字のほとんどが人件費であって約四億五〇〇〇万円に上っていること、平成一四年度の収支計画でも、収益は努力目標であるディーリング収益四億〇二〇〇万円を含めて四億一二〇〇万円を計上しているが、支出が五億一五〇〇万円(うち人件費が月額給与二〇万円で試算して約三億一〇〇〇万円)で、営業損益一億〇三〇〇万円のマイナス見込みであることなど、会社の財務状況を説明して本件金額をベースに協議することを求めたが、原告は、生活できる水準の金額ではないとしてこれを拒絶したため、交渉は平行線を辿り、同月二三日に開催された三回目の団体交渉においても、同様の経過で、平成一四年度賃金に関する話合いは進展しなかった。(書証略)
オ 参加人ブライト証券は、平成一四年四月二五日、原告組合員も含めた従業員に対し、本件金額により同年四月分給与を支給し、原告組合員は、同参加人に対し、今後団体交渉等で決定する賃金の一部としてこれを受領する旨通告した。(書証略)
カ 原告は、平成一四年五月一日付けの要求書で、参加人ブライト証券に対し、平成一四年度賃金を平成一三年度賃金と同額とし、少なくとも、交渉が妥結に至るまでの間の賃金は平成一三年度実績賃金とすること等を要求した。これを受けて、同月七日に四回目の団体交渉が開催されたが、席上、参加人ブライト証券は、平成一四年度賃金(年俸)を一般職二四〇万円(月額二〇万円)、リーダー職三〇〇万円(月額二五万円)とすること等を文書で回答した。(書証略)
(4) 参加人ブライト証券に対する「質問書および団体交渉申入書」の送付とその後の労使交渉経過
ア 原告は、参加人ブライト証券に対し、平成一四年六月一一日付け「質問書および団体交渉申入書」(書証(略)。以下「甲申入れ」という)を送付し、概要下記の質問に対し団体交渉の場で回答することを要求した。
記
<1> ブライト証券設立の経緯説明と設立事由
<2> 目的達成のための中長期(三~五年)事業計画
<3> 親会社の役割と使命
<4> 会社設立資金(資本金等)の所有者と性質
<5> 経営者理念(何のために、何を目的に経営をするのか)
<6> 財務諸表等資産状況資料の開示
<7> 社員に生活できない賃金を提示しているが、その数字的根拠等
イ 参加人ブライト証券は、甲申入れに対し、平成一四年六月二〇日に開催された団体交渉において概略下記のとおり回答した。
記
<1>’ 参加人実栄の基幹業務であった媒介業務が終結されたため、社員の雇用を確保することを目的として設立された。
<2>’ 証券会社の業務全般を行うには営業面や組織形態等がまだ未熟な状態なので、当面は投資信託の販売に特化した営業業務を行う。また、東京証券取引所の総合取引参加者の資格を獲得したことにより、ディーリング業務にも力を入れ、収益の柱として事業展開を図りたい。社員数は今のところこれ以上増やす考えはない。
<3>’ 親会社の役割は一般的には取締役の選任と解任に関することである。親会社の使命については述べる立場にはない。
<4>’ 資金二八億円の所有者は参加人ブライト証券であり、同参加人が資金運営を行っている。同参加人の株主は参加人実栄で一〇〇パーセントを保有している。
<5>’ 証券会社の社会的使命を認識し、証券市場の健全な発展に寄与し、社会及び証券業界に貢献する企業をめざす。
<6>’ 公衆の縦覧に供するための「業務及び財産の状況に関する説明書」等の財務状況資料はいつでも開示できる。
<7>’ 社員の努力により収益が上がることにより賃金が増額となるのであり、収益が上がらないのに高賃金を支払っていけば会社は立ちゆかなくなる。社員に支払う賃金については、基本的には参加人ブライト証券での収支状況、支払能力を勘案して提示している。
上記回答に対し、原告は、参加人ブライト証券は従業員の雇用を確保する目的で設立されたのであるから、生活できる賃金を支払うべきである、親会社は、一〇〇パーセント出資の子会社が赤字になれば当然支援していくと言っている等と主張して、従前と同様に生活できる給与の支給を求めた。しかし、参加人ブライト証券は、給与の基本的な考え方は会社の業績(収益)に応じた給与を支払うというものであって、生活できる給与というわけにはいかないとの見解を繰り返し、本件金額をベースにした交渉であれば前向きに考える旨述べた。
また、この席で、参加人ブライト証券は、原告が参加人実栄に対して甲申入れと同様の文書を送付したことが不適切であると非難する発言をし、原告は、本件賃金問題が解決しないのは参加人実栄が転籍時に問題を先送りにしたためである、参加人ブライト証券は親会社の意向を考慮しているとしか思えない等と反論した。(書証略)
ウ その後、平成一四年七月四日、同月一一日、八月九日、同月二三日に団体交渉が開催されたが、平成一四年度賃金について労使の合意に至らなかった。
この間、七月一一日の団体交渉において、参加人ブライト証券は、賃金月額(本俸)を一般職二三万円・リーダー職二八万円とし、歩合給率をアップするとの上積み回答をしたが、原告は、その回答額は生活できる給与とはいえないとして拒否し、八月九日の団体交渉において、組合決議による最終譲歩案であるとして、年俸を一般職四八〇万円(月額四〇万円)、リーダー職五四〇万円(月額四五万円)とすることを要求した。
参加人ブライト証券側は、八月一三日に行われた事務折衝において、原告側に対し、一年間に限定して賃金月額(本俸)を一般職三〇万円とする案での妥結可能性を内々に打診したが、原告側が上記最終譲歩案と開きがあるので難しいと述べたため、八月二三日に開催された団体交渉においては、八月九日に提示された原告側の最終譲歩案について、同案では年間九六〇〇万円の人件費増となり、平成一三年度の赤字が五億七〇〇〇万円、平成一四年度予算上も赤字一億円以上を計上している経営環境からすれば受諾し難いとして、これを拒否した。その上で、参加人ブライト証券は、事務折衝で示した解決案でも原告執行部が評価できないというのでは、団体交渉でこれを提示することはできないとして、従前の一般職二三万円・リーダー職二八万円の条件を再度提案するともに、「会社としては組合執行部がリーダーシップをとり、何とかまとめようとする気持ちがあれば最大限の努力はするつもりだ。基本的には、労使双方の話し合いによる解決を目指さなければならない」と述べたが、原告は「我々は一貫して生活できる賃金ということで交渉している」、「会社側の誠意が感じられない状況では、これ以上話し合いを継続しても解決するとは思えない。第三者機関に相談するつもりである」旨述べたため、労使の交渉は行き詰まった。(書証略)
エ 以上の経緯を経て、平成一四年九月六日、原告・参加人ブライト証券間で労使懇談会が開催されたが、平成一四年度賃金の妥結には至らなかった。
(5) 参加人実栄に対する「質問書・団体交渉申入書」の送付と同参加人の対応
ア 原告は、参加人ブライト証券に対する甲申入れと同時に、参加人実栄に対し、平成一四年六月一一日付け「質問書および団体交渉申入書」(書証(略)。以下「乙申入れ」といい、甲申入れと合わせ「本件申入れ」という)を送付し、概要下記の質問に対し団体交渉の場で回答することを要求した。
記
<1> ブライト証券設立の経緯説明と設立事由
<2> 実栄に残る資産の所有者と性質
<3> 親会社の役割と使命
(a) 子会社の経営者が社員に生活できる賃金を支給するつもりがないというのは、親会社の意向か。
(b) ブライト証券に、いつまでいくらまで出資するのか。
(c) ブライト証券が万が一立ち行かなくなった場合、社員はどうなるのか。当然、親会社の資産がある間は会社政策に協力してきた社員の生活の面倒を見ると考えているがそれでよいか。
<4> 会社政策に協力して転籍した者に対し、元の労働条件に比較してあまりに悪い条件を提示した理由
<5> 経営者理念
<6> 財務諸表等資産状況資料の開示
イ 参加人実栄は、原告に対し、平成一四年六月一四日付け文書により、「当社には貴組合加入者が在籍しておりませんので、団体交渉等を受ける意志のないことをご回答申し上げます」と回答した。(書証略)
(6) 本件訴訟に至る経緯及びその後の事情
ア 原告は、平成一四年一〇月、参加人らを被申立人として、被告に対し本件申立てをし、救済内容として、参加人ブライト証券に対しては甲申入れに誠意をもって回答し団体交渉を行うこと、参加人実栄に対しては団体交渉に応じることをそれぞれ命じ、併せて参加人らに陳謝文の掲示を命じること等を請求した。
イ これに対し、被告は、平成一六年七月六日付けで、本件申立てを棄却するとの本件命令を発し、同命令書は同年八月六日、原告に交付された。
ウ 原告は、平成一六年一一月四日、本件訴えを提起した。
エ 原告と参加人ブライト証券は、本件訴え提起後の平成一七年一月一八日付けで、賃金(本俸)を一般職二二万円、リーダー職二七万円とし、これを平成一六年一一月分給与より実施する旨の協定書を締結した(以下「本件協定」という)。(書証略)
2 争点
(1) 被救済利益の有無
(2) 参加人実栄が原告との関係で労組法七条二号の「使用者」に当たるか
(3) 参加人ブライト証券の交渉態度は労組法七条二号の不当労働行為に当たるか
3 争点に関する当事者の主張の要旨
(1) 争点(1)(被救済利益の有無)について
(参加人らの主張)
本件の団体交渉事項は平成一四年度賃金の決定にあるところ、本件協定の締結により、上記交渉事項は解決しているから、原告が救済を求めるべき利益は消滅した。
(原告の主張)
争う。原告は、参加人らに対し、本件申入れにより、労働条件を決定するに当たっての経営理念・経営方針・財務諸表等による資産状況等の説明を求め、労使対等の立場で団体交渉を行うというルールの確立を求めたものであるから、本件協定が締結されても、正常な集団的労使関係の確立という利益は消滅しない。
(2) 争点(2)(参加人実栄が労組法七条二号の「使用者」に当たるか)について
(原告の主張)
ア 参加人実栄は参加人ブライト証券の一〇〇パーセント株式を支配する親会社である。親会社は、株式所有関係、役員の人事権、経営戦略、業務取引関係を通じて、子会社の労働者の労働条件に対し、直接・間接に大きな影響力を及ぼすことができ、間接的であっても部分的であっても、子会社の労働条件を決定する根底的な支配力を有している。
イ 本件において、参加人実栄は、次のとおり、参加人ブライト証券の従業員の労働条件を実質的に決定している。
(ア) 参加人実栄は、子会社の管理を目的として関連会社管理規程(以下「管理規程」という)を定めており、この管理規程においては、子会社の従業員の昇給・賞与総額の決定等、労働条件に関する事項が親会社である参加人実栄の承認事項とされている。また、管理規程では、参加人実栄が関連会社に対し積極的に指導を行い、その育成強化を図ることが基本方針として掲げられているから、参加人実栄は、子会社である参加人ブライト証券の従業員に対して、規則の趣旨に則って積極的な指導の内容・育成強化の方策について説明し、協議すべき責任がある。
(イ) 平成一二年一一月下旬、参加人実栄のE常務取締役を中心に、F人事部長の関与の下、G次長、H部長らで構成される子会社の就業規則委員会において、子会社の賃金が検討され原案が決定された。しかし、この時点では子会社は独自に開業する前であり、子会社の事業計画・収益の見通しは考慮せずに決められたというのであるから、平成一四年四月以降の賃金は、参加人実栄の一方的な指示によって決定されたとしか考えられず、仮にそうでないとしても、参加人実栄の指示が賃金決定に実質的な影響を与えている。
(ウ) 参加人ブライト証券は、平成一四年八月一三日の事務折衝で、平成一四年度賃金の一般職の賃金月額を、一年に限定して三〇万円とする案を原告に内々に提示し、この案につき、同年九月六日の労使懇談会直前まで参加人実栄の了承を得るよう交渉していたが、結局参加人実栄の了承を得ることができなかったため、同懇談会において、参加人ブライト証券のI取締役は、上記案を原告に提示することはできないと発言した。これは、管理規程による参加人実栄の支配が参加人ブライト証券に及んでいたことの証左である。
(エ) 参加人実栄は、子会社の人事権を行使している。
すなわち、参加人実栄は、平成一三年七月、実栄キャピタルの従業員Jを同社の取締役に、参加人実栄に出向していたKを実栄キャピタルの監査役にそれぞれ就任させた。また、同年一〇月に実栄キャピタルと永和保全が合併した際、上記JとKは、実栄キャピタルの役員を退任すると同時に、参加人ブライト証券の従業員となった。この一連の人事は、親会社である参加人実栄の直接的な決定によるとしか考えられない。
さらに、参加人ブライト証券の平成一五年四月の昇進人事では、当初二名の昇進が決定されていたが、参加人実栄が人事考課に加入して参加人実栄に出向中の従業員が昇進の対象に加えられた。
(オ) 参加人実栄は、本件転籍前、団体交渉の席において、「子会社へ転籍してしまえば終わりかというとそうでもない。たとえば労働条件の最たる賃金について支払えないということになれば債務保証ということではないが補填はしていくことになる」、「子会社が赤字になれば対応せざるを得ない」、「今後はブライト証券を収益構造の中心に位置付ける」と発言して、転籍予定者に対し支援・援助を約束してきた。上記発言をした当時のD常務やF人事部長は、現在参加人実栄の代表取締役、取締役部長の職にあり、このような立場の者が参加人ブライト証券の従業員に対し支援・援助を約束していたのであるから、自らの発言に従って子会社の労働者に対し真摯に対応すべきなのは、労使関係の信義則上の要請である。
(カ) 参加人実栄は、二〇〇億円という資産を有し、この資産を参加人ブライト証券で運用させることとしていた。この運用を参加人ブライト証券に委ねれば同参加人の手数料収入は大幅に改善する。このように、参加人実栄の運用の判断次第で、参加人ブライト証券の赤字も大きく変わり得るから、参加人実栄は、業務・取引関係によって参加人ブライト証券の経営を直接に支配できる立場にある。
ウ 以上の事実関係からすれば、参加人ブライト証券の従業員は、機能的には参加人実栄の営業組織に組み入れられ、その包括的指示の下に参加人ブライト証券の業務に従事しているといえ、また、参加人実栄は、具体的な賃金交渉に関し、妥協案などにつき指示・決定するなど、雇用主と同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定する地位にあるといえるから、参加人実栄は労組法七条の「使用者」に当たるといえる。
(被告の主張)
ア 本件の事実経過は、別紙命令書「第二 認定した事実」記載のとおりである(ただし、同命令書五頁一八行目の「経営協議会が一回」を「経営協議会は〇回」に訂正し、同六頁下から四行目記載の「三月二〇日」、「転籍予定者」をそれぞれ「一四年三月二〇日」、「従業員」に訂正する)
イ 労組法七条所定の「使用者」の意義について、最高裁平成七年二月二八日第三小法廷判決(民集四九巻二号五五九頁、以下「最高裁朝日放送判決」という)は、「一般に使用者とは労働契約上の雇用主をいうものであるが、同条が団結権の侵害に当たる一定の行為を不当労働行為として排除、是正して正常な労働関係を回復することを目的としていることにかんがみると、雇用主以外の事業主であっても、雇用主から労働者の派遣を受けて自己の業務に従事させ、その労働者の基本的な労働条件等について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にある場合には、その限りにおいて、右事業主は同条の『使用者』に当たるものと解するのが相当である」との判断を示している。そして、同判決にいう「現実的かつ具体的な支配、決定」とは、同判決の説示や判断の進め方からすると、労務提供過程における直接的な指揮監督など雇用契約の当事者である雇用主と同視し得る程度の「支配、決定」をいうと解される。
ウ 上記観点から検討するならば、原告が指摘する事実関係からは、参加人実栄が参加人ブライト証券に対して経営・人事等について相当の影響力を有していることは認められるものの、参加人実栄が雇用主と同視できる程度に参加人ブライト証券従業員の労働条件を現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にあったと判断することは困難であり、参加人実栄は、参加人ブライト証券の労働者に対して労組法上の使用者に当たらないといわざるを得ない。
(参加人実栄の主張)
ア 原告の主張アは争う。
イ 同イの(ア)は争う。管理規程に原告が主張するような定めがあることは事実である。しかし、管理規程は平成一二年六月に実栄キャピタルが設立されたことにより制定されたが、参加人ブライト証券について管理規程全てを適用していたわけではなく、運用に任されていた部分も多かった。本件で問題となる参加人ブライト証券の従業員の昇進、賃金の決定についても参加人ブライト証券の判断に任されていた。
ウ 同イの(イ)、(ウ)のうち、平成一二年一一月下旬ころに就業規則委員会で、賃金原案が決定されたことは認め、その余はいずれも否認する。
平成一四年九月六日に開催された労使懇談会は、同年八月二三日の団体交渉において示された、労使双方により被告に調停を申し立てるとの原告側提案に回答するため開催されたものであり、参加人ブライト証券は、この席において、従前の提案(一般職二三万円プラス一年に限り月額五万円支給)を再提示したが、三〇万円という額を提示しておらず、この点に関する本件命令の認定は誤りである。
エ 同イの(エ)は争う。
オ 同イの(オ)、(カ)のうち、実栄証券のD常務やF人事部長の発言は認めるが、その余は争う。このような発言ゆえに参加人実栄が原告の団体交渉の求めに応じなければならない理由はないし、また、参加人実栄が保有資産の運用を参加人ブライト証券に任せるか否かは優れて経営判断にかかわることである。
カ 同ウは争う。
(3) 争点(3)(参加人ブライト証券の交渉態度が労組法七条二号の不当労働行為に当たるか)について
(原告の主張)
ア 原告は、参加人ブライト証券に対し、平成一四年度賃金につき団体交渉を申し入れて、同賃金は団体交渉によって決定すべきことを要求した。ところが、参加人ブライト証券は、当初「新給与は転籍の条件であった」、「親会社からそのように聞いている」と述べて、平成一四年度賃金は既に解決済みであるとの態度をとり続けた。しかし、本件転籍の際、平成一四年度賃金は合意に至っていなかったのであって、従前の交渉経過をあえて無視した参加人ブライト証券の交渉態度が不誠実であることは明らかである。
イ また、参加人ブライト証券は、原告が参加人実栄に対し乙申入れをすると、原告の交渉相手は参加人実栄ではなく、本件金額も参加人ブライト証券で決定したものであるとしてこれまでの説明を覆し、原告が参加人実栄に対して要求することを妨害した。このような参加人ブライト証券の対応は、参加人実栄が原告に対する関係で団体交渉義務を負うことを回避させる目的でされた虚偽の説明である。この点においても、参加人ブライト証券の交渉態度は不誠実である。
ウ さらに、管理規程によれば、参加人ブライト証券の従業員の賃金の決定は参加人実栄の承認を要する事項であったが、参加人ブライト証券は、参加人実栄の決定・指示に従うだけで権限のないまま、なおかつ、親会社である参加人実栄との十分な協議を行わないまま、団体交渉に臨んでいたのであるから、このこと自体が不誠実な交渉態度にほかならない。
(被告の主張)
ア 原告の主張はいずれも争う。実栄証券ないし参加人実栄は、平成一四年度賃金につき実栄証券と労組間の協定により決着済みであるという認識を有していた。したがって、参加人ブライト証券が平成一四年度賃金につき既に決着済みと主張したことは、使用者としては自然な対応である。また、原告と数度にわたる団体交渉を経て、原告が実栄証券側の認識と異なった認識をもっていることを認識するに至った参加人ブライト証券が、現在の使用者として、給与について責任があるのは自らであると主張することも何ら不誠実とはいえない。さらに、参加人ブライト証券は、原告の要求に応じて使用者として団体交渉に臨んだものであるから、団体交渉に臨むこと自体が不誠実な対応であるとの原告の主張は、結局のところ、原告の要求に応じたこと自体が不誠実であるということになり、矛盾する主張といわざるを得ない。
イ 原告・参加人ブライト証券間における具体的な交渉経過をみても、<1>参加人ブライト証券は、当初、平成一四年度賃金は決着済みとの説明をしていたが、このような説明に終始していたものではなかったこと、<2>具体的な数字を挙げて会社の収支状況を厳しいことを説明し、業績が上がれば内勤者は賞与という形で考えるとも説明していること、<3>年次有給の繰越しも原告の要求を認めていること、<4>甲申入れに対しても詳細な説明を行っていること、<5>参加人ブライト証券は、原告の要求に対し、上積み回答をし、また、これに応えるよう検討の姿勢を見せていたこと、<6>そもそも、原告の要求水準は高額であり、参加人ブライト証券の業績からすると、原告が求める「生活できる資金」に固執し続けることはあまりに頑なに過ぎる態度といえること等からすると、団体交渉における参加人ブライト証券の態度が使用者として不誠実であるとはいえない。
(参加人ブライト証券の主張)
原告の主張はいずれも争う。そもそも、本件転籍に当たり、平成一四年度賃金を本件金額とすることが参加人ブライト証券と転籍者との間の合意となっていたのであるから、参加人ブライト証券が本件金額を原告に提示したことが不誠実な交渉態度とはならない。また、原告・参加人ブライト証券間の団体交渉が行き詰まったのは、原告が賃金月額四〇万円とすることが正当な要求であるとして一切妥協しようとしなかったことが原因である。
第三当裁判所の判断
1 争点(1)(被救済利益の有無)について
(1) 参加人らは、本件協定が締結されたことにより被救済利益が消滅したと主張するところ、これは、仮に本件命令が取り消されたとしても、本件申立ては被救済利益がないものとして結局は棄却されることになるから、本件訴訟は訴えの利益を欠く、との趣旨の主張と解される。
(2) しかしながら、本件申立ては、平成一四年度賃金の決定に関し原告の甲申入れにより行われた団体交渉において、参加人ブライト証券が不誠実な交渉態度をとり団体交渉を拒否したとし、また、原告が乙申入れにより申し入れた団体交渉を参加人実栄が拒否したとして、参加人ブライト証券には甲申入れに誠意をもって回答し団体交渉を行うこと、参加人実栄には団体交渉に応じることをそれぞれ命じ、併せて参加人らに陳謝文の掲示を命じることを救済内容として請求するものである。他方、本件協定は、原告と参加人ブライト証券との間において締結されたもので、平成一六年一一月分以降の給与について合意するものであり、平成一四年度の賃金や本件申入れには触れられていない。
これらの事実に照らし勘案すると、仮に参加人らに原告が主張するような不当労働行為があったと判断される場合に、本件協定が締結されたとの一事をもって、上記不当労働行為による団結権侵害の結果が除去され、正常な労使関係が完全に回復したとみることはできないから、参加人らの主張は採用できない。
2 争点(2)(参加人実栄の使用者性)について
(1) 一般に使用者とは労働契約上の雇用主をいうものであるが、労組法七条が団結権の侵害に当たる一定の行為を不当労働行為として排除、是正して正常な労使関係を回復することを目的としていることにかんがみると、雇用主以外の事業主であっても、労働者を自己の業務に従事させ、その労働者の基本的な労働条件等について、雇用主と部分的とはいえ同視し得る程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にある場合には、その限りにおいて、当該事業主は同条の「使用者」に当たると解するのが相当である(最高裁朝日放送判決参照)。
上記見地から、以下、原告の主張に即して参加人実栄の使用者性を検討する。
(2) 後掲証拠によれば、以下の事実が認められる。
ア 管理規程について
(ア) 参加人実栄は、実栄証券時代の平成一二年三月、同社と関係会社及び各関係会社が相互に密接な連携のもとに、経営を円滑に遂行し利益の増進を図り、グループとして総合的に事業の発展を期すことを目的として管理規程を定め、同年六月九日から施行した。同規程において、関係会社とは、<1>参加人実栄ないしその役員が発行済株式数の二〇パーセント以上を所有し、かつ、参加人実栄が関係会社と認めた会社、<2>人事・資金・技術・取引等を通じて実質的に支配している会社、<3>上記に準ずる会社で、参加人実栄と一体として管理する必要のある会社とされた。
同規程は、関係会社のそれぞれの経営の自主性を尊重するとともにグループ全体の経営効率化を追求し、参加人実栄と関係会社及び各関係会社間相互に発生する経営上の重要な案件を合理的に解決し、参加人実栄が関係会社に対し積極的な指導を行いその育成強化を図ることを基本方針とし、この基本方針に基づき、関係会社の経営、財務・会計に関する重要事項のほか、関係会社の役員の選任、解任及び役員報酬限度額の設定、従業員の昇給・賞与総額の決定及び従業員の定期採用及び中途採用等の事項を参加人実栄による承認事項とした。また、関係会社の労働組合に対する回答・協約の締結は参加人実栄に対する報告事項とされた。
(イ) この管理規程は、平成一六年四月一日付けで改正され、この改正により、関係会社の従業員の昇給・賞与総額の決定、管理職の給与・賞与の決定及び任免異動、従業員の定期採用及び中途採用に関する事項は参加人実栄の承認事項から削除され、従業員の採用等は報告事項とされた。また、関係会社の労働組合に対する回答・協約の締結は報告事項から削除された。(書証略)
イ 賃金の決定に関する参加人実栄の関与について
平成一二年一一月、参加人実栄と子会社三社(参加人ブライト証券、実栄キャピタル及び永和保全)は、才取業務撤退に伴う実栄証券従業員の子会社への転籍を進める準備の一環として、転籍後の労働条件を検討するため、永和保全の代表取締役E、参加人ブライト証券の取締役G、実栄キャピタルの取締役H及び実栄証券の人事部長Fを構成メンバーとする就業規則委員会を設置した。当時、Eは参加人実栄の取締役を兼任し、G及びHは参加人実栄からの出向者で同社の従業員たる地位も有していた。そして、平成一二年一一月下旬に開催された就業規則委員会において、構成員による協議の結果、転籍後の従業員の賃金は、子会社三社共通で、一般職一八ないし二三万円、リーダー職二三ないし二八万円、部長職二八ないし三三万円とする原案(以下「本件原案」という)が了承された。なお、この原案決定に当たって子会社三社の事業計画・収益の見通しは議論されなかった。(書証略)
ウ 本件転籍に先立つ労使交渉での参加人実栄側の発言について
(ア) 参加人実栄は、平成一三年一月一一日、従業員に対する本件説明会を実施するに先立って経営協議会を開催し、会社側の基本的な考え方を説明した。その席で、会社側出席者(当時のD常務取締役、F人事部長及びL次長)は、当時の労働組合役員に対し、「労働条件については各子会社が決めることだ。子会社へ転籍してしまえば終わりかというとそうでもない。たとえば労働条件の最たる賃金について支払えないということになれば、債務保証ということではないが補填はしていくということになる。一〇〇パーセント出資子会社なのだから支援はしていくつもりだ」、「現時点では各子会社にいくら支援するとか、どのくらい援助するのかという段階ではない。当然、子会社が赤字になれば対応せざるを得ない。各子会社の方もそのような状況になれば経営判断により資金提供等を仰がなければならない」、「会社が相当の赤字になれば、経営者にはそれ相当の責任をとってもらう部分もあるが、一〇〇パーセント子会社なのだからそれは適宜に判断して支援していく。大事なことは赤字にならない努力をそれぞれがしていかなければならない」等と発言した。(書証略)
(イ) 参加人実栄は、本件説明会の後、平成一三年一月一九日から同月三一日までの間、八回にわたり、実栄証券労働組合との間で団体交渉を行った。この団体交渉の席で、会社側は、転籍後の賃金に関し、「子会社の一年目の現給保障及び二年目以降の給与の限りにおいて、給与が支払不能ということになればこれを補填するとかの考えはもっている」と発言し、組合側が二年目からの会社案では生活していけないとして五ないし七年の現給保障を要求したのに対し、「そういうことも含めて割増金を出している訳で、割増金は基準内賃金の四~五年分はあるはずだ」、「その間にスキルアップをしていただいて、自分自身の能力で給料をアップしていってもらいたい」と答えた。
また、組合側から出された、転籍先の労働条件、就業規則等について変更を含めた協議を参加人実栄でやってくれるかとの質問に対し、「転籍後の労働条件・就業規則については、転籍先での適用になるので、転籍先での協議ということになる。当然、転籍先でも団結権はある訳だから、私の立場でああしろこうするとは言えない。それは組合が今後考えることで、一般的な話しかできない」、「(二〇万円、二五万円、三〇万円という二年目以降の給与を)変える変えないは転籍先での話だ」等と発言した。
なお、この労使交渉の結果、参加人実栄は、当初発表した転籍者・希望退職者優遇措置(転籍者の場合、<1>会社都合による所定の退職金、<2>基本給一年ないし四年分に相当する転籍割増金、<3>基本給四ないし一三か月分に相当する転籍支度金を支給)に加え、一時金として一律三〇〇万円を支給することを決定した。(書証略)
エ 原告・参加人ブライト証券間の団体交渉過程における参加人実栄の関与について
(ア) 参加人ブライト証券が平成一四年七月一一日の原告との団体交渉の席で、賃金月額を一般職二三万円・リーダー職二八万円とし、歩合給率をアップするとの上積み回答をし、また、同年八月一三日の事務折衝において、原告に対し内々に一般職の賃金月額を一年間に限り三〇万円とする案で妥結の可能性があるかを打診したが、原告執行部がこれを拒否したため、その後の団体交渉でこの案が提示されることはなかったことは、前提となる事実(4)ウのとおりである。
この事務折衝に出席した参加人ブライト証券のG取締役は、上記三〇万円という金額について、会社とすればまだ親会社の承諾を得ておらず、社長が首をかけてとってくるような数字であるとの趣旨を発言をした。(証拠略)
(イ) その後、参加人ブライト証券は、原告が平成一四年度賃金決定を第三者機関の調停に委ねたいとの見解を示したことから、これを回避し労使双方の話し合いによる解決を目指すべく、一般職二三万円に一年間に限って一定額を上積みする案を内部決定し、平成一四年九月六日、同日予定された労使懇談会に先立って参加人実栄に相談した。しかし、同日開催された労使懇談会において、原告側から一般職の賃金月額を三〇万円とする案を正式に提示するよう求められた参加人ブライト証券は、参加人実栄の承諾が得られなかったと述べてこの案を原告に提示しなかった。(証拠略)
オ 人事決定について
(ア) 平成一三年七月、当時実栄キャピタルの従業員であったJと参加人ブライト証券から参加人実栄に出向していたKが、それぞれ、実栄キャピタルの取締役と監査役に就任したが、同年一〇月一日に永和保全と実栄キャピタルが合併したことに伴い、同年一一月にJ及びKは実栄キャピタルの取締役、監査役を辞任し、参加人ブライト証券の従業員となった。
(イ) 平成一五年三月二四日、参加人ブライト証券は、一般職二名をリーダー職とする昇進を発表したところ、当時同社から参加人実栄に出向していたNを昇進の対象とするよう参加人実栄から申入れがあったことから、翌二五日、改めて先に発表した二名と併せてNを昇進の対象とすることを発表した。
(以上、証拠(略)、弁論の全趣旨)
(3) 上記事実に基づいて原告の主張を検討する。
ア 上記(2)アによれば、参加人実栄は、子会社三社の設立等と並行して、グループとして総合的に事業を発展させるため、参加人ブライト証券を含む子会社三社を管理・監督する枠組みとして管理規程を制定し、平成一二年六月から施行していたところ、本件当時の管理規程では、関係会社の従業員の昇給・賞与総額の決定や従業員の採用等、労働条件や人事に関する事項が参加人実栄の承認を要する事項とされていたことが認められる。しかし、この趣旨は、親会社であり持株会社である参加人実栄が関係会社を含むグループ全体について各事業年度の資金計画を立てるに当たり、昇給・賞与の総額や従業員数によって変動する人件費総額が重要な要素となることから、財務政策上の観点から実栄証券の承認を経ることを求めたものと解されるのであり、上記のような管理規程の存在と定めから直ちに、参加人実栄が子会社である参加人ブライト証券の従業員の労働条件等について、雇用主と同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定し得る地位にあったということはできない。参加人実栄が本件において労組法上の使用者に当たるか否かは、参加人実栄がこの管理規程を通じて現実に参加人ブライト証券をどのように管理・監督していたかという実態面により判断されるべきである。
イ 本件転籍に先立って就業規則委員会が設置され、同委員会で子会社三社共通で転籍後の従業員の賃金水準として本件原案が了承されたが、これが子会社三社の事業計画や収益の見通しを議論した上でのものではなかったこと、同委員会の構成メンバーは、参加人実栄の人事部長と同社に籍を置く子会社の役員であったことは前記(2)イのとおりであり、また、これまで認定した諸事情を総合すると、本件原案の決定には参加人実栄の意向が大きく影響していたことは間違いがないといえる。しかし、そうであるからといって、この事実から直ちに、参加人実栄が参加人ブライト証券における転籍後二年目の平成一四年度賃金という労働条件に対し、現実に支配、決定する地位にあったということはできない。むしろ、これまで認定した事実や前記(2)ウの事実も併せ勘案すると、これはあくまで、参加人実栄が平成一三年四月をもって持株会社に移行することを踏まえ、その時点におけるグループ全体の経営計画や資金移動計画の一環としての関与にとどまるとみるべきである。
ウ そして、実際の参加人ブライト証券における平成一四年度賃金をめぐる労使交渉の経緯をみると、参加人ブライト証券が平成一四年九月六日の労使懇談会において、参加人実栄の承認が得られず一般職三〇万円を正式に提案できないと述べたことは前記(2)エ(イ)のとおりである。
しかし、他方、参加人らにとっては、転籍二年目の賃金額を本件金額より増額することは、本件転籍時に予定したグループ全体の資金計画に直接影響を及ぼすことになるから、関連会社の従業員の昇給総額の決定に該当する事項であって、管理規程による参加人実栄の承認事項と解され、参加人ブライト証券が原告らに提案するに先立って参加人実栄に相談したのは、この管理規程に従ったものと解釈される。そして、参加人ブライト証券がこれに先立つ団体交渉の場で原告に対し、同社が初年度で五億七〇〇〇万円の赤字を計上し、平成一四年度も従業員の賃金を本件金額としても、なお一億円を超える赤字見込みであることを説明して了解を求めていたことは前提となる事実(3)のとおりであり、この説明が事実に即したものであることは後述するとおりである。そのような状況を考慮すると、参加人実栄が参加人ブライト証券から承認を求められた平成一四年度賃金提示案に対して承認を与えず、その結果、参加人ブライト証券が内部決定した賃金案を正式に提示するに至らなかったとしても、それは、参加人実栄がグループ全体の事業計画ないし賃金計画の一環としてなした判断の結果と考えられる。
そうだとすると、参加人実栄は、参加人ブライト証券が平成一四年度賃金の決定につき、管理規程による参加人実栄の「承認」手続を通じて、重大な影響力を及ぼしていたことは否定できないものの、その影響力はあくまで間接的なものであって、具体的な支配、決定とまではいえないというべきである。
エ さらに、原告は、前記(2)オの事実から、参加人実栄が参加人ブライト証券をも含めたグループ内人事権を保有していると主張する。しかし、実栄キャピタル役員であったJ、Kの参加人ブライト証券入社人事は、実栄キャピタルと永和保全の合併というグループ再編成に伴い役員の整理と雇用保障の観点から行われたものと解されるところ、書証(略)によると、この人事自体は参加人実栄と関係子会社との協議で決定されたことが認められるのであり、参加人実栄が一方的に決定したものとはいえない。また、証拠(略)によれば、参加人実栄が参加人ブライト証券に対しNを昇進の対象に加えるよう申し入れたのは、参加人実栄において、同社におけるNの勤務状況から同人を昇進対象とすべきと考えたためであると認められるから、個別的な人事への介入を示す事実に止まる。したがって、これらの事実のみから、参加人実栄が参加人ブライト証券に対し一般的人事権を保有しあるいは行使しているということはできない。
オ なお、原告は、参加人実栄が実栄証券時代に従業員に対し転籍後も支援を行う旨述べていたことや、参加人実栄が実栄証券時代から保有する多額の資産の運用判断により参加人ブライト証券の経営状況が左右されることを挙げ、これらも参加人実栄の使用者性を肯定する事情であると主張するが、そのような事実は、参加人ブライト証券の従業員の労働条件に対する現実的かつ具体的な支配を裏付けるものとはいえないから、原告の主張は失当である。
(4) 以上によれば、参加人実栄は、参加人ブライト証券従業員の基本的な労働条件の一部(賃金、人事)に対してある程度重大な影響力を有していることは認められるものの、その態様及び程度をみると、持株会社がグループの経営戦略的観点から子会社に対して行う管理・監督の域を超えるものとはいい難く、原告主張の各事情をもって、参加人実栄が、本件当時、直接の雇用契約関係にない参加人ブライト証券従業員の基本的な労働条件等につき、支配株主としての地位を超えて、雇用契約の当事者である参加人ブライト証券がその労働者の基本的な労働条件等を直接支配、決定するのと同視し得る程度に、現実的かつ具体的に支配力、決定力を有していたとみることはできない。
そして、本件において、他に、参加人実栄の労組法上の「使用者」性を裏付け得るような事情も見当たらない。
よって、参加人実栄は原告との関係で、労組法上の「使用者」に当たるということはできない。
3 争点(3)(参加人ブライト証券についての労組法七条二号の不当労働行為の成否)について
(1) 原告は、<1>平成一四年度賃金に関する団体交渉において、参加人ブライト証券が当初、同賃金は既に解決済みであるとの態度をとり続けた、<2>原告が参加人実栄に対し乙申入れをすると、従前の説明を覆して参加人実栄に対する要求を妨害した、<3>従業員の賃金決定権限がないのに、参加人実栄との十分な協議をしないまま団体交渉に臨んだとして、これら不誠実な態度が団体交渉拒否に当たると主張する。
(2) なるほど、前提となる事実(3)、(4)のとおり、参加人ブライト証券は、平成一四年三月から始まった原告との団体交渉において、当初、従業員は本件金額を承知して転籍したとの認識を示し、本件金額をベースにした交渉であれば前向きに考えるとして、同年七月一一日までは本件金額を上回る提示はしなかった。しかし、参加人ブライト証券は、前提となる事実(3)エのとおり、平成一四年四月四日の団体交渉において、平成一三年度の財務状況や平成一四年度の収支見込みを具体的に示して、本件金額での提示をせざるを得ない状況を説明しているところ、証拠(略)によれば、<1>参加人ブライト証券の平成一三年度決算では、営業損失が約五億七二〇一万円に上り、経常損失も五億七四〇八万円に達していること、<2>平成一四年度の中間決算(四月一日から九月三〇日まで)では営業損失が約一億三四八七万円で、経常損失は約一億三五八二万円、通年決算でも営業損失が約二億六二五一万円で、経常損失は約二億六六九四万円に達していることが認められるから、参加人ブライト証券が原告に対してした説明は、同社の財務状況、とりわけ本体事業の成績を示す営業損益が大幅な赤字であった当時の現状をほぼ正しく説明したものといえる。そして、この財務状況に照らせば、当時参加人ブライト証券では、二年度目の賃金を本件金額としても、なお億を超える大幅な営業損失が見込まれていたと認められる。このような当時の業績に照らせば、参加人ブライト証券が本件金額をベースにして平成一四年度賃金の交渉を行おうとしたのはやむを得ないものであったといえる。
この点、原告は、参加人ブライト証券があたかも本件転籍前に平成一四年度賃金を本件金額とすることが確定していた旨、意図的に虚偽の事実を述べたように主張するが、参加人ブライト証券が自己の認識として当初語ったものが、意図的に虚偽の事実を述べたものであるとするだけの証拠はないし、前提となる事実(3)、(4)の経過からも明らかなように、参加人ブライト証券は本件金額をベースとした賃金交渉には応じる態度を示し、実際にも、これに即した譲歩案を原告に提示しているのであるから、団体交渉当初段階での同参加人の発言により、その交渉態度が不誠実であるということはできない。
(3) また、前提となる事実(3)、(4)の交渉経緯を見ても、原告が主張するように、参加人ブライト証券が乙申入れを機に本件金額の決定者についての説明を覆したとの事実は見出せない。参加人ブライト証券は、本件転籍前の参加人実栄による本件説明会等での説明を受けて、従業員は本件金額を了解して転籍したと認識している旨を述べていたにすぎないのであって、原告の主張はその前提を誤るものである。
(4) さらに、原告は、参加人ブライト証券が参加人実栄と十分な協議をしないまま団体交渉に臨んだことが不誠実であると主張するが、原告組合員らと雇用契約関係にあるのが参加人ブライト証券であることは明白であり、そうである以上、その従業員の賃金に関する決定権は同参加人にあるのは当然のことであって、参加人ブライト証券が団体交渉に臨むこと自体が不誠実とされるいわれはない(営業成績が大幅な赤字であるため、賃金決定に当たって一〇〇パーセント持株会社である親会社との協議が不可欠となるとの事情は、参加人ブライト証券に賃金決定権があることを否定するものとはいえない)し、これまで認定した事実からすると、参加人ブライト証券は、原告の要求に対応すべく必要に応じて参加人実栄と協議をしていたと認められるから、参加人ブライト証券の交渉態度が不誠実であるということはできない。
(5) 以上によれば、参加人ブライト証券の原告との団体交渉の態度が不誠実であったということはできない。
4 小括
よって、上記2、3で示したと同一の判断に立ち、本件申立てを棄却した本件命令は正当であり、他に、本件命令が違法であることを基礎づける事情は見当たらない。
第三結語
以上の次第で、本件命令は適法であるから、原告の請求は理由がない。よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三代川三千代 裁判官 増田吉則 裁判官 篠原淳一)
<別紙> 命令書
申立人 ブライト証券労働組合
執行委員長 A
被申立人 ブライト証券株式会社
代表取締役 C
被申立人 株式会社実栄
代表取締役 O
上記当事者間の都労委平成一四年不第九八号事件について、当委員会は、平成一六年七月六日第一三七三回公益委員会議において、会長公益委員藤田耕三、公益委員大辻正寛、同中嶋士元也、同浜田脩、同大平惠吾、同北村忠彦、同小井file_4.jpg有治、同松尾正洋、同中島弘雅、同横山和子、同小幡純子、同荒木尚志の合議により、次のとおり命令する。
主文
本件申立てを棄却する。
理由
第一 事案の概要と請求する救済の内容
一 事案の概要
平成一二年一〇月、実栄証券株式会社(以下「旧実栄」という)は、株式会社実栄(以下「実栄」という)として持株会社に組織変更するに先立ってブライト証券株式会社(以下「ブライト証券」という)を設立した。旧実栄を退職してブライト証券に転籍した(以下、旧実栄従業員が旧実栄を退職後ブライト証券に雇用されたことをブライト証券に「転籍」したという)従業員らがブライト証券労働組合(以下「組合」という)を結成し、転籍後二年目以降の賃金問題について団体交渉を申し入れたところ、ブライト証券は、賃金を従前の水準の約七〇%に減額する旨回答し、一四年四月以降減額した賃金を支給した。
本件は、<1>一四年六月一一日、組合がブライト証券に対して申し入れた団体交渉において、同社が賃金減額の根拠や「親会社の役割」について明確にすることもなく不誠実な対応を行ったか否か、及び<2>同日付けで組合が実栄に対して申し入れた「会社設立の目的」、「親会社の役割」等を議題とする団体交渉について、実栄には組合加入者が在籍していないとの理由で同社がこれを拒否したことが、正当な理由のない団体交渉拒否に当たるか否かが争われた事案である。
2 請求する救済の内容
(1) 被申立人実栄は、申立人組合が一四年六月一一日付けでなした「質問書及び団体交渉申入書」に対して、団体交渉を拒否しないこと。
(2) 被申立人ブライト証券は、申立人組合が一四年六月一一日付けでなした「質問書及び団体交渉申入書」に対して、賃金を減額する理由、親会社である被申立人実栄からの援助の有無などの質問について、誠意をもって回答し団体交渉をすること。
(3) 陳謝文の掲示
(4) 当委員会に対する履行報告
なお、当初、組合は、「被申立人ブライト証券は、賃金について申立人組合との交渉が成立しない限り、申立人所属の組合員の給与を減額してはならない」との請求も行っていたが、一五年一一月二六日、これを取り下げた。
第二 認定した事実
1 当事者等
(1) 被申立人実栄は、資本金約一億円、従業員が派遣社員一名及び出向社員二名で、主に役員四名により子会社の管理業務及び投資業務を営む株式会社である。また、実栄は、後記旧実栄から約二〇〇億円の資産を引き継ぎそのまま保有している。実栄の一〇〇%子会社としては、ブライト証券及び実栄キャピタル株式会社(以下「実栄キャピタル」という)がある。
実栄の前身である旧実栄は、昭和二四年二月に設立され、同年四月、東京証券取引所設立と同時に才取会員(同取引所で正会員間の売買をとりもつ業務を行う証券会社)となったが、平成一一年四月以降、同取引所の取引方法が立会所での売買からシステムによる売買に移行したため、一三年三月末日で才取業務から撤退した。
(2) 被申立人ブライト証券は、一二年一〇月二日設立、資本金一四億円、主に投信販売を業務とする証券会社である。申立時、ブライト証券の正社員数は約四〇名、契約社員数は約一〇名であった。
(3) 申立人組合は、ブライト証券で働く労働者で組織された労働組合であり、申立時の組合員数は二八名である。
2 旧実栄における労使関係の経過
(1) 旧実栄による子会社の設立
<1> 一二年三月一五日、旧実栄は三億円を出資して実栄キャピタルを設立し、六月二九日、主として旧実栄及び同社社員の福利厚生の運営を行っていた永和保全株式会社(以下「永和保全」という)を、事業目的を拡大した上で一〇〇%子会社とした。
一〇月二日、才取業務が縮小され廃止に向かう中、旧実栄は、その従業員雇用の受け皿としてブライト証券を設立した。
一三年一〇月一日、実栄キャピタルと永和保全は合併した。
<2> 前記のように、旧実栄は、東京証券取引所で正会員間の有価証券の売買取引等を媒介する業務(才取業務)を行っていたため、自身では有価証券の売買取引等の一般証券取引業務が出来なかった。
これは、正会員間の有価証券の売買取引の媒介に関与していながら、一方において自ら有価証券の売買取引等の営業活動をしては売買先と利益相反を起こすおそれがあり、東京証券取引所から同所定款、業務規定に触れるとの指摘があったからである。才取業務返上後であれば一般証券取引業務は出来るが、この場合、その許可を得るのに相当の期間を要するため雇用は中断せざるを得ない。そこで、旧実栄は雇用確保のため、一般証券取引業務を行える子会社を設立することを東京証券取引所等関係各機関と協議した結果、投資信託の取扱いならば可能であるということで、これを主たる業務とするブライト証券が設立されたものである。
<3> 一二年一一月下旬、永和保全の代表取締役E(旧実栄常務取締役)ブライト証券の取締役G(旧実栄次長)、実栄キャピタルの取締役H(旧実栄部長)及び旧実栄のF人事部長(実栄取締役兼総務部長)らで構成される就業規則委員会において、永和保全、ブライト証券及び実栄キャピタルの子会社三社共通の賃金額が検討され、一般職で一八万円~二三万円、リーダー職で二三万円~二八万円、部長職で二八万円~三三万円とすることが原案として提案された。
なお、これら子会社三社の就業規則中には、賃金額は具体的に記載されていない。
(2) 旧実栄における希望退職及び転籍募集
<1> 金融・証券システムの改革が進んだ結果、前記のように東京証券取引所の取引方式が立会場での売買からシステム売買へ移行していく経過の中で、旧実栄は、九年一二月、一〇年一一月及び一二年六月の計三回早期退職募集を行い、人員削減を実施してきた。三回の早期退職の実施により、旧実栄の従業員数は約三七〇名から一一七名となった。
前記のとおり、旧実栄は一三年三月末日をもって才取業務から撤退することを決めており、雇用の受け皿として既に設立した子会社への転籍と希望退職の募集を行うことになった。
<2> 旧実栄が一三年三月末日付けで旧実栄従業員のうちブライト証券へ転籍し、組合員となった者に対して支払った退職金等支給額合計は、一人当たり約二、五〇〇万円(当時三〇歳)から約六、三〇〇万円(当時五二歳)の範囲に分布している。
なお、この中には労使交渉の結果、付加されることになった後記特別報奨金(三〇〇万円)も含まれている。
<3> 一三年一月一一日、旧実栄は、全従業員を対象に転籍・希望退職者優遇制度を発表するために説明会を開催した。説明会においては、永和保全のE社長が就業規則を配付し転籍後の労働条件を説明した。給与については、口頭で、一年目については現給保証すること、二年目以降については、部長が年俸三六〇万円(本俸月額三〇万円)、リーダー職が年俸三〇〇万円(本俸月額二五万円)、一般職が年俸二四〇万円(本俸月額二〇万円)及び歩合給がある旨説明した。
また、旧実栄F人事部長は、転籍者・希望退職者優遇措置条項と題する書面により、退職金、転籍割増金、転籍支度金等について説明した。
説明を受けた従業員からは、二〇万円、二五万円、三〇万円はどのように決めたのかとの質問があり、これに対してF部長は、ハローワーク等の条件を勘案して提示したと答えた。また、二〇万円、二五万円、三〇万円はコンクリートなのかとの質問には、「基本的にコンクリートだ」と答えた。最後に、現在の労働組合が継続できるのかとの質問には、「それは労働組合自身が考える問題だ」と答えた。
(3) 旧実栄と社内の労働組合との交渉経過
<1> 前記従業員に対する説明会の後、旧実栄は、社内の二つの労働組合、即ち実栄証券労働組合(以下「旧実栄労組」という)及び全実栄証券労働組合(以下「全実栄労組」という)との団体交渉を行った。旧実栄労組との間では、一月一九日から三一日までの間、経営協議会が一回、団体交渉が八回行われた。
この経営協議会及び団体交渉の議題は全て「転籍と身分保障」と題するものであった。旧実栄労組は、会社案の二年目以降の給与(二〇万円、二五万円、三〇万円)では生活していけないとして五~七年の現給保証を要求したが、旧実栄は、退職金、転籍割増金等については金銭的にも十分多額なものである、労働条件等については子会社が決めることではあるが、子会社一年目の現給保証及び二年目以降の給与の限り(二〇万円、二五万円、三〇万円)において支払い不能になれば補填する考えがある、一年間の現給保証期間のうちにスキルアップしてほしいなどと答え、旧実栄労組の現給保証の延長要求には応じなかった。
<2> 一月二六日、旧実栄は、旧実栄労組の報奨金要求に対して一律三〇〇万円の特別報奨金を追加的に上積みすると回答した。そして、旧実栄は、旧実栄労組と一月三一日付けで、転籍・希望退職優遇措置等に関する協定書を締結した。また、全実栄労組とも二月八日付けで同内容の協定書を締結した。
この協定書の別紙には、特別報奨金として「一三年三月末日在員に対して一律三〇〇万円を支給する」こと及び「転籍者の給与は一三年三月一〇日現在の基準内賃金を一三年四月から一四年三月まで各転籍子会社において支給する」と記載されている。
<3> 二月一日以降、旧実栄は、早期優遇退職者・転籍希望者の募集を開始した。ブライト証券等への転籍を希望する従業員は転籍申請書を提出し、転籍の同意書にも署名押印した。
なお、従業員に配布された転籍申請書には、転籍先としてブライト証券、実栄キャピタル及び永和保全の三社が記載され、そのうち二社を第一希望、第二希望という形で選択するようになっていたが、ブライト証券以外の子会社を希望した者もブライト証券を選択するよう誘導された。
結局、三月三一日時点で、旧実栄に実際に在籍していた従業員八四名(他に特別休暇中の者が三三名)の内訳は、早期優遇退職者二八名、ブライト証券への転籍者五一名及び定年退職者五名であった。
3 ブライト証券における労使関係等の経過
(1) 転籍者への説明会
<1> 一三年三月一日及び二日の午後、ブライト証券は、転籍予定者全員を対象として営業方針及び今後の研修予定等に関する説明会を開催した。説明会において、投資信託販売に対して報奨金(インセンティブ)が支払われると説明された。これは、営業実績に応じたいわゆる歩合給である。
なお、二年目以降の給与については、一般職二〇万円、リーダー職二五万円、部長職三〇万円との数字を挙げて説明もされたが、その点についてブライト証券への転籍予定者から質問等は出なかった。
<2> 三月二〇日、ブライト証券への転籍予定者全員に対して、ブライト証券のP社長(旧実栄取締役。以下「P社長」という。なお、一五年六月二〇日、P社長は退任した)による経営方針に関する説明会が開催された。P社長は「みんなも聞いてきたとおりに二〇万円、二五万円、三〇万円でお願いしたい」「みんなの生活があるのはわかるから、今後組合と協議する」と述べた。この説明に対して、従業員から「今の社長のお話は、今度の新賃金について決まっていないということですね」と質問されると、P社長は「そうだ」と答えた。
(2) 実栄キャピタルと永和保全の合併に伴う人事
<1> 一三年七月、実栄にキャピタルに転籍していた旧実栄従業員Wは、実栄キャピタルの取締役に就任した。また、同時期、旧実栄従業員で同年四月一日付けでブライト証券に転籍しながら実栄に出向していたMも実栄キャピタルの監査役に就任した。
<2> 一三年一〇月、実栄キャピタルと永和保全との合併に伴い、合併前に実栄キャピタル取締役であったW及び同監査役であったMは、ブライト証券の従業員となった。
(3) ブライト証券における初年度営業成績
ブライト証券における二三名の営業部員の一三年度一年間の株式投資信託(公社債投信を含む)販売手数料は、多い者が年間六九五、九七一円、平均九五、二二一円、販売手数料収入実績が全くなかった者が四名であった。一四年度前期(一四年四月~九月)には、半年間の販売手数料は、多い者が三二五、八二二円、平均五三、六九四円、半年間販売手数料が全くなかった者が五名であった。
(4) ブライト証券と組合との団体交渉
<1> 一四年三月八日、ブライト証券の従業員らは、四月以降の賃金について交渉するために組合を結成し、一一日、ブライト証券に対して組合結成通告を行うとともに一四年度賃金に関する団体交渉を申し入れた。
なお、結成時、組合には、旧実栄の管理職、旧実栄労組の組合員及び全実栄労組の組合員ら二九名が加入した。
<2> 三月一八日、ブライト証券側がG取締役部長(以下「G取締役」という)及びI取締役部長(以下「I取締役」という)、組合側がA執行委員長(以下「A委員長」という)ら五名が出席して事務折衝が行われた。組合側は、「新賃金について団体交渉を申し入れているにも拘わらず、(一般職の給与が)二〇万円という決まっていない数字を言うのはおかしい。それはアンフェアである」と抗議したところ、ブライト証券側は、「君たちはその金額を、二年目からの金額を、了承して来たんだということを親会社から聞いている」と答えた。
<3> 三月二八日午後四時半から六時まで、ブライト証券側がP社長ら四名、組合側がA委員長ら役員五名が出席して「平成一四年度年俸等賃金について」と題する第一回団体交渉が開催された。
組合側は、「その年俸については、組合とブライト証券経営者で協議して決めるということになっていたはずだ」と主張し、ブライト証券側は、「転籍時の条件、就業規則等の説明会をやった時には、親会社からは転籍先での就業時間、休暇日数、その他の労働条件、賃金等について十分な説明を受けていると聞いている。二年目以降の二〇万、二五万、三〇万についてもその金額を承知して転籍してきたものと認識している」と主張し、二年目以降の賃金については進展はなかった。
<4> 四月四日午後五時半から七時半まで、ブライト証券と組合との第二回団体交渉が開催された。出席者と議題は第一回と同様である。席上、組合側は、二年目の転籍先での給与が二〇万円、二五万円、三〇万円の金額で合意したとの文書はどこにもないこと、二年目の給与については、組合員全員が転籍先での協議事項という認識であることを主張した。ブライト証券側は、「昨年度(一三年度)は、収益六、〇〇〇万円に対し、支出六億三、〇〇〇万円、差し引き五億七、〇〇〇万円の赤字。赤字のほとんどが人件費であって約四億五、〇〇〇万円かかっている。今期一四年度の収支計画を立てたが、投信手数料収益一、〇〇〇万円、努力目標であるがディーリング収益四億二〇〇万円で、収益合計四億一、二〇〇万円を計上。一方、支出の方は、合計五億一、五〇〇万円(人件費を給与二〇万円で試算して約三億一、〇〇〇万円、その他経費二億五〇〇万円)。営業損益一億三〇〇万円のマイナス見込み数字となる」と具体的な数字を挙げて会社の収支状況が大変厳しいものであることを説明した。また、インセンティブを稼ぐよう一人一人がレベルアップを図る必要がある、業績が上がってくれば、内勤者については賞与という形で考えるとも述べた。
これに対して、組合は、「給与が二〇万、二五万、三〇万だという数字的根拠を次回示して欲しい」と要求し、更に、年次有給休暇の繰越し問題について再考を促した。
<5> 四月二三日午後四時半から五時半まで、第三回団体交渉が開催された。出席者は組合側がA委員長ら役員四名、ブライト証券側は前回と同じ、議題も前回と同じであった。議題の中心である一四年度年俸等賃金については、労使の話合いは進展しなかったが、年次有給休暇の繰越しについて、ブライト証券は組合の要求を認めた回答を行った。
<6> 四月二五日、ブライト証券は、従業員に対して、一般職二〇万円、リーダー職二五万円、部長職三〇万円の給与を支払い、組合員らは、これを「今後、団体交渉等にて決定する賃金の一部として受領いたします」との文書を提出した上で、受領した。
一三年度中の現給保証が行われていたときは、一般職の場合は月額給与が四一万円から六六万円の範囲であったから最高で七〇%、リーダー職の場合は月額給与が六三万円から六八万円の範囲であったから最高で六三%、それぞれ切下げとなった。
<7> 五月一日、組合は、一四年度組合員の年俸を一三年度年俸と同額とすること、及び、妥結までの間、既に振込済みの金額を一三年度実績賃金に戻すことを内容とする要求書をブライト証券に提出した。
五月七日午後四時半から五時まで、第四回団体交渉が開催された。出席者は、組合側がA委員長ら五名、ブライト証券側がG取締役ら三名、議題は前回と同じであった。組合側は、「四月からの賃金が決まっていないのだから、妥結するまでは三月までの実績賃金を振り込むのが妥当と思う」と主張し、労使の話合いは進展しなかった。
<8> 六月一一日、組合は、ブライト証券とだけ団体交渉するのでは埒があかないと考え、ブライト証券に加えて実栄に対しても「質問書および団体交渉申入書」を提出した。
ブライト証券に対する「質問書および団体交渉申入書」の議題は概略以下のとおりである。
ア ブライト証券設立の経緯説明と設立事由
イ 目的達成のための中長期事業計画
ウ 親会社の役割と使命
エ 会社設立資金の所有者と性質
オ 経営者理念(何のために、何を目的に経営をするのか)
カ 財務諸表等資産状況の資料の開示
キ 社員に生活できない賃金を提示しているが、その数字的根拠を説明してほしい。また、実際若い人が会社を辞職している現実を経営者としてどう考え、どう対処するのか。
実栄に対する「質問書および団体交渉申入書」の議題は概略以下のとおりである。
ア ブライト証券設立の経緯説明と設立事由
イ 実栄に残る資産の所有者と性質
ウ 親会社の役割と使命
(ア) 子会社の経営者は社員に生活できる賃金を支給するつもりがないというのは、親会社の意向か。
(イ) ブライト証券に、いつまでいくらまで出資するのが。
(ウ) ブライト証券が万が一立ち行かなくなった場合、社員はどうなるのか。当然、親会社の資産がある間、会社政策に協力してきた社員の生活の面倒を見るつもりがあるのか。
エ 会社政策に協力して転籍した社員に対し、元の労働条件に比較し、あまりに悪い条件を提示した理由
オ 経営者理念
カ 財務諸表等資産状況資料の開示
<9> 六月一四日、前記団体交渉申入れに対して、実栄は、「当社には貴組合加入者が在籍しておりませんので、団体交渉を受ける意志のないことをご回答申し上げます」との文書により、これを拒否する旨の回答を行った。
<10> 六月二〇日午後五時半から七時半まで、第五回団体交渉が開催された。出席者は、組合側がA委員長ら五名、ブライト証券側がP社長ら四名、内容は、六月一一日付「質問書および団体交渉申入書」に関するものであった。
前記組合の質問書に関するブライト証券の回答は、概略以下のとおりである。
アについて
ブライト証券は、旧実栄の社員の雇用を確保することを目的として設立された。
イについて
まだ未熟な状態なので、当面は証券会社の業務全般を行うのでなく投資信託の販売に特化した営業業務を行う。また、東京証券取引所の総合取引参加者の資格を獲得したことにより、ディーリング業務にも力を入れ、収益の柱として事業展開を図りたい。
ウについて
親会社の役割は、一般的には取締役の選任と解任に関すること。親会社の使命については、子会社のブライト証券が述べる立場にはない。
エについて
ブライト証券の資本金の所有者はブライト証券である。また、株主は実栄で一〇〇パーセント保有している。
オについて
証券会社の社会的使命を認識し、証券市場の健全な発展に寄与する。
カについて
公衆の縦覧に供するための「業務及び財産の状況に関する説明書」等の財務状況資料は、いつでも開示できる。
キについて
収益が上がらないにも拘わらず高賃金を支払っていけば、会社は立ちゆかなくなってしまう。社員に支払う賃金については、基本的にはブライト証券での収支状況、支払い能力を勘案して提示している。
このようなブライト証券の回答に対して、組合側は、ブライト証券は旧実栄の媒介業務終了により社員の雇用を確保する目的で設立されたのであるから、生活できる賃金を支払うべきであり、親会社は社員を置かず経営者四人のみで、資産が二〇〇億円もあり、子会社が赤字になれば、当然、支援すると言っていると主張した。
他方、ブライト証券側は、現給保証の要求ではベースが違いすぎるが、二〇万円、二五万円をベースにした交渉のテーブルについてくれれば前向きに考えること、給与についての考え方の基本は、ブライト証券の収益に応じた給与を支払うことであって、雇用即ち生活できる給与を支払うというわけにはいかないことを主張した。また、組合が実栄に対して団体交渉を申し入れた件について、組合の交渉相手はあくまでブライト証券経営者であって、二〇万円、二五万円の給与もブライト証券の業務形態や規模、収益等を考慮して決めたものであると主張した。
<11> 七月四日午後四時半から五時半まで、第六回団体交渉が開催された。出席者及び議題は、前回と同じであった。賃金に関する基本的考え方は平行線のままであった。ブライト証券側は、「前進回答をするに当たっては、会社として整備しなければならないこともある」と述べて、交渉は終わった。
<12> 七月一一日午後四時半から五時まで、第七回団体交渉が開催された。出席者及び議題は前回と同じであった。ブライト証券は、一般職二三万円、リーダー職二八万円及び歩合給率アップとの上積み回答を行ったが、組合側は、「生活できる給与」とはいえないとして拒否した。
<13> 八月九日午後四時半から五時まで、第八回団体交渉が開催された。出席者及び議題は前回と同じであった。席上、組合側は、組合大会における組合決議の結果として、年俸を一般職四八〇万円(月額四〇万円)、リーダー職五四〇万円(月額四五万円)とすることを要求した。ブライト証券側は、来週回答するとして、持ち帰り検討することになった。
<14> 八月一三日、事務折衝が行われた。出席者は、組合側がQ副委員長、ブライト証券側がG取締役及びI取締役であった。席上、ブライト証券側は「組合側が妥協する可能性があるならば、一年に限り一般職月額三〇万円ではどうか」との発言をしたが、組合側は承諾せず、その後の団体交渉でもその数字がブライト証券側から提案されることはなかった。
<15> 八月二三日午後四時半から五時半まで、第九回団体交渉が開催された。出席者は、組合側がA委員長ら四名、ブライト証券側の出席者と議題は前回と同じであった。
ブライト証券は、八月九日の組合側提案では年間九、六〇〇万円の人件費増となり、一三年度の赤字が五億七、〇〇〇万円、一四年度予算上も赤字一億円以上を計上している経営環境からすれば、到底この提案は受け入れることはできないとし、七月一一日に提示した一般職二三万円、リーダー職二八万円を再度提案した。これに対し、組合は、「我々は一貫して生活できる賃金ということで交渉してきている。また、昨今の投資信託の販売環境は、会社のいうインセンティブを稼げるような状況ではない」と反論した。更に、ブライト証券が「会社としては組合執行部がリーダーシップをとり、何とかまとめようとする気持があれば最大限の努力はするつもりだ。基本的には労使双方の話し合いによる解決を目指さなければならない」と発言したのに対し、組合は「会社側の誠意が感じられない状況では、これ以上話し合いを継続しても解決するとは思えない。組合としては第三者機関に相談するつもりだ」と答え、労使の交渉は行き詰まった。
<16> 九月六日午後四時半、労使懇談会が開催された。午後四時開始を予定していたが、会社側が遅れたので、三〇分遅れて始まった。出席者は、組合側がA委員長ら五名、ブライト証券側がG取締役及びI取締役であった。I取締役は、遅れた理由について「君達も大体察しがつくだろうと思うけれども、今の今まで親会社と交渉してきたんだ。だから、遅れたんだ」と説明し、更に、八月一三日の事務折衝の際、組合に提示した三〇万円という数字について、「現経営者として一度言った数字を提示するのは当然だということで親会社に了承をもらいに行って交渉している」が、「ここでその数字を提示することはできない」と述べた。組合側が「提示できないということは何故ですか、結局は親会社なんですか」と聞くと、I取締役は「そうだ」と答えた。
(5) 関係会社管理規定
一二年三月頃、旧実栄は、同社に関係する子会社の管理のために関係会社管理規定を定め、現在、実栄並びにその子会社であるブライト証券及び実栄キャピタルの役員らが所持していることが認められる。
関係会社管理規定によれば、子会社の経営一般に関する事項全般について親会社の承認事項とされ、加えて、子会社の管理職及び一般従業員の給与、賞与及び人事についても承認事項とされている。
なお、当委員会は、この関係会社管理規定について、被申立人側に提出を要請したが、被申立人はこれに応じなかった。
第三 判断
1 当事者の主張
(1) 申立人の主張
<1> ブライト証券は、労働組合の団体交渉要求に対して、一四年四月以降の賃金について親会社である実栄と十分協議した上、誠実に団体交渉をすべきであるにも拘わらず、「転籍時に一般職二〇万円、リーダー職二五万円の給与を承諾していたと親会社から聞いている」と回答するだけであった。立ち上げて間もないブライト証券が赤字であること、また、親会社である実栄が承諾しないということを理由として一方的に交渉を打ち切るのは不誠実な団体交渉にほかならない。
<2> ブライト証券の親会社である実栄が、組合との団体交渉を拒否することは労働組合法第七条第二号に違反するものである。言い換えれば、実栄は、ブライト証券の労働者及び組合にとっては使用者にほかならない。
子会社の労働者は、親会社との間で雇用契約を締結していなくても、次の場合には、親会社を使用者として団体交渉を要求する権利を有する。即ち、「親会社が株式所有、役員派遣、下請関係などによって子会社の経営を支配下におき、その従業員の労働条件について現実的かつ具体的な支配力を有している場合には、親企業は子企業従業員の労働条件について子企業と並んで団体交渉上の使用者たる地位にある」(菅野和夫「労働法」第六版六四九頁)とされるからである。
実栄は、ブライト証券の一〇〇%の株式を所有する事業持株会社であるが、「子会社の経営を支配下におき、その労働条件について現実的かつ具体的な支配力」を有しているものである。親会社と子会社との関係は、派遣労働者を自己の事業所にて受け入れて働かせているような場合とは異なり、株式所有関係、役員の人事権、経営戦略、業務取引関係によって、子会社の労働者の労働条件に対して、直接、間接に大きな影響力を及ぼすことができる。本件の場合、具体的には次のような事実から明らかである。即ち、
ア 旧実栄の役員が子会社従業員賃金の原案を作成していたこと。
一二年一一月下旬、旧実栄役員らで構成された就業規則委員会が、ブライト証券の賃金について検討し原案を決定した。この段階では、同委員会は子会社の事業計画、収益の見通しを考慮せずに決めたというのであるから、実栄の一方的な指示によって決めたとしか考えられない。
イ 旧実栄の役員らが子会社を援助すると発言していたこと。
旧実栄のD常務及びF人事部長らは、「労働条件の最たる賃金について支払えないということになれば、債務保証ということではないが補填していく」と発言しており、当のD及びFらは、それぞれ実栄代表取締役、同取締役部長の職についているのであるから、自らの言葉に従い子会社の労働者に対して真摯に対応すべきは労使関係の信義則上の要請である。
ウ 実栄は子会社の人事権を行使していること。
実栄キャピタルの取締役であったW、また監査役であったMは、役員を退任すると同時に、ブライト証券の従業員となっており、これは、親会社の直接的な決定としか考えられない。
エ 一四年度の賃金決定について実栄が介入していること。
一四年度の賃金決定について、ブライト証券の取締役らは、組合との交渉をまとめたいと考えて、実栄に対して、月額三〇万円の案について了解を取り付けようとしたが、結果的に月額三〇万円とするブライト証券経営者の案は実栄の了承を得られなかった。このことからすれば、実栄が、ブライト証券従業員の賃金を決定しているとみるべきである。
オ 関係会社管理規定が子会社従業員の労働条件について親会社の承認事項と定めていること。
実栄では、子会社を管理するために関連会社管理規定が存在し、子会社の従業員の給料、子会社の管理職の昇給や人事などが親会社である実栄の承認事項となっている。
カ 実栄にはブライト証券を救済しうる資産があること。
実栄は二〇〇億円もの資産を保有する超優良企業であり、そのうち一五〇億円が国債などの安定した投資有価証券である。この膨大な資産の運用をブライト証券に委ねればブライト証券の手数料収入は大幅に改善する。実栄は、この業務取引関係によってブライト証券の経営を直接に支配できる立場にある。
以上のとおり、実栄は、親会社という株主の支配力を超えて、子会社の労働者の給与などを実質的に決定している。しかも、関連会社管理規定において、子会社の従業員の給与についても親会社の承認事項とされているのである。したがって、最高裁判所平成七年二月二八日朝日放送事件判決にいう「労働者の基本的な労働条件等について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にある」といえる。
(2) 被申立人ブライト証券の主張
<1> ブライト証券と組合とは、一四年三月二八日に第一回団体交渉を行って以来、同年九月六日までの間、組合員らの二年目(平成一四年度)以降の給与額について団体交渉を九回、労使懇談会を一回、事務折衝を度々行ってきた。
団体交渉において、ブライト証券としては、「給与は本来業績に応じて支払うべきものであるところ、会社の収支状況をみると、投信販売、ディーリング収益とも、当初予想した収入が全く得られないことから毎月大幅な赤字経営となっている」こと、「平成一三年度は、収入五、六〇〇万円に対し、費用合計六億三、六〇〇万円、差し引き五億八、〇〇〇万円の赤字であり、そのうち人件費が四億五、〇〇〇万円を占めている」こと、「平成一四年度の収支計画においても一億円以上のマイナス予算である」ことなどを説明し、経営状況への理解を求めた。これに対し、組合は、親会社からの資金援助を得ればよい旨反論し、ブライト証券の収支、業績に対する理解を全く示さなかった。
<2> 二年目(平成一四年度)以降の給与について組合の要求するところとブライト証券の交渉ベースの認識は金額においても倍以上も相違するものであり、「赤字も減額の根拠にならない、親会社に具体的支援を要請しろ」などという組合の態度こそ、凡そ話合いの継続を困難とするものである。それにも拘わらず、ブライト証券は財務状況について具体的数値や資料を示し、詳細に説明し、上積み回答もしており、団体交渉を根気よく継続した点からも何ら不誠実を問われるいわれはない。
(3) 被申立人実栄の主張
<1> 実栄は、事業持株会社として、ブライト証券の管理をしているが、子会社の自主性を尊重した上で、経営指導、監督を行っている。本件で争いとなっている労働条件の決定はブライト証券の自主性に任されており、実栄はこれを拒否したり決定したりする権限を有しない。
もちろん、実栄は、申立人組合の組合員を雇用するものではなく、いかなる意味においても使用者ではないから、組合からの団体交渉申入れを拒否しても不当労働行為に当たるものではない。
<2> 関係会社管理規定は、一二年三月頃、実栄キャピタルが設立され、管理規定を備える必要から一般企業の規定を参考に作成したものであるが、子会社各社の規模、業種などの違いなどから、子会社各社に一律に規定を適用することが妥当でないことも多く、その後、改訂も検討はしたが改訂までに至らず、当面、子会社各社の実情に合わせ規定によらず適宜運用に任せることとした。
即ち、ブライト証券の従業員、管理職の給与、賞与の決定及び人事異動については、同管理規定上は承認事項になってはいるが、運用としては全従業員の人事、給与及び団体交渉における賃上げ回答もブライト証券の自主的判断に全て任せることとしている。
つまり、実栄は、同管理規定にも拘わらず財務面からの監督はするが、主体性と自主性を尊重し、労働条件の決定はブライト証券に任せているのである。
2 当委員会の判断
(1) ブライト証券の団体交渉態度が不誠実であるとの点について
<1> 組合は、ブライト証券が一四年四月以降の賃金について親会社と十分協議した上、誠実に団体交渉すべきであるにも拘わらず、「転籍時に一般職二〇万円、リーダー職二五万円の給与を承諾していたと親会社から聞いている」と回答したこと、また、立ち上げて間もないブライト証券が赤字であること、また、親会社である実栄が承諾しないという理由で一方的に交渉を打ち切ることも不誠実な団体交渉にほかならないと主張する。
<2> 確かに、ブライト証券は、当初の事務折衝において、「君たちはその金額を、二年目からの金額を、了承して来たんだということを親会社から聞いている」と述べ(第二、3(4)<2>)、一四年三月二八日に開催された第一回団体交渉においても、「転籍時の条件、就業規則等の説明会をやった時には、親会社からは転籍先での就業時間、休暇日数、その他の労働条件、賃金等について十分な説明を受けていると聞いている。二年目以降の二〇万、二五万、三〇万についてもその金額を承知して転籍してきたものと認識している」と述べている(同<3>)。
しかし、ブライト証券は、その後の団体交渉からは必ずしも二年目からの給与金額について了承して来たはずだとの説明のみに終始していたわけではない。
一四年四月四日に開催された第二回団体交渉では、組合が二年目の転籍先での給与が二〇万円、二五万円、三〇万円の金額で合意したとの文書はどこにもないことや、二年目の給与については組合員全員が転籍先での協議事項という認識であることを主張したのに対し、ブライト証券は具体的な数字を挙げて会社の収支状況が大変厳しいものであること、業績が上がってくれば、内勤者については賞与という形で考えるとも説明している(同<4>)。四月二三日に開催された第三回団体交渉では、ブライト証券は、賃金問題ではないが年次有給休暇の繰越しについて組合の要求を認める回答を行ってもいる(同<5>)。
更に、平行線の労使交渉を重ねた後、七月四日第六回団体交渉においてブライト証券は「前進回答をするに当たっては、会社として整備しなければならないこともある」と述べた上、七月一一日第七回団体交渉において、一般職二三万円、リーダー職二八万円及び歩合給率アップとの上積み回答を行ったにも拘わらず、組合側は、「生活できる給与」とはいえないとして即座にこれを拒否したという経緯が認められる(同<11><12>)。
<3> 要するに、組合は、団体交渉において、一貫して組合の考える「生活できる賃金」即ち旧実栄で受けていた給与水準を要求し続け、八月九日第八回団体交渉において、漸く、一般職四〇万円、リーダー職四五万円との組合としての若干の譲歩案を示したに過ぎない(第二、3(4)<13>)。これに対して、ブライト証券は、この組合案を即座に拒否することなく持ち帰り検討し、八月一三日に行われた事務折衝において「一年に限り一般職月額三〇万円ではどうか」との非公式の発言もしている。しかし、この「一年に限り一般職月額三〇万円」に対しても組合は承諾しなかった(同14)。
もっとも、この会社発言の「一年に限り一般職月額三〇万円」は団体交渉の場で正式に提案されることはなく、その後の八月二三日第九回団体交渉において、ブライト証券は、前回団体交渉において組合が要求した譲歩案について拒否し、再度、一般職二三万円、リーダー職二八万円との前々回と同じ回答を行い、労使の交渉は平行線となったことが認められる。そして、この第九回団体交渉を締めくくったのは、組合の「会社側の誠意が感じられない状況では、これ以上話し合いを継続しても解決するとは思えない。組合としては第三者機関に相談するつもりだ」の発言であることからすれば(同<15>)、既に、この段階で交渉は行き詰まり、労使が自主的な話合いで合意に達する可能性は全く失われていたと考えられる。
<4> 確かに、ブライト証券が回答した妥協案は組合の要求をはるかに下回るものであったから、組合としては大いに不満が残るのは無理もないことである。しかしながら、組合員らは、旧実栄からの転籍時に相当の水準の退職金等を受領しており(第二、2(2)<2>)、また、かつての才取業務から全く新しい分野である一般証券取引業務に従事するにあたって新業務に対応する賃金について旧実栄におけるのと同水準、即ち、組合のいう「生活できる賃金」に固執し続けるのもあまりに頑なに過ぎる態度といえる。
以上のような経過からすれば、ブライト証券は合計九回の団体交渉を継続し、その他にも事務折衝及び労使懇談会を行い、団体交渉の中では、会社の財務状況について具体的な数字を挙げて説明し、一定の妥協案を示したものの組合の容れるところとはならず、交渉は行き詰まりに至ったものと認められる。したがって、団体交渉におけるブライト証券の態度が使用者として不誠実であるとの組合主張は理由がないといわざるを得ない。
(2) 実栄の団体交渉拒否について
<1> 組合は、実栄がブライト証券の親会社という株主の支配力を超えて、子会社の労働者の給与などを実質的に決定しており、そのような立場に立つ実栄が組合の申し入れた団体交渉を拒否することは労働組合法第七条第二号に違反するものであること、言い換えれば、実栄はブライト証券の労働者及び組合にとっては使用者にほかならないことを主張する。
そして、実栄のブライト証券労働者に対する使用者性は、前記(第三、1(1)<2>アないしカ)に述べた事実から明らかであると主張する。
<2> 当委員会としては、組合が指摘する事実について、以下のように考える。
(ア 旧実栄の役員が子会社従業員賃金の原案を作成していたこと)について
一二年一一月下旬、子会社各社の役員らと当時の旧実栄のF人事部長(現実栄取締役兼総務部長)らが就業規則委員会を開催して子会社三社共通の賃金を検討し、一般職で一八万円~二三万円、リーダー職で二三万円~二八万円、部長職で二八万円~三三万円とすることが原案として提案されたことが認められる(第二、2(1)<3>)。しかし、就業規則委員会が開催された時点では、まだ実栄は設立されてもおらず、当時、存在した旧実栄のF人事部長が就業規則委員会に参加した事実をもって、一四年度のブライト証券従業員の賃金が実栄の一方的指示によって決定されたとは認められない。
(イ 旧実栄の役員らが子会社を援助すると発言していたこと)について
旧実栄が社内の二つの労働組合、即ち、旧実栄労組及び全実栄労組と度々団体交渉を行ったことが認められる。団体交渉の中で、旧実栄労組の五~七年の現給保証の要求に対して、旧実栄の役員らが労働条件については子会社が決めることではあるが、子会社一年目の現給保証及び二年目以降の給与の限り(二〇万円、二五万円、三〇万円)において支払い不能になれば補填する考えがある旨表明していることは認められる(第二、2(3)<1>)が、この発言が二年目以降の賃金についても実栄が現給を保証するとの趣旨で行われたものでないことは明らかである。
(ウ 実栄は子会社の人事権を行使していること)について
一三年一〇月、実栄キャピタルの役員であったW及びMが役員を退任し、ブライト証券の従業員となったことが認められる(第二、3(2)<2>)。確かに、この事実から実栄が子会社従業員の異動等に一定の影響力を行使していたことは認められるが、このことを捉えて、実栄がブライト証券の人事について実質的に決定しているとまではいえない。
(エ 一四年度の賃金決定について実栄が介入していること)について
一四年九月六日に開催された労使懇談会にブライト証券側が予定時刻より三〇分も遅れたこと、遅れた理由としてI取締役が「今の今まで親会社と交渉してきたんだ」、「現経営者として一度言った数字を提示するのは当然ということで親会社に了承をもらいに行って交渉している」が、「ここでその数字を提示することはできない」と述べたことが認められる(第二、3(4)<16>)。確かに、親会社である実栄の意見が、巨額の赤字を抱えるブライト証券従業員の賃金決定に対して大きな影響を与えるであろうことは推認するに難くないが、他方、ブライト証券と組合との団体交渉の経過(同<12>ないし<15>)をみれば、ブライト証券は組合との交渉に使用者として実質的に対応していることが認められるのであり、上記ブライト証券のI取締役の発現をもって、実栄がブライト証券従業員の賃金を決定していたとまで認める証左とするには足りない。
(オ 関係会社管理規定が子会社従業員の労働条件について親会社の承認事項と定めていること)について
関係会社管理規定については、前記のとおり、当委員会が被申立人実栄及びブライト証券に対してその提出を要請したところ、被申立人らはこれに応じなかったという経過がある。当委員会は、被申立人らの上記対応を甚だ遺憾とするところではあるが、関係会社管理規定が存在していること、及び同規定中で子会社従業員の賃金等について親会社の承認事項とすると定められていることは、審問の全趣旨から認定できる(第二、3(5))。
しかしながら、組合側において、現実に関係会社管理規定に基づいてどのように承認、決定がなされているかなどその運用についての具体的な主張及び疎明がなされていないことからすれば、実栄が関係会社管理規定に基づいて現実的かつ具体的にブライト証券従業員の労働条件を決定しているとの組合の主張は採用できない。
(カ 実栄にはブライト証券を救済しうる資産があること)について
実栄が旧実栄からの引継資産として相当額の資産を保有していることは認められる(第二、1(1))。しかし、この資産の運用をブライト証券に委ねるか否かは実栄自身の経営判断にかかるものであって、ブライト証券に委ねないからといって、特に非難すべき筋合いのものでもない。
以上要するに、組合が指摘する事実からは、実栄がブライト証券に対して経営・人事等について相当の影響力を有していることは認められるものの、実栄がブライト証券従業員の労働条件について、雇用主と同視できる程度に現実的かつ具体的な支配力を持っていると認定することは困難であり、結局、実栄がブライト証券の労働者に対して労働組合法上の使用者に当たるとの組合主張を採用することはできない。
(3) 結論
以上のとおり、ブライト証券と組合との団体交渉は、あるべき賃金について労使いずれの主張が正当であるかは格別、延べ九回にわたる実質的な交渉を経て行き詰まりの状態に至ったものと認められるので、ブライト証券の団体交渉への対応は不当労働行為に当たらないといわざるを得ない。他方、実栄はブライト証券従業員に対して労働組合法上の使用者としての地位にあるとはいえないのであるから、実栄が組合の一四年六月一一日付団体交渉申入れを拒否したことも不当労働行為に当たらない。
第四 法律上の根拠
以上の次第であるから、ブライト証券が組合の一四年六月一一日付「質問書及び団体交渉申入書」に係る団体交渉において執った対応及び実栄が組合の同日付「質問書及び団体交渉申入書」に係る団体交渉申入れを拒否したことは、いずれも労働組合法第七条第二号に該当しない。
よって、労働組合法第二七条及び労働委員会規則第四三条を適用して主文のとおり命令する。
平成一六年七月六日
東京都地方労働委員会
会長 藤田耕三