東京地方裁判所 平成17年(ワ)10996号 判決 2006年6月27日
原告
株式会社整理回収機構
代表者代表取締役
A
訴訟代理人支配人
B
訴訟代理人弁護士
青木清志
木皿裕之
被告
Y
訴訟代理人弁護士
石井成一
佐藤りえ子
小玉伸一郎
柏原智行
主文
1 被告は原告に対し、金10億円を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
主文と同旨
第2事案の概要
1 事案の要旨
本件は、原告が、譲受債権の保証人である被告に、保証債務の履行として、10億円(主債務残元本126億5907万円5322円の内金)の支払を求める事案である。
2 基本的事実関係(争いがないか、各所記載の証拠及び弁論の全趣旨により認められる。)
(1) 被告は、株式会社三貴(後に株式会社エムアンドアールエステートに商号変更。以下「旧三貴」という。)の創設者である。旧三貴は、宝飾品の大衆向け販売を展開していた。
旧三貴の主な取引銀行は、株式会社北海道拓殖銀行(以下「拓銀」という。)、株式会社日本債券信用銀行(以下「日債銀」という。)、株式会社三和銀行(当時。以下「三和銀行」という。)であった。被告は、旧三貴のこれらの銀行からの借入について、連帯保証していた。
(2) 旧三貴は、借入金の増大等により財務状況が悪化し、債務超過に陥っていた。
平成9年11月17日、拓銀が破綻した。原告は、その後、拓銀が旧三貴に対して有していた債権を譲り受けた。
(3) 日債銀は、平成10年10月30日、旧三貴に対し、195億2179万円を、弁済期を同年11月30日と定めて貸し付けた(以下「本件消費貸借契約」という。)。被告は、本件消費貸借契約と同日、本件消費貸借に基づく旧三貴の日債銀に対する債務を連帯して保証する旨約した(以下「本件保証契約」という。)。
(4) その後、日債銀も破綻した。
日債銀は、平成11年11月22日、本件消費貸借に基づく債権を含む一切の旧三貴に対する債権を原告に譲渡し、旧三貴及び被告は、これを異議なく承諾した(《証拠省略》)。
(5) 原告、三和銀行、その他の銀行等が加わり、旧三貴の再建計画が検討された。
その結果、①旧三貴の100%子会社で休眠会社であった株式会社ルシュプルディアマン・クチュール・ド・マキを株式会社三貴(以下「新三貴」という。)に商号変更する、②旧三貴から新三貴に対し営業譲渡する、③三和銀行は新三貴に対し営業譲渡代金59億5000万円を年利1.875%で貸し付け、新三貴は旧三貴に営業譲渡代金を支払う、④旧三貴は原告に当該営業譲渡額に相当する金額を弁済する、⑤新三貴は旧三貴の三和銀行に対する債務を引き受ける、⑥旧三貴の原告に対する債務は新三貴に引き継がれない、⑦旧三貴を特別清算する(旧三貴の原告に対する債務は免除する)との再建計画が立てられた。
この再建計画の前提として、旧三貴、新三貴及び被告は、原告に宛てて、平成13年2月27日付確約書(《証拠省略》。以下「本件確約書」という。)を提出した。本件確約書では、本件消費貸借契約に基づく債務を含む債務を旧三貴が負担し、これらについて被告が連帯保証していることが確認され、平成18年2月末までの経営上の制約(営業譲渡後の新三貴の株主構成において、被告の影響下にある者の株式数が発行済株式総数の49%を超えないようにする、新三貴の少なくとも1人の取締役候補者を三和銀行から招聘する、新三貴の決算書を原告に提出する、新三貴の各営業年度半期の資金繰りについて原告に報告する等)、被告及びその家族は、新三貴の株式の合計30%を原告に譲渡担保に供すること、なお、この譲渡担保については平成18年2月末までの一定額の金員の支払により解除が可能であること等が定められている。なお、旧三貴は、上記経営上の制約の期間を3年とすること、被告の連帯保証債務を外すことを求めたが、原告の容れるところとはならなかった。
さらに、被告は、平成13年2月28日付念書(《証拠省略》。以下「本件念書」という。)において、原告及び三和銀行に対し、保証債務の存続を確認している。
(6) 旧三貴について、平成14年10月3日、特別清算手続(東京地方裁判所平成14年(ヒ)第2102号)が開始され、平成15年5月24日、その終結決定が確定した。その間の同年2月26日、同月13日の裁判所の許可に基づき(《証拠省略》)、原告が旧三貴から279万6931円の支払を受け、その余の債務を免除する旨の和解契約(《証拠省略》。以下「本件和解契約」という。)が締結された。
(7) 旧三貴、新三貴及び被告は、再建計画に不当に同意させられた旨主張して、平成16年に、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起したが(東京地方裁判所平成16年(ワ)第7706号損害賠償請求事件。以下「別件訴訟」という。)、請求の放棄により終了した。
3 争点
(1) 本件保証契約に基づく債務は、本件和解契約により消滅したか。
(2) 原・被告間に、本件保証契約に基づく債務を免除する黙示の合意があったか。
(3) 原告の本訴請求は権利濫用か。
第3争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(本件保証契約に基づく債務は、本件和解契約により消滅したか。)
【原告の主張】
(1) 本件和解契約は、会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成17年法律第87号)による削除前の商法(以下単に「改正前商法」という。)445条に基づく裁判所の許可により、改正前商法447条の協定に代わる個別和解として成立したものである。
(2) 個別和解が、協定に代わるものであることに鑑みれば、改正前商法450条3項(ただし、破産法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律〔平成16年法律第76号〕による改正前のもの。以下同じ)で準用される破産法(大正11年法律第71号。以下「旧破産法」という。)326条2項が準用され、保証債務の附従性が排除される。
【被告の主張】
(1) 改正前商法450条3項は、明確に「協定」に旧破産法362条2項を準用するとしている。
(2) 原告は、旧三貴の特別清算手続において協定、認可を受けようとすれば受けられたものであるのにそれをしていないのであるから、旧三貴への債務免除がされたことにより、本件保証契約に基づく債務も消滅したものと解される。
2 争点(2)(原・被告間に、本件保証契約に基づく債務を免除する黙示の合意があったか。)
【被告の主張】
(1) 被告は、平成11年以降、連帯保証債務を免除するようたびたび原告に求めてきたが、平成13年2月末ころ、改めて願い出た。これに対し原告は、原告内部でそのような話があったが、その話は立ち消えになっている、そのような流れはあるので、将来の話し合いである旨答えた。
(2) 被告としては、債権放棄に対する社会的非難が強かったため、保証債務の免除はその時点においては難しいものであると理解した。しかし、原告が、将来の話し合いの際は必ず免除すると明言したわけではないとはいえ、いわゆる第二会社方式をとることによって旧三貴に対する債権を実質的に放棄したということは、保証債務を負う被告についても、旧三貴に対するのと同様に処理されるであろうと期待することは、極めて自然である。また、本件確約書によれば、平成18年2月末には新三貴の株式について、一定額の支払を前提に譲渡担保権が解除されることになっており、被告としても、これと同様に、5年間経過すれば、保証債務は、少なくとも一部の履行によって免除されると期待するのが通常である(そのころには、債権放棄に対する社会的非難も減少していると考えられる。)。
(3) 以上からすると、原告と被告の間で、被告の保証債務は、5年経過後に、少なくとも一定額の支払により免除されるとの黙示の合意が成立していたというべきである。
【原告の主張】
(1) 原告としては、被告の経営責任の明確化、新三貴における経営監視のためにも、被告の保証債務を免除することは考えられないことである。
(2) 【被告の主張】(2)は、その主観的願望を示すものにすぎない。
3 争点(3)(原告の本訴請求は権利濫用か。)
【被告の主張】
(1) 争点(2)で主張の事情に加え、被告は、私財を提供するなどし、誠意をもって解決に努めてきた。このような状況のもとで、原告が、保証債務免除の可否についての話し合いもせずに本訴請求をするのは権利濫用である。
(2) 原告は、新三貴が原告の了解を得ずに増資を行ったり、三和銀行を引き継いだ株式会社UFJ銀行(以下「UFJ銀行」という。)の役員が退任したこと、決算書等の報告をしなかったことをもって、本件確約書の違反があるとし、また、別件訴訟の提起が背信行為であるとして、被告には権利濫用を主張する資格はない旨主張する。
しかし、増資についてはUFJ銀行の了解を得て進めたことであり、同行出身の役員が退任したのも、株式会社東京三菱銀行との合併の関係で、本人の申し出があったからである。決算書等の不提出については、原告側の関心が薄れ、窓口が明らかでなくなっていたという事情もある。
また、別件訴訟の提起は、新三貴のメインバンクとなったUFJ銀行が、新三貴に対する債務を一部免除する話を示唆するなど、債権計画の際に三和銀行が59億5000万円もの貸付をしたのと前後矛盾する行動があり、真相を究明する必要があったが、メインバンクを相手にことを構えるわけにもいかず、原告に対する訴訟の中で、三和銀行ないしUFJ銀行の担当者や執行役員の証言を引き出したいと考えたことによるものである。
【原告の主張】
(1) 原告は、被告に対し、本件保証契約に基づく債務の免除の困難性は明確に指摘している。
(2) 被告は、本件確約書に反し、新三貴の資本を増資し、三和銀行からの役員派遣を排除し、新三貴の決算書を原告に提出せず、新三貴の各営業年度の資金繰りについて原告に報告しなかった。
また、別件訴訟の提起が重大な背信行為であることも明らかである。
第4争点に対する判断
1 争点(1)(本件保証契約に基づく債務は、本件和解契約により消滅したか。)
(1) 《証拠省略》によれば、本件和解契約は、改正前商法445条に基づく裁判所の許可により、改正前商法447条の協定に代わる個別和解として成立したものであることが認められる。
(2) この個別和解が、協定に代わる機能を有すること、それを前提に当事者が行動していると考えられることからすると、その効果においても、改正前商法450条3項の場合と同様、旧破産法326条2項が準用され、保証債務の附従性が排除されるものというべきである。
(3) なお、仮に、個別和解により会社の債務が減免された場合は、保証人等との間で別段の定めがなければ、保証人等の責任が減免されるとの立場に立つとしても、被告の責任は減免されないと解される。被告は、旧三貴について特別清算手続による処理がされること、被告による保証債務免除の申し出が原告の容れるところとならなかったことを念頭におきながら、本件確約書、本件念書において被告の保証責任を明記しているのであるから(特に本件念書では、「個人保証債務が有効に存続することを承認し」ている。)、これが「別段の定め」に当たるものというべきだからである。
2 争点(2)(原・被告間に、本件保証契約に基づく債務を免除する黙示の合意があったか。)
(1) 被告は、原告がいわゆる第二会社方式をとることによって旧三貴に対する債権を実質的に放棄したのであるから、保証債務を負う被告についても、旧三貴に対するのと同様に処理されるであろうと期待することは、極めて自然である、本件確約書によれば、平成18年2月末には新三貴の株式について、一定額の支払を前提に譲渡担保権が解除されることになっており、被告としても、これと同様に、5年間経過すれば、保証債務は、少なくとも一部の履行によって免除されると期待するのが通常である(そのころには、債権放棄に対する社会的非難も減少している)などと主張する。
(2) 被告の主張によっても、原告は、被告による度重なる保証債務の免除の申し出を拒否しており、また、将来の話し合いの際に免除すると明言したわけでもない。5年先の状況が不確定なもとで、法的拘束力を有するかたちで、保証債務の免除というような重大な効果を生ずる合意をするとは到底考えられず、被告の主張は採用することができない。
3 争点(3)(原告の本訴請求は権利濫用か。)
(1) 被告は、争点(2)について主張した事情に加え、被告が私財を提供するなどし、誠意をもって解決に努めてきた状況のもとで、原告が、保証債務免除の可否についての話し合いもせずに本訴請求をするのは権利濫用である旨主張する。
(2) 株式譲渡担保権の解除の問題については本件確約書に記載されているが、保証債務の免除についてはそうではないこと、原告が被告の保証債務の免除の申し出を拒否しており、将来の話し合いの際に免除すると明言したわけでもないことからすれば、被告が保証債務の免除を得られるものと合理的に期待することができる事情が存するとはいえない。
(3) 被告が保証債務の履行に努めてきたからといって、原告の権利行使が権利濫用になるいわれはない。
また、原告が保証債務免除の可否について話し合いもせずに本訴を提訴したとする点についても、被告は、特段の話し合いもなく、かつ、その主張によっても見当違いの理由によって、別件訴訟を原告に対し提起しているのであるから、云々できる話ではない。
4 結論
よって、原告の請求は理由があるので認容することとする。
(裁判官 本吉弘行)