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東京地方裁判所 平成17年(む)1838号 決定 2005年9月13日

少年 A(平成元.7.23生)

上記の者に対する殺人、激発物破裂被告事件について、平成17年8月25日東京地方裁判所裁判官がした移監に同意する旨の裁判に対し、同月31日、弁護人○○、同○○及び同○○から適法な準抗告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件準抗告の申立てを棄却する。

理由

第1申立ての趣旨及び理由

本件申立ての趣旨及び理由は、弁護人提出の準抗告申立書、準抗告申立補充書及び準抗告申立補充書(2)に各記載のとおりであるから、これを引用する。

第2当裁判所の判断

1  所論は、要するに、公訴提起を事由とする被告人の東京少年鑑別所から東京拘置所への移監について同意を与えた原裁判は、16歳になったばかりの精神的に未熟で不安定な被告人に対する保護的配慮を欠くものである、すなわち、このような被告人をして施設面及び人的面のいずれにおいても少年受け入れの準備が十分でない東京拘置所において拘禁生活を送らせるときは、被告人にとって自分を弁護していく精神状態の維持、形成をはかることが十分にできず、今後の刑事裁判が実質的に適正に行われ難くなる、よって、原裁判を取り消し、被告人について東京少年鑑別所における勾留に復すべきである、というのである。

2  そこで検討するに、少年法48条2項は、「少年を勾留する場合には、少年鑑別所にこれを拘禁することができる。」と規定しているところ、ここにいう「少年を勾留する場合」とは家裁送致前の捜査段階の勾留のみならず、公訴提起後の勾留をも含むものである。しかしながら、少年について、逆送され、さらに公訴を提起された場合には、以後、少年の刑事責任を確定する手続が進行するのであり、少年事件特有の保護的色彩は後退することになる。そして、このことにかんがみると、少年の勾留場所について、公訴提起後は、原則として拘置所に勾留し、少年鑑別所に勾留するのは例外である、として制度を運用することには十分合理性があるというべきである。本件において検察官が移監の同意を求めるに及んだのは同様の考え方によるものである。

3  この点に関し、弁護人は、被告人が、犯行時15歳であり、現在も16歳になったばかりの少年であり、年齢から見ても明らかなように原則逆送の事案ではなく、あくまで例外的に逆送がなされる少年であったのであり、このように被告人の年齢からすると、被告人の情操保護こそ第一に考えられるべきであって、このことだけをとっても、被告人の勾留場所としては、少年鑑別所こそがふさわしいと主張する。

しかしながら、犯行時16歳未満であれば直ちに逆送は例外的となるとしている点は正確ではない。むしろ、原則逆送の年齢要件である犯行時16歳まであと1か月強を残すにすぎない以上、逆送も十分にありえるとこそいうべきであり、家庭裁判所もこれと同様の見方に立ち、逆送の結論を導いているのである。

4  また、弁護人は、東京拘置所の居住環境は、外の景色がほとんど見えないなど、成人の被収容者についてすらその精神衛生に深刻な影響をもたらしているのであって、16歳になったばかりの少年である被告人がこのような拘置所生活に耐えることは困難であり、ほどなく拘禁反応が発生することが懸念される、と主張する。

しかしながら、外の景色がほとんど見えないことや、このことについて被収容者の多くが不満を抱いていることなど、弁護人が指摘するような事情があるとしても、その評価として、東京拘置所の居住環境は成人の被収容者の精神衛生に深刻な影響をもたらしているとまでいうのは、明らかな誇張である。

5  さらに、弁護人は、成人の収容を前提とした拘置所においては、職員において少年である被告人の変化を感じ取ることは期待できない、と主張する。

しかしながら、当裁判所の事実の取り調べによれば、平成13年以降、18歳未満の者が公訴提起後に東京拘置所で勾留された数は、合計8名を数えており(平成13年:17歳3名、平成14年:17歳1名、平成15年:17歳2名、平成16年:16歳1名、17歳1名)、このような収容実績に照らせば、東京拘置所は人的面において少年勾留にそれなりに対応できる状態にあるものと推認することができる。

6  弁護人は、以上のほかにも、被告人を東京拘置所に収容することとした場合の不都合についてるる主張する。

当裁判所は、弁護人の主張にかんがみ、記録を精査して検討したが、少年である被告人の情操保護を害するおそれが高く例外的に少年鑑別所に勾留することを相当ならしめる事情を見い出すことはできなかった。

7  以上の次第で、被告人を東京少年鑑別所から東京拘置所に移監することに同意した原裁判に違法、不当な点はない。

よって、本件準抗告の申立ては理由がないから、刑事訴訟法432条、426条1項により、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 川口政明 裁判官 渡邉英敬 佐々木公)

〔参考1〕 準抗告申立書

準抗告申立書

東京地方裁判所 刑事部 御中

平成17年8月31日

被告人(少年)A

<編中略>

弁護人弁護士 ○○

同 ○○

同 ○○

上記被告人に対する殺人、爆発物破裂被告事件に関し、被告人について、平成17年8月25日東京地方裁判所裁判官がなした東京少年鑑別所から東京拘置所への移監の同意は不服であるから、下記の通り準抗告を申し立てる。

申立の趣旨

原裁判(移監の同意)を取消すとの裁判を求める。

申立の理由

上記被告人は平成17年7月23日に16歳になったばかりであり、精神的に未熟で不安定な少年である。

被告人(少年)は同年6月22日に逮捕され、○○警察署内の代用監獄で勾留されたが、その後、少年を再逮捕・勾留するに際し、御庁は、同年7月13日、勾留場所を東京少年鑑別所として勾留決定を出した。これにより、被告人は東京少年鑑別所に置かれ、精神的に落ち着いた状態が形成され、次第に表情も落ち着き、自己の行為を1人見つめ反省する日々を送る状態となった。

被告人とされた少年は審判の結果、検察官送致され、同年8月24日に公判請求されたが、その際に御庁が東京拘置所への移監への同意をしたために、再度勾留場所を移転することになり、環境に大きな変化が生じた。この環境の変化がこれまで深めてきた反省や悔悟の情や、徐々に強くなってきた更生の気持ちへの悪影響を心配されるところである。

第1東京拘置所の問題性

1 拘禁反応の懸念

現在の東京拘置所は、居房の両側に廊下と巡視通路を作り、建物外側に面した巡視通路側の窓は上部がすりガラスであり、下部は目隠しのルーバーに覆われ、ルーバーからは外の景色がほとんど見えないか、何かが見えるとしても空しか見えない構造となっている。つまり、居室の両サイドに通路があり、建物の外側の見える窓はないに等しいことになる。その結果、室内は決して明るいとは言えず、房によっては薄暗いという印象を受けるそうである。また、居房内では、通常の姿勢でいる限り、建物の外側の景色は全く見ることができず、かなりの拘禁感を伴うこととなるはずである。このことは、拘置所内の運動場からも外側の景色がほとんど見えないことを考慮すればなおさらである。

さらに、ある国会議員によれば、被収容者の拘置所内での生活環境が極めて無機質である(植物もない、動物もいない、土を踏むことすらない)ことに疑問を呈している。

勾留は身柄拘束という身体の自由を奪うことばかりが目的ではない。その後の刑事裁判を通じて被告人に対する適正な処遇に結びつくものでなければならない。

東京三弁護士会合同拘禁施設調査委員会が被収容者に行ったアンケート結果からも被収容者から同様の意見が出ている。被収容者は、居房からも運動場からも外側の景色が見えないことに対しての不満を多く寄せている。その結果、被収容者は、日光への欲求、自然の通風への欲求など外部環境と接触することへの飢餓感が相当高いこともわかっている。

被告人である少年は、××階建勾留棟の×階に収容されている。地面を感じることのできない上層階で起居を行い、外気に触れ空を見ることのできない収容生活を送ることになる。

成人についてすら東京拘置所の居房環境が、被収容者の拘禁感を強め、精神衛生に深刻な影響をもたらしている。弁護人も、拘禁作用の結果、心身のバランスを崩している成人の被収容者の存在を現認している。

成人の収容を前提とした拘置所においては、職員が少年である被告人の変化を感じ取ることは期待できない。

16歳になったばかりの少年である被告人が、このような拘置所生活に耐えることは困難であり、ほどなく拘禁反応、精神的落ち込みの発生が懸念される。

2 少年鑑別所における勾留

少年鑑別所は少年を収容し、少年を鑑別する専門施設である。職員は少年について教育を受け少年への対応を心得ている。少年の変化を敏感に感じ取り少年に対応する。

東京少年鑑別所は高い建物としては3階建ての収容棟になっている程度である。窓も開放的であり、外気を感じ、周囲の緑や地面の芝、空を見ることができる。鑑別期間を過ぎた収容少年も運動を職員と行い、運動ですら相手の気持ちを考える活動を行う。情操に配慮した施設環境となっており、職員が頻繁に房を見て回り少年の変化に気を配っている。

被告人は<編中略>殺害について心理的に深刻な局面を迎えることが予想される。少年鑑別所では被告人となった少年の変化を知り、その変化に対応することができる。

鑑別所には心理士等の技官が常在している。図書の貸し出しも行われる。こうした事実上の影響が少年の精神的安定と更生に資するものである。

3 東京拘置所に本件被告人を収容することの弊害

一般的に、少年は、成人に比して、傷つきやすく脆弱な存在である。16歳になったばかりで痩せた被告人を保護すべき必要性は高く、成人でも耐えられない者がいる東京拘置所での拘禁生活につき被告人は耐えることができないと思われ、その場合、被告人の精神的な問題点を悪化させるおそれが大きく、勾留場所として東京拘置所は弊害が大きいといわざるを得ない。

東京拘置所で拘禁生活を送らせることは、被告人にとって十分に自分を弁護していく精神状態の維持、形成をはかることができない。これにより被告人にとって、今後の刑事裁判が実質的に適正に行われがたくなる。

第2被告人である少年に対しては勾留場所を東京少年鑑別所とすべきである。

1 少年法1条は成長発達途上にあり、可塑性に富む少年の特性を考慮し、少年の健全な育成を期すという指導理念を規定しており、少年の刑事事件についても、この指導理念が重視されるべきである。少年法1条の趣旨から、拘禁が少年の情操に悪影響を及ぼすことを考慮して、少年の被疑事件においては、できる限り勾留を避け、勾留の請求及び勾留状の発付は「やむを得ない場合」でなければできないこととし(少年法43条1項、3項、48条1項)、勾留できる場合でも少年の情操保護のため少年を勾留する場合には少年鑑別所に拘禁することができる(少年法48条2項)と規定されていることを忘れてはならない。

すなわち、少年に対しては、なるべく身体拘束を避けるべしというのが少年法の理念であり、身体拘束が必要な場合であっても、なるべく勾留を避けるべし、というのが少年法の理念である。仮に勾留が必要な場合であっても、なるべく監獄・拘置所を避け勾留場所を少年鑑別所にすべしと言うのが少年法の理念であるというべきである。

上記理念は少年というその対象自身の特性に基づくもので、捜査、公判という手続の段階によって区別されるものでないのは明らかである。つまり、検察官送致、起訴後であっても、少年は少年にすぎないのである。

2 被告人は16歳の少年である(犯行時は15歳であった)。

被告人は、犯行時15歳で、現在16歳になったばかりの少年であり、年齢から見ても明らかなように原則検察官送致の事案ではなく、あくまで例外的に検察官送致がなされる少年であったのである。このように被告人の年齢からすると、被告人の情操保護こそが第1に考えられるべきであって、このことだけをとっても少年鑑別所こそふさわしいと言わざるを得ない。

3 本件事件の特質

本件は、<編中略>という事案である。確かに、本件を表面的に見れば、結果は重大な事案である。しかし、家庭裁判所の3回に及ぶ審判において明らかにされたが、本件犯行に至る動機については、被告人のいびつな家族関係から生じた被告人の育成歴に大きな問題がある。

その点に関し、刑事裁判においても正確に解明をしなければ少年について保護処分が相当か、刑事処分が相当か、刑事処分が相当であるとして量刑を決定することなどできないことになる。そのためには、被告人の心情を安定させ、被告人が真意に基づき自発的に語ること、そのための状況を作り出すことが重要となる。その方策として刑事裁判における法廷のみならず、法廷以外の場面においてもその配慮がとられなければ法廷における方策など無に帰するおそれがある。

そこで、東京拘置所に比べ被告人の情操形成に好ましい東京少年鑑別所こそ被告人の勾留場所にふさわしいものである。

4 まとめ

以上のとおり、被告人の保護に配慮し、被告人のために適正な刑事裁判を進行させるためにも、裁判所におかれては、検察官からの東京拘置所への移監の求めに対する同意を取消し、被告人について東京少年鑑別所における勾留に復すべきである。

以上

添付資料

1 「東京拘置所新庁舎についての要望」と題する書面<添付略>

準抗告申立補充書及び同補充書(2) 省略

〔参考2〕 本件少年の身柄に関する経過

8月17日 検察官送致決定。少年鑑別所に収容

同月24日 公訴提起

同月25日 拘置所への移監に同意する裁判

同月31日 弁護人より準抗告申立て

9月13日 事実取調べなどの上、準抗告申立て棄却決定

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