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東京地方裁判所 平成17年(ワ)11780号 判決 2005年11月25日

原告

被告

西武ポリマ化成株式会社

上記代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

川村延彦

岡田正

主文

1  被告は原告に対し,411万4000円及びこれに対する平成17年6月18日以降支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを5分し,その4を被告の負担とし,その余は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は原告に対し,511万4429円及びこれに対する平成17年6月18日(訴状送達日の翌日)以降支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,被告の従業員として勤務していた原告が退職したことから,就業規則及び退職金規程に基づく定年退職した場合の退職金あるいは被告が原告に対して通知したことにより当事者間で確定したとする金額に基づく退職金と所定の金利分を請求したのに対し,被告は事前に通知した退職金額はあくまで定年退職した場合の支給率によるもので確定金額ではないとして,支払額を争うとともに,被告が目下民事再生手続中で労働組合との間で退職金支給について協定を締結していて,原告は当該組合員ではないものの,労働条件に関し組合との取り決めに準じて扱う労働慣行があるとして,その支払時期を争っている事案である。

2  争点(退職金額)及び当事者の主張

【原告の主張】

(1) 原告は,平成4年7月1日,被告に就職し,平成17年5月15日に退職するまで,被告に在籍した。

(2) 被告の就業規則及び退職金規程により,原告が退職時に受け取る金額は60歳到達時の基礎額31万5700円に支給率15.85を乗じた退職金500万3845円と実際に支払われる日までの金利分年1.7パーセントの11万0584円を加算した511万4429円となる。

(3) 退職金規程では退職後2週間以内に退職金を支払うことになっている。

【被告の主張】

(1) 甲第1号証の平成16年2月4日付「60歳到達時における退職金額の通知書」と題する書面は,その当時の退職金規程(乙1)に基づき,60歳到達時における自己都合以外の事由で退職する場合で定年退職(62歳)まで就業することを想定して計算した額(退職金要支給額)を定年まで勤務したときはどのくらいになるのかを知らしめたものである。

(2) 被告の退職金規程は,その後平成16年4月1日に改定(乙2)されている。これに伴い,「60歳以上定年までの社員に関する規程」も同年7月1日に改定されている(乙3,4)。

(3) 被告は,平成17年2月18日,東京地方裁判所に対し,民事再生手続開始の申立てをし,同月22日に開始決定を得た後,労働組合との間で退職金支給に関し同年6月3日に協定書(乙5)を締結している状況にある。

原告への退職金の支払いは計画案の可決・認可の確定後となる予定である。

(4) 原告は,組合員ではなく管理職待遇の非組合員であったが,「新ポリマ会」の会員であった。即ち,非組合員は約40年前より「新ポリマ会」の名称をもつ従業員組織を構成して,所属する会員の労働条件に関し,被告との交渉の衝に当たり,原則として被告と労働組合とで取り決めた労働条件に準じて扱うとの労働慣行となっていたものである。

被告は,平成17年5月20日,新ポリマ会に対しても労働組合と同様の退職金支給等に関する労働条件の変更の申し入れをし,同月25日,新ポリマ会の同意を得ているところである(乙6)。

被告は,原告に対しても平成17年6月15日付「退職金支給通知書」(乙7)を送付している。

【原告の主張】

(1) 甲第1号証「60歳到達時における退職金額の通知書」は,文字通り60歳になった時点での退職金額の決定通知である。

退職金額が,自己都合又は会社都合等の理由によって金額が大きく変わることは大変重要なことであり,甲第1号証にその区別の記載がないことは,甲第1号証は理由に関係なく退職金額が決定されていると解釈できる。

(2) 乙第2ないし第4号証については,原告は既に甲第1号証で退職金が決定しているので,規定の適用の対象外である旨被告の総務より連絡を受けている。

(3) 乙第5ないし第7号証はいずれも原告が退社した後の作成にかかるものであり,原告に適用することは違法である。

(4) 被告が民事再生手続中であるところ,民事再生法122条で労働債権は一般優先債権として保護され,再生手続とは別に弁済されることになっているから,速やかに原告の退職金を支払うべきである。

【被告の主張】

(1) 原告は,甲第1号証には「退職理由」に関係なく退職金額が決定されているというが,改正前の退職金規程(乙1)については全社員に配布されている規則・規程等に集録されているものであるから,乙第1号証のみならず乙第3号証の存在とその内容自体当然熟知していたものであり,「自己の都合により退職する場合は,別表A欄の率による退職金を支給する」(第3条)とされ,別表B欄の率による退職金を支給される者(第4条)とは明確に区別されている。別表A,Bでは,勤続年数が15年を超える場合は,支給率が区別されることなく100パーセントとなるものの,原告の60歳までの勤続年数は11年7か月であったことから,同人が自己の都合で退職するときの支給率はA欄の支給率により(B欄の)80パーセントとなる。

(2) 被告としては退職金のみならず従業員との間の人事諸制度に関する変更をするにあたっては,事前にたびたび説明会を開催していたものである。その際は社員全員に出席を呼びかけており,原告自身も出席している事実や資料を受領している事実がある(乙8ないし11)。

従前の退職金規程(乙1)を平成16年4月1日に改定して新たな退職金規程(乙2)を策定するに至ったときも,又,「60歳以上定年までの社員に関する規程」(乙4)の改定に当たっても被告は,社報規程に基づいて変更部分を「社報」で回覧するなどして告知しており(乙12),重要な規則や規程は電子媒体ソフトに集録されており,原告を含め,パソコンから誰でも何時でも閲覧はもとよりハードコピーを採れるから,退職金規程の改訂につき原告は当然知っていた。

(3) 原告の60歳到達時の退職金規程(乙1)により算出される原告の退職金は次のとおりである。

ア 60歳時退職金額(定年まで勤務した場合)500万3845円

イ 定年まで勤務することなく自己都合で退職したので,退職事由支給率は0.8(勤続年数60歳まで11年7か月―別表A)

500万3845円×0.8=400万3076円・・・<1>

60歳以降退職時までの金利 11万0779円・・・<2>

<1>+<2>=411万3855円で千円未満切り上げで411万4000円

【原告の主張】

(1) 乙第1及び第3号証に記載されている内容は原告も常識として承知しているが,原告に対する退職金は甲第1号証の内容が適用される。

(2) 乙第8,第9号証の説明会には原告も出席している。乙第10号証の説明会には欠席しているが資料は受け取っている。

乙第2,第4号証の説明会には出席していない。

(3) 乙第2号証の第1条に「管理職及び60歳以上の社員については別に定めのあるものをのぞき,この規程を適用する」と記載されており,甲第1号証はこの別に定めるものに該当する。

【被告の主張】

(1) 被告は,かつて平成13年春ころ,従前の「退職金規程」を改正して定年年齢を60歳から「62歳の誕生日」に延長することとそれに伴う退職金支給条件等の変更に関し,労働組合及び新ポリマ会(以下「労働組合等」という。)と協議をしたことがあった。

労働組合等との交渉・協議の結果,平成13年6月1日付をもって退職金規程(乙1)が改正され,「60歳以上定年までの社員に関する規程」(乙3)が制定されるに至った。同改正や制定が行われた際,労働組合等から60歳に到達した該当社員に対しては,念のためその都度同人宛に個別に「通知書」を交付することを被告として為すようにとの要請がされた経緯があった。

被告としても検討した結果,退職金の支給方法等については乙第3号証の記載内容のとおりではあるものの,

<1> 60歳以前と60歳を超えて定年までの間とで退職金の計算方法が異なること

<2> 62歳の定年まで勤務したとき退職金額がどの程度になるかについて該当者自身が予測できるようにすることは,その者にとり便宜であること

<3> 変動性で適用する長期プライムレートについても60歳到達時のものを併記すること

もあって,労働組合等の前記要請を了解し,個別に通知することとした次第である。

(2) 従って,原告に対しても同人が60歳に到達(原告の場合,平成16年1月16日が60歳到達年月日である)直後の平成16年2月4日付通知書をもって原告が定年まで勤続した場合の予測支給額を個別通知したものである。

(3) 以上の経緯で,原告に交付された通知書(甲1)は定年退職,即ち62歳まで就業することを想定したうえで退職要(ママ)支給額を知らしめるための書面であり,退職金額を確定した計算書ではない。

【原告の主張】

甲第1号証は社印を押した正式書類である。仮に被告が主張するような条件であったならば,最初からそのような条件を記載してな(ママ)いことはあり得ない訳で,又,記載漏れだとしたらそれは被告のミスである。

甲第1号証の第7項目に「60歳到達時の退職金額」とはっきり明記されている。原告の退職金は,平成16年1月16日で確定していると考えるのが常識である。また,甲第1号証には「貴殿の退職金は,この金額です。定年延長後の2年間は金額は増えませんが,退職時には金利を加えて支払います。」とある。

第3当裁判所の判断

1  証拠等によって認定できる事実

証拠(各認定事実の末尾に掲記した)及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実を認定することができる。

(1)  原告は,平成4年7月1日,被告に就職し,平成17年5月15日に自己都合を理由に被告を退職した。

(争いがない)

(2)  被告には退職金制度があり,退職金規程が存在する。(乙1,2)

平成13年6月1日に改定された退職金規程によると,

第3条 社員が満2年以上勤続し自己の都合により退職する場合は,別表A欄の率による退職金を支給する。

第4条 社員が満1年以上勤続し下記の事由によって退職する場合は,別表Bの率による退職金を支給する。

(1) 死亡退職者

(2) 定年退職者

(3)  (以下省略)

第9条 この規程による退職金は原則として退職後2週間以内に支給する。

(本条項以下省略)

とある。(乙1)

被告では同時期である平成13年6月1日に「60歳以上定年までの社員に関する規程」が制定され,

第2条 社員の定年は62歳の誕生日とする。

第4条 60歳を超え定年までの社員の退職金支払額は次のとおりとする。

(1) 定年退職時の退職金支払額は,退職金規程の算出基準による60歳到達時の退職金額に,60歳到達時から定年時までの金利(長期プライムレート)相当額を加算し算出された額とする。

(2) (省略)

(3) 前2号における金利の適用は60歳到達者が60歳に達した日から退職時までの長期プライムレートを変動制で適用する。

とある。(乙3)

(3)  その後,被告においては次のような人事制度の改革を試みている。(乙8ないし11―各枝番号を含む)

ア 総務部から各位宛に平成15年6月25日付で改革の骨子について説明会を開催する旨一般社員と管理職を対象に通知しており,その中で一般社員を対象とした退職金制度の変更について説明している。

上記説明会の開催を原告が勤務する本社では同年7月4日と同月9日の2回(内容は同じもの)にわたり行っている。

イ 総務部から各位宛に同年7月31日付で人事諸制度補足説明会を8月18日と同月26日(内容は両方とも同じ内容のもの)に開催する旨本社勤務者の管理職と一般社員を対象に通知している。

原告は26日の説明会に出席している。

ウ 総務部から各位宛に同年11月25日付で人事諸制度説明会を開催する旨社員全員を対象に通知しており,その中で退職金制度について制度の運用事例を説明している。

上記説明会の開催を原告が勤務する本社では同年12月4日と同月9日の2回(内容は同じもの)にわたり行っている。

原告は上記2回の説明会には出席しなかったものの,説明資料は受け取っている。

エ 総務部から管理職各位宛に同年12月1日付で管理職研修の開催についてと題する書面が発せられ,同月23日に本社で人事制度の運用について研修が実施されている。

原告はこの研修には早退で出席していないようである。

(4)  被告においては,平成13年6月1日付の退職金規程改正及び「60歳以上定年までの社員に関する規程」制定の際に労働組合から要請があったことから,60歳に到達した社員に対して別に退職金についての「通知書」を交付するようにしていた。(乙13)

被告は,これに従って,平成16年2月4日付で原告に対し甲第1号証の「60歳到達時における退職金額の通知書」で原告の退職金が500万3845円になること,長期プライムレートは1.70パーセントとなっていること,退職時の退職金額は,上記金額に60歳到達時から退職時までの長期プライムレートを変動制で適用した金利を加算し算出される額となる旨通知している。(甲1)

(5)  被告は,平成16年4月1日,退職金規程を改定し,

上記(2)の規程のうち,

第3条 従業員が満2年以上30年未満勤務し自己の都合によって退職する場合は,退職事由別支給率表(別表C)におけるB欄の率による退職金を支給する。

第4条 社員が満2年以上勤続し下記の事由によって退職する場合は,退職事由別支給率表(別表C)におけるA欄の率による退職金を支給する。

(1) 死亡退職

(2) 定年退職

(3) (以下省略)

というように変更し,第9条には変更はないほか,退職金額算出に当たり職能資格等級別及び勤続年数別の各ポイントを加算して1ポイントにつき1万円としそれに退職事由別勤続年数別の支給率を乗じた金額を支給することにしている。(乙2)

上記退職金規程の改定に当たって,被告は,前記「60歳以上定年までの社員に関する規程」についても平成16年7月1日付で改定し,第4条(1)の60歳到達時から定年までの金利を従来は長期プライムレート相当額で加算していたところを,年利率1.2パーセントの固定利率とした。(乙4)

被告は,上記「60歳以上定年までの社員に関する規程」の改定を社報にて社員に周知徹底し,公開している。(乙12)

(6)  被告は,平成17年2月18日,民事再生手続の申立てを東京地方裁判所にし,同月22日に開始決定されている。

被告は,民事再生手続が開始してのち,同年5月20日に,非組合員の社員が構成している新ポリマ会へ退職金についてポイント単価を従来の1ポイント1万円から6000円にすることを申し入れ,同月25日付で同会の会長から了解を得ている。(乙6)

被告は,民事再生手続が開始してのち,同年6月3日,労働組合との間で退職金について上記同様ポイント単価を1万円から6000円にする旨の協定を交わしている。(乙5)

(7)  前記のように原告は,被告の民事再生手続が開始した後である平成17年5月15日に退職しているところ,被告は同年6月15日付で原告に対し「退職金支給通知書」を送付している。

これによると,原告については60歳時(換算)金額は500万3845円であることを前提に,これに退職事由別支給率0.8及び民事再生会社としての制度変更による当該適用率0.7を乗じて,60歳以降退職時までの500万3845円にかかわる金利として11万0779円を加算し,1000円未満を切り上げした合計291万3000円が退職金支給額となっている。(乙7)

2  争点(退職金額)について

(1)  前記認定事実及び証拠(乙1ないし4,7)を総合すると,被告は,従業員が退職した場合には,当該従業員が60歳に到達した時点の定年退職金額に退職時の退職事由による支給率で60歳時点までの退職金額を算出し,定年である62歳まで勤めた者には「60歳以上定年までの社員に関する規程」により60歳到達後退職時までの金利を加算することになるところ,60歳を過ぎて定年まで勤めなかった者に対しては「60歳以上定年までの社員に関する規程」は本来何も触れていないが,仮に60歳を過ぎて定年である62歳まで勤めることなく退職した者に対しても60歳時点で確定した退職金額に金利相当分を加算するとしたら上記規程に依拠することになるものとしていると思われる。

問題は,依って立つ基準に退職金規程では原告が60歳到達時の乙第1号証によるのか退職時の乙第2号証によるのかということと,「60歳以上定年までの社員に関する規程」も同様に60歳到達時の乙第3号証によるのか退職時の乙第4号証によるのかということになる。

この点は各規程に明確な経過規定が置かれているわけではないので,運用と解釈によることとなるが,被告が60歳到達時点の退職金規程(原告の場合乙第1号証)と「60歳以上定年までの社員に関する規程」(原告の場合乙第3号証)によって運用計算している(甲1と乙7からそのことが読み取れる。)のにはそれまでの経過(前記認定事実(4))から理由がないわけではなく,また,合理性がないともいえない。考え方としては退職金の額が下がらない限り退職時の退職金規程(乙2)によることも可能と思われるが(同規程によった場合の原告の退職金額は明らかではなく,原告自身が基準となる退職金計算方法としては甲1すなわち旧規程によったものを基礎にしていると思われるので,ここではこれ以上この点に立ち入らないこととする。),そうではなく乙第1号証の退職金規程によりつつ,原告が60歳以降定年まで勤めることなく被告を退職した場合に上記のように乙第3号証(この点でも退職時の乙4の同規程によること,あるいは平成16年7月1日改定前までは乙3によりつつ,その後の分は乙4とすることも可能と思われるが,その差は加算の金利が長期プライムレートか固定利率かの違いに過ぎず,大きなものではない。)の計算方法により算定している。

してみると,原告の60歳到達時における被告の就業規則及び退職金規程並びに原告の退職時における被告の就業規則及び退職金規程により,かつ,原告が被告を自己都合で退職したことによる退職金支給率により,原告の退職金額は,60歳到達時(平成16年1月16日)の退職金規程(乙1)により計算した原告の基礎額(月収)31万5700円に勤続年数11年7か月の支給率12.68を乗じて得た400万3076円に退職月である平成17年5月15日までの利息を計算すると11万0779円(乙3,7)となるので加算して合計411万3855円となる。これは500万3845円(この金額については当事者間に争いがない。)に乙第2号証による原告の勤続年数による定年退職の場合に対する自己都合退職の支給率0.8を乗じて,それに11万0779円を加算した合計金額と同額となる。そして,退職時の退職金規程(乙2)第12条で明文化しているようであるがそれ以前から慣行として1000円未満の端数は切り上げることとしているようであることからすると,原告の退職金額は411万4000円となり,これを被告は原告の退職後2週間以内に支給する義務を負うことになる。

(2)  これに対し,原告は,甲第1号証により原告と被告間で原告の退職金について支給額について決定されて確定していると主張する。

その根拠とするところが明確ではないが,被告の原告に対する一方的な通知(単独行為)により確定的な法的効果が生じるとするものであれば,退職金請求権は予め定められた就業規則(退職金規程)や労使慣行などにより労働契約の内容となってはじめて発生するものと考えることができることからすると,失当であり法的根拠を欠くものと言わざるを得ないし,上記のように原告と被告との間の合意に基づくものとして,原告が主張するところが甲第1号証の通知書により当事者間に退職金額についての合意が成立しているというのであれば,同書面が被告から原告に対する一方的な通知の形式をとっており,これに原告が署名捺印するなどの合意の書面としての体裁をとっておらず,その他原被告間でそのような合意をしたと認めるに足る証拠は見当たらないことからしても両当事者間で原告が主張する金額で被告が支給すべき退職金額について合意が成立したものとまでは認定できない。

原告の主張するところが,退職金規程は60歳到達時までを前提にそれ以前に自己都合退職した場合は別表Aの支給率で,60歳到達時点で被告に在籍していればその時点で別表Bの支給率すなわち原告が主張する金額で確定しているとして,その後に自己都合で退職したとしてもその支給率は変更される筋合いのものではないという趣旨にも受け取れる。

そこで検討するに,この点は被告の退職金制度を規定している退職金規程の解釈に関わるものであるところ,まず,被告においては,従来は定年が60歳であったのが平成13年に62歳にまで延長され,これに伴い退職金規程のほかに別途「60歳以上定年までの社員に関する規程」が制定され上記退職金規程の改定と共に同年6月1日の同一日付で行われていることからすると,統一的に解釈・運用することが予定されているものと考えられる。そして,規定の文言からすると,従業員が被告を退職する時点における退職事由により支給率を変えているから,定年が60歳から62歳に延長されたこととの関係で退職事由も当然のことながら当該退職時点で判断されることになり,60歳到達時の退職金額も退職時点の退職事由により区分されることになる。

確かに,従来は被告において60歳定年制を採用していたことからすると,原告は60歳まで勤め上げたのであるからこの時点で定年退職と同様の支給率による退職金額が支給されてもおかしくないのではないかと考える余地もなくはない。

しかし,上記のように退職金規程と「60歳以上定年までの社員に関する規程」を一体のものとして見た場合に,60歳までと60歳以降の各場合の退職事由を区別して解釈・運用する根拠が規程上見当たらず,退職時の退職事由によって支給率を決定するものであると一義的に解するほかはない。このように解しても,従来60歳定年で退職した場合にはより高額の支給率で退職金が支給されたのに定年が延長されることにより,しかもその間は勤続年数にリンクして退職金額が増加しないにもかかわらず,その後の退職事由により遡って60歳時までの勤め上げた分の支給率が低減されてしまうという不均衡は,気持ちの上では分からなくはないものの,制度としては致し方のないものといわざるを得ない。

また,原告の退職金額を60歳到達時の旧規程(乙1)により算定するとしたら,この時点の定年退職を前提とした支給率で考えてもおかしくはないのではないかという議論も考え得るものの,新旧規程とも退職事由により支給率を区別している点では一貫しているのであり,旧規程によったからといって,この時点で退職事由が確定しているわけではないので,そのようには考えられない。

一般に,退職金は,賃金の後払いとしての性格と長年勤続してきたことに対する恩賞としての性格があるといわれるが,被告が制度として定めている退職金規程(乙1)(「60歳以上定年までの社員に関する規程」はそれを補完するもので,退職金規程と一体をなすものである。)によると,62歳定年まで勤めた従業員には別表B欄,自己の都合により退職する場合は別表A欄の各支給率による旨区別して規定しており,別に60歳以降に退職した者は60歳までの退職金額につき,その後の退職事由いかんに関係なく別表B欄の率で支給するといった条項が存在せず,むしろ第1条で,「但し60歳以上の社員については別に定めるものを除き,この規定を適用する。」とあること,原告は「別に定めるもの」とは甲第1号証のようなものと(ママ)指すというが,同書面は定型的な別の定めと解する余地はないこと,「60歳以上定年までの社員に関する規程」(乙3)がこれに該当するものと考えられることからすると,これは60歳以上定年まで勤めた社員の退職金支払額(60歳到達時の退職金額に定年時までの金利の加算)を別途定めているだけで,退職金額そのものについて原告の主張に沿うような定めをしているものとは解されない。

(3)  前記認定事実によっても,甲第1号証の通知書は被告が原告に対して60歳となった時期に今後原告が定年である62歳まで勤務して定年退職した場合の退職金額を当時の退職金規程に照らした支給予定金額として通知したものと考えるのが相当である。

前記認定事実及び原告の主張・供述によっても,原告は被告における退職金規程制度の存在を知悉しており,従前から定年退職の場合と自己都合退職の場合とでは退職金の支給率に違いがあることは分かっていたはずであり,62歳定年制度移行後に退職していて,定年となる最後まで勤めるのではなく60歳後ではあるが定年前に自己の都合で退職したのに,定年退職の支給率によっている甲第1号証の内容で被告に退職金を求めるのは確実な根拠を欠いた請求といわなければならない。

(4)  ただ,被告においてはその提出書証によると前記認定事実(6)のとおりその後民事再生手続の申立てにより再生手続の開始決定が東京地方裁判所でなされており,これを受けて被告が労働組合及び新ポリマ会なる従業員の代表とさらに退職金の支給率及びポイントの単価を下げる合意を成立させているものの,それは原告が退職した後のものであることが明らかであることからすると,これには原告は拘束されない。そして,同様に,退職金の支給時期についても民事再生手続における再生計画の認可確定後1カ月以内を予定するとある合意文言(乙5,6)にも原告は拘束されない。また,原告の被告に対する退職金債権は民事再生手続開始後の労働債権たる共益債権と考えられるが,民事再生法上,再生手続に左右されないものと考えられる(民事再生法119条,121条1項,2項)。

(5)  それゆえ,原告は被告に対して411万4000円の請求権を有しており,当該債権は前記のように原告が退職した平成17年5月15日の2週間後である同月29日までに支払う必要があり,同月30日以降遅滞に陥っているものと解される。

3  以上によれば,本件請求は上記に認定判断した限度で理由があるので原告の請求の趣旨に照らしてその限度で認容し,その余は棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判官 福島政幸)

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