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東京地方裁判所 平成16年(行ウ)94号 判決 2005年2月02日

主文

1  本件訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求の趣旨

被告が、平成16年1月26日付で医療法人徳洲会に対してした別紙許可目録記載の許可を取り消す。

第2事案の概要

本件は、医療法7条1項及び4項に基づく病院開設許可処分について、当該開設予定病院の開設予定地の存する東京都昭島市内及びその付近の医師及び同医師らが加入する医師会である原告らが、当該許可は医療法の病院開設許可の要件を満たさないものであって違法であるとして、許可の取消しを求めた事案であり、本案前の要件として、原告らに上記許可の取消しを求める法律上の利益(行政事件訴訟法9条)が認められるか否かが争われたため、審理を終結してその点について判断することとしたものである。

1  法令の定め

(1)  医療法(以下「法」という。)1条は、この法律は、病院、診療所及び助産所の開設及び管理に関し必要な事項並びにこれらの施設の整備を推進するために必要な事項を定めること等により、医療を提供する体制の確保を図り、もって国民の健康の保持に寄与することを目的とすると定めている。

(2)  法7条1項は、病院を開設しようとするとき、医師法16条の4第1項による登録を受けた者及び歯科医師でない者が診療所を開設しようとするとき、又は助産師でない者が助産所を開設しようとするときは、開設地の都道府県知事(診療所又は助産所にあっては、その開設地が保健所を設置する市又は特別区の区域にある場合においては、当該保健所を設置する市の市長又は特別区の区長)の許可を受けなければならないと定め、同条4項は、都道府県知事又は保健所を設置する市の市長若しくは特別区の区長は、法7条1項ないし3項の許可の申請があった場合において、その申請に係る施設の構造設備及びその有する人員が法21条及び法23条の規定に基づく厚生労働省令の定める要件に適合するときは、許可を与えなければならないと定めている。

(3)  法7条5項は、営利を目的として、病院、診療所又は助産所を開設しようとする者に対しては、法7条4項の規定にかかわらず、法7条1項の許可を与えないことができると定めている。

(4)  法30条の3第1項は、都道府県は、当該都道府県における医療を提供する体制の確保に関する計画(以下「医療計画」という。)を定めるものとすると定めている。

(5)  法30条の3第2項3号は、医療計画において、療養病床及び一般病床に係る基準病床数、精神病床に係る基準病床数、感染症病床に係る基準病床数並びに結核病床に係る基準病床数に関する事項を定めるものとしている。

(6)  法30条の7は、都道府県知事は、医療計画の達成の推進のため特に必要がある場合には、病院若しくは診療所を開設しようとする者又は病院若しくは診療所の開設者若しくは管理者に対し、都道府県医療審議会の意見を聴いて、病院の開設若しくは病床数の増加若しくは病床の種別の変更又は診療所の療養病床の設置若しくは療養病床の病床数の増加に関して勧告することができると定めている。

(7)  法7条の2第1項は、公的医療機関等の場合は、法7条4項の規定にかかわらず、医療計画に定められた基準病床数を超えることを理由として、病院開設許可を与えないことができると定めている。

2  前提事実

(当事者間で争いがないか、証拠によって容易に認定することができる事実)

(1)  第1事件原告社団法人昭島市医師会(以下「原告昭島市医師会」という。)は、医道を昂揚し、医学、医術の発展普及ならびに公衆衛生の普及向上とを図り、地域の保健医療福祉の増進に寄与することを目的とする社団法人であり、昭島市内の医師によって構成されている。

第2事件原告社団法人北多摩医師会(以下「原告北多摩医師会」といい、原告昭島市医師会と併せて「原告医師会ら」ということがある。)は、医道を昂揚し医学医術の発展普及と公衆衛生の向上を図るとともに正しい医療の遂行によって社会民衆の保健厚生の福祉を増進することを目的とする社団法人であり、原告昭島市医師会を含む北多摩地域の10市の医師会の会員によって構成されている。

その余の第1事件原告らは、東京都昭島市内及びその付近において医療施設を開設し、医療行為を行う医療法人、社会福祉法人、個人医師である(以下「原告医師ら」という。)。

(2)  被告は、法7条1項に基づき、東京都内の病院について開設許可の権限を有する東京都知事である。

(3)  被告は、平成16年1月26日、医療法人徳洲会(以下「徳洲会」という。)に対し、別紙許可目録のとおり、東京西徳洲会病院(所在地 東京都昭島市α3737番1ほか。病床数 一般病床396床、療養病床104床)について病院開設許可処分(以下「本件開設許可」という。)を行った。

3  原告適格についての原告の主張

(1)  本件開設許可によって原告らの被る不利益

原告らは、以下に述べるとおり、本件開設許可によって、①病床の過剰化による病院間の過当競争やそれによる医療の質の低下及び病院の倒産を防止するという利益、②原告らが構築してきた医療提供体制を維持・遂行する利益、③医療体制の確保により良質かつ適切な医療業務を提供する利益を喪失することになる。

ア 原告昭島市医師会

東京西徳洲会病院の建設が強行されると、原告昭島市医師会が長年にわたって昭島市民のために構築してきた地域医療システムが破壊される危険がある。すなわち、原告昭島市医師会は、昭島市において医療活動をしている医師の約98パーセントにより構成され、11万0453人の市民に対し、入院施設(6病院合計665床)の配備、救急医療病院4病院の配置、各医療機関と国立病院災害医療センター(立川市)との24時間連携システム、急病患者のための休日、準夜応急診療、健康相談、各種がん検診、母子保健及び予防接種などの地域保健医療活動の中核的担い手としてこれらのシステムを作りあげてきたのであり、東京西徳洲会病院のような500床もの大病院が、突然、事前相談の手続も経ずに建設されれば、これら地域医療システムの維持・遂行をしていくことができなくなるという不利益を被ることは明らかである。

イ 原告北多摩医師会

原告北多摩医師会は、東京都北多摩を区域とし、昭島市医師会を始めとする各市医師会の会員をもって組織されている。原告北多摩医師会は、医師会系列の中で、東京都医師会と上記単位医師会の存する北多摩地区全体としての医療のあるべき姿を検討・研究し、又各単位医師会の意向を汲み上げて上部団体である東京都医師会にこれを伝達・具申する役目も果たしている。

原告北多摩医師会は原告昭島市医師会の上部統轄団体であり、北多摩全体にわたって「医療を提供する体制の確保」をすることにつき法律上の利益を有する。傘下の昭島市に於て地域医療システムが破壊されればひいては北多摩全体としての地域医療の破壊につながる。したがって、原告北多摩医師会も、本件開設許可を取り消すことにつき法律上の利益を有することはいうまでもない。

ウ 原告医師ら

原告医師らは、医療を提供する体制の一員であり、直接医療業務に従事する者らであるから、違法な本件開設許可を取り消すことにより十全な医療を提供する体制を維持することにつき法律上の利益を有する。

また、医療法の基準病床数の定めは、適正な病床配置による国民の健康保持ということの他に、病床の過剰化による病院間の競争の激化やひいては倒産を防止するということ(そしてそれが結局は適切な医療体制の確保につながる)も目的とする。そうすると、原告医師らは、過剰病床病院が開設されないことについて経済的見地からも法律上の利益が認められるというべきである。

(2)  原告らの利益が法律上保護された利益であること

ア 医療法の目的

原告らは医療を提供する体制(法1条)の一員であり、医療を受ける者に対し、良質かつ適切な医療を行う責務を負っている(法1条の4)。そして、法30条の3は医療計画を定めることを都道府県に要求しているが、その趣旨は、病院、病床が乱立あるいは偏在すれば、適切な医療提供体制を構築することができず、その構成員である既存病院ないし医師が良質かつ適切な医療を行うことができなくなることを防止する点にある。

このように、法は、医療計画に定める病床計画への適合性を病院開設許可の判断要素としているのであり、このことからすれば、病院開設許可の根拠法規である医療法7条1項及び4項の保護する法律上の利益の中に、医療体制の一員である原告ら個々の医師、医師会が適切な医療体制の確保により良質かつ適切な医療業務を供給するという個別・具体的利益が含まれていることは明らかである。

被告は、法1条の定める医療法の目的は、国民の健康の保持であり、医療を提供する体制の確保はそのための手段にすぎないと主張する。しかし、法1条が国民の健康の保持を第一次的な目的として定めているとしても、医療提供体制の確保は、同法30条の3の医療計画の実施や医師らの努力によって初めて可能になるのであるから、第一次的な目的の実現に必要不可欠な「医療提供体制の確保」それ自体についても法が第二次的目的としていることは疑いがない。

イ 原告らの個別的利益が保護されていること

被告は、病院開設許可の要件は覊束されており、都道府県知事は、法7条4項の要件を満たす申請については許可処分を行わなければならないとされているから、法7条4項が原告らの利益を個別に保護していると見る余地はないと主張する。しかし、ある処分が覊束行為であるからといって、その処分を定める法律の保護する法益が論理必然的に一般的、公共的利益に限られるわけではない。また、原告適格を判断するに当たっては、当該条文のみならず関連法規も含めた法律全体の趣旨が考慮されるべきである。

そして、法7条1項及び4項のみならず、法1条、1条の4及び法30条の3の趣旨を考慮すれば、原告らが担うべき「医療を提供する体制の確保」が法で保護される直接の法律上の利益であることは明らかである。

なお、被告は、法1条の4は良質かつ適切な医療を行うことを医師の責務として定めたものであり、医師らの利益を認めたものではないと主張するが、専門テクノクラートとしての医師にとって、良質かつ適切な医療を行うことは、職業人としての満足ないし利益を得ることであり、逆にそれが周辺環境の悪化によりできないとなれば、その医師にとって大変な苦痛をもたらし不利益を与えることになるから、同条が医師の責務のみならず利益をも認めた規定であることは明らかである。

ウ 開設許可の判断において考慮すべき事項

法7条1項の病院開設許可は、同条4項の施設の構造設備や人員などの要件を満たしていたとしても、かならず許可されるべきものではなく、当該病院が地域医療の向上の役に立たず、かえって害悪を及ぼす危険性の存する場合には、法全体の趣旨から、許可を与えないことができると解すべきである。医療を提供する体制の確保を図り、もって国民の健康の保持に寄与することを目的とする医療法の精神からすれば、医療を提供する体制を破壊し、ひいては国民の健康の保持に害悪を及ぼすような病院の開設許可が許されないことは当然であり、法7条1項の開設許可は、法7条4項のみならず、法1条もその要件としていると解すべきである。

このことは、法7条5項において営利を目的とする病院の開設が許可されないことが定められていることからも裏付けることができる。また、法8条の2は、病院の開設者は正当の理由がないのにその病院を1年を超えて休止してはならないと定めていること、法29条は、開設許可を受けた後正当の理由がないのに6か月以上業務を開始しないとき(1号)、病院が休止した後正当の理由がないのに1年以上業務を再開しないとき(2号)、開設者に犯罪又は医事に関する不正の行為があったとき(4号)は開設許可を取り消すことができる旨定めているが、このような開設許可取消規定が存在すること及びその趣旨からは、例えば、犯罪又は医事に関する不正の行為を犯した者や開設許可を受けてから6か月以上その業務を開始できない可能性が高い者や、1年以上業務を停止する可能性が高い者が、病院開設許可を申請した場合には当初からその病院の開設を不許可とすべきことを法は当然の前提としていることが窺える。そうすると、法7条4項は、開設許可の不許可事由を施設の構造設備及びその有する人員が法の定める要件を満たさないことに限定しているようにも読めるが、同項は「必ず」許可しなければならないとはしておらず、上記要件を満たしていても不許可とすべき場合が存在するといえるのである。

したがって、病院開設許可の判断には、施設の構造設備及びその有する人員が法の定める要件を満たすか否かの判断のみならず、医療を提供する体制を破壊し、ひいては国民の健康の保持に害悪を及ぼすような病院か否かの判断を法が要求しているというべきである。

エ 医療計画の定めが病院開設許可の判断において考慮されていること医療法は、わざわざ1章をもうけて医療計画について定め、同法30条の3第2項において医療計画の策定について詳細に規定している。しかも、同条は、「医療計画」が地域の現況と乖離しないように「少なくとも5年ごとに医療計画に再検討を加え、必要があると認めるときは、これを変更するものとする。」(10項)と定めた上、変更についても、「医療計画を定め、又は変更しようとするときはあらかじめ都道府県医療審議会及び市町村の意見を聴かなければならない」(12項)と規定し、「医療計画を定め、又は変更したときは、遅滞なく、これを厚生労働大臣に提出するとともに、その内容を公示しなければならない。」(13項)と定めている。このように、法が医療計画の内容を重視しているのは、法1条の基本理念である「医療を提供する体制の確保」を、各都道府県の医療計画を通じて実現しようとしているためであると解することができる。そして、法が、都道府県に対し、医療計画を定めることや、同計画中で基準病床数を定めること等を命じていることからすると、この章全部がいわば訓示規定であり、この章に定める規定(基準病床数)に違反しても、それが病院開設許可・不許可の判断要素にならないものとは到底考えられない。医療法30条の7は、都道府県知事の勧告権限を定めた規定であるが、同条は、勧告手段を規定することで、勧告に従うか否かを病院開設許可の判断要素としたものと解すべきである。

この点、被告は、医療計画に従った指導は行政指導にすぎないと主張するが、病院開設許可申請の実務においては、医療計画に反した内容の病院開設許可はそもそも申請することすら許されないような運用がなされており、病院開設許可の判断要素として医療計画の内容に従った申請か否かが重視されているのである、このことは、東京都衛生局が作成した「徳洲会病院の建設計画書の提出について」と題する書面(甲2)に、病院開設許可に当たっての判断要素として、①医療法上の構造・人員等の基準の適否のほかに、②保健医療計画に定める病床計画との比較、③保健医療計画で推進している地域医療システムへの協力依頼が明記されていることからも明白である。

オ 原告医師らの経済的利益が保護されていること

法7条及びその関連法規は、同法1条の「国民の健康の保持」及び「医療を提供する体制の確保」という目的を実現するために病院経営者の経営の自由を制限するものである。法30条の3に定める医療計画の中核をなす基準病床数等は、地域による医療資源の偏在化を防止するとともに、病床の過剰化による病院間の過当競争やそれによる医療の質の低下及び病院の倒産を防止する目的を有するものであり、医療を提供するための体制の確保という目的を実現するための具体的な基準を定めたものと解される。

以上の点からすれば、法7条1項及び4項の病院開設許可は、法1条、法1条の4、法30条の3の趣旨をふまえて、病床の過剰化による病院間の過当競争やそれによる医療の質の低下及び病院の倒産を防止するという利益についても、原告医師らの個々人の個別的利益として保護したものと解せられるのである。

4  原告適格についての被告の主張

(1)  病院開設許可における審査内容

法7条1項は、病院を開設する際に都道府県知事の許可を受けるべきことを定めているが、都道府県知事は、病院開設の許可申請があった場合は、同条5項に定める営利を目的とする場合を除き、構造設備及び人員が法令に定める要件を満たしている限り許可を与えなければならないとされている(同条4項)。すなわち、病院開設許可に当たっては、当該申請に係る施設の構造設備及びその有する人員だけが審査の対象となるものである。

法30条の3第1項は、都道府県に対し、医療計画を定めるべきことを規定しているが、病院開設許可申請者が、医療計画を無視して開設許可申請を行った場合には、都道府県知事は、都道府県医療審議会の意見を聴いて一定の事項に関して勧告することはできるものの(同法30条の7)、許可自体を拒むことはできない。

なお、原告は、法7条4項において病院開設許可の要件として定められていなくても、医療法の精神から、医療を提供する体制を破壊し、ひいては国民の健康の保持に害悪を及ぼすような病院の開設許可申請がなされた場合は、同法7条4項の要件を満たすか否かの判断以前に許可をすべきでないと主張する。しかし、このような考えは、法7条4項が病院開設許可の不許可事由を厳格に制限している趣旨に明らかに反する。医療法は医療計画を策定すべきことを定め、その内容に反する開設許可申請については都道府県知事において適切な勧告ができることを定めているが、勧告を行った場合でも、開設の許可、不許可には影響を及ぼさないとされているのであって、法が勧告事由にとどめた事項を明文もないのに不許可事由とすることは明らかに法の趣旨に反する。

ちなみに、医療計画は、国民の健康保持の視点から医療資源の地域的偏在の是正と医療関係施設間の機能連携の確保を図るために定められたものであって、医療を提供する体制を確保することと医療計画とは密接な関連があるものの、いずれも国民の健康保持に寄与するための責務として定められたものであって、原告らの利益を保護するために定められたものではない。

(2)  病院開設許可の保護法益

医療法の目的は、国民の健康の保持に寄与することにあるが(法1条)、そのために既存の医療機関の経営を保護して医療供給体制を確保する手段はとられておらず、審査対象事項も(1)記載のとおり限定されており、新規の病院開設が既存の医療提供施設の業務ないしその構成員等で構成する団体の事業を侵害することを理由として病院開設許可を拒むことはできないのであるから、原告らの業務ないし事業は、同法7条により保護された利益とはいえず、原告らには原告適格がない。

なお、原告らは、法1条が、医療を提供する体制の確保を図り、もって国民の健康の保持に寄与することを目的とすると規定していることから、医療を提供する体制の確保が同法が直接保護する法律上の利益であり、原告らは本件開設許可によって医療提供体制が破壊されないことについて具体的な利益を有する旨主張する。しかし、医療を提供する体制を確保することは同法が目的とする国民の健康の保持の手段にすぎないから、同法によっても既存の医療提供施設やその構成員等で構成する団体の事業またはその体制が保護されているものではない。

(3)  基準病床数の意味

原告らは、基準病床数を定める医療法の趣旨には、適正な病床配置による国民の健康保持ということ以外に、病床の過剰化による病院間の競争の激化やひいては倒産防止という目的も存すると考えられるから、過剰病床病院が開設されないという経済的見地からも原告らに原告適格が認められると主張する。

基準病床数は、医療計画の一環として策定されるものであるところ、医療計画は、国民の健康保持の視点から医療資源の地域的偏在の是正と医療施設間の機能連携の確保を図ることを目的として定められたものであり、病院間の競争の激化や倒産の防止という経済的利益を保護する目的を持つものではない。しかも、法7条の病院開設許可は、基準病床数を無視してなされた許可申請があっても申請に係る施設の構造設備等が法令の要件を満たす限り許可を拒めないのであるから、同条が保護するのは申請に係る施設の構造設備等に対する国民医療的観点からの一般的、公益的な利益にすぎず、既存の医療提供施設の業務を保護するものではない。

(4)  医療計画における行政指導

原告らは、病院開設許可申請の実務においては、病院開設を希望する者がいきなり開設申請をすることはありえず、必ず東京都に対する事前相談手続を経ることを要請されること、「徳洲会病院の建設計画書の提出について」(甲2)においては、病院開設許可に当たっての判断要素として、医療法上の構造・人員等の基準の適否のほかに、保健医療計画に定める病床計画との比較及び保健医療計画で推進している地域医療システムへの協力依頼が記載されていることからすれば、病院開設許可が医療法上の構造・人員等の基準の適否のみによって判断されているわけではないと主張する。

しかし、これらは行政指導として行われているものにすぎず、病院開設許可の判断の基準とされているものではない。あくまで、病院開設の自由を尊重し、構造設備及び人員が法令の定める要件に適合している以上許可を拒むことはできず、事後的に施設の使用制限命令等(法24条)や開設許可の取消等(法29条1項3号)で臨むというのが医療法の建前である。

(5)  原告らの責務

原告らは、原告らが医療業務を供給する利益を有する根拠として、医師らが良質かつ適切な医療を行うべきことを規定した法1条の4第1項を引用している。しかし、法1条の4第1項は良質かつ適切な医療を行うことを医師らの責務として規定しているところ、一般に義務と権利とは対立する概念であって、同項から原告らの法律上の利益を導くことはできない。

5  本案についての原告らの主張

(1)  本件開設許可は、徳洲会が平成11年12月6日付けで申請した病院開設許可申請(東京都武蔵村山市内を建設地とするもの)手続が、武蔵村山市の反対により頓挫したため、同手続を流用して、開設地の変更という手続を経た上で行われたものである。すなわち、本件開設許可は、武蔵村山市内において徳洲会の病院開設許可申請が承認されていたことから、本来であれば病院開設許可に際して新たに行うべき事前相談手続を経ずに、昭島市内を開設予定地として許可されたものである。しかし、3年以上前の事前相談において開設許可申請が承認されたからといって、武蔵村山市とは別の自治体である昭島市において、開設予定地の変更という簡易な手続によって病院開設許可を行うのは医療法の趣旨に反する違法な行為である。

事前相談手続を経たあとに東京都から交付される事前相談通知は、形式こそ通知であるが、その実質は病院開設許可を事実上承認するものであって、行政処分としての許可に限りなく近いものであり、事前相談結果通知が得られれば、その後の許可申請と許可の手続はいわば形式的なものにすぎないのであるから、昭島市に開設予定の病院について新たに事前相談手続を経ることなく開設許可を行うことは許されない。

(2)  本件開設許可が行われたことにより、昭島市内の病床数は基準病床数を超える結果となり、医療計画に反する状態が生じている。これは、被告が、本来であれば効力を失っている3年以上前に承認した徳洲会の597床の病院開設許可申請の事前相談手続を、既得権として本件許可申請手続において違法に保護しようとしたことによるものである。

第3当裁判所の判断

1  原告らの原告適格について

(1)  本件訴えは、原告らが、行政処分である本件開設許可の取消しを求めるものであるところ、行政事件訴訟法9条は、取消訴訟は、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができる旨を定めている。そこで、原告らについて本件開設許可の取消しを求めるについて法律上の利益が認められるか否かが問題となるが、当裁判所は、原告らには本件開設許可の取消しを求める法律上の利益は認められないと判断する。その理由は以下のとおりである。

(2)  法律上の利益の意味

行政事件訴訟法9条の定める法律上の利益を有する者とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者を指すものであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものと解される。そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別具体的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨、目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきであると解される(最高裁判所第三小法廷昭和53年3月14日判決民集32巻2号211頁、同第二小法廷平成元年2月17日判決民集43巻2号56頁、同第三小法廷平成4年9月22日判決民集46巻6号571頁、同第三小法廷平成9年1月28日判決民集51巻1号250頁参照)。

(3)  原告らの主張する利益

原告らは、昭島市内及びその付近において医療施設を開設する法人、個人、昭島市内の医師らで構成される医師会、昭島市医師会を含む広域組織である北多摩地域の医師会であるが、本件開設許可が行われることにより、①病床の過剰化による病院間の過当競争やそれによる医療の質の低下及び病院の倒産を防止するという利益、②原告らが構築してきた医療提供体制を維持、遂行する利益、③医療体制の確保により良質かつ適切な医療業務を提供する利益がそれぞれ失われるという不利益を被ると主張している。

(4)  ①の利益について

ア 原告らの主張する病床の過剰化による病院間の過当競争やそれによる医療の質の低下及び病院の倒産を防止するという利益(①)は、要するところ、競業者が無秩序に増加することを防止することによって既存医師らが受ける経済的利益であると理解することができ、原告らは、このような利益が法7条、法30条の3以下の規定等によって保護されていると主張するものと解される。

ところで、法7条1項は、病院を開設しようとするときは、都道府県知事の許可を受けなければならないと定め、同条4項は、都道府県知事は、病院開設の許可申請があった場合には、申請に係る施設の構造設備及びその有する人員が厚生労働省令の定める要件に適合するときは、許可を与えなければならないと定めているところ、これらの規定には、競業者である原告医師らの経済的不利益を考慮したものとは解すべき文言はなく、かえって、同条4項において、構造設備及び人員について法の定める要件を満たした場合は開設を許可すべきことを定め、開設を不許可にすることができる場合を、営利目的であると認められる場合(法7条5項)と、公的医療機関において医療計画における基準病床数を超える病床の開設を申請する場合(法7条の2)に限定していることからすれば、法7条は、法の基準や手続を満たしている限り病院を自由に開設することができる自由開業制度を採用したものと解される。

そして、原告らが依拠している法30条の3以下の規定は、都道府県において医療計画を定め、その中で基準病床数等を定めることができるとしているものの(法30条の3)、医療計画を実現するための手段としては、あくまでも、都道府県知事において、病院の開設若しくは病院の病床数の増加若しくは病床の種別の変更等について勧告することができる旨を定めているのにとどまるのであって、同法上、この勧告に従わなかった者に対して、何らかの対抗策を講じることができる旨の定めはなく、健康保険法65条4項2号において、病院の開設者等が、上記勧告に従わなかった場合、厚生労働大臣が、当該病院の病床数の全部又は一部につき、同法63条3項1号所定の保険医療機関としての指定を行わないことができる旨が定められているにすぎないのである。これらの規定からすると、法は、医療計画において基準病床数を定めることによって、医療資源の地域的偏在の是正と医療関係施設間の機能連携の確保を図ることを目的とはしているものの、その一方で、このような目的実現のために病院の開設そのものを不許可とすることは、医療行為を行うことを一切禁ずることにつながり、医師の開業の自由を強く制約する結果をもたらすことをも考慮し、病院開設許可の段階では、あくまでも任意の履行を期待する勧告にとどめているものというべきであるから、申請に係る病院の開設を許可することによって医療計画が定める病床数を超過する結果になることや、法30条の7所定の勧告に従わないことを理由として病院開設そのものを不許可とすることはおよそ予定されていないものと解するほかはない。

そうすると、原告らが法30条の3以下の規定によって保護されていると主張する利益を、病院開設を許可するかどうかの判断においては考慮しない(むしろ、考慮すべきものではない)とするのが法の趣旨であるといわざるを得ないのであるから、同条の規定を根拠として、原告らに病院開設許可処分の取消しを求める原告適格を肯定することはできないものというべきである(なお、原告らの主張は、「本件において、被告は、法30条の7の勧告をしないという判断をしているものであり、この判断によって、同条によって保護されるべき原告らの利益が侵害されている。」という趣旨のものであると理解することもできないわけではない。しかしながら、仮にこのような理解をしたとしても、上に指摘した点に照らしてみれば、勧告をしないことは、病院開設許可とは別個の行為(不作為)であるといわざるを得ないのであるから、この点を理由として、病院開設許可処分取消訴訟の原告適格を肯定することは無理であるといわざるを得ないところである。)。

イ 医療計画における原告らの利益

なお、仮に、病院開設許可の判断において、医療計画の内容に適合した申請か否かを考慮すべきものと理解する余地があったとしても、医療計画において基準病床数を定めることとされているのは、医療資源の地域的偏在の是正と医療関係施設間の機能連携の確保を図ることを目的としたものであると解されるのであり、基準病床数が、競業者である医師らの経済的利益の保護を目的として定められたものと解することはできないから、結局のところ、原告らの経済的利益が法律上保護される利益であるということはできないものというほかない。都道府県知事によって基準病床数に従った勧告が行われ、申請予定者において病床数を減少させたことにより、開設許可処分を受ける病床数が減少する結果、周辺医療施設及び医師らが経済的利益を得ることがあり得るとしても、それは医療資源の地域的偏在を是正する公益目的の実現に伴って付随的に生じる事実上の利益にすぎないものというべきであるから、このような原告らの利益が法30条の3以下の医療計画の定めにおいて法律上保護されているものと解することも困難というべきである。

ウ 他の関連法規

また、原告らは、法1条の目的規定及び法1条の4第1項を関連法規として解釈することにより、原告らの経済的利益が法律上保護されているとも主張している。

これらの規定が病院開設許可の関連規定として適切かどうかはおくとして、法1条は、医療体制を整備することによって国民の健康の保持を図ることが医療法の目的であることを規定しているところ、法1条は、国民の健康の保持を図るという目的を実現するための手段として医療体制を整備すべきことを定めたものにすぎず、法1条においても原告らの主張する利益が法律上保護されていると理解することは困難というべきである。また、法1条の4は、適切な医療を提供すべきことを医師の責務として定めた規定であると解すべきものであって、同条が原告らにおいてそのような責務を果たせるような環境を保持させるために原告らの利益を保護した規定であるとまで解することはできないというほかなく、同条において原告らの法律上の利益が保護されていると解することはできない。

エ 以上のとおりであるから、病院開設許可の判断において、原告らの経済的利益が法律上保護される利益であると解することはできないというべきである。

(5)  その他の利益について

ア 原告らの主張する、原告らが構築してきた医療提供体制を維持、遂行する利益(②)、医療体制の確保により良質かつ適切な医療業務を提供する利益(③)が具体的にどのようなものを指すのかは必ずしも明らかではないが、原告らは、入院施設(6病院合計665床)の配備、救急医療病院4病院の配置、各医療機関と国立病院災害医療センター(立川市)との24時間連携システム、急病患者のための休日、準夜応急診療、健康相談、各種がん検診、母子保健及び予防接種などの地域保健医療活動の中核的担い手としてこれらのシステムを作り上げてきたことを主張していることからすると、このような体制が原告らの利益であり、本件開設許可の影響によってそれが崩れることを主張しているものと解される。

イ そこで検討するに、原告らが、昭島市民を含む付近住民において、適切な時間、場所で適切な内容の医療を受けることができる体制を築くことに尽力してきた経緯があるとしても、それらによって恩恵を受けるのは、そのような体制の下で医療施設を利用する住民らであると解され、そのような体制の担い手である原告らにおいては、診療行為を行うことによって得られる業務上の経済的利益を除けば、何らかの利益を受ける関係にあると解することは困難である。さらにいえば、本件開設許可によって新規の病院が開設されることとなるとしても、そのことによって原告らが築き上げてきたとする診療システムが存続できなくなる理由も何ら明らかにされていない。大規模病院が出現することによって、既存病院の診療収入が減少する結果、既存の診療システムを維持することができないということを意味するのであれば、そうした利益は経済的利益と同一のものであるといわざるを得ない。

ウ このように、原告らの主張するこれらの利益はそもそもその内容が不明確であり、結局のところ経済的利益を意味するものではないかという疑いを払拭することができないが、そのことをおくとしても、病院開設許可の根拠条文である法7条1項及び4項には、原告らの主張する利益を保護したものと解される文言はないことは明らかであり、かつ、上記のとおり、法7条4項の定める要件を満たした病院開設申請については許可しなければならないとするのが医療法の趣旨であるから、原告らの主張する利益が病院開設許可の根拠法規によって保護された法律上の利益であると解することもできない。

エ この点について、原告らは、法1条の目的規定、医師の責務を定めた法1条の4及び医療計画について定めた法30条の3以下を関連法規として考慮することにより原告らの利益が法律上保護されていると解することができると主張している。

これらの規定が病院開設許可の関連規定として適切かどうかはおくとして、法1条は、国民の健康の保持を図るという目的を実現するための手段として医療体制を整備すべきことを定めたものであり、法1条においても原告らの主張する利益が法律上保護されていると理解することは困難というべきこと、法1条の4は、適切な医療を提供すべきことを医師の責務として定めた規定であって、同条が原告らの利益を保護した規定であると理解することはできないことはすでに判断したとおりである。

また、法30条の3以下の医療計画についても、医療計画の定めが原告らの主張する利益を保護したものと解することは困難である上に、病院開設許可において、医療計画に適合した申請であるか否かが考慮されるものではないことについてもすでに判断したとおりである。

オ 以上のとおりであるから、原告らの主張する、原告らが構築してきた医療提供体制を維持、遂行する利益(②)、医療体制の確保により良質かつ適切な医療業務を提供する利益(③)が、病院開設許可の判断において考慮されるべき法律上の利益であると認めることはできない。

(6)  以上検討したとおりであって、原告らの主張する利益は、いずれも法7条1項及び4項において法律上保護される利益であるとは認められないものであるから、原告らに、本件開設許可の取消しを求める原告適格を認めることはできない。

なお、原告医師会らは、原告医師らが会員となって構成されている社団法人であるところ、原告医師会らにおいて原告医師らとは異なる独自の利益を有することを認めるに足りる根拠はなく、医師らの利益の集合体であると解するほかないから、原告医師会らについて、独自にその利益を考慮する必要性は認められない。

2  結論

以上のとおり、原告らには、本件開設許可の取消しを求める法律上の利益は認められないから、本件訴えは行政事件訴訟法9条の定める要件を満たさないものというほかなく、不適法である。

よって、本件訴えを却下することとし、訴訟費用の点について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、65条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 新谷祐子 裁判官 今井理)

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