東京地方裁判所 平成17年(ヨ)21149号 決定 2006年1月13日
債権者
X1
外14名
上記15名代理人弁護士
草島万三
債務者
株式会社コマキ
上記代表者代表取締役
甲野太郎
上記代理人弁護士
岡田正
主文
1 債務者は,平成18年1月から同年12月までの間,毎月末日限り,債権者X1に対し金35万円,同X2に対し金30万円,同X3に対し金5万円,同X4に対し金35万円,同X5に対し金30万円,同X6に対し金35万円,同X7に対し金35万円,同X8に対し金35万円,同X9に対し金35万円,同X10に対し金30万円,同X11に対し金30万円,同X12に対し金30万円,同X13に対し金30万円,同X14に対し金30万円,同X15に対し金35万円をそれぞれ仮に支払え。
2 債権者らのその余の申立てをいずれも却下する。
3 申立費用は債務者の負担とする。
事実及び理由の要旨
第1 申立
債務者は,債権者らに対し,平成17年8月から本案判決確定に至るまで,毎月末日限り別紙債権目録記載の金員を仮に支払え。
第2 事案の概要
本件は,債務者に雇用されていたと主張する債権者らが,債務者の債権者らに対する解雇(債権者X15を除く債権者らに対するもの)又は懲戒解雇(債権者X11,同X7,同X15に対するもの)はいずれも無効であると主張して,債務者に対し,賃金の仮払を求めた事案である。
1 前提事実(疎明資料等によって一応認めた事実は文末に疎明資料等を掲記し,当事者間に争いがない事実は,特段,証拠等を掲記しない)
(1) 当事者
ア 債務者は,一般貨物自動車・トラック・クレーン等の有償貸渡事業等を主たる業とする資本金4800万円の株式会社である。
イ 債権者らの債務者への入社日,職種,勤続年数,組合役職は,次のとおりであり,債権者らは,いずれも,債務者の従業員で組織されている全国一般東京一般労働組合コマキ分会に所属しているものである(乙1,審尋の全趣旨)。
氏名
入社日
職種
勤続年数
組合役職
X1
1995/9/16
クレーンオペレーター
9
X2
1986/12/5
クレーンオペレーター
18
執行委員
X3
1990/8/20
クレーンオペレーター
14
執行委員
X4
1982/4/1
クレーンオペレーター
23
元執行委員
X5
1983/8/1
トラック運転手
22
執行委員
X6
1988/8/25
クレーンオペレーター
16
X7
1991/10/14
クレーンオペレーター
13
副分会長
X8
1973/9/24
クレーンオペレーター
31
執行委員
X9
1989/1/4
クレーンオペレーター
16
X10
1991/2/1
クレーンオペレーター
14
X11
1990/2/21
クレーンオペレーター
15
分会長
X12
1990/4/21
資材管理
15
執行委員
X13
1988/2/1
トラック運転手
17
元執行委員
X14
1987/1/5
クレーンオペレーター
18
元執行委員
X15
1985/2/1
クレーンオペレーター
20
書記長
(2) 普通解雇・懲戒解雇の意思表示
ア 債務者は,平成17年7月25日,債権者X15を除くその余の債権者ら及び取下前債権者Zら15名に対し,いわゆる整理解雇するとの意思表示をした(以下「本件整理解雇」という)。
イ 債務者は,平成17年7月30日,債権者X11(前記コマキ分会分会長),X7(同副分会長),X15(同書記長)に対し,「業務命令に従わず職場秩序を乱した」ことを理由として,懲戒解雇するとの意思表示をした(以下「本件懲戒解雇」という)。
(3) 債権者らの給与額
債権者らは,平成17年6月当時,債務者から,月額給与として,概ね,別紙債権目録記載のとおりの金員を受給していた(ただし,債権者X3,同X7については平成17年7月分,同X12については同16年10月分,同X15については同17年2月分の給与である,甲3の1ないし10,12ないし16)。
2 主要な争点
本件の主要な争点は,次の3点である。第1の争点は,本件整理解雇は有効か,換言すれば,本件整理解雇は,人員削減の必要性,解雇回避努力,人選の合理性,手続の相当性の4要件(4要素)を具備しているかという点である。第2の争点は,本件懲戒解雇は有効か,換言すれば,債権者X11,同X7,同X15は,前記コマキ分会の三役であるが,本件整理解雇に抗議等するため債権者らを乗車勤務しているラフター(公道を自走可能なタイヤ4本のクレーンを指す,以下同じ)に乗車して債務者の有明車庫(以下「有明車庫」という)に集合させたこと等が就業規則違反として懲戒解雇事由に当たるか,また,これを根拠に懲戒解雇することは解雇権濫用になり許されないかという点である。第3の争点は,保全の必要性及び程度である。
3 当事者の主張
主要な争点に関する当事者双方の主張は,申立書,答弁書,その他の主張書面にそれぞれ記載のとおりであるので,これを引用する。
第3 理由の要旨
1 紛争の背景
本件整理解雇,懲戒解雇の有効性を判断するに当たっては,債務者と債権者らの所属する労働組合との間の労働紛争の経過を把握しておく必要があるので,まず,この点を概観しておくことにする。
(1) 平成16年11月25日付け協定締結までの経緯
前記前提事実,疎明資料(甲4,8の1及び2,同9の1ないし3,同17ないし19)及び審尋の全趣旨によれば,一応,次の事実が認められる。
ア 株式会社コマキ(分社前)は,一般貨物自動車・トラック・クレーン等の有償貸渡事業等を主たる業としている。株式会社コマキの労働者である債権者らは,平成6年2月,運輸一般コマキ分会を結成し,同年12月,全国一般東京一般労働組合に移籍した。前記組合は,平成14年11月,全国一般東京一般労働組合を脱退し,企業内組合であるコマキ労働組合となったが,同17年5月9日,改めて,全国一般東京一般労働組合コマキ分会となった(以下,特に断らない限り,「本件組合」という)。
イ 本件組合が結成された平成6年当時,株式会社コマキの本社社屋は,江東区東砂3丁目の自社所有地に存在した。株式会社コマキは,平成8年,本件組合に対し,本社社屋を維持するための費用がかさむとして,同社屋を有明車庫(賃貸物件)に移転し,本社社屋は賃貸し,家賃収入を得たいと提案した。本件組合は,当初前記会社案に反対したが,結局は承諾した。その結果,株式会社コマキは,平成9年1月ころ,本社のすべての部門(現業,事務,営業)を現在の有明車庫に移転した。ところが,株式会社コマキは,移転後約1か月で,経理部門と社長室を,江東区東砂の本社社屋(以下「旧本社」という)に戻してしまった。
ウ 株式会社コマキは,有明車庫に移転直後,旧本社を改装し,旧本社をインターナショナルキンダーガーデン(幼稚園)と英会話学校として使用し始めた。そして,株式会社コマキは,平成10年,旧本社に隣接する自己の所有地上に新築ビル(以下「本件新築ビル」という)を建築した。本件組合は,株式会社コマキに対し,本社移転理由が虚偽であったとして,新築ビル建築等の理由の開示を求めた。これに対し,株式会社コマキは,平成10年5月6日,本件組合に対し,「先行き不透明感の強い重機業界のみに依存することは得策ではなく,二本柱の一本として他の業界への進出をはかるべきであるとの信念から,教育業界に進出しました」と回答した。そして,本件新築ビルは,株式会社コマキとして設備投資として建設していることを明らかにした。
エ 株式会社コマキは,平成11年6月ころ,本件組合に対し,資金ショートが生じており,同年7月の資金繰りが困難であるとして,とりあえず30%の賃金カットに応じるよう要請した。本件組合は,平成11年7月,株式会社コマキの賃金カット要請を受諾し,賃金カットは平成16年10月まで続いた(以下「本件賃金カット」という)。株式会社コマキは,平成11年11月,株式会社コマキ重機(以下「コマキ重機」という)を設立し,株式会社コマキの代表取締役である甲野太郎(以下「甲野社長」という)がコマキ重機の代表取締役を兼任した。コマキ重機の労働者は,本件組合の脱退者,新規採用者で構成されており,平成17年3月ころまで,労働組合に所属する従業員は一人もいなかった。コマキ重機は,株式会社コマキに対するクレーンオペレーターの派遣元会社のような機能を果たしており,コマキ重機の従業員は,株式会社コマキの機械に乗って,同社の仕事に従事している。このようなこともあって,本件組合の組合員は結成当時には113名もいたが,平成16年11月ころには,30名台に減少している。
オ 前記ウの幼稚園及び英会話学校は,平成12年7月,学校法人ケイ・インターナショナルスクール(以下「本件学校法人」という)として認可を取得し,甲野社長が本件学校法人の理事長に,妻の甲野花子が同理事に就任している。株式会社コマキは,平成12年9月,旧本社,新築ビル及びその敷地全部を,本件学校法人に寄付した。この結果,株式会社コマキは,平成13年,特別損失として寄付金名目で約14億円を計上している。
また,株式会社コマキは,本件学校法人から資金の融通を受けることもあった。例えば,甲野社長は,平成12年7月3日,本件組合の上部団体である全国一般東京一般労働組合(以下「本件組合の上部団体」という)に対し,株式会社コマキの従業員に対する平成12年夏期賞与について,銀行から調達することができないので,本件学校法人の秋学期月謝の入金から支払うことを明らかにしている。
カ 株式会社コマキは,平成16年3月,本件組合に対し,浦安に新しい車庫を購入したので,配車部門を有明車庫から浦安に移転することを提案した。本件組合は,本件賃金カットを続けながら,新たに浦安に土地を購入する会社の姿勢に反発した。これに対し,株式会社コマキの乙山業務部長は,本件組合に対し,甲野社長及び常務(社長の妻である甲野花子,以下「甲野常務」という)には退陣してもらい,新しい経営体制を確立するので,反対運動を収めてほしいと申し入れた。その結果,本件組合は,平成16年11月25日,株式会社コマキとの間で,概略,以下の内容の協定を締結した(以下「本件労使協定」という)。
(ア) 株式会社コマキの給与体系は,給与規定に基づく新賃金体系とすることに本件組合は同意し,本件組合は,平成16年11月30日までに新賃金体系に同意する旨の文書を株式会社コマキに提出し,同社は速やかに労働基準監督署に届け出るものとする。
(イ) 有明車庫に配属中の従業員全員を,労働条件の変更なしに浦安に移転し,有明車庫は明渡すものとする。
(ウ) 定年延長については,再雇用制度を運用することとし,株式会社コマキは定年退職者のうち希望者について,健康状態に問題のある者,技術的に問題のある者,勤務態度が良好でない者を除き原則として再雇用するものとする。
(エ) 株式会社コマキは,組合員を含め,全従業員が会社の経営状況を把握できるよう,更に分かりやすい説明を行うための努力をする。
(オ) 甲野社長は,積極的に新たな経営者を探し,「新経営者を平成17年2月末を目処に,株主総会における取締役増員の形で新取締役に選任のうえ,経営者交代を同年3月末日までに実現し,経営者交替に関する引継ぎ等の残務処理を同年4月末日までに終了する」よう最大限の努力をするものとする。
万一,平成17年3月末日までに経営者交替が実現できなかった場合には,その時点における経営者交替に関する交渉の進捗状況について,可能な限りの情報を本件組合に対し開示することとする。
(カ) 甲野社長及び甲野常務は,経営者交替に際して,両名の所有する株式会社コマキ及びコマキ重機の全株式を,新経営者又はその者が指定する者に譲渡するものとする。
但し,新経営者の都合により,経営者交替の際に株式会社コマキの債務全額を新経営者が引き受けることが困難な場合には,会社の債務を約7年間かけて返済するため,右債務を引受け且つ右債務の担保不動産(会社が船橋市内に所有する不動産)及び動産(担保となっているクレーン等)等を承継する別会社を,会社分社の形で設立し,右別会社(以下「債務引受会社」という)の代表取締役は甲野社長が就任するものとする。
債務引受会社は,株式会社コマキから引受債務全額を返済することを目的として設立するものとし,不動産の売却を鋭意すすめ,またクレーンについては,当年は賃貸し適宜売却することで,債務の返済を目指すものとする。
(キ) 平成16年7月から経営者交替までの間,取締役全員の報酬を3割カットする。
キ 前記カの本件労使協定を要約すると,甲野社長及び甲野常務が株式会社コマキ,コマキ重機の経営から退陣することを前提に,①平成17年3月末日までに株式会社コマキから新たな会社を分社し,株式会社コマキの資産と負債を引き受ける,②甲野社長及び甲野常務は新会社での債務の清算に専念する,③株式会社コマキの責任において新経営者を探す,④本件賃金カットを廃止し,新賃金体系を実施するというものであった。
(2) 本件労使協定の不履行の経過
疎明資料(甲5,11の1ないし10,同19,36,乙6,9,10,12)及び審尋の全趣旨によれば,一応,次の事実が認められる。
ア 株式会社コマキは,平成17年2月10日,本件債務者代理人である岡田正弁護士(以下「岡田弁護士」という)を通じ,本件組合三役に対し,会社の分社等について,①株式会社コマキを社名変更し,株式会社リスタ(以下「リスタ」という)とし,株式会社コマキの不動産(船橋車庫・浦安車庫)とクレーンなど資産,会社の債務を全部引き受け債務の清算会社とする,②リスタから分社して株式会社コマキを新設しクレーン事業部門を包括承継する,③株式会社コマキ及びコマキ重機の全従業員は全て新会社に移籍する,④リスタは船橋・浦安車庫の不動産を売却し債務の返済に充てる(約12億円),残債務約8億円はクレーンなどを通常の半値位の料金で新会社にリースし,当該料金を債務の返済に充てる旨説明した。
イ 上記会社の説明に対し,本件組合は,①会社の分社方針は,本件労使協定の内容に違反していること,②名前は同じでも新コマキで営業を続けると業務上支障が出るおそれがあること,③借金の返済が終了したクレーンを次々売却することにより新設された株式会社コマキは,土地も重機もない会社になってしまい,やがては仕事ができなくなる状態になってしまう懸念があることから反対したが,岡田弁護士は,何ら問題がないので手続を進めると説明した。本件組合と株式会社コマキは,平成17年2月15日,団交を開催したが,双方が,前記と同様の主張を繰り返した。
ウ 新経営者を探す作業も続けられ,一度は,平成17年3月24日,クボタ重車両株式会社(以下「クボタ重車両」という)の経営者が株式会社コマキの経営者になるとの名乗りを挙げたが,クボタ重車両は本件労使協定の存在を把握していなかった。株式会社コマキは,平成17年4月1日,社名をリスタに変更し,リスタから分社して株式会社コマキを新設し,クレーン事業部門を包括承継させ,債権者ら従業員の地位も新設の株式会社コマキに移した。この結果,リスタは,平成17年3月31日までに発生している株式会社コマキの債務を清算する役割を負った。
エ 株式会社コマキと本件組合は,平成17年4月から5月の間,数回の団交及び団交のための事前交渉を通じ,会社の示した分社方針の受け入れ問題,新経営者探しの進捗状況,残業代問題等について交渉したが,いずれも前進はなかった。こうしたなか,甲野社長は,平成17年6月に入って,本件組合の上部団体の副執行委員長であるD(以下「D副委員長」という)に対し,予定していた新経営者が就任を断ってきたので,その経緯を組合本部に説明したいと申し入れてきたが,D副委員長は事前に会うことを拒否した。その結果,株式会社コマキ(債務者)は,平成17年6月12日に,全従業員に対し説明会を開き,その直後(同日)に本件組合と団交を開催することにした。
オ 甲野社長は,平成17年6月12日,全従業員に対し,会社が経営的に危機の状態にあること,その原因は,自社の売上げに対し代車売上率が大幅に増加していること,従業員の平日の休みが増加し重機の稼働率が低下していることを挙げた。株式会社コマキは,前記説明会後の本件組合との団交の席で,本件組合に対し,どうすればよいか分からないので組合側で本心を出してほしいと述べ,本件組合は,本件労使協定に沿って会社の責任で新経営者を探すべきであり,残業代問題は段階的に労使協議により解決すべきであることを主張し,次回の団交開催を相互に約した。
カ 以上のとおり,本件労使協定によれば,甲野社長及び甲野常務夫妻は株式会社コマキの経営から退陣し,新経営者に交替することが前提であったのが,新経営者に交替できないでいること,債務清算のための新会社を設立する予定が新会社は債務引き受けのための会社ではなくクレーン事業部を承継するための受皿会社であったことなど,本件労使協定の協定内容は約束の期限を経過しても履行されないまま時間が経過した。そして,甲野社長は,平成17年6月12日になって,はじめて,全従業員に対し,会社の経営は危機に陥っていること及び危機となった原因(従業員の休み率の上昇)を明らかにした。
(3) 本件整理解雇,懲戒解雇に至る経緯
前記前提事実,疎明資料(甲1の1ないし11,同2の1ないし3,同5,11の12ないし14,同19,28,34ないし36,乙11,13ないし15,17ないし20,27,45の1ないし3の各1,2,同48,49)及び審尋の全趣旨によれば,一応,次の事実が認められる。
ア 株式会社コマキは,平成17年6月21日,本件組合の組合員を含む全従業員の自宅に,文書を郵送した。当該文書には,①自社売上げの増大,②人件費の見直し(最低でも5〜10%の給与の引き下げと給与体系の見直し),③過去に遡って,乗務手当の残業単価への組み入れを求めるならば残念ながら解散し,清算するしかないことなどが記載されていた。また,株式会社コマキは,前記文書と同時にアンケート用紙を同封し,同月25日までの回答を求めていた。アンケート内容は,「給与について,下がるなら,(会社を)継続しなくてもいい」などであり,「2割以上の社員から回答を得られなかった場合,今後積極的な協力は得られないものと判断します」などと回答を半ば強制するものであった。
イ 本件組合は,平成17年6月23日,株式会社コマキに対し,前記文書の送付及びアンケート実施に対し抗議し,同月29日に開催された団交でも抗議したが,会社は,不当労働行為ではないと反論した。
本件組合と株式会社コマキは平成17年7月9日団交を開催することになったが,開催に先立ち,団交を正常化したいと考えていた本件債権者ら代理人が,株式会社コマキに対し,「まずこの間の協定無視と事前に説明せずに手続を進めたこと,団体交渉を無視し直接組合員に文書を配布したことについて会社が謝罪すること,団体交渉を正常化したい」と申し入れた。株式会社コマキは,平成17年7月8日,本件組合に対し,「会社継続の方法」と題する文書を送付し,翌9日の団交でその内容を説明した。説明の概要は,①賃金体系の見直しを7月9日に提案する,同月15日までに合意し7月の支給賃金から適用する,②不採算車両の処分と今後の保有車両に合わせた異動及び人員整理(希望退職を予定),③残業代未払については一切請求しないことを主な内容とするものであった。しかし,株式会社コマキは,本件組合が求めたこれまでの経過に対する謝罪は一切しなかった。本件組合は,謝罪することなく,本件労使協定の内容の変更を提案するやり方に対し反発し,団交は物別れに終わった。
ウ 全国一般東京一般労働組合は,平成17年7月14日,株式会社コマキ,リスタを相手方として,東京都労働委員会に対し,本件労使協定の遵守等を求める救済命令の申立てをした。
これに対し,株式会社コマキ,コマキ重機は,平成17年7月14日,全従業員に対し,会社の再建案をまとめたので全体集会を開催し,再建案の詳細を説明し,従業員の意見を聴取したいというものであった。会社は,当該文書の中で,現在の単価と6%を越える休み率の中では,大変残念ですが万策が尽き,断腸の思いで,再建案として車両売却に伴う希望退職者の募集を含む会社再建案をまとめたと記載している。再建案の具体的骨子として,①不採算車両としてクローラ5台を含む26台の車両の売却,②クレーンオペレータ19名を含む従業員28名の希望退職者の募集,③賃金体系の変更,④休み率の改善,夜間・休日勤務への協力,⑤役員全員の辞任が提示された。そして,当該文書の最後に,「1ケ月1500万円の大幅な赤字を早急に黒字転換しなくては,経営を継続することが出来ません。大変な痛みを伴う再建案ですが,1ケ月1500万円,毎日50万円の赤字が生じている状況では,本再建案を1〜2週間のうちに実施に移さなければ,会社再建はもはや不可能となり,希望退職者を除く従業員の雇用の確保をはかることすら困難となり,会社は更に更に重大な決意をしなければならなくなる状況にあります。会社は,組合とも鋭意団体交渉を重ね,早期に会社再建案を実施に移せるよう最大限の努力を払う所存です。」と記載されていた。
エ 株式会社コマキは,平成17年7月17日,全従業員及び本件組合の上部団体に対し,希望退職者の募集を行うとの通知をした。募集内容の概要は,以下のとおりである。
(ア) 募集人数 クレーンオペレータ 19名
トレーラードライバー 3名
トラックドライバー 2名
事務職 4名
(イ) 募集条件
a 退職日 平成17年7月31日
b 特別退職金 60万円
c 特別退職金支払予定日 平成17年8月10日
(ウ) 募集期間 平成17年7月18日から同月22日15時まで
オ 前記希望退職に応じた従業員は1名にとどまった。
ところで,平成17年7月22日ころの,株式会社コマキの従業員は,現業部門32名,営業・事務部門約20名で構成されており,現業部門全員と営業・事務部門の債権者X12の33名が本件組合の組合員であった。また,コマキ重機の平成17年7月22日ころの従業員は,現業部門約30名,事務部門約10名で構成されており,本件組合の組合員は現業部門のE1名のみであった。
株式会社コマキは,平成17年7月25日,クレーンオペレータ10名(希望退職者1名を除く)その他5名の合計15名に対し,整理解雇するとの通知をし,また,コマキ重機も,同日,Eに対し,整理解雇するとの通知をした。なお,株式会社コマキの整理解雇の対象となった従業員(希望退職者1名を除く)は,債権者ら15名のうち債権者X15を除く債権者ら14名と取下前債権者Zの合計15名であった。株式会社コマキ,コマキ重機の整理解雇の対象となった従業員は,いずれも本件組合の組合員であった。
カ 甲野社長が従業員に対し本件整理解雇を言い渡す際の状況は,概略,以下のとおりである。
(ア) 甲野社長は,平成17年7月25日,業務終了後有明車庫に戻った順番に整理解雇を通知しようとした。甲野社長は,同日午後4時過ぎころ,有給休暇をとりたまたま有明車庫に顔を出した債権者X11分会長に対し,解雇する旨通告した。コマキ分会の組合員らの間には,その当時,希望退職者が予定数に満たなければ会社は全員を解雇して会社を閉める方針であるとの噂が流れていたため,本件組合は,もし,組合員に対し解雇が発令されれば,全員有明車庫に集合して対策を相談することを予定していた。そこで,甲野社長から解雇通告を受けた債権者X11分会長は,直ちに,本件組合員全員に連絡し,一番早い方法で有明車庫に集合するよう指令を出し,担当車両で移動することを示唆する指令内容であった。
(イ) 本件組合員のうち,電車等を利用して有明車庫に駆けつけた組合員もいたが,13名が乗務勤務しているラフターに乗って有明車庫に集合した。13台のラフターのうち,3台は本来工事現場から所沢車庫に戻すべき車両,5台は工事現場から川崎車庫に戻すべき車両,1台は工事現場から浦安車庫に戻すべき車両,4台は現場留置を指示されていた車両であった。また,平成17年7月25日は,夜半台風が接近するとの天気予報が出されていた。
(ウ) 甲野社長は,債権者X11らコマキ分会の三役らに対し,13台のラフターを直ちに元に戻すよう命じたが,コマキ分会は,数時間にわたり社長の命令に従わず,ラフター13台を有明車庫に置いたまま,本件整理解雇について抗議するとともに,今後の対策等を協議した。本件組合の組合員らは,抗議・対策協議が終了後,有明車庫所属のラフター以外のラフターをそれぞれ所属する車庫と作業場所に戻すことにしたが,作業場所に戻すことは作業現場が作業時間終了時点で施錠されており立入りが不可能であるので所属する車庫に戻すこととして,有明車庫を出発した。そして,本件組合の組合員らは,翌日の作業に間に合うよう,早朝にラフターを作業現場に回送した。その結果,債務者の翌日以降の作業に支障は生じていないし,作業現場から有明車庫に集合する区間等で事故なども起こしていない。
(エ) 株式会社コマキは,平成17年7月27日,債権者X11,同X7,同X15ら本件組合の三役に対し,同月25日にラフターを有明車庫に集合させたことについて釈明することがあれば同月29日午前9時までに文書で釈明するか,弁明することがあれば同日午前12時までに浦安配車センターに出頭するよう指示したが,前記3名は釈明も弁明もしなかった。
そこで,株式会社コマキは,平成17年7月30日,債権者X11,同X7,同X15の3名に対し,同月25日にラフター13台を有明車庫に集結させた行為は,就業規則63条(8)の業務命令に従わず職場の秩序を乱した時に該当するとして懲戒解雇に処するとの意思表示をした。
2 争点1(本件整理解雇の成否)について
(1) 判断の枠組み
整理解雇が有効か否かを判断するに当たっては,人員削減の必要性,解雇回避努力,人選の合理性,手続の相当性の4要素を考慮するのが相当である。債務者である使用者は,人員削減の必要性,解雇回避努力,人選の合理性の3要素についてその存在を主張立証する責任があり,これらの3要素を総合して整理解雇が正当であるとの結論に到達した場合には,次に,債権者である従業員が,手続の不相当性等使用者の信義に反する対応等について主張立証する責任があることになり,これが立証できた場合には先に判断した整理解雇に正当性があるとの判断が覆ることになると解するのが相当である(同旨,東京地判平成15.8.27判タ1139号121頁・ゼネラル・セミコンダクター・ジャパン事件)。以下,このような観点から,本件整理解雇の有効性の有無について検討することにする。
(2) 人員削減の必要性について
ア 前記1(1)カで認定した事実及び審尋の全趣旨によれば,株式会社コマキは,平成16年11月25日,本件組合との間で,債権者らを含む本件組合員の雇用を守り,人員削減することなく会社を経営,存続することを約したことが一応認められる。そうだとすると,株式会社コマキにおいては,平成16年11月25日の段階では,人員削減の必要性があるとの疎明はされていないと認めるのが相当である。
また,前記1(2)アないしウで認定した事実及び審尋の全趣旨によれば,株式会社コマキは,平成17年4月1日,社名をリスタと変更し,リスタから分社して債務者である株式会社コマキを新設し同社にリスタのクレーン事業部門を包括承継させ,債権者らの地位も移転させたこと,債権者らが所属する株式会社コマキ(債務者)は平成17年4月1日からスタートした新設会社であることが一応認められる。
イ 以上によれば,債権者らが所属する株式会社コマキは平成17年4月1日からスタートした新設会社であり,少なくとも,同日段階では負債もなかったと思料される。そうだとすると,問題は,債務者において,平成17年4月1日から本件整理解雇を行った平成17年7月25日までの約4か月の間に,営業・事務部門の約20名はそのまま雇用しつつ,現業部門32名のうち半数の16名を整理解雇しなければならないような事情が発生したか否かという点になる。
ウ 前記のとおり新設会社である株式会社コマキ(債務者)は建設現場にオペレーター付きでクレーンをリースする業務であるところ,現場で働く人員を半分にしながら非現業部門をそのまま維持するというのは不自然であること,本件整理解雇は会社新設から僅か4か月での大量の解雇であること,債務者が提出する財務諸表類はそのほとんどが平成17年3月31日までの疎明資料であり(乙8の1ないし3,同34ないし39),平成17年4月以降の新設された株式会社コマキの人員削減の有無を検討するには適当な資料とは思われないこと,平成17年4月1日以降の株式会社コマキの経営状況を示すと思われる乙7(資金繰実績表)も客観的裏付資料もなくこれだけから人員削減が必要であると評価することは困難であること等を考慮すると,債務者においては,未だ,人員削減の必要があるとの疎明はされていないというべきである。
エ この点に関し,債務者は,平成17年1月以降,取り分け4月以降,月額1500万円の赤字を出しているが,その原因は,自社売上げの減少,換言すれば,従業員の休み率の上昇による自社クレーンの稼働率の大幅下落にあると主張し,その上,給与体系が月給制となっていることから自社クレーンの大幅な稼働率の下落にもかかわらず人件費負担はほとんど変わらない,債権者ら全従業員の雇用を維持するためには休み率3%程度でなければならないとも主張している。そこで,以下,債務者の主張の成否について検討しておくことにする。
(ア) 疎明資料(乙6,12)によれば,株式会社コマキ,コマキ重機の現業部門の休み率の推移は,平成16年11月が2.1%,同年12月が2.6%と3%以内であったのが,同17年に入ると1月が5.1%,2月が6.9%,3月が8.3%,4月が7.8%,5月が10.6%,6月が6.4%となっており,平成17年1月以降従業員の休み率が上昇していることが一応認められる。
(イ) しかし,疎明資料(甲16,28)及び審尋の全趣旨によれば,平成17年1月以降の従業員の休み率が上昇したのは,乙6の番号58のX11(債権者)が平成17年4月から5月にかけて労災で休業したこと,同59のF(非組合員)が同年1月から3月までの間配車係とのトラブルで休業したこと,同60のX8(債権者)が同年2月以降脳梗塞で入院していたこと,同61のG(非組合員)が同年1月から6月までの間労災で入院中であること,同62のX15(債権者)が同年2月から6月までの間労災で休業したことによるものであることが一応認められる。
確かに,平成17年1月以降,休み率が上昇していることが認められるものの,その原因は,この期間,労災事故,私傷病が集中したからであり,これらを除外した休み率は平均3%前後であり,この状況が同年7月以降も続くとの疎明はなく,現に,審尋の全趣旨によれば,前記X2,X11,X15らは,本件整理解雇当時,復職していたことが一応認められる。
(ウ) 以上によれば,債務者において,従業員の休み率の上昇が,平成17年7月以降も続くとの疎明はされておらず,従業員の休み率が平成17年1月から6月までの間高い数値であったことをもって,人員削減の必要があるとまでいうことは困難である。
(エ) また,債務者は,月給制の賃金体系であるから従業員の休み率が高くても会社の人件費負担は変わらないと主張するが,労災の場合には従業員に対し労災保険で8割,私傷病の場合は健保で6割が支給されており,また,所定労働日に欠勤すれば賃金カットがされているのであって(審尋の全趣旨),人件費負担は変わらないとの債務者の主張は理由がないというべきである。
(オ) 以上のとおり,債務者の人員削減の必要があるとの主張は,いずれも疎明が不十分であり,当裁判所としてはこれを採用することは困難である。
(3) 解雇回避努力を尽くしたかについて
ア 債務者は,解雇回避努力を尽くしたとして,次の8点の施策を挙げる。すなわち,①平成16年7月には,役員報酬を30%引き下げたこと,②千葉県船橋市に所有していた資材置場を売却し借入金返済に充てたこと,③地主と交渉し,有明車庫の賃料を平成16年4月から月額436万円から300万円へ値下げさせたこと,④平成16年夏期分より一時金の支給を停止したこと,⑤事務職派遣社員の契約を打ち切ったこと,⑥事務職パート社員退職後,新たな補充をしなかったこと,⑦債務者は,平成17年7月9日の団交の席上,本件組合に対し,新給与体系案と計画年休の導入を提案したこと,⑧債務者は,平成17年7月18日から同月22日までの間,希望退職者の募集をしたことを挙げる。
イ 整理解雇における使用者に求められる解雇回避努力とは,経営上,業務上の理由により剰員が生じることによって人員削減の必要性が認められたとしても,当該労働者を他の部署へ再配置するなど,当該労働者の雇用と生活を維持するための具体的な措置をいうのであり,原則として,当該労働者の解雇の必要性を判断する時点で要求される措置であると解するのが相当である。
これを本件についてみるに,前記1(1)カ,キで認定した事実,疎明資料(甲4,19)及び審尋の全趣旨によれば,前記①ないし⑥の措置は,平成16年11月25日の本件労使協定によって予定されていた措置等であり,本件整理解雇の必要性を判断する時点で要求される措置とは言い難いものであることが一応認められる。そうだとすると,債務者が,前記①ないし⑥の各措置をとったことをもって解雇回避努力を尽くしたとは言い難い。
ウ 前記⑦の措置については,疎明資料(甲19,39)及び審尋の全趣旨によれば,債務者は,平成17年7月9日の団体交渉席上,本件組合に対し,新給与体系案と計画年休の導入を提案したこと,しかし,債務者は当該提案には一部不備があるとして撤回し,その後立ち消えになっていることが一応認められる。そうだとすると,債務者が,前記⑦の措置をとったことをもって,解雇回避努力の一方策と評価することは困難である。
エ 前記1(3)エ,オによれば,債務者は,前記⑧の希望退職者の募集をしたことが一応認められる。当該措置は,解雇回避努力の一施策と評価できるが,前記1(3)エ及び審尋の全趣旨によれば,募集期間は僅か5日間と短く,募集条件も特別退職金として約1か月強の賃金額である60万円の支払と必ずしも十分な条件とは言い難いことが一応認められる。そうだとすると,債務者が前記⑧の措置をとったことをもって解雇回避努力を尽くしたとは言い難い。
オ そもそも,債務者の主張によれば,債務者の赤字の原因は,従業員の休み率の上昇による自社クレーンの稼働率の大幅下落にあると主張する(前記(2)エ)。そうだとすると,債務者としては,解雇回避努力の最も重要な方法としては,本件組合に対し,早期に,前記赤字の原因を示し,本件組合の協力を求めることだと思われる。
これを本件についてみるに,前記1(2)アないしオによれば,債務者と本件組合は,平成17年2月から5月にかけて幾度となく協議をしているのに,前記赤字の原因を明らかにし,経営的に危機の状態にあると明らかにしたのは平成17年6月12日になってからであることが一応認められる。かかる債務者の説明はいささか遅いといわざるを得ず,何故,もっと早期に本件組合に対し事情を説明し協力を求めないのか疑問の残るところである。
カ 以上によれば,本件整理解雇について債務者がとった解雇回避手段は必ずしも十分なものであったということは困難である。
(4) 人選の合理性について
ア 債務者の主張する整理解雇者の基準(答弁書第3の3(2),債務者準備書面1の第3)と根拠となる疎明資料
(ア) 債務者は,同社の赤字の主たる原因は,従業員の休日の出勤協力度と夜間勤務協力度の著しい低下と,所定労働日の休み率の大幅な上昇であると判断し,平成17年1月から同年7月23日までの間の従業員の仕事に対する協力度と貢献度の各評価を,それぞれ数値化し,また,採算の向上及び経費削減をはかるため,基準給与差を加味し,ポイントの低い下位16名(クレーンオペレータ12名,ドライバー3名,事務職1名)を整理解雇したと主張する。
(イ) 協力度・貢献度評価について
a 休日勤務(法定休日を除く)・夜間勤務・通し勤務に対する協力度,汎用度,場内作業に対する協力度をクレーンオペレータやドライバーに対し仕事を依頼する担当者5名が,各自,評価基準による評価を行なった。各自の評価の平均点を評価点とし,各評価ポイント換算表にて算出した。そして合計点を協力度貢献度評価ポイントとした。
ちなみに,勤務協力度の評価基準は5点から−2点までの8段階評価であり,特別な事情がない限り気持ち良く応じてくれるが5点,殆ど応じてくれるが4点,文句をいいながらでも殆ど引き受けてくれるが3点,断る時と受ける時が約半分半分位が2点,文句を言いながらも半分程度は引き受けるが1点,車種や職種や現場をより分けて仕事を請けるが0点,頼んでも断ることが多いが−1点,頼んでも受けないが−2点である。なお,何らかの理由で配車係が協力を頼むことが無い(もしくはかなり少ない)場合は,AからCでの評価をすることとし,Aは頼めば気持ち良く引き受けてくれることが予想されるが,他に無理をさせている,乗る車がないなど会社側の都合で頼むチャンスが少ない従業員であり点数は0点,Bは過去の実績で頼んでも殆ど断られてしまったり,文句ばかりいわれたので頼まなくなった従業員であり点数は0点,Cはその他の理由で頼まなくなった従業員であり点数は−1点である。(乙2の1及び2,同50)
b 今後は経費削減のためぎりぎりの人数で業務をこなす必要があるので,汎用度が高く,場内作業にも積極的な者に対しポイントを加算し,汎用度の低い者や場内作業に積極的でないものに対しマイナスポイントを付けた。
ちなみに,クレーンオペレータを例にとると,担当機種より大きくかつ50トンより大きな機種で安心して仕事が頼める(油圧)が3点で,担当機種より大きくかつ50トンより大きな機種で少し練習すれば安心して仕事が頼める(油圧)が2点で,担当機種より大きくても少し練習すれば安心して仕事が頼めるが2点で,担当機種より大きくても安心して仕事が頼めるが1点などとなっている。
また,場内作業協力度の評価基準は3点から−3点までの6段階評価であり,場内の作業を言われなくても積極的に手伝うが3点,場内の作業を言われれば積極的に手伝うが2点,手伝うが積極的でないが1点,仕事を選んで手伝うが手伝うことの方が多いが−1点,仕事を選んで手伝うがやる時とやらない時が約半分半分が−2点,仕事を選んで手伝うがやる時よりやらない時の方が多いが−3点とした。(乙2の1及び2,同50)
(ウ) 基準給与差について
a 各トン数毎の基準給与と各自の給与を比較し,基準給与との差額を比率として計算した(乙3の2,同50)。
b 基準給与差ポイント換算表にてポイントを算出した(乙3の1,同50)。
(エ) クレーンオペレータの整理解雇の順位
各ポイントを加算し,点数の高い者から並べ,労災で休業している者と希望退職者を除き下から13名を整理解雇の対象者とした(乙2の3,同4の1,同43の1及び2,同50)。
(オ) ドライバーの整理解雇の順位
100トン以上の大型クレーンの組み立てや分解を担当するなどの仕事の性質上,休日勤務・夜間勤務・通し勤務・場内作業が多いので協力度・貢献度評価を重視した。各ポイントを加算し,点数の高い者から並べ下から3名を整理解雇の対象者とした(乙2の4,同4の2,同43の1及び2,同50)。
(カ) 間接人員の債権者X12の整理解雇について
組立てや分解が必要な100トン以上の大型クレーンやクローラクレーン(公道を自走できないキャタピラタイプクレーン)の5割を超える大幅な減車や鉄板の大幅な減数により,資材管理の仕事量が大幅に減る。他方,有明車庫に本社事務所機能を移せば,クレーン修理の有資格者や元クレーンオペレータであった現在の営業や配車を担当する者が,資材管理業務を兼任することができ,経費節約を図ることが可能である。
これに対し,債権者X12は,他部門と兼任できないため,整理解雇の対象者とした。
イ 整理解雇が有効であるためには,解雇の対象となる者の基準が客観的で合理性のあるものであり,かつ,使用者において,かかる基準を公正に適用したものでなければならないと解するのが相当である。以下,前記アで主張する債務者の基準が客観的で合理性のあるものであったのか,また,その適用は公正に行われたものか否かを検討することにする。
(ア) 勤務協力度・貢献度評価
債務者は,前記ア(イ)のとおり,従業員の勤務協力度について5点から−2点までの8段階評価で評価している。そして,特別な事情がない限り気持ち良く応じてくれるが5点,殆ど応じてくれるが4点,文句をいいながらでも殆ど引き受けてくれるが3点となっている。以上の従業員はいずれも債務者の要請に応じているのであり,文句をいうか否かで2点も格差を設けることに合理的理由があるとするには疑問の余地が大きい。また,何らかの理由で配車係が協力を頼むことが無い(もしくはかなり少ない)場合は,AからCでの評価をすることとし,Aは頼めば気持ち良く引き受けてくれることが予想されるが,他に無理をさせている,乗る車がないなど会社側の都合で頼むチャンスが少ない従業員であり点数は0点,Bは過去の実績で頼んでも殆ど断られてしまったり,文句ばかりいわれたので頼まなくなった従業員であり点数は0点と評価している。しかし,AとBとでは差があって然るべきであるところ,両者が同一の評価であること自体合理性に乏しく,また,Aが0点で,特別な事情がない限り気持ち良く応じてくれる者が5点というのも合理性があると認めることは困難である。
以上のように債務者の掲げる勤務協力度・貢献度についての評価基準は,いずれも抽象的なものであり,しかも評価者の主観に依拠する部分が多く,かかる基準の合理性・客観性を持たせるためには,評価期間である平成17年1月から同年7月23日までの間,各従業員のどのような行為を捉えて当該評価したのかを使用者において具体的に明らかにする必要があるところ,本件全疎明資料を検討するも不明のままの状態である。
以上から明らかなとおり,債務者の掲げる勤務協力度・貢献度についての評価基準は余りにも抽象的であり,客観的合理性を持ったものということは困難である。
(イ) 汎用度評価
債務者は,前記ア(イ)bのとおり,クレーンオペレータの汎用度について,担当機種より大きくても少し練習すれば安心して仕事が頼めるが2点で,担当機種より大きくても安心して仕事が頼めるが1点であるとの評価基準を設定している。練習しなくても安心して頼める従業員の方が,練習しなければ仕事が頼めない従業員に比べ評価が低いことは特段の事情がない限り不合理であるところ,本件全疎明資料を検討するも,特段の事情を見い出し難い。そうだとすると,債務者の掲げる汎用度についての評価基準も客観的合理性を持ったものとは言い難い。
(ウ) 場内作業協力度評価
債務者は,前記ア(イ)bのとおり,場内作業協力度について3点から−3点までの6段階の評価基準を設定している。場内作業協力度を評価基準にする以上,評価者は,評価の前提として従業員の場内での作業状況を日頃から見ることができる地位にいなければならない。
これを本件についてみるに,疎明資料(甲20,37)及び審尋の全趣旨によれば,一応,次の事実が認められる。
a 債権者らのうち,債権者X7,同X10,同X3は所沢車庫に所属しており,その余の債権者らは有明車庫に所属している。
b 株式会社コマキでは,平成16年3月,本社事務部門(配車係,総務,営業)が浦安車庫に移転したことにより,同月以降,有明車庫には配車係はもとより事務職は一切いなかったため,有明車庫に所属している従業員の場内作業内容を把握できる者はいなかった。
c また,所沢車庫には丙川所長がいるが,同人は営業責任者として営業所に出勤するのは午後5時以降であって昼間の構内作業は管理していなかった。
以上によれば,債務者側で,債権者ら有明車庫,所沢車庫に所属している従業員の構内作業の状況を把握できる者はいなかったのに,当該作業の協力度を評価し,整理解雇対象者選択の一要素に加えることには客観的・合理的理由がないというべきである。
(エ) 基準給与差
a 債務者は,前記ア(ウ)のとおり,従業員を評価するに際し,「基準給与差」という考え方を採用している。かかる基準給与差の考え方を取り入れることに合理的理由があるのか否かについて検討する。
b 疎明資料(甲4の1,同15の1,同26,29,乙3の1及び2)及び審尋の全趣旨によれば,一応,次の事実が認められる。
① 債務者の「基準給与差」の考え方は,端的に言うならば,コマキ重機の従業員に適用される賃金体系に基づいて算定される給与を「基準給与」として位置づけ,この基準給与と株式会社コマキ(債務者)従業員に適用される賃金体系で算出される給与を比較して,両者の基準給与差を一定の割合でポイント換算する方法により,評価点を算出するという方法であるということができる。
② 以上のような方法で,所定労働日数として月22日稼動したことを前提とした場合には債権者ら株式会社コマキの従業員は常にマイナスポイントとなること,また月25日稼動したことを前提とした場合でも株式会社コマキの従業員は稼働日数22日の場合よりは小幅ではあるが,やはり常にマイナスポイントとなる。その原因と考えられるのは,次の2つの理由からである。
第1の理由は,株式会社コマキに従業員に対しては,新賃金体系に基づく賃金が現行賃金体系に基づく賃金を下回るときは,その差額を特別手当として支給することになっている,に起因している。すなわち,株式会社コマキでは,平成11年7月以降,30%の賃金カット(本件賃金カット)が実施された結果,従業員の賃金計算は,{(旧体系で計算した総額−25万円)÷2+28万円}の方式で算出されてきた。そして,本件労使協定が締結された際,新賃金体系が成立し,それに基づき賃金を支給することになったが,同協定において,現行賃金体系と新賃金体系と比較して新賃金体系によって算出された給与が現行体系によって算出された給与支給総額より少ない場合はその差額を特別手当として支給することとされた。
第2の理由は,株式会社コマキの従業員は厚生年金基金に加入しており,その掛金の負担分が基準給与格差表(乙3の2)の「法定福利費」の項目に入っているところ,コマキ重機の従業員は厚生年金基金に未加入であるため,この掛金部分がコマキ重機の従業員と比較してマイナスポイントに計上されるからである。
c 債務者の採用した基準給与差の考え方は,前記b②で述べた2つの制度(特別手当,厚生年金基金への加入の有無)があることによって,整理解雇者選定に当たって,債権者ら株式会社コマキの従業員をコマキ重機の従業員より不利益に取り扱う結果となっており,株式会社コマキとコマキ重機とは本来別個の法人であることに照らせば,「基準給与差」による評価は,客観的・合理的なものということはできない。
ウ 以上の検討結果によれば,債務者が本件整理解雇に当たって採用した基準及びその適用には,客観的・合理的理由を見い出し難く,整理解雇の人選に合理性があるとの疎明は未だされていないというべきである。
(5) 小括
前記(2)ないし(4)で検討したとおり,本件整理解雇には,人員削減の必要性,解雇回避努力,人選の合理性について,いずれの要素についても疎明がされていないというべきであり,本件整理解雇は有効ということはできない。したがって,この点の債務者の主張は,その余の点を判断するまでもなく理由がない。
3 争点2(本件懲戒解雇の有効性の有無)について
(1) 債務者は,債権者X11,同X7,同X15ら本件組合の三役が本件整理解雇に抗議等するため債権者ら本件組合員を乗車勤務しているラフターに乗って有明車庫に集合させ,甲野社長がラフターを戻すよう指示したことに従わなかったこと等をもって,就業規則違反として懲戒解雇事由に当たり,本件懲戒解雇は有効であると主張するので,以下,この点について判断する。
(2) 前記1(3)カによれば,本件組合の組合員らが,平成17年7月25日,ラフターで有明車庫に集合した際の状況は,次のとおりであったことが一応認められる。
ア 甲野社長は,平成17年7月25日,業務終了後有明車庫に戻った順番に整理解雇を通知しようとした。甲野社長は,同日午後4時過ぎころ,有給休暇をとりたまたま有明車庫に顔を出した債権者X11分会長に対し,解雇する旨通告した。本件組合の組合員らの間には,その当時,希望退職者が予定数に満たなければ会社は全員を解雇して会社を閉める方針であるとの噂が流れていたため,本件組合は,もし,組合員に対し解雇が発令されれば,全員有明車庫に集合して対策を相談することを予定していた。そこで,甲野社長から解雇通告を受けた債権者X11分会長は,直ちに,本件組合員全員に連絡し,一番早い方法で有明車庫に集合するよう指令を出し,担当車両で移動することを示唆する指令であった。
イ 本件組合員のうち,電車等を利用して有明車庫に駆けつけた組合員もいたが,13名が乗車勤務しているラフターに乗って有明車庫に集合した。13台のラフターのうち,3台は本来工事現場から所沢車庫に戻すべき車両,5台は工事現場から川崎車庫に戻すべき車両,1台は工事現場から浦安車庫に戻すべき車両,4台は現場留置を指示されていた車両であった。また,平成17年7月25日は,夜半台風が接近するとの天気予報が出されていた。
ウ 甲野社長は,債権者X11ら本件組合の三役らに対し,13台のラフターを直ちに元に戻すよう命じたが,前記三役らは,数時間にわたり甲野社長の命令を無視し,ラフター13台を有明車庫に置いたまま,本件整理解雇について抗議するとともに,今後の対策等を協議した。本件組合の組合員らは,抗議・対策協議が終了後,有明車庫所属のラフター以外のラフターをそれぞれ所属する車庫と作業場所に戻すことにしたが,作業場所に戻すことは作業現場が作業時間終了時点で施錠されており立入りが不可能であるので所属の車庫に戻すこととし,有明車庫を出発した。そして,本件組合の組合員らは,翌日の作業に間に合うように早朝にラフターを作業現場に回送した。その結果,債務者の翌日以降の作業に支障は生じていないし,作業現場から有明車庫までの区間,有明車庫から所属する車庫までの区間,所属する車庫から作業現場までの区間,ラフターを異動させるに当たって事故など起こしていない。
エ 株式会社コマキは,平成17年7月30日,債権者X11,同X7,同X15の3名に対し,同月25日にラフター13台を有明車庫に集結させた行為等は,就業規則63条(8)の業務命令に従わず職場の秩序を乱した時に該当するとして懲戒解雇に処するとの意思表示をした。
(3) 前記前提事実(1)イ,疎明資料(乙48)及び審尋の全趣旨によれば,一応,次の事実が認められる。
ア 債務者の就業規則には次の規定が存在する。
第63条 従業員が次の各号の1つに該当する場合は,次条の規定により懲戒を行う。
(1) ないし(7) 省略
(8) 業務命令に従わず,職場の秩序を乱した時。
(9)(10) 省略
第64条 懲戒は,その情状により,次の区分によって行う。又,その内容によっては2以上を併せて行う事がある。
(1) 譴責 省略
(2) 減給 省略
(3) 昇給停止 省略
(4) 出勤停止 省略
(5) 降格 省略
(6) 諭旨退職 省略
(7) 懲戒解雇 予告期間を設けることなく即時に解雇する。この場合に於いては所轄労働基準監督署長の認定を得た時は,予告手当は支給しない。
イ 債権者X11は勤続15年,同X7は同13年,同X15は同20年であるが,株式会社コマキからこれまで1度も懲戒処分を受けていない。
(4) 本件懲戒解雇の有効性の有無
ア 前記(2)(3)で認定した事実によれば,債権者X11,同X7,同X15ら本件組合の三役らが,甲野社長の13台のラフターを直ちに元に戻せとの命令に従わず,数時間にわたりラフターを有明車庫に置いたまま,本件整理解雇について抗議する行動をとったことが一応認められ,当該行為は,就業規則63条(8)号に反する業務命令違反行為であると認めるのが相当である。
イ かかる業務命令違反に対する処分としては,前記(3)アによれば,譴責処分から懲戒解雇まで7種類の処分があるところ,債権者X11ら本件組合の三役に対し,最も重い懲戒解雇処分を選択することが相当か,それとも懲戒権を濫用したものというべきかが問題となる。
この点については,前記2,3(2)(3)での認定事実及び審尋の全趣旨によれば,①本件整理解雇が有効であるとの疎明がない本件にあっては,本件組合としては,本件整理解雇直後に,早期に抗議・協議のために集会を開く必要があったこと,②債務者の翌日の業務運営等に具体的支障を与えていないこと,③債権者らは,ラフターを運転すること等により事故等を引き起こしていないこと,④債権者X11,同X7,同X15はいずれも勤続10年を越えているところ,これまで懲戒処分を受けたことがないことが一応認められ,これらの事情に照らすと,債権者X11ら3名に対する本件懲戒解雇処分は,権限を逸脱しており,有効と解することができず,当該判断を覆すに足りる的確な疎明資料は見あたらない。
4 争点3(保全の必要性)について
(1) 以上のとおり,本件においては,本件整理解雇,本件懲戒解雇が有効であるとの疎明がなく,また,疎明資料(甲28ないし33,41の1及び2,同42)及び審尋の全趣旨によれば,債権者らは債務者から支給される給与で家族の生活を賄ってきたことが一応認められる。そうだとすると,債権者らについては,賃金仮払の保全の必要性があると認めるのが相当であるが,債権者らの差し迫った生活の危険や不安を取り除くために必要な仮払金は債権者らが債務者から受領していた給与の約7割(債権者X3を除く)であると認めるのが相当であり,仮払期間については,将来の事情の変更,債務者の被る損害等を考慮すると,平成18年1月分から同年12月分までの範囲で必要性があると認めるのが相当である。
(2) 以上によれば,債権者X1については月額35万円,同X2については同30万円,同X4については同35万円,同X5については同30万円,同X6については同35万円,同X7については同35万円,同X8については同35万円,同X9については同35万円,同X10については同30万円,同X11については同30万円,同X12については同30万円,同X13については同30万円,同X14については同30万円,同X15については同35万円の限度で理由があり,それ以外は保全の必要性があるとの疎明がされているとは言い難い。
また,債権者X3については,疎明資料(甲41の1及び2)及び審尋の全趣旨によれば,平成17年10月から株式会社永山重機でアルバイトとして働き,月額30万円の収入を得ていることが一応認められ,そうだとすると,月額5万円の支払を求める限度で保全の必要性があると解するのが相当である。
5 結論
以上によれば,債権者らの本件申立ては,主文第1項の限度で理由があるので,事案の性質に照らし債権者に担保を立てさせないでこれを認容することとし,その余の申立ては理由がないのでこれを却下することにする。
(裁判官・難波孝一)
別紙債権目録<省略>