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東京地方裁判所 平成17年(ヒ)276号 決定 2005年9月28日

主文

本件申請を却下する。

理由

第1  申請の趣旨

被申請人の業務及び財産の状況を調査させるため検査役の選任を求める。

第2  事案の概要

本件は、被申請人の総株主の議決権の100分の3以上を有する株主である申請人両名が、被申請人の業務の執行に関し不正経理という不正の行為又は法令若しくは定款に違反する重要な事実があることを疑うべき事由があるとして、商法294条1項に基づき被申請人の業務及び財産の状況を調査させるため裁判所に検査役の選任を請求したところ、新株引受権付社債を有する者が新株引受権を行使した結果、申請人両名が総株主の議決権の100分の3を欠く株主となったため、被申請人から申請人両名の申請人としての適格性が争われた事件である。

なお、被申請人は、申請人としての適格性の点の外、本件申請が権利濫用であること及び被申請人における不正経理が存在しないことなどを主張している。

第3  当裁判所の判断

1  証拠(甲21、22、乙1、2の1、2、乙20、22)によれば、以下の事実が認められる。

(1)  申請人X1は、3100株を有する被申請人の株主である。

申請人X2は、4570株を有する被申請人の株主である。

(2)  被申請人は、昭和34年2月27日に設立された旅行業及び広告出版等を目的とする株式会社である。

(3)  本件申請がされた平成17年7月29日当時、被申請人の発行済株式総数は24万株であったところ、申請人両名の保有する被申請人の株式の合計は、7670株であったので、申請人両名は、当時、被申請人の総株主の議決権の約3.2パーセントを有する株主であった。

(4)  被申請人は、平成12年2月7日、株主総会において、新株引受権付社債の発行を決議し、同年3月24日、当該新株引受権付社債を発行していた。

当該新株引受権付社債を有していた者の一部は、平成17年8月16日、合計1万8000株につき新株引受権を行使し、同月17日、その払込金として1800万円の払込みをした。これにより、被申請人において、新株1万8000株の発行がされた(以下「本件新株発行」という。)ため、同日、被申請人の発行済株式総数が25万8000株となった。その結果、申請人両名は、総株主の議決権の約2.97パーセントを有する株主となった。

2  商法294条1項は、「総株主ノ議決権ノ百分ノ三以上ヲ有スル株主」に対し同項に基づく業務及び財産の状況を調査させるための検査役(以下単に「検査役」という。)の選任の請求権を認めているところ、この「総株主ノ議決権ノ百分ノ三以上ヲ有スル」との要件(以下「株式保有要件」という。)は、裁判所に対する検査役選任の請求権を有するための要件であるから、検査役選任の請求時点のみならず、検査役選任の決定をする時点においても満たされている必要があると考えられる。そのため、検査役選任を裁判所に請求した者は、請求時点において株式保有要件を満している場合であっても、検査役選任の決定をする前に、株式保有要件を欠くに至ったときは、その請求権を失うというべきである。しかも、請求者が裁判所に請求した後に株式保有要件を欠くに至った場合には、当該請求者が自ら株式を譲渡した場合その他の請求者の意思に基づいて株式保有要件を欠くに至った場合のみならず、会社が新株を発行した場合その他の請求者の意思と関わりなく株式保有要件を欠くに至った場合も想定することができるところ、会社が株主の権利行使を殊更妨害する意図で新株を発行したような場合ならともかく、そうでない限り、請求者の意思と関わりなく株式保有要件を欠くに至った場合を請求者の意思に基づいて株式保有要件を欠くに至った場合と区別して解する理由も見い出せない。したがって、検査役選任を裁判所に請求した者が、請求時点において株式保有要件を満たしている場合であっても、その後会社が新株を発行したことにより、株式保有要件を欠くに至った場合には、特段の事情がない限り、検査役選任の請求権を失うと考えられる。

前記認定事実によれば、申請人両名は、本件申請時には株式保有要件を満たしていたものの、検査役の選任決定がされる前に、株式保有要件を欠くに至ったこと、申請人両名が株式保有要件を欠くに至ったのは、新株引受権付社債を有する者がその新株引受権を行使した結果として本件新株発行がされたことによることが認められる。また、被申請人が本件新株発行をしたのは、予め新株引受権付社債を有していた者が自らその新株引受権を行使した結果にすぎないので、被申請人が申請人両名の権利行使を殊更妨害する意図で新株を発行したとの特段の事情も窺われない。したがって、申請人両名は、検査役の選任決定がされる前に、株式保有要件を欠くに至った結果、本件申請に係る検査役選任の請求権を失ったと認められる。

この点は、申請人両名は、申請人両名が裁判所に本件申請をした時に株式保有要件を満たしており、その後も保有する株式を維持し続けていたにも関わらず、申請人両名の意思とは無関係の事情により持株比率が低下した結果、株式保有要件を欠くに至ったので、申請人両名の本件申請に係る検査役選任の請求権に影響がない旨主張する。しかし、上記のとおり、申請人両名の意思とは無関係な事情により持株比率が低下し株式保有要件を欠くに至った場合に検査役選任の請求権を失わないと解する理由は見い出せないので、申請人両名のこの主張は採用することができない。

なお、申請人両名は、新株引受権付社債の発行がその目的などから無効であるため新株引受権の行使に基づく本件新株発行も無効である旨の主張もする。しかし、かかる新株の発行の無効を争うことができるという見解に立つとしても、新株は、新株発行を無効とする判決が確定したときに、将来に向かって効力を失うにすぎない(商法280条ノ17第1項)ところ、当該新株引受権の行使に基づく本件新株発行を無効とする判決が確定したことを認めるに足りる証拠はないから、この主張も採用することができない。

3  以上によれば、申請人両名が本件申請に係る検査役選任の請求権を失っているから、本件申請は、その余の点を検討するまでもなく、却下を免れない。

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