東京地方裁判所 平成17年(ワ)13540号 判決 2006年6月09日
原告
株式会社 加藤ビルデイング
代表者代表取締役
加藤春子
訴訟代理人弁護士
松原実
被告
株式会社紅花
代表者代表取締役
青木四郎
訴訟代理人弁護士
渡辺昇一
主文
一 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物及びその周辺道路上に設置された別紙看板等目録一ないし三記載の袖看板、置き看板、店舗ビラ(メニュー板)をそれぞれ撤去せよ。
二 被告は、別紙物件目録記載の建物の南側サブエントランス入口道路側に原告が設置した原告店舗用看板のほかには、同目録記載の建物及びその周辺道路上に店舗看板、店舗ビラ及び店舗置き看板等を設置し、使用してはならない。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文と同旨
第二事案の概要
本件は、原告が、被告に対し、別紙物件目録記載の建物の地下一階内店舗についてした賃貸借契約等に基づき、被告が同建物の共用部分等に設置した看板等の撤去及び被告による看板等設置の禁止を求める事件である。
一 前提事実(争いのない事実)
(1) 原告は、別紙物件目録記載の建物(以下「本件ビル」という。)を所有する会社である。
原告と被告は、平成六年一二月二一日、本件ビル地下一階内店舗(以下「本件店舗」という。)について賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し、これを引き渡した。
被告は、本件店舗において、平成六年一二月から飲食店「ほっとい亭」を、平成一六年九月二一日から飲食店「モンタルチーノ」を営業している。
(2) 被告は、平成一六年九月二六日、別紙看板等目録一記載の袖看板(以下「本件袖看板」という。)を設置した。また、被告は、本件ビルの東南角の公道上に別紙看板等目録二記載の置き看板(以下「本件置き看板」という。)を設置し、その後、本件ビルの南側サブエントランス横柱及び同東南角柱に別紙看板等目録三記載の店舗ビラ(メニュー板)(以下「本件メニュー板」といい、本件袖看板、本件置き看板、本件メニュー板を合わせて「本件看板等」という。)を張り出した。
本件袖看板及び本件メニュー板が設置された場所は、いずれも本件ビルの共用部分であり、被告が賃借している部分ではない。
(3) 本件袖看板は、縦八〇センチメートル、横五〇センチメートル、奥行き二五センチメートルの大きさである。本件置き看板は、高さ一六〇センチメートル、横七五センチメートル、奥行き五七センチメートルの大きさである。
二 当事者の主張
(原告の主張)
(1) 本件看板等の撤去請求
ア 本件賃貸借契約第九条に基づく請求
(ア) 本件賃貸借契約第九条(広告装飾等)には、「乙(被告)は他の入居者の営業に支障を及ぼすような宣伝・広告・装飾および陳列をしてはならない。甲(原告)において乙が前項の規定に違背すると認めるときは直ちにこれを中止、変更又は撤去させることができる」と定められている。
(イ) 被告は、原告に無断で本件ビルの電源口から電源コードを引いて本件置き看板を設置、使用している。被告による本件置き看板の設置は道路法に違反している上、原告は、東京都中央区役所から、被告に対して本件置き看板の撤去を指導するよう協力依頼を受けている。
また、被告は、本件ビルの共用部分に本件袖看板や本件各ビラを設置しているところ、本件袖看板はビルの構造上落下する危険性があるし、原告は、本件ビルの他の店舗やテナントから、苦情を受けている。
(ウ) 以上からすれば、被告による本件看板等の設置は、本件賃貸借契約第九条記載の「他の入居者の営業に支障を及ぼすような宣伝・広告・装飾および陳列」にあたるというべきである。
イ 本件賃貸借契約第二四条に基づく請求
(ア) 本件賃貸借契約第二四条(使用規則遵守義務)には「乙は甲の規定する加藤ビルディング使用規則を遵守するものとする」と規定され、加藤ビルディング館内規則(以下「本件ビル館内規則」という。)の第一五項(看板・広告)には、「建物および敷地内では管理会社が設置、または許可、指定したもの以外の店舗名、社名案内板、掲示板、その他各種広告類の掲示は一切できません」と定められている。
(イ) 本件賃貸借契約第二四条(使用規則遵守義務)に規定される「加藤ビルディング使用規則」とは、本件ビル館内規則を指すところ、原告担当者加畑六治(以下「加畑」という。)は、本件賃貸借契約を締結した平成六年一二月二一日、当時の被告代表者小野寺立一に対して本件ビル館内規則を記載した書面を交付した。
(ウ) 被告は、本件看板等の設置に関して、本件ビル館内規則第一五項記載の原告の「許可、指定」をとっていない。
(2) 合意に基づく本件置き看板の撤去請求
被告は、平成一六年九月二二日、原告に対し、看板設置お願い書(甲四)を持参し、当時原告が本件ビル南側サブエントランス入り口付近に設置する予定であった新しい袖看板を設置するまでの間、被告が本件置き看板を仮に設置し、新しい袖看板の設置後は、被告が本件置き看板を撤去することを申し入れ、原告はこれを承諾した(以下「本件合意」という。)。
原告は、本件合意で予定されていた新しい袖看板として、本件ビル南側サブエントランス入口付近に内照式吊り下げ看板・内照式メニューボード(以下「原告新看板」という。甲三の一及び二)を設置した。
(3) 看板等設置の禁止を求める不作為請求
本件賃貸借契約第九条、及び第二四条に引用する本件ビル館内規則第一五項記載のとおり、被告は「他の入居者の営業に支障を及ぼすような」看板等を設置してはならないし、原告の「許可、指定」なく、看板等を設置してはならない。にもかかわらず、被告は、本件看板等を設置し、また、原告からの撤去要求を拒否して、本件看板等を撤去しない。
よって、原告は、被告に対し、本件賃貸借契約第九条及び第二四条に基づき、看板等設置の禁止を求める。
(被告の主張)
(1) 本件看板等の撤去請求について
ア 本件賃貸借契約第九条に基づく請求について
本件看板等は、「他の入居者の営業に支障を及ぼすような」看板等ではない。
被告は、本件置き看板に電気を引いているが、原告に対して毎月電気代を支払っているし、本件置き看板も常時設置しているわけではない。
また、本件袖看板には落下の危険性はないし、本件メニュー板は、モンタルチーノのランチメニューを記載したものであり、平日の午前一一時から午後三時までの時間に限定して貼っている。
以上からすれば、本件看板等の設置は、被告の賃借人としての利用の範囲内であり、他の入居者の営業に支障を及ぼすものではない。
イ 本件賃貸借契約第二四条に基づく請求について
被告は、原告から、本件ビル館内規則を交付されたことはないから、同規則第一五項には拘束されず、原告の「許可、指定」の有無は問題にならない。
(2) 本件合意に基づく本件置き看板の撤去請求について
被告が、原告に対し、看板設置お願い書を送付したことは認める。
しかし、本件合意における原告が設置すべき新しい袖看板とは、本件ビルの外部から出て人目に付き、かつ、お客様に見えるような形になっているものであるのに、原告新看板はこのようなものとはいえない。
したがって、未だ、本件合意に基づく看板撤去義務は発生していない。
(3) 本件袖看板設置の合意
原告担当者の柳沢秀利(以下「柳沢」という。)と被告代表者は、平成一六年一月二〇日ころ、原告が本件ビル南側サブエントランスの上に、本件ビルの外壁から出た形の人の目に止まるような看板を付ける旨合意をしたにもかかわらず、依然として袖看板を設置しないことから、被告は、平成一六年八月ころ、原告担当者の宮下哲史(以下「宮下」という。)から承諾を得て、自ら本件袖看板を設置した。また、被告は、本件メニュー板の設置についても、原告から承諾を受けている。
(4) 権利濫用
本件袖看板は華美ではなく小さなものであり、また、本件置き看板も大きくなく、移動可能なものであること、中央区役所の本件置き看板撤去の協力依頼は、原告の求めに応じて中央区役所が発出したものであること、本件ビル一階の店舗経営者が公道上にワゴンやのぼりを置いて商売をしているのに対しては、原告は苦情を述べていないことからすれば、原告の各請求は、いやがらせであって、権利の濫用といわざるをえない。
第三当裁判所の判断
一 前記前提事実に加え、《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
(1) 被告は、昭和二七年ころから、本件ビル所在地に従前あったビル及び本件ビルを継続的に賃借している。
原告は、平成六年一二月二一日、被告との間で、本件賃貸借契約を締結した。
本件賃貸借契約第九条には「乙(被告)は他の入居者の営業に支障を及ぼすような宣伝・広告・装飾および陳列をしてはならない。甲(原告)において乙が前項の規定に違背すると認めるときは直ちにこれを中止、変更又は撤去させることができる」と定められている。
原告は、平成六年ころ、別紙図面一の「新設内照式吊下げ看板」と記載のある場所に吊下げ看板(以下「旧吊り看板」という。甲一〇)を設置した。
被告は、旧吊り看板を使用するとともに、平成一四年から、原告に無断で旧吊り看板の横に置き看板(以下「旧置き看板」という。甲一〇)を設置し、使用していた。
(2) 被告は、平成一五年ころ、原告に対し、同年末までに本件ビルから撤退する意向を示したところ、原告は、これを引き止め、被告との間で、一年間賃料を三一%減額する旨の合意がされた。
(3) 被告は、平成一六年以降、本件ビルから完全に撤退することを検討したが、原告から、被告を含む本件ビル地下一階の三店舗の経営者に対し、集客力を高め広告効果を上げるように、旧吊り看板を撤去して、三店舗について新たな看板を新設する予定である旨を告げられたため、平成一六年一月下旬、本件店舗を引き続き賃借し、店舗の形態を変更して「モンタルチーノ」を開店することを決定し、被告代表者青木から柳沢に対し、その旨告げた。
(4) 柳沢と宮下は、平成一六年八月八日及び同月一四日、旧吊り看板の撤去及び新看板の設置について協議した。宮下は、同年九月七日、被告に対し、新看板設置費用の見積りを取っている最中である旨伝え、同月一五日にも、同見積中である旨伝えた。柳沢は、このころ、被告に対し、本件袖看板の設計図を示した。
被告は、九月一七日、原告に対し、文書(甲六)で、原告はモンタルチーノ開店前までに新看板を設置すべきであるのにこれを設置しないため、被告において同月一八日に新しい看板を設置する旨の通知をした。
被告は、九月二一日、モンタルチーノを開店し、同月二二日、原告に対し、看板設置お願い書と題する書面(甲四)をもって、原告が新看板を設置するまでの間、被告において本件袖看板を設置すること、原告が新看板を設置した後に本件袖看板を撤去することを申し入れるとともに、他の店舗が設置している置き看板の撤去を求めた。
これに対し、宮下は、同じく九月二二日付けで、被告に対し、日本橋看板設置お願い書についてと題する書面(甲一一)で、被告が新看板を設置することは了解できないが、原告が新看板を設置するまでの間は暫定的に旧置き看板をそのまま使用しても良い旨の通知をした。
これに対し、被告は、九月二六日、原告に対し、ご連絡書と題する内容証明郵便(甲七)で、原告において看板を早期に設置するよう求めた。そして、被告は、同日、原告の了解が得られていないのに、本件袖看板を設置した。
(5) 原告は、平成一六年一一月一一日、被告訴訟代理人に対し、置き看板撤去の催告書と題する内容証明郵便(甲八の一)で、被告は本件袖看板の設置を強行した上、さらに本件ビルから電源を取って本件置き看板も追加設置するに至ったとして、本件置き看板の撤去を求めた。
原告は、平成一六年一二月二六日、原告新看板を設置した。
(6) 中央区役所は、柳沢から本件置き看板を撤去する方法について相談を受け、平成一七年四月二六日付で、柳沢宛に道路不適正使用是正の協力についてと題する書面(甲五)を送付し、原告が被告に対し、本件置き看板を道路上に置かないよう指導することを求めた。
(7) 本件置き看板は、公道上に設置され、本件ビルから電気をとっているが、被告は、原告から、電源の使用について何らの許可を得ていない。被告は、原告に対し、毎月、一方的に電気使用量名目の金額を支払っている。
原告は、本件袖看板について、被告以外の本件ビル地下一階の賃借人から、なぜ被告だけ本件袖看板を設置しているのか、また、本件ビルにふさわしくないなどといった苦情を受けた。
なお、本件ビル一階の店舗経営者は、公道上にワゴンやのぼりを置いて商売をしているのにもかかわらず、原告は、これらに対して苦情を述べていない。
二 本件賃貸借契約第九条に基づく請求について
以上認定事実によれば、本件袖看板及び本件メニュー板は、原告に無断で共用部分に設置され、本件置き看板は、公道上に設置され、中央区からその設置自体について道路不適正使用として是正を求められ、本件ビルの電源を原告に無断で使用しているのである。しかも、本件看板等が設置されている場所は、被告が賃借している部分ではないのである。
ところで、多数の賃借人が入居するビルにおいて、個々の賃借人がビルの共用部分に任意に看板等を設置できるとすれば、ビルの所在、外観及び個々の賃借物件の形状等諸般の状況を考慮して当該賃貸借契約を締結した賃借人の営業にとって支障が生ずるし、実際、他の入居者から苦情を受けている上、被告自身も、他の賃借人の看板撤去を求めていたことからすれば、本件袖看板及び本件メニュー板は、「他の入居者の営業に支障を及ぼすような」ものであるということができる。
また、柳沢の相談を契機としてではあるものの、中央区役所が本件置き看板の道路不適正使用是正の協力依頼をしており、本件置き看板の設置が道路の不適正使用に該当することは明らかであること、また、本件ビルの電源を無断使用することで、本件ビル全体の電気系統に支障が出るおそれがあることからすれば、本件置き看板の設置も、「他の入居者の営業に支障を及ぼすような」ものであるということができる。
以上によれば、被告が主張する本件置き看板設置に係る電気代の支払の事実や本件看板等の設置時間等を考慮しても、本件看板等は「他の入居者の営業に支障を及ぼすような宣伝・広告・装飾および陳列」にあたるということができる。
三 本件袖看板設置の合意について
被告は、平成一六年一月ころ、原告が、被告に対し、本件ビル南側サブエントランスの上に、本件ビルの外壁から出た形の人の目に止まるような看板を付ける旨約束したにもかかわらず、看板を設置しないことから、平成一六年八月ころ、宮下から本件袖看板を設置してもよいとの承諾を受けた旨主張し、証人向田恵美子もこれに沿う証言をする。
しかしながら、同年九月一七日付けの被告作成の原告宛FAX文書(甲六)には、「加藤ビル様へ再三にわたり看板設置をお願いしたのですが、不可能との事でした。加藤ビル宮下様には何回もお話をしまして、結果、自費で旧店舗看板を利用して新店舗看板を九月一八日に設置する事をお話いたしましたので、ここにご連絡申し上げます。」との記載があり、同記載の内容からすれば、被告は、原告に対し、原告が新看板を設置しないから自ら看板を設置する旨を一方的に通知したというにすぎず、他に、宮下の承諾があったことを認めるに足りる証拠はない。
また、被告は、本件メニュー板を設置するに当たって、原告から承諾を受けた旨主張をするが、この点についても、これを認めるに足りる証拠はない。
四 権利濫用について
二項記載のとおり、本件看板等は、被告が賃借している部分ではなく、本件ビルの共用部分や公道部分に設置されていることから、本件賃貸借契約第九条記載の「他の入居者の営業に支障を及ぼすような」広告等に該当する。そして、被告の主張するような本件看板等の形状の大小や設置時間の長短などの事情は、仮に、被告主張のとおりであったとしても、それらをもって原告の請求を権利の濫用と評価するには足りない。また、平成一六年一月ころに原告から被告に対して、集客力を高め広告効果を上げるような看板を新たに設置する旨告知していたことを考慮しても、同告知は、原告設置にかかる新看板に不満がある場合又は原告が新看板を設置しない場合に、被告において自力救済的に看板を設置することを許容する趣旨ではないし、既に原告において原告新看板を設置していることからすれば、原告の請求は未だ権利の濫用と評価するには足りないというべきである。また、原告が本件ビルの一階経営者のワゴン等に対しては、これを知りながらあえて苦情を述べず、被告に対してだけいやがらせとして本訴請求をしているというようなことを認めるに足りる証拠はない。
よって、被告の権利濫用の主張は失当である。
五 不作為請求について
被告は、自己の賃借部分の範囲外である共用部分や公道上に看板を設置することを請求することができる賃貸借契約上の権利を有しているものではなく、そのような場所への看板等の設置は、本件賃貸借契約第九条「他の入居者の営業に支障を及ぼすような」広告等に該当するものである。したがって、原告の不作為請求は理由があるというべきである(なお、被告は、本件ビル館内規則の交付を受けていないから、これに拘束されないと主張するが、建物の共用部分等の自己の賃借部分の範囲外の部分については、所有者の承諾がなければ看板等を設置することができないことは当然であり、本件館内規則の交付の有無にかかわらず、被告は所有者の許可がなければ看板等を設置することができないものである。)。
六 以上によれば、本訴請求は理由があるから認容することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 瀧澤泉 裁判官 佐久間健吉 崇島誠二)
<以下省略>