東京地方裁判所 平成16年(行ウ)478号 判決 2005年4月22日
原告 A株式会社
同代表者代表取締役 甲
被告 玉川税務署長
下田一夫
同指定代理人 武田康孝
同 山崎秀利
同 松本富由
同 木上律子
同 木村快
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告が、原告に対し、平成15年6月30日付けをもってした、原告の平成13年4月1日から平成14年3月31日までの事業年度以後の法人税の青色申告の承認の取消処分を取り消す。
第2事案の概要及び争点
本件は、原告が、被告から、2事業年度にわたる期限後申告を理由として、法人の青色申告の承認の取消処分を受けたことについて、裁量権の逸脱ないし濫用等の違法を主張して、この処分の取消しを求めた事案である。
1 争いのない事実
(1) 原告は、被告の管轄区域内に本店を有する株式会社であり、毎年4月1日から翌年3月31日までを事業年度としている。
(2) 原告は、その設立日である平成8年2月1日から同年3月31日までの事業年度について、青色申告の承認申請書を提出し、この事業年度以降の各事業年度について、青色申告をしてきた(以下この平成8年3月31日までの事業年度を「平成8年3月期」といい、その後の事業年度についても、この例による。)。
(3) 原告は、平成13年3月期の確定申告書(法定提出期限同年5月31日)を同年12月21日に提出し、平成14年3月期の確定申告書(法定提出期限同年5月31日)を平成15年5月28日に提出し、もって、連続する2事業年度にわたる期限後申告をし、法人税法127条1項4号に該当するに至った(乙1、2。以下この2事業年度にわたる期限後申告を総称して「本件期限後申告」と、この法律を「法」と、この条項を「本件条項」と、それぞれいう。)。
(4) 被告は、平成15年6月30日付けをもって、本件期限後申告を理由として、原告の平成14年3月期以後の法人税の青色申告の承認を取り消す旨の処分をした(以下この処分を「本件処分」という。)。
(5) 原告は、本件処分に対し、平成15年8月27日に異議申立てをしたが、同年11月27目付けをもって棄却決定を受け、同年12月25日に審査請求をしたが、平成16年8月6日付けをもって棄却裁決を受けたため、同年11月5日に本件処分の取消しを求めて本件訴えを提起した。
2 本件の争点
本件においては、原告に本件期限後申告があったことや、これが本件条項に該当することは争いがなく、本件期限後申告を理由とする本件処分について、裁量権の逸脱ないし濫用、比例原則違反、法の下の平等違反その他の違法があるかどうかが争点となっている。
(1) 裁量権の逸脱ないし濫用について
(原告の主張)
本件処分には、裁量権の逸脱ないし濫用の違法がある。
すなわち、青色申告の承認の取消しは、納税者に重大な影響を与えるものであるから、真に青色申告にふさわしくない事案に限定して行うべきであり、この点については、国税庁長官の平成12年7月3日付け「法人の青色申告の承認の取消しについて(事務運営指針)」(甲1。以下「本件指針」という。)においても、青色申告の承認の取消しは、法127条1項各号に掲げる事実及びその程度、記帳状況、改善可能性等を総合勘案の上、真に青色申告書を提出するにふさわしくない場合について行うこととされているところである(本件指針の冒頭の「趣旨」)。
原告は、本件期限後申告をしたものの、これに続く平成15年3月期には期限内申告をしており、平成16年3月期についても、税理士に決算書類の作成を依頼するなどの改善措置を講じ、期限内申告が確実に見込まれる状態にあった(甲2)から、真に青色申告にふさわしくない法人には当たらない。
(被告の主張)
本件処分には、裁量権の逸脱又は濫用の違法はない。
本件処分は、原告が期限内申告に復した後にされたものであるが、そもそも。期限後申告を理由とする青色申告承認取消処分については、時期の制限がないから、納税者が期限内申告に復した後に、過去の期限後申告を理由とする青色申告承認取消処分をしたからといって、その処分が違法となるわけではない。
なお、本件は、本件指針に照らしても、青色申告の承認の取消処分をすべき事案に当たる。すなわち、本件指針によれば、本件条項に定める場合における青色申告の承認の取消しは、2事業年度連続して期限内に申告書の提出がない場合に行い、この場合には、当該2事業年度目の事業年度以後の事業年度について、その承認を取り消すものとされているところ(本件指針の記の4)、本件処分はこれに従っている。なお、本件指針によれば、以上の定めに該当する場合においても、役員その他相当の権限を有する地位に就いている者が知り得なかったこともやむを得ないと認められるなどその事実の発生について特別な事情があり、かつ、再発防止のための監査体制を強化する等今後の適正な記帳及び申告が期待できるなど、取消しをしないことが相当と認められるものについては、以上の定めにかかわらず、所轄国税局長と協議の上その事案に応じた処理を行うものとされているところであるが(本件指針の記の5の①)、原告からは、本件期限後申告が発生した事情について、何ら具体的な主張がない。
(2) 比例原則違反について
(原告の主張)
本件処分は、2事業年度にわたる悪質でない期限後申告を理由として、4事業年度にわたる重大な不利益を課すものであって、比例原則に違反する。
すなわち、本件期限後申告に係る事業年度は2期にとどまっているし、これらの事業年度に係る原告の所得金額及び納付すべき税額はいずれも0円であって、本件期限後申告による国庫の実害は皆無である。そもそも、零細企業における期限後申告は、経理事務や申告書作成事務の関係上どうしても生ずることがあるものであり、脱税、過少申告等のような悪質事案とは性質が異なる。そして、被告は、本件期限後申告が、原告をして本件処分を甘受させるに匹敵するような重大な行為であることを立証していない。
他方において、本件処分の効果は重大である。すなわち、被告は、本件処分の通知を受けた日(平成15年6月30日ころ)以後1年間、新たな青色申告の承認の申請があってもこれを却下することができるのであり(法123条1項3号)、原告がこの期間の経過をまって青色申告の承認の申請をすることができるのは、平成18年3月期分以降にならざるを得ないから、原告としては、平成14年3月期から平成17年3月期までの4事業年度にわたって、青色申告の取扱いを受けることができず、繰越欠損控除、推計課税、更正処分の理由附記、税制上の優遇措置等の側面において、他の事業者との競争上著しく不利益な立場に置かれ、事業の継続を事実上禁止されるに等しい取扱いを受けることとなる(推計課税に関する不利益について付言すると、いわゆる白色申告においては、税務署長が自由な推計課税をすることが認められることとなりかねない。被告は、これを争うものの、具体的にどのような場合に推計課税が許されるのかを示していない。)。
このほか、期限後申告には無申告加算税の制裁もあることに照らしても、これに加えて青色申告の承認の取消処分をする必要はない。
(被告の主張)
青色申告の承認の取消しに際し、原告の主張するような諸事情の比較考量をすべきことを定めた規定はない(なお、いわゆる白色申告においても、被告が自由な推計課税をすることが許されているわけではない。)。
(3) 法の下の平等違反について
(原告の主張)
本件処分は、軽微事案について、重大事案よりも厳しい処分をしたものであって、法の下の平等に反する。
すなわち、本件指針によれば、所得の隠ぺいや仮装を理由とする青色申告の承認の取消しは、隠ぺいないし仮装に係る金額が所得の50パーセント以上でかつ500万円以上である場合にするものとされており、しかも、今後適正な申告をする旨の申出があった場合には、一定の要件の下に処分を見合わせるものとされている(本件指針の記の3の(1)のイ、(5)参照)。このように、明らかに悪意のある所得の隠ぺいや仮装の事案についても、青色申告の承認が取り消されない場合のあることが予定されているのに対し、本件のように、悪意のない期限後申告の事案について、一律に青色申告の承認が取り消されるものとされているのは、処分の均衡を失し、法の下の平等に違反する。
(被告の主張)
本件事案と所得の隠ぺいや仮装の事案とは性質が異なるから、両者を比較して平等原則違反をいう原告の主張は、その前提において失当である。
(4) その他について
(原告の主張)
原告は、国税当局の広報施策の不備の被害者であり、これを救済するためにも、本件処分は取り消されるべきである。
すなわち、脱税、過少申告は社会通念上犯罪と認識されているのに対し、期限後申告はそのように認識されていないのであるから、期限後申告を理由とする青色申告承認取消処分があり得ることについては、国税当局においてしかるべき周知策を講じておかなければならなかったところ、一般に入手することができるパンフレット等の広報資料をみても、この点の周知は図られていない。そのため、原告は、本件処分を事前に予測することができず、不測の被害を受けることとなったのであるから、救済されるべきである。
(被告の主張)
原告の主張は、争う。
第3争点に対する判断
1 青色申告制度について
青色申告制度は、完備した帳簿書類を基礎とした正確な申告を奨励するために、一定の帳簿書類を備え付けている者に限って青色の申告書を用いて申告することを認め、かつ青色申告に通常の申告(白色申告)には認められない各種の特典を与えることとしたものである。そして、青色申告の承認の取消しの制度は、青色申告の承認を受けている法人であっても、その後に青色申告の前提条件を欠くに至り、又は青色申告制度を維持するための秩序が乱されることとなるときは、その承認を取り消す措置が必要であることから、青色申告の承認を受けている法人について、一定の事実があった場合には、税務署長は、その事実があった事業年度までさかのぼってその承認を取り消すことができるものとしたものである。
2 裁量権の逸脱ないし濫用について
前記1のような観点から見た場合、青色申告の承認の取消しをすることができるのは、法127条1項各号に該当する場合でなければならないことはもちろんであるが、同項本文が、同項各号に該当する事実がある場合には、青色申告承認を取り消すことが「できる」と規定して、取消しの要否を税務署長の裁量に委ねていることからすると、形式的には各号該当性が認められるものの、青色申告にふさわしくない事案とはいい難いような事案について青色申告承認取消処分がされた場合には、裁量権の逸脱ないし濫用の違法が生じる余地があるものというべきである。
そこで、本件においてそのような裁量権の逸脱ないし濫用の違法があるかどうかを検討する。
本件期限後申告は、2事業年度にわたっており、それぞれの申告が法定申告期限を徒過した期間は、平成13年3月期については6か月以上、平成14年3月期については11か月以上に及んでいるところ、このような事態が生じた理由について、原告からは格別の主張や立証がされていない。そして、きちんと帳簿書類を作成して申告に備えていれば、本来、期限内に申告ができないという事態が生ずることはあり得ない事柄なのであるから、2年間続けて約半年、約1年という申告遅れを起こすというのは、青色申告者に期待されている行動から大きく逸脱したものといわざるを得ないのであり、この観点からすると、原告は、法に定める各種の恩典を受けるのにふさわしい前提を備えた法人と評価するのは到底困難であるというほかない。そうすると、本件が青色申告にふさわしくない事案に当たるとして、原告に対する青色申告の承認を取り消した原処分について、裁量権の濫用ないし逸脱の違法を認めることはできない。
本件指針に照らしてみても、本件処分は、2事業年度連続して期限内に申告書の提出がない事案について、当該2事業年度目の事業年度以後の事業年度について青色申告の承認を取り消したものであって、本件指針の定めに従ったものということができ(本件指針の記の4参照。なお、記の5の①に該当すべき事情については、原告から何らの主張がない。)、同種事案に対する事務運営と異なる処分であるとはいい難い。
なお、原告の主張には、原告が平成15年3月期に期限内申告をしたことから、その後にされた本件処分が違法となるという趣旨にも解される部分がある。しかしながら、本件条項その他の法の規定には、期限後申告を理由とする青色申告承認取消処分の時期を制限する規定はないから、納税者が期限後申告をした後に期限内申告に復したからといって、その後に、過去の期限後申告を理由とする青色申告承認取消処分をすることができなくなるわけではない。
したがって、原告の主張のうち、裁量権の逸脱ないし濫用の違法をいう部分は、これを採用することができない。
3 比例原則違反について
いわゆる比例原則は、いわゆる効果裁量の分野に適用される原則であり、ある行政目的を達するために数個の手段が認められている場合には、人民の権利自由に制限を課する行為は、その目的を達するために必要な最小限度にとどめなければならないという条理上の制約を意味するものであって、本件において原告の主張している原則とは異なる側面があるが、この点はひとまず措き、原告の主張の実質的な内容を検討すると、要するに、本件処分はその名宛人に不利益を甘受させる処分であるところ、このような不利益処分をすることが許されるのは、名宛人に当該不利益を甘受させるにふさわしい事由がある場合に限るべきであるにもかかわらず、本件においては、本件期限後申告は重大でないのに対し、本件処分は重大であって、本件期限後申告は原告に本件処分を甘受させるにふさわしい事由に当たらないという趣旨に解される。
しかしながら、原告の主張を上記のように理解したとしても、その主張を採用することはできないことは、既に説示したとおりである。
なお、原告は、本件期限後申告が重大なものでない理由として、本件期限後申告に係る事業年度が2期にとどまっていること、これらの事業年度に係る原告の所得金額及び納付すべき税額はいずれも0円であること、そもそも零細企業における期限後申告は、経理事務や申告書作成事務の関係上どうしても生ずることがあるものであることを主張する。しかしながら、既に指摘したとおり、青色申告承認は、きちんとした帳簿書類を備え、きちんとした申告をすることができる者に対して与えられるべきものなのであるから、この観点からみた場合、2年度にわたる期限後申告の事実は、決して軽視し得るものではないし、その原因が、経理事務や申告書作成事務の都合にあるというのであれば、それは、青色申告承認を受けるのにふさわしい態勢を備えていないことを自白しているのに等しいものといわざるを得ない。さらに、ここで問題とされているのは、きちんとした帳簿書類を用意して申告に備えているかどうかという点なのであるから、申告に係る所得金額や税額の多寡によって、青色申告承認が取り消されるべきかどうかの判断が左右されるものでもない。結局、原告の主張は、青色申告制度や、その取消制度の趣旨を誤解するものといわざるを得ない。
また、原告は、本件処分が重大なものである理由として、原告が4事業年度にわたって青色申告の取扱いを受けることができず、各種の不利益を受けることを主張する。しかしながら、これらの主張の前提をみると、原告が本件処分の通知を受けた日から1年以内に新たな青色申告の承認の申請をしたときにこれを却下するかどうかは被告の裁量にゆだねられているところであって、原告が承認を受ける可能性が否定されているわけではないし(法123条1項3号参照)、いわゆる推計課税は、必要性がある場合に、合理的な手法に基づいて行うことができるものであって、決して課税庁の恣意的な課税を許容するものではないというのが、裁判例上の確立された見解である(この点については、例えば、金子宏・租税法(第9版増補版)654頁以下参照)のであって、原告の主張には、前提において失当な部分を含んでいるといわざるを得ない。その余の点を検討してみても、原告が指摘する課税上の各種優遇措置は、青色申告者としてふさわしい者に与えられた恩典であって、納税者一般に与えられた権利ではないのであるから、これらの措置を受けられないことを一般的な権利侵害のように主張するのも当を得ない主張というほかはない。
そうすると、この点に関する原告の主張もまた、これを認めることができない。
4 法の下の平等違反について
原告の主張は、青色申告承認取消処分をするかどうかの取扱基準について、本件のような期限後申告事案と所得の隠ぺいないし仮装事案との不均衡をいうものであるところ、納税者が帳簿書類とこれに基づく申告を励行することを前提とする青色申告制度においては、期限後申告は、その一事をもって、このような制度の利用者としての適性を疑わせるに足りる事情であるから、このような期限後申告事案と所得の隠ぺいないし仮装事案とを同列に扱って比較しようとする原告の主張は、その前提を欠き、採用することができない(言い換えると、青色申告承認の取消しは、脱税や過少申告等に対する制裁ではなく、きちんとした帳簿書類を用意して申告に備えるべき青色申告者としてはふさわしくないこと等を理由とする処分なのであり、この観点からすれば、そもそも期限内に申告さえもしないという事案と、期限内に申告をしたがその申告に仮装、隠ぺいがあったという事案とを単純に比較することは困難であるといわざるを得ず、後者が前者よりも悪質であるとする原告の主張は、その前提に疑問があるものといわざるを得ないのである。)。
なお、本件指針においては、期限後申告事案についても、事情に応じては青色申告承認取消処分を見合わせる余地を設けているところ、原告についてそのような事情を認めることができないことは、前記2において説示したとおりである。
5 その他について
原告は、本件処分が原告にとって予測外のものであったことなどを主張するところ、そもそも、期限後申告があった場合に所轄税務署長がこれを理由とする青色申告承認取消処分をすることができることは、本件条項に明記されているところであり、処分の名宛人が本件条項の存在を知らなかったとしても、処分が許されなくなるわけではない(なお、本件期限後申告については、原告の役員その他相当の権限を有する地位に就いている者がこの事実を知らなかったことも、これらの者がこれを知り得なかったことがやむを得ないと認められる事情も、主張されていない。)。このほか、広報施策等に関する原告の主張は、およそ国の広報施策としての当不当の議論の対象となる余地があるとしても、個別の処分の違法適法を左右するものには当たらない。
6 小括
以上のとおり、本件処分の違法事由に関する原告の主張は、いずれも採用することができず、このほかにも、本件処分の違法と見るべき事情を見出すことはできない。
第4結論
以上の次第で、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 金子直史 裁判官 潮海二郎)