東京地方裁判所 平成16年(行ク)113号 決定 2004年4月26日
(本案 東京地裁 平14(行ウ)421号 収用裁決取消請求事件)
主文
1 本件申立をいずれも却下する。
2 申立費用は申立人らの負担とする。
理由
第1申立の趣旨
起業者国土交通大臣及び日本道路公団の一般国道468号新設工事〔一般有料道路「首都圏中央連絡自動車道」新設工事〕(東京都あきる野市α地内から同市β地内までの間、青梅市γ地内から同市δ地内までの間及び同市ε地内から同市ζ地内までの間)及びこれに伴う附帯事業並びに市道付替工事のための収用裁決申請事件について、東京都収用委員会がした別紙土地収用裁決一覧記載の裁決に基づき、相手方東京都知事が申立人らに対して行う明渡裁決の執行(代執行手続の続行)は、当庁平成12年(行ウ)第349号事業認定取消請求事件及び同平成14年(行ウ)第421号収用裁決取消請求事件の本案判決が確定するまでこれを停止する。
第2事案及び申立の概要
申立人らは、首都圏中央連絡自動車道(圏央道)新設工事に必要とされる別紙物件目録記載の各土地について、東京都収用委員会から別紙収用裁決を受けた者あるいはその法定相続人であるが、上記各土地について、相手方東京都が、土地収用法102条の2第2項及び行政代執行法に基づく代執行の手続を行えば、申立人らが長年居住してきた住まいを失い、あるいは農地、墓地、文化遺産を失うことによって回復困難な損害を生じること(行政事件訴訟法25条2項)、上記収用裁決は違法であって取り消されるべきものであるから本案について理由がないとみえるときにあたらないこと(同3項)、行政代執行の手続の続行を停止しても公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれはないこと(同項)を主張して、代執行手続の停止を求めたものである。
第3当裁判所の判断
1 申立人A、同B、同Cの被相続人D(平成16年1月14日死亡)、申立人E及び同Fは、本件申立に先立ち、別紙物件目録記載の各土地と同一の土地を対象に、東京都が行う代執行手続の停止を求める執行停止申立を行い(当庁平成15年(行ク)第21号執行停止申立事件)、平成15年10月3日、同申立を一部認容する決定が出されたが、同決定は、同年12月25日、東京高等裁判所において取り消され(東京高等裁判所平成15年(行ス)第64号一部執行停止決定に対する抗告事件)、最高裁判所に対する許可抗告、特別抗告(最高裁判所平成16年(行フ)第2号、同年(行ト)第10号)も、平成16年3月16日、棄却されたこと(以下これを「前件」という。)、上記高裁決定は、申立人らの主張に対し、転居によって生じる精神的・肉体的不利益は土地建物に対する金銭賠償により十分に填補することができること、また、墓地については移転が可能であること、農地については、原状に回復することが容易であり、金銭賠償も可能であること、文化遺産については、保存すべき価値のあるものとは認め難い上、文化遺産があると主張する場所については道路の橋脚が設置されないこととなったことから格別の不利益はないことをそれぞれ説示していずれも回復困難な損害にはあたらないと判断し、上記許可抗告審における最高裁決定も、この判断を是認したことは当裁判所に顕著な事実である。
2 以上のとおり、本件に関しては、既に、前件において本件明渡裁決の執行(代執行手続の続行)停止申立を却下する旨の判断がされ、それが最高裁判所に対する特別抗告等を経て確定している以上、本件申立を認容するためには、前件後に特段の事情の変更があったことが認められることを要するものというべきであり、この点は、前件において否定された「回復し難い損害」の要件の有無について特に問題となるものである。
そこで、この点について検討するに、前件後の事情変更としてまず挙げられるのは、本案訴訟の一審において申立人ら勝訴の判決が下されたことであろう。しかしながら、この点は、執行停止のための要件のうち、「本案について理由がないとみえないこと」との要件の有無の判断については大きな影響を与える要素であるといえるものの、上記の要件とは別個の要件として「回復し難い損害」の存在が要求されている以上、一審勝訴判決がされたことから直ちに「回復し難い損害」の要件が充足されることになるものではないのであるから、上記の点から直ちに特段の事情変更があったものと認めることはできない。申立人らは、本案訴訟において一審勝訴判決がされたにもかかわらず執行停止が認められなければ、勝訴判決を得た意味がなくなるという趣旨の主張もしているが、現在の行政事件訴訟制度の下においては、本案一審勝訴判決がされたことによって直ちにその対象となった行政処分の執行を停止すべきものとはされておらず、他の場合と同様に、行政事件訴訟法25条所定の要件が満たされた場合に初めて執行停止を認めるべきものとしているのであるから、上記主張を採用することはできないものといわざるを得ない。
そして、本件執行停止申立書の記載や、一件記録を検討してみても、「回復し難い損害」の存在に関し、申立人らが主張し、あるいは一件記録から認められるその他の事情は、住居、農地、墓地、文化遺産が失われるという前件において問題とされていた事情と異なるものではなく、特段の事情変更が生じていると認めることは困難である。申立人E、同A、同B、同Cら(以下、以上の4名を併せて「申立人Eら」という。)は、Dが死亡したため、明渡裁決の執行によってその遺族である申立人Eらに生じる損害はより重大なものになっているという趣旨の主張をしているところ、同人の死亡によって申立人Eらが精神的打撃を受けているであろうことは推測に難くないとはいえ、これによって前件当時とは異なる「回復し難い損害」が生じ、あるいは生じるおそれがあると認めることは困難である。そうすると、同人の死亡(平成16年1月14日)は、前件最高裁決定(同年3月16日)以前の事情であり、これを前件後の事情とみることができるかどうかには疑問の余地がある上、仮にこの点を措くとしても、これによって特段の事情変更が生じたということもできないものといわざるを得ない。他方、申立人Fは、農地を失うことによって農業を営むことが困難になるという前件時と同様の主張をしているのみで、前件後の新たな事情については何ら主張をしていないのであるから、特段の事情変更が生じたと認めることは到底困難である。他に、前件後、特段の事情変更が生じたことを一応認めるに足りる資料も存しない。
以上によれば、本件申立は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものというべきである。本案訴訟において一審勝訴判決が下された以上、その対象となっている明渡裁決の執行も停止されるべきであるとする申立人らの心情は理解できるものの、現行の執行停止制度及び前件の経緯を前提とすると、その申立を認容することはできないものといわざるを得ない。
3 結論
よって、本件申立は理由がないからこれらを却下することとし、申立費用の点について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 新谷祐子 裁判官 加藤晴子)