東京地方裁判所 平成17年(ワ)15146号 判決 2006年6月27日
主文
1 被告は,原告に対し,497万2181円及びこれに対する平成17年8月4日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを3分し,その2を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,1579万2600円及びこれに対する平成17年8月4日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告から自宅兼アパートの建築工事を請け負い,同工事の請負契約を締結した原告が,その後被告から同請負契約を解除されたとして,約定又は民法641条に基づく損害賠償金1579万2600円及びこれに対する弁済期が経過した後である平成17年8月4日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金を請求する事案である。
1 争いのない事実等(括弧内に証拠等を掲記する事実以外は,当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
原告は,特定建設業を営む会社である。
(2) 本件請負契約の締結
原告と被告は,平成15年5月23日,原告を請負人,被告を注文者として,次のとおり4階建て鉄骨アパート兼住宅(以下「本件建物」という。)の建築請負工事(以下「本件工事」という。)の請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。
ア 工事現場 東京都中野区野方<番地略>
イ 工事代金 1億1428万6000円
ウ 着工予定日 平成15年7月1日
エ 建物引渡予定日 平成16年1月末日
オ 解除特約
被告は,被告の事由によって工事の中止を請求し,又は契約を解除することができる。ただし,この場合,被告は,原告の被る一切の損害を賠償しなくてはならず,かつ,既に支払った金員の返還を求めることができない。(甲第1号証)(以下「本件解除特約」という。)
(3) エアコン等の取り外し工事
被告は,平成15年5月,原告に対し,既存の建物からのエアコン取り外しを依頼し,原告はこれを受けてエアコン取り外し工事を行った。
(4) 解除の意思表示
被告は,同月28日,原告に対し,本件請負契約を解除する旨の意思表示をした。(以下「本件解除」という。)
2 争点及び当事者の主張
(1) 争点1(本件解除の性質)
ア 原告
(ア) 本件解除は,被告の事由による解除であり,理由のないものである。
(イ) 原告は,建設業法上の一般建設業許可を平成10年2月5日から平成15年2月4日までの有効期間で受けているところ,その更新の申請を出し忘れ,その後,同年2月中旬に申請を出した上で,同年3月4日に同許可を受けている。
建設業法上は,更新の申請があった場合,従前の許可有効期間までに更新の申請に対する処分がされないときは,従前の許可はなおその効力を有するものとされているから,被告の主張は理由がない。
(ウ) 一般建設業の下請金額についての施行令の規定は,あくまで下請保護のための規定であり,発注者である施主の保護のための規定ではない。
また,原告と被告は,本件請負契約締結に至るまで様々な打合せをしており,被告は原告が下請にある程度の金額を発注することは承知している。
イ 被告
(ア) 原告の主張は否認する。
(イ) 建設業者は,信義則上,請負契約に付随して,当然に建設業法に適合している義務がある。
原告は,一般建設業の更新許可申請を怠って東京都から同許可が抹消されているにもかかわらず,被告に対して営業活動を行い,本件工事を勧誘した。
また,建設業法では,建築工事を営む建設業者が発注者から工事を請け負い,その工事の全部又は一部を下請に出す場合は,下請代金の額が4500万円以上になる場合は,予め「特定建設業」の許可を取る必要があるところ(建設業法3条1項1号,同法施行令2条),本件請負契約の代金は1億1428万6000円であり,また,原告は,本件工事に関して,いわゆる丸投げをするしかできない会社であるから,特定建設業の許可が必要であるにもかかわらず,本件請負契約時点では同許可を取得していなかった。(なお,原告が,この許可を取得したのは,本件請負契約締結から2年経過した平成17年2月25日である。)
さらに,原告は,本件請負契約を履行する財産的基礎を有しておらず,仮に本件請負契約が続行されていたとしても,下請契約に関する債務不履行等のトラブルは必然で,被告発注の建物の完成はあり得なかった。
したがって,原告は,これら建設業法における許可を取得せずに本件請負契約を締結したのであって,被告はこの信義則上の債務不履行に基づき解除したものである。
(2) 争点2(錯誤無効の成否)
ア 被告
(ア) 被告は,本件請負契約締結当時,原告が一般建設業の許可しか受けたことがなく,またその許可も当時期限が切れていたにもかかわらず,原告が正規の許可を受けて適法に営業する建築業者であると信じていた。
また,被告は,原告が名刺に表示していた一般建設業許可の内容が,下請業者に請け負わすことができる工事費の総額が4500万円未満であり,同許可の専任技術者については原告代表者の実務経験により取得したもので,原告の財産状況は債務超過であったにもかかわらず,原告は,信用のおける会社であり,本件工事を請け負わせても問題がないものと信じていた。
(イ) 原告は,被告に対し,本件請負契約締結に際し,原告はこれまで本件工事と同様の工事を多数行ってきたなどと説明し,原告が信用できる業者である旨述べた。
イ 原告
争う。
(3) 争点(損害の有無及びその数額)
ア 原告
被告が本件請負契約を解除したことにより発生した損害は,以下のとおりである。
(ア) 地質調査代 19万4250円
(イ) 積算代 15万0000円
(ウ) 設計代 441万0000円
(エ) 木材代 3万8850円
(オ) エアコン取り外し代 15万5400円
(カ) 構造計算代 52万5000円
(キ) 原告諸経費(人件費) 31万9100円
(ク) 得べかりし利益 1000万0000円
本件請負代金は,1億1428万6000円であるところ,このうち少なくとも1割は原告の得べかりし利益であると考えられるから,本件請負契約の解除により,得べかりし利益として生じた原告の損害は1000方円となる。
イ 被告
(ア) いずれも争う。
(イ) 原告請求の設計料については,本件請負契約書添付の図面には,確認申請に必要な書類が添付されておらず,また,同図面は標準図面が多く実施設計は未完成である。
第3 当裁判所の判断
1 前提事実
証拠(<証拠等略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 原告は,東京都から,平成10年2月5日から平成15年2月4日までの有効期間で一般建設業許可を受けていたところ,その更新の申請を出し忘れ,その後,同年2月13日に申請を出した上で,同年3月4日に一般建設業の許可を受けている。
(2) 被告は,平成14年末から平成15年1月初めころ,原告が作成したアパートの完成見学会の広告チラシを見たことから原告に電話をし,原告に対し,建築を行った建物を見せてほしい旨依頼をした。
そのため,原告は,同社が受注し建築工事を行った建物を案内し,勧誘を行ったところ,被告は原告に自宅兼アパートの建築を依頼する意向を示したことから,原告は,被告の希望を聴取した上,平面図面を作成して持参する約束をした。
(3) その後,原告と被告は本件建物の設計について,何度かやりとりをした上,原告は,平成15年3月5日には被告の希望に基づいた図面及び見積りを作成して被告宅に持参した。また,その後も建築模型や見積り,建築図面等を持参して打合せを行った。
(4) 被告は,同年4月ころ,原告に対し本件建物の建築工事を依頼する旨の話をし,原告は,本件建物の敷地について地質調査が必要である旨説明をした。
同月24日から,原告が依頼した大進開発工業株式会社が地質調査を行った。
(5) 同年5月19日,原告は被告に本件建物の建築図面一式を持参し,最終確認を行い了解を得たので,原告と被告は同月23日に正式に本件請負契約を締結することを決め,同日,本件請負契約を締結した。
被告は,知人からの紹介で赤濵工務店の代表者(以下「赤濵氏」という。)に本件請負契約について相談をしていたところ,同人から本件工事に関して顧問になる旨約束があり,赤濵氏も本件請負契約締結時には立ち会っていた。
ところが,同契約締結後,赤濵氏から,被告に対し,原告には下請の鉄骨業者がまだ決まっていないこと,図面と見積書の寸法も異なったり,広告に記載されている場所に原告の登記がされていないこと,インターネット等で調査しても原告の会社名がないことなどから,責任が持てないとして顧問を降りる旨の話があった。そのため,被告は不安になり,行政書士である小杉謙二(以下「小杉」という。)に原告の建設業法上の許可取得の有無等について調査を依頼した。
その結果,原告から渡された名刺に記載されている一般建設業の許可番号は同年2月4日経過により期間が満了し,抹消されている旨が判明した。
(6) 同月27日,被告から原告に電話があり,原告が夕方被告宅に赴くと,被告と小杉から,原告に対し,建築業の許可がない旨の指摘があった。そのため,原告は,会社からファックスで許可の免許を送らせたところ,小杉から,さらに許可番号が違う旨の指摘があった。その後,原告と被告が話合いを行ったものの,被告から,本件工事に関して解除する意向が示され,その後,同人から原告に対し,ファックスで解除の通知書が送られた。
2 争点1(本件解除の性質)について
上記認定事実によると,原告は,被告から最初に工事現場の見学の依頼があった平成14年末から平成15年1月ころには一般建設業の許可を有しており,その後,更新手続を怠ったことから同許可が同年2月4日経過後に失効してしまったものの,直ちに申請手続を行い,同年3月4日には再び一般建設業の許可を受けた上で本件請負契約を締結していることが認められる。また,原告と被告との間で,原告が一般建設業又は特定建設業の許可を有していることや具体的な原告の財務状況について,本件請負契約における重要な要素とされていたことを認めるに足りる証拠はない。
そうすると,本件請負契約に関しては,建設業者たる原告が,請負契約を締結する際に,注文者たる被告との間で,付随義務として,特定建設業の許可を得ていなければならない義務や財産的基礎が十分なものでなければならない義務を負っていたものとはいえず,さらに,上記原告の一般建設業許可の失効及び再取得の経緯に照らせば,本件請負契約締結に至る経緯において,一時的にその許可の効力が失効していたことをもって,信義則上原告に債務不履行があったと評価することもできない。
被告は,本件請負契約の請負代金額や原告の会社の規模に照らして,特定建設業の許可を得ていなければ建設業法に反せずに下請に本件工事を請け負わせることはできず,また,その財産的規模に照らせば下請との間で本件工事に際して問題が生じることが明らかであった旨主張するが,建設業法における一般建設業の下請業者に対する請負代金額の制限は,下請業者の保護にあるのであって,その違反が直接注文者との間で請負契約の効力に問題を生じることはなく,また,下請業者との間の問題発生の危険性も抽象的なものにとどまるのであって,いずれも正当な契約解除事由となるものとはいえない。この点に関する被告の主張は理由がない。
したがって,本件解除は,被告の事由による解除であるというべきであり,被告は,本件請負契約及び民法641条に基づき,本件解除によって原告に生じた損害を賠償する責任を負う。
3 争点2(錯誤無効)について
前記判示のとおり,原告と被告との間で,本件請負契約締結に際し,原告が継続的に一般建設業の許可を得ていることが契約締結の重要な要素となっていたことを認めるに足りる証拠はない。また,被告において,具体的に原告が特定建設業の許可を得ていると誤信していたこと及び原告の本件請負契約締結時における財産状況が,同契約の履行を困難とするまでのものであることを認めるに足りる証拠もない。
そうすると,本件請負契約締結に際し,被告に契約の重要な要素に関して錯誤は存在しておらず,その主張は理由がない。
4 争点3(損害の有無及びその数額)
(1) 後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の費用については,原告は本件請負契約の履行のために現実に支出したものと認められるから,本件解除により同額の損害を被ったものと認められる。
ア 地積調査代 19万4250円
(甲第3号証,第4号証の1,2,第24号証)
イ 積算代 15万円
(甲第5,第6号証,第24号証)
ウ 木材代 3万8850円
(甲第9号証の1,2,第10号証,第24号証)
エ エアコン取り外し代 15万5400円
(甲第11号証の1,2,第12号証,第24号証)
オ 構造設計料 52万5000円
(甲第13,第14号証,第24号証)
(2) 証拠(甲第15号証,第24,第25号証,第33号証,第39,第40号証,原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,原告は本件請負契約締結に際し,被告との打合せに77(人数×時間)の手間を要したこと,その費用計算については,1単位当たり2000円が相当であると認められ,これを計算すると,合計15万4000円となるのであって,同金額が本件解除に伴い原告に生じた損害であると認められる。(なお,同金額について,消費税相当額が損害であると認めるに足りる証拠はない。)
また,本件全証拠によっても,原告が大工手間として,15万円を支出したことを認めるに足りる証拠はない。
(3) 設計代について
ア 証拠(甲第1号証,第23号証の1ないし4,第24号証,第26号証,第38号証,第41号証,証人赤木,原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) 原告は,有限会社赤木設計(以下「赤木設計」という。)に対し,平成15年1月15日ころ,本件建物の設計及び確認申請を依頼し,同社はこれを受けて,同年2月12日,合計441万円の設計料で見積書を原告に提出し,さらに同年4月19日には,原告から赤木設計に対し同金額で注文書を出し,同社との間で設計業務委託契約が締結された。
(イ) 赤木設計は,本件建物に関して基本設計及び実施設計をした上,同年5月28日には確認申請を行う予定で同申請に必要な設計図書,ボーリングデータ,構造計算書,近隣日影図等の書類及び図面を準備していたところ,本件解除の意思表示が被告からされたため,原告から様子を見るようにとの要請があり,確認申請は実際には行われなかった。
イ 上記認定事実によれば,赤木設計は,本件解除に至るまでに基本設計及び実施設計,確認申請に必要な図面等の作成等の業務を完了しているのであって,同費用については原告に対し請求しうる権利があると認められるから,その費用相当額は本件解除により原告に生じた損害であると認められる。
この点,被告は,契約書添付の図面は標準図面が多く実施設計は未完成である旨主張し,これに沿う証拠も提出するが,具体的にどのような実施設計図面が不足しているのか不明であって,未完成であると認めるに足りる証拠はなく,その主張は採用できない。
本件では確認申請等の手続は実際には行われていないから,その申請手数料等も生じていないと解されるところ,証拠(甲第23号証の3)によれば,赤木設計は,上記設計料のうち同手数料として合計18万3600円を計上していることが認められ,また,同設計料の値引率は約32.4%であることにかんがみると,原告と赤木設計との合意設計料420万円(消費税除く)から,上記手数料に同値引率を考慮した手数料相当額12万4113円を控除するのが相当である。その金額は,407万5887円であり,これに消費税相当額を加算すると,427万9681円となる。
また,証拠(甲第13号証,第23号証の2,3,第24号証,原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,原告が有限会社俊設計に支払った構造計算代52万5000円については,本来原告と赤木設計との設計料に含まれていたもので,赤木設計から有限会社俊設計に支払われるべきものであるところ,赤木設計からの要請で,原告が代わって支払ったものであることが認められるから,赤木設計に対する設計料債務の427万9681円から,同金額は控除されるべきものといえる。
そうすると,本件解除により,原告が赤木設計に対して負う設計料債務及び支払済み金額の合計は,375万4681円となり,同金額が損害として認められる。
(4) 原告の得べかりし利益
前記争いのない事実等によると,本件請負契約における工事代金は,1億1428万6000円であるところ,このうち,原告が得られたであろう利益がどの程度であったかを認めるに足りる証拠はない。
原告は,この点に関し,少なくとも同金額の1割が得べかりし利益である旨主張するが,請負業者が建築工事により得られる利益は,その工事代金,工事内容,契約締結に至る交渉の経緯等によって様々であり,一概に1割が得べかりし利益であるということはできないのであって,この点に関する原告の主張は理由がない。
(5) まとめ
以上によれば,本件解除により原告に生じた損害は,合計して497万2181円となる。
5 結論
よって,原告の本訴請求は,497万2181円及びこれに対する弁済期の経過した後である平成17年8月4日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の部分は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,64条を,仮執行宣言について同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。