東京地方裁判所 平成17年(ヨ)20050号 決定 2005年6月01日
主文
1 債務者が平成17年3月14日の取締役会決議に基づいて現に手続中の別紙新株予約権目録記載の新株予約権の発行を仮に差し止める。
2 申立費用は債務者の負担とする。
理由
第1申立ての趣旨
主文同旨
第2事案の概要
1 本件は、債務者の株主である債権者が、債務者が平成17年3月14日の取締役会決議に基づいて現に手続中の別紙新株予約権目録記載の新株予約権(以下「本件新株予約権」という。)の発行について、<1>商法が定める機関権限の分配秩序違反、取締役の善管注意義務・忠実義務違反等の法令違反にあたるものであること、<2>著しく不公正な方法によるものであることを理由として、これを仮に差し止めることを求めた事案である。
2 当事者の主張は別紙のとおりである。
第3当裁判所の判断
1 後掲の各疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 当事者等
ア 債務者
債務者は、昭和25年11月4日に設立され、オートメーション装置及び計測装置の製造、販売及び据付並びにこれらの機器及びその関係部品の輸出入、販売及び据付等を主たる事業とする株式会社である。平成17年4月26日現在、債務者の資本金は30億7235万2740円、会社が発行する株式の総数は3940万株、発行済株式総数は1000万5249株であり、債務者は、その発行する株式を株式会社ジャスダック証券取引所(以下「ジャスダック」という。)の開設するジャスダック市場(以下「ジャスダック市場」という。)に上場している。なお、債務者においては、単元株制度が採用されており、1単元の株式数は1000株である。(甲1から3まで)
イ 債権者
債権者は、平成15年9月に英領西インド諸島ケイマン諸島法に基づいて設立され、日本の上場企業の発行株式に対する投資を主たる事業とする有限責任会社(Limited Liability Company(LLC))である。(甲4の1、2、甲6の1、2)
債権者は、債務者の株主であり、平成17年3月31日現在、債務者の発行済株式を28万5000株保有している。この保有株式数は、債務者の発行済株式数の2.85%(小数第4位以下四捨五入)に相当する。(乙43)
(2) 債務者の新株予約権の発行に至る経緯
ア 近時、我が国においても敵対的買収(以下「対象会社の現経営者が反対している買収」の意味で用いる。)が増加することが予測されており(乙31、32等)、これに対し、企業において事前に敵対的買収への適正な防衛策を導入しておく必要があるとの認識が示されている状況にある。(甲69、乙8、15)
イ 債務者は、かつて機械製造を本業としていたころには、鉄鋼会社や銀行などの安定株主が存在したが、現在は、債務者の事業内容が制御機器製造に変わったこともあって、JFEスチールと一部金融機関以外には安定株主といえるような存在はいない状況にあり(甲3)、純粋な投資を目的とした企業2社(債権者を含む)の持株比率が合計約13パーセントと高くなり、これらが売却され、不意打ち的に買収者が現れるとの懸念を有している。(乙24)
また、株価純資産倍率(PBR。price book-value ratioの略称。投資判断指標の一つで、株価を1株当たり純資産で除したもので、株式が1株当たり株主資本の何倍の株価で取引されているかを示す。)が1未満の会社は買収の対象となりやすい会社であるといわれている(乙34から36まで)ところ、債務者のPBRは、平成15年9月が0.31、平成16年3月が0.40、同年9月が0.55と極めて低い値であること、債務者の総資産に対するネットキャッシュの割合が高いこと、債務者株式の時価総額が比較的小さいことから、債務者は、買収の対象となりやすい会社であるとの指摘もあり(乙49)、東洋経済新報社の発行する会社四季報(2004年第2集)では、公開買付(TOB)によって買収されやすい会社の71位とされていた(乙33)。
ウ このような状況下において、債務者は、以前から敵対的買収に対する防衛策についての検討を行っており、弁護士及び証券会社などの専門家の助言を受け、将来、敵対的買収に直面した場合の防衛策として、次項のとおり、新株予約権の発行を決定することとした。(甲8、乙55)
(3) 債務者の新株予約権の発行の決議及び公表
債務者は、平成17年3月14日開催の取締役会において、本件新株予約権の無償発行を行うことを内容とする「セキュリティ・プラン」(以下「本件プラン」という。)の導入を決議し、同日、「企業価値向上に向けた取組みについて(平成18年3月期の重点施策および株主割当による新株予約権の無償発行に関するお知らせ)」と題する文書(甲7)をもって、本件プランの内容を公表した。
(4) 本件プランの概要
本件プランの内容は、「株式会社ニレコ新株予約権発行要項」(乙21。以下「発行要項」という。)に定めるとおりであり、その概要は、以下のとおりである。
ア 新株予約権発行の目的(第1項)
債務者は、債務者に対する濫用的な買収等によって債務者の企業価値が害されることを未然に防止し、債務者に対する買収等の提案がなされた場合に、債務者の企業価値の最大化を達成するための合理的な手段として用いることを目的として、本発行要項に定める新株予約権を発行する。
イ 割当日及び割当方法(第3項)
平成17年3月31日最終の株主名簿又は実質株主名簿に記載又は記録された株主に対し、その所有株式(ただし、債務者の有する債務者普通株式を除く。)1株につき2個の割合で新株予約権を割り当てる。
なお、証券取引所における普通取引では、新株予約権の割当基準日(権利確定日)である平成17年3月31日の株主名簿に記載されるためには、当該割当基準日から起算して4営業日前(権利確定日が決算期末に当たる場合は5営業日前)までに株式の売買を行う必要があるところ、本件では、同月28日を最初の日として同日以降、債務者株式を購入しても本件新株予約権を取得できないことになる(同日を「権利落ち日」といい、その前日を「権利付け最終日」という。)。(乙49)
ウ 発行する新株予約権の総数(第4項)
平成17年3月31日最終の発行済株式数(ただし、債務者の有する債務者普通株式の数を除く。)に2を乗じた数を上限とする。なお、新株予約権1個当たりの目的となる株式の数は1株とする。
エ 各新株予約権の発行価額(第5項)
無償とする。
オ 新株予約権の発行日(第7項)
平成17年6月16日
カ 各新株予約権の行使に際して払込みをなすべき額(第9項)
各新株予約権の行使に際して払込みをなすべき額(以下「払込価額」という。)は1円とする。
キ 新株予約権の行使期間(第11項)
(ア) 平成17年6月16日から平成20年6月16日までとする。
(イ) 上記(ア)にかかわらず、平成20年5月28日から平成20年6月16日までの間に手続開始要件が満たされた場合は、平成17年6月16日から手続開始要件が満たされた日の翌日から起算して30日が経過した日までとする。
ク 新株予約権の行使の条件(抜粋)(第12項)
(ア) 新株予約権者は、平成17年4月1日から平成20年6月16日までの間に手続開始要件が満たされた場合でなければ新株予約権を行使することができない。「手続開始要件」とは、ある者が特定株式保有者(債務者の株券等の保有者、公開買付者又は当該保有者かつ公開買付者である者であって、当該保有者等及びこれと一定の関係にある者が保有する債務者の議決権付株式の合計数が、債務者の発行済議決権付株式総数の20パーセント以上に相当する数となる者)に該当したことを債務者の取締役会がそのように認識し公表したことをいう。
(イ) 新株予約権は、新株予約権の割当てを受けた者が、その割当てを受けた新株予約権のみを行使できる。
ケ 新株予約権の消却事由及び消却の条件(第13項)
(ア) 債務者は、手続開始要件が成就するまでの間、取締役会が企業価値の最大化のために必要があると認めたときは、取締役会の決議をもって新株予約権の発行日以降において取締役会の定める日に、新株予約権の全部を一斉に無償で消却することができる。
(イ) 債務者は、手続開始要件が成就するまでの間、取締役会が上記アに定める目的を達成するための新たな制度の導入に際して必要があると認めたときは、取締役会の決議をもって新株予約権の発行日以降において取締役会の定める日に、新株予約権の全部を一斉に無償で消却することができる。
(ウ) なお、消却事由及び消却条件は、新株予約権の申込証及び新株予約権証券の記載事項である(商法280条ノ28第2項2号、280条ノ30第2項4号、280条ノ20第2項7号)から、本件新株予約権の消却事由及び消却条件の内容はあらかじめ株主に開示されている。
コ 新株予約権の譲渡制限(第14項)
新株予約権の譲渡については、債務者の取締役会の承認を要する。ただし、債務者の取締役会は、新株予約権の譲渡につき、取締役会の承認の申請がなされた場合でも、かかる譲渡の承認は行わない。
(5) 平成17年3月14日付け新株予約権の消却に関するガイドライン
債務者取締役会は、債務者取締役会が本件新株予約権の消却等の是非について判断する際の指針として、平成17年3月14日付け新株予約権の消却等に関するガイドライン(乙11。以下「旧ガイドライン」という。)を定めた。同ガイドラインにおいて、取締役会は、債務者の事業計画その他の資料等に基づいて算出される債務者の発行済株式の正当な価値に関する事項、買収者等による買収が債務者の少数株主に与える影響に関する事項、買収者等による買収提案の内容に関する事項等、ガイドラインの定める考慮すべき事項を合理的範囲内において十分考慮した上で、企業価値の最大化を実現し得るよう、本件新株予約権の無償消却をする又は無償消却をしないという取締役会における決議を行うものとする旨(旧ガイドライン2条)、同取締役会決議に際し、特別委員会による勧告を最大限尊重するものとする旨(旧ガイドライン3条)、特別委員会は、債務者の代表取締役社長及び債務者取締役会が指名した本件新株予約権の消却等につき利害関係のない弁護士、公認会計士又は学識経験者から2名の合計3名の委員で組織されるものとする旨(旧ガイドライン4条)が定められている。旧ガイドライン4条に基づき、債務者の代表取締役社長、弁護士1名及び大学助教授1名が特別委員会の委員に指名された。
(6) 平成17年5月20日付け新株予約権の消却等に関するガイドライン
債務者取締役会は、平成17年5月20日開催の取締役会において、旧ガイドラインを改正し、同日付け新株予約権の消却等に関するガイドライン(乙46の1、以下「新ガイドライン」という。)を策定し、これを対外的に公表し(乙48)、株主に対し通知書をもって知らせた(乙47)。
その主な改正点は、次のとおりである。(乙46の1、2、乙47、48)
ア 手続開始要件が成就した時点の明確化(第2条)
発行要項第12項(1)<11>(上記(4)ク(ア))の「公表した」ことの意義につき、ある者が債務者の発行済議決権付株式総数の20パーセント以上を取得したことを債務者取締役会が認識した後遅滞なく、債務者取締役会の決議に基づき、ジャスダックの定める適時開示規則所定の開示の方法に従い、その旨を開示し、かつ、債務者ホームページ上に掲載した上で、これらを行った日から2週間が経過した日以後の日で債務者取締役会が定める日に、当該ある者が当社の発行済議決権付株式総数の20パーセント以上を取得した旨の公告を行ったことをいうものとした。
イ 債務者取締役会が本件新株予約権を消却しない旨の決議を行うことができる場合の明確化(第3条4項)
債務者取締役会は、企業価値最大化のために必要があると認めず、本件新株予約権を一斉に無償で消却しない旨を決議をする場合は、原則として、次の各号に定める場合に限り行うことができる旨を明確化した。なお、次の(ア)ないし(エ)の4要件は、東京高等裁判所平成17年3月23日新株予約権発行差止保全抗告事件決定(乙9)が判示した経営支配権の維持・確保を主要な目的とする新株予約権の発行が許される特段の事情がある場合の例にほぼ準拠している。
(ア) 買収者等が、真に債務者の経営に参加する意思がないにもかかわらず、株価をつり上げて高値で株式を会社関係者に引き取らせる目的で債務者の株式の取得ないし買収提案を行っている場合(いわゆるグリーンメイラーである場合)
(イ) 買収者等が、債務者の事業経営上必要な知的財産権、ノウハウ、企業秘密情報、主要取引先や顧客等を当該買収者等やそのグループ会社等に移譲させるなど、いわゆる焦土化経営を行う目的で債務者の株式の取得ないし買収提案を行っている場合
(ウ) 買収者等が、債務者の資産を当該買収者等やそのグループ会社等の債務の担保や弁済原資として流用する予定で債務者の株式の取得ないし買収提案を行っている場合
(エ) 買収者等が、債務者の資産等の売却処分等による利益をもって一時的な高額の株主還元(略)をさせるか、あるいは一時的な高額の株主還元等による株価上昇に際して買収株式の高値売り抜けをする目的で、債務者の株式の取得ないし買収提案を行っている場合
(オ) その他、買収者等が債務者の経営を支配した場合に、債務者株主、取引先、顧客、地域社会、従業員その他の債務者の利害関係者を含む債務者グループの企業価値が毀損される虞があることが明らかな場合など、債務者取締役会が、本件新株予約権を一斉に無償で消却しない旨の取締役会決議を行うことを正当化する特段の事情がある場合
ウ 特別委員会の委員の一部変更(5条1項)
特別委員会は、債務者及び本件新株予約権の消却等につき利害関係のない有識者、弁護士又は公認会計士2名以上3名以内の委員で組織されるものとし、債務者代表取締役社長に替えて、弁護士を委員に指名した。
エ 取締役会は例外的な場合を除き特別委員会による勧告に従って本件新株予約権の消却等について決議を行うこと(4条1項)
債務者取締役会は、本件新株予約権の消却等について決議を行うに際し、特別委員会による勧告を最大限尊重し、特別委員会による勧告に従うことによって債務者の企業価値が毀損されることが明らかである場合を除き、特別委員会による勧告に従って取締役会決議を行うことを明確化した。
オ ガイドラインの改正を行った場合の改正内容の開示(8条)
特別委員会の委員全員から同意を得た場合に限り、取締役会決議をもって、ガイドラインの改正を行うことができるものとし、ガイドラインを改正する旨の決議を行った場合、債務者取締役会は、遅滞なくガイドラインの改正内容を適時開示しなければならないものとした。
(7) 本件新株予約権の引受けの申込み
債権者は、平成17年5月13日、債権者の株式数を28万6000株として、1株につき2個割り当てられた57万個全部について、本件新株予約権の引受けの申込みをした。(乙43、44)
(8) 本件新株予約権行使の効果
本件新株予約権につき行使要件が具備し、全部について無償消却されることなく、新株予約権者の予約権の行使に基づき発行されると、本件新株予約権は、割当基準日である平成17年3月31日現在の株主名簿に記載された株主に対し、その所有株式1株につき2株の割合で発行されることになるから、割当基準日以降に債務者株式を取得した株主の株式の持株比率は約3分の1に希釈されることになる。
例えば、平成17年3月31日現在において債務者の発行済株式総数の5パーセントを保有していた株主が同総数の20パーセントの株式を保有するに至ったとしても、本件新株予約権が行使されることによって、当該株主の保有する株式の持株比率は、債務者の発行済株式総数の約10.7パーセントにまで瞬時にして希釈されることになる(債務者の自己株式保有割合が平成16年9月30日現在の数値である10.14パーセントであること(甲3)を前提とする。以下同じ)。
また、平成17年3月31日現在において株主ではなかった者が発行済株式総数の20パーセントの株式を保有するに至った場合には、本件新株予約権の行使により、その持株比率は約7.2パーセントにまで瞬時にして希釈される。
(9) 本件プラン導入前後の債務者株式の取引の状況
ア 債務者株式の株価を終値の推移でみると、平成17年2月10日から本件プランが発表された同年3月14日までの約1か月間は1株807円から900円(日経平均は1万1500円前後から1万1966円程度で推移していた。)、平均的には概ね1株825円から840円程度で推移し、本件プランが発表された同年3月14日後、一時的に1100円を超え、同年3月末には900円台となり、本件新株予約権の権利付け最終日である同年3月25日の終値は1株935円であった。本件新株予約権の権利落ち日である同年3月28日以降は、1株750円から929円の間(日経平均は1万1000円前後から1万1874円程度で推移していた。)で推移し、本件申立てがされた同年5月9日の終値は1株839円、同年5月24日時点値は801円であり、直近1か月間及び直近1年間の株価の終値の全体的な傾向として比較すると、本件新株予約権の権利落ち日である同年3月28日以降、債務者の株価の終値が顕著に下落したとまでは認められない。(甲62、乙45の1、3)
他方で、平成17年1月1日から同年5月20日までの間の債務者株式の株価の25日移動平均値をみると、同年3月28日の権利落ち日以降、顕著な下降傾向を示している(甲48)。もっとも、この点については、本件プランが発表された直後の一時的な株価高騰の影響によるものであるとの指摘(乙72)もある。また、平成17年2月1日から同年5月17日までの間を3期間(<1>2月14日から3月14日、<2>3月15日から3月31日、<3>4月1日から5月17日)に分割し、各期間における債務者株式の株価の加重平均価格(総売買代金÷売買高)をみると、<3>の期間の加重平均価格は<1>の期間のそれと比較して下落していること(甲49)が認められる。
イ 債務者株式の売買高についてみると、平成17年2月10日から同年3月14日までの約1か月間における一日の売買高はゼロから2万2000株であり、売買高ゼロの日が相当日数あった。本件プランが発表された後、一時的に売買高が増加し、一日当たり12万2000株となった日もあり、権利付け最終日である同年3月25日の売買高は1万9000株であった。その後、売買高は、権利落ち日である同年3月28日には1000株、同年4月1日は1万1000株となったが、その後は1万株を超える取引はなく、一日の売買高はゼロから9000株の間で推移し、本件申立てがされた同年5月9日は売買高4000株、同年5月24日の売買高はゼロであった。もっとも、直近1か月及び直近1年間の売買高をみても、債務者株式はもともと売買高の少ない株式であり、権利落ち日である同年3月28日を経過しても、債務者株式の売買高が顕著に減少したとは認められない。(甲62、乙45の1、3)
ウ 債務者株式の保有者の過去の変動状況等について調査した結果によれば、自己株式取得分、自己株式消却分、本件債権者の購入分及び株式持合い分を除くと、過去3年間に株式保有者の変動があった株式数は発行済株式総数の約8ないし13パーセントにすぎなかった。(乙50、51)
(10) 本件プラン導入前後の関係機関の動き
ア 本件プラン導入前、債務者担当者は、ジャスダック関係者に対し、本件プランの説明を行ったところ、ジャスダックの上場部課長は、「国レベルで敵対的買収防衛策につきいろいろなスキームや問題点等の検討がなされている最中の段階であり、国レベルの検討の動きを見定めるためにもニレコの買収防衛策の導入を2、3か月待つことはできないか」と述べたが、債務者担当者が上場廃止となる可能性について尋ねたところ、「ペナルティーを課すような問題ではないので上場廃止になることはない」との返答があった(乙23)。また、日本証券業協会市場本部エクイティ市場部からは、「本件新株予約権の発行について反対するものではない」としつつ、「本件新株予約権は株式に随伴するものではないということを投資家に十分開示して欲しい」との話があった(乙22)。
イ 株式会社東京証券取引所は、平成17年4月21日、同取引所上場会社に対して、敵対的買収防衛策の導入に際しての投資者保護上の留意事項を通知したが、その中で、「例えば、買収者が現れたことを行使の条件とする新株予約権を利用した防衛策(ライツプラン)のうち、新株予約権を防衛策導入時点の株主等に割り当てておくといったスキーム(実質的に防衛策発動時点の株主に割り当てるために、導入時点において暫定的に特定の者に割り当てておくような場合を除く)では、防衛策が実際に発動されると、新株予約権を保有していない株主(割当日後に株主になった者)は、買収者以外の株主であっても、保有している株式の希釈化による著しい損失を被る可能性があります。また、実際に発動されないまでも、発動が懸念される状況が生じた際には、株式の価格形成が極めて不安定になることが想定されます。このように買収者以外の株主・投資者に不測の損害を与える要因を含む防衛策の導入は、市場の混乱を招くものであり投資者保護上適当でないと考えます。」旨の見解を示した。(甲15)
ウ ジャスダックも、同日、ジャスダック市場上場会社に対し、上記イと同様の留意事項を通知した。(甲16)
エ 経済産業省及び法務省は、平成17年5月27日付けで「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」を策定したが、同指針においては、本件新株予約権と同様の仕組みについて、「買収防衛策は、買収が開始された後に発動され、そこではじめて法的効力を具体化させて買収を防衛することができれば目的を達するのであって、買収が開始されていないにもかかわらず、新株予約権等の発行と同時に、株主に過度の財産上の損害を生じさせるような場合には、著しく不公正な方法による発行に当たる可能性が高い。」とし、「新株予約権等の発行と同時に、株主に過度の財産上の損害を生じさせるような場合」について、「買収の開始前の一定の日を基準日として、買収の開始を行使条件とするような新株予約権の全株主に対して買収開始前にあらかじめ現に割り当てておくような場合(買収の開始を条件として新株予約権を割り当てる旨、買収の開始前に決議する場合や事前に開示しておく場合は含まれない。)を指す。この場合、買収者であるか否かにかかわらず、基準日以降に株式を取得する全ての株主に対して不測の損害を与える可能性がある。また、基準日時点の株主が保有する株式の価値を著しく低下させるおそれがあり、かつ、新株予約権が譲渡できない場合には当該価値低下分の投下資本回収の途を奪うこともありうる。このように、買収とは無関係の株主に不測の損害を与えうることになる。」と指摘している。(甲69)
2 被保全権利の存否について
(1) 本件新株予約権発行が法令違反といえるかどうかについて
ア 商法が定める機関権限の分配秩序違反
債権者は、本件新株予約権は、その制度設計に致命的欠陥があるため、被選任者たる取締役が恣意的に選任者たる株主構成を変更することを認めている点で、商法の定める機関権限の分配秩序に反するものとして法令違反に該当すると主張する。
しかし、商法280条ノ39第4項が準用する商法280条ノ10が定める法令違反の対象となる「法令」とは、新株発行に際して会社が遵守することを要する具体的な法令の規定をいうものと解されるところ、株式会社における機関権限の分配秩序維持を根拠とする取締役会の権限の制約は、商法の株式会社に関する規定全体の趣旨から導き出されるものであって、具体的な法令の規定によるものではないから、債権者の主張は採用できない。
イ 株主平等原則違反
債権者は、本件新株予約権発行は、平成17年3月31日時点の株主と同年4月1日以降に株式を取得した株主とを合理的な理由もなく差別的に取り扱うものとして、株主平等原則に違反すると主張する。
しかしながら、株主平等原則とは、株主としての資格に基づく法律関係については、その有する株式の数に応じて平等に取扱いを受けるという原則であり、本件プランは、本件新株予約権を割当基準日現在の株主全員に対してその持株数に応じて割り当てるというものであるから、株主平等原則に反するものであるということはできず、債権者の主張は採用できない。
ウ 取締役の善管注意義務・忠実義務違反
債権者は、本件新株予約権発行は、債務者の株式の経済的価値を不当に下落させ、その流通性を著しく低下させるものであるから、取締役の善管注意義務(商法254条3項、民法644条)及び忠実義務(商法254条ノ3)に違反すると主張する。
しかしながら、商法280条ノ39第4項が準用する商法280条ノ10が定める法令違反の対象となる「法令」とは、新株発行に際して会社が遵守することを要する具体的な法令の規定をいうものと解されるから、取締役の善管注意義務(商法254条3項、民法644条)及び忠実義務(商法254条ノ3)を含まないと解するのが相当であり、債権者の主張は採用できない。
エ 商法204条1項違反
債権者は、本件新株予約権は、株式の流通性を著しく阻害し、株主による投下資本回収の機会を奪うものであるから、株式の自由譲渡性を定めた商法204条1項に違反すると主張する。
しかしながら、本件新株予約権の発行により、債務者株式について、定款変更の特殊の決議(商法348条1項)によらなければ許されない株式譲渡の制限が課せられるものではないから、本件新株予約権の発行に商法204条1項違反があるということはできない。
オ 証券取引法106条の32違反
債権者は、本件新株予約権の発行は、証券取引法106条の32(取引所有価証券市場運営の原則)に著しく違反すると主張する。
しかしながら、証券取引法106条の32は、「取引所有価証券市場は、有価証券の売買、有価証券指数等先物取引及び有価証券オプション取引を公正かつ円滑ならしめ、かつ、投資者の保護に資するよう運営されなければならない。」と規定し、証券取引所を主体として明示してはいないが、有価証券市場の運営主体は証券取引所であるから、同条の直接の名宛人は証券取引所であると解さざるを得ず、債権者の主張は採用できない。
(2) 本件新株予約権発行が不公正発行といえるかどうかについて
ア 本件新株予約権発行の目的について
本件プランに係る本件新株予約権は、債務者に対する濫用的な買収等によって債務者の企業価値が害されることを未然に防止し、債務者に対する買収等の提案がなされた場合に、債務者の企業価値の最大化を達成するための合理的な手段として用いることを目的として取締役会の決議により発行されるものであること、債務者の発行済議決権付株式総数の20パーセント以上に相当する数の議決権付株式を保有する者が生じた場合であって、取締役会が企業価値の最大化のために必要があると認めず、新株予約権の無償消却を行わない旨の決議をするときに行使がされることを予定していること、平成17年3月31日現在において株主でなかった者が発行済株式総数の20パーセントの株式を保有していた場合には、本件新株予約権の行使により、その保有割合は約7.2パーセントまで瞬時にして希釈されることは前認定のとおりである。したがって、本件新株予約権は、株式会社の経営支配権に現に争いが生じていない場面において、将来、敵対的買収によって経営支配権を争う株主が生じることを想定して、かかる事態が生じた際に新株予約権の行使を可能することにより当該株主比率を低下させることを主要な目的として発行されるものということができる。
イ 新株予約権発行が事前の対抗策として許容される要件について
商法上、取締役の選任・解任は株主総会の専決事項であり(254条1項、257条1項)、取締役は株主の資本多数決によって選任される執行機関といわざるを得ないから、被選任者たる取締役に、選任者たる株主構成の変更を主要な目的とする新株等の発行をすることを一般的に許容することは、商法が機関権限の分配を定めた法意に明らかに反するものである。この理は、現経営者が、自己の経営方針が敵対的買収者の経営方針より合理的であると信じた場合であっても同様に妥当するものであり、誰を経営者としてどのような方針で会社を経営させるかは、株主総会における取締役選任を通じて株主が資本多数決によって決すべき問題というべきである。
このことを会社の経営支配権に現に争いが生じている場面についてみると、株式の敵対的買収によって経営支配権を争う特定の株主の持株比率を低下させ、現経営陣の経営支配権を維持・確保することを主要な目的として新株予約権の発行がされた場合には、取締役会がその権限を濫用したものとして、原則として不公正な発行として差止請求が認められるべきである。もっとも、株主全体の利益保護の観点から当該新株予約権発行を正当化する特段の事情のある場合、具体的には、敵対的買収者が真摯に合理的な経営を目指すものではなく、敵対的買収者による支配権取得が会社に回復し難い損害をもたらす事情がある場合には、取締役会は一種の緊急避難的行為として相当な対抗手段を講ずることが許容されるというべきであり、こうした事情を会社が疎明、立証した場合には、例外的に、手段の相当性が認められる限り、株主構成を変更すること自体を主要な目的とする新株予約権であっても、その発行を差し止めることはできない。
これに対し、会社の経営支配権に現に争いが生じていない場面において、将来、株式の敵対的買収によって経営支配権を争う株主が生じることを想定して、かかる事態が生じた際に新株予約権の行使を可能とすることにより当該株主の持株比率を低下させることを主要な目的として、当該新株予約権の発行がされる場合については、真摯に合理的な経営を目指すものではない敵対的買収者が現れ、その支配権取得が会社に回復し難い損害をもたらす事情は未だ存在しないのであるから、取締役会において一種の緊急避難的行為として相当な対抗手段を採るべき必要性は認められない。このことは、敵対的買収者による支配権取得が企業価値維持の観点から適当でないと取締役会が判断した場合に、企業価値維持を動機として新株予約権の行使を可能とする場合であっても同様である。
したがって、本件のような事前の対抗策としての新株予約権の発行は、原則として株主総会の意思に基づいて行うべきであるが、株主総会は必ずしも機動的に開催可能な機関とは言い難く、次期株主総会までの間において、会社に回復し難い損害をもたらす敵対的買収者が出現する可能性を全く否定することはできないことから、事前の対抗策として相当な方法による限り、取締役会の決議により新株予約権の発行を行うことが許容される場合もあると考えられる。しかし、その場合であっても、少なくとも事前の対抗策としての新株予約権の発行に株主総会の意思が反映される仕組みが必要というべきであり、また、新株予約権の行使条件の成就の判断を取締役会に委ねることについては、現経営者による権限の濫用のおそれが必然的に随伴するから、取締役会の恣意的判断の防止策も必要である。
そうであれば、取締役会の決議により事前の対抗策としての新株予約権の発行を行うためには、<1>新株予約権が株主総会の判断により消却が可能なものとなっているなど、事前の対抗策としての新株予約権の発行に株主総会の意思が反映される仕組みとなっていること、<2>新株予約権の行使条件の成就が、取締役会による緊急避難的措置が許容される場合、すなわち敵対的買収者が真摯に合理的な経営を目指すものではなく、敵対的買収者による支配権取得が会社に回復し難い損害をもたらす事情がある場合に限定されるとともに、条件成就の公正な判断が確保される(客観的な消却条件を設定するとか、独立性の高い社外者が消却の判断を行うなど)など、条件成就に関する取締役会の恣意的判断が防止される仕組みとなっていること(なお、敵対的買収者に対し事業計画の提案を求め、取締役会が当該買収者と協議するとともに、代替案を提示し、これらについて株主に判断させる目的で、合理的なルールが定められている場合において、敵対的買収者が当該ルールを遵守しないときは、敵対的買収者が真摯に合理的な経営を目指すものではないことを推認することができよう。)、<3>新株予約権の発行が、買収とは無関係の株主に不測の損害を与えるものではないことなどの点から判断して、事前の対抗策として相当な方法によるものであることが必要というべきであり、こうした事情を会社側が疎明、立証した場合は、将来における敵対的買収者の持株比率を低下させることを主たる目的とする新株予約権であっても、その発行を差し止めることはできない。
ウ 本件新株予約権発行の事前の対抗策としての相当性について
(ア) 株主総会の意思が反映される仕組みについて
本件プランにおいては、いわゆるデッドハンド条項(導入した当時の取締役が一人でも代われば消却不能になる条項)はなく、新株予約権の行使可能期間は発行の日から3年間とされており、また、本件新株予約権は、取締役会の決議により無償で消却可能とされていることから、株主総会において取締役の選任を通じて取締役会の構成を変更することにより、その消却を行うことが可能であるということができる。
しかしながら、本件新株予約権発行後に平成17年6月に開催が予定される株主総会においては、本件新株予約権の導入に関する定款変更は株主総会の議題として予定されていない。また、債務者の取締役の任期は全員平成18年6月であって、平成17年6月期には新たな取締役の選任は予定されていないし、その他本件新株予約権の消却事由に株主総会が一定の決議を行うことなどは掲げられていない。したがって、平成17年6月に予定される次期株主総会において、本件新株予約権発行について、株主総会の意思を反映させる仕組みは設けられていないといわざるを得ない。
(イ) 条件の成就に関する取締役会の恣意的判断防止の担保について
債務者の取締役会が本件新株予約権の消却等の是非について判断する際の指針として定めたガイドラインにおいては、取締役会が本件新株予約権を消却しない旨の決議は、前記1(6)イ(ア)から(オ)までの各号に定める場合に限り行うことができることとされており、その余の場合には、本件新株予約権を一斉に無償で消却するか、20パーセントの割合を引き上げる旨を決議するものとされている。また、ガイドラインの改正は、特別委員会の委員全員の同意を得た場合に限り、取締役会の決議によって行い、ガイドラインの改正内容は適時開示しなければならないものとされており、新株予約権の行使に係る条件成就の判断基準は取締役会の判断のみでは変更できないものとされている。
上記のうち、(ア)から(エ)までの基準は、特定の敵対的買収者が真摯に合理的な経営を目指すものではなく、敵対的買収者による支配権取得が会社に回復し難い損害をもたらす場合を具体化したものとして合理的であるが、(オ)の基準は「買収者等が債務者の経営を支配した場合に、債務者株主、取引先、顧客、地域社会、従業員その他の債務者の利害関係者を含む債務者グループの企業価値が毀損される虞があることが明らかな場合など、債務者取締役会が、本件新株予約権を一斉に無償で消却しない旨の取締役会決議を行うことを正当化する特段の事情がある場合」というのであり、取締役会の決議によって事前の対抗策としての新株予約権の発行を行う場合において、敵対的買収者による支配権取得が会社に回復し難い損害をもたらす場合に関する取締役会の恣意的判断を防止するための判断基準としては広範に過ぎ、明確性を欠く部分を含むことは否定できない。
また、本件プランにおいては、本件新株予約権の消却等に関する取締役会の決議に際しては、あらかじめ、債務者及び本件新株予約権の消却等につき利害関係のない有識者、弁護士又は公認会計士2名以上3名以内で構成される特別委員会の勧告を受けることとされており、現在、特別委員会の構成員として指名されているのは、弁護士2名及び大学助教授1名であるが、いずれも債務者とは利害関係を有しておらず、独立性を有する立場にあると認められる。もっとも、取締役会は、特別委員会の勧告を最大限尊重するものとされているが、その勧告に従うことによって債務者の企業価値が毀損されることが明らかである場合はこの限りでないとされている。
そうであれば、本件新株予約権は、その判断基準において、行使条件の成就が、特定の敵対的買収者が真摯に合理的な経営を目指すものではなく、敵対的買収者による支配権取得が会社に回復し難い損害をもたらす事情がある場合に限定されるものとなっているとはいえないし、また、条件成就の判断において、特別委員会の勧告に従って取締役会決議が行われる限り、客観的で公正な判断が期待されると一応いうことができるものの、取締役会が特別委員会の勧告に従わない余地を残していることは否定できない。したがって、本件新株予約権が、その仕組みにおいて、取締役会の恣意的判断を防止するものとなっているとまでいうことは困難である。
なお、本件新株予約権の行使については、ある者が特定株式保有者に該当したことを取締役会が認識した後遅滞なく、取締役会の決議に基づき、ジャスダック所定の開示の方法に従い、その旨を開示し、かつ、債務者ホームページ上に掲載した上で、これらを行った日から2週間が経過した日以後の日で取締役会が定める日に、当該ある者が特定株式保有者に該当した旨の公告を行うものとされているところ、このように新株予約権の行使に基づく新株発行の過程において、会社の機関の行為が必要とされているときには、新株発行により不利益を受けるおそれのある株主は、その会社の機関を捉えて新株発行の差止めを求めることが許されると解する余地がある。しかしながら、新株発行時における事後の司法審査が可能であるとしても、それは取締役会による権限濫用に対する事後的な回復措置であるのに対し、新株予約権の条件成就に関する取締役会の恣意的判断防止の仕組みは権限濫用を事前に防止しようとするものであってその機能を異にすること、発行時の差止が認められるとしても、仕組みの不十分性に起因する条件成就に関する取締役会の恣意的判断が行われることによる事実上の混乱は避け難いこと、新株発行時に司法審査を求めるか否かは敵対的買収者の意思に委ねられており、常に確実な担保ということはできないことからすれば、新株発行時における司法審査の可能性は、取締役会の恣意的判断防止の仕組みの不十分性を代替するものということはできない。
(ウ) 株主に対する不測の損害を与えるおそれについて
<1> 本件プランは、割当基準日である平成17年3月31日現在の株主名簿に記載された株主に対し、その所有株式1株につき2個の割合で本件新株予約権を割り当て、本件新株予約権1個につき1円の払い込みをすることにより新株1株を発行するというものであること、本件新株予約権の譲渡には取締役会の承認を要する旨の譲渡制限が付され、取締役会は、譲渡人から取締役会の承認の申請がなされた場合でも、譲渡の承認は行わない旨規定されていることは前記認定のとおりである。
これによれば、将来において、本件新株予約権が消却されることなく全部行使された場合には、新株予約権の割当基準日である平成17年3月31日以降(正確には権利落ち日である同月28日以降)に債務者株式を取得した一般株主は、持株比率が約3分の1まで希釈されるという不利益を受け、その保有する株式の経済的価値は著しく低下する結果となるということができる。
このように、将来新株予約権の行使が可能となった場合に債務者株式に生ずる希釈のリスクが、債務者株式の株価に与える影響について、東京大学大学院経済研究科小林孝雄教授(甲41)は、希釈による商品価値の低下のシナリオとその可能性が発行者側からあらかじめ公表されている投資商品は異例であり、普通株に対する一般投資家のイメージを大きく害するものといわざるを得ないこと、したがって、本件新株予約権の発行は、債務者の普通株式の投資価値、すなわち株式市場の側から見た債務者の企業価値を大きく損ない、投資のリスクをいたずらに上昇させるものであり、その点における株主利益の毀損は重要であると判断している。
この点について、証券アナリスト(甲23)は、本件新株予約権の行使という事態は敵対的な買収者が出現するか否かというあらかじめ合理的に予想できない事象に結びついているので、本件新株予約権のオプション価値は合理的に算定できず、本件新株予約権の存在は債務者株式の株価に大きな影響を与え、市場での評価を混乱させること、株価は本件新株予約権が発行されていない場合よりも予約権オプション価値に相当する分だけ低くなる可能性が高く、債務者の企業価値に見合った価値で株式を売却して利益を得ることが目的であった株主にとっては、その実現ができなくなることを、機関投資家に対する議決権行使のアドバイスを行う専門家(甲44の1、2)は、基準日以降に株式を取得したため、本件新株予約権を取得できない株主にとって本件新株予約権が行使された場合に持株比率が希釈されるリスクは、株価の下げ圧力となるし、本件新株予約権が行使される可能性に関する不確実性により株価に関する混乱を巻き起こし、投資魅力を減ずることを、また、証券会社等の機関投資家(甲59の1、2、甲60)は、希釈化が現実にされても、新株予約権を割り当てられた既存株主はその影響を直接的に受けることはないが、それでも、将来の潜在的希釈化に直面するために、市場が発する警告から生じるであろう株価に対する下げ圧力のために現実の経済的損失を被ること、今後債務者株式を購入しようとする投資家は、新株予約権の行使による希釈化リスクを考慮する必要があるが、その算定は困難であり、債務者株式の適正価格の評価は非常に難しいものとなったこと、したがって、本件新株予約権の発行は債務者株式に投資する可能性がある潜在的な投資家を減少させることになり、既存の投資家は投資家が減少することによる流動性プレミアムを支払う必要があるため、本件新株予約権の発行により既存株主が損失を被ることになる可能性は非常に大きいことを、それぞれ指摘しており、いずれも小林教授の前記見解を裏付ける意見を述べている。さらに、債務者株式を多数保有する債権者以外の投資家(甲58)は、3分の1まで希釈されるリスクを負う株式は、通常の感覚を有する投資家であれば誰も取得を欲しないことを、従前債務者に対する投資を実際に行っていた投資ファンド(甲46の1、2)も、本件新株予約権が発行されるのであれば債務者への投資を控えることを、それぞれ述べている。
これらの見解は要するに、権利落ち日以降に債務者株式を取得した株主は、その持株比率が約3分の1まで希釈されるリスクを負担することになるが、将来において20パーセント以上の債務者株式を取得する買収者が登場するのか否か、また、いつ登場するのか、さらに、その場合に取締役会が企業価値の最大化のために新株予約権の無償消却を行わない旨の決議を行うか否かは、現時点では著しく予測困難な事象であること、したがって、そのリスクを合理的に算定することは困難であり、合理的な投資家であれば、こうした重大なリスクを内包した株式への投資には慎重になると考えられる結果、既存株主にとっては市場において高い評価での売却の機会を失うことになるというのであり、こうした判断は合理的ということができる。
そして、このような債務者株式のリスクを理解した上で権利落ち日以降にこれを取得した株主については、持株比率が約3分の1まで希釈される結果となったとしても、不測の損害ということはできないとも解されるが、本件プランの発表前から債務者株式を保有する既存の株主にとっては、上記のような本件新株予約権の発行による債務者株式の投資対象としての魅力の減少による価値の低下は看過できない不測の損害というべきである。
<2> また、既存株主の保有する債務者株式の経済的価値は、その株式に化体された企業価値に変化がないと仮定すれば、本件新株予約権の発行により、実質的に、株式と本件新株予約権に二分されることになる。そして、本件新株予約権には譲渡制限が付されており、株式の譲渡との随伴性を有しないから、既存株主は、本件新株予約権の行使により新株を取得するまで、その保有株式の経済的価値のうち本件新株予約権に表象された価値部分について資本回収の手段が制限されている結果となっている。もっとも、新株予約権に表象された価値の多寡については、前記のとおり予約権が行使されるかどうかが予測困難な事象と連動していることから算定困難であるものの、この点についても既存の株主に不測の損害を与えていることは否定できない。
<3> 債務者は、債権者を含む平成17年3月31日現在の株主名簿上の株主で、新株予約権の引受けの申込みをした者は、新株予約権を行使して新株の発行を受けることができるから、本件新株予約権の発行は、既存株主の株式の持株比率や経済的価値には直接影響を与えるものではないし、本件プランの発表日及び本件新株予約権の割当基準日後の債務者株式の株価と直近1年間の株価を比較しても、株価は全く下落していないことは明らかであると主張する。
しかしながら、一般的に、証券市場の相場は様々な思惑や推測が錯綜して形成されるものであるから、市場における短期間の株価傾向のみから本件新株予約権発行の影響を判断することは困難というべきであるし、そもそも、債務者株式の売買高は、本件新株予約権の権利落ち日である平成17年3月28日以降をみても、平均して1日に1ないし4単元(1000ないし4000株)程度で、いわゆる「値つかず」で売買高ゼロの日もあるなど、極めて少量であるから、市場における株価の変動のみを根拠として、債務者株式の株式価値が低下していないと評価することはできない。
また、債務者は、本件プランが導入されたことにより、敵対的買収者は20パーセントの株式を取得する前に取締役会に協議を申し入れることが予想されるから、本件新株予約権が一定の行使の条件を具備し、かつ、取締役会が本件新株予約権を一斉に無償で消却しない旨の決議をするという事態は現実に発生することは想定されない旨主張する。
しかしながら、将来において20パーセント以上の債務者株式を取得する買収者が登場するのか否か、また、いつ登場するのかは現時点では予測困難であり、さらに、その場合に新株予約権を消却するか否かは、その買収者に関する取締役会の判断に委ねられているのであるから、将来において株式が希釈される事態が発生することが想定されないとは到底いうことができない。
エ 総括
以上によれば、本件新株予約権は、新株予約権の発行について株主総会の意思を反映させる仕組みとして欠けるところがないとはいえず、また、新株予約権の行使条件の成就に関する取締役会の恣意的判断の防止が担保される仕組みとなっているとまではいえないし、さらに、その発行により債権者を含む買収とは無関係の株主に不測の損害を与えるものではないということはできない。
とりわけ、事前の対抗策としての新株予約権の発行は、その支配権取得が会社に回復し難い損害をもたらす敵対的買収者が出現した際に、新株予約権の行使を可能として当該敵対的買収者の持株比率を低下させることができれば、その目的を達するのであるから、未だこのような敵対的買収者が現れていないにもかかわらず、新株予約権の発行によって直ちに敵対的買収者以外の株主に不測の損害を与えることは、取締役会の決議による事前の対抗策として相当性を欠くというべきである。
したがって、取締役会の決議による事前の対抗策としての本件新株予約権の発行は、著しく不公正な発行として差止めが認められるべきである。
3 保全の必要性について
本件において、本件新株予約権の発行の差止めが認められたとしても、債務者は2(2)イ<1>ないし<3>所定の要件に合致した新株予約権を発行することでその目的を達することができるのであり、差止めが認められた場合に債務者が少なからぬ損害を被ることについての疎明はないのに対し、本件新株予約権の発行によって直ちに債権者が看過し得ない不測の損害を被るおそれがあることは、前記2(2)ウ(ウ)に判示したとおりであるから、本件では保全の必要性も認めることができる。
これに対し、債務者は、敵対的買収防衛策が差し止められると、無防備状態は来年6月の株主総会まで継続することになり、債務者はいつ敵対的買収に見舞われるか分らない状況に陥り、企業価値を毀損するおそれがあるし、本件プランの導入に向けて投下した費用が無に帰すことになると主張する。しかしながら、会社支配権の争奪は、不適任な経営者を排除し、合理的な企業経営を可能とするという側面も有しており、一概に否定されるべきものではないし、仮に好ましくない者が株主となることを阻止する必要があるというのであれば、定款に株式譲渡制限を設けることによってこれを達成することができるのであり、このような制限を設けずに株式を公開した以上、支配権の争奪が起こり得ることは当然甘受すべきものである。そもそも、不適切な敵対的買収を防止するためには、収益性を改善し、株主を重視した経営を行うなど、真摯な経営努力により企業価値を高めることが重要であり、安易に新株予約権を利用した事前の対抗策を講じることは、かえって企業価値を損なうおそれすらあろう。仮に、債務者があらためて事前の対抗策を導入するために新たなコストを要するとすれば、それは、株主利益に十分配慮しないまま本件プランの導入を図ったことによる結果であり、やむを得ないことといわなければならない。
4 結論
以上から、債権者の申立ては、理由があると認められるから、債権者に担保を立てさせないで、これを認容することとし、申立費用につき民事保全法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 鹿子木康 裁判官 田口治美 裁判官 大寄久)
(別紙) 新株予約権目録
(1) 新株予約権の名称
株式会社ニレコ新株予約権
(2) 新株予約権の引受権の付与の対象となる株主
平成17年3月31日最終の債務者の株主名簿又は実質株主名簿に記載又は記録された株主
(3) 割り当てられる新株予約権の個数
株式(債務者の有する普通株式を除く。)1株につき2個
(4) 新株予約権の目的となる株式の種類
債務者の普通株式
(5) 新株予約権の目的となる株式の総数
平成17年3月31日最終の発行済株式数(但し、債務者の有する普通株式の数を除く。)に2を乗じた数を上限とする。なお、下記(23)により対象株式数(下記(6)に定義する。)が調整される場合には、当該調整後の対象株式数に発行する新株予約権の総数を乗じた数に調整される。
(6) 発行される新株予約権の総数
平成17年3月31日最終の発行済株式数(但し、債務者の有する普通株式の数を除く。)に2を乗じた数を上限とする。なお、新株予約権1個当たりの目的となる株式の数(以下「対象株式数」という。)は1株とする。但し、対象株式数は下記(23)により調整される。
(7) 各新株予約権の発行価額 無償
(8) 新株予約権の行使により発行する株式の発行価額の総額
払込価額(下記(9)に定義する)に上記(6)に定める新株予約権の総数を乗じた額
(9) 各新株予約権の行使に際して払込みをなすべき額(以下「払込価額」という。)
1円
(10)各新株予約権の行使に際して払込みをなすべき1株当たりの金額
払込価額を対象株式数で除した額
(11)新株予約権の行使によって発行する新株の発行価額中の資本組入額
新株の発行価額全額
(12)新株予約権の行使期間
ア 平成17年6月16日から平成20年6月16日まで。
イ 上記アにかかわらず、平成20年5月18日から平成20年6月16日までの間に下記(13)に定める手続開始要件が満たされた場合は、平成17年6月16日から手続開始要件が満たされた日の翌日から起算して30日が経過した日まで。
ウ 上記ア及びイにおいて、行使期間の最終日が銀行休業日にあたるときはその前銀行営業日を最終日とする。
(13)新株予約権の行使の条件
ア 新株予約権者は、平成17年4月1日から平成20年6月16日までの間に手続開始要件が満たされた場合でなければ新株予約権を行使することができない。
なお、次の(ア)乃至(サ)に掲げる用語の意義は、別段の定めのない限り、当該(ア)乃至(サ)に定めるところによる。
(ア) 「特定株式保有者」とは、債務者の株券等の保有者、公開買付者又は当該保有者かつ公開買付者である者であって、(i)当該保有者が保有する債務者の議決権付株式の数と当該保有者の共同保有者が保有する債務者の議決権付株式の数の合計、(ii)当該公開買付者が保有し若しくは保有することとなった債務者の議決権付株式の数と当該公開買付者の特別関係者が保有する債務者の議決権付株式の数の合計、又は(iii)当該保有者かつ公開買付者である者が保有し若しくは保有することとなった債務者の議決権付株式の数と当該保有者かつ公開買付者である者の共同保有者及び当該保有者かつ公開買付者である者の特別関係者が保有する債務者の議決権付株式の数の合計のいずれかが、債務者の発行済議決権付株式総数(下記(イ)において議決権付株式とみなされるものを含む。)の20%以上に相当する数となる者をいう。但し、債務者の取締役会は、企業価値の最大化の観点から特に必要があると認める場合には、取締役会の決議をもって、事前に公表した上で、上記20%の割合を適切な範囲内で引き上げることができる。
(イ) 「議決権付株式」とは、商法222条4項に規定する議決権制限株式以外の株式をいう。但し、上記(ア)において、特定株式保有者に該当しうべき者、その共同保有者及び特別関係者の保有に係る潜在株式については、行使の条件・期間又は転換の条件・期間にかかわらず、次に定める方法により適宜換算した数の議決権付株式とみなす。
<1> 新株予約権については、新株予約権の目的である議決権付株式の数とする方法
<2> 新株予約権付社債については、当該新株予約権付社債に付されている新株予約権の目的である議決権付株式の数とする方法
<3> 議決権付株式に転換することを請求しうべき転換予約権付株式たる議決権制限株式については、転換の請求により発行すべき議決権付株式の数とする方法
(ウ) 「潜在株式」とは、議決権付株式を目的とする新株予約権(但し、本新株予約権目録記載の新株予約権を除く。)、議決権付株式を目的とする新株予約権が付された新株予約権付社債及び議決権付株式に転換することを請求しうべき転換予約権付株式たる議決権制限株式をいう。
(エ) 「特別関係者」とは、証券取引法27条の2第7項に規定する特別関係者をいう。
(オ) 「公開買付者」とは、証券取引法27条の3第2項に規定する公開買付者をいう。
(カ) 「株券等」とは、証券取引法27条の23第1項に規定する株券等をいう。
(キ) 「共同保有者」とは、証券取引法27条の23第5項に規定する共同保有者をいい、同条6項に基づき共同保有者とみなされる者を含むものとする。
(ク) 「保有」とは、証券取引法27条の23第4項に規定する保有をいう。
(ケ) 「保有者」とは、証券取引法27条の23第1項に規定する保有者をいい、同条3項に基づき保有者とみなされる者を含むものとする。
(コ) 「保有者かつ公開買付者」とは、保有者が同時に公開買付者である場合の当該保有者をいう。
(サ) 「手続開始要件」とは、ある者が特定株式保有者に該当したことを債務者の取締役会がそのように認識し公表したことをいう。
イ 新株予約権者が複数の新株予約権を保有する場合、新株予約権者はその保有する新株予約権の全部又は一部を行使することができる。但し、一部を行使する場合には、その保有する新株予約権の整数個の単位でのみ行使することができる。
ウ 新株予約権は、新株予約権の割当てを受けた者が、その割当てを受けた新株予約権のみを行使できる(当初の新株予約権者から法令に従い下記(20)に定める取締役会の承認を要することなく承継された場合には、かかる承継により取得した新株予約権についてはこれを行使することができる。)。
(14)新株予約権の消却事由及び消却の条件
ア 債務者は、手続開始要件が成就するまでの間、取締役会が企業価値の最大化のために必要があると認めたときは、取締役会の決議をもって新株予約権の発行日以降において取締役会の定める日に、新株予約権の全部を一斉に無償で消却することができる。
イ 債務者は、手続開始要件が成就するまでの間、濫用的な買収等によって債務者の企業価値が害されることを未然に防止し、債務者に対する買収等の提案がなされた場合に、債務者の企業価値の最大化を達成するための合理的な手段として新たな制度を導入するに際して必要があると取締役会が認めたときは、取締役会の決議をもって新株予約権の発行日以降において取締役会の定める日に、新株予約権の全部を一斉に無償で消却することができる。
(15)新株予約権の申込期間
平成17年4月27日から平成17年5月25日まで。なお、同日までに申込みを行わない場合には、新株予約権の引受権は失権する。
(16)新株予約権の申込取扱場所 三菱信託銀行株式会社証券代行部
(17)新株予約権の発行日 平成17年6月16日
(18)新株予約権の行使請求の受付場所 三菱信託銀行株式会社本店
(19)新株予約権の行使に際して払込みをなすべき払込取扱場所
三菱信託銀行株式会社本店
(20)新株予約権の譲渡制限
新株予約権の譲渡については、債務者の取締役会の承認を要する。但し、債務者の取締役会は、新株予約権の譲渡につき、取締役会の承認の申請がなされた場合でも、かかる譲渡の承認は行わない。
(21)新株予約権証券の発行
新株予約権証券は、新株予約権者の請求があった場合に限り発行する。
(22)新株予約権により発行した株式の第1回目の配当
新株予約権の行使により発行された債務者の普通株式に対する最初の利益配当金又は中間配当金は、行使の請求が4月1日から9月30日までになされたときは4月1日に、10月1日から翌年3月31日までになされたときは10月1日に、それぞれ新株予約権の行使があったものとみなしてこれを支払う。
(23)対象株式数の調整
ア 債務者は、新株予約権発行後、株式の分割又は併合を行う場合は、対象株式数を次に定める算式により調整する。調整後対象株式数の算出にあたっては、小数第4位まで算出し、その小数第4位を四捨五入する。
イ 調整後の対象株式数の適用時期等は、次に定めるところによる。
(ア) 調整後の対象株式数は、株式の分割の場合は株主割当日の翌日以降、株式の併合の場合は商法215条1項に規定する一定の期間満了の日の翌日以降、これを適用する。但し、配当可能利益から資本に組入れられることを条件としてその部分をもって株式の分割により債務者の普通株式を発行する旨取締役会で決議する場合で、当該配当可能利益の資本組入れの決議をする株主総会の終結の日以前の日を株式分割のための株主割当日とする場合は、調整後の対象株式数は、当該配当可能利益の資本組入れの決議をした株主総会の終結の日の翌日以降、これを適用する。
(イ) 上記(ア)但書の場合で、株式の分割のための株主割当日の翌日から当該配当可能利益の資本組入れの決議をした株主総会の終結の日までに新株予約権の行使をなした者に対しては、次に定める算式により当該株主総会の終結の日の翌日以降債務者の普通株式を発行する。この場合に、1株未満の端株を生じたときは、これを切り捨て、現金による調整は行わない。
株式数=(分割の比率-1)×(当該期間内に新株予約権を行使した結果、調整前対象株式数に基づき発行された株式数)
(別紙) 債権者の主張
第1法令違反
1 商法が定める機関権限の分配秩序の違反
商法は、株式会社における機関権限の分配秩序として、会社の支配は会社の実質的所有者たる株主の意思によって決すべきであるとの大原則を採用しているところ、下記第2項1記載のとおり、本件新株予約権発行は、商法の定める機関権限の分配秩序に反するものとして法令違反に該当する。
2 株主平等原則違反
本件新株予約権発行は、その目的及び効果からすれば、実質的な株式分割というべきである。しかるに、株式分割であれば、分割時点における株主の所有株式数に応じて平等に株式数が増加すべきところ、本件新株予約権においては、実質的な株式分割時である本件新株予約権行使に基づく新株発行時において、平成17年3月31日時点の株主は、同日時点の所有株式の2倍にも及ぶ数の新株を取得できるが、他方、同年4月1日以降に株式を取得した株主は、新株を一切取得することができず、その所有株式割合が約3分の1にまで希釈化されるという差別的な取扱を受けることとなる。このような差別的取扱は、敵対的買収に対する防衛策の導入に必然的に伴うものではなく、いわゆる信託方式又は事前警告方式等を採用することによっても回避することが可能である。したがって、本件新株予約権発行は、平成17年3月31日時点の株主と同年4月1日以降に株式を取得した株主とを合理的な理由もなく差別的に取り扱うものとして、株主平等原則に違反する。
3 取締役の善管注意義務違反
取締役の善管注意義務及び忠実義務違反、少なくとも明白かつ著しい善管注意義務違反及び忠実義務違反は商法280条の10所定の「法令」違反に該当する。上場会社の取締役としては、有価証券市場からの資金調達に支障をきたさないように注意する義務、具体的には、<1>自社の株式の経済的価値を不当に下落させ、もしくは、その流通性を著しく低下させることのないよう十分に注意すべき義務及び<2>上場廃止につながるおそれのある行為は厳にこれを回避する義務を負担しているところ、債務者取締役は、十分な情報収集・調査を尽くすことなく、債務者株式の経済的価値の下落及びその流通の著しい低下を惹起し、かつ、債務者株式の上場廃止のおそれを生じさせるような本件新株予約権の発行を決議した。したがって、本件新株予約権の発行は、債務者取締役の明白かつ著しい善管注意義務及び忠実義務違反を構成するものであり、法令違反に該当する。
4 商法204条1項等違反
本件新株予約権は、下記第3項記載のとおり、<1>株式の流通性を著しく損なうという点において、また、<2>従前の株式の経済的価値の一部を体現している本件新株予約権の譲渡が禁止されている点において、二重の意味で株式の自由譲渡性に反するものである。このように株式の自由譲渡性に反し、株主による投下資本回収の機会を奪うことになる本件新株予約権を取締役会限りで発行することは、商法204条1項に違反する。
また、本件新株予約権発行により、20%以上の債務者の議決権付発行済株式を取得するためには、債務者の取締役会の承認を事実上得なければならず、かかる状況は債務者株式を取得できる者を制限しているに等しい。このように債務者株式の取得制限を設けるような本件新株予約権を取締役会限りで発行することは、商法204条1項但書及び同法204条の2以下の規定に違反する。
5 証券取引法106条の32違反
上場会社は有価証券の売買等を公正かつ円滑ならしめ、かつ、投資者の保護に資するように取引有価証券市場を運営する義務を負っているところ(証券取引法106条の32)、本件新株予約権の発行は、投資者に不測の損害を生じさせ、市場の混乱を招くものであり、投資者の保護にとって適当ではない。したがって、本件新株予約権発行は、証券取引法106条の32に違反する。
第2本件新株予約権発行が「著シク不公正ナル方法」によるものであること
1 商法が定める機関権限の分配秩序の違反
本件新株予約権は、以下に述べるとおり、被選任者たる取締役が恣意的に選任者たる株主構成を変更することを認めてしまっている。かかる点において、本件新株予約権発行は、商法の定める機関権限の分配秩序に反するものである。
(1)本件新株予約権行使の効果
本件新株予約権が行使された場合、たとえば、平成17年3月31日現在において株主ではなかった者が債務者の発行済議決権付株式総数の20%の株式を保有するに至った場合には、本件新株予約権の行使により、その保有割合は約7.2%にまで瞬時にして希釈化される。したがって、本件新株予約権は、将来において債務者の支配権に争いが生じた場合に、その争いに終止符を打つに等しい絶大な効果をもつものである。
(2)あるべき制度設計
支配権の争いが顕在化する前に発行される場合でも、上記(1)のような絶大な効果を有する本件新株予約権の行使は、あくまでも会社支配権に争いがある場合の買収防衛策と同じ基準でのみ許容されるべきである。そして、敵対的買収者が現れたときは、自己保身のために取締役の権限が濫用される定型的危険が一挙に顕在化・先鋭化することから、そのような濫用を防ぐための制度的歯止めが必要不可欠である。したがって、機関権限の分配秩序の観点からすれば、「ある買収者が真摯に合理的な経営を目指すものでないこと、又は、買収者による支配権取得が会社に回復しがたい損害をもたらすことが明らかである場合」(ニッポン放送事件保全異議申立事件決定書6頁参照)以外の場合には、本件新株予約権の権利行使ができない(たとえば消却する等)という制度設計が必要である。
(3)本件新株予約権の制度の欠陥
本件新株予約権の発行要項は、新株予約権の消却事由について、「取締役会が企業価値の最大化のために必要があると認めたときは、‥‥消却することができる。」と定めるにすぎず、「ある買収者が真摯に合理的な経営を目指すものでないこと、又は、買収者による支配権取得が会社に回復しがたい損害をもたらすことが明らかである場合」以外の場合には本件新株予約権が消却されるとの仕組みにはなっていない。
なお、債務者は、本件の第1回審尋期日から1週間経過後に急遽「新株予約権の消却等に関するガイドライン」を改定し、同ガイドラインに基づく措置について縷々主張を行っている。しかし、同ガイドラインは発行要項上の根拠すら有しない単なる一社内規則にすぎず、債務者と新株予約権者との間の権利義務関係の内容をなさないから、本件新株予約権発行が機関権限の分配秩序に違反するか否かの判断に際し、同ガイドラインの規定を考慮することは妥当ではない。
また、仮に同ガイドラインの規定を考慮したとしても、本件新株予約権が上記(2)のような制度設計になっていないことは明らかである。すなわち、<1>機関権限の分配秩序からすれば、「有事」においては本件新株予約権が消却されるのが原則であり、買収防衛策を発動できるのはごく例外的な場合に限定されなければならない。しかるに、同ガイドライン3条4項は、取締役会が一定の場合には本件新株予約権を消却しない旨の決議を行うことが「できる」と規定するにすぎず、極めて例外的な場合を除いては消却しなければならないという規定にはなっていない。その意味で、同規定の消却事由は、上記の原則と例外を逆転するものである。また、<2>同規定の「原則として」との文言からすれば、同規定は、同規定所定の事由に該当しない場合であっても、新株予約権を消却しない旨の決議を取締役会が行うことを許容している。さらに、<3>本件新株予約権の消却をしない旨の決議を取締役会が行うことができる場合として、「当社株主、取引先、顧客、地域社会、従業員その他の当社の利害関係者を含む当社グループの企業価値が毀損される虞があることが明らかな場合など、当社取締役会が第1条(2)所定の取締役会決議を行うことを正当化する特段の事情がある場合」(5号)という極めて広範かつ抽象的な要件が挙げられていること等からしても、同ガイドラインは、「ある買収者が真摯に合理的な経営を目指すものでないこと、又は、買収者による支配権取得が会社に回復しがたい損害をもたらすことが明らかである場合」以外の場合には本件新株予約権が消却されることを何ら制度的に担保するものでないことは明らかである。
そして、本件新株予約権の消却事由自体が「有事」における適正な本件新株予約権の消却を担保する設計になっていない以上、債務者が主張する特別委員会の勧告制度も、やはり、「有事」における適正な消却を担保するものとはなりえない。しかも、<1>本件新株予約権を消却する旨の勧告に取締役会が従わない余地が十分に残されていること、<2>取締役による情報操作を排しうる十分な調査権限は特別委員会には存在しないこと、<3>特別委員会の委員は株主代表訴訟等を通じた株主による統制に服さないこと、<4>社内規則上の組織にすぎない以上、組織内容等が取締役の意図どおりに変更される可能性は否定できないこと等を考慮すれば、特別委員会の勧告制度は、上記のような制度的担保としては不十分である。
したがって、本件新株予約権の制度設計上、「ある買収者が真摯に合理的な経営を目指すものでないこと、又は、買収者による支配権取得が会社に回復しがたい損害をもたらすことが明らかである場合」以外の場合には本件新株予約権の権利行使ができないとの制度的担保は存在しない。
(4)本件新株予約権の行使に対する司法的救済手段の不存在
また、現行法上、本件新株予約権の行使に基づく新株発行の段階では有効な司法的救済手段は存在せず、被選任者たる取締役が恣意的に選任者たる株主を選ぶという事態を防止できない。すなわち、<1>新株発行の差止め(商法280条の10)については、新株予約権の行使は新株予約権者の行為であって会社の行為ではなく、新株予約権が行使されれば会社としては新株を発行する義務を負うことから、かかる義務に基づく当該新株の発行の差止めを求めることは不可能である。また、<2>取締役の違法行為差止請求(商法272条)は、当該違反行為によって「会社ニ回復スベカラザル損害ヲ生ズル虞」が要件とされているところ、現実の訴訟の場面において、当該要件を立証することは極めて困難であるので、取締役の違法行為差止請求による司法的救済はおよそ実効性がない。さらに、<3>新株予約権発行無効の訴えについては、有効であったはずの新株予約権発行が事後的に無効となることの理論的説明が不可能であり、かつ、かかる訴訟類型についての明文の規定もないことから、新株予約権発行無効の訴えを提起することは不可能である。仮に訴えの提起自体が可能であっても、判決の対世効が認められないことから、新株発行を阻止するという目的は達し得ない。
以上のとおり、現行法上、本件新株予約権の行使に基づく新株発行の段階では有効な司法的救済手段は存在しない。
(5)株主の意思が何ら反映されていないこと
本件新株予約権発行は、株主割当という体裁を採用することにより取締役会限りで決定されている。しかしながら、取締役の権限は会社所有者たる株主の意思に基づくという機関権限の分配秩序の観点からすれば、取締役の恣意的判断による株主構成の決定を可能とする本件新株予約権の発行について、株主総会の承認決議を取得しないばかりか、株主の意思を一切反映することなく決定されたことは、手続的適正の観点からも許されない。
(6)小括
以上の点からすれば、本件新株予約権発行は、被選任者たる取締役に、選任者たる株主構成を変更することを主要な目的とする新株等の発行権限を認めるものであり、商法が定める機関権限の分配秩序に明らかに反する。
2 株主の利益を不当に害すること
本件新株予約権が行使された場合、同年4月1日以降に株式を取得した一般株主までもが、株式割合の希釈化を余儀なくされる。また、本件新株予約権が発行された場合、下記第3項記載のとおり、債務者の株式の流通性は著しく損なわれ、株式の経済的価値は著しく下落することになる。さらに、新株予約権の割当を受ける平成17年3月31日現在の株主についても、下記第3項において後述するとおり、本件新株予約権の発行に伴い、経済的損害を被ることは免れず、また、株式譲渡による投下資本回収の機会は著しく損なわれることになる。そして、このような株主の不利益は、敵対的買収に対する防衛策の導入に必然的に伴うものではなく、いわゆる信託方式や事前警告方式等の防衛策を採用することによっても回避することが可能である。
以上のとおり、本件新株予約権は、容易に回避することが可能な著しい不利益を不当に株主に与えるものであり、この点からも、本件新株予約権発行が「著シク不公正ナル方法」によるものといえる。
3 手続的適正を欠いていること
本件新株予約権は、上記2のとおり著しい不利益を株主に与えるものであり、このような新株予約権発行を何ら株主の意思を反映することなく行うことの問題性は、たとえば、株式譲渡の制限を定める定款変更については、厳格な要件による株主総会の承認決議が必要であり(商法348条1項)、かつ、反対株主の株式買取請求権による投下資本回収の機会が保障されている(同法349条)こととの比較からしても明らかである。しかも、信託方式を採用した場合には、上記のような株主に対する不利益を回避しうるばかりか、株主総会の特別決議という株主意思を反映するための厳格な手続が要求されるのである。
かかる点において、本件新株予約権発行が株主に与える不利益という観点からしても、株主総会の承認決議を取得しないばかりか、株主の意思を一切反映することなく決定された本件新株予約権発行が手続的適正を欠くことは明らかである。
4 一般株主間に深刻な利害対立をもたらすこと
本件新株予約権は、平成17年3月31日現在の株主に対して割り当てられ、かつ、同日現在の株主のみがその保有株式数に応じて新株予約権を行使することができることから、ひとたび本件新株予約権が発行されると、それが現実に行使されるか否かについて、平成17年3月31日現在の株主とそれ以降の株主との間に、極めて深刻な利害対立が生じることとなる。仮に適法な買収防衛策を認めるとしても、本件新株予約権のように、支配権争いと全く関係のない一般株主間に深刻な利害対立を生じさせるものであってはならないというべきである。
したがって、このような点からも、本件新株予約権発行が「著シク不公正ナル方法」によるものというべきである。
第3本件新株予約権発行により債権者が不利益を受けるおそれがあること
1 保有株式の経済的価値の毀損
本件新株予約権の発行により、債務者株式はその価値が従前の3分の1になるかも知れないという重大な希釈化リスクを負うこととなる。本件新株予約権が行使される可能性は算定困難であるが、その可能性がゼロでない限り、かかる希釈化リスクは存在する。かかる算定困難かつ重大なリスクがあるため、合理的な投資家は債務者株式に対する投資を躊躇することになり、債務者株式の経済的価値は著しく下落し、その流通性は著しく低下する。
本件新株予約権の発行により、本件新株予約権発行前の債務者株式が有していた経済的価値は、本件新株予約権と債務者株式に二分され、上記のような希釈化リスクに対応すべき価値は、本件新株予約権が有すべきこととなる。しかし、本件新株予約権は譲渡が禁止されているので、譲渡性の喪失による価値の減少が生じ、本件新株予約権は、債務者株式が失った希釈化リスクに対応すべき価値よりも少ない価値しか有しないこととなる。
したがって、本件新株予約権発行後の本件新株予約権の価値と債務者株式の価値の合計は、本件新株予約権発行前の債務者株式が有していた経済的価値よりも論理必然的に小さなものとなる。
なお、市場における株価は、種々の外的要因等によっても影響されるので、本件新株予約権発行前と比較して、債務者の株価が低下していなかったとしても、そのことは、上記の現実かつ論理必然的な不利益が生じていないことを示すものではない。なお、現実には株価も低下していると見るべきである。
2 買収プレミアムの喪失
本件新株予約権の発行により、これがなければ、債務者を買収の対象とする可能性があった投資家が、本件新株予約権の発行後は、債務者を買収の対象候補とする可能性が著しく低くなる。特に、本件新株予約権が行使されるか否かについて、債務者の取締役の恣意・裁量に委ねられていること、株主の意思確認の機会がないこと、及び、その行使の可否について司法による判断がなされる機会がないこと等により、たとえ、企業価値を向上させる買収者による買収がなされようとする場合であっても、本件新株予約権が行使される可能性が大きいため、かかる可能性の減少は増幅される。
したがって、本件新株予約権発行以前と比較して、債務者株主が買収プレミアムを得られる可能性は著しく狭められている。
3 債務者におけるコーポレート・ガバナンスの低下
本件新株予約権の発行によって、敵対的買収者が現れる可能性が低下することにより、かかる可能性があることによって規律されるべきである債務者におけるコーポレート・ガバナンス上の規律が緩められる。このこと自体、債務者の企業価値を毀損するものであり、ひいては、債務者株式を有する株主が不利益を被ることとなる。
4 投資ファンドとして被る不利益
債権者は、相応な割合の株式を所有することにより、経営陣との協力関係を通じて投資先の株式が有する潜在的価値を顕在化させることによって、投資先の株価の上昇という利益を得る、という長期的投資方針を有している。また、債権者は、かかる基本方針に賛同した多数の投資家から投資を受けており、かかる投資家に対して、適切な時期に、向上した企業価値を現実化して、配当・返還する義務を負っている。しかし、上記に述べた、本件新株予約権の発行による著しい流通性の低下により、かかる投資方針に基づいた価値上昇を現実化することは不可能となっている。
5 上場廃止のおそれ
本件新株予約権の発行により債務者株式の上場が廃止されるおそれが生じている。上場が廃止された場合には、債務者株式の流通性は全く失われ、これによる不利益は甚大なものである。
6 まとめ
上記に述べた不利益はいずれも本件新株予約権の発行によって債権者が被る現実かつ論理的必然な不利益である。まして、債権者が不利益を受けるおそれがあることは明らかである。
第4保全の必要性
上記第3項で述べたとおり、本件新株予約権の発行により、債権者は著しい損害を被ることになる。他方、本件新株予約権の発行差止が認められることによる債務者の不利益は皆無である。また、新株予約権発行無効の訴えは、<1>明文上の規定がないことから却下される可能性が高いこと、<2>判決に対世効が認められず救済方法としての実効性を欠くこと等から、本件における実効的な救済手段たりえず、本件新株予約権発行による不利益を回避しうる方法は、新株予約権の発行差止請求以外に存在しない。なお、債務者は、新株予約権の行使段階における司法救済手段をもって保全の必要性を否定する根拠として主張しているが、仮にこのような司法的救済手段が認められたとしても、新株予約権の発行によって生じる債権者の損害の救済には何らつながらない以上、債務者の上記主張は失当である。加えて、本件新株予約権のような新株予約権が発行された場合、我が国の有価証券市場に著しい混乱を来たすことは必至であり、このような事態を許した我が国の有価証券市場に対する国内外の投資家の信頼は大きく損なわれる。また、本件新株予約権のごとき制度的欠陥の存在するポイズン・ピルを採用する会社が多数出現することも予想される。
したがって、本申立につき保全の必要性が存することは明らかというべきである。
(別紙) 債務者の主張
第1債務者が本プランにより新株予約権を発行する目的
債務者においては、現在安定株主といえる株主がいない状況にある。一方、我が国では現在企業買収が盛んに行われようとしており、債務者は買収され易さの一つの目安とされるPBRが1をはるかに下回り、キャッシュリッチな会社で買収され易い企業として雑誌にも掲載されるなど、いつでも敵対的買収の対象とされうる状況にあった。債務者は検査機器等の研究開発・製造販売を業とする会社であり、不況期も安定的に研究開発が出来るように資金をプールしておくことは重要なことであり、そうした資金を狙った悪しき企業買収者に対して、可能な防衛策を早急にしかも企業規模に見合ったコストで導入していくことを必要としていた。本プランにより新株予約権を発行する主要かつ唯一の目的は、買収防衛策を保有することで悪しき買収者から、株主に代表される会社の利益を守り、良い買収者からはより高い条件を引き出すことで企業価値を上げることにあり、取締役の保身目的によるものではない。
第2本プランに株主平等原則違反はないこと
本件新株予約権は、一定の割当期日の全株主に対して、その持株数に応じて平等に付与されたものであり、同一の内容を有する各株式について全く同一の取扱いがなされている以上、本件新株予約権の発行が株主平等原則に違反しない。
本件割当基準日後に債務者株式を取得した株主は本件新株予約権の割当を受けることが出来ず、その点で基準日の前後で株主間で異なる取扱いがされているが、商法は、新株・新株予約権の株主割当はもとより、配当、議決権行使、株式分割を問わず、時点を異にする株主に対し異なる取扱いをすることを予定している以上、本件割当期日前後の株主の取扱いの差異は何ら株主平等原則に違反しない。基準日後に債務者株式を取得する株主に対しては証券取引法上の保護を与える必要はあるが、債務者は本プランをきちんと適時開示しており、基準日後の新しい株主は新株予約権発行を知って債務者株式を取得するのであるから、仮に何らかの不平等を蒙っても、それは投資家として負うべきものである。
第3本プランがその他法令に違反しないこと
1 善管注意義務・忠実義務違反がないこと
「法令」(商法280条の39、280条の10)とは、具体的な法令の規定に違反することをいい、取締役の一般的な注意義務・忠実義務を定める抽象的な規定(商法254条3項、民法644条、商法254条ノ3)を含まない(乙2・乙3)。しかも、債務者取締役は、商法学者・弁護士・フィナンシャルアドバイザー等のアドバイスを受け、本プランを決定した時点で可能な限りの情報収集・調査を尽くしていたから、善管注意義務・忠実義務違反は存しない。
2 商法204条1項にも適合していること
新株予約権と株式について譲渡制限の方法に区別を設けることは商法上当然に許容されている。すなわち、譲渡制限を定める方法につき、新株予約権の譲渡制限は取締役会限りで付すことが可能であるが(商法280条の20第2項8号)、株式の譲渡制限については特殊決議が必要である等(商法348条)、商法上顕著な差異が設けられている。したがって、新株予約権についてだけ譲渡制限を設けることは商法204条1項に適合する行為である。
3 証券取引法106条の32に適合していること
証券取引法106条の32は、「第5章 証券取引所」の中の規定であり、その名宛人は証券取引所であるから、債務者が同条に違反することはありえない。
第4不公正な方法による発行ではないこと
1 債権者は本件新株予約権の発行によって株式から新株予約権に価値の移動があり、新株予約権譲渡が禁止される結果、その移動した価値分の投下資本の回収ができなくなると主張する。しかし、かかる投下資本の回収を商法は何ら保証していない。その理由としては、一般に「譲渡制限のある新株予約権は、その発行趣旨からして、権利者に投下資本回収の必要性は乏しいはずであるし、権判者は、権利行使後に株式を譲渡することはできるからである。」と説明されている。ここでは、資金調達という目的がなくても、安定株主工作の手段というような目的であっても、株主の財産上の利益が害されることが許容される。既存株主の財産的な価値のたとえば3分の2が譲渡禁止となり投下資本として回収できない事態が生じても、そのような新株予約権の発行は、取締役会限りで行うことができ、株主総会の特別決議のような手続きは不要である。商法は新株予約権の発行に株主総会の決議を要する旨を定款に定めることを許容しているが、債務者においては、商法が新株予約権制度を挿入して以来、毎年商法改正に伴う定款変更は行われており(乙20・6頁)、新株予約権の発行を株主総会で決定することを内容としていない定款が、そのたびに特別決議で承認されている。
合理的な理由による株式価値の毀損も許容する商法の基本的な考えに照らすと、株主利益に代表される会社の企業価値の維持を主要かつ唯一の目的として、債務者経営陣が高度の経営判断に基づき選択した本プランの導入によって、仮に一時的に株主の財産上の利益が害されることがあっても、それが「過度」にわたらない限り、新株予約権の発行が不公正と判断される余地はない。
2 しかも、かかる取締役会の判断による本プランの導入により、債務者の既存株主に「過度の」損害が生じるような特段の事情は、本件には全く認められない。
そもそも本プランでは、既存株主に新株予約権が与えられる。債務者株式の保有を継続する多くの株主は、将来新株予約権が行使可能となれば株式を取得できるから、新株予約権の発行によって何等の損害も生じない。債務者株式の保有を継続しない株主も将来新株予約権が行使可能となれば株式を取得できるから、やはり何等の損害も生じない。あえて損害が生じうるとすれば、新株予約権の発行によって株式価値が下落して、その下落した段階で既存株主が株式を販売して実現した損のみである。
ところが、本件ではかかる損害は生じていない。すなわち、上場している株式の価値(価額)は、債務者の発表したプランの内容などを市場参加者が判断して形成される市場価格で決まる。そして、債務者株式については、基本的に、プラン導入前と後で株価に違いは生じていない。プラン発表前と同様の売買高水準で、しかも既にプラン発表後2ヶ月を経て形成されている株価は、まさに適正な市場価格であり、それが下がっていないということは、株式から新株予約権への利益の移転は生じておらず、債権者が主張するような既存株主の損害は全くないということである。
3 本プランによって付与された新株予約権の価格も、本件新株予約権が、あくまでも不適当な買収に対する防衛策として発行されるにすぎず、既存株主の権利として付与されるものではなく、実際に権利行使が可能になる場合は、ほとんど想定していないし、いつでも取締役会が無償で消却できるなどの本質から、その経済的価値は、ほぼゼロと評価されている(甲60)から、この点でも、本件新株予約権に経済的価値が認められず、株式から新株予約権への価値の移動は生じていない。実際に株主の財産上の利益が害されることはなく、むしろ、本プランの導入が不適当な敵対的買収からの防衛の手段を債務者に与えることによって、理論上債務者の企業価値は、上がっているとも評価できるものである。
債権者は、本件新株予約権の発行が1株を3株とする株式分割に相当するかのように言うが、上記のように、あくまでも買収防衛策として発行するだけで、実際に行使する場合はほとんど想定されておらず、株式から新株予約権への価値移転も生じていない。かかる新株予約権への価値移転が現実に存在することを示す事実や証拠もない。他社の1株を3株とする株式分割例で株価が3分の1以下になっていることと比べても、本件新株予約権の発行が何ら株式分割でないことは明らかである。
以上のとおり、本件新株予約権には経済的価値がなく、株式からの価値移動も生じていないから、既存株主は、本件新株予約権発行前の本来の株価で、自由に株式を譲渡して投下資本が回収でき、本件新株予約権の発行という取締役会の行為によって、既存株主には何ら特別の損害が生じない。本プランは、「発行時に株主に過度に財産的損害を生じさせないこと」という相当性の要件をも満たすものである。
4 本プランは商法の定める機関権限の分配秩序に違反しないこと
本プランは、経営支配権に現に争いが生じていない平時において導入されるプランである点で、従来の有事で問題になった事件とは決定的に事案を異にし、商法の定める機関権限の分配秩序に違反するものではない。
本プランは、以下の制度により新株予約権の消却につき、取締役会が企業価値の最大化のために適切な判断を行うことを担保し、かつ、取締役が新株予約権を会社の支配権の維持や保身を図る目的のための手段として用いることがないように、これを手続的に保障している。
(1) 買収者は、手続開始要件が成就しない範囲で債務者の株式を取得した上で、委任状を集めて債務者の株主総会において取締役の解任議案等を提案し、債務者の株主に対してその議決権の代理行使を勧誘することによって債務者の株主総会決議を通じて債務者の取締役を交替させることが可能である。また、仮に新株予約権の行使により新株が発行されても、買収者は自由に株式を買い増したり、買収者の提案に対する賛同を求めて委任状合戦を行うことが可能である。
(2) 本件発行決議の後、割当基準日までの間に債務者の株式を大量に取得した者に対しても平等に本件新株予約権を付与し、その行使には何らの制限も付されていない。本プランは、3年間で全体のスキームが一旦終了する旨のサンセット条項が付されており、本プランの濫用の防止が図られているとともに、より良い企業買収防衛スキームが登場した場合はそのようなスキームへの変更がなされることが予定されている。
(3) 取締役の恣意的判断を排除する制度的担保が確保されていること
本プランにおいては、純粋の第三者からなる特別委員会が、買収者と債務者経営陣のそれぞれの主張を審査し、取締役会に対して勧告することとなっている。企業価値の毀損が明らかな場合以外は、取締役会はその勧告を尊重しなければならず、万一取締役会が従わない場合、取締役会は勧告内容とその勧告に従わない理由を公開しなければならないこととされている(乙46の1、46の2)。取締役会及び特別委員会は新株予約権を消却するか否かを決議する際に、消却ガイドラインの規定に従って判断しなければならず、消却ガイドラインにおいて消却しないとの決議を為しうるのは、買収者がいわゆるグリーンメイラーであったり、焦土化経営を行うことを目的にするなど、買収者による買収が企業価値を毀損するような場合に限られている。
したがって、本プランは商法の定める権限分配秩序に何ら違反していない。
5 信託スキームの方が本スキームよりも優れたものとは言えないこと
信託スキームは、買収者にだけ新株を与えないとする差別的行使条件を内容とするため、株主平等原則上、本プランより法的な問題点が少ないとは言い難いし、課税問題も一部が解決しただけで、受益者たる株主に受益権が分配された時点で、受益者たる株主に生ずる受贈益課税の問題は未解決である。そして、信託スキームは、導入にあたり多大な労力とコストを要するという問題点を有している。
6 本プランが一般株主間に深刻な利害対立をもたらすとは言えないこと
本プランが現実に発動される可能性は極めて低いが、仮に発動された場合は、確かに割当基準日以降に新たに債務者の株主となった者が保有する株式の価値が理論的には3分の1に希釈化されることとなる。
しかしながら、商法は、営業譲渡、株式の譲渡制限の導入、合併など、株主の利益に多大な影響の生じる行為でも、総株主の議決権の過半数又は定款に定める議決権の数を有する株主が出席しその議決権の3分の2以上に当たる多数で決議することで、少数の株主の意思に反する実行も想定されている。
また債務者株式の過去の取引例に照らすと本プランの有効期間である3年間に、新たに登場する株主は、約8~13%と見込まれ(乙50)、しかもそれらの株主は本プランの内容を知悉して、本プランの内容を織り込んだ株価で株式を取得しているのであるから、万一本プランが発動されて株式が希釈化するという財産的損害が生じたとしても、それは投資家としての自己責任による投資判断の結果である。
第5債権者に「不利益ヲ受クル虞」がないこと
債権者は、その割当新株予約権の全部について既に申込を行っている。したがって、万一本プランが現実に発動され、新株が発行される事態が生じても、会社に対抗できる株式については、全く希釈化による損害を受けることはない。
また、本プランの公表あるいは、本プランによる新株予約権取得の基準日の前後で債務者の株式の株価は有意に変動しておらず(乙1の2、45の1、45の3)、株式が3分の1に希釈化するという懸念から株価が下落したという事実は全く見られない。
売買株数の推移についても、本プランの前後で差はなく(乙1の1・3)、債務者株式の売却が困難になり、市場における流通性が阻害されたとによって投下資本の回収機会を喪失したという事実もない。したがって投資ファンドとして、債権者にことさら不利益が生じたということもない。
また、買収プレミアムは、将来合理的な買収者による具体的な買収提案があった場合に、かつ、取締役が不合理な判断をした場合に初めて生じるものであって、現段階で生じているものでもない。あくまでも買収者が現れ、しかも債務者経営陣が不合理な選択をするという通常は想定し難い状態を仮定した上で初めて現実化するにすぎない不利益を債権者は主張しているにすぎないのであって、現実に株主として権利を阻害されているわけでも、経済的な不利益を被っているものでもなく、また、そのおそれもほとんどないと言って良い。
したがって、債権者に本件新株予約権の発行の差止めを認めるべき「不利益ヲ受クル虞」がないことは明白である。
第6保全の必要性の不存在
1 過去の「有事」案件では、仮処分命令が発令されないと、持株比率の低下により、近くに迫った株主総会での議決権割合の低下という回復しがたい損害が生じると認められ、被保全権利が認められれば、保全の必要性が問題になることはなかった。これに対し、本件では、仮処分命令が発令されなくても、債権者には回復不能な損害は全く生じないから、保全の必要性が欠如しているという、従来の新株(予約権)に関する仮処分申立案件とは全く異なる事情がある。
2 本件仮処分は仮の地位を定める仮処分であり、「争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とする」(民事保全法23条2項)という、保全の必要性の要件が満たされなければならない。ここで、申立人の被る不利益という意味での「損害」とは、現実的・直接的なものでなければならないが、債権者は、新株予約権の申込みも既に終えており、本件新株予約権の発行によって債権者に希釈化による直接の損害が出ることはない。また、実際に本件新株予約権の発行が見込まれないことから株式価値は何ら下落しておらず、本件プランの導入によって、債権者には損害は未だ発生しておらず、損害が発生する危険も現時点では具体性を帯びたものではない。このような程度のものは、「現実的・直接的」な損害であると言えないし、「急迫の危険」があるとも言えない。また、債権者が主張する損害は、将来の希釈化を織り込んだ市場価格の形成によって保有株式の財産的価値が下落するという純然たる財産的な損害であり、しかも、この損害は、後に新株予約権が行使可能となった時にその予約権を行使すれば回復される。また、仮にそれでは回復されない損害が債権者に生じたとしてもその損害は微少である上、会社ないし取締役に対する損害賠償請求によって容易に填補できるものである。
3 本件において「平時」にあえて新株予約権の発行を差し止めなくとも、「有事」に株式の発行を差し止めることができる。債権者は、新株予約権を与えられた株主による予約権の行使は「形成権」の行使であり、これによって予約権者は当然に新株主となるから、新株発行の差止めということを観念する余地がないと主張する。しかし、仮に新株予約権が形成権であるとしても、商法280条の19の文言が「会社ガ・・・義務ヲ負フ・・・」と規定しているところからするならば、新株予約権の行使にそのような「物権的」な効果を認めることは疑問であり、会社に新株の発行を求める請求権を発生させる効果をもつに過ぎないと解される。
そして、客観的にみて、いまだ行使条件が満たされていないにもかかわらず新株が発行されようとしている場合には、株主は少なくとも「著シク不公正ナル方法」によって新株が発行されようとしているとしてその差止めを求めることができる(商法280条の10)。
本プランは、敵対的買収者が現実に現れた場合、これを適時開示した後に、少なくとも2週間が経過しなければ公告を行えず、その後、初めて新株発行が行われるという一連の手続を予定していることから、公告、あるいはその後に行われるべき債務者ないし債務者取締役の行為などを差し止めるべき行為として新株発行差止めの仮処分を申し立てることが可能である。
また、買収提案が「企業価値の最大化」に資するのに、取締役が本件新株予約権の消却をしないまま特定株式保有者の公表を行った場合には、債権者は取締役の違法行為の差止め(商法272条)を請求することも可能である。
その他にも取締役に対する損害賠償請求も可能であると考えられる。
4 民事保全法23条の2が定める保全の必要性が認められるには、あくまで「債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とする」という債権者側の要件が具備していることが必要であり、その場合に、なお保全の必要性を否定する理由として、債務者側の事情が考慮される。したがって、債権者側に保全の必要性が認められない本件では、債務者側の事情は本来関係がない。念のため、万一本件仮処分が認められた場合の債務者の損害について言うと、本プランの導入は債務者取締役会が株主を代表する会社利益のために、自らの保身を目的とせずに合理的な判断に基づいて実施したものである。信託型ほどのコストはかかっていないが、既に支出したコストがあることも間違いがなく、本プランの導入が差し止められると、こうした投下した費用が無に帰すことになる。債務者は地道に技術の研究・開発を行うことを業務内容とし、地道に研究・開発を継続することによって、初めて中・長期的に利益が出る。このような業態の会社においては、本プランのような敵対的買収防衛策を導入することこそが、企業価値の増加に寄与するのであり、それが差し止められると、債務者は、PBRの低さ、時価総額の少なさなどの理由でいつ敵対的買収に見舞われるか分からない状況に陥り、債務者の企業価値を毀損するおそれが高まり、すでにこの段階では、別のプランを構築して本年6月開催予定の株主総会に付議することも事実上不可能となっているため、無防備状態は、来年6月の株主総会まで継続することになる。また、本プランのようなコストも低く、社会情勢に応じてスピーディに導入出来る防衛プランは、我が国のとりわけ中小企業には必要なものであり、それが否定される不利益は、極めて重大である。
しかしながら、債権者の主張はそのまま信託型でも当てはまり、かかる債権者の主張を前提とすれば、そもそも希釈化型の防衛策はおよそ導入し得ないこととなる。
5 以上のように、債権者には具体的な損害も「急迫の危険」もなく、本件新株予約権の行使の段階で新株発行の差止めを請求するなど、事後的な司法救済の途があり、一方、差し止められたときに債権者に生じる損害は計り知れない。これらの事情からすれば、本件では保全の必要性は認められない。