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東京地方裁判所 平成17年(ワ)1031号 判決 2006年2月07日

原告

同訴訟代理人弁護士

上本忠雄

渡辺智子

樫尾わかな

角田雄彦

古屋有実子

藤田祥行

被告

株式会社光輪モータース

同代表者代表取締役

B

同訴訟代理人弁護士

元田秀治

重隆憲

主文

一  原告が、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、平成一六年七月から本判決確定の日まで毎月末日限り月額金一九万五三六七円を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  主文第一項と同旨

二  被告は、原告に対し、平成一六年七月から本判決確定の日まで毎月末日限り月額金二四万一〇五九円を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告の従業員であった原告が、被告に対し、懲戒解雇の無効を主張して労働契約上の地位確認及び賃金支払を求めた事案である。

1  前提事実(争いがないか、後掲証拠及び弁論の全趣旨によって認められる)

(1)  当事者

ア 被告は、オートバイ、オートバイ用品等の販売を主な業務内容とする会社である。

イ 原告は、平成六年九月、被告に雇用され、主にオートバイ用ヘルメットやブーツ等の接客販売に従事し、平成一六年六月二八日付けの懲戒解雇当時、被告第一倉庫(東京都台東区(以下略)所在〔書証略〕)において、倉庫業務に従事していた。

なお、原告は、個人加盟方式の労働組合である全統一労働組合(以下、「全統一」という)の組合員であり、そのうち被告従業員で構成される光輪モータース分会(以下、「分会」といい、全統一と一括して「組合」という)に所属する者である。

(2)  原告の転居とこれに伴う通勤経路

原告は、平成一〇年五月、従来の住所地であった東京都足立区内から千葉県白井市内に転居した。

その際、原告は、被告に対し、「北総開発鉄道北総・公団線a駅file_3.jpg(同北総線・直通)file_4.jpg都営地下鉄浅草線浅草駅(営団地下鉄〔現東京メトロ〕銀座線に乗換)file_5.jpg(同銀座線)file_6.jpg同銀座線上野駅」という通勤経路(以下「従前の通勤経路」という)を申告し、平成一〇年一〇月ころまでの間、この経路で通勤した。

なお、その当時、被告においては、組合との間において「通勤交通費は実費を支給する」旨の合意がなされていた。

当時、従前の通勤経路による一か月の定期代は四万〇九一〇円であったが、その後の運賃改定により四万三二七〇円となった。(証拠略)

(3)  通勤経路の変更

原告は、平成一〇年一一月ころ、通勤経路を「北総開発鉄道北総・公団線a駅file_7.jpg(同北総線)file_8.jpg京成高砂駅(京成電鉄京成本線に乗換)file_9.jpg(同京成本線)file_10.jpg同京成本線京成上野駅」に変更し、その後、この通勤経路(以下「変更後の通勤経路」という)で通勤したが、この変更を被告に申告することなく、平成一五年六月までの間、従前の通勤経路に基づく通勤手当を受給していた(以下、「本件不正受給」という)。

なお、変更後の通勤経路による一か月の定期代は三万六四六〇円である。(証拠略)

(4)  原告の懲戒解雇

被告は、平成一六年六月二八日、原告に対し、同日付けで原告を懲戒解雇する旨意思表示をした(以下「本件懲戒解雇」という)。

なお、同日付け解雇通知書には、以下のとおり記載されていた(書証略)。

「あなたを、就業規則第四六状に基づき平成一六年六月二八日をもって解雇いたします。

(解雇理由)

あなたは、通勤定期代を会社に請求するにあたり、虚偽の請求を行い不正に定期代を受給していました。これは就業規則第三九条一一項並びに第四五条一一項の規定する行為に該当する」

なお、原告は、本件懲戒解雇まで懲戒処分を受けたことはなかった。

(5)  被告の就業規則

被告の就業規則には、以下の定めがある(書証略)。

「(服務心得)

第三九条 従業員は常に次の事項を守り服務に精励しなければならない。

一、から一〇、(略)

一一、従業員が故意又は重大なる過失により会社に損害を与えた時は弁償させることが有る。

一二、から一六、(略)」

「(制裁)

第四五条 従業員が次の各号の一に該当する時は次条の規程により制裁を行う。

一、から一〇、(略)

一一、業務上の指揮命令に違反した時。

一二、(略)

(制裁の種類・程度)

第四六条 制裁をその情状により次の区分により行う。

一、訓戒……始末書をとり将来を戒める。

二、減給……一回の額が平均賃金の一日分の半額、総額が一ヵ月の賃金総額の一〇分の一の範囲で行う。

三、出勤停止…一四日以内の出勤を停止しその時間中の賃金は支払わない。

四、懲戒解雇…予告期間を設けることなく即時解雇する。この場合において所轄労働基準監督署長の認定を受けた時は予告手当(平均賃金の三〇日分)を支給しない」

(6)  原告の賃金

原告の手取月額給与は、平成一六年四月から同年六月の平均で二四万一〇五九円(同年四月及び同年五月がいずれも二三万一八二七円、同年六月が二五万九五二三円〔書証略〕)であり、毎月二〇日締め当月末日払であった(証拠略)。

2  争点

本件懲戒解雇は、次の点からみて無効であるか否か。

(1)  相当性を欠くか。

(2)  団交協議事項違反があったか。

(3)  不当労働行為性が認められるか。

3  争点に対する当事者の主張

(1)  争点(1)(本件懲戒解雇の相当性)について

(被告の主張)

原告は、被告に対し、<1>平成一〇年一〇月ころから平成一五年六月分まで、真実の通勤経路及び定期代を偽って、水増した定期代月額四万三二七〇円を請求して受給し、<2>平成一五年七月以降の交通費調査の際には、自己の不正受給行為が発覚することを恐れて、定期券のコピーを提出を拒み、<3>同年一〇月中旬、虚偽の通勤経路及び虚偽の定期代を記載した「定期代申告書」と題する書面等を提出し、<4>同月、「通勤費調査書」と題する書面を提出して定期代の水増分二万〇四三〇円を詐取しようとし、<5>平成一六年六月二八日の本件懲戒解雇に至るまで、被告の要請にもかかわらず、事実の説明・回答せず、また、本件懲戒解雇に至るまで不正受給金額の返還をしようとせず、<6>本件懲戒解雇後は「思い違い」であると虚偽の弁解をして不正受給金額は返還すると述べ、<7>本件訴状では、定期代の水増分について正当な受領権限があるかの如き開き直りの主張をしている。

このように原告の本件不正受給行為は悪質であり、その後の原告の対応も極めて不誠実で何らの反省もないから、本件懲戒解雇は相当である。

(原告の主張)

被告においては、通勤手当は会社と自宅間の定期券代を申告することによって、同額を給与の一部として支払うことが合意されており、通勤手当を受領しながら、実際には当該交通機関を利用しないで、オートバイで通勤することも認めていた。かかる労使間の合意内容からすれば、原告が、実際の定期券代として最も一般的な経路で申告しながら、一つ手前の駅で降りて徒歩で会社に向かうこと、あるいは時間が余計にかかっても、交通費が安くなる路線・乗り換え方法を選択することがその合意内容に反しないと考えたとしても、一方的に非難するのは酷である。

原告が申告した以外の経路で通勤して差額分の定期代を取得することが懲戒事由に該当するとしても、被告は、オートバイ通勤の場合には定期代を申請しながら実際には定期券を購入しないで定期券代全額を取得することを容認していたのであって、その場合との均衡から考えても、本件不正受給が当然に懲戒解雇事由に該当するとは考えられない。

原告が過大に受領していた交通費の総額は、多く見積もっても三〇数万円である。原告・組合側は、その全額を返還する意思を表明し、現実に平成一六年八月一三日の団体交渉時に返還のための現金を持参していた。

これらの事情を総合すれば、本件懲戒解雇は処分の相当性を逸脱している。

(2)  争点(2)(団交協議事項違反の有無)について

(原告の主張)

本件懲戒解雇は、労使双方で本件不正受給について団交交渉の席上で継続協議することを了解していたにもかかわらず、従来の交渉経過を無視して一方的に行われたものであって、手続的に重大な瑕疵がある。

(被告の主張)

原告の主張は争う。

被告は、本件懲戒解雇の理由である本件不正受給行為を平成一五年一〇月から原告に告知している。原告には、その後半年以上の十分な時間があり、必要な弁明の機会はあった。また、本件懲戒解雇に至るまで、数十回にわたる団体交渉が行われ、その場において、原告は、何時でも真実を説明し、反省の意を明らかにし、不正受給金額の返還を申し出ることができた。被告も、原告に対し、繰り返し定期代不正受給の実態を説明するよう求めてきた。

(3)  争点(3)(本件懲戒解雇の不当労働行為性)について

(原告の主張)

本件懲戒解雇は、被告代表者が一方的に定期券のコピーの提出を要求したことに端を発し、被告が、労使間の協議対象事項の団体交渉に責任者を参加させず、あるいは競売に対応した人事問題などに時間を費やして、組合側から積極的に団体交渉の開催と協議を要求していたのに、十分な協議を尽くさず、行われた。

被告では、組合公然化以来、極めて激しい労使対立があり、本件懲戒解雇も被告による組合敵視の一貫であることは明らかである。すなわち、本件懲戒解雇は、原告が全統一労働組合の組合員であることから、そのことを嫌悪する被告が、本件通勤手当問題を奇貨として組合の弱体化を図るべく企図したものであって、不当労働行為の誹りを免れない。

(被告の主張)

原告の主張は争う。

被告は、正当に団体交渉を行い、何ら不当労働行為に及んでいない。組合こそ、平成一五年七月以降、本件不正受給について団体交渉で取り上げることを回避していた。

第三当裁判所の判断

1  争点(1)(本件懲戒解雇の相当性)について

(1)  前提事実、後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおり、本件懲戒解雇に至る経緯が認められる。

ア 原告は、平成一〇年一一月ころから通勤経路を変更し、その後本件不正受給を続けていたところ(前提事実(3))、被告代表取締役は、平成一五年七月二四日、通勤手当の見直しをするとして、全従業員に対し、今後、領収書又は定期券のコピーを提出するように求めるとともに、提出しない限り通勤手当を支給しない旨被告会社内の全館放送によって告知し、翌二五日付けで同内容の書面を発出した(書証略)。

これに対し、組合は、組合との通勤手当の支給方法に関する従前の取り扱いに関する合意を一方的に破棄するものであるとして、被告に対し、団体交渉を求めるとともに、原告を含む分会所属の組合員(以下、「分会員」という)一七名全員が定期券のコピーの提出を拒否した(証拠略)。

イ 被告は、同月から、定期券のコピーを提出しない分会員に対し、通勤手当の支給を停止し、同年九月一日付け「通勤定期代に関する件」と題する書面により、原告ほか一名に対し、過剰な定期代を支給していた疑いがあり、事実確認のため、同月八日までに上記コピーを提出するよう求めた(証拠略)。

組合は、被告に対し、同月一五日付け「抗議申入書」と題する書面により、通勤手当の支払等とともに、団体交渉の開催を求め(書証略)、さらに、同年一〇月一三日付け「抗議申入書」と題する書面により、同様に通勤手当の支払等を求め、各分会員の通勤経路及びその経路に基づく定期代を記載した「定期代申告書」と題する書面とともに、定期券のコピーに代えてインターネットの路線情報の経路及び運賃探索結果を表示した書面を提出し、原告も、組合を通じ、従前の通勤経路に基づいて「定期代申告書」及び路線情報の書面を提出した(証拠略)。

ウ 被告は、同月一四日、分会員に対し、支給を停止していた三か月分の通勤手当を支給したが、原告ほか数名には、申告額よりも少ない額(原告の場合、申告額一か月当たり四万三二七〇円に対し、三万六四六〇円の支給)であった(証拠略)。

組合は、同月二六日、被告に対し、通勤手当について過払いによる差額等の問題があれば後日精算することとして、まず申告額との差額を支払うよう申し入れた。原告も、組合を通じて、「通勤費調査書」と題する書面を提出し、申請した定期代三か月分の金額一二万九八一〇円と実際に支給された金額一〇万九三八〇円の差額が二万〇四三〇円ある旨指摘した。(証拠略)

エ 被告は、同月三一日、分会の役員らも同席した上で原告と面談し、原告が変更後の通勤経路に基づいて定期券を購入している事実が記載された京成電鉄株式会社からの回答書のコピーを提示するなどして通勤経路等について問い質したところ、原告は、明確な説明をしなかった。被告は、分会役員から、組合問題なので改めて回答すると言われ、組合からの回答を待つこととした。

なお、その後、組合及び原告は、被告に対し、申請した定期代と実際の支給額との差額を請求していない。(証拠略)

オ 同年一一月二九日及び同年一二月一四日の団体交渉において、通勤手当の問題も取り上げられたが、本件不正受給の問題は取り上げられなかった。さらに、平成一六年一月二二日、同月二七日、同月三〇日、同年二月一一日及び同年三月一二日に団体交渉等が行われたが、通勤手当の問題の他に被告店舗の競売、分会員の配置転換の問題等の優先する課題についての交渉が中心であり、その後、被告は、原告に対し、何度か通勤経路等について説明をするよう求めたが、原告は、団体交渉における協議事項なので、団体交渉の場で回答すると答えるにとどまった(証拠略)。

カ 被告は、同年五月二七日付け書面により、原告に対し、原告が通勤定期代を虚偽請求していたことなどについて、同月三一日までに説明するよう求め、回答がない場合、就業規則に則り相応の処分をする旨通告した(書証略)。これに対し、組合は、すみやかに団体交渉を行うよう求めたところ、被告は、同月三一日、分会長に対し、原告の件についての組合の見解を文書で出してもらった上で団体交渉を行いたいとの意向を示した。分会は、同年六月一一日付け書面で、原告の通勤定期代の問題について、「当初、通勤費を割り出すベースについて、組合との協議の結果、公共機関である定期代の一ヵ月分を基盤として支払うと決定した。その際、最初に定期のコピーを提出すれば、その後は給料に組み込むと言うことで、一番距離的にも合理性のある自宅~上野間の金額を請求し、それを元に支給された金額内での“通勤費”という解釈でいた」との回答を示した(書証略)が、団体交渉が行われることなく、同月二八日、本件懲戒解雇がなされた。(前提事実(4)、証拠略)。

キ 組合は、団体交渉において、同年七月一九日、被告に対し、本件不正受給にかかる通勤手当の差額を返還する意思がある旨申し出、被告は、同月二九日、差額は六万一二九〇円であるとの見解を示したところ、組合は、同年八月一三日、被告に対し、組合の独自調査により原告の「思い違い」による定期代差額として現金三四万七七八〇円を持参してその返還を申し出たが、被告はこれを拒絶した。(証拠略)

(2)  これらの事情をみるに、原告が、平成一〇年一一月ころから平成一五年六月分まで約四年八か月の長期間にわたって、本件不正受給を続けたことは、「故意又は重大なる過失による会社に損害を与えた」(就業規則三九条一一号)ということができ、軽視し得ない。

また、被告が、平成一五年九月一日付け「通勤定期代に関する件」と題する書面により、原告に対し、過剰な定期代を支給していた疑いがあるとして定期券のコピーを提出するよう求めた後に、原告は、組合を通じ、従前の通勤経路に基づいて「定期代申告書」を提出しこと、被告が、同年一〇月一四日、原告に対し、支給を停止していた変更後の通勤経路を前提とする三か月分の通勤手当を支給してからも、原告は、組合を通じ、同月下旬ころ、「通勤費調査書」と題する書面により、支給額が申請額よりも少ない旨指摘したこと被告が、同月三一日、分会の役員ら同席の上、原告に対し、原告が変更後の通勤経路にかかる定期券を購入している事実が記載された京成電鉄株式会社の回答書のコピーを提示するなどして通勤経路等について問い質し、その後も、説明を求めていたにもかかわらず、原告が、団体交渉事項であるとして、本件懲戒解雇に至るまで約八か月もの間、明確な説明をせず、直ちに本件不正受給にかかる通勤手当の差額分を返還しなかったことは、本件不正受給の対応として不誠実であったといえる。

(3)  しかしながら、原告の住居地から勤務先まで通勤経路としては、従前の通勤経路が通勤時間及び距離的にみて最も合理的であり、変更後の通勤経路は、従前の通勤経路と比較すると、五分から一〇分程度余計に時間がかかり、徒歩による移動距離も長くなること(証拠(略))、被告は、従前、基本的には、申請者の申請した通勤経路に基づく通勤手当を支給しており、経済的効果から交通費が最も安価な通勤経路が合理的であると考えていたが、仮に、原告が申告どおり従前の通勤経路を利用していたとしても、交通費の安価な変更後の通勤経路に変えるよう申し入れることまでは具体的に考えていなかったこと(人証略)、原告は、交通費の実費が通勤手当として支給されることは認識していたが、賃金カットがなされていたため、通勤時間や徒歩の距離が長くなるという自ら負担において交通費を節約しようしたこと(証拠略)、被告においては、オートバイを利用して通勤することも許されており、その場合、住居地の最寄りの公共交通機関の駅等からの運賃額が通勤手当として支給される取扱いがされていたこと(証拠(略)、弁論の全趣旨)、原告は、このオートバイ通勤者に対する取扱いとの対比から、申請して支給された通勤手当の範囲内であれば、節約した交通費分を受領してもかまわないと考えて、安易に本件不正受給を続けていたこと(証拠略)が認められる。このような事情、特に、原告は、自らの負担において通勤経路を変更しなければ、通勤時間及び距離からみて一般的に合理的であると考えられる従前の通勤経路に基づく通勤手当を受給し得たはずであることからすれば、当初から不正に通勤手当を過大請求するためにあえて遠回りとなる不合理な通勤経路を申告したような、まさに詐欺的な場合と比べて、本件不正受給に及んだ動機自体はそれほど悪質であるとまでは評価し難い。

また、本件不正受給によって原告が取得した通勤手当の差額は、一か月六六八一〇円であり、原告によれば、合計三四万七七八〇円(前記(1)キ)にすぎないから、被告の現実的な経済的損害は大きいとはいえないし、原告は、組合を通じて、被告に対し、直ちに上記金員を返還する準備をしている(原告・三六頁)。

さらに、本件不正受給の問題を含む通勤手当の問題が被告と組合との間の団体交渉における協議事項として取り扱われており、原告も個人として対応せずに団体交渉を通じて協議するという立場でいたこと(前記(1))、組合としては、一旦被告が全分会員の通勤手当について従前の取り扱いに戻してから、協議を始めるという認識でおり、原告も、その方針に従い、被告から過剰な定期代を支給していた疑いがあるとして定期券のコピーの提出を求められた後に、組合を通じて、従前の通勤経路に基づいて通勤手当を請求したが、過剰な請求分は後に返還する前提でいたこと(前記(1)ウ、原告・三四頁)、原告は、平成一五年一〇月三一日、被告から変更後の通勤経路に基づいて定期券を購入している事実を指摘された以降、被告に対し、申請した定期代と実際の支給額との差額を請求していないこと(前記(1)エ。なお、証拠(略)を総合すれば、上記指摘の際、原告が、通勤手当の支給を止められたから変更後の通勤経路を利用した旨虚偽の説明をした事実があったとは直ちに認め難い)、被告と組合との間には通勤手当の問題の他に被告店舗の競売、分会員の配置転換の問題等優先して協議すべき課題もあり、平成一六年三月一二日以降、団体交渉で取り扱われる予定であった本件不正受給の問題が団体交渉の場で協議されないまま、被告が本件懲戒解雇に及ぶに至ったこと(前記(1)カ)からすれば、このような本件懲戒解雇に至る経緯を踏まえず、前記(2)の原告の不誠実な対応を一方的に問題視することは相当であるといい難い。

(4)  以上に加え、原告が、本件懲戒解雇に至るまで懲戒処分を受けたことがないことを考慮すれば、前記(2)の事情を勘案しても、被告が、原告に対し、本件不正受給について最も重い懲戒処分である懲戒解雇をもって臨むことは、企業秩序維持のための制裁として重きに過ぎるといわざるを得ない。

したがって、本件懲戒解雇は、その余について判断するまでもなく、客観的な合理的な理由を欠き、社会通念上相当性を欠くものとして、無効というべきである。

2  原告の賃金支払請求について

上記1のとおり、本件懲戒解雇が無効である以上、原告は、被告に対し、被告の責めに帰すべき事由による就労債務の履行不能として本件懲戒解雇後の平成一六年七月以降の賃金支払を請求することができるところ、原告は、本件懲戒解雇前三か月間の手取月額給与(前提事実(6))の平均二四万一〇五九円を請求する。

しかしながら、平成一六年四月及び同年五月の手取月額給与(銀行振込額。以下、同じ)は、いずれも二三万一八二七円であり、その内訳は、「基本給」一〇万二六六二円、「諸手当」九万円、「皆勤手当」二万円、「休日割増」手当二万四五八六円、「通勤手当」三万六四六〇円、「健康保険料」、「所得税」等の控除が合計四万一八八一円である(書証略)。また、同年六月の手取月額給与は二五万九五二三円であり、その内訳は、同年四月及び同年五月と同額の「基本給」、各種手当及び「休日勤務」手当二万六五五二円並びに「健康保険料」、「所得税」等の控除が合計四万〇七三七円である(書証略)。上記各手当のうち、「通勤手当」は実費支給であり(書証略)、「休日勤務」手当は、上記のとおり同年六月にのみ支払われ、毎月の固定額支払いではなく、現実に休日労働を命じられて従事した場合に具体的に発生すると認められる(給与規程一九条。書証略)から、本件懲戒解雇の日以降就労していない原告は、これらの手当の支払を請求することができない。

したがって、原告が被告に対して請求し得る賃金は、「休日勤務」手当のない同年四月又は同年五月の手取月額給与金額を基礎とするのが相当であり、これから「通勤手当」分を除いた月額一九万五三六七円の限度で認めることができる。(なお、書証(略)によれば、原告が平成一六年七月末日に同月分給与として六万二三六四円の支払を受けたことがうかがわれるが、当裁判所は、その事実関係について確認の上、主張を検討するよう促したものの、原告被告ともこれに応じた主張をしなかったので、かかる事実を認定することはできない)

第四結論

以上によれば、原告の請求は、主文第一項及び第二項記載の限度で理由があるから、これらを認容し、その余の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 増田吉則)

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