東京地方裁判所 平成16年(行ウ)566号 判決 2005年8月31日
原告
谷山誠
訴訟代理人弁護士
熊野朝三
訴訟復代理人弁護士
馬場智宏
被告
厚生労働大臣
尾辻秀久
訴訟代理人弁護士
黒澤基弘
指定代理人
瀬戸勲
外7名
主文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
被告が全国環境整備事業厚生年金基金に対して平成15年8月21日付けでした解散の認可(厚生労働省発年第0821003号)を取り消す。
二 本案前の答弁
主文第一項と同旨
三 請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する。
第二 事案の概要
一 事案の骨子
本件は,被告が全国環境整備事業厚生年金基金(以下「本件基金」という。)に対して平成15年8月21日付けで解散を認可した(厚生労働省発年第0821003号)ため,本件基金を組織する設立事業所の事業主のうちの一人である原告が,被告に対し,上記認可の取消しを求めて異議申立てをしたところ,被告が平成16年2月27日付けでこれを棄却する旨の決定をしたため,原告が,被告に対し,上記認可の違憲・違法を主張して,その取消しを求める事案である。
二 関係法令の定め
1 厚生年金保険法
(一) 106条
厚生年金基金(以下「基金」という。)は,加入員の老齢について給付を行ない,もって加入員の生活の安定と福祉の向上を図ることを目的とする。
(二) 107条
基金は,適用事業所の事業主及びその適用事業所に使用される被保険者をもって組織する。
(注;同条にいう「適用事業所」とは,6条1項の各号のいずれかに該当する事業所若しくは事務所又は船舶をいう(6条1項)。以下同じ。)
(三) 110条
1項 一又は二以上の適用事業所について常時政令で定める数以上の被保険者を使用する事業主は,当該一又は二以上の適用事業所について,基金を設立することができる。
2項 適用事業所の事業主は,共同して基金を設立することができる。この場合において,被保険者の数は,合算して常時前項の政令で定める数以上でなければならない。
(四) 122条
基金の設立事業所に使用される被保険者は,当該基金の加入員とする。
(注;同条にいう「設立事業所」とは,基金が設立された適用事業所をいう(117条3項)。)
(五) 145条
1項 基金は,次に掲げる理由により解散する。
1号 代議員の定数の4分の3以上の多数による代議員会の議決
2号及び3号 (省略)
2項 基金は,前項第1号又は第2号に掲げる理由により解散しようとするときは,厚生労働大臣の認可を受けなければならない。
(六) 146条
基金は,解散したときは,当該基金の加入員であった者に係る年金たる給付及び一時金たる給付の支給に関する義務を免れる。ただし,解散した日までに支給すべきであった年金たる給付又は一時金たる給付でまだ支給していないものの支給に関する義務については,この限りでない。
2 行政不服審査法
(一) 10条
法人でない社団又は財団で代表者又は管理人の定めがあるものは,その名で不服申立てをすることができる。
(二) 13条1項
代表者…(中略)…の資格は,書面で証明しなければならない。(以下省略)
3 平成16年法律第84号による改正前の行政事件訴訟法(以下「行政事件訴訟法」という。)
(一) 3条3項
この法律において「裁決の取消しの訴え」とは,審査請求,異議申立てその他の不服申立て(以下単に「審査請求」という。)に対する行政庁の裁決,決定その他の行為(以下単に「裁決」という。)の取消しを求める訴訟をいう。
(二) 14条1項
取消訴訟は,処分又は裁決があったことを知った日から3箇月以内に提起しなければならない。
(三) 14条2項
前項の期間は,不変期間とする。
(四) 14条4項
第1項…(中略)…の期間は,処分又は裁決につき審査請求をすることができる場合…(中略)…において,審査請求があったときは,その審査請求をした者については,これに対する裁決があったことを知った日…(中略)…から起算する。
三 前提となる事実
本件の前提となる事実は,次のとおりである。なお,証拠若しくは弁論の全趣旨により容易に認めることができる事実又は当裁判所に顕著な事実は,その旨付記しており,それ以外の事実は,当事者間に争いがない事実である。
1 厚生年金基金解散認可基準(平成9年3月31日年発第1682号各都道府県知事あて厚生省年金局長通知。以下「本件解散認可基準」という。)は,厚生年金保険法145条1項1号に掲げる理由により基金を解散しようとする場合の厚生大臣の認可基準について,次のとおり,定めている(甲第6号証)。
第一 解散理由に関する基準
代議員会で議決された当該基金の解散理由が,次の一〜四のいずれかに該当しているものであること。
一 設立事務所の経営状況が,債務超過の状態が続く見込みであるなど著しく悪化していること。(連合設立及び総合設立の基金にあっては,当該基金の設立事務所の大半の事業所において経営状況が著しく悪化していること。)
二 加入員数の減少,年齢構成の高齢化等により,今後,掛金が著しく上昇する見込みであり,かつ,当該掛金を負担していくことが困難であると見込まれること。
三 加入員数が,厚生年金基金設立認可基準(昭和41年9月27日年発第363号)に比して著しく減少し,基金の運営を続けていくことが困難であると見込まれること。
四 一〜三のいずれにも該当しない場合であって,基金設立後の事情変更等により基金の運営を続けていくことが困難であると見込まれること。
第二 解散手続に関する基準
一 代議員会の議決
法第145条第1項第1号に規定する議決を得ていること。
二 代議員会の議決前の手続
代議員会における議決の前に次の(1)〜(4)のすべての手続を終了していること。
(1) 事業主の同意
代議員会における議決前一月以内現在における全設立事業所の事業主の四分の三以上の同意を得ていること。
(2) 加入員の同意
代議員会における議決前一月以内現在における加入員総数の四分の三以上の同意を得ていること。
(3) 受給者への説明
代議員会における議決前に,全受給者に対して,解散理由等に係る説明を文書又は口頭で行っていること。
(省略)
第三 (省略)
2 本件基金の代議員会は,長期にわたる不況により脱退する事業所,赤字になる事業所,脱退を希望する事業所が増加している現状にあり,本件基金の存続に向けて予定利率の引下げ,給付の削減,掛金の引上げ等を検討してきたが,その効果に期待が薄く,掛金の負担増も加入事業所の理解を得ることが困難であり,本件解散認可基準の第一の二の基準に該当するものとして,代議員の定数の4分の3以上の多数によって本件基金を解散する旨の議決(以下「本件議決」という。)をした。本件基金は,被告に対し,平成15年7月31日,本件基金の解散の認可を申請した(以下,これを「本件認可申請」という。)。(甲第2及び第3号証,第4号証の2)
3 被告は,本件基金に対し,平成15年8月21日付けで,本件基金の解散を認可する旨の処分をした(以下,これを「本件認可」といい,本件認可に係る厚生年金基金解散認可書(甲第3号証)を「本件認可書」という。)。
4 原告は,本件基金を組織する設立事業所の事業主の一人である。
5 本件認可を不服として,平成15年10月20日受付で,被告に異議申立てがされた(以下,これを「本件異議申立て」といい,本件異議申立てに係る申立書(甲第7号証,乙第6号証の1)を「本件異議申立書」という。)。
6 被告は,平成16年2月27日付けで,本件異議申立てを棄却する旨の決定(厚生労働省発年第0227001号。以下「本件異議決定」という。)をした。被告は,本件異議決定に係る決定書の謄本(以下「本件異議決定書」という。甲第4号証の2)及び本件異議決定書の送付書(以下「本件送付書」という。甲第4号証の1)を原告あてに送付し,原告は,平成16年2月29日ころ,これらを受領した。(甲第4号証の1及び2,弁論の全趣旨)
7 広島県環境整備事業協同組合(以下「広島環境組合」という。)ほか102名は,平成16年5月19日,本件認可の取消しを求める訴え(当庁平成16年(行ウ)第205号事件。以下「別件訴え」という。)を提起した。
8 原告は,平成16年12月30日,本件認可の取消しを求める本件訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)。
四 争点
1 出訴期間の遵守があるか否か。すなわち,原告が本件異議申立てに対する原告あての決定があったことを知った日がいつか。
2 本件認可の適否。
五 本案前の当事者の主張の要旨
1 原告の主張
(一)(1) 原告は,本件認可書(甲第3号証)が郵送されてきたのを受け,平成15年9月10日,全国環境整備事業厚生年金基金被害者の会(以下「被害者の会」という。)を発足させた。被害者の会の代表者である原告,被害者の会の事務局を担当する谷口桂子(以下「谷口」という。)ほか数名は,厚生労働省に赴き,年金局企業年金国民年金基金課(以下「基金課」という。)課長補佐大友則夫(以下「大友」という。)等と面談し,本件基金の解散の手続には様々な不備や問題点がある旨指摘し,本件認可を取り消すよう求めた。大友は,原告等が指摘した不備や問題点を調査すること,その調査の途中報告を同月16日に谷口が事務局長を務める広島環境組合の事務局に連絡すること,及び本件認可に対する不服申立ての手続について早急に広島環境組合に連絡することを約束した。
(2) 平成15年9月16日,大友から,広島環境組合に対し,本件認可には問題がない旨報告する電話があったが,被害者の会は,上記報告に納得することができず,被害者の会として行政不服審査の申立てをすることを決め,谷口が大友の指示を仰ぎながら申立書を作成した。大友は,谷口に対し,「申立ての期限が同年10月20日である。申立人は署名を集めて申立書に添付する形でよい。」旨教示した。
(3) 谷口は,平成15年10月20日,厚生労働省に赴き,大友及び庶務係長管野恵文(以下「管野」という。)と会い,本件異議申立書並びにこれに添付する書面として申立人となる事業所及び従業員の署名を示し,大友は,これらを確認して受領した。谷口は,大友に対し,「申立人が今後も増えるが,その都度受け付けてもらえるか。」と尋ねたところ,大友は,「本日が本件認可に対する異議申立ての期限であるので,この書類に添付されている方々が申立人となる。その後の追加は,参考資料として受け取ることができる。」旨答えた。
(4) 大友は,平成15年10月30日,谷口に電話を架けて,「本件異議申立ての審査に入っているが,追加の資料として,被害者の会の代表者の資格を証明する書類を提出されたい。」旨申し入れてきた。谷口が,「被害者の会を発足させた総会の議事録でよいか。」と尋ねたところ,大友は,「それでよい。」と答えたので,谷口は,同年9月10日に開催された全国環境整備事業厚生年金基金を考える会(以下「考える会」という。)の総会の議事録である「全国環境整備事業厚生年金基金を考える会議事録」と題する書面(以下「本件議事録」という。乙第1号証)を厚生労働省に送付した。その後,厚生労働省が被害者の会の代表者の件について連絡してくることはなかった。
(5) 谷口は,平成15年12月16日,平成16年1月22日及び同年2月23日,それぞれ厚生労働省に赴き,集まった申立人の署名を厚生労働省に提出し,同省は,これを受領した。これらの署名は,いずれも被害者の会名義の書類である。
(6) 以上のとおり,厚生労働省において本件異議申立ての担当窓口となっていた大友は,被害者の会を本件異議申立ての申立人として取り扱う旨明言していたのであり,原告は,本件異議申立ての申立人は被害者の会であると信じて疑わなかった。
(二) 本件異議決定書の異議申立人の住所及び氏名欄には原告の住所及び氏名が記載され,本件異議決定書は原告の住所あてに送付されている。
しかし,前述のとおり,厚生労働省において本件異議申立ての担当窓口となっていた大友は,被害者の会を本件異議申立ての申立人として取り扱う旨明言し,原告は,異議申立人は被害者の会であると信じて疑わなかったこと,本件異議決定は,本件異議申立てを棄却する旨の決定であり,本件異議申立てを却下する旨の決定ではなかったこと,及び被告は,本件異議決定書の理由中において,原告が被害者の会の代表である旨認定していることから,原告は,本件異議決定書の異議申立人の住所及び氏名欄に記載されている原告の住所及び氏名は,被害者の会の代表としての原告の住所及び氏名を記載したものであり,本件異議決定書は被害者の会の代表あてに送付されたものであると信じて疑わなかった。
したがって,原告は,本件異議決定書を受領した時点においては,本件異議決定が原告を名あて人としてされたものであることを認識しておらず,本件異議決定が被害者の会を名あて人としてされたものであると認識していた。
(三)(1) 被害者の会は,本件異議決定を受けて,行政事件訴訟法の準用する民事訴訟法29条に基づき,被害者の会に所属する個々の会員の資格に基づいて本件認可の取消を求める訴えを提起することとし,広島環境組合ほか102名が原告となって,平成16年5月19日,別件訴えを提起した。
(2) 別件訴えを担当する裁判所(以下「別件裁判所」という。)は,広島環境組合ほか102名に対し,求釈明(以下「別件求釈明」という。)をした。広島環境組合ほか102名は,本件送付書の名あて人が原告個人となっていたので,本件異議決定の名あて人が広島環境組合ほか102名であることについての主張立証の補充を求める趣旨で別件求釈明がされたものと理解し,平成16年7月9日付け上申書(以下「別件上申書」という。)及び書証を別件裁判所に提出して,本件異議決定の名あて人が広島環境組合ほか102名であることについての主張立証を補充した。
(3) 被告は,別件訴えの平成16年11月10日付けの答弁書においては,本件異議決定の名あて人がだれであるかについて言及することなく,実質的な争点について十分な反論を行っていた。ところが,被告は,別件訴えの同年12月24日付けの準備書面(以下「別件準備書面」という。甲第9号証)において,突如として,本件異議決定の名あて人が原告であり,別件訴えが却下されるべきである旨の本案前の答弁を行い,別件準備書面を同日の口頭弁論期日において陳述した。
(4) 以上の経過によれば,原告が,本件異議決定の名あて人が原告であることを知ったのは,別件準備書面が別件訴えの口頭弁論期日において陳述された平成16年12月24日であるというべきである。したがって,本件認可の取消訴訟の出訴期間は,同月25日から起算すべきであり,同日から起算して3か月間,すなわち平成17年3月24日の経過をもって満了することになる。そして,原告が本件訴えを提起したのは,平成16年12月30日であるから,本件訴えは,出訴期間内に提起された訴えとして適法である。
(四)(1) これに対し,被告は,本件異議決定書の名あて人が原告であること,並びに本件送付書及び異議決定書が原告あてに送付されていることから,原告は,本件異議決定書を受領した時点において,本件異議決定の名あて人が原告であることを知っていた旨主張する。
(2) しかし,行政庁が作成する決定書のあて名は,裁判とは異なり,裁判所を拘束する強い効力を持つものではなく,異議申立人がだれであるかを判断する際の事情の一つにすぎない。異議申立人及び異議申立ての効果がだれに及ぶかを訴訟手続で判断する際には,異議申立てをした者と異議申立てを審理する行政庁との間の交渉の経緯等一切の事情を考慮する必要がある。
また,行政庁の私人に対する処分を判断の対象とする際には,憲法31条の趣旨を十分加味して,不当に告知,聴聞の機会が奪われないように適正な手続の確保が最優先されなければならない。
さらに,だれが異議申立人であるかは,原告適格にかかわる問題であるから,原告適格に関する要件を狭めることがないように判断すべきである。
したがって,本件異議決定書の名あて人が原告であること,並びに本件送付書及び本件異議決定書が原告あてに送付されていることをもって,原告が,本件異議決定書を受領した時点において,本件異議決定の名あて人が原告であることを知っていたということはできない。
(五)(1) また,被告は,本件基金について解散以外にどのような選択肢が存したのかを照会する旨の文書(以下「本件照会文書」という。乙第2号証の1)の発送者が,広島環境組合であり,これに対する回答である平成16年1月6日付けの文書(以下「本件回答文書」という。乙第3号証の1)の受取人,並びに本件基金の解散認可申請書及び事前協議書について行政文書の開示請求(以下「本件開示請求」という。)をしたのは,谷口であり,被害者の会が活動しているという状況は見当たらない旨主張する。
(2) しかし,谷口は,被害者の会の事務局を担当していたのであるから,本件照会文書の発送者が広島環境組合であり,本件回答文書の受取人及び本件開示請求をしたのが谷口であることは,被害者の会が活動していたことの証左にほかならない。
(六)(1) さらに,被告は,平成16年7月9日の時点において,別件訴えにおいて別件裁判所から本件異議決定の名あて人が原告ではないかと指摘する別件求釈明を受けていたと推定されるから,原告は,上記時点で本件異議決定の名あて人が原告であることを知った旨主張する。
(2) しかし,別件求釈明は,本件異議決定の名あて人が原告である旨を明確に指摘するものではなく,本件異議決定の名あて人が広島環境組合ほか102名であることについての主張立証の補充を求める趣旨のものにすぎない。
仮に,別件求釈明が,本件異議決定の名あて人が原告ではないかと指摘する求釈明であったとしても,別件求釈明がされた時点では,本件異議決定の名あて人がだれであるかについての当事者の主張立証は全くされていないのであり,また,前述のとおり、別件訴えを提起した広島環境組合ほか102名は,本件異議決定の名あて人が被害者の会であると固く信じていたのであるから,別件求釈明があったからといって,原告が,平成16年7月9日の時点において,本件異議決定の名あて人が原告であることを知ったということはできない。
2 被告の主張
(一)(1) 前記1(一)(1)のうち,谷口等が平成15年9月10日に厚生労働省に赴き,基金課課長補佐大友等がその応対をしたこと,谷口等が本件基金の解散手続における不備や問題点を指摘し,本件認可を取り消すよう求めたこと,大友は谷口等が指摘した不備や問題点について検討し,後日谷口に連絡する旨回答したことは認め,同年9月10日に谷口と共に厚生労働省に赴いた者の中に原告がいたこと,谷口が広島環境組合の事務局長を務めることは知らず,その余は否認する。
(2) 前記1(一)(2)のうち,大友が平成15年9月16日に広島環境組合に電話を架けて,本件認可には問題がなかった旨説明したこと,大友が谷口に対し本件認可に対する異議申立ての期限が同年10月20日である旨説明したことは認め,谷口が大友の指示を仰ぎながら申立書を作成していたこと,大友が谷口に対し本件認可に対する異議申立人は署名を集めて申立書に添付する形でよい旨教示していたことは否認し,被害者の会が上記説明に納得することができず,被害者の会として行政不服審査の申立てをすることを決めたことは知らない。
大友は,谷口から,不服申立書の提出場所及び提出期限を問われたので,回答したことがあったが,それ以上に指示したことはない。
(3) 前記1(一)(3)のうち,谷口が平成15年10月20日に厚生労働省に赴き,大友及び管野と会い,大友が谷口の持参した本件異議申立書を受領したこと,谷口が「同意書の取消しの同意が今後も増えるが,その都度受け付けてもらえるか。」という趣旨の質問をしたことは認め,その余は否認する。
大友は,谷口の上記質問に対し,「本日が本件認可に対する異議申立ての期限であるので,本日までに不服申立書として提出されたものを不服申立てとして受け取る。」旨答えた。
(4) 前記1(一)(4)の事実は認める。
本件異議申立書には,「全国環境整備事業厚生年金基金被害者の会 不服申請人 代表 谷山誠」という記載があったので,被告は,行政不服審査法10条及び13条にかんがみ,念のために平成15年10月31日,「不服申立てに係る審理のために必要な事項について(依頼)」と題する書面(以下「本件依頼文書」という。甲第8号証)を原告あてに送付した。原告は,同年11月13日,被害者の会の代表者の資格を証する書面として,本件議事録を被告に提出した。しかし,本件議事録を子細に検討しても,被害者の会の構成員及び所在地は明らかではなかった。
(5) 前記1(一)(5)のうち,谷口が,平成15年12月16日,平成16年1月22日及び同年2月23日,それぞれ厚生労働省に赴き,書面を提出したことは認める。
谷口は,同意書の取消しの同意が集まったとして,上記各日にちに大友にこれらの書面を提出した。
(6) 前記1(一)(6)のうち,厚生労働省において本件異議申立ての担当窓口となっていた大友が被害者の会を本件異議申立ての申立人として取り扱う旨明言していたことは否認する。
(7) 前記1(二)のうち,原告が,本件異議決定書の異議申立人の住所及び氏名欄に記載されている原告の住所及び氏名は被害者の会の代表としての原告の住所及び氏名を記載したものであり,本件異議決定書は被害者の会の代表あてに送付されたものであると信じて疑わなかったこと,原告が,本件異議決定書を受領した時点において,本件異議決定が原告を名あて人としてされたものであることを認識しておらず,本件異議決定が被害者の会を名あて人としてされたものであると認識していたことは否認する。
(8) 前記1(三)のうち,被告が,別件準備書面において,本件異議決定の名あて人が原告であり.別件訴えが却下されるべきである旨の本案前の答弁を行ったことが,突然のことであったことは否認する。
被告は,別件訴えの答弁書において,本案前の答弁をしていなかったが,平成16年11月10日の別件訴えの第1回口頭弁論期日において,別件裁判所に対し,「本案前の答弁を検討しており、次回期日までにはその旨の書面を提出する予定である。」旨告げていた。
(二)(1) 取消訴訟は,処分又は裁決があったことを知った日から3か月以内に提起しなければならず,この期間は不変期間とされ,処分又は裁決につき審査請求をすることができる場合等において審査請求があったときには,その審査請求をした者に限って,これに対する裁決があったことを知った日又は裁決の日から上記期間が起算される(行政事件訴訟法14条1項,2項及び4項)。
(2) 本件送付書及び本件異議決定書が原告あてに送付されていることからすると,本件異議申立ての申立人は原告であるという前提の下に,被告が本件異議決定をしたことは,明らかである。
したがって,原告は,本件異議決定書を受領した時点において,本件異議決定の名あて人が原告であることを知っていたものというべきである。そして,本件訴えが提起されたのは、原告が本件異議決定書を受領してから10か月余りが経過した後であるから,本件訴えは,出訴期間を徒過した不適法な訴えというべきである。
(3)ア これに対し、原告は,被告が別件訴えの平成16年12月24日の口頭弁論期日において同日付けの準備書面を陳述するまでは,本件異議決定の名あて人は被害者の会であると信じて疑わなかった旨主張する。
イ(ア) しかし,平成15年12月18日,本件照会文書が基金課に提出され,基金課は,本件回答文書をもって回答しており,本件照会文書には,差出人として「全国環境整備事業厚生年金基金被害者の会」と記載されているが,本件照会文書の発送伝票(乙第2号証の2)には,依頼主として「広島県環境整備事業協同組合」と記載されており,被害者の会又は被害者の会代表谷山誠などとは記載されていない。また,被告は,本件回答文書のあて名を「谷山誠」と記載し,原告側の要請により「広島県環境整備事業協同組合 谷口桂子」あてに本件回答文書を郵送している。
(イ) 谷口は,被告に対し,平成16年2月6日,本件開示請求をし,被告は,谷口に対し,同年3月26日,行政文書を開示する旨の決定をしたが,本件開示請求は,谷口がしたものであり,被害者の会がしたものではない。
(ウ) 以上のとおり,本件照会文書の発送者は,広島環境組合であり,本件回答文書の受取人及び本件開示請求をしたのは,谷口であって,被害者の会が活動しているという状況は見当たらないというべきである。
ウ そして,前述のとおり,本件議事録を子細に検討しても,被害者の会の構成員及び所在地は明らかではなかったことも勘案すれば,本件異議申立ての申立人及び本件異議決定の名あて人が被害者の会であったということはできない。
(三)(1) 仮に,原告が,本件異議決定を受領した時点においては,本件異議決定の名あて人が原告であることを知らなかったとしても,原告が別件訴えにおいて別件裁判所に提出した別件上申書において,「先般,貴裁判所から求釈明のありました甲第4号証に関し,関連する書証として甲第7号証,同第8号証を提出いたします。」と記載されていること,上記甲第4号証とは本件異議決定書であり,上記甲第7号証とは本件異議申立書であり,上記甲第8号証とは本件依頼文書であることからすると,別件訴えの原告である広島環境組合ほか102名は,本件異議決定の名あて人が原告ではないかという別件求釈明を受けていたものと推測される。そうであるとすれば,原告は,遅くとも平成16年7月9日の時点においては,本件異議決定の名あて人が原告であることを知ったというべきである。
そうすると,本件訴えが提起されたのは,それから5か月余りが経過した後であるから,本件訴えは,出訴期間を徒過した不適法な訴えであるというべきである。
(2) また,別件訴えの原告である広島環境組合ほか102名は,別件訴えの原告らの平成16年8月13日付け準備書面(1)において,「当事者適格について」と題する項を設けた上で,「申すまでもなく,当事者適格の存否は裁判所の職権調査事項ではあるが,当該調査に際し,裁判所が上記厚生労働大臣の送付書の名宛が『谷山誠』と個人名の記載となっている点を捉えて原告らの当事者適格に関し提訴を妨げる方向で偏向した職権調査をされることがあれば,それ自体が国民の裁判を受ける権利に対する重大な脅威であり,場合によっては国家賠償の問題となる旨を敢えて本件準備書面により指摘させて頂くこととする。」旨主張している。この主張を前提とすれば,原告は,遅くともそのころには,原告が本件異議決定の名あて人であることを知っていたものと解さざるを得ない。
そうすると,本件訴えが提起されたのは,それから4か月余りが経過した後であるから,本件訴えは,いずれにせよ出訴期間を徒過した不適法な訴えというべきである。
六 本案に関する原告の主張の要旨
1 本件基金は,昭和63年10月,一般廃棄物処理業者,とりわけし尿収集業務を担う業者が中心となって,全国環境整備事業協同組合連合会,すなわち各地域で中小企業等協同組合法に基づいて設立される事業協同組合の全国唯一の連合組織を母体として設立された。平成15年8月末日現在,加入事業所数は397事業所であり,加入員数は8404人であった。
2 被告は,厚生年金保険法に従って基金の指導,監督を行っており,同法145条に基づき基金の解散について認可の権限を有している。
基金は,年金制度の重要な要素を構成するものであり,国は,「基金制度は,昭和41年の制度発足以降,右肩上がりの経済成長の中で順調に発展してきた。特に,予定利率を上回る運用利益により,安定的な運営を確保している。したがって,公的年金の補完制度である基金制度が老後の所得保障という目的を達成できるようにするため、基金財政の安定化を図るとともに,基金制度全体として受給権保全のためのしくみを充実させる必要がある。また,従来の画一的な制度から,社会経済環境の変化や基金の実情に応じて多様な選択肢の中から基金が自主的に選択できる柔軟な制度への変換が求められ,加入員や母体企業の理解と協力を得て健全な基金運営を行うため,基金の財政や資金運用について徹底した情報開示を推進するものである。」と認識し,基金の改変的な存続維持を必定の年金政策としてきた。
そして,国は,以上の観点から,基金が不合理な理由や手続の下で単純に解散消滅させることによって,我が国の年金制度の機能がまひすることを防ぐために本件解散認可基準を制定した。
3 本件基金は,本件解散認可基準の第一の二の基準に該当するものとして,被告に対し,平成15年7月31日,本件基金の解散の認可を求める本件認可申請をした。
しかし,本件基金の実態は,本件解散認可基準の第一の二の基準には全く該当しないにもかかわらず,被告は,本件基金が本件解散認可基準の第一の二の基準を満たすと誤認して,本件認可をした。
4(一) 基金は,厚生年金保険法によって明定されている制度であり,その管理や業務は,すべて同法によって規制されていること,及び同法121条は,基金の役員及び職員をみなし公務員としていることからすると,基金に関する各種の手続は,広義の行政手続と評価することができる。そうすると,基金の管理や業務は,憲法31条の適正手続条項の規制を受け,受益者に理不尽な手法で不利な取扱いがされる場合には,適正手続を潜脱した処分として,憲法31条に違反して無効となる。
(二) 本件基金は,本件解散認可基準の第二を全く無視して,適法適式に選任された代議員の議決もなく,議決前1月内現在の全事業主の4分の3以上の同意及び議決前1月以内現在の加入員総数の4分の3以上の同意も充足しておらず,記録整備終了後の解散認可の申請という点も満たされていないにもかかわらず,本件認可申請をしているのであって,本件認可申請には重大な手続違背がある。
したがって,本件認可は,本件基金の解散について代議員会がした本件議決が権限を有しない者によってされたという点において憲法31条に違反する違憲・違法な議決であることを看過してされたものとして,違憲・違法な処分であるというべきである。
第三 当裁判所の判断
一 本件訴えの適法性について
1 前記前提となる事実のほか,証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実を認めることができる(認定根拠は,下記の認定事実の後に付記することとする。)。ただし,甲第11号証のうち下記の認定事実に反する部分は,他の証拠と矛盾し,又は裏付けを欠くので,採用することができない。
(一) 考える会は,平成15年9月10日,銀座キャピタルホテルにおいて総会を開催した(以下,上記総会を「本件総会」という。)。原告及び広島環境組合の事務局長を務める谷口を初めとする本件総会の出席者は,本件総会の終了後に,厚生労働省に赴き,基金課課長補佐であった大友等と面談した。原告等は,大友等に対し,本件基金の解散手続における不備や問題点を指摘し,本件認可を取り消すよう求めた。大友は,原告等が指摘した不備や問題点について検討し,後日谷口に連絡する旨回答した。
(甲第11号証,乙第1号証,弁論の全趣旨)
(二) 大友は,平成15年9月16日,広島環境組合の事務局に電話を架けて,「本件認可には問題がなかった。」旨説明し,「行政庁に対する不服申立てがされれば,それに対する決定は文書で行う。」旨告げた。その後,大友は,谷口から,不服申立書の提出期限及び提出場所を尋ねられ,谷口に対し,本件認可に対する異議申立ての期限が同年10月20日であることなどを答えた。また,大友は,谷口から,追加書類の提出について尋ねられ,谷口に対し,「異議申立ての期限までに提出されたものについては受け取る。」旨答えた。
(甲第11号証,乙第6号証の5及び6,弁論の全趣旨)
(三)(1) 谷口は,平成15年10月20日,厚生労働省に赴き,大友及び管野と会い,本件異議申立書,その別紙である別紙1(以下「本件別紙1」という。乙第6号証の2)及び別紙2(以下「本件別紙2」という。乙第6号証の3),並びに「全国環境整備事業厚生年金基金被害者の会 損害額」と題する書面(以下「本件別紙3」という。乙第6号証の4),株式会社羊蹄清掃社(以下「羊蹄清掃社」という。)代表者の作成に係る同年9月26日付けの「行政処分不服申立について」と題する書面(以下「本件別紙4」という。乙第6号証の5)及び中央清掃有限会社(以下「中央清掃」という。)代表者の作成に係る同年10月10日付けの「行政処分不服申立について」と題する書面(以下「本件別紙5」という。乙第6号証の6)を提出し,大友は,上記各書面を受領した。谷口は,「本件別紙4や本件別紙5のような書面を今後も提出する予定である。」旨大友に告げた。
(2) 本件異議申立書は,1枚から成り,次のような記載がある。
「 不服申立書
厚生労働省
大臣 坂口力様
全国環境整備事業厚生年金基金被害者の会
不服申請人 代表 谷山誠印
行政不服審査法に基づき,下記のとおり不服申立てをします。
記
不服申立人
ふりがな
たにやままこと
生年月日
昭和*年*月*日生
氏名
谷山誠
住所
広島県庄原市○○町<番地略>
〒727-※※※※
電話 <省略>
連絡先
広島県広島市中区△△町<番地略>
〒730-※※※※
電話 <省略>
現在
所属
全国環境整備事業厚生年金基金を考える会
職名
代表
処分を受けた当時
所属
全国環境整備事業厚生年金基金被害者の会
職名
代表
処分の内容
厚生労働省発年第0821003号
厚生年金基金解散認可
処分庁名
厚生労働省
処分を受けた年月日
平成15年8月21日
処分があったことを知った年月日
平成15年8月22日
不服申立の趣旨
処分の取消
不服申立の趣旨理由
別紙1のとおり
具体的不利益の内容
別紙2のとおり
審査の方式
審査請求
」
(3) 本件異議申立書の「不服申立人」の「住所」欄の記載は,原告の肩書住所地と同じであり,「不服申立人」の「連絡先」欄記載の住所および電話番号は,広島環境組合の住所及び電話番号であり,「不服申請人 代表 谷山誠」という記載の右横に押された印影は,谷山と刻された印章によって顕出された印影である。
(4) 本件別紙1は,本件異議申立ての理由を記載した書面である。
(5) 本件別紙2は,「損害(被害)」に関する書面である。本件別紙2には,要旨,被害者の会に加入している事業所数が89であること,被害者の会が本件認可によって被る損害金の合計は,企業年金及び補てん金額の合計であり,24億1384万7783円に上ること,被害者の会に加入している89事業所の掛金の合計が50億2926万4747円であり,補てん金額の合計が5億9475万2023円であること等が記載されていた。
(6) 本件別紙3には,本件別紙2に記載された,被害者の会に加入している89事業所の掛金の合計50億2926万4747円についての89事業所ごとの金額の内訳及び被害者の会に加入している89事業所の補てん金額の合計5億9475万2023円についての89事業所ごとの金額の内訳等が記載されていた。
(7) 本件別紙4には,次のような記載があり,その末尾には「加入者不服申立者名簿」と題する表が記載され,同表には16名の署名押印があった。羊蹄清掃社は,本件別紙3に記載されている89事業所の一つであり,同表に署名押印した16名は,それぞれ本件別紙3に記載されている89事業所の事業主の一人である。
「厚生労働省年金局
企業年金国民年金基金課
課長 矢崎剛様
行政処分不服申立について
平成15年8月21日に全国環境整備事業厚生年金基金(以下「基金」という。)の解散について,厚生労働大臣より認可を受けたと基金より連絡文書が8月28日に届きました。
この解散に係る同意書については,基金による虚偽の説明により同意をせざるを得ない状況に追い込まれて,錯誤により同意書を提出してしまいました。
よって,この同意書を撤回致しますので行政処分を取り消していただきたく茲に申立て致します。
平成15年9月26日
住所 北海道虻田郡<以下略>
会社名 株式会社羊蹄清掃社
代表者 代表取締役坂本次男印 」
(8) 本件別紙5には,次のような記載があり,その末尾には「加入者不服申立者名簿」と題する表が記載され,同表には54名の署名押印がある。中央清掃は,本件別紙3に記載されている89事業所の一つであり,同表に署名押印した54名は,それぞれ本件別紙3に記載されている89事業所の事業主の一人である。
「厚生労働省年金局
企業年金国民年金基金課
課長 矢崎剛様
行政処分不服申立について
平成15年8月21日に全国環境整備事業厚生年金基金(以下「基金」という。)の解散について,厚生労働大臣より認可を受けたと基金より連絡文書が8月28日に届きました。
この解散については当初より疑義があるとして基金に対し充分な説明をするよう求め続けたが,適切な説明は受けられないままの状態で基金は解散本申請を強行致しました。
よって,この行政処分を取り消していただきたく茲に申立致します。
平成15年10月10日
住所 米沢市<以下略>
会社名 中央清掃有限会社
代表者 代表取締役松山一郎印 」
(甲第7及び第11号証,乙第4号証,第6号証の1から6まで,弁論の全趣旨)
(四)(1) 大友は,本件異議申立書の記載からすると,本件異議申立ては,原告による異議申立てであるとも,本件基金を組織する設立事業者の事業主によって組織された被害者の会による異議申立てであるとも解することができ,不分明であったため,行政不服審査法13条1項に基づいて,念のために原告から法人でない社団の代表者の資格を証明する書面を提出させる必要があると判断し,平成15年10月30日,谷口に電話を架けて,「本件異議申立ての審査に入っているが,追加の資料として,被害者の会の代表者の資格を証明する書類の提出が必要である。その提出を求める書面を原告あてに送付するので,提出してほしい。」旨申し入れた。谷口が,「被害者の会を発足させた総会の議事録でよいか。」と尋ねたことろ,大友は,「それでよい。」と答えた。被告は,同月31日,被害者の会の代表者の資格を証明する書面等の提出を求める旨の本件依頼文書を被害者の会の代表者としての原告あてに送付した。
(2) 本件依頼文書の1枚目には,次のような記載がある。
「 厚生労働省発年第1031013号
平成15年10月31日
全国環境整備事業厚生年金基金被害者の会
代表 谷山誠殿
厚生労働大臣 坂口力印
不服申立てに係る審理のために必要な事項について(依頼)
あなたから,平成15年10月20日付で不服申立てが提起されましたが,行政不服審査法(昭和37年法律第160号)第13条の規定により,代表者の資格を証明した書面が必要なため平成15年11月20日までに送付されたい。
あわせて,不服申立ての審理のために必要があるので,行政不服審査法第48条において準用する同法第26条の規定により、別紙の証拠書類を送付されたい。
(以下省略)」
(甲第8及び第11号証,弁論の全趣旨,後記「事実認定についての補足説明」(二)参照)
(五) 原告は,被害者の会の代表者の資格を証明する書面として,本件議事録を被告あてに送付した。
本件議事録は,開催日時を平成15年9月10日午後2時から午後4時20分まで,開催場所を銀座キャピタルホテルとして開催された本件総会の議事録である。本件議事録によると,本件総会に出席したのは,本件基金を組織する設立事業所の事業主等25名であり,本件議事録には,本件総会の議事の進行として,まず,考える会の発起人及び代表である原告のあいさつから始まり,次に,議長となった原告の司会によって,第1号議案「考える会加入者自己紹介並びに各社の考え方について」として,本件総会の出席者が自己紹介を兼ねてその経営等に係る設立事業所の状況や本件基金の解散に対する考え方について発言し,次に,第2号議案「基金解散に係る問題点について」として,考える会の事務局を担当する谷口が,資料に基づきながら,本件基金の解散に関する問題点について説明し,議長である原告が本件基金の解散に関する問題点について本件総会の出席者の発言を求め,本件総会の出席者が本件基金の解散に関する問題点について種々発言し,次に,第3号議案「今後の活動について」として,議長である原告が今後の活動について本件総会の出席者に意見を求めたところ,本件総会の出席者から「考える会は今日で解散し,正式に被害者の会を立ち上げてほしい。」旨の提案がされ,議長である原告が上記提案について本件総会の出席者に意見を求めたところ,本件総会の出席者は,満場一致で上記提案を可決するとともに,その正式名称を「全国環境整備事業厚生年金基金被害者の会」,その代表を原告とすること,各地域の世話人を決め,このうち3名を代表の補佐役として副代表とすることを満場一致で承認し,さらに,本件総会の出席者全員が,本件総会の終了後に厚生労働省に移動して,本件基金の解散に関する手続の不備及び本件認可について直接話をすることを決めて,同日午後4時20分,本件総会を終了した旨が記載されていた。
しかし,本件議事録には,(1)被害者の会の構成員の氏名及び資格等に関する記載,並びに(2)法人でない社団としての規約として,①被害者の会の事務所の所在地,②被害者の会の代表の選任方法,任務終了事由及び職務権限の範囲等に関する定め,③被害者の会の総会に関する定め,④被害者の会の会員資格の得喪に関する定め,⑤被害者の会の総会における会員の表決権をはじめとする被害者の会の会員の権利義務に関する定め,及び⑥被害者の会の資産に関する定めに相当する部分が定められた旨の記載は,いずれもなかった。また,本件議事録には,被害者の会の構成員の氏名及び資格を記載した文書並びに法人でない社団としての規約に相当する被害者の会の文書も添付されていなかった。
そこで,被告は,本件異議申立書には,「全国環境整備事業厚生年金基金被害者の会 不服申請人代表 谷山誠」と記載されており,本件異議申立書に添付された本件別紙4及び本件別紙5は,いずれも本件基金を組織する設立事業者の事業主の一人の本件認可に対する不服申立書という体裁をとっており,また,本件別紙4及び本件別紙5には,「加入者不服申立者名簿」と題する表が記載され,合計70名の署名押印があるものの,本件議事録を子細に検討しても,被害者の会が,本件基金を組織する設立事業者の事業主を団体構成員とする,行政不服審査法10条に規定する「法人でない社団又は財団で代表者又は管理者の定めがあるもの」に当たると認めることはできないと判断するとともに,本件議事録の記載内容からうかがわれる被害者の会の結成の経過によれば,被害者の会は,そもそも法人でない社団として設立されたものということもできないと判断し,本件異議申立てが原告個人による異議申立てであることが明らかになったとして,本件異議申立ての審理を進めることにした。(甲第11号証,乙第1号証,弁論の全趣旨,後記「事実認定についての補足説明」(三)及び(四)参照)
(六) 平成15年12月18日付けで,本件基金について解散以外にどのような選択肢が存したのかを照会する旨の本件照会文書が基金課あてに送付された。
本件照会文書には,差出人として「全国環境整備事業厚生年金基金被害者の会」と記載されているものの,本件照会文書の発送伝票(乙第2号証の2)には,依頼主として「広島県環境整備事業協同組合」と記載されており,被害者の会又は被害者の会代表谷山誠などとは記載されていなかった。また,基金課は,被害者の会の事務局を担当する者から,「本件照会文書に対する回答の送付先を広島環境組合の谷口あてとしてほしい。」旨求められた。
基金課は,本件照会文書及び本件回答文書の受発送において被害者の会の事務所の所在地を確認することができなかったことから,被害者の会が行政不服審査法10条に規定する「法人でない社団又は財団で代表者又は管理者の定めがあるもの」に当たると認めることができないことを再確認し,本件回答文書の回答の相手方を,被害者の会の代表としてではなく,個人としての原告として,これを「広島県環境整備事業協同組合 谷口桂子」あてに送付することをもって,本件照会文書に回答した。
(乙第2及び第3号証の各1及び2,弁論の全趣旨)
(七) 谷口は,平成15年12月16日,平成16年1月22日及び同年2月23日,それぞれ厚生労働省に赴き,本件別紙4及び本件別紙5と同様の体裁の書面を大友に提出し,大友は,上記各書面を受領した。上記各書面の表紙には,差出人として「全国環境整備事業厚生年金基金被害者の会 不服申請人 代表 谷山誠印」と記載され,「不服申請人 代表 谷山誠」という記載の右横に押された印影は,谷山と刻された印章によって顕出された印影であった。
(甲第11号証から第14号証まで、弁論の全趣旨)
(八) 被告は,原告あてに本件異議決定書と共に本件送付書(甲第4号証の1)を送付した。
本件送付書には,次のような記載がある。
「 年発第0227001号
平成16年2月27日
谷山誠殿
厚生労働省年金局長印
全国環境整備事業厚生年金基金に関する異議申立てについて
さきにあなたが提起された標記の異議申立てについて,別紙のとおり決定されたので,送付します。」
また,本件異議決定書(甲第4号証の2)には,次のような記載がある。
「 厚生労働省発年第0227001号
決定書
異議申立人の住所及び氏名
広島県庄原市<省略>
谷山誠
原処分
平成15年8月21日付け厚生年金保険法(昭和29年法律第115号)第145号第2項の規定による
全国環境整備事業厚生年金基金の解散の認可
平成15年10月20日付けで原処分に対して提起された異議申立てについて,次のとおり決定する。
平成16年12月27日
印 厚生労働大臣 坂口力
主文
本件異議申立ては,これを棄却する。
理由
第1 事案の概要
1 異議申立てに至る経過
異議申立人全国環境整備事業厚生年金基金被害者の会代表谷山誠(以下「申立人」という。)は,厚生年金保険法(以下「法」という。)により設立された全国環境整備事業厚生年金基金(以下「当該基金」という。)を組織していた設立事業所の事業主及び加入員の有志の代表である。
厚生労働大臣(以下「処分庁」という。)は,当該基金から平成15年7月31日付けで申請のあった当該基金の解散を法第145条第2項の規定により認可する処分(以下「原処分」という。)を平成15年8月21日付けで行った。
本件は,申立人がこれを不服として,同年10月20日付けで,処分庁に対して異議申立てを提起した事案である。
(以下省略)」
(甲第4号証の1及び2)
(九) 広島環境組合ほか102名は,本件異議申立てを被害者の会による異議申立てと理解し,被害者の会の会員にはその会員としての資格において本件認可の取消訴訟を提起することができると考えて,平成16年5月19日,本件認可の取消しを求める別件訴えを提起した。
(前記前提となる事実,弁論の全趣旨)
(一〇) 別件訴えを担当する別件裁判所は,広島環境組合ほか102名に対し,本件異議申立ての申立人が被害者の会であることについて疑義があるとして,別件求釈明をした。広島環境組合ほか102名は,別件求釈明に対する回答として平成16年7月9日付けの別件上申書を,上記回答を補足する書証として本件異議申立書及び本件依頼文書を,それぞれ別件裁判所に提出した。
(弁論の全趣旨)
(一一) 被告は,別件訴えの平成16年11月10付け答弁書において,本案前の答弁をせず,本件異議決定の名あて人がだれであるかについて言及することもなかった。その後,被告は,別件準備書面において,本件異議決定の名あて人は原告であり,広島環境組合ほか102名は審査請求を経ていないから,別件訴えが却下されるべきである旨の本案前の答弁を行い,別件準備書面を別件訴えの同年12月24日の第2回口頭弁論期日に陳述した。
(前記前提となる事実,甲第9号証,弁論の全趣旨)
2 事実認定についての補足説明
(一) 原告は,厚生労働省において本件異議申立ての担当窓口となっていた大友は,被害者の会を本件異議申立ての申立人として取り扱う旨明言していた旨主張するので,以下この点と本件異議申立書の解釈等について判断を示す。
(二)(1) 前記認定事実によると,①本件異議申立書には,「全国環境整備事業厚生年金基金被害者の会」との記載があるものの,それに続いて「不服申請人代表 谷山誠」と記載され,その記載の右横に押された印影は,被害者の会の印章ではなく,「谷山」と刻された印章によって顕出された印影であること,②本件異議申立書には,「不服申立人」の「氏名」,「住所」,「連絡先」等の欄が設けられているが,その「不服申立人」の「氏名」欄には「谷山誠」と原告の氏名のみが記載され,「不服申立人」の「住所」欄には原告の住所が記載され,「不服申立人」の「連絡先」欄には広島環境組合の住所及び電話番号が記載されていること,並びに③「不服申立人」の「現在」の「所属」及び「職名」欄には「考える会」「代表」と記載され,「不服申立人」の「処分を受けた時」の「所属」及び「職名」欄には「被害者の会」「代表」と記載されていたことに着目すると,本件異議申立ての申立人は原告個人であると解するのが合理的である。もっとも,本件異議申立書には,前記のとおり,差出人の記載と考えられる体裁のもと,「全国環境整備事業厚生年金基金被害者の会」との記載があること,本件異議申立書に添付された本件別紙4及び本件別紙5には,それぞれ「加入者不服申立者名簿」と題する表が記載され,同表には本件基金を組織する設立事業者の事業主のうち合計70名の署名押印があったことのみに着目すれば,本件異議申立ての申立人は本件基金を組織する設立事業者の事業主たちによって組織された被害者の会であると解する余地もあったということができる。
(2)ア ところで,厚生年金保険法に基づいて設立される基金は,適用事業所の事業主によって設立され(同法110条1項及び2項),適用事業所の事業主及びその適用事業所に使用される被保険者によって組織され(同法107条),その適用事業所に使用される被保険者は当該基金の加入員とする(同法122条)ものとされている。
基金は,加入員又は加入員であった者に対し,老齢年金給付等を行い(同法130条1項及び3項),老齢年金給付金等の給付額は,国が行うべき老齢厚生年金等の給付額と当該基金が上乗せした額との合計額である(同法32条,43条1項,132条2項)。基金が支給する老齢年金給付等に関する事業は,加入員と加入員を使用する当該基金の設立事業所の事業主とが折半している掛金によって賄われている(同法138条1項,139条1項)。
基金が解散すると,当該基金が行っていた老齢年金給付等のうち,国が行うべき老齢厚生年金については,連合会に引き継がれるので,その限度では解散した基金の加入員又は加入員であった者に係る老齢年金給付等に関する権利は消滅しない(同法162条の3第2項及び3項)が,当該基金が国の行うべき老齢厚生年金に上乗せしている分については,基金の解散によって消滅する(同法146条)。また,解散した基金の残余財産は,規約の定めるところにより,その解散した日において当該基金が年金たる給付の支給に関する義務を負っていた者にその全部を分配しなければならず,当該残余財産を事業主に引き渡してはならない(同法147条4項及び5項)ものとされている。
イ そうすると,基金の解散は,当該基金を設立した設立事業所の事業主の権利義務ないし法的地位を変動させるということができるから,当該基金を設立した設立事業所の事業主は,基金の解散の認可に対する不服申立てをすることができると解すべきである。
そして,前記認定事実によると,本件異議申立書並びにこれに添付された本件別紙1,本件別紙2及び本件別紙3によれば,原告が本件基金を組織する設立事業所の事業主の一人であることが認められるから,原告は,本件認可に対する不服申立てをする適格が認められていたというべきである。
ウ 以上によれば,本件異議申立書の記載を前提とすると,異議申立人がだれかは,若干不分明ではあるものの,これを原告による異議申立てと解して,本件異議申立ての審理を進めることも可能であったというべきである。そして,前記認定事実によると,原告は,本件基金を組織する設立事業所の事業主の一人として,本件認可の合法性を強く争っており,本件認可は取り消されるべきであると考えていたことが認められるから,本件異議申立てにつき,申立人不特定ないしは代表資格不分明等の理由で申立てを不受理あるいは却下するのではなく,これを原告による異議申立てと解して本件異議申立ての審理を進めることは,必ずしも原告の意思に反するものではなく,むしろ原告の利益に沿うものというとこができる。
(3)ア 他方,行政不服審査法10条は,法人でない社団で代表者の定めがあるものに行政庁に対する不服申立ての当事者能力があることを認めている。この点からすると,被害者の会が本件基金を組織する設立事業所の事業主を団体構成員とする法人でない社団であったと仮定すれば,被害者の会自体が,本件認可に対する不服申立てを行うという事態も,その適否,当否は別として,あり得るかもしれない。
その場合,行政不服審査法13条1項は,法人でない社団の代表者の資格を書面によって証明させるものと定めているから,社団の規約の写し,代表者を選任したことを証する総会議事録の写し等によって,当該団体の社団性及びその代表者の資格を明らかにする必要がある。一般的にいえば,これらにより,①社団が社会的実在であること及び訴訟上の当事者としての法的地位を認めるために必要とされる住所(事務所の所在地)及び名称,②代表(機関)の選任方法,任務終了事由及び職務権限の範囲等に関する定め,③社団の団体としての意思決定機関として団体構成員により組織される総会に関する定め,④社団にとって重要な要素である団体構成員の資格の得喪に関する定めとその構成員名簿,⑤団体構成員の権利義務に関する定め,⑥社団の団体としての資産に関する定め,⑦社団の目的に関する定め,及び⑧規約に従った代表者の選任結果が明らかにされていることを要する。
しかし,証拠(甲第7,第8及び第11号証,乙第6号証の1から6まで)及び弁論の全趣旨によると,本件異議申立書の添付書類によっては,これらのいずれも全く明らかになっておらず,被害者の会の代表者の資格を証明する書面も添付されていなかったことが認められる。
イ したがって,被告としては,まず,原告に対し,行政不服審査法13条1項に基づいて,法人でない社団である被害者の会の代表者の資格等を書面によって証明するよう求め,被害者の会の社団性及びその代表者の資格が明らかになれば,さらに,不服申立人が代表者個人なのか,法人でない社団自体なのかを確認し,明らかにならなかった場合には,本件異議申立てを原告による異議申立てと解して本件異議申立ての審理を進めるのが相当であるということができる。
(三) 以上の認定判断と前記認定に係る事実経過を総合すれば,大友は,行政不服審査法13条1項に基づいて,念のために原告から被害者の会の代表者の資格を証明する書面を提出させる必要があると判断して,谷口に架電し,代表者資格を証明した書面の提出を求めたものと認めるのが相当である。
そして,前記認定事実によると,原告が被害者の会の代表者の資格を証明する書面として被告に本件議事録を提出したこと,本件議事録には,考える会の総会である本件総会において,被害者の会を結成し,その代表者として原告を選任した旨の記載はあるものの,前記(二)(3)アの①から⑦までの事項を明らかにする記載はなく,また,本件議事録には,被害者の会の構成員の氏名等を記載した文書や上記①ないし⑦について記載された別な文書の添付もなかったことが認められる。さらに,本件議事録に加え,本件異議申立書及びその添付書類や,そのほか前記認定に係る被告と谷口や原告等との交渉状況,文書のやり取り等を合わせて考慮しても,被害者の会の代表者の資格の証明はもちろんのこと,そもそも被害者の会が本件基金を組織する設立事業者の事業主を団体構成員とする法人でない社団であること自体も,認めることはできないというべきである。むしろ,本件議事録の記載内容からうかがわれる被害者の会の結成の経緯によると,組織や構成員等が確定した社団ではなく,事業主たちの集合体にすぎない考える会が,会議の中で,被害者の会に衣替えしたにすぎないものと認めるのが相当である。そうすると,被害者の会は,法人でない社団として設立されたものということはできず,他にこれが法人でない社団であると認めるに足りる証拠はない。
したがって,被告は,被害者の会をあて先にしているとも解し得る本件依頼文書を発出している点で,いささか紛らわしい行動を執っているものの,結局,被害者の会が,本件基金を組織する設立事業者の事業主を団体構成員とする,行政不服審査法10条に規定する「法人でない社団又は財団で代表者又は管理者の定めがあるもの」に当たると認めることはできないと判断したものと認めるのが相当であり,かつ,この判断は合理的であったというべきである。
(四) さらに,後述するとおり,本件送付書及び本件異議決定書は,本件異議申立ての申立人は,被害者の会の代表という肩書のある原告個人であると解して本件異議申立ての審理を進めていたことを明らかにしているというべきである。
(五) 以上認定,説示したところによると,本件異議申立書は,その記載内容及び添付資料によれば,原告個人を本件異議申立ての申立人と解するのが合理的であるが,他方で,被害者の会自体が本件異議申立ての申立人であることを示すような記載もあったということができる。しかし,前示のとおり,本件異議申立書が提出された時点では,被害者の会につき,その社団性や代表者の資格を明らかにする書面は,添付されていなかったのであり,その後も,これらを明らかにするような書面の提出や事実関係の判明はなかったということができる。そこで,本件異議申立ての実際の審理では,被害者の会の代表という肩書のある原告個人が本件異議申立ての申立人であるとして審理がされ,本件異議決定がされたので,この異議申立人の確定について,被告があらかじめ原告に更に教示をしておくべきではなかったのかなど,運用の当否の問題はあるとしても,違法な点はないというべきである。
そうすると,被告の担当職員である大友が,被害者の会を本件異議申立ての申立人として取り扱うことを原告をはじめとする被害者の会に約束したという趣旨で,被害者の会を本件異議申立ての申立人として取り扱う旨明言したとは,およそ考えることができないというべきである。
以上のとおり,大友が被害者の会を本件異議申立ての申立人として取り扱う旨明言していたと認めることはできないので,原告の前記(一)の主張は,採用することができない。
(六) また,原告は,本件認可がされてから原告が本件訴えを提起するまでの間の経過について,前記1で認定した事実のほかにも,前記第二の五1のとおり,種々の事実があった旨主張し,証拠(甲第11号証)中にはこれに沿う部分がある。
しかし,被告は,これをおおむね否認しており,上記証拠のうち的確な裏付けを伴わない部分については,上記証拠だけではこれを認めるには足りず,他にこれを認めるに足りる証拠はないから,結局のところ,本件認可がされてから原告が本件訴えを提起するまでの経過については,前記1で認定した事実の限度において認めることができるにとどまるというべきである。
3 本件訴えの出訴期間について
(一) 本件訴えの出訴期間は,行政事件訴訟法14条1項及び4項により,原告が本件異議決定があったことを知った日から起算して3か月である。そこで,原告が本件異議決定があったことを知った日がいつであるかについて,以下検討することとする。
(二)(1) 前記認定事実及び前記事実認定についての補足説明によると,①本件異議申立書の記載内容及び添付資料によれば,原告を本件異議申立ての申立人と解するのが合理的であるものの,被害者の会を申立人と解する根拠となる記載もあり,必ずしも明確ではなかったところ,被害者の会の社団性や代表者資格を明らかにする資料が本件異議申立書に添付されていなかったので,被告は,本件異議申立書提出の時点では,申立人が原告又は被害者の会のいずれかであるとは確定していなかったこと,②その後,被告が,原告から法人でない社団としての被害者の会の代表者資格を証明する書面として提出された本件議事録等を検討した結果,本件異議申立ての申立人を原告個人として本件異議申立ての審理を進めるほかないことが明らかとなったこと,③本件異議決定書と共に送付された本件送付書には,あて名として「谷山誠殿」と原告の氏名が記載され,本文には,「さきにあたなが提起された標記の異議申立て(以下省略)」と記載されていること,④本件異議決定書には,異議申立人の氏名として「谷山誠」と原告の氏名が記載され,異議申立人の住所として原告の住所が記載され,理由中には,「異議申立人全国環境整備事業厚生年金基金被害者の会代表谷山誠(以下「申立人」という。)は,…(中略)…全国環境整備事業厚生年金基金…(中略)…を組織していた設立事業所の事業主及び加入員の有志の代表である。…(中略)…本件は,申立人がこれを不服として,同年10月20日付けで,処分庁に対して異議申立てを提起した事案である。」と記載されていることが認められる。
そうすると,本件異議決定の名あて人を原告以外の者,例えば,被害者の会と解する余地はおよそなかったというべきである。
(2) 以上の事実経過並びに本件送付書及び本件異議決定書の記載内容からすると,原告が先入観を持たずに素直に本件送付書及び本件異議決定書を読めば,被告が本件異議申立てを原告による異議申立てと解して本件異議申立ての審理を進め,原告を名あて人として本件異議決定をしたと理解することが,客観的には極めて容易な状況に置かれていたものということができる。そして,前示のとおり,被告のこのような異議申立人のとらえ方は適法というべきである。
他方,原告は,本件送付書及び本件異議決定書を受領しこれを読んでも,本件異議決定の名あて人が原告であるとは理解しなかった旨主張する。しかし,仮にそのとおりであったとしても,これは,原告が本件異議申立ての時に,被害者の会による異議申立てであると理解し,したがって,本件異議決定も被害者の会をあて先にするものと勝手に誤解したことによるものというほかなく,前記認定事実及び前記事実認定の補足説明に照らすと,原告が本件異議決定を被害者の会に対するものであると理解していたとしても,それに相応の客観的かつ合理的な根拠があると認めることはできない。
したがって,本件送付書及び本件異議決定書を受領した原告について行政事件訴訟法14条1項及び4項を適用するに当たっては,原告は,本件送付書及び本件異議決定書を受領しこれらを読むことによって,原告を名あて人として本件異議決定がされたことを知ったものと認めるのが相当である。他に上記認定を左右するに足りる証拠はない。
(3)ア なお,前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば,被告は,本件議事録が提出された後に,異議申立人をだれと判断したのかを原告に通知したり,さらに,法人でない社団としての規約に相当する文書の追加提出等を求めるなどの措置を執らなかったものと認めることができ,このような運用の当否については前示のとおり議論のあり得るところであろうが,そうであるからといって,このような問題点が前記認定判断を左右するものではない。また,原告は,平成17年7月1日の本訴第3回口頭弁論期日の前日である同年6月30日に,書証の写しとして被害者の会の規約(以下「本件規約」という。甲第10号証)を当裁判所あてにファックスにより送付している。しかし,本件全証拠を精査しても,本件規約がいつの時点で作成されたものであるかは全く不明である上,仮に,本件規約が,本件総会において被害者の会の結成が決議された時点で作成されていたとしても,前示のとおり,本件議事録の記載内容からうかがわれる被害者の会の結成の経過によると,そもそも被害者の会は法人でない社団として成立されたものということはできないと判断することが不合理であるということはできないし,いずれにせよ,本件異議決定前には,本件規約は被告に提出されていないのである。したがって,本件規約の存在をもって,本件異議決定が原告を名あて人としていることが誤りであるとか,原告が本件異議決定を被害者の会に対するものと誤解したことに相応の客観的かつ合理的な根拠があるなどということはできない。
イ(ア) また,原告は,①厚生労働省において本件異議申立ての担当窓口となっていた大友は,被害者の会を本件異議申立ての申立人として取り扱う旨明言し,原告は,申立人は被害者の会であると信じて疑わなかったこと,②本件異議決定は,本件異議申立てを棄却する旨の決定であり,本件異議申立てを却下する旨の決定ではなかったこと,及び③被告は,本件異議決定書の理由において,原告が被害者の会の代表である旨認定しているから,原告は,本件異議決定書は被害者の会の代表あてに送付されたものであると信じて疑わなかった旨主張するので,原告が上記①から③までの理由をもって本件異議決定が被害者の会に対するものであると理解したことに相応の客観的かつ合理的な根拠があるということができるか否かについて,さらに検討する。
(イ) ①について
前示のとおり,厚生労働省において本件異議申立ての担当窓口となっていた大友が,被害者の会を本件異議申立ての申立人として取り扱うことを原告を始めとする被害者の会に約束したという趣旨で,被害者の会を申立人として取り扱う旨明言したと認めることはできない。
なお,仮に,大友が,本件異議申立ての時点では,被害者の会を,その申立人として取り扱うことがあり得る趣旨の発言をしていたとしても,既に判示したところに照らせば,そのことをもって,原告が本件異議決定を被害者の会に対するものと誤解したことに相応の客観的かつ合理的な根拠があるということはできない。
(ウ) ②について
被告が本件異議申立ての申立人を被害者の会と解した上,申立てを不適法と判断すれば,決定主文は「却下」となり,申立ては適法であるが理由はないと判断すれば,決定主文は「棄却」となる。被告が同申立人を原告個人と解しても,同様に二とおりの主文があり得ることは上記と同じである。このように,本件異議申立ての申立人が被害者の会であれば,決定主文が「棄却」となるという関係にはないのであるから,本件異議決定が,本件異議申立てを棄却する旨の決定であり,本件異議申立てを却下する旨の決定ではなかったことをもって,原告が本件異議申立てを被害者の会による異議申立てであると理解したことに相応の客観的かつ合理的な根拠があるということはできない。
(エ) ③について
前記認定事実のとおり,本件異議決定書の理由中には,「異議申立人全国環境整備事業厚生年金基金被害者の会代表谷山誠(以下「申立人」という。)は,…(中略)…全国環境整備事業厚生年金基金…(中略)…を組織していた設立事業所の事業主及び加入員の有志の代表である。」という記載があるが,これは,本件異議申立ての申立人である原告の肩書として,本件異議申立書に記載のあったとおりを記述したものにすぎず,申立人が被害者の会であることを示す記載でないことは,既に判示したとおり,上記記述並びに本件異議決定書及び本件送付書の他の記載から明らかである。
そうすると,上記記述の存在をもって,原告が本件異議申立てを被害者の会による異議申立てであると理解したことに相応の客観的かつ合理的な根拠があるということはできず,そのほか,本件異議決定書にそのような理解の根拠となり得る記述は見当たらない。
(オ) 以上のとおり,原告の前記(ア)の①から③までの主張は,いずれも採用することができない。
ウ(ア) さらに,原告は,①異議申立人及び異議申立ての効果がだれに及ぶかを訴訟手続で判断する際には,異議申立てをした者と異議申立てを審理する行政庁との間の交渉の経緯等一切の事情を考慮する必要があること,②行政庁の私人に対する処分を判断の対象とする際には,憲法31条の趣旨を十分加味して,不当に告知,聴聞の機会が奪われないように適正な手続の確保が最優先されなければならないこと,③だれが異議申立人であるかは,原告適格にかかわる問題であるから,原告適格に関する要件を狭めることがないように判断すべきであることを理由に,本件異議決定書の名あて人が原告であること,並びに本件送付書及び本件異議決定書が原告あてに送付されていることをもって,原告が,本件異議決定書を受領した時点において,本件異議決定の名あて人が原告であることを知っていたということはできない旨主張する。
(イ) しかし,本件異議申立書中の「不服申立人」の「氏名」欄及び「住所」欄の記載等や,原告と被告との間の,本件異議申立てのときから本件異議決定までの交渉の経過等を総合考慮しても,被告が本件異議申立ての申立人が原告であるという結論を下したことが合理的であることは,既に判示したとおりである。また,本件異議申立ての審理の経過を検討してみても,前記認定事実に照らし,被害者の会の告知・聴聞の機会を不当に奪ったということはできない。
さらに,異議申立ての申立人がだれかという問題は訴えの原告適格の広狭を決定付けるものではないので,この点に関する原告の主張は的を射ないものである。
(ウ) 以上のとおり,原告の前記(ア)の主張は,いずれも採用することができない。
(4) 以上によれば,行政事件訴訟法14条1項及び4項を適用するに当たっては,原告が本件送付書及び本件異議決定書を読めば,原告を名あて人とする本件異議決定がされたことを知ったものと認めるのが相当である。
そして,前記前提となる事実によると,原告は,平成16年2月29日ころには本件送付書及び異議決定書を受領しているから,特段の事情のない限り,原告は,本件送付書及び本件異議決定書を受領した平成16年2月29日ころには原告を名あて人とする本件異議決定がされたことを知ったものと認めるのが相当である(最高裁昭和25年(オ)第18号同27年4月25日第二小法廷判決・民集6巻4号462頁,最高裁昭和26年(オ)第392号同27年11月20日・民集6巻10号1038頁参照)。そして,本件においては上記にいう特段の事情があることをうかがわせる証拠はないから,原告は,本件送付書及び本件異議決定書を受領した平成16年2月29日ころには原告を名あて人とする本件異議決定がされたことを知ったものと認めることができる。
そうすると,前記前提となる事実のとおり,原告が本件訴えを提起したのは同年12月30日であるから,本件訴えは,出訴期間の経過後に提起されたものというべきである。
(5) これに対し,原告は,原告が,本件異議決定の名あて人が原告であることを知ったのは,別件準備書面が別件訴えの口頭弁論期日において陳述された平成16年12月24日である旨主張する。
しかし,既に判示したことろに照らせば,原告の上記主張は採用することができない。
(三) 出訴期間は,不変期間であり(行政事件訴訟法14条2項),当事者がその責めに帰することができない事由により不変期間を遵守することができなかった場合には,その事由が消滅した後1週間以内に限り,不変期間内にすべき訴訟行為の追完をすることができる(民事訴訟法97条1項本文)。
しかし,仮に,原告が,本件異議申立ての時に,本件異議申立ての申立人が被害者の会であると理解していたため,本件訴えの提起が平成16年12月30日まで遅れたとしても,既に判示したところに照らせば,それは,原告の責任によるものというほかない。
したがって,本件が原告の責めに帰することができない事由により不変期間を遵守することができなかった場合に当たるということはできない。
(四) 以上によれば,本件訴えは,出訴期間を経過した不適法なものというべきである。
二 結論
以上によれば,本件訴えは,その余の点について判断するまでもなく不適法であるからこれを却下することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・菅野博之,裁判官・鈴木正紀,裁判官・小田靖子)