大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成17年(モ)858号 決定 2005年1月31日

申立人(被告)

株式会社ジャンクションプロデュース

同代表者代表取締役

武富孝博

同訴訟代理人弁護士

青野秀治

同補佐人弁理士

清原義博

坂戸敦

相手方(原告)

有限会社アクア

同代表者取締役

木下美枝子

同訴訟代理人弁護士

東松文雄

主文

本件申立てを却下する。

事実及び理由

第1  申立ての趣旨及び理由

1  申立ての趣旨

本件を大阪地方裁判所に移送する。

2  申立ての理由

(1) 管轄違いに基づく移送(民訴法16条1項)

ア 基本事件において相手方が求めているのは差止請求のみであるところ、差止請求の管轄裁判所は申立人の住所地を管轄する地方裁判所たる大阪地方裁判所が管轄裁判所となる(民訴法4条1項、6条の2)。

イ 商標法36条1項(差止請求権)は民法709条の特則ではないし、仮に前者が後者の特則であるとしても、民訴法5条各号は制限列挙規定であって、同各号に定められた訴え以外には適用されない。しかるに、民訴法5条にも、商標法にも、商標権に基づく差止請求に係る訴えについての規定はないから、東京地方裁判所に当然に管轄は生じない。

そして、民訴法5条9号にいう「不法行為があった地」は、不法行為が行われた地をいい、不法行為の結果が発生した地は含まれないものと解すべきである。

申立人の主たる営業は大阪府下での店舖販売であって、インターネットを通じてのネット販売は補充的な営業にすぎない。

このとおり、申立人は東京地方裁判所の管轄地域内で標章使用行為を行っていないから、不法行為が行われた地は同裁判所の管轄地域内にはない。

(2) 裁量移送(民訴法17条)

ア 基本事件においては、先使用権(商標法32条)の有無や、商標法4条1項7号及び10号に該当する無効理由に基づいて権利濫用となるか否かが争点となると予想されるところ、これらを立証するためには当事者(申立人の代表者)及び証人の尋問、書証等の取り調べが必要である。

しかるに、申立人の代表者及び証人予定者はいずれも大阪府を始めとする関西地区に居住し、また提出予定の膨大な量の雑誌、パンフレット、商品等も同様に関西地区に所在するものである。そのため、申立人が東京地方裁判所に出頭して基本事件の審理を受けることや、申立人の代表者や証人予定者が出頭したり、前記雑誌等を持参して提出することにはいずれも多額の費用及び時間を要する。

そうすると、基本事件の訴訟の著しい遅滞を避け、当事者間の衡平を図るためには、同事件を大阪地方裁判所に移送すべきである。

イ なお、前記のとおり、申立人のネット販売は補充的な営業にすぎないので、関東地区での消費は個人消費にすぎず、申立人の使用する標章の周知性を立証し得る証人が多数関東地区に居住するとは考え難い。

第2  相手方の意見

1  申立てに対する答弁

本件申立てを却下する。

2  理由

(1) 管轄違いに基づく移送について

基本事件において、相手方は、商標法36条1項に基づく差止めを求めているものであるが、同項は民法709条の特則として不法行為の差止めを認めるものである。よって、かかる差止請求の訴えについては民訴法5条9号が適用され、「不法行為があった地」を管轄する裁判所に管轄権が生ずる。そして、この「不法行為があった地」には、不法行為が行われた地のほか、不法行為の結果が発生した地も含まれる。

しかるに、申立人は、インターネットを通じて、我が国のみならず世界中に相手方の商標権の侵害行為を行っているのであって、申立人の標章が付された画面を東京都内で見ることができるが、これは不法行為の結果に当たるものである。のみならず、申立人は、東京都、神奈川県内にも販売代理店を有している。

そうすると、申立人の「不法行為があった地」が当裁判所の管轄地域内にあることは明らかである。

(2) 裁量移送について

基本事件の口頭弁論等については、電話会議等を活用することにより、手続を追行することが可能であって、申立人の代表者又は訴訟代理人が現実に当裁判所に出頭する必要はない。

また、当事者ないし証人の尋問については、相手方においても複数の取調請求予定者がおり、尋問に関する当事者の負担は拮抗している。

以上のとおり、基本事件の訴訟の著しい遅滞を避け、当事者間の衡平を図るために同事件を大阪地方裁判所に移送する相当な理由はない。

第3  当裁判所の判断

1  管轄違いに基づく移送の当否について

(1)  民訴法5条9号は、「不法行為に関する訴え」につき、当事者の立証の便宜等を考慮して、「不法行為があった地」を管轄する裁判所に訴えを提起することを認めている。同号の規定の趣旨等にかんがみると、この「不法行為に関する訴え」の意義については、民法所定の不法行為に基づく訴えに限られるものではなく、違法行為により権利利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者が提起する侵害の停止又は予防を求める差止請求に関する訴えをも含むものと解するのが相当である(最高裁平成15年(許)第44号同16年4月8日第一小法廷決定・民集58巻4号825頁)。

そして、商標法36条1項は、商標権者又は専用使用権者が、自己の商標権又は専用使用権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができることを定めている。

民訴法5条9号の規定の上記の意義に照らすと、商標法36条1項の規定に基づく商標権の侵害の停止又は予防を求める訴えは、民訴法5条9号所定の訴えに該当するものというべきである。

(2)  記録によれば、相手方が差止めを求める標章は申立人のホームページ等で使用されており、かつ申立人は、東京都をはじめとする全国各地に販売代理店を有して営業活動を行っていることが認められる。そうすると、当裁判所の管轄地域内に不法行為が行われた地があるものというべきであって、基本事件に係る訴えについては、民訴法5条9号により、当裁判所に管轄がある。

したがって、申立人の管轄違いの主張は理由がない。

2  裁量移送の当否について

(1) 申立人は、基本事件においては先使用権の有無等が争点となり得るものと予想されるところ、その立証に必要な当事者及び尋問を受けるべき証人、使用すべき証拠もほとんど申立人の本店所在地にあり、かつ申立人が当裁判所に出頭することは多額の費用、時間を要するから、訴訟の著しい遅滞を避け、当事者間の衡平を図るために、民訴法17条により、基本事件を大阪地方裁判所に移送すべきであると主張する。

(2) ところで、基本事件は、商標権者である相手方が、申立人に対し、申立人の標章使用が相手方の商標権を侵害すると主張して、同標章使用の差止めを求める事案である。

先使用の事実等を裏付ける書証については、当裁判所に持参してこれを取り調べることにさほど難があるとは考え難いし、また必要最小限のものに絞って提出し、これを取り調べることも可能である。また、かかる事実を立証するための当事者尋問ないし証人尋問の必要性については現時点では未確定であり、仮にこれが必要であるとしても、映像等の送受信による通話の方法による尋問(民訴法204条)等を行うことも可能なのであって、訴訟に著しい遅滞が生ずるとは必ずしも言い難い。

また、申立人の出頭についても、音声の送受信により同時に通話をすることができる方法(民訴法170条3項)によって、弁論準備手続期日における手続を進めることも可能なのであって、当裁判所において訴訟の審理を進めることが当事者間の衡平を害するとは必ずしも言い難い。

そして、このほかに、記録上、訴訟の著しい遅滞を避け、当事者間の衡平を図る必要性を認めるに足りない。

3  以上の次第で、本件申立ては理由がないから、これを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官・髙部眞規子、裁判官・東海林保、裁判官・田邉 実)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例