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東京地方裁判所 平成17年(ワ)12817号 判決 2006年12月26日

東京都千代田区<以下省略>

原告

三菱電機株式会社

同訴訟代理人弁護士

近藤惠嗣

丸山隆

同補佐人弁理士

高橋省吾

伊達研郎

滋賀県彦根市<以下省略>

被告

フジテック株式会社

同訴訟代理人弁護士

内田敏彦

阪口春男

岩井泉

西山宏昭

白木裕一

補佐人弁理士

後藤文夫

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求の趣旨

1  被告は,別紙物件目録(1)に記載されたエレベータを製造し,販売し,その販売の申出をしてはならない。

2  被告は,別紙物件目録(2)に記載されたエレベータを製造し,販売し,その販売の申出をしてはならない。

3  被告は,別紙物件目録(3)に記載されたエレベータを製造し,販売し,その販売の申出をしてはならない。

4  被告は,原告に対し,金24億6875万円及びこれに対する平成17年7月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告が,被告に対し,被告が製造し,販売するエレベータ装置が,原告の有する「エレベータ装置」についての特許発明の技術的範囲に含まれるとして,同製品の譲渡等の差止及び損害賠償を求めた事案である。被告は,原告の特許権には進歩性欠如の無効理由が存するので権利行使が許されないなどと主張して,これを争っている。

1  前提となる事実(当事者間に争いがないか,後掲各証拠によって認められる。)

(1)  当事者

原告は,エレベータ等を含む電動機械の製造販売その他を業とする株式会社である。

被告は,エレベータ等の空間移動システムの製造販売を主たる業とする株式会社である。

(2)  原告の有する各特許権

原告は,下記の各特許(以下,ア記載の特許を「本件第1特許」,イ記載の特許を「本件第2特許」といい,両者をまとめて「本件各特許」という。)の特許権者である

ア 本件第1特許(甲1,2)(以下,その請求項1に係る発明を「本件第1発明」という。)。

特許番号 第3502270号

登録日 平成15年12月12日

出願番号 特願平10-197317号

出願日 平成10年7月13日

公開番号 特開2000-26041号

公開日 平成12年1月25日

発明の名称 エレベータ装置

イ 本件第2特許(甲3,4)(以下,その請求項2に係る発明を「本件第2発明」といい,本件第1発明とまとめて「本件各発明」という。)。

特許番号 第3489578号

登録日 平成15年11月7日

出願番号 特願2001-543429号

出願日 平成11年12月6日

国際公開番号 WO01/042121号

国際公開日 平成13年6月14日

発明の名称 エレベーター装置

(3)  本件各特許出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載

ア 本件第1特許に係る明細書(以下,「本件第1明細書」という。本判決末尾添付の特許公報(甲2)参照。)の特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである。

「昇降路の底部に設置されている巻上機支持台,

この巻上機支持台上に設置され,回転可能な綱車を有する巻上機,

かごガイドレール,

上記巻上機の駆動により,上記かごガイドレールに案内されて上記昇降路内を昇降するかご,

上記かごガイドレールと間隔をおいて設置されている重りガイドレール,

上記重りガイドレールに案内されて上記昇降路内を昇降する釣合重り,

上記昇降路内に設置され,上記巻上機から上記巻上機支持台に作用する上向きの力を受け,上記かごガイドレール及び上記重りガイドレールを支持するレール支持梁,

上記ガイドレールにより支持されている回転自在の返し車,及び上記巻上機の綱車及び上記返し車に巻き掛けられ,上記かごと上記釣合重りとを吊り下げる主ロープを備えていることを特徴とするエレベータ装置。」

イ 本件第2特許に係る明細書(訂正後のもの。以下「本件第2明細書」という。本判決末尾添付の特許公報及び訂正の審決(甲4,5)参照。)の特許請求の範囲の請求項2の記載は次のとおりである。

「昇降路内を昇降し,乗降口を有するとともに吊り車が設けられたかごと,前記かごと反対方向に前記昇降路内を昇降し,該昇降路の平断面において前記乗降口に対して前記かごの側方に配置され,吊り車が設けられたカウンターウェイトと,

前記かごの水平方向の移動を規制するかご用ガイドレールと,

前記カウンターウェイトの水平方向の移動を規制するカウンターウェイト用ガイドレールと,

前記かごを前記かごの吊り車を介して懸架するとともに前記カウンターウェイトを前記カウンターウェイトの吊り車を介して懸架するロープと,

前記昇降路内に配置され,当該ロープが巻き掛けられた綱車及び該綱車を駆動するモータ部を有し,前記綱車を回転させることで前記ロープを介して前記かごおよび前記カウンターウェイトを昇降させる巻上機と,

前記昇降路内に配置され,前記巻上機の綱車から前記かごの吊り車に至る前記ロープが巻き掛けられて該ロープの方向を転換する第1の返し車とを有するエレベーター装置において,

前記巻上機は,前記綱車の回転軸方向の外形寸法が前記回転軸に対して垂直な方向の外形寸法よりも小さく,前記昇降路の平断面において前記カウンターウェイト及び前記かごとは離れて前記カウンターウェイトが配置された前記かごの側方に位置する前記昇降路の壁面に平行にかつ前記カウンターウェイトと前記昇降路の壁面に沿って並んで配置され,前記昇降路の最下階停止時のかご床面より上方でかつ最上階停止時のかご天井より下方に位置し,

前記第1の返し車は,前記巻上機より上方に位置し,前記平断面において,前記巻上機の少なくとも一部と重なるよう配置され,前記第1の返し車の回転面は,前記昇降路の平断面において前記ロープが前記かごの吊り車へ至る側が前記巻上機の綱車から巻き掛けられる側より前記乗降口から遠ざかる方向に位置して近接する前記昇降路の壁面に対して傾斜していることを特徴とするエレベーター装置。」

(4)  構成要件の分説

本件各発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,それぞれを「構成要件1A」のようにいう。)。

ア 本件第1発明

1A 昇降路の底部に設置されている巻上機支持台,

1B この巻上機支持台上に設置され,回転可能な綱車を有する巻上機,

1C かごガイドレール,

1D 上記巻上機の駆動により,上記かごガイドレールに案内されて上記昇降路内を昇降するかご,

1E 上記かごガイドレールと間隔をおいて設置されている重りガイドレール,

1F 上記重りガイドレールに案内されて上記昇降路内を昇降する釣合重り,

1G 上記昇降路内に設置され,上記巻上機から上記巻上機支持台に作用する上向きの力を受け,上記かごガイドレール及び上記重りガイドレールを支持するレール支持梁,

1H 上記ガイドレールにより支持されている回転自在の返し車,及び

1I 上記巻上機の綱車及び上記返し車に巻き掛けられ,上記かごと上記釣合重りとを吊り下げる主ロープを備えていること

1J を特徴とするエレベータ装置。

イ 本件第2発明

2A 昇降路内を昇降し,乗降口を有するとともに吊り車が設けられたかごと,

2B 前記かごと反対方向に前記昇降路内を昇降し,該昇降路の平断面において前記乗降口に対して前記かごの側方に配置され,吊り車が設けられたカウンターウェイトと,

2C 前記かごの水平方向の移動を規制するかご用ガイドレールと,

2D 前記カウンターウェイトの水平方向の移動を規制するカウンターウェイト用ガイドレールと,

2E 前記かごを前記かごの吊り車を介して懸架するとともに前記カウンターウェイトを前記カウンターウェイトの吊り車を介して懸架するロープと,

2F 前記昇降路内に配置され,当該ロープが巻き掛けられた綱車及び該綱車を駆動するモータ部を有し,前記綱車を回転させることで前記ロープを介して前記かごおよび前記カウンターウェイトを昇降させる巻上機と,

2G 前記昇降路内に配置され,前記巻上機の綱車から前記かごの吊り車に至る前記ロープが巻き掛けられて該ロープの方向を転換する第1の返し車とを有するエレベーター装置において,

2H 前記巻上機は,

α 前記綱車の回転軸方向の外形寸法が前記回転軸に対して垂直な方向の外形寸法よりも小さく,

β 前記昇降路の平断面において前記カウンターウェイト及び前記かごとは離れて前記カウンターウェイトが配置された前記かごの側方に位置する前記昇降路の壁面に平行にかつ前記カウンターウェイトと前記昇降路の壁面に沿って並んで配置され,

γ 前記昇降路の最下階停止時のかご床面より上方でかつ最上階停止時のかご天井より下方に位置し,

2I 前記第1の返し車は,前記巻上機より上方に位置し,前記平断面において,前記巻上機の少なくとも一部と重なるよう配置され,前記第1の返し車の回転面は,前記昇降路の平断面において前記ロープが前記かごの吊り車へ至る側が前記巻上機の綱車から巻き掛けられる側より前記乗降口から遠ざかる方向に位置して近接する前記昇降路の壁面に対して傾斜していること

2J を特徴とするエレベーター装置。

(5)  本件各特許に係る訂正審判請求

ア 原告は,平成18年5月22日付け審判請求書において,本件第1特許における特許請求の範囲の請求項1を訂正する旨の訂正審判請求を行った(甲13)。訂正後の請求項1の記載(以下,この請求項1記載の発明を「本件訂正第1発明」という。)は次のとおりである(下線部が,訂正が求められている部分である。)。なお,上記訂正について,平成18年7月12日付け訂正拒絶理由通知(甲14)がされ,原告は,これに対し,同年8月8日付け意見書(甲15)を提出した。

「昇降路の底部に設置されている巻上機支持台,

この巻上機支持台上に設置され,回転可能な綱車を有する巻上機,

かごガイドレール,

上記巻上機の駆動により,上記かごガイドレールに案内されて上記昇降路内を昇降するかご,

上記かごに設けられている回転自在のかご吊り車,

上記かごガイドレールと間隔をおいて設置されている重りガイドレール,上記重りガイドレールに案内されて上記昇降路内を昇降する釣合重り,

上記釣合重りに設けられている回転自在の重り吊り車,

上記昇降路内に設置され,上記巻上機から上記巻上機支持台に作用する上向きの力を受け,上記かごガイドレール及び上記重りガイドレールを支持するレール支持梁,

上記ガイドレールにより支持されている回転自在の返し車,

上記巻上機の綱車及び上記返し車に巻き掛けられ,上記かご吊り車を介して上記かごを吊り下げるとともに上記重り吊り車を介して上記釣合重りを吊り下げる主ロープ,及び

上記ガイドレールにより支持され,それぞれが上記主ロープの端部に固定されている一対の綱止め部材を備え,

上記返し車は,上記巻上機の綱車から上記かご吊り車に至る上記主ロープが巻き掛けられている回転自在のかご側返し車と,上記巻上機の綱車から上記重り吊り車に至る上記主ロープが巻き掛けられている回転自在の重り側返し車からなり,

上記レール支持梁は,上記かごの重量及び釣合重りの重量が上記かご側返し車,上記重り側返し車,及び上記一対の綱止め部材を介して上記かごガイドレール及び上記重りガイドレールに作用することによる下向きの力により上記上向きの力を相殺させることを特徴とするエレベータ装置。」

イ 原告は,平成18年4月26日付け審判請求書において,本件第2特許における特許請求の範囲の請求項2を訂正する旨の訂正審判請求を行った(甲10)。訂正後の請求項2(以下,この請求項2記載の発明を「本件訂正第2発明」という。)は次のとおりである(下線部が,訂正が求められている部分である。)。同請求については,同年10月5日,請求が成り立たない旨の審決がされたものの,同審決について,取消訴訟が提起される予定である(乙42の1,弁論の全趣旨)。

「昇降路内を昇降し,乗降口を有するとともに吊り車が設けられたかごと,前記かごと反対方向に前記昇降路内を昇降し,該昇降路の平断面において前記乗降口に対して前記かごの側方に配置され,吊り車が設けられたカウンターウェイトと,前記かごの水平方向の移動を規制するかご用ガイドレールと,前記カウンターウェイトの水平方向の移動を規制するカウンターウェイト用ガイドレールと,前記かごを前記かごの吊り車を介して懸架するとともに前記カウンターウェイトを前記カウンターウェイトの吊り車を介して懸架するロープと,

前記昇降路内に配置され,当該ロープが巻き掛けられた綱車及び該綱車を駆動するモータ部を有し,前記綱車を回転させることで前記ロープを介して前記かごおよび前記カウンターウェイトを昇降させる巻上機と,前記昇降路内に配置され,前記巻上機の綱車から前記かごの吊り車に至る前記ロープが巻き掛けられて該ロープの方向を転換する第1の返し車と,前記昇降路内に配置され,前記巻上機の綱車から前記カウンターウェイトの吊り車に至る前記ロープが巻き掛けられて該ロープの方向を転換する第2の返し車とを有するエレベーター装置において,

前記巻上機は,前記綱車の回転軸方向の外形寸法が前記回転軸に対して垂直な方向の外形寸法よりも小さく,前記昇降路の平断面において前記カウンターウェイト及び前記かごとは離れて前記カウンターウェイトが配置された前記かごの側方に位置する前記昇降路の壁面に平行にかつ前記カウンターウェイトと前記昇降路の壁面に沿って並んで配置されるとともに前記綱車が前記かごの側方に位置する前記昇降路の壁面に対向し,前記モータ部が前記かご側に対向して,該巻上機の下端は前記昇降路の最下階停止時のかご床面より上方でかつかご天井より下方に位置し,前記第1の返し車は,前記巻上機より上方に位置し,前記平断面において,前記かごの吊り車に至る前記ロープが前記かごと前記巻上機との間を通るように,前記巻上機の綱車から前記かごと前記巻上機との間へ向けて前記モータ部を横切って前記モータ部と重なるよう配置され,前記第1の返し車の回転面は,前記昇降路の平断面において前記ロープが前記かごの吊り車へ至る側が前記巻上機の綱車から巻き掛けられる側より前記乗降口から遠ざかる方向に位置して近接する前記昇降路の壁面に対して傾斜し,前記第2の返し車の回転面は,前記昇降路の平断面において,近接する前記昇降路の壁面に対して,前記ロープが前記カウンターウェイトの吊り車へ至る側が前記巻上機の綱車から巻き掛けられる側より前記かごに近づく方向に傾斜し,前記巻上機の綱車は,前記カウンターウェイトの吊り車よりも近接する前記昇降路の壁面側に位置していることを特徴とするエレベーター装置。」

(6)  本件訂正第2発明の構成要件の分説

本件訂正第2発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,それぞれを「構成要件2A′」のようにいう。)。

2A′ 昇降路内を昇降し,乗降口を有するとともに吊り車が設けられたかごと,

B′ 前記かごと反対方向に前記昇降路内を昇降し,該昇降路の平断面において前記乗降口に対して前記かごの側方に配置され,吊り車が設けられたカウンターウェイトと,

C′ 前記かごの水平方向の移動を規制するかご用ガイドレールと,

D′ 前記カウンターウェイトの水平方向の移動を規制するカウンターウェイト用ガイドレールと,

E′ 前記かごを前記かごの吊り車を介して懸架するとともに前記カウンターウェイトを前記カウンターウェイトの吊り車を介して懸架するロープと,

F′ 前記昇降路内に配置され,当該ロープが巻き掛けられた綱車及び該綱車を駆動するモータ部を有し,前記綱車を回転させることで前記ロープを介して前記かごおよび前記カウンターウェイトを昇降させる巻上機と,

G′ 前記昇降路内に配置され,前記巻上機の綱車から前記かごの吊り車に至る前記ロープが巻き掛けられて該ロープの方向を転換する第1の返し車と,前記昇降路内に配置され,前記巻上機の綱車から前記カウンターウェイトの吊り車に至る前記ロープが巻き掛けられて該ロープの方向を転換する第2の返し車とを有するエレベーター装置において,

H′ 前記巻上機は,

α 前記綱車の回転軸方向の外形寸法が前記回転軸に対して垂直な方向の外形寸法よりも小さく,

β 前記昇降路の平断面において前記カウンターウェイト及び前記かごとは離れて前記カウンターウェイトが配置された前記かごの側方に位置する前記昇降路の壁面に平行にかつ前記カウンターウェイトと前記昇降路の壁面に沿って並んで配置され

δ るとともに前記綱車が前記かごの側方に位置する前記昇降路の壁面に対向し,前記モータ部が前記かご側に対向して,

γ 該巻上機の下端は前記昇降路の最下階停止時のかご床面より上方でかつかご天井より下方に位置し,

I′ 前記第1の返し車は,

ε 前記巻上機より上方に位置し,

ζ 前記平断面において前記かごの吊り車に至る前記ロープが前記かごと前記巻上機との間を通るように,前記巻上機の綱車から前記かごと前記巻上機との間へ向けて前記モータ部を横切って前記モータ部と重なるよう配置され,

η 前記第1の返し車の回転面は,前記昇降路の平断面において前記ロープが前記かごの吊り車へ至る側が前記巻上機の綱車から巻き掛けられる側より前記乗降口から遠ざかる方向に位置して近接する前記昇降路の壁面に対して傾斜し,

K′ 前記第2の返し車の回転面は,前記昇降路の平断面において,近接する前記昇降路の壁面に対して,前記ロープが前記カウンターウェイトの吊り車へ至る側が前記巻上機の綱車から巻き掛けられる側より前記かごに近づく方向に傾斜し,

L′ 前記巻上機の綱車は,前記カウンターウェイトの吊り車よりも近接する前記昇降路の壁面側に位置していること

J′ を特徴とするエレベーター装置。

(7)  被告の製造,販売する製品とその構成

被告は,「ECEED-e2」シリーズのエレベータを製造,販売している。同シリーズには,「R住宅用」としてECEED-e2・Rシリーズ(R-6を除く。),「B寝台用」としてECEED-e2・Bシリーズ,「R住宅用」としてECEED-e2・RシリーズのR-6がある。

ECEED-e2・Rシリーズ(R-6を除く。)には,正面側にのみ乗降口があるタイプと,正面側と背面側に乗降口があるタイプとがある。本件訴訟の対象は,正面側にのみ乗降口があるタイプである(以下「イ号物件」という。)。イ号物件の構成は,別紙物件目録(1)記載のとおりである。

ECEED-e2・Bシリーズには,正面側にのみ乗降口があるタイプと,正面側と背面側に乗降口があるタイプとがある。本件訴訟の対象は,正面側にのみ乗降口があるタイプである(以下「ロ号物件」という。)。ロ号物件の構成は,別紙物件目録(2)記載のとおりである。

ECEED-e2・RシリーズのR-6(以下「ハ号物件」という。)の構成は,別紙物件目録(3)記載のとおりである。

(8)  イ号ないしハ号物件(以下まとめて「被告各製品」という)の本。件各発明の充足性

ア 本件第1発明

a) イ号物件の「巻上機支持構造」が構成要件1Aの「巻上機支持台」に,「かご用ガイドレール」が構成要件1Cの「かごガイドレール」に,「かご」が構成要件1Dの「かご」に,「カウンターウェイト用ガイドレール」が構成要件1Eの「重りガイドレール」に,「カウンターウェイト」が構成要件1Fの「釣合重り」に,「下部梁構造」が構成要件1Gの「レール支持梁」に,「かご側返し車及びカウンターウェイト側返し車」が構成要件1Hの「返し車」に,「ワイヤロープ」が構成要件1Iの「主ロープ」に,それぞれ相当する。

したがって,イ号物件は,本件第1発明の構成要件1A,CないしJを充足する(争いがない。)。

b) ロ号物件の「巻上機支持構造」が構成要件1Aの「巻上機支持台」に,「かご用ガイドレール」が構成要件1Cの「かごガイドレール」に,「かご」が構成要件1Dの「かご」に,「カウンターウェイト用ガイドレール」が構成要件1Eの「重りガイドレール」に,「カウンターウェイト」が構成要件1Fの「釣合重り」に,「下部梁構造」が構成要件1Gの「レール支持梁」に,「かご側返し車及びカウンターウェイト側返し車」が構成要件1Hの「返し車」に,「ワイヤロープ」が構成要件1Iの「主ロープ」に,それぞれ相当する。

したがって,ロ号物件は,本件第1発明の構成要件1A,CないしJを充足する(争いがない。)。

c) ハ号物件の「巻上機支持構造」が構成要件1Aの「巻上機支持台」に,「かご用ガイドレール」が構成要件1Cの「かごガイドレール」に,「かご」が構成要件1Dの「かご」に,「カウンターウェイト用ガイドレー」「」ルが構成要件1Eの重りガイドレールに,「カウンターウェイト」が構成要件1Fの「釣合重り」に,「下部梁構造」が構成要件1Gの「レール支持梁」に,「かご側返し車及びカウンターウェイト側返し車」が構成要件1Hの「返し車」に,「ワイヤロープ」が構成要件1Iの「主ロープ」に,それぞれ相当する。

したがって,ハ号物件は,本件第1発明の構成要件1A,CないしJを充足する(争いがない。)。

イ 本件第2発明

a) イ号物件の「かご」が構成要件2Aの「かご」に,「カウンターウェイト」が構成要件2Bの「カウンターウェイト」に,「かご用ガイドレール」が構成要件2Cの「かご用ガイドレール」に,「カウンターウェイト用ガイドレール」が構成要件2Dの「カウンターウェイト用ガイドレール」に,「ワイヤロープ」が構成要件2Eの「ロープ」に,「巻上機」が構成要件2Fの「巻上機」に,「かご側返し車」が構成要件2Gの「第1の返し車」に,「巻上機」は構成要件2Hの「巻上機」に,「かご側返し車」が構成要件2Iの「第1の返し車」に,それぞれ相当する。

したがって,イ号物件は,本件第2発明の各構成要件をいずれも充足する(争いがない。)。また,イ号物件は,本件第2訂正発明の各構成要件をいずれも充足する(争いがない。)。

b) ロ号物件の「かご」が構成要件2Aの「かご」に,「カウンターウェイト」が構成要件2Bの「カウンターウェイト」に,「かご用ガイドレール」が構成要件2Cの「かご用ガイドレール」に,「カウンターウェイト用ガイドレール」が構成要件2Dの「カウンターウェイト用ガイドレール」に,「ワイヤロープ」が構成要件2Eの「ロープ」に,「巻上機」が構成要件2Fの「巻上機」に,「かご側返し車」が構成要件2Gの「第1の返し車」に,「巻上機」は構成要件2Hの「巻上機」に,「か」「ご側返し車が構成要件2Iの第1の返し車」に,それぞれ相当する。

したがって,ロ号物件は,本件第2発明の各構成要件をいずれも充足する(争いがない。)。また,ロ号物件は,本件第2訂正発明の構成要件2I′のζを充足しない(争いがない。)。

2  本件における争点

(1)  被告各製品が構成要件1Bを充足するか(争点1)。

(2)  本件第1特許が特許法29条2項に違反しているか(争点2)。

(3)  本件第2特許が特許法29条2項に違反しているか(争点3-1)。

(4)  本件第2特許が特許法29条2項に違反しているとして,訂正審判により同項違反が解消されるか(争点3-2)。

(5)  損害の額(争点4)

第3争点に関する当事者の主張

1  争点1(被告各製品が構成要件1Bを充足するか)について

(1)  原告の主張

ア 本件第1明細書の特許請求の範囲に記載されているとおり,本件第1発明の構成要件1Aと構成要件1Bは,巻上機支持台と巻上機の設置場所を区別して記載している。すなわち,昇降路の底部に設置されているのは巻上機支持台であって(構成要件1A),巻上機そのものではない。

したがって,本件第1発明においては,巻上機が昇降路の底部に設置される必要はないのであって,「巻上機が,巻上機支持構造に固定され,巻上機支持構造が昇降路底部に設置された下部梁構造に固定されている」被告各製品が,構成要件1Bを充足するのは明らかである。

イ 被告は,「ピットの床面に引き抜き力を作用させることなく,巻上機をピットに設置することができる。」という本件第1明細書の記載を引用して,巻上機支持台のみならず,巻上機自体もピットに設置されていなければならないと主張する。

しかし,ピットの床面に引き抜き力を作用させないという技術課題は,巻上機自体がピットに設置されていることによって生ずるのではなく,巻上機を支持している巻上機支持台がピットに設置されていることによって生じることは自明である。上記記載も「巻上機をピットに設置することができる」とするのみで,巻上機がピット内に設置されていること。を発明の構成要件とするものではない。

一方,被告各製品において巻上機がピットよりも高い位置に設置されているのは,本件第1発明の作用効果とは無関係な理由によるものである。すなわち,昇降路が浸水したような場合,電動機を含む巻上機が冠水することを避けるためにピットの底部から離して巻上機を設置した結果として,巻上機がピットよりも高い位置に設置されているにすぎず,被告各製品においても,巻上機にかかる上向きの荷重は,巻上機支持台を介して下部梁構造に伝達されており,本件第1発明の作用効果を利用している。

被告は,本件第1明細書に,巻上機を「ピット」以外の場所に設置することを窺わせるに足りる記載は全くないと主張して,本件第1明細書の記載不備をいう。しかし,巻上機が巻上機支持台上に設置されていることが明確に記載されている以上,浸水時の冠水を避けるためなどの理由によってピット底部から一定の高さに巻上機を設置する必要が明らかになった場合に,ピットの深さや予想される浸水量等を勘案して巻上機の高さを決定することは,本件第1発明とは無関係なことである。その一方,必要な巻上機の高さが決定されれば,巻上機に作用する上向きの力を巻上機支持台を介してレール支持梁に伝えるために必要な巻上機支持台の構造,強度等は,本件第1発明においては,当業者が適宜決定できることであり,本件明細書に具体的に記載するまでもない事項である。

したがって,構成要件1Bを限定解釈すべきであるとの被告主張は理由がない。

(2)  被告の主張

ア 本件第1発明のエレベータ装置は,床強度を増す必要なしに「巻上機をピットに設置することができる」点に特徴がある(本件第1明細書の【0008】,【0009】,【0011】,【0012】,【0028】参照)。

にもかかわらず,本件第1発明の特許請求の範囲の記載において,巻上機の設置場所が「ピット」であることを窺わせるような技術事項の記載がない。すなわち,巻上機の設置場所に関係する請求項1の記載としては,冒頭の「昇降路の底部に設置されている巻上機支持台,この巻上機支持台上に設置され,回転可能な綱車を有する巻上機,」(構成要件1A及び1B)との記載があるのみで,巻上機の設置場所は昇降路の底部(ピットと同義である。)である場合のみならず,昇降路の底部より高い位置である場合の双方を含む記載になっている。このような記載は,発明の詳細な説明によって何ら裏付けられておらず,発明の詳細な説明の記載を斟酌すれば,巻上機は「ピット」すなわち「昇降路の底部」に設置するものであることが明らかであり,「ピット」より高い場所に設置することは,本件第1発明の目的や効果と何ら関係がない。

したがって,構成要件1Bの「この巻上機支持台上に設置され,」は,「この巻上機支持台上で,かつ,昇降路の底部に設置され」の意味であると限定的に解釈するしかない。仮にこのような限定解釈をしないときは,本件第1特許は特許法36条6項1号に違反することになる。

「昇降路の底部」すなわち「ピット」とは,「かごが停止する最下階の床面から昇降路の底部の床面まで」の空間を意味する(平成12年建設省告示第1423号「エレベーターの制動装置の構造方法を定める件」の「第1 頂部すき間・ピットの深さ」参照)。

被告各製品において,「巻上機」は「かごが最下階に停止したときのかごの床面よりも上方に位置」している。したがって,構成要件1Bを充足しない。

イ 原告は,構成要件1Bを限定解釈する必要はないと主張する。しかし,以下に述べるとおり,原告の主張は失当である。

a) 原告は「本件第1明細書の記載は『巻上機をピットに設置す , ることができる。』とするのみで,巻上機がピット内に設置されていることを発明の構成要件とするものではない。」と主張する。

しかし,本件第1明細書には,上記発明の効果の記載のみならず,発明の目的として「巻上機をピットに設置できる」ことが明記されているのであって,発明の構成要件として「巻上機がピットに設置されている」との限定が特許請求の範囲に記載されていなければならないと解するのが当然である。

b) 原告は,「巻上機をピット底部から一定の高さに設置することは,本件第1発明とは無関係なことであり,また,本件第1発明において当業者が適宜決定できる事柄である。」と主張する。

しかし,本件第1発明の出願当時,浸水時の冠水を避けるためなどの理由によってピット底部から一定の高さ以上に巻上機を設置する必要が明らかになった場合に,巻上機を昇降路のピットより上で,かつ,かご最上階停止時のかごの天井より下に設置することは,昇降路の拡幅をしない限り不可能と考えられていた。このような前提のもとで,あえて巻上機支持台の高さを高くして巻上機をピットより高い位置に設置した場合,かごが最下階に停止しようとすると,かごの底面が巻上機に衝突することは必定である。

したがって,本件第1発明は,巻上機をピットに設置することをその技術的前提にしている(本件第1明細書の【0008】,【0027】参照)。原告の主張は,このような技術的前提を無視し,本件第1発明の巻上機が,ピットより高い位置に設置しても,昇降路内を昇降するかご及び重りと干渉しない薄型の巻上機であるかのように誤導するものである。

2  争点2(本件第1特許が特許法29条2項に違反しているか)について

(1)  被告の主張

本件第1発明は,本件第1特許の出願日の前に公開された実公昭63-4058号公報(乙6。以下「引用例1-1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1-1」という。),実願昭56-198591号(実開昭58-99273号)のマイクロフィルム(乙5。以下「引用例1-2」という。)に記載された発明(以下「引用発明1-2」という。),「建築基準法及び同法施行令・昇降機技術基準の解説」(乙9。以下「引用例1-3」という。)に記載された周知の技術事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができないものである。

ア 昭和63年2月1日に公開されたロープ式エレベータに関する実用新案公報(引用例1-1)に開示されたロープ式エレベータの技術構成は,次のとおりである。なお,〔〕内の文言は,本件第1発明における対応部材の名称である。

b 昇降路1の底部に設置され,回転可能なシーブ13a〔綱車〕を有する巻上機13,

c かご用レール3,4〔かごガイドレール〕,

d 上記巻上機13の駆動により,上記かご用レール3,4〔かごガイドレール〕に案内されて上記昇降路1内を昇降するかご5,

e 上記かご用レール3,4〔かごガイドレール〕と間隔をおいて設置されているおもり用レール9〔重りガイドレール〕,

f 上記おもり用レール9〔重りガイドレール〕に案内されて上記昇降路1内を昇降するつり合おもり11〔釣合重り〕,

h 上記かご用レール4及びおもり用レール9〔ガイドレール〕により支持されている回転自在の第1のつり車14〔返し車,第2のつ〕り車15〔返し車〕,及び

i 上記巻上機のシーブ13a〔綱車〕及び上記第1のつり車14〔返し車〕,第2のつり車15〔返し車〕に巻き掛けられ,上記かご5と上記つり合おもり11〔釣合重り〕とを吊り下げる主索17〔主ロープ〕を備えていること

j を特徴とするエレベータ装置

イ 本件第1発明と引用発明1-1との構成の対比

本件第1発明の各構成要件と引用発明1-1の上記各構成区分とを対比すると,本件第1発明の構成要件C,D,E,F,H,I及びJは,それぞれ引用発明1-1の構成区分c,d,e,f,h,i及びjと同一である。

本件第1発明は,「昇降路の底部に設置されている巻上機支持台」(構成要件1A)を有し,かつ,巻上機が「この巻上機支持台上に設置され」(構成要件1B)ているのに対し,引用発明1-1は「巻上機支持台」を有していない点において相違する(相違点P)。

また,本件第1発明は「上記昇降路内に設置され,上記巻上機から上記巻上機支持台に作用する上向きの力を受け,上記かごガイドレール及び上記重りガイドレールを支持するレール支持梁」(構成要件1G)を有しているのに対し,引用発明1-1はこの構成を有していない点において相違する(相違点Q)。

ウ 引用発明1-2の課題解決原理について

a) 昭和58年7月6日に公開されたベースメント形エレベータに関する実用新案公報(引用例1-2)に開示された技術思想(反力相殺に関する基本的技術思想)について

① 引用例1-2の第1図(従来例)と第2図(実施例)とを対比すると,引用発明1-2は,巻上機(5)及び立設部材(2),(2)の下端に支持部材(7)を取り付けるとともに,案内車(4)が取り付けられた上部桁を立設部材(2),(2)の上端に架設したことによって,強固なアンカーボルトを埋設する等の煩雑な手数を要する,昇降路底部(1b)を利用した従来例における「閉じた構造体」を,(床強度に制限のある)昇降路底部(1b)を利用しない(十分な強度を有する)「閉じた構造体」に変更するものである。後者の構造体においては,巻上機(5)にかかる「上向きの力」は支持部材(7)を介して立設部材(2)に伝えられ,また,案内車(4)にかかる「下向きの力」も上部桁を介して同じ立設部材(2)に伝えるようになっていること,つまり,構造体の各部に作用する力が立設部材(2)の内部で打ち消し合い,「閉じた構造体」の中で力の相殺が生じていると容易に理解できる。そして,この「閉じた構造体」の外部にある,昇降路底部(1b)には,もはや「上向きの力」は伝達されないこと,

したがって,この「上向きの力」に打ち勝つだけの強固なアンカーボルト埋設工事を昇降路底部に行う手数が省けることも,初歩的な力学常識の範囲内に他ならない。したがって,引用発明1-2の課題解決原理は,本件第1明細書の【0028】のいうところの「巻上機に作用する上向きの力」を,十分な強度を有する「ガイドレールを支持するレール支持梁」で支持するようにして,「ガイドレールに作用する下向きの力」により相殺させることと全く同じである。

② 引用例1-2の実用新案登録請求の範囲の記載においては,「立設部材」は単に「上記昇降路に設けられた立設部材」と規定するのみで,「立設部材が案内車を支持すること」は規定していない。しかし,「案内車が立設部材を支持していない」実施態様(たとえば,案内車を従来例と同じく,昇降路の頂部に配置した実施態様)では,「閉じた構造体」が構成されないのであるから,「閉じた構造体」を構成する態様に「案内車」の設置位置を限定解釈するのが相当である。すなわち,作用効果を奏するための構成としては,「案内車」が,立設部材(2)に結合された上部桁を介し,又は介することなく直接的に,立設部材(2)に支持されていることが必要である。

そして,引用発明1-2には,立設部材としてガイドレールを用いるタイプと,昇降路内の建築躯体の柱や立壁を用いるタイプとが含まれる。

③ 以上のとおり,引用発明1-2においては,巻上機と立設部材を固定した支持部材が浮き上がらないようにするためには,案内車を立設部材により支持させること,すなわち,実用新案登録請求の範囲の記載における「上記昇降路に設けられた立設部材」を「上記昇降路に設けられ,案内車を支持する立設部材」と解釈することが必要不可欠である。

引用例1-2に接した当業者は,少なくとも引用例1-2に記載の従来例の欠点と実施例の構成及び作用効果とから,床強度に制限のある昇降路底部(1b)を利用する「閉じた構造体」ではなくて,十分な強度を有する支持部材(7)を利用した「閉じた構造体」を構成することによって,「巻上機に加わる上向きの力」を「案内車に加わる下向きの力」で相殺して,ピットの床面に引き抜き力を作用させることがないようにした機械室レス・エレベータの技術思想を読み取ることができるというべきである。

b) ブラケット(2a)による支持に関する引用例1-2の記載について 原告は,「巻上機(5)に作用する上方向荷重は支持部材(7)を介して立設部材(2),ブラケット(2a)によって支持される。」との引用例1-2の記載をもとに,巻上機に加わる上向きの力は,アンカーボルトを介して床面に伝えられるものではないものの,結局,建物躯体に伝えられていると主張する。

しかし,上記記載は,引用例1-2の第2図及び第3図に示された実施例の作用についての説明であって,前記実施例は,明らかに「閉じた構成体」を構成している。したがって,立設部材の中で「巻上機(5)に加わる上向きの力」を「案内車(4)に加わる下向きの力」で相殺しているのであるから,力学的観点からみて,「巻上機(5)に加わる上向きの力」を当該構造体の外にある昇降路の底部(1b)や昇降路の周壁に対して伝えることはあり得ない。すなわち,上記明細書の記載は明白な誤記に他ならず,正しくは「巻上機(5)に作用する上方向荷重は支持部材(7)を介して立設部材(2)によって支持される。」と記載すべきものである。

エレベータ装置におけるかご用,おもり用のガイドレールをブラケット等により建築躯体側に止め付けるのは,地震等によるガイドレールの横揺れを防止するためであり,上下方向の力を負担するものではないと考えるのが,当業者の技術常識である。したがって,当業者であれば,「立設部材(2)」を建築躯体に止め付けている「ブラケット(2a)」は,かご用ガイドレールの横揺れ防止のために取り付けた連結具であるとしか認識しないというべきである。

c) 立設部材が「建築躯体の柱,他のエレベータ機器からなる」場合について

原告は,引用例1-2に「この実施例における立設部材(2)が建築躯体の柱,他のエレベータ機器からなるものであっても第2,第3図の実施例とほぼ同様な作用が得られることは明白である。」と記載されていることに基づき,上下方向の荷重を相殺して建築躯体にかかる荷重をなくすという技術思想は,その片鱗さえも見られないと主張する。

しかし,被告は,上下方向の荷重を相殺して建築躯体にかかる荷重をなくすという技術思想が記載されていると主張しているのではなく,「上下方向の力を相殺する技術思想」を読み取ることができると主張しているのであるから,原告の主張は失当である。

エ 相違点Pについて

一般に,エレベータの巻上機を床面に設置するに際し,巻上機を直接床面に設置するか(引用発明1-1の第3図),床面に固定された巻上機取付梁(マシンビーム)の上に設置するか,床面に固定された巻上機取付梁(マシンビーム)と当該巻上機取付梁(マシンビーム)の上に巻上機の据付高さを調節するためや防振ゴムを介在させるためなどの目的で固定した巻上機支持台(マシンベット)の上に設置するかは,当業者が必要に応じて適宜採用し得る設計事項である(引用例1-3の第2部「3.2機械室の機器」における第2-43図,44図参照)。

したがって,引用発明1-1の構成区分bにおける「巻上機」が設置されている「昇降路の底部」に,巻上機取付梁(マシンビーム)を固定し,当該巻上機取付梁(マシンビーム)の上に「防振ゴムとマシンベットから成る構成体」を設置して,当該マシンベットの上に巻上機を設置する程度のことは,当業者にとって適宜採用可能な単なる設計事項として,容易に推考できることは明らかである。

このような設計変更により,引用発明1-1は,その構成区分bが本件第1発明の構成要件1Bと同一となるとともに,本件第1発明の構成要件1Aをも同時に備えることになる。

オ 相違点Qについて

a) 引用発明1-1のロープ式エレベータ装置は,「昇降路底部に巻上機を配置したトラクション式」タイプであるため,上記の設計変更をしたとしても,巻上機13に作用する上向きの力でアンカーボルトが引き抜かれないように,強固なアンカーボルトを必要とする欠点は変わらない。

この欠点は,引用発明1-2が解決課題とする従来技術の欠点と実質的に同一であるので,引用発明1-2に示された反力相殺の基本的技術思想と対比して検討すると,引用発明1-1のエレベータ装置ないし引用発明1-1に巻上機支持台を設ける設計変更を施したエレベータ装置は,引用発明1-2における支持部材を有しないにすぎないことが分かる。

b) したがって,引用発明1-2における支持部材を用意すれば,反力相殺のメカニズムが完成するところ,引用例1-2の第2図の符号7の支持部材を参考にして,引用発明1-1のエレベータ装置ないし引用発明1-1に上記設計変更を施したエレベータ装置の,かご用レール3,4及びつり合重り用レール9の各下端,並びに巻上機13の床面(ないしエレベータ装置の巻上機を設置している巻上機支持台の底面)をそれぞれ別の箇所に固定ないし装着し得る形状の支持部材を設置することは,当業者が容易に推考できることであるというべきである。

上記のような支持部材は本件第1発明の構成要件1Gの「レール支持梁」に相当するものである。

c) 引用発明1-1のエレベータ装置に支持部材を適用するに際し,支持部材の形状を,引用発明1-1のかご用レール3,4及び重り用レール9を支持できるように設計する程度のことは,引用発明1-1と同じ「昇降路底部に巻上機を配置したトラクション式」エレベータの昇降路底部に設置される支持ベースであって,トラクションマシン(巻上機)が取り付けられる取付台10と,乗かご用ガイドレールの下端を支持する支持体11とを備えるとともに,つり合重り用ガイドレールの下端をも支持し得ることができるものが,既に公知であった(特開平7-215625号公報・乙10の図1ないし図3)ことに鑑みれば,当業者であれば容易になし得ることは明らかである。

カ 結論

したがって,本件第1発明は,引用発明1-2が示している反力相殺の基本的技術思想に基づいて,引用発明1-1に,引用発明1-2の「支持部材」と周知技術である「防振ゴムとマシンベットから成る構成体」とを適用することにより,容易に推考できるものであるから,当該特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認められる。

よって,原告は,被告に対し,本件第1特許権に基づく権利を行使することはできない(特許法104条の3)。

(2)  原告の主張

被告は,①引用例1-2によって反力相殺に関する技術が周知であったこと,②前記①を前提とすれば,本件第1発明は,引用例1-1から容易に発明できたと主張する。しかし,反力相殺の技術思想は引用例1-2に記載も示唆もされていない。また,他に,反力相殺の技術思想が周知であったとする根拠も全くない。むしろ,引用例1-2の具体的な開示を詳細に検討すれば,本件第1特許の出願前には反力相殺という技術思想が存在しなかったことが明らかとなる。

ア 本件第1発明と引用発明1-1との対比の誤りについて(構成要件1Hについて)

引用発明1-1の構成区分hは,文言上,本件第1発明の構成要件1Hを充足するようにみえるものの,実質的にはこれと異なる構成である。

確かに,引用例1-1の第5図のような構造によれば,つり車にかかる荷重の一部がかご用レールに伝えられることは否定できないから,構成要件1Hを充足するともいえる。しかし,本件第1発明と引用発明1-1との相違点を判断する前提として考えるならば,構成要件を実質的に充足するか否かを検討する必要がある。

本件第1発明の効果は,「巻上機から巻上機支持台に作用する上向きの力を,ガイドレールを支持する支持梁で受けるようにしたので,レール支持梁に伝えられた上向きの力は,ガイドレールに作用する下向きの力により相殺され,上向きの力は建物に作用しない。」(本件第1明細書の【0028】)というものである。ここで,ガイドレールに作用する下向きの力は,ガイドレールによって支持されている返し車からガイドレールに働くものである。一方,巻上機の綱車と返し車には1組の主ロープが巻き掛けられているから,巻上機から巻上機支持台に作用する上向きの力とガイドレールに作用する下向きの力とが相殺されるためには,ガイドレールが返し車を実質的に支持している必要がある。このように,本件第1発明の構成要件1Hは,構成要件1A,1B,1G及び1Iとの組合せによって上記効果を奏するものである。したがって,被告の主張する2つの相違点を判断する前提として考えるならば,引用発明1-1のつり車14,15が実質的にかご用レール4及びおもり用レール9に支持され,レールに作用する下向きの力が下方に向かって伝えられているか否かを検討する必要がある。

一方,引用例1-1の第4図を参照しつつ,引用例1-1の発明の詳細な説明の記載を検討すると,引用発明1-1においては,つり車を支持する支持材19にかかる荷重は,右壁1eに伝えられるのである。これに対して,本件第1発明の構成要件1Hは,返し車を支持する荷重をレール支持梁に伝えるためのものである。したがって,引用発明1-1の構成区分hは,その実質においては,本件第1発明の構成要件1Hと全く異なる作用を営むものであり,実質的には,この構成要件を充足しているとはいえないものである。このことは,相違点P及び相違点Qを判断するにあたって,念頭におく必要がある。

イ 引用例1-2の解釈

a) 被告は,引用例1-2には「機械室レス・エレベータの技術思想」が開示されていると主張する。しかし,引用例1-2は,機械室レス・エレベータに関するものではない。機械室レス・エレベータとは,昇降路外に機械室を設けずに駆動装置を設置するエレベータをいうのであって,昇降路とは,かごまたはつり合い重りが昇降する部分をいう。ところが,引用例1-2の場合には,明らかに昇降路とは別に駆動装置を設置する機械室が設けられている。

b) 被告は,引用例1-2には「巻上機に加わる上向きの力」と「案内車に加わる下向きの荷重」とを相殺するという思想が開示されていると主張する。

しかし,被告の上記主張は全くの誤りである。引用例1-2に開示されているのは,単に,巻上機に加わる上向きの力をアンカーボルト以外の手段で建物に伝達することにすぎず,上向きの力を「案内車に加わる下向きの荷重」と相殺することなど全く記載されていない。すなわち,引用例1-2には,「巻上機(5)に作用する上方向荷重は支持部材(7)を介して立設部材(2),ブラケット(2a)によって支持される。」と明確に記載されている。ここで,ブラケット(2a)は,引用例1-2の第2図を見れば明らかなとおり,立設部材(2)を建築躯体と結合するものである。したがって,引用発明1-2においては,巻上機に加わる上向きの力は,アンカーボルトを介して床面に伝えられるのではないものの,結局,建物躯体に伝えられているのである。このことは,引用例1-2において,「この実施例における立設部材(2)が建築躯体の柱,他のエレベータ機器からなるものであっても第2,第3図の実施例とほぼ同様な作用が得られることは明白である。」と記載されていることからも明らかである。ここでは,支持部材(7)を建築躯体に結合することが示されており,上下方向の荷重を相殺して建築躯体にかかる荷重をなくすという技術思想は,その片鱗さえも見られない。

以上のとおり,引用例1-2においては,支持部材(7)によってアンカーボルトをなくすという技術思想があるにとどまり,上下方向の荷重を相殺するという技術思想はない。

c) 一般に構造体を閉じた構造体にして構造体に作用する力の系が,つり合い状態(内的つり合い)になっていれば,その構造体の外部に力がかかることはないということが初歩的な力学上の常識であり,工業高校の力学課程修了程度の知識にすぎないことは認める。しかし,被告は,ブラケット(2a)がなくても「閉じた構造体」であるとの結論を先取りして,「ブラケット(2a)」は明白な誤記であると主張しているのであって,失当である。

ウ 相違点について

a) 相違点Pについて

被告は,巻上機を巻上機支持台上に設置することは容易であると主張し,「昇降機技術基準の解説」(引用例1-3)を引用する。しかし,引用例1-3では,例えば249頁の第2-43図等にも示されているとおり,巻上機は昇降路の上方に設けられた機械室に設置されている。したがって,巻上機には下向きの力が働き,巻上機と巻上機支持台との間には圧縮力が働くだけである。

これに対し,本件第1発明の構成要件1A及び1Bは,構成要件1Gの前提として規定されているものである。すなわち,巻上機支持台を昇降路底部に設置し,その上に巻上機を設置した結果,巻上機には上向きの力が作用し,巻上機と巻上機支持台との間には引っ張り力が働く。本件第1発明では,このような構成を採用することにより,巻上機の設置高さの自由度を確保した上で,主ロープから巻上機の綱車にかかる上向きの力を昇降路底部に設けられたレール支持梁に伝えることを可能にしているのである。

すなわち,本件第1発明では,主ロープにかかる荷重によって主ロープに引っ張り応力が生じ,それによって,昇降路上部の返し車には下向きの力がかかり,巻上機の綱車には上向きの力がかかる。そして,構成要件1Hにより,返し車はレールに支持され,構成要件1Gにより,巻上機支持台に作用する力はレール支持台が受ける。これらにより,レールには圧縮応力が生じ,下向きの力と上向きの力とが相殺される。したがって,レール支持台をレールの最下端に設けて,これに巻上機支持台を設置する必要があるものの,巻上機そのものをレール支持台に設置する必要はなくなる。

以上のとおりであるから,被告の主張は,単に巻上機を巻上機支持台上に設置することが容易であったというのみであって,それだけでは,本件第1発明が容易であったことの根拠にはならない。

b) 相違点Qについて

相違点Qに関する被告の主張は,引用例1-2によって反力相殺の基本的技術思想が周知であったことを前提としている。しかし,既に述べたとおり,引用例1-2には反力相殺の技術思想は開示も示唆もされていない。引用発明1-2では,上向きの力をアンカーボルトによって床面に伝えることに代えて,支持部材(7)によって床面以外の建物部分,例えば,壁面又は躯体の柱に伝えることを目的としていると考えられる。

一方,引用発明1-1では,つり車14及び15にかかる荷重はレールを介して建物壁面に伝えられ,したがって,レールを支持する支持梁を設ける必要性は全くない。

エ 以上のとおりであるから,引用発明1-1において,床面に巻上機を設置することに代えて,本件第1発明の構成要件1Gを採用することは当業者に容易に推考できることではなかった。

(3)  原告の主張に対する被告の反論

ア 引用発明1-1からの容易想到性について

a) 引用発明1-1の構成区分hの技術的意味合いについて

原告の主張する構成要件1Hの実質的意味合いというのは,構成要件1Hは,「返し車」に作用する「下向きの力」を,同構成要件にいう「上記ガイドレール」を介して,本件第1発明にいう「レール支持梁」(構成要件1G参照)に伝えて,「返し車」に作用する「下向きの力」と「巻上機」に作用する「上向きの力」とを相殺することを目的としたものであるから,この目的ないし機能を分担している点を無視することはできないということと解される。このような目的ないし機能は,相違点を容易に解消して本件第1発明を推考できるかどうかを検討する際に,併せて検討すべき問題であって,構成要件1Hと引用発明1-1の構成区分hとは一致点であるとして扱って差し支えない。

b) 相違点Pについて

原告は,引用例1-3では,昇降路の上方に設置された巻上機には下向きの力が働き,巻上機と巻上機支持台との間には圧縮力が働くだけであり,一方,本件第1発明では,巻上機には上向きの力が作用し,巻上機と巻上機支持台との間には引っ張り力が働くことを指摘する。

しかし,本件で問題となるのは,本件第1発明と引用発明1-1との間における特定の技術的相違である。引用発明1-1においても,巻上機13は,本件第1発明と同じく昇降路の下部に位置している。その結果,引用発明1-1の巻上機13にも「上向きの力」が作用し,巻上機13とこれを設置している昇降路底部との間には「引っ張り力」が働く。

この巻上機13の昇降路底部への設置に当たり,当該巻上機とその設置床面である昇降路底部との間に,周知かつ公用の「防振ゴムとマシンベットから成る構成体(引用例1-3の図2-43)を介在さ」せてはならない技術的理由は何も存在しない。したがって,上記「防振ゴムとマシンベットから成る構成体」を引用発明1-1における巻上機13とその設置床面である昇降路底部との間に介在する程度のことは,当業者が適宜採用し得る単なる設計事項であって,そこにはいかなる阻害要因も存在しない。そして,そのような設計をした結果として,巻上機13と「防振ゴムとマシンベットから成る構成体」の間には必然的に引っ張り力が働くから,「巻上機と巻上機支持台との間には引っ張り力が働く」という点も阻害要因ということはできない。

c) 相違点Qについて

① 原告は,引用発明1-1では,つり車14及び15にかかる荷重はレールを介して建物壁面に伝えられるので,レールを支持する支持梁を設ける必要性は全くなく,したがって,相違点Qを容易に想到することはできないと主張する。

しかし,引用発明1-1のつり車14及び15にかかる「下向きの荷重」は,レールを介して建物壁面に伝えられると仮定しても,レールを支持する支持梁を設ける必要性がないとはいえない。すなわち,引用発明1-1においても,引用発明1-2における従来例と同様の「閉じた構造体」が構成されているから,「上向きの力」と「下向きの力」は,原告の主張が正しいと仮定すれば,昇降路周壁の内部でつり合い状態になっている。したがって,この「閉じた構造体」が全体として十分な強度を有する場合は問題ないものの,経年変化等により,「閉じた構造体」の中で力が作用している部分に強度の不足した箇所が生じた場合には,当該部分がそこに作用する力によって破断され,構造体としての一体的連続性が失われる。よって,強固なアンカーボルトを不要とするために,引用発明1-2のように,「支持部材」(本件第1発明の「レール支持梁」に相当する。)を用いる必要性が存在することは否定できない。

② 引用発明1-1のつり車14及び15にかかる「下向きの力」は,レールの下端が昇降路の底部で支持されていることから,その大部分は下向きにレールに伝達されて昇降路の底部で支持され,レールから横方向に建物壁面へ伝えられる割合は極くわずかである。したがって,引用発明1-1と構成要件1Hとの実質的意味合いでの相違は,存在しないというべきである。

仮に「下向きの力」がレールを介して建物壁面へ伝えられるとしても,上記のとおり,強固なアンカーボルトを不要とするために,引用発明1-1に,周知考案において示された技術思想を適用して相違点Qが解消した後においては,周知考案における,レールを立設部材とするタイプの「閉じた構造体」が構成され,それまで構成されていた「閉じた構造体」は消滅するので,原告主張の実質的相違点は解消される。したがって,原告主張の実質的相違点があるとしても,引用発明1-1に周知考案に示された技術思想を適用することの阻害要因となるものではない。

3  争点3-1(本件第2特許が特許法29条2項に違反しているか)について

(1)  被告の主張

本件第2発明は,本件第2特許の出願日の前に公開されたドイツ特許出願の出願公開明細書(DE19752232A1)(乙13。以下「引用例2-2」という。)に記載された発明(以下「引用発明2-2」という。),特開平9-165172号公報(乙14。以下「引用例2-3」という。)に記載された発明(以下「引用発明2-3」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができないものである。

ア 引用発明2-2(乙13)について

1999年(平成11年)5月27日にドイツで頒布された,ロープ式エレベータについてのドイツ特許出願の出願公開明細書(引用例2-2)には,次の技術構成が開示されている(別紙参考図2参照)。なお,〔〕内の文言は,本件第2発明における対応部材の名称である。

2a エレベータ昇降路3内を昇降し,乗降口1aを有するとともに案内車5a,5a〔吊り車〕が設けられたエレベータケージ1〔かご〕と,

2b 前記エレベータケージ1〔かご〕と反対方向に前記エレベータ昇降路3内を昇降し,該エレベータ昇降路3の平断面において前記乗降口1aに対して前記エレベータケージ1〔かご〕の側方に配置され,吊り車24が設けられたカウンターウェイト6と,

2c 前記エレベータケージ1〔かご〕の水平方向の移動を規制するエレベータケージ〔かご〕用ガイドレール2と,

2d 前記カウンターウェイト6の水平方向の移動を規制するカウンターウェイト用ガイドレール7と,

2e 前記エレベータケージ1〔かご〕を前記エレベータケージ1〔かご〕の案内車5a,5a〔吊り車〕を介して懸架するとともに前記カウンターウェイト6を前記カウンターウェイト6の吊り車24を介して懸架する牽引ロープ4と,

2f 前記エレベータ昇降路3内に配置され,当該牽引ロープ4が巻き掛けられた原動車13〔綱車〕及び該原動車13〔綱車〕を駆動する電動機〔モータ部〕を有し,前記原動車13〔綱車〕を回転させることで前記ロープ4を介して前記エレベータケージ1〔かご〕および前記カウンターウェイト6を昇降させる駆動装置11〔巻上機〕と,

2g 前記エレベータ昇降路3内に配置され,前記駆動装置11〔巻上機〕の原動車13〔綱車〕からエレベータケージ1〔かご〕の案内車5a,5a〔吊り車〕に至る前記牽引ロープ4が巻き掛けられて該牽引ロープ4の方向を転換する案内車〔第1の返し車〕とを有するロープ式エレベータ装置において,

2h 前記駆動装置11〔巻上機〕は,

α 原動車13〔綱車〕の回転軸方向の外形寸法が前記回転軸に対して垂直な方向の外形寸法よりも小さく,

β 前記エレベータ昇降路3の平断面において前記カウンターウェイト6及び前記エレベータケージ1〔かご〕とは離れて前記カウンターウェイト6が配置された前記エレベータケージ1〔かご〕の側方に位置するエレベータ昇降路3の壁面3aに傾斜し,かつ前記カウンターウェイト6と前記エレベータ昇降路3の壁面3aに沿って並んで配置され,

γ 前記エレベータ昇降路3の最下階停止時のエレベータケージ1〔かご〕床面より上方でかつ最上階停止時のエレベータケージ1〔かご〕天井より下方に位置し,

2i 前記案内車〔第1の返し車〕は,前記駆動装置11〔巻上機〕より上方に位置し,前記平断面において,前記駆動装置11〔巻上機〕の少なくとも一部と重なるよう配置され,前記案内車〔第1の返し車〕の回転面は,前記エレベータ昇降路3の平断面において前記牽引ロープ4が前記エレベータケージ1〔かご〕の案内車5a,5a〔吊り車〕へ至る側が前記駆動装置11〔巻上機〕の原動車13〔綱車〕から巻き掛けられる側より前記乗降口1aから遠ざかる方向に位置して近接する前記エレベータ昇降路3の壁面に対して傾斜していること

2j を特徴とするエレベータ装置。

イ 本件第2発明と引用発明2-2との構成の対比

本件第2発明の各構成要件と引用発明2-2の上記各構成区分とを対比すると,本件第2発明の構成要件2AないしG,Hのα及びγ,I並びにJは,それぞれ引用発明2-2の構成区分2aないしg,hのα及びγ,i並びにjと同一である。

本件第2発明と引用発明2-2とは,本件第2発明の巻上機が「前記昇降路の平断面において前記カウンターウェイト及び前記かごとは離れて前記カウンターウェイトが配置された前記かごの側方に位置する前記昇降路の壁面に平行にかつ前記カウンターウェイトと前記昇降路の壁面に沿って並んで配置され(構成要件2Hのβ)ているのに対し,引用発,」明2-2の巻上機は,「前記エレベータ昇降路3の平断面において前記カウンターウェイト6及び前記エレベータケージ1〔かご〕とは離れて前記カウンターウェイト6が配置された前記エレベータケージ1〔かご〕の側方に位置するエレベータ昇降路3の壁面3aに傾斜し,かつ前記カウンターウェイト6と前記エレベータ昇降路3の壁面3aに沿って並んで配置され,」ている点において,相違する(以下,この相違点を「相違点R」という。)。

ウ 相違点Rの検討

a) 本件特許の出願日より前である平成9年6月24日に国内頒布された,トラクションシーブエレベータの発明に関する特許出願の出願公開公報(引用例2-3。乙14)の図2には,エレベータの巻上機械装置6が,エレベータシャフト15(本件第2発明の「昇降路」に相当する。)の平断面において,カウンタウェイト2が配置されたエレベータカー1(本件第2発明の「かご」に相当する。)の側方に位置するエレベータシャフト15の壁面に平行に設置された配置が開示されている。

b) したがって,引用発明2-2の駆動装置11〔巻上機〕の壁面に対して傾斜して配置されている配置の向きを,各現場の状況に応じ,引用発明2-3の態様を採用して,カウンターウェイト6が配置されたエレベータケージ1〔かご〕の側方に位置するエレベータ昇降路3の壁面3aと平行になるように変更するとともに,必要に応じ,カウンターウェイト6とその吊り車24及び返し車23を当該壁面3aに接近する如く平行移動させた配置とする程度のことは,当業者が適宜選択できる単なる設計上の変更事項にすぎない。したがって,このような設計上の変更を行うことは,当業者であれば特段の困難を伴うこともなく容易に推考できたことというべきである。

そして,このように,引用発明2-2の駆動装置11〔巻上機〕の配置の向きを,カウンターウェイト6が配置されたエレベータケージ1〔かご〕の側方に位置するエレベータ昇降路3の壁面3aと平行になるように変更することにより,引用発明2-2の駆動装置11〔巻上機〕の配置の向きについての構成区分2hのβは,本件第2発明の構成要件2Hのβと同一のものに変わるものである。

c) 相違点Rは,特開平11-130365号公報(乙20。以下「引用例2-1」という。)に記載された発明(以下「引用発明2-1」という。)からも解消することができる。

すなわち,引用例2-1の図8及び図4には,トラクションマシン1〔巻上機〕が,昇降路25〔昇降路〕の平断面において,カウンターウェイト31〔カウンターウェイト〕が配置された乗かご28〔かご〕の側方に位置する昇降路25〔昇降路〕の壁面25aと平行であることが開示されており,引用発明2-2の駆動装置11〔巻上機〕の配置の向きを,カウンターウェイト6が配置されたエレベータケージ1〔かご〕の側方に位置するエレベータ昇降路3の壁面3aと平行になるように変更することにより,引用発明2-2の駆動装置11〔巻上機〕の配置の向きについての構成区分2hのβは,本件第2発明の構成要件2Hのβと同一のものに変わるものである。

エ 結論

このように,本件第2発明は,引用発明2-2に,引用例2-3の図2に示す巻上機の配置の向きを適用することにより得られるものであり,引用発明2-2そのものが既に奏していた本件第2発明と同一の効果が上記配置の向きを変更することによって奏し得られなくなるわけでもないから,上記の巻上機の配置の向きを適用することに,阻害要因は存在しない。

したがって,本件第2発明は,当業者が容易に推考できたものであり,原告は,被告に対し,本件第2特許権に基づく権利を行使することはできない(特許法104条の3)。

(2)  原告の主張

ア 相違点Rについて

引用発明2-2のエレベータにおいては,駆動装置を斜めにすることによって駆動装置を支持しているコンクリート支持台9の上に作業スペースを作り出している。駆動装置を昇降路壁と平行に配置したのでは,コンクリート支持台の上の作業スペースがなくなってしまうし,駆動装置を昇降路壁と平行にしたまま昇降路の内側に移動することは,乗降口のドアと干渉してしまうので不可能である。要するに,引用発明2-2のエレベータは,「機械室のない薄型構造の駆動装置による公知のロープ式エレベータ」とは異なるタイプのエレベータであり,たまたま案内車5が斜めに設置されているという点で共通するからといって,引用発明2-2の駆動装置を昇降路壁と平行に配置することが容易であるとはいえない。

イ 被告主張の相違点Rのほかに,相違点が存することについて

a) 本件第2発明と引用発明2-2を対比すると,相違点Rのほかに,本件第2発明では,第1の返し車が昇降路の平断面において巻上機の少なくとも一部と重なるように配置されている(構成要件2Iの前段)のに対し,引用発明2-2では,第1の返し車と巻上機とは重なっていないとの相違点がある(以下,この相違点を「相違点S」という。)。

確かに引用例2-2の図面上は,原動車13の一部と案内車5の一部とが重なっている。しかし,エレベータにおいてロープの掛けられ方を示す場合には,ロープの太さを考えないことが普通である。そうすると,引用例2-2においては,原動車13と案内車5とは,平断面に投影しても,一点で接触しているにすぎず,重なっているとは見なされない。

これに対し,本件第2発明では,本件第2明細書の図7から明らかなとおり,平断面図において,返し車5aが巻上機4のモーター4bを斜めに横切っている。すなわち,本件第2発明における「少なくとも一部と重なる」とは,ロープの太さを無視しても重なっていることを意味しているものである。また,構成要件2Iの前段は,返し車と綱車の溝の深さがロープの半径よりも若干大きいことから生じる必然的な重なり合いを含まないものであるから,「巻上機の前記モータ部の少なくとも一部と重なる」と解すべきであって,相違点Sの存在は明らかである。

b) 引用発明2-2のエレベータは,コンクリート支持台9の上に駆動装置を設置して,コンクリート支持台上に作業スペースを設けている。この作業スペースに昇降路の外側から出入りするために通用扉18が設けられている。このような構成になっているのは,駆動装置のモータが昇降路の外側を向き,原動車が昇降路の内側を向いているからである。このような配置を前提とする限り,昇降路の平断面において駆動装置と案内車とが重なる配置にはなり得ない。

これに対して,本件第2発明の実施例(本件第2明細書の図7)を見れば明らかなとおり,巻上機の綱車を昇降路壁に向けることにより,平断面において第1の返し車と巻上機とを少なくとも一部重ねることによってスペースの節約が可能になる。また,モータが昇降路壁内側に向いていることから,昇降路の外側からの通用扉を設けることなく,昇降路内で巻上機のメンテナンスが可能となる。

以上のとおり,本件第2発明における,「第1の返し車は,前記巻上機より上方に位置し,前記平断面において前記巻上機の少なくとも一部と重なるように配置され」ているという要件(構成要件2Iの前段)は,間接的に,巻上機の綱車が昇降路壁側を向いていることを規定しているのである。

そこで,引用発明2-2において,巻上機の向きを逆さにするという発想が容易であったかを考えてみると,これは容易ではあり得ない。引用発明2-2は,昇降路内に組み込んだ機械室に昇降路の外側から出入することを容易にする発明である。したがって,駆動装置の原動車を昇降路の外側に向けるという発想を生ずる余地はないし,まして,その結果として,案内車と駆動装置が平断面において重なって昇降路内のかごと壁面との間のスペースを節約できるという発想などどこからも出てこない。

c) 以上のとおりであるから,引用発明2-2において,「第1の返し車は,前記巻上機より上方に位置し,前記平断面において前記巻上機の少なくとも一部と重なるように配置され」ているという要件(構成要件2Iの前段)を採用する動機は全くなく,本件第2発明は引用発明2-2から当業者が容易に発明できたものではない。

(3)  原告の主張に対する被告の反論

ア 相違点Sが存在しないことについて

引用例2-2の図面は,ロープの太さを無視して描いた平断面図である。にもかかわらず,案内車5は,その面積の1/5程を占める先端部分が,駆動装置11の輪郭内に重なって描かれている。したがって,引用発明2-2が,「第1の返し車が,平断面において巻上機の少なくとも一部と重なるよう配置され」ている構成を有することは明らかである。

イ 相違点Rの容易想到性について

a) 原告は,「引用発明2-2のエレベータにおいては,駆動装置を斜めにすることによって駆動装置を支持しているコンクリート支持台9の上に作業スペースを作り出している。」と主張する。

しかし,かかる主張は,引用発明2-2の明細書の記載に基づかないものであって,単に一実施例を示す図面において,斜めに配置した駆動装置が示されているにすぎない。一方,巻上機(駆動装置)を,カウンターウェイト6が配置されたエレベータケージ1の側方に位置するエレベータ昇降路3の壁面3a(以下「特定壁面」ということもある。)に平行に配置することは,周知慣用の技術事項である。そして,昇降路の平断面サイズとコンクリート支持台の寸法によっては,駆動装置を特定壁面3aに平行に配置しても,十分に作業スペースを確保できるのであるから,阻害要因であるということはできない。

b) 作業スペースが駆動装置から見て通用扉18側のスペースをいうのであれば,駆動装置を特定壁面と平行に配置することによって作業スペースが狭くなる。しかし,通用扉18は駆動装置11側から手前側へ向けて開けることができるのであるから,通用扉18を外側へ開けたままの状態で作業すれば,十分な「作業スペース」を確保できる。

駆動装置11を特定壁面3aと平行にしたままコンクリート支持台9のどこに配置するかは,当業者が必要に応じて適宜決定し得る設計事項であるから,乗降口のドアと干渉しないようにして,作業スペースを確保することが可能である。

4  争点3-2(本件第2特許が特許法29条2項に違反しているとして,訂正審判により同項違反が解消されるか)について

(1)  被告の主張

本件訂正第2発明においても,進歩性欠如の無効理由は解消されないのであるから,原告が本件第2特許権に基づいて権利行使することは許されない。

ア 引用例2-2を主引例とする無効理由について

本件訂正第2発明は,本件第2特許の出願日の前に公開された引用例2-2に記載された発明(引用発明2-2),引用例2-1に記載された発明(引用発明2-1),特開平11-301950号公報(乙29。以下「引用例2-4」という。)に記載された発明(以下「引用発明2-4」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができないものである。

a) 引用発明2-2(乙13)について

引用例2-2(乙13)には,次の技術構成が開示されている(別紙参考図2参照)。なお,〔〕内の文言は,本件訂正第2発明における対応部材の名称である。

2a エレベータ昇降路3内を昇降し,乗降口1aを有するとともに案内車5a,5a〔吊り車〕が設けられたエレベータケージ1〔かご〕と,

2b 前記エレベータケージ1〔かご〕と反対方向に前記エレベータ昇降路3内を昇降し,該エレベータ昇降路3の平断面において前記乗降口1aに対して前記エレベータケージ1〔かご〕の側方に配置され,吊り車24が設けられたカウンターウェイト6と,

2c 前記エレベータケージ1〔かご〕の水平方向の移動を規制するエレベータケージ〔かご〕用ガイドレール2と,

2d 前記カウンターウェイト6の水平方向の移動を規制するカウンターウェイト用ガイドレール7と,

2e 前記エレベータケージ1〔かご〕を前記エレベータケージ1〔かご〕の案内車5a,5a〔吊り車〕を介して懸架するとともに前記カウンターウェイト6を前記カウンターウェイト6の吊り車24を介して懸架する牽引ロープ4と,

2f 前記エレベータ昇降路3内に配置され,当該牽引ロープ4が巻き掛けられた原動車13〔綱車〕及び該原動車13〔綱車〕を駆動する電動機〔モータ部〕を有し,前記原動車13〔綱車〕を回転させることで前記ロープ4を介して前記エレベータケージ1〔かご〕および前記カウンターウェイト6を昇降させる駆動装置11〔巻上機〕と,

2g 前記エレベータ昇降路3内に配置され,前記駆動装置11〔巻上機〕の原動車13〔綱車〕からエレベータケージ1〔かご〕の案内車5a,5a〔吊り車〕に至る前記牽引ロープ4が巻き掛けられて該牽引ロープ4の方向を転換する案内車5〔第1の返し車〕と,前記エレベータ昇降路3内に配置され,前記駆動装置11〔巻上機〕の原動車13〔綱車〕から前記カウンターウェイト6の吊り車24に至る牽引ロープ4が巻き掛けられて牽引ロープ4の方向を転換する返し車23〔第2の返し車〕とを有するロープ式エレベータ装置において,

2h 前記駆動装置11〔巻上機〕は,

α 原動車13〔綱車〕の回転軸方向の外形寸法が前記回転軸に対して垂直な方向の外形寸法よりも小さく,

β 前記エレベータ昇降路3の平断面において前記カウンターウェイト6及び前記エレベータケージ1〔かご〕とは離れて前記カウンターウェイト6が配置された前記エレベータケージ1〔かご〕の側方に位置するエレベータ昇降路3の壁面3aに傾斜し,かつ前記カウンターウェイト6と前記エレベータ昇降路3の壁面3aに沿って並んで配置され

δ るとともに前記電動機25〔モータ部〕が前記エレベータケージ1〔かご〕の側方に位置する前記エレベータ昇降路3の壁面3aに対向し,前記原動車13〔綱車〕が前記エレベータケージ1〔かご〕側に対向して,

γ 前記駆動装置11〔巻上機〕の下端は最下層階の階層フロアの延長部であるコンクリート支持台9上に設けられ,前記エレベータ昇降路3の最下階停止時のエレベータケージ1〔かご〕床面より上方でかつ最上階停止時のエレベータケージ1〔かご〕天井より下方に位置し,

2i 前記案内車〔第1の返し車〕は,

ε 前記駆動装置11〔巻上機〕より上方に位置し,

ζ 前記平断面において,前記エレベータケージ1〔かご〕の案内車5a〔吊り車〕に至る前記ロープ4が前記エレベータケージ1〔かご〕と前記駆動装置11〔巻上機〕との間を通るように,前記駆動装置11〔巻上機〕の原動車13〔綱車〕から前記エレベータケージ1〔かご〕と前記駆動装置11〔巻上機〕との間へ向けて前記駆動装置11〔巻上機〕の一部と重なるよう配置され,

η 前記案内車5〔第1の返し車〕の回転面は,前記エレベータ昇降路3の平断面において前記牽引ロープ4が前記エレベータケージ1〔かご〕の案内車5a,5a〔吊り車〕へ至る側が前記駆動装置11〔巻上機〕の原動車13〔綱車〕から巻き掛けられる側より前記乗降口1aから遠ざかる方向に位置して近接する前記エレベータ昇降路3の壁面3aに対して傾斜し,

2k 前記返し車23〔第2の返し車〕の回転面は,前記エレベータ昇降路3の平断面において,近接する前記エレベータ昇降路3の壁面3aに対して,前記牽引ロープ4が前記カウンターウェイト6の吊り車24へ至る側と前記駆動装置11〔巻上機〕の原動車13〔綱車〕から巻き掛けられる側とは同じ距離にあり,

2l 前記駆動装置11〔巻上機〕の原動車13〔綱車〕は,前記カウンターウェイト6の吊り車24よりも,近接する前記エレベータ昇降路3の壁面側に位置していること

2j を特徴とするエレベータ装置。

b) 本件訂正第2発明と引用発明2-2との構成の対比

本件訂正第2発明の各構成要件と引用発明2-2の上記各構成区分とを対比すると,本件訂正第2発明の構成要件2A′ないしG′,H′のα及びγ,I′のε及びη,L′並びにJ′は,それぞれ引用発明2-2の構成区分2aないしg,hのα及びγ,iのε及びη,l並びにjと同一である。また,本件訂正第2発明の効果として追加された「点検時の予期せぬかごの上昇に対する防護手段の必要を無からしめる」は,引用発明2-2の効果と全く同一である。

本件訂正第2発明と引用発明2-2とは,以下の点で相違する。

① 本件訂正第2発明の構成要件2H′のδと,公知技術2の構成区分2hのδとを対比すると,前者の巻上機は,「前記綱車(4a)が前記かご(1)の側方に位置する前記昇降路(8)の壁面に対向し,前記モータ部(4b)が前記かご側に対向して,」いるのに対し,後者の駆動装置11〔巻上機〕は,「前記電動機25〔モータ部〕が前記エレベータケージ1〔かご〕の側方に位置する前記エレベータ昇降路3の壁面3aに対向し,前記原動車13〔綱車〕が前記エレベータケージ1〔かご〕側に対向して,」いる点で相違する(以下,この相違点を「相違点X」という。)。

② 本件訂正第2発明の構成要件2I′のζと,公知技術2の構成区分2iのζとを対比すると,本件訂正第2発明の構成要件2I′のζの前段部分である「前記平断面において前記かご(1)の吊り車(11)に至る前記ロープ(3)が前記かご(1)と前記巻上機(4)との間を通るように,」することと,引用発明2-2の構成区分2iのζの前段部分である「前記平断面において,前記エレベータケージ1〔かご〕の案内車5a〔吊り車〕に至る前記ロープ4が前記エレベータケージ1〔かご〕と前記駆動装置11〔巻上機〕との間を通るように,」することとは,両者は同一の技術事項を指しており,一致する。

また,本件訂正第2発明の構成要件2I′のζの中段部分である「前記巻上機(4)の少なくとも一部と綱車(4a)から前記かご(1)と前記巻上機(4)との間へ向けて」と,引用発明2-2の構成区分2iのζの中段部分である「前記駆動装置11〔巻上機〕の原動車13〔綱車〕から前記エレベータケージ1〔かご〕と前記駆動装置11〔巻上機〕との間へ向けて」とを対比すると,両者は同一の技術事項を指しており,一致する。

しかし,本件訂正第2発明の構成要件2I′のζの後段部分では「前記モータ部(4b)を横切って前記モータ部(4b)と重なるよう配置され」るのに対し,引用発明2-2の構成区分2iのζ′の後段部分では「前記駆動装置11〔巻上機〕の一部と重なるよう配置され」るようになっている。

したがって,本件訂正第2発明と引用発明2-2とは,前記平断面において,前者の第1の返し車(5a)は,「前記モータ部(4b)を横切って前記モータ部(4b)と重なる」のに対して,後者の案内車〔第1の返し車〕は,「前記駆動装置11〔巻上機〕の一部と重なる」点で相違する(以下,この相違点を「相違点Y」という。)。

③ 本件訂正第2発明の構成要件2K′と,引用発明2-2の構成区分2kとを対比すると,前者の第2の返し車(5b)の回転面は,前記昇降路(8)の平断面において,近接する前記昇降路(8)の壁面に対して,「前記ロープ(3)が前記カウンターウェイト(2)の吊り車(12)へ至る側が前記巻上機(4)の綱車(4a)から巻き掛けられる側より前記かご(1)に近づく方向に傾斜し」ているのに対し,後者の返し車23〔第2の返し車〕の回転面は,前記エレベータ昇降路3の平断面において,近接する前記エレベータ昇降路3の壁面3aに対して,「前記牽引ロープ4が前記カウンターウェイト6の吊り車24へ至る側と前記駆動装置11〔巻上機〕の原動車13〔綱車〕から巻き掛けられる側とは同じ距離にあ」るという点で相違する(以下,この相違点を「相違点Z」という。)。

c) 引用発明2-1(乙20)について

引用例2-1(乙20)には,次の技術構成が開示されている(別紙参考図1参照)。なお,〔〕内の文言は,本件訂正第2発明における対応部材の名称である。

2a 昇降路25内を昇降し,乗降口28aを有するとともに下部プーリ29A,29B〔吊り車〕が設けられた乗かご28〔かご〕と,

2b 前記乗かご28〔かご〕と反対方向に前記昇降路25内を昇降し,該昇降路25の平断面において前記乗降口28aに対して前記乗かご28〔かご〕の側方に配置され,プーリ32〔吊り車〕が設けられたカウンターウェイト31と,

2c 前記乗かご28〔かご〕の水平方向の移動を規制するかごガイドレール33A,33B〔かご用ガイドレール〕と,

2d 前記カウンターウェイト31の水平方向の移動を規制するカウンターウェイトレール34A,34B〔カウンターウェイト用ガイドレール〕と,

2e 前記乗かご28〔かご〕を前記乗かご28〔かご〕の下部プーリ29A,29B〔吊り車〕を介して懸架するとともに前記カウンターウェイト31を前記カウンターウェイト31のプーリ32〔吊り車〕を介して懸架するロープ26と,

2f 前記昇降路25内に配置され,当該ロープ26が巻き掛けられたシーブ5〔綱車〕及び該シーブ5〔綱車〕を駆動する同期モータ7〔モータ部〕を有し,前記シーブ5〔綱車〕を回転させることで前記ロープ26を介して前記乗かご28〔かご〕および前記カウンターウェイト31を昇降させるトラクションマシン1〔巻上機〕と,

2g 前記昇降路25内に配置され,前記トラクションマシン1〔巻上機〕のシーブ5〔綱車〕から前記乗かご28〔かご〕の下部プーリ29A,29B〔吊り車〕に至る前記ロープ26が巻き掛けられて該ロープ26の方向を転換する頂部プーリ27A〔第1の返し車〕と,前記昇降路25内に配置され,前記トラクションマシン1〔巻上機〕のシーブ5〔綱車〕から前記カウンターウェイト31のプーリ32〔吊り車〕に至る前記ロープ26が巻き掛けられて該ロープ26の方向を転換する頂部プーリ27B〔第2の返し車〕とを有するロープ式エレベータ装置において,

2h 前記トラクションマシン1〔巻上機〕は,

α 前記シーブ5〔綱車〕の回転軸方向の外形寸法が前記回転軸に対して垂直な方向の外形寸法よりも小さく,

β 昇降路25の平断面において前記カウンターウェイト31及び前記乗かご28〔かご〕とは離れて前記カウンターウェイト31が配置された前記乗かご28〔かご〕の側方に位置する前記昇降路25の壁面25aに平行にかつ前記カウンターウェイト31と前記昇降路25の壁面25aに沿って並んで配置され,

δ るとともに前記シーブ5〔綱車〕が前記乗かご28〔かご〕の側方に位置する前記昇降路25の壁面25aに対向し,前記同期モータ7〔モータ部〕が前記乗かご28〔かご〕側に対向して,

γ 昇降路25のピットに固定され,

2i 前記頂部プーリ27A〔第1の返し車〕は,

ε 前記トラクションマシン1〔巻上機〕より上方に位置し,

ζ 前記平断面において,前記乗かご28〔かご〕の下部プーリ29A〔吊り車〕に至る前記ロープ26が前記乗か,ご28〔かご〕と前記トラクションマシン1〔巻上機〕との間から外れた部分を通るように,前記トラクションマシン1〔巻上機〕のシーブ5〔綱車〕から上記外れた部分へ向けて前記同期モータ7〔モータ部〕を横切って前記同期モータ7〔モータ部〕と重なるよう配置され,

η 前記頂部プーリ27A〔第1の返し車〕の回転面は,前記昇降路25の平断面において,前記ロープ26が前記トラクションマシン1〔巻上機〕のシーブ5〔綱車〕から巻き掛けられる側が前記乗かご28〔かご〕の下部プーリ29A〔吊り車〕へ至る側より前記乗降口から遠ざかる方向に位置して近接する前記昇降路25の壁面25aに対して傾斜し,

2k 前記頂部プーリ27B〔第2の返し車〕の回転面は,前記昇降路25の平断面において,近接する前記昇降路25の壁面に対して,前記ロープ26が前記カウンターウェイト31のプーリ32〔吊り車〕へ至る側と前記トラクションマシン1〔巻上機〕のシーブ5〔綱車〕から巻き掛けられる側とは同じ距離にあり,

2l 前記トラクションマシン1〔巻上機〕のシーブ5〔綱車〕は,前記カウンターウェイト31のプーリ32〔吊り車〕と,近接する前記昇降路25の壁面に対して同じ距離に位置していること

2j を特徴とするエレベータ装置。

d) 相違点Xについて

① 引用発明2-1(乙20)には,トラクションマシン1〔巻上機〕のシーブ5〔綱車〕及び同期モータ7〔モータ部〕の配置の向きについて,次の二通りの態様が開示されている。第1の態様は,引用例2-1の図8及び図4に開示されているとおり,シーブ5〔綱車〕が乗かご28〔かご〕の側方に位置する壁面25aに対向し,同期モータ7〔モータ部〕が乗かご28〔かご〕側に対向するように配置する態様である。また,第2の態様は,引用例2-1の図5に開示されているとおり,同期モータ7〔モータ部〕が乗かご28〔かご〕の側方に位置する壁面25aに対向し,シーブ5〔綱車〕が乗かご28〔かご〕側に対向するように配置する態様,及び,引用例2-1の図7に開示されているとおり,同期モータ7〔モータ部〕が乗かご28〔かご〕の奥側に位置する昇降路壁面に対向し,シーブ5〔綱車〕が乗かご28〔かご〕側に対向するように配置する態様である。

② したがって,各現場の状況に応じて,引用発明2-2の駆動装置11〔巻上機〕の原動車13〔綱車〕及び電動機25〔モータ部〕の配置の向きについて,引用例2-1の図4及び図8に示された態様を採用して,(i)駆動装置11〔巻上機〕の原動車13〔綱車〕と電動機25〔モータ部〕との位置関係を反転させ,かつ,特定壁面3aに平行にすると共に,案内車5及び返し車23の大きさを変更することなく駆動装置11及びカウンターウェイト6の位置を調整した態様や,(ii)駆動装置11〔巻上機〕の原動車13〔綱車〕と電動機25〔モータ部〕との位置関係を反転させ,かつ,特定壁面3aに平行にすると共に,案内車5の大きさを返し車23と同じにして駆動装置11及びカウンターウェイト6の位置を調整した態様に示すように,原動車13〔綱車〕がエレベータケージ1〔かご〕の側方に位置するエレベータ昇降路3〔昇降路〕の壁面3aに対向し,電動機25〔モータ部〕がエレベータケージ1〔かご〕側に対向するように変更することは,適宜選択できる単なる設計上の変更事項である。

このように,引用発明2-2の駆動装置11〔巻上機〕の配置の向きを,原動車13〔綱車〕がエレベータケージ1〔かご〕の側方に位置するエレベータ昇降路3〔昇降路〕の壁面3aに対向し,電動機25〔モータ部〕がエレベータケージ1〔かご〕側に対向するように変更することにより,引用発明2-2の駆動装置11〔巻上機〕の配置の向きについての相違点Xが解消されることは明らかである。

e) 相違点Yについて

① 引用発明2-1のエレベータ装置においては,頂部プーリ27A〔第1の返し車〕が同期モータ7〔モータ部〕を内在した部分を「横切って」いること,かつ,「重なる」ことが明らかである(引用例2-1の図8参照)。そうすると,引用発明2-1には,相違点Yのうちの本件訂正第2発明の第1の返し車(5a)が「前記モータ部(4b)を横切って前記モータ部(4b)と重なる」(構成要件2I′のζの後段部分)に相当する構成,すなわち,頂部プーリ27A〔第1の返し車〕が「前記同期モータ7〔モータ部〕を横切って前記同期モータ7〔モータ部〕と重なるように配置され」(構成区分2Iのζの後段部分)る構成が示されているものといえる。

② ところで,相違点Xの解消のために,引用発明2-2の駆動装置11〔巻上機〕の原動車13〔綱車〕及び電動機25〔モータ部〕の配置の向きについて,引用例2-1の図4及び図8に示された態様を採用して,案内車5〔第1の返し車〕及び返し車23〔第2の返し車〕の位置関係を適宜調整して配置するときには,必然的に,案内車5〔第1の返し車〕が電動機25〔モータ部〕を横切って電動機25〔モータ部〕と重なるように配置された構成となる。

このように,相違点Xの解消のために,引用発明2-2の駆動装置11〔巻上機〕の原動車13〔綱車〕及び電動機25〔モータ部〕の位置関係を反転させれば,必然的に案内車5〔第1の返し車〕が電動機25〔モータ部〕を横切って電動機25〔モータ部〕と重なるように配置された構成となるだけでなく,引用発明2-1には相違点Yに相当する構成が示されていることに鑑みれば,引用発明2-2の案内車5〔第1の返し車〕と電動機25〔モータ部〕の位置関係について,引用例2-1に記載の同期モータ7〔モータ部〕とシーブ5〔綱車〕の位置関係と共に,エレベータ装置の頂部プーリ27A〔第1の返し車〕が同期モータ7〔モータ部〕を横切って同期モータ7〔モータ部〕と重なるように配置されている態様を採用して,案内車5〔第1の返し車〕が電動機25〔モータ部〕を横切って電動機25〔モータ部〕と重なるように配置を変更することも,当業者において当然になし得る設計事項の程度の調整である。

したがって,引用発明2-2の駆動装置11〔巻上機〕の配置の向きを,原動車13〔綱車〕がエレベータケージ1〔かご〕の側方に位置するエレベータ昇降路3〔昇降路〕の壁面3aに対向し,電動機25〔モータ部〕がエレベータケージ1〔かご〕側に対向させるように変更することにより,必然的に,引用発明2-2の構成区分2iのζは,本件訂正第2発明の構成要件2I′のζと同一に変わるものであり,相違点Yが解消されることは明らかである。

③ さらに,相違点Yは,周知慣用な技術事項からも解消されるものである。

(i) 引用例2-1の図8にあっては,乗かご28〔かご〕に設けた下部プーリ29A〔吊り車〕の取付位置を,昇降路25の平断面において,下部プーリ29A〔吊り車〕を吊るロープが乗かご28〔かご〕の外側で乗降口28aが設けられている手前側を通過するようにしてある。

しかし,乗かご〔かご〕に下部プーリ〔吊り車〕を設けたエレベータ(一般に「せり上げ式エレベータ」と称されている。)において,乗かご〔かご〕に対する下部プーリ〔吊り車〕の取付位置は,引用例2-1の図8の態様に限定されるものではなく,寸法A(乗かご28〔かご〕の乗降口28a側からかごガイドレール33A,B〔かご用ガイドレール〕の中心線Cまでの距離)と寸法B(乗かご28〔かご〕の乗降口28a側から下部プーリ29A〔吊り車〕を吊るロープの中心位置までの距離)との比(B/A)が0.35~0.62の範囲内の数値になるような下部プーリ〔吊り車〕の取付位置にすることは,第1の返し車の回転面の傾斜方向とは何ら関係のない周知慣用な技術事項にすぎない(乙26ないし32)。

(ii) 乙26ないし32に開示されている下部プーリ〔吊り車〕の取付位置に関する周知慣用な技術事項に基づいて,下部プーリ29A〔吊り車〕の配置を変更する際には,下部プーリ29A〔吊り車〕から頂部プーリ27A〔第1の返し車〕に至るロープの中心位置が垂直となるように,頂部プーリ27A〔第1の返し車〕の配置も変更され,頂部プーリ27Aの回転面が,昇降路25〔昇降路〕の平断面においてロープが乗かご28〔かご〕の下部プーリ29A〔吊り車〕へ至る側がトラクションマシン1〔巻上機〕のシーブ5〔綱車〕から巻き掛けられる側より乗降口28aから遠ざかる方向に位置して近接する昇降路25〔昇降路〕の壁面25aに対して傾斜するように必然的に変更されることになり,その結果,頂部プーリ27A〔第1の返し車〕が,昇降路25〔昇降路〕の平断面において,シーブ5〔綱車〕から乗かご28〔かご〕とトラクションマシン1〔巻上機〕との間へ向けて同期モータ7〔モータ部〕を横切って同期モータ7〔モータ部〕と重なる位置も必然的に設計変更されることになる。

したがって,各現場の状況に応じて,引用例2-2の駆動装置11〔巻上機〕の配置の向きを,原動車13〔綱車〕が特定壁面3aに対向し,電動機25〔モータ部〕がエレベータケージ1〔かご〕側に対向するように変更させ,そして,案内車5〔第1の返し車〕の配置について,上記周知慣用な技術事項に基づく必然的設計変更を採用することにより,案内車5〔第1の返し車〕がエレベータ昇降路3〔昇降路〕の平断面において,駆動装置11〔巻上機〕の原動車13〔綱車〕からエレベータケージ1〔かご〕と駆動装置11〔巻上機〕との間へ向けて電動機25〔モータ部〕を横切って電動機25〔モータ部〕と重なるよう配置することは,当業者が適宜選択できる単なる設計上の変更事項にすぎないことは明らかである。

(iii) このように,引用発明2-2の案内車5〔第1の返し車〕の配置を,上記周知慣用な技術事項に基づく必然的設計変更を採用して,原動車13〔綱車〕からエレベータケージ1〔かご〕と駆動装置11〔巻上機〕との間へ向けて電動機25〔モータ部〕を横切って電動機25〔モータ部〕と重なるように変更することにより,引用発明2-2の構成区分2iのζの後段部分は,本件訂正第2発明の構成要件2I′のζの後段部分と同一に変わるものであり,相違点Yが解消されることは明らかである。

f) 相違点Zについて

① 既に述べたとおり,相違点Xを解消するために,引用発明2-2の構成に,引用発明2-1の構成を適用することは,当業者において容易になし得ることである。このとき,引用発明2-2の原動車13〔綱車〕の配置の向きについて,引用発明2-1の「シーブ5」のように「昇降路の壁面」側において,同壁面に対し平行に配置すれば,返し車23〔第2の返し車〕が傾斜した構成にならざるを得ない。

したがって,引用発明2-2の駆動装置11〔巻上機〕の配置の向きを,原動車13〔綱車〕がエレベータケージ1〔かご〕の側方に位置するエレベータ昇降路3〔昇降路〕の壁面3aに対して平行に対向し,電動機25〔モータ部〕がエレベータケージ1〔かご〕側に対向するように変更することにより,必然的に,案内車5〔第1の返し車〕が電動機25〔モータ部〕を横切って重なるように配置され,また必然的に,引用発明2-2の構成区分2kは,本件訂正第2発明の構成要件2K′と同一の構成に変わるものであり,相違点Zが解消されることは明らかである。

② さらに,相違点Zのうちの「第2の返し車の回転面」が「昇降路の壁面」に対し「傾斜」している構成それ自体,本件訂正第2発明の出願よりも前に公開された引用例2-4(特開平11-301950号。乙29)においても開示された構成である。したがって,引用発明2-2に,引用例2-1及び同2-4を適用して相違点Zを解消することも可能である。

引用例2-4の一実施例の平面図である図2あるいは図4において,本件訂正第2発明の構成要件2K′の「昇降路の壁面」に相当する壁面と対向する部分において,「固定プーリ9」及び「つり合おもり10」とが配置されており,かつ「固定プーリ9」は,その回転面が「昇降路平面の軸線XあるいはY」に対し,「傾けて」配置されている。

引用発明2-4が,本件訂正第2発明のような「ロープ式」ではなく,「流体圧式」であるとしても,本件訂正第2発明の「巻上機」から先の「カウンターウェイト」を「第2の返し車」により懸架する構成は,「ロープ式」か「流体圧式」かにより差異があるものではない。したがって,「固定プーリ9」が本件訂正第2発明の構成要件2K′の「第2の返し車」に相当し得るといえる。

そうすると,本件訂正第2発明の構成要件2K′の「第2の返し車の回転面」が「昇降路の壁面」に対し「傾斜」している構成それ自体も,引用発明2-4において開示された構成であるといえる。

ところで,引用発明2-4のように,「昇降路平面の軸線XあるいはY」に対して「傾けて」配置されているのは,結局,「昇降路のサイズをつり合おもりのない場合と同等にすること」,いいかえれば,つり合おもりを配置することでつり合おもりのない場合に比べ「昇降路内の不使用空間の発生を極力押さえ」ることにある。それは,まさしく本件訂正第2発明の「昇降路内の不使用空間の発生を極力押さえ」るという課題と同じである。

そうだとすると,当業者において,引用発明2-2と引用発明2-1との組合せにおいて,昇降路内の不使用空間の発生を極力押さえるという公然知られた課題を解決するために,さらに引用発明2-4を組み合わせて,本件訂正第2発明の構成要件2K′の「第2の返し車の回転面」を「昇降路の壁面」に対し「傾斜」させ,相違点Zを解消する構成を備えることも,容易に想到し得ることである。

③ ところで,原告は,本件訂正第2発明の原出願の分割出願である特許第3508768号の拒絶理由通知に対する意見書において,第2の返し車の傾斜が「昇降路内の不使用空間の発生を極力押さ, える」効果には関係がないことを表明し,第2の返し車の回転面の傾斜角度のごときは,単なる設計事項であることを認めている。

実際にも,当業者が,昇降路内の不使用空間の発生を極力押さえてエレベータ機器を配置しようとする場合,かご,カウンターウェイト,巻上機等の主要物と,それ以外のガバナー等の付属物等を含めて配置場所を考える。そして,本件訂正第2発明のように,巻上機が昇降路の最下階停止時のかご床面より上方でかご天井より下方に位置するように昇降路内に配置され,第1の返し車,第2の返し車が昇降路上部に配置されているような場合,当業者はまず,巻上機,かご,カウンターウェイト(かご,カウンターウェイトは,昇降路の平断面の同じ位置を上下する。)が限られたスペースに納まることを検討し,次に巻上機,第1及び第2の返し車,かごの吊り車,カウンターウェイトの吊り車,かご側ロープ端止め装置,及びカウンターウェイト側ロープ端止め装置に対して,ロープが適正に巻き掛けられるように,第1及び第2の返し車の位置や角度を適宜調整する。つまり,各機器へのロープの巻き掛け方法とあいまって結果的に第1及び第2の返し車の配置位置と方向が決まるのであり,第2の返し車の回転面の傾斜角度は,設計事項としての結果に他ならない。

g) 結論

このように,本件訂正第2発明は,引用発明2-2に,引用例2-1の図4や図8に示す巻上機の配置や配置の向きを適用すると共に,これにより,必然的に生じる巻上機と第1の返し車の関係の変更,並びに,やはり必然的に生じる第2の返し車の回転面の傾きの変更により得られるものであり,さらに,周知慣用な技術事項に基づく必然的設計変更や,引用発明2-4との組合せによっても得られるものである。そして,引用発明2-2そのものが既に奏していた本件訂正第2発明と同一の効果が,上記配置の向き等を変更することによって奏し得られなくなるわけでもないから,上記の巻上機の配置の向き等を適用することにいかなる阻害要因も存在しない。

したがって,本件訂正第2発明は,当業者が容易に推考できたものである。

イ 引用例2-1を主引例とする無効理由について

本件訂正第2発明は,本件第2特許の出願日の前に公開された引用例2-1に記載された発明(引用発明2-1),引用発明2-2,乙26ないし32に記載された周知の技術事項,引用発明2-4に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができないものである。

a) 引用発明2-1(乙20)について

引用発明2-1には,前記ア・c)記載の構成が開示されている。

b) 本件訂正第2発明と引用発明2-1との構成の対比について

本件訂正第2発明の各構成要件と引用発明2-1の上記各構成区分とを対比すると,本件訂正第2発明の構成要件2A′ないしG′,H′のβ及びδ,I′のε並びにJ′は,それぞれ引用発明2-1の構成区分2aないしg,hのβ及びδ,iのε並びにjと同一である。また,後記のとおり,本件訂正第2発明の構成要件2H′のαと引用発明2-1の構成区分2hのαも同一であると評価すべきである。

本件訂正第2発明と引用発明2-1とは,以下の点で相違する。

① 本件訂正第2発明においては,構成要件2H′のγにおいて,巻上機は,「該巻上機(4)の下端は前記昇降路(8)の最下階停止時のかご床面より上方でかつかご天井より下方に位置し」ているのに対し,引用発明2-1の構成区分2hのγでは,トラクションマシン1は,「昇降路25のピットに固定され」ている点で相違する(以下,この相違点を「相違点1」という。)。

② 本件訂正第2発明においては,構成要件2I′のζにおいて,前記第1の返し車は,「前記平断面において前記かご(1)の吊り車(11)に至る前記ロープ(3)が前記かご(1)と前記巻上機(4)との間を通るように,前記巻上機(4)の少なくとも一部と綱車(4a)から前記かご(1)と前記巻上機(4)との間へ向けて前記モータ部(4b)を横切って前記モータ部(4b)と重なるよう配置され」ているのに対し,引用発明2-1の構成区分2iのζでは,頂部プーリ27Aは,「前記平断面において,前記乗かご28〔かご〕の下部プーリ29A〔吊り車〕に至る前記ロープ26が,前記乗かご28〔かご〕と前記トラクションマシン1〔巻上機〕との間から外れた部分を通るように,前記トラクションマシン1〔巻上機〕のシーブ5〔綱車〕から上記外れた部分へ向けて前記同期モータ7〔モータ部〕を横切って前記同期モータ7〔モータ部〕と重なるよう配置され」ている点で相違する(以下,この相違点を「相違点2」という。)。

③ 本件訂正第2発明においては,構成要件2I′のηにおいて,「前記第1の返し車(5a)の回転面は,前記昇降路(8)の平断面において前記ロープ(3)が前記かご(1)の吊り車(11)へ至る側が前記巻上機(4)の綱車(4a)から巻き掛けられる側より前記乗降口から遠ざかる方向に位置して近接する前記昇降路(8)の壁面に対して傾斜し」ているのに対し,引用発明2-1の構成区分2iのηでは,「前記頂部プーリ27A〔第1の返し車〕の回転面は,前記昇降路25の平断面において,前記ロープ26が前記トラクションマシン1〔巻上機〕のシーブ5〔綱車〕から巻き掛けられる側が前記乗かご28〔かご〕の下部プーリ29A〔吊り車〕へ至る側より前記乗降口から遠ざかる方向に位置して近接する前記昇降路25の壁面25aに対して傾斜し」ている点で相違する(以下,この相違点を「相違点3」という。)。

④ 本件訂正第2発明においては,構成要件2K′において,「前記第2の返し車(5b)の回転面は,前記昇降路(8)の平断面において,近接する前記昇降路(8)の壁面に対して,前記ロープ(3)が前記カウンターウェイト(2)の吊り車(12)へ至る側が前記巻上機(4)の綱車(4a)から巻き掛けられる側より前記かご(1)に近づく方向に傾斜し」ているのに対し,引用発明2-1の構成区分2kにおいては,「前記頂部プーリ27B〔第2の返し車〕の回転面は,前記昇降路25の平断面において,近接する前記昇降路25の壁面に対して,前記ロープ26が前記カウンターウェイト31のプーリ32〔吊り車〕へ至る側と前記トラクションマシン1〔巻上機〕のシーブ5〔綱車〕から巻き掛けられる側とは同じ距離にあり」,さらに,引用発明2-1の構成区分2lにおいては,「前記トラクションマシン1〔巻上機〕のシーブ5〔綱車〕は,前記カウンターウェイト31のプーリ32〔吊り車〕と,近接する前記昇降路25の壁面に対して同じ距離に位置している」点で相違する(以下,この相違点を「相違点4」という。)。

⑤ 本件訂正第2発明の構成要件2H′のαにおいて,前記巻上機は,「前記綱車(4a)の回転軸方向の外形寸法が前記回転軸に対して垂直な方向の外形寸法よりも小さ」いとされている。一方,引用発明2-1のトラクションマシン1も,シーブ5の回転軸方向の外形寸法が上記回転軸方向に対して垂直な方向の外形寸法よりも小さい巻上機といえるのであるから,上記の点は,相違点に該当しない。

仮に,相違点に該当するとしても,綱車の回転軸方向の外形寸法が回転軸に対して垂直な方向の外形寸法よりも小さい巻上機は,引用例2-3の請求項3に,「請求項1または2に記載のトラクションシーブエレベータにおいて,前記トラクションシーブ付きの駆動機械装置は該トラクションシーブの回転軸の方向において平坦な構造であり,該トラクションシーブは前記駆動機械装置の構成部分であることを特徴とするトラクションシーブエレベータ。」と記載されているように既に公知であるから,引用発明2-1と引用発明2-3を組み合わせることにより,上記相違点は解消されるものであり,また,組合せに技術的阻害要因はない。

c) 引用例2-2(乙13)について

引用例2-2には,前記ア・a)記載の構成が開示されている。

d) 相違点1について

① 本件訂正第2発明の構成要件2A′ないしG′,H′のα及びγ,I′ε及びη,L′並びにJ′は,それぞれ引用発明2-2の構成区分2aないしg,hのα及びγ,iのε及びη,l並びにjと同一であるから,巻上機を建物の任意の階層に設置する構成は既に公知であり,その任意の階層を建物の1階に定めて,巻上機の下端を昇降路の最下階停止時のかご床面より上方でかつかご天井より下方に配置する構成も既に開示されている。

また,エレベータ装置において,ピットが冠水した場合の被害防止のために電子機器等を最下階の床面より上方に設置することは,特開平8-81154号公報(乙36)の【0015】等,特開平8-277081号公報(乙37)の電源部11が冠水を免れるよう配置する発明によって,既に周知である。さらに,エレベータ装置において,保守点検のために駆動装置を昇降路の1階付近に設けることは,特開平11-310372号公報の【0076】により既に知られている。

したがって,引用発明2-1の構成区分2hのγの,トラクションマシン1は,「昇降路25のピットに固定され」を,引用発明2-2と組み合わせて,「該巻上機(4)の下端は前記昇降路(8)の最下階停止時のかご床面より上方でかつかご天井より下方に位置し」に変更することで,相違点1は容易に解消される。

② 原告は,引用発明2-1におけるトラクションマシン1は昇降路床面に置くものであると指摘して,容易推考性を否定する。

しかし,引用例2-1の【0014】の記載と図4をもってしても,トラクションマシン1が安定して確実に動作するための条件は,トラクションマシン1の固定方法如何にかかっているにすぎず,トラクションマシン1を昇降路床面に設置することが必須の要件とされるわけではないから,引用発明2-1のトラクションマシン1を建物の任意の階層に設置する場合に何らかの技術的阻害要因が存在することを導くものではない。

したがって,引用例2-1の【0014】の記載と図4の記載から,引用発明2-2との組合せが困難であるということはできず,前記①の周知技術に鑑みれば,引用発明2-1の構成区分2hのγを,「トラクションマシン1〔巻上機〕の下端は昇降路25〔昇降路〕の最下階停止時のかご床面より上方でかつかご天井より下方に位置し」に変えることは容易に想到し得る。

e) 相違点2について

① 本件訂正第2発明の構成要件2I′のζにおいても,引用発明2-1の構成区分2iのζにおいても,第1の返し車が,モータ部を横切ってモータ部と重なるよう配置されている点は共通しているから,相違点2は,結局のところ,かごの吊り車に至るロープが,平断面において,かごと前記巻上機との間を通るように,第1の返し車が配置されているか(本件訂正第2発明),かごと巻上機との間から外れた部分を通るように,第1の返し車が配置されているか(引用発明2-1)の違いである。

これについては,引用発明2-2の構成区分2iのζにおいて,前記案内車5は,「前記平断面において,前記エレベータケージ1〔かご〕の案内車5a〔吊り車〕に至る前記ロープ4が前記エレベータケージ1〔かご〕と前記駆動装置11〔巻上機〕との間を通るように,前記駆動装置11〔巻上機〕の原動車13〔綱車〕から前記エレベータケージ1〔かご〕と前記駆動装置11〔巻上機〕との間へ向けて前記駆動装置11〔巻上機〕の一部と重なるよう配置され」るという構成が開示されているところである。

そして,相違点3について後述するように,第1の返し車の回転面を近接する昇降路の壁面に対してどのような角度に位置させるかは,当業者が適宜決定すべき事項にすぎず,引用発明2-1において,第1の返し車の回転面を,ロープがかごの吊り車へ至る側が綱車から巻き掛けられる側より乗降口から遠ざかる方向に位置して,近接する昇降路の壁面に対して傾斜させることは,引用発明2-2の構成区分2iのηに基づいて当業者が容易に想到し得る程度のものであり,また,この点は当業者が適宜決定すべき事項にすぎないものである。そして,第1の返し車の回転面の角度を,引用発明2-2のように傾斜させる構成を採用することにより,必然的に,引用発明2-1の構成区分2iのζの構成は,頂部プーリ27Aが,平断面において乗かご28の下部プーリ29Aに至るロープ26が乗かご28とトラクションマシン1との間を通るように配置される構成に変わるのである。

また,各現場の状況に応じて,引用発明2-1に前記ア・e)③で述べた周知慣用な技術事項を採用することに伴う必然的な設計変更を採用して,頂部プーリ27Aが,平断面において乗かご28の下部プーリ29Aに至るロープ26が乗かご28とトラクションマシン1との間を通るように配置されることは,当業者が適宜選択できる単なる設計上の変更事項にすぎない。

したがって,引用発明2-1の構成区分2iのζにいうところの,「第1の返し車が,平断面において,かごと巻上機との間から外れた部分を通るように配置する」という構成を,かごの吊り車に至るロープがかごと巻上機との間を通るように配置する構成に変更することは,第1の返し車の回転面の角度をどのような角度にするかということ自体が,当業者において適宜選択できる単なる設計事項であるにすぎないため,第1の返し車の回転面の角度を,引用発明2-2のごとく,ロープがかごの吊り車へ至る側が綱車から巻き掛けられる側より乗降口から遠ざかる方向に位置して,近接する昇降路の壁面に対して傾斜させることにより当然に変更されるものであるし,周知慣用な技術事項を採用することに伴う必然的な設計変更によっても容易になされることであり,これにより相違点2も解消される。

② 原告は,引用発明2-2は,昇降路平断面を小さくするという目的での動機付けからすれば積極的に排除すべきであると主張する。

しかし,昇降路内の不使用空間の発生を抑えるという目的は,例えば,引用例2-3の【0002】に「エレベータの開発における目的の一つは建物の空間の効率的かつ経済的利用にあった。従来のトラクションシーブエレベータにおいては,エレベータの駆動機械装置を収容するために設計される機械室もしくは他の空間は,建物のエレベータに要する空間のかなりの部分をとっている」と記載されて。いるように,エレベータ装置における技術常識である。また,引用例2-1の図8や引用例2-2の図を見れば,第1の返し車と巻上機を垂直投影面上において重なるように配置して昇降路内の不使用空間の発生を押さえるという考え方が示されていることは一目瞭然であるから,引用発明2-1及び引用発明2-2には共通の目的を看取ることができ,動機付けに欠けるところはない。

③ 原告は,引用発明2-2は,かごとコンクリート台との間にロープが通るように配置されているとはいえ,かごと巻上機の隙間にロープを通すことまで示唆するものではないと主張する。

しかし,引用発明2-2の構成区分2iのζは,かごと巻上機との間にロープを通す構成を示しているというべきである。

f) 相違点3について

① 昇降路内の不使用空間の発生を極力押さえるというのは,引用例2-1の【0032】ないし【0034】の技術事項や,引用例2-3の【0002】の記載をみるまでもなく,エレベータ装置において技術常識であり,第1の返し車の回転面を近接する昇降路の壁面に対してどのような角度に位置させるかは,昇降路の形状・寸法,かごのドアの出っ張り等のかごの形状・寸法,返し車やカウンターウェイトや巻上機等の機器の諸寸法・配置等を比較考慮して,当業者が適宜決定すべき事項にすぎない。

そして,引用発明2-1において,第1の返し車の回転面を,ロープがかごの吊り車へ至る側が綱車から巻き掛けられる側より乗降口から遠ざかる方向に位置して,近接する昇降路の壁面に対して傾斜させることは,引用発明2-2に基づいて当業者が容易にし得る程度のものであり,また,当業者が適宜決定すべき事項にすぎない。

さらに,前記ア・e)③で述べた下部プーリの取付位置に関する周知慣用な技術事項を採用すれば,頂部プーリ27Aの回転面が,昇降路25の平断面においてロープが乗かご28の下部プーリ29Aへ至る側がトラクションマシン1のシーブ5から巻き掛けられる側より乗降口28aから遠ざかる方向に位置して近接する昇降路25の壁面25aに対して傾斜するように必然的に変更されることになる。

したがって,引用発明2-1の構成区分2iのηの,「前記頂部プーリ27A〔第1の返し車〕の回転面は,前記昇降路25の平断面において,前記ロープ26が前記トラクションマシン1〔巻上機〕のシーブ5〔綱車〕から巻き掛けられる側が前記乗かご28〔かご〕の下部プーリ29A〔吊り車〕へ至る側より前記乗降口から遠ざかる方向に位置して近接する前記昇降路25の壁面25aに対して傾斜し」については,第1の返し車の回転面の角度をどのような角度にするか自体が設計事項にすぎないし,周知慣用な技術を採用することに伴う必然的な設計変更によって,「前記第1の返し車(5a)の回転面は,前記昇降路(8)の平断面において前記ロープ(3)が前記かご(1)の吊り車(11)へ至る側が前記巻上機(4)の綱車(4a)から巻き掛けられる側より前記乗降口から遠ざかる方向に位置して近接する前記昇降路(8)の壁面に対して傾斜し」に変わるものであり,これにより,容易に相違点3も解消される。

② 原告は,引用発明2-1では,かごと巻上機の隙間にロープを通すという課題が生じていないこと,引用発明2-2は,巻上機とかごがすれ違う間の空間にかごの吊り車へ至るロープが通るという構成ではないことを指摘して,本件訂正第2発明のように巻上機とモータ部を横切ってかごと巻上機の隙間にロープを通す配置とすることに至るまでには創作の過程が存在すると主張する。

しかし,かごと巻上機の隙間にロープを通すという課題は,本件第2発明ないし本件訂正第2発明に係る明細書に何ら記載されていないことである。仮に,そうでないとしても,引用発明2-2においては巻上機とかごの間の隙間にロープを通すという構成が示されているのであるから,本件訂正第2発明の構成要件2I′のζの前段及び中段の構成を採用することに創作の過程は存在しない。

g) 相違点4について

① 前記ア・f)②で述べたとおり,相違点4のうちの本件訂正第2発明の構成要件2K′の「第2の返し車の回転面」が「昇降路の壁面」に対し「傾斜」している構成それ自体,引用例2-4においても開示された構成である。したがって,引用発明2-1に引用発明2-4を適用して相違点4を解消できる。

このように,引用発明2-1と引用発明2-4を組み合わせて,相違点4のうちの本件訂正第2発明の構成要件2K′の「第2の返し車の回転面」が「昇降路の壁面」に対し「ロープがカウンターウェイトの吊り車へ至る側が巻上機の綱車から巻き掛けられる側よりかごに近づく方向に」「傾斜」させる構成を採用すれば,当然,「巻上機の綱車」が「カウンターウェイトの吊り車」よりも,近接する昇降路の壁面側に位置することになるから,本件訂正第2発明の構成要件2K′と同2L′は一体として捉えるべき構成であるということになる。すなわち,引用発明2-1と引用発明2-4を組み合わせることにより,必然的に,本件訂正第2発明の構成要件2K′と同2L′の構成を備えることになるのである。また,もとより,巻上機やカウンターウェイトは,当業者が,現場の状況や巻上機及びカウンターウェイトの大きさを考慮して適宜位置を定めるものであって,設計事項にすぎないし,本件訂正第2発明の構成要件2K′を採用することにより格別の作用効果が得られるものでもない。

したがって,引用発明2-1の構成を引用発明2-4の構成に組み合わせることにより,引用発明2-1の構成区分2kは,本件訂正第2発明の構成要件2K′と同一の構成に変わるものであり,また,引用発明2-1の構成区分2lは,本件訂正第2発明の構成要件2L′と同一の構成に変わるものであって,相違点4が解消されることは明らかである。

② 原告は,引用発明2-4が流体圧エレベータを対象としているものであること,引用発明2-1のトラクションマシン1のシーブ5に相当するものが存在しないことを指摘して,容易推考性を否定する。

しかし,既に述べたとおり,本件訂正第2発明の「巻上機」から先の「カウンターウェイト」を「第2の返し車」により懸架する構成は,「ロープ式」か「流体圧式」かにより差異があるものではない。また,当業者において,「ロープ式」エレベータも,「流体圧式」エレベータも,ともにエレベータの代表的な方式であり,ともに永年開発を繰り返してきている方式であって,両方式間の技術の横断も珍しいことではない。かかる状況において,引用発明2-4は,「昇降路のサイズをつり合おもりのない場合と同等にすること」を目的としたものであり,まさしく本件訂正第2発明の「昇降路内の不使用空間の発生を極力押さえ」るという課題と同じ課題を有するものであることは明らかであるから,当業者において,昇降路内の不使用空間の発生を極力押さえるという技術常識を解決するために,引用発明2-1と引用発明2-4を組み合わせることは容易に想到し得ることである。

ウ 第2特許に係る訂正審判請求が特許請求の範囲を変更する訂正として許されないことについて

本件訂正第2発明の構成要件2H′のδ及びγの「前記綱車が前記かごの側方に位置する前記昇降路の壁面に対向し,前記モータ部が前記かご側に対向して,該巻上機の下端は前記昇降路の最下階停止時のかご床面より上方でかつ最上階停止時のかご天井より下方に位置し,」との記載は,本件第2明細書記載の「さらに,巻上機4の下端及び制御盤15の下端はかご最下階停止時のかご床面より上方でかつかご天井面より下方にあるので,ピットが冠水しても巻上機4および制御盤15は損傷を受けることは無い(6頁左欄11行から14行)に基づくものである。しか。」し,ピットが冠水した場合の被害防止としか記載されていない。

一方,訂正拒絶理由通知書において,審判請求書上の記載として,「『前記かごの吊り車に至る前記ロープが前記かごと前記巻上機との間を通るように』限定したことにより,新たな課題が生じており,『該巻上機の下端は前記昇降路の最下階停止時のかご床面より上方でかつかご天井より下方に位置し』たことにより解決している。」と要約されている。

仮に,原告が指摘するような新たな課題が生じていて,「該巻上機の下端は前記昇降路の最下階停止時のかご床面より上方でかつかご天井より下方に位置し」たことにより解決したというのであれば,それは,まさしく発明の目的を変更するものであるから,実質上特許請求の範囲を変更するものであり,このような訂正が認められる余地はない。

(2)  原告の主張

ア 引用例2-2を主引例とする主張について

a) 相違点Xについて

既に述べたとおり,引用発明2-2は,機械室に代えてコンクリート台を設けて,昇降路の外側からドアを開けてコンクリート台に入って巻上機の保守を行うという発明である。したがって,巻上機が斜めに配置されている点も,巻上機のモータがドア側を向いている点も必然性があって選択されていることである。巻上機の綱車とモータの向きを反転し,これを昇降路壁と平行に配置したのでは,引用発明2-2の目的は達せられないことが明らかであるから,引用発明2-2に引用発明2-1を組み合わせることには阻害要因がある。

b) 相違点Yについて

相違点Xを解消できないのであるから,相違点Yが必然的に解消されることもない。

c) 相違点Zについて

相違点Zは,カウンターウェイトと巻上機が昇降路壁と平行に並んで配置され,かつ,巻上機の綱車が昇降路壁に対向していることを前提として,かごの通過する空間と昇降路壁の間の空間を有効利用するための構成である。

一方,引用発明2-2は,任意の階層にコンクリート台を設置し,このコンクリート台上に駆動装置11を設けて機械室としているエレベータ装置が示されており,昇降路の上部に独立の機械室を必要としない方式であるものの,コンクリート台に対応するスペースがすべての階に必要となる。すなわち,本件訂正第2発明とは異なり,昇降路全高にわたって昇降路の平断面積を縮減するという考え方に基づくものではない。したがって,引用発明2-2においては,カウンターウェイトから巻上機の綱車に至るロープを巻き掛ける案内車を昇降路に対して斜めにするという動機は全くない。

また,本件訂正第2発明の分割出願である特許第3508768号の拒絶理由通知に対する意見書の記載及び特許庁審査官との面接における発言は,分割出願の発明を実施するにあたっては,第2の返し車を傾斜させるか,させないかは,設計上の要請に負うものであって,分割出願の発明の必須要件ではないことを述べたにすぎない。したがって,相違点Zが本件訂正第2発明の進歩性を基礎付ける要素の一つであると主張することと何ら矛盾しない。

イ 引用例2-1を主引例とする主張について

a) 基本的な視点

引用発明2-1ないし2-4は,その発明の課題及び目的が相違するとともに,タイプが異なるエレベータ装置を対象としているのであるから,これらを組み合わせることは困難である。さらに,本件訂正第2発明と四つの相違点がある引用発明2-1を基礎として,それぞれの相違点に対して,引用発明2-2ないし2-4等の記載事項から都合良く特定の技術事項を抽出して本件訂正第2発明のように構成することは,当業者が容易に想到し得ることではない。

エレベータ装置において,設計を行う際に,できるだけ不要空間のない設計を行うよう常に意識されていることは否定しない。しかし,不要な空間をできるだけ少なくするという一般的な技術課題の存在のみをもって,引用発明2-1ないし2-4が,昇降路内の不使用空間の発生を押さえるという共通の課題を有し,これらを当業者が参酌することに何ら障害がないということはできない。

また,本件訂正第2発明は,レイアウトに関する発明であるところ,その各特徴点を分断して考えると,複数の公知文献にそれぞれが開示され,一見組み合わせることができると考えられがちである。しかし,これこそ,まさに後知恵的発想なのであって,その非容易性は全体的な技術思想(技術解決手段)に基づいて判断されなければならない。本件訂正第2発明においても,その非容易性は,各公知文献では一部しか考慮されていなかった事項を総合的に満足させつつ発明の主目的を満足させる配置を提供するところにある。

b) 本件訂正第2発明の構成について

本件訂正第2発明は,カウンターウェイトがかごの側方に配置され,かご及びカウンターウェイトがロープに懸架されて巻上機によって昇降されるエレベータ装置を対象とし,昇降路全高(高さ方向,平断面での幅方向,奥行き方向)にわたる不使用空間を縮減するため,まず,高さ方向の縮減を図るべく「巻上機をその下端が昇降路の最下階停止時のかご床面より上方でかつかご天井より下方に位置する」構成(相違点1)としたものである。

次に,エレベータ装置としての安全性を確保しつつ昇降路全高(高さ方向,平断面での幅方向・奥行き方向)にわたる不使用空間を縮減するため,平断面奥行き方向の縮減を図るべく,「第1の返し車は,その回転面が昇降路の平断面においてロープがかごの吊り車へ至る側が巻上機の綱車から巻き掛けられる側より乗降口から遠ざかる方向に位置して近接する昇降路の壁面に対して傾斜している」構成(相違点3)としたものである。

これら相違点1及び3の構成をとることにより,巻上機とかごがすれ違う間の空間にかごの吊り車へ至るロープが通るという構成となる。

このロープがかごと巻上機との間を通るという構成を踏まえた上で,本件訂正第2発明は,昇降路全高(高さ方向,平断面での幅方向・奥行き方向)にわたる不使用空間を縮減するため,平断面幅方向の縮減を図るべく,「第2の返し車は,その回転面が昇降路の平断面において近接する昇降路の壁面に対して,ロープがカウンターウェイトの吊り車へ至る側が巻上機の綱車から巻き掛けられる側よりかごに近づく方向に傾斜している」構成(相違点4)とした。

この相違点4の構成をとることにより,昇降路の壁面に対して静止している構成をとる巻上機を昇降路の当該壁面に近づけて巻上機(のモータ部)とかごとの距離を確保する一方で,昇降路の壁面に沿って上下移動するカウンターウェイトと昇降路の当該壁面との間隔を確保できる構成が得られる。

以上の工夫によって,本件訂正第2発明は,昇降路全高(高さ方向,平断面での幅方向・奥行き方向)にわたる不使用空間を縮減できるという絶大なる効果が得られたものである。

c) 組合せの困難性について

① 引用発明2-1について

引用発明2-1は,ブレーキとモータの影響をなくし,かつトラクションマシンの組立て,分解が容易に行い得るエレベータ装置を得ることを主目的としており(引用例2-1の【0007】,【0026】,【0034】),その適用例として図8に示す例が示されているだけである。この図8に示された例においても横幅が大きくなるものが示されている以上,引用発明2-1は,幅方向又は奥行きの一方向の昇降路空間を縮減する配置を示しているにすぎない。したがって,引用発明2-1においては,本件訂正第2発明における昇降路全高(高さ方向,平断面での幅方向・奥行き方向)にわたる不使用空間を縮減するという目的については何ら示唆されていないものであり,その目的において差異がある。

② 引用発明2-2について

引用発明2-2には,任意の階層にコンクリート台を設置し,このコンクリート台上に駆動装置11を設けて機械室としているエレベータ装置が示されており,昇降路の上部に独立の機械室を必要としない方式であるため,昇降路の高さ方向において機械室のスペース分縮減する点については示されているものの,本件訂正第2発明のように,昇降路全高(高さ方向,平断面での幅方向・奥行き方向)にわたる不使用空間を縮減するという考え方については全く示されておらず,それを示唆する記載もない。

③ 引用発明2-1と引用発明2-2との組合せについて

上記のとおり,引用発明2-1と引用発明2-2とは,それぞれ異なった発明の課題及び目的に基づき創作されているものである。したがって,引用発明2-1に引用発明2-2を組み合わせて考えること自体,当業者といえども容易に推考できないものであるし,組み合わせる動機付けが全くない。

引用発明2-1では,巻上機(トラクションマシン1)がピットに固定されているため,かごが最下階にあるときでも,かごと巻上機は上下に離れているという前提のもとにある(引用例2-1の【0027】,図4)。したがって,引用発明2-1に記載されたトラクションマシン1を,引用発明2-2に記載されているように建物の任意の階にコンクリート台を設置するということを行った後で,そのコンクリート台上にトラクションマシン1を配置することまで容易に想到するとは考えられない。

さらに,引用発明2-2は,昇降路内に機械室を内蔵して保守等を容易にするという設計思想に基づき,建物の任意の階にコンクリート台が設置されているため,昇降路平断面がそもそも大きいものを前提としている。したがって,昇降路平断面を小さくするという目的で,引用発明2-1に引用発明2-2の案内車5(本件訂正第2発明の「第1の返し車」に相当する。)の傾斜にのみ着目して,引用発明2-1の頂部プーリ27A(本件訂正第2発明の「第1の返し車」に相当する。)に組み合わせる動機付けは,そもそも存在しない。むしろ,動機付けの点からすれば,引用発明2-2は積極的に排除されるものである。

したがって,本件訂正第2発明の内容を見ることなく,引用発明2-2の案内車5の傾斜にのみ着目して,引用発明2-1の頂部プーリ27Aを斜めにして,平断面において巻上機のモータ部を横切ってかごと巻上機の隙間にロープを通す配置とすることまでは,当業者といえども容易に想到できない。また,昇降路の不使用空間の発生を押さえるという技術課題をもって当業者が設計を行ったとしても,かかる技術課題を解決するための方策は異なるものであるから,本件訂正第2発明は容易に想到できるものではない。

d) 各相違点について

① 相違点1について

引用発明2-1のトラクションマシン1は昇降路床面に置くものである(引用例2-1の【0014】,図4)。あえて床面に固定しているトラクションマシン1を,昇降路の最下階停止時のかご床面より上方でかつかご天井より下方に位置させることについては,当業者が容易に想到できるものではない。

② 相違点2について

引用発明2-2には,単に機械室を無くすという思想があるのみで,そもそも昇降路内の不使用空間を縮減する技術的思想など全く示されておらず,引用発明2-1に引用発明2-2を組み合わせる動機付けは存在しない。

引用発明2-2では,かごとかごに対向する物体(コンクリート台)との間にロープが通るように配置されている。しかし,コンクリート台は建物の任意の階層が延長したものであり,かごと巻上機の隙間にロープを通すことまで示唆されているものではない。まして,引用発明2-2では,巻上機の綱車がかご側に対向している。

引用例2-1の図8は,【0034】に「昇降路25の奥行きが小さく,横幅が大きくなるので,昇降路25の横幅が余裕あり奥行きが厳しい用途に適している。」と記載されているとおり,昇降路の奥行きに余裕がなく,できるだけ乗りかごを昇降路一杯に配置しなければならない態様を示すものである。したがって,たとえ,乗りかごに対する下部プーリの取付位置の様々な態様が開示されているとしても,引用例2-1の図8から,下部プーリ29及び29Bをかごガイドレール33A及び33Bに近づけて配置し,頂部プーリ27Aに至るロープが乗りかご28とトラクションマシン1との間を通るようにして,奥行き方向のスペースを縮減する動機付けは全くないものと言わざるを得ない。

③ 相違点3について

相違点2について述べたとおり,引用発明2-1に引用発明2-2を組み合わせる動機付けは存在しないし,また,引用発明2-1の下部プーリの位置を変更することにより,第1の返し車の傾斜を本件訂正第2発明のように変更することは,昇降路の奥行きの空間を縮減することを考慮し得ない引用発明2-1から想到することは容易ではない。

引用発明2-1では,トラクションマシン1(本件訂正第2発明の巻上機)がピットに固定されているため(引用例2-1の【0027】,図4),かごが最下階にあるときでも,巻上機とかごは上下に離れている。つまり,引用発明2-1では,巻上機とかごがすれ違う間の空間にかごの吊り車へ至るロープが通るという構成は全く存在せず,かごと巻上機の隙間にロープを通すという課題が生じない。一方,引用発明2-2では,かごとかごに対向する物体(コンクリート台)との間にロープが通るような配置が開示されているにすぎず,巻上機とかごがすれ違う間の空間にかごの吊り車へ至るロープが通るという構成ではない以上,本件訂正第2発明のように,巻上機のモータ部を横切ってかごと巻上機の隙間にロープを通す配置とすることに至るまでには創作の過程が存在し,容易に想到し得るものではない。

④ 相違点4について

引用発明2-4は流体圧エレベータを対象としているものであり,トラクションマシン1を用いる引用発明2-1のエレベータ装置とは駆動方式が異なり,全く対象を異にするものである。したがって,このように全く方式の違うエレベータ装置を組み合わせること自体,たとえ当業者といえども容易に推考できるものではない。特に,引用発明2-4には,引用発明2-1に記載されるトラクションマシン1のシーブ5が存在しないため,公知技術3のトラクションマシン1のシーブ5とカウンターウェイト31との間の頂部プーリ27Bの回転面を考慮する際に,引用発明2-4の返し車の配置を参照することは,当業者であったとしても,本件訂正第2発明の内容を理解して初めてなし得るものである。つまり,トラクションマシン1を用いるエレベータ装置に,駆動方式が異なる引用発明2-4を適用するのみならず,引用発明2-1の頂部プーリ27Bの回転面に着目して,駆動方式が異なる引用発明2-4の記載内容から,その返し車の配置を参考して変更することは,当業者であっても到底推考できない。

e) 相違点2及び3の着想阻害事由と相違点1及び4の関係について

巻上機が最下階停止時のかごの床面より上方に位置していることを前提とする限り,相違点2及び3には着想阻害事由がある。しかし,本件訂正第2発明では,第1に,相違点4を採用して巻上機を壁面よりに位置させることにより,第2に,巻上機が最下階停止時のかごの天井よりも下方に位置しているという,相違点1の一部に含まれている構成により,この着想阻害事由を克服している。

着想阻害事由を克服した上記第2の理由について,本件明細書には記載がない。しかし,本件で問題となるのは,着想阻害事由が現実にあったか否かであって,それをいかにして克服したかを明らかにすることは,着想阻害事由が存在したことを推認するための手段にすぎない。

f) 作用効果について

① 昇降路平断面積(幅方向)の縮減(その1)

本件訂正第2発明では,「巻上機の綱車が昇降路の壁面に対向し,巻上機のモータ部がかご側に対向する」構成によって,巻上機から第1の返し車へのロープとかごとの間の空間を別途確保する必要がなく,充分な安全距離を保つことができ,一方,壁面とロープとの安全距離は,反対方向に移動する物同士の安全距離に比べて小さくでき,結果として,昇降路の幅方向の長さの縮減を図っている。

② 昇降路平断面積(奥行き方向)の縮減

本件訂正第2発明では,「第1の返し車が,昇降路の平断面において,巻上機からかごの吊り車に至るロープがかごと巻上機との間を通るように,巻上機の綱車からモータ部を横切ってモータ部と重なり,その回転面は,ロープがかごの吊り車へ至る側が巻上機の綱車から巻き掛けられる側より乗降口から遠ざかる方向に位置して壁面に対して傾斜している」構成を有することにより,昇降路の平断面において,第1の返し車が巻上機の乗降口側端部よりも乗降口側に向かって張り出すことがなく,巻上機を乗降口側に寄せて配置できるために昇降路の奥行き方向の長さを縮減することができる。

③ 昇降路平断面積(幅方向)の縮減(その2)

本件訂正第2発明では,「第2の返し車の回転面を,昇降路の平断面において,ロープがカウンターウェイトの吊り車へ至る側が巻上機の綱車から巻き掛けられる側よりかごに近づく方向に傾斜させて,巻上機の綱車は,カウンターウェイトの吊り車よりも壁面側に位置している」構成を採用することによって,巻上機のみを昇降路壁側に移動させることを可能にした。

④ 昇降路全体の縮減

前記①ないし③によって,昇降路全体の縮減を図ることができる。

ウ 第2特許に係る訂正審判請求が特許請求の範囲を変更する訂正ではないことについて

「該巻上機の下端は前記昇降路の最下階停止時のかご床面より上方でかつかご天井より下方に位置し」ていることは,「該巻上機の下端は前記昇降路の最下階停止時のかご床面より上方」という点と,「かご天井より下方」という2つの内容を含んでいる。そして,前者によって冠水防止の効果が奏される。一方,後者に関しては,本件明細書に「この種の機械室の無い方式のエレベーター装置では,ピットの深さは1.2mから1.5m程度であり,この位置に巻上機および制御盤が配置されていると,作業者がピット床に立った場合に手が届く範囲,例えば1.2mから1.7m高さの範囲(かご最下階停止時のかご床面~ピット床から1.7m高さ)にあることになり,点検作業が容易である。」,及び,「また,巻上機4の下端をかご基準停止時のかご床面より上方でかつ上端をかご天井面より下方にし,制御盤15をほぼ同じ高さに配置した場合,エレベータの運行管理に即した点検が最もやり易くなる。」との記載がある。したがって,かかる記載を参酌すれば,ピットが冠水した場合の被害防止のみではなく,「該巻上機の下端は前記昇降路の最下階停止時のかご床面より上方でかつかご天井より下方に位置し」ていることについても,保守の面で効果があると記載されている以上,実質上特許請求の範囲を変更するものではない。

また,「前記かごの吊り車に至る前記ロープが前記かごと前記巻上機との間を通るように」という限定については,本件明細書に記載されている範囲の事項であるから,実質上特許請求の範囲を変更するものではないことが明らかである。

(3) 原告の主張・イに対する被告の反論

ア 本件訂正第2発明と引用発明2-1との相違点が四つあるといっても,既に述べた技術常識と設計事項の範疇において,引用発明2-2や引用発明2-4を組み合わせることによって,相違点2ないし4は容易に解消される。また,相違点1は,周知の課題を解決するための周知の技術にすぎない。

さらにいえば,引用発明2-1ないし2-4は,いずれも不使用空間の発生を抑えるという共通の課題を有しているのであるから,これらすべてを当業者が参酌することに何ら障害はない。また,本件訂正第2発明は,昇降路の高さ方向,幅方向,奥行き方向のすべての方向での不使用空間の縮減を課題とするものではなく,実際の作用効果についても,高さ方向の縮減については,本件訂正第2発明によって得られた新たな作用効果ではないし,幅方向の縮減については本件訂正第2発明に固有の作用効果ではなく,奥行き方向の縮減については当業者ならば容易に予測できる作用効果であるから,本件訂正第2発明の課題は,結局,引用発明2-1ないし2-4の課題と共通しているということができる。

このように,相違点の数や引用する刊行物の数をもって,組合せが困難であるとか,すべての相違点を解消することに論理的飛躍があるとするのは誤りである。

イ 原告は,引用発明2-1においては,トラクションマシン1が昇降路床面に固定されているため,かごが最下階にあるときでも両者は上下に離れていることを前提にすると主張する。しかし,引用発明2-2に記載されているように,建物の任意の階層フロアと同じ高さのコンクリート台上にトラクションマシン1を配置することに,何らの技術的阻害要因はない。

また,引用発明2-2は,従来のロープ式エレベータにおいて必要とされた機械室を昇降路内に内蔵するという点を出発点としているのであるから,やはり,昇降路空間の縮減という考え方が示されていることは明白である。したがって,昇降路平断面を小さくするという動機付けからすれば,引用発明2-2を積極的に排除すべきとの原告主張は理由がない。

ウ 作用効果について

a) 昇降路平断面積(幅方向)の縮減(その1)

原告主張の作用効果は,特許請求の範囲に記載された事項のみに基づき常に生じるものではない。したがって,本件訂正第2発明に固有の作用効果とはいえない。

b) 昇降路平断面積(奥行き方向)の縮減

原告主張の作用効果は,当業者が適宜選択できる単なる設計上の変更事項によるものであって,当業者ならば容易に予測できる作用効果にすぎない。

c) 昇降路平断面積(幅方向)の縮減(その2)

原告主張の作用効果は,昇降路の幅方向におけるカウンターウェイトと巻上機との位置関係が特定されて初めて奏することができる作用効果である。にもかかわらず,上記位置関係は,特許請求の範囲に何ら特定されておらず,原告主張の作用効果は,特許請求の範囲に記載された事項のみに基づき常に生じるものではない。したがって,本件訂正第2発明に固有の作用効果とはいえない。

d) 昇降路全体の縮減

原告主張の各作用効果が相乗的に作用しても,当業者にとって予測困難な作用効果が得られることはない。

5  争点4(損害の額)について

(1)  原告の主張

ア 被告は,1年間に平均して,イ号物件及びハ号物件を合計1100台,ロ号物件を160台製造,販売している。したがって,登録の早い本件第2特許の登録日(平成15年11月7日)から本訴提起の直前である平成17年5月末日までの製造,販売台数は,次のとおりである。

イ号物件及びハ号物件 1700台

ロ号物件 250台

被告のイ号物件及びハ号物件の販売価格は,1台あたり500万円であり,ロ号物件の販売価格は,1台あたり550万円である。

したがって,被告各製品の上記期間中の販売総額は,98億7500万円になる。

イ 上記製造,販売によって被告の得た利益は,販売総額の25%を下ることはないから,24億6875万円を下らない。したがって,原告は,被告による被告各製品の販売により,同額の損害を受けたと推定される。仮にそうでないとしても,被告による本件各発明の実施に対して原告の受けるべき金銭の額の合計は,同額となる。

(2)  被告の主張

損害に関する原告の主張は争う。

第4争点に対する判断

1  争点1(被告各製品が構成要件1Bを充足するか)について

被告各製品の巻上機は,巻上機支持台上に設置されている。被告は,巻上機は昇降路の底部に設置されていることが必要であるから,被告各製品は本件第1発明の技術的範囲に含まれないと主張する。しかし,以下に述べるとおり,被告の上記主張は採用することができない。

(1)  本件第1発明に係る特許請求の範囲の記載の文言は,「昇降路の底部に設置されている巻上機支持台,この巻上機支持台上に設置され,回転可能な綱車を有する巻上機」(構成要件1A及び1B)というものである。したがって,昇降路の底部に設置されるのは巻上機支持台であり,一方,巻上機は巻上機支持台上に設置されることは記載されているものの,昇降路の底部に設置されるものとは記載されていない。

(2)  本件第1明細書(甲2)には,次のとおり記載されている。

ア 発明が解決しようとする課題

「【0008】上記のように構成された従来のエレベータ装置においては,巻上機8をピット1aに設置することにより,機械室が省略されているが,巻上機8に加わる上向きの力Fが巻上機取付梁6を介してアンカーボルト7に引き抜き力として作用するため,ピット1aの床面1bにはその引き抜き力に耐え得る強度が求められる。しかし,一般にピット1aの床面1bはコンクリートにより構成されているため,床強度には制限があった。」

「【0009】また,床面1bのコンクリート内の鉄筋(図示せず)にアンカーボルト7を溶接する方法もあるが,この場合,ビルの建築業者との事前の打ち合わせが必要であるとともに,建築コストが増大してしまう。」

「【0011】この発明は,上記のような問題点を解決することを課題としてなされたものであり,ピットの床面に引き抜き力を作用させることなく,巻上機をピットに設置することができ,また巻上機の防振性能を向上させることができるエレベータ装置を得ることを目的とする。」

イ 課題を解決するための手段

「【0012】この発明に係るエレベータ装置は,昇降路の底部に設置されている巻上機支持台,この巻上機支持台上に設置され,回転可能な綱車を有する巻上機,かごガイドレール,巻上機の駆動により,かごガイドレールに案内されて昇降路内を昇降するかご,上記かごガイドレールと間隔をおいて設置されている重りガイドレール,重りガイドレールに案内されて昇降路内を昇降する釣合重り,昇降路内に設置され,巻上機から巻上機支持台に作用する上向きの力を受け,かごガイドレール及び重りガイドレールを支持するレール支持梁,ガイドレールにより支持されている回転自在の返し車,及び上記巻上機の綱車及び返し車に巻き掛けられ,かごと上記釣合重りとを吊り下げる主ロープを備えたものである。…。」

ウ 発明の効果

「0028】以上説明したように,この発明のエレベータ装置【は,巻上機から巻上機支持台に作用する上向きの力を,ガイドレールを支持するレール支持梁で受けるようにしたので,レール支持梁に伝えられた上向きの力は,ガイドレールに作用する下向きの力により相殺され,上向きの力は建物に作用しない。従って,ピットの床面に引き抜き力を作用させることなく,巻上機をピットに設置することができ,床強度をます必要がなく,建築コストの増加を防止できる。…。」

(3)  被告は,本件第1明細書の上記各記載に照らせば,本件第1発明のエレベータ装置は,床強度を増す必要なしに「巻上機をピットに設置することができる」点に特徴があり,構成要件1Bの「この巻上機支持台上に設置され,」は,「この巻上機支持台上で,かつ,昇降路の底部に設置され」の意味であると限定的に解釈すべきと主張する。

しかし,本件第1発明の課題はピットの床面に引き抜き力を作用させることがないようにして巻上機を床面に強固に固定せずに済むようにするものであって,本件第1発明は,かかる課題を解決するために巻上機に作用する上向きの力をガイドレールを介してレール支持梁に作用する下向きの力によって相殺させるというものである。そして,巻上機支持台が昇降路の底部に設置されていれば,巻上機に作用する上向きの荷重が当該支持台を介して,レール支持梁に伝達されて,ガイドレールを介してレール支持梁に作用する下向きの力により相殺されるという本件第1発明の作用効果を奏するものである。巻上機に作用する上向きの荷重が巻上機支持台を介して昇降路の底部に伝達されており,かつ,巻上機に作用する上向きの力をガイドレールを介して下部梁構造に作用する下向きの力によって相殺させるとの本件第1発明の作用効果を奏し得るのであるから,本件第1発明においては,巻上機自体が昇降路の底部に設置される必要はないというべきである。また,巻上機とかごとの位置関係については,巻上機がピット,すなわち,「かごが停止する最下階の床面から昇降路の底部の床面まで」の空間(乙4)に設置されない場合には,昇降路の形状やかごの寸法を適宜調整して,巻上機と接触しないようにする必要があるものの,特許請求の範囲の記載や本件第1明細書の記載は,かかる調整を何ら否定するものではない。

よって,被告主張の限定解釈をすべき理由はないものというべきであり,昇降路の底部に巻上機支持台が設置され,巻上機支持台上に巻上機が設置されている被告各製品は,構成要件1Bを充足するものである。

(4)  よって,被告各製品は,本件第1発明の各構成要件を充足する。

2  争点2(本件第1特許が特許法29条2項に違反しているか)について

(1)  引用例1-1(乙6・実公昭63-4058号公報)には,次の記載がある。

ア 「この考案は,巻上機を昇降路の側部又は底部に配設したロープ式エレベータに関するものである。」(2欄3行ないし5行)

「第1図及び第2図は,巻上機が昇降路の底部に配設された従来のロープ式エレベータを示し,図において,…,3はレールブラケツト3aを介して適当箇所左壁1fに固定されて立設された左側かご用レール,4はこの左側かご用レール3と対向して立設され,レールブラケツト4aを介してレール支持梁2に固定された右側かご用レール5は左側かご用レール3及び右側かご用レール4にそれぞれ両側部を案内されて昇降するかご」(2欄15行ないし3欄3行)

「第3図ないし第5図はこの考案の一実施例を示す。図中,同一又は相当部分は同一符号で示し,図において4aは鞍形に形成され,鞍部が右側かご用レール4の背面に固定され,脚部が右壁1eに固定されたレールブラケツト,7は右側かご用レール4に対向する部位よりもかご出入口5a側のかご5底部に設けられたかご用つり車,8は同様に左側かご用レール3に対向する部位よりもかご出入口5a側のかご5底部に設けられ,かご用つり車7に対して間口方向に並設されたかご用つり車,9は鞍形断面を有し,脚部を昇降路1側へ向け,鞍部を右壁1eに固定されて立設されたおもり用レール,11は断面がコ字状に形成されたつり合おもりで,凹所をおもり用レール9に対向させて昇降自在に係合されている。12はつり合おもりの頂部に設けられたおもり用つり車,13は昇降路1の底部に設けられた巻上機,13aはこの巻上機13のシーブで,直径d1の平盤状に形成され,回転軸を間口方向へ向けて右壁1e面と右かご用レール4の背面の間に配設されたものである。14は少なくとも13aよりも上部で,かご5が最上階から更に上方へ行過ぎたとしてもかご用つり車7と干渉しない高さに設けられた半径r1の第1のつり車で,回転軸に直交する回転面がシーブ13aの回転面と同一面であり,かつ,第1のつり車14の回転軸とシーブ13aの回転軸の水平投影面における距離S11がそれぞれの半径の和(r1+d1/2)よりも小さくなるように配設されている。15は第1のつり車14よりも後壁1d側でかつ,回転面が同じになるように配設された半径r2の第2のつり車で,その回転軸とシーブ13aの回転軸の水平投影面上における距離S12がそれぞれの半径の和…よりも小さくなるように配設されている。17はシーブ13aに下側から巻き掛けられた主索で,一側が立ち上げられて第1のつり車14に上側から巻き掛けられ,更にかご用つり車7,8に下側から巻き掛けられて立ち上げられ,最上部のレールブラケツト3aに固定され,他側が第2のつり車15に上側から巻き掛けられ,更におもり用つり車12を介して止め板17aに固定されている。19は一端が手前の右壁1eに固定されて昇降路1側へ屈曲され,更に,後壁1d側へ屈曲されて途中右側かご用レール4の背面に固定されて他端がおもり用レール9に固定された支持材で,右側かご用レール4の反対側の面に第1のつり車14及び第2のつり車15及びつな止め板17aが取り付けられている。

上記構成のロープ式エレベータにおいて,巻上機13のシーブ13aが,第3図の矢印C方向へ回転すると主索17がかご5側からつり合おもり11側へ送られてかご5を上昇させ,逆に,第2図の矢印D方向へ回転すると主索17がつり合おもり11側からかぎ5(判決注:「かご5」の誤記と認める。)側へ送られてかご5を下降させるものである。」(4欄19行ないし5欄30行)

イ 前記アの記載事項及び引用例1-1の第1図ないし第5図によれば,引用例1-1には,以下の各構成が開示されている。

a) 巻上機13について

引用例1-1の「13は昇降路1の底部に設けられた巻上機,13aはこの巻上機13のシーブで,…回転軸を間口方向へ向けて…配設されたものである。」(乙6・4欄35行ないし40行)との記載によれば,引用発明1-1の巻上機13は,昇降路の底部に設置され,回転可能なシーブを有するものである。

b) 左右のかご用レール3,4について

引用例1-1の「3はレールブラケツト3aを介して適当箇所左壁1fに固定されて立設された左側かご用レール,4はこの左側かご用レール3と対向して立設され,レールブラケツト4aを介してレール支持梁2に固定された右側かご用レール5は左側かご用レール3及び右側かご用レール4にそれぞれ両側部を案内されて昇降するかご」(2欄26行ないし3欄3行,第3図及び第4図)との記載によれば,引用発明1-1の左右のかご用レール3,4は,昇降するかごを案内するものである。

c) かご5について

引用例1-1の「上記構成のロープ式エレベータにおいて,巻上機13のシーブ13aが,第3図の矢印C方向へ回転すると主索17がかご5側からつり合おもり11側へ送られてかご5を上昇させ,逆に,…,。かご5を下降させるものである」との記載(5欄24行ないし30行,第3図及び第4図)によれば,引用発明1-1のかご5は,巻上機13の駆動により,昇降路1内を昇降するものである。

d) おもり用レール9について

引用発明1-1のおもり用レール9は,「9は鞍形断面を有し,脚部を昇降路1側へ向け,鞍部を右壁1eに固定されて立設された」ものであり(4欄30行ないし32行),かご用レール3,4と間隔をおいて設置されている(第3図及び第4図)。

e) つり合おもり11について

引用発明1-1のつり合おもり11は,「断面がコ字状に形成され」,「凹所をおもり用レール9に対向させて昇降自在に係合されて」(4欄32行ないし34行)いる(第3図及び第4図)。

f) 第1,第2のつり車14,15及び支持材19について

引用例1-1の「19は一端が手前の右壁1eに固定されて昇降路1側へ屈曲され,更に,後壁1d側へ屈曲されて途中右側かご用レール4の背面に固定されて他端がおもり用レール9に固定された支持材で,右側かご用レール4の反対側の面に第1のつり車14及び第2のつり車15及びつな止め板17aが取り付けられている。」(5欄17行ないし23行)との記載によれば,引用発明1-1の回転自在な第1のつり車14(4欄40行ないし末行)及び回転自在な第2のつり車15(5欄4行ないし9行)は,支持材19に取り付けられている。

引用発明1-1の支持材19は,「一端が手前の右壁1eに固定され」,「途中右側かご用レール4の背面に固定され」,「他端がおもり用レール9に固定され」ている(5欄17行ないし20行)。したがって,同支持材19は,右壁1eに固定されるとともに,右側かご用レール4及びおもり用レール9にも固定されている。

g) 主索17について

引用発明1-1の主索17は,「シーブ13aに下側から巻き掛けられ」,「一側が立ち上げられて第1のつり車14に上側から巻き掛けられ,更にかご用つり車7,8に下側から巻き掛けられて立ち上げられ,最上部のレールブラケツト3aに固定され,他側が第2のつり車15に上側から巻き掛けられ,更におもり用つり車12を介して止め板17aに固定され」ている(5欄9行ないし17行)のであって,かご5を吊り下げるとともに,つり合おもり11を吊り下げるものである。

主索17の一端を固定するレールブラケツト3aは,左側かご用レール3に固定され(2欄26行ないし28行,第3図及び第4図),主索17の他端を固定するつな止め板17aは,上記支持材19に取り付けられている(5欄17行ないし23行。第3図及び第5図)。

h) かご用レール3,4及びおもり用レール9に加わる垂直荷重について

引用発明1-1の左側かご用レール3には,これに取り付けたレールブラケツト3aに主索17の他端が固定されているので,主索17の張力が下方へ向かう垂直荷重として加わる。

また,引用発明1-1の右側かご用レール4及びおもり用レール9には,これらに固定されている支持材19に取り付けた止め板17aに主索17の一端が固定されているので,主索17の張力が,支持材19を介して,下方へ向かう垂直荷重として加えられる。

(2)  本件第1発明と引用発明1-1との一致点及び相違点について

ア 本件第1発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載及び構成要件の分説は,前記第2・1(3),(4)のとおりである。

イ 引用例1-1には,前記認定のとおり,以下のロープ式エレベータ装置の技術が開示されている(引用発明1-1)。なお,〔〕内の文言は,本件第1発明における対応部材の名称である。

b 昇降路1の底部に設置され,回転可能なシーブ13a〔綱車〕を有する巻上機13,

c かご用レール3,4〔かごガイドレール〕,

d 上記巻上機13の駆動により,上記かご用レール3,4〔かごガイドレール〕に案内されて上記昇降路1内を昇降するかご5,

e 上記かご用レール3,4〔かごガイドレール〕と間隔をおいて設置されているおもり用レール9〔重りガイドレール〕,

f 上記おもり用レール9〔重りガイドレール〕に案内されて上記昇降路1内を昇降するつり合おもり11〔釣合重り〕,

h 上記かご用レール4及びおもり用レール9〔ガイドレール〕により支持されている回転自在の第1のつり車14〔返し車〕,第2のつり車15〔返し車〕,及び

i 上記巻上機のシーブ13a〔綱車〕及び上記第1のつり車14〔返し車〕,第2のつり車15〔返し車〕に巻き掛けられ,上記かご5と上記つり合おもり11〔釣合重り〕とを吊り下げる主索17〔主ロープ〕を備えていること

j を特徴とするエレベータ装置

ウ 以上によれば,本件第1発明と引用発明1-1とは,本件第1発明の構成要件1BないしF,HないしJにおいて一致する。そして,以下の点において相違しているものと認められる。

a) 本件第1発明は,「昇降路の底部に設置されている巻上機支持台」(構成要件1A)を有し,かつ,巻上機が「この巻上機支持台上に設置され」(構成要件1B)ているのに対し,引用発明1-1は「巻上機支持台」を有していない(相違点P)。

b) 本件第1発明は「上記昇降路内に設置され,上記巻上機から上記巻上機支持台に作用する上向きの力を受け,上記かごガイドレール及び上記重りガイドレールを支持するレール支持梁(構成要件1G)を」有しているのに対し,引用発明1-1はこの構成を有していない(相違点Q)。

c) なお,本件第1発明の構成要件1Hと引用発明1-1の構成区分hは共通の構成を有するものであるから,相違点となるものではない。

(3)  引用発明1-1と引用発明1-2及び引用例1-3記載の周知技術との組合せの容易想到性について

ア 相違点Qについて

a) 引用例1-2(乙5・実願昭56-198591号のマイクロフィルム)には,次の記載がある。

① 考案の詳細な説明

(i) 「まず,第1図によって従来のベースメント形エレベータを説明する。…。すなわち,巻上機(5)が付勢され主索(6)を介してかご(3)が駆動されて,かご(3)はレール(2)に案内されて昇降する。そして巻上機(5)に常時上方向の荷重が作用するために強固なアンカーボルト(5a)が必要となる。また底部(1b)は一般に防水モルタルによって仕上げられていて,アンカーボルト(5a)の埋設に煩雑な手数が掛かる不具合があった。この考案は上記の欠点を解消するもので,昇降路の下部に巻上機が簡易な手段によって設置されたベースメント形エレベータを提供しようとするものである。」(1頁14行ないし2頁17行)

(ii) 「以下,第2,第3図によってこの考案の一実施例を説明する。…。すなわち,巻上機(5)に作用する上方向の荷重は支持部材(7)を介して立設部材(2),ブラケット(2a)によって支持される。このため巻上機(5)の固定のためのアンカーボルトの埋設等の手数を省くことができる。…。なお,この実施例における立設部材(2)が建築躯体の柱,他のエレベータ機器からなるものであっても第2,第3図の実施例とほぼ同様な作用が得られることは明白である。」(2頁18行ないし3頁18行)

(iii) 「以上説明したとおりこの考案は,昇降路の下部に配置された巻上機を昇降路に設けられた立設部材の下端に一部が固定された支持部材の他部に装着したので,巻上機に作用する上方向の荷重が支持部材を介して立設部材によって支持されるため,簡単な構造で容易に巻上機を設置することができる安価なベースメント形エレベータを実現するものである。」(3頁19行ないし4頁5行)

②(i) 前記各記載によれば,従来技術においては,巻上機に上方向の荷重が作用することから床面に対し強固なアンカーボルトで固定することが必要であったところ,引用発明1-2は,巻上機を立設部材の下端に一部が固定された支持部材に装着することによって,巻上機に作用する上方向の荷重を支持部材を介して立設部材によって支持させること,すなわち,「巻上機に加わる上向きの力」を「案内車から立設部材を介して作用する下向きの力」で相殺して,ピットの床面に引き抜き力を作用させることがないようにして,ピットの床面への強固な固定を不要にするというものである。

(ii) 原告は,引用例1-2の「巻上機(5)に作用する上方向の荷重は支持部材(7)を介して立設部材(2),ブラケット(2a)によって支持される。」との記載を理由として,引用例1-2に上記技術は開示されていないと主張する。

そこで,上記記載を検討すると,引用発明1-2における従来例(第1図),昇降路の下部に巻上機を簡易な手段によって設置できるようにするという課題,実施例である第2図及び第3図に示されたエレベータ装置の具体的な構造,「巻上機に作用する上方向の荷重が支持部材を介して立設部材によって支持されるため,簡単な構造で容易に巻上機を設置することができる」との作用効果の記載に照らせば,引用発明1-2においては,「巻上機に加わる上向きの力」をこれと反対方向の「案内車に加わる下向きの力」で相殺することが必須である。したがって,当業者は,前記実施例が,かかる相殺を可能とする「閉じた構造体」(相反する二つの力の伝達経路が共通の構造部分で構成される構造体)を構成しているものと解釈するというべきである。そして,このような「閉じた構造体」においては,力学的観点からみて,「巻上機に加わる上向きの力」を当該構造体の外にある昇降路の底部や昇降路の周壁に対して伝えることはあり得ないのであって,ブラケット(2a)には上向きの力はかからないというべきである(乙16)。実際,引用例1-2の第2図に示されている構造体からブラケット(2a)を除いた構造体において,力学的均衡は保たれているのであるから(乙22の1・2),ブラケット(2a)の機能は,地震等によるガイドレールの横揺れを防止する程度のものというべきである(乙17)。そして,「一般に構造体を閉じた構造体にして構造体に作用する力の系が,つり合い状態(内的なつり合い)になっていれば,その構造体の外部に力がかかることはない。」ということは初歩的な力学上の常識の範囲内の命題にすぎないものであるから(乙16。原告も,この点は争わない。),引用例1-2に接した当業者は,上記のような理解を容易になし得るものである。

したがって,引用例1-2に開示されている技術内容を当業者が把握する際には,「巻上機(5)に作用する上方向の荷重は支持部材(7)を介して立設部材(2),ブラケット(2a)によって支持される。」との記載は,上記のように合理的な解釈によりこれを理解するものであり,同記載における「ブラケット(2a)」は,これを文字どおりに読むとすれば,技術的に明らかに不正確な記載あるいは技術的に誤った記載と理解してその技術内容を解するものというべきである。

このように,刊行物の記載が,技術的に明らかに不正確な記載あるいは技術的に誤った記載を含んでいる場合には,これに接した当業者は合理的な解釈によりこれを理解するのであって,技術的に明らかに不正確な記載あるいは技術的に誤った記載のとおりに刊行物に記載された技術内容を理解することはないと解すべきである。

よって,引用例1-2に接した当業者は,ブラケット(2a)の機能に関する前記記載については,前記(i)認定のとおりに技術内容を理解するのであり,これに反する原告の主張は採用することができない。

b) 相違点Qの容易想到性について

引用発明1-1においては,支持台が設けられているか否かにかかわらず,巻上機あるいは巻上機支持台に上向きの力が作用するのであるから,これを床面に対しアンカーボルトなどにより強固に固定する必要があるという課題が生じることは,引用例1-2から明らかである。そして,巻上機におけるかかる課題を解決したのが,まさに引用発明1-2なのであるから,引用発明1-1に接した当事者が,この課題に気が付き,この課題を解決するために引用発明1-2の構成を採用することに想到することは容易であり,引用発明1-1に引用発明1-2を組み合わせることについては十分な動機付けがあるというべきである。そして,引用発明1-2の支持部材は,本件第1発明の構成要件1Gの「昇降路内に設置され,上記巻上機から・・・上向きの力を受け,上記かごガイドレールを支持するレール支持梁」に相当するものであるから,当業者がこの支持部材を参考にして,巻上機支持台の設けられた引用発明1-1について,かご用レール3,4及びつり合重り用レール9の各下端,並びに巻上機13を設置している巻上機支持台の底面をそれぞれ別の箇所で固定して連結する支持部材を設置することは,当業者が容易になし得ることというべきである。

ところで,本件第1発明において,返し車の荷重はガイドレールに作用して下向きの力となる必要があることから,ガイドレールが返し車を実質的に支持している必要があり,返し車の荷重は綱止め部材を介してガイドレールに伝えられているのである。一方,引用発明1-1のつり車は,支持材19に取り付けられており,その支持材19は,かご用レール4及びおもり用レール9に固定されるのみならず,右壁1eにも固定されている(乙6・5欄17ないし23行)。原告は,かかる点を指摘して,引用発明1-1の構成区分hは,その実質においては,本件第1発明の構成要件1Hと全く異なる作用を営むものであり,実質的には相違すると主張する。しかし,引用発明1-1のつり車は,支持材19を介してかご用レール4及びおもり用レール9によっても支持されているのであるから,構成要件1Hの「上記ガイドレールにより支持されている回転自在の返し車」と同一の構成を有しているのであり,この点は実質的な相違点にならないものと認められる。すなわち,引用発明1-1に引用発明1-2を組み合わせることによって,建物の躯体を含まない「閉じた構造体」が構成されるのであって,その結果,つり車の荷重は,支持体19を介して「閉じた構造体」を構成する「かご用レール4及びおもり用レール9」に作用し,「閉じた構造体」を構成しない「右壁1e」には実質的には作用しなくなるのであるから,その相違は解消されるというべきである。したがって,原告の主張は採用することができない。

イ 相違点Pについて

a) 引用例1-3記載の周知技術について

エレベータの巻上機を床面に設置する方法としては,「巻上機のタイプや構造の違いによって種々のものがあるが」(乙9),引用例1-1の第3図に示されるように巻上機を直接床面に設置する方法,引用例1-3(乙9・「建築基準法及び同法施行令・昇降機技術基準の解説・1994年版」建設省住宅局建築指導課監修・平成5年12月25日発行)の248,249頁に示されるように,巻上機を床面に固定された巻上機取付梁(マシンビーム)の上に設置する方法(249頁の第2-44図),巻上機を床面に固定された巻上機取付梁(マシンビーム)の上に防振ゴムを介在させて設けたマシンベット(本件第1発明の支持台に相当する。)の上に設置する方法(249頁の第2-43図)等が例示されている。このように,巻上機の据付方法には,種々のものがあり,巻上機を支持台に据え付ける方法も,周知の技術の一つと認められる。

b) 相違点Pの容易想到性について

巻上機の据付方式には,巻上機のタイプや構造の違いにより種々のものがあり,巻上機を床面に直接設置することなく,マシンベッド(支持台)を設けてその上に載せることは,前記a)に認定したとおり,周知の技術の一つである。したがって,巻上機のタイプや構造の違い,あるいは,何らかの設計上の必要性に応じ,引用発明1-1に引用発明1-2の上記構成を組み合わせた巻上機を支持台の上に設置するかどうかは,何らかの設計上の理由により適宜選択できる事項であると認められる。

原告は,引用例1-3では,巻上機は昇降路の上方に設けられた機械室に設置されているため,巻上機には下向きの力が働き,巻上機と巻上機支持台との間には圧縮力が働くだけであるのに対し,本件第1発明においては,巻上機支持台を昇降路底部に設置し,その上に巻上機を設置した結果,巻上機には上向きの力が作用し,巻上機と巻上機支持台との間には引っ張り力が働く点が相違すると主張する。

しかし,引用発明1-1に引用発明1-2の上記構成の組合せを想到したときに,当業者が巻上機を支持台の上に設置することを考えるかどうかは,上記のとおり,何らかの設計上の理由により適宜選択し得る事項であるというべきであり,原告の上記主張は採用し得ない。

ウ 以上によれば,本件第1発明は,引用発明1-1と引用発明1-2及び引用例1-3記載の周知技術に基づいて容易に想到することができるものであるから,本件第1特許は,特許法29条2項に違反して付与されたものと認められる。よって,本件第1発明は,「特許無効審判により無効にされるべきものと認められる」のであるから,原告は,その権利を行使することができない(特許法104条の3第1項)。

(4)  なお,原告は,本件第1特許の訂正請求を行ったと主張する(訂正によって無効理由が解消されること及び訂正後の特許の技術的範囲に被告各製品が含まれることについて,具体的な主張立証はしていない。)。しかし,上記訂正に係る事項は,引用発明1-1に開示されているのであって,上記無効理由を解消するものではないから,本件第1発明に係る権利行使が許されないとの前記結論を左右するものではない。

3  争点3-1(本件第2特許が特許法29条2項に違反しているか)について

(1)  引用例2-2(乙13・1999年(平成11年)5月27日にドイツで公開された,ロープ式エレベータについてのドイツ特許出願の出願公開明細書(DE19752232A1))には,次の記載がある。

ア 「本発明は,エレベータ昇降路内をガイドレールに沿って昇降運動するエレベータケージと,同じくガイドレールに沿って昇降運動するカウンタウェイトと,エレベータ昇降路内でエレベータケージとカウンタウェイトとを懸吊する一連の牽引ロープと,エレベータ昇降路内に突き出した支持台上に載設された,電動機と牽引ロープ原動車とで形成された駆動装置とからなり,駆動装置はエレベータ昇降路内に当該階層フロアと同じ高さで一体に突き出したコンクリート支持台上に配置されている特許第19712646号記載のロープ式エレベータに関する(。」1欄3行ないし14行)

「…従来のロープ式エレベータには,ほとんどの場合にエレベータ昇降路上方に配置された別個の機械室が必要である。“輸送とリフト”1955年第10号835頁の図12には,エレベータ昇降路内に突き出した支持台上に載設される駆動装置が示されている。だが,この場合にも別個の機械室が必要であり,支持台は階層フロアと同じ高さで一体に形成されていずに鉄骨構造からなっている。このところ,駆動装置をそれが別個の機械室を必要としないように形成しようとする試みが行われてきている。」(1欄15行ないし31行)

「概略的に図示したロープ式エレベータはエレベータ昇降路3内をガイドレール2に沿って上下に運動可能なエレベータケージ1を有している。エレベータケージ1は平行に延びる一連の牽引ロープ4によって通例の方法で懸吊されており,この牽引ロープは図中において簡略化のために一点鎖線で表され,案内車5ないし5aを経て延びている。」(2欄36行ないし42行)

「案内車5aは“下側滑車”として,図示したように,牽引ロープ4がエレベータケージ1の重心を垂直に投影した箇所を通ってエレベータケージ1の壁面に対して斜めに走るようにしてエレベータケージ1の下方に配置されている。牽引ロープ4の延びをこのように配置する場合にはエレベータケージ1に傾斜モーメントが及ぼされることはほとんどなく,これによってガイドレールとの摩擦は最小限に低減される。このロープ式エレベータにおいて案内車5,5aはエレベータケージ1の上方に取り付けられていてもよい(2欄43行ない。」し52行)

「カウンタウェイト6は同じく牽引ロープ4に懸吊され,エレベータ昇降路3内しかもコンクリート支持台9の脇の自由空間8内をガイドレール7によって案内される。このコンクリート支持台はエレベータ昇降路3内に突き出した階層フロア10と同じ高さのフロア延長部であり,ただしエレベータ昇降路の幅全体を占めていないために自由空間8が形成される。」(2欄53行ないし59行)

「駆動装置11(これは歯車なし巻上機であってよい。)は,牽引ロープ4の原動車13と共に,図示した平面図から看取されるように,エレベータ昇降路3内のコンクリート支持台9上にエレベータ昇降路3の境界壁14に対して非直角をなして配置されている。駆動装置11にはハンドル車(不図示である。)も属しており,非常時にはこのハンドル車によってエレベータケージ1を,加重されたエレベータケージ1とカウンタウェイト6との重量比に応じて,上昇または下降させて最寄りの停止ステーションにもたらすことができる。」(2欄60行ないし3欄2行)

「駆動装置11には,非常口錠付きの,つまり,駆動装置11側から手前側へ,つまりコンクリート支持台9側から手前側へ開けることのできる錠(一般に通例であることから不図示である。)付きの通用扉18を経て達することができる。…」(3欄6行ないし12行)

「図中には2枚扉のスライドドア21を備えたエレベータケージ1が表されている。これはエレベータ昇降路ドア22についても同様である。エレベータは両面にドア21を備えた通り抜け式エレベータであってもよい。さらにエレベータと昇降路3とは1枚,2枚または3枚扉式のドアを備えていてよい。」(3欄13行ないし18行)

「以上の説明から,“機械室”をエレベータ昇降路3内に組み込んだことにより,公知の,冒頭に述べた類のエレベータに比較して,保守,点検並びに非常時の操作も大幅に簡易化されることが判明する。カウンタウェイト6用の自由空間8を設けたことにより,カウンタウェイト6はコンクリート支持台9の脇を通過することができ,これによって,駆動装置11を必要に応じて任意の階層に設置することが可能になる。」(3欄19行ないし28行)

イ 前記アの記載事項及び引用例2-2の添付図面(別紙参考図2)によれば,引用例2-2には,以下の各構成が開示されている。

a) エレベータケージ1について

引用発明2-2のエレベータケージ1は,エレベータ昇降路3内を昇降するものであり(乙13・2欄36行ないし42行),平面図に示すように,スライドドア21を有する(3欄13行ないし18行)乗降口1aを備えるとともに,吊るための下側滑車である案内車5a,5aが設けられている(2欄43行ないし52行)。

b) カウンターウェイト6について

引用発明2-2のカウンターウェイト6は,エレベータ昇降路3内でコンクリート支持台9の脇の自由空間8内を昇降し(2欄53行ないし59行),エレベータ昇降路3の平断面において乗降口1aに対してエレベータケージ1の側方に配置され,上部に吊り車24が設けられている。

c) エレベータケージ用ガイドレール2,2について

引用発明2-2の一対のエレベータケージ用ガイドレール2,2は,エレベータ昇降路3内に設けられ,エレベータケージ1を上下方向に案内する(2欄36行ないし42行)。

d) カウンタウェイト用ガイドレール7,7について

引用発明2-2のカウンタウェイト用ガイドレール7,7は,エレベータ昇降路3内でコンクリート支持台9の脇の自由空間8内に設けられ,カウンタウェイト6を上下方向に案内する(2欄53行ないし59行)。

e) 駆動装置11について

引用発明2-2の駆動装置11は,エレベータケージ1とカウンタウェイト6とを懸吊する牽引ロープ4が巻き掛けられた原動車13及び該原動車13を駆動する電動機を有する(3欄59行ないし4欄12行)。

同駆動装置11は,必要に応じて任意の階層に設置することが可能である(3欄19行ないし28行)。したがって,最下階層に設置した場合には,エレベータ昇降路3の最下階停止時のエレベータケージ床面より上方に位置することになり,最上階層に設置した場合には,最上階停止時のエレベータケージ天井より下方に位置することになる。

同駆動装置11は,エレベータ昇降路3内のコンクリート支持台9の上面に配置されている(2欄60行ないし3欄2行)。

同駆動装置11は,牽引ロープ4の原動車13を備え,平断面を示す図面から明らかなように,原動車13の回転軸方向の外形寸法が回転軸に対して垂直な方向の外形寸法よりも小さい。

そして,同駆動装置11は,同図面から明らかなように,エレベータ昇降路3の平断面において,カウンタウェイト6及びエレベータケージ1とは離れてカウンターウェイト6が配置されたエレベータケージ1の側方に位置するエレベータ昇降路3の壁面3aに沿ってカウンタウェイト6と並んで配置されている。

f) 案内車5について

引用発明2-2の案内車5は,図面から明らかなように,エレベータ昇降路3内に配置され,駆動装置11の原動車13からエレベータケージ1の下部の案内車5a,5aに至る牽引ロープ4が巻き掛けられて該牽引ロープ4の方向を転換するものである。

そして,同案内車5は,図面から明らかなように,駆動装置11より上方に位置し,平断面において,駆動装置11の少なくとも一部と重なるよう配置されている。

さらに,同案内車5は,その回転面が,エレベータ昇降路3の平断面において,牽引ロープ4がエレベータケージ1の下部の案内車5a,5aへ至る側が前記駆動装置11の原動車13から巻き掛けられる側より前記乗降口1aから遠ざかる方向に位置して近接する前記エレベータ昇降路3の壁面3aに対して傾斜している。

g) 案内車5,駆動装置11の原動車13,返し車23,吊り車24の高さ位置の関係について

図面において,引用発明2-2の案内車5と同駆動装置11が重なる部分について同駆動装置11が隠れ線となる破線で描かれていることから,同案内車5は同駆動装置11より上方に位置する。また,同返し車23とカウンターウェイト6のガイドレール7が重なる部分について該ガイドレール7が隠れ線となる破線で描かれていることから,同返し車23はカウンターウェイト6より上方に位置する。

h) 牽引ロープ4について

引用発明2-2の牽引ロープ4は,エレベータケージ1を懸吊する(2欄36行ないし42行)と共に,カウンターウェイト6を懸吊する(2欄53行ないし59行)。

同牽引ロープ4は,案内ロープ車5ないし5aを経て延びている。

同牽引ロープ4は,駆動装置11の原動車13に巻き掛けられ,その一端側は昇降路上方の案内車5に巻き掛けられ,そこからエレベータケージ1の下部に設けた案内車5a,5aを介して昇降路上方で固定され,その他端側は同様に昇降路上方の返し車23に巻き掛けられ,そこからカウンタウェイト6上の吊り車24を介して昇降路上方に固定されることになる。

(2)  本件第2発明と引用発明2-2との一致点及び相違点について

ア 本件第2発明の特許請求の範囲(請求項2)の記載及び構成要件の分説は,前記第2・1(3),(4)のとおりである。

イ 引用例2-2には,前記認定のとおり,以下のロープ式エレベータ装置の技術が開示されている(引用発明2-2)。なお,〔〕内の文言は,本件第2発明における対応部材の名称である。

2a エレベータ昇降路3内を昇降し,乗降口1aを有するとともに案内車5a,5a〔吊り車〕が設けられたエレベータケージ1〔かご〕と,

2b 前記エレベータケージ1〔かご〕と反対方向に前記エレベータ昇降路3内を昇降し,該エレベータ昇降路3の平断面において前記乗降口1aに対して前記エレベータケージ1〔かご〕の側方に配置され,吊り車24が設けられたカウンターウェイト6と,

2c 前記エレベータケージ1〔かご〕の水平方向の移動を規制するエレベータケージ〔かご〕用ガイドレール2と,

2d 前記カウンターウェイト6の水平方向の移動を規制するカウンターウェイト用ガイドレール7と,

2e 前記エレベータケージ1〔かご〕を前記エレベータケージ1〔かご〕の案内車5a,5a〔吊り車〕を介して懸架するとともに前記カウンターウェイト6を前記カウンターウェイト6の吊り車24を介して懸架する牽引ロープ4と,

2f 前記エレベータ昇降路3内に配置され,当該牽引ロープ4が巻き掛けられた原動車13〔綱車〕及び該原動車13〔綱車〕を駆動する電動機〔モータ部〕を有し,前記原動車13〔綱車〕を回転させることで前記ロープ4を介して前記エレベータケージ1〔かご〕および前記カウンターウェイト6を昇降させる駆動装置11〔巻上機〕と,

2g 前記エレベータ昇降路3内に配置され,前記駆動装置11〔巻上機〕の原動車13〔綱車〕からエレベータケージ1〔かご〕の案内車5a,5a〔吊り車〕に至る前記牽引ロープ4が巻き掛けられて該牽引ロープ4の方向を転換する案内車〔第1の返し車〕とを有するロープ式エレベータ装置において,

2h 前記駆動装置11〔巻上機〕は,

α 原動車13〔綱車〕の回転軸方向の外形寸法が前記回転軸に対して垂直な方向の外形寸法よりも小さく,

β 前記エレベータ昇降路3の平断面において前記カウンターウェイト6及び前記エレベータケージ1〔かご〕とは離れて前記カウンターウェイト6が配置された前記エレベータケージ1〔かご〕の側方に位置するエレベータ昇降路3の壁面3aに傾斜し,かつ前記カウンターウェイト6と前記エレベータ昇降路3の壁面3aに沿って並んで配置され,

γ 前記エレベータ昇降路3の最下階停止時のエレベータケージ1〔かご〕床面より上方でかつ最上階停止時のエレベータケージ1〔かご〕天井より下方に位置し,

2i 前記案内車〔第1の返し車〕は,前記駆動装置11〔巻上機〕より上方に位置し,前記平断面において,前記駆動装置11〔巻上機〕の少なくとも一部と重なるよう配置され,前記案内車〔第1の返し車〕の回転面は,前記エレベータ昇降路3の平断面において前記牽引ロープ4が前記エレベータケージ1〔かご〕の案内車5a,5a〔吊り車〕へ至る側が前記駆動装置11〔巻上機〕の原動車13〔綱車〕から巻き掛けられる側より前記乗降口1aから遠ざかる方向に位置して近接する前記エレベータ昇降路3の壁面に対して傾斜していること

2j を特徴とするエレベータ装置。

ウ 以上によれば,本件第2発明と引用発明2-2とは,本件第2発明の構成要件2AないしG,Hのα及びγ,I並びにJにおいて一致する。そして,以下の点において相違しているものと認められる。

すなわち,本件第2発明の巻上機が「前記昇降路の平断面において前記カウンターウェイト及び前記かごとは離れて前記カウンターウェイトが配置された前記かごの側方に位置する前記昇降路の壁面に平行にかつ前記カウンターウェイトと前記昇降路の壁面に沿って並んで配置され,」(構成要件2Hのβ)ているのに対し,引用発明2-2の巻上機は,「前記エレベータ昇降路3の平断面において前記カウンターウェイト6及び前記エレベータケージ1〔かご〕とは離れて前記カウンターウェイト6が配置された前記エレベータケージ1〔かご〕の側方に位置するエレベータ昇降路3の壁面3aに傾斜し,かつ前記カウンターウェイト6と前記エレベータ昇降路3の壁面3aに沿って並んで配置され,」ている点において,相違する(相違点R)。

ところで,原告は,「本件第2発明では,第1の返し車が昇降路の平断面において巻上機の少なくとも一部と重なるように配置されている(構成要件2Iの前段)のに対し,引用発明2-2では,第1の返し車と巻上機とは重なっていないという相違点(相違点S)がある。」旨主張する。しかし,引用例2-2の図において,案内車5〔第1の返し車〕が駆動装置11〔巻上機〕の一部である原動車13と重なっている態様が明確に記載されている。一方,構成要件2Iの前段「第1の返し車が昇降路の平断面において巻上機の少なくとも一部と重なる」を「巻上機の前記モータ部の少なくとも一部と重なる」と解すべきとの原告主張は理由がない。したがって,引用発明2-2には構成要件2Iの前段が開示されているものと認められ,原告主張の相違点Sを認めることはできない。

(3)  引用発明2-2と引用発明2-3,同2-1との組合せの容易想到性について

アa) 引用例2-3(乙14・特開平9-165172号公報)には,次の記載がある。

【図2】において,エレベータの巻上機械装置6が,エレベータシャフト15〔昇降路〕の平断面において,カウンタウェイト2が配置されたエレベータカー1〔かご〕の側方に位置するエレベータシャフト15の壁面に平行に配置されている。

b) 引用例2-1(乙20・特開平11-130365号公報)には,次の記載がある。

【図8】において,トラクションマシン1〔巻上機〕が,昇降路25〔昇降路〕の平断面において,カウンターウェイト31〔カウンターウェイト〕が配置された乗かご28〔かご〕の側方に位置する昇降路25〔昇降路〕の壁面と平行に配置されている。

イ 相違点Rについて

エレベータ装置においては,不使用空間の節減を図るということは,一般的な課題である。引用発明2-2においては,駆動装置11〔巻上機〕が壁面に対して傾斜して配置されているところ,同発明において,前記アの公知の構成を採用してカウンターウェイト6が配置されたエレベータケージ1〔かご〕の側方に位置するエレベータ昇降路3の壁面3aと平行になるように変更する程度のことは,不使用空間の節減のために,各現場の状況に応じて,当業者が適宜選択できる単なる設計上の変更事項にすぎないというべきである。したがって,このような設計上の変更を行うことは,当業者であれば特段の困難を伴うこともなく容易になし得ることであり,このように,引用発明2-2に引用発明2-3,同2-1記載の公知の構成を組み合わせることによって,相違点Rは容易に解消されるものである。

原告は,引用発明2-2のエレベータにおいては,駆動装置を斜めにすることによって駆動装置を支持しているコンクリート支持台9の上に作業スペースを作り出していることや,乗降口のドアとの位置関係を指摘して,駆動装置の配置を斜めから平行に変更することには阻害要因がある旨の主張をする。しかし,不使用空間の節減という一般的な課題を解決するために,駆動装置の形状や昇降路内の空間を考慮して,適宜の設計を行うことは,当業者が容易になし得ることであることは既に述べたとおりである。そして,仮に,駆動装置を斜めにすることによって作業スペースを確保しているという点が,引用例2-2に開示されているとしても,昇降路の平断面サイズやコンクリート支持台の寸法,駆動装置の形状,通用扉18の開口部の大きさ等によっては,駆動装置を平行に配置しつつ作業スペースを確保することも可能であって,上記課題を解決する際の阻害要因となるものではない。また,原告は,構成要件2Iの前段「第1の返し車は,前記巻上機より上方に位置し,前記平断面において前記巻上機の少なくとも一部と重なるように配置され」は,間接的に,巻上機の綱車が昇降路壁側を向いていることを規定している旨主張する。しかし,構成要件2Iは,第1の返し車が巻上機の少なくとも一部と重なるように配置されると規定しているだけであるから,かかる解釈は採用できないのであって,かかる解釈を前提とする原告の主張は理由がない。

(4)  小括

このように,本件第2発明は,引用発明2-2に,引用発明2-3及び同2-1記載の公知の構成を適用することによって容易に想到できるものであって,無効理由を有するものである。

4  争点3-2(本件第2特許が特許法29条2項に違反しているとして,訂正審判により同項違反が解消されるか)について

原告は,本件第2発明について,前記第2・1(5)イのとおり訂正審判請求を申し立てた。しかしながら,本件訂正第2発明の技術的範囲にイ号物件が含まれることには争いがないものの,以下に述べるとおり,本件訂正第2発明は,引用発明2-1に,引用発明2-2及び冠水による電動部品ないし電子機器の被害を防止するためのそれらの部品の設置位置についての周知技術,下部プーリの取付位置についての周知技術,引用発明2-4を組み合わせることによって,容易に想到できるものというべきであるから,前記訂正審判請求によって,無効理由が解消されるものではない。

(1)ア  引用例2-1(乙20・特開平11-130365号公報)には,次の記載がある。

「【0001】

【発明の属する技術分野】本発明はエレベータ装置に係り,特に,昇降路内へ配置するのに好適なトラクションマシンを有するロープ式のエレベータ装置に関する。」

「【0007】…本発明の目的は,トラクションマシンに対してブレーキとモータの影響をなくし,かつトラクションマシンの組立,分解が容易に行い得るエレベータ装置を提供することにある。」

「【0026】次に,本発明によるトラクションマシン1を用いたエレベータ装置について図4にもとづいて説明する。

【0027】トラクションマシン1を昇降路25のピットに固定し,トラクションマシン1のシーブ5にロープ26を巻掛ける。このロープ26の一端は昇降路頂部に軸支された頂部プーリ27Aに巻掛けられ,そこから乗かご28の下部に軸支された第1及び第2の下部プーリ29A,29Bを介して昇降路頂部のロープ止め30Aに固定される。また,ロープ26の他端は同様に昇降路頂部に軸支された他の頂部プーリ27Bに巻掛けられ,そこからカウンタウェイト31上に軸支されたプーリ32を介して昇降路頂部のもう一つのロープ止め30Bに固定される。乗りかご28は昇降路25内に平行で垂直に固定された一対のかごレール33A,33Bで水平方向にずれないよう上下方向に案内され,カウンタウェイト31は同様に固定されたカウンターウェイトレール34A,34Bで水平方向にずれないように上下方向に案内される。

【0028】トラクションマシン1の同期モータ7,ブレーキ装置は,図示しない制御盤により電源を供給されてその動作を制御される。同期モータ7はシーブ5を回転させ,ロープ26を駆動することにより乗かご28を目的階に昇降させる。ブレーキ装置は,乗かご28の停止時にシーブ5の回転を停止させ,乗かご28を所定階に確実に停止させる。」

「【0032】図6は,昇降路内機器配置の別の例を示すもので,乗かご28のドア35とは反対側に面してカウンタウェイト31とトラクションマシン1を夫々平行に配置し,その間に頂部プーリ27Bをほぼ直角に配置する。また,乗かご28の下部のかご下プーリ29A,29Bをかご奥からドア35側へほぼ対角にロープ26が通るように配置し,トラクションマシン1と乗かご奥側のかご下プーリ29Aの間に頂部プーリ27Aを配置する。このように配置することにより,カウンタウェイト31とトラクションマシン1のトータルの奥行き及び幅をコンパクトに配置できるので,昇降路面積を有効に利用できるという効果がある。 例えば,この図では,昇降路25のカウンタウェイト31の右側に大きなスペースが生まれるので,そのスペースを利用してガバナ等の昇降路内配置機器を容易に設置できるという効果がある。また,本実施例は,図5に示す配置よりも,昇降路幅が小さくなるので,幅に制約のある昇降路に有効な実施例である。

【0033】図7は,さらに別の昇降路内機器配置を示すもので,トラクションマシン1をカウンタウェイト31の横に配置して,カウンタウェイト31と頂部プーリ27Bとトラクションマシン1のロープ26が同一方向に渡っていくようにしたものである。このようにすることにより,乗かご28の奥のスペースの奥行きが小さくでき,昇降路全体を小さくすることができる。

【0034】図8は,他の昇降路内機器配置を示すもので,乗かご28のドア35に隣接する側にトラクションマシン1とカウンタウェイト31を縦に配置したものである。したがって,昇降路25の奥行きが小さく,横幅が大きくなるので,昇降路25の横幅が余裕あり奥行きが厳しい用途に適している。また,乗かご28の背後に構造物がないので,通り抜け型の2方向で入り口を設ける場合にも適している。」

イ  引用例2-1の上記記載及び図8(別紙参考図1),図4,図2によれば,引用発明2-1は,次のとおりのものであると認められる。

a) 乗かご28について

引用発明2-1の乗かご28は,昇降路25内を昇降するものであり,乗降口28aを有すると共に,その下部に軸支された第1及び第2の下部プーリ29A,29Bが設けられている(乙20【0027】,図8)。

b) カウンターウェイト31について

引用発明2-1のカウンターウェイト31は,昇降路25の平断面において,乗かご28の乗降口28aに対して乗かご28の側方に配置され,その上にプーリ32が軸支されている(【0027】)。

同カウンターウェイト31を懸架するロープ26は,トラクションマシン1のシーブ5に巻き掛けられ,その一端側は昇降路頂部に軸支された頂部プーリ27Aに巻き掛けられ,そこから乗かご28の下部に軸支された第1及び第2の下部プーリ29A,29Bを介して昇降路頂部のロープ止め30Aに固定され,その他端側は同様に昇降路頂部に軸支された他の頂部27Bに巻き掛けられ,そこから同カウンターウェイト31上に軸支されたプーリ32を介して昇降路頂部のもう一つのロープ止め30Bに固定される(【0027】)。このロープ26をトラクションマシン1で駆動すると,同カウンターウェイト31は,上記乗かご28と反対方向に昇降することになる(図8,図4)。

c) かごガイドレール33A,33Bについて

引用発明2-1の一対のかごガイドレール33A,33Bは,昇降路25内に平行で垂直に固定され,乗かご28を水平方向にずれないよう上下方向に案内する(【0027】)。

d) カウンターウェイトレール34A,34Bについて

引用発明2-1のカウンターウェイトレール34A,34Bは,一対のかごレール33A,33Bと同様に,昇降路25内に平行で垂直に固定され,カウンターウェイト31を水平方向にずれないよう上下方向に案内する(【0027】)。

e) ロープ26について

引用発明2-1のロープ26は,トラクションマシン1のシーブ5に巻き掛けられ,その一端側は昇降路頂部に軸支された頂部プーリ27Aに巻き掛けられ,そこから乗かご28の下部に軸支された第1及び第2の下部プーリ29A,29Bを介して昇降路頂部のロープ止め30Aに固定され,その他端側は同様に昇降路頂部に軸支された他の頂部27Bに巻き掛けられ,そこからカウンターウェイト31上に軸支されたプーリ32を介して昇降路頂部のもう一つのロープ止め30Bに固定され(【0027】),上記乗かご28及び上記カウンターウェイト31を懸架する。

f) トラクションマシン1について

引用発明2-1のトラクションマシン1は,昇降路25のピットに固定され(【0027】),同期モータ7でシーブ5を回転させ,ロープ26を駆動することにより乗かご28を目的階に昇降させる(【0028】)。

同トラクションマシン1は,シーブ5の回転軸方向の外形寸法が回転軸に対して垂直な方向の外形寸法よりも小さい(側面断面図である図2)。

また,同トラクションマシン1は,昇降路25の平断面において,上記カウンターウェイト31及び乗かご28とは離れてカウンターウェイト31が配置された乗かご28の側方に位置する昇降路25の壁面25aに平行にかつカウンターウェイト31と昇降路25の壁面25aに沿って並んで配置されている(図8)。

そして,同トラクションマシン1は,シーブ5が上記乗かご28の側方に位置する上記昇降路25の壁面25aに対向し,同期モータ7が上記乗かご28側に対向している(図8)。

同トラクションマシン1のシーブ5は,カウンターウェイト31のプーリ32と,近接する昇降路25の壁面25aに対して同じ距離に位置している。

g) 頂部プーリ27Aについて

引用発明2-1の頂部プーリ27Aは,トラクションマシン1より上方に位置し(図4),乗かご28の下部プーリ29Aに至るロープ26が,昇降路25の平断面において,乗かご28とトラクションマシン1との間の部分から外れた部分(乗かご28とトラクションマシン1との間の部分から昇降路25の壁面25aに沿って乗かご28の乗降口28a側へ延びた延長部分)を通るようになっている(図8)。

そして,同頂部プーリ27Aは,昇降路25の平断面において,トラクションマシン1のシーブ5から上記外れた部分へ向けて同期モータ7を横切って同期モータ7と重なるよう配置されている(図8)。

また,同頂部プーリ27Aは,その回転面が昇降路25の壁面25aに対し,傾斜している(図8)。

h) 頂部プーリ27Bについて

引用発明2-1の頂部プーリ27Bは,昇降路25の平断面において,トラクションマシン1のシーブ5とカウンターウェイト31のプーリ32との間に,それぞれの端部と接するように配置されており,トラクションマシン1のシーブ5からカウンターウェイト31のプーリ32に至るロープ26が巻き掛けられて当該ロープ26の方向を転換するように,昇降路25内に配置されている(図8)。

そして,同頂部プーリ27Bの回転面は,昇降路25の平断面において,近接する昇降路25の壁面25aに対して,ロープ26がカウンターウェイト31のプーリ32へ至る側とトラクションマシン1のシーブ5 から巻き掛けられる側とは同じ距離にある(図8)。

(2)  本件訂正第2発明と引用発明2-1との一致点及び相違点について

ア 本件訂正第2発明の特許請求の範囲(請求項2)の記載及び構成要件の分説は,前記第2・1(5),(6)のとおりである。

イ 引用例2-1には,前記認定のとおり,以下のロープ式エレベータ装置の技術が開示されている(引用発明2-1)。なお,〔〕内の文言は,本件訂正第2発明における対応部材の名称である。

2a 昇降路25内を昇降し,乗降口28aを有するとともに下部プーリ29A,29B〔吊り車〕が設けられた乗かご28〔かご〕と,

2b 前記乗かご28〔かご〕と反対方向に前記昇降路25内を昇降し,該昇降路25の平断面において前記乗降口28aに対して前記乗かご28〔かご〕の側方に配置され,プーリ32〔吊り車〕が設けられたカウンターウェイト31と,

2c 前記乗かご28〔かご〕の水平方向の移動を規制するかごガイドレール33A,33B〔かご用ガイドレール〕と,

2d 前記カウンターウェイト31の水平方向の移動を規制するカウンターウェイトレール34A,34B〔カウンターウェイト用ガイドレール〕と,

2e 前記乗かご28〔かご〕を前記乗かご28〔かご〕の下部プーリ29A,29B〔吊り車〕を介して懸架するとともに前記カウンターウェイト31を前記カウンターウェイト31のプーリ32〔吊り車〕を介して懸架するロープ26と,

2f 前記昇降路25内に配置され,当該ロープ26が巻き掛けられたシーブ5〔綱車〕及び該シーブ5〔綱車〕を駆動する同期モータ7〔モータ部〕を有し,前記シーブ5〔綱車〕を回転させることで前記ロープ26を介して前記乗かご28〔かご〕および前記カウンターウェイト31を昇降させるトラクションマシン1〔巻上機〕と,

2g 前記昇降路25内に配置され,前記トラクションマシン1〔巻上機〕のシーブ5〔綱車〕から前記乗かご28〔かご〕の下部プーリ29A,29B〔吊り車〕に至る前記ロープ26が巻き掛けられて該ロープ26の方向を転換する頂部プーリ27A〔第1の返し車〕と,前記昇降路25内に配置され,前記トラクションマシン1〔巻上機〕のシーブ5〔綱車〕から前記カウンターウェイト31のプーリ32〔吊り車〕に至る前記ロープ26が巻き掛けられて該ロープ26の方向を転換する頂部プーリ27B〔第2の返し車〕とを有するロープ式エレベータ装置において,

2h 前記トラクションマシン1〔巻上機〕は,

α 前記シーブ5〔綱車〕の回転軸方向の外形寸法が前記回転軸に対して垂直な方向の外形寸法よりも小さく,

β 昇降路25の平断面において前記カウンターウェイト31及び前記乗かご28〔かご〕とは離れて前記カウンターウェイト31が配置された前記乗かご28〔かご〕の側方に位置する前記昇降路25の壁面25aに平行にかつ前記カウンターウェイト31と前記昇降路25の壁面25aに沿って並んで配置され

δ るとともに前記シーブ5〔綱車〕が前記乗かご28〔かご〕の側方に位置する前記昇降路25の壁面25aに対向し,前記同期モータ7〔モータ部〕が前記乗かご28〔かご〕側に対向して,

γ 昇降路25のピットに固定され,

2i 前記頂部プーリ27A〔第1の返し車〕は,

ε 前記トラクションマシン1〔巻上機〕より上方に位置し,

ζ 前記平断面において,前記乗かご28〔かご〕の下部プーリ29A〔吊り車〕に至る前記ロープ26が,前記乗かご28〔かご〕と前記トラクションマシン1〔巻上機〕との間から外れた部分を通るように,前記トラクションマシン1〔巻上機〕のシーブ5〔綱車〕から上記外れた部分へ向けて前記同期モータ7〔モータ部〕を横切って前記同期モータ7〔モータ部〕と重なるよう配置され,

η 前記頂部プーリ27A〔第1の返し車〕の回転面は,前記昇降路25の平断面において,前記ロープ26が前記トラクションマシン1〔巻上機〕のシーブ5〔綱車〕から巻き掛けられる側が,前記乗かご28〔かご〕の下部プーリ29A〔吊り車〕へ至る側より前記乗降口から遠ざかる方向に位置して近接し,前記昇降路25の壁面25aに対して傾斜し,

2k 前記頂部プーリ27B〔第2の返し車〕の回転面は,前記昇降路25の平断面において,近接する前記昇降路25の壁面に対して,前記ロープ26が前記カウンターウェイト31のプーリ32〔吊り車〕へ至る側と前記トラクションマシン1〔巻上機〕のシーブ5〔綱車〕から巻き掛けられる側とは同じ距離にあり,

2l 前記トラクションマシン1〔巻上機〕のシーブ5〔綱車〕は,前記カウンターウェイト31のプーリ32〔吊り車〕と,近接する前記昇降路25の壁面に対して同じ距離に位置していること

2j を特徴とするエレベータ装置。

ウ 以上によれば,本件訂正第2発明と引用発明2-1とは,本件訂正第2発明の構成要件2A′ないしG′,H′のα,β及びδ,I′のε,L′並びにJ′において一致する。そして,以下の点において相違しているものと認められる。

a) 相違点1

本件訂正第2発明においては,構成要件2H′のγにおいて,巻上機は,「該巻上機(4)の下端は前記昇降路(8)の最下階停止時のかご床面より上方でかつかご天井より下方に位置し」ているのに対し,引用発明2-1の構成区分2hのγでは,トラクションマシン1は,「昇降路25のピットに固定され」ている点。

b) 相違点2

本件訂正第2発明においては,構成要件2I′のζにおいて,前記第1の返し車は,「前記平断面において前記かご(1)の吊り車(11)に至る前記ロープ(3)が前記かご(1)と前記巻上機(4)との間を通るように,前記巻上機(4)の少なくとも一部と綱車(4a)から前記かご(1)と前記巻上機(4)との間へ向けて前記モータ部(4b)を横切って前記モータ部(4b)と重なるよう配置され」ているのに対し,引用発明2-1の構成区分2iのζでは,頂部プーリ27Aは,「前記平断面において,前記乗かご28〔かご〕の下部プーリ29A〔吊り車〕に至る前記ロープ26が,前記乗かご28〔かご〕と前記トラクションマシン1〔巻上機〕との間から外れた部分を通るように,前記トラクションマシン1〔巻上機〕のシーブ5〔綱車〕から上記外れた部分へ向けて前記同期モータ7〔モータ部〕を横切って前記同期モータ7〔モータ部〕と重なるよう配置され」ている点。

c) 相違点3

本件訂正第2発明においては,構成要件2I′のηにおいて,「前記第1の返し車(5a)の回転面は,前記昇降路(8)の平断面において前記ロープ(3)が前記かご(1)の吊り車(11)へ至る側が前記巻上機(4)の綱車(4a)から巻き掛けられる側より前記乗降口から遠ざかる方向に位置して近接する前記昇降路(8)の壁面に対して傾斜し」ているのに対し,引用発明2-1の構成区分2iのηでは,「前記頂部プーリ27A〔第1の返し車〕の回転面は,前記昇降路25の平断面において,前記ロープ26が前記トラクションマシン1〔巻上機〕のシーブ5〔綱車〕から巻き掛けられる側が前記乗かご28〔かご〕の下部プーリ29A〔吊り車〕へ至る側より前記乗降口から遠ざかる方向に位置して近接する前記昇降路25の壁面25aに対して傾斜し」ている点。

d) 相違点4

本件訂正第2発明においては,構成要件2K′において,「前記第2の返し車(5b)の回転面は,前記昇降路(8)の平断面において,近接する前記昇降路(8)の壁面に対して,前記ロープ(3)が前記カウンターウェイト(2)の吊り車(12)へ至る側が前記巻上機(4)の綱車(4a)から巻き掛けられる側より前記かご(1)に近づく方向に傾斜し」ているのに対し,引用発明2-1の構成区分2kにおいては,「前記頂部プーリ27B〔第2の返し車〕の回転面は,前記昇降路25の平断面において,近接する前記昇降路25の壁面に対して,前記ロープ26が前記カウンターウェイト31のプーリ32〔吊り車〕へ至る側と前記トラクションマシン1〔巻上機〕のシーブ5〔綱車〕から巻き掛けられる側とは同じ距離にあ」る点。

e) なお,本件訂正第2発明の構成要件2H′のαにおいて,巻上機は, 「前記綱車の回転軸方向の外形寸法が前記回転軸に対して垂直な方向の外形寸法よりも小さ」いという点については,引用発明2-1のトラクションマシン1も同様の構成であることが認められるので,相違点であるとは認められない。

(3)  相違点1ないし3の容易想到性について

ア 引用例2-2(乙13・1999年(平成11年)5月27日にドイツで公開された,ロープ式エレベータについてのドイツ特許出願の出願公開明細書(DE19752232A1))には,前記3(1)イで述べたほか,次の記載がある。

a) 駆動装置11について

引用発明2-2の駆動装置11は,牽引ロープ4が巻き掛けられた原動車13及び該原動車13を駆動する電動機25を有し(乙13・3欄59行ないし4欄12行),一点鎖線で示す中心線dが原動車13及び電動機25を通って,電動機25の回転軸から原動車13の回転軸へ駆動力を伝達させる両回転軸の軸心を同心にして,原動車13と電動機25を対向させている。

そして,原動車13は,エレベータ昇降路3の平断面において,その回転軸に対して垂直な方向の外形寸法が,電動機25の同方向の外形寸法より小さい。

また,駆動装置11は,エレベータ昇降路3内のコンクリート支持台9上に配置され(2欄60行ないし3欄2行),かつ,コンクリート支持台9はエレベータ昇降路3内に突き出した階層フロア10と同じ高さのフロア延長部であるところ(2欄53行ないし59行),駆動装置11は,必要に応じて任意の階層に設置することができ(3欄19行ないし28行)るのであり,駆動装置11を最下層階の階層フロアのコンクリート支持台9上に置くときは,駆動装置11の下端は,エレベータケージ1の最下層階停止時において,最下層階の階層フロアと同じ高さにあるエレベータケージ1の床面より上方に位置し,また,エレベータケージ1の天井より下方に位置する。

駆動装置11は,別紙参考図2から明らかなように,電動機25がエレベータ1の側方に位置するエレベータ昇降路3の壁面3aに対向し,原動車13がエレベータケージ1側に対向している。

駆動装置11の原動車13は,別紙参考図2から明らかなように,カウンターウェイト6の吊り車24よりも,近接するエレベータ昇降路3の壁面3a側に位置している。

b) 案内車5について

引用発明2-2の案内車5は,別紙参考図2から明らかなように,エレベータ昇降路3の平断面において,エレベータケージ1の案内車5aに至るロープ4がエレベータケージ1と駆動装置11との間を通るように,駆動装置11の原動車13からエレベータケージ1と駆動装置11との間へ向けて駆動装置11の一部と重なるよう配置されている。

c) 返し車23について

引用発明2-2において,牽引ロープ4は,駆動装置11の原動車13に巻き掛けられ,その一端側は昇降路上方の案内車5に巻き掛けられ,そこからエレベータケージ1の下部に設けた案内車5a,5aを介して昇降路上方で固定され,その他端側は同様に昇降路上方の返し車23に巻き掛けられ,そこからカウンタウェイト6上の吊り車24を介して昇降路上方に固定されることになることから,引用発明2-2の返し車23は,駆動装置11の原動車13からカウンターウェイト6の吊り車24に至る牽引ロープ4が巻き掛けられて牽引ロープ4の方向を転換するように,エレベータ昇降路3内に配置されている。

同返し車23の回転面は,別紙参考図2から明らかなように,エレベータ昇降路3の平断面において,近接するエレベータ昇降路3の壁面3aに対して,牽引ロープ4がカウンターウェイト6の吊り車24へ至る側と駆動装置11の原動車13から巻き掛けられる側とは同じ距離にある。

イ 相違点1について

a) 本件訂正第2発明は,ピットという低所に設置された巻上機の冠水を防止するとの課題を解決するために,巻上機の下端が「昇降路の最下階停止時のかご床面より上方でかつかご天井より下方に位置する」との構成を採用したものである。そして,巻上機の設置位置について,引用例2-2は,任意の階層に設置することができ,最下層階の階層フロアのコンクリート支持台9上に置くときは,駆動装置11の下端は,エレベータケージ1の最下層階停止時において,最下層階の階層フロアと同じ高さにあるエレベータケージ1の床面より上方に位置し,また,エレベータケージ1の天井より下方に位置することを開示している。また,エレベータのピット内機器の浸水被害防止のために,ピット内機器のうちガバナプーリ6及びリミットスイッチ10,11を乗りかごが最下階に停止した状態における乗りかごの上下端間の範囲内で最下階乗り場の床面より少し高い位置に配置するとの技術(乙36・特開平8-81154号公報),及び,雨水等がかご停止最下階へ溢れ出すような事態に備えて,エレベータ用空調設備の少なくとも漏電遮断器を,乗りかごが停止する最下階の床面よりも上方でかつかご天井より下方に設置するとの技術(乙37・特開平8-277081号公報)が既に知られていることからすれば,冠水による電動部品ないし電子機器の被害を防止するために,それらの部品を最下階の床面より上方でかつかご天井より下方に設置することは,既に周知の技術であったということができる。

したがって,巻上機の冠水防止という課題を解決するために,引用発明2-1に引用発明2-2及び上記周知技術を組み合わせて,巻上機の設置位置を,昇降路のピットから,本件訂正第2発明の構成要件2H′のγの「該巻上機(4)の下端は前記昇降路(8)の最下階停止時のかご床面より上方でかつかご天井より下方」とすることは,当業者が容易になし得ることというべきである。

b) 原告は,引用発明2-1におけるトラクションマシン1は昇降路床面に置くものであるから,その設置位置を変更することは容易に想到できないと主張する。

しかし,引用例2-1には,「…昇降路床面に固定することにより,トラクションマシン1が安定して確実に動作するようにしている。」(乙20【0014】)との記載やトラクションマシン1がピットに固定された図(乙20【図4】)があるものの,トラクションマシン1が安定して確実に動作するのはその固定方法次第であるから,引用発明2-1がピットに固定するものに限定されると解する必要はない。したがって,引用発明2-1のトラクションマシン1の固定位置を変更することに阻害要因はないものというべきであり,前記のとおり,引用発明2-2及び上記周知技術を組み合わせることによって,相違点1は容易に想到できるというべきである。

ウ 相違点2,3の容易想到性について

a) 昇降路内の不使用空間の発生を極力抑えることは,エレベータ装置における一般的な課題である(乙20【0032】ないし【0034】,乙14【0002】「【従来の技術】エレベータの開発における目的の1つは建物の空間の効率的かつ経済的利用にあった。従来のトラクションシーブエレベータにおいては,エレベータの駆動機械装置を収容するために設計される機械室もしくは他の空間は,建物のエレベータに要する空間のかなりの部分をとっている。」との記載参照)。したがって,引用発明2-1と,エレベータ装置に関する発明である引用発明2-2とは,共通の一般的な課題を有するものである。さらに,引用発明2-1は,平断面での幅方向あるいは奥行き方向の不使用空間を縮減して昇降路全体を小さくすることを課題とするところ(乙20【0032】ないし【0034】),引用発明2-2も,平断面の幅方向において案内車5と駆動装置11を重ねて配置する構成に照らせば,平断面の幅方向における不使用空間の縮減をも課題とするものである。

また,乙26ないし32によれば,乗かごに下部プーリを設けたエレベータにおいて,乗かごに対するロープの取付位置すなわち下部プーリの取付位置は,引用例2-1の図8の態様に限られるものではなく,様々な取付位置がある周知慣用な技術であること,そして,寸法A(乗かご28の乗降口28a側からかごガイドレール33A,Bの中心線Cまでの距離)と寸法B(乗かご28の乗降口28a側から下部プーリを吊るロープの中心位置までの距離)との比(B/A)が0.35~0.62の範囲内の数値になるような下部プーリの取付位置であれば,第1の返し車の回転面の傾斜方向は,引用発明2-2のものもこれに含まれるのであり,かかる構成は周知慣用のものであることが認められるから,引用発明2-1の構成に代えて,下部プーリの取付位置の中からいずれかの構成を採用することは,当業者が適宜採用し得る設計的事項であるというべきである(別紙参考図3参照)。

したがって,エレベータ装置の各部品の形状や寸法に応じて,ロープの取付位置すなわち下部プーリの取付位置を適宜設計すること,その結果,引用発明2-1における第1の返し車の回転面の近接する昇降路の壁面に対する角度について,引用発明2-2における態様の角度を採用して,その向きを変更することは,当業者であれば容易に想到できるものである。すなわち,引用発明2-1に,ロープの取付位置すなわち下部プーリの取付位置についての上記周知慣用な技術事項を適用すれば,ロープ及び下部プーリの取付位置に応じて必然的に第1の返し車の傾斜方向も変化し,本件訂正第2発明と同様の構成(構成要件2I′のη)に至るのである。よって,相違点3は,当業者が容易に想到できる設計的事項にすぎない。

b) 次に,相違点2は,第1の返し車が,平断面においてかごの吊り車に至るロープがかごと前記巻上機との間を通るように配置されているか(本件訂正第2発明),かごと巻上機との間から外れた部分を通るように配置されているか(引用発明2-1)の違いである。

上記のようにして下部プーリの取付位置についての上記周知慣用な技術事項を適用することによって相違点3を解消した場合,引用発明2-1の頂部プーリ27Aが,平断面において乗かご28の下部プーリ29Aに至るロープ26が乗かご28とトラクションマシン1との間を通るように配置される構成に変わることになるから,相違点2も必然的に解消されるものである。

したがって,相違点2も当業者が容易に想到できるものである。

c) 原告は,引用発明2-2は,昇降路内にコンクリート台を設置して巻上機を設置するものであるから,コンクリート台上の空間が不使用空間となるのであって,昇降路平断面を小さくするという目的での動機付けの点からすれば,引用発明2-1に組み合わせるものとしては,引用発明2-2は積極的に排除すべきものであると主張する。

しかし,乗りかごに対するロープの取付位置すなわち下部プーリの取付位置についての上記周知慣用な技術事項に基づいて,設計を適宜変更することによって,相違点3,さらには同2を容易に想到できることは,既に述べたとおりである。また,昇降路内の不使用空間の発生防止ということは,エレベータ装置に共通する一般的課題である(乙14【0002】参照)。そして,引用発明2-2の従来技術は,屋上等に機械室を設ける必要のあるエレベータ装置なのであって,かかる従来技術との対比からすれば,引用発明2-2においても,機械室の設置を不要にした点で高さ方向の不使用空間の発生を防止しているものであり,昇降路内についても,案内車5と駆動装置11を重ねて配置するなどの不使用空間の発生を防止しようとの設計がなされているのであるから,引用発明2-1と引用発明2-2との間には課題の共通性が認められ,その組合せを阻害する要因があるということもできない。

(4)  相違点4の容易想到性について

ア 引用例2-4(乙29・特開平11-301950号公報)には,次の記載がある。

a) 「【0001】液体圧シリンダへ供給,あるいは液体圧シリンダから排出する作動流体の流量を制御し,乗りかごの速度を制御する方式の流体圧エレベーターの構造に関する。

【0004】本発明は,つり合おもりを設けても,このような不具合を防ぎ,乗かご平面および昇降路平面のサイズをつり合おもりのない場合と同等にできる流体圧エレベーターの構造を提供することにある。」

「【0014】つり合おもり用ロープ8をつる固定プーリ9を昇降路平面の軸線Xに対して傾けて配置している。図2では,つり合おもり10を設けない流体圧エレベーターの乗かごおよび昇降路平面のサイズを示している。したがって,昇降路平面のサイズを広げることなく昇降路内に乗かご1,ガイドレール201,205,208,流体圧シリンダ4,つり合おもり10等の機器を配置できることを示している。」

b) 実施例を記載した図2及び図4において,昇降路の壁面に対し,固定プーリ9とつり合おもり10とが配置され,固定プーリ9は,その回転面が昇降路平面の軸線XあるいはYに対し,傾けて配置される構成が開示されている。

イ 相違点4の容易想到性について

a) 前記のとおり,引用例2-4には,相違点4のうちの本件訂正第2発明の構成要件2K′の「第2の返し車の回転面」が「昇降路の壁面」に対し「傾斜」している構成が開示されている。そして,引用発明2-1と引用発明2-4を組み合わせて,相違点4のうちの本件訂正第2発明の構成要件2K′の「第2の返し車の回転面」が「昇降路の壁面」に対し「ロープがカウンターウェイトの吊り車へ至る側が巻上機の綱車から巻き掛けられる側よりかごに近づく方向に」「傾斜」させる構成を採用すれば,当然,「巻上機の綱車」が「カウンターウェイトの吊り車」よりも,近接する昇降路の壁面側に位置することになるから,相違点4は容易に想到できるものである。また,そもそも,引用発明2-1において,トラクションマシン1が,昇降路の壁面に平行にかつカウンターウエイト31と前記昇降路の壁面に沿って並んで配置されるとしても,トラクションマシン1とカウンタウエイト31の具体的な配置は,その大きさと現場の状況を考慮して設計上適宜定めるものであって,単なる設計事項にすぎないのであるから,引用例2-1において,その回転面が昇降壁と平行な頂部プーリー27Bが,トラクションマシン1のシ-ブ5の位置とカウンターウエイトのプーリ32との具体的な配置によっては,両者をロープで連絡しているとの構造からして,その回転面が昇降面と平行となることも,昇降面と傾斜するような構成となることも,いずれもあり得るのである。したがって,引用発明2-1における頂部プーリ27B(本件訂正第2発明の「第2の返し車」)の回転面が昇降路の壁面に対し「平行」となるか,「傾斜」するかは,トラクションマシン1とカウンターウエイト31の具体的な配置に伴う,単なる設計的事項にすぎないというべきである。

b) 原告は,引用発明2-4が流体圧エレベータを対象としているものであること,引用発明2-4には,引用発明2-1のトラクションマシン1のシーブ5に相当するものが存在しないことを指摘して,容易想到性を否定する。

しかし,乙2の2,39ないし41によれば,ロープ式エレベータと油圧式エレベータ(流体圧エレベータはこれに含まれる。)はともにエレベータの代表的な方式であって,一般顧客用パンフレット類においても並べて掲載されていることが認められる。そして,巻上機及びカウンターウェイトを第2の返し車によって懸架する点においては,両方式の間に差異が存するものではない。そして,引用発明2-4は,「昇降路のサイズをつり合おもりのない場合と同等にすること」を目的としたものであり,昇降路の平断面を小さくするという課題について引用発明2-1と共通するものであるから,当業者において,昇降路内の不使用空間の発生を極力押さえるという周知の課題を解決するために,引用発明2-1と引用発明2-4を組み合わせることは容易に想到し得ることというべきであって,原告の主張は採用できない。

ウ 引用発明2-1に引用発明2-2及び2-4を組み合わせることは困難であるとの原告の反論について

a) 原告は,「引用発明2-1ないし2-4は,その発明の課題及び目的が相違するとともに,タイプが異なるエレベータ装置を対象としているのであるから,これらを組み合わせることは困難である。さらに,本件訂正第2発明と4つの相違点がある引用発明2-1を基礎として,それぞれの相違点に対して,引用発明2-2及び2-4等の記載事項から都合良く特定の技術事項を抽出して本件訂正第2発明のように構成することは,当業者が容易に想到し得ることではない。」と主張する。

しかし,既に述べたとおり,引用発明2-1と本件訂正第2発明との各相違点は,相違点1については,引用発明2-2及び巻上機の冠水防止のための周知技術により解消するものにすぎず,相違点2及び3については,乗りかごに対するロープ及び下部プーリの取付位置のうち,周知慣用の構成のものからある構成を選択した結果生じる差異にすぎず,相違点4についても,昇降路の壁面に並んで配置される巻上機の綱車とカウンターウエイトの吊り車の具体的な配置により生じる設計的事項により生じる差異にすぎないものである。したがって,これらの相違点のいずれも,引用発明2-1に単なる設計的な変更を加えたものか,巻き上げ機の冠水防止のための公知技術を組み合わせたものにすぎず,当業者がこれらの構成に想到することが困難であるということはできない。また,エレベータにおける不使用空間の縮減,すなわち,高さ方向,奥行き方向,幅方向における不使用空間の縮減は一般的な課題であって,引用発明2-1,2-2及び2-4に共通するものであるから,この点からも,これらの発明の組合せについてこれを阻害する要因もないということができる。

そして,本件訂正第2発明については,引用発明2-1に上記各公知技術を組み合わせることによって想到し得る構成から,通常予測し得えない異質なあるいは顕著に優れた作用効果を奏するものと認めるに足りる証拠もない。

エ 以上によれば,本件訂正第2発明は,特許法29条2項違反の事由があるものと認められ,原告の訂正審判請求は,特許法126条5項に反するものと認められるから,原告の求める訂正によって本件第2発明の無効理由は解消されない。

(5)  小括

以上のとおり,本件第2特許には特許法29条2項違反の無効理由が存在し,無効審判により無効にされるべきものと認められるのであるから,特許権者である原告は,その権利を行使することができないというべきである(特許法104条の3第1項)。

5  結論

よって,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないのでこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 設樂隆一 裁判官 古河謙一 裁判官 吉川泉)

別紙物件目録(1)

第1-1図に図示されているがごとく,下部梁構造,上部梁構造,かご用ガイドレール,カウンターウェイト用ガイドレールを有する構造体に,乗降口及び吊り車を有するエレベータかご,吊り車を有するカウンターウェイト,カウンターウェイト側返し車,かご側返し車及び巻上機を配置してワイヤロープを巻き掛けて,構成の説明に記載されているように構成されたエレベータ装置

構成の説明

1 一端を上部に固定されたワイヤロープは,エレベータかごの下に設けられた吊り車を通って上方に向かい,かご側返し車で折り返され,巻上機を経て再び上方に向かい,カウンターウェイト側返し車でさらに折り返されて,カウンターウェイトに設けられた吊り車を通って他端を上部に固定されている。

2 全体の構成を平面図で見ると第1-2図のようになっており,かご側返し車は,乗降口から見て左方側面の壁面に対して傾斜している。

3 巻上機は,巻上機支持構造に固定され,巻上機支持構造は下部梁構造に固定されている。

4 下部梁構造にはカウンターウェイト用ガイドレール及びかご用ガイドレールが結合され,カウンターウェイト用ガイドレール(2本のうち1本)及びかご用ガイドレール(2本のうち1本)は上部において上部梁構造(第1-1図においてピンク色に塗られたもの)と結合している。

5 上部梁構造(第1-1図においてピンク色に塗られたもの)には,かご側返し車が回転自在に取り付けられ,また,上部梁構造(第1-1図においてピンク色に塗られたもの)と結合しているかご用ガイドレール及び該上部梁構造と結合していないカウンターウェイト用ガイドレールの両者には,カウンターウェイト側返し車が,回転自在に取り付けられている。

第1-1図

file_2.jpgpant BILE 24 HOMER ROVE =th Rate eee AOvE— G24 read Skierイ号物件参考図1

file_3.jpg1 — 1 BE fray e—o=F Lee fagys—o24F| beaRL— I ERATEL—H] ee) eraaeae)イ号物件参考図2

file_4.jpg31-16 180° BRIA第1-2図

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別紙物件目録(2)

第2-1図に図示されているがごとく,下部梁構造,上部梁構造,かご用ガイドレール,カウンターウェイト用ガイドレールを有する構造体に,乗降口及び吊り車を有するエレベータかご,吊り車を有するカウンターウェイト,カウンターウェイト側返し車,かご側返し車及び巻上機を配置してワイヤロープを巻き掛けて,構成の説明に記載されているように構成されたエレベータ装置

構成の説明

1 一端を上部に固定されたワイヤロープは,エレベータかごの下に設けられた吊り車を通って上方に向かい,かご側返し車で折り返され,巻上機を経て再び上方に向かい,カウンターウェイト側返し車でさらに折り返されて,カウンターウェイトに設けられた吊り車を通って他端を上部に固定されている。

2 全体の構成を平面図で見ると第2-2図のようになっており,かご側返し車は,乗降口から見て左方側面の壁面に対して傾斜している。

3 巻上機は,巻上機支持構造に固定され,巻上機支持構造は下部梁構造に固定されている。

4 下部梁構造にはカウンターウェイト用ガイドレール及びかご用ガイドレールが結合され,カウンターウェイト用ガイドレール(2本)及びかご用ガイドレール(2本のうち1本)は上部において上部梁構造(第2-1図においてピンク色に塗られたもの)と結合している。

5 上部梁構造(第2-1図においてピンク色に塗られたもの)には,カウンターウェイト側返し車が回転自在に取り付けられ,また,いずれも上部梁構造(第2-1図においてピンク色に塗られたもの)と結合している上記かご用ガイドレール(2本のうちの1本)及びカウンターウェイト用ガイドレール(2本のうち1本)にはかご側返し車が,それぞれ回転自在に取り付けられている。

第2-1図

file_6.jpg2-1 Beve—ped bo Le ‘Fae em Cemaed BERET Ke whe SERIEロ号物件参考図1

file_7.jpgfrovs—9=4h [PELロ号物件参考図2

file_8.jpg2-16) 180° BRC paso FR viteL— I Hays F240]第2-1図

file_9.jpg2-208 nyyamted Bead FL aut DOGG ad HAUTE | EMA Rene

別紙物件目録(3)

第3-1図に図示されているがごとく,下部梁構造,上部梁構造,かご用ガイドレール,カウンターウェイト用ガイドレールを有する構造体に,乗降口及び吊り車を有するエレベータかご,吊り車を有するカウンターウェイト,カウンターウェイト側返し車,かご側返し車及び巻上機を配置してワイヤロープを巻き掛けて,構成の説明に記載されているように構成されたエレベータ装置

構成の説明

1 一端を上部に固定されたワイヤロープは,エレベータかごの下に設けられた吊り車を通って上方に向かい,かご側返し車で折り返され,巻上機を経て再び上方に向かい,カウンターウェイト側返し車でさらに折り返されて,カウンターウェイトに設けられた吊り車を通って他端を上部に固定されている。

2 巻上機は,巻上機支持構造に固定され,巻上機支持構造は下部梁構造に固定されている。

3 下部梁構造にはカウンターウェイト用ガイドレール及びかご用ガイドレールが結合され,カウンターウェイト用ガイドレール(2本)及びかご用ガイドレール(2本のうちの1本)は上部において上部梁構造(第3-1図においてピンク色に塗られたもの)と結合している。

6 上部梁構造(第3-1図においてピンク色に塗られたもの)には,かご側返し車及びカウンターウェイト側返し車が回転自在に取り付けられている。

第3-1図

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file_11.jpgmere] Fam aoye—7=4 baaee— aハ号物件参考図2

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