東京地方裁判所 平成17年(ヒ)333号 決定 2006年2月10日
申請人
A野太郎
被申請人
B山株式会社
上記代表者代表取締役
C川松夫
上記代理人弁護士
坂野滋
同
橋本副孝
同
笠浩久
同
荻山真理子
主文
一 申請人が、被申請人の別紙記載の取締役会議事録を閲覧及び謄写することを許可する。
二 申請人のその余の申請を却下する。
理由
第一申請の趣旨
被申請人の取締役会議事録のうち、次の決定又は承認・了承及びその審議の経過が記録されている部分、当該部分が記録されている議事録の取締役会の開催の回数、日時、場所、出席者、議長及び作成日の部分並びに出席した取締役及び監査役の記名捺印の部分を閲覧及び謄写することの許可を求める。
一 株式会社D原(以下「D原社」という。)の株式に関する被申請人の次の決定
(1) D原社を設立し、その発行株式を引き受けて出資すること。
(2) D原社が昭和六三年一一月に発行した株式を引き受けて出資すること。
(3) D原社が平成元年一〇月に発行した株式を引き受けて出資すること。
(4) D原社の株式を他の株主から譲り受け、又は他の株主に譲渡すること。
二 被申請人が、D原社の債務三二八億円につき債務保証若しくは債務保証予約又はそれらに類似する契約をすることの決定及びそれらの契約を更新し、又は延長することの決定
三 被申請人が、D原社に一九億円を融資することの決定及びその融資を更新し、又は延長することの決定
四 上記二の債務保証若しくは債務保証予約又はそれらに類似する契約に基づく債務三二八億円につき、債務保証損失等引当金を計上することの決定
五 上記三の融資一九億円の全額につき貸倒引当金を計上することの決定
六 上記二の債務保証若しくは債務保証予約又はそれらに類似する契約に基づく債務三二八億円の全額の債務履行(金融機関への弁済)をすることの決定
七 D原社の平成一七年五月一三日の民事再生法の規定による再生手続開始の申立て(以下「再生手続開始の申立て」という。)に基づき策定される再生計画等に対する対応の基本方針として、合計三四七億円の債権を放棄した上で、D原社が一〇〇%減資した後にE田株式会社の完全子会社として再生を図るという計画案に賛同することの決定
八 上記のいずれかの決定の理由又は前提となる事項の承認又は了承
第二事案の概要
一 本件は、被申請人の株主である申請人が、商法二六〇条ノ四第六項前段及び同項一号の規定に基づき、被申請人のD原社に対する出資等に関して開催された取締役会の議事録を閲覧及び謄写することの許可を求めたところ、被申請人が、申請人において株主の権利を行使するため必要があるときの疎明をしていないこと、備置期間経過後に保存している議事録については閲覧及び謄写が認められないなどと主張し、その適否が争われた事件である。
二 前提事実
括弧内の疎明資料によれば、以下の事実が一応認められる。
(1) 申請人は、被申請人の議決権を有する株主である。
(2) 被申請人は、平成一七年五月一三日当時、D原社の株式一六四〇〇株(発行済株式総数の四一%)を有する株主であった。
(3) D原社は、昭和六三年七月一一日に設立された株式会社であり、本店を福岡県北九州市八幡東区《番地省略》に置き、宇宙飛行に関する教育訓練施設の経営及び各種娯楽施設の経営等を行うことを事業内容としている。
D原社は、平成一七年五月一三日、福岡地方裁判所小倉支部に再生手続開始の申立てをした。
(4) 被申請人は、平成一七年五月一三日、「株式会社D原の再生手続開始の申立てに伴う債権の取り立て不能のおそれの発生について」と題するプレスリリースを行った。
被申請人は、その中で、被申請人の子会社であるD原社が同日付けで福岡地方裁判所小倉支部に再生手続開始の申立てを行ったこと、その結果、被申請人のD原社に対する債権につき、取立不能のおそれが生じたこと、また、D原社が営む事業が北九州地区における中核的テーマパーク施設であり、地域経済の活性化、雇用の維持のためにはその事業存続が不可欠であることから、被申請人としては再生手続及び再生計画に全面的に協力していく所存であることを明らかにした上、D原社に対する取立不能見込額としては、直接融資、債務保証の履行に伴う求償債権等の総額が三四七億円であり、その全額について取立不能のおそれがあるとし、さらに、今後の見通しとしては、D原社に対する債権の取立不能見込額については、会計上の引当金を計上しているので、被申請人が既に発表している当期業績予想に影響はないこと、被申請人はD原社の再生計画の中でほぼ全額の債権放棄を行い、D原社は、一〇〇%減資後にE田株式会社が新たに単独で増資を引き受けて、同社の完全子会社として事業再生を図る予定であることを明らかにした。
(5) 被申請人は、被申請人の株主に対し、平成一七年六月六日、被申請人の第八一回定時株主総会(以下「平成一七年定時総会」という。)の招集の通知を、第八〇期(平成一六年四月一日から同一七年三月三一日まで)報告書とともに発した。同通知においては、第八〇期利益処分案承認の件、役員賞与金支給の件等を会議の目的である事項として掲げていた。また、同報告書には、被申請人の子法人等であるD原社が、平成一七年五月一三日に再生手続開始の申立てをしたこと、その結果、D原社に対する融資一九億円及び債務保証の履行に伴う求償金三二八億円について、取立不能のおそれが発生したこと、その全額について会計上の引当を行っていること等が記載されていた。
(6) 申請人は、(5)記載の通知及び報告書による報告を受けて、被申請人に対し、平成一七年六月一四日、次のような記載のある「第八一回定時株主総会質問事項の通知」と題する内容証明郵便を送付した。
その中には、「標記の件、次のとおりご通知しますから、ご説明をお願いします」との記載のほか、「三 D原社について」として、「(1)D原社の債務保証の履行に伴う求償金三二八億円の取立不能のおそれについてはその全額を引当済みとのことであるが、その債務保証はいつしたのか。前期末及び当期中間期の貸借対照表(有価証券報告書中の単独貸借対照表)の注記にある偶発債務内訳表では保証債務にも保証予約にもD原社の名前が出ていない。(2)当期後半に債務保証をしたとすれば、債務超過会社の破綻(再生手続開始申立)直前になって、同社に対する他社の与信(不良資産)を肩代わりしたことになる。そうとすれば、特別の事情がない限り、その他社に対する贈与であり、当社に対する背信行為である。その他社はどこか。融資銀行なのか。どういう事情があったのか。地域経済活性化等のため再生計画に協力し債権放棄するとのことであるが、三二八億円(当期の利益の二割強)の肩代わりは、社会貢献の寄付としては過大であり、贈与を正当化しない。本件は、法令違反(背任)はないとする監査報告書を作成した監査役会における審議の要領を含め、社外監査役のA田先生から説明されたい。」などの記載がある。
また、申請人は、被申請人に対し、同月一八日付けの書面をもって、「平成一七年六月一四日付け質問書『三 D原社について』を補足します。」とした上で、(5)記載の報告書の「債務保証の履行に伴う求償金三二八億円」というのは、未履行の債務保証を今後履行することにより生ずる求償権三二八億円であるのか、それとも、債務保証を履行したことにより既に生じている求償権三二八億円であるのかなどについて質問をした上、D原社の債務を保証をした時期及びその理由、決裁した機関及び決裁日、保証料その他保証に関するD原社との契約内容、債務保証を履行した時期及び金額、相手方の金融機関、損失が拡大する前に処理しなかった理由、地域経済の活性化・雇用の維持のために再生計画に全面的に協力し全額の債権放棄をするのは過大であるところ、いかなる経営判断に基づくものであったか並びにいかなる会計処理をしているのかなどの点についても、平成一七年定時総会において説明を求めた。
(7) 被申請人は、平成一七年定時総会において、申請人から質問書の提出があった点のうち、D原社への債務保証に関する取締役の判断の適法性及び会計監査人監査の妥当性に関する質問については、「監査の結果、その適法性を確認し、会計監査人監査についてもその方法及び結果は相当であると判断した旨」を回答した。また、被申請人は、株主から議場においてされた質問のうち、①債務保証履行に伴うD原社への求償権の性格に関する質問に対しては、「これが債務保証の履行に伴い生じたものである旨」を、②D原社に関する債務の保証時期、理由、内容等に関する質問に対しては、「保証料の取扱いのほか、保証の経緯・必要性、履行の状況」を、③了原社の融資・保証について、損失が拡大する前に処理しなかった理由等に関する質問に対しては、「同社の借入金は継続的に圧縮してきたが、今後キャッシュフローの悪化は不可避と判断し経営譲渡した旨」を、④D原社に対する求償権の貸借対照表上の会計処理に関する質問に対しては、「債務保証損失等引当金として適切に計上している旨」を回答した。これらを受けて、申請人は、設備費及び運転資金の借入れにつき、取締役会決議に基づき平成一七年五月に保証債務等の履行をしたことに伴い求償金三二八億円が発生したこと、そのため、同年三月三一日現在の貸借対照表には、求償金が債務として計上されていないこと、また、同貸借対照表には、この債務保証等が偶発債務としては計上されていない代わりに、債務保証等損失引当金として計上されていること、被申請人はD原社から保証料を受け取っていないことを理解した。
三 当事者の主張
(1) (申請人の主張)
ア 本件申請の趣旨八項の特定について
(ア) 申請人は、被申請人の取締役会の議事内容等を知らないから、本件申請における申請の趣旨以上に申請の趣旨を具体的に特定することはできない。また、申請人は、正式決定をした取締役会の議事録だけでなく、本件申請の趣旨八項のような実質審議をした取締役会の議事録も重要な証拠資料となり得るので、これを事前に検討し、それに基づいて株主代表訴訟の提訴の要否を判断する必要がある。
したがって、本件申請の趣旨八項は、閲覧・謄写の許可の対象となる取締役会議事録の特定として十分なものというべきである。
(イ) 仮に本件申請の趣旨八項が不特定であるとした場合には、申請人において、被申請人が昭和六〇年七月一一日から平成一七年七月二三日までに開催した取締役会の議事録を閲覧し、そのうちD原社に関する議事が記載されている議事録について謄写をすることの許可を認めるべきである。
イ 権利行使の必要性の疎明があることについて
(ア) 取締役会議事録の閲覧・謄写は、会社の所有者である株主による取締役に対する監視・監督の主要手段として不可欠の権利であり、その申請の許可については、会社の機密保護という目的を超えて過度に厳しく運用することは許されない。そのため、株主の権利を行使するため必要があるときとは、社会通念上、株主の権利を適切に行使するため必要であるといえば足りるというべきである。また、取締役会議事録の閲覧・謄写が株主の権利行使に現実に役立つか否かは、閲覧・謄写した上でなければ分からないから、その必要性は、客観的に認める限度で足りるというべきである。
(イ) 株主総会における質問を準備するため必要であることについて
被申請人の定時株主総会では、取締役等の賞与金や退職慰労金が会議の目的である事項となることが通常であるところ、対象となる取締役等がD原社への債務保証等において義務違反があり会社に対して損害賠償義務を負っていると疑う合理的理由がある場合には、その疑いが晴れるまでの間、賞与金や退職慰労金の支給決議又はその支払を保留し、損害賠償義務の存在が確定すれば、賞与金等との相殺によってその回収を確保するのが適当である。現時点では、平成一七年定時総会において、そのような議案が提出されるか否かは未定であるけれども、例年の事例から関連議案が提案されると予想される限り、本件で問題となるD原社に関する被申請人の取締役の対応についての質問は、株主総会における会議の目的である事項に関する株主の権利行使の判断に必要なものであるといえる。
また、申請人が平成一七年定時総会においてD原社に関する被申請人の対応について質問した内容は、その時点における申請人の知識不足のため、極めて概括的、予備的なものにすぎず、次回の株主総会においては、本件申請に係る取締役会議事録(以下「本件取締役会議事録」という。)の閲覧・謄写により十分な知識を得て的確な質問をするつもりである。また、平成一七年定時総会における質問は、被申請人の決算後の状況で報告された問題の全体像を理解するためであったのに対し、次回の株主総会における質問は、前回の説明から生じた取締役に対する義務違反の疑惑に焦点を当て、取締役等の賞与金や退職慰労金を支給することの是非を判断して意見を述べようとするものである。そのため、本件取締役会議事録の閲覧・謄写をして行う株主総会における質問と平成一七年定時総会とは、質問の目的も内容も全く異なっている。
したがって、申請人は、次回の株主総会において質問をする準備のために、本件取締役会議事録を閲覧・謄写する必要がある。
(ウ) 株主代表訴訟の提起の要否を検討するため必要であることについて
完全子会社ではない他社であるD原社への債務保証、融資及び債権放棄は、特別の理由がない限り、贈与の一種として、取締役の義務違反になるというべきである。
本件申請は、この特別の理由等の有無を調査し、株主代表訴訟を提起するか否かを判断するため必要なものである。
(エ) 以上のとおり、本件申請は、株主の権利を行使するため必要なときの疎明があるというべきである。
ウ 備置期間経過後の取締役会議事録の閲覧・謄写について
商法二六〇条ノ四第五項の規定は、取締役会議事録を備え置くことを要する期間を定めている規定にすぎず、取締役会議事録の閲覧・謄写に応ずる義務の期間について定めているわけではない。
そうだとすると、備置期間が経過している取締役会議事録であっても、会社が自主的判断により保存している以上、これを閲覧・謄写に供するのは容易であるから、会社が備置期間後に保存している取締役会議事録についても、閲覧・謄写は認められるべきである。
したがって、本件取締役会議事録のうち、被申請人が備置期間後に保存しているものについても、閲覧・謄写は認められるべきである。
エ 本件申請が権利の濫用であるとも、本件取締役会議事録の閲覧・謄写により著しい損害を生ずるおそれがあるともいえないことについて
本件申請は、申請人と被申請人との間に訴訟等が係属していることによって、権利の濫用となるものではない。また、本件申請は、不正の利益その他株主の権利以外の実現を目的とするものではないから、権利の濫用ではない。
また、開示された取締役会議事録は、許可された目的以外であっても、正当な株主権の行使のために使用するのであれば問題はなく、また、正当な株主権の行使としての議論や論争に対応する不利益は、法が予定する負担であるというべきである上、本件取締役会議事録は、既に実行された関連会社に関する議事の記録であって、被申請人の新規の事業・商品に関する情報とはいえない。そのため、本件取締役会議事録の閲覧・謄写により被申請人に著しい損害を生ずるおそれがあるということはできない。
(2) (被申請の主張)
ア 本件申請の趣旨八項は特定されていないことなどについて
本件申請の趣旨八項は、「理由又は前提となる事項」がどこまでの範囲を意味するものであるかが不明確であるため、特定としては十分でない。
また、本件申請の趣旨一項(2)から(4)までの取締役会議事録は、存在しない。
イ 権利行使の必要性の疎明がないことについて
(ア) 取締役会議事録の閲覧・謄写の許可を申請するためには、単に株主であり、抽象的に株主総会における質問権や株主代表訴訟を提起する権利を有するというだけでは足りず、行使しようとする権利の具体的内容や範囲、その権利行使のために知る必要がある事実等の具体的内容、その関係において当該権利行使のために真に閲覧・謄写を行わなければならない必要性があることについて、具体的に主張・疎明する必要がある。
(イ) 株主総会での質問をする準備のため必要であるとの点について
a 株主総会における株主の質問権は、株主総会において株主として質問をし、取締役及び監査役から説明を受ける権利であるから、その質問権は、取締役及び監査役が説明義務を負う範囲において認められるにすぎない。
そして、株主の質問が会議の目的である事項に関連しないものであるときのみならず、株主の質問が会議の目的である事項に関連する事項であっても株主が会議の目的である事項の合理的な理解及び判断を行うために客観的に必要と認められるものに該当しないときは、取締役等が説明義務を負わないため、株主は、質問権を有しないというべきである。
しかし、本件において申請人が質問の準備の対象として主張している事項は、次回の株主総会における会議の目的である事項に関するものではなく、また、会議の目的である事項の合理的な理解及び判断を行うために客観的に必要と認められるものともいえないから、申請人は、次回の株主総会において、この事項について質問権を有しない。
b また、株主が既に株主総会において質問をし、取締役等から説明を受けた事項については、取締役等は、説明義務を負わず、株主も質問権を有しない。申請人は、平成一七年定時総会において、D原社に関する事項について質問し、これに対して被申請人の取締役等から説明を受けているから、次回の株主総会において、D原社に関する事項については、被申請人の取締役等に説明義務がなく、申請人は質問権を有しない。
c したがって、申請人がそのような質問を行う準備のために本件取締役会議事録を閲覧・謄写する必要性はない。
(ウ) 株主代表訴訟の提起の要否の検討のため必要であるとの点について
株主に対し株主代表訴訟の提起の要否を検討するためとの理由だけで取締役会議事録の閲覧・謄写を認めることは、取締役等の責任の有無に関する調査権限を特段の事由なく直接株主に認めるに等しく、業務執行の決定・監督は取締役会に、その監査は監査役の権限に属するものとした商法の基本構造や株主代表訴訟の趣旨に反する。また、実質的にもそのような申請が認められると、株主であれば株主代表訴訟提起の要否を検討するため必要であるとの理由を付けることにより、取締役会議事録の閲覧・謄写ができることになってしまい、株主による濫用的な閲覧・謄写を抑制しようとの趣旨で、一定の要件を定めた商法二六〇条ノ四の趣旨を没却することとなる。そうだとすると、株主代表訴訟の提起を理由として権利行使のため必要であるとして、取締役会議事録の閲覧謄写の許可を申請をする場合には、少なくとも、株主代表訴訟が提起された場合に想定される訴訟物、請求原因事実との関連において、取締役がどのような行為をし、その結果、どのような種類、程度の損害が発生したか等について、具体的な主張、疎明が必要である。
しかし、本件申請においては、申請人は、単に概括的にD原社に対する債務保証、融資及び債権放棄が取締役の義務違反に当たるとして、この点に関して株主代表訴訟の提起の要否を検討するため必要であると主張するにすぎない。
したがって、申請人が株主代表訴訟の提起の要否を検討するため本件取締役会議事録を閲覧・謄写する必要性はない。
(エ) 以上によれば、本件申請には、株主の権利行使のため必要であるとの疎明がない。
ウ 備置期間経過後の取締役会議事録の閲覧・謄写が認められないことについて
商法二六〇条ノ四第五項が取締役会議事録を一〇年間本店に備え置くことを要する旨を規定し、同条六項が株主がその権利を行使するため必要があるときは「前項ノ」議事録について閲覧又は謄写の請求を行うことができる旨規定しているから、株主が閲覧・謄写の許可を求め得る取締役会議事録は、当該取締役会の日から一〇年間のものに限られるというべきである。
したがって、本件取締役会議事録のうち、被申請人が備置期間経過後に保存しているものについては、閲覧・謄写の許可は認められない。
エ 本件申請が権利の濫用であるとともに、本件取締役会議事録の閲覧・謄写により被申請人に著しい損害を生ずるおそれがあることについて
申請人は、被申請人に対し、訴訟の提起、過料の職権発動の促し、監査役会議事録閲覧謄写許可申請等一〇件もの訴訟の提起等をしているから、本件申請の真の目的は、申請書記載の理由以外のところにあると強く推認されるので、本件申請は、権利の濫用である。
また、申請人にこのような濫用目的があるにもかかわらず、閲覧・謄写した取締役会議事録の使用目的は基本的に制限されないから、これが外部に配布されるなどして、会社の業務に関して不要な議論を誘発し、無用な対応の必要や信用の毀損を来すおそれがあり、また、取締役会議事録の記載事項の文言をめぐって必要のない論争に発展するおそれなどがある。
したがって、本件申請は、権利の濫用であり、かつ、本件取締役会議事録の閲覧・謄写により、被申請人に著しい損害を生ずるおそれがあるというべきである。
四 争点
(1) 本件申請の趣旨八項は、閲覧・謄写の対象となる取締役会議事録の特定として十分なものであるか否か。また、本件申請の趣旨一項(2)から(4)までの取締役会議事録は、存在するか否か。
(2) 本件申請には、株主の権利を行使するため必要があるときの疎明があるといえるか否か。
(3) 会社が備置期間経過後に保存している取締役会議事録は、商法二六〇条ノ四第六項の閲覧・謄写の許可の対象となるか否か。
(4) 本件申請は、権利の濫用であるか否か。また、本件取締役会議事録の閲覧・謄写により、被申請人に著しい損害を生ずるおそれがあるか否か。
第三当裁判所の判断
一 本件申請の趣旨八項の特定の有無等(争点(1))について
(1) 取締役会議事録の閲覧・謄写は、株主の権利を行使するため必要があるときに裁判所の許可を得て認められるものであり(商法二六〇条ノ四第六項前段)、また、取締役会議事録の閲覧・謄写によって、会社に著しい損害を生ずるおそれがあるときには、その許可が認められない(同条七項)から、これらの要件の有無を判断するのに必要な程度に閲覧・謄写を求める取締役会議事録が特定されている必要があるといえる。
また、取締役会議事録の閲覧・謄写は、裁判所の許可を得たとしても、直接の強制力を有するものではなく、現実に取締役会議事録が閲覧・謄写されるに当たっては、閲覧謄写許可決定が確定した後、申請人である株主が会社に対してその取締役会議事録の閲覧・謄写を請求し、会社の取締役は、正当な事由なく取締役会議事録の閲覧・謄写申請を拒んだ場合には過料の制裁を科される(商法四九八条一項三号)という制約を受けつつも、会社の取締役の判断で閲覧・謄写に応ずるという経緯を経るから、会社において取締役会議事録の閲覧・謄写に応じるべきか否かの判断が可能な程度に特定がされている必要があるというべきである。
しかも、取締役会議事録の閲覧・謄写の許可の申請をする者は、当該取締役会の議事録の作成・所持に関与しているわけではなく、いつ、いかなる内容の取締役会が開催されたかを認識していないのが通常であり、閲覧・謄写を求める取締役会議事録を具体的に特定することが困難であるということができる。
これらを総合考慮すると、商法二六〇条ノ四第六項前段及び第一号に基づき取締役会議事録の閲覧・謄写の許可を申請する場合には、申請の趣旨において、閲覧・謄写の対象となる取締役会議事録を特定する必要があるものの、その程度は、当該申請に係る取締役会議事録の閲覧・謄写の範囲をその外の部分と識別することが可能な程度で足りるというべきである。
(2) 本件申請の趣旨八項は、同一項から七項まで「のいずれかの決定の理由又は前提となる事項の承認又は了承」についての取締役会議事録の閲覧・謄写を求めるものであるところ、「理由又はその前提となる事項の承認又は了承」との記載から、閲覧・謄写の対象となる範囲を判別することは通常困難であって、その申請に係る取締役会議事録をその外の部分と識別することが可能な程度に特定されているということはできない。
(3) これに対し、申請人は、「本件申請の趣旨八項に係る取締役会議事録の閲覧・謄写が認められなければ、将来、株主代表訴訟を提起した場合において反証として本件申請の趣旨八項に係る取締役会議事録を提出される危惧がある。」と主張するけれども、そのような危惧は、抽象的なものにとどまるものであり、このような不特定の申請の趣旨に係るものまで、取締役会議事録の閲覧・謄写の許可を認めることは相当でないから、申請人のこの主張を採用することはできない。
また、申請人は、「申請人において、被申請人が昭和六〇年七月一一日から平成一七年七月二三日までに開催した取締役会の議事録を閲覧し、そのうちD原社に関する議事が記載されている議事録について謄写をすることの許可を認めるべきである。」との主張もするけれども、かかる無限定な議事録の閲覧を認めることは、申請人の権利行使のために関係のない議事録についても閲覧することとなるので、申請人の権利行使のため必要であるともいえない上、被申請人に著しい損害を生ずるおそれがあるといえるから、申請人のこの主張を採用することもできない。
(4) したがって、本件申請の趣旨八項については、閲覧・謄写の対象となる取締役会議事録の特定がされていないということができる。
(5) また、商法二六〇条ノ四第六項前段及び同項一号によって取締役会議事録の閲覧・謄写を申請する場合には、申請人において申請に係る取締役会議事録が存在することの疎明をする必要があると考えられる。そして、本件申請の趣旨一項(2)から(4)までの取締役会議事録については、被申請人が当該取締役会議事録が存在しないと主張するところ、一件記録上当該取締役会議事録が存在することをうかがわせるものはないから、当該取締役会議事録が存在することの疎明があるとはいえない。
(6) 以上により、本件申請のうち、申請の趣旨一項(2)から(4)まで及び八項に係る部分については、却下することとする。
二 株主の権利行使の必要性の有無(争点(2))について
(1) 商法二六〇条ノ四第六項前段及び同項一号は、株主が、その権利を行使するため必要があるときは、裁判所の許可を得て、書面をもって作られている取締役会議事録の閲覧・謄写を請求することができる旨を定め、また、非訟事件手続法一三二条ノ八は、商法二六〇条ノ四第六項の規定による許可を申請する場合にはその事由を疎明することを要する旨を定めているから、本件申請による許可が認められるためには、株主の権利を行使するため必要があるときの疎明がある必要がある。
同条六項前段所定の株主の権利を行使するため必要があるときについては、権利行使の蓋然性がないといえる場合(抽象的に質問権の行使や株主代表訴訟の提起をするためということを理由とするだけでは、権利行使の蓋然性がないといえる。)や、権利行使に関係のない取締役会議事録の閲覧・謄写を求める場合には、許可の対象とならないというべきであるが、当該権利行使をするか否か、また、申請に係る取締役会議事録が当該権利行使に関係のあるか否かについては、当該取締役会議事録の閲覧・謄写をし、その内容を検討して初めて判明する事柄であるといえる。そのため、株主において取締役会議事録の閲覧・謄写をすることがその権利行使を準備し、又はその権利行使の要否を検討するため必要であると主張した場合において、同項前段所定の権利を行使をするため必要があるといえるためには、権利行使の対象となり得、又は権利行使の要否を検討するに値する特定の事実関係が存在し、閲覧・謄写の結果によっては、権利行使をすると想定することができる場合であって、かつ、当該権利行使に関係のない取締役会議事録の閲覧・謄写を求めているということができないときであれば足りると考えられる。
(2) まず、申請人は、「本件申請は、被申請人のD原社に対する債務保証、融資及び債権放棄について株主総会で質問を準備するため必要である。」旨主張する。
ア 前提事実及び一件記録によれば、次の事実が一応認められる。
① 被申請人は、D原社の発行済株式総数の四一%を保有する株主であること。
② D原社の債務を保証し、また、D原社に対し融資をしていたこと。
③ しかし、D原社が破綻したことから、D原社に対する融資金一九億円及び債務保証の履行に伴う求償金三二八億円について取立不能となったこと。
④ 被申請人は、それらの債権合計三四七億円のほぼ全額を放棄するとしていること。
⑤ 申請人は、被申請人の取締役らの行為が、特別の理由のない限り、取締役としての義務違反となり、被申請人の取締役らには被申請人に対する損害賠償責任があると考え、本件取締役会議事録の内容を調査した上、次回の株主総会において、その点について質問をする予定であること。
以上の事実によれば、被申請人は、D原社のための保証債務の履行及びD原社に対する融資に伴う多額な債権を放棄することとなるから、申請人による質問権の対象となり得る特定の事実関係が存在し、かつ、閲覧・謄写の結果によっては申請人が質問権を行使すると想定することができると一応認められる上、本件申請の趣旨一項(1)及び二項から七項までの取締役会議事録が当該質問権の行使に関係のないものということもできないから、本件申請は、申請人が株主総会でD原社に関する事項について質問を準備するため必要であると一応認めることができる。
イ これに対し、被申請人は、「①申請人が主張する質問事項は、次回の株主総会における会議の目的である事項に関するものではなく、会議の目的である事項の合理的な理解及び判断を行うため必要であるともいえず、また、②申請人は、平成一七年定時株主総会においても同様の質問をし、被申請人の取締役等から説明を受けていることから、被申請人の取締役には申請人が主張する質問事項について説明する義務はないので、申請人には、当該質問事項について質問権は認められない。」旨主張する。
確かに、次回の株主総会における会議の目的である事項が現時点で決定されている事情はうかがわれず、また、前提事実のとおり、申請人は、平成一七年定時総会においても、被申請人のD原社に対する対応について質問し、これに対して、被申請人から説明を受けたことが一応認められる。
しかし、取締役らに説明義務があるか否かは、取締役らが株主からの質問を拒み得るか否かに関わるものであり、説明義務がない事項すべてについて株主の質問権が当然に及ばないといえるかについては疑義がある。また、株主総会においては取締役等の賞与金や退職慰労金が会議の目的である事項となる場合が多く、被申請人の平成一七年定時総会においてもそれらの事項が会議の目的である事項となっており、次回の株主総会においても、それらの事項が会議の目的である事項となることが想定し得るというべきである。さらに、いかなる質問を具体的にするかは、閲覧・謄写の対象となった取締役会議事録の内容を検討した結果、決まるものであるから、申請人が当該取締役会議事録の内容を検討した結果行うこととなる質問事項が、平成一七年定時総会における質問内容と同一のものとなると想定することはできない。
したがって、被申請人のこの主張を採用することはできない。
(3) また、申請人は、「被申請人のD原社に対する債務保証、融資及び債権放棄に関する取締役の義務違反について株主代表訴訟の提起の要否を検討するため必要である。」旨主張する。
ア 前提事実及び一件記録によれば、前記のとおり、被申請人は、D原社の債務を保証し、また、D原社に対して融資をしていたところ、D原社が破綻したことから融資金一九億円及び債務保証の履行に伴う求償金三二八億円について取立不能のおそれが生じたこと、被申請人はそれらの債権合計三四七億円のほぼ全額を放棄することとしていること、申請人は、被申請人の取締役らのこれらの行為が、特別の理由のない限り、取締役としての義務違反となり、本件取締役会議事録の内容を調査した上、株主総会における説明の結果を踏まえ、株主代表訴訟の要否を検討しようと考えていることが一応認められる。
そうだとすると、被申請人は、D原社のための保証債務の履行及びD原社に対する融資に伴う多額な債権を放棄することとなるから、申請人による株主代表訴訟の提起をするべきか否かの検討をするに値する特定の事実関係が存在し、かつ、閲覧・謄写の結果によっては、申請人が株主代表訴訟を提起すると想定することができるといえる上、本件申請の趣旨一項(1)及び二項から七項までの取締役会議事録が当該株主代表訴訟の要否を検討するのに関係のないものということもできないから、申請人が株主代表訴訟の提起の要否を検討するため必要があると一応認めることができる。
イ これに対し、被申請人は、一株主に対し株主代表訴訟提起の要否を検討するためとの理由のみで取締役会議事録の閲覧・謄写を認めることになれば、業務執行の決定・監督は取締役会に、その検査は監査役の権限に属するものとした商法の基本構造や株主代表訴訟の趣旨に反すると主張する。
しかし、本件においては、被申請人が出資、支援していたD原社の破綻に伴い被申請人に大きな損失が生じており、被申請人の株主がその取締役らの経営判断の適否について関心を持つことは自然のことであり、また、株主代表訴訟への応訴は法が予定する負担であることから、本件申請が法の趣旨に反するものということもできない。
したがって、被申請人のこの主張も採用することができない。
(4) 以上により、本件申請には、株主の権利を行使するため必要であるときの疎明があるということができる。
三 備置期間経過後の取締役会議事録の閲覧・謄写の許可の可否(争点(3))について
(1) 一件記録によれば、本件取締役会議事録のうち、被申請人が株式会社D原を設立し、その発行株式を引き受けて出資することの決定をした取締役会の議事録及び被申請人の債務保証の履行に伴う求償権三二八億円の原因となった債務保証等について決定した取締役会の議事録の一部については、当該取締役会の日から一〇年を超えているものの、被申請人は、これらの取締役会議事録をなお保存していることが一応認められるところ、被申請人は、そのような備置期間経過後に保存している取締役会議事録については、閲覧・謄写の対象とならない旨主張する。
(2) そもそも、取締役会議事録については、「商法等の一部を改正する法律」(昭和五六年法律第七四号。以下「昭和五六年改正法」という。)による改正前においては、商法二六三条一項において「取締役ハ…取締役会ノ議事録ヲ本店及支店ニ…備置クコトヲ要ス」と規定し、同条二項において「株主…ハ営業時間内何時ニテモ前項ニ掲グル書類ノ閲覧又ハ謄写ヲ求ムルコトヲ得」と規定されていた。しかし、取締役会議事録を本店及び支店に、かつ永久に備え置くこととすると、会社は取締役会開催ごとに作成される数多くの取締役会議事録を閲覧・謄写の要求に応じられるようにその態勢を整備しておかなければならず、その煩雑な事務手続の負担が加重なものとなっていた。そこで、昭和五六年改正法による改正により、商法二六三条一項から「取締役会ノ議事録」が削除された上、商法二六〇条ノ四に三項から五項までの規定が新設され、同条三項において「取締役ハ第一項ノ議事録ヲ十年間本店ニ備置クコトヲ要ス」とし、同条四項前段において「株主ハ其ノ権利ヲ行使スル為必要アルトキハ裁判所ノ許可ヲ得テ前項ニ掲ゲル議事録ノ閲覧又ハ謄写ヲ求ムルコトヲ得」とするとともに、同条五項において「閲覧又ハ謄写ニ因リ会社又ハ其ノ親会社若ハ子会社ニ著シキ損害ヲ生ズル虞アルトキハ裁判所前項ノ許可ヲ為スコトヲ得ズ」と定めて、支店における備置義務を廃止するとともに、本店における備置義務の期間を一〇年間に限ることとした。そして、同条三項に規定する「備置ク」とは、単に会社が保存しているということとは異なり、営業時間中いつでも裁判所の許可を得た株主の請求があれば閲覧・謄写に応じ得る状態に置くことを意味するものであって、同条三項の備置義務は、同条四項の閲覧・謄写の請求の前提となっていると解するのが相当である。そのため、同条四項前段に規定する「前項ニ掲グル議事録」は、同条三項が「第一項ノ議事録」と規定していることに照らしても、単に、「第一項ノ議事録」すなわち取締役会の議事について作成された議事録を指しているとは考えられない。そうだとすると、同条四項前段の閲覧・謄写となる取締役会議事録は、同条三項の規定により一〇年間本店に備え置かなければならない取締役会議事録を指していたというべきである。そして、「商法等の一部を改正する法律」(平成一三年法律第一二八号。以下「平成一三年改正法」という。)による改正により、取締役会議事録についても電磁的記録をもって作成することができることとするため、商法二六〇条ノ四が改正がされた際に、平成一三年改正法による改正前の同条三項、四項、五項がそれぞれ同条五項、六項、七項に条ずれするとともに、同条六項において、株主がすることができる請求が各号列記された結果定められた同項一号の「前項ノ議事録」も、平成一三年改正法による改正前の「前項ニ掲グル議事録」と同義であって、平成一三年改正法による改正後の同条五項の規定により一〇年間本店に備え置かなければならない取締役会議事録を指しているというべきである。
したがって、仮に会社が取締役会の日から一〇年を超えて取締役会議事録を保存しているとしても、それは、商法二六〇条ノ四第五項の規定により本店に備え置いている取締役会議事録とはいえないから、同条六項前段及び同項一号に基づく閲覧・謄写の許可の対象とはならないと考えるべきである。
(3) この点、申請人は、「商法二六〇条ノ四第五項の規定は、取締役会議事録を備え置くことを要する期間を定めている規定にすぎず、取締役会議事録の閲覧・謄写に応ずる義務の期間について定めているわけではない。そうだとすると、備置期間が経過している取締役会議事録であっても、会社が自主的判断により保存している以上、これを閲覧・謄写に供するのは容易であるから、会社が備置期間後に保存している取締役会議事録についても、閲覧・謄写は認められるべきである。」と主張する。
確かに、会社が備置期間の経過後も取締役会議事録を保存しているときは、株主に対する会社情報の開示という観点からすると、当該取締役会議事録も閲覧・謄写の対象となるのが望ましいといえる上、会社に著しい損害が生ずるおそれがあるときは、後記のとおり、閲覧・謄写の許可がされないことからすれば、備置期間の経過後も保存している取締役会議事録について閲覧・謄写を認めても会社に特段の弊害は生ぜず、また、取締役会議事録を備え置く期間を定める趣旨も上記のとおり会社の事務手続の負担を解消するためにあることからすれば、会社が、自ら煩雑な事務手続の負担をし、取締役会議事録を取締役会の日から一〇年を超えて本店に備え置いている場合においては、会社が閲覧・謄写を拒否する合理的な理由はないという余地もある。しかし、立法論としてはともかく、商法二六〇条ノ四第六項一号の「前項ノ議事録」の解釈としては、前記(2)のとおり、同条五項の規定により一〇年間本店に備え置かなければならない取締役会議事録を指しているというべきであるから、申請人のこの主張を採用することはできない。
(4) 以上により、本件取締役会議事録のうち、被申請人が取締役会の日から一〇年を超えて保存しているものについては、閲覧・謄写の許可の対象とならないというべきである。
四 権利の濫用及び著しい損害を生ずるおそれの有無(争点(4))について
(1) 商法二六〇条ノ四第七項は、取締役会議事録の閲覧又は謄写により会社に「著シキ損害ヲ生ズル虞アルトキ」は、裁判所は取締役会議事録の閲覧又は謄写の許可をすることができない旨を定めている。
本件取締役会議事録(申請の趣旨一(2)から(4)まで及び八項に係るものを除く。以下同じ。)は、被申請人がD原社に対する出資を決定した部分、被申請人がD原社の債務を保証することを決定した部分、D原社に対する融資をすることを決定した部分、債務保証等の全額の債務履行(金融機関への弁済)することを決定した部分、これらの債務に係る会計処理に関する部分及びD原社の平成一七年五月一三日の再生手続開始の申立てに基づき策定される再生計画等に対する被申請人の対応の基本方針を決定した部分に係わるものに限られているから、被申請人の企業秘密等が含まれているとはうかがわれないので、本件取締役会議事録の閲覧・謄写により被申請人に著しい損害を生ずるおそれがあるということはできない。
(2) これに対し、被申請人は、「本件申請は、被申請人に対する訴訟提起等をしていることなどから、権利の濫用であり、かつ、本件取締役会議事録の閲覧・謄写により被申請人に著しい損害を生ずるおそれがある。」と主張する。
一件記録によれば、申請人は、被申請人の主張のとおり、被申請人又は被申請人の取締役らに対し、株主総会決議取消訴訟、商法違反の過料の職権発動の促し、監査役会及び取締役会議事録閲覧謄写許可申請等の訴訟の提起等をしていることが一応認められる。
しかし、このような事情があることから、本件申請の真の目的が被申請人の主張するような申請書記載の理由以外のところにあると推認することはできない。かえって、本件においては、前記のとおり、被申請人が出資、支援していたD原社の破綻に伴い被申請人に大きな損失が生じており、株主が被申請人の取締役らの経営判断の適否について関心を持つことは自然なことであるといえるから、本件申請が権利の濫用であるとうかがわせる事情はない。
また、このような訴訟等に応ずる負担は、法が予定する当然の負担というべきであり、また、本件取締役会議事録が外部に配布されるなどして、会社の業務に関して不要な議論を誘発し、無用な対応の必要を来すおそれなどの被申請人が主張する事情があるとしても、上記(1)のとおり、本件取締役会議事録の閲覧・謄写により、申請人に被申請人の企業秘密等が開示されることとなるとの事情はうかがわれないので、それだけで、本件取締役会議事録の閲覧・謄写によって被申請人に著しい損害を生ずるおそれがあると認めることができない。
したがって、被申請人のこの主張を採用することはできない。
五 まとめ
以上のとおり、本件申請に係る被申請人の取締役会議事録(取締役会の日から一〇年を経過したものを除く。)のうち、申請の趣旨一項(1)及び二項から七項までの決定並びにその審議の経過が記録されている部分、当該部分が記録されている議事録の取締役会の開催の回数、日時、場所、出席者、議長及び作成日の部分並びに出席した取締役及び監査役の記名捺印の部分の閲覧及び謄写を求める部分については理由があるけれども、その余は理由がない。
第四結論
よって、商法二六〇条ノ四第六項、非訟事件手続法一三二条ノ八第一項、二項の規定により、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 河合芳光 裁判官 山口和宏 長谷川秀治)
<以下省略>