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東京地方裁判所 平成17年(ワ)10041号 判決 2006年9月27日

原告

X1

ほか二名

被告

Y1

ほか一名

主文

一  被告Y1は、原告X1に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成一五年一月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告Y1は、原告アメリカン・ホーム・アシュアランスカンパニーに対し、七三三二万三九二四円及びこれに対する平成一七年七月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告Y1は、原告X2に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成一五年一月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告アメリカン・ホーム・アシュアランスカンパニーの被告Y1に対するその余の請求及び原告らの被告明治安田損害保険株式会社に対する各請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、原告らと被告Y1との間では、同被告の負担とし、原告らと被告明治安田損害保険株式会社との間では、原告らの負担とする。

六  この判決は、第一項ないし第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(1)  主文第一項と同旨

(2)  被告Y1は、原告アメリカン・ホーム・アシュアランスカンパニーに対し、七六三二万三九二四円及びこれに対する平成一七年七月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(3)  主文第三項と同旨

(4)  被告明治安田損害保険株式会社は、被告Y1に対する(1)の判決が確定したときは、原告X1に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成一五年一月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(5)  被告明治安田損害保険株式会社は、被告Y1に対する(2)の判決が確定したときは、原告アメリカン・ホーム・アシュアランスカンパニーに対し、七六三二万三九二四円及びこれに対する平成一七年六月四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(6)  被告明治安田損害保険株式会社は、被告Y1に対する(3)の判決が確定したときは、原告X2に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成一五年一月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(7)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(8)  (1)ないし(6)につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(1)  原告らの請求をいずれも棄却する。

(2)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(1)  事故の発生

原告X1及びA(昭和○年○月○日生まれ。)は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)に遭ったところ、Aは、全身多発外傷を負い、平成一五年一月三日、本件事故後に搬入された千葉県医療センターにおいて死亡した。

日時 同日午前二時ころ

場所 千葉市美浜区浜田一丁目二―二先交差点(以下「本件交差点」という。)

加害車両 普通乗用自動車(<番号省略>。以下「被告車両」という。)

運転者 被告Y1

事故の態様 原告X1が運転し、Aが同乗する普通乗用自動車(<番号省略>。以下「原告車両」という。)が青信号に従い本件交差点に進入したところ、被告車両が赤信号を無視して本件交差点に進入し、原告車両の左側面に被告車両の前部を衝突させ、原告車両が逆転大破した。

(2)  責任原因

ア 被告Y1は、被告車両を運転して、信号機により交通整理の行われている本件交差点を幕張方面から豊砂方面に向かい直進するに当たり、対面信号機が赤色の灯火信号を表示しているのを本件交差点の停止線の手前約一二二メートルの地点で認め、直ちに制動措置を講ずれば停止線の手前で停止することができたにもかかわらず、追尾していたパトロールカーから逃走するため、これを殊更に無視し、時速約八五キロメートルで本件交差点に進入した結果、本件事故を発生させたから、民法七〇九条に基づき、原告X1らが本件事故により被った損害を賠償すべき責任を負う。

イ 被告明治安田損害保険株式会社(以下「被告会社」という。)は、本件事故の当時、Bとの間で、被告Y1を被保険者とし、被保険者と損害賠償請求権者との間で、被保険自動車の所有、使用又は管理に起因して他人の生命又は身体を害したことによる損害賠償請求訴訟の判決が確定したときは、被告会社が損害賠償請求権者に対し確定した損害賠償額を支払うことを内容とする自動車保険契約(以下「本件契約」という。)を締結し、本件契約には、被保険者が自ら運転者として運転中の「他の自動車」を被保険自動車とみなす他車運転危険担保特約が付されていたところ、被告車両は、被告Y1が所有する自動車以外の自動車で、その用途及び車種が自家用普通乗用自動車であり、この特約にいう「他の自動車」に該当する。

(3)  本件事故による原告X1の被害の程度

ア 傷病名

原告X1は、本件事故の結果、脳挫傷、肺挫傷、左鎖骨骨折、左腎破裂、慢性硬膜下血腫の傷害を負った。

イ 治療経過

原告X1は、前記傷害を治療するため、次のとおり入通院した(入院実日数一二〇日、通院実日数七日)。

(ア) 医療法人社団創進会みつわ台総合病院(以下「みつわ台総合病院」という。)

平成一五年一月三日に入院

(イ) 千葉大学医学部附属病院(以下「千葉大病院」という。)

平成一五年一月三日から二七日まで二五日間及び同年四月八日から一七日まで一〇日間各入院

(ウ) 千葉県千葉リハビリテーションセンター(以下「千葉リハビリセンター」という。)

平成一五年一月二七日から四月八日まで四一日間及び同月一七日から同年五月二三日まで三七日間各入院並びに同月二四日から平成一六年二月二三日まで通院(通院実日数七日)

ウ 後遺障害

原告X1は、前記傷害について、平成一六年五月二九日に症状が固定したところ、複視、記憶障害等の後遺障害が残存し、その程度は自動車損害賠償保障法施行令別表第二の五級に相当する。

(4)  損害等

ア 原告X1の損害

(ア) 治療関係費 一二四万五〇四五円

a 治療費 一〇六万五〇四五円

(a) みつわ台総合病院 二二万五六七〇円

(b) 千葉大病院 三七万三二八五円

(c) 千葉リハビリセンター 四六万六〇九〇円

b 入院雑費 一八万円

(イ) 休業損害 六五四万五〇四四円

原告X1は、本件事故の当時、一日当たりの収入が三万三〇七八円であったところ、本件事故の結果、二四六日間の休業を余儀なくされたから、本件事故と相当因果関係のある休業損害は、次の計算式のとおり六五四万五〇四四円となる。

3万3078円×246日=813万7188円

813万7188円-159万2144円(勤務先から支払を受けた金額)=654万5044円

(ウ) 後遺障害による逸失利益 一億六五二八万七九五六円

原告X1は、症状固定時三七歳であったところ、脊椎脊髄外科専門医・整形外科医として、勤務先におけるチームリーダーとして活躍を期待されていたにもかかわらず、前記後遺障害の結果、担当し得る手術治療はごく簡単なものに限られるなど、就労可能な三〇年間にわたり労働能力を八〇パーセント喪失したから、本件事故の前年の収入を基礎とし、中間利息をライプニッツ方式で控除して、本件事故と相当因果関係のある逸失利益を算出すると、次の計算式のとおり一億六五二八万七九五六円となる。

1344万318円×0.8×15.3724≒1億6528万7956円

(エ) 慰謝料 一九〇〇万円

a 傷害慰謝料 五〇〇万円

重傷を負わされたばかりか、同乗させていた親友であるAを亡くすという耐え難い経験をしたことなどを勘案すると、傷害慰謝料は、五〇〇万円が相当である。

b 後遺障害慰謝料 一四〇〇万円

(オ) 物的損害 一九二万六七三五円

原告X1は、本件事故の結果、所有する原告車両が大破したほか、身に着けていた物品等を損傷し、次の損害を被った。

a 原告車両の損害(全損) 一八〇万円

b 腕時計バンド(オメガ) 五万四〇〇円

c DVDプレーヤー 二万九八〇〇円

d パソコン修理費用 三万八五三五円

e 自宅駐車場リモコン 八〇〇〇円

(カ) 弁護士費用 五四五万円

イ Aの損害

(ア) 治療関係費 一〇万二七七二円

(イ) 逸失利益 五四一四万六五四三円

Aは、死亡当時、三五歳であり独身であったものの、母親を事実上扶養していたところ、本件事故に遭わなければ、三二年間就労可能であったから、本件事故の前年の収入を基礎とした上、生活費控除率を四〇パーセントとし、中間利息をライプニッツ方式で控除して、本件事故と相当因果関係のある逸失利益を算出すると、次の計算式のとおり五四一四万六五四三円となる。

571万721円×(1-0.4)×15.8026≒5414万6543円

(ウ) 慰謝料 二八〇〇万円

Aは、今後結婚して母親である原告X2への孝行を一層尽くしながら、弟妹たちの父親代わりとして、一家の支柱としての責めを果たし続けようとしていたところ、被告Y1の無謀な運転の結果、生命を一瞬にして奪われたものであって、その無念を考慮すると、慰謝料は二八〇〇万円が相当である。

ウ 相続

原告X2は、Aの母である。

エ 原告X2の損害

(ア) 慰謝料 二〇〇万円

(イ) 葬儀関係費用 一二〇万五六一三円

Aの葬儀に支出した金額九八万六四一三円に、原告X2、弟妹及び叔父の合計四名が北海道から葬儀参列のために支出した航空運賃二一万九二〇〇円の合計

(ウ) 弁護士費用 二〇〇万円

(5)  保険代位

原告アメリカン・ホーム・アシュアランスカンパニー(以下「原告会社」という。)は、本件事故の当時、原告X1との間で、原告X1を被保険者、原告車両を被保険自動車とする自動車総合保険契約(以下「本件契約」という。)を締結し、本件契約には、特約条項として、被保険自動車の正規の乗車装置又は当該装置のある室内に搭乗中の者を被保険者とする旨定められていたところ、本件契約に基づき、原告X1に対し三九一九万三九二四円を、原告X2に対し三四一三万円をそれぞれ支払った。

したがって、原告会社は、商法六六二条一項に基づき、原告X1及び原告X2が被告Y1に対して有する損害賠償請求権を、支払った保険金額の限度で取得した。

(6)  原告会社の損害―弁護士費用 三〇〇万円

(7)  まとめ

よって、

ア 原告X1は、

(ア) 被告Y1に対し、民法七〇九条に基づき、前記損害から弁済を受けた四一七八万二一八九円を控除した残額のうち一〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成一五年一月三日から支払済みまで同法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、

(イ) 被告会社に対し、本件契約に基づき、被告Y1に対する(ア)の判決が確定したときは、(ア)と同額の支払を求め、

イ 原告会社は、

(ア) 被告Y1に対し、民法七〇九条に基づき、七六三二万三九二四円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一七年七月七日から支払済みまで同法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、

(イ) 被告会社に対し、本件契約に基づき、被告Y1に対する(ア)の判決が確定したときは、七六三二万三九二四円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一七年六月四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求め、

ウ 原告X2は、

(ア) 被告Y1に対し、民法七〇九条に基づき、前記損害から弁済を受けた六四二三万二七七二円を控除した残額のうち一〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成一五年一月三日から支払済みまで同法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、

(イ) 被告会社に対し、本件契約に基づき、被告Y1に対する(ア)の判決が確定したときは、(ア)と同額の支払を求める。

二  請求原因に対する被告Y1の認否

(1)  請求原因(1)は認める。

(2)  請求原因(2)アのうち、被告Y1が、被告車両を運転して、信号機により交通整理の行われている本件交差点を幕張方面から豊砂方面に向かい直進していたこと、被告Y1が、追尾していたパトロールカーから逃走するため、時速約八五キロメートルで本件交差点に進入した結果、本件事故を発生させたこと、被告Y1が、民法七〇九条に基づき、原告X1らが本件事故により被った損害を賠償すべき責任を負うことは認め、その余は否認する。

被告Y1が赤信号に気が付いたのは、ブレーキを踏む寸前であった。

(3)  請求原因(3)は知らない。

(4)ア(ア) 請求原因(4)ア(ア)ないし(エ)は知らない。

(イ) 同(オ)のうち、原告X1が原告車両を所有していたことは認め、その余は知らない。

(ウ) 同(カ)は知らない。

イ 同イないしエは知らない。

(5)  請求原因(5)及び(6)は知らない。

三  請求原因に対する被告会社の認否

(1)  請求原因(1)は認める。

(2)  請求原因(2)イのうち、被告会社が、本件事故の当時、Bとの間で本件契約を締結していたこと、本件契約には、被保険者が自ら運転者として運転中の「他の自動車」を被保険自動車とみなす他車運転危険担保特約が付されていること、被告車両が、被告Y1が所有する自動車以外の自動車で、その用途及び車種が自家用普通乗用自動車であることは認め、その余は否認する。

(3)  請求原因(3)は知らない。

(4)ア(ア) 請求原因(4)ア(ア)ないし(エ)は知らない。

(イ) 同(オ)のうち、原告X1が原告車両を所有していたことは認め、その余は知らない。

(ウ) 同(カ)は知らない。

イ 同イないしエは知らない。

(5)  請求原因(5)及び(6)は知らない。

四  抗弁(被告会社)

(1)  被告車両の常時使用

本件契約における他車運転危険担保特約は、被保険者が常時使用する自動車は、「他の自動車」に該当しないと定めていたところ、被告Y1は、本件事故の当時、被告車両を常時使用していた。

(2)  通知義務違反

本件契約には、下記のような条項(以下「本件条項一」という。)があったところ、被告Y1は、本件事故の当時、ドリフト行為(違法競争型暴走行為)をしていた。

契約締結後、被保険自動車を競技、曲技又は試験のために使用する場合には、保険契約者又は被保険者は、書面をもってその旨を被告会社に通知し、承認の請求を行わなければならず、被告会社は、通知を受けるまでの間に生じた事故による損害又は傷害に対しては、保険金を支払わない。

(3)  被保険自動車の譲渡

本件契約には、被保険自動車が譲渡された後に、被保険自動車について生じた事故による損害又は傷害に対しては、被告会社は保険金を支払わない旨の条項(以下「本件条項二」という。)があったところ、被告Y1は、本件事故の前に、被告車両を譲り受けた。

五  抗弁に対する認否

(1)  抗弁(1)のうち、本件契約における他車運転危険担保特約が、被保険者が常時使用する自動車は「他の自動車」に該当しないと定めていたことは認め、その余は否認する。

(2)  抗弁(2)のうち、本件契約に本件条項一があったことは認め、その余は否認する。

(3)  抗弁(3)のうち、本件契約に本件条項二があったことは認め、その余は否認する。

第三証拠関係

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因(1)(本件事故の発生)について

請求原因(1)の事実は、当事者間に争いがない。

二  請求原因(2)(責任原因)及び抗弁(被告会社)について

(1)  請求原因(2)ア(被告Y1)について

請求原因(2)アのうち、被告Y1が、被告車両を運転して、信号機により交通整理の行われている本件交差点を幕張方面から豊砂方面に向かい直進していたこと、被告Y1が、追尾していたパトロールカーから逃走するため、時速約八五キロメートルで本件交差点に進入した結果、本件事故を発生させたこと、被告Y1が、民法七〇九条に基づき、原告X1らが本件事故により被った損害を賠償すべき責任を負うことは、原告らと被告Y1との間で争いがない。

(2)  請求原因(2)イ(被告会社)及び抗弁(1)(被告車両の常時使用)について

ア  請求原因(2)イのうち、被告会社が、本件事故の当時、Bとの間で本件契約を締結していたこと、本件契約には、被保険者が自ら運転者として運転中の「他の自動車」を被保険自動車とみなす他車運転危険担保特約が付されていること、被告車両が、被告Y1が所有する自動車以外の自動車で、その用途及び車種が自家用普通乗用自動車であることは、原告らと被告会社との間で争いがなく、抗弁(1)のうち、本件契約における他車運転危険担保特約が、被保険者が常時使用する自動車は「他の自動車」に該当しないと定めていたことも、原告らと被告会社との間で争いがない。

そこで、被告車両が他車運転危険担保特約にいう「常時使用する自動車」に該当するかどうかについて判断する。

イ  証拠(甲A一ないし四、丙九、一五の一ないし三、一七、一八、一九の一ないし六、二〇、証人C、被告Y1)によると、次の事実が認められる。

(ア) 被告Y1は、昭和○年○月○日生まれの男子であり、千葉県船橋市に住んでいたところ、平成一〇年六月一七日、普通自動車免許を受け、平成一一年ころから、通勤や買物の際に自動車を運転していた(当初購入した自動車は平成一三年までには廃車にしており、その後自動車を保有していなかった。)ところ、平成一四年六月ころ、他の自動車がアクロバチックな運転(「ドリフト」などと呼ばれ、ハンドル操作などを誤ると自動車のコントロールを失い、他の自動車や歩行者に衝突するおそれがあるとともに、エンジン音やスリップ音のために付近の住民に迷惑を掛ける運転)をしているのを見て、興味を引かれ、友人であるDから被告車両を借りるなどして、同年一二月中旬ころまでに、三、四回程度アクロバチックな運転をしていた。このうち、被告車両を使用して「ドリフト」を行ったのは二回であった(被告Y1は、このうち一回はDが同乗している際に許可を得て行い、もう一回はDが同乗していない際に許可を得ずに行った旨供述する。なお、被告Y1は、Dの許可を得ずに行った際は「たまたま」してしまったとも供述するが、不自然であり、にわかに信用することができない。)。

Dは、昭和○年○月○日生まれの男子であり、千葉県八千代市に住んでいたところ、自動車の運転免許を受けたことがないものの、平成一四年四月、被告車両(車種トヨタクレスタ、初度登録年月平成六年五月)を、ローンを組んで購入し(被告車両に係る平成一四年四月八日付け自動車検査証には、所有者の氏名として「株式会社オリエントコーポレーション」、使用者の氏名として「D」とそれぞれ記載されていた。)、同年夏ころから、被告Y1の求めに応じ、使用目的等を聞くことなく被告車両を少なくとも五回程度は貸していた。Dは、平成一四年七月、結婚に伴い東京都北区に転居したが、自宅の近所に駐車場を借りておらず、長期間路上駐車することが困難である一方、被告車両は、被告Y1方の近所で駐車しているのを目撃されていた。

被告Y1は、Dが被告車両を購入したころから、将来資金ができた時点で、被告車両を譲り受けようと考え、Dもこれを了承していた(Dの司法警察員に対する平成一五年一月二六日付け供述調書には、同月二日当時の事情について、「以前からY1は、この車を「二〇〇万円で買いたい。」と言っており、私もこのときは売る気になっていた」との記載部分がある。)ところ、被告車両を借りた際に、事前にDから了承を得ることなく、被告車両の前部に赤色塗料を塗った(被告車両の本体は、元来白色であった。塗った時期は、平成一四年一二月中旬以降である。)。

また、被告Y1は、被告車両の中に、被告Y1名義の現金給油カードや被告Y1あての保険金支払の案内(保険金支払日が同年七月二二日であることなどを通知する保険会社からのはがき)を置いていた。

(イ) 被告Y1は、被告車両を運転して「ドリフト」をしようと考え、平成一五年一月二日夕刻、Dから使用目的を告げることなく(Dも被告Y1に使用目的を尋ねることはなかった。)被告車両のキーを借りると、Dの了承を得ることなく被告車両のリアホイールを交換した上、同月三日午前一時三〇分ころ、千葉市美浜区<以下省略>の幕張メッセ駐車場わきに被告車両を駐車させて、他の自動車が付近の交差点において「ドリフト」をしているのを見学した後、自ら「ドリフト」をすることとし、同日午前一時五九分ころ、約一・四キロメートル北東にある交差点(同区<以下省略>所在の全国市町村振興協会市町村職員中央研修所付近の交差点)において、「ドリフト」(交差点の手前で減速してローギアで交差点に進入し、クラッチを踏むと同時にアクセルを踏み込んでエンジン回転を上げ、ハンドルを右に切るとともに一気にクラッチを離すと、後輪がハンドルを切った方向と反対方向に横滑りしながら、大きなエンジン音及びスリップ音を出しつつ、急転回すること)をした。

被告Y1は、同じ交差点で再びドリフトをしようと考え、被告車両を運転して、全国市町村振興協会市町村職員中央研修所前の市道を花見川区幕張町方面から美浜区豊砂方面に向かい時速約七〇キロメートルで進行中、左方の小さな交差道路に赤色灯を点灯させて停止しているパトロールカー(警ら用小型自動車)を発見し、捕まると思って逃走を図り、途中でパトロールカーが追跡してくることを確認し、時速約八五キロメートルまで加速して約九〇メートル進行したところ、約一一六・二メートル前方(本件交差点の停止線までの距離約一二二メートル)に本件交差点の対面信号機が赤色を表示しているのを認めた(なお、被告Y1は、「赤信号に気が付いたのは、ブレーキを踏む寸前であった」などと主張するが、証拠(丙一八)によると、被告Y1は、被告Y1を被告人とする刑事手続の第一回公判期日に実施された被告人質問の際、弁護人の質問に答えて、パトロールカーに追跡されていることに気が付いた時点で対面信号機が赤色を表示しているのを見た旨の供述をしていることが認められ、採用することができない。)ものの、停止線で停止すると追跡してくるパトロールカーに捕まると考え、そのまま本件交差点に直進進入することとし、更に約一〇三・四メートル進行した。すると、交差道路を右方(習志野市香澄方面)から進行してくる原告車両(原告X1運転、A同乗)の前照灯を認め、被告Y1は急ブレーキをかけたが間に合わず、同日午前二時ころ、被告車両は、更に約三一・五メートル進行した本件交差点内において、青信号に従って本件交差点に進入した原告車両と出合い頭に衝突し、原告車両は逆転大破した。

なお、本件事故の場所は、北東(花見川区幕張町方面)から南西(美浜区豊砂方面)に通じる道路と、北西(習志野市香澄方面)から南東(美浜区ひび野方面)に通じる道路とが交差する交差点(本件交差点)で、信号機により交通整理が行われていたところ、路面はアスファルト舗装されて平たんで乾燥しており、最高速度毎時五〇キロメートル、駐車禁止の交通規制がされていた。

ウ  被告Y1は、平成一四年夏ころから本件事故の当日まで約半年間にわたり、Dから、少なくとも五回程度は使用目的も告げずに自由に被告車両を借りて、そのうち三回はアクロバチックな運転(ドリフト)をしていること、事前にDから了承を得ることなく、勝手に塗装や交換をしていること、被告車両内に自己の現金給油カードや保険会社からのはがきを置いていたことなど、前示事実関係により認められる被告Y1の被告車両に対する支配関係、使用期間、使用頻度、使用目的等を総合すると、被告車両は、他車運転危険担保特約にいう「常時使用する自動車」に該当するというべきである。

したがって、抗弁(1)は、理由がある。

三  請求原因(3)(本件事故による原告X1の被害の程度)について

(1)  同ア(傷病名)について

前示事実関係に証拠(甲B一の一ないし五)を総合すると、同アの事実が認められる。

(2)  同イ(治療経過)について

ア  同(ア)(みつわ台総合病院)について

前示事実関係に証拠(甲B一の一、一八)を総合すると、

同(ア)の事実が認められる。

イ  同(イ)(千葉大病院)について

前示事実関係に証拠(甲B一の二・五、一八)を総合すると、同(イ)の事実が認められる。

ウ  同(ウ)(千葉リハビリセンター)について

前示事実関係に証拠(甲B一の三・四、一八)を総合すると、同(ウ)の事実が認められる。

(3)  同ウ(後遺障害)について

ア  前示事実関係に、証拠(甲B一の一ないし五、二、一三ないし一五、一九の一・二)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(ア) 原告X1は、昭和○年○月○日生まれの男子で、本件事故の当時、整形外科医として病院に勤務していたところ、本件事故により負傷し、平成一五年一月三日にみつわ台総合病院に入院した。

みつわ台総合病院の医師が原告X1について作成した同月二〇日付け診断書には、次のような記載がある。

a 傷病名

肺挫傷、左鎖骨骨折、左腎破裂、頭部打撲・切創、腹部打撲、頚椎捻挫

b 治療経過及び治療の見通し

「乗用車で走行中、他車と衝突し搬送となり上記診断にて入院となる。いずれも保存的治療の適応であったが、入院後八時間経過しても意識レベルの低下が認められたため遅発性出血を疑い再度頭部CT、胸部CTを施行し異常はないため経過観察したい。家族の希望で同日他院へ転院となった。」

c 初診時の意識障害

混濁(継続期間八時間)

(イ) 原告X1は、平成一五年一月三日から二七日まで、千葉大病院に入院したところ、千葉大病院の医師が原告X1について作成した一六年二月四日付け診断書には、次のような記載がある。

a 傷病名

脳・肺挫傷、左鎖骨遠位端骨折、頚椎捻挫

b 症状の経過、治療の内容及び今後の見通し

「H一五・一・三受傷。同日前医より転院。意識障害JCSⅡ―二〇―三〇。上記認め保存的に加療し、一月二七日千葉県リハビリテーションセンターへ転院」

c 初診時の意識障害

あり(程度JCSⅡ―二〇―三〇)

(ウ) 原告X1は、千葉リハビリセンターに、平成一五年一月二七日から五月二三日まで入院するとともに、同月二四日から平成一六年二月二三日まで通院した(通院実日数九日)ところ、千葉リハビリセンターの医師が原告X1について作成した診断書には、次のような記載がある。

a 平成一五年四月八日付け診断書

(a) 傷病名

脳挫傷

(b) 症状の経過、治療の内容及び今後の見通し

「記憶障害を主とする高次脳機能、右動眼神経麻痺、右下外斜視による複視に対するリハビリテーション目的に紹介され、千葉大学医学部附属病院より転入院。当初著明な短期記憶障害とそれに基づく遅延再生の障害が高度であったが、徐々に回復し、ほぼ評準値となっている。複視は幾分軽快しているが残存。今後、整形外科医として復職可となるかどうか不明。」

(c) 主たる検査所見

MRI検査の結果、両側海馬及び左上丘に高信号を認めるとともに、左硬膜下水腫を認めた。

b 平成一六年二月二三日付け診断書

(a) 傷病名

脳挫傷、慢性硬膜下血腫

(b) 症状の経過、治療の内容及び今後の見通し

「H一五年四月八日頭痛出現。CTで左慢性硬膜下血腫と脳圧迫所見を認めたため、千葉大学医学部附属病院脳神経外科に転院。同日、穿頭洗浄ドレナージ手術受ける。術後経過良好とのことで四月一七日再入院。CTで術後の経過観察と高次脳機能再評価、記憶障害に対する代償手段獲得訓練を実施し五月二三日退院。六月末より復職し、外来で経過観察をしている。」

(c) 主たる検査所見

<1> 平成一五年四月八日実施のCT検査の結果

正中線偏位を伴う左硬膜下水腫内血腫

<2> 同月二四日実施のCT検査の結果

左硬膜下水腫。左側脳室体部狭小化

<3> 同年五月二二日実施のCT検査の結果

左硬膜下水腫は消失し、シルビウス裂の開大を認める。

c 平成一六年五月二九日付け自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書

(神経内科関係)

(a) 診断日

同年二月二三日

(b) 症状固定日

同日

(c) 傷病名

脳挫傷、慢性硬膜下血腫

(d) 自覚症状

記憶障害、複視

(e) 精神・神経の障害(他覚症状及び検査結果)

<1> WAIS―R知能診断検査

VIQ一二七、PIQ一三三、IQ一三三

<2> WMS―R記憶検査

言語性記憶一一八、視覚性記憶一〇四、一般的記憶一一六、注意集中力一〇〇、遅延再生一〇六

<3> MRI

左側頭葉軽度萎縮

(f) 障害内容の増悪・緩解の見通し

固定

d 平成一六年五月二九日付け自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書

(眼科関係)

(a) 診断日

同月六日

(b) 傷病名

右下外斜視、回旋斜視

(c) 自覚症状

複視

(d) 精神・神経の障害(他覚症状及び検査結果)

眼位は正位から右下外斜視を認め、シノプトで八度前後の外回旋を認める。現在のところ眼位は固定していない。

(e) 視力

<1> 裸眼

右〇・〇四、左〇・〇四

<2> 矯正

右一・五、左一・五

(f) 障害内容の増悪・緩解の見通し

「改善の可能性は少ないが、眼位が固定した段階で手術を検討する。手術をしたとしても全方向での改善は難しい。」

(エ) 原告X1は、平成一六年四月八日から一七日まで千葉大病院に入院したところ、千葉大病院の医師が原告X1について作成した同年二月四日付け診断書には、次のような記載がある。

a 傷病名

慢性硬膜下血腫、脳挫傷、複視、記銘力障害

b 症状の経過、治療の内容及び今後の見通し

「H一五・一・三交通事故にて受傷。外傷性くも膜下出血、左硬膜下血腫、末梢性動眼神経麻痺、肺挫傷、左鎖骨々折などを認め、当院ICU、整形外科に入院。一・二七リハビリテーションセンターに転院。三・四より頭痛が増強し、CT施行したところ慢性硬膜下血腫の増大認め、千葉大学再転院となり、四・八穿頭術施行。その後経過にて大きな障害は発生していないが、複視、記銘力障害が後遺している。」

c 主たる検査所見

「外傷性くも膜出血、慢性硬膜下血腫、動眼神経麻痺、脳挫傷、肺挫傷、鎖骨々折」

d 初診時の記憶障害

傾眠傾向(継続期間約三週間)

(オ)a 損害保険料率算出機構千葉自賠責損害調査事務所長が原告X1について平成一六年七月二八日付けで作成した後遺障害等級認定票には、結論として後遺障害等級併合一一級と判断する旨の記載があるほか、理由として「一頭部外傷後の、記憶障害については、「頭部外傷後の意識障害についての所見」では神経心理学的検査のWAIS―R IQ一三三・VIQ一二七・PIQ一三三、WMS―R 言語性記憶一一八・視覚性記憶一〇四・一般的記憶一一六・注意集中力一〇〇・遅延再生一〇六で精神障害・性格障害の程度では軽度「物忘れ」以外に異常は所見されておりません。また、「日常生活状況報告書」によれば通常に就労していることが窺えます、(ママ)しかし提出の画像から、後遺障害診断書にも所見されている通り左側頭葉に軽度脳萎縮が認められることから、「労働には通常差し支えないが、医学的に証明しうる神経系統の機能又は精神の障害を残すもの」と捉え別表第二第一二級一二号適用と判断します。二複視(正面視)については、提出のヘスチャート等から右下外斜視・回旋斜視によるものとして医学的に証明しうるものと捉えられ、自賠法施行令別表二備考六を適用し別表第二第一二級相当と判断します。三左頭頂部手術痕については、提出の医証より鶏卵大に達しないと捉えられることから、自賠責保険の後遺障害に該当しないものと判断します。以上一、二より別表第二併合第一一級と判断します。」と記載されている。

b 原告X1は、損害保険料率算出機構千葉自賠責損害調査事務所長の後遺障害等級の認定に対し異議申立てをしたところ、その「異議申し立て」と題する書面には、「私は整形外科の医師です。確かに現在は、朝勤務先の病院に出勤し夜帰宅する、という事故前の勤務体制に戻っています。しかし、病院における仕事の内容は以前とは全く異なるものです。私の記憶障害は事故直後よりは格段に改善したと思います。しかしながら、その日の日付が覚えられずカルテへの記載の度にカレンダーで確認しなくてはならない、外来で何度も会った患者さんの名前・顔・病名を覚えていられない、入院中の患者さんの病状を忘れてしまい、回診の度にカルテを確認しなくてはならない、業務上の重要な伝言を忘れてしまう、その日の午前中にあった出来事を夕方には思い出せない、など医師という職業にとっては致命的となりかねない症状が残存してしまいました。些細なことも可能な限り手帳に書き取る、ボイスレコーダーで患者さんのとのやりとりを記録する、といった作業の繰り返しです。その患者さんの病態の詳細を覚えていることができずに、事故前のような手術は行うことができません。比較的簡単な手術のサポート役に甘んじる他ありません。病院側の配慮で以前と同条件での復職となっていますが、実際には以上のように事故前とは全く異なる就労状態となっていることを再度御考慮いただけることを切に願っています。」などと記載されている。

また、千葉リハビリセンターの医師が原告X1について平成一六年一〇月一八日付け作成した意見書には、「WMS―Rの検査結果とともに物忘れ症状を軽度としましたが、通常の日常生活レベルにおいての所見であります。受傷前の状態と比較すると障害は中等度以上と判断します。整形外科の中でも脊椎脊髄外科を専門とし、卒後一二年という時期にあって、チームのリーダーとして活躍が期待されていた矢先の受傷でした。平成一五年七月からリハビリテーションをかねて元の勤務先に復帰されましたが、その内容は現在も整形外科医としては保護的就労になっています。中枢性眼球運動障害に基づく複視、さらには視覚性を主とする記憶障害のために手術治療は極簡単なものに限られています。記憶障害を補うための詳細な記録が必要であるとともに注意集中力低下があることから外来・入院ともに通常より時間がかかります。その為か、平成一六年四月には整形外科医の中では年長者となったにもかかわらず亜急性期病室、リハビリ担当を命じられています。本人にとっては不本意かつストレスの多いことと推察できます。実際、眼精疲労も加わり頭痛のために鎮痛剤を必要とする頻度が多くなっているようです。」との記載がある。

c 損害保険料率算出機構千葉自賠責損害調査事務所長が原告X1について平成一七年二月二日付けで作成した後遺障害等級認定票には、結論として「既認定どおり自賠等級別表第二併合第一一級と判断します」と記載されるほか、理由として「自賠責保険の後遺障害として頭部外傷後の記憶障害等の症状を評価する場合には、神経系統の機能又は精神の障害として評価することとなりますが、前回認定である第一二級一二号を超える評価としては、「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」が第九級一〇号として定められています。したがって、被害者の訴える記憶障害等の症状が「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」として捉えられるか、審議を行いましたが、異議申立においては、記憶障害について、その日の日付が覚えられない、何度も会った患者さんの名前・顔・病名を覚えられない等の訴えがなされているものの、前回認定にもあるように、WAIS―R知能診断検査はVIQ一二七、PIQ一三三、IQ一三三であり、記憶に対する検査であるWMS―Rでも、言語性記憶一一八、視覚性記憶一〇四、一般的記憶一一六、注意・集中力一〇〇、遅延再生一〇六とされ、何ら異常値は認められません。したがって、これら神経心理学的検査結果は訴えの記憶障害等を裏付ける所見とは捉えられず「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」として評価することはできないことから、左側頭葉に軽度脳萎縮が認められることを評価した既認定の第一二級一二号を上回る等級評価は困難であり、自賠責保険の後遺障害としては既認定どおり第一二級一二号適用と判断します。」、「複視については、自賠責保険における後遺障害としては、正面視で複視を生じるものが第一二級相当、左右上下視等で複視を生じ正面視では複視をしょうじ(ママ)ないものが第一四級相当とされています。本件については提出のヘスチャートから正面視で複視を生じるもの(ママ)捉えられることから、既認定どおり第一二級相当適用と判断します。」、「左頭頂部手術痕については、既認定どおり非該当と判断します。」との記載がある。

イ  以上の事実関係によると、原告X1の本件事故による傷害は、平成一六年五月二九日に症状が固定した(神経内科関係については、同年二月二三日に症状が固定したというべきであるが、眼科関係については、千葉リハビリセンターの医師が自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書を作成した日をもって症状固定日と考えるのが相当である。)ところ、原告X1は、本件事故の結果、損害保険料率算出機構の認定どおり、<1>神経系統の機能又は精神の障害(後遺障害等級一二級一二号)、<2>複視(後遺障害等級一二級)の後遺障害を負ったと認めるのが相当である。

これに対し、原告X1は、後遺障害等級五級に相当する後遺障害が残存していると主張し、前示事実関係によると、本件事故の前とは異なり、整形外科医として手術を行うことができなくなっていることは一応認められるものの、他方において、前示事実関係によると、原告X1は、本件事故の当時勤務していた病院に復帰し、本件事故前の勤務体制に戻っていること、原告X1の神経心理学的検査結果は、正常であることが認められ、原告X1が訴える記憶障害は、医学上の根拠に乏しいというべきであり(千葉リハビリセンターの医師が原告X1について平成一六年一〇月一八日付け作成した意見書には、「受傷前の状態と比較すると障害は中等度以上と判断します。」との記載があるが、その医学上の根拠は明らかでない。また、仮に原告X1が訴えるような記憶障害が残存しているとしても、前示事実関係によると、記憶を補完する代償手段は確立しているというべきである。)、これらの事実関係に照らすと、神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができない状態にあるとまではいえず、他に原告X1の前示主張事実を認めるに足りる証拠はない。

四  請求原因(4)(損害等)について

(1)  同ア(原告X1の損害)について

ア  治療関係費 一二四万五〇四五円

(ア) 治療費 一〇六万五〇四五円

a みつわ台総合病院 二二万五六七〇円

前示事実関係に、証拠(甲B四、一八)に弁論の全趣旨を総合すると、請求原因(4)ア(ア)(治療関係費)a(治療費)(a)(みつわ台総合病院)の事実が認められる。

b 千葉大病院 三七万三二八五円

前示事実関係に、証拠(甲B四、一八)に弁論の全趣旨を総合すると、請求原因(4)ア(ア)a(b)(千葉大病院)の事実が認められる。

c 千葉リハビリセンター 四六万六〇九〇円

前示事実関係に、証拠(甲B四、一八)に弁論の全趣旨を総合すると、請求原因(4)ア(ア)a(c)(千葉リハビリセンター)の事実が認められる。

(イ) 入院雑費 一八万円

前示した原告X1の入院期間に照らすと、原告X1が主張する入院雑費一八万円は、本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

イ  休業損害 六〇六万六八三二円

前示事実関係に、証拠(甲B一七、原告X1)及び弁論の全趣旨を総合すると、原告X1は、本件事故の当時、病院において整形外科医として勤務し、平成一四年に上都賀厚生農業協同組合連合会から支払を受けた給与及び賞与の額は一三四四万三一八円であるところ、本件事故の結果、二四六日間の休業を余儀なくされたことが認められ、これに、前示のとおり、原告X1の後遺障害が<1>神経系統の機能又は精神の障害(後遺障害等級一二級一二号)、<2>複視(後遺障害等級一二級)であることをも考え合わせると、原告X1は、本件事故の結果、入院期間である一五一日間は一〇〇パーセント、その余の通院期間である九五日間(246日-151日)は平均して六〇パーセントそれぞれ就労ができなかったというべきであり、本件事故と相当因果関係のある休業損害は、次の計算式のとおり算出された七六五万八九七六円と認めるのが相当である。そして、原告X1は、勤務先から一五九万二一四四円の支給を受けたことを自認しているから、これを控除すると、六〇六万六八三二円となる。

1344万318円÷365日≒3万6822円

3万6822円×(151日+95日×0.6)=765万8976円

ウ  後遺障害による逸失利益 四一三二万一九八八円

前示事実関係によると、原告X1は、症状が固定した当時三七歳であったところ、本件事故による後遺障害の結果、就労可能な三〇年間にわたり労働能力を二〇パーセント喪失したということができるから、本件事故と相当因果関係のある逸失利益は、本件事故の前年である平成一四年の年収を基礎とし、中間利息をライプニッツ方式で控除して、次の計算式のとおり算出された四一三二万一九八八円と認めるのが相当である。

1344万318円×0.2×15.3724≒4132万1988円

エ  慰謝料 八四〇万円

(ア) 傷害慰謝料 三四〇万円

前示した原告X1の受傷の部位、程度、入通院経過、本件事故の態様その他諸般の事情を考慮すると、原告X1の傷害についての慰謝料は、三四〇万円が相当である。

(イ) 後遺障害慰謝料 五〇〇万円

前示した原告X1の後遺障害の内容、これに伴う日常生活への影響、本件事故の態様等を考慮すると、原告X1の後遺障害についての慰謝料は、五〇〇万円が相当である。

オ  物的損害 一九二万六七三五円

同(オ)(物的損害)のうち、原告X1が原告車両を所有していたことは、当事者間に争いがなく、これに、前示事実関係並びに証拠(甲A四、B三の一、五ないし九、一〇の一・二、一一、一二、原告X1)及び弁論の全趣旨を総合すると、原告X1所有の原告車両は、本件事故の結果、大破して全損となったところ、本件事故の当時の時価額は一八〇万円であること、本件事故の当時、原告X1が身に着け、又は原告車両内に存在した腕時計バンド(オメガ)、DVDプレーヤー、パソコン及び自宅駐車場リモコンが本件事故により損傷し、原告X1は、それらの修理費用等として腕時計バンドについては五万四〇〇円、DVDプレーヤーについては二万九八〇〇円、パソコンについては三万八五三五円、自宅駐車場リモコンについては八〇〇〇円を負担したことが認められる。

カ  弁護士費用 一七一万円

原告X1は、四一七八万二一八九円の損害のてん補を受けていることを自認しているから、これを前示損害額(アないしオの合計額五八九六万六〇〇円)から控除すると、一七一七万八四一一円となる。

そして、弁論の全趣旨によると、原告X1は、本件訴訟の提起及び追行を訴訟代理人に委任し、相当額の費用及び報酬の支払を約束していることが認められるところ、本件事案の性質、審理の経過、認容額その他諸般の事情を考慮すると、原告X1が本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求めることができる弁護士費用は、一七一万円が相当である。

(2)  同イ(Aの損害)について

ア  治療関係費 一〇万二七七二円

前示事実関係に、証拠(甲C一、一〇)及び弁論の全趣旨を総合すると、Aは、昭和○年○月○日生まれの男子であるところ、本件事故の当時、原告車両に同乗し、本件事故に遭った結果、全身多発外傷を負い、千葉県救急医療センターに搬送され、治療費(文書料を含む。)として一〇万一五二二円を負担するとともに、交通事故証明書、印鑑証明書及び戸籍謄本の取得費用として一二五〇円を負担したことが認められる。

イ  逸失利益 四五一二万二一一九円

前示事実関係に、証拠(甲C二、六)及び弁論の全趣旨を総合すると、Aは、本件事故による受傷の結果、平成一五年一月三日、本件事故後に搬入された千葉県医療センターにおいて死亡したこと、Aは、本件事故の当時、三五歳で独身であり、久光製薬株式会社において稼働し、平成一四年に同社から支給を受けた給料賞与の額は五七一万七二一円であることが認められるから、本件事故と相当因果関係のある逸失利益は、平成一四年の年収五七一万七二一円を基礎とし、生活費控除率を五割とし(原告らは、Aが母親を事実上扶養していたと主張し、原告X2本人尋問の結果(原告X2本人の陳述書(甲C一四)を含む。)中にもこれに沿うかのような供述部分があるが、久光製薬株式会社がAについて発行した平成一四年分の給与所得の源泉徴収票(甲C六)には、配偶者を除く扶養親族の記載がなく、原告X2本人の前示供述部分を的確に裏付ける証拠もなく、にわかに採用することができない。)、中間利息をライプニッツ方式で控除して、次の計算式のとおり算出した四五一二万二一一九円と認めるのが相当である。

571万721円×(1-0.5)×15.8026≒4512万2119円

ウ  慰謝料 二二〇〇万円

Aの年齢、家族構成、本件事故の態様その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、Aの死亡による慰謝料は、二二〇〇万円が相当である。

なお、原告らは、Aが原告X2ら一家の支柱であったかのように主張するが、前示したところに照らして採用することができない。

エ  小計

以上のAの損害額を合計すると、六七二二万四八九一円となる。

(3)  同ウ(相続)について

証拠(甲C一二、一三)によると、同ウの事実が認められる。

(4)  同エ(原告X2の損害)について

ア  慰謝料 五〇〇万円

前示事実関係その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、本件事故によりAが死亡したことに対する原告X2の精神的苦痛を慰謝するには五〇〇万円が相当である。

イ  葬儀関係費用 一二〇万五六一三円

証拠(甲C三の一・二、四の一ないし三、五の一・二、一〇)及び弁論の全趣旨によると、原告X2は、Aの葬儀関係費用として、一二〇万五六一三円を負担したことが認められ、本件事故と相当因果関係のある損害として同額を被ったというべきである。

ウ  弁護士費用 九一万円

原告X2は、六四二三万二七七二円の損害のてん補を受けていることを自認しているから、これを前示損害額(相続したAの損害額も合計した七三四三万五〇四円)から控除すると、九一九万七七三二円となる。

そして、弁論の全趣旨によると、原告X2は、本件訴訟の提起及び追行を訴訟代理人に委任し、相当額の費用及び報酬の支払を約束していることが認められるところ、本件事案の性質、審理の経過、認容額その他諸般の事情を考慮すると、原告X2が本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求めることができる弁護士費用は、九一万円が相当である。

五  請求原因(5)(保険代位)について

証拠(甲B三の一ないし四、五、一六、甲C七ないし九、一一)及び弁論の全趣旨によると、原告会社は、本件事故の当時、原告X1との間で、本件契約を締結していたこと、本件契約には、特約条項として、被保険自動車の正規の乗車装置又は当該装置のある室内に搭乗中の者を被保険者とする旨定められていたこと、原告会社は、本件契約に基づき、原告X1に対し三九一九万三九二四円を、原告X2に対し三四一三万円をそれぞれ支払ったことが認められる。

したがって、原告会社は、商法六六二条一項に基づき、原告X1及び原告X2が被告Y1に対して有する損害賠償請求権(原告X1につき五八九六万六〇〇円、原告X2につき七三四三万五〇四円)を、支払った保険金額の限度で取得したというべきである。

六  請求原因(6)(原告会社の損害)について

原告会社は、弁護士費用相当額の損害を被った旨主張するが、原告会社の被告Y1に対する請求は、保険代位により取得した原告X1及び原告X2の被告Y1に対する損害賠償請求権であり、その行使に要する弁護士費用の賠償を認めるべき根拠は明らかでなく(原告会社が保険代位した時点で既に原告X1及び原告X2が本件訴訟の提起及び追行を訴訟代理人に委任していたなどの事情は認められない。)、原告会社の主張は、理由がない。

七  結論

よって、原告X1及び原告X2の被告Y1に対する各請求は、いずれも理由があるから認容し、原告会社の被告Y1に対する請求は、七三三二万三九二四円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成一七年七月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、原告らの被告会社に対する請求は、いずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条、六五条一項本文を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林邦夫)

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