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東京地方裁判所 平成16年(行ウ)73号 判決 2004年6月16日

主文

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者が求めた裁判

(原告)

被告が平成15年11月14日付けでした,別紙請求文書目録記載の行政文書に関する不開示決定を取り消す。

(被告の本案前の答弁)

主文1項と同旨

第2事案の概要

本件は,原告が,行政機関の保有する情報の公開に関する法律に基づき,被告に対し,文書の開示を請求したところ,不開示決定を受けたため,同決定の取消しを求めている事案である。

1  法令の定め

(1)  行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成11年法律第42号。以下「情報公開法」という。)3条は,何人も,この法律の定めるところにより,行政機関の長に対し,当該行政機関の保有する行政文書の開示を請求することができる旨規定し,これを受けて同法5条は,行政機関の長は,開示請求があったときは,開示請求に係る行政文書に同条各号に掲げる不開示情報のいずれかが記録されている場合を除き,開示請求者に対し,当該行政文書を開示しなければならない旨規定しているところ,同条3号は次のとおり不開示情報を定めている。

「公にすることにより,国の安全が害されるおそれ,他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」

(2)  また,情報公開法8条は,開示請求に対し,当該開示請求に係る行政文書が存在しているか否かを答えるだけで,不開示情報を開示することとなるときは,行政機関の長は,当該行政文書の存否を明らかにしないで,当該開示請求を拒否することができる旨規定している。

(3)  そして,情報公開法9条2項は,行政機関の長は,開示請求に係る行政文書の全部を開示しないとき(前条の規定により開示請求を拒否するとき及び開示請求に係る行政文書を保有していないときを含む。)は,開示をしない旨の決定をし,開示請求者に対し,その旨を書面により通知しなければならない旨規定している。

2  前提となる事実(各項末尾に掲記の証拠等により認められる。)

(1)  本件開示請求

原告は,平成15年9月8日付けで,被告に対し,情報公開法3条の規定に基づき,別紙請求文書目録記載の行政文書(以下「本件行政文書」という。)の開示を請求した(以下「本件開示請求」という。)。

(争いがない事実)

(2)  本件決定

本件開示請求に対し,被告は,平成15年11月14日,「本件開示請求の対象となる可能性のある文書の存否を明らかにすることにより,我が国と米国との信頼関係を損ない,また日米安保体制の円滑な運用が阻害されることによって我が国の安全を害するおそれがあり,仮に存在するとしても,情報公開法5条3号に該当する」 として,同法8条の規定に基づいて,本件行政文書の存否を明らかにしないで開示請求を拒否する旨の決定(以下「本件決定」という。)を行い,同法9条2項の規定に基づき,同日付け行政文書開示決定等通知書(情報公開第01848号,以下「本件決定通知書」という。)により,原告に対し,その旨を通知した。

(甲1,弁論の全趣旨)

(3)  本件訴えの提起

原告は,平成16年2月16日,被告に対し,本件決定の取消しを求め,本件訴えを提起した。

(顕著な事実)

(4)  本件取消決定

被告は,同年3月31日,本件決定を取り消す旨を決定し,同年4月12日公開第3942号「不開示決定の取消しについて」(通知)をもって,原告に対し,その旨を通知した。

(乙1,弁論の全趣旨)

(5)  第二次決定

被告は,上記と同日の同年3月31日,あらためて情報公開法9条2項の規定に基づき,本件行政文書のうち,「昭和48年4月付けで外務省条約局・アメリカ局が作成した「日米地位協定の考え方」」(以下「考え方・初版」という。)については,当該文書を保有していないこと,「その後の改訂版」(以下「考え方・改訂版」という。)については,我が国と米国の間の協議事項に係る外務省内の考え方,両国間の協議の内容等に関する記述が含まれており,公にすることにより米国との交渉上不利益を被るおそれ及び米国との信頼関係を損なうおそれがあり,同法5条3号所定の不開示情報に該当するとして,本件行政文書を不開示とする旨の決定(以下「第二次決定」という。)を行い,同日付け通知書(情報公開第01102号)により,原告に対してその旨を通知した。

(乙2,弁論の全趣旨)

3  当事者の主張

(被告の本案前の主張-本件訴えの利益の消滅)

被告は,平成16年3月31日付けで,本件決定を取り消すとともに,同日,本件開示請求に対して,本件行政文書のうち,「考え方・初版」については不存在,「考え方・改訂版」については情報公開法5条3号に該当する情報が記録されているとして,同法9条2項に基づき,不開示とする決定(第二次決定)をした。

よって,原告が取消しを求める本件決定が既に取り消された以上,本件訴えの利益は消滅したものである。

(本案前の答弁に対する原告の反論)

情報開示請求に対する行政庁の処分は,開示決定か不開示決定のいずれかであって,不開示決定の根拠は情報公開法5条各号以外に存在せず,同法8条の規定は第三の類型の処分を設けたものではない。本件決定は,本件行政文書の存否を明らかにしないで行なわれたものであるが,本件決定通知書に処分理由として,対象行政文書の存在を認めることが同法5条3号の不開示情報を開示することになるとの理由が付記されているとおり,その性質は,同法5条3号の定める不開示情報に該当することを理由とする不開示決定である。

したがって,本件決定と第二次決定とは,同法5条3号の定める不開示情報に該当することを理由とする不開示処分として単一のものであって,第二次決定は,本件決定の処分理由を差し替えたものにすぎないから,本件訴えの利益は消滅していないというべきである。

このように,不開示決定という結論を維持したまま,ただ理由を変更しただけの場合に,新たに印紙を貼付して訴状を再提出しなければ司法的救済を受けられないという扱いを,行政事件訴訟法や情報公開法が予定しているはずがない。

(原告の本案に関する主張-本件行政文書の不開示決定の違法性)

本件行政文書の不開示決定は,以下のとおり違法である。

(1) 本件行政文書のうち「考え方・初版」について,改訂版が存在するのに,その初版がコピーを含めて外務省内に全く存在しないということは考えがたい。

(2) また,本件行政文書には,被告が主張するような不開示情報は含まれていない。すなわち,「考え方・初版」は,平成16年1月13日付けの琉球新報紙にその全文が掲載されたが,その内容の大半は昭和48年以前になされた国会答弁を整理したもので,その余の部分も日米合同委員会において合意に達した解釈を紹介するものにとどまり,これらが公表されたからといって我が国が米国との交渉上不利益となるということはあり得ない(現に上記新聞報道によって我が国と米国との信頼関係等が損なわれたと評すべき事実は発生していない)。「考え方・改訂版」の内容も,「考え方・初版」に,その作成後約10年間の国会答弁等を加えたもので,収録された資料の範囲が増えたにすぎないから,情報公開法5条3項の定める不開示情報を含むことはあり得ない。

4  争点

以上によれば,本件の本案前の主張に関する争点は,本件訴えの利益が消滅したか否か,である。

第3当裁判所の判断

1  本件訴えの利益の有無について

(1)  被告は,平成15年11月14日付けで,本件開示請求について,本件決定を行ったが,原告が本訴を提起した後の平成16年3月31日,本件決定を取り消し,同日,第二次決定を行ったことは,前記認定のとおりであるところ,原告は,第二次決定も,原告の本件開示請求に対する応答としての不開示処分であることに変わりがなく,同決定と本件決定とは単一の処分であって,第二次決定は処分理由の差し替えにすぎないと主張する。

(2)  しかし,本件決定は,「文書の存否を明らかにすることにより,我が国と米国との信頼関係を損ない,また日米安保体制の円滑な運用が阻害されることによって我が国の安全を害するおそれがある」との理由で,情報公開法8条の規定に基づいて文書の存否を明らかにしないで開示請求を拒否した処分であるのに対し,第二次決定は,本件行政文書のうち,「考え方・初版」については当該文書を保有していないことを,「考え方・改訂版」については,同法5条3号所定の情報が記録されていることをそれぞれ理由として開示請求を拒否する旨の処分である。そして,証拠(乙1,2)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,本件決定をいったん取り消したうえ,その後に第二次決定を行ったことが認められる。

このように,本件決定についていったん職権による取消しがされている以上,各決定は,それぞれが単一の処分というべきであって,各決定が本件開示請求に対する拒否処分であるという点において共通しており,また,職権による取消しと第二次決定が同一の日に行われたからといって,両決定が一個の処分であり,第二次決定は本件決定の理由を差し替えたものにすぎないと認めることはできない。

そして,本件事案のような場合において,行政庁が,自ら行った行政処分につき,その瑕疵の存在を認め,職権で当該行政処分を取り消したうえで,あらためて正しいと考える行政処分を行うことが許されないと解すべき理由はなく,この理は,職権による取消しが,当該行政処分に対し行政不服審査の申立てや抗告訴訟の提起がされた後に行われた場合や,新たな処分の結果,情報公開法10条の規定(開示請求から開示決定等までの期間を原則30日,延長可能な場合でも合計60日以内とするもの)に反する結果となる場合であっても同様であると解される。

(3)  そうであるとすれば,本件決定は既に取り消されて存在しないものであり,その取消しを求める本件訴えの利益は消滅したものといわざるを得ない。

2  なお,前記認定の事実経過によると,原告が本件決定の取消しを求めて本件訴えを提起したことは,その権利の伸張に必要な行為であったと認めることができるから,訴訟費用の負担については,被告の負担とするのが相当である。

3  以上によれば,本件訴えは,不適法であるから却下することとし,訴訟費用の負担については,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法62条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 関口剛弘 裁判官 丹羽敦子)

別紙「請求文書目録」

昭和48年4月付けで外務省条約局・アメリカ局が作成した「日米地位協定の考え方」及びその後の改訂版

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