東京地方裁判所 平成16年(行ウ)49号 判決 2004年9月10日
(原告) 甲
(被告) 国
被告指定代理人は別紙のとおり
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は、原告の平成9年分源泉徴収済み所得税の還付金29万6992円を支払え。
第2 事案の概要
本件は、原告が、平成15年3月5日付けで、立川税務署長に対して平成9年分の所得税の確定申告書を提出して還付請求をしたところ、上記所得税の還付金等に係る国に対する請求権は時効消滅している旨の通知を受け、これについての異議申立て及び国税不服審判所長への審査請求のいずれも却下されたが、原告は、源泉徴収済み所得税の還付請求権に関する消滅時効完成時期について立川税務署の職員から事前に得た回答に従って行動したものであるうえ、立川税務署長は、過去に、平成7年分及び8年分について、原告が消滅時効完成後に提出した確定申告書に基づいて原告に対して還付を行い、これによって源泉徴収済み所得税の還付請求権に関する消滅時効完成時期についての公的見解を表示し、原告はこの見解を信頼したのであるから、被告が消滅時効の完成を主張して原告の還付請求を拒否することは信義則上許されないなどと主張して、平成9年分の所得税の還付を請求している事案である。
1 法令の定め等
(1) 本件に関連する所得税法及び国税通則法上の規定は次のとおりである。
ア 確定所得申告-所得税法120条1項
居住者は、その年分の総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額の合計額が第2章第4節(所得控除)の規定による雑損控除その他の控除の額の合計額を超える場合において、当該総所得金額、退職所得金額又は山林所得金額からこれらの控除の額を第87条第2項(所得控除の順序)の規定に準じて控除した後の金額をそれぞれ課税総所得金額、課税退職所得金額又は課税山林所得金額とみなして第89条(税率)の規定を適用して計算した場合の所得税の額の合計額が配当控除の額を超えるときは、第123条第1項(確定損失申告)の規定による申告書を提出する場合を除き、第3期(その年の翌年2月16日から3月15日までの期間をいう。以下この節において同じ。)において、税務署長に対し、所定事項を記載した申告書を提出しなければならない。
イ 確定所得申告を要しない場合-所得税法121条1項
その年において給与所得を有する居住者で、その年中に支払を受けるべき第28条第1項(給与所得)に規定する給与等(以下この項において「給与等」という。)の金額が2000万円以下であるものは、次の各号のいずれかに該当する場合には、前条第1項の規定にかかわらず、その年分の課税総所得金額及び課税山林所得金額に係る所得税については、同項の規定による申告書を提出することを要しない。ただし、不動産その他の資産をその給与所得に係る給与等の支払者の事業の用に供することによりその対価の支払を受ける場合その他の政令で定める場合は、この限りでない。
一 一の給与等の支払者から給与等の支払を受け、かつ、当該給与等の全部について第183条(給与所得に係る源泉徴収義務)又は第190条(年末調整)の規定による所得税の徴収をされた又はされるべき場合において、その年分の利子所得の金額、配当所得の金額、不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額、譲渡所得の金額、一時所得の金額及び雑所得の金額の合計額(以下この項において「給与所得及び退職所得以外の所得金額」という。)が20万円以下であるとき。
二 二以上の給与等の支払者から給与等の支払を受け、かつ、当該給与等の全部について第183条又は第190条の規定による所得税の徴収をされた又はされるべき場合において、イ又はロに該当するとき。
イ 第195条第1項(従たる給与についての扶養控除等申告書)に規定する従たる給与等の支払者から支払を受けるその年分の給与所得に係る給与等の金額とその年分の給与所得及び退職所得以外の所得金額との合計額が20万円以下であるとき。
ロ イに該当する場合を除き、その年分の給与所得に係る給与等の金額が150万円と社会保険料控除の額、小規模企業共済等掛金控除の額、生命保険料控除の額、損害保険料控除の額、障害者控除の額、老年者控除の額、寡婦(寡夫)控除の額、勤労学生控除の額、配偶者控除の額、配偶者特別控除の額及び扶養控除の額との合計額以下で、かつ、その年分の給与所得及び退職所得以外の所得金額が20万円以下であるとき。
ウ 還付等を受けるための申告-所得税法122条1項前段
居住者は、その年分の所得税につき第120条第1項第4号、第6号又は第8号(確定所得申告)に掲げる金額がある場合には、同項の規定による申告書を提出すべき場合及び次条第1項の規定による申告書を提出することができる場合を除き、第138条第1項(源泉徴収税額等の還付)又は第139条第1項若しくは第2項(予納税額の還付)の規定による還付を受けるため、税務署長に対し、所定事項を記載した申告書を提出することができる。
エ 源泉徴収税額等の還付-所得税法138条1項
確定申告書の提出があった場合において、当該申告書に第120条第1項第4号若しくは第6号(源泉徴収税額等の控除不足額)又は第123条第2項第6号若しくは第7号(源泉徴収税額等)に掲げる金額の記載があるときは、税務署長は、当該申告書を提出した者に対し、当該金額に相当する所得税を還付する。
オ 還付金等の消滅時効-国税通則法74条
a 還付金等に係る国に対する請求権は、その請求をすることができる日から5年間行使しないことによって、時効により消滅する。
(1項)
b 第72条第2項及び第3項(国税の徴収権の消滅時効の絶対的効力等)の規定は、前項の場合について準用する。
(2項)
カ 国税の徴収権の消滅時効-国税通則法72条
a 国税の徴収権の時効については、その援用を要せず、また、その利益を放棄することができないものとする。
(2項)
b 国税の徴収権の時効については、この節に別段の定めがあるものを除き、民法の規定を準用する。
(3項)
(2) 以上の規定によれば、還付金を請求することができる日、すなわち国税通則法74条1項に規定する消滅時効の起算日は、法律上権利行使の障害がなくなる日を指し、源泉徴収された所得税に係る還付金については、確定申告書を提出することによりこれを請求することができるので、当該確定申告書を提出することができる日が消滅時効の起算日となる。
そうすると、所得税法120条1項による確定申告書の提出期間は第3期(その年の翌年2月16日から3月15日までの期間)とされているので、同条項に基づいて還付金を請求することができる日は翌年の2月16日である。また、同法122条1項による確定申告書の提出期間については、同条項に定められていないが、所得税の課税年度が暦年であり、その納税義務は暦年の終了時に成立する(国税通則法15条2項1号)ことからして、この条項に基づいて還付金を請求できる日は、翌年の1月1日である。
したがって、納税者が、ある年分の源泉徴収された所得税について、上記の各日から5年を経過した日より後に還付のための確定申告書を提出しても、その時点では、国税通則法74条に規定する還付金等の消滅時効が完成していることとなる。
2 前提となる事実(以下の事実は当事者間に争いがない。)
(1) 原告は、平成13年3月12日、立川税務署長に対し、平成7年分の所得税の確定申告書を提出し、扶養控除の申告に誤りがあるとの指摘は受けたものの、同確定申告書に記載された還付金の額に相当する税額につき還付を受けた。
また、原告は、平成14年2月20日にも、平成8年分の所得税の確定申告書を提出して、同確定申告書に記載された還付金の額に相当する税額につき還付を受けた。
(2) 原告は、平成15年3月5日、立川税務署長に対し、平成9年分の所得税の確定申告書(以下「本件申告書」という。)を提出した。
本件申告書には、課税標準等及び税額等について、以下のとおり記載されている。
ア 不動産所得の(損失)金額 △106万4010円
イ 配当所得の金額 18万6680円
ウ 給与所得の金額 636万0000円
エ 雑所得の金額 117万8926円
オ 総所得金額 666万1596円
カ 所得控除の合計額 270万7841円
キ 課税総所得金額 395万3000円
ク 課税総所得金額に対する税額 46万0600円
ケ 配当控除の額 1万8668円
コ 差引所得税額 44万1932円
サ 源泉徴収税額 73万8924円
シ 還付金の額に相当する税額 29万6992円
(3) 本件申告書の上記の記載によれば、総所得金額(666万1596円)は所得控除の合計額(270万7841円)を超えており、かつ課税総所得金額に対する税額(46万0600円)は配当控除の額(1万8668円)を超えているので、所得税法120条1項の場合に該当する。そして、総所得金額(666万1596円)から給与所得の金額(636万0000円)を控除すると30万1596円となり、給与所得以外の所得が20万0000円を超えているので、所得税法121条1項の場合には当たらないものである。
このように、本件申告書は、所得税法120条1項に規定する確定申告書に該当するものであるが、これによって平成9年分の源泉徴収済み所得税の還付を求める権利は、当該還付のための確定申告書を提出することができる平成10年2月16日から5年を経過した平成15年2月15日の経過をもって時効により消滅している。
(4) そこで、立川税務署個人課税第1部門統括国税調査官である乙(以下「乙統括」という)は、平成15年6月上旬、原告に電話し、本件申告書に係る還付金については消滅時効が完成しているため還付できないと説明した。
(5) さらに、乙統括は、同月中旬ころ、東京国税局立川税務署派遣納税者支援調整官である丙とともに、原告宅を訪れ、平成7年分及び8年分について原告の還付請求のとおりに還付してきたのは職員らの誤りによるものであり、扶養親族の申告の誤りに気付いた段階でも時効完成後の申告であることは見逃していたことを説明し、本件申告書が時効完成後に提出された無効な申告書であることを了解してもらいたい旨述べたが、原告は納得できないとして、文書による説明を求めた。
(6) 乙統括は、平成15年6月25日付けで、原告に対し、原告の平成9年分の所得税の還付金等に係る国に対する請求権が時効により消滅している旨を記載した「平成9年分所得税の確定申告書の件について」と題する書面(甲1、以下「本件通知」という。)を送付した。
また、立川税務署長は、同日付けで、既に原告に還付済みであった平成7年分及び8年分の還付金について、消滅時効が完成していたとして、原告に対し、それらを返納するよう告知した。
(7) 原告は、平成15年7月29日付けで、本件通知について、立川税務署長に対して異議申立てをしたが、同税務署長は、同年10月29日付けで、本件通知は国税に関する法律に基づく処分ではないとして、これを却下する異議決定を行った。
(8) 原告は、同年11月25日に、上記異議決定を不服として、国税不服審判所長に対して審査請求をしたが、同所長は、同年12月19日付けで、これを却下する裁決を行った。
3 当事者の主張
(原告の主張-被告による消滅時効完成の主張が信義則に反すること)
(1) 原告は、平成10年ころ、源泉徴収された所得税の還付に係る消滅時効完成時期について立川税務署に電話して質問したところ、同税務署資産課税第1部門の担当職員丁は、当該年分の6年後の3月15日までは還付請求可能である旨回答した。
また、原告が、平成14年2月上旬ころ、立川税務署を直接訪れて同様の質問をしたところ、東京国税局の職員戊も、同様の回答をした。
原告はこれらの回答を信頼して行動したのであるから、原告に過失はなく、立川税務署の職員らの上記行為は、原告に対して実質的に期限の猶予を与えたものということができる。
ちなみに、立川税務署の職員らが、平成14年12月9日時点で源泉徴収済みの所得税の還付請求権に関する消滅時効完成時期についての誤解に気付いたのであれば、それまでの還付請求の処理に誤りがなかったか調べた上で、原告の平成7年分及び8年分の還付金について直ちに返納告知書を発送すべきであり、そうすれば、原告は、直ちに立川税務署にその意味を照会して理解し、平成9年分については平成15年2月15日以前に還付請求していたはずである。
(2) 立川税務署長は、原告が平成13年3月12日に提出した平成7年分の所得税の確定申告書、及び平成14年2月20日に提出した平成8年分の所得税の確定申告書につき、いずれも適格なものと認めて還付の決裁をし、支払日、支払金額等を原告に対して書面で通知するとともに、所定の金額につき還付した。
これらの還付請求についても消滅時効が完成していたのであり、上記通知及び還付は、源泉徴収済み所得税の還付請求権に関する消滅時効完成時期についての公的見解(所得税還付のための確定申告書は当該年から6年後の3月15日まで提出可能である旨)の表示である。
また、平成7年分所得税の確定申告書について扶養控除の誤りを指摘したとき及び同修正申告時のいずれの時点においても、立川税務署長は、確定申告書の提出日自体については適格であるとして、書面上で決裁しているが、これもまた、立川税務署長が原告の信頼の対象となる公的見解を表示したものというべきである。
(3) 以上のとおり、被告は、立川税務署の担当者らによる再々の誤った説明及び事務処理を通じて、原告の所得税についての還付請求権の消滅時効完成時期につき実質的に猶予を与えたものであり、また、立川税務署長が、平成7年分及び平成8年分の所得税について原告の確定申告書を適格なものと認めて還付の決裁を行い、原告に対し、支払日、支払金額等を書面で通知し、還付をした行為は、所得税還付のための確定申告書は当該年から6年後の3月15日まで提出可能である旨を公的見解として表示したものというべきである。
したがってこれらのいずれの事情を前提としても、被告は、信義則上、本件申告書に係る還付金について消滅時効の完成を主張できないと解すべきである。
(被告の主張-被告による消滅時効完成の主張が信義則に反しないこと)
(1) そもそも租税法は強行法規であるから、そこでは合法性の原則が支配し、法律の根拠に基づくことなしに租税を減免することは許されない。租税法において信義則を適用し、課税庁の違法な活動を信頼して行動した私人を保護して、適法な課税処分を取り消したり、法定の納付義務を軽減させたり、さらには消滅時効が完成している還付金を還付してしまうことは、租税法規に違反する事態を現出し、租税法規の平等な適用の要請に背くものである。
租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、法律による行政の原理、なかんずく租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、上記法理の適用は慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて上記法理の適用の是非を考えるべきである。
この「特別の事情」の有無の判断に当たっては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、後にこの表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか、また納税者が税務官庁の上記表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の考慮は不可欠である(最高裁昭和62年10月30日第三小法廷判決・裁判集民事152号93頁参照)。
そして、ここにいう「公的見解の表示」とは、事実上納税者をも拘束し、準法規的性格をも有する法令の解釈に関する公開の通達、税務官庁としての責任ある者からされた公文書による回答、通知等信頼度の強いものでなくてはならず、単なる意見若しくは意向の表示では足りない。
また、租税法の分野における信義則の法理の適用範囲については厳格に解し、合法性の原則を貫くことが優先されるべきであり、還付金の還付等租税法に基づく行為を行うに当たり、法定要件がないのにこれをあるものと誤認したために、誤って当該行為を行ったにすぎない場合、これをもって公的見解の表示と認めるべきではない。
(2) 本件で、仮に立川税務署の資産課税第1部門の総括上席国税調査官であった丁が、原告に対して、源泉徴収済み所得税の還付請求権に関する消滅時効完成時期について誤って(6年後の3月15日であると)説明したとしても、同人の地位からして、その見解を公的見解であると解することは到底できない。
また、立川税務署長は、原告の平成7年分及び8年分についての所得税還付請求権に関する消滅時効が完成していることを看過し、原告の請求どおり所得税を還付するという過誤を犯したが、当該還付行為は、当該消滅時効完成の看過による事務処理手続上の過誤にすぎず、これをもって、税務官庁が納税者に対し、信頼の対象となる公的見解を表示したものと認めることはできない。
原告は、本件申告書を本来の期限(法定申告期限)である平成10年2月16日から3月16日までに提出していれば、申告書に記載された還付金の額に相当する税額について還付を受けられたにもかかわらず、原告は、所得税法上の提出期間内に確定申告書を提出するという基本的な義務の履行を怠ったものであり、保護に値しない。
(3) 以上のとおり、本件においては、原告の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別な事情は存在せず、信義則の適用を認めることはできない。
4 争点
したがって、本件の争点は、「被告が原告の所得税還付請求に対して消滅時効の完成を主張することが信義則に反して許されないか否か。」である。
第3 当裁判所の判断
1 租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により、上記課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、法律による行政の原理なかんずく租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、上記法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて上記法理の適用の是非を考えるべきものである。そして、上記特別の事情が存するかどうかの判断に当たっては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、のちに上記表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか、また、納税者が税務官庁の上記表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の考慮は不可欠のものであるといわなければならない(最高裁昭和62年10月30日第三小法廷判決・裁判集民事152号93頁参照)。
2(1) 原告は、①被告は、立川税務署の担当者らによる再々の誤った説明及び事務処理を通じて、原告の所得税についての還付請求権の消滅時効完成時期につき実質的に猶予を与えた、②また、立川税務署長が、平成7年分及び平成8年分の所得税について原告の確定申告書を適格なものと認めて還付の決裁を行い、原告に対し、支払日、支払金額等を書面で通知し、還付をした一連の行為によって、所得税還付のための確定申告書は当該年から6年後の3月15日まで提出可能である旨を公的見解として表示したとして、これらを根拠に、被告が本件申告書に係る還付金について消滅時効の完成を主張することは信義則に反するものとして許されない、と主張する。
(2) しかしながら、前記のとおり、還付金等の消滅時効の起算点及び時効期間については、国税通則法74条1項において「還付金等に係る国に対する請求権は、その請求をすることができる日から5年間行使しないことによって、時効により消滅する。」と明確に定められており、また、同条2項は、還付金等の消滅時効についての利益を放棄することができないことを「国税の徴収権の時効については、その援用を要せず、また、その利益を放棄することができないものとする。」との同法72条2項の規定を準用することによって明確に定めている。
(3) 他方、本件の各証拠を検討しても、原告が主張するように、立川税務署の総括上席国税調査官であった丁や東京国税局の戊が、原告に対し、電話ないし口頭で、源泉徴収済み所得税の還付請求権に関する消滅時効完成時期について誤った説明をしたと認めるに足りる証拠はなく、仮に、原告の質問に答えて、これらの職員が電話又は
口頭でそのような説明をしたことがあるとしても、説明に至る経緯及びその態様、これらの職員の地位等に照らせば、そのような行為をもって、原告の所得税についての還付請求権の消滅時効完成時期について猶予を与える旨の行政上の意思を示した行為と評価すべきものでないことは明らかである。
また、原告の平成7年分及び8年分所得税の還付請求については、既に消滅時効が完成していたにもかかわらず、立川税務署長が誤って原告の主張どおりの還付を行ったことは、前記のとおりであるが、このような対応は、前記の国税通則法74条1項及び2項に明らかに反する違法なものであり、個別の事案処理に当たって、このような過誤による取扱いが存在することをもって、同署長が所得税還付のための確定申告書は当該年から6年後の3月15日まで提出可能である旨を公的見解として表示したものであるとは到底認め難い。
(4) したがって、本件においては、本件申告書に係る還付金について消滅時効の完成を主張することについて、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存在するとは、認められない。
3 結論
以上のとおり、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 石井浩 裁判官 矢口俊哉)
(別紙)
指定代理人目録
(被告指定代理人)
兼田加奈子
櫻井保晴
蜂谷光男
笹﨑好一郎
山口智子
井上文